平成21(ワ)14616 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成24年3月28日 大阪地方裁判所
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判決文本文35,440 文字)

主文 1 被告は,別紙4「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告に対し,各原告に係る同一覧表の「認容額」欄記載の金員及び同一覧表の「内訳」欄の「慰謝料」欄記載の金員に対する同一覧表の「遅延損害金起算日」欄の「慰謝料」欄記載の各日から,同一覧表の「内訳」欄の「弁護士費用」欄記載の金員に対する同一覧表の「遅延損害金起算日」欄の「弁護士費用」欄記載の各日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 同一覧表記載の各原告のその余の請求並びに原告A,原告B,原告C,原告D及び原告Eの各請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は以下のとおりとする。 (1) 原告A,原告B,原告C,原告D及び原告Eに生じた費用と被告に生じた費用の20分の1を同原告らの負担とする。 (2) その余の原告らに生じた費用と被告に生じた費用の20分の19について,これを5分し,その4を同原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が別紙4「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告に対し同一覧表の「担保額」欄記載の金員の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由 第1章請求被告は,別紙5「請求額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告に対し,各原告に係る同一覧表の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2章事案の概要本件は,大阪府泉南地域に存在した工場・作業場において石綿(アスベスト)製品の製造・加工作業,運搬作業に従事中に石綿粉じんを吸引した結果,石 割合による金員を支払え。 第2章事案の概要本件は,大阪府泉南地域に存在した工場・作業場において石綿(アスベスト)製品の製造・加工作業,運搬作業に従事中に石綿粉じんを吸引した結果,石綿肺,肺がん等の石綿関連疾患に罹患したと主張する者又はその相続人である原告らが,被告に対し,被告が石綿関連疾患の発生又はその増悪を防止するために旧労基法及び安衛法に基づく規制権限を行使することを怠ったことが違法であるなどと主張して,国賠法1条1項に基づく損害賠償及び民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。 第1 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠により容易に認定できる事実。) 1 原告ら原告らは,泉南地域の石綿工場や石綿の運搬を行う運送会社の元従業員又はその相続人である。 2 石綿について(省略) 3 泉南地域における石綿製造業の概要と石綿関連疾患の発生状況(省略) 4 石綿関連疾患の特徴及び症状(現在の医学的知見等)(省略) 5 石綿による業務上の疾病等に係る認定基準の概要(省略) 6 労働関係法制における石綿粉じんばく露防止に関する法規及び通達等の要旨(省略) 7 消滅時効援用の意思表示等(顕著な事実)(省略)第2 争点 1 被告の国家賠償法上の責任の有無(1) 労働関係法における省令制定権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点1)ア省令制定権限不行使と国賠法上の違法性について(争点1-1)イ石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況及び被告による被害の認識 ないし予見可能性について(争点1-2)ウ石綿ばく露防止対策の技術的基盤の形成について(争点1-3)エ被告の省令制定権限行使義務違反の具体的内容について(争点1-4)(2) 毒劇法(毒物及び劇物取締法〔昭 点1-2)ウ石綿ばく露防止対策の技術的基盤の形成について(争点1-3)エ被告の省令制定権限行使義務違反の具体的内容について(争点1-4)(2) 毒劇法(毒物及び劇物取締法〔昭和25年法律第303号〕)における規制監督権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点2)(3) 情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反を理由とする国家賠償責任の有無(争点3) 2 各原告に対する被告の責任及び損害(1) 亡Fとの関係における被告の責任(争点4)(2) 各原告の損害と遅延損害金(争点5)(3) 除斥期間の成否(争点6)第3 争点に対する当事者の主張(省略)第3章争点に対する判断第1 労働関係法における省令制定権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点1) 1 省令制定権限不行使と国賠法上の違法性について(争点1-1)(1) 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。 (2) これを本件について見ると,旧労基法は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすための労働条件を確保することを目的とするもので ある(1条)。そして,同法は,使用者は,粉じん等による危害を防止するために必要 ,旧労基法は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすための労働条件を確保することを目的とするもので ある(1条)。そして,同法は,使用者は,粉じん等による危害を防止するために必要な措置を講じなければならない(42条),労働者を就業させる建設物及びその附属建築物について,換気その他労働者の健康,風紀及び生命の保持に必要な措置を講じなければならない(43条)とし,同法45条は,使用者が同法42条及び43条の規定によって講ずべき具体的な措置の基準を省令に委任している。また,同法は,使用者に対して,労働者に安全衛生教育を行う義務を課す(50条)とともに,労働者に健康診断を受けさせる義務を課し,その具体的な内容は省令に委任している(52条)。 また,安衛法は,労働災害の防止のための危害防止基準の確立,責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な作業環境の形成を促進することを目的とする(1条)。 そして,同法は,事業者は,粉じん等による健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない(22条),労働者を就業させる建設物その他の作業場について,換気その他労働者の健康及び生命の保持のため必要な措置を講じなければらない(23条)とし,同法27条は,事業者が同法22条及び23条によって講ずべき具体的な措置を省令に委任している。また,同法は,事業者に対して,労働者に対する安全衛生教育を行う義務(59条),労働者に健康診断を受けさせる義務(66条)を課し,その具体的な内容を省令に委任しており,有害な業務を行う屋内作業場等について,空気環境その他作業環境について必要な測定をする義務を課し,その具体的な内容を省令に委任し けさせる義務(66条)を課し,その具体的な内容を省令に委任しており,有害な業務を行う屋内作業場等について,空気環境その他作業環境について必要な測定をする義務を課し,その具体的な内容を省令に委任している(65条)。 (3) 以上のように,旧労基法及び安衛法は,いずれも労働者の身体と生命に対する危害を防止し,その安全と健康の確保を図るべく規定を設けており,事業者に対して,粉じん等による健康障害を防止するために必要な措置を講ずる等の義務を課し,事業者が講ずべき具体的な措置の内容を省令に委任して いる。このように,旧労基法及び安衛法が上記具体的措置を省令に包括的に委任した趣旨は,事業者が講ずべき措置の内容が,多岐にわたる専門的,技術的事項であること,また,その内容を,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正していくためには,これを主務大臣に委ねるのが適当であるとされたことによるものである。 以上の旧労基法及び安衛法の目的,旧労基法及び安衛法が省令制定権限を定めた趣旨にかんがみると,同法の主務大臣であった労働大臣の同法に基づく省令制定権限は,粉じん作業等に従事する労働者の労働環境を整備し,その生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保することをその主要な目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべきものである。 (4) (省略)(5) 上記の省令制定権限の不行使が,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くといえるかについて判断するため,①石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況及び被告による被害の認識ないし予見可能性,②石綿ばく露防止対策の技術的基盤の形成(結果回避可能性の前提となる事実)についてそれぞれ認定判断し,そ るため,①石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況及び被告による被害の認識ないし予見可能性,②石綿ばく露防止対策の技術的基盤の形成(結果回避可能性の前提となる事実)についてそれぞれ認定判断し,その上で,原告らの主張する各時期において,省令制定権限の不行使の違法があるか否かについて検討することとする。 2 石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況及び被告による被害の認識ないし予見可能性について(争点1-2)(1) 事実認定(省略)(2) 判断ア石綿肺の医学的知見の集積状況について(省略)イ石綿と肺がんの関連性に関する医学的知見の集積状況について(省略)ウ石綿と中皮腫との関連性に関する医学的知見の集積状況について(省略)エ石綿とびまん性胸膜肥厚との関連性に関する医学的知見の集積時期につ いて(省略)オ被告による被害の認識ないし予見可能性について(ア) 前記のとおり,石綿粉じんばく露により石綿肺が発症することについての医学的知見は,昭和34年ころには集積されたものと認められる。 