昭和53(行ウ)175 国籍確認請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和56年3月30日 東京地方裁判所 その他
ファイル
hanrei-pdf-17307.txt
🤖 AI生成要約2026/3/13

【DRY-RUN】○ 主文 原告Aの訴えを却下する。 原告Bの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 ○ 事実 第一 当事者の求めた判決 一 原告ら 1 原告らと被告との間において、原告Bが出生により日本国籍

タグ

キーワード(AI生成)

判決文本文23,445 文字)

○ 主文原告Aの訴えを却下する。 原告Bの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 ○ 事実第一当事者の求めた判決一原告ら 1 原告らと被告との間において、原告Bが出生により日本国籍を有することを確認する。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 二被告 1 原告Aの訴えを却下する。予備的に、同原告の請求を棄却する。 2 原告Bの請求を棄却する。 3 訴訟費用は原告らの負担とする。 第二当事者の主張(請求原因)一日本国籍を有する原告Aとアメリカ合衆国(以下「米国」という。)国籍を有するCは、昭和四六年三月一九日日本において法律上の婚姻をしたものであり、原告Bは、昭和五三年一一月二五日群馬県前橋市<地名略>において右両名の間に生まれた子である。 原告Bの両親は、今後とも日本に居住し日本に生活の本拠をおいて仕事を続けていくこともあつて、原告Bを日本人として養育したいと考え、原告Aが昭和五三年一二月四日前橋市長に対し、原告Bの出生届をするとともに同原告を原告Aの戸籍に入籍させるように申し出た。ところが、国籍法(昭和二五年法律第一四七号)二条は、出生により日本国籍を取得する場合として、「出生の時に父が日本国民であるとき」(一号)、「出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとぎ」(二号)、「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において、母が日本国民であるとき」(三号)及び「日本で生れた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき」(四号)のいずれかに該当することを必要としているため、前橋市長は、同日付書面をもつて、国籍法二条各号の規定により原告Bは出生により日本国籍を取得できず母の戸籍に入籍させられない旨を通知してきた。 二しかし、国籍法二条一号ないし三号の規定は、以下のとおり、違憲である。 1 国籍法二条 国籍法二条各号の規定により原告Bは出生により日本国籍を取得できず母の戸籍に入籍させられない旨を通知してきた。 二しかし、国籍法二条一号ないし三号の規定は、以下のとおり、違憲である。 1 国籍法二条は、出生による日本国籍の取得について親子関係を基礎とするいわゆる血統主義を原則とし(一号ないし三号)補充的に出生地を基礎とするいわゆる生地主義を採用している(四号)が、その血統主義は、父母両系を平等に取り扱うものではなく、正当な理由がないのに父系を優先させて母系を劣後させるものであり、国籍法二条一号ないし三号の規定はその点において性別による差別を禁止した憲法一四条に違反する。 すなわち、日本国民はすべて自己の子に日本国籍を継承させる権利を有するものであるところ、右国籍法の規定によれば、外国人と婚姻した日本人父は常にその子に日本国籍を継承させ得るが、原告Aのように外国人と婚姻した日本人母は、夫が無国籍でない限り、子に日本国籍を継承させ得ないのであり、これは、日本国民が自己の国籍を子に継承させる権利に関し父母を性別により差別するものである。 2 また、子の立場からみると、日本国民を親として生まれた子が出生により日本国籍を取得することは憲法一三条にいう「生命、自由及び幸福の追求に対する権利」として憲法上保障されているものであり、右国籍取得要件としての血縁は子にとつて父系、母系ともに同等の価値を有するものとして評価されなければならない。しかるに、右国籍法の規定によれば、外国人父と日本人母との間の子は、婚姻外の子か無国籍者を父とする子でない限り日本国籍を取得できないのであり、これは、日本国民を親として生まれた子が出生により日本国籍を取得すべき権利に関し父母の性別により差別を設けるものである。したがつて、国籍法二条一号ないし三号の規定は、この点から憲法一 ないのであり、これは、日本国民を親として生まれた子が出生により日本国籍を取得すべき権利に関し父母の性別により差別を設けるものである。したがつて、国籍法二条一号ないし三号の規定は、この点から憲法一三条及び一四条に違反するものである。 3 のみならず、父子関係及び母子関係は憲法二四条二項にいう「婚姻及び家族に関するその他の事項」であるから、出生による子の国籍の取得についても、父、母及び子の三者の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきものであり、父系の血統を優先させる国籍法二条一号ないし三号の規定は右憲法二四条二項にも違反する。 三そこで、出生による日本国籍の取得については、父母の血統を平等に扱うべきであり、国籍法二条一号は、出生の時に父又は母が日本国民であるとき、同条二号は、出生前に死亡した父又は母が死亡の時に日本国民であつたとき、を意味するものとして解釈すべきである。したがつて、出生の時に母が目本国民である原告Bは、出生により日本国籍を取得したものである。 四よつて、原告Bが日本国籍を有することの確認を求める。 (請求原因に対する認否)請求原因一は認め、二、三は争う。 (被告の主張)一原告Aの訴えは不適法である。 原告Aは、原告Bとは人格を異にし、原告Bの日本国籍確認請求を行うについて独立の法律上の利益を有するものではない。したがつて、原告Aの本件訴えは、原告適格を欠くものとして却下されるべきである。 二出生による日本国籍の取得について定める国籍法の規定に関しては、次のとおりそもそも憲法問題は生じない。 憲法は、国籍については、離脱の自由を定める(二二条二項)ほかは、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(一〇条)としているにとどまり、いかなる範囲の者を出生により日本国民とするかについて何ら具体的な定めをしておらず、血統主義 を定める(二二条二項)ほかは、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」(一〇条)としているにとどまり、いかなる範囲の者を出生により日本国民とするかについて何ら具体的な定めをしておらず、血統主義の採用すらも命じていない。また、国際法においては、国家がその国の国民たる資格要件を定めることはその国の専権に属するとされていて、出生による国籍決定について国際法上も何らの要請もない。