- 1 -平成29年12月14日宣告大阪高等裁判所第3刑事部判決平成29535号過失運転致傷(変更後の訴因・危険運転致傷(予備的訴因・過失運転致傷)),傷害被告事件 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,検察官田辺泰弘作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,主任弁護人井原誠也及び弁護人小坂井久共同作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。 第1 論旨は,本件各公訴事実のうち,変更後の訴因である危険運転致傷(主位的訴因)と過失運転致傷(予備的訴因)について,原判決が,危険運転致傷罪の成立を否定し無罪の判断をしたことについては,やむを得ないものとしてこれを是認するとしても,過失運転致傷罪については,原審で取り調べられた証拠を論理則,経験則等に従って合理的に事実認定と評価をすれば,被告人に運転中止義務が認められ,同罪が成立することは明らかであるのに,原判決が同罪についても成立を否定し無罪としたのは,事実を誤認したものであり,その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。 そこで,原審記録を調査して検討する。 第2 本件事案の概要と原審での審理の経緯等(公判期日はいずれも原審のものをいう,また,有罪になった傷害については,検察官の控訴趣意書において何も触れられていないので,以下の記載では省略する。) 1 本件は,平成27年5月20日,大阪府内の路上において,被告人の運転する普通乗用自動車が,右斜め前方に暴走して対向車線を進行し,道路端を徒歩で通学中の小学生5名に衝突して路上に転倒させるなど- 2 -した上,うち3名の各身体を車両底部で轢過し,衝突を避けようとした自転車に乗車の女性を転倒させ,これら6名に傷害を 行し,道路端を徒歩で通学中の小学生5名に衝突して路上に転倒させるなど- 2 -した上,うち3名の各身体を車両底部で轢過し,衝突を避けようとした自転車に乗車の女性を転倒させ,これら6名に傷害を負わせたという交通事故の事案であるところ,被告人は,平成27年6月9日,過失運転致傷の公訴事実により公訴提起された。その過失の内容は,「被告人は,平成27年5月20日午前7時47分頃から同日午前7時48分頃までの間,普通乗用自動車を運転し,⑦地点から⑩地点を相当速度で進行中,眠気を催し,前方注視が困難な状態になったのであるから,直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然前記状態のまま運転を継続した過失により,その頃,同所先道路を西方面から東方面に向かい時速約40ないし50キロメートルで進行中に仮睡状態に陥り,自車を右斜め前方に暴走させて対向車線に進行させ(以下略)」というものであった。 そして,第1回公判期日(平成27年7月23日)の後である平成27年9月3日に,検察官から危険運転致傷への訴因変更の請求があり,第3回公判期日(平成27年10月16日)において,裁判所はこの訴因変更を許可し,第4回公判期日(平成27年12月1日)において,検察官は,従前の訴因である過失運転致傷は,現時点でも予備的訴因として維持していると釈明した。 主位的訴因とした危険運転致傷の公訴事実の,危険運転の内容は,「被告人は,平成27年5月20日午前7時10分頃から同日午前7時20分頃までの間に,①地点において,普通乗用自動車を運転して進行するに当たり,運転開始前に飲んだ睡眠導入剤の影響により,前方注視及び運転操作に支障が生じるおそれがある状態で自車を運転し,もって薬物の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生ずるおそれがある するに当たり,運転開始前に飲んだ睡眠導入剤の影響により,前方注視及び運転操作に支障が生じるおそれがある状態で自車を運転し,もって薬物の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生ずるおそれがある状態で自動車を運転し,よって,同日午前7時48分頃,⑩地点において,その影響により前方注視及び運転操作が困難な状態に陥り,その- 3 -頃,同所先道路において,西方面から東方面に向かい時速約40ないし50キロメートルで自車を走行させ,自車を右斜め前方に暴走させて対向車線に進行させ(以下略)」というものであった。 