主文 1 被告は原告に対し、金3732万8575円及びこれに対する昭和61年7月23日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。 4 この判決第1項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は原告に対し、7139万5524円及びこれに対する昭和61年7月23日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、原告が下記1(2)の事故を理由に、被告に民法715条1項に基づく損害賠償を請求する事案である。 1 争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実(1) 当事者・関係者等① 原告(昭和14年8月11日生)は、下記(2)の事故当時スミケイ運輸株式会社(以下スミケイという)にトレーラー運転手として勤務していた者であるが、平成11年9月30日同社を定年退職した(以下本件退職という)。 ② 被告は、港湾運送事業等を主たる目的とする会社であり、AとBは、その従業員である。 (2) 本件事故の発生(ただし、下記③の事故態様の詳細に争いがある。なお以下、事故態様に関して前後左右をいうときは、原則として、下記③のトレーラーの進行方向を前方といい、他の方向もこれを前提に表示する)① 日時昭和61年7月22日午前11時30分頃② 場所愛知県海部郡C村D所在の住金名古屋スチールセンター株式会社C岸壁③ 態様Aを操作員とし、Bを合図マンとして、被告がクレーン(以下本件クレーンという)で接岸中の船舶から原告運転のトレーラー(以下本件トレーラーという)にアルミスラブ(以下本件スラブという)を陸揚げ中、同作業を手伝っていた原告が、本件クレーンで吊下げた本件スラブと本件トレーラー荷台前方のトリイ(積み荷の 転のトレーラー(以下本件トレーラーという)にアルミスラブ(以下本件スラブという)を陸揚げ中、同作業を手伝っていた原告が、本件クレーンで吊下げた本件スラブと本件トレーラー荷台前方のトリイ(積み荷の移動を防ぐ荷台最前部の止め板)又はシートを乗せる台(以下シート台という)の間に挟まれて負傷。 (3) 原告の受傷内容及び本件事故後の入通院状況(ただし、下記C型肝炎と本件事故との相当因果関係及び治療の相当性等に争いがある)本件事故によって、原告は、腹部挫傷、左腎動静脈断裂、左腎・肝・短肝静脈・大網・横行結腸間膜・横行結腸損傷、腹腔内出血、出血性ショックの傷害を負い、以下の入通院をして手術等を受けた(以下これら入通院は、その符号で表示することとし、入院①とか、通院⑨という。入通院先は、下記①ないし⑨が名古屋掖済会病院、同⑩が総合大雄会病院である。また、いずれも原告が本件事故と無関係な他疾病によると自認する入通院を除く)。 更に、原告は、平成5年8月C型肝炎に罹患しているのが判明した(以上、甲1、甲4ないし甲6、乙3の4、証人中井堯雄の証言)。 《入院》合計246日間(うち検査入院30日間)なお、下記①②④⑦の各入院時に手術を施行。その余は検査目的での入院。 ① 昭和61年7月22日~9月10日(51日間)② 昭和61年9月29日~11月15日(48日間)③ 平成2年10月15日~10月20日(6日間)④ 平成2年11月16日~平成3年1月12日(58日間)⑤ 平成6年5月16日~5月21日(6日間)⑥ 平成7年8月30日~9月6日(8日間)⑦ 平成7年11月15日~平成8年1月12日(59日間)⑧ 平成8年11月13日~11月22日(10日間)《通院》⑨ 昭和61年9月12日~平成11年9月16日(実日数699日間)⑩ 昭和61年 11月15日~平成8年1月12日(59日間)⑧ 平成8年11月13日~11月22日(10日間)《通院》⑨ 昭和61年9月12日~平成11年9月16日(実日数699日間)⑩ 昭和61年12月17日~平成11年9月13日(実日数879日間)(4) 本件事故後の原告の休職・就労状況(ただし、下記⑧以下の勤務時の原告の健康状態や、これ以外の休務があるか等につき争いがある)原告は、本件事故後、昭和63年4月1日からスミケイの発送班の事務室で仕事に就き、平成4年3月1日車両部の購買担当係に配属され、平成5年1月1日同部主任に任命されたが、平成9年1月1日構内運搬部勤務を命ぜられて主任から降格された。一方、本件事故時から本件退職時までに、原告は、以下のとおりスミケイを休職し、あるいは就業時間の制限等を受けた(以下これら休職等は、その符号で表示することとし、休職①とか、通常時間勤務⑫という)(甲4、甲20、甲37、甲40、原告本人尋問の結果、第1回口頭弁論採用のスミケイに対する調査嘱託《以下本件嘱託という》の結果)。 《休職》① 昭和61年7月22日~昭和63年3月31日(619日間)② 平成2年10月15日~10月24日(10日間)③ 平成2年11月26日~平成3年3月31日(126日間)④ 平成6年5月16日~平成6年5月21日(6日間)⑤ 平成7年8月30日~9月6日(8日間)⑥ 平成7年11月15日~平成8年3月31日(138日間)⑦ 平成8年11月13日~11月22日(10日間)《5時間制限勤務・軽作業》⑧ 昭和63年5月17日~昭和63年11月13日(181日間)⑨ 平成3年4月1日~平成6年5月15日(1141日間)⑩ 平成6年5月22日~平成6年6月30日(40日間)《6時間制限勤務・軽作業》⑪ 昭和 7日~昭和63年11月13日(181日間)⑨ 平成3年4月1日~平成6年5月15日(1141日間)⑩ 平成6年5月22日~平成6年6月30日(40日間)《6時間制限勤務・軽作業》⑪ 昭和63年11月14日~平成元年4月9日(147日間)《通常時間勤務(7時間45分)・軽作業》⑫ 昭和63年4月1日~5月16日(46日間)⑬ 平成元年4月10日~平成2年10月14日(552日間)⑭ 平成2年10月25日~11月25日(32日間)⑮ 平成6年7月1日~平成7年8月29日(137日間)⑯ 平成7年9月7日~11月14日(69日間)⑰ 平成8年4月1日~11月12日(225日間)⑱ 平成8年11月23日~平成11年9月30日(1042日間)(5) 原告の後遺障害認定(ただし、症状固定時期、労働能力喪失率に争いがある)原告は、平成11年9月17日掖済会病院で症状固定と診断され、更にその後の障害につき、名古屋南労働基準監督署から、労災保険法施行規則別表第1障害等級(以下障害等級という)5級1の3(胸腹部臓器に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当すると判定されて、平成12年1月7日障害等級5級の認定を受けた(甲2、甲3)。 (6) 原告に対する休業補償給付原告は、前示(4)及びその他の休職期間について、労災保険法による休業補償給付として、同法8条の2第1項1号、8条所定の給付基礎日額に休業日数を乗じた金額の80パーセント相当額を受給したが、その内容は、別表1労災支払額欄記載のとおりであり、総額1025万4761円である。なお、上記給付基礎日額は、前条準用の労基法12条所定の本件事故前3か月間の平均賃金相当額であり、具体的金額は以下のとおりである(ただし、下記②以下は、労災保険法8条の2第1項2 万4761円である。なお、上記給付基礎日額は、前条準用の労基法12条所定の本件事故前3か月間の平均賃金相当額であり、具体的金額は以下のとおりである(ただし、下記②以下は、労災保険法8条の2第1項2号によるスライド制適用後の金額)(甲3、甲20、甲38、甲39の1ないし5、本件嘱託の結果、弁論の全趣旨)。 ① 昭和61年7月22日~平成2年9月30日まで1万1303円② 平成2年10月1日~平成6年9月30日まで1万2433円③ 平成6年10月1日~1万3800円④ 本件退職当時1万4467円(7) スミケイの給与差額支払及びその打切り同社は原告に対し、以下の支払をしていたが(このうち下記①と同②(b)の支払をそれぞれ本件差額支払Ⅰ、Ⅱという)、平成7年4月以降、本件差額支払Ⅱを打ち切った(以下本件支払打切りという)(甲20、本件嘱託の結果)。 ① 同社は、前示(4)の休職期間について、前示(6)の給付基礎日額に休業日数を乗じた金額と、前示(6)の労災保険法に基づく休業補償給付との差額(前者の20パーセント相当額)を、原則的に支払っていた。その内容は、別表1会社支払額欄記載のとおりであり、総額は242万5255円である。 ② また、同社は、前示(4)のうち休職期間以外の期間について、別表2のとおり給与等の支払をしたが、同表の給与総額欄の金員と給与減額分の補償欄の金員との差異につき、(a)前者は、前示(4)の本件事故後の原告の新しい職務に基づく給与であり、(b)後者は、これと従前の職務(トレーラー運転手)による給与との差額補償である旨説明している。 (8) 原告に対する支払(ただし、損害の填補となるか争いがある)本件事故後、原告は、下記①②の支払のほか、(ア)労災保険法による年金給付として、平成11年10月から、(a)障害補償年金・年額2 。 (8) 原告に対する支払(ただし、損害の填補となるか争いがある)本件事故後、原告は、下記①②の支払のほか、(ア)労災保険法による年金給付として、平成11年10月から、(a)障害補償年金・年額266万1900円と、(b)障害特別年金・同53万2700円の支払を受けており、(イ)厚生年金保険法による老齢厚生年金として、平成11年11月から年額247万0900円、平成12年4月から同247万1300円(そのほかに、平成11年9、10月分として合計78万4100円)の支払を受けている(甲3、甲8ないし甲10、甲20、甲30、乙26、乙35、本件嘱託の結果、弁論の全趣旨)。 ① 労災保険法による障害特別支給金225万円② スミキンの慶弔金規定による特別見舞金456万円(9) 原告の本訴提起等原告は、平成12年5月19日当裁判所に本訴を提起した。 2 争点本件の主な争点は、(ア)被告の責任の有無及び過失相殺の当否(後示(1)①・請求原因。後示(2)①・抗弁)、(イ)休業損害(後示(1)③・請求原因)や後遺障害逸失利益(後示(1)④・請求原因)を中心とする損害額、(ウ)消滅時効の成否(後示(2)④・抗弁)、(エ)損害の填補(後示(2)⑤・抗弁)であり、更にこれらの前提問題として、(a)上記(ア)につき、本件事故の態様が、(b)上記(イ)(ウ)につき、症状固定時期、治療の相当性、労働能力喪失割合(以上(b)につき後示(1)②)が争点となっている。 (1) 原告の主張① 本件事故時は、クレーンで吊り下げた本件スラブの位置を修正して、本件トレーラーのアオリ(荷台の左右後方を囲む止め板)に触れないのを確認したうえ、最終的に本件スラブを荷台に降下させようとしていたときであり、合図マンのBが荷台上から手指とホィッスルで降下の指示を出したにもかかわらず、A (荷台の左右後方を囲む止め板)に触れないのを確認したうえ、最終的に本件スラブを荷台に降下させようとしていたときであり、合図マンのBが荷台上から手指とホィッスルで降下の指示を出したにもかかわらず、Aが誤って本件スラブをクレーンで吊り上げたまま前方に移動させたか、Bがその旨指示を間違えたため、同スラブ前方にいた原告は、荷台最前部に積み重ねられていた番木上に逃げようとしたが逃げ切れず、スラブとトリイ前方のシート台に腹部を挟まれたものであって、AないしBの過失による事故であり、原告に過失はない。 なお、原告が挟まれたのは、トリイではなく、更にその前方のシート台であり、また原告がBから「危ない」等と注意された事実もない。 ② 本件事故によって、原告は、前示1(3)冒頭の瀕死の重傷を負い、同①以下の長期入通院と4回の手術により一命をとりとめたが、更に手術時の輸血でC型肝炎に罹患し、前示1(4)の期間や通院日に休職等を余儀なくされた。 