平成3(ワ)2061 システムコンサルタント損害賠償

裁判年月日・裁判所
平成10年3月19日 東京地方裁判所
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判決文本文39,608 文字)

主文 一被告は、原告Cに対し金二七〇六万六七〇六円、原告B及び原告Aに対し各金六八一万六六七六円、並びにこれらに対する平成三年三月一二日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。 二原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 三訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。 四この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一原告らの請求被告は、原告Cに対し金六〇〇三万七六一六円、原告B及び原告Aに対し各金一五〇〇万九三五四円、並びにこれらに対する平成三年三月一二日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。 第二事案の概要一本件は、被告の従業員としてコンピューターソフトウェア開発業務に従事していた亡D(以下「D」という)の相続人である原告らが、被告に対し、Dが脳幹部出血により死亡したのは、被告において過重な業務に従事したことが原因であり、被告には安全配慮義務を尽くさなかった債務不履行があると主張して、損害賠償を求めた事案である。 二争いのない事実等 1 当事者(一) 原告C(以下「原告C」という)は、Dの死亡時に同人の妻であったものであり、原告A(以下「原告A」という)はDの父、原告B(以下「原告B」という)はDの母である。 (二) 被告は、コンピューターソフトウェア開発等を目的とする株式会社である。 2 Dの経歴等Dは、昭和三一年一一月一日生まれの男性であり、昭和五四年に日本大学文理学部応用数学科を卒業した後、被告に入社した。Dは、入社後、システム第三部に配属され、その後はコンピューター・システム・エンジニア(以下「SE」という)として、専らコンピューターのシステム開発の業務に従事し、昭和五八年五月にはチーフに昇 た。Dは、入社後、システム第三部に配属され、その後はコンピューター・システム・エンジニア(以下「SE」という)として、専らコンピューターのシステム開発の業務に従事し、昭和五八年五月にはチーフに昇格し、昭和六一年からは東京商工リサーチのプロジェクトのプロジェクト・サブリーダーを務めた。 なお、Dは、平成二年一月六日、Cと婚姻した。 3 日債銀プロジェクト(一) 被告は、平成元年一月一七日、日本債権信用との間で、銀行株式会社(以下「日債銀」という)の子会社である日本債券信用銀行総合システム株式会社(以下「NCS」というとの間でソフトウェア開発委託契約を締結した(以下「本件プロジェクト」という)。 被告は、被告従業員らの他に、株式会社システム経理研究所(以下「システム経理」という)、株式会社チャネル(以下「チャネル」という)及び株式会社大分電算センター(以下「大分電算」という)等の下請会社(被告は下請会社のことを「協力会社」と称しており、以下では「協力会社」ということがある)の従業員らと供にプロジェクトチームを編成して、本件プロジェクトに対応した。 (二) 平成元年一月当初、本件プロジェクトのリーダーは被告の従業員であるP1(以下「P1」という)であったが、Dは同年四月に業務サポートとして本件プロジェクトに参加した後、同年五月にP1と交代して同プロジェクトのプロジェクトリーダーとなった。 プロジェクトリーダーとは、プロジェクトマネージャーのもと、プロジェクトの進捗管理、要員管理、品質管理及び発注元及び下請会社との連絡調整に当たる役職であり、原則として、自ら設計等の作業をすることが予定されているわけではない。 (三) 本件プロジェクトについては、平成元年一一月一三日からシステムテストが開始され、Dらはシステムテストサポート業務を行い、発生 として、自ら設計等の作業をすることが予定されているわけではない。 (三) 本件プロジェクトについては、平成元年一一月一三日からシステムテストが開始され、Dらはシステムテストサポート業務を行い、発生するトラブルに対応した。本件プロジェクトは、平成二年五月七日、本稼働に至ったが、その後もDらはシステムテストサポート業務を行っていた。 4 Dの死亡Dは、平成二年五月二〇日午後、自宅において倒れ、直ちに病院に救急搬送されたが、午後九時二六分、聖マリアンナ医科大学病院において、脳幹部出血(以下、単に「脳出血」ということがある)により死亡した(当時三三歳)。 三争点 1 P2の労働の過重性(一) 原告らの主張(1) Dの労働時間① 年間労働時間の推移Dは、被告入社直後から、恒常的に長時間にわたる残業を行っており、昭和五五年から平成二年までのP2の労働時間の推移は、以以下のとおりである。 総労働時間総残業時間昭和五五年三二七二・五時間一〇七二・五時間昭和五六年二八六二・五時間六六二・五時間昭和五七年三三八九・五時間一一八九・五時間昭和五八年二九六〇・〇時間七六〇・〇時間昭和五九年二九〇三・五時間七〇三・五時間昭和六〇年三一九五・〇時間九九五・〇時間昭和六一年二七七六・五時間七六〇・五時間昭和六二年三五七八・〇時間一五六二・〇時間昭和六三年二八八七・五時間八七一・五時間平成元年二七七八・〇時間七六二・〇時間平成二年(五月一九日まで)一一八七・五時間四五九・五時間(年間ベース)三二二二・六時間一二〇六・六時間三二二二・六時間一二〇六・六時間但し、昭和五五年から同六〇年については、所定内労働時間二二〇〇時間として、同六一年以降については所定内労働時間二〇一六時間として計算した 間一二〇六・六時間三二二二・六時間一二〇六・六時間但し、昭和五五年から同六〇年については、所定内労働時間二二〇〇時間として、同六一年以降については所定内労働時間二〇一六時間として計算した。 ② 死亡前一年間の労働時間Dの平成元年五月から死亡までの労働時間は、以下のとおりであり、所定労働時間は一九五二時間であるのに対し、所定外労働時間は一〇〇四時間三〇分で、合計二九五六時間である。なお、この時間数は、三〇分に満たない端数や休憩時間を除いた数字であり、実際の拘束時間は三四八七時間一七分に及ぶ。 所定労働時間所定外労働時間平成元年五月六四・〇時間三三・〇時間六月一七六・〇時間六七・五時間七月一六八・〇時間六九・五時間八月一七六・〇時間七八・〇時間九月一六八・〇時間一〇四・〇時間一〇月一六八・〇時間八四・〇時間一一月一六〇・〇時間九一・〇時間一二月一二八・〇時間三二・五時間平成二年一月一六〇・〇時間六四・五時間二月一五二・〇時間六一・〇時間三月一六八・〇時間一三五・〇時間四月一六八・〇時間一一五・〇時間五月九六・〇時間六九・五時間総計一九五二・〇時間一〇〇四・五時間但し、平成元年五月は二〇日から三一日まで、平成二年五月は一日から一九日まで、その他は、各月の一日から末日までとした。 ③ 死亡前三か月の労働時間平成二年二月二〇日から同年五月一九日にかけては、所定労働時間が四八八時間であるのに対し所定外労働時間が三四〇時間三〇分の合計八二八時間三〇分であり、急激に所定外労働時間が増加している。特に、システムテストが本格的に始まった平成二年一月以降は深夜勤務の増加が顕著であり、また、休日出勤も増加している。 ④ 死亡前一か月の労働時間平成二年四月二〇日から 定外労働時間が増加している。特に、システムテストが本格的に始まった平成二年一月以降は深夜勤務の増加が顕著であり、また、休日出勤も増加している。 ④ 死亡前一か月の労働時間平成二年四月二〇日から同年五月一九日にかけては、所定労働時間が一五二時間であるのに対し所定外労働時間は九九時間三〇分の合計二五一時間三〇分である。 また、同年四月九日から同月二〇日までは一二日間連続、同月二二日から同月二九日までは八日間連続、五月一三日から死亡前日の同月一九日までは七日間連続の勤務であった。 (2) Dの労働内容① 本件プロジェクトは、大規模かつ高度な内容のものであり、さらには銀行業務に関するプロジェクトであるため、本稼働後にシステムダウン等を起こすと社会的な影響が大きく、発注元であるNCSやユーザーである日債銀から信頼性の高い品質であることを求められ、また、納期遵守の要請も厳しかった。 しかも、納期の設定は当初から無理があることが明白で、数回にわたるスケジュール変更にもかかわらず常時スケジュールは遅延しており、無理なスケジュール設定と技術力のある人員の不足により、結合テストが終了しないままシステムテストに入ったため、トラブルが頻発し、Dは、最終的に責任を負うプロジェクトリーダーとして、スケジュールの調整に追われ、頻繁な発注元からのクレームに対処しなければならず、相当の心労があった。 ② 平成二年五月七日に本件プロジェクトが本稼働に入ってからも、トラブルは頻発し、一方で本稼働中であるためにトラブルを時間内に解決できなければユーザーである日債銀の信用問題にもなるため、日債銀及びNCSからの要求はさらに厳しくなり、日々、納期が設定されるような状態に至った。また、本件プロジェクトにおいては、本稼働後も度々仕様変更が行われ、Dらの作業を増加させた。 特に、 るため、日債銀及びNCSからの要求はさらに厳しくなり、日々、納期が設定されるような状態に至った。また、本件プロジェクトにおいては、本稼働後も度々仕様変更が行われ、Dらの作業を増加させた。 特に、同月一九日に生じたトラブルは極めて深刻なものであったため、Dは休日(土曜日)を返上して同日午前八時五四分に出勤し、ユーザーから二一日までに問題を解決するように厳命され、追いつめられた状況の中で長時間にわたり作業を行って、同日午後八時ないし九時ころようやくトラブルの原因が判明し、Dは同日午後一〇時ころ退社して帰宅し、その翌日である同月二〇日に脳出血を発症した。 (二) 被告の主張(1) Dの労働時間について① Dは、平成元年五月、本件プロジェクトのプロジェクトリーダーとなったが、同年の年間総労働時間は二七七八時間であり、入社以来二番目に短い。 ② Dの業務内容はシステムエンジニアであるが、その労働は、労働基準法上のいわゆる裁量労働であり、被告がDに対し残業を強制したことはない。 また、一般に直接プロジェクト開発にあたるSEの労働時間の方がプロジェクトリーダーより長くなるのが通常であるが、Dの労働時間は他のSEらに比較して突出して多く、Dは残業時間を調整していたというべきであり、労働時間の長さだけからDの労働が過重であったということはできない。 (2) Dの労働内容について① 本件プロジェクトは、無理なスケジュールではなく、厳しい納期が設定されていたということもない。 また、被告は、プロジェクトの進捗に応じて、必要な技術力のある要員を配置しており、人数や技術力の不足により遅延が生じたということはない。 スケジュールが遅れたり、システムテスト段階でトラブルが発生するのは、本件のようなプロジェクトでは日常的なことであり、本件プロジェクトはむしろ比較的 技術力の不足により遅延が生じたということはない。 スケジュールが遅れたり、システムテスト段階でトラブルが発生するのは、本件のようなプロジェクトでは日常的なことであり、本件プロジェクトはむしろ比較的順調に進行したものであるから、Dに対し、特段の精神的負担がかかっていたとはいえない。 ② 本件プロジェクトの開発業務は平成元年一一月末に終了し、その後Dらが行ったのは、NCSの行うシステムテストのサポート業務に過ぎなかった。