ところで,第12回公判期日(平成28年10月25日)に裁判長から,主位的訴因,予備的訴因ともに釈明がなされたが,このうち予備的訴因に関する釈明は,「被告人は,⑦地点から⑩地点を走行し,⑩地点で事故を生じさせたものだが,睡眠導入剤の影響で被告人が眠気を催して前方注視が困難な状況に陥ったことにより運転中止義務が生じたのは⑦⑩地点間のどの地点かを具体的に特定する意思はあるか。例えば,⑩地点の直前で運転中止義務が発生したと主張する場合は結果回避可能性があるかどうかの問題が生じる可能性があるし,仮に結果回避可能性があるとしても,運転中止義務が発生した場所が⑦地点に近い場合と⑩地点に近い場合とでは犯情が異なることになるがどうか。」という旨のものであり,さらに裁判長から,「検察官は現在の主位的訴因及び予備的訴因が認定されない場合に備えて,弁護人の意見も踏まえて,被告人の運転の際の判断や運転操作における前方不注視等の何らかの過失を内容とする更に予備的な訴因を追加する意思はあるか」という旨の釈明も行われた。 これを受けて検察官は,平成28年10月31日付けで訴因変更請求をし,過失運転致傷の過失に関する部分に「眠気を催し」とあるのを,「遅くと な訴因を追加する意思はあるか」という旨の釈明も行われた。 これを受けて検察官は,平成28年10月31日付けで訴因変更請求をし,過失運転致傷の過失に関する部分に「眠気を催し」とあるのを,「遅くとも,⑨地点を左折するまでの間に,眠気を催し」に変更するとし,裁判所は,第13回公判期日(平成28年11月30日)に,衝突の態様等に関する訴因変更とともに,これを許可した。また,この期日において,検察官は,主位的訴因(危険運転致傷),予備的訴因(過失運転致傷)が認定されない場合に備えて新たな予備的訴因の追加請求を行うことはしない旨述べた。 - 4 -このような経緯で,最終的に,過失運転致傷(予備的訴因)の公訴事実における過失の構成は,「被告人は,平成27年5月20日午前7時47分頃から同日午前7時48分頃までの間,普通乗用自動車を運転し,⑦地点から⑩地点を相当速度で進行中,遅くとも,⑨地点を左折するまでの間に,眠気を催し,前方注視が困難な状態になったのであるから,直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然前記状態のまま運転を継続した過失により,その頃,⑩地点を西方面から東方面に向かい時速約40ないし50キロメートルで進行中に仮睡状態に陥り,自車を右斜め前方に暴走させて対向車線に進行させ(以下略)」というものになった。そして,平成29年3月13日,原判決は,主位的訴因である危険運転致傷について無罪とするとともに,予備的訴因である過失運転致傷についても無罪とした。 2 原判決が過失運転致傷を無罪とした理由の要旨は,次のとおりである。 ⑴ 本件事故直前には,一台の自動車が本件事故現場の交差点前で停車し,右折の方向指示器を出して,小学生の列が交差点を横断し終わるのを待っていたが,被告人車両は,走行中の道路の右前方に おりである。 ⑴ 本件事故直前には,一台の自動車が本件事故現場の交差点前で停車し,右折の方向指示器を出して,小学生の列が交差点を横断し終わるのを待っていたが,被告人車両は,走行中の道路の右前方に進路を変えて標識柱に自車前部を衝突させ,さらに,左方向に向きを変えて交差点を通行中の小学生の列に向かってまっすぐ走行し,本件事故に至った。標識柱は根元からなぎ倒されており,被告人車両に加わった衝撃は相当なものであったと考えられるにもかかわらず,被告人車両がブレーキをかけて減速した痕跡や様子はなく,被害者らに衝突し,歩道上の車止めに衝突してようやく停止した。さらに事故直後の被告人は,放心状態となっており,母親に電話をかけ,その会話の中で,「一瞬,ボーッとした。」と答えている。被告人には他に事故の原因となり得る病気や車両の不整備などがなく,本件事故は被告人が運転中にほんの一瞬脇見をしたとか単に眠気を感じたことで生じたものでは- 5 -なく,何らかの理由で仮睡状態に陥っていたものと認められる。 ⑵ しかしながら,本件訴因の内容である,遅くとも⑨地点に至るまでの間に運転中止義務が発生したかどうかについては,本件当時,被告人が走行した①地点から⑨地点までの経路は,交通量も相当程度にはあり,左右に湾曲している場所や,信号機が設置されている場所,対面通行道路などもあるところ,被告人は現に湾曲に沿い,信号に従った右左折等を繰り返しながら20分間以上走行しており,本件事故の直前までは,他の車両や歩行者との接触事故等は起きていないし,信号無視,蛇行運転等をした事実もない。