ところで,被告は,その当時,石綿肺の被害はいまだ深刻な状況ではなかったと主張するところ(争点1-2に対する被告の主張(ア)b(c)),この主張は,被告において石綿肺の被害を認識ないし予見していなかったとの主張を含むものと解される。 しかし,昭和29年から昭和34年度までに全国で行われた石綿紡織工場における石綿肺調査の結果は,概ね別紙12の一覧表に記載したとおりであり,石綿紡織工場の労働者に高い確率で石綿肺が発症していることは明らかである。すなわち,労働省労働衛生試験研究として行われた調査(別紙12の④から⑧)だけを取り上げても,全労働者のうち石綿肺であることが確実である者の割合は,④の 率で石綿肺が発症していることは明らかである。すなわち,労働省労働衛生試験研究として行われた調査(別紙12の④から⑧)だけを取り上げても,全労働者のうち石綿肺であることが確実である者の割合は,④の調査で15.5%,⑤の調査で16.4%,⑥の調査で19.2%,⑦の調査で10.8%であり,また,勤続3年以上の労働者において石綿肺であることが確実である者の割合は,④の調査で45%,⑤の調査で30.6%,⑥の調査で37.9%,⑦の調査で29.6%,⑧の調査で23.4%(泉南地方に限定すると61.4%)であって,全国けい肺巡回検診における軽症も含めたじん肺患者の率が12.3%(前記(1)イ(イ)b),けい特法に基づく健康診断おける有所見者率が11.4%(前記(1)イ(イ)d)であったことに比して石綿肺の発症率はかなりの高率である。また,昭和31年度と昭和32年度の労働省労働衛生試験研究では,石綿粉じん濃度はどの工場も高く,長期間の作業は石綿肺発生必至の状況であること,粉じん濃度が高い職場ほど発症率が高く,また勤務年数が長くなると発症率が上昇し,重症化すること,じん肺患者は機能的体力が劣り,肺活 量の低下が顕著であること,重症のじん肺患者には心肺機能に障害が生じること等が報告されているところ,これらの報告は,労働省の委託研究における報告であるから,被告においてその内容を知悉しているものと認められるし,被告は,上記の報告を踏まえて,粉じんに対する被害の予防と健康管理のため,昭和35年3月に旧じん肺法の制定に至るのであるから,被告が認識していた石綿粉じんによる被害の状況は深刻なものであったことは明らかであり,被告には,昭和34年ころにおいて,適切な石綿粉じん対策が行われなければ,石綿紡織工場を中心とした石綿粉じん作業を行う労働者に,石綿肺に じんによる被害の状況は深刻なものであったことは明らかであり,被告には,昭和34年ころにおいて,適切な石綿粉じん対策が行われなければ,石綿紡織工場を中心とした石綿粉じん作業を行う労働者に,石綿肺による重大な健康被害が生ずることの予見可能性があったというべきである。 (イ) また,石綿が肺がんの原因となることの医学的知見が概ね集積したのは昭和46年ころ,石綿粉じんばく露と中皮腫との関連性に関する医学的知見が概ね集積したのは昭和47年ころであるところ,前記の集積に至る事実関係からすると,被告も当然これらの医学的知見が集積されたことを知っていたことは明らかであり,肺がん及び中皮腫(悪性腫瘍)は,労働者の身体,生命に甚大な被害を与える疾病であるから,この時点において,被告には重大な被害発生に対する予見可能性が存在したことは明らかである。 3 石綿ばく露防止対策の技術的基盤の形成について(争点1-3)(省略) 4 石綿粉じん対策として被告が行ってきた措置と局所排気装置の設置率(省略) 5 被告の省令権限不行使の具体的内容について(争点1-4)(1) 昭和22年(遅くとも昭和35年)の時点における省令制定権限の不行使についてア石綿粉じんによる健康被害を防止するためには,粉じんの発生,飛散,ばく露を防止する必要があり,そのための具体的な対策としては,一般的に,①粉じんの発生の防止(作業工程の機械化,密閉化,工程の湿式化等), ②粉じんの飛散の防止(局所排気装置の設置等),③発生した粉じんからのばく露防止(保護具の使用,専用作業着の着用・管理,作業時間規制等)が考えられ,その他,粉じん対策を行う前提となる安全教育等が考えられるところである。そして,粉じん防止対策は総合的対策であり,これらの対策を総合して労働者の粉じん 業着の着用・管理,作業時間規制等)が考えられ,その他,粉じん対策を行う前提となる安全教育等が考えられるところである。そして,粉じん防止対策は総合的対策であり,これらの対策を総合して労働者の粉じんばく露による健康被害を防止する必要がある。 ところで,石綿粉じんの防止策については,諸外国における研究やわが国の戦前,戦後(昭和35年まで)を通じた研究において,石綿紡織工場等における石綿粉じんの防止策として最も有効な方法は,発生した粉じんを局所において直ちに吸引し,正常化して作業場外に排出する局所排気装置を設置することであると報告されていることは,前述した(3(1)ア)とおりであり,石綿紡織の製造工程が,前提事実3(2)に記載したとおり,各工程において石綿粉じんが飛散するものであることからすると,各工程において石綿粉じんの発散源となる機械に局所排気装置を設置することが,石綿粉じんの防止策として最も有効な方策であると認められる。そこで,まず局所排気装置の設置の義務付けの点から検討する。 イ局所排気装置設置の義務付けについて(ア) 局所排気装置の設置に関しては,昭和22年に,旧労基法の委任を受けた旧安衛則173条が,「粉じんを発散する屋内作業場においては,場内空気のその含有濃度が有害な程度にならないように,局所における吸引排出又は機械若しくは装置の密閉その他新鮮な空気による換気等適当な措置を講じなければならない。」との規定を置いているところ,この規定にいう「局所における吸引排出」が局所排気装置を意味することは,文言上も行政解釈上も明らかである(乙282の1・2)。しかし,局所排気装置は適当な措置の一つとして挙げられているにすぎず,必ずしも局所排気装置を設置することが一律に義務付けられているわけでは なく,また, 釈上も明らかである(乙282の1・2)。しかし,局所排気装置は適当な措置の一つとして挙げられているにすぎず,必ずしも局所排気装置を設置することが一律に義務付けられているわけでは なく,また,局所排気装置の要件や性能についても具体的に定められていなかったことからすると,旧安衛則173条は局所排気装置の設置を罰則をもって義務付ける規定ということはできない。局所排気装置の設置を,初めて罰則をもって義務付けたのは,昭和46年4月28日に制定された旧特化則4条である。 そこで,被告が,旧特化則の制定まで,局所排気装置の設置を罰則をもって義務付けなかったことが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるか否かを検討する。 (イ) 2ないし4に述べたところからすれば,次のことが明らかである。①労働省が昭和31年度から行った労働衛生試験研究等により,石綿紡織工場において,石綿肺が全国的なじん肺の発症率に比してかなりの高率で発生している上,調査をした工場における粉じん濃度はいずれも高く,長期間の作業により石綿肺発生が必至の状況であること,勤務年数が長いほど発症率が上昇し,20年以上勤務する者はほとんど石綿肺に罹患すること,石綿肺の重症者には心肺機能に障碍がみられることなどが報告されており,昭和34年ころには,石綿紡織工場等の労働者の石綿肺罹患の実情が相当深刻なものであることが明らかになっていた。昭和34年ころには,石綿肺が石綿粉じんばく露によって発症することの医学的知見が集積されており,また,そのころ,被告も石綿粉じんによる被害の状況が深刻であることを認識しており,適切な石綿粉じん対策が行われなければ,石綿紡織工場を中心とした石綿工場の労働者に,重大な健康被害が生ずることを予見することができた。②けい肺審議会医学部会は,昭和3 深刻であることを認識しており,適切な石綿粉じん対策が行われなければ,石綿紡織工場を中心とした石綿工場の労働者に,重大な健康被害が生ずることを予見することができた。②けい肺審議会医学部会は,昭和34年9月,石綿を含むあらゆる種類の粉じんの吸入によるじん肺発症の可能性,危険性を肯定し,あらゆる種類の粉じんに対する予防と健康管理の必要性を指摘する意見を公表していた。③昭和32年9月に発行された昭和32年資料によって,石綿紡織工場を含む一般の 作業所であっても局所排気装置を設置し得るだけの技術的基盤が形成され,また,昭和34年当時,労研式塵埃計又は労研式ろ紙塵埃計により,石綿工場における粉じん濃度を測定する技術が形成されており,粉じん濃度の評価指標を定めて局所排気装置の性能要件とすることについても技術的な支障はなかった。④被告は,石綿粉じん対策として,昭和33年通達及び指針に基づいて,石綿に関する作業について局所排気装置を設けることを促進するなど行政指導を行っていたが,局所排気装置の設置には経済的な負担が伴うことから設置の普及は容易ではなく,大阪労働基準局が行った昭和42年の調査では,発散源のうち1か所でも局所排気装置を設置している作業場は,回答を寄せた作業場ですら47.7%程度にすぎず,その当時においても,作業現場における石綿粉じん防止対策は極めて不十分であった。 以上の諸点に照らすと,被告は,石綿粉じんばく露を含むじん肺対策のために旧じん肺法が制定された昭和35年3月31日までに,石綿粉じんばく露の防止策を策定することが強く求められていたというべきであり,殊に,石綿粉じんばく露による健康被害が,不可逆的で重篤化するという特質を有することに照らすと,その対策は喫緊の重要課題であったというべきである。前述のとおり旧労基法が粉じん いたというべきであり,殊に,石綿粉じんばく露による健康被害が,不可逆的で重篤化するという特質を有することに照らすと,その対策は喫緊の重要課題であったというべきである。前述のとおり旧労基法が粉じん等による危害を防止するための具体的措置を省令に包括的に委任した趣旨は,措置の内容が,多岐にわたる専門的,技術的事項であり,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものとするためであるから,主務大臣は,粉じん作業に従事する労働者の生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保するため,同法に基づく省令制定権限をできる限り適時にかつ適切に行使すべきであり,前記のとおり,昭和35年3月31日までには,石綿紡織工場等の石綿工場に局所排気装置を設置すること及び粉じん濃度の評価指標を設定して局所排気装置の性能要 件を定めることがいずれも技術的に可能であったのであるから,労働大臣は,旧安衛則を改正するか,新たな省令を制定することによって,罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けるべき状況にあったというべきである。