主文 1 被告は,原告らに対し,それぞれ金1511万7950円及び内金1381万7950円に対する平成12年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員をいずれも支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し,その3を被告の負担とし,その余は原告らの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が,原告らに対し,それぞれ各金800万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求1(主位的請求)被告は,原告らに対し,それぞれ金2373万8750円及び内金2158万8750円に対する平成12年5月24日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員をいずれも支払え。 2(予備的請求)被告は,原告らに対し,それぞれ金500万円をいずれも支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の所管する熊本県警察本部の熊本東警察署(以下「東警察署」という。)で勾留されていたA(以下「A」という。)の相続人である原告らが,上記警察署の留置担当官及び上記警察署長の依頼を受けてAを診察した医師らが,Aに対し薬剤の投与量を誤って投与したり,適切な医療措置をとらなかったりしたため,Aを急性心筋梗塞により死亡させたとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金の支払を求めた事案である。 1 前提となる事実(証拠により認定した事実は,各項末尾に主な証拠を掲記した。その他の事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者ア A(大正12年2月28日生,死亡時77歳)は,平成12年5月15日(以下,平成12年の記載は省略し,月日のみで表記する。)に辞任するまで,熊本県天草郡B町長を務めていた。 原告C及び原告D(熊本大 2年2月28日生,死亡時77歳)は,平成12年5月15日(以下,平成12年の記載は省略し,月日のみで表記する。)に辞任するまで,熊本県天草郡B町長を務めていた。 原告C及び原告D(熊本大学医学部附属病院皮膚科医師。以下「原告D」という。)は,いずれもAの子である。Aの相続人は,原告らのみであり,相続分は各2分の1ずつである。 (甲1,2,原告D本人,弁論の全趣旨)イ被告は,熊本県警察本部の下に東警察署を設置している。 (2) Aが死亡するまでの診療経過等ア Aは,2月15日,健康保険天草中央総合病院(以下「天草中央病院」という。)で左内腸骨動脈瘤破裂により手術を受けたが,入院中の同月24日に,両側肺梗塞を合併し,肺血流シンチグラムで両肺にびまん性の小梗塞が認められたため,同月28日よりワーファリンの投与が開始された。 (甲11の14・16,12の3・47・53・117)イ Aは,3月15日,天草中央病院から栖本町立病院に転院し,5月5日に同病院を退院したが,その間も,ワーファリンの投与が継続されていた。 (甲13の25,14の4・5)ウ Aは,5月8日,公職選挙法違反容疑で熊本県警察本部に逮捕されて本渡警察署に留置されたが,同月9日,勾留場所を東警察署として勾留され,同月18日に,10日間の勾留延長決定がされた。 エ栖本町立病院のE医師(以下「E医師」という。)は,5月9日,Aに対してはワーファリン1ミリグラム錠(以下,ワーファリン錠は1ミリグラム錠をいう。)を1日2錠投与するのが相当であると判断し,30日分60錠を処方し,本渡警察署の警察官に渡した。しかしながら,勾留場所である東警察署の留置管理官は,Aに対し ワーファリン錠は1ミリグラム錠をいう。)を1日2錠投与するのが相当であると判断し,30日分60錠を処方し,本渡警察署の警察官に渡した。しかしながら,勾留場所である東警察署の留置管理官は,Aに対し毎日朝食後ワーファリンを1日1錠服用させていた。 (甲13の52,21,24,乙5,調査嘱託に対する回答)オ Aは,5月11日,東警察署から留置人に対する定期的な診察の依頼を受けたF内科病院(以下「F内科」という。)の院長F医師(以下「F医師」という。)の診察を受けた。 (甲7の1ないし4,21,証人F)カ Aは,5月20日,ふらつきや吐き気を訴え,東警察署から依頼を受けたF内科のG医師(以下「G医師」という。)の診察を受けた。 (甲7の5,21,乙1,証人F,同G)キ Aは,5月22日午後8時58分ころまで,熊本地方検察庁検事の取調べを受けた後,東警察署留置場に戻ったが,すぐに苦しみ出し,同房者に体調不良を訴えた。Aは,救急車で熊本赤十字病院(以下「日赤病院」という。)に搬送されて入院し,緊急手術を受けたが,同月23日午前7時39分,急性心筋梗塞により死亡した。 (甲3,8の1ないし9)(3) ワーファリン療法についてアワーファリンの作用機序及び適応疾患等(ア) 血液は,正常な状態では流動性を維持し,血管内で凝固することはないが,病的状態では血栓を形成する。血栓は,血管壁に障害が生じている部位で形成され,血栓の形成は,血管の内皮細胞の剥離脱落や障害部位に血小板が粘着することから始まる。 (イ) 血栓の発生機序の反応中,フィブリンが血小板同士を強く固める働きをし,血栓形成に重要な役割を果たす。フィブリン ,血管の内皮細胞の剥離脱落や障害部位に血小板が粘着することから始まる。 (イ) 血栓の発生機序の反応中,フィブリンが血小板同士を強く固める働きをし,血栓形成に重要な役割を果たす。フィブリンは,12種の血液凝固因子の連続的な酵素反応によって形成されるが,この血液凝固因子のうち,第Ⅱ(プロトロンビン),Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子は,いずれも肝臓でビタミンKの存在下でタンパク合成され,血液中に放出されている(この4つの血液凝固因子を,ビタミンK依存性凝固因子という)。 (ウ) ワーファリン(エーザイ株式会社が販売する薬剤の商品名。1ミリグラム錠と5ミリグラム錠がある。一般名はワルファリン・カリウム)は,肝臓でビタミンK依存性凝固因子のタンパク合成を阻害することにより,抗凝血作用,血栓形成の予防作用を示すが,その効果発現は遅く,かつ体内でしか効果を発揮しない。 (エ) ワーファリンは,体内で血液に対する直接の抗凝血作用はなく,既に形成された血栓を溶解することはない。また,ワーファリンは,血小板に対して直接的な作用を持たず,血小板の関与が強い動脈血栓の形成初期段階では,血栓形成に対して抑制効果が少なく,その抗凝血作用は,血液のうっ滞や凝固系の関与が強い静脈血栓に対して効果的である。また,ワーファリンは,主として塞栓症の場合の凝血塊の発育・成長が生じて,塞栓症が再発することを防止する目的で,末梢動脈塞栓症や脳動脈塞栓症に対して用いられることがあり,現在,効能・効果として血栓塞栓症の治療及び予防が挙げられ,主な対象疾患として深部静脈血栓症,心筋梗塞の二次予防,心房細動の二次予防,人工弁置換術後が挙げられている。 (甲15,乙6,証人F)イワーファリン療法(ア) ワーファリン療法は,治療を 梗塞の二次予防,心房細動の二次予防,人工弁置換術後が挙げられている。 (甲15,乙6,証人F)イワーファリン療法(ア) ワーファリン療法は,治療をしなければ心筋梗塞あるいは肺梗塞などを発症する危険性の高い患者に,健常者のトロンボテスト値(TT値。ビタミンK依存性凝固因子の変化を反映する凝固時間測定法。以下「TT値」という。)が70ないし130パーセントなのに対し,TT値を10ないし25パーセントなどとする治療域を設定し,抗凝血剤ワーファリンを用いて,その投与量の調節により患者の血液の凝固性あるいは粘稠度を上記の治療域内にコントロールして,上記疾患の発症を予防する治療法である。 (イ) ワーファリンの用法は,原則として1日1回の投与である。ワーファリンの用量は,血液凝固能をモニタリングしながら患者ごとに決められるのが原則であり,個人差が大きく,一律の用量は設定されていない。そのため,ワーファリン療法においては,血液凝固能のモニタリングが必須であって,基準となる投与前の患者の血液凝固能を測定しておくことが必要であり,投与前に患者のPT(プロトロンビン時間)値,TT値を測定しておいて,それをもとにワーファリン療法への導入,維持へとコントロールして,投与量を調節する。 (ウ) ワーファリン療法への導入には,初回に大量を投与し,数日をおいて血液凝固能を測定して,その結果から維持量を決定するloading dose法と,初めから常用量に近い投与量を数日続け,血液凝固能を見ながら維持量を決定するdaily dose法とがあるが,loading dose法には急激な血液凝固能の低下による出血の危険があり,現在ではdaily dose法が主流になっている。 daily dos するdaily dose法とがあるが,loading dose法には急激な血液凝固能の低下による出血の危険があり,現在ではdaily dose法が主流になっている。 daily dose法は,初めからワーファリン5~6ミリグラムを1日1回投与し,PT値又はTT値を毎日あるいは隔日測定し,数日ないし1週間かけて治療域に入るようにワーファリン量を増減し,維持量を決めて移行する。治療域に入った後は,月に1,2回,PT値又はTT値を測定し,ワーファリンの1日量を0.5~1ミリグラム増減して治療域を維持する。 (エ) ところで,ワーファリン療法における治療域の設定は,血液凝固能を低下させて血栓形成を十分予防し,かつ,出血を起こさない範囲の血液凝固能レベルとして,経験的に決められてきたものである。TT値での治療域は,10~25パーセントあるいは5~15パーセントとするものもあるが,おおむね8~15パーセント前後とされている(鑑定の結果によれば,肺塞栓症の既往がある場合には,15~25パーセントとされる。)