また,⑨地点は,東西道路に向けてやや鋭角的に左折する交差点であり(左折後には傾斜もある。),被告人は交差点にある塀や電柱等と接触することなく左折しているし,その後も湾曲した箇所等を走 事実もない。また,⑨地点は,東西道路に向けてやや鋭角的に左折する交差点であり(左折後には傾斜もある。),被告人は交差点にある塀や電柱等と接触することなく左折しているし,その後も湾曲した箇所等を走行している。そうすると,⑨地点までに,被告人が眠気を催し,前方注視が困難な状態になったとまでは認められない。 3 このような原判決に対して,検察官から控訴がなされたのが,本件である。なお,検察官は,当審で,原審の最終的な予備的訴因のうち「遅くとも,⑨地点を左折するまでの間に,」を削除するという予備的訴因を追加する請求をしたが(この予備的訴因の内容は,上記原審における裁判長の釈明を受けて行った平成28年10月31日付けの訴因変更請求をする以前の訴因と同一である。),当審はこれを許可しなかった。 第3 検討 1 検討の前提となる本件事故の状況,事故現場に至るまでの被告人の運転経路やその道路の状況等の客観的状況については,原判決が認定説示したとおりであり,被告人の主観面やその運転状況の評価(被告人車両を①地点のブロック塀に衝突させたこと及び⑦地点の交差点を普段通り左折せず,直進したことなどの評価)には争いがあるが,客観的状況- 6 -に関しては,(事故直前の被告人運転車両の速度と,被告人がブレーキ操作をしたかどうかを除いて)検察官・弁護人ともに争いはない。 2 検察官の主張の要旨は以下のとおりである。 本件事故時に被告人が仮睡状態にあったことは,原判決も認定しているとおりであるが,本件事故の状況が,被告人は,進路前方に他の車両が一時停止していたのに,同車両の手前約28メートル付近に至っても減速することなく,同所付近から対向車線上にはみだし,右斜め方向に直進し,本件道路南端の標識柱を根元からなぎ倒した上,本件道路南端を広がることなく一列 のに,同車両の手前約28メートル付近に至っても減速することなく,同所付近から対向車線上にはみだし,右斜め方向に直進し,本件道路南端の標識柱を根元からなぎ倒した上,本件道路南端を広がることなく一列あるいは二列で東に向けて歩いていた小学生5名に背後から突っ込み,このうち3名に衝突させて車底部に巻き込んだ上,更に約12.5メートルそのまま直進し,最終的に,同交差点南東角の歩道にある車両止めポールに激突して停止したが,被告人がわずかな脇見をしたり,ハンドルを少し右に切ったりした程度であれば,対向車線を約42.9メートルにわたって,ブレーキ操作もハンドル操作も行わず,標識柱や被害者らを次々になぎ倒しながら進行し続けることなどあり得ない。そして,本件事故の約2分後に,被告人は,母親に対する電話において,母親から事故の原因を尋ねられると,「一瞬,ボーッとした。」などと答えたことが認められるところ,被告人が母親に対して嘘をつく理由は全くなく,また,被告人は,本件事故の約10分後に現場に到着した警察官に対しても,「事故当時のことは覚えていない。 気が付くと運転していた車が歩道に乗り上げていた。」旨述べており,本件事故当日の警察署における取り調べにおいても,同様の供述をしている。 これらの被告人の言動に鑑みれば,被告人が,本件事故時に,著しく意識レベルが低下した状態にあったことは明らかであるが,その原因は,仮睡しか考えられない。すなわち,被告人は,仕事等で遅くなる日が続- 7 -き,疲労が蓄積していた上に,本件事故直前の2日間にわたり夜よく眠れない状態が続いて睡眠不足であったし,前夜にはビールを飲み,マイスリーも服用しており,また,長女を送り終え,幹線道路を外れ①地点まであと少しという状況で被告人の緊張が緩み,眠気を催しやすい状態にあった。意 が続いて睡眠不足であったし,前夜にはビールを飲み,マイスリーも服用しており,また,長女を送り終え,幹線道路を外れ①地点まであと少しという状況で被告人の緊張が緩み,眠気を催しやすい状態にあった。意識レベルの著しい低下の要因としては,これを引き起こす疾病等に被告人がり患していたとの事情が認められない上,被告人が事故後すぐに覚醒して事故の状況を把握した的確な行動をとっていることから,意識レベルの著しい低下の原因は仮睡と考えるのが合理的である。