そうすると、憲法は、出生による日本国籍の取得について全面的に国会の立法政策に委ねているのであり、日本人の親に対し日本国籍を子に継承させる権利ないし法的地位とか、日本人を親とする子又は日本国内で出生した子に対し生来的に日本国籍を取得する権利ないし法的地位といつたものを保障しているものではない、というべきである。したがつて、国籍法が父系優先血統主義を採用しても、これについては立法政策上の当否が問われ得るにとどまり、違憲ということはそもそも生じないのである。 また、子の国籍の取得につき平等原則違反を主張するためには、親に対する憲法一四条の適用は問題となり得ず、子自身に対して同条が適用されなければならないが、同条に定める平等保障は日本国民であつてはじめて享受し得るものであるから、日本国籍を取得するか否かという憲法一四条適用以前のその前提問題を決する際に、同条に違反するという事態が生じる余地は論理的にあり得ないのである。したがつて、同条の平等原則を婚姻及び家族に関する事項について具体化した憲法二四条二項違反の問題も生じ得ない。 三右のように、日本国民たる親は自己の子に日本国籍を継承させる憲法上の権利を有するものではないし、日本国民の子も当然に日本国籍を取得する憲法上の権利を有するものではない。また、国籍法は血統主義を採用しているが、それは単に子の国籍をいかに定めるかについて せる憲法上の権利を有するものではないし、日本国民の子も当然に日本国籍を取得する憲法上の権利を有するものではない。また、国籍法は血統主義を採用しているが、それは単に子の国籍をいかに定めるかについて親の国籍を基準とするというにすぎず、それによりたまたま子の国籍が親のそれと同」になることがあつても、それは単なる反射的効果であつて、そのことから、国籍法が日本人親の自己の子に対する日本国籍継承権又はその子の日本国籍取得権なるものを認めているということはできないのである。したがつて、そのような権利があるとの見解に立脚して国籍法の父系優先血統主義の規定が父母又は子の権利ないし地位に法律上の差別を設けるものであるという原告らの主張は、前提において失当である。 四国籍法二条一号ないし三号の規定の趣旨は、以下のとおりであつて、合理性を有する。 1 国籍法が制定された昭和二五年当時、多くの諸外国では原則的又は補充的に父系優先血統主義を採用していたので、外国人父と日本人母の子は当該外国の国籍を取得するのが通例であり、もし日本が父母両系血統主義を採用すると、右の子は常に二重国籍とならざるを得なかつた。そこで、国籍法二条は、重国籍を防止する見地から、子の福祉やわが国における家族生活の実態をも考慮して、父系優先血統主義をとることとしたものである。国籍法が、旧国籍法(明治三二年法律第六六号)の採用していた夫婦国籍及び親子国籍同一主義を廃し、これに代わり夫婦国籍独立主義及び親子国籍独立主義を取り入れたことからも明らかなように、国籍決二条一号ないし三号の規定は、親の国籍を子に継承させようという考え方に基づくものではないのであり、したがつて、また、旧法時代の家父長的思想とも無縁である。 2 右のとおり、国籍法二条一号ないし三号の規定は重国籍の発生を防止しながら、日本人と 継承させようという考え方に基づくものではないのであり、したがつて、また、旧法時代の家父長的思想とも無縁である。 2 右のとおり、国籍法二条一号ないし三号の規定は重国籍の発生を防止しながら、日本人と外国人との間に生まれた子に日本国籍を付与する方法としてやむを得ない合理的なものである。 もつとも、子が父又は母と国籍を共通にすることは親子双方にとつて利益であり、更に、子が父母双方の国籍を取得して重国籍者となつても、双方の本国の保護を受けられてかえつて利益であるから、重国籍防止をもつて右規定の根拠とすることはできないとの意見があるかも知れない。 しかし、個人の利益と国家の利益とは必ずしも一致するものではなく、重国籍を防止することは国益の見地からみて重要なことであるから、そのことも正当に保護されなければならないのである。わが国では、旧国籍法時代以来、他国に例がないほどに重国籍の防止に極めて忠実であり、国籍法四条五号、八条ないし一〇条の規定はその表われである。 なお、国籍法二条一号ないし三号の規定により稀には無国籍者の発生という事態も生じないではないが、その場合には帰化により日本国籍を取得することができ、この帰化ははとんど無条件に近い(同法六条二号)のである。 3 国益の見地からみて重国籍の発生を防止しなければならない所以は、まず、重国籍が国際私法の準拠法について本国法主義を採用している諸国に対し準拠法の決定を困難にするからである。また、それ以上に問題となるのは、外交保護権の衝突と忠誠義務の衝突をもたらすことである。前者は、複数の本国が同一個人に対し外交保護権を行使できるか、殊に一方の国における個人に対する処遇について反対の利害関係を有する他方の国がこれを行使できるか、という問題であり(この点については、一九三〇年に成立した「国籍法の抵触についてのあ 権を行使できるか、殊に一方の国における個人に対する処遇について反対の利害関係を有する他方の国がこれを行使できるか、という問題であり(この点については、一九三〇年に成立した「国籍法の抵触についてのある種の条約」の四条で一応の手当がされているが、これは未だ確定的な国際慣行とはなつていないといわれている。)、後者は、同一個人が一方の国における兵役義務等の要請に従つたとぎに他方の国において反逆罪等を理由に処罰されないか、という問題である。このように、重国籍については外交上の紛議の種となるので各国ともその対策に努力しているが、わが国のように国籍の離脱を自由に認めるものは少なく、これにつぎ政府の許可を必要としたり離脱できる者を制限したりしている国が多い。したがつて、重国籍の発生を認めたうえで事後的にその解消を図るという方法は困難であり、各国とも重国籍の発生自体を未然に防止する方向で努力しているのである。 なお、最近、ヨーロツパの一部やカナダ、メキシコ等の諸国が父母両系主義を採用するに至つたが、これらの国も、もとより右主義によつてもたらされると予想される重国籍状態を望ましいとするものではなく、右主義を採用する一方で、国籍の喪失、離脱、放棄及び多数国間ないし二国間の国際条約の締結(ヨーロツパ諸国間では、一九六三年に「重国籍の減少及び重国籍者の兵役義務に関する協定」が成立している。)等の方法により、重国籍の防止に特段の配慮をしているのである。また、父母両系主義を採用しながらも国籍唯一の原則を貫いている国(ソ連等)もある。これに対し、わが国が最も考慮すべき相手国はその日本在留者数が約六六万人に及ぶ朝鮮と同じく約五万人の中国であるが、両国はいずれも分裂国家的状態にあり、中国では国籍法も未だ定められていないから、両国との間に重国籍解消のための条約を締結するこ その日本在留者数が約六六万人に及ぶ朝鮮と同じく約五万人の中国であるが、両国はいずれも分裂国家的状態にあり、中国では国籍法も未だ定められていないから、両国との間に重国籍解消のための条約を締結することは困難である。 