そして、この時期にトラブルが発生するのは通常のことであり、本件プロジェクトにおいてトラブルの発生が異常に多いということはなかった。 平成二年五月七日のプロジェクト本稼働後は、Dの業務はトラブルが発生した場合の技術支援業務に過ぎず、実際にトラブルに対応する者は緊急対応者(TRマスターファイルについてはP3)であった。 また、平成二年五月一九日に生じたトラブルは、通常のトラブルと比較して特に深刻なものであったということはない。また、右トラブルは、Dの担当分野で生じたものではなく、他の者の担当分野で生じたものであるから、Dに精神的負担がかかることはない。 Dは、同日のトラブルの対応が終了し帰宅する際には、全く体の不調を訴える様子はなかった。 2 業務と死亡との因果関係(一) 原告らの主張(1) 高血圧による脳幹部出血の発生脳出血の中で最も頻度が高いのは、高血圧性脳出血である。これは、高血圧によって、血管の透過性が亢進し、動脈壁内に血漿が浸潤することによって、穿通動脈の末梢部等の血管壊死が徐々に進行し、壊死した小動脈は小動脈瘤となり、ついには破裂して脳出血に至る病気である。また、臨床上の統計数値によっても、高血圧が脳出血の危険因子であることは明らかである。Dは、この高血圧性脳出血により死亡したものである。 (2) ストレス 、ついには破裂して脳出血に至る病気である。また、臨床上の統計数値によっても、高血圧が脳出血の危険因子であることは明らかである。Dは、この高血圧性脳出血により死亡したものである。 (2) ストレスの持続と高血圧の関係高血圧には、精密検査によっても原因の不明な本態性高血圧と、原因の捉えられる二次性高血圧があり、その中でも二次性高血圧はその原因ごとに、腎性高血圧、内分泌性高血圧、血管性高血圧等に分類される。 ところで、Dには、二次性高血圧の病的原因の症状は全く現れていないから、同人の高血圧は二次性高血圧ではなく本態性高血圧であるというべきである。また、Dの家族には、高血圧、循環器系疾患及び脳疾患に罹患した者はほとんどおらず、遺伝的な要因も否定される。また、その発症及び増悪の急激さは、加齢による高血圧の域を超えたものである。 Dの短期間における急激な高血圧の発症及び増悪は、被告入社以来の質量ともに過重な業務による精神的肉体的ストレスに起因するものというべきである。急激なストレスが一時的な血圧の上昇をもたらすことは周知の事実であるが、持続的なストレスが高血圧という疾患を発症増悪させることは医学的にも裏付けられており、このことは、管理職、医師、航空管制官などの精神的ストレスの多い職業の労働者は、下働きの労働者と比較して高血圧の発症率が高いという疫学的調査の結果が報告されていることからも明らかである。 (3) Dの死亡直前の業務Dは、死亡前日である平成二年五月一九日、発注元のNCSから速やかにトラブルの原因を解明し対策を講じるよう厳命を受け、長時間の労働に従事していたのであるから、その精神的緊張及び肉体的疲労は計り知れないほど強度なものであり、このストレスがDの血圧を急激に上昇させ、脳出血発症に至らせた。 (二) 被告の主張(1) 既往疾 の労働に従事していたのであるから、その精神的緊張及び肉体的疲労は計り知れないほど強度なものであり、このストレスがDの血圧を急激に上昇させ、脳出血発症に至らせた。 (二) 被告の主張(1) 既往疾病の存在高血圧には、本態性高血圧と二次性高血圧があるところ、本件において、Dは精密検査を受けていないため、同人の高血圧がどちらの種類に属するかは不明であるが、若年者については二次性高血圧の頻度が高く全体の四分の三を占めるところ、Dは、二〇代前半から高血圧であり、昭和五八年(二六歳)ころから急激に血圧が上昇していることからすれば、業務とは無関係な何らかの原因疾患に由来した二次性高血圧である可能性が高い。 また、Dは、被告に入社した直後である昭和五四年の健康診断の際に、既に高血圧であったことからしても、同人の高血圧の原因が被告における業務以外の疾病であることは明らかである。 Dの死因が小動脈瘤破裂による脳出血であるとすれば、同人には二次性高血圧及び小動脈瘤という基礎疾患が存在したというべきであり、右疾患の自然増悪により死亡したものであって、業務とは因果関係がない。 (2) ストレスの持続と高血圧の関係急激な肉体的、精神的ストレスが一時的な血圧上昇をもたらすことは知られているが、持続的なストレスが本態性高血圧の原因になるかどうかは全く不明であり、医学的な定説は未だ存在しないのであるから、Dの業務と高血圧ひいては脳出血による死亡との間に因果関係は認められない。 (3) Dの死亡直前の業務Dの発症は平成二年五月二〇日であるが、同日は休暇を取っており、その前日である同月一九日の業務内容についても、同日に発生したトラブルは、Dの担当分野で生じたものではなく、また、通常のトラブルに比較して特段深刻なものともいえず、Dは通常どおりのシステムテストサポ の前日である同月一九日の業務内容についても、同日に発生したトラブルは、Dの担当分野で生じたものではなく、また、通常のトラブルに比較して特段深刻なものともいえず、Dは通常どおりのシステムテストサポート業務を行っていたに過ぎない。また、発症前一週間の業務内容も、平成二年五月七日以降は本件システムの運用はNCS側に移っていたことに照らしても、通常より過重な業務であったとはいえない。 なお、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の業務起因性の認定基準ついては、労働省労働基準局長通達昭和六二年基発第六二〇号を一部改正した平成七年基発第三八号が存在するが、右は、労働基準法施行規則別表第一の二第九号の疾病の認定要件として、「(1) 次に掲げるイ又はロの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること。 イ発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと。 ロ日常業務に比較して特に過重な業務に就労したこと。 (2) 過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであること。」と定められ、右(2)の要件については、まず、発症直前から前日までの業務について判断すること、次に、発症直前から前日までの業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前一週間以内に過重な業務が継続したか否か判断すること、最後に、発症前一週間以内の業務が日常業務を相当程度超える場合には、発症前一週間より前の業務を含めて総合的に判断することなどとしている。 したがって、右通達に照らしても、Dの死亡の業務起因性は認められない。 3 安全配慮義務違反の有無(一) 原告らの主張(1) 過重業務をさせない義務の違反使用者は、労働者を雇用して自らの管理下に置き、その労働力を利用して企業活動を行っている 因性は認められない。 3 安全配慮義務違反の有無(一) 原告らの主張(1) 過重業務をさせない義務の違反使用者は、労働者を雇用して自らの管理下に置き、その労働力を利用して企業活動を行っているものであるから、信義則上、労働者の労働内容並びに健康状態を把握し、その過程において労働者の生命・健康が損なわれないよう安全を確保するための措置を講じるべき安全配慮義務を負っている。 Dは、前記主張のとおり、昭和六一年以降、収縮期血圧が一七〇以上、拡張期血圧が一二〇以上の高血圧で、要医療の状態にあった。そして、高血圧の患者は、規則正しい生活を行い、睡眠や休養を十分に取り、精神的興奮やストレスを避けなければならないのであるから、被告は、Dに対し、申出での有無に関係なく、①労働時間を所定内に抑え、②休日労働、深夜労働をさせず、③配置転換を含めた業務内容の削減及び変更を行い精神的負担を除去し、④適切な人員配置や納期調整を行いDが過労状態に陥ることを避け、過労状態にある時には直ちに医師の診察を受けられるようにするなどの措置を採り、Dの健康状態悪化を防止すべき安全配慮義務を負っていた。 しかるに、被告は、Dが高血圧であること及び長時間労働を行っていることを知りながら、Dを極めて高度な精神的負荷が連続して発生する前記主張のとおりの業務に従事させ、長時間の深夜業務を含む健康に有害な長時間労働を行わせ、配置転換等の業務軽減措置を講じなかった。 また、被告は、本件プロジェクトにおいては、プロジェクトの内容及び納期に照らし、当初から必要な能力ある人員が不足していたことは明らかであるにもかかわらず、適切な増員措置を講じなかったどころか、逆に人員を削減するなどして、プロジェクトリーダーであるDの負担を増やし、Dの疲労、ストレスを蓄積させて高血圧を増悪させ、脳幹部出 明らかであるにもかかわらず、適切な増員措置を講じなかったどころか、逆に人員を削減するなどして、プロジェクトリーダーであるDの負担を増やし、Dの疲労、ストレスを蓄積させて高血圧を増悪させ、脳幹部出血を発症させて死に至らしめた。 したがって、被告には安全配慮義務違反があるというべきである。 (2) 健康診断を受診させる義務の違反労働安全衛生規則四四条は、使用者に対し、一年以内ごとに一回の一般定期健康診断を行うことを義務づけている。 被告は、Dに対し、健康診断受診の機会を与えるのみならず、実際に受診できるように時間的余裕を与え、その受診の有無を確認し、受診していない場合には受診するように指導する義務を負っていた。殊に、三六協定によって、月一二〇時間もの所定外労働を行うことを予定していた被告は、従業員が長時間労働により健康を害する危険を十分予測できたのであるから、過密な労働に従事する従業員が実際に健康診断を受診できるようにスケジュールを調整し、健康診断受診のための徹底的な指導を行うべき義務があった。 しかるに、Dは、高血圧で精密検査が必要な状態であったにもかかわらず、昭和六二年、同六三年及び平成二年(一月一五日までに行われるべきであった)の健康診断を受診せず、また、全く精密検査の指示を受けておらず、被告は右義務を怠ったというべきである。 (3) 健康状態把握義務の違反健康診断は、情報入手の一手段に過ぎないのであるから、使用者は、単に健康診断を行うだけではなく、その結果精密検査の必要な者には精密検査を行い、健康状態を詳しく把握し、就労制限が必要な健康状態であるか否かを判断すべき義務がある。 労働安全衛生法は、被告と同程度の業種及び規模の使用者に対して、衛生管理者及び産業医の選任、衛生委員会の設置を義務づけ、これらの者に職務を行わせるこ な健康状態であるか否かを判断すべき義務がある。 労働安全衛生法は、被告と同程度の業種及び規模の使用者に対して、衛生管理者及び産業医の選任、衛生委員会の設置を義務づけ、これらの者に職務を行わせることにより、もって健康管理を実効あらしめようとしている。 しかるに、被告は、平成元年九月までは衛生管理者を、平成元年一〇月以降は第二種衛生管理者を二名選任しなければならない(労働安全衛生法一二条、同法施行令四条、同法規則七条)にもかかわらず、これらを置いておらず、衛生委員会を設置していない。 また、被告は、産業医として、P4医師を選任しているが、同医師は、労働安全衛生規則一四条及び一五条に規定されている毎月一回の事業場の巡視を行っておらず、定期健康診断においても事業歴の調査を行わず、定期健康診断結果を記載する所定の個人表の「就業上の注意事項」欄に記載したことがないなど、必要な職務を行っていない。 したがって、被告は、Dの健康状態を把握すべき義務を怠ったというべきである。 (4) 事後措置義務違反使用者は、健康診断の結果等に基づいて、健康を保持するために必要がある場合には、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な事後措置を講じるべき義務がある。前記(1)ないし(3)主張の各義務は、本来、この事後措置を適切に採るための義務である。 Dは、平成元年二月の時点では、要治療の状態にあり、精神的緊張の強い仕事を禁じ、仕事量も健康人の五ないし七割に留めることが必要な状態であったが、被告は、これらの措置を行っておらず、かえって、精神的負担の大きい本件プロジェクトのリーダーに任命し、かつ、被告会社におけるいわゆる三六協定(男性SEについて、残業時間は一日五時間、一か月一二〇時間、三か月一五〇時間)に違反する長時間労働を行わせたものであるから 件プロジェクトのリーダーに任命し、かつ、被告会社におけるいわゆる三六協定(男性SEについて、残業時間は一日五時間、一か月一二〇時間、三か月一五〇時間)に違反する長時間労働を行わせたものであるから、被告は事後措置義務に違反しているというべきである。 (二) 被告の主張(1) 過重労働をさせない義務違反について前記一1(二)主張のとおり、Dの業務は、過重なものではなかった。 また、Dの業務はいわゆる裁量労働であり、被告の具体的な指揮監督の下に実施される労働ではなく、自らの判断により実施されるものであり、上司の強制により残業が行われることはなかった。したがって、Dが長時間労働をしているとしても、それは同人が自らの判断で労働時間を調整していたというべきである。 したがって、被告がDに対し過重労働をさせない義務を怠り、同人に多大なストレス、疲労を蓄積させたとはいえない。 (2) 健康診断を受診させる義務違反について被告は、赤坂診療所に委託して、毎年定期健康診断を行っている。その手順は、被告担当者が赤坂診療所と相談の上、健康診断の受診期間を定め、「定期健康診断のお知らせ」という文書を掲示して各従業員に通知し、各部毎に受診時間の調整を行った後、受診スケジュールを決定して赤坂診療所に通知し、各従業員は定められた時間に赤坂診療所に行き受診するというもので、一日に数人のみを対象とする丹念なものであった(なお、受診しなかった従業員については、赤坂診療所と協議して日程外の受診スケジュールを再度作成することとしている)。Dについては、昭和六三年の健康診断を受診していないが、これは、Dの意思によるものである。 労働者の健康保持は、使用者の義務でもあるが、何よりもまず労働者自身が自らの健康に注意し、必要があれば医師の診察を受けるなどして健康保持を図るべきで していないが、これは、Dの意思によるものである。 労働者の健康保持は、使用者の義務でもあるが、何よりもまず労働者自身が自らの健康に注意し、必要があれば医師の診察を受けるなどして健康保持を図るべきである。被告は、Dに対し健康診断を受診する機会を与え、健康診断の結果を通知しており、Dが健康診断を受診しなかったのは自らの意志に基づくものである。また、原告らは受診の機会を与えるだけではなく受診のための時間的余裕を与え、受診しない場合には受診するように指導すベきであったと主張するが、前記主張のとおりの業務実態に照らせば、Dが健康診断を受診する時間的余裕すらなかったとは考えられない。 (3) 健康状態把握義務違反について被告は、総務部総務課の労務厚生担当者らを衛生管理者の任に当たらせており、これらの者が衛生管理者の資格試験に合格し次第、衛生委員会を設置する予定であった。労務厚生担当者らは、産業医とも協議の上、労働者の健康の保持増進を図っているから、衛生委員会が設置されていなかったとの一事をもって健康状態把握義務違反があったとはいえない。 (4) 事後措置義務違反について一般に、境界域を含む高血圧の人は少なくなく、その症状程度も様々であるから、労働者が高血圧であるからといって直ちに配置転換などの業務軽減措置を採ることは、必要以上に高血圧患者から就労の途を奪うことになり、相当ではない。高血圧の人が、医師の精密検査等を受診し、その診断結果を踏まえ、医師の意見も聞いた上で、はじめて配置転換等の業務軽減措置が採られるべきであることは、労働安全衛生規則六一条二項などに照らして明らかであるところ、Dは精密検査を受けておらず、また、業務軽減の申出でもしていないのであるから、被告には未だ配置転換、業務軽減等の事後措置を採るべき義務は生じていない。 (5) 予 項などに照らして明らかであるところ、Dは精密検査を受けておらず、また、業務軽減の申出でもしていないのであるから、被告には未だ配置転換、業務軽減等の事後措置を採るべき義務は生じていない。 (5) 予見可能性についてDの高血圧には他覚所見がなく、D本人や、原告ら同居家族も、Dの健康状況について認識はなかった。また、Dは、被告に対し業務軽減の申出でをしていなかったことからすれば、被告がDの脳出血の発症とこれによる死亡の結果を予見することはできなかったというべきであり、被告に安全配慮義務違反はない。 3 損害額(一) 原告らの主張(1) 逸失利益四九二〇万〇〇一一円Dの死亡前一年間の収入は六〇七万六七五二円であり、生活費及び中間利息を控除した逸失利益は、左の計算式により四九二〇万〇〇一一円である。 六〇七万六七五二円×(一-〇・五)×一六・一九二九=四九二〇万〇〇一一円(2) 慰謝料三〇〇〇万〇〇〇〇円Dは死亡時三三歳であり、原告Cと結婚した直後に本件事故に遭った点を考慮すると、その慰謝料は三〇〇〇万円を下らない。 (3) 葬儀費用(原告らの損害) 二六六万九四六七円原告らは、Dの葬儀費用として、二六六万九四六七円を支出した。(4) 弁護士費用八一八万六九四七円(5) 相続原告らは、右(1)ないし(3)記載の損害についての損害賠償請求権を、法定相続分に従い、原告Cが三分の二、原告A及び原告Bが各六分の一の割合で、それぞれ相続した。 (二) 被告の主張すべて争う。 第三当裁判所の判断一 Dの業務の状況、発症に至るまでの経緯等前掲争いのない事実、(証拠略)、原告A本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 1 Dの経歴等(一) Dは、昭和三一年一一月一日生まれの男性で 前掲争いのない事実、(証拠略)、原告A本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 1 Dの経歴等(一) Dは、昭和三一年一一月一日生まれの男性であり、昭和五四年に大学を卒業した後、被告に入社した。Dは学生時代は、剣道、水泳、ハイキング、マラソンなどを行うスポーツマンであり、特段の疾病に罹患したことはなく、被告入社後も、後記高血圧を除いては、特段の疾患はなく、何らかの薬剤を常用していることもなかった。 (二) 被告入社後のDの趣味は、かつては主にドライブであったが、死亡前は、休日は外出せず自宅で音楽を聴くなどして過ごすことが多くなった。 (三) Dは、被告入社時から死亡に至るまで、神奈川県川崎市所在の自宅に、両親(原告A及び原告B)及び祖母と同居しており、新宿区に所在する被告への通勤経路は、最寄りの小田急線鶴川駅まで原告A運転の車で送ってもらい、新宿駅で小田急線から地下鉄丸ノ内線に乗り換え、四ツ谷駅で下車するというものであり、所要時間は一時間三〇分強であった。 また、Dは、平成二年一月六日に原告Cと婚姻したが、それ以降も前記住所地の自宅において両親と同居していた。 (四) Dは、死亡に至るまで喫煙の習慣はなく、飲酒については、週一、二回、ビール約一本を飲む程度であった。 Dは、まじめで几帳面であり、同僚らに対しても優しく、ユーザーや上司に対して、自らの要求を押し通すことはしない性格であった。 また、同人の身長は約一六五センチメートルであり、体重は、昭和五四年には五八・五キログラム、平成元年二月一五日には六六・五キログラム、平成二年五月二〇日の死亡時には六三・八キログラムであった。 (五) Dには、父(原告A、昭和五年七月一八日生)、母(原告B、昭和九年一月二日生)、兄(昭和三九年八月九 一五日には六六・五キログラム、平成二年五月二〇日の死亡時には六三・八キログラムであった。 (五) Dには、父(原告A、昭和五年七月一八日生)、母(原告B、昭和九年一月二日生)、兄(昭和三九年八月九日生)、弟(昭和三五年三月一〇日生)がいるが、いずれも健在であり、原告Bの兄(Dの伯父)がやや血圧が高いほかは、高血圧、循環器系疾患、脳疾患に罹患したものはいない。 2 本件プロジェクト開始前のDの業務(一) Dは、被告入社後、第三FM部(後のシステム第三部)に配属され、その後は専らSEとしてコンピューターのシステム開始業務に従事し、昭和五八年五月にはチーフに昇格して、昭和六一年からは東京商工リサーチのシステム開発プロジェクトのプロジェクト・サブリーダーを務めた。 Dの業務内容は、専らSEとしてのソフトウェア開発作業であった。 Dの被告入社以来の年間総労働時間は、次のとおりであった。 昭和五五年三二七二・五時間昭和五六年二八六二・五時間昭和五七年三三八九・五時間昭和五八年二九六〇時間昭和六〇年三一九五時間昭和六一年二七七六・五時間昭和六二年三五七八時間昭和六三年二八八七・五時間平成元年二七七八時間(二) 被告におけるSEの業務は、原則として上司から時間外労働を命じられるということはなく、いわゆる裁量労働であった。また、被告は、労働時間管理にはタイムカードを使用しており、タイムカードに記載された出社及び退社の時刻は正確なものであり、サービス残業が行われていたわけではないが、給与計算上は、一八時から一九時にかけての時間外労働及び休憩時間(午後七時から三〇分間及び午前二時から三〇分間)は計上せず、また、三〇分未満は切り捨てることになっていた。 3 定期健康診断とDの健康状態(一) 被告は、被告の産業医である赤坂診療所 及び休憩時間(午後七時から三〇分間及び午前二時から三〇分間)は計上せず、また、三〇分未満は切り捨てることになっていた。 3 定期健康診断とDの健康状態(一) 被告は、被告の産業医である赤坂診療所のP4医師に委託して、従業員の定期健康診断を行っていた。 被告担当者はP4医師と協議し、各従業員の都合を聞いた上で受診スケジュールを決定し、従業員らは右スケジュールに従って受診するものとされていた。一日当たりの受診者数は平均六ないし八人で、診断の手順は、まずアシスタントが身長及び体重の測定、視力検査、検尿を行い、その後、P4医師が血圧測定、採血、レントゲン撮影及び問診を行い、問診の際に異常所見のある者にはその旨を伝えるというものであり、所要時間は全体で約一時間、一人当たりの時間は数分であった。 右受診スケジュールどおり受診しなかった者に対しては、被告の担当者が再度受診スケジュールを作成するが、その際にも受診しない者に対しては、それ以上の措置は採っておらず、その結果、受診率は昭和六一年度が七八パーセント、昭和六二年度が五七パーセント、昭和六三年度(平成元年一月から二月にかけて実施)が八五パーセントであった。 (二) P4医師は、健康診断の後、異常所見があり、治療又は精密検査が必要な者については、「事業所検診結果中間報告書」ないし「事業所検診結果報告書」と題する氏名と診断名の一覧表(書証略)を作成して被告に送付し、被告の担当者は、右報告書を各人別に切り取ったもの又は右内容を転記したものを該当者に交付した上、口頭で精密検査を受診するように指示していた。 しかし、右通知を受けた者が実際に精密検査を受診するかどうかは各人にまかされており、被告担当者がさらに受診するように指導を行うことはなかった。