最後の手術をした入院⑦から退院した平成8年1月22日以降も、原告には、下記通過障害からくる上腹部の膨満感、疼痛、便秘、これらによる不眠等の症状が継続しており、結局前示1(5)のとおり平成11年9月17日症状固定したが、その後も腸管の癒着による小腸・大腸の通過障害、C型肝炎、左腎臓の亡失、自律神経の障害など障害等級5級に該当する後遺障害が残存しており、労働能力の79パーセントを喪失した。更に、今後も原告は、上記通過障害に伴う栄養補給のための点滴や、便通補助剤の使用等が必要で、C型肝炎が肝硬変、肝癌に進行する危険性がある。 ③ 原告は、本件事故後トレーラー運転手として勤務できなくなり、従前の給与と新しい職務による給与との差額につき、本件差額支払Ⅱによってスミケイから損害の填補を受けていたが、平成7年4月分以降これを打ち切られ は、本件事故後トレーラー運転手として勤務できなくなり、従前の給与と新しい職務による給与との差額につき、本件差額支払Ⅱによってスミケイから損害の填補を受けていたが、平成7年4月分以降これを打ち切られ、前示1(6)③の給付基礎日額に基づく収入月額41万9750円と現実の給与との差額に相当する休業損害を被った。平成7年4月分から症状固定した平成11年9月分までの同損害は、別表3記載のとおりで、総額497万3552円である。なお、原告は、本件事故で、前示のほか乗務手当、運行手当の支払も受けられなくなり、実際は上記以上の損害を被っている。 ④ 後遺障害逸失利益算定の基礎収入は、前示1(6)④の本件退職時の給付基礎日額による年収528万0455円が相当であり、労働能力喪失率は、前示②の79パーセント、また就労可能期間は、本件退職時の60歳の男子平均余命の2分の1相当の11年であるから、ライプニッツ係数により中間利息を控除すると、後遺障害逸失利益は3464万8972円となる。 ⑤ 上記③④以外の原告の損害は、以下のとおりである。 ア入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料1000万円及び2000万円前示②の事情に加え、被告が本件事故発生につき謝罪せず、原告を1度も見舞ったことすらなく、休業損害の補填もスミケイに押し付けたうえ、本訴でも、責任論を争うだけでなく、瀕死の重傷を負い、手術を繰り返して、なお後遺障害に苦しむ原告に対し、あたかも、それが本人の素因に起因するかのような主張や尋問に終始しているが、これらの点も、原告の精神的損害の算定に当たり十分斟酌されるべきである。 イ付添看護費用140万4000円前示1(3)の入院246日間中、検査入院の30日間を除いた216日間につき、妻の付添看護費用として1日当たり6500円ウ入院雑費36万9000円入院24 。 イ付添看護費用140万4000円前示1(3)の入院246日間中、検査入院の30日間を除いた216日間につき、妻の付添看護費用として1日当たり6500円ウ入院雑費36万9000円入院246日間につき、1日当たり1500円⑥ よって、原告は被告に対し、民法715条1項による損害賠償7139万5524円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和61年7月23日から支払済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 ⑦ 後示(2)②の主張は争う。本件事故後の治療の相当性、症状固定時期、労働能力喪失割合については、前示②のとおりであり、特に後示(2)②ア、ウの被告の主張は、以下のとおり、まったく不当である。 ア同アの原告が通常勤務をしていた事実は否認する。 特に、スミケイは、平成6年7月1日付で主治医から出ていた1日5時間の制限時間勤務の診断書を無視して通常時間勤務を命じたため、原告は、やむなく同⑮に従事したもので、通常時間勤務を了解した事実はない。 原告は、上記勤務を命じられた結果、体調を崩し、その後横行結腸の狭窄や、これと空腸の強固な癒着が発見され、平成7年8月から平成8年1月にかけて入院⑥⑦を行ない、前示癒着の剥離や横行結腸の部分切除手術を受けており、平成7年4月の本件支払打切り当時、原告の症状が固定していなかったことは明らかである。 なお、本件支払打切りは、スミケイの担当者が被告と話し合ったところ、被告は、労働基準監督署による後遺障害等級認定が確定し次第、責任をもって対応すると主張して、話合いが決裂したため、スミケイは、本件支払打切りをせざるを得なくなったものである。 イ同ウの他疾病の主張は争う。原告は、本件事故と無関係な疾病について労災保険で治療を受けたり、その入院による休職期間を本件の請求対象に含めたりしたことは 打切りをせざるを得なくなったものである。 イ同ウの他疾病の主張は争う。原告は、本件事故と無関係な疾病について労災保険で治療を受けたり、その入院による休職期間を本件の請求対象に含めたりしたことはなく、これらを本件請求から除外している。被告は、掖済会病院のカルテと大雄会病院のカルテとを取り違えたり、健康保険による治療と労災保険による治療を混同して、混乱した主張をしている。 そのうえ、被告主張の脳梗塞や本件事故前の糖尿病は、いずれも保険病名で、脳梗塞とされているのも実際は一過性脳虚血発作にすぎない。これらに関する入院も検査を主目的とするものであって、原告の私病が健康状態に大きな影響を与えた事実はない。 ⑧ 後示(2)④の時効の主張は争う。 不法行為の消滅時効は、被害者が全損害を知ったときから進行すると解すべきであり、本件では、労働基準監督署による前示1(5)の後遺障害認定が行なわれた平成12年1月17日に原告に全損害が判明したから、消滅時効は完成していない。また、原告は、内蔵に重大な損傷を受け、いつ症状が増悪するかわからない不安定な病状のまま、前示1(3)の入通院を繰り返し、平成7年4月には本件差額支払も打ち切られたもので、これらの経過に照らし、本件損害は、本件事故時点で通常予測できる損害ではなく、後遺障害確定の時点から権利行使が可能になったと解すべきである。そのうえ、前示⑦ア第4段の本件支払打切り時の被告とスミケイの交渉経過によれば、被告の消滅時効の主張は、まったく身勝手というほかない。 ⑨ 後示(2)⑤の損害の填補の主張も争う。 原告が受給しているのは、厚生年金保険法に基づく老齢厚生年金であって、障害厚生年金ではない。老齢厚生年金は、労働者とその家族の生活の安定と福祉の向上に寄与する目的から、労働者が一定の年齢に達したことを条件に給付され るのは、厚生年金保険法に基づく老齢厚生年金であって、障害厚生年金ではない。老齢厚生年金は、労働者とその家族の生活の安定と福祉の向上に寄与する目的から、労働者が一定の年齢に達したことを条件に給付されるもので、第三者行為災害に関する保険給付ではなく、政府が受給権者の第三者に対する損害賠償請求権を取得することもないから、これをもって損益相殺する理由がないことは明らかである。 ⑩ 後示(2)⑥の主張も争う。 (2) 被告の主張① 前示(1)①中、A及びBの過失は否認する。 本件事故発生時は、本件トレーラー荷台上約1・3メートルの高さに吊り下げた本件スラブを一旦停止し、更に前方に移動させようとしていたのであり、原告がトレーラー前方側面の本件スラブをかわす位置に移動して、スラブを出してくれと言ったので、合図マンのBは、Aに前方移動の合図を出し、Aはこれに従って本件スラブを前方に移動させた。このとき原告は、トレーラーの側面の安全な場所に止まり本件スラブをかわすべきところを、Bが「危ない」と注意したにもかかわらず、本件スラブの停止前から方向修正をしようと同スラブの前方に入り、トレーラーのトリイとスラブとの間に挟まれたものであって、AやBに過失はない。 仮に、本件事故発生について被告に責任があるとしても、原告には重大な過失があるから、過失相殺をなすべきである。 ② 前示(1)②の事実ないし主張は、以下のとおり争う。 ア原告は、昭和63年4月1日、通常時間勤務⑫によって就労を再開し、その後休職期間はあるものの、定年まで就労している。上記当時、原告は就労可能な状態だったから、左腎臓の亡失等の症状は安定しており、それ以上治療の効果を期待できる状態ではなく、症状固定していたというべきである。その後の入通院は本件事故と因果関係がなく、本件退職と同月の平成11年9月 ったから、左腎臓の亡失等の症状は安定しており、それ以上治療の効果を期待できる状態ではなく、症状固定していたというべきである。その後の入通院は本件事故と因果関係がなく、本件退職と同月の平成11年9月17日になされた症状固定診断は、不当に遅すぎる。 また、スミケイは、前示1(7)のとおり平成7年4月本件支払打切りを行なっているが、これは、原告の了解のもとに、前示1(4)⑮のとおり平成6年7月1日から半年間、通常勤務を試行し、特段の支障がないのを確認のうえ、平成7年4月正式に通常勤務に復帰したことによるものであるから、遅くとも同月には症状固定していた。 そうでないとしても、最後の手術をした入院⑦からの退院時である平成8年1月12日には、原告の症状は安定し、それ以上の治療効果を期待できる状態ではなかったから、症状固定していた。 イなお、原告主張の受傷内容のうち腸管の癒着による症状は、薬剤等による対症療法により癒着を防ぐ治療を続けてゆく慢性症状であり、症状固定後の後遺障害と捉えることができる。 また、C型肝炎は、本件事故の手術時の輸血よるものか不明であり、輸血によるとしても、薬害エイズの誤りを繰り返した厚生省の放置に基づく薬害であるから、本件事故との相当因果関係はないか、割合的因果関係論により極めて限定されたものと解すべきで、損害認定に当たりC型肝炎を考慮すべきでない。そうでないとしても、C型肝炎は、20から30年間、適切な治療が行なわれなかった場合に、一部の患者が肝硬変や肝癌に進行するというにすぎないところ、原告の肝機能は、正常で、以前から安定しており、慢性肝炎や肝硬変、肝癌の所見も認められないから、将来肝癌等に進行する可能性はないし、仮にあるとしても、原告の就労可能年齢を超えてからであるから、その労働能力や逸失利益には関係がない。 更に、原 り、慢性肝炎や肝硬変、肝癌の所見も認められないから、将来肝癌等に進行する可能性はないし、仮にあるとしても、原告の就労可能年齢を超えてからであるから、その労働能力や逸失利益には関係がない。 更に、原告には、本件事故前から自律神経の既往症があり、主張の自律神経の障害も本件事故と因果関係がない。 ウもともと原告には、本件事故前から、糖尿病、十二指腸潰瘍、自律神経失調症、鞭打ち症の既往症があり、事故後も、本件事故と無関係の糖尿病、脳梗塞、高脂血症、不整脈で入院したほか、胃潰瘍、心室性期外収縮、高尿酸血症などで通院治療も受けているが、原告の健康状態には、これら他疾病の影響が大である。これらによる治療・後遺障害については、被告は責任がなく、あるいは割合的因果関係ないし過失相殺の規定の類推適用により、賠償額を減額すべきである。 エ原告は、前示アのとおり定年まで就労可能だったのであるから、主張の症状固定後に労働能力喪失を認めることは不当であり、障害等級5級の労働能力喪失率79パーセントの適用など論外である。後遺障害の労働能力喪失表は、民事損害賠償訴訟では、あくまで参考資料で、そのまま本件に適用することはできない。また、左腎臓亡失により腎臓が一つになっても、一般通常の日常生活を送るうえで別段支障はない。 ③ 前示(1)③④の休業損害や後遺障害逸失利益は否認し、同⑤の損害も争う。 原告は、前示②アのとおり定年まで就労可能で、休業期間中も、労災保険給付のほか本件差額支払Ⅰを受け、勤務制限期間中もフル勤務扱いとして給与が支払われているから、休業損害が発生していない。本件支払打切りも、労働に従事できなくなったことによる給与減額ではないから、主張の休業損害は、本件事故との因果関係がない。