平成16(あ)2172 逮捕監禁,営利略取,殺人,死体遺棄被告事件

裁判年月日・裁判所
平成17年11月29日 最高裁判所第三小法廷 決定 棄却 東京高等裁判所 平成16(う)987
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判決文本文6,026 文字)

主文 本件上告を棄却する。 当審における未決勾留日数中320日を本刑に算入する。 理由 弁護人和智薫の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であり,被告人本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 なお,所論にかんがみ職権で判断する。 1 記録によれば,第1審の審理経過等について,次の事実が認められる。 (1) 本件公訴事実は,要旨,被告人は,A,Bらと共謀の上,① 営利の目的で,帰宅途中の被害者を車両内に無理矢理押し込み,群馬県内の山中まで連行し(営利略取・逮捕・監禁),② 殺意をもって,ロープで被害者の頸部を絞め付け,けん銃で弾丸1発を発射してその身体に命中させ,同人を殺害し(殺人),③ その死体を断がいから投棄して遺棄した(死体遺棄)というものである。 (2) 被告人は,第1回公判期日から第5回公判期日までの間,上記公訴事実②に対し,被告人が自ら被害者の頸部に巻かれたロープの一端を引っ張った事実はあるが,その際殺意はなく,共犯者らと殺害について共謀もしていなかった旨の主張,供述をしていたが,論告,弁論が予定されていた第6回公判期日の冒頭において,前記各公訴事実の犯行場所に関する訴因変更手続がなされた際,従前の供述を翻し,公訴事実①の犯行態様の一部を否認するとともに,同②,③については全面的に否認する旨主張した。そこで,弁護人(国選)は,裁判所に次回期日に被告人質問を行いたい旨を申し出て,これが入れられ,第7回公判期日に被告人質問が実施された。同被告人質問の中で,被告人は,公訴事実①について前記否認の主張に沿う供述をするとともに,同②,③については,「共犯者2名と共に現場に赴いたが- 1 -,自分も共犯者も被 被告人質問が実施された。同被告人質問の中で,被告人は,公訴事実①について前記否認の主張に沿う供述をするとともに,同②,③については,「共犯者2名と共に現場に赴いたが- 1 -,自分も共犯者も被害者にロープを使った事実はない。自分は共犯者の1人が被害者にけん銃を向けて撃ち,被害者ががけ下に落ちていったのを見ただけである。」旨供述した。 (3) 第8回公判期日に,論告が行われ,これに引き続き弁護人による最終弁論が行われた。同弁論は,罪体に関する主張と情状に関する主張から成るが,前者の要旨は次のとおりである。「(被告人の全面否認について)被告人は,殺人と死体遺棄について,捜査段階において,Aが被害者の頸部に巻いたロープの一端を被告人が力一杯引っ張ったこと,Aに言われて遺体をBと2人でがけ下に落としたことを認める供述をしている。この供述の任意性については,明らかに問題がない。供述内容も,生々しく,かつ,具体的,詳細に供述されており,不自然と思われる事実もなく,十分信用できる。公判においても,被告人は,殺意は否認し,殺害の前に「殺害を薄々察知していた。」旨の検察官の冒頭陳述に強く反発したが,ロープを引っ張った行為自体は否認せず,自らの殺害行為加担について,検察官や裁判長に対して,他に方法があったら教えてもらいたいとまで供述している。そこで,弁護人は,殺人及び死体遺棄について,被告人がAにだまされ,ら致の意思で殺害現場まで行ったもので,ロープを引っ張る直前まで殺意はなく,かつ,殺害行為はけん銃を所持しているAに強要されたものであることを強調し,被告人が償いとして犯行全部をありのまま詳述し,自ら供述の場所で遺体発見を切望している事実の強調を弁護方針とした。しかし,被告人は,第6回公判期日において,突然,殺人と死体遺棄を全面否認し,第7回公判期 が償いとして犯行全部をありのまま詳述し,自ら供述の場所で遺体発見を切望している事実の強調を弁護方針とした。しかし,被告人は,第6回公判期日において,突然,殺人と死体遺棄を全面否認し,第7回公判期日の被告人質問において,その旨供述した。 立場上詳述は避けるが,被告人がBをかばって自らなしていない殺害行為等を認めていたとの被告人の供述には明らかに無理がある。多弁な被告人に,無実を訴える言葉の一つもなかった。殺人,死体遺棄の重大犯罪であるから,弁護人としては,一般的には被告人に同調して全面否認の弁護をすべきである。しかし,公判の最終- 2 -段階で初めて否認した本件の場合,被告人に同調して上記力説すべき弁護方針を主張せず,撤回することは,弁護人の任務放棄であると思われる。