そして,上記の時点までに,労働大臣の省令制定権限が適切に行使されていれば,それ以降の石綿工場で働く労働者の石綿関連疾患の被害拡大を相当程度防ぐことができたものということができる。 本件における以上の事情を総合すると,昭和35年4月1日以降,昭和46年4月28日に旧特化則を制定するまで,労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったことは,その趣旨,目的に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国賠法1条1項の適用上違法というべきである。 (2) 昭和47年の時点における省令制定権限の不行使についてア前記2ないし4に認定のとおり,昭和46年ころ,わが国において,石綿粉 のであって,国賠法1条1項の適用上違法というべきである。 (2) 昭和47年の時点における省令制定権限の不行使についてア前記2ないし4に認定のとおり,昭和46年ころ,わが国において,石綿粉じんばく露によって肺がんが発症することの医学的知見が概ね集積し,昭和47年ころには,石綿粉じんばく露と中皮腫との関連性に関する医学的知見が概ね集積し,そのころ,被告においても,重大な被害発生に対する予見可能性が存在した。そして,被告は,昭和46年通達(同年1月5日付け基発1号。乙167)を発出して,「石綿粉じんを多量に吸入するときは,石綿肺をおこすほか,肺がんを発生することもあることが判明し,また,特殊な石綿によって胸膜などに中皮腫という悪性腫瘍が発生するとの説も生まれてきた」ことを指摘して,石綿による疾病を予防するため,局所排気装置の設置等に向けた監督指導を行うよう都道府県労働基準局長に指示し,同年4月28日に制定された旧特化則において,石綿粉じんが発散する屋内作業場における当該発散源への局所排気装置の設置を義務付け(4条),その性能要件として抑制濃度(1㎥当たり2mg)を採 用し,局所排気装置の設置を罰則をもって義務付けた。また,昭和47年に安衛法,安衛則及び特化則が制定,施行され,上記の規制がおおむね引き継がれるとともに,健康管理手帳制度の創設や定期自主検査等の新たな措置が定められた。被告は,その後も特化則の改正等により,石綿に対する対策を行った。 これに対して,原告らは,被告が行ってきた措置には不備が多く,昭和47年の時点で原告らが主張する省令制定権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠くと主張するので検討する。 イ局所排気装置に関する義務付けについて(ア) 原告らは,旧特化則は,局所排気装置の設置を義務付け 主張する省令制定権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠くと主張するので検討する。 イ局所排気装置に関する義務付けについて(ア) 原告らは,旧特化則は,局所排気装置の設置を義務付けたもののフードの設置位置が明確ではなく,また,「局所排気装置の設置が著しく困難なとき」という除外規定が存在したため,局所排気装置の設置率が上昇しなかったと主張する。 旧特化則6条1項1号は,フードの要件について「フードは,粉じんの発散源ごとに設けられ,かつ,外付け式又はレシーバ式のフードにあっては,当該発散源にできるだけ近い位置に設けられていること」とするのみで,フードの設置位置について具体的な規定をおいているわけではない。しかし,フードの設置位置は,作業内容,機械の形状,作業者の作業位置,粉じんの発散量など様々な要素によって異なるため,省令によって具体的な設置位置を定めることは困難であると解される。また,旧特化則の施行通達である昭和46年5月24日付け基発第399号「特定化学物質等障害予防規則の施行について」(乙168)は,「当該発散源にできる限り近い位置に設ける」とは「局所排気装置の吸引効果は,フード開口面と発散源との間の距離の2乗に比例して低下することから,フードが十分に機能するようフード開口面と発散源を近づけることをいう」と具体的な説明を加えているから,これも考慮すると上記 規定が明確でないとはいえない。 また,上記施行通達は,「局所排気装置の設置が著しく困難なとき」について,「種々の場所で短期間ずつ出張して行う作業の場合又は発散源が一定していないために技術的に設置が困難な場合があること」と例示しているところ,上記のような理由等から設置が著しく困難な場合もあり得ることからすると,除外事由を設けておくことが著しく合理性を 源が一定していないために技術的に設置が困難な場合があること」と例示しているところ,上記のような理由等から設置が著しく困難な場合もあり得ることからすると,除外事由を設けておくことが著しく合理性を欠くと認めることはできない。また,例外事由の定めがあることが局所排気装置の設置率が上昇しない理由であることを証する証拠もないから,いずれにしても原告らの主張は採用することができない。 (イ) また,原告らは,被告が旧特化則によって局所排気装置の性能要件である抑制濃度を定めたものの抑制濃度の規制を強化しなかったことが違法であるとして,①粉じんの測定方法を2年以上定めなかったことや,②昭和47年に定めた抑制濃度の数値(1㎥当たり2㎎)やその後に改訂された数値が,著しく合理性を欠くと主張する。 ①の点については,(ア)に記載した施行通達によると,旧特化則6条2項の局所排気装置の能力の具体的判定方法については「追って示す」とあるところ,昭和48年7月11日付け基発407号(乙56)は,抑制濃度を,1㎤当たり5本(約1㎥当たり0.3㎎)に強化するとともに,測定方法は,メンブランフィルター法とエックス線回析法と定めているから,抑制濃度の具体的な測定方法が示されたのは旧特化則の制定(昭和46年4月28日)から2年後であったことになる。しかし,それ以前であっても,従前から存する測定方法を用いて濃度の測定を行うことは可能であったし,旧特化則4条,6条の施行日は昭和47年5月1日であるから,上記のとおり具体的な測定方法が示されたのは,施行日から見ると約1年後に過ぎない。したがって,上記の時期に具体的な測定方法を示したことが直ちに著しく合理性を欠くと認めることはできない。 ②の点については,前記(3(1)ウ,エ)のとおり,被告は,昭和46年に に過ぎない。したがって,上記の時期に具体的な測定方法を示したことが直ちに著しく合理性を欠くと認めることはできない。 ②の点については,前記(3(1)ウ,エ)のとおり,被告は,昭和46年に旧特化則を制定して局所排気装置の性能要件としての抑制濃度を1㎥当たり2㎎(1㎤当たり33本に相当)と定め(昭和46年労働省告示第27号),その後,抑制濃度につき,昭和48年には1㎤当たり5本(昭和48年7月11日付け基発第407号),昭和50年には1㎤当たり5本(昭和50年労働省告示第75号),昭和51年には1㎤当たり2本(クロシドライトについては1㎤当たり0.2本)(昭和51年5月22日付け基発第408号)等と順次規制を強化している。そして,昭和46年に定めた抑制濃度の値は,昭和44年に改正された英国アスベスト産業規則の規制値(クロシドライト以外の石綿は1㎤当たり2本又は1㎥当たり0.1㎎,クロシドライトは1㎤当たり0.2本又は1㎥当たり0.01㎎)に比べると,数値の点においても,濃度測定の対象が吸入性粉じんであった点においても緩和された規制ではあるものの,昭和40年に日本産業衛生協会が勧告し,労働環境技術基準委員会が同学会の勧告濃度によることが適当との報告をした濃度に等しく,また,昭和48年及び昭和50年に改訂した抑制濃度の値は,昭和49年にACGIHが勧告した石綿に対するTLVの数値に等しく,昭和51年に改訂した抑制濃度の値は,昭和48年に日本産業衛生学会が勧告していた許容濃度の数値(英国のアスベスト産業規則の規制値とも基本的に同じ。)と等しいことからすれば,被告は,日本産業衛生学会(旧日本産業衛生協会)の許容濃度やACGIHのTLV勧告値に合わせた規制を順次行っていたものと認められる。日本産業衛生学会及びACGIHは,いずれも専 しいことからすれば,被告は,日本産業衛生学会(旧日本産業衛生協会)の許容濃度やACGIHのTLV勧告値に合わせた規制を順次行っていたものと認められる。日本産業衛生学会及びACGIHは,いずれも専門家によって組織されており,これらが勧告する許容濃度及びTLVの値は一定の信頼性を有すると認められることからすれば,昭和51年の改定までは上記英国アスベスト産業規則の規制値に比して緩和された規制値であったとしても,被告が定めた抑制濃度の値 が著しく合理性を欠くということはできない。 ウ密閉・機械化,工程間分離の義務付けについて(省略)エ防じんマスクに関する義務付けについて(省略)オ専用の作業着の着用,保管の義務付けについて(省略)カ作業時間規制の義務付けについて(省略)キ作業環境に関する基準濃度を設定し,定期的な粉じん測定と報告とを義務付けなかった義務違反について(ア) 原告らは,抑制濃度は作業環境の粉じん濃度指標ではなく,これに代替できないにもかかわらず,安衛法が昭和47年に作業環境測定を義務付けた後,被告が粉じん濃度の評価指標を通達で定めたのは,昭和59年であり(同年2月13日付け基発第69号「作業環境の評価に基づく作業環境管理の推進について」),法令によって定めたのは昭和63年であって(昭和63年法律第37号による安衛法の改正,同年労働省告示第79号「作業環境評価基準」),あまりに遅すぎ著しく不合理であると主張する。 確かに,前提事実6(8)ウのとおり,昭和47年に制定された安衛法,安衛令及び特化則は,事業者に対して,定期的に粉じん濃度の測定を義務付けたが(安衛法65条,安衛令21条7号,特化則36条),粉じん濃度の測定結果を評価するための濃度指標は,昭和59年に「作業環境の 衛令及び特化則は,事業者に対して,定期的に粉じん濃度の測定を義務付けたが(安衛法65条,安衛令21条7号,特化則36条),粉じん濃度の測定結果を評価するための濃度指標は,昭和59年に「作業環境の評価に基づく作業環境管理の推進について」(同年2月13日付け基発第69号)において,管理濃度として示され(石綿については1㎤当たり2本),法令によって定められたのは昭和63年の安衛法の改正により,労働大臣が作業環境測定の客観的な評価基準を定めるものとされ,「作業環境評価基準」(石綿については1㎤当たり2本,クロシドライトについては1㎤当たり0.2本)が定められたときである(昭和63年法律第37号による改正後の65条の2,同年労働省告示第79 号)。