五仮に、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であるとしても、次のとおり、そのことから直ちに原告Bが日本国籍を有するとの結論は導かれない。 1 裁判所の有する法令審査権は、裁判所がある法律の規定を憲法違反と判断した場合に当該規定を適用して裁判をすることができないことを要請するにとどまる。 すなわち、それは立法に代わり無から有を生じさせる作用を営むことはできないのである。したがつて、仮に国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であるとすれば、日本人を父とする嫡出子であつても日本国籍を取得できないという結果が生じるだけで、原告Bが日本国籍を取得することになるわけではない。 2 また、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲であり、かつ、解釈によつてこれを是正できるとしても、原告ら主張の解釈だけが可能な唯一のものではない。元来、国家がどの範囲の者を自国の構成員たる国民とすべきかは、各国のおかれた歴史的事情、国内事情及び国際環境等に大きく左右されるものであつて、その意味から極めて高度の政策的判断を要求されるのである。したがつて、例えば国籍法二条一号の規定が違憲であるとしてこれを是正するとしても、原告ら主張のように「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」とするだけが唯一の途ではなく、「出生の時に父及び母が日本国民であるとき」とすることも可能であり、更に、「出生の時に父又は母が日本国民であるとぎ」とした場合でも、その「父又は母」を生来の日本国民に限るとするか、一定の居住要件を要求するか、子の出生地が国内であるときに限るか等について選択の余地があるの 出生の時に父又は母が日本国民であるとぎ」とした場合でも、その「父又は母」を生来の日本国民に限るとするか、一定の居住要件を要求するか、子の出生地が国内であるときに限るか等について選択の余地があるのであり、また、国籍唯一の原則を貫くのかどうか、重国籍防止のための諸規定(国籍法四条五号、八条ないし一〇条)を改廃するかどうか等についても慎重な検討を必要とする。このような場合、国会が国籍法を改正して政策上最も適当な立法をすれば問題はないが、裁判所が解釈の名の下に右りような複数の選択肢の中から特定のものを選び出すことは司法権の性質上許されないのである。以上のとおり、原告ら主張の父母両系血統主義を採用するには国籍法の改正が必要なのであり、解釈によつて同じ目的を達成することはできないのである。 (被告の主張に対する原告らの反論)一原告Aに確認の利益があることについて一般に、法律上の身分関係存否確認の訴えの利益は、当該身分関係を有する本人だけではなく、これと一定の身分関係を有する利害関係者に対しても認められるものであり、国籍確認の訴えのごとき公法上の身分関係存在確認の訴えの場合も、もとより同列に論じられるべきである。ところで、原告Aは、原告Bの母として一親等の直系血族関係にあり、原告Bを監護養育する権利義務を有するから、原告Bが出生により原告Aの有する日本国籍を継承取得したことについて最も切実な利害関係を有するものである。 したがつて、原告Aは、原告Bとは別に、原告Bの日本国籍存在確認を求める訴えの利益を有するものであり、被告の本案前の主張は失当である。 二出生による日本国籍の取得が憲法問題であることについて今日の国際社会は複数の国家の集合から成り立つのであり、かつ、すべての個人は、いずれかの国家に所属することによりはじめて市民的、文化的生活及び 二出生による日本国籍の取得が憲法問題であることについて今日の国際社会は複数の国家の集合から成り立つのであり、かつ、すべての個人は、いずれかの国家に所属することによりはじめて市民的、文化的生活及び政治的、経済的、社会的活動の自由を保障されるのであるから、単位国家の構成員となることすなわち国籍の取得は、人間として生存し右の保障を享受するための不可欠の要件であり、人間の尊厳に根ざす基本的権利の一つとして把握されるべきである。民主主義体制下の法治国家においては、国民は市民権的個人的権利としての国籍権を享有するのである。昭和五四年にわが国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約二四条も、「すべての児童は、国籍を取得する権利を有する。」と規定し、国籍の権利性を宣言している。ところで、国籍決定についての諸国の立法は大別して血統主義と生地主義とに分けられるが、わが国はその歴史的沿革や国策等から血統主義を採用しているのであり、憲法前文が「日本国民は・・・・・・われらとわれらの子孫のために・・・・・・主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」とうたつていることからすると、わが国においては、日本国民を親として出生した子が日本国民となること、すなわち子にとつての生来的日本国籍取得権及び親にとつての日本国籍継承権が憲法で保障された基本的権利として認められているというべきである。したがつて、原告Bが出生により日本国籍を取得し得るか否かは、そのような基本的権利が侵害されるか否かという点でまさに憲法問題である。 被告は、日本国籍取得の基準は憲法上の制約なしに立法政策の便宜に従つて定めることができ、それは基本的人権享受以前のことであつて憲法問題たり得ないと主張するが、そのような主張は、右に述べた国籍の権利性を忘れ国籍をもつて国の一方的専権の反射的 しに立法政策の便宜に従つて定めることができ、それは基本的人権享受以前のことであつて憲法問題たり得ないと主張するが、そのような主張は、右に述べた国籍の権利性を忘れ国籍をもつて国の一方的専権の反射的利益とみる誤つた見解である。日本国籍取得の基準を定める国籍法は、国民の範囲に関する明文規定が憲法上存するか否かを問わず、当然に憲法の下位法としてその制約を受け、その精神に背くことは許されないのであり、被告の見解は今日の国際社会において通用する余地のないものである。被告の論法に従えば、憲法に明文規定さえなければ国は主観的好悪によつて国籍を定めるという立法も妨げられないこととなり、例えば、極端な独善的民族優越主義に基づく国籍決定基準を定めても憲法上何ら問題が生じないという不当な結果が導かれるのであり、到底是認できない。 三国籍法二条一号ないし三号の差別に合理性がないことについて国籍法二条一号ないし三号の規定は、日本国民の片面的血縁による出生子について、日本国民たる父は常にその子に日本国籍を継承させ得るのに対して、日本国民たる母は父が知れている限りその子に日本国籍を継承させ得ないとするものであつて、父系と母系とを差別するものであるが、家父長制が廃止され両性平等原則が採用されている今日、父系優先血統主義を維持すべき理由は全くない。