また、原告は、前示1(4)の平成9年1月1日の降格につき、不当労働行為救済の 件支払打切りも、労働に従事できなくなったことによる給与減額ではないから、主張の休業損害は、本件事故との因果関係がない。また、原告は、前示1(4)の平成9年1月1日の降格につき、不当労働行為救済の申立をする等、スミケイと対立していたから、原告の労働条件の変更は、本件事故とは関係がない。 原告の後遺障害の主張も前示②エのとおり理由がない。 ④ 仮に、原告になんらかの賠償請求権があるとしても、以下のとおり時効消滅したから、被告は、これを援用する。 すなわち、原告の症状は、前示②ア、イのとおり、遅くとも平成7年4月には症状固定していたから、本件損害賠償請求権は、それから3年の経過によって時効消滅した。そうでないとしても、付添看護費用、入院雑費、入院慰謝料は、前示1(3)⑧の最後の入院から退院した平成8年11月22日から3年の経過によって消滅した。また、通院慰謝料、給与の差額請求は、日々発生しているものであるから、本件訴訟提起より3年以前の分は、時効消滅している。 ⑤ 本件事故による原告の損害に対しては、前示1(8)①②の損害の填補がなされているほか、同(ア)の労災保険法に基づく年金給付として年額319万4600円が、同(イ)の厚生年金保険法による老齢厚生年金として年額247万1300円が支払われている。 そして、民事賠償の対象となる損害のうち、消極損害は、労災保険法による休業補償給付・傷病補償年金並びに厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり、同一の事由によるものというべきところ、厚生年金保険の受給者である原告は、一人一年金の原則により、障害厚生年金と老齢厚生年金のどちらかを選択しなければならないから、老齢厚生年金を選択した場合にも前示の議論が当てはまり、前示傷病補償年金と老齢厚生年金の合計額である566万5900円でもって、 、障害厚生年金と老齢厚生年金のどちらかを選択しなければならないから、老齢厚生年金を選択した場合にも前示の議論が当てはまり、前示傷病補償年金と老齢厚生年金の合計額である566万5900円でもって、逸失利益が填補されているから、原告にもはや逸失利益はない。 そうでないとしても、平成11年10月から本件口頭弁論終結時の14年3月までの2年6か月分の前示労災年金、合計798万6500円が損害の填補とされるべきである。 ⑥ 仮に、被告に損害賠償責任が認められるとしても、遅延損害金の起算点は、口頭弁論終結時とされるべきである。 第3 争点に対する判断 1 被告の責任の有無及び過失相殺の当否(前示第2、2(1)①、同(2)①の主張について)(1) まず、本件事故の経過について検討するに、(a)前示第2、1(2)の事実、甲13の3、甲21ないし甲23、甲24の1・2、甲26、証人青木光雄の証言、原告本人尋問の結果(第1回)、(b)いずれも後示採用できない部分を除く甲13の2、甲14、乙4、乙5、乙18の1ないし5、証人B・同Aの証言によれば、以下の事実が認められる。 ① 本件事故現場の住金名古屋スチールセンター株式会社C岸壁は、同社の管理する貨物荷役用岸壁で、船舶で同所に運搬されてきたアルミスラブ等は、被告が陸揚げし、更にスミケイが住友軽金属名古屋製造所等に運搬しており、本件事故も、岸壁に接岸中の第12海神丸から原告運転の本件トレーラーに、クレーンでアルミスラブを積み込む作業中に発生した事故である。 本件事故時に陸揚げ中の本件スラブは、1枚が長さ4.3メートル、幅と厚さが98×50センチメートルの直方体で、これを2枚並列横並びにしてクレーンで吊り下げており、2枚全体で、長さ4.3メートル、幅と厚さが196×50センチメートル、重量が合計11.475トン 幅と厚さが98×50センチメートルの直方体で、これを2枚並列横並びにしてクレーンで吊り下げており、2枚全体で、長さ4.3メートル、幅と厚さが196×50センチメートル、重量が合計11.475トンだった。 一方、これを積み込む本件トレーラーは、貨物積載用のトレーラー部と、これを牽引するトラクター部からなるセミトレーラータイプで、トレーラー部は、外寸で、長さ11.99メートル、幅249センチメートルの大きさがあり(甲24の1・2は、本件トレーラーと同大の車両の自動車検査証)、通常複数のアルミスラブを、その荷台の前後2か所に分けて積み込んでいた。同荷台の左右後方は、高さ約60センチメートルのアルミ製アオリで、前方は、高さ1メートル強の固定されたトリイ(いずれも荷物の落下等防止の止め板)で囲まれており、更にトリイの最上部の前方には、積み荷にかぶせるシートを収納しておくシート台が同じ高さに設置されていた。 本件スラブの陸揚げに使用された本件クレーンは、岸壁の移動用レール上に設置された大型クレーンで、使用時は、岸壁上の合図マンからの作動・停止等の指示にしたがって、地上数メートル以上の高さにあるクレーンの操作室の操作員が必要な操作を行なうことになっていたが、操作室から下方の岸壁上のトレーラーの荷台への見通しは良好だった。 ② 前示岸壁でのアルミスラブの陸揚げ作業について、本件事故前には、標準の作業方法を定めた手引等はなかったが、トレーラーへの積込みの一般的な手順は、(a)クレーンで岸壁の船舶からスラブを吊り上げ、トレーラーの荷台上約1・2から1・5メートルの高さまで徐々に降下させた後、一旦停止し、(b)トレーラーの運転手が荷台前方、合図マンが後方で、空中のアルミスラブの端部を持ち、長さのあるスラブを水平面内で回転させて荷台と平行にし、(c)その後、 の高さまで徐々に降下させた後、一旦停止し、(b)トレーラーの運転手が荷台前方、合図マンが後方で、空中のアルミスラブの端部を持ち、長さのあるスラブを水平面内で回転させて荷台と平行にし、(c)その後、荷台の前部に積み込む場合は、あらかじめ防護用の番木を敷いた積載予定位置の上まで上記高さのまま前方に移動させ、1メートル程度手前から徐々に速度を落としながら、同所で再度停止させて、(d)スラブと番木との位置関係やアオリに触れないかなどを再確認したうえ、トレーラー運転手がスラブの前端等を押さえ、スラブが余分な回転運動をして番木の位置からずれるのを防止しながら、これを降下させて積込みを完了する。 この際、クレーン操作員への指示は、前示のとおり合図マンが行なうが、スラブが上記(c)の積載予定位置まで来ているか、あるいは上記(d)の再確認後、スラブを荷台上に降下させてよいかの最終的判断は、荷台前方のトレーラー運転手が行なっていて、スラブを降下させる場合も、荷台後方の合図マンに「ヨシ」などの言葉を伝えて、操作員に降下の合図を送ってもらうことになっており、また上記(c)のスラブの前進時、トレーラー運転手は、いったんスラブ側面等に出て、これを避けるのが一般的な手順になっていた。 なお、運送会社の運転手が上記の判断や同(b)(d)の作業を補助することがあっても、陸揚げ業務そのものは、あくまで被告が行なう業務である。 ③ 本件事故の当日、原告は、陸揚げされたアルミスラブを本件トレーラーで前示岸壁から住友軽金属名古屋製造所に運搬する業務に従事し、被告の積込み作業も補助していたが、当時同業務には約6年間の経験があった。他方、被告側のクレーン操作員はA、合図マンはBで、前示①第4段のとおり、それぞれ操作室と岸壁上で作業を行なっていたが、Bは、昭和56年から合図マンとして たが、当時同業務には約6年間の経験があった。他方、被告側のクレーン操作員はA、合図マンはBで、前示①第4段のとおり、それぞれ操作室と岸壁上で作業を行なっていたが、Bは、昭和56年から合図マンとして陸揚げ作業に携わっており、原告とも数十回以上一緒に作業したことがあった。Aは、昭和52年にクレーンの操縦免許を取得したが、本件クレーンの操作は本件事故の約3か月前からにすぎなかった。 本件事故時、原告は、当日2回目のアルミスラブ運搬で、本件トレーラーの後部を本件クレーンに向けて岸壁に平行に停車させ、荷台前後各1か所のアルミスラブの積載予定位置に9センチメートル角の防護用の番木各2本を左右方向に向けて敷き、陸揚げの準備をした。このとき本件スラブを積み込む予定だった荷台前部の積載予定位置は、積み込まれてくるアルミスラブの長さによっても異なるが、積まれたスラブ前端から荷台最前部のトリイまでの距離が、長いスラブの場合約1メートル、通常のスラブ大体1・5メートル程度になる位置に番木を敷いてあった。一方、荷台最前部には、当時使用していなかった予備の番木20本程度を左右方向に向け、前後に3、4列、高さ3段位に積み重ねられていた。これら積み重ねられた予備の番木全体の嵩は、前後方向の幅が、おそらく3、40センチメートル程度、高さが30センチメートル前後だったと考えられる。 ④ その後、陸揚げ作業が開始され、Aが本件クレーンを操作して接岸中の第12海神丸から本件スラブを吊り上げ、本件トレーラー荷台に向けて降下させ、スラブ下端が荷台上約1・3から1・5メートルの高さになったところで一旦停止させた。続いて、原告が本件スラブの前方、Bが後方に取り付き、空中のスラブを水平面内で回転させて、これを荷台と平行状態にする修正作業を行なった。本件スラブは荷台前部に積み込む予定 たところで一旦停止させた。続いて、原告が本件スラブの前方、Bが後方に取り付き、空中のスラブを水平面内で回転させて、これを荷台と平行状態にする修正作業を行なった。本件スラブは荷台前部に積み込む予定だったため、次いで原告は、前進する同スラブを避け、Aらからも良く見える荷台の右前角付近に一旦退避し(スラブの幅が広く、側面に避けるのは困難だった)、Bが手とホィッスルで合図して、Aが本件クレーンで本件スラブをその高さのまま前進させた。そして、同スラブが積載予定位置の上に近づいたところで、Bの合図で手前から速度を落としながらスラブの位置を微調整し、最終的に原告と後方のBは、スラブ側面超しに目と目で停止位置を確認し、BがAにホィッスルと手で合図して同スラブを停止させた。 続いて、原告とBは、本件スラブに近づき、そのまま荷台上に下ろしても、スラブを吊り上げているワイヤーが番木に掛からずに抜き取れる位置にあるか、またスラブが荷台周囲のアオリに接触しないかどうかを再確認し、特に支障がないことを確かめた。そのうえで、Bから「下ろしていいか。」と確認があり、原告は、「よし」と答えるとともに、前示②(d)のとおり降下中の回転を抑えるために、荷台後方を向きながら、2枚横並びになっている本件スラブの右前角部を左手で、前方中央部を右手で押さえ、更に両足を踏ん張って降下に備えたが、このとき50センチメートルの厚さがある本件スラブの陰になって、Bの姿全体を確認することはできなかった(平成13年3月13日原告本人調書22頁、96頁以下)。 ところが、Bがホィッスルを鳴らしてAに合図を送った後、原告の予期に反して本件スラブが前進し始めたため、驚いた原告は、前示③末尾の予備の番木が積み重ねられていた上を後ずさりしながら逃げようとしたが逃げ切れず、更にトリイの最上部に腰がかか 図を送った後、原告の予期に反して本件スラブが前進し始めたため、驚いた原告は、前示③末尾の予備の番木が積み重ねられていた上を後ずさりしながら逃げようとしたが逃げ切れず、更にトリイの最上部に腰がかかり、原告の上半身が同所からその前方のシート台の上に仰向けに押し付けられるような態勢になったところで、前進してくる本件スラブとシート台との間に腹部を挟まれて受傷した。 ⑤ 前示③第1段のとおり、原告は、Bとともに多数回前示岸壁でのアルミスラブ陸揚げ作業に従事していたが、その際Bは、原告がスラブの前進が停止しないうちに危険正面に入るのを見たことは一度もなかった。 (2) 以上(1)認定の事実によれば、本件事故当時は、本件スラブを積載予定位置の上方で停止させ、降下に支障がないのを調べたうえ、Bの確認で原告が降下を了承する返事をしていたなど、まさに本件スラブを番木の上に最終的に降ろす段階だったと認められる。 