平成14(ワ)22807 不当利得返還請求

裁判年月日・裁判所
平成15年10月23日 東京地方裁判所
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判決文本文12,994 文字)

◆H15.10.23 東京地方裁判所民事第49部平成14年(ワ)第22807号不当利得返還請求事件判決要旨;私立中学校の入学試験の合格者が入学時納入金を納付した後,入学を辞退した場合について,入学時納入金を返還しない旨の特約が公序良俗に反しないとされた事例 平成15年10月23日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成14年(ワ)第22807号不当利得返還請求事件口頭弁論終結日平成15年9月25日 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金92万6390円及びこれに対する平成14年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,学校教育法所定の中学校を設置する被告が実施した入学試験に合格して被告との間で在学契約を締結し,入学時納入金を支払ったものの,その後,同契約を解除したと主張する原告が,被告に対し,入学時納入金を返還しない旨の合意は無効であるとして,不当利得に基づき納入金相当額92万6390円及びこれに対する弁済期を経過した後である平成14年11月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 争いのない事実(1) 当事者被告は,学校教育法上の中学校である慶應義塾普通部を設置する学校法人である。 (2) 事実経過ア原告は,平成9年2月1日及び同月3日,慶應義塾普通部の入学試験を受験し,同月4日,これに合格した。 イ原告は,同月5日,入学金 法人である。 (2) 事実経過ア原告は,平成9年2月1日及び同月3日,慶應義塾普通部の入学試験を受験し,同月4日,これに合格した。 イ原告は,同月5日,入学金34万円,前期授業料43万円,施設設備費13万円,教材費1万3390円及び普通部会費1万3000円の合計92万6390円(以下,これらを総称して「本件入学時納入金」という。)を被告に納付し,もって被告との間で慶應義塾普通部に係る在学契約(以下「本件在学契約」という。)を締結した。 ウ原告は,同月24日,被告に対し,入学辞退の申入れをし,本件在学契約が将来に向けて解消された。 エ原告は,平成14年8月21日,被告に対し,本件入学時納入金の返還を求めたが,被告は,これに応じなかった。 (3) 被告における本件入学時納入金に関する取扱い被告は,慶應義塾普通部に係る平成9年度募集要項に本件入学時納入金は理由のいかんにかかわらず返還しない旨記載した上,同年度の入学手続案内にも前同様の記載をした。 2 争点及び当事者の主張(1) 本件入学時納入金の取得に関する法律上の原因ア被告被告と原告との間においては,入学試験要項及び入学手続案内に前記1(3)のとおりの記載があり,原告がこれに同意して受験した上で本件入学時納入金を納付したことから,本件在学契約の内容として本件入学時納入金についてその返還を要しない旨の合意(以下「本件不返還合意」という。)が成立した。そこで,被告は,本件不返還合意に基づき,原告に対し,本件入学時納入金を返還することを要しない。 イ原告本件不返還合意は後記(2)アのとおり無効であり,被告が本件入学時納入金 ,本件不返還合意に基づき,原告に対し,本件入学時納入金を返還することを要しない。 イ原告本件不返還合意は後記(2)アのとおり無効であり,被告が本件入学時納入金を取得するのは法律上の原因を欠くというべきである。 (2) 本件不返還合意の有効性ア原告(ア) 在学契約の法的性質教育は,教育者と被教育者との間の相互の精神的作業であって,継続的関係として行われるのが常態であるから,在学契約の性質を論定する場合には,教育者と被教育者との信頼関係を特に重視すべきである。そして,在学契約は,継続的債権関係としての特色を有するところ,法律行為でない教育事務を委託することを内容としており,その事務処理に際し受任者たる教育者の自由裁量に任される範囲が広く,教育目的の完成ということはあり得ない点において,雇用や請負とは性質を異にし,準委任契約としての特質を備えている。 