世界的にみても、父系優先血統主義から父母両系血統主義に改めた国は少なくなく、例えば、西ドイツでは、既に一九六三年(昭和三八年)の国籍法の改正により「ドイツ人女の嫡出子はそうしないとその者が無国籍となるときは出生により母の国籍を取得する。」との規定を設けたが、連邦憲法裁判所は、一九七四年(昭和四九年)、この規定をもつてしてもなおドイツ基本法の平等原則に抵触すると判断し、同年国籍法はこれに沿つて再改正されているのであり、そのほ る。」との規定を設けたが、連邦憲法裁判所は、一九七四年(昭和四九年)、この規定をもつてしてもなおドイツ基本法の平等原則に抵触すると判断し、同年国籍法はこれに沿つて再改正されているのであり、そのほか、フランス、スイス、カナダ、デンマーク、スウエーデン等においても父系優先血統主義を改めて両性平等原則に合致させる法改正が行われている。 被告は、重国籍防止の必要を強調して右規定が合理的であると主張するが、それなら、何故、国籍法九条が二重国籍の発生を許してこれを放置しておくのか理解に苦しむところである。のみならず、父系優先血統主義を採用しても、それにより重国籍についても無国籍についてもその発生を完全に防止することはできないのである。すなわち、生地主義国において日本人父から出生した子は二重国籍者となり、また、父母両糸血統主義国の母と日本人父との間に生まれた子も二重国籍者となる。逆に、日本国内で生地主義国の父と日本人母との間に生まれた子は無国籍者となる。 したがつて、国籍の抵触防止は父系優先血統主義の採用とは全く別の方法で解決すべきであり、かつ、現実にそのための解決方法が存在し、父母両系主義を採用するに至つた国では既に実現をみているのである。例えば、西ドイツでは、二以上の国籍を有するドイツ人はドイツ国籍を放棄することができると定め、フランスでは、両親の一方のみがフランス人であつてフランスで生まれなかつた子は、成年に達する前六か月間にフランス人の資格を放棄する権利を有すると定め、米国では、出生によつて米国国籍及び外国国籍を取得した者がその外国国籍の恩恵を自発的に求めたり主張した場合には、原則としてその外国に二二歳以後三年間引き続き居住することによつて米国国籍を喪失するとしている。その他、人道主義的観点からの重国籍解消のための国際的努力の表われとして 的に求めたり主張した場合には、原則としてその外国に二二歳以後三年間引き続き居住することによつて米国国籍を喪失するとしている。その他、人道主義的観点からの重国籍解消のための国際的努力の表われとして、一九三〇年ハーグにおいて成立した「国籍法の抵触についてのある種の問題に関する条約」はも留意すべきである。 以上のように、父系優先血統主義は、被告の強調する重国籍防止を実現し得ない無力なものであり、かつ、時代の流れを無視した不当なものである。前述のように諸国において父系優先血統主義の改正が行われている事実は、父系優先血統主義による重国籍の回避という立法技術がもはや過去のものとなり、両性平等原則の前に道を譲らざるを得なくなつたことを示しているものといえる。したがつて、憲法一四条の平等保障条項に背いてまでこれを維持するだけの合理性は到底存在しないのである。 なお、本件は帰化による国籍取得を取り上げているのではないが、被告がこれを主張するので一言するに、国籍法上、帰化は権利としては認められず法務大臣の専権的裁量とされており、また、実務上も被告がいうようにたやすく許可されないばかりか、父が帰化を望まない場合には帰化の申請すら不可能である。したがつて、日本人母の子が日本国籍を取得することができないときは帰化をすればよいとの被告の議論は実務を無視したものというほかない。 四国籍決二条一号ないし三号の規定が違憲であれば、原告Bが日本国籍を取得することについて原告らが国籍法二条一号ないし三号の規定を憲法一四条に違反すると主張している趣旨は、血統主義の具体的適用において父系を優先させ母系を補充的にしていることが性別による差別であるということである。血統主義とは、子が親の国籍を生来取得することをいうのであるから、その親を父だけに限定したことが違憲なのであり、「 て父系を優先させ母系を補充的にしていることが性別による差別であるということである。血統主義とは、子が親の国籍を生来取得することをいうのであるから、その親を父だけに限定したことが違憲なのであり、「親」はこれを両親と解釈すべきである。このように、原告らは、国籍法の右規定そのものを無たらしめようとしているのではなく、右規定が本来あるべきように合憲的に解釈、判断すべきことを主張しているものである。 被告は、国籍法二条一号ないし三号の規定が違憲とされた場合にもこれを是正する手段が複数考えられるところ、裁判所がその中から特定のものを選び出すことは司法権の性質上許されない、と主張するが、わが国の違憲立法審査権は、立法そのものの無効を宣言することはもちろん、その後の合憲立法の制定を予期して経過措置的手当を指示することも認められていないのであり、このことからすると、憲法は、裁判所に対し、違憲法令の適用を排除したあと、当該事案について正当な権利救済を図るための合憲的解釈をすべきことを要求しているものと解すべきである。 そうでないとすると、本件の場合には適用すべき法律が存在しないこととなり、原告Bは日本人であるとも日本人でないともいえないこととなるが、日本人から生まれた子を日本国籍取得不明という状態で放置することは社会生活上も人道上も許されない。 第三一証拠(省略)○ 理由一米国国籍を有するCと日本国籍を有する原告Aとが昭和四六年三月一九日日本において婚姻したこと、原告Bが昭和五三年一一月二五日群馬県前橋市<地名略>において右両名の間に出生した子であること、原告Aが同年一二月四日前橋市長に対し原告Bの出生届を提出し自己の戸籍に原告Bを入籍させるよう申し出たが、国籍法二条各号の規定により原告Bが日本国籍を取得していないとの理由により右入籍を認められていな Aが同年一二月四日前橋市長に対し原告Bの出生届を提出し自己の戸籍に原告Bを入籍させるよう申し出たが、国籍法二条各号の規定により原告Bが日本国籍を取得していないとの理由により右入籍を認められていないことは、当事者間に争いがない。 なお、原告B法定代理人兼原告本人Aの尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告Bは出生により父の本国である米国の国籍を取得していることが認められる。 二 1国籍法二条は、出生により日本国籍を取得する場合として、「出生の時に父が日本国民であるとき」(一号)、「出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき」(二号)、「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において、母が日本国民であるとき」(三号)及び「日本で生れた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき」(四号)の四つの場合を定めている。