したがって、にもかかわらず、本件スラブが前進して原告が受傷したのは、Bから降下の合図が出たのに、前示岸壁での作業の経験の浅いAが前進の合図と取り違える等して誤った操作をしたか、又はBが間違って前進の合図を出したことによるものと認めるのが相当であり、AないしBには、上記の点につき過失があると認められる。 そして、前示(1)認定の事実によれば、Aらの上記行為は被告の業務執行についてなされたものと認められるから、その使用者である被告には、本件事故による原告の損害を賠償する責任があるといわねばならない。 (3) 他方、前示(1)②(d)認定のとおり本件スラブの回転運動を抑えるため、原告が停止後のスラブ前方正面入ったことは、前示岸壁でのアルミスラブ陸揚げの一般的な手順に沿うものであって、前示(1)④第2段のとおり、原告からBの動静が十分に見えなかった点も考え併 を抑えるため、原告が停止後のスラブ前方正面入ったことは、前示岸壁でのアルミスラブ陸揚げの一般的な手順に沿うものであって、前示(1)④第2段のとおり、原告からBの動静が十分に見えなかった点も考え併せると、このとき原告が本件スラブの前進を予想できなかったのは、無理からぬところというべきである。 また、前示(1)①認定の本件トレーラーの寸法からすると、4・3メートルの本件スラブは、同トレーラーに積まれるスラブ中でも長い方に入ると考えられ、前示(1)③第2段の事実に照らせば、停止した同前端からトリイまでの間隔は約1メートル程度と推認されるところ、前示(1)④第2段認定のとおり、回転運動を抑えるために本件スラブに取り付いていた原告が、上記間隔のうちに、前進してくるスラブを迅速に避けられなかったとしても、これに特段過失があるということはできない(前示(1)④のとおり、側面に避けるのは困難だった)。 したがって、そのほかトレーラー運転手である原告は陸揚げ作業の補助者にすぎない点も考え併せると、被告の過失相殺の主張は容易に採用できない。 なお、上記第2段認定のトリイとスラブとの間隔に関し、乙22には、本件トレーラーと同大の車両に長さ4.45メートルのスラブを前後2本積載する場合、スラブと荷台枠の前後方向の間隔が1.55メートルになる旨の計算結果が記載されており、これからすると、長さ4.3メートルの本件スラブでは、その前端とトリイとの間隔は更に広がるかのように考えられるが、上記計算は、12メートルの長さが車体外寸であって荷台の内寸でない点を考慮せず、また前後2本のスラブの間にも相応の間隔が必要なことを見落としている可能性が高いから、積載予定位置を適切に推計した場合、本件スラブの前端からトリイまでは、上記のとおり約1メートル程度になるとみられる。 (4) スラブの間にも相応の間隔が必要なことを見落としている可能性が高いから、積載予定位置を適切に推計した場合、本件スラブの前端からトリイまでは、上記のとおり約1メートル程度になるとみられる。 (4) 以上の認定に対し、被告は、前示第2、2(2)①のとおり、本件事故発生時は、本件スラブを前方に移動させている最中であり、一旦これをかわす位置に移動した原告が、スラブ停止前から、Bの注意に反し本件スラブ前方の危険正面に入ったため事故が発生したと主張し、同趣旨の証人Bの証言中には、(a)事故当時前進の合図はしたが、前進を止める合図等をするところまでいっておらず、前示(1)②(c)のような停止前の速度調整の指示をしたこともない(同証人調書24、47頁)、(b)そのとき、原告が荷台右前部の退避場所から飛び出し、前進中の本件スラブの危険正面に入ってしまったので「危ない」と注意したが、入ったところ自体は見てない、(c)事故当時の本件スラブの前進速度は、大体人が歩くくらいに近い、ゆっくりした速度だったとの部分があり、また、証人Aの証言中には、(d)事故時は本件スラブを前進中で、速度が5段階あるクレーンのギア中、遅い方から1、2段目を使用しており、前進速度は人が歩くくらいのゆっくりした速度だった、(e)原告が危険正面に入ってきたので、本件スラブを前方に送る操作を止めたが、ゆっくり止める操作ができなかったため、反動でスラブが大きく揺れてしまった、(f)このような場合、スラブが2メートル近く揺れることがある旨証言し、甲13の2、甲14、乙4、乙5、乙18の1ないし5にも、被告の主張に沿う部分がある。 しかしながら、(ア)まずBとAも出席した住金名古屋スチールセンターの事故検討会による災害発生報告と題する書面(乙18の1ないし5。本件事故日である昭和61年7月22日 被告の主張に沿う部分がある。 しかしながら、(ア)まずBとAも出席した住金名古屋スチールセンターの事故検討会による災害発生報告と題する書面(乙18の1ないし5。本件事故日である昭和61年7月22日の作成日付がある)を精査すると、同号証の1の発生状況欄5項に、「被災者は鳥居の背後で積付用具の上に乗ってスラブを手で押さえていたと思はれる」との記載はあるが、現在本訴で被告が主張しているように、一旦退避していた原告が本件スラブの前進中に危険正面に入ってきた旨の記載はないし、事故時に原告のいた場所についても曖昧な記載がなされているだけであって、上記検討会の際、BやAが前示法廷証言と同趣旨の事故態様を説明していたとは直ちに認め難い。また、(イ)被告は、本訴当初、要旨、「合図マンの指示によって本件スラブを前方に移動させた際、原告が同スラブ前方の位置からトレーラー側面に移動してスラブをかわすべきところ、かわす位置に移動せずに受傷したものである」と、現在と異なる趣旨の主張をしていたのであって(平成12年6月6日付被告準備書面3頁)、これらに照らし、そもそも被告側の主張には一貫性がないというべきである。 更に、(ウ)原告が腹部を挟まれた場所は、前示(1)④末尾のとおりシート台上で、その直後には前示(1)③第2段のとおり予備の番木も積み重ねられていたのであるから、本件事故時に、本件スラブが本来の積載予定位置から大幅に外れた、積載に適さない前方の位置まで移動させられていたことが明らかであるところ(上記(ア)の事故検討会も、実質上これを認める趣旨の報告書を作成している。乙18の1・原因欄2項)、(エ)Bらも認めるとおり、前進中のスラブが積載予定場所に接近した場合、前示(1)②(c)のとおり、あらかじめ合図マンが手前から指示する等して速度を落とし停止位置を調整す 乙18の1・原因欄2項)、(エ)Bらも認めるとおり、前進中のスラブが積載予定場所に接近した場合、前示(1)②(c)のとおり、あらかじめ合図マンが手前から指示する等して速度を落とし停止位置を調整することになっており、このような操作以外に、本件クレーンに目的物を所定の位置に停止させる特別な装置等が設備されていた様子もないのであるから、積込み作業として通常のスラブの前進中で、上記(エ)のような停止のための予備操作もしないうちに、原告が危険正面に入ってきた旨の被告側証言を容易に採用し難いのは明らかである。 したがって、そのほか、(オ)前示(1)③第1段、同⑤のとおり、原告が積込み作業補助のベテランで、過去Bと陸揚げ作業に従事中、一度も停止前にスラブ前方の危険正面に入ったことがなく、本件事故時そのようなことをする理由も見当たらないこと、(カ)本件スラブの前進は上記(c)(d)のような低速度であるから、それを見ながら退避場所から危険正面に入ったはずの原告が、これをかわせないというのも不自然であることなども考慮すると、被告に有利な前示各証拠はいずれも採用できず、また甲13の2の原告名義の請求書に被告に有利な事故態様が記載されているのは、瀕死の重傷で入院中の同人から事情聴取をせず、ほしいままにその名前を使用して偽造した結果と認めるのが相当である(この認定に反する乙24は、容易に採用できない)。 1 治療の相当性、症状固定時期及び後遺障害の内容・程度等(前示第2、2(1)②の主張について)(1) まず、本件事故後の治療経過等からみるに、前示第2、1(3)ないし(7)の事実、甲2、甲5、甲6、甲15ないし甲20、甲28、甲29、甲31、甲32、甲35、甲37、甲40、乙2の2、乙3の10ないし12、乙7ないし乙11、乙15の1ないし5、乙16、乙25 し(7)の事実、甲2、甲5、甲6、甲15ないし甲20、甲28、甲29、甲31、甲32、甲35、甲37、甲40、乙2の2、乙3の10ないし12、乙7ないし乙11、乙15の1ないし5、乙16、乙25、乙27ないし乙29、乙31、乙33、乙34の1ないし3、証人中井堯雄の証言、原告本人尋問の結果(第2回)、弁論の全趣旨、後示採用できない部分を除く本件嘱託の結果によれば、以下の事実が認められる。 ① 原告(昭和14年8月11日生)は、本件事故によって、腹部挫傷、左腎動静脈断裂、左腎・肝・短肝静脈・大網・横行結腸間膜・横行結腸の各損傷の傷害を負ったほか、術後肝炎を起こし、平成5年8月頃にはC型肝炎と診断された。原告は、上記の傷病名(実質的に同一性のある別病名も含む)及び後示②、同⑨(b)のとおりこれに由来する腸管癒着症や通過傷害等で、前示第2、1(3)のとおりの入通院をした(これら以外の疾病による入通院については後示⑫以下に判示のとおりである)。 ② 本件事故直後の入院①当時、原告は、本件スラブで腹部を強く圧迫・損傷されて、前示①のとおり内臓臓器やその周辺組織等に広範囲に重傷を負い、腹腔内に3.78リットルもの大出血をし、血圧が90から70水銀柱ミリメートルに低下して出血性ショックを起こすという極めて危険な状態だった。掖済会病院では直ちに緊急手術(以下手術Ⅰという)を実施し、著傷した左腎臓を摘出するとともに、肝臓・短肝静脈・大網・横行結腸間膜の損傷部位を縫合し、横行結腸の損傷部分を腹腔外に出して人工肛門を形成するとともに、2.8リットルの輸血を行なって、原告は一命を取り留め、昭和61年9月10日一旦同病院を退院したが、同月29日再び入院②をし、前示人工肛門を閉鎖して本来の肛門から排泄できるようにするとともに、結腸の当該部位を部分切除する手術 、原告は一命を取り留め、昭和61年9月10日一旦同病院を退院したが、同月29日再び入院②をし、前示人工肛門を閉鎖して本来の肛門から排泄できるようにするとともに、結腸の当該部位を部分切除する手術(以下手術Ⅱという)を受けた。 しかし、上記のとおり内蔵や周辺組織の損傷が広範かつ重篤で、縫合部位が感染症を起こしたため、原告の腹部組織は正常に修復されず、そのほぼ全般にわたって癒着を起こしてしまい、特に左上腹部の小腸(空腸、回腸)や大腸(横行結腸、下行結腸)に強固な癒着を生じたほか、左腎臓の摘出部には空隙ができたため、これらによって生じた腸管の変形・狭窄が、更に腸管内容物の通過障害を引き起こし、その結果これから本項末尾のような諸症状を惹起することとなった。 更に、原告は、上記の手術後、術後肝炎に罹患し、昭和61年12月当時、肝細胞の破壊を示すGOTやGPT値の上昇が認められた(その後、上記手術時の輸血によるC型肝炎と診断された)。 昭和61年11月15日原告は、入院②から退院し、その後掖済会病院に通院を続け、また自宅療養につとめていたが、腸管の通過障害は容易に改善せず、腸管の内容物が停滞すると腹部の膨満、悪心などの症状が引き起こされ、夜間もこれらの症状が続くことから睡眠が不足し、倦怠感に悩まされるようになった。また、従前と同量の食事を摂っていても腸管の通過障害が起きるため、食事量を減らし、時間をかけて食べねばならず、原告は、次第に体重が減少する状態に追い込まれていった。 ③ このような状況で、原告は、事故後約1年8か月以上経過した昭和63年4月1日、休職①を終えてスミケイに復職したが、事故前従事していた大型トレーラー運転手の勤務に耐えることができず、内勤に転換して同社発送班の事務室での軽労働を与えられ、一応同所で通常時間勤務⑫に就いた。 一方、 職①を終えてスミケイに復職したが、事故前従事していた大型トレーラー運転手の勤務に耐えることができず、内勤に転換して同社発送班の事務室での軽労働を与えられ、一応同所で通常時間勤務⑫に就いた。 