。INR(プロトロンビン時間比の国際標準化比率)値での治療域は,欧米では2.0~3.0程度とするものが多いが,日本人の治療域はこれよりは低いものと考えられている(鑑定の結果によれば,肺塞栓症の既往がある場合には1.8~2.2とされる。)。また,高齢者については,出血のリスクを避けるため,TT値はやや高めの10~20パーセントが望ましく,定期検査は月1,2回必ず実施し,臨床症状の変化にも注意することとされている。 (甲15,18,31,乙6,証人H,鑑定の結果)(4) Aの収入についてAは,死亡時,年額96万1000円の軍人恩給及び年額382万1400円の地方公務員退職年金を受給していた。 (甲15,18,31,乙6,証人H,鑑定の結果)(4) Aの収入についてAは,死亡時,年額96万1000円の軍人恩給及び年額382万1400円の地方公務員退職年金を受給していた。 (甲4,5) 2 争点(1) 被告の過失責任の有無(原告らの主張)ア留置担当官の過失(ア) 拘禁を行う機関の職員は,在監者が自由に外部の医療行為を受けることを制限できる(監獄法42条)反面,在監者の健康状態に常に留意し,特に在監者が既に何らかの疾患に罹患しあるいは罹患する可能性があることが明らかなときは,その診察に万全の意を用い,遺憾のない医療行為を行うべきである(同法40条)。 (イ) Aは,逮捕される数日前まで入院しており,退院後も薬剤の服用などで治療が継続されていたのであるから,東警察署の公務員である留置担当官は,Aの治療に当たった医師からAの病歴及び現在の状態を綿密に聴取し,薬剤の投与の必要性,投薬量,投薬方法につき十分把握し,ほかの在監者にも増してその健康管理に留意すべき注意義務があった。しかるに,留置担当官は,上記注意義務に違反し,Aへのワーファリン投与量が病院から伝えられ,錠剤も渡されていたにもかかわらず,ワーファリンを1日2錠投与すべきところを1錠しか投与せず,全く投与しなかった日も1日あるなど,ワーファリンの投与量を誤った。 (ウ) また,留置担当官は,上記注意義務に違反し,Aの健康状態に対する配慮を欠いて,病歴や逮捕時の健康状態について従前の主治医から十分聴取せず,その結果,拘禁中のAを診察したF医師やG医師に対し,Aの病歴や健康状態を伝達しなかったため,同医師らは十分な診察ができなかった。 G医師は,Aを診察した後に,担当医へ病状照会をするように指示したが,留置 果,拘禁中のAを診察したF医師やG医師に対し,Aの病歴や健康状態を伝達しなかったため,同医師らは十分な診察ができなかった。 G医師は,Aを診察した後に,担当医へ病状照会をするように指示したが,留置担当官はこの指示を無視した。 さらに,留置担当官は,上記注意義務に違反して,Aの病歴や逮捕後の治療内容からして,心臓や循環器の専門医の診察が必要であるにもかかわらず,未熟で専門的知識のない医師の診断だけに任せ,これにより,Aに対し,同人の血液の状態の検査結果に応じて投与するワーファリンの量を調節するなど,当時の医療水準に応じた医療行為を受けさせなかった。 イ F医師の過失F医師は,Aを診察するに際して,ワーファリンの投与を受けていることを事前に知っていたのであるから,同人や従前の主治医から既往歴を十分聴取し,それを踏まえて診断すべき注意義務を負っていたが,これに違反し,十分な聴取を行わなかった。 また,AのTT値が44パーセントと治療域をかなり超過して,ワーファリンの投与量不足が疑われたのであるから,TT値を適正値にするためにワーファリン投与量のチェックと経過観察をしたり,心筋梗塞等の再発防止のための処置を留置担当官に指示したりすべきであったにもかかわらず,F医師は,TT値が適正範囲にあると誤った判断をして,上記処置をとらなかった。 さらに,Aの既往症に留意すれば,心電図検査やその他の循環系の専門的診断が必要であったにもかかわらず,F医師は,安易に異常がないと診断して,上記処置もとらなかった。 ウ G医師の過失Aが訴えためまい,吐き気,ふらつきは,心筋梗塞の予兆であるから,医師において,Aに心筋梗塞,肺塞栓の既往があってワーファリン投与中であることを知れば,上記訴えから心筋梗塞の再 医師の過失Aが訴えためまい,吐き気,ふらつきは,心筋梗塞の予兆であるから,医師において,Aに心筋梗塞,肺塞栓の既往があってワーファリン投与中であることを知れば,上記訴えから心筋梗塞の再発を疑うことができたはずである。そうすると,G医師は,カルテを見たり,問診するなどして,Aが心筋梗塞,肺塞栓の既往症があってワーファリン投与中であることを把握して,上記訴えが心筋梗塞の予兆であると疑い,自ら対応できないとしても,早急に専門医の診断,治療を受けさせるべき注意義務があったというべきである。しかるに,G医師は,医師として初歩的な注意義務を怠り,Aを診察するに当たって,同人のカルテも見ておらず,病歴,治療歴について何らの予備知識も持たずに,腹部の手術痕について若干問診し,触診,聴診したのみで,上記訴えから心筋梗塞の再発を疑うことなく,「異常なし」と診断して,専門医の診断,治療を受けさせなかった。 エ F医師及びG医師は,東警察署長から診察を委託されて,Aに対し医療行為をしたのであるから,公権力の行使に当たる公務員の履行補助者であり,同医師らの過失についても被告は責任を負う。 (被告の主張)ア留置担当官の過失について(ア) 留置者の健康に対する配慮警察は,逮捕に当たり,Aが逮捕,勾留に耐えられるかにつき,医師の意見を聞き,大丈夫であるとの判断を受けており,事前にAの健康状態に十分な配慮をした。また,警察は,医師から勾留中に投与する薬剤の説明も受けた上で薬剤を投与しており,ワーファリンの投与を1日1錠とした以外には,医師の指示に反したことはない。そして,警察は,Aの健康管理には十分な配慮をして,定期的に医師の診察を受けさせ,申出があったり,重篤な症状が認められる場合には,それに応じた医師の診察を た以外には,医師の指示に反したことはない。そして,警察は,Aの健康管理には十分な配慮をして,定期的に医師の診察を受けさせ,申出があったり,重篤な症状が認められる場合には,それに応じた医師の診察を受けさせるなどの配慮もしている。 専門病院に入院中の患者と留置中の者との間で,医療水準に相違が生じるのはやむを得ないことであり,それぞれの環境下で十分の配慮がされたか否かが問題となるべきものである。 (イ) ワーファリン投与Aは,3月15日に,天草中央病院から栖本町立病院に転院したが,その際,天草中央病院の医師から栖本町立病院の医師に対して,あと1か月Aに対しワーファリン投与を続行するよう依頼があったのであるから,本来であれば4月半ばには同人に対するワーファリン投与は中止されるはずであった。 Aに対するワーファリン投与量は,栖本町立病院入院中を含め,3月10日以降逮捕当日まで,1日1錠とされていた。その間,AのTT値は47パーセントを最高に,その周辺の数値を示していたが,心筋梗塞を発症することはなかった。ところが,同病院のE医師は,5月8日にAが逮捕されたのを受けて,同人が逮捕され,いつ診察を受けるか分からなかったので,念のために1日2錠を処方したのであって,ワーファリン投与量を1日2錠とした理由は,あいまいである。 ワーファリン投与量は,医師により,また,患者によって,いろいろな考え方があり,5月11日に測定されたTT値44パーセントという数値についても,Aの年齢,動脈瘤手術後であったことを勘案すると,妥当な数値であると考えられ,同人を診察したF医師も,Aへのワーファリン投与量を変更する必要性を認めなかった。 以上のように,ワーファリン投与量は,これでなければならないという 案すると,妥当な数値であると考えられ,同人を診察したF医師も,Aへのワーファリン投与量を変更する必要性を認めなかった。 以上のように,ワーファリン投与量は,これでなければならないという確定的なものではなく,その量の変動が,直接,患者の生命に影響を与えるものではないから,留置担当官がAへのワーファリンの投与を1日1錠としたことは,過失に当たらない。 (ウ) 自己責任成人の健康管理は,一次的には本人の自己責任であり,留置中であってもそれは同様である。 Aは,心筋梗塞発症まで,留置担当官や医師に対し,異常を訴えておらず,薬剤の服用量についても何ら申し出なかった。このように異常を訴えない留置人に対して,専門病院が入院患者を治療する場合と同様の注意義務を課すのは妥当でない。 イ医師の行為についての責任について被告とF医師及びG医師との関係は,準委任関係であり,同医師らは公務員の履行補助者ではないから,被告は,同医師らの行為の結果につき責任を負わない。 仮に,同医師らを公務員の履行補助者と評価できる部分があるとしても,医師の専門性からして,当該公務員の管理できない診療内容の適否につき,被告が責任を負うことはない。 (2) 被告の過失とAの死亡との因果関係の存否(原告らの主張)ア留置担当官の過失とAの死亡との因果関係(ア) ワーファリン療法は,通常PT値やTT値を用いて患者の血液凝固能のモニタリングをして,これらの測定値に基づきワーファリン投与量を調節するものであり,TT値の場合の治療域は10~25パーセントとするのが一般的である。そして,TT値が25パーセントを超えるようであれば,ワーファリンの投与量が不足していると考えられ,投与量を増やし するものであり,TT値の場合の治療域は10~25パーセントとするのが一般的である。そして,TT値が25パーセントを超えるようであれば,ワーファリンの投与量が不足していると考えられ,投与量を増やしてTT値を下げる必要が生じてくる。 (イ) Aの治療域は,既往症を考慮すれば,TT値15~25パーセント,INR値1.8~2.2程度が必要であった。E医師は,警察に対し,Aに投与する薬剤を渡す際に,従前の同人に対するワーファリン投与量とTT値の変化の経過から,1日2錠のワーファリン投与を指示しているが,東警察署に移監されてから1日1錠しか投与されなかったことから,5月11日の測定ではTT値が,治療域をかなり超える44パーセントに上昇し,ワーファリン投与量が不足した状態になっていた。