これによれば、国籍法が、出生による日本国籍の取得につき、親との血縁関係を基礎とする血統主義を原則とし(同条一号ないし三号)、出生地との地縁関係を基礎とする生地主義を補充的なものとする(同条四号)とともに、血統主義の適用に関しては、父の国籍を第一次的基準とする父系優先主義、すなわち、父が日本人である場合には、母が外国人であつても子に日本国籍を与えるが、父が外国人である場合には、父が知れないか又は無国籍であるため子が父の国籍を取得できないときを除き、母が日本人であつても子に日本国籍を与えないとする主義を採用していることは、明らかである。 2 右の父系優先血統主義は、それ自体としては、夫婦国籍独立主義の下で子が日本国籍を取得するか否かについての一般的基準であるにすぎない。しかし、日本人と外国人との間に生まれた子が日本国籍を与えられないときは、わが国において憲法の定める基本的人権の保障を完全には享受し得す、例えば、 取得するか否かについての一般的基準であるにすぎない。しかし、日本人と外国人との間に生まれた子が日本国籍を与えられないときは、わが国において憲法の定める基本的人権の保障を完全には享受し得す、例えば、出入国及び在留の制限(出入国管理令四条、二四条等、外国人登録法三条、一三条、一八条等)、参政権及び公職の制限(公職選挙法九条、一〇条、地方自治法一二条、一三条、国家公務員法二条七項、人事院規則八-一八第九条、同一-七、外務公務員法七条等)、職業及び事業活動等の制限(公証人法一二条、弁理士法二条、水先法五条、電波法五条等)、財産権の制限(外国人土地法一条、四条、鉱業法一七条、船舶法一条、航空法四条、特許法二五条等)、社会保障の制限(生活保護法一条、二条、児童扶養手当法四条、国民年金法七条、九条等)などを受けるに至るのであるし、また、日本国籍を有しない子は日本人親の戸籍にも記載されないこととなつているため、戸籍によつてその存在を証明し得ないことからくる不利益ないし不都合も少なくない(例えば、予防接種や就学の通知を受けられないなど)。このように日本国籍の有無が社会生活における各種の関係において極めて重要な意義を有することにかんがみれば、日本人の子が出生により日本国籍を取得するか否かは、当該子にとつてのみならず、親にとつてもまた、その法律上の利害に密接な関係をもつ事柄であると考えられる。 したがつて、国籍法二条一号ないし三号の規定が、親の国籍を基準として子の日本国籍の取得を決定するにあたり、父の国籍を母の国籍より優先させているのは、単に抽象的に目本国籍取得の基準を母の国籍ではなく父の国籍に求めたというにとどまらず、これを子の立場からみれば、両親の一方のみを日本人とする子の中で日本人親の性別のいかんにより日本人母をもつ子を日本人父をもつ子に対して差別す 基準を母の国籍ではなく父の国籍に求めたというにとどまらず、これを子の立場からみれば、両親の一方のみを日本人とする子の中で日本人親の性別のいかんにより日本人母をもつ子を日本人父をもつ子に対して差別することであるとともに、親の立場からみても、日本人父は常に子と国籍を同じくすることができるのに対し、日本人母は原則としてこれが認められず実質的不利益を受けることがあるという点で、子との関係における父母相互の地位に差別を設けるものであるといわなければならない。 3 ところで、右に述べた父系優先血統主義は、父母の性別を基準とするものであつて、子の性別による差別ではない。しかし、父系優先血統主義の直接的効果として、子は自己が生来的日本国籍を取得できるか否かを一方的に決定されるのであり、前記のような国籍の重要性を考えれば、子としては、右国籍決定基準の定め方における父母の性別による差別の違憲性を主張するにつき実質的かつ具体的利益を有するものである。また、父系優先血統主義が子の国籍決定に関する基準であることからいつても、その違憲性は子自身を当事者とする子の国籍に関する訴訟においてこれを争わせるのが最も適切である。これらの点を考えると、右国籍訴訟の当事者である子は、その訴訟において、父系優先血統主義をとる国籍法の前記規定につき父母の性別による差別を理由としてその違憲性を主張することができるものと解するのが相当である。 他方、母は、その差別によつて直接父と差別される立場にあるものの、差別の結果としてもたらされる子の日本国籍不取得という効果は、それ自体としては子自身と国との間の関係であつて、母は第三者にとどまるものであり、子が日本国籍を取得できないことにより母の被る不利益は通常子のそれを上回ることはない。したがつて、右差別の違憲問題をも含めて子が日本国籍を取得し との間の関係であつて、母は第三者にとどまるものであり、子が日本国籍を取得できないことにより母の被る不利益は通常子のそれを上回ることはない。したがつて、右差別の違憲問題をも含めて子が日本国籍を取得したか否かは、当該子を当事者とする国籍確認訴訟において十分審理判断がつくされるのであり、そのほかに、母としての固有の立場において右差別の違憲性等を主張するか否かを母の意思ないし選択にかからせなければその利益を害するという場合は通常存在しない。そうすると、子において自己の国籍確認を求めることが可能であるときに、これと別個独立に第三者である母に対しても子の国籍確認を求める訴えを認めるべき必要性は存しないというべきであり、特段の事情の窺われない本件においては、原告Aの本件訴えはその利益を欠くものとして不適法といわざるを得ない。 三被告は、日本国籍取得の基準をいかに定めるかは立法政策の問題であつて、およそ憲法問題は生じないと主張する。 確かに、憲法は、日本国籍の取得につき、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」(一〇条)と規定するのみで、他に格別の定めをしていない。しかし、国籍の得喪すなわち国民たる資格の決定の問題は、国家構成の基本に関するものとして、本来国の最上位法たる憲法をもつて規定すべき事項である。また、国籍は、国と個人との間の個々の権利義務の集合体のごときものではないにしても、具体的内容を伴わない単なる抽象的記号のごときものではなく、国籍の有無によつて基本的人権の保障が直接左右されることもあり得るという意味で個人の憲法的利益に必然的に関わりを有するものであり、恣意的な国籍得喪の定めの故に本来受けられるはずの右基本的人権の保障を受けられないという事態を招くことは、もとより憲法の許容するところではないと考えられる。このような見地からすると、憲 るものであり、恣意的な国籍得喪の定めの故に本来受けられるはずの右基本的人権の保障を受けられないという事態を招くことは、もとより憲法の許容するところではないと考えられる。このような見地からすると、憲法一〇条の前記規定は、国籍の得喪についていかなる基準も法律で自由に定めることができるとしているものではなく、国籍の得喪に関する事項が憲法事項であるとの前提に立つたうえで、その内容の具体化を法律に委任したものであり、右立法による具体化にあたつては、憲法の各条項及びそれらを支える基本原理に従いこれと調和するように定めるべきことを要求しているものと理解すべきである。したがつて、国籍法の規定が右の趣旨に違反するときは違憲の問題を生じることは当然というべきである。 