したがって,在学契約は,準委任契約との本質的共通点にかんがみ,準委任ないしこれに類似した無名契約と解すべきである。 なお,中学校は,教育の公的性質及び政策的見地から,学則により自ら解除権の行使を制限しているのであって,診療契約において診療の拒否が禁止されているのと同様に,一方的に解除することができないとの一事をもって在学契約の法的性質が決定されるものではない。また,在学契約が多様な要素を包含していることは否定しないが,いずれも教育役務の提供という委任事務処理の本旨から導かれる付随的な要素にすぎない。 (イ) 民法651条2項ただし書の適用又は類推適用の可否a 在学契約の法的性格にかんがみると,被教育者にとっては教育 の本旨から導かれる付随的な要素にすぎない。 (イ) 民法651条2項ただし書の適用又は類推適用の可否a 在学契約の法的性格にかんがみると,被教育者にとっては教育者から教育を受ける必要性が失われたときに即座にこれを解除し得ることが必要である。このような法律関係は,当事者が任意に契約を終了させることを認める委任の解除規定(民法651条)に最も適合するので,これを在学契約に適用又は類推適用すべきである。 また,同条2項は,本文において,委任契約の相手方が不利な時期に同条1項に基づいて解除するときは,その損害を賠償すべき旨を規定するけれども,ただし書においては,やむを得ない事由があるときは,損害の賠償を要することなく,解除をすることができる旨を定めているところ,委任者は,その利益のために前記の事由さえあれば,何らの拘束もなく契約関係から解放されなければならない。 したがって,委任者には,損害賠償を伴わない解除権が留保されるべきであり,これを規定した民法651条2項ただし書は強行規定であって,これに反する特約は無効である。 b ところで,本件在学契約の解除に伴い,受任者である被告は委任者である原告に対して前払に係る費用ないし報酬としての性質を有する本件入学時納入金を返還すべき義務を負うのであるが,被告の援用する本件不返還合意は,理由のいかんを問わず返還を要しないことを内容とするものであり,いったん本件入学時納入金を納付した以上入学辞退はできないとの解除権放棄の合意をするのと実質的に趣旨を同じくするものである。 そして,入学辞退は,自らが望む水準及び内容の教育役務の提供という基準による学校の選択が当人のその後の との解除権放棄の合意をするのと実質的に趣旨を同じくするものである。 そして,入学辞退は,自らが望む水準及び内容の教育役務の提供という基準による学校の選択が当人のその後の人生を左右する一大事であるという社会一般の価値判断に強く規律されたものである上,原告は,東京都内に所在する祖母宅に寄宿して通学する予定であったところ,祖母の都合により寄宿が不可能になり,入学辞退を余儀なくされたものであるから,やむを得ない事由による入学辞退の申入れということができる。 c そうすると,本件不返還合意は,実質的に強行規定である民法651条2項ただし書に違反しており,その適用又は類推適用により無効である。 (ウ) 民法90条所定の公序良俗違反の成否a 事業者が契約に関する情報収集力及び交渉力に劣る消費者に対し自己の優越的地位を利用して損失を転嫁させる内容の特約を受諾させた場合には,他人の窮迫,軽率,無経験等に乗じて不当な財産的給付を約束させる行為とまでいえなくても,そのこと自体が社会的相当性がないものとして,特約の全部又は一部の効力を否定すべきであり,この理は,そのような特約が消費者にとって不可欠ないし社会生活上極めて重要な意義を有する契約の付随的条項である場合,他の事業者との間においても同種の問題が生ずるような場合においては,なお一層妥当するというべきである。 b 本件入学時納入金は,被告の教育的役務の提供に対する反対給付とすることを予定して支払われたものであるが,入学を辞退した原告は,被告から何らの反対給付も得ておらず,仮に,その中に入学手続等の事務処理の対価としての部分が含まれているとしても,全額がその対価であるとすることは高額に失し,不合理である。 入学を辞退した原告は,被告から何らの反対給付も得ておらず,仮に,その中に入学手続等の事務処理の対価としての部分が含まれているとしても,全額がその対価であるとすることは高額に失し,不合理である。 