なお、P4医師が健康診断の結果を、被告の従業員に対し直接 しかし、右通知を受けた者が実際に精密検査を受診するかどうかは各人にまかされており、被告担当者がさらに受診するように指導を行うことはなかった。なお、P4医師が健康診断の結果を、被告の従業員に対し直接伝えることもなかった。 (三) Dは、被告に入社した年である昭和五四年一二月七日の定期健康診断では、血圧が収縮期血圧(最高血圧)が一四〇、拡張期血圧(最低血圧)が九二(単位はいずれもmmHg。以下、単に「一四〇/九二」などと表記する。)であり、軽度の境界域高血圧であった(WHOの定義では、①収縮期血圧一六〇以上、拡張期血圧九五以上のいずれか一方又は両者を満たすものを高血圧、②収縮期血圧一四〇未満かつ拡張期血圧九〇未満を正常血圧、③収縮期血圧一四〇以上一六〇未満、拡張期血圧九〇以上九五未満のいずれか一方又は両者を満たすものを境界域高血圧としている。書証略)。 その後、定期健康診断における同人の血圧は、次のとおり変遷し、昭和五八年ころからは、毎年収縮期血圧が一六〇、拡張期血圧が九五を超えるようになり、さらには心胸比が五〇以上になり、心拡張(高血圧により心臓が肥大すること)の症状も見られるようになった。 昭和五五年一二月八日一四六/一〇四昭和五六年一二月二一日一三六/ 九二昭和五七年一一月二九日一五二/一〇〇昭和五八年一二月一三日一六八/一〇四心胸比五一・四(心拡張)昭和五九年一二月二五日一七四/一一六心胸比五一・四(同右)昭和六一年一月一七日一七六/一二二心胸比五三・九(同右)昭和六一年一一月一〇日一七四/一二四心胸比五三・五(同右)平成元年二月一五日一七六/一一二心胸比五五・六(同右)(昭和六二年度は受診せず)(四) P4医師は、健康診断の結果を、検診結果報告書に記載し、被告の担当者は、Dに対し 五三・五(同右)平成元年二月一五日一七六/一一二心胸比五五・六(同右)(昭和六二年度は受診せず)(四) P4医師は、健康診断の結果を、検診結果報告書に記載し、被告の担当者は、Dに対し右診断結果を通知したが、Dは、死亡に至るまで、精密検査を受診したり専門医の治療を受けたりすることはなかった。 (五) なお、後記認定のとおり、高血圧の大部分は本態性高血圧であり、二次性高血圧の場合は、血圧の上昇の他に、内臓等の異常に起因する何らかの症状が出ることが多いところ、Dは、昭和五七年以降、尿検査において腎性高血圧の最大の特徴である尿蛋白が検出されたことはなく、ほかに二次性高血圧を疑わせる何らかの身体の異常は認められないことからすれば、Dの高血圧は本態性高血圧と推認される(人証略は、Dが二次性高血圧であった可能性が高い旨証言しているが、その根拠は、Dの具体的な症状等に基づくものではなく、主に、若年の高血圧患者には比較的二次性高血圧が多いという統計資料によるにすぎず、それとても三五歳以下の若年層について二次性高血圧の占める割合は三〇パーセントを上回るものではないから、右証言により直ちにDが二次性高血圧の蓋然性が高いということは到底できない)。 4 本件プロジェクトの開始(一) 日債銀は、従来から総合オンラインシステムを運用してきたが、融資システムを一新するため、第三次システム開発を行い、日債銀の子会社であるNCSは、その一環として、被告との間で、平成元年一月一七日、ソフトウェア開発委託契約を締結した(以下「第一次契約」という)。 日債銀の総合オンラインシステム(以下「本件システム」という)は、①勘定系(リアルタイム業務専用)、②情報系(Ⅰ)(勘定系のレスポンスタイムを早めるため、従来勘定系で行っていた業務の内リアルタイムで行うことを要し ンラインシステム(以下「本件システム」という)は、①勘定系(リアルタイム業務専用)、②情報系(Ⅰ)(勘定系のレスポンスタイムを早めるため、従来勘定系で行っていた業務の内リアルタイムで行うことを要しないものを行い、また、営業担当者が必要とする情報を集積加工し、情報系(Ⅱ)に渡すもの)、③情報系(Ⅱ)(営業担当者の収集情報を入力するとともに、外部情報を取り込み情報系(Ⅰ)に渡し、情報系(Ⅰ)で集積加工されたデータの帳簿出力及び営業担当者が必要とする情報のデータベース機能を持つもの)に分けられるが、このうち第一次契約において被告が請け負ったのは情報系(Ⅰ)の基本設計及びテストであり、テストも含めた納期予定は平成二年三月末日であった。 そして、その後の開発の進展に伴い、NCSと被告は、同年五月から六月にかけて、第一次契約の内容を改定し、総作業量七万五八〇〇ステップ、システム設計の納期を平成元年一〇月末日、システムテストを平成元年一一月から平成二年三月とし、その見積りは平成元年八月中に行うことを合意した。 なお、システム設計は、①概要設計(現状のシステムを分析し、ユーザーのニーズを調査することにより、問題点、改善点を把握し、「概要書」等という書面にまとめる段階)、②基本設計(概要設計を具体化するため、新システムの概要仕様を作成し、機能を確定する段階)、③詳細設計(基本設計の内容をより詳細に表し、プログラム仕様書を作成する段階)、④プログラミング(プログラム仕様書に基づき、プログラムをコンピューター言語に置き換えていく段階。コーディングともいう)があり、①ないし③の作業はSEが行い、④の作業は、実際に入力作業を行うのはプログラマーで、SEはスケジュール管理等を行う。 そして、テストは、①プログラミングの中途でプログラマーが行うテスト、②各設計 、①ないし③の作業はSEが行い、④の作業は、実際に入力作業を行うのはプログラマーで、SEはスケジュール管理等を行う。 そして、テストは、①プログラミングの中途でプログラマーが行うテスト、②各設計者が担当したプログラム毎に、それを構成するモジュールを結合させて行うテスト(以下「テスト1」といい、「モジュール結合テスト」、「単体テスト」ともいう)、③情報系Ⅰ内部でファイルをグループに分け、グループ毎又はグループ間でファイルのつながりを検証するテスト(以下「テスト2」といい、「プログラム間結合テスト」、「スルーテスト」ともいう。なお、テスト1及びテスト2を合わせて「結合テスト」ということがある)、④実際に稼働させる環境を用意し、勘定系と結合させて機能を検証するテスト(以下「システムテスト」という)があり、このうち①はプログラマーが独自に行うものであり、SEが行うものは②ないし④である。 (二) 本件プロジェクトに従事する人員は、開始当初は、総責任者がP5部長及びP6課長(以下「P6」という)、プロジェクトマネージャーがP7(以下「P7」という)、プロジェクトリーダーがP1、プロジェクトサポートがP8(システム経理所属。以下「P8」という)であり、Dは、当初は本件プロジェクトには関与していなかった。Dは、同年四月からプロジェクトサポートとして本件プロジェクトに参加したが、この時期は、日債銀が本件システムに対してどのような機能を盛り込むよう要求するかを知るための会議及び説明会には余り参加していなかった。 NCS側の本件プロジェクトの担当者であるP9次長(以下「P9次長」という)らは、平成元年一月四日、二月中旬ころまでに基本設計を、三月末ころまでに詳細設計を行い、三月中旬ころからプログラミングを開始し、五月からテストを行うというスケジュール案( (以下「P9次長」という)らは、平成元年一月四日、二月中旬ころまでに基本設計を、三月末ころまでに詳細設計を行い、三月中旬ころからプログラミングを開始し、五月からテストを行うというスケジュール案(書証略)を作成し、また、被告は三月一三日にマスタースケジュール案(書証略)を作成した。 しかし、日債銀及びNCSからの仕様の要求が固まらなかったことなどから、同年三月二七日ころには、既に前記マスタースケジュールと比較して、約一か月の遅延が生じていた。 5 本件プロジェクトの進行状況―平成元年(一) 平成元年五月、プロジェクトマネージャーであるP7は、P1がSEとしての経験が約三年程度であり、本件プロジェクトのリーダーを務めるにはやや経験不足であると考えられたことから、P1に代えてDをプロジェクトリーダーとすることにした。 プロジェクトリーダーの業務内容は、原則として、プロジェクトマネージャーの指揮を受け、プロジェクトの進捗管理、品質管理、要員管理、発注元である日債銀及びNCS並びに協力会社との連絡調整の窓口などが主であり、実際のシステム設計について担当があるわけではなかった。 システムテストが開始されるまでの期間のDの具体的な業務は、各担当者から進捗状況、作業内容、問題点などを聞いて報告書にまとめ、要員の手配等の対策を立てるなどした上で、NCS及び被告で行われる進捗会議で報告することが主であり、本件プロジェクト一般について生じる書類作成等の雑用も行っていた。また、本件プロジェクトで使用されたリレーショナルデータベースという特殊なデータベースを使用した経験を有する者はDしかいなかったため、他の担当者に対する指導、説明を行っていた。 (二) 同年五月末ころ、P7は、経験が長く労働単価が高いP8が本件プロジェクトにいると人件費がかかるため、同人 した経験を有する者はDしかいなかったため、他の担当者に対する指導、説明を行っていた。 (二) 同年五月末ころ、P7は、経験が長く労働単価が高いP8が本件プロジェクトにいると人件費がかかるため、同人を本件プロジェクトから外した。 同人は本件プロジェクトの開始当初から関与しており、経験も豊富なSEであったため、このことも本件プロジェクトの遅延の一因になった。このころ、実際に本件プロジェクトにおいてシステム設計を行うSEは、Dの他に、P1、P10(以下「P10」という)、P11、(以下「P11」という。以上が被告従業員)、P12、P13、P14、P15(以下「P15」という。以上がシステム経理所属)、P16(以下「P16」という。被告の協力会社チャネル所属)、P3(以下「P3」という。被告の協力会社ゼロプランニング所属)の九名であり、P1及びP3が「TRマスター」、P12、P13、P15、P17及びP10が「DB更新オンライン」、P11が「申請書つなぎ」、P16が「DB更新バッチ」と称する部分を、それぞれ担当して設計することになった。 なお、システム経理は、業務の一部を一括して請負うという形ではなく、SEを派遣するという形で本件プロジェクトに参加していた。 (三) 被告が同年五月三一日付で作成した見積書(書証略。以下「本件見積書」という)では、六月一〇日までに詳細設計(プログラム仕様書作成)を、一〇月末までに結合テストを終了させるという内容に変更され、三月一三日付マスタースケジュールに比べて作業期間が延長されていたが、実際には、ユーザーの要求を把握する作業が長引いたことなどにより、同年四月から五月にかけてはまだ基本設計が行われている状態で、詳細設計は未だ行われておらず、三月一三日付スケジュールに比較してさらに遅延が出ていた。 五月末ころ、 する作業が長引いたことなどにより、同年四月から五月にかけてはまだ基本設計が行われている状態で、詳細設計は未だ行われておらず、三月一三日付スケジュールに比較してさらに遅延が出ていた。 五月末ころ、NCSのP9次長は、本件プロジェクトの総ステップ数は、七万五八〇〇ステップであると説明したが、SEらは、実際の作業と比較し少なすぎるとの印象を持った。 右のスケジュールどおりに作業を進めるためには、SEの数が不足しており、共通ルーチン作成及び極度ファイルについては未だ設計担当者さえ決まっていない状態であったため、P12は、経験豊富なSEがさらに四、五名必要であると感じ、同年六月二日ころ、D、P12、P7らは打合わせの上、P12が担当者未定の部分には担当者氏名をX、Y、Zと記載したスケジュール案(書証略)を作成して、同月五日ころDに渡した。 (四) 被告は、右の要請を受け、六月一二日に、被告従業員のP18(以下「P18」という)及び協力会社のチャネル所属のP19(以下「P19」という)を、同月一九日に被告従業員であるP20及び大分電算のP21及びP22を、七月一日ころ、被告従業員であるP23(以下「P23」という)をそれぞれ増員し、このほかにも六月から七月にかけてはプログラミング作業のために十数名のプログラマーを増員するなどしたが、そのころ、P11は担当を外れた。 しかし、右増員措置により配置された者のうち、P18及びP20は、同年四月に被告に入社したばかりであって、本格的なシステム開発に携わった経験がなかったため、独りで作業をすることができず、P18はCIF代表CIF対応テーブルを、P20は案件口座対応テーブルを一応担当することになったが、D、P10及びP24ら他のSEの指導を受けながら作業をしていた。また、応援で増員された者の中には、本件 はCIF代表CIF対応テーブルを、P20は案件口座対応テーブルを一応担当することになったが、D、P10及びP24ら他のSEの指導を受けながら作業をしていた。また、応援で増員された者の中には、本件プロジェクトの内容を理解していなかった者もいたため、引継ぎに時間がかかり、作成されたDB項目更新説明書の中には、従前から本件プロジェクトに携わっていたメンバーがチェックしないとNCSに提出できないレベルのものが存在したため、結局、人的補強措置としては必ずしも十分なものではなかった。 その結果、六月段階で立てた進行予定によれば、七月中には詳細設計の九〇パーセント及びプログラミングの七〇パーセントを終了するというものであったにもかかわらず、実際には、七月中には詳細設計の約五〇パーセント、プログラミングの約四〇パーセントが終了したにとどまった。 P12、P13らSEは、P7に対し、増員措置を採るように強く求めたが、P7は、現状の人員で努力するように応答し、それ以上の増員措置を採らなかったため、P12らは、P7に要求することをあきらめ、専らDに対し増員の要望をするようになった。 Dは、P12らの要望や意見を聞いたが、Dには増員に関する決定権限がなかったため、十分な増員措置を採ることができず、SEらの不満が増大した。 (五) NCSのP25調査役(以下「P25調査役」という)及びP9次長らは、被告が本件見積書記載のスケジュールを守っていないことに不満を持ち、作業の進捗程度を厳しく監視するようになり、同年七月上旬にはDらに対し土曜も出勤して作業をするように要求し、さらに、同年八月九日、D及びP12に対し、情報系内部の結合テストを一〇月末までに終わらせ、一一月からシステムテストに入るように強く要求し、自らそのためのスケジュールを作成してDらに示した。Dは、 、さらに、同年八月九日、D及びP12に対し、情報系内部の結合テストを一〇月末までに終わらせ、一一月からシステムテストに入るように強く要求し、自らそのためのスケジュールを作成してDらに示した。Dは、右スケジュールを清書し、P9次長に提出したが、P9次長は、情報系内部のテストを九月中に終わらせ、一〇月からシステムテストに入らなければならないとして、右スケジュールを承認しなかったため、Dは、更に予定を早めたスケジュールを作成し、八月一七日にP9次長に提出したが、結局承認は得られなかった。そして、八月中には、詳細設計の約九〇パーセント及びプログラミングの七〇パーセントが終了し、結合テストが開始された。Dは、従前行っていたプロジェクトリーダーの業務の他に、テスト環境の整備の業務を行うことになり、さらに、担当者のいない部分のテストも行うことになった。 (六) その後、九月末ころまでに、仕様変更部分を除くプログラミングが終了し、結合テストについても約三〇パーセントが終了したが、本件見積書記載の予定どおり一〇月末までに結合テストを終了することが困難な状況になっていたにもかかわらず、必要なテスト要員の増員措置は採られなかったため、P12らSEは、P7マネージャーやDに対しさらに不満を述べた。 しかし、結局、必要な増員は行われないまま、一〇月二三日の進捗会議において、結合テストについては、テスト1を完全には終了せず、テスト2はほとんど行わないまま、一一月一三日からシステムテストを行い、これと平行して、残存しているテスト1及びテスト2を行うことが決められた。 本件プロジェクトのようなシステム開発においては、通常は、結合テスト(テスト1及びテスト2)を終了してからシステムテストを行うものであり、結合テストをしないと、インターフェイスミス(プログラム間の連動 件プロジェクトのようなシステム開発においては、通常は、結合テスト(テスト1及びテスト2)を終了してからシステムテストを行うものであり、結合テストをしないと、インターフェイスミス(プログラム間の連動がうまく行かないこと)が発生することがあり、またシステムテストに入った後にトラブルが発生したときに、トラブルの原因を探す範囲が広くなり不都合が生じることがある。P12は、システムが実際に稼働するのか不安を感じて、一一月一〇日、作業進捗月次報告書に、「結合テストが完全に終了しないまま、システムテストに突入するため、たいへんな事になりそうだ」と記載した。 (七) 平成元年一一月一三日、ユーザーである日債銀及びNCSを中心にしてシステムテストが開始され、以後の本件プロジェクトにおけるDらの業務は、システムテストのサポート業務に中心が移った。 システムテストサポート業務の主な内容は、NCS側がシステムテストを行い、何らかのトラブルが発生すると、待機していた被告側のSEが原因調査を行い、原因が分かり次第修正を行うものである。トラブルの内容によって解決に要する時間はさまざまであるが、NCSからは、修正に要する期間の要望が出されたり、時には緊急に修正してほしいという場合もあった。なお、トラブルの原因を探す作業は、プログラムソースリストをプリントアウトし、その内容を一行ずつチェックして行くというものであり、場合によってはプリントアウトされた紙が厚さ数センチメートルに及ぶこともあった。 被告は、システムテスト開始後、本件プロジェクトに配置していた要員を、順次他のプロジェクトに回すなどして減員し、同年一二月には、システムテストサポート業務を行っていたSEは、D、P1、P23、P10、P12、P13、P15、P26、P16の九名になった。 しかし、P12らが懸 ジェクトに回すなどして減員し、同年一二月には、システムテストサポート業務を行っていたSEは、D、P1、P23、P10、P12、P13、P15、P26、P16の九名になった。 しかし、P12らが懸念していたとおり、上位のプログラムと下位のプログラムのインターフェイスミスなどの問題が続発し、平成元年一二月末ころまでは、本件システムはほとんど機能しない状態であった。そのため、一二月一日、P9次長及びP25調査役は、D及びP13らに対し、必要なテストを行わなかったためにシステムテストがうまく行かなかったとして、厳しく苦情を述べた。 (八) なお、この間、P7は、平成元年一一月一七日に退職し、その後、それまでシステム第三部第一課長であったP6が、本件プロジェクトのマネージャーに就任した。しかし、P7及びP6は、他にも多数のプロジェクトマネージャーを兼任していて多忙であり、NCS及び被告で開催される進捗会議にも欠席することが多かった。他方、Dは、本件プロジェクト専任であり、プロジェクトリーダーに就任して以降、進捗会議、打合わせにはほぼ毎回参加していたため、日債銀及びNCSからの要求などは主にDに向けられた。また、P6は、中途から引き継いだということもあって、本件プロジェクトの内容を十分に把握していなかったため、Dは、日債銀及びNCSとの交渉、他のスタッフからの増員要請等への対応、スケジュール作成など、本来ならマネージャーが行うべき業務の相当部分も行わざるを得なかった。 6 本件プロジェクトの進行状況―平成二年(一) 平成二年一月ないし三月P25調査役らNCSの担当者は、一月一七日の進捗会議において、Dらに対し、二月からは土曜日にも日債銀がシステムテストを行うため、システムテストサポートに当たる者は土曜日にも出勤すること、午前九時から午後九時まで NCSの担当者は、一月一七日の進捗会議において、Dらに対し、二月からは土曜日にも日債銀がシステムテストを行うため、システムテストサポートに当たる者は土曜日にも出勤すること、午前九時から午後九時までは全員が、午後九時から午後一一時までは当番が残ることを要求した。そこで、Dらは、D、P12、P13、P15及びP1の五名で当番を組み、対応することになった(なお、P23は、同人が設計した繰上償還ファイル等のトラブルに対応するため、引続き本件プロジェクトのサポート業務に従事していたが、右当番には加わらなかった)。 Dらシステムテストサポートを行うSEは、朝、四谷所在の被告本社に出社してタイムカードを打刻した後に九段下所在のNCSに行き、ほぼ一日中NCSで作業を行っていた。 NCSのシステムテストは、通常は夜間に行われ、朝方までかかることも多く、日債銀及びNCSは、プロジェクトリーダーが早く帰ることを嫌がっていたため、Dは、責任上、自らが当番である日はもちろんのこと、当番でない日の午後九時以降も、残ってシステムテストに立ち会い、特に三月中旬から四月中旬にかけては、三月一六日は午前〇時一〇分、同月一九日は午前〇時、同月二三日は午前三時〇三分、同月二六日は午前三時四五分、同月二八日は午前五時、四月二日は午前四時〇四分まで勤務し、これ以外の日も、早い日で午後八時三〇分から午後九時ころ、遅い日では午後一一時ないし一一時三〇分ころまで勤務した(なお、右のうち、午前三時ないし午前五時にタイムカードが打刻されている日については、P2が仕事をしていた場所が主に九段下のNCSであることに照らせば、NCSでの作業の終了後、果たして被告本社に戻る必要性があったか、不明な点がないでもない。しかし、Dは、本件プロジェクトのリーダーとして、書類の作成等システムテストサポ NCSであることに照らせば、NCSでの作業の終了後、果たして被告本社に戻る必要性があったか、不明な点がないでもない。しかし、Dは、本件プロジェクトのリーダーとして、書類の作成等システムテストサポート以外の業務も持っていたこと、そのころも仕様変更は継続して行われていたことに照らせば、少なくとも、タイムカードが打刻された時間ころまで現実に就労していたものと認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠は全くない)。 トラブル発生件数は、システムテストが進むにつれて減少するのが通常であるが、本件プロジェクトにおいては、一、二月に、それぞれ約三〇件のトラブルが発生したのに比較し、三月には約五〇件のトラブルが発生し、むしろ増加した。 NCS及び日債銀は、これらの状況に対して不満を抱くとともに、三月一三日、本件システムを本稼働する予定を、三月末から五月七日に延期することにした。これにともなって、同年三月末日で終了する予定であった被告のシステムテストサポート業務も同年五月末日まで延長された。 そのため、被告と下請であるシステム経理との契約も、再延長されることになったが、P12及びP13は、本件プロジェクトの遅延や、被告が十分な要員の手当をしてくれず、引継ぎも不十分であったことなどに不安を感じていたため、被告に対し、「日債銀再延長の件」と題する質問状(書証略)を出し、今後のトラブル対応方針を明らかにするように求めた。 