このように憲法の精神に反する国籍得喪の定めをすることは許されないが、このことは、国籍の得喪につき個人が国籍法の規定をまつことなく当然に一定の内容の具体的権利をもつことまでを意味するものではない。憲法の前文その他の規定をみても、日本人たる親がその子に日本国籍を継承させ、また、その子が親の日本国籍を取得することをそれぞれの権利として憲法が直接保障しているものと解すべき十分な根拠は認め難い。もともと、国籍は、主権、領土及び国民から成る政治的組織体としての国家の構成員たる資格にほかならないから、いかなる要件を具えた者に当該国家の国籍の保有を認めるかは、民族、宗教、政治、経済など国家成立の歴史的背景に由来するそれぞれの国家の基本的性格や指導理念を基礎とし、更に人口問題や国防上の要求等の政策目的をも考慮して決定されるものであり、その性質上立法府に与えられている裁量の範囲が広汎なものであることは、これを認めなければならないのである。 また、被告は、憲法一四条の平等保障は日本国民であつてはじめて享受し得るも されるものであり、その性質上立法府に与えられている裁量の範囲が広汎なものであることは、これを認めなければならないのである。 また、被告は、憲法一四条の平等保障は日本国民であつてはじめて享受し得るものであるから、その前提問題である日本国籍の有無を定める国籍法の規定につき憲法一四条違反を論じる余地はないと主張する。しかし、憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、日本人以外の者に対しても類推されるべきものであるし、また、仮に、日本国籍を有することが同条の平等保障を享受するための前提をなすものであるとしても、本件は、まさに右平等保障に違反する国籍法の規定によつて日本人の子が日本国籍の取得を妨げられているということが争いの対象となつている場合であるから、当該子が右国籍法の規定によれば日本国籍を取得しないからといつて、右規定の平等保障違反が問題たり得ないと解すべきではない。 四そこで進んで、国籍法二条一号ないし三号の規定が原告Bの主張するように憲法の平等原則に違反する不合理なものであるか否かについて判断する。 1 成立に争いのない甲第四、第五号証、第八号証、第九号証の一ないし四によれば、出生による国籍の取得に関する立法主義は、血統主義と生地主義とに大別され、世界の各国はおおむね右両主義のいずれか一方を原則とし他方を何らかの形で補充的に取り入れた折衷的立法をしていること、そして、原則的あるいは補充的に血統主義を採用している諸国においては、ヨーロツパ及びアジヤ地域を中心として父母の血統のうち父の血統を第一次的基準とする父系優先主義をとる立法例が少なくなかつたが、近年フランス、西ドイツ、スイス及びスウエーデン等において父母双方の血統を平等に取り扱う父母両系主義に改めるに至つたことが認められる。 ところで、国籍の得喪に関する事項は、伝統的に各国の くなかつたが、近年フランス、西ドイツ、スイス及びスウエーデン等において父母双方の血統を平等に取り扱う父母両系主義に改めるに至つたことが認められる。 ところで、国籍の得喪に関する事項は、伝統的に各国の国内管轄事項であるとされ、超国家的な統一原則が定立されないまま、各国ともそれぞれの歴史的沿革や国策等に基づいて独自の立法をしているのが現状であるため、その当然の結果として、異国籍者間に出生した子などについて国籍の積極的抵触(重国籍)又は消極的抵触(無国籍)という事態が発生するのを避けられない。そして、重国籍の場合には、自国の国籍の存在を主張する各国家は、一方において、同一の個人に対して兵役義務その他の国民としての義務の履行を要求し、当該個人をして去就の決定を不可能ならしめ、これを著しく不利益な地位におくとともに、他力において、これらの各国家は、当該個人に対する外交保護権の行使あるいは犯罪人引渡等をめぐつて相互に対立し、国際紛争を惹起するおそれがあるばかりでなく、国際私法の対象となる渉外的要素の有無の判断や、その準拠法としての本国法の決定にも困難が生じ、更に、重国籍の一方が自国籍であるときは、外国人に対する各種の権利制限を定めた国内法を当該個人に適用し得るか否かを解決する必要にも迫られる。他方また、無国籍の場合には、国籍を前提としてのみ享受し得る国内居住権や参政権等がいずれの国においても保障されず、殊にその者の利益を最終的に保護すべき国家がないことになるため、当該個人は常時不安定な生活を余儀なくされ、人権尊重上極めて好ましくないことは、いうまでもない。 このように、現在の国際社会において国籍の抵触が不可避的に発生し、国際平和の維持及び人権尊重の面からこれを放置しておくことができないため、国籍の抵触をできるだけ防止して国籍唯一の原則を実現すること このように、現在の国際社会において国籍の抵触が不可避的に発生し、国際平和の維持及び人権尊重の面からこれを放置しておくことができないため、国籍の抵触をできるだけ防止して国籍唯一の原則を実現することは、国際的に承認された国籍立法の理想とされているのである。 2 現行の国籍法は、昭和二五年に制定されたもので、旧国籍法と同じく父系優先血統主義を採用しているが、立法の際の国会審議における政府当局の説明等によれば、その当時において原則的あるいは補充的に血統主義を採用している各国の国籍立法のうちで母系主義を原則とするものはその例がないため、もしわが国が父母両系血統主義を採用すると、父が血統主義をとる外国の国民で母が日本人の場合には常に子が重国籍となるので、主として国籍の抵触防止の見地から、父の国籍を優先させたものであるとされている。国籍法が、旧国籍法と較べて重国籍の防止に相当の考慮を払い、そのための規定として四条五号、八条ないし一〇条等を設けていることから考えると、父系優先血統主義を採用した主たる目的が右説明のとおり重国籍を防止することにあつたとの点はこれを認めるべきである。 右のような重国籍防止の目的は、1で述べた重国籍の弊害からみて、国の重要な利益に合致するものであるとともに、当該当事者個人にとつても結局のところ利益となるものである。重国籍当事国が友好関係にあり相互に重国籍の調整措置を設けているような場合だけを想定するならば、重国籍の不都合はさして表面化しないけれども、そうでない場合のことをも考えて一般的に論じる限り、重国籍の防止が重要であることは明らかである。現実に重国籍が生じた場合の具体的な法律関係の処理としては、例えば、重国籍の一方が自国籍であるときは本国法の決定につき自国籍を優先させるとか、重国籍がともに外国籍のときは住居所所在地の国籍 かである。現実に重国籍が生じた場合の具体的な法律関係の処理としては、例えば、重国籍の一方が自国籍であるときは本国法の決定につき自国籍を優先させるとか、重国籍がともに外国籍のときは住居所所在地の国籍を基準とするといつた解決策が従来から若干の条約や立法等において採用されているが、それらは重国籍によつて生じる問題の一部を解決するものにすぎないし、また、それらの解決策のすべてについて国際的承認が得られているわけでもないのである。