主文 被告人を懲役2年6月に処する。 この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。 理由 (犯罪事実)被告人は,昭和57年4月から平成14年11月4日までY弁護士会に所属していた弁護士であり,平成2年7月ころ,A(当時78歳)から,同人が所有する神奈川県B郡C町C字DE番1及び同DF番2所在の各土地を分筆し,この分筆にかかる土地を第三者に売却するように委任を受けてこれを受任したものであるが,平成8年12月11日,神奈川県R市(以下略)所在の株式会社S銀行T支店において,上記委任契約の内容に基づき,分筆にかかる神奈川県B郡C町C字DE番6及び同DF番3所在の各土地(以下「本件土地」という。)を,Gが代表取締役を務める有限会社Hに売買代金3000万円で売却し,上記Gから,本件土地の売買代金として,株式会社S銀行T支店支店長I振出にかかる額面3000万円の預金小切手1通の交付を受けて,同預金小切手を上記Aのために業務上預かり保管中,同日,ほしいままに,自己の用途に費消するため,同預金小切手を,神奈川県U市(以下略)所在の株式会社V銀行W支店(現株式会社X銀行W北支店)の係員に対して,支払のため呈示した上,同銀行Y支店の被告人名義の普通預金口座(口座番号略)に同預金小切手の額面金額3000万円を振込入金させて着服し,もって横領した。 (証拠)略(法令の適用) 1 罰条刑法253条 2 刑の執行の猶予刑法25条1項(量刑の理由) 1 犯行に至る経緯・被告人は,大学卒業後,昭和54年に司法試験に合格し,第34期司法修習生として司法修習を修了後,昭和57年4月,Y弁護士会に登録して弁護士となり,J法律事務所に勤務弁護士として入所した。被告人は,昭和63年9月に独立して,K市L区M 司法試験に合格し,第34期司法修習生として司法修習を修了後,昭和57年4月,Y弁護士会に登録して弁護士となり,J法律事務所に勤務弁護士として入所した。被告人は,昭和63年9月に独立して,K市L区M丁目N番OマンションP号室(以下「本件マンション」という。)にQ法律事務所を開設した。被告人は,平成14年11月5日,Y弁護士会の除名処分により,弁護士資格を失った。 ・昭和63年9月の独立,弁護士事務所開設の際,被告人は,当時のいわゆるバブル経済のもと,周辺の事務所の賃貸料が上昇中であったことから,事務所用の部屋を賃借するよりも購入した方が将来的に得であると考え,また,老後の備えとする意味も込めて,銀行から約5200万円の融資を受けて本件マンションを購入した。それと同時に,開業準備資金として1000万円以上の融資も受けて,自己の法律事務所の経営を開始した。被告人の銀行に対する分割返済月額の合計は約56万円であった。 被告人は,一般市民の依頼者の事件を中心に弁護士業務を遂行し,日弁連の報酬規程どおりの報酬をなかなか請求しづらく,1件当たりの利益もそれほど大きくないためなかなか利益が上がらなかった上,さほど多くない顧問先が相次いで倒産したことにより,固定収入が減少し,報酬の当てのない倒産処理の業務に忙殺されるなどの事情も重なって,平成2,3年ころから,前記返済をすると利益があまり残らないという厳しい経営状態が続くようになり,やがて前記返済が滞り,銀行から本件マンションの任意売却を迫られるようになり,本件後の平成10年12月ころ,これを売却して,賃借した部屋に事務所を移して,弁護士業務を続けるに至っていた。被告人は,被告人自身の預金と依頼者等からの預かり金等の業務上保管中の金員とを別口座に明確に区別して保管する姿勢に欠け,実際上,両者を同一 した部屋に事務所を移して,弁護士業務を続けるに至っていた。被告人は,被告人自身の預金と依頼者等からの預かり金等の業務上保管中の金員とを別口座に明確に区別して保管する姿勢に欠け,実際上,両者を同一口座に混在させたまま,保管するようになっていた。 ・被告人は,昭和62年ころ,J法律事務所の弁護士からの紹介で知り合ったA(以下「被害者」という。)から,平成2年7月に,同人所有の2筆の土地に関して,場合によっては売買交渉に至ることも含めた同土地占有者に対する土地明渡請求交渉事務を受任し,平成7年に至って,前記占有者又はその指名した者に対して前記土地を売却するとの方針が決まり,改めて,被害者から,その旨の事務を受任した上,同年12月6日,被害者の代理人として,前記2筆の土地を3000万円で不動産会社に売却する旨の売買契約を締結した。 ・一方,被告人は,平成7年10月ころ,他の依頼者から,実父死亡による遺産分割協議の処理を受任した。同人はその取得すべき額は1億円から1億5000万円程度,少なくとも6000万円以上と主張するのに対して,他の相続人らはこれを認めず,主張が対立し,まず最初に現金預貯金を各相続人に均等に分配した上さらに協議を続けるという話になり,その被告人の依頼者の取得額3200万円が,平成8年5月16日,被告人の預金口座に振り込まれた。