一方、上記休職ないし後示⑨の症状固定診断までの間の休職については、労災保険から前示第2、1(6)の休業補償給付が支給され、また通院日も休職扱いされて、これにも上記給付が支給されたが、業務上の事故だったため、更にスミケイから本件差額支払Ⅰが行なわれて、休職期間中も実質的に本件事故前の平均賃金が補償されていた。また、同様の理由から、上記復職から後示⑥の本件支払打切りまでは、事故後の新しい職種に基づく給与に加えて、これとトレーラー運転手当時の給与との差額相当額の本件差額支払Ⅱが行なわれており、更に以下に判示する時間制限勤務の期間中も、給与計算上は通常時間(1日7時間45分)の勤務をしたものと扱われていた。 しかしながら、実際は上記の通常時間勤務への復帰は無理であり、原告は、就労再開後、腸管の通過障害のため、夜間、前示のような腹部症状が強まって不眠状態になり、倦怠感、四肢の浮腫の増加等も起きたうえ、昭和63年5月からは、本件事故で損傷した肝臓の機能や、残った右腎臓機能の悪化もみられたため、上記通常時間勤務は、同月16日までの46日間で終了せざるを得ず、以後は、昭和63年11月13日まで181日間、5時間制限勤務⑧をし、その後、若干勤務時間を増して、平成元年4月9日まで147日間、6時間制限勤務⑪に就いたが、このような勤務時間の増加につれて前示症状が増強していった。 ④ その後、平成元年4月10日から、原告は、通常時間勤務⑬に戻り、平成2年10月14日までの552日間、前示発送班で勤務していたが、この間症状は一層悪化し、午後には全身の倦怠感が増強し、平成2年3 ④ その後、平成元年4月10日から、原告は、通常時間勤務⑬に戻り、平成2年10月14日までの552日間、前示発送班で勤務していたが、この間症状は一層悪化し、午後には全身の倦怠感が増強し、平成2年3月からは、もっぱら上腹部の膨満感があるときに左下肢に痺れが出現するようになって、掖済会病院で、後示⑨(c)のような経過による本件事故後の自律神経障害と診断された。また、前示第1段認定と同様の経過で、同年7月から体重の顕著な減少がみられ、事故前に約80キログラム、上記③冒頭の退院時でも74キログラムあった原告の体重は、この頃66・5キログラムまで急減少した。更に、同年9月頃には腸管の通過障害で食後の腹痛や強い膨満が出たため、平成2年10月15日から6日間、検査目的で入院③をしたところ、X線造影検査で上部消化管に腸管癒着による狭窄が発見され、特に立位をとると横行結腸の狭窄が悪化することが確認された。 そこで、原告は、平成2年11月16日から平成3年1月12日まで58日間、入院④をして開腹手術(以下手術Ⅲという)を受けたところ、横行結腸から脾湾曲部までの強固な癒着と、空腸の広範な癒着が見つかり、腸管癒着の剥離や、横行結腸と下行結腸の癒着の剥離、及び脾湾曲部が左腎臓切除箇所に落ち込まないよう固定する手術を受けた。手術後は、平成2年12月に空腸閉塞で術後イレウスが発生したものの、平成3年1月12日に退院し、同年3月31日まで休職③を続けて自宅療養していたが、その頃には、相当程度にわたり、原告には腸管通過障害の改善が認められていた(休職期間合計126日間)。 ⑤ しかし、原告が平成3年4月1日から前示発送班に戻り、主治医の診断書により5時間制限勤務⑨に就いたところ、その後腸管の状態は、次第に悪化し、通過障害による腹痛、顔面浮腫、腹部圧痛等が持続して、座薬 しかし、原告が平成3年4月1日から前示発送班に戻り、主治医の診断書により5時間制限勤務⑨に就いたところ、その後腸管の状態は、次第に悪化し、通過障害による腹痛、顔面浮腫、腹部圧痛等が持続して、座薬、腸蠕動亢進剤の投与等の通院治療を受けたが、平成3年12月には尿素窒素の増加等の腎臓機能障害も認められた。更に、平成4年3月1日車両部の購買担当係に配属されて勤務内容が変わるとともに、実際はスミケイから長時間の勤務を命じられるなどしたため、原告は、体調を崩し、同年10月2日内視鏡検査で大腸の横行結腸に狭窄が発見され、その後平成6年1月にかけて全身の倦怠感が強く現れた(なお、この間平成5年1月1日には購買部主任に任命されている)。そのため、原告は、主治医の診断書に基づき、再び厳格な5時間勤務の態勢に戻り、平成6年5月16日から6日間、検査目的で入院⑤をして、X線造影検査を受けたところ、またも横行結腸に内容物の停滞が発見され、腎機能の低下も認められた。その後平成7年にかけては、上腹部の膨満・疼痛、悪心、全身の倦怠感、顔面浮腫、左下肢の疼痛・冷感が続いたが、原告は、そのまま平成6年5月15日まで合計1141日間にわたり5時間制限勤務⑩を続けていた。 ⑥ しかるところ、スミケイでは、前示③第2段のとおり本件差額支払Ⅰ、Ⅱ等の補償措置を取っているのに、本件事故から平成6年まで約8年経っても、なお勤務制限が継続していることに苛立ち、同年6月13日労務担当の取締役部長Eに主治医の中井堯雄医師を訪問させ、病状の説明を受けたが、このときEは、「1日5時間の労働制限は不合理だ。医者にそういう権限があるのか」と同医師に抗議し、医学的根拠がある旨回答されたのに対し、激高して「医者の診断書を守らなければならない義務はない。」「それなら、いっそ休んでもらった方がいい。 不合理だ。医者にそういう権限があるのか」と同医師に抗議し、医学的根拠がある旨回答されたのに対し、激高して「医者の診断書を守らなければならない義務はない。」「それなら、いっそ休んでもらった方がいい。」と医学的な理由で勤務時間を制限されるなら就労を拒否する旨の発言を繰り返し、労働基準監督署に連絡すると注意されると、「監督署なんかどうでもいんだ。」と暴言を吐いた。 そこで、原告は、やむなくスミケイの指示に従い、平成6年7月1日から前示購買部主任として通常時間勤務⑮に就いたが、更に同社は、それから9か月後の平成7年4月には、原告が十分通常勤務に耐えられると主張して、本件差額支払Ⅱを打ち切ってしまった(実際は、平成6年7月1日当時スミケイが1日5時間の勤務時間制限が必要と認識していたことは、同社作成の甲37からも明らかである)。なお、この当時同社は被告に、休業補償の共同負担も打診していたが、被告が、労働基準監督署の後遺障害認定が確定すれば支払について対応すると主張して負担に応じなかったため、このような事情もあって、本件支払打切りをしたものであった。 しかし、この間も原告は、腸管の通過障害からくる上腹部の膨満・疼痛、全身の倦怠感、自律神経障害に伴う左下肢の疼痛・冷感等に悩まされ、平成7年8月30日から8日間、検査目的で入院⑥をしたところ、X線造影検査で、やはり横行結腸が中央部分で通過障害を起こしているのがみつかった。そこで、原告は、平成7年11月15日から59日間、入院⑦をして開腹手術(以下手術Ⅳという)を受けた結果、横行結腸と空腸に強固な癒着があり、横行結腸に狭窄が発生しているのが確認され、上記横行結腸の部分切除と癒着部の剥離手術を受けた。この際、上部消化管に出血があり、同月30日には術後の腸管閉塞も起こったが、結局原告は、平成8年1月12日に 結腸に狭窄が発生しているのが確認され、上記横行結腸の部分切除と癒着部の剥離手術を受けた。この際、上部消化管に出血があり、同月30日には術後の腸管閉塞も起こったが、結局原告は、平成8年1月12日に入院⑦から退院した。 ⑦ その後、原告は、平成8年3月31日まで休職⑥を続け(休職期間合計138日間)、同年4月1日から就労を再開し、同年11月12日まで225日間、通常時間勤務⑰に就いたが、実際はこのときも、同年4月4日付で主治医から、5時間の勤務時間制限付きの診断書を出してもらっていたにもかかわらず、スミケイが上記⑥第1段と同様に就労を拒否しようとしたため、やむなく勤務時間の制限のない新しい診断書を発行してもらって、通常時間勤務⑰に就いたという経過があった。 しかし、就労後原告は、平成8年4月から下剤を使用しても大便が出ないなど通過障害が酷くなり、そのため夕食後腹痛が増悪し、上腹部の膨満に伴って発生する左下肢の疼痛・冷感と相俟って、なかなか寝付くことができず、入眠した後も上腹部の膨満と腹痛で早朝に目覚めてしまうなど不眠状態が甚だしく、全身の倦怠感も強くなった。そこで、原告は、再度検査目的で、同年11月13日から10日間、結果的に最後になった入院⑧をして、X線造影検査を受けたところ、従前から状態の悪かった横行結腸は、一時的停滞はあるが一応内容物が通過していたものの、小腸の空腸部分で造影用バリウムが停滞するなど更に新たな癒着と通過障害の所見が認められた。 ⑧ 上記退院後、原告は、通常時間勤務⑱を開始し、結局平成11年9月30日の本件退職まで合計1042日間継続したが、この間、原告には上腹部の疼痛・膨満感、悪心、強度の便通による排泄障害等があり、これに対し多量の下剤を服用して腸内容物の通過を図り、便通を確保しようとしていたが、後示⑨(b)のように、 間継続したが、この間、原告には上腹部の疼痛・膨満感、悪心、強度の便通による排泄障害等があり、これに対し多量の下剤を服用して腸内容物の通過を図り、便通を確保しようとしていたが、後示⑨(b)のように、夜間の腹部障害が強く不眠状態が続き、全身倦怠感などが継続していた。その後も原告は、入院しなかったものの、腸管通過障害の症状が強かったため、平成9年6月頃から平成10年頃にかけてには、精神的に不安定になって就労もできない状態が断続的に続いており、平成11年も不眠状態が酷くなって休業せねばならない日が多かった。そのため、原告は、掖済会病院への通院を続けて、腸蠕動亢進剤や下剤の投与を受け、また通過障害が酷いときには、食物の経口摂取を避け、併せて栄養を補給する必要から点滴を受けていたほか、更に上記のような精神的不安定に対応する精神療法も受けていた。 一方、原告は、前示②第3段のとおり術後肝炎になっていたが、平成5年8月頃C型肝炎の罹患が判明した。これに対し、ウィルス減少に有効なインターフェロンの投与も検討されたが、本件事故で左腎臓を亡失していたことから副作用が懸念されて断念せざるを得ず、結局原告は、保存的療法として大雄会病院に通院して強力ネオミノファーゲンCの投与を続けていた。 入院⑧から最後の退院をした平成8年11月以降も、原告のこれら各病院への通院回数は、毎月数回から十数回にのぼっており、通院に必要な時間はいずれも休職扱いとされて休業補償給付の対象とされた(なお、これら通院の際にした休職は、以上の勤務期間日数の計算において控除していない)。このような中で、原告は、平成9年1月1日構内運搬部勤務を命ぜられて主任を降格された。 ⑨ 結局、原告は、平成11年8月11日満60歳になって、同年9月30日スミケイを定年退職したため、これ以降、勤務上の制約に 、原告は、平成9年1月1日構内運搬部勤務を命ぜられて主任を降格された。 ⑨ 結局、原告は、平成11年8月11日満60歳になって、同年9月30日スミケイを定年退職したため、これ以降、勤務上の制約に基づく症状の増強が緩和されることなどから、ほぼ同時期の同年9月16日、掖済会病院で症状固定と診断された。本件事故後の以上の治療については、労災保険法から療養補償給付としての医療支給が実施されており、そのため掖済会病院や大雄会病院は、労働基準監督署に治療経過を定期的に報告していたが、同署から治療打切りの指導等がなされたことはなかった。 上記症状固定診断後も、原告には、左腎臓亡失、腸管癒着、自律神経障害、C型肝炎が残り、(a)左腎臓の亡失は、それ自体日常生活に直接影響を与えないものの、腎臓が2個ある場合に比べ、疾病、外傷に対する危険度が上昇し(前示②③⑤のとおり、原告も右腎臓の機能が低下した時期がある)、更に下記(d)のとおりこれによりC型肝炎の治療が阻害されている。また、(b)腸管の癒着は、症状固定当時も、なおこれによる腸管狭窄等や通過障害が強く、排便障害が恒常的で、そのため上腹部の膨満感が著しく、腹痛や悪心があり、特に夜間腸内にガスが膨満すると腹部症状が増強して何時間も眠れず、入眠後も膨満のため午前5時頃には覚醒してしまい、勤務日には平均睡眠時間が4時間しかないなど睡眠が著しく阻害されており、これに対し浣腸や多量の下剤で便通を図っているが、症状が継続している。