そのうえで,被告人が眠気を自覚していたこと,①地点出発時に被告人車両を駐車場のブロック塀に衝突させたこと,⑦地点の交差点を普段どおり左折せず,直進したこと,⑦地点の交差点を直進した後も,交差道路を左折できる機会に左折せず,帰宅するのに不合理な経路で走行したこと,本件現場に至るまでの被告人の記憶が鮮明でないことなどからすると,被告人は仮睡に先立って眠気を感じ意識レベルが下がり,このまま走行すれば仮睡状態に陥り,正常な運転ができない状態になることは十分に予見可能であった。 ところで,検察官が,予備的訴因について,「遅くとも⑨地点を左折するまでの間に眠気を催し」と訴因変更したのは,訴因変更の経緯からも明らかなように,⑨地点は,遅くともその頃には眠気を催して運転中止義務が発生したとする地点であり,問題なく回避可能性が認められる地点という趣旨で特定したものである。もとより,⑨地点を左折した後も,眠気が完全に解消するような新たな事情がない限り,運転中止義務が継続する趣旨であることは明らかであり,⑨地点を左折できたら,一旦生じた中止義務が消滅するなどという趣旨でないことは論理的に明白である。ところが,原判決は,本件事故の態様や事故直後の被告人の言動等から,被告人が本件事故において仮睡状態に陥っていたことは認 一旦生じた中止義務が消滅するなどという趣旨でないことは論理的に明白である。ところが,原判決は,本件事故の態様や事故直後の被告人の言動等から,被告人が本件事故において仮睡状態に陥っていたことは認- 8 -定したが,本件の道路状況や被告人がその道路の状況に応じて的確に走行していることを理由として,⑨地点までに,被告人が眠気を催し,前方注視が困難になったとまでは認められないとした。しかし,一般に眠気を催してもそれを我慢して運転を継続し,道路状況に応じた運転操作を行いつつも,結局仮睡状態に陥って事故を起こすことは経験則上何ら珍しいことではなく,むしろ通常の形態と解されるし,被告人には,突如意識を失い睡眠状態になるような疾病はなかったのであるから,それまで全く眠気を感じていなかったのに突然意識レベルが低下するなどということも睡眠の機序に照らせば考えられず,仮睡状態に陥る前の本件運転中に被告人が眠気を催していたことは明らかである。 すなわち,原判決が一方で事故時点の仮睡状態を認定していながら,他方でそれ以前の眠気を否定しているのは,睡眠の機序に全く整合しないことはもとより,社会常識からも受け入れ難い論理矛盾であって,明らかに論理則・経験則に反する事実認定というべきであり,誤っている。 3 そこで,上記の検察官の主張について検討する。 本件で問題となる運転を中止すべき「眠気」は,運転に際して前方注視が困難になるような「眠気」であり,単に眠気が生じた(いわゆる「眠い」状態)だけでは直ちに運転中止義務は発生しない。そして,原判決も説示するように,被告人は,⑨地点までは道路の状況に応じて的確に進行しており,その運転状況に疑問を容れるような証拠はない(①地点でブロック塀に衝突したことと,⑦地点を直進したことの評価については後述する。)。検察官 告人は,⑨地点までは道路の状況に応じて的確に進行しており,その運転状況に疑問を容れるような証拠はない(①地点でブロック塀に衝突したことと,⑦地点を直進したことの評価については後述する。)。検察官が特定した⑨地点は,検察官の主張において,遅くともその頃には眠気を催し,運転中止義務が発生したとする地点であって,⑨地点を左折後も,眠気が完全に解消するような新たな事情がない限り,運転中止義務は継続するという趣旨であるにしても,その前提として,⑨地点までに「前方注視が困難になるような」眠気を催して- 9 -いることが必要であるから,原判決は検察官の主張する前提がないという判断をしたものであり,仮に,⑨地点以降⑩地点までの間に前方注視が困難になるような眠気が生じたとするならば,運転中止義務の発生は⑨地点以降になるのであるから,たとえ,被告人が仮睡状態に陥って本件事故を起こしたとしても,検察官の設定した本件訴因では,有罪にすることはできない。 このような観点から検討すると,原判決の説示,判断は相当なものといえる。 