ところが,その後も1日1錠の投与が続けられた結果(1錠も投与されなかった日もあった),AのTT値は,さらに高くなっていったものと推測できる。日赤病院に搬送されたAの血管中には多数の血栓が存在しているから,血栓による閉塞で急性心筋梗塞を起こしたものである。 (ウ) 以上のとおり,Aが逮捕された後のワーファリン療法が,適切なモニタリングと投与量の調節の下に行われなかったことから,同人は急性心筋梗塞を起こして死亡したものであり,留置担当官の過失とAの死亡との間には因果関係がある。 (エ) 留置担当官には,Aへのワーファリン投与量を誤った過失のみならず,前記(1)(原告らの主張)ア(ウ)の過失もあり,この過失とF医師及G医師の過失は重なり合い,競合しあって,Aを死亡させたのであるから,上記過失と同人の死亡との間にも因果関係がある。 イ F医師及びG医師の過失とAの死亡との因果関係F医師及びG医師が,Aに対し医療水準に適った診療を行って Aを死亡させたのであるから,上記過失と同人の死亡との間にも因果関係がある。 イ F医師及びG医師の過失とAの死亡との因果関係F医師及びG医師が,Aに対し医療水準に適った診療を行っていれば,同人が死亡しなかった可能性は大きかったのであるから,同医師らの過失とAの死亡との間には因果関係がある。 ウ留置担当官らの過失とAの生存可能性との因果関係(予備的主張)仮に,留置担当官,F医師及びG医師の過失とAの死亡との間に因果関係が認められないとしても,留置担当官らにより,Aに対し医療水準に適った診療が行われていたならば,同人がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったから,被告は,Aが被った精神的苦痛に対する慰謝料支払義務を負う。 (被告の主張)ア Aが逮捕勾留中に,同人に投与されたワーファリン錠が1日2錠でなく1日1錠であったことと,同人が急性心筋梗塞により死亡したこととの間には,次のとおり因果関係がない。 Aは,冠動脈3本のうち2本(左冠動脈2本のうち1本及び右冠動脈)が閉塞して死亡したものであるが,死亡する2,3か月前から左冠動脈に血栓ができており,右冠動脈についても,いつ血栓ができてもおかしくない状況にあった。ワーファリンには,既にできた血の塊を溶かす効果はないのであるから,2,3か月前から血の塊が存在した場合,その後のワーファリンの投与量と血栓の形成は無関係である。 イワーファリンの投与は,死亡率の減少に効果があるのみで,死亡の結果を阻止できるものではないから,留置担当官,F医師及びG医師により,Aに対し医療水準に適った診療が行われていたならば,同人がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったともいえない。 (3) 過失相殺 留置担当官,F医師及びG医師により,Aに対し医療水準に適った診療が行われていたならば,同人がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったともいえない。 (3) 過失相殺(被告の主張)Aは,社会経験豊富な正常な通常人であって,自己の健康管理も十分でき,自己の病状を最も知っているはずであり,ワーファリンの投与量や身体状況についても医師の説明や自己の感覚で知っていたのであるから,異常が生じれば,直ちに留置担当官に訴えることができた。しかるに,Aは,留置中,何ら異常を訴えなかった。成人の健康管理は,一次的には本人の自己責任であり,留置中であってもこれは同様である。 仮に留置担当官が,Aへのワーファリン投与量を1日1錠としたこと等が過失に当たるとしても,同人は,ワーファリン投与量が異なることを留置担当官に指摘しなかったのであるから,Aには大きな過失がある。そこで,損害額算定に当たっては,大幅な過失相殺がされるべきである。 (原告らの主張)アワーファリンの投与量は,検査結果で増減するものであり,その判断は医師によってなされ,患者本人が,治療中のある時点でのワーファリンの適正投与量を判断ないし認識するのは困難である。特に,本件では,ワーファリン錠がその処方とともに,E医師から,Aではなく,警察官に直接渡されたのであるから,AがE医師の指示した投与量を知っていたとは考え難い。 イまた,ワーファリンは,劇薬であるため,包装も目立つように工夫されているが,警察は,包装を取り除いた状態で錠剤を道徳に手渡していた。そのため,Aが服用する段階では,ワーファリンは,ほかの錠剤と区別できない状態になっていた。逮捕・勾留の前と後では服用する薬及びその量も異なることもあって,Aとしては,服用している錠 手渡していた。そのため,Aが服用する段階では,ワーファリンは,ほかの錠剤と区別できない状態になっていた。逮捕・勾留の前と後では服用する薬及びその量も異なることもあって,Aとしては,服用している錠剤にワーファリンが何錠含まれているか,それは適切な量かを判断するのは困難であった。 ウしたがって,ワーファリンの投与量が不足したことにつき,Aに過失はなく,過失相殺はされるべきでない。 (4) 損害額(原告らの主張)ア逸失利益 1697万7500円(ア) 死亡時の道徳の年金受給額軍人恩給年額96万1000円地方公務員退職年金年額382万1400円(イ) 生活費控除率 50パーセント(ウ) 平均余命(9年)に対応するライプニッツ係数 7.1078(エ) 計算式(ライプニッツ係数小数点2位以下切捨て)(96万1000円+382万1400円)×(1-0.5)×7.1≒1697万7500円イ葬儀費用 120万円ウ慰謝料 2500万円エ合計(Aにつき) 4317万7500円オ相続(原告らにつき) 各2158万8750円原告らは,Aの子として各法定相続分2分の1をそれぞれ相続により取得した。 カ弁護士費用(原告らにつき) 各215万円キ総合計(原告らにつき) 各2373万8750円ク予 定相続分2分の1をそれぞれ相続により取得した。 カ弁護士費用(原告らにつき) 各215万円キ総合計(原告らにつき) 各2373万8750円ク予備的請求(原告らにつき) 各500万円仮に,被告の過失とAの死亡との間に因果関係が認められない場合,同人が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては1000万円が相当であるから,原告らは同慰謝料請求権を各2分の1ずつ相続により取得した。 (被告の主張)ア原告らの上記主張はいずれも争う。 イ Aの既往歴からすれば,同人が平均余命期間生存する可能性は極めて少ないから,平均余命期間生存することを前提として逸失利益を算出すべきでない。 ウ軍人恩給と地方公務員退職年金については,受給者が死亡した場合,遺族に遺族年金(扶助料)が支給されることになるのであるから,逸失利益から遺族年金(扶助料)分は控除されるべきである。 エ Aの生活費控除率は70パーセント程度が相当である。 オ原告らの主張する慰謝料額は多額に過ぎる。 第3 争点に対する当裁判所の判断 1 事実経過について前記前提となる事実に加え,主に各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経過について,次の事実を認めることができる。 (1) Aに対するワーファリン投与の経緯ア逮捕勾留前のワーファリン投与(ア) Aは,平成8年以来,糖尿病,右腎のう胞・左総腸骨動脈瘤・血栓症等の病名で,栖本町立病院において通院治療を受け,平成11年11月には人間ドックの結果,糖代謝,腹部超音波検査及び大腸検査において精密検査が必要と判定され,コレステロールが高く脂質代謝において治療が必要と判定されるなど,健康状態に問題 療を受け,平成11年11月には人間ドックの結果,糖代謝,腹部超音波検査及び大腸検査において精密検査が必要と判定され,コレステロールが高く脂質代謝において治療が必要と判定されるなど,健康状態に問題を抱えていたが(ただし,心電図検査では異常の指摘はなかった。),平成12年2月14日栖本町立病院で腹痛を訴えて深夜にショックや腹痛が増強したため,同月15日未明,天草中央病院に転送されて,左内腸骨動脈瘤破裂によりショック状態となったことから,前記前提となる事実(2)ア記載のとおり,主治医であるI医師(以下「I医師」という。)の執刀により緊急手術を受けた。その後,Aは,入院中の同月24日に肺梗塞を合併し,肺血流シンチグラムで両肺にびまん性の小梗塞が認められたため,同月28日よりワーファリン療法が開始された。ワーファリン投与量は,同日から3月3日まで(5日間)が1日に3錠,同月4日から同月9日まで(5日間)が1日に2錠(ただし,同月4日には投与がされなかった可能性がある。),同月10日以降が1日に1錠であった。その間,AのTT値は,2月29日55パーセント,3月2日40パーセントであったものが,同月4日17パーセント,同月6日21パーセント,同月10日17パーセント,同月13日20パーセントへと減少していた。 (甲10の1ないし4,11の13・14・16,12の3・10・11・13・22ないし27・47・53・117,13の51)(イ) その後,Aは,前記前提となる事実(2)イ記載のとおり,3月15日に栖本町立病院に転院したが,その際,同病院のE医師は,天草中央病院のI医師から,ワーファリン投与について,「現在ワーファリン1日1錠でTT値20~30パーセント程度であり,しばらく投薬の続行を願いたい。」旨の診療情報提供を受けた上 同病院のE医師は,天草中央病院のI医師から,ワーファリン投与について,「現在ワーファリン1日1錠でTT値20~30パーセント程度であり,しばらく投薬の続行を願いたい。」旨の診療情報提供を受けた上,後記のとおりAには心筋梗塞発症の可能性があったことから,同日から退院する5月5日までワーファリン1日1錠の投与を継続した。 Aの栖本町立病院に入院中のTT値は,4月12日47パーセント,同月21日36パーセントであった。なお,E医師は,専門が内科(特に糖尿病)であるが,国立熊本病院で1年間循環器科研修をしたことがあり,その後もワーファリン療法による治療経験を多数有していた。 (甲11の5・21,12の3,14の4・11・30,調査嘱託の結果)(ウ) ところで,E医師は,3月16日,Aの入院時の心電図検査の変化から,比較的最近,心筋梗塞(前壁中隔梗塞)を発症した可能性があると推定して,そのリハビリテーションを指示していたが,4月21日天草中央病院において,Aの心電図検査,心エコー検査等を実施したところ,同病院の循環器科医師からも,心電図の異状は肺梗塞由来と心臓前壁の梗塞が考えられる旨の指摘があった。そこで,E医師は,同月22日ころ,Aに対して心筋梗塞の既往があると思われる旨告げたところ,同人は不安感を述べていた。その後,I医師は,同月28日実施の肺塞栓症に関する肺血流シンチグラム検査の結果,梗塞部の血流改善が確認されたので,E医師に対し,その旨連絡するとともに,あと1か月間ほどワーファリン投与を続行するように連絡した。 E医師は,その後も1日1錠のワーファリン投与を続けていたが,Aの心電図検査の結果改善しつつあるかのように見られ,呼吸状態も落ち着き,本人の希望もあったことから退院を許可し,Aは5月5日に軽快退院した 医師は,その後も1日1錠のワーファリン投与を続けていたが,Aの心電図検査の結果改善しつつあるかのように見られ,呼吸状態も落ち着き,本人の希望もあったことから退院を許可し,Aは5月5日に軽快退院した。 (甲11の12,13の25,14の1・5・10・12・20・21・71,23の6,乙2の2,3,調査嘱託の結果)イ逮捕勾留前後のAの状態(ア) Aは,前記前提となる事実(2)ウ記載のとおり,5月8日,公職選挙法違反の容疑で逮捕され,本渡警察署に留置されたが,同署の警察官は,Aの逮捕に先立つ2月23日の時点で,同人が入院治療を受けていた天草中央病院のI医師に,Aの病状等について事情聴取をした。同医師の所見は,「左内腸骨動脈瘤の破裂に対し,血管結紮手術を行い,治療中であるが,手術後の経過は順調で,約3週間後の3月10日前後ころに退院となる見込みである。退院後は,約1か月の経過観察が必要であるが,事情聴取等は特に差し支えないと思われる。また,中度の糖尿病を患っているが,服薬さえすれば日常生活に差し支えはない。」というものであった。 (乙2の1)(イ) 同署の警察官は,上記逮捕日の5月8日にも,I医師から事情を聴取したところ,同医師の所見は,「先に述べた退院見込みは,Aが呼吸障害を起こし,肺梗塞が判明したので遅れたが,現在,内腸骨動脈瘤破裂はほぼ完治し,肺梗塞の状態はかなり良くなっている。肺梗塞の治療のため,ワーファリンを1日1錠投与しているが,日常生活に支障はなく,逮捕留置されても差し支えない。」という内容であった。 さらに,同署の警察官は,前同日,Aが入院していた栖本町立病院のE医師からも事情聴取を行ったところ,同医師の所見は,「病状は,大分回復し,ワ されても差し支えない。」という内容であった。 さらに,同署の警察官は,前同日,Aが入院していた栖本町立病院のE医師からも事情聴取を行ったところ,同医師の所見は,「病状は,大分回復し,ワーファリンとオイグルコン(糖尿病治療薬)の投薬と,経過観察として1週間に1度血液検査や心電図検査を行っていたものであり,検査結果も良好で,順調に回復していた。退院している現状において,病状的には全く問題ない位回復されていると思う。」という内容であった。なお,Aは,5月8日午後5時30分ころ往診した医師の診察を受けたが,その際,自覚症状は特に訴えず,既往歴についても内腸骨動脈瘤破裂による手術を受けたこと及び肺梗塞と脳梗塞の合併症があって服薬中と述べただけで,特段の処置は受けなかった。 (甲6の1ないし3,乙2の2,3)(ウ) Aは,前記前提となる事実(2)ウ記載のとおり,5月9日,公職選挙法違反容疑で東警察署に勾留されたが,同日,本渡警察署の警察官が梶原医師の許にAの服用する薬を取りに来た。その際,E医師は,上記のとおりAに対し入院以来ワーファリンを1日1錠投与していたが,同人の入院中のTT値が47パーセントと36パーセントであること及び逮捕後しばらく診察できないことや環境の変化が予想されることから,逮捕後の同人に対するワーファリン投与量が,1日1錠では不足すると判断し,上記警察官に対し,Aに対して,ワーファリンを1日2錠投与するよう指示して30日分を交付した(処方されたワーファリンを入れた薬袋には,「1日1回,あさごはんのあと,30日分」,「1回に2錠包ずつ服用して下さい。」と明記されていた。)。しかしながら,E医師の「ワーファリンの服用を1日2錠に増量する。」旨の指示は,上記のとおり警察官 1日1回,あさごはんのあと,30日分」,「1回に2錠包ずつ服用して下さい。」と明記されていた。)。しかしながら,E医師の「ワーファリンの服用を1日2錠に増量する。」旨の指示は,上記のとおり警察官に対しなされたものであり,A自身に対し直接述べたものではなかった。なお,E医師は,そのころ,Aに対し,ワーファリンの外に,オイグルコン錠(糖尿病治療薬),ツムラ潤腸湯散剤(便秘薬),リーゼ錠(向精神薬),ハルシオン錠(睡眠導入剤)を処方していた(Aは,勾留中,上記薬剤のほかに天草中央病院が処方したプルセニド錠(便秘薬)も所持していた。)。 ところで,E医師は,前同日,原告Dから警察に提出するので作成してほしいと依頼されて,診断書を作成して交付したが,それには「内腸骨動脈瘤破裂術後,術後肺梗塞,心筋梗塞(前壁中隔),糖尿病右記疾患の回復途上にあり,定期的経過観察(心電図・トロンボテスト等)と内服治療を要する。」旨記載されていた。 (甲13の25・52,14の5,21,24,34ないし37,乙5,調査嘱託に対する回答,弁論の全趣旨)ウ逮捕勾留中のワーファリン投与量等(ア) 東警察署における留置中の被疑者らに対する投薬については,留置担当官が薬剤をすべて管理しており,薬剤の包みを剥がした状態で各人に交付して服用させており,ワーファリン錠についても,赤色の包装フィルムから錠剤を出した上でAに他の薬剤とともに渡していた。 Aは,留置期間中,上記のように交付されたワーファリンを毎朝1回1錠ずつ服用していた。 (甲20,21,24,原告D本人)(イ) ところで,Aが上記被疑事件の弁護のために選任した弁護人らは,Aが逮捕された5月8日,本渡警察署や熊本県警察本部の捜査官らに対し,上記イ 。 (甲20,21,24,原告D本人)(イ) ところで,Aが上記被疑事件の弁護のために選任した弁護人らは,Aが逮捕された5月8日,本渡警察署や熊本県警察本部の捜査官らに対し,上記イ(ウ)記載の診断書の内容を告げたり,同月9日の勾留手続の際に検察官に投薬をするように申し入れるなどして,退院直後のAの健康に留意することを要請した。また,同弁護人らは,毎日接見してAから健康状態等を聞き,同月18日の勾留延長手続の際に検察官に対し,Aの健康が悪化しないように注意を喚起し,また,同月20日弁護人が検察官に対し,「Aが未明にふらついて医師に往診してもらったが,未だに少しふらつくと訴えている。」旨申し入れた。そこで,検察官が東警察署の捜査官に,健康に留意するように注意してほしい旨連絡したところ,捜査官からは,健康状態に問題がない旨の回答があった。 (甲21,34,35,原告D本人)(2) F医師の診察ア東警察署の警察協力医であったF内科のF医師は,消化器内科を専門とする医師であったが,本件の数か月前から,同警察署の依頼を受けて,同警察署における留置人の定期的な健康診断(2週間に1回実施)を担当していた。 (証人F)イ F医師は,上記定期診断の実施日であった5月11日に,東警察署に赴いて,同警察署内において,勾留中であったAを含む20名ほどの留置人を診察した。 留置担当官は,F医師に対し,Aが逮捕前に栖本町立病院で治療を受けて,ワーファリンを1日2錠服用している旨説明したが,同人の肺塞栓症や心筋梗塞等の病歴や既往歴など,上記ワーファリン服用以外の情報を告げなかった(なお,実際に同人が服用していたワーファリンの投与量は,上記 ーファリンを1日2錠服用している旨説明したが,同人の肺塞栓症や心筋梗塞等の病歴や既往歴など,上記ワーファリン服用以外の情報を告げなかった(なお,実際に同人が服用していたワーファリンの投与量は,上記のとおり1日1錠であった。)。F医師は,ワーファリン服用中と聞いたことから,血液検査が必要と判断して,採血を行ってTT値,PT値等の出血傾向を調べる検査を実施するように指示した。その際,同医師は,心電図検査があれば参考となるとは考えたが,心電図検査が診断に必要であると考えず,これを実施しなかった上,留置担当官に対し,それ以上にAの病歴や既往歴について質問したりしなかった。 (甲7の1,証人F)ウ F医師は,Aを診察した際,同人から「2月に左腸骨動脈瘤破裂により入院治療を受け,逮捕直前まで病院に入院治療して退院した。」旨病状経過を聞いたが,同人から肺梗塞や心筋梗塞の既往歴がある旨の申立てはなかった。そして,F医師は,Aの結膜,舌,のどの状態,肺音,心音の雑音の有無,肝臓,脾臓の状態等について,視診,聴診及び触診により診察して,異状がないと診断した。また,血圧測定の結果は,収縮期血圧が146mmHg,拡張期血圧が82mmHgであった。F医師は,Aに対し「ほかに病状,異状はないか。」と問いかけたところ,同人から「特に異状はない。」旨回答があったことから,ワーファリン療法を行う原因疾患(肺梗塞や心筋梗塞)等につき,それ以上同人に尋ねたりしなかった。 F医師は,Aの診察を終えて,上記のとおり血液検査のための採血を行ったが,同人には特に異状所見はなく,愁訴もなかったため,薬剤の投与につき変更の必要がないと判断し,留置担当官に対し,Aへの薬剤の投与を従前のとおり行うように指示したのみ り血液検査のための採血を行ったが,同人には特に異状所見はなく,愁訴もなかったため,薬剤の投与につき変更の必要がないと判断し,留置担当官に対し,Aへの薬剤の投与を従前のとおり行うように指示したのみで,特段の処置を行わず,留置担当官あるいは前医(栖本町立病院のE医師)に,Aの病歴について尋ねたりもしなかった。 (甲7の1,証人F)エ F医師は,Aを診察した日の翌日ないし翌々日(遅くとも5月13日)には,同人の血液検査の結果を受け取ったところ,同人のTT値は44パーセント,INR値は1.13であった。 