そして,原告は,私立中学校への進学を人生における不可欠の過程と考え,他に進学したい私立中学校がある場合であっても,高校受験までの3年間,公立中学校への進学を余儀なくされることを避けるため,本件不返還特約の存在を知りながら,本件入学時納入金を納付し,慶應義塾普通部に入学し得る地位を確保せざるを得ない立場にある一方,被告は,原告がそのような事情にあることを認識しながら,個別的な交渉に応じる必要がないので,両者の間に交渉力において著しい格差があり,被告は原告に対し圧倒的に優位な地位にあったものである。 また,入学時納入金の前納及びその不返還の制度については,これを不合理なものとして私立学校を非難するマス・コミュニケーションの論調が極めて強く,学校関係者からも同様の発言がみられるようになっているばかりか,文部省(当時。以下同じ。)も既に昭和50年9月の時点においてこれを徴収できないような運用を目指していたのであって(同月1日文管振第251号管理局長・大学局長の文部大臣所轄各学校法人理事長あて通知「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて」。以下「文部省昭和50年通知」という。),社会的妥当性を有しない行為というべきである。 さらに,原告は,前記(イ)bのとおり,自らの意思や選択では解決不可能な事由により慶應義塾普通部への入学辞退を余儀なくされた者であるところ,本件不返還合意は,そのような事由を一切考慮することなく,例外なく入学時納入金を返還しない旨を定めてい 意思や選択では解決不可能な事由により慶應義塾普通部への入学辞退を余儀なくされた者であるところ,本件不返還合意は,そのような事由を一切考慮することなく,例外なく入学時納入金を返還しない旨を定めている。 このように,不返還合意が存在する結果,数多くの受験生は,受験勉強の成果が実って合格を果たしたにもかかわらず,高額の入学時納入金を放棄する覚悟がなければ入学手続を執ることができず,又は,前記金員を用意できなければ受験先を限定するしかないという立場に立つことを余儀なくされ,自己の進学する中学校の選択を制約されているのである。 なお,不返還合意と入学者の早期確定は全く関係がないことに加え,中学校の入学試験においても複数の学校を受験することは可能であること,中学校の入学試験の合格者の入学意思が強固であるとすれば,不返還合意により入学者の確定を図る必要性に乏しいこと,入学辞退に伴う欠員の補充は至極容易であったことに照らせば,中学校における不返還合意の存在は大学におけるものよりも公序良俗からの逸脱が著しい。 c 以上の諸点に照らせば,本件不返還合意は,民法90条所定の公序良俗に反するものとして無効である。 イ被告(ア) 在学契約の法的性質在学関係は,学校教育が個人教育とは異なり,人的物的施設を用いて一定の体系及び編成に従った中学校という組織体によって行う集団的教育であることから,教職員組織という人的要素と教育施設及び設備という物的要素が不可欠であり,また,組織体としての機能維持のために学則等による規律が必要であり,その結果,学校側の教育役務の提供と教育施設を利用させる義務と生徒側の授業料納付や学則を遵守し,学校による指導 要素が不可欠であり,また,組織体としての機能維持のために学則等による規律が必要であり,その結果,学校側の教育役務の提供と教育施設を利用させる義務と生徒側の授業料納付や学則を遵守し,学校による指導監督に服する義務とを要素とする法律関係である。しかも,前記のような法律関係は,中学校側の裁量によって定められるものであり,このような性質を反映して,在学契約は,民法上の典型契約とは異なる複合的な要素を内容とする非典型の無名契約ということができ,文部科学大臣等により認可,監督(学校教育法3条,学校教育法施行規則3条,同4条,同51条ほか,中学設置基準等)を受けた学則等(募集要項,入学手続案内も含む)の定めを主たる内容とする複合的な非典型双務有償契約である。 なお,在学契約を準委任契約ないしこれと類似した無名契約と解することは,教育内容が当事者間の個別合意ではなく,中学校側の作成した体系的かつ定型的な内容で定まること,教育施設及び設備の利用が不可欠であること,被教育者が予定の課程を修めると終了すること,中学校側に懲戒権が認められていることと符合しない上,委任契約に関する民法の諸規定を在学契約に適用することは,不当な結果を招き,立法者が想定した域を越えることになるから,妥当でない。 (イ) 民法651条2項ただし書の適用又は類推適用の可否在学契約は文部科学大臣等から認可・監督を受けた学則等の定めがその主な内容になっていると解されるのであって,学校法人又は生徒がそれぞれ在学契約を解消(入学辞退又は退学)する場合においては,その要件及び効果は学則等が規定するところによって決せられると解されるので,単純に典型契約の意思解釈補充規定(任意規定)にすぎない民法651条を適用又は類推適用することは相 退学)する場合においては,その要件及び効果は学則等が規定するところによって決せられると解されるので,単純に典型契約の意思解釈補充規定(任意規定)にすぎない民法651条を適用又は類推適用することは相当でない。 また,委任契約の解除の規定を在学契約に適用又は類推適用することは,被告がいつでも理由もなく生徒を退学処分にできるということであり,社会通念上到底容認できない結論を導くものである。 本件在学契約において,当事者の一方が契約の解除を欲すれば,そのこと自体がやむを得ない事由となると解することは,当事者の一方である学校側が入学予定者との在学契約を一方的に破棄することを許容する結果となり,常識に反する。 (ウ) 民法90条所定の公序良俗違反の成否公序良俗に反するか否かは,法律行為のなされた時点の公序に照らして判断すべきところ,本件在学契約は平成9年に締結されたものであり,同年には平成5年度の入学辞退者からの返還請求を棄却する最高裁判所の判断が示されており,これと本件との間には時期的にさほどの違いがない上,文部省昭和50年通知は,そもそも私立大学を対象とするものであって,私立中学校を対象とするのではないばかりか,同通知は,入学時納入金不返還合意の有効性を前提にしながら,入学時納入金のうち入学金以外について合格発表後短期間内に納付させるような取扱いを避けるように指導するものである。 本件不返還合意は,中学校進学が義務教育の一環であって,もともと進学することができる公立中学校が用意されている状況の下で,特に慶應義塾普通部で教育を受けることを希望した者の中から選抜されて合格した者が入学手続を完了した以上,入学意思が強固な者ばかりであると考えられ することができる公立中学校が用意されている状況の下で,特に慶應義塾普通部で教育を受けることを希望した者の中から選抜されて合格した者が入学手続を完了した以上,入学意思が強固な者ばかりであると考えられ,入学を再考する機会も必要ないと考えられること,他方で,慶應義塾普通部としても,大学までの一貫教育を実施するため,優秀な生徒を確保する要請があることを考慮して設けられたものであり,合理的な理由に基づく。 そして,慶應義塾普通部の入学試験の合格者は,精神的にも肉体的にも未熟であることから,4月の来るべき入学に備えてもらう必要があること,義務教育として公立中学校が設けられていることから早期に定員を確定する必要があり,2月上旬に入学手続の期限を設定している。 原告は,あくまで家庭内の事情で入学を辞退したのであって,より希望する私立中学校に入学するためではなかったのであるから,原告の主張は,その前提とする事実関係と矛盾する上,原告の中学選択の自由が制約されたということでもなく,その個別的事情も原告の保護者らにとっては予見可能であったというべきであるから,本件不返還合意の公序良俗違反を主張すること自体,理由がない。 以上の諸点に照らせば,本件不返還合意は,民法90条に違反せず,有効である。 第3 当裁判所の判断 1 在学契約の法的性質私立中学校に係る在学契約は,学校教育法に定められた中学校を設置する学校法人が,生徒に対し,あらかじめ整備しておいた教育施設を利用させたり,雇用等により配備した教職員をして所定の課程の授業又は教育遂行上の事務を行わせるなどの方法により役務を提供して,教育を実施する義務を負い,その反面,生徒が,自己の教育を包括的に中学校に委ねてその指導を受ける より配備した教職員をして所定の課程の授業又は教育遂行上の事務を行わせるなどの方法により役務を提供して,教育を実施する義務を負い,その反面,生徒が,自己の教育を包括的に中学校に委ねてその指導を受けることを承認するとともに,授業料その他の学費を納付する義務を負うことを主たる内容とし,単に人的・物的教育施設の利用とその対価の支払に関する法律関係にとどまらず,教育という全人格的な営為を対象とするだけに,取引法の原理には馴染まない要素をも包摂している。