この点に関し,検察官は,前記のとおり,被告人は,ア睡眠不足と疲労蓄積があり,マイスリーを服用していたこと,イ運転車両を①地点駐車場のブロック塀に衝突させたこと,ウ ⑦地点の交差点を左折せず,直進したこと,エ ⑦地点の交差点を直進した後も,不合理な経路で走行したこと,オ本件事故現場に至るまでの記憶が鮮明でないことを挙げるとともに,睡眠の機序として,意識レベルが高く清明な状態から,突如,意識レベルが急降下するのではなく,長短の差こそあれ,一定の時間をかけて意識レベルが低下し,覚醒していることが困難となり,眠りに至るのであって,原判決は,アからオのエピソードのうち,ウだけを取り上げるとともに,睡眠の機序に全く整合しない判断を あれ,一定の時間をかけて意識レベルが低下し,覚醒していることが困難となり,眠りに至るのであって,原判決は,アからオのエピソードのうち,ウだけを取り上げるとともに,睡眠の機序に全く整合しない判断をしている,という。 しかしながら,検察官の主張する睡眠の機序は経験則に照らして是認できるところではあるが,アないしオの事実は,被告人において⑨地点までに前方注視が困難な眠気が発生した可能性を示すものであるにしても,逆に,これらの事実がそろっているからといって,被告人において,⑨地点までに前方注視が困難な眠気が発生していたと合理的な疑いを超えて認定できるとはいえない。すなわち,弁護人も指摘するように,アは,被告人においては従前から就寝前にマイスリーを服用していたし,- 10 -このころの被告人は,仕事や家庭生活における一定程度の疲労や睡眠不足もある中で日常的に自動車の運転をしていたものであるが,その間に交通事故を起こしたことなどはなかった。また,マイスリーを服用していたとしても,実際その影響がどの程度のものであったかは立証されていない。イは,①地点を出るときに長女のスクールバスの発車時刻に間に合わせるように急いでいて,被告人が慌てていたことから,普段は接触することがないブロック塀と衝突してしまったということもあり得るのであり,必ずしも意識が低下していたことと結びつくわけではない。 ウは,運転中に考え事などをしていれば曲がるべき道路を直進してしまうなどということもあり得るところであり,逆にその際,被告人が直進した道路は左右に湾曲し,傾斜もある道路であったけれども,被告人はその道路を湾曲に沿って適切に走行したという事情も見て取れる。エは,人は常に「合理的ルート」を通るはずだという前提に立つこと自体,不合理であるし,自動車で帰宅するのに多少 であったけれども,被告人はその道路を湾曲に沿って適切に走行したという事情も見て取れる。エは,人は常に「合理的ルート」を通るはずだという前提に立つこと自体,不合理であるし,自動車で帰宅するのに多少の遠回りをしたとしても,過度の労力がかかる訳でもないし,帰宅のための時間が大きく異なるということもない。オは,確かに,⑨地点左折後の被告人の記憶については,捜査の過程で当初は児童らと衝突した際の状況に関し,全く客観状況と異なる状況を述べながら,後になってこれを改めるなど,合理的な理由なく変遷しており,記憶が鮮明でないことがうかがえるが,事故時の状況の記憶が十分でないことをもって,直ちに⑨地点までに前方注視が困難な眠気が発生していたということはできない。 もっとも,検察官が主張するように,原判決が⑩地点で仮睡状態にあったと認定しながら(無罪判決の理由中の認定であるから,罪となるべき事実の認定のように,合理的な疑いを超えて認定したものとは必ずしもいえないにしても),⑨地点以前に眠気が生じていないと認定したことは,⑨地点から⑩地点までの距離は短く(約0.3キロメートル),- 11 -走行時間もわずかなものであるから(控えめに時速約30キロメートルと想定しても約40秒弱である),原判決は,この間に仮睡状態になったと認定したことになり,睡眠の機序に照らすと,不自然な状況であることは否めない。 しかし,原判決が一方で事故時点の仮睡状態を認定していながら,他方でそれ以前の眠気を否定する矛盾を犯しているように見えるのは,この仮睡状態の認定が,睡眠の機序に沿った,仮睡に至るまでの眠気で前方注視が困難になりつつある状態のときにおける異常な運転状況等の存在の立証に支えられたものでない,すなわち,通常あり得るはずの事情を検察官が証明できていないことによる った,仮睡に至るまでの眠気で前方注視が困難になりつつある状態のときにおける異常な運転状況等の存在の立証に支えられたものでない,すなわち,通常あり得るはずの事情を検察官が証明できていないことによるからと考えられる。 そもそも,原判決が,⑩地点において被告人が仮睡状態にあったと認定したのは,原審及び当審で一貫して検察官が主張している事故現場の状況や,事故の態様,被告人の事故直後の言動等からすると,被告人の事故時の著しい意識レベルの低下の原因は仮睡以外に考えられないという主張を原判決が容れて,上記(第2の2⑴)のように説示し,被告人は⑩地点において仮睡状態にあったと認定したものと考えられるが,弁護人は,原審及び当審において,被告人が⑩地点で仮睡状態にあったことを強く否定している。