したがつて、そのような解決策があるからといつて、重国籍そのものの防止を図ることの必要性を過小評価することはできない。 3 そこで、右重国籍防止の目的を達成するための手段としての面から父系優先血統主義について検討する。 (一) 重国籍の防止方法としては、重国籍の発生を抑止する方法と、発生した重国籍を事後的に解消させる方法とがある。重国籍者の意思により一方国籍の放棄あるいは選択をさせるのは後者の方法であるが、この方法は、いずれの重国籍国においても国籍の離脱が自由に認められていることを前提とする。今日、国籍離脱の自由の原則が国際的に一応承認されているとはいえ(憲法二二条二項、国籍法一〇条参照)、なお一定の場合(例えば、一定の年齢に達する前あるいは兵役義務を履行し又は免除される前など)にはこれを禁止ないし制限する立法例もみられるのであるから、このような禁止ないし制限のある国の国籍と日本国籍とを有する重国籍者は、日本国籍の保有を望む限り重国籍状態を継続していくほかはない。このため、関係諸国との間において重国籍解消のための効果的な国際的取決めが成立するまでは、重国籍の発生自体をできるだけ少なくする必要がある。 (二) もつとも、重国籍の発生を少なくする必要があることは右のとおりであるとしても、各国の国籍立法に多様性が存在している国際 めが成立するまでは、重国籍の発生自体をできるだけ少なくする必要がある。 (二) もつとも、重国籍の発生を少なくする必要があることは右のとおりであるとしても、各国の国籍立法に多様性が存在している国際社会の現実の下では、その実現には一定の限界を免れない。すなわち、父が日本人で母が父母両系血統主義をとる外国の国民である場合には、わが国が父系優先血統主義を採用しても、重国籍の発生を防止できないし、また、生地主義をとる外国において父を日本人として出生した場合にも同様である(ただし国籍法九条参照)。このように、父系優先血統主義をとつたからといつて、重国籍の発生を完全に防止できるものではない。しかし、それだからといつて、父系優先血統主義が重国籍を防止するための手段として無力であるというのは早計である。なぜなら、父が父系優先又は父母両系の血統主義を採用する外国の国民で母が日本人である場合に、わが国が原告のいうように父母両系血統主義をとれば子が常に重国籍となるのに対し、父系優先血統主義によれば子が重国籍者とならないのであり、父系優先血統主義が重国籍の防止に寄与するからである。そして、原則的あるいは補充的に血統主義をとる国で父系優先主義を採用している国は世界的になお少なからず存在し、殊にわが国における在留者数等からいつて渉外的婚姻関係の生ずることが多い韓国をはじめアジヤ諸国がおおむねそうである現実を考えると、わが国が父母両系血統主義をとることによつて重国籍が発生し、父系優先血統主義をとることによつてこれを防止し得るという事態は、具体的に相当程度予測されるのであつて、決して単なる観念上の想定にすぎないものではない。この点で、父系優先血統主義は、わが国の現実の状況の下では、重国籍の発生防止に相当効果のある措置ということができる。この父系優先血統主義に代わつ て、決して単なる観念上の想定にすぎないものではない。この点で、父系優先血統主義は、わが国の現実の状況の下では、重国籍の発生防止に相当効果のある措置ということができる。この父系優先血統主義に代わつて、他の利益を損うことなく、かつ、これと同じ程度実効的に重国籍の発生を防止し得る別の法手段を見出すことはむずかしい。 4 父系優先血統主義には右のような重国籍発生防止の効果がある反面、これによると、日本人母の子は父が外国人である限り原則として生来的日本国籍を取得できないこととなるばかりでなく、場合によつては無国籍となることがあり得る(生地主義をとる外国の国民を父として日本で出生した場合など)。重国籍防止のために無国籍を生じさせること自体行きすぎというべきであるし、また、個人の人権尊重を第一義とする近代の傾向からすれば、無国籍の防止は重国籍の防止よりも重要であり、もし両者が抵触し二者択一を迫られるときは、前者を優先させるべきものであろう。 そこで、この点につき国籍法がいかに対処しているかをみるのに、国籍法は、右のような立場におかれた子に一つきいわゆる簡易帰化により日本国籍を取得する途を設けている。すなわち、これらの子が日本国籍を有しないことによる不利益な効果は、子が日本に在住し将来も日本で生活をしようとする場合に現実化するものと考えられるところ、国籍法六条二号は、「日本国民の子(養子を除く。)で日本に住所を有するもの」について、普通の場合に要求される帰化の条件を大幅に緩和し、当該子が無国籍の場合には同法四条三号及び六号、外国国籍を有する場合には同条三号、五号及び六号の各条件に適合すれば帰化をすることができるものとしている。そして、右帰化によつて日本国籍を取得したときは、公法上及び私法上いかなる点においても生来的日本国籍を有する者と差別されることは 五号及び六号の各条件に適合すれば帰化をすることができるものとしている。そして、右帰化によつて日本国籍を取得したときは、公法上及び私法上いかなる点においても生来的日本国籍を有する者と差別されることはないのである。右法定の帰化条件のうち、四条三号の「素行が善良であること」及び六号の「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと」という条件は、幼年の子については実際上問題となり得ないから、子が無国籍の場合には、その帰化は実質的にほぼ無条件に近いことになる。これに対し、子が外国国籍を有する場合には、更に同条五号の「日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと」という条件があるので、当該外国が他国への帰化による国籍の喪失を認めていないときは、日本への帰化が制約されることになるが、右五号の定める帰化条件は、帰化によつて重国籍が発生するのを防ぐためのものであるから、当該外国の法制において、他国への帰化により自動的に国籍を喪失することとされている場合だけに限らず、例えば帰化当事者から他の国籍を取得した旨の届出ないし意思表示があれば国籍を喪失することとされている場合などをも含むものと緩かに解する余地があり、これを含めると、今日では、同号の存在が帰化の障害になる場合は諸国の立法例から見てさほど多くはないのである。また、外国国籍を有する子が同号の規定によつて帰化を認められない場合があり得るとしても、現に特定の外国国籍を有する以上は、自己の権利義務の実現について最終的に当該国家の法的保障を受けることができるのであるから、人権尊重の見地からは右の法的保障が全くない無国籍者の場合と同列に論じることはで 定の外国国籍を有する以上は、自己の権利義務の実現について最終的に当該国家の法的保障を受けることができるのであるから、人権尊重の見地からは右の法的保障が全くない無国籍者の場合と同列に論じることはできない。 