そして,中学校設置者は,教育目的を達成するため,一般的に生徒の身分ないし地位を定めるとともに,教育内容を明らかにする学則等の諸規則を制定したり,個別・具体的な指示命令をもって生徒の行動を規律することができる一方,生徒が自己に対する教育を託している学校から何らの理由もないのに在学契約を解除されて一方的に両者の関係を解消されることは想定されていないのであって,このような法律関係の形成を目的とする在学契約には,前判示のとおりの特質を有する生徒の地位を定める側面があることは否定できず,この点は,教育の本質から当然に帰結されるところである。また,中学校は,国公立学校であると私立学校であるとを問わず,公教育を分担すべき責務を負う公的な存在であるから,その教育内容は教育基本法及び学校教育法を始めとする教育法による規制を受け,その主たる内容をあらかじめ学則等の諸規則によって明らかにしておくことが必要となり,私立中学校の場合には,これが一種の普通契約約款として附合契約の性質を有する在学契約の内容を一般的に規定することになる。 そうすると,在学契約は,人的・物的教育施設の利用関係及び教育遂行関係並びに生徒たる地位の取得関係など複合的な要素を包摂しているばかりでなく,教育法の原理及び理念による規律を受ける る。 そうすると,在学契約は,人的・物的教育施設の利用関係及び教育遂行関係並びに生徒たる地位の取得関係など複合的な要素を包摂しているばかりでなく,教育法の原理及び理念による規律を受けることが当然に予定されているという意味において,取引法原理に適合しない側面を有しているので,準委任契約には該当しないといわざるを得ず,かつ,その事務の本質的な特徴にかんがみれば,同契約に類似した無名契約ということもできず,教育法の原理及び理念により規律されることが予定された継続的な有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約というべきである。 2 本件入学時納入金の取得に関する法律上の原因(1) 本件入学時納入金のうち入学金以外の金員は,その名目及び金額の内訳が前判示第2の1の(2)イのとおりとされており,これらはいずれも入学年度の4月1日以降に慶應義塾普通部が提供する人的・物的教育施設の利用及び教育的役務の享受と対価関係に立ち(前期授業料,施設設備費及び教材費),あるいは立替金的な性格を有すること(普通部会費)が明確であり,これらが他の用途に使用されることを窺わせる証拠はない。 これに対し,入学金は,入学手続時に1度だけ納付すべきものであるところ,その名目及び金額からは必ずしも性格が明らかとはいい難いが,少なくとも合格発表時から入学年度の4月1日をもって実際に生徒の地位を付与して前示の給付を行うに先立ち,入学予定者を確定して,これらの者と各種の書類を取り交わすなどの事務手続,あるいは入学者の受入準備作業が行われることは弁論の全趣旨から明らかであるが,これに費用を要することはいうまでもなく,入学金のうち相当部分はこれに充てられるとみて差し支えない。また,入学予定者は,いったん入学手続を了してしまえば,入学年度の4 論の全趣旨から明らかであるが,これに費用を要することはいうまでもなく,入学金のうち相当部分はこれに充てられるとみて差し支えない。また,入学予定者は,いったん入学手続を了してしまえば,入学年度の4月1日をもって正規に生徒としての資格を取得する地位を付与されることになるところ,この段階まで至れば,もはや中学校から合理的な理由もないのに一方的に在学契約を解除することができないことは前判示のとおりであるから,法律上も強固な契約上の地位ということができる。 このような在学契約における入学予定者の法律上の地位に照らすと,入学金は,前示の入学手続上の諸費用に充てられるほか,在学契約上の地位の取得についての対価とみることができ,このように解することが在学契約締結当事者の合理的意思に合致すると考えられる。 (2) 以上によれば,原告の請求のうち入学金34万円に係る部分は,本件在学契約の成立により入学手続上の諸利益を享受し,かつ,同契約上の地位を取得したことから,被告がその対価として取得することにつき法律上の原因があるので,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。 これに対し,原告の請求のうちその余の58万6390円に係る部分については,先に(1)で判示した名目及び金額に照らすと,既に原告が取得した利益や地位とは対価関係に立っていないといわざるを得ない。 