すなわち,弁護人は,ア被告人は,本件事故直前まで少なくとも外形的には正常な運転を継続し続けており(その主張の要旨は上記原判決無罪の理由の要旨⑵のとおり(上記第2の2⑵)),この間に,被告人が(たとえ一瞬でも)仮睡状態に陥ったとの事実などは認められていないし,また,仮睡状態を導くような眠気を催していたといった事実も認められるわけではない,イ本件事故現場付近には,多数の者がいたが,被告人運転車両の速度が出ていたなどと供述する者はいても,本件事故時の運転以外に,ふらついているなどの異常な運転をしていたと供述する者はいないとの根拠を挙げ,次のように- 12 -いう。原判決は,被告人が事故時に仮睡状態にあったと認定しているが,原判決が指摘する事情は仮睡状態になくとも生じる事情である。原判決は,被告人が本件事故時前方の交差点前に停車中の自動車を認めて,これを避けようとして,とっさに右にハンドルを切った可能性も認めているが,そのこと自体,停車中の自動車を認識してい る事情である。原判決は,被告人が本件事故時前方の交差点前に停車中の自動車を認めて,これを避けようとして,とっさに右にハンドルを切った可能性も認めているが,そのこと自体,停車中の自動車を認識しているのであって,仮睡状態に整合する事態ではない。ハンドル操作に意識がいってしまい,ブレーキ操作が遅れたということは,仮睡状態に陥らなくとも生じうるものであって,この被告人のハンドルやブレーキ操作等は,運転操作のミスとはいえても,仮睡状態となったことを推認させる事情ではなく,むしろ整合しないと見られよう。また,事故後,被告人が放心状態になっていたことについても,事故の影響を受けて,いわゆる「頭が真っ白になった」状態になっていたとも考えられるし,被告人の母親への返答についても「一瞬,ボーッとした」というものであり,居眠りなどを認めるものとはなっておらず,いくらでもほかの具体的可能性が考えられる。 本件事故時の行動はとっさの行為であり,標識柱に衝突するまでの時間も極めて短時間のものであったから,ブレーキ操作等をしてブレーキの効果が生じるまでの「空走時間」に衝突してしまったとも見られるし,「アンチロックブレーキシステム」においては,車輪がロックされずブレーキ痕が付着しにくいし,被告人車両はエアバッグが作動していないから,本件事故の衝撃はさほど大きなものではなく,これらの点からすれば,被告人がブレーキ操作をおよそ試みることなく衝突した,とはいえない。 確かに,このような弁護人の主張を踏まえて検討すると,⑩地点直前までは被告人の運転行為に客観的な問題はなく,だとすれば,睡眠の機序に反して,突然仮睡状態になった,ということになって,不自然さを孕むことになる。弁護人が主張するとおり,本件事故の態様は,進路前- 13 -方に交差点で右折しようと停車して とすれば,睡眠の機序に反して,突然仮睡状態になった,ということになって,不自然さを孕むことになる。弁護人が主張するとおり,本件事故の態様は,進路前- 13 -方に交差点で右折しようと停車していた車があるのに,この車と衝突することなく右前方に進路を変え,標識柱と衝突するなり左方向に向きを変えたというものであって,衝突状況については複数の目撃者が存在するものの,速い速度であったという供述をする者は存在するが,ふらついて走行していたという状況を目撃した者はいない。被告人は事故を起こした変形交差点を右折しようとしていたというが(事故当時の交通規制からすれば,その方向に走行するしかない。),被告人の運転状況に関する供述は,⑦地点を左折できなかったことや,⑩地点の事故状況に関して変遷し,最終的には証拠に合わせた供述をする傾向があるし,この交通規制は時間帯による規制であって,被告人において確実に認識していたとは断言できないところがあるから,被告人が変形交差点を右折しようとしていたとは確定できないものの,被告人が前方の変形交差点のいずれの方向に進むにしても,上記の点からすれば,被告人は,進路前方の自動車が駐車車両であると誤認して,その車を避けるために,右前方に進路を変えたが,その後,的確な運転操作を誤ったと見ることもでき得る。そうであれば,被告人は前方の車両を認識していたことになり,仮睡状態には陥っていなかったということが,もう一つの合理的な可能性として存することになる。