F医師は,健常者のTT値の正常値が70~130パーセントであるところ,Aはワーファリンを服用しているため,正常値から下がっているものと考え,同人のTT値44パーセントは,同人の年齢や動脈瘤手術後であることから特に問題がないと判断した。そして,F医師は,上記のとおり留置管理官から,Aにワーファリン1日2錠が投与されていると聞いていたので,これは通常量からすれば多めではないかと考えたが,病状的に影響がないので,TT値の検査は1か月に1回程度の定期的な検査で足りると判断し,上記の血液検査の結果について,留置担当官に報告したり,Aに連絡したりするなどの処置を何らしなかった。 (甲7の1ないし4,証人F)(3) G医師の診察ア Aは,5月19日の取調べを終えて帰房した後,ふらついていたが,同月20日午前2時ころトイレに行こうとしてふらつき,めまいや吐き気などの症状を訴えた。 ところで,めまい,ふらつきは,狭心症等の発作が起きて,血圧が低下して頭部への血行が悪くなることから起こりうる症状であり,悪心,嘔吐も急性心筋梗塞において起こりうる症状 の症状を訴えた。 ところで,めまい,ふらつきは,狭心症等の発作が起きて,血圧が低下して頭部への血行が悪くなることから起こりうる症状であり,悪心,嘔吐も急性心筋梗塞において起こりうる症状とされている。また,急性心筋梗塞は,強度の胸痛発作を生じることが一般的であるが,高齢者の急性心筋梗塞の場合には,無痛性の非定型的な発作があるとされている。 (甲7の5,21,28,34,35,乙1,証人F,同G,同J)イところで,G医師は,本件診察の約3週間前の4月27日に医籍登録をした医師であり,研修医として熊本大学医学部附属病院第1内科に所属していたが,そのころからF内科で,要請に応じて夜間の当直医として勤務していた。同医師は,Aを診察するまで,新患の外来患者を診察したのは数名のみであり,肺梗塞や心筋梗塞等の患者を診察したこともなかった。 (証人F,同G)ウ G医師は,5月19日の夕方から翌20日の朝まで当直医としてF内科で勤務していたところ,同日未明,東警察署から同病院に対し,勾留中の被疑者(A)がめまいや吐き気などの症状を訴えているので往診してもらいたい旨依頼された。ところが,F医師は,折からほかの重症患者の心肺蘇生術中で付ききりで治療に当たっていたため,当直室で就寝していたG医師が,F医師に連絡することなく,自らの判断で,同警察署に赴くこととした。 ところで,上記(2)イ記載の定期健康診断の際にF医師によって作成されたAのカルテが見つからず,G医師に提出されなかったため,同医師は,Aを従前のカルテがない新たな患者と思っていた。そのため,G医師は,Aを診察するに当たり,F医師が同月11日に診察していることも,AのカルテがF内科で保管されていることも知ら かったため,同医師は,Aを従前のカルテがない新たな患者と思っていた。そのため,G医師は,Aを診察するに当たり,F医師が同月11日に診察していることも,AのカルテがF内科で保管されていることも知らず,同人の病歴等についても,全く予備知識がない状態で同警察署に赴いた。 (甲7の5,乙1,証人F,同G)エ G医師は,同月20日午前3時20分ころから午前3時50分ころまで東警察署においてAを診察したところ,同人は,めまい,ふらつき感や吐き気があったが治まったと述べた。G医師は,Aに対し,視診,聴診,触診,血圧測定等を行ったが,心音等に特に異常は見当たらなかった。なお,血圧測定の結果は,収縮期血圧が131mmHg,拡張期血圧が92mmHgであった。 G医師は,Aの腹部に手術痕があったため,手術につき確認したところ,同人は,腹部大動脈瘤の手術(実際には,左内腸骨動脈瘤破裂の手術)で最近まで入院していたと答えたが,そのほかに,心筋梗塞や肺梗塞の関係でワーファリン療法継続中であることなどの病歴,既往症等について述べなかった。また,留置担当官も,G医師にAの病歴,既往症等を伝えなかった。診察後,Aから睡眠薬を飲みたいとの申出があったため,G医師は,留置担当官に確認したところ,睡眠薬の外にワーファリン等の薬剤が管理されていることが分かったが,留置担当官に対し,これらの薬剤を実際にAが服用しているか否かについて確認しなかった。また,G医師は,Aがワーファリンを服用しているのは,腹部大動脈瘤や動脈硬化の可能性から服用しているものと考えて,肺梗塞や心筋梗塞等の既往症が存在する可能性に思い至らずに,同人や留置担当官に対し,ワーファリン服用の有無,肺梗塞や心筋梗塞等の既往歴の有無等につき確認せず,また,め から服用しているものと考えて,肺梗塞や心筋梗塞等の既往症が存在する可能性に思い至らずに,同人や留置担当官に対し,ワーファリン服用の有無,肺梗塞や心筋梗塞等の既往歴の有無等につき確認せず,また,めまいや吐き気は,高齢者に現れやすい症状と考えて,急性心筋梗塞の症状とは全く考えなかった。 G医師は,Aが薬剤を服用し続けていた場合,急に止めるのは危険であるので,それまでの薬剤の服用状況,服用量を,従前同人の治療に当たっていた医師に確認した方がよいと考え,その旨留置担当官に指示したが,その外何ら処置をしなかった(なお,カルテには上記診察の結果が記載されているが,これは,後日,F医師がG医師から電話で録取して記載したものである。)。しかしながら,留置担当官は,この指示に従わず,前医であるE医師に上記事情を確認しなかった。 (甲7の5,21,乙1,証人F,同G,原告D本人)(4) Aの死亡Aは,前記前提となる事実(2)キ記載のとおり,5月22日午後8時58分ころ,東警察署留置場に戻ってからすぐに強い胸痛とめまいを訴え,顔面蒼白で冷や汗が著明となり,救急車で日赤病院に搬送されて入院し,急性心筋梗塞と診断されて緊急手術がなされたが,同月23日午前7時39分,急性心筋梗塞により死亡した。 (甲3,8の1ないし9,17,19,証人J)なお,原告らは,Aの主治医であったE医師作成の4月21日付け紹介状(甲11の4,14の19)及び退院時サマリー(甲13の25,14の5)の記載を根拠に,Aに対しては,4月21日ころから退院時までの間,ワーファリンが1日2錠ずつ投与されていた旨主張する。しかし,上記認定のように,2月28日以降,ワーファリンの投与量が3錠から1錠に減らされていった Aに対しては,4月21日ころから退院時までの間,ワーファリンが1日2錠ずつ投与されていた旨主張する。しかし,上記認定のように,2月28日以降,ワーファリンの投与量が3錠から1錠に減らされていった経緯があるところ,診療経過中,その投与を増やすべき事情があった様子は窺われない。また,診療録中の臨時指示表(甲14の15)では,遅くとも4月12日以降5月2日までの間,ワーファリン1日1錠の投与の指示がE医師からされていたことが認められ,また,E医師は,熊本県警察本部警務部監察課担当者に対し,上記紹介状の記載は誤りであったと述べているから(乙5),上記当時のワーファリン投与量は1日1錠であったと認めるのが相当であり,原告らの上記主張は採用できない。 また,日赤病院のカルテ(救急外来看護記録・甲8の26・27)には,5月22日救急搬送された経緯について「5月19日朝方胸痛,めまいがあり,F内科の往診を受け,異常なかった。心電図検査していない。」旨の記載があるところ,上記のとおりAは,E医師から心筋梗塞があると診断されて,これを気にしていたから,心筋梗塞の一般的な自覚症状である胸痛を訴えたと解する余地がある。 しかしながら,上記「往診時の胸痛の訴え」の陳述は,Aの長女である原告Cによるものであるところ(甲8の30。救急搬送された時のAの病状からみて,同人自身が5月20日未明の受診時の自覚症状を述べたとは考え難い。),Aは,G医師の診察を受けた日(5月20日),接見に来た弁護人に対し「今日午前2時ころトイレに行こうとしてふらついた。医師を呼んでもらった。医師は,手で脈を取っただけで,黙って帰った。」と述べて,胸痛を覚えてこれを訴えた旨述べていないから(甲34,35),G医師の診察時に胸痛を訴えたとは認め難いといわざるをえず,上記記載は前記認定を左 師は,手で脈を取っただけで,黙って帰った。」と述べて,胸痛を覚えてこれを訴えた旨述べていないから(甲34,35),G医師の診察時に胸痛を訴えたとは認め難いといわざるをえず,上記記載は前記認定を左右するものではない。 2 争点(1)(被告の過失責任の有無)について(1) 留置担当官の過失についてア前記1認定のAの診療経過等を基に,留置担当官の過失について検討するに,捜査機関は,刑事裁判の適正な実現を図るため,一定の要件に基づき発令された令状により,被疑者の身柄を拘束することができ,拘禁施設の適正な管理態勢を維持するために,被疑者が外部の医師を任意に選択し自由にその診療を受けることや,携行の医薬品を拘禁施設内に持ち込みこれを自由に服用することが制限されてもやむを得ないというべきであるが,被疑者の行動の自由を制限する以上,被疑者の生命身体に危険が及ばないよう処遇しなければならないことは当然であり,疾患を抱え,治療を要する被疑者に対しては,医師による,適切な治療を受けさせるべき義務があると解される。 イしかるに,前記1(1)イ(ウ),ウ認定事実によれば,留置担当官は,Aが退院直後であり,生命に対する危険性が高い肺塞栓症や心筋梗塞症の既往歴を有しているので,健康に留意するように申し入れられており,Aの主治医であるE医師からAに対しワーファリンを1日2錠投与すべき旨指示を受け,その旨明記された薬袋に入れられたワーファリン錠剤を渡されたにもかかわらず,5月10日以降,同人へのワーファリン投与量を誤り,1日1錠しか投与しなかった。ところで,前記前提となる事実(3)イ認定のとおり,ワーファリン療法は,医師が治療域を設定して適切なモニタリングと投与量の調節の下に行われるべきものであるところ,E医師は,Aの入院中のTT値(47パーセ ろで,前記前提となる事実(3)イ認定のとおり,ワーファリン療法は,医師が治療域を設定して適切なモニタリングと投与量の調節の下に行われるべきものであるところ,E医師は,Aの入院中のTT値(47パーセント,36パーセント)及び逮捕後の状況変化を勘案して,投与量を1日2錠に増量したのであるから,留置担当官の上記行為は,Aが適切な治療を受けるのを妨げるものであり,上記アの注意義務に違反した過失があることは明らかである。 