被告人が3200万円の振り込みがあった後その旨依頼者に伝えると,依頼者は,そんな額は問題にならない,被告人の費用ぐらいにしかならないから,被告人に預かっていてほしい旨述べたことから,被告人はこれを依頼者に直ちに交付することをしなかった。その後,遺産の土地建物を売却してその売得金の約7割を均等分配することも合意がまとまり,その被告人の依頼者分の400万円の預金小切手も被告人が保管することになり,被告人 ちに交付することをしなかった。その後,遺産の土地建物を売却してその売得金の約7割を均等分配することも合意がまとまり,その被告人の依頼者分の400万円の預金小切手も被告人が保管することになり,被告人は同年7月22日,これを現金化した上,被告人の預金口座に入金した。 ・以上の経緯から,被告人は,この3600万円を速やかに依頼者に交付する必要がないと思い,これを同年11月末ころまでには事務所経費,被告人個人の生活費,借金の返済等にすべて流用してしまっていた。 ところが,依頼者は同年11月末ころになってもその主張に沿う資料を被告人に渡すことができなかったことから,被告人としては,遺産分割協議において依頼者の主張どおりの内容の分割協議を成立させることは最早困難であり,既に分配を受けている額に加えて800万円の分配を受けることで遺産分割の協議を成立させるほかないとの判断に達し,その旨依頼者を説得し,同年12月11日付けでその旨の遺産分割協議を成立させた上,それに基づき,800万円が,被告人名義の預金口座に振込入金された。 こうして,被告人の受任事務は終了段階に至り,被告人は依頼者に代わって受け取った合計4400万円を依頼者に交付すべきこととなったものの,前述のとおり,既に3600万円を流用して手元にない状態となっていたことから,依頼者にこれを交付するためには何とかして流用した3600万円を捻出しなければならないことになった。 しかしながら,さしあたって被害者から預かり保管中の3000万円以外にこの穴埋めをするに十分なだけのまとまった金員は全くなかったことから,被告人は遂に本件犯行を行うに至った。 2 量刑上特に考慮した事情・被告人は,自己の法律事務所経営の収支見込みの甘さなどから,返済困難な負債を抱えてその経営に行きづまり,自己の預金 ったことから,被告人は遂に本件犯行を行うに至った。 2 量刑上特に考慮した事情・被告人は,自己の法律事務所経営の収支見込みの甘さなどから,返済困難な負債を抱えてその経営に行きづまり,自己の預金と依頼者からの預かり金との区別をつけない金銭管理の杜撰さと相俟って,依頼者のための保管金を流用した末,その穴埋めのため本件犯行に及んだものである。被告人は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする弁護士であったにもかからわず,その使命に背き,あろうことか被害者である依頼者から業務上預かり保管中の金銭に手をつけてしまったのであって,前記の事実経緯のとおり動機に酌量の余地があるとはいえず,被害額も相当に大きく,法律家である弁護士としての被告人を信頼して金銭の保管を委ねていた被害者のひいては社会の信頼を破り,被害者に大きな損害を与え,法曹全体に対する信頼をも損ねた被告人の刑責は重いといわなければならない。 ・しかしながら,他方,被告人が他のかつての依頼者からの借り入れにより,遅ればせながらも平成14年4月末までに被害額としてY弁護士会紛議調停委員会の紛議調停において支払うべきものとされた金額(本件横領額から被告人が受任事務の遂行に要した費用額とする額を差し引いた額)の全額を弁償していること,被告人が当然のことではあるが,Y弁護士会から除名処分を受けて弁護士資格を失っており,その限りで社会的制裁を受けていると言い得ること,被告人にもとより前科がないこと,被告人が本件を反省悔悟する言葉を述べ,今後いわゆる非弁活動をせずに,真面目に生活し,被害弁償のために生じた前記借入金を返済していきたい旨述べ,初回分割弁済金の支払いを行っていること,被告人に妻子があることなどの被告人のために酌むべき事情もある。 ・そこで,以上の諸情状を総合考慮して,主 のために生じた前記借入金を返済していきたい旨述べ,初回分割弁済金の支払いを行っていること,被告人に妻子があることなどの被告人のために酌むべき事情もある。 ・そこで,以上の諸情状を総合考慮して,主文のとおり刑を定めた。 (求刑-懲役2年6月)平成15年7月11日横浜地方裁判所第5刑事部3係裁判官衣笠和彦
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