そして,証拠(甲ア58,79の21)及び弁論の全趣旨によれば,上記管理濃度が示されるまでは,局所排気装置の性能要件である抑制濃度が,作業環境に関しても粉じん濃度を評価するための指標とされ,行政指導において用いられていたことが認められる。 しかしながら,抑制濃度は局所排気装置のフードの外側の濃度であり,作業者が実際に作業を行う作業環境の気中濃度と必ずしも一致しないものの,一般的に局所排気装置のフードの外側は,作業所の中でも粉じん濃度が最も高度になる傾向にあると考えられるから,抑制濃度を指標とすることで,作業場内の粉じん濃度も間接的に管理することができると解される。 また,安衛法65条の作業環境測定は,制定された当初から,測定された濃度を評価して,その後の作業環境の管理に利用することを目的としていたものと解されるところ,そのための濃度の指標については,昭和46年に労働環境技術基準委員会が示した抑制の濃度の考え方があったものの,その内容は労働者のばく露限界である許容濃度に基づいており,必ずし ものと解されるところ,そのための濃度の指標については,昭和46年に労働環境技術基準委員会が示した抑制の濃度の考え方があったものの,その内容は労働者のばく露限界である許容濃度に基づいており,必ずしも作業場の管理に適した概念ではなかった。そして,作業環境の管理のための概念として,輿博士が「管理濃度」の概念を提唱したのが昭和51年であり,昭和52年に労働省内に設置された「作業場の気中有害物質の濃度管理基準に関する専門家会議」が検討を進め,第1次報告書を提出したのが昭和55年,その後の同会議における検討結果を踏まえて,管理濃度を示した通達(昭和59年2月13日付け基発第69号「作業環境の評価に基づく作業環境管理の推進について」乙58)が発出されたのは昭和59年であるから,旧特化則が制定された昭和46年当時は,作業場の環境管理に用いるために適切な粉じんの濃度指標は研究途上にあったのであり,上記の検討結果を踏まえて昭和59年に通達によって石綿の管理濃度を示したことが,直ちに遅すぎるとはいえ ない。また,上記のとおり,昭和59年まで抑制濃度を作業環境における粉じんの濃度指標として用いたことにも合理性を肯定することができ,前記のとおり抑制濃度の規制が順次強化されていったことからしても,昭和59年に濃度指標を定めた措置が著しく合理性を欠くと認めることはできない。 (イ) また,原告らは,測定結果の報告を義務付けなかったことが著しく合理性を欠くと主張する。 確かに,事業者に対して定期的な測定結果につき報告義務を課すことは,測定義務の履行を確保する上で効果的であり,かつ,容易に実施し得る方法であると解される。しかし,測定義務の履行確保の手段は,事業者に対して測定結果の報告義務を課すことに限られるものではなく,様々な方法が存在すると解される 上で効果的であり,かつ,容易に実施し得る方法であると解される。しかし,測定義務の履行確保の手段は,事業者に対して測定結果の報告義務を課すことに限られるものではなく,様々な方法が存在すると解される。安衛法119条1号は,事業者が作業場の粉じんの気中濃度の定期測定義務に違反した場合に刑事罰(6月以下の懲役又は5万円以下の罰金)を課すという履行確保のための最も直接的な措置を講じている。また,証拠(乙278,279,285ないし291)及び弁論の全趣旨によれば,岸和田労働基準監督署は,安衛法の施行後,泉南地域の石綿工場に対して,労働基準監督制度に基づく労働基準監督官による臨検監督を相当回数実施し,作業環境測定の実施とその記録に係る法令違反があった場合の指摘を行っている事実が認められ(昭和49年11月26日から平成13年3月31日までの間に,岸和田労働基準監督所管内の合計75事業場に対し941件の臨検監督を実施し,作業環境測定の実施とその記録に係る違反について合計167件の違反を指摘している。),この事実からすると,全国的にも労働基準監督官による臨検監督が行われ,作業環境測定の実施とその記録に係る監督指導が行われていたものと認められる。労働基準監督官は,事業場への立入り,関係者に質問し,帳簿等を検査する権限を有し,安衛 法違反事件に関する捜査権限や作業の停止命令,建設物等の使用の停止命令等の権限を有しているところ(安衛法92条,98条),このような労働基準監督官による臨検監督は,事業者の作業環境測定義務の履行を確保するために一定の効果を有するものと認められる。以上の事情にかんがみると,事業者による作業環境測定義務の履行確保のために効果を有する措置が講じられていたというべきであり,さらに省令によって事業者に対する測定結果の報告義務を るものと認められる。以上の事情にかんがみると,事業者による作業環境測定義務の履行確保のために効果を有する措置が講じられていたというべきであり,さらに省令によって事業者に対する測定結果の報告義務を課さなかったことが著しく合理性を欠くと認めることはできない。 (ウ) さらに,原告らは,被告が,作業環境の気中濃度が抑制濃度の数値を上回った場合の改善措置を事業者に対して法令上義務付けなかったことが著しく合理性を欠くと主張する。しかし,気中濃度の粉じん濃度が抑制濃度を上回った場合には,作業場内で最も粉じん濃度が高い傾向にある局所排気装置のフードの外側の濃度も抑制濃度を上回るものと推認され,その場合には,当該作業場に設置された局所排気装置が性能要件を満たさないことになり,事業者が局所排気装置の性能改善義務を法令上負うことなる。したがって,作業環境の気中濃度が抑制濃度を上回った場合には,事業者によって局所排気装置の性能改善が行われ,これによって作業環境の気中濃度も改善されることを期待することができると解される。また,作業場の気中濃度が抑制濃度を上回った場合には,労働基準監督署から事業者に対して,設備の整備,作業方法の改善等の措置を講ずるよう指導がされているものと認められる(昭和46年5月24日付け基発399号「特定化学物質等障害予防規則の施行について」Ⅵ3(5)。乙168)。これらの事情からすると,作業環境の気中濃度が抑制濃度を上回った場合の改善措置を事業者に対して義務付けなかったことが著しく合理性を欠くと認めることはできない。 ク特別安全教育,特別健康診断実施の義務付けについて(省略) ケ以上のとおり,昭和47年の時点における省令制定権限の不行使について,原告らの主張はいずれも理由がない。 第2 毒劇法における政 教育,特別健康診断実施の義務付けについて(省略) ケ以上のとおり,昭和47年の時点における省令制定権限の不行使について,原告らの主張はいずれも理由がない。 第2 毒劇法における政令制定権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無について(争点2)(省略)第3 情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反を理由とする国家賠償責任の有無について(争点3) 1 原告らは,憲法上の基本権保護義務や各省庁設置法等を根拠として,被告が元従業員らに対して,石綿の危険性に関する情報を提供することを怠ったことが国賠法1条1項上違法であると主張する。 しかし,憲法や各省庁設置法は,公務員や行政機関がする行為の具体的な権限を根拠付ける規定ではなく,被告による石綿の危険性に関する情報提供を法的義務として規定する法律は存在しない。また,労働者が業務の遂行に当たり取り扱う原材料等の危険性,有害性に関する情報は,事業者が労働者に対し,安全衛生教育を通じて伝えるべきものである(旧労基法50条,旧じん肺法6条,安衛法59条等)。 したがって,被告が,石綿の危険性に関する情報を,直接国民に提供する場合には,どのような内容をいかなる方法で行うかは,基本的には被告の裁量に委ねられた事項というべきであるが,被告が危険性に関する情報を独占しており事業者もこれを知り得ないことから,被告においてその危険性を国民に対して積極的に提供しないと国民の生命,健康に対して重大な危険を及ぼすおそれがある場合であるのに,一切の情報提供を行わないなど,行政による情報提供の在り方として,当不当の範囲を超えて,その裁量の範囲を著しく逸脱したと認められる場合には,これを違法として損害賠償義務を肯定できないわけではないと解される。原告らの主張もこのような見地からの主張を含むものと解す ,当不当の範囲を超えて,その裁量の範囲を著しく逸脱したと認められる場合には,これを違法として損害賠償義務を肯定できないわけではないと解される。原告らの主張もこのような見地からの主張を含むものと解する余地があるので検討する。 前記認定判断のとおり,昭和34年ころに石綿肺についての医学的知見が集 積し,被告は石綿肺の被害の状況が深刻であることも認識したのであるが,被告は,粉じん対策として,すでに,使用者に対して,防じんマスクの備付け(旧安衛則181条,184条),粉じんを発散する場所における業務に常時従事する労働者に対する定期健康診断の実施(旧安衛則49条2項),安全教育の実施(旧労基法50条)を義務付け,労働者には防じんマスクの使用を義務付ける(旧安衛則185条)等の措置を行っており,昭和34年以降も,昭和35年に成立した旧じん肺法において,じん肺の予防及び健康管理に関し必要な教育の実施義務(旧じん肺法6条),じん肺健康診断の実施義務(旧じん肺法7ないし9条),関係労働者の受診義務(旧じん肺法11条)を定めていたのであり,これらの規制と事業者に対する行政指導を通じて,じん肺の危険性に関する情報が労働者に及ぶよう措置されていたということができるのであるから,被告において情報提供を行っていなかったとはいえない。また,昭和35年の時点で,石綿粉じんの危険性に関する民間の研究者による複数の研究報告があるほか,新聞誌上で石綿粉じん作業歴のある者が石綿肺に罹患していることが報道されており,被告が危険性に関する情報を独占していたという事情も存在しないことを考慮すると,石綿肺についての医学的知見が集積した後における被告の情報提供の在り方が,その裁量の範囲を著しく逸脱していたと解することはできない。 また,石綿が肺がんの原因になることの医学的 いことを考慮すると,石綿肺についての医学的知見が集積した後における被告の情報提供の在り方が,その裁量の範囲を著しく逸脱していたと解することはできない。 