なお,Aに対し,ワーファリンを1日2錠投与するようE医師から指示を受けた本渡警察署の警察官が,その指示内容を東警察署の留置担当官に伝達していたかは証拠上必ずしも明らかではなく,原告D作成の報告書(甲21)には,本件訴訟前に被告側から「両者の間で申し送りミスがあった旨」の説明がされた旨記載されている。しかし,上記1(1)イ(ウ)認定のように,ワーファリンを入れた薬袋に,投与量が1回2錠ずつと明記されていることからすれば,東警察署の留置担当官が適正投与量を認識することは当然に可能であったと認められ,この記載を見過ごしてAに対しワーファリンを1日1錠ずつしか渡さなかったことは,同担当官の過失であるといわざるを得ない。 ウまた,留置担当官は,Aの健康状態や既往歴に照らせば,勾留中の同人の診察に当たったF医師及びG医師に対し,Aの病歴,既往症の内容や逮捕時の薬剤服用状況等について正確な情報を伝達して,適正な診断,治療がなされるようにすべき注意義務があったというべきである。しかるに,前記1(2)イ,(3)エ認定事実によれば,留置担当官は,これを怠り,Aが再発すれば生命の危険がある重大な疾病である肺塞栓症や心筋梗塞症の既往歴があることを同医師らに告げていないのであるから,過失があるといわねばならない。また,留置担当官は,専 当官は,これを怠り,Aが再発すれば生命の危険がある重大な疾病である肺塞栓症や心筋梗塞症の既往歴があることを同医師らに告げていないのであるから,過失があるといわねばならない。また,留置担当官は,専門家たるG医師から診察の結果として,服薬状況に関して,上記のとおり薬剤(ワーファリン)の服用状況,服用量を前医に確認するように指示されたのであるから,これに従って前医に確認すべき注意義務があったというべきである。しかるに,留置管理官は,これを怠り,前医に確認をしていなかったのであるから,この点も過失と評価すべきである。 エこれに対し,被告は,服用するワーファリンの錠剤の個数については,Aが自己管理すべきである旨主張する。 しかしながら,前記1(1)イ(ウ)認定のとおり,E医師は,勾留されたAに投与するワーファリンの数量については,入院時のTT値等を考慮して従前1日1錠であったものを1日2錠に増量することとしたが,同人に対してこれを直接指示しておらず,本渡警察署の警察官に対してのみ上記指示を伝えて薬剤を交付し,以後,留置担当官が「1日2錠」と記載された薬袋を含めて薬剤を管理していたのであるから,Aが増量後の服用量を認識していたとは認め難いというべきである。しかも,上記1(1)ウ(ア)認定のとおり,留置担当官は,ワーファリンを赤色の包装フィルムから出してAに他の薬剤とともに渡していたのであるから,同人においてワーファリンが何錠渡されているのか判然としていなかったものと推認される。そうすると,本人の自己責任を斟酌することはできず,留置担当官の上記注意義務の有無を左右する事情とは解されない。 (2) F医師の過失についてア次に,F医師の過失の有無について検討するに,鑑定人H(町田市民病院総院長医師。以下「H鑑定人」という。 の上記注意義務の有無を左右する事情とは解されない。 (2) F医師の過失についてア次に,F医師の過失の有無について検討するに,鑑定人H(町田市民病院総院長医師。以下「H鑑定人」という。)は,鑑定及び証人Hの回答書(以下,併せて「H鑑定」という。)において,この点について,大要,次のとおり見解を述べている。 (ア) F医師は,Aが血栓・塞栓症の予防・治療薬であるワーファリンを服用していることを知っていたのであるから,同人が心臓や脳等の動脈に重症の動脈硬化症狭窄病変を有するか,肺血栓・栓塞症になりやすい易血栓形成性の病態を持った,重い循環器系の病人であることを認識できるはずであり,丹念な病歴聴取や病状把握を行うべきである。しかるに,同医師は,これを行っておらず,Aが肺塞栓や心筋梗塞等の既往症があることを認識していない。 (イ) ワーファリン療法においては,原則的に,ワーファリンの適正投与量は,TT値15~25パーセント,INR値2.0~2.5以内を保つように投与するのが通常であり,患者の病状,合併症の有無によって,TT値やINR値を見ながら,多少投与量を増減してコントロールすべきである。この点は,原則的に専門医の間では余り違いはない。ただし,ワーファリンの投与が多すぎると,脳出血や胃腸管出血などの重大な副作用があるから専門医の管理とワーファリン投与の仕方が重要である。 (ウ) Aの場合は,肺塞栓の既往症があり,肺塞栓症及び心筋梗塞の再発予防のためにワーファリン療法を実施していることを考慮すれば,TT値15~25パーセント,INR値2.0~2.2を維持するのが妥当である。したがって,F医師が診察した際のAのTT値44パーセントから判断すれば,ワーファリン投与量の不足は明らかである。 以上のH鑑定におけ パーセント,INR値2.0~2.2を維持するのが妥当である。したがって,F医師が診察した際のAのTT値44パーセントから判断すれば,ワーファリン投与量の不足は明らかである。 以上のH鑑定における見解は,上記認定のワーファリン療法に関する知見やH鑑定人の専門性に照らしても,合理的であり,採用できるというべきである。 イそこで,前記1認定の本件の診療経過に基づき,H鑑定を勘案して,F医師の過失の有無について検討するに,勾留中のAの定期健康診断に当たったF医師は,Aが血栓・塞栓症の予防・治療薬であるワーファリンを服用していることを認識したのであるから,同人が易血栓形成性の病態を有する循環器系の病人であることを認識できるはずであり,肺塞栓や心筋梗塞等の既往症があるのではないかと疑い,この点も念頭において丹念な病歴聴取や病状把握を行うとともに,既往症や血液検査の結果等を考慮の上,ワーファリン投与量が相当なものであるかについて注意を払い,それが相当でない場合には,留置担当官に注意を喚起し,少なくとも,警察を通じてAにTT値を連絡するなどして,従前治療を継続していた専門医に相談させるなどにより,適切な治療を受けることができる機会を与えるべき注意義務があったというべきである(なお,F医師は,勾留中の被疑者であるAを定期健康診断したのであって,その際,同人から特段の異常を訴えられておらず,また,異常所見も認められなかったのであるから,同医師がAの合併症の有無・程度等の症状や従前のTT値の推移等の診療経過を熟知していないこと,同医師の専門診療科目やワーファリンの副作用発生の可能性等をも考慮すれば,自らワーファリン療法を実施すべき注意義務があったとまでは解されない。)。 しかるに,F医師は,Aに対し,問診の際に,肺塞栓や心筋梗塞等の既往 ファリンの副作用発生の可能性等をも考慮すれば,自らワーファリン療法を実施すべき注意義務があったとまでは解されない。)。 しかるに,F医師は,Aに対し,問診の際に,肺塞栓や心筋梗塞等の既往症につき確認しなかったのみならず,血液検査の結果判明した同人のTT値44パーセント,INR値1.13が,一般に考えられている治療域(前記ア説示のとおりTT値15~25パーセント,INR値2.0~2.5。なお,この数値はワーファリンに関する文献にも記載されているところである。甲15,乙6)を相当外れており,ワーファリンの効果が減弱して血栓発生を防止することができない可能性がある状態と判断すべきであるにもかかわらず,ワーファリン療法実施中のTT値,INR値の相当性の観点から判断をせずに,健康な通常人の正常値に比して低いとの理由から,特に問題がないものと誤って判断し,留置担当官やAにTT値を連絡して注意を喚起しなかったものであり,上記注意義務に違反した過失があったものといわざるを得ない。 なお,前記1(1)ア(イ)認定事実及び甲11の9によれば,4月12日のAのTT値は47パーセントであったが,そのころ,栖本町立病院ではワーファリンの1日1錠投与を継続しており,上記TT値に応じてワーファリンの投与量を増加させていないこと,I医師は,Aの血液検査を実施した上で,同月25日E医師に対し,「TT値は36パーセントで,ワーファリンの量もちょうどいいようです。」と回答しているが,そのころも,栖本町立病院では1日1錠投与していたことが認められるから,TT値44パーセントが治療域から外れた数値であったとは認め難いと見る余地がある。しかしながら,I医師の専門診療科目は外科であるから,同医師の見解の相当性には疑問の余地がある上,TT値44パーセントという 4パーセントが治療域から外れた数値であったとは認め難いと見る余地がある。しかしながら,I医師の専門診療科目は外科であるから,同医師の見解の相当性には疑問の余地がある上,TT値44パーセントという検査結果は,患者を入院させて経過観察を行っている場合には許容されるとしても,一般的には文献上もワーファリン量の不足と判断すべき数値であるから,上記事実をもって前記判断を左右するものではない。 (3) G医師の過失についてア次に,G医師の過失の有無について検討するに,H鑑定人は,G医師の診療行為について,大要,次のとおり見解を述べているところ(H鑑定),上記H鑑定の結果は,H鑑定人の専門性等に照らして合理的であり,採用できるというべきである。 (ア) G医師は,医師免許取得後わずか1か月も経過しておらず,経験のない未熟な医師で,ほとんど臨床能力はないと判断される。 (イ) G医師は,それまでのAのカルテ,採血結果等を見ておらず,何も知らないまま同人を診たが,全く病態所見も記載せずにそのままにしていたというのは,正当な医療行為とはいえない。 (ウ) 経験のある医師であれば,循環器専門医でなくとも,現在の病気と服用中の薬を問いただして,めまいや吐き気の訴えがあれば,すぐ循環器専門医のいる病院に緊急入院させたと思われる。 