しかしながら,前記1の(2)イ及び(3)の事実によれば,本件不返還合意が本件在学契約の内容になっていると認められるので,前示の金員の取得につき法律上の原因があるか否かは本件不返還合意の有効性によって決せられる。 3 本件不返還合意の有効性(1) 民法651条2項ただし書の適用又は類推適用の可否入学予定者が入学辞退の の原因があるか否かは本件不返還合意の有効性によって決せられる。 3 本件不返還合意の有効性(1) 民法651条2項ただし書の適用又は類推適用の可否入学予定者が入学辞退の申入れをしたことにより在学契約を締結した学校法人に損害が生じた場合に民法651条2項が適用されるか否かは,同契約の性質をどのように解するかにかかっているが,前判示1のとおり準委任又はこれと類似の無名契約とみることはできないから,その適用を肯定することはできない。 もっとも,契約当事者間の人的信頼関係が基礎となっている継続的な契約関係であることから,一定の範囲内で委任に関する諸規定を類推適用することが考えられないではないが,同法651条所定の任意解除権は,契約当事者双方から何らの理由がなくとも自由に行使することを許容するものであり,中学校側からの一方的な解除が許されない在学契約の本質と相反するものである上,同条2項は,解除が自由に行われることとこれにより生じる損害の填補との調和を図るために設けられた規定であるところ,在学契約においても生徒側からの解除が自由に行われることから,これにより中学校側に損害を生じる場合のあることは容易に予想できることであり,同契約の当事者間において,生徒側が任意解除権を行使したときは,中学校側に対し,その結果生じた損害を填補するために一定額の金員を支払う旨合意することは,公序良俗に反するなどの特別な事情がある場合を除きこれを禁止すべき理由はない。 そして,原告の主張するように生徒側の利益のみを偏重することはできないから,同条2項ただし書を強行法規と解することは困難であり,原告らの主張はその前提を欠くから,これを採用することはできない。 (2) 民法90条所定の公序良俗違反の成否 ることはできないから,同条2項ただし書を強行法規と解することは困難であり,原告らの主張はその前提を欠くから,これを採用することはできない。 (2) 民法90条所定の公序良俗違反の成否ア民法90条の該当性に関する原告の主張は,社会的に不相当な行為をも無効とすべきであるとするものであるが,民法は公の秩序に抵触するなど反社会性の強い行為とその程度に達していないため私的自治に委ねるべき行為とを区別し,前者についてのみ法的効果を認めないものとしているのであるから,ただ単に相当性を欠くというだけで無効とすることはできないというべきである。また,当不当の判断は相対的であって,法的安定性を害するおそれがあることは否定できない。 殊に本件で問題とされる教育をめぐる法律関係については,学校法人が教育活動の一環として行う通常許される範囲内の事業活動と公序良俗に反し無効とされる事業活動を区別するための基準としてはあいまいに過ぎ,これを採用することはできない。 そこで,本件不返還合意は,被告との間でこれを内容とする本件在学契約を締結した原告の窮迫・軽率・無経験などに乗じて,はなはだしく不相当な財産的給付を約束させる行為に該当すると認められる場合に限り,民法90条所定の公序良俗に反するものとして無効になると解すべきである。 イ前判示第2の1の(3)の事実によれば,普通契約約款として在学契約の内容となっている本件不返還合意は,被告が一方的に定めた慶應義塾普通部に係る平成9年度募集要項及び同年度の入学手続案内の記載に基づくものであり,原告がこれに対する諾否を選択する余地はなく,契約内容はすべて被告が定めていたという意味で,被告は,原告に対し,優越的な地位にあったということができる。 もっとも,証 ものであり,原告がこれに対する諾否を選択する余地はなく,契約内容はすべて被告が定めていたという意味で,被告は,原告に対し,優越的な地位にあったということができる。 