また,石綿が肺がんの原因になることの医学的知見が確立したのは昭和46年ころであるところ,被告は,昭和46年通達を発出して,石綿に発がん性があることが判明し中皮腫発症の疑いも生じたことを指摘して,労働基準監督署に対し,事業者に対する監督指導を強化し,じん肺健康診断を完全実施させる等の措置を執るよう指示したこと,その後,同年4月に旧特化則を制定して,局所排気装置等の設置,石綿の濃度測定の実施,関係者以外の作業場への立入禁止等の規定を置いたこと,昭和50年には特化則を改正して,石綿の吹きつけ作業を禁止するとともに,石綿等の製造に従事する労働者に特殊健康診断等 を義務付けたこと,昭和51年には,通達により,都道府県労働基準局長に対して,関係者に対する石綿の有害性の周知を図ることなどを指示したこと,以上の措置を執ったことが認められるのであって,これらの措置からすると,被告は,石綿の発がん性が判明した後,労働基準監督署による指導監督と事業者を通じた石綿の発がん性の周知を図っていたものと認められる。また,昭和46年当時も,石綿の発がん性に関する民間の研究者による研究報告があったほか,新聞誌上で石綿の発がん性が報道されており,石綿の発がん性に関する情報を被告が独占していたという事情も存在しないことを考慮すると,上記のような方法による周知も,被告の情報提供の在り方として,その裁量の範囲を著しく逸脱していたと解することはできない。 したがって,情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反を理由とする原告らの請求は理由がない。 2 もっとも,法律上情報提供が義務付けられていなかったとしても,福祉 いたと解することはできない。 したがって,情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反を理由とする原告らの請求は理由がない。 2 もっとも,法律上情報提供が義務付けられていなかったとしても,福祉的立場から,被告において,広く国民一般に対し,石綿の危険性に関する情報を提供し,国民を啓蒙することは,行政機関の広報ないし情報提供のあり方として,望ましい措置であったと解される。そして,証拠(甲ア79,原告らの陳述書,本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,少なくとも昭和40年代ころまでは,泉南地域の石綿労働者は,石綿粉じんの危険性に対する認識が乏しく,泉南地域を管轄する労働基準監督署も,そのことを事業者に対する指導監督を通じて知っていたことが認められる。そして,証拠(原告らの陳述書,原告本人)によると,労働者に石綿粉じんの危険性に対する認識が乏しかった原因の一つは,石綿粉じんの危険性を警告する公の情報に触れる機会に乏しかったからであると推認されるのであるから,被告が,石綿粉じんの危険性に関する情報を,直接,石綿労働者を含む国民に提供して啓蒙しておれば,局所排気装置の義務付けが行われず被告の省令制定権限の不行使が違法とされる期間においても,労働者自身が石綿粉じんによる健康被害を防止するために防じんマスク の着用を励行するなどの防止行動を取る強い動機付けとなり,被害の拡大を防ぐことができた可能性があると解することができる。したがって,上記の期間中,被告が石綿粉じんの危険性に関する情報を,国民に対する情報提供,啓蒙活動を通じて,石綿工場で働く労働者に直接提供しなかったことは,被告の省令制定権限不行使の違法性に関する一事情として,慰謝料算定の際に考慮することができるものと解される。 第4 各原告に対する被告の責任及び損害 1 亡Fに対 働者に直接提供しなかったことは,被告の省令制定権限不行使の違法性に関する一事情として,慰謝料算定の際に考慮することができるものと解される。 第4 各原告に対する被告の責任及び損害 1 亡Fに対する被告の責任について(争点4)(1) 亡Fとの関係で被告が国賠法1条1項の責任を負うかア亡Fの勤務状況及び石綿粉じんばく露歴(省略)イ被告に労働関係法に基づく省令制定権限不行使の違法があったか(ア) 本件各運送会社に対する省令制定権限の不行使について原告らは,被告が,旧労基法及び安衛法に基づく省令制定権限を行使して,本件各運送会社に対して,粉じんばく露防止措置,具体的には,従業員に石綿原料を搬送,積み込み,積み下ろしする作業に従事させる場合の防じんマスクの着用の義務付けや石綿粉じんの危険性についての特別教育実施を義務付けるべきであったのにこれを怠ったことが著しく合理性を欠くと主張する。 しかし,前提事実6(2),(8)に記載したとおり,防じんマスクに関しては,旧安衛則及び安衛則が,事業者に対して,「粉じんを発散し有害な場所における作業」(旧安衛則。安衛則では「粉じんを発散する有害な場所における業務」との表現であるが同義である。)に従事する労働者に使用させるための呼吸用保護具の備え付けを義務付けるとともに,労働者に対して,粉じん作業中の保護具の着用義務を課しているところ(旧安衛則181条,184条,185条,安衛則593条,596条,597条),石綿の積み込み及び積み 下ろし作業も,「粉じんを発散し有害な場所における作業」に該当すると解されるから,被告は,省令をもって本件各運送会社に対する石綿原料を運搬する従業員が着用するための防じんマスクの備え付け義務及び石綿原料の 業も,「粉じんを発散し有害な場所における作業」に該当すると解されるから,被告は,省令をもって本件各運送会社に対する石綿原料を運搬する従業員が着用するための防じんマスクの備え付け義務及び石綿原料の運搬作業に従事する労働者に対する防じんマスクの着用義務を課していたものと認められる。そして,さらに被告が省令によって使用者に対して労働者に防じんマスクを着用させる義務を課していないことが著しく合理性を欠くとは認められないことは,前述(第3章第1の5(1)ウ(イ),(2)エ)したところと同様である。 また,特別安全教育に関する原告らの主張が採用できないことは,前述(第3章第1の5(1)ウ(カ),(2)ク)したところと同様である。 したがって,被告に本件各運送会社に関して省令制定権限を行使しなかったことが違法であるとの原告らの主張は採用できない。 (イ) 本件各石綿工場に対する省令制定権限の不行使についてa 前述(第3章第1の1)に記載したとおり,旧労基法と安衛法が事業者が講ずべき措置の具体的内容を省令に委任した趣旨は,粉じん作業等に従事する労働者の労働環境を整備し,その生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保することを目的としている。そして,ここにいう事業者とは労働者を使用している者を意味し,労働者とは事業者に使用され,賃金を支払われる者を意味するから(安衛法2条参照),労働大臣が有する省令制定権限は,上記の意味の労働者のために行使されるものと解される。 ところが,亡Fは,本件各運送会社の従業員として,本件各石綿工場内で石綿の搬入作業を行っていたのであり,本件各石綿工場との間の雇用関係はない。そこで,労働大臣の規制権限の不行使が,亡Fに対する関係でも違法の評価を受ける余地があるか否か につき検討する。 b 前 搬入作業を行っていたのであり,本件各石綿工場との間の雇用関係はない。そこで,労働大臣の規制権限の不行使が,亡Fに対する関係でも違法の評価を受ける余地があるか否か につき検討する。 b 前記アで認定したとおり,亡Fは,a社及びb社で勤務していた当時,石綿原料を本件各工場に運送するたびに,本件各石綿工場内に運び込む作業に従事していた。工場内に石綿原料を搬入する作業は,石綿工場において不可欠な作業であり,本件各石綿工場の事業者は,自己が運送を発注した運送業者の社員である亡Fが,石綿を運送してくるたび,本件各石綿工場内に石綿を搬入していること及びその作業に要する時間(c社では2時間から3時間,d社では1時間から2時間)についても知悉していたものと推認することができる。このように石綿工場の業務に不可欠の作業のために,継続的に作業場内に立ち入り,相当な時間にわたって作業をしている発注先の従業員がおり,そのことを事業者において認識している場合には,事業者は,当該従業者を自己が雇用している労働者と同視して,粉じんによる健康被害を防止するための必要な措置を講ずる旧労基法又は安衛法上の義務を負っているものと解すべきである。安衛法31条は,注文者が,その仕事を行う場所において建築物等を請負人の労働者に使用させる場合には,当該建築物について労働災害防止のため必要な措置を講じなければならないと規定しており,その趣旨は,請負人においては当該建築物について管理権がないため,自ら労働災害防止上必要な措置を講じることが困難であるため,注文者に措置義務を課すこととしたものであると解されるところ,本件においても,本件各運送会社が本件各石綿工場について粉じんによる健康被害を防止するための措置を講ずることは事実上不可能であるから,同条と同様に,本件各石綿工場 したものであると解されるところ,本件においても,本件各運送会社が本件各石綿工場について粉じんによる健康被害を防止するための措置を講ずることは事実上不可能であるから,同条と同様に,本件各石綿工場の事業者が,上記措置義務を負っているものと解するのが相当である。 c そうすると,労働大臣は亡Fとの関係においても,省令制定権 限を有しており,その不行使の違法は他の原告らと同様に論ずることができるというべきである。 (2) 亡Fが石綿肺に罹患したと認められるか(省略) 2 各原告の損害と遅延損害金について(総論)(争点5・総論)(1) 因果関係,予見可能性についてア前述のとおり,労働大臣が昭和35年4月以降,昭和46年4月28日の旧特化則の制定に至るまで(以下,この期間を「被告の責任期間」という。),省令制定権限を行使して局所排気装置の設置を義務付けなかったことは国賠法1条1項の適用上違法であり,そのために石綿関連疾患の被害増大を招いたということができる。 イ被告の責任期間と原告らの石綿関連疾患との因果関係について被告の責任期間内において石綿工場で石綿粉じんにばく露していた元従業員らが罹患した石綿関連疾患と被告の省令権限不行使との間には因果関係が認められる。しかし,被告の責任期間内において石綿工場に勤務していない元従業員らについては,同人が罹患している石綿関連疾患と被告の省令制定権限不行使との間に因果関係を認めることができない。 ウ予見可能性について前述のとおり,石綿ばく露により石綿肺が発症することについて医学的知見が集積していたのは昭和34年ころであり,石綿粉じんばく露と肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚との関連性に関する医学的知見が集積したのは昭和46年ころ以降であるから,被告の責任期間にお 医学的知見が集積していたのは昭和34年ころであり,石綿粉じんばく露と肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚との関連性に関する医学的知見が集積したのは昭和46年ころ以降であるから,被告の責任期間においては,石綿ばく露により石綿肺が発症することについて医学的知見は集積していたが,石綿粉じんばく露と肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚との関連性に関する医学的知見はまだ集積していない。 