また、食後に症状が強く、食事量と相関するため、食事を減らさざるを得ず、事故前約80キログラムあった原告の体重は、58キログラムへと大幅に減少してしまった。更に、(c)自律神経障害は、左下肢の冷感、疼痛、歩行障害等を来しており、これは、もっぱら上腹部の膨満時に上記神経障害で左下肢の血行低 あった原告の体重は、58キログラムへと大幅に減少してしまった。更に、(c)自律神経障害は、左下肢の冷感、疼痛、歩行障害等を来しており、これは、もっぱら上腹部の膨満時に上記神経障害で左下肢の血行低下が起きて生じているものであるが、主治医の中井堯雄医師は、通常の自律神経障害と異なり、全身性でなくかつ一側だけのものである点、腸管の膨満時にのみ症状が出ている点から、事故の衝撃で自律神経が広範に損傷し、その修復過程で腸管に癒着、瘢痕化した結果、腸管の膨満時に神経が刺激されて生じているもので、本件事故の後遺症であり、他の疾病によるものとは考え難いと診断している。一方、(d)C型肝炎は、GOT、GPT等の検査値は正常範囲内で、肝機能は正常だが、肝炎自体は継続しているという慢性非活動性肝炎の状態にあり、またウィルス量自体は決して低値ではなく、増加する可能性があるため、中井医師から、今後肝硬変、肝癌になる可能性がかなり残されていると診断されている(同証人調書6頁、26頁、甲2末尾、甲35、乙34の1)。 そして、中井医師は、上記(a)の左腎臓の亡失が、一側の腎臓を失ったものとして障害等級8級に、上記(b)(c)が、腹部臓器の機能に障害を残し軽易な労働以外の労働に従事することができないものとして同7級に該当すると判断し、労働基準監督署も、結果的にこの判断を追認して、平成12年1月7日原告を障害等級5級に認定した。一方、原告は、症状固定の診断後も、腸管の閉塞再発などの可能性が残っているため、週1回程度の割合で通院を続けており、またC型肝炎についても、従前同様の治療を継続している。 ⑩ 本件事故後問題になった外傷後の癒着は、一般に、手術の縫合等が終了し、組織の回復が始まった時点から生じてくるものであるが、損傷の程度範囲が重篤広範で感染症などを伴うにつれて癒 療を継続している。 ⑩ 本件事故後問題になった外傷後の癒着は、一般に、手術の縫合等が終了し、組織の回復が始まった時点から生じてくるものであるが、損傷の程度範囲が重篤広範で感染症などを伴うにつれて癒着も酷くなる。腸管癒着の場合は、これにより腸管の変形・狭窄を生じると通過障害が生じ、重篤な例では閉塞障害も生じる場合があるが、これら通過障害等は、受傷や手術から相当期間が経過した後に発生するケースがあるが、あらかじめその発生の有無を予測することは困難である。また、これら通過障害等が酷い場合、開腹手術を施行して癒着の剥離等を行ない、変形・狭窄の矯正や当該腸管の部分除去を行なうことが一つの治療法であるが、もともとの癒着の発生自体は不可避的であって防止のしようがなく、また上記修復手術が、更に次の癒着や腸管の変形等を誘発する場合があるという問題がある。 ⑪ 原告の罹患したC型肝炎は、同肝炎ウィルスの感染症で、平成2、3年頃検査体制が整うまでは輸血による感染例が多発していた。同ウィルスの起こす肝炎自体は、通常激烈ではないが、ウィルスが長期間肝臓に残存するため、長年月かけて肝臓組織の繊維化を促し肝硬変や肝臓癌という重篤な結果を惹起することが多く、国内の肝臓癌の大半はC型肝炎が原因と考えられている。これに対し、直接ウィルスを駆逐する治療法としてインターフェロンの投与があり、ウィルスの遺伝子型が適合する場合は有効な治療法であるが、鬱病などの軽微とはいえない副作用があるため、腎臓障害等の場合、投与は禁忌になっている(そのため左腎臓のない原告には投与できなかった)。同療法が実施不能の場合、ウィルスの長期的増加自体は防止することができず、強力ミノファーゲンC等の投与によって、病気のステージが、無症候性ウィルスキャリアの段階から、慢性非活動性肝炎、慢性活動性肝炎、 法が実施不能の場合、ウィルスの長期的増加自体は防止することができず、強力ミノファーゲンC等の投与によって、病気のステージが、無症候性ウィルスキャリアの段階から、慢性非活動性肝炎、慢性活動性肝炎、肝硬変、肝臓癌へと順次進行するのを遅滞させる治療法が取られるが、これは保存的療法であって、根治的治療ではない。慢性肝炎を起こしていない無症状性ウィルスキャリアの予後については、確実な予測が確立されていないが、観察例のうちには、20から30年間適切な治療が行なわれなかった場合、10から16人が肝硬変に、20から25人が肝癌に進行するとの報告がある。 ⑫ 前示①ないし⑧の認定以外の疾病として、まず原告には、(a)本件事故前の昭和57年に糖尿病の保険病名で大雄会病院で診断を受けた経歴があったが(乙2の2検査・治療・臨床経過欄冒頭参照)、本件事故後は、(b)平成元年8月9日から12日までと平成8年2月26日から28日までの2回、いずれも血糖値の日内変動の確認を主目的として同病院に検査入院をしたものの(乙2の2の入院主訴及び目的欄、乙10・4頁、末尾から2頁目)、前者の検査入院の結果、服薬の必要が認められたが、食事や生活等について格別制約の必要のない状態だった(乙10・8頁)。また、(c)平成3年12月には糖尿病による腎硬化症が発生したほか(なお、同時期に高脂血症、高尿酸血症、閉塞性動脈硬化症と診断されている)、通院カルテ上の診断名中には、(d)昭和63年1月に糖尿病性自律神経失調症、(e)平成6年8月と平成9年9月に糖尿病性網膜症、(f)平成8年7月に糖尿病性多発神経症、(g)同年12月14日に糖尿病性腎症2期の疑いとの記載があるが、実際は、糖尿病としては比較的軽症の部類で(中井堯雄証人調書15頁)、治療としては、時々内服薬を服用する程度にすぎず、 性多発神経症、(g)同年12月14日に糖尿病性腎症2期の疑いとの記載があるが、実際は、糖尿病としては比較的軽症の部類で(中井堯雄証人調書15頁)、治療としては、時々内服薬を服用する程度にすぎず、上記(f)の診断も、左下肢痛や冷感に関して神経伝達速度の検査をしただけで、治療を目的としたものではなく(以上乙7、特に同末尾から2枚目の依頼箋上段の記載欄参照)、上記(e)も実際には軽度の涙液分泌不全や結膜炎にすぎなかった(乙15の1・2)。 ⑬ また、原告は、平成6年1、2月頃、心室性期外収縮多発などの不整脈が認められ、同年8月2日愛知医科大学第3内科で診断を受けたが、心臓の機能的障害によるものではないと診断され、更に平成7年7月、不整脈について、狭心症の保険診断名をつけて、済会病院でトレッドミル、心エコーなどの検査を受けたが(乙9・3頁依頼欄等参照)、結果は陰性で、特に治療を要しない程度のものと診断された。 更に、原告は、平成6年8月10日スミケイで就労中に、ふらつき、左上下肢、顔面左側の痺れを感じ、脳梗塞の疑いで、経過観察のため掖済会病院に7日間入院して診断を受けたが(乙8看護記録の入院までの経過欄参照)、知覚障害や麻痺はなく、CTやMRI検査でも脳内に異常は発見されなかったため、結局一過性脳虚血発作にすぎないと診断されて、投薬を受けたに止まり(乙15の3)、平成7年7月、上記第1段の不整脈の検査時にも、脳梗塞の疑いの保険診断名を付けて、頭部CT検査も受けたが、格別異常は発見されなかった(乙9末尾から2頁目)。 そのほかに、原告のカルテ中には、平成元年1月に過敏性腸症候群との、平成3年11月胃潰瘍との、平成6年10月神経痛との各診断名があるが、原告は、これらを含む前示⑫以下の各疾病については、健康保険による治療を受けていて、労災保険を 平成元年1月に過敏性腸症候群との、平成3年11月胃潰瘍との、平成6年10月神経痛との各診断名があるが、原告は、これらを含む前示⑫以下の各疾病については、健康保険による治療を受けていて、労災保険を使用しておらず、またこれらの入通院やその間の休職等も本件事故の損害請求の範囲から除外している。 (2) 以上の認定に基づき、原告の受傷内容からみるに、まず本件事故により原告が、前示(1)①冒頭掲記の腹部挫傷、左腎動静脈断裂、左腎・肝・短肝静脈・大網・横行結腸間膜・横行結腸の各損傷の傷害を負い、腹腔内出血、出血性ショックの状態となった点には、格別の問題がない。 次に、本件事故とC型肝炎の関係について検討するに、原告が手術Ⅰの際2.8リットルという多量の輸血を受け、直後に施行された手術Ⅱの後に術後肝炎を起こしていたこと、C型肝炎であることが判明した後、これが上記輸血によるものと診断されたことは、前示(1)②認定のとおりであり、一方平成2、3年頃、国内の検査体制の確立する以前には、輸血によるC型肝炎の感染例が多発していたことも、前示(1)⑪認定のとおりである。そうすると、証人中井堯雄の証言及び別の原因が見当たらない点も考慮すれば、輸血との因果関係に関する上記診断は妥当というべきであって、原告のC型肝炎は、手術Ⅰの際の輸血によって感染したもので、本件事故の結果の一つと認めるのが相当である。 また、原告が診断を受けた自律神経障害と本件事故の関係についてみるに、同障害は、前示(1)④認定のとおり事故後の平成2年3月から発現してきたものであって、前示(1)⑨(c)の内容であるところ、これが事故時の神経の損傷とその後の瘢痕化に由来している旨の中井医師の同認定の判断内容には格別異とすべき点がなく採用できるから、上記自律神経障害もまた本件事故によるものと認めるのが相 容であるところ、これが事故時の神経の損傷とその後の瘢痕化に由来している旨の中井医師の同認定の判断内容には格別異とすべき点がなく採用できるから、上記自律神経障害もまた本件事故によるものと認めるのが相当である(外傷後に同様の神経の修復不全により各種の神経障害を生じ得ることは、たとえばカウザルギーの場合等からも明らかである)。 (3) 次に、症状固定時期と治療の相当性についてみるに、原告は、前示(1)②認定のとおり本件事故で瀕死の重傷を負い、手術Ⅰによって一命を取り留めたが、腹部の広範な損傷から腸管の癒着・変形を生じ、更に腸管内容物の通過障害をきたしていたものであって、その内容・程度は、前示(1)⑨(b)認定のとおり、症状固定診断の時点においてすら軽微なものではなかったのであるから、これに対し、治療途中で手術Ⅲ、Ⅳを実施して腸管の癒着や狭窄等を除去・矯正し、症状の改善を図ることや、検査の目的から入院③⑤⑥⑧を行なうことなどは、医学的に当然の措置と評価することができる。 そして、前示(1)⑩認定の腸管癒着やこれによる通過障害の内容・性質、特に通過障害がもとの癒着から相当期間経過後に発生し得るもので、またこれに対し施行される癒着剥離等の手術の結果が容易に見極め難いものであることや、前示(1)③ないし⑦認定の本件事故後の実際の通過障害の再発状況等をみれば、本件において、手術Ⅳを最終の手術とすべきだったか否か等の判断が、短期間で可能なものだったとは容易に認められないのであり、同判断に数年を要したとしてもこれを不適切と非難することはできない。 また、前示(1)⑧認定のとおり、原告には、最終の入院となった入院⑧からの退院後の時点においても深刻な症状が継続していたのであるから、本件事故後のそれまでの期間を含め、このような原告の症状を軽減し、あるいは経過観察 ⑧認定のとおり、原告には、最終の入院となった入院⑧からの退院後の時点においても深刻な症状が継続していたのであるから、本件事故後のそれまでの期間を含め、このような原告の症状を軽減し、あるいは経過観察のために通院治療を行なうことは相当であって、その必要性が認められる。 