Dは、これに対し、今後の作業はNCSが主体となり、被告はその補助を行うにすぎないことなどを説明した上で、システム経理に対し、今後も引続き協力してくれるよう要請した。しかし、システム経理は、再延長に応じる条件として、P12及びP13がシステムテストサポート業務を行う作業範囲を、システム経理側が作成したプログラムに限定し、責任範囲 き協力してくれるよう要請した。しかし、システム経理は、再延長に応じる条件として、P12及びP13がシステムテストサポート業務を行う作業範囲を、システム経理側が作成したプログラムに限定し、責任範囲の明確化を求めたため、Dは、P6の指示により、D個人の名で、システム経理に対し、システム経理の担当者が作成した部分以外については、すべて被告がシステムテストサポート業務を行うという趣旨の文書(書証略)を交付した。その結果、システム経理のSEが作成した部分以外のシステムテストサポートは主にDが行うことになったが、Dは、プロジェクトリーダーであって、自らはプログラム設計自体には直接関与していなかったため、他人の設計した、内容を把握していないプログラムについてトラブルの原因を探さざるを得ないことになり、サポート業務は、より困難なものになった。 (二) 平成二年四月平成二年四月から、P15及びP1が本件プロジェクトから外れることになり、D、P12及びP13の三名で当番を組むことになった。そのため、一人当たりの当番日数が増加し、また、P12及びP13は協力会社であるシステム経理の従業員であり、元請である被告の従業員はD一人となったため、Dに精神的な負担が集中することになった。Dは、それまでも土曜日には出勤することが多かったが、四月には、七日(土曜日)、一四日(土曜日)、一五日(日曜日)、二二日(日曜日)、二八日(土曜日)、二九日(日曜日)にそれぞれ出勤し、四月九日から二〇日までは一二日間連続で勤務した。 なお、四月一九日ころから、P3が、TRマスターファイルについての緊急対応者として、サポート業務に参加したが、当番には加わらなかった。 また、仕様変更はシステムテストに入った後も、断続的に発生しており、システムテストに入った後の担当者の減員分について についての緊急対応者として、サポート業務に参加したが、当番には加わらなかった。 また、仕様変更はシステムテストに入った後も、断続的に発生しており、システムテストに入った後の担当者の減員分については、Dらが対処せざるを得なかった。 (三) 平成二年五月平成二年五月に入ってからも、Dは、P12及びP13と三名で当番を組んでシステムテストサポート業務を行い、ゴールデンウイーク中も、五月四日(金曜日)及び五日(土曜日)は出勤して業務を行った。本件システムは、平成二年五月七日から本稼働(カットオーバー)したが、それまでにすべてのテストが完了したわけではなく、テストが完了していない部分については、五月七日以降も、それ以前と同様にシステムテストが続けられていた。 なお、Dは、本件プロジェクト終了後は、日本団体生命のプロジェクトに従事することになっていたため、同月一六日から一八日にかけては、日中は日本団体生命の仕事を行い、夕方から本件プロジェクトの作業を行っていた。 7 発症前々日から前日にかけての業務(一) Dは、五月一八日(金曜日)、当番日ではなかったため、午後七時ころ退社した。午後八時ないし九時ころ、NCSから、その日の当番であったP13に対し、移管等トレースファイル更新の部分でトラブルが発生したとの連絡があり、P13は、Dの自宅に対し、電話でそのことを伝えた。P13は、その後、自分の担当した貸出取引状況ファイルの部分を中心に、トラブルの原因を探す作業をはじめたが、直ぐには原因が発見できなかったため、同日午後一一時ころ、再度Dに電話で、翌一九日に来るように依頼した。 (二) Dは、五月一九日午前八時五四分に被告に出社した後、九段下NCSへ行き、NCSのP25調査役らとともに右トラブルの原因を探す作業を行った。P13は、私用のため一九日の昼 来るように依頼した。 (二) Dは、五月一九日午前八時五四分に被告に出社した後、九段下NCSへ行き、NCSのP25調査役らとともに右トラブルの原因を探す作業を行った。P13は、私用のため一九日の昼間は不在であったが、午後五時ころNCSに来て、Dらとともに作業を行った。 その際、NCS及び日債銀の担当者らは、Dらに対し、五月二一日(月曜日)には移管等トレースファイル更新の部分に実際にデータを流すから、必ず日曜日までに原因を発見して修正するように指示した。そして、Dは、同日午後八時ないし九時ころに、TRマスターファイル内にトラブルの原因を発見することができ、その修正を行った後、午後一〇時ころNCSを出て帰宅した(被告は、右トラブルの原因は、P13の担当部分である取引状況ファイルに存在したもので、TRマスターファイルにあったものではないと主張し、(人証略)はこれに沿う証言をする。しかし、右は、(人証略)の証言に照らし、採用することができない。なお、そもそもトラブルがどの部分に存在しようと、前記認定のとおりDが本件プロジェクトのシステムテストサポート業務全体について責任を負うべき立場である以上、後記の結論に影響を及ぼすものではない)。 8 Dの発症と死亡(一) 五月二〇日午前七時ころ、原告BがDを起こしに行くと、Dはまだ寝ており、「今日は休みなのでゆっくり寝ている」と返答したため、原告B及び原告Aはそれぞれ外出した。Dはその後起床し、祖母と昼食を取った後、再び自室に戻って音楽を聴きながら休んでいた。 同日午後六時ころ、帰宅した原告Cが様子を見に行ったところ、Dは大きないびきをかいて寝ているようであった。その後、原告Cが午後七時ころ再度Dの部屋に入ったところ、Dは口からコーヒー色の液体を吐いて倒れていた。 Dは、直ちに救急車で聖マリアンナ医 たところ、Dは大きないびきをかいて寝ているようであった。その後、原告Cが午後七時ころ再度Dの部屋に入ったところ、Dは口からコーヒー色の液体を吐いて倒れていた。 Dは、直ちに救急車で聖マリアンナ医科大学病院に搬送されたが、同日午後八時三五分ころ同病院に到着したときには、既に心停止、呼吸停止の状態であり、同病院において、脳幹部出血により、同日午後九時二六分に死亡が確認された。 Dの脳出血が発症した部位は、脳幹の橋底部であり、短時間のうちに脳幹部全体に出血が広がり死亡に至ったものであることが認められ、一方でDに脳血管奇形があったと認めるに足りる証拠はないこと、また、高血圧性脳幹部出血は橋底部に好発し、短時間で脳幹部を破壊して死に至ることが多いことなどを考慮すると、Dの脳出血は、脳血管奇形などによる続発性脳幹部出血ではなく、高血圧により生じた小動脈瘤の破裂による原発性脳幹部出血であると認められる(証拠略)。 二 Dの労働時間及び業務の程度 1 Dの労働時間について(一) Dの被告入社以来平成元年に至るまでの年間総労働時間数の推移は、前記一2(一)認定のとおりであり、最高で年三五七八時間、最低で年二七七六・五時間、平均では年三〇〇〇時間を超えていた。 また、平成元年五月に本件プロジェクトのリーダーに就任してからの、一月当たりの総労働時間は、次のとおりであった(なお、平成元年一二月については、同月Dが結婚式を挙げそれに伴って休暇を取ったため、同月の労働時間は他の月より少なくなっている)。 平成元年六月二四三・五時間七月二三七・五時間八月二五四時間九月二七二時間一〇月二五二時間一一月二五一時間一二月一六〇・五時間平成二年一月二二四・五時間 八月二五四時間九月二七二時間一〇月二五二時間一一月二五一時間一二月一六〇・五時間平成二年一月二二四・五時間二月二一三時間三月三〇三時間四月二八三時間五月一六五・五時間(一九日まで)なお、死亡前一週間のDの労働時間は、次のとおりであった。 五月一三日(日曜日) 七時間三〇分一四日(月曜日)一一時間一七分一五日(火曜日)一二時間一八分一六日(水曜日)一一時間五七分一七日(木曜日) 九時間三二分一八日(金曜日) 九時間一五分一九日(土曜日)一一時間三六分(二) 以上のとおり、Dの労働時間は、昭和五四年の被告入社以来、年間総労働時間が三〇〇〇時間を超えた年が四年あり、最も多い昭和六二年には年間三五七八時間に達するなど、恒常的に相当程度過大なものであったといえる。特に、平成二年三月以降死亡に至るまでは、月間総労働時間が三〇〇時間に達することもあり、著しく過大であったというべきである。 さらに、Dは神奈川県川崎市所在の自宅から東京都新宿区所在の被告まで片道一時間三〇分以上かけて通勤していたため、午後一一時まで勤務した場合には、帰宅は午前一時近くなり、翌朝は再び午前七時ころに自宅を出て出勤するため、睡眠時間を五時間程度しか取ることができなかったことも考慮すれば、Dは、被告入社以来死亡に至るまで、慢性的に過労状態にあったということができる。 2 Dの行った業務の程度について(一) 本件プロジェクトは、銀行業務に関するシステムの開発であり、内容は相当高度なものであった。また、平成元年五月ころの予定では、本件プロジェクトは、約七万五八〇〇ステップで完結するとされていたが、実際には一一万 ジェクトは、銀行業務に関するシステムの開発であり、内容は相当高度なものであった。また、平成元年五月ころの予定では、本件プロジェクトは、約七万五八〇〇ステップで完結するとされていたが、実際には一一万三八五四ステップにまで増加した。 本件プロジェクトは、平成元年五月三一日付で作成された見積書(書証略)に記載された予定では、平成元年一〇月末日までにシステム開発を終了し、同年一一月からはシステムテストを行うというものであり、実際には、同年一一月一三日にシステムテストが開始されたが、本来行うべき結合テストを省略するなどしていたものであった。 これに対し、発注者であるNCS及び日債銀の担当者からは、Dらに対し、納期を遵守するように、繰り返し要求がされ、特に、平平成元年八月九日には、P25調査役らが、Dらに対し、自ら今後のスケジュールを作成して示すなどしたが、右のように発注元やユーザーが自らスケジュールを作成することは極めて異例なことであった。 また、システムテスト開始後には、NCS及び日債銀からのDらに対する要求はさらに厳しくなり、平成元年一二月一日には、必要な結合テストを行わなかったことに対し、厳しく苦情を述べ、平成二年一月七日には、土曜日にも出勤すること、午前九時から午後九時までは全員が、午後九時から午後一一時までは当番が残り、システムテストサポートを行うことを要求した。 特に、プロジェクトリーダーであるDに対しては、NCS及び日債銀の要求は厳しく、Dは、実際は当番日以外であっても、早く帰ることができないような状況になっていた。 したがって、本件プロジェクトにおいて、発注元からの納期遵守の要請は、極めて厳しかったものということができる。 (二) Dは、平成元年五月にプロジェクトリーダーに就任して以降、死亡に至るまで、本件プロジェクト 、本件プロジェクトにおいて、発注元からの納期遵守の要請は、極めて厳しかったものということができる。 (二) Dは、平成元年五月にプロジェクトリーダーに就任して以降、死亡に至るまで、本件プロジェクトについて責任を負う立場にあり、ユーザーや下請会社との調整、交渉の中心となっていた。このため、本件プロジェクトのトラブルについては、Dが、専らユーザーからの苦情の矢面に立っていた。なお、被告の職制上、プロジェクトについての責任者はプロジェクトマネージャー(平成元年一一月一七日まではP7、それ以降はP6である)であるが、プロジェクトマネージャーは本件プロジェクト専任ではなく、多数のプロジェクトのマネージャーを兼務するのが通常であること、P7及びP6は本件プロジェクトの進捗会議に毎回出席していたものではないことに照らせば、本件プロジェクト専従者の中で、Dが実際の責任者というべき地位にあったと解せられる。 