もつとも、国籍法上、帰化は個人の権利ではなく、その許否が国家の利益保護の見地から法務大臣の裁量的判断にかかつているけれども、日本人の子につきその血縁的及び地縁的関係を考慮して特別に日本国籍の取得を容易ならしめようとしている趣旨に照らせば、よほど特別の事情のない限り、右の子が法定の帰化条件をみたしているにもかかわらず裁量によつて簡易帰化を不許可となし得る場合は考えられないところである。右制度の実際の運用がこれと異なつて行われていると認めるべき資料はない。また、国籍法一一条の規定によれば、一五歳末満の者の帰化申請は法定代理人が代わつてするものとされ、何びとが右の法定代理人となるかは法例二〇条の定める準拠法によることとなつているので、これにより法定代理人となり又はならなかつた外国人父が子の帰化を望まないときは、日本人母が帰化を望んでも、法律上又は事実上帰化の申請をすることができなくなることが考えられるが、幼年の子の帰化については父母の一致した意見によらせることが一般的に子の福祉にかなうのであるから、日本人母のみの意思による単独の帰化申請が許されていないからといつて、簡易帰化の制度を実効性のとぼしいものであるということはできない。 5 国籍法における国籍抵触防止の目的と父系優先血統主義との関連性及び父系優先血統主義の採用に伴つて生ずる結果についての同法の対応策は、おおむね以上のとおりである。これによつてみれば、国籍立法上、重国籍の発生を防止すべき必要性は否定し難く、また、そのための措置としてわが国が父系優先血統主義をとることは、一定の限界が 法の対応策は、おおむね以上のとおりである。これによつてみれば、国籍立法上、重国籍の発生を防止すべき必要性は否定し難く、また、そのための措置としてわが国が父系優先血統主義をとることは、一定の限界があるにせよ、現実的に相当の効果を発揮するものであるということができる。そして、このような父系優先血統主義に代わつて重国籍の発生そのものを効果的に防止し得る他の手段が容易にあるわけではない。問題は、これらのことが父母の不平等取扱を正当化するに足りるものであるか否かである。 一般的にいえば、重国籍防止の理想は両性平等原則と調和的に実現すべきものであつて、重国籍を防止するためであれば父母を差別すること(その結果として無国籍の子をも生ぜしめること)が当然に許容されると解することはできない。右に述べた父系優先血統主義の重国籍防止における必要性と有用性からみて、重国籍を防止する立法技術としての父系優先血統主義の合理性を低く評価することは相当でないが、その評価も、他の諸国において採用する立法主義のいかんや、両性平等原則の具体的内容についての時代的要請などに応じて変遷することを免れないのであつて、現代における両性平等原則の意義と価値に照らすときは、単に重国籍防止における必要性と有用性を強調するのみでは、父系優先血統主義が憲法の精神に反するものでないことを基礎づけるにはなお不十分であるといわなければならない。 ところで、日本国籍は、生来のものであれ、帰化によるものであれ、その法律上の効果に差異はなく、生来的取得と帰化とは、両者相まつて国籍法の日本国籍付与に関する制度を構成しているものである。本件において原告が違憲と主張している父系優先血統主義は、右のうち生来的取得に関するものであるが、生来的取得と帰化とが右のような関係にあることからすれば、その制度としての合理性を しているものである。本件において原告が違憲と主張している父系優先血統主義は、右のうち生来的取得に関するものであるが、生来的取得と帰化とが右のような関係にあることからすれば、その制度としての合理性を判断するにあたつては、生来的取得のみを孤立して論ずべきではなく、これを補完するものとしての帰化に関する制度が存在することをも考慮に入れたうえで決定することが必要である。そこで、この見地に立つて帰化に関する制度をみると、国籍法は、4で述べたとおり、父系優先血統主義の結果日本人母の子で日本国籍を取得できないこととなる者について簡易帰化の道を開き、日本人父の子と差別のない地位を取得することを可能ならしめているのである。この簡易帰化が完全には自由でなく、また、取得する国籍が生来的のものであるか帰化によるものであるかの違いは心情面等において微妙なものがあるにしても、父系優先血統主義による差別的不利益、殊に子が無国籍になるという人権上の不利益は、これによつて結果的にかなりの範囲において是正が図られているということができる。この点は、国籍法の定める日本国籍付与に関する制度を全体としてみる場合に無視し得ないところである。 以上のことから、当裁判所は、国籍法の父系優先血統主義の父母の性別による差別は、前述した重国籍防止における必要性及び有用性のほかに、右のような補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限りにおいて、立法目的との実質的均衡を欠くとまではいえず、これを著しく不合理な差別であるとする非難を辛うじて回避し得るものであると考える。もとより、一切の差別を設けず、かつ、国籍の抵触を生ぜしめない制度が理想であることは当然であり、国籍法の制定当時から諸般の事情が柑当に変化している今日の状況下においては、父系優先血統主義に代えて重国籍を防止しながら父母両系血統主義を採用する 触を生ぜしめない制度が理想であることは当然であり、国籍法の制定当時から諸般の事情が柑当に変化している今日の状況下においては、父系優先血統主義に代えて重国籍を防止しながら父母両系血統主義を採用することがなおできないかどうかは十分考慮に値するものであるが、現行の制度をもつて著しく不合理なものであるとまではいえない以上、これを将来にわたりいかにするかは、諸般の多角的検討を経て慎重に決定されるべき立法政策の問題であるといわざるを得ない。 結局、国籍法二条一号ないし三号の規定は、出生による日本国籍の取得につき父母のいずれが日本人であるかによつて差別を設けるものではあるが、以上に述べた理由によつて、これを憲法一四条及び同条の理念を基礎とする憲法二四条二項に違反するものということはできない。 五原告Bは、日本人たる親はその子に自己の日本国籍を継承させ、子は親の有する日本国籍を取得する権利を憲法上保障されている旨主張するが、右主張のような日本国籍の継承権又は取得権を具体的に保障されていると解すべき根拠のないことは三で述べたとおりである。したがつて、右権利のあることを前提とした憲法一三条及び一四条違反の主張も失当である。 六以上によれば、国籍法二条一号ないし三号の規定を違憲とする原告Bの主張はいずれも理由がないというべきである。 そして、右国籍法の規定と一に記載した事実によれば、原告Bは出生により日本国籍を取得することができないものというほかはない。 七よつて、原告Aの訴えを却下し、原告Bの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官佐藤繁泉徳治岡光民雄) 主文 訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官佐藤繁泉徳治岡光民雄)

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る