ところで,被告人は,上記最終段階の公判において,殺害現場においてAがけん銃を1発発砲したとの捜査段階からの供述を否定し,発砲したのはBであるかのような供述をしている。 B自身は,ロープでの首絞めを多少手伝ったと述べているだけであるが,他方で,犯行後,ノイローゼとなり,警察署に出頭するなどし,公判でも被害者の妻に土下座して謝罪をするなどしており,その落差が不自然であった。Bが発砲者なら,Bの言動は殺人者の苦悩として十分理解でき,不自然なことはない。Aから殺人行為に加担するように陥れられたうらみがある被告人が,Aに不満のあったBに持ちかけて,捜査段階では発砲者をAとする虚偽の供述をはかったものと思われる。被告人の第7回公判期日における供述を十分ご検討願いたい。 (被告人の殺意の有無について)被告人はロープを引っ張ったことは認めつつ,殺意を否認しており,殺意を認める弁護人との主張の違いは確かに大きい。しかし,被告人は,捜査段階ですべてありのままに供述したことを強調しており,被害者殺 て)被告人はロープを引っ張ったことは認めつつ,殺意を否認しており,殺意を認める弁護人との主張の違いは確かに大きい。しかし,被告人は,捜査段階ですべてありのままに供述したことを強調しており,被害者殺害時の供述は生々しいものである。以上の被告人が認め,供述しているようなロープを力一杯引っ張った事実について,弁護人が法的評価,裁判所の認定として被告人に殺意なしとは到底言えない。他方,被告人は,上記事実は事実として,ロープを引く瞬間まで殺意は全くなく,後記のとおりロープを引いたのは極めて不本意なことであって,どうしようもなかったことから,自ら明確な殺意は終始持たなかったことを,心情として「殺意なし」と強調しているものである。被告人が,法的に,裁判所の評価として殺意ありと認定されることを強く否定しているとまで弁護人は思っておらず,殺意について,これを否定する被告人と認める弁護人との間に,乱暴な主張のようであるが,実質的には差異がないと思っている。 (被告人の殺意発生時期について)被告人には,ロープを引っ張った瞬間まで全く- 3 -殺意はなかった。被告人に,ら致当時殺意がなかったことは証拠上明らかである。 被告人は,殺害現場に至る車中において,前部座席にいたAとB間のひそひそ話し等でBが殺意を抱くに至ったことについては後部座席にいて全く知らず,かつ,Aがけん銃を準備,持参していたことも全く知らなかった。また,殺害現場においても,被告人の捜査段階の供述から,被告人に殺意がなかったことは明らかである。 Bの供述調書には,被告人が事前に殺害を知り,容認していたとみられるような供述があるが,同供述は,被告人の供述と対比すると,一部,不正確ないしいい加減と思われる部分がある。また,検察官の冒頭陳述は,被害者をら致した後,「被告人らはロープ1本を準備した」とし られるような供述があるが,同供述は,被告人の供述と対比すると,一部,不正確ないしいい加減と思われる部分がある。また,検察官の冒頭陳述は,被害者をら致した後,「被告人らはロープ1本を準備した」としているが,被告人がロープの準備に関与した証拠はない。 (殺人および死体遺棄の場所)訴因変更後の「群馬県高崎市若しくはその周辺の山中又は同県群馬郡a町周辺の山中」については,警察が相当徹底的に捜索しても,被害者の遺体はおろか殺人等現場も発見,特定できていないのであるから,上記場所で証明が十分とは到底言えない。 (その他)遺体が発見されておらず,殺害現場も特定されていないが,被害者の死亡について,弁護人には証拠上疑問がない。しかし,死因については,遺体が発見されておらず,被告人も引っ張ったロープにより絞殺されたのか,ロープの引っ張りではいまだ仮死状態ではなかったのかとの疑問はある。さらに,Bが発射したけん銃により白ワイシャツ姿の被害者が血染めになった,出血したとの供述がないことにも,疑問がある。仮に,ロープもけん銃も直接の死因ではなかったとしても,直後に仮死状態の被害者を山中のがけ下に放置したのであるから,被告人らの行為と被害者の死亡には疑問の余地のない因果関係がある。」(4) 上記最終弁論に引き続き,被告人の最終意見陳述がなされたが,その中で,被告人は,殺人,死体遺棄の公訴事実を否認する点については明確には述べず,- 4 -むしろ,「被害者には,自分でやっちゃったことですから,どんなことをしても一生重荷を背負って墓の中まで持っていかなきゃならないものだというふうに思っています。誠に悪いことをしたと思っております。」などと述べ,弁護人の最終弁論に対する不服は述べていない。 (5) 第1審判決は,最終弁論の内容には,被告人の第6回公判期日以降の だというふうに思っています。誠に悪いことをしたと思っております。」などと述べ,弁護人の最終弁論に対する不服は述べていない。 (5) 第1審判決は,最終弁論の内容には,被告人の第6回公判期日以降の供述に関し裁判所に慎重な検討を求めるとする部分があり,これが第一次的な主張であると解されるとし,また,第7回公判期日の被告人質問で弁護人が被告人の言い分を引き出す質問を粘り強く行っている旨を指摘した上,弁護人の一連の訴訟活動,審理経過,被告人の第6回公判期日以降の供述に信用性がないことなどを総合考慮すれば,本件訴訟手続において,被告人の防御権あるいは弁護人選任権が侵害されたとまで評価できる事情はない旨を判示した。 2 所論は,本件最終弁論は,被告人の第6回公判期日以降の供述を前提とせず,第5回公判期日までの供述を前提として有罪の主張をするものであるのに,裁判所は,弁護人に更に弁論を尽くさせるなどせず,この主張を放置して結審しているから,第1審の訴訟手続は,被告人の防御権ないし弁護人選任権を侵害する違法なものである旨主張する。 【要旨】そこで検討すると,なるほど,殺人,死体遺棄の公訴事実について全面的に否認する被告人の第6回公判期日以降の主張,供述と本件最終弁論の基調となる主張には大きな隔たりがみられる。しかし,弁護人は,被告人が捜査段階から被害者の頸部に巻かれたロープの一端を引っ張った旨を具体的,詳細に述べ,第1審公判の終盤に至るまでその供述を維持していたことなどの証拠関係,審理経過を踏まえた上で,その中で被告人に最大限有利な認定がなされることを企図した主張をしたものとみることができる。また,弁護人は,被告人が供述を翻した後の第7回公判期日の供述も信用性の高い部分を含むものであって,十分検討してもらいたい- 5 -旨を述べたり,被害者の 図した主張をしたものとみることができる。また,弁護人は,被告人が供述を翻した後の第7回公判期日の供述も信用性の高い部分を含むものであって,十分検討してもらいたい- 5 -旨を述べたり,被害者の死体が発見されていないという本件の証拠関係に由来する事実認定上の問題点を指摘するなどもしている。なお,被告人本人も,最終意見陳述の段階では,殺人,死体遺棄の公訴事実を否認する点について明確に述べないという態度を取っている上,本件最終弁論に対する不服を述べていない。 以上によれば,第1審の訴訟手続に法令違反があるとは認められない。 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官上田豊三の補足意見がある。 裁判官上田豊三の補足意見は,次のとおりである。 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件が,弁護人の訴訟活動の在り方という刑事訴訟の根幹に関わる問題を含むものであることなどにかんがみ,次のとおり意見を付加しておきたい。 刑事訴訟法が規定する弁護人の個々の訴訟行為の内容や,そこから導かれる訴訟上の役割,立場等からすれば,弁護人は,被告人の利益のために訴訟活動を行うべき誠実義務を負うと解される。したがって,弁護人が,最終弁論において,被告人が無罪を主張するのに対して有罪の主張をしたり,被告人の主張に比してその刑事責任を重くする方向の主張をした場合には,前記義務に違反し,被告人の防御権ないし実質的な意味での弁護人選任権を侵害するものとして,それ自体が違法とされ,あるいは,それ自体は違法とされなくともそのような主張を放置して結審した裁判所の訴訟手続が違法とされることがあり得ることは否定し難いと思われる。 しかし,弁護人は,他方で,法律専門家(刑訴法31条 ,あるいは,それ自体は違法とされなくともそのような主張を放置して結審した裁判所の訴訟手続が違法とされることがあり得ることは否定し難いと思われる。 しかし,弁護人は,他方で,法律専門家(刑訴法31条1項)ないし裁判所の許可を受けた者(同条2項)として,真実発見を使命とする刑事裁判制度の一翼を担う立場をも有しているものである。また,何をもって被告人の利益とみなすかについては微妙な点もあり,この点についての判断は,第一次的に弁護人にゆだねられ- 6 -ると解するのが相当である。さらに,最終弁論は,弁護人の意見表明の手続であって,その主張が,実体判断において裁判所を拘束する性質を有するものではない。 このような点を考慮すると,前記のような違法があるとされるのは,当該主張が,専ら被告人を糾弾する目的でされたとみられるなど,当事者主義の訴訟構造の下において検察官と対峙し被告人を防御すべき弁護人の基本的立場と相いれないような場合に限られると解するのが相当である。 本件最終弁論は,証拠関係,審理経過,弁論内容の全体等からみて,被告人の利益を実質的に図る意図があるものと認められ,弁護人の前記基本的立場と相いれないようなものではなく,前記のような違法がないことは明らかというべきである。 (裁判長裁判官上田豊三裁判官濱田邦夫裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男)- 7 -

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