特に、平成二年三月ころからは、前記認定のとおり、システム経理から派遣されたSEであるP12及びP13は、システム経理の従業員が設計した部分のトラブルに対してのみ責任を負い、それ以外はすべてDが責任を負うという取り決めがされ、また、システム経理のSEはあくまで被告に対し派遣されたものにすぎず、ユーザーに対し最終的な責任を負うものは被告であったこと、被告の従業員で当番としてシステムテストサポート業務を行っていたのはDのみであったこと、その一方で、平成元年一一月以降プロジェクトマネージャーに就任したP6は、前任のP7が退職してからその業務を引き継いだものであって、それまでの進捗状況を必ずしも把握しておらず、また自らも複数のプロジェクトのマネージャーを兼務して多忙であったため、本件プロジェクトについての業務の多くをDにまかせていたことなどから、Dにかかる 、それまでの進捗状況を必ずしも把握しておらず、また自らも複数のプロジェクトのマネージャーを兼務して多忙であったため、本件プロジェクトについての業務の多くをDにまかせていたことなどから、Dにかかる精神的負担はさらに増したと推認される。 (三) 以上のとおり、Dが本件プロジェクトにおいて担当したプロジェクトマネージャーの業務は、極めて困難なものであり、しかも、本件プロジェクトにおいては、スケジュール遵守を求める日債銀及びNCSと、増員や負担軽減を求める協力会社のSEらの、双方からの要求及び苦情の標的となり、いわば板挟みの状態にあったものと認められる。これに対し、まじめで几帳面な性格のDは、双方の要求に応え、本件プロジェクトを遂行するために努力したが、自身で増員についての決定権限を持っていなかったため、これらの要求を満たすことはできなかった。一方で、Dは、自らの主張を押し通したり、相手の要求を拒絶したりすることをしない性格であったため、日債銀やNCSからの要求を拒絶したり、上司であり本件プロジェクトについての人員配置の決定権限を有しているP7ないしP6に対し増員を強く要求することもしなかった。その結果、Dは、日常的に、高度の精神的緊張にさらされていたものと推認される。 (四) 被告は、Dの長時間に及ぶ残業は、残業の必要があったためではなく、残業手当を得るために意図的に行ったものであるから、Dの業務は過重ではなかった旨主張し、(人証略)はこれに沿う証言をし、また、Dの収入のうち、相当程度の部分は時間外手当及び深夜手当であったことが認められる(書証略)。 しかし、右各証言は、いずれも単に憶測を述べたものであって、特段の根拠があるわけではないこと、前記一に認定したとおり、本件プロジェクトの実施のためにはDが長時間の残業をしなければならない状況であ しかし、右各証言は、いずれも単に憶測を述べたものであって、特段の根拠があるわけではないこと、前記一に認定したとおり、本件プロジェクトの実施のためにはDが長時間の残業をしなければならない状況であったこと、Dは両親と同居しており、妻とは共働きで、経済的に困窮していたわけではなく、無理をして残業手当を得なければならない理由は見当たらないことに照らすならば、被告の右主張は採用することができない。 三高血圧及び脳出血についての一般的知見 1 高血圧には、精密検査によっても原因が不明である本態性高血圧と、内臓疾患等の原因が認められる二次性高血圧があり、その中でも二次性高血圧はその原因ごとに、腎性高血圧、内分泌性高血圧、血管性高血圧等に分類される。高血圧患者の九〇パーセント以上は本態性高血圧であり、比較的二次性高血圧の割合の高いとされる三五歳以下の若年者においても、七〇パーセント以上が本態性高血圧である。 二次性高血圧のうち約七五パーセントは腎臓の異常が原因である腎性高血圧であり、その他には内分泌性高血圧、中枢神経系高血圧、血管性高血圧及び薬剤性高血圧などがある。このうち、腎性高血圧の場合は、尿に蛋白が検出されることが多く、検出されない場合もないではないが、その割合は極めて低い。また、内分泌性高血圧(副腎性疾患)の場合には、手足の筋痙攣及び筋力低下、多飲多尿等の症状が、血管性高血圧の場合には、腎動脈狭窄にともなう腹部の血管雑音や、めまい、手足の脱力などの症状があることが多い(証略。なお、書証略のうち、右認定に反する記載部分は採用できない)。 2 本態性高血圧の発症の原因は、遺伝因子、脳・中枢神経系因子など複数の因子が関与していると考えられている。 精神的緊張が本態性高血圧の発症及び増悪に影響があるかどうかについては、高血圧に対し悪影響を与える因 血圧の発症の原因は、遺伝因子、脳・中枢神経系因子など複数の因子が関与していると考えられている。 精神的緊張が本態性高血圧の発症及び増悪に影響があるかどうかについては、高血圧に対し悪影響を与える因子は、前記の他にも、過剰食塩摂取、高コレステロール、肥満、喫煙などが存在し、精神的緊張の因子だけを取り出して高血圧との関係の有無を調査することが困難であることなどから、必ずしも定説はない。しかし、持続的な精神的緊張にさらされる職種の労働者は、そうでない労働者に比較して、高血圧に罹患しやすいという多数の調査結果が存在しているところであり、精神的緊張は、一時的な血圧の上昇につながるのみならず、不可逆的な高血圧の発症及び増悪に対しても悪影響を与えるという考え方が、医学的には有力となっており、高血圧の予防及び治療の方法として、精神的緊張の多い生活を避けることがあげられている。 さらに、高血圧患者は、血圧正常者に比較し、心理的ストレス負荷に対して有意に昇圧反応を示し、ますます血圧が上昇して脳出血の引き金になるという研究結果も発表されている(証拠略)。 3 高血圧の合併症としては、脳出血、心筋梗塞、腎疾患などがある。 脳出血の発症原因としては、高血圧によるもの、脳血管奇形によるものなどがあるが、その中でも高血圧により脳内血管の末梢部の血管壁に壊死がおこり小動脈瘤を形成し、ひいては小動脈瘤が破裂して出血することによって発症する高血圧性脳出血の占める割合が最も多いとされ、高血圧性脳出血の好発部位は、被殻、視床、小脳、橋などである。 また、脳幹部(延髄、間脳、中脳及び橋)に生じる脳幹部出血のうち、高血圧性脳幹部出血(原発性脳幹部出血ともいう)は、発生部位が原則的に橋底部であり、短時間の内に脳幹部を広範に破壊する重篤なものが多いため、死亡に至ることが多く、そ び橋)に生じる脳幹部出血のうち、高血圧性脳幹部出血(原発性脳幹部出血ともいう)は、発生部位が原則的に橋底部であり、短時間の内に脳幹部を広範に破壊する重篤なものが多いため、死亡に至ることが多く、そうでない場合にも予後は不良であるが、脳血管奇形などによる続発性脳幹部出血は、発生部位は橋背側の上衣下であることが多く、出血は緩慢かつ限局的であることが多い(証拠略)。 4 どの程度の高血圧から医療の必要が発生するかという点については、必ずしも定説はなく、とりわけ拡張期血圧(最低血圧)が九五ないし一〇四の軽症高血圧について治療の必要があるか否かについては医学的に議論がされている。しかし、拡張期血圧(最低血圧)が一〇五以上の高血圧の場合は、治療の必要があり、治療しない場合には脳出血等の合併症を発症する可能性があるというのが医学的定説である(書証略)。 四被告におけるDの業務と発症との相当因果関係の有無右認定した事実を基礎に、Dの脳出血及び死亡が、被告における業務(被告に安全配慮義務違反があったかについては、後記のとおりである)により生じたものであるか否かの点について検討する。 1 Dは、被告入社直後の昭和五四年一二月の時点で、既に境界域高血圧(一四〇/九二)であった。しかし、Dの高血圧は、昭和五七年ころから、急速に悪化し、昭和五八年には一六八/一〇四と、WHO基準でいう高血圧に該当するようになり、心拡張も併発した。さらに、昭和六一年一月になると、同人の血圧は、一七六/一二二に至り、重度の高血圧に至った。 右のようなDの血圧の推移に照らせば、加齢等の自然的増悪要因が存在することを考慮しても、なお自然経過を超えて高血圧を増悪させる要因が存在したことは明らかであるというべきである。 そして、昭和五四年以降、Dは、前記認定のとおり、年間総労働時間が平 的増悪要因が存在することを考慮しても、なお自然経過を超えて高血圧を増悪させる要因が存在したことは明らかであるというべきである。 そして、昭和五四年以降、Dは、前記認定のとおり、年間総労働時間が平均三〇〇〇時間を超える恒常的な長時間労働をしていたこと、本件プロジェクトにおけるDの業務は、高度の精神的な緊張を伴う過重なものであったこと、高血圧患者は血圧正常者に比較して精神的緊張等心理的ストレス負荷によって血圧が上昇しやすいことなどを考慮すると、Dの本態性高血圧は、昭和五四年以降の長時間労働により、自然的経過を超えて急速に増悪していたところ、これに加えて、平成元年三月以降の本件プロジェクトに関する高度の精神的緊張を伴う過重な業務により、さらに前記高血圧が増悪して、脳出血発症に至ったものであると解するのが自然であり、Dの業務と脳出血発症との間に、いわゆる事実的因果関係が肯定されることは明らかである。 2 ところで、Dの業務と、脳出血発症との間の相当因果関係が存在するというためには、必ずしも業務の遂行が脳出血発症の唯一の原因であることを要するものではなく、他の原因が存在していても、業務の遂行による過重な負荷(業務過重性)が、自然的経過を超えて右素因等を増悪させ、Dの脳出血発症の共働の原因の一つであるということができれば、それをもって足りるというべきである。 前記認定のとおり、持続的な精神的緊張が高血圧の発症及び増悪と関係があるとする有力な疫学的調査結果が複数存在し、かつ、右影響の機序についても、未だ医学的定説となるには至っていないとはいえ、一応の合理的な説明がされていることに照らせば、持続的な精神的緊張と高血圧の発症及び増悪との間に相関関係があることは否定することはできないものであり、また、高血圧患者は、心理的緊張等による負荷に対して通常人 的な説明がされていることに照らせば、持続的な精神的緊張と高血圧の発症及び増悪との間に相関関係があることは否定することはできないものであり、また、高血圧患者は、心理的緊張等による負荷に対して通常人より血圧が上昇しやすく、脳出血の発症の引き金になり得るというのであるから、業務以外の因子が、Dの高血圧の発症及び増悪の主要な原因であることが肯定されるような特段の事情がない限り、業務が脳出血発症の共働の原因の一つであると認めることができる。 そして、本件において、Dには、被告入社前に既に軽度とはいえ高血圧に罹患しているという基礎疾患(素因)が存在し、かつ、業務による持続的な精神的緊張以外にも高血圧の危険因子を有していたといえるから、被告における過重な業務が、Dを高血圧に罹患させ、脳出血発症に至らせた唯一の原因であるということまではできないが、このような業務が、少なくとも高血圧増悪の一つの原因となっていたものであるから、Dの脳出血発症は、同人の基礎疾患である本態性高血圧と、被告における過重な業務とが、共働原因となって生じたものであるというべきであり、Dの死亡と業務の間には相当因果関係があるというべきである。 五安全配慮義務違反の有無 1 被告は、Dとの間の雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。 そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な精神的緊張を伴う過重な び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。 そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。 そして、被告は、Dが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和五八年ころからは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。 そうであるとすれば、被告は、使用者として、Dの高血圧をさらに増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。 しかるに、被告は、Dの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえって、前記認定のとおり、Dを、昭和六二年には年間労働時間が三五〇〇時間を超える恒常的な過重業務に就かせ、さらに、平成元年五月に本件プロジェクトのプロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要員の不足等により、Dが長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーから厳しく納期遵守の要求を受ける一方で協力会社のSEらからも増員の要求を受けるなど、Dに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。 その結果、前記のとおり、Dの有 に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。 その結果、前記のとおり、Dの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、被告は、前記安全配慮義務に違反したものであるというべきであり、これにより発生した損害について、民法四一五条に基づき損害賠償責任を免れない。 2(一) 被告は、労働者が高血圧であるからといって直ちに配置転換などの業務軽減措置を採ることは、必要以上に高血圧患者から就労の途を奪うことになり相当ではないから、労働者から業務軽減の申出でがあった場合に、精密検査結果や医師の意見を踏まえて、はじめて配置転換等の業務軽減措置を採るべきであるところ、Dは精密検査を受けておらず、また、業務軽減の申出でもしていないのであるから、被告に業務軽減措置を採るべき義務が生じることはないと主張する。 確かに、労働者の中に高血圧患者が相当な割合で存在していることからすれば、使用者は、すべての高血圧の労働者について、その症状の軽重や、本人の申出での有無、医師の指示の有無にかかわらず、一律に就労制限を行い、他の健康な労働者に比較して就労内容及び時間を軽減すべき義務を負うとまでいうことはできない。 しかし、高血圧は、前記認定のとおり、致命的な疾病である脳出血の最大の原因であり、他にも心筋梗塞や腎疾患などの重篤な合併症の原因になるものであることに照らすならば、少なくとも、使用者は、高血圧が要治療状態に至っていることが明らかな労働者については、高血圧に基づく脳出血などの致命的な合併症が発生する蓋然性が高いことを考慮し、健康な労働者よりも就労内容及び時間が過重であり、かつ、高血圧を増悪さ 療状態に至っていることが明らかな労働者については、高血圧に基づく脳出血などの致命的な合併症が発生する蓋然性が高いことを考慮し、健康な労働者よりも就労内容及び時間が過重であり、かつ、高血圧を増悪させ、脳出血等の致命的な合併症を発症させる可能性のあるような精神的及び肉体的負担を伴う業務に就かせてはならない義務を負うというべきであり、このことは本人の申出でがされていないことによっても、何ら左右されるものではないというべきである。また、本件においては、医師による業務軽減措置の指示がされていないが、使用者が選任した産業医が使用者に対して業務軽減の指示をしなかったという点も、被告の前記業務軽減措置を採るべき義務の有無に消長を来すことはないというべきである。 そして、本件において、Dは精密検査を受けていないが、定期健康診断の結果に照らせば、遅くとも昭和六一年ころには、最高血圧が一七〇、最低血圧が一二〇を超え、かつ、心拡張の症状も現われており、要治療の状態にあったことは明らかである。 そうであるとすれば、そのころまでには、被告はDに対し、高血圧を増悪させないように、少なくとも健康人より過重な業務を行わせてはならない義務を負うに至ったことは明らかであるから、被告の右主張は到底採用することができない。 (二) また、被告は、Dの業務はいわゆる裁量労働であり時間外労働につき業務命令がなかったことを理由に、被告に安全配慮義務違反はないとも主張する。しかし、前記認定のように、Dを納期が設定されたプロジェクトのリーダーとして、取引先からも厳しく納期遵守が求められている業務に就かせている以上、Dの業務がいわゆる裁量労働であったことをもって、被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない。 (三) さらに、被告は、Dの脳出血発症及び死亡という結果の発生につき、予 業務に就かせている以上、Dの業務がいわゆる裁量労働であったことをもって、被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない。 (三) さらに、被告は、Dの脳出血発症及び死亡という結果の発生につき、予見可能性がなかったと主張する。しかし、前記認定のとおりの高血圧についての医学的な一般的知見に照らして、使用者は、労働者が高血圧であること及び過重な労働をしていることを認識し得るならば、脳出血が発症し死亡という結果を招来することについて予見は可能であったと解すべきところ、被告は、Dが高血圧であること及び同人の労働の内容、程度を認識していたのであるから、被告は、Dの脳出血による死亡を予見することができたというべきであり、この点についての被告の主張は採用できない。 六損害額 1 逸失利益四九二〇万〇一一八円Dは、死亡前は年額六〇七万六七五二円の給与を得ており(書証略)、本件事故により死亡しなければ、六七歳になるまでの三四年間、少なくとも右同額の収入を得ることができたと推認されるから、生活費控除を原告らの主張の範囲内である五〇パーセント(原告P27は共働きであるから被扶養者に当たらない)として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を計算すると、次のとおり、四九二〇万〇一一八円(一円未満切り捨て)となる。 6,076,752×(1-0.5)×16.1929=49,200,118 2 慰謝料二四〇〇万〇〇〇〇円Dの年齢、原告Cと結婚した直後に死亡したことなど、本件にあらわれた諸般の事情を総合的に考慮すると、Dの死亡慰謝料としては、右金額が相当である。 3 葬儀費用一二〇万〇〇〇〇円本件と相当因果関係が認められるDの葬儀費用は、一二〇万円と認めることができる。 4 過失相殺及び素因減額五〇パーセント前記一認定のとおり、D が相当である。 3 葬儀費用一二〇万〇〇〇〇円本件と相当因果関係が認められるDの葬儀費用は、一二〇万円と認めることができる。 4 過失相殺及び素因減額五〇パーセント前記一認定のとおり、Dは、健康診断を受診しなかった昭和六二年度を除く毎年、被告から健康診断結果の通知を受けており、自らが高血圧であって治療が必要な状態であることを知っていたにもかかわらず、脳出血発症に至るまで、精密検査を受診したり、あるいは医師の治療を受けることをしなかったこと(被告におけるDの業務は極めて過重であったと認められるが、数年間にわたって病院に行くための一日ないしは半日の休暇すら取ることができない程多忙であったとまではいえない)が認められ、一方で、体重を減らそうとする努力をしたとは認められないなど、自らの健康の保持について、何ら配慮を行っていない。 また、Dは、被告に入社した直後である昭和五四年一二月ころには、既に最高血圧一四〇、最低血圧九二の境界域高血圧であったのであり、このようなD自身の基礎的要因も、その後の血圧上昇に対し何らかの影響を与えていいたと解することが相当であるから、Dの血圧の上昇から脳出血発症についての全責任を被告に負わせることは衡平を欠き、相当ではない。 右事情を総合的に考慮すれば、本件において被告に賠償を命ずべき金額は、民法四一八条を類推適用して、右認定の損害額のうち、その五〇パーセントを減ずることが相当であるというべきである。 5 てん補五〇万〇〇〇〇円原告らに対しては、退職金九五万八四〇〇円、日本団体生命死亡保険金五〇万円、東京都情報処理産業健康保険組合埋葬料等六四万円、平成二年度夏季賞与四〇万〇七〇〇円、昇給差額(平成二年四、五月分)九万六〇九六円、旅行積立金返戻二万九〇〇〇円及び平成二年六月分給与四一万八七五六円の合計 情報処理産業健康保険組合埋葬料等六四万円、平成二年度夏季賞与四〇万〇七〇〇円、昇給差額(平成二年四、五月分)九万六〇九六円、旅行積立金返戻二万九〇〇〇円及び平成二年六月分給与四一万八七五六円の合計三〇四万二九五二円がそれぞれ支払われたことが認められるが(書証略)、このうち、その給付の目的及び趣旨に照らすならば、日本団体生命死亡保険金五〇万円以外の給付は、いずれも損害のてん補としての性質を有しないものであるというべきである(前記葬儀費用の相当額は、健康保険組合から埋葬料等が支給された点をも考慮して算定したものである)から、前記損害額から五〇万円のみを控除することにする。 6 小計三六七〇万〇〇五九円そうすると、本件において、被告が賠償すべき損害額は三六七〇万〇〇五九円となるところ、本件損害賠償債権を、原告Cが三分の二、原告A及び原告Bが各六分の一の割合でそれぞれ相続したことは弁論の全趣旨により認められるから、被告は原告Cに対し二四四六万六七〇六円、原告A及び原告Bに対し各六一一万六六七六円(一円未満切り捨て)の損害賠償義務をそれぞれ負担することになる。 7 弁護士費用本件訴訟の内容、難易度、審理経過及び認容額等に照らすと、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用のうち、原告Cについては二六〇万円が、原告A及びBについては各七〇万円が、それぞれ被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認められる。 第四結語以上の次第であるから、原告らの被告に対する請求は、原告Cについては金二七〇六万六七〇六円、原告A及び原告Bについては各金六八一万六六七六円、並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年三月一二日から各支払済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由が 六円、並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年三月一二日から各支払済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、よって主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第二七部裁判長裁判官飯村敏明裁判官河田泰常裁判官中村心

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