イ上記1認定事実に基づき,H鑑定の見解を勘案してG医師の過失の有無について検討するに,夜間緊急往診に赴いた医師としては,患者から自覚症状,既往歴及び服用中の薬等を問いただすとともに,他覚的な所見を取って病状を的確に診断すべきであり,血栓症,塞栓症の予防・治療薬であるワーファリンを投与中であることや肺塞栓症や心筋梗塞等の既往歴があることを知れば,主訴のめまいや吐き気等は,前記1(3)ア認定のとお 病状を的確に診断すべきであり,血栓症,塞栓症の予防・治療薬であるワーファリンを投与中であることや肺塞栓症や心筋梗塞等の既往歴があることを知れば,主訴のめまいや吐き気等は,前記1(3)ア認定のとおり高齢者の心筋梗塞の徴候と見られるのであるから,心筋梗塞が生命にかかわる重大な疾病であることを考慮すれば,更に詳細な検査である心電図検査や血液検査等を行ったり,あるいは,自分の手に負えないと判断して専門医師のいる病院に転送するように指示するなどして,適切な診断及び治療を実施するべき注意義務を負っていたというべきである。 ウしかるに,G医師は,前記1(3)エ認定のとおり,Aが血栓・塞栓症の予防・治療薬であるワーファリンを処方されていることを知り,これを服用している可能性があることを認識したのであるから,A本人や留置担当官にワーファリン服用の有無,服用量,投薬の目的たる病名(肺塞栓や心筋梗塞等の既往症の有無)を確認すべきであったにもかかわらず,これを怠り,また,Aからめまい,ふらつき及び吐き気等の症状があったことを聞いたのであるから,更に詳細に病状を問いただして,既往症や服用している薬剤と関連づけて診断すべきであったにもかかわらず,これを怠り,単に,留置担当官に対し,Aの薬剤の服用状況,服用量を前医に確認するよう指示したのみで,それ以上の処置を何らとらなかったのであるから,上記注意義務に違反した過失があったといわねばならない。 (4) なお,F医師及びG医師は,公務員ではないが,東警察署長の委託によりAの診察に当たったものである。東警察署長は,被拘禁者の身体を拘束する公権力の行使に当たる公務員であり,拘禁中の者に対して拘禁施設で行われる医療行為は公権力の行使に当たるところ(監獄法40条),F医師及びG医師は,同法施行規則117条1項 ,被拘禁者の身体を拘束する公権力の行使に当たる公務員であり,拘禁中の者に対して拘禁施設で行われる医療行為は公権力の行使に当たるところ(監獄法40条),F医師及びG医師は,同法施行規則117条1項に基づく委託により,公権力の行使に当たる公務員たる東警察署長の履行補助者として道徳の診察に当たったものと認められるから,被告は,F医師及びG医師の過失についてもその責任を負うといわねばならない。 3 争点(2)(被告の過失とAの死亡との因果関係の存否)について(1) 本件証拠(甲3,8の1ないし9・26・27,17の1ないし6,19ないし21,25,26の4・5,乙4,証人J,原告D本人)及び弁論の全趣旨によれば,Aの死亡の経緯につき,次の各事実が認められる。 ア Aは,5月22日午後8時58分ころまで熊本地方検察庁検事の取調べを受けた後,東警察署留置場に戻ったところ,すぐに苦しみ出し,同房者に体調不良を訴えた。Aは,胸痛とめまいがあり,顔面蒼白で冷や汗をかいている状態で,血圧が40台であり,救急車で日赤病院に搬送された。 イ Aは,5月22日午後9時32分日赤病院到着後,救急外来のK医師の診察を受けたが,同医師は,心電図検査等から見て,Aの心臓下壁に急性心筋梗塞が起きているのではないかと考え,循環器科のJ医師(以下「J医師」という。)に連絡を取り,同日午後10時30分ころ以降,上記医師らがAの診療に当たった。その後,Aが,重大な不整脈を起こしたため,上記医師らは,電気ショックを与えて心臓の収縮を回復させ,同日午後10時40分から緊急冠動脈造影検査を実施した。緊急冠動脈造影検査の結果,Aは,冠動脈の血管径が通常より大きいために血液が停滞しやすく,血栓量が極めて多いことから,右冠状動脈の90パーセント閉塞による心臓下壁の急性心筋梗 脈造影検査を実施した。緊急冠動脈造影検査の結果,Aは,冠動脈の血管径が通常より大きいために血液が停滞しやすく,血栓量が極めて多いことから,右冠状動脈の90パーセント閉塞による心臓下壁の急性心筋梗塞を起こしていること,左冠状動脈の前下行枝にも陳旧性の完全閉塞が認められたが,その発症は概ね2,3か月前であることが判明した(なお,その際は,完全に左冠状動脈が閉塞しなかったか,あるいは側副血行が生じて心筋に致命的ダメージが生じなかったため,死に至らなかったと判断された。)。上記医師らは,Aに対し,経皮的冠状動脈形成術や大動脈バルーンパンピングなどの治療を試み,冠状動脈の閉塞状態を解消しようとしたが,治療効果を得ることはできず,Aは,同月23日午前7時39分,急性心筋梗塞により死亡した。 (2) 上記認定事実によれば,Aは,2,3か月前に左冠状動脈の前下行枝に心筋梗塞を起こしていたところに,5月22日になって血栓によって右冠状動脈が閉塞したことによる急性心筋梗塞を起こし,死亡するに至ったものであると認められる。 (3) そこで,Aの右冠状動脈内の血栓の形成をもたらした要因とワーファリン療法との関係について検討する。 ア前記認定説示のとおり,天草中央病院入院中の3月10日から逮捕時まで,Aには,ワーファリンが1日1錠投与されていたが,栖本町立病院入院中の4月12日にTT値が47パーセント,同月21日にTT値が36パーセントを記録するなど,一般的な治療域を超える数値を記録することがあったことから,栖本町立病院のE医師は,逮捕後のAに対して,ワーファリンを1日2錠投与する必要があると判断し,その旨警察官に指示したが,留置担当官は,5月10日以降,Aに対し,ワーファリンを1日1錠しか投与しなかった。同月11日には,AのTT値は44パーセ ーファリンを1日2錠投与する必要があると判断し,その旨警察官に指示したが,留置担当官は,5月10日以降,Aに対し,ワーファリンを1日1錠しか投与しなかった。同月11日には,AのTT値は44パーセント,INR値は1.13となり,治療域を超える数値となっていたが,その後も同人に対するワーファリンの投与量の増量が検討されることはなく,同人に対するワーファリン投与量は1日1錠のままであった。そして,本件証拠(甲32,33,原告D本人)によれば,原告Dは,ワーファリン血中濃度とTT値との関係について報告した論文に基づき,Aが同月22日に急性心筋梗塞により日赤病院に搬送された際に採血された血液中のワーファリン血中濃度から当時のTT値を推定したところ,当時の推定TT値は68.7パーセントと算定されたことが認められるから,同人のTT値は,同月11日以降も上昇していたものと推認される。 イそして,本件証拠(甲15,16,29の1・2,30,乙6,原告D本人)によれば,ワーファリン投与群と非投与群を比較研究した文献において,ワーファリンを適当量投与することによって,投与しない場合よりも死亡率を24パーセント,心筋梗塞の再発率を34パーセント減少させることができた旨報告されていること,調査時期と調査対照群を異にする2度の追跡調査で,ワーファリンを投与することによって,投与しない場合よりも死亡率を24ないし43パーセント,心筋梗塞再発率を34ないし64パーセント減少させることができた旨報告されていること及び国内ではワーファリン投与が老齢者急性心筋梗塞の二次予防に有用との報告もあることが認められる。 ウ上記認定のAのワーファリン服用量の経緯とTT値の増加状況や,ワーファリン療法の心筋梗塞予防における有用性にかんがみれば,5月10日以降,同人に 防に有用との報告もあることが認められる。 ウ上記認定のAのワーファリン服用量の経緯とTT値の増加状況や,ワーファリン療法の心筋梗塞予防における有用性にかんがみれば,5月10日以降,同人に対するワーファリン投与量が不足したことが,同人のTT値,INR値が上昇し,血栓の形成による急性心筋梗塞を引き起こした要因になったと推認するのが相当である。 エこの点につき,H鑑定人も,ワーファリン療法が適切に行われていればAが死亡する結果を回避できたか否かは,仮定の問題で明言できないとしながら,TT値,INR値を適正に維持できれば延命の効果はあったであろうと判断している(H鑑定)。 オ以上によれば,仮に,Aに対するワーファリン療法が適切に行われ,同人のTT値(INR値)を治療域内に維持することができていれば,同人が同月23日に急性心筋梗塞で死亡することがなかった蓋然性は高いということができる。 (4) また,上記認定事実によれば,F医師が,5月11日定期健康診断の際に採血した血液検査の結果,AのTT値,INR値が通常の治療域から外れていることが判明したのであるから,その際に,同医師が,留置担当官やA本人に検査結果を通知すれば,前医であるE医師に連絡するなどしてワーファリンの投薬の誤りに気づくことができた可能性があり(少なくとも,A本人に通知すれば,前記のとおり毎日接見していた弁護人を通じてE医師に連絡されたものと考えられ,そうすれば,AのTT値が通常の治療域から外れ,ワーファリンを1日に1錠投与していた時よりも,1日に2錠を投与するように指示した時の方が上昇していることになるのであるから,E医師がワーファリンの投与錠数の誤りに気づいた可能性は高いと解される。),そうすると,その段階で,血栓発生の予防等につき適切な治療が施され うに指示した時の方が上昇していることになるのであるから,E医師がワーファリンの投与錠数の誤りに気づいた可能性は高いと解される。),そうすると,その段階で,血栓発生の予防等につき適切な治療が施された可能性があり,Aが同月23日に急性心筋梗塞で死亡することはなかった蓋然性が高いと解される。さらに,G医師が,5月20日未明にAを診察した際に,症状,服薬内容及び既往症を詳細に聴取して,めまい,ふらつき及び吐き気などの症状から,心筋梗塞発生の危険性を考慮して相応の検査,診察を行い,専門医師へ転送する措置を講じていれば,ワーファリン投与量の増加,血小板治療,血栓の融解等の適切な治療が施され,また,留置担当官がG医師の指示に従って,E医師に連絡すれば,上記のとおりワーファリンの投与錠数の誤りに気づき,適切な治療が施された可能性があり,Aが同月23日に急性心筋梗塞で死亡することはなかった蓋然性が高いと解される。 