しかしながら,石綿肺の発症と石綿ばく露濃度には量-反応関係があ り,ばく露量,ばく露期間が長いほど重症化することは,前記(第3章第1の2(1)イ(イ)i)のとおり,昭和31年度から昭和34年度までに行われた労働省労働衛生試験研究において報告されており,石綿肺が重症化すると合併症を併発して死亡する例も多いと推測されることは,同研究の昭和32年度の実態調査が指摘するところである(第3章第1の2(1)イ(イ)i(c))。したがって,昭和35年当時において,石綿肺は重症化すれば死に至る可能性がある疾病であることは知られていたというべきであり,被告においてもその認識があったというべきである。そうすると,被告は,石綿粉じんにばく露することによって,労働者の健康,生命に重大な損害が生ずる危険性があることは予見していたというべきであり,実際に罹患した疾病が肺がん,中皮腫やびまん性胸膜肥厚であったとしても,上記予見の範囲に含まれると解すべきであって,被告が省令制定権限を行使して局所排気装置の設置を義務付けていれば,労働者の石綿ばく露量が一定程度抑制され,これにより肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚の発症可能性が低減したということができるのである。 したがって,肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚による損害についても,被告の予見可能性は否定されるものではない。 (2) びびまん性胸膜肥厚の発症可能性が低減したということができるのである。 したがって,肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚による損害についても,被告の予見可能性は否定されるものではない。 (2) 被告の責任の範囲について労働者が石綿関連疾患に罹患しあるいはその症状が増悪することがないようにすべき最終的責任を負うのは,いうまでもなく使用者であり,被告は,使用者の上記責任を前提として,省令等によって使用者に対して国家に対する義務を課し,その実効性を罰則や行政指導によって確保するものであること,被告は石綿関連疾患の発生防止のために,ある程度省令制定権限を行使し,労働基準監督制度等を利用した行政指導も行っていること,違法と評価される部分は一部に限定されること,違法とされる期間も一部に限定されること,被告の省令制定権限不行使の違法がなければ元従業員らの損害がすべ て回避できたとはいえないこと,これらの事情を総合考慮すると,損害の公平な分担の見地から,被告は,被告の責任が肯定される原告らに対し,その損害の3分の1(計算上端数がある場合は円未満を切り捨てる。以下同じ。)を限度として賠償すべき義務があるとするのが相当である。 (3) 包括一律請求について原告らは,本件各請求において,被告の省令制定権限の不行使により,元従業員らが受けた損害は,社会的,家庭的,経済的損害等多岐にわたるところ,これらの損害は,それぞれ別個独立に存在するものではなく,相互に影響し合って被害を相乗的に拡大し,また,複雑かつ深刻なものとしているから,被害全てを総体として有機的に関連させてとらえる必要があり,さらに,個別具体的な損害の立証を要するとした場合の立証の困難や訴訟の長期化といった弊害を避けるために,将来被告に対して財産的損害の賠償請求をしな を総体として有機的に関連させてとらえる必要があり,さらに,個別具体的な損害の立証を要するとした場合の立証の困難や訴訟の長期化といった弊害を避けるために,将来被告に対して財産的損害の賠償請求をしないことを訴訟上明確に宣明して,いわゆる包括一律請求として原告らが被った精神的損害以外の損害を加味した慰謝料を請求している。 原告らの本件各請求は,原告らの被る財産的損害が性質上その額の立証の困難なものがかなりの割合を占めていることにかんがみ,個別に財産的請求を行わない代わりにこれらの財産的損害をも慰謝料額算定の事情として考慮することとして,被告の省令制定権限不行使により原告らが被った全損害として慰謝料の支払を求めるものと解される。そして,慰謝料額の算定に当たっては包括的評価が避けられないこと,元従業員らが受けた被害は長期間にわたり継続し,その症状も一様でなく,症状に応じて被害内容も多種多様に変化することが想定され,これを個別に立証することは困難を伴うだけでなく,いたずらに審理を長期化させ,被害者救済を遅らせることにもなりかねないこと,本件のように同一原因による労働災害の場合,罹患疾病に共通性があり,被害内容をある程度類型化することが可能であること,その上で被害者側に控えめな類型的損害を算定し,それでも当該類型に当てはめること に問題がある場合は,個別に増減額として調整することとすれば,加害者側にとっても,類型化された損害の評価についてある程度の防御をすることも可能であるし,個別の減額要因の主張立証も可能であるから,不当に不利益を課することにはならないこと,以上の事情に照らすと,本件の場合,包括一律請求も許されると解すべきである。 (4) 慰謝料額の算定についてアそこで,上記のような観点に立って,本件における慰謝料の基準 ならないこと,以上の事情に照らすと,本件の場合,包括一律請求も許されると解すべきである。 (4) 慰謝料額の算定についてアそこで,上記のような観点に立って,本件における慰謝料の基準額と個別の要因について検討する。 前提事実4に記載したとおり,石綿肺に罹患すると,自覚症状としては,労作時の息切れ,咳,痰がみられ,病状が進行すると安静時でも息切れがして常時酸素吸入が必要となることもある。石綿肺は,石綿ばく露を離れても進行する(進行性)。続発性気管支炎から重篤な気管支肺炎に進行し,死亡に至る例もある。石綿肺の治療としては,咳,痰に対する鎮咳剤や去痰剤等投与,酸素吸入等の対処療法以外になく,本質的な治療方法はない(不可逆性)。また,石綿肺罹患者は,肺がんや中皮腫のリスクが高い。 石綿ばく露に関連する肺がんは,一般の肺がんと同様に,浸潤性増殖を生じ,血痰,慢性的な激しい咳,喘鳴,胸痛,体重減少,食欲不振,息切れ等の症状を引き起こすほか,全身の臓器に移転するおそれがあり,5年生存率は15%以下という非常に予後が悪い疾患である。 石綿ばく露に関連する中皮腫の初発症状は,労作時の息切れ,胸痛のほか,咳,発熱,全身倦怠感,体重減少であるが,中皮腫に対して標準的といえる治療法はなく,2年生存率は30%,平均余命の中央値は15か月という非常に予後の悪い疾患である。 石綿ばく露に由来するびまん性胸膜肥厚は,初期は,無症状か軽度の労作時呼吸困難にとどまるが,進行すると著しい肺機能障害をきたし,慢性呼吸不全状態になれば,在宅酸素療法の適応となり,継続的治療が必要と なる。また,びまん性胸膜肥厚有所見者は,中皮腫のリスクが高い。 そして,証拠(原告らの陳述書及び原告本人尋問)及び弁論の全 態になれば,在宅酸素療法の適応となり,継続的治療が必要と なる。また,びまん性胸膜肥厚有所見者は,中皮腫のリスクが高い。 そして,証拠(原告らの陳述書及び原告本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば,元従業員らは,等しく石綿関連疾患に起因すると考えられる息切れ,呼吸困難があり,日常生活において,外出や散歩,入浴,排泄にすら困難を来す者もいる。また,元従業員らは,普段から咳や痰に苦しんでいるが,風邪をひきやすく,治りにくくなり,風邪をひくと一層咳や痰に苦しみ,安眠できず,介抱する家族も十分な睡眠をとれない状態になる。石綿関連疾患が快方に向かう見込みはなく,元従業員らの中には,次第に悪化し,やがて寝たきりとなり,常時酸素吸入を必要とする様になり,ついには苦しみのうちに死を迎えた者もいる。そのため,現在生存している元従業員らも,一様に将来の健康に強い不安を感じて生活をしている。以上のとおり,元従業員らは,石綿関連疾患に罹患したことにより強度の精神的苦痛を被ったものと認められる。 さらに,元従業員らは,石綿疾患に罹患したことにより稼働することが困難となって収入の道が途絶えたり,治療費の支払を余儀なくされたりするなど,相当額の財産的損害を被っていると解されるところ,原告らは財産的損害については他に請求しないことを宣明していることも考慮する必要がある。 また,石綿肺のうち,じん肺管理区分の管理2又は3で合併症がない場合は,特段の支障がなく日常生活を送ることができる例もあるが,中には,日常的に咳や痰などの症状が存する者もおり,生活上全く支障がないとは言えないこと,現実に療養を必要とする段階に至らなくても,不治の病に罹患し,それが進行していくおそれが高いことによる将来の不安自体,軽度のものといえないから,管理2又 おり,生活上全く支障がないとは言えないこと,現実に療養を必要とする段階に至らなくても,不治の病に罹患し,それが進行していくおそれが高いことによる将来の不安自体,軽度のものといえないから,管理2又は3で合併症がない場合でも相応の慰謝料額を認めるのが相当である。 さらに,前述のとおり,第3に記載したとおり,被告が石綿粉じんの危 険性に関する情報を,石綿労働者に対して直接提供してこなかったことも,慰謝料算定の際の一事情として考慮することとする。 イ以上の事情を総合考慮して,基準となる慰謝料額(以下「本件基準慰謝料額」という。)を次のとおりとする。 (ア) じん肺管理区分の管理2で合併症がない場合1000万円(イ) 管理2で合併症がある場合 1300万円(ウ) 管理3で合併症がない場合 1500万円(エ) 管理3で合併症がある場合 1800万円(オ) 管理4,肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚の場合2200万円(カ) 石綿肺(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合2300万円(キ) 石綿肺(管理2・3で合併症あり又は管理4),肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚による死亡の場合2500万円ウ損害賠償額の修正要素(ア) 被告の責任期間内における粉じんばく露歴期間が短期間の者やばく露量が少量の者について被告は,被告の責任期間内に石綿粉じん作業に就労していた期間が比較的短期の者やばく露量が少量にとどまる者,具体的には,就労期間が5年未満である者については,損害の公平な分担 者について被告は,被告の責任期間内に石綿粉じん作業に就労していた期間が比較的短期の者やばく露量が少量にとどまる者,具体的には,就労期間が5年未満である者については,損害の公平な分担等の観点に立ち,被告の損害賠償責任は減額されるべきであると主張する。 