そして,事故直後の被告人の母親との電話における会話において,被告人は「一瞬,ボーッとしていた」と話しているが,この「ボーッとしていた」という状態は,日常の用語例としても「考え事をしていてボーッとしていた」というように,他に気をとられて集中力を欠いた状態を表す意味合いでも用 ーッとしていた」と話しているが,この「ボーッとしていた」という状態は,日常の用語例としても「考え事をしていてボーッとしていた」というように,他に気をとられて集中力を欠いた状態を表す意味合いでも用いられることがあり,必ずしも仮睡状態を表現したものとはいえないし,事故直後に警察官に対し,事故時の状況を的確に答えられなかった,ということも,運転についての集中力が欠け,周囲の状況の認識が不十分であったという可能性もあり,仮睡状態に陥ったことと直ちに結びつくわけではない。 - 14 -これに加えて,前述のとおり,被告人は⑨地点までは,道路状況に合わせて的確に走行していたという前提事実も併せると,原判決が認定した事故時仮睡状態に陥っていたとの判断は一つの可能性を示すものであり,その可能性は強いにしても,そのように断定できるわけではなく,ほかにも弁護人が指摘するように,事故時に他のことに気を取られて集中力を欠いた結果,前車を避けるためにハンドルを右に切ったが,その後のハンドル,ブレーキ操作を的確にできずに,標識柱に衝突したというような可能性がないわけではない。このように,本件では,ふらついて走行しているというような居眠り運転特有の兆候が客観的に認められない以上,客観的な事故状況からは居眠り運転を理由とする事故か他の過失による事故かを区別するのは困難であって,事故直後の母親に対する言動などは多義的な理解が可能であるから,これらを併せても事故時仮睡状態にあったことについては,疑問を容れる余地がある。 したがって,事故時仮睡状態にあった,という点で,原判決の判断には相当でないところがあるから,このことを前提として,⑨地点を左折するまでの間に,眠気を催し前方注視が困難になったことが認められるとして,原判決の不当性をいう検察官の主張はなおさら理由が 決の判断には相当でないところがあるから,このことを前提として,⑨地点を左折するまでの間に,眠気を催し前方注視が困難になったことが認められるとして,原判決の不当性をいう検察官の主張はなおさら理由がないことに帰着する。 4 なお,事案に鑑み,付言すると,弁護人も,本件事故について,被告人に何らかの過失があったことは争わない,と述べているように,検察官において,訴因を的確に設定していれば,被告人は有罪になった可能性は高い。予備的訴因は,睡眠導入剤の影響により,前方注視及び運転操作に支障が生じるおそれがある状態で運転したという内容の主位的訴因が認定できないことを前提とするものであるから,検察官が主張する①地点でのブロック塀への衝突や⑦地点での直進の評価が,睡眠導入剤の影響により意識レベルが低下して運転に支障が生じていたことの- 15 -徴表となるという検察官の評価と異なる認定を裁判所がすることも予期した(要するに睡眠とは離れた)対処をもするべきであった。仮に,睡眠を要素とする過失運転致傷を予備的訴因として維持するとしても,最終的な受け皿として,睡眠を要素としない「運転ミス」の範囲での過失内容とする予備的訴因を設定することも十分に可能だったにもかかわらず,検察官は,それをしていない。原審の第12回公判期日での裁判長の釈明には,その趣旨が含まれていたものと理解でき,検察官において,この裁判長の釈明の趣旨に即した訴訟行為をしなかったことも,本件のような結論になった原因であって,このような経緯がある本件において,事後審である控訴審において,これを是正することはできない。 論旨は理由がない。 なお,原判決の傷害の有罪部分については,検察官の控訴は,控訴趣意として,なんら主張がなく,したがってその理由がないことに帰する。 よっ 是正することはできない。論旨は理由がない。なお,原判決の傷害の有罪部分については,検察官の控訴は,控訴趣意として,なんら主張がなく,したがってその理由がないことに帰する。よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 主文 平成29年12月14日大阪高等裁判所第3刑事部 裁判長裁判官増田耕兒 裁判官浅見健次郎 裁判官岩崎邦生
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