そうすると,上記説示のF医師,G医師及び留置担当官の過失も競合し,Aに対するワーファリン療法が適切に行われず,これが急性心筋梗塞を引き起こしたものと認められるから,前記認定にかかるF医師,G医師及び留置担当官の過失とAの死亡との間に相当因果関係を認めることができる。 (5) これに対し,被告は,Aに投与されたワーファリン錠が1日2錠でなく1日1錠であったことと,同人が急性心筋梗塞により死亡したこととの間には,因果関係がない旨主張する。 この点,確かに,前記前提となる事実(3)ア(エ)記載のとおり,ワーファリンには,既に形成された血栓(血の塊)を溶かす効果はないから,2,3か月前に生成された左冠状動脈の血栓については,その血栓の形成とその数か月後のワーファリンの投与量とは無関係であるといわねばならない。しかしながら,Aの直接の死 の塊)を溶かす効果はないから,2,3か月前に生成された左冠状動脈の血栓については,その血栓の形成とその数か月後のワーファリンの投与量とは無関係であるといわねばならない。しかしながら,Aの直接の死亡の契機となった,右冠状動脈の血栓の発生については,上記(3)イ認定説示のワーファリン療法の心筋梗塞予防における有用性にかんがみれば,ワーファリンを適当量投与することにより,上記部位の血栓発生の可能性を有意に低下させることができたと認められるのであるから,被告の上記主張は採用できない。 また,被告は,ワーファリンの投与は,死亡率の減少に効果があるのみで,死亡の結果を阻止できるものではない旨主張するが,上記(3)イ説示のとおりワーファリン投与により急性心筋梗塞及び死亡率を有意に減少させることができるのであるから,留置担当官,F医師及びG医師がそれぞれAに対し医療水準に適った適切な診療及び対応を行っていたならば,同人がその死亡の時点においてなお生存していた高度の蓋然性があったというべきである。したがって,被告の上記主張は,にわかに採用できない。 4 争点(3)(過失相殺)について(1) 被告は,Aは,ワーファリンの投与量や自己の病状・身体状況について最も知っているはずであるから,異常が生じれば,直ちに担当者に訴えることなどができたのに,異常を訴えなかった過失があるから,この点を参酌するべきである旨主張する。 上記認定事実によれば,Aは,天草中央病院で左内腸骨動脈瘤破裂により手術を受け,その後肺塞栓症や心筋梗塞を合併して入院治療を続け,退院後間もなく逮捕勾留されたため,同人は,接見に来た弁護人に不眠や投薬などにつき苦情を述べて健康を意識していた上,栖本町立病院入院中の心電図検査の結果,心筋梗塞があるだろうと告げられて,これに ,退院後間もなく逮捕勾留されたため,同人は,接見に来た弁護人に不眠や投薬などにつき苦情を述べて健康を意識していた上,栖本町立病院入院中の心電図検査の結果,心筋梗塞があるだろうと告げられて,これにつき不安感を述べたりしていたのであるから,肺塞栓症と心筋梗塞に罹患していたことを認識していたと認められる。ところで,自己の身体状況,症状,病歴(既往症)を最もよく知っているのは患者本人であるから,Aは,自らの健康を守るべく,医師の診察の際に,正確かつ適切な診断,治療を受けることができるように,医師に対し,自ら積極的に心筋梗塞や肺塞栓症という重大な疾病に罹患し,そのためにワーファリン治療を受けていることを述べるべきであったと見る余地がある。しかしながら,他方,上記説示のとおり,Aは,ワーファリンの適正投与量や現実の投与量を知らされていなかった上,病状やワーファリン療法について専門的知識がなかったものと見られるから,上記ワーファリンの服薬により肺塞栓症や心筋梗塞の発症の危険性がないものと考えてこれを告げなかったとしても,やむを得ないといわねばならない。そうすると,Aが医師に対し既往歴等を積極的に告げなかったことをもって,過失相殺すべき落ち度があったということはできない。 (2) 被告は,Aには,ワーファリン投与量が異なることを留置担当官に指摘しなかった過失があるから,過失相殺がされるべきである旨主張する。 しかしながら,Aは,逮捕前,ワーファリン以外にも4種類の錠剤を服用していたところ,勾留中は薬剤を自ら管理できず,留置担当官から服用すべき薬剤が包装を外された状態で渡されていたため,区別がつかなかったこと,Aは,逮捕前までワーファリンを1日1錠服用していたところ,E医師のワーファリン増量(1日2錠投与)の指示が警察官になされて,A自身に 包装を外された状態で渡されていたため,区別がつかなかったこと,Aは,逮捕前までワーファリンを1日1錠服用していたところ,E医師のワーファリン増量(1日2錠投与)の指示が警察官になされて,A自身にはなされなかったことなどから,同人はこれを知らなかったと認められることは,前記1(1)イ(ウ),ウ(ア)認定のとおりである。 上記認定事実に照らせば,Aが,自己が服用すべき薬剤の種類,量を把握して,留置担当官から渡された薬剤の種類,量に誤りがあるとしても,これを指摘することは困難であるから,Aが誤りを指摘すべき義務を負っていたということはできない。したがって,ワーファリンの投与量の誤りを指摘しなかった点について,Aに過失相殺すべき落ち度があったとは解されない。 5 争点(4)(損害額)について(1) 逸失利益ア前記前提となる事実(1)アによれば,Aは,死亡した5月23日当時,77歳であったところ,77歳の男性の平均余命は9.47年である。しかしながら,Aの前記認定の既往歴,とりわけ,同人が5月当時,肺塞栓症や心筋梗塞に罹患しており,既に左冠動脈完全閉塞を起こしていた上,上記3(3)イ認定の文献報告に照らせば,ワーファリン療法は,死亡率や心筋梗塞発生を有意に減少させるもので,これを行えば5月23日に死亡しなかった高度の蓋然性はあったとは解されるものの,心筋梗塞発生の可能性をなくすほどのものではなく,同人の右冠状動脈が通常より太く血栓が形成されやすい形状で,糖尿病,肺塞栓症等の既往症があるなどの身体状態等にあったことを考慮すれば,同人は,本件により死亡しなければ,5年間程度,軍人恩給(年額96万1000円)及び地方公務員退職年金(年額382万1400円)を受給することが可能であったと推認するのが相当である。そして,この場合 人は,本件により死亡しなければ,5年間程度,軍人恩給(年額96万1000円)及び地方公務員退職年金(年額382万1400円)を受給することが可能であったと推認するのが相当である。そして,この場合の生活費は,年収の50パーセントと見るのが相当である。そうすると,上記恩給及び年金の受給額から同割合により生活費を控除した上,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると(5年間に対応する同係数は4.3643),逸失利益は,次のとおり1043万5900円となる(原告らの主張に従い,合計額100円未満を切り捨てる。)。 (96万1000円+382万1400円)×4.3643×(1-0.5)≒1043万5900円イ被告は,逸失利益から遺族年金(扶助料)分は控除されるべきであると主張するが,原告らが遺族年金(扶助料)を受給し又は受給することが確定していることを認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は採用できない。 (2) 葬儀費用弁論の全趣旨によれば,Aの葬儀費用は,120万円が相当と認められる。 (3) 慰謝料本件事案の内容,過失の内容,程度,Aの年齢,健康状態及び生活状況など,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,同人の被った精神的苦痛を慰謝するには1600万円をもって相当と認める。 (4) Aの損害合計額したがって,Aの損害額は,合計2763万5900円となる。 (5) 過失相殺上記4説示のとおりAにつき過失相殺すべき事由は認められない。 (6) 相続前記前提となる事実(1)アによれば,Aの相続人は原告ら2名のみであり,相続分は各2分の1ずつであるから,Aの死亡により,原告らは各1381万7950円の損害賠償請求権をそれぞれ相続 相続前記前提となる事実(1)アによれば,Aの相続人は原告ら2名のみであり,相続分は各2分の1ずつであるから,Aの死亡により,原告らは各1381万7950円の損害賠償請求権をそれぞれ相続した。 (7) 弁護士費用弁論の全趣旨によれば,原告らは本件訴訟を提起するに当たり,原告ら訴訟代理人に訴訟遂行を依頼し,弁護士費用を支払うことを約したことが認められるところ,本件事案の性質,訴訟遂行の経過及び本件訴訟の認容額など本件における諸般の事情を総合考慮すると,本件不法行為と相当因果関係に立つ原告らが被った弁護士費用相当の損害額は,各130万円ずつとみるのが相当である。 (8) 損害額合計以上によれば,原告らの損害額は,合計各1511万7950円(うち,弁護士費用相当額各130万円)となる。 第4 結論以上の次第で,原告らの請求は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金各1511万7950円及び内金1381万7950円に対する,Aの死亡日の翌日である平成12年5月24日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,それぞれその範囲で認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとし,本件事案にかんがみ,仮執行宣言については,被告において原告らに対し,各金800万円の担保を供することを条件として当該仮執行の免脱宣言をするのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 熊本地方裁判所民事第3部裁判長裁判官永松健幹裁判官堀部亮一裁判官古玉正紀 堀部亮一 古玉正紀
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