したがって、そのほか、前示(1)⑨第1段のとおり、労働基準監督署が本件事故後の治療に異論を唱えていない事実や、もともとC型肝炎については治療の終期とすべきものを定め難い点も考慮すれば、反面、左腎臓の亡失は早期に結果が固定していたことなど本件事故後のその他の事情を勘案しても、前示(1)⑨認定の症状固定に関する医師の判断は適切なものというべきであって、原告の症状は、平成11年9月16日に固定しており、またその間の入通院治療には、いずれも相当性があると認めるのが妥当である。 (4) 更に、原告の後遺障害の内容・程度及び、症状固定前の時期を含むその労働能力等について検討する。 ① 症状固定後の原告に残存していた症状は、前示(1)⑨認定の左腎臓亡失、腸管癒着、自律神経障害、C型肝炎であるところ、これがC型肝炎、自律神経障害を含め、すべて本件事故による後遺障害と認められることは、前示(2)に判示したところから明らかである。 ② 一方、(ア)原告の後遺障害については、前示第2、1(5)のとおり労働基準監督署から、胸腹部臓器に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、障害等級5級の認定がなされているところ、その判断の内容は、実質的に前示(1)⑨第3段に認定した中井医師の意見のようなものだったと考えることができる。したがって、(イ)本件後遺障害のうちの腸管癒着及び自律神経障害だけでも、腹部臓器の機能に障害を残し軽易な労働以外の労働に従事することができないものと の意見のようなものだったと考えることができる。したがって、(イ)本件後遺障害のうちの腸管癒着及び自律神経障害だけでも、腹部臓器の機能に障害を残し軽易な労働以外の労働に従事することができないものとして障害等級7級に該当するのであって、これに対応する労働能力喪失率は、労働基準監督局長通達昭和32年7月2日基発551号(以下基準通達という)所定の全体の56パーセントを下らないものと認めることができる。 また、(ウ)左腎臓の亡失は、それだけで障害等級8級に該当するものであるところ、前示(1)⑨(a)のとおり、同障害は、現在それ自体で日常生活に直接影響を与えてはいないが、腎臓が2個ある健常者に比べ、疾病、外傷に対する余裕度がなく、危険性が上昇することは明らかであり、現に右腎臓が機能低下を起こしたことのある原告にとっては現実的な脅威があるといわざるを得ない。また、左腎臓の亡失がC型肝炎の治療を阻害していることは、前示(1)⑨(d)のとおりであるから、以上のほか、基準通達所定の障害等級8級の労働能力喪失率が45パーセントと低くない点も考慮すれば、原告の労働能力を算定に当たって、左腎臓亡失が原告の労働能力を現実的に低下させているものとして取り扱うのが妥当である。 一方、(エ)前示後遺障害認定において、C型肝炎がどのように判断されたか正確に知ることはできないが、認定された障害等級の内容からみると、C型肝炎の点は、障害等級に該当する後遺障害とは扱われていないと考えるのがおそらく妥当であるところ、前示(1)⑨(d)、同⑪認定の事実のほか、後示3(5)判示のとおり、原告の余命を80歳程度、その就労可能期間の終期を70歳(本件事故から23年後)と見積もるのが妥当である点も考慮すると、原告のC型肝炎は、上記就労可能期間の終わり頃以降は、肝硬変ないし肝癌等の重篤な状 の余命を80歳程度、その就労可能期間の終期を70歳(本件事故から23年後)と見積もるのが妥当である点も考慮すると、原告のC型肝炎は、上記就労可能期間の終わり頃以降は、肝硬変ないし肝癌等の重篤な状態に進行する可能性があるというべきであるから、労働能力や慰謝料の算定上この事情を考慮するのが相当である。 したがって、以上(ア)ないし(エ)の事情を総合考慮すれば、本件後遺障害による原告の労働能力喪失率は、少なくとも基準通達所定の障害等級5級のそれである79パーセントを下らないと認めるのが相当である。 ③ そして、症状固定後の原告の労働能力が上記の程度であることからすれば、症状固定前の段階においても、原告には、これと同等以上の労働能力の喪失状態が継続していたと認めるのが相当であり、これを前提に原告の休業損害を算定するのが妥当である。 なお、原告は、本件事故後、前示第2、1(4)⑧以下のとおりスミケイに勤務して定年まで同社に在職しているが、一般に従業員が業務上災害で受傷した場合、労基法19条により療養のための休業期間等には解雇制限があり、また同法75条以下により、使用者には療養保証や休業補償を行なう義務があるところ、これらの法律上の義務や、又は労使関係の維持等の理由から、実際上解雇制限に当たらぬ場合でも、従業員を解雇しない場合が少なくない。したがって、このような場合、使用者は、従業員にとりあえず就労を要請し、その現実的な稼働内容以上の給与を支給している例が少なくないのであって、前示(1)③第2段、同⑥第1、2段、同⑦第1段のような事情を考慮すれば、本件でも原告は、同様の経過から就労していたものと認めることができる。 したがって、そのほか前示(1)③ないし⑦認定のとおり、就労再開後も本件退職まで手術や入院を繰り返し、頻繁に通院せざるを得なかった経過も 原告は、同様の経過から就労していたものと認めることができる。 したがって、そのほか前示(1)③ないし⑦認定のとおり、就労再開後も本件退職まで手術や入院を繰り返し、頻繁に通院せざるを得なかった経過も考慮すれば、スミケイにおける前示勤務から休業損害に関する前示認定を直ちに左右することはできない。 (5) 以上の認定に対し、被告は、前示第2、2(2)②のとおり、受傷内容や症状固定時期、治療の相当性、労働能力喪失率を争っている。 ① そこで、まず同アの主張から検討するに、被告は、第一に、昭和63年4月1日の就労再開時に症状固定していた旨主張するが、その後の手術Ⅲ、Ⅳの反復等を無視した暴論であって到底採用することができない。 次に、被告は、平成7年4月の本件支払打切り時には症状固定していたと主張し、甲20、本件嘱託の結果中には、これに沿う趣旨の部分があるが、平成6年7月1日から通常時間勤務⑮が開始された経過は、前示(1)⑥認定のとおりであって、そのほか、前示(4)第2段認定の事情も考慮すれば、本件嘱託等のうち原告に有利な上記部分は容易に採用できない。そして、前示(1)⑤以下で認定の原告の症状・健康状態や、同じ平成7年中に手術Ⅳを実施せざるを得なかった経過に照らせば、当時症状固定していたとは認められない。 更に、被告は、最後の手術Ⅳが行なわれた入院⑦からの退院時である平成8年1月12日に症状固定したと主張するが、腸管癒着剥離等の手術の結果が短期間で容易に判明するものでないことは前示(3)第2段に判示のとおりであり、また前示(1)⑧認定のとおり、その後入院⑧からの退院後ですら深刻な症状が継続していた点も考慮すれば、上記主張も容易に採用できない。 そのほか、被告は、大雄会病院から労働基準監督署に対する平成7年11月13日付回答(乙2の1)や平成11年6月 らの退院後ですら深刻な症状が継続していた点も考慮すれば、上記主張も容易に採用できない。 そのほか、被告は、大雄会病院から労働基準監督署に対する平成7年11月13日付回答(乙2の1)や平成11年6月8日付回答(乙2の4)に、「就労可能」の記載があり、そのカルテ(乙12)にも、労災を打ち切ってよい旨の記載があると指摘するが、同病院は、前示(1)⑧第2段認定のとおりもっぱらC型肝炎に対する治療を担当していたもので、上記回答の傷病名も「外傷性肝障害」となっているのであり、上記各記載がC型肝炎の状況に関するものであることは明らかであって、腸管の通過障害等、本件事故による原告のその他の傷害を考慮した記載とは容易に認められない。 ② 次に、同イの主張についてみるに、被告は、まず事故後原告に生じていた腸管癒着は、いずれも薬剤等によって対処すべき後遺障害にすぎない旨主張しているが、原告に生じていた腸管癒着が極めて重篤なもので、通過障害の程度も甚だしく、これに対し開腹手術で腸管狭窄等の矯正を図るのが妥当だったことは、前示(3)第1段判示のとおりである。被告の主張は、現実を無視した不当なものであって到底採用できない。 次に、被告は、C型肝炎と本件事故の因果関係を争っているが、同肝炎が本件事故の結果生じたものであることは、前示(2)第2段認定のとおりである。また、仮に輸血によるC型肝炎感染について、厚生省等に責任があったとしても、これが被告の責任を否定・制限する理由とならないことは自明といわねばならない。更に、現在原告が罹患しているC型肝炎が、その就労期間のうちに肝癌等の重篤な状態にまで進行し得ることは前示(4)②のとおりであって、直ちにその可能性を否定することはできない。 そのほか、被告は、原告には本件事故前から自律神経の障害があったと主張し、掖済会病院に 等の重篤な状態にまで進行し得ることは前示(4)②のとおりであって、直ちにその可能性を否定することはできない。 そのほか、被告は、原告には本件事故前から自律神経の障害があったと主張し、掖済会病院に入院①をした際に作成された看護記録である乙3の5を提出しているが、そもそも同号証は、原告本人からの聞取りによるものでないことが明確な書面であり(同号証末尾参照)、内容の正確性も担保されていないから、反対趣旨の原告本人尋問の結果(第2回)に照らし、容易に採用することができないうえ、原告に現れた自律神経障害が腹部神経の損傷及び瘢痕化によるものであって、本件事故の結果と認め得ることは、前示(2)第3段に判示のとおりである。 ③ 更に、同ウの主張についてみるに、被告は、原告には、本件事故と無関係な同主張掲記の各疾病があって、これが原告の健康状態に大きな影響を与えている旨主張している。 しかしながら、被告が問題とするこれら疾病のうち主たるものをみると、その実際の内容・治療経過等は、前示(1)⑫⑬のとおりであり、被告主張の入通院は、その大半が検査を主目的とするもので、カルテ上の疾病の名称も、ほとんどが下記の保険診断名にすぎないし、検査結果も重大なものではない。また、糖尿病など一部存在の認められる疾病も、到底重篤なものとはいえないのであって、結局いずれも原告の健康状態に重大な影響を与えているとか、本件事故による傷害の治療等を遷延させたとか、あるいは後遺障害を加重したとは認められないものであり、被告の前示主張は失当である。 そのほか、乙3の3・6には、24、5歳頃、十二指腸潰瘍にかかった旨の記載が、また乙3の13には、本件事故後右親指のバネ指で整形外科の治療を受けた旨の記載があるが、その部位・内容等に照らし、明らかに本件事故後の原告の健康状態に関係するとは認め 指腸潰瘍にかかった旨の記載が、また乙3の13には、本件事故後右親指のバネ指で整形外科の治療を受けた旨の記載があるが、その部位・内容等に照らし、明らかに本件事故後の原告の健康状態に関係するとは認められない。 なお、これらの点に関する被告の証拠の援用方法等について一言するに、被告は、上記のとおり原告に重大な他疾病がある旨主張しながら、その論拠として、ほとんどカルテ表紙の傷病名欄の記載に依拠してこれを援用することに力を注いでいるが、もともと診療の現場では、問題の疾病の存在が強く疑われる場合ではなく、単に念のため一応検査をしておこうという程度でも、検査費用の支払を受ける目的から、保険の審査が通過するように、カルテの傷病名欄に実態より過大な傷病名を記載することがあるのであって、これはいわゆる保険診断名として知られているところである。したがって、内容を十分に検討しないまま、カルテ表紙の傷病名欄どおりの傷病が実在すると扱ってはならないことは、損害関係訴訟に携わる法曹実務家にとってイロハに属する原則といわねばならない。しかるに、被告代理人は、故意でか過失によるかは不明であるが、明らかにこの原則に反して、カルテの内容を精査せずに上記のような証拠援用をしているものであり、遺憾と言わざるを得ない。そして、このような態度は訴訟上不適切であるばかりでなく、事故の被害者の精神的苦痛を不要に増加させるものであって、これを慰謝料の金額に反映させるのが妥当であるから、後示3(4)(6)の認定に当たり、慰謝料額を加算することを明言しておく。 ④ そのほか、被告は、同エのとおり労働能力喪失率等も争っているが、前示(4)②、同③第2段で判示したところに照らし、容易に採用できない。 3 原告の損害(1) 付添看護費用(請求140万4000円)30万6000円本件では、前示第 働能力喪失率等も争っているが、前示(4)②、同③第2段で判示したところに照らし、容易に採用できない。 3 原告の損害(1) 付添看護費用(請求140万4000円)30万6000円本件では、前示第2、1(3)の入院合計246日間のうち、事故で瀕死の重傷を負い、大手術を受けていた入院①の期間51日間につき、親族の付添看護の必要を認めるのが相当であり、その費用は1日当たり6000円が妥当である。その余の入院に関しては、直ちに付添看護の必要を認めだけの証拠がない。 (2) 入院雑費(請求36万9000円)24万6000円前示2(3)判示のとおり、いずれも相当性の認められる前示第2、1(3)の入院合計246日間につき、1日当たり1000円が妥当である。 (3) 休業損害(請求も同額)497万3552円前示2(1)③認定のとおり、原告は、スミケイに復職後、従前就いていた大型トレーラー運転手の勤務に従事することができなくなり、事故後の新しい職種による給与とトレーラー運転手当時の給与との差額相当額について、本件差額支払Ⅱを受けていたものであるところ、前示2(4)③判示の事情も考慮すれば、同差額支払は、スミケイが損害の填補として行なっていたものと認めることができるから、本件支払打切り後は、原告は、上記差額相当額について休業損害として賠償を請求できるというべきである。 そこで、まず従前のトレーラー運転手としての給与額を検討するに、本件事故後、原告に対し前示第2、1(6)①以下の給付基礎日額に基づく休業補償給付が行なわれていたところ、同摘示のとおり給付基礎日額は、労基法12条に基づく本件事故前3か月間の平均賃金によって定められ、かつ労災保険法8条の2第1項2号によるスライド制が適用されているから、上記給与額は、これに基づいて計算するのが妥当と認められる。し 基法12条に基づく本件事故前3か月間の平均賃金によって定められ、かつ労災保険法8条の2第1項2号によるスライド制が適用されているから、上記給与額は、これに基づいて計算するのが妥当と認められる。したがって、本件支払打切り当時の給付基礎日額である前示第2、1(6)③の1万3800円を元に1か月当たりの給与額を計算すると、次のとおり41万9750円となる。 13,800×365÷12=419,750一方、甲11の11ないし60、甲12の1ないし4によれば、本件支払打切りのあった平成7年4月から、本件退職した平成11年9月までの実際の給与額は、別表3の給与総額欄記載のとおりであるから、上記認定の従前の給与額との差額も同記載のとおりとなり、合計497万3552円となる。 (4) 入通院慰謝料(請求1000万円)900万円本件事故の態様・結果、本件傷害の内容・程度、治療の経過、入通院期間等のうち一般的事情のほか、(a)原告に本件事故発生につき過失がなく、また傷害の内容が非常に重篤で、まさに一命を取り留めたというべき状態だったことや、(b)他方、被告が事故後十分謝罪の意思を明らかにしなかったこと、(c)並びにこれらに加えて、前示2(5)③末尾判示の事情及び被告代理人において治療の必要性等に関し過度に攻撃的な尋問を行ない、原告本人の精神的苦痛を不必要に増加させていることも考慮すれば、上記の金額が適切というべきである。 (5) 後遺障害逸失利益(3464万8972円)1195万7773円前示2(1)⑨認定のとおり、原告は、症状固定した平成11年9月17日当時60歳だったが、平成6年簡易生命表による60歳男子の平均余命は、平均寿命の80. 44歳までの20.44年間であるから、原告は、症状固定後も、その2分の1相当の70歳までの10年間は就労可能と認めるの 歳だったが、平成6年簡易生命表による60歳男子の平均余命は、平均寿命の80. 44歳までの20.44年間であるから、原告は、症状固定後も、その2分の1相当の70歳までの10年間は就労可能と認めるのが相当であり、前示2(4)②認定の労働能力喪失率によれば、上記10年間に得べかりし利益の79パーセントを失って、同額の損害を被ったと認められる。 次に、逸失利益算定の前提となる基礎収入について検討するに、前示(3)第2段と同様の考え方によって、本件退職当時の給付基礎日額である前示第2、1(6)④の1万4467円を使って給与額を計算すると、年額528万0455円となる。一方、原告は、本件退職時に定年を迎えているから、退職後の収入額は、上記の70パーセント相当額と認めるのが妥当であり、これを計算すると以下のとおり369万6318円となる(円未満切捨。以下同じ)。 14,467×365=5,280,455 5,280,455×0.7=3,696,318したがって、以上に基づき、年5分の割合によるライプニッツ係数を使用して中間利息を控除し、後遺障害逸失利益を本件事故時(原告47歳)の現価に引き直すと、以下のとおり1195万7773円となる。 3,696,318×0.79×(13.4885-9.3935)=11,957,773(6) 後遺障害慰謝料(請求2000万円)1750万円本件後遺障害の内容・程度のほか、前示(4)(b)(c)の事情も考慮すると、上記金額が妥当である。 (7) 小計4398万3325円(うち、休業損害及び後遺障害逸失利益の合計1693万1325円) 4 消滅時効に関する判断(前示第2、2(2)④の主張について)(1) まず、本件事故の損害賠償請求権の消滅時効の起算点について検討する。 不法行為による損害賠償請求権は、被害者が現実に損害 25円) 4 消滅時効に関する判断(前示第2、2(2)④の主張について)(1) まず、本件事故の損害賠償請求権の消滅時効の起算点について検討する。 不法行為による損害賠償請求権は、被害者が現実に損害及び加害者を知った時点から進行を開始するところ、1回だけの不法行為によって発生する損害は、これが更にいくつかの損害費目から構成される場合であっても、継続的不法行為に基づく損害と異なり、1個の損害を構成しているというべきであるから、その損害を知ったといえる同一の時点から、全体の賠償請求権が消滅時効の進行を開始すると解するのが相当である。 そして、通常は上記のような損害費目の一部でも現実に知った場合、被害者は、これによって全体の損害の発生を推知し、その内容を調査することができるから、上記損害を知ったというを妨げないが、これに対し、損害費目の一部の発生を知っただけでは、他の損害費目が発生するか否か及びその内容・数額を知り得ない場合には、上記理解は当てはまらないのであって、特段の事情のない限り、このように予測困難な損害費目の有無・内容等が判明した時点において、初めて損害を知ったというのが相当である。 (2) これを本件についてみるに、前示3掲記の各損害のうち、付添看護費用と入院雑費は、少なくとも最後の入院が終わる時点までは、その内容・数額を予測することはできないところ、前示2(3)第2段に認定のとおり、原告の腸管癒着剥離手術等においては、手術の効果を見極めるのが困難であり、最終の入院がどれになるかについても、当該時点で一義的判断をすることは容易ではない。 また休業損害、入通院慰謝料、後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料は、症状固定の時点までは、その内容を予測することが困難だったというべきである。 したがって、本件事故に基づく原告の全損害は、症状固定の時点から 休業損害、入通院慰謝料、後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料は、症状固定の時点までは、その内容を予測することが困難だったというべきである。 したがって、本件事故に基づく原告の全損害は、症状固定の時点から消滅時効が進行すると解すべきところ、原告の症状が固定したのは、前示2(3)認定のとおり平成11年9月16日であり、一方本訴が提起されたのは、それから3年以内である前示第2、1(9)の平成12年5月19日であるから、被告の消滅時効の主張は容易に採用できないといわねばならない。 5 損害の填補(1) まず、前示第2、1(8)(ア)(a)の労災保険法上の障害補償年金による損害の填補について検討するに、同年金給付は、これと同一の事由の関係にある損害費目を填補することができるところ(労災保険法12条の4、64条)、障害補償年金は、これと同一の事由の関係にある消極損害に対してのみ損害の填補となるというべきである。また、同給付が年金であることからすれば、その支給が確定しない将来の年金については、これを損害から控除することはできず、口頭弁論終結時までに支給が確定した部分に限り損害の填補と扱うことが許されるところ、平成11年10月から支給が開始された前示年金のうち、本件口頭弁論が終結した平成14年3月19日までに支給が確定した金額を正確に確定するだけの証拠はないが、上記両時点の間に約2年6か月近くが経過していることからすれば、少なくとも上記支給が確定した金額は、前示第2、1(8)(ア)(a)の障害補償年金年額266万1900円の2年6か月分を下らないと認めることができ、これを計算すると665万4750円となる。 したがって、更にこれを前示3(7)の損害合計4398万3325円(うち、休業損害及び後遺障害逸失利益の合計1693万1325円)から控除すると、残 ができ、これを計算すると665万4750円となる。 したがって、更にこれを前示3(7)の損害合計4398万3325円(うち、休業損害及び後遺障害逸失利益の合計1693万1325円)から控除すると、残額は3732万8575円(うち、休業損害及び後遺障害逸失利益の残額は合計1027万6575円)となり、被告には、同額及びこれに対する(原告請求のとおり)本件事故の翌日である昭和61年7月23日から支払済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある(もちろん、遅延損害金の始期に関する被告の主張は採用するに足りない)。 (2) 次に、前示第2、1(8)(イ)の厚生年金保険法による老齢厚生年金による損害の填補について検討するに、上記老齢厚生年金は、労働者とその家族の生活の安定と福祉の向上に寄与する目的から、労働者が一定の年齢に達したことを条件として支給されるもので、第三者の行為による事故に関する保険給付ではなく、また第三者の損害賠償義務の履行と年金給付との調整に関する規定を欠いているのであって、損害の填補たる性質を有するものとは認められず、被告の前示第2、2(2)⑤の主張も、上記認定を左右しない。 (3) 更に、前示第2、1(8)(ア)(b)の労災保険法上の障害特別年金、及び同①の障害特別支給金について検討するに、これらの労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金は、使用者あるいは第三者の損害賠償義務の履行と年金給付との調整に関する規定を欠いており、いずれも損害の填補たる性質を有するものとは認められないから、これらを本件事故による損害から控除することはできない。 6 結論以上の次第で、原告の請求は、民法715条1項による損害賠償として、被告に対し、3732万8575円及びこれに対する昭和61年7月23日から支払済まで年5分 害から控除することはできない。 6 結論以上の次第で、原告の請求は、民法715条1項による損害賠償として、被告に対し、3732万8575円及びこれに対する昭和61年7月23日から支払済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 名古屋地方裁判所民事第1部裁判官夏目明徳
▼ クリックして全文を表示