もっとも,証拠(乙第2号証,第5号証,第12号証)及び弁論の全趣旨によれば,私立中学校の入学試験は,一部の例外はあるものの,2月上旬の数日間に行われ,複数校の受験が可能であること,慶應義塾普通部の入学試験の募集定員は約170名であること,慶應義塾普通部における平成7年度から平成9年度までの入学手続後の入学辞退者数は0名,2名,1名と推移していること,以上の各事実が認められるところ,これによれば,受験生が,他の中学校への進学をも考慮し,その入学試験に不合格となった場合に備えて,既に合格発表のあった別の私立中学校の入学手続をしておき,いずれかの私立中学校への進学の途を確保しておくことも考えられないではないが,慶應義塾普通部における入学辞退者数の募集定員に対する比率がごくわずかであることにかんがみると,他の私立中学校に合格して慶應義塾普通部への入学を辞退する者が存在したとしてもごくわずかであるとみるほかはなく,慶應義塾普通部の入学手続者がいずれかの私立中学校への進学の途を確保するために,不利な内容の在学契約の締結を甘受させられているという実態を認めることはできない。 ウ証拠(乙第1,第2号証,第5号証)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,慶應義塾普通部の合格発表日を平成9年2月4日とし,入学手続期間を同月5日限りとしていたことが認められ,第1学年が開始される同年4月5日までは2か月弱の間隔があり,時期的には補欠合格者により入学辞退者の分を補填する余裕はあったということができる。 しかし,証拠(乙第4,第5号証,第8号証)及び弁論 る同年4月5日までは2か月弱の間隔があり,時期的には補欠合格者により入学辞退者の分を補填する余裕はあったということができる。 しかし,証拠(乙第4,第5号証,第8号証)及び弁論の全趣旨によれば,慶應義塾普通部は,建学の精神に基づき教育基本法及び学校教育法に定める小学校教育の基礎の上に男子中等普通教育を施すことを目的としていること,慶應義塾普通部の生徒のほとんどが被告の設立した高等学校及び大学に進学することを予定されていることが認められ,被告においては,大学に至るまでの一貫した教育を施すため,優秀な入学予定者を早期に確保するとともに,実際に入学する4月1日まで一定の時間的余裕を確保しておきたいとして入学手続の期限を早めに設定しているとみることができる上,補欠合格者による補填は不確実であるから避けたいとの考慮も,財政的基盤の安定を望む私立学校としてはやむを得ない面がある。 また,証拠(乙第8ないし第11号証)及び弁論の全趣旨によれば,慶應義塾普通部の入学予定者はいずれも精神的・肉体的に未熟な年代にあること,慶應義塾普通部は,平成9年2月15日,入学予定者の保護者に対し,慶應義塾普通部における生活につきこと細かに記載した書面を交付していること,出身幼稚園や小学校,現住所地が重ならないように配慮するなど考えられる限りの諸要素を勘案してクラス編成を行っていること,以上の各事実が認められ,これによれば,慶應義塾普通部が,精神的・肉体的に未熟な年代にある入学予定者に対し,4月以降の新生活に備えてさまざまな配慮をしており,これらの配慮を十分に行えるように入学予定者を早期に確定したいと考え,入学手続期限を早期に設定することも不自然なことではない。 エなお,証拠(甲Br第11号証)及び弁論の全趣旨によれ ,これらの配慮を十分に行えるように入学予定者を早期に確定したいと考え,入学手続期限を早期に設定することも不自然なことではない。 エなお,証拠(甲Br第11号証)及び弁論の全趣旨によれば,原告が慶應義塾普通部への入学を辞退した理由は,神奈川県横浜市在住の祖父母宅に寄宿することを予定していたところ,慶應義塾普通部の入学手続後に祖母の体調が悪化したため,慶應義塾普通部への入学を断念せざるを得なかったところにあり,他の中学校の入学試験に合格したからではなかったことが認められるのであって,このような事情は原告に特有のものであり,被告が原告を含めた受験生の私立中学校への進学の途を確保したいとの心情に乗じ,不利な内容の在学契約を締結させたとすることはできない。 オ以上の諸点に徴すると,本件不返還合意は,原告の窮迫・軽率・無経験に乗じて締結されたものではなく,はなはだしく不相当な財産的給付を約束させる行為に該当するということはできないから,原告の主張は採用できない。 4 結論よって,本訴請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第49部 裁判長裁判官齋藤隆 裁判官小川直人 裁判官鈴木敦士 裁判官鈴木敦士

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