しかし,前記のとおりの理由で,被告の責任を一律に元従業員らの被った損害の3分の1に限定することにかんがみ,それに加えて個々の元従業員の就労期間やばく露量を理由として更なる減額を認めることは, 損害の公平な分担の見地から相当ではない。被告の主張は採用することができない。 (イ) 労災保険給付等との調整証拠(甲C1ないし32)及び弁論の全趣旨によると,別紙9「労災保険給付や石綿健康被害救済法に基づく給付の受給額」の「原告氏名(遺族の氏名)」欄記載の元従業員ら並びに原告G(本人分・甲C20の6)及び原告H(遺族補償年金・甲C29の13)は,労災保険法に基づく給付又は石綿健康被害救済法に基づく給付を受けている事実が認められる。 労災保険法による療養補償給付,休業補償給付,遺族補償年金,傷病補償年金は,被災労働者の精神上の損害を填補するものではないから,これらを被災労働者の慰謝料から控除することは許されない(最高裁昭和37年4月26日第一小法廷判決・民集16巻4号975頁,最高裁昭和58年判決,最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1202頁参照)。もっとも,被災労働者が労災保険法に基づく保険給付を受給していることを慰謝料額の算定に当たってその一事情として斟酌することは必ずしも否定されるものではない。とりわけ,本件のようないわゆる包括一律請求として,被災労働者が被った財産的損害も慰謝料額算定の事情として考慮する場合に 算定に当たってその一事情として斟酌することは必ずしも否定されるものではない。とりわけ,本件のようないわゆる包括一律請求として,被災労働者が被った財産的損害も慰謝料額算定の事情として考慮する場合には,労災保険法に基づく保険給付によって被災者が被った財産的損害が一定程度で填補されて減少している事実を,慰謝料額を減額する一事情として斟酌するのが相当である。 また,石綿健康被害救済法は,石綿による健康被害の特殊性にかんがみ,石綿による健康被害を受けた者及びその遺族に対し,医療費等を支給するための措置を講ずることにより,石綿による健康被害の迅速な救済を図ることを目的として(同法1条),石綿粉じんにばく露したこと により肺がんや中皮腫に罹患した者及びその遺族に対して,医療費,療養手当,葬祭料等を支給するものであり,やはり,これらの者が被った財産的損害は一定程度で填補されて減少することに照らすと,労災保険法に基づく保険給付を受けている場合と同様に,石綿健康被害救済法に基づく給付を受けている事実を慰謝料を減額する一事情として考慮するのが相当である。 以上の点にかんがみると,原告らのうち,労災保険法又は石綿健康被害救済法に基づく給付を受けた者に関しては,本件基準慰謝料から10分の1を減じた額を慰謝料額とするのが相当である。ただし,この減ずる額が元従業員らがすでに受けている給付額を上回る場合には,減ずる額を個別に定めることとする。 (ウ) 喫煙による減額の可否前提事実4(2)イ(エ)のとおり,石綿と同様に,喫煙も肺がんの発生を増加させる因子であり,肺がんの発症における喫煙と石綿の関係は,相加的よりも相乗的に作用すると考えられており,IPCSは,喫煙歴も石綿ばく露歴もない人の発がんリスクを1と 様に,喫煙も肺がんの発生を増加させる因子であり,肺がんの発症における喫煙と石綿の関係は,相加的よりも相乗的に作用すると考えられており,IPCSは,喫煙歴も石綿ばく露歴もない人の発がんリスクを1とすると,喫煙歴があって石綿ばく露歴がない人では,10.85倍,喫煙歴がなく石綿ばく露歴がある人では5.17倍,喫煙歴も石綿ばく露歴もある人は53.24倍になるとしている。このように,喫煙によって肺がんのリスクが増大する以上,肺がんに罹患した元従業員らのうち喫煙歴がある者の慰謝料額は,損害の公平な分担の見地から民法722条2項を類推適用して減額をするのが相当である。しかし,喫煙量及び喫煙期間と肺がん発症との具体的な相関性までは認めることができないので,損害額の10分の1を減額するのが相当である。 (エ) 自営の石綿工場で石綿粉じんばく露歴がある者と被告の責任の範囲旧労基法に基づく被告の省令制定権限は,労働者を労働災害から保護 するために認められる権限であり,その保護の対象は,労働者に限られるから,石綿工場の事業者が石綿粉じんにばく露したことによって石綿関連疾患に罹患したとしても,その損害の賠償を被告に求めることはできない。しかし,被告の責任期間内に,自営の石綿工場で石綿粉じん作業に従事した期間と労働者として石綿粉じん作業に従事した期間が存在する者については,前記(ア)のとおり,被告の責任期間内における粉じんばく露歴期間が短期間の者についても慰謝料の減額しないことと同様,減額を認めないのが相当である。 エ損益相殺について(ア) e社から受領した解決金a 証拠(甲ア387,388)及び弁論の全趣旨(原告ら準備書面⑸)によると,原告らのうち,別紙11「e社からの受領額一覧表」の「原告」欄記 エ損益相殺について(ア) e社から受領した解決金a 証拠(甲ア387,388)及び弁論の全趣旨(原告ら準備書面⑸)によると,原告らのうち,別紙11「e社からの受領額一覧表」の「原告」欄記載の原告ら(ただし,原告Iを除く。以下同じ。)は,同原告らの使用者であったe社から,同表「解決金額」記載の金員を解決金名目で受領している事実が認められる。 上記解決金につき,原告らは,e社から受領した解決金名目の金員の全部又は一部は見舞金的な性格の金員であるから,損益相殺の対象となる損害賠償金としての性質を有しない旨主張する。しかし,原告らとe社が交わした和解協定書(甲ア387,388)には,前文として「e社(以下甲という。)と別紙請求人目録1及び2記載の請求人(以下乙という)は,乙が甲の所有する工場施設に由来するアスベスト粉じんを吸入したことによって被った身体的・精神的損害の賠償について交渉の結果,合意に至ったので,次のとおり和解協定を締結する。」と記載されており,この記載からすると,上記解決金は,全額が慰謝料を含む元従業員らが被った損害を賠償する性質の金員であると認めるのが相当である。このことは,和解協定書の第3条②に「甲 乙両名は,本条の解決金はアスベスト被害に対する国家賠償請求権を免除又は減額するものではないことを相互に確認する。」との条項があることよって左右されるものではない。 また,原告らは,原告らの請求は包括一律請求であり,本件各請求額と上記解決金額を合わせても原告らが被った総損害額を填補することができず,それにもかかわらず上記解決金額を損益相殺の対象とすると,被害者の被った被害回復が図れず著しく被害者保護に欠けることになり公平に反すると主張する。しかし,原告らは,原告らが被った精神的損害以外の損害について具体的に 上記解決金額を損益相殺の対象とすると,被害者の被った被害回復が図れず著しく被害者保護に欠けることになり公平に反すると主張する。しかし,原告らは,原告らが被った精神的損害以外の損害について具体的に主張立証する負担を負わない代わりに,財産的損害も慰謝料額算定に加味することを前提とし,全損害を慰謝料として求める包括一律請求を自ら選択したのであるから,填補された損害額が全損害額から控除されるのはやむを得ないところというべきであり,原告らの主張は採用できない。 b ところで,証拠(甲ア388,甲C33,原告I本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Iは,e社と原告らの一部を含む請求人団が和解協定書(平成22年6月29日付け)を締結した当時,確認されていた所見が胸膜プラークのみであったため,e社から同人の健康被害に対する解決金を受領しておらず(和解協定書において解決金支払の対象となる請求人に含まれていない。),請求人団内部の分配金として105万円を受領したことが認められる。被告は,この金員も損益相殺の対象となると主張するが,上記金員はe社から解決金として受領したものではない上,仮に損益相殺を肯定すると,分配金を拠出した他の原告らの負担において被告の負担が軽減される結果となり妥当ではない。結局上記金員は,請求人団内部の見舞金的な給付と解する他はなく,損益相殺の対象とすることはできない。乙B6の存在はこの判断を左右するものではない。 c そして,弁論の全趣旨によれば,原告らがe社から受領した解決金のうち,11分の1は弁護士費用部分であると認めるのが相当であるから,これを控除した11分の10の額(別紙11「e社からの受領額一覧表」の「損害額」欄記載の額)を原告らの損害額から控除することとする。 (イ) 亡F社から受領し と認めるのが相当であるから,これを控除した11分の10の額(別紙11「e社からの受領額一覧表」の「損害額」欄記載の額)を原告らの損害額から控除することとする。 (イ) 亡F社から受領した和解金(省略)オ遅延損害金について(ア) 起算点について不法行為に基づく損害賠償請求権は,損害の発生と同時に何らの催告を要することなく遅滞に陥る(最高裁昭和37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照)。そして,石綿肺(じん肺)に罹患した事実は,その旨の行政上の決定がなければ通常は認め難いから,本件においては,じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に,少なくとも損害の一端が発生したものということができる。しかし,石綿肺を含むじん肺は,肺内に粉じんが存在する限り進行するが,それは肺内の粉じんの量に対応する進行という特異な進行性の疾患であって,どの程度の速度でどの程度進行するかは患者によって多様でありあらかじめ予測することができない。このような疾病の特質にかんがみると,管理2,管理3,管理4と順次行政上の決定を受けた場合には,当初の損害が量的に拡大したと解することはできず,それぞれの管理区分ごとに質的に異なる損害が発生したものと解すべきであり,また,石綿関連疾患によって死亡した場合には,管理2ないし管理4に相当する病状に基づく損害とは質的に異なる別個の損害が発生したと解すべきである(最高裁平成6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁,最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・裁判集民事214号119頁参照)。本件の場合,原告らは,最も重い行政上の決定に相 当する病状に基づく損害又は死亡による損害について損害賠償を求めて提訴していることは明らかであるから,これらの損害が発生 号119頁参照)。本件の場合,原告らは,最も重い行政上の決定に相 当する病状に基づく損害又は死亡による損害について損害賠償を求めて提訴していることは明らかであるから,これらの損害が発生するのは最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時と解すべきである。したがって,遅延損害金の起算日は,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時と解するのが相当である。 (イ) 消滅時効について被告は,原告らの平成23年7月20日付け訴えの変更申立てにおいて拡張した遅延損害金請求権のうち平成20年7月20日以前に発生した部分については消滅時効が完成している旨主張する。 そこで検討するに,民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味すると解するのが相当であり(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),また,単に加害行為により損害が発生したことを知っただけではなく,その加害行為が不法行為を構成することを知った時との意味に解するのが相当である(最高裁昭和42年11月30日第一小法廷判決・裁判集民事89号279頁参照)。 そして,本件は,被告が労働関係法等に基づく省令制定権限を適切に行使しなかったことを不法行為として被告に対し損害賠償を求める訴えであるところ,被告の省令制定権限不行使の違法性を判断するに当たっては,省令制定権限の根拠となる旧労基法及び安衛法並びにこれらの法律に基づく各種省令等の法令のみならず,予見可能性の前提となる石綿関連疾患に関する研究の歴史的経緯,結果回避可能性の前提となる局所排気装置等の 制定権限の根拠となる旧労基法及び安衛法並びにこれらの法律に基づく各種省令等の法令のみならず,予見可能性の前提となる石綿関連疾患に関する研究の歴史的経緯,結果回避可能性の前提となる局所排気装置等の粉じん対策に関する工学的研究の歴史的経緯,労働省労働基準局長などが発出した通達や労働基準監督署による監督状況など被告が 実際に行っていた粉じん対策の具体的内容等が基礎的事実となり,これらの事実を認識していなければ,被告の省令制定権限の不行使が不法行為を構成する否かを判断することはできない。しかし,これらの事実を専門家でもない原告が認識することは容易ではないし,一般人の立場においても被告の行為が違法であることを認識することは困難であったというべきである。そして,本件と同様,石綿粉じんばく露に関し被告の省令制定権限の不行使が問われた訴訟で,被告の責任を肯定したものは,大阪地方裁判所平成18年第5235号ほか損害賠償請求事件(平成22年5月19日判決言渡し)が初めてであり,それ以前は,石綿粉じんに関して被告の省令制定権限の不行使につき国賠法上違法であるとした裁判例は存在しなかったのであるから,同判決の言渡しまでは,原告らにおいて,被告の省令制定権限の不行使が不法行為を構成すると認識することは困難であったというべきである。なお,同訴訟の提訴の事実を知るだけでは,いまだ被告の省令制定権限の不行使が違法であると判断するに足りる事実を認識したとはいえない。他に,本件原告らが,本件訴え提起時又は上記大阪地方裁判所平成18年(ワ)第5235号ほか損害賠償請求事件の判決言渡日以前に,被告の省令制定権限不行使の違法性を基礎付ける事実を認識していたと認めるに足りる証拠はない。 以上によれば,原告らが被告の規制権限不行使が不法行為を構成するす 求事件の判決言渡日以前に,被告の省令制定権限不行使の違法性を基礎付ける事実を認識していたと認めるに足りる証拠はない。 以上によれば,原告らが被告の規制権限不行使が不法行為を構成するすると認識したのは原告らによる本件訴え提起日か,大阪地方裁判所平成18年第5235号ほか損害賠償請求事件の判決言渡日(平成22年5月19日)のいずれか早い日であり,同日が消滅時効の起算点であると解するのが相当である。そして,本件訴え提起があった日のうち,最も早い日は,平成21年9月24日であり,同日から原告らの上記訴え変更があった日までは3年を経過していないから,原告らのいずれについても消滅時効は完成していないというべきである。 したがって,被告の消滅時効に関する主張は理由がない。 (5) 弁護士費用原告らは,原告ら代理人に対し,本件訴訟の追行を委任したところ,本件訴訟の難易度,審理の経過,認容額等諸般の事情を考慮すると,原告らが原告ら訴訟代理人に対して支払うべき弁護士費用のうち,それぞれ認容額の10%に相当する額が,被告の不法行為と相当因果関係のある損害であると認める。 3 各原告らの損害の個別認定(争点5・各論別紙13「損害額等一覧表」参照)(省略) 4 除斥期間の成否について(争点6)(1) 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,「不法行為の時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし,身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する の健康を害することとなる物質による損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生したときが除斥期間の起算点となると解すべきである(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。これを本件についてみるに,前提事実4のとおり,石綿肺は,肺胞内に取り込まれた石綿粉じんが,長期間にわたり物理化学的な刺激や免疫学的機序によって細胞障害を起こして細胞の線維化を進行させる病変を生じさせるものであり,石綿粉じんばく露が終わった後も病変は進行し,相当期間経過後に発症することも少なくないのであり,石綿粉じんに由来する肺がんや中皮腫も,長い潜伏期間を経て発症する点で同様である。 したがって,石綿関連疾患においては,損害の発生時(2(4)オで述べたとおり,損害の発生時は,重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患によっ て死亡した時)が除斥期間の起算点となるというべきである。 しかるところ,亡Jの死亡日は昭和63年3月5日,亡Kの死亡日は昭和59年10月4日であるから,いずれも死亡日から亡J及び亡Kの遺族原告が本件訴訟を提起した日(平成22年1月13日)まで20年以上が経過している。なお,被告は,亡Lについても除斥期間が経過していると指摘するが,亡Lについては,死亡した平成2年11月17日が除斥期間の起算点であるから,亡Lの遺族原告が本件訴訟を提起した日(平成22年1月13日〕の時点では20年は経過していないから除斥期間を経過していない。 (2) これに対し,原告らは,①民法724条後段は,時効期間を定めたものである,②仮にこれが除斥期間を定めたものであったとしても,除斥 時点では20年は経過していないから除斥期間を経過していない。 (2) これに対し,原告らは,①民法724条後段は,時効期間を定めたものである,②仮にこれが除斥期間を定めたものであったとしても,除斥期間の適用によって被告を損害賠償義務から免れさせることは著しく正義・公平の理念に反するから,本件において民法724条後段の適用は排除されるべきであると主張し,最高裁平成10年判決を引用する。しかし,民法724条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であり,不法行為に基づく損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には,裁判所は,当事者からの主張がなくても,除斥期間の経過により上記請求権が消滅したものと判断すべきであるから,除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるとの主張は,主張自体失当であるというべきである(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁)。また,最高裁平成10年判決は,本件と事例を異にするので,同判決を援用する原告らの主張は採用の限りではない。 (3) 以上より,亡J及び亡Kが被告の規制権限不行使により石綿関連疾患に罹患して死亡したことを原因とする損害賠償請求権は,本件訴え提起前の20年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したから,その余の点につき判断するまでもなく,原告M(ただし,亡Jの損害賠償請求権を相続した ことを原因とする請求部分),原告C,原告D及び原告Eの請求はいずれも理由がない。 第5 結論以上によれば,別紙4「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告の請求は,同一覧表の「認容額」欄記載の金員及び同一覧表の「内訳」欄の「慰謝料」欄記載の金員に対しては「遅延損害金起算日」欄の「慰謝料」欄記載の各日 4「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告の請求は,同一覧表の「認容額」欄記載の金員及び同一覧表の「内訳」欄の「慰謝料」欄記載の金員に対しては「遅延損害金起算日」欄の「慰謝料」欄記載の各日から,同一覧表の「内訳」欄の「弁護士費用」欄記載の金員に対しては同一覧表の「遅延損害金起算日」欄の「弁護士費用」欄記載の各日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,同原告らのその余の請求並びに原告A,原告B,原告C,原告D及び原告Eの各請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法64条本文,61条,65条1項本文を,仮執行宣言について同法259条1項を,仮執行免脱宣言について同条3項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第8民事部 裁判長裁判官小野憲一 裁判官松永栄治 裁判官林田敏幸

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