平成15年2月27日宣告平成14年(わ)第502号殺人,傷害被告事件判決 主文 被告人を懲役18年に処する。 未決勾留日数中230日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年3月23日午後1時15分ころ,福岡市a区bc丁目d番e号fビルg階のA株式会社の本社事務所内において,第1 B(当時57歳)に対し,殺意をもって,所携の包丁でその胸部及び腹部等を多数回突き刺し,よって,同日午後1時20分ころ,同所において,同人を心臓切破及び左肺上葉切破に基づく失血により死亡させて殺害した。 第2 C(当時30歳)に対し,前記包丁でその左胸部を1回突き刺し,よって,同人に加療約1週間を要する左前胸部切創の傷害を負わせた。 (証拠の標目)<略>(事実認定の補足説明)第1 争点判示第1の殺人の事実について,弁護人は,被告人に確定的殺意はなく,未必の殺意があったにとどまる旨主張し,また,被告人は,当公判廷において,殺意はなかった旨供述するが,当裁判所は,被告人が確定的殺意をもって判示第1の殺人行為に及んだものと認定したので,以下補足して説明する。 第2 犯行に至る経緯関係各証拠によれば,被告人が本件犯行に至った経緯として,以下の各事実を認めることができる。 1 被告人は,平成6年ころ,暴力団D組に加入し,平成10年ころからは,組長秘書代行として組長Eの運転手をするなど,同人の身の回りの世話をするようになったが,平成12年10月ころ,D組を破門となった。 2 一方,被害者であるBは,昭和39年4月に熊本県警の警察官を拝命し,主に暴力団の事件を担当する捜査二課暴力犯係として勤務したが,平成4年ころから椎間板ヘルニアとなり,それが悪化したため,平成7年3月に依願退職した。 そして,平成1 4月に熊本県警の警察官を拝命し,主に暴力団の事件を担当する捜査二課暴力犯係として勤務したが,平成4年ころから椎間板ヘルニアとなり,それが悪化したため,平成7年3月に依願退職した。 そして,平成11年4月ころ,エステティックサロン経営や化粧品販売等を業務とするA株式会社(以下,「A社」という。)に入社し,総務部長を務めた後,平成12年2月ころ,専務に昇格し,本件直前の平成13年3月初めころ,副社長に昇格していた。 3 D組においては,A社から,顧問料名下に金員を獲得することを企図していたところ,D組のいわゆる企業舎弟であったFは,同社の顧問の紹介で,平成11年11月ころ,同社の副社長に就任し,その直後から,同社の会長であったGに対し,偶然を装ってEを紹介するなどして,同社のトラブル解決をD組に依頼するように執拗に薦め,また,E自身においても,Gと面会するなどして,同社のトラブル解決をD組に任せるよう要求したが,Gはこれらの申し出を拒んでいた。 4 Bは,Gに対し,Fの背後には暴力団がついているとして,Fの退職を進言したほか,A社に対するD組の介入を拒絶すべく,D組への応対に積極的に関与するようになった。 そして,Bは,平成12年1月ころには,ヤクザとつきあうつもりはないとのGの言葉をEに伝えたことで逆に脅されたり,平成12年6月23日には,そのころA社からの多額の借入債務を負ったまま出社しなくなっていたFの行方を捜していたところ,Eの指示でFの運転手を務めていた男から,「GはEを使うだけ使って馬鹿にしてるのか,許せない」といった趣旨の言葉をもって大声で恫喝されるといったことがあった。 また,平成12年7月2日,Gもしくはその関連会社が,事情によりEに5000万円を貸し渡すこととなった際にも,Bは,Eに強く申し入れることにより,Eか もって大声で恫喝されるといったことがあった。 また,平成12年7月2日,Gもしくはその関連会社が,事情によりEに5000万円を貸し渡すこととなった際にも,Bは,Eに強く申し入れることにより,Eからその拇印を押捺した5000万円の借用証書を作成,交付させると共に,A社がFに使用させていた高級外車を取り戻すことに成功し,同年10月27日には,Gほか数人と三重県伊勢市内のD組事務所まで出向いて,貸し付けた5000万円の返済を受けた。 さらに,平成13年1月ころからは,Bに対し,D組関係者から,Gに会わせろといった趣旨の電話が入るようになっていたが,Bはこれを拒絶していた。 5 このようなBの対応に接したEは,破門前の被告人に対し,Bについて,「5000万円の借用の件で借用書を書かされた。」「Gの会社側に熊本県警の警察官上がりの50年輩のBという男がいるが,横着な奴」等と告げたことがあった。被告人は,Bが,D組がA社の顧問になるための障害となっていることを知り,かつて暴力団担当の警察官であったというだけで,暴力団との交渉事に口を挟んでくる男として,Bに対する悪感情を抱いた。さらに被告人は,A社との交渉経過の中で,自分を無視するような態度を取った男と会い,この男がBであると思い込んだことから,個人的にもBを嫌うようになった。 6 ところで,D組を破門になった被告人は,D組のために功績をあげれば,D組に復帰することができると考え,D組の若頭が殺害された事件に関与していると目されていた暴力団組長を殺害することを計画したが,この計画は失敗に終わった。 次いで,被告人は,D組を顧問とすることを拒んでいたA社の幹部,ことに同社会長であったGに重傷を負わせて,D組の恐ろしさを思い知らせ,D組の要求を呑ませることができれば,D組に復帰できると考えるに至 次いで,被告人は,D組を顧問とすることを拒んでいたA社の幹部,ことに同社会長であったGに重傷を負わせて,D組の恐ろしさを思い知らせ,D組の要求を呑ませることができれば,D組に復帰できると考えるに至ったが,Gについては,その所在を知ることができなかった。 そこで,被告人は,D組がA社の顧問となるための障害となり,個人的にも嫌っていたBを,襲撃の対象にしようと決意するに至った。 そして,被告人は,A社の本社がある福岡市の地理に詳しい同地出身の知人に,上記の事情を秘したまま,運転手として同市内の道案内をしてくれるよう頼み,その承諾を得た。 7 平成13年3月20日,福岡にやって来た被告人は,当初,Bの自宅付近で同人を狙おうと考え,上記知人の協力を得て自宅所在地を調べようとしたものの,これを突きとめられなかったことから,A社本社においてBを襲うこととした。 そして,自宅から持参した青色ツナギのほか,福岡市内において,Bを襲撃するための催涙スプレー,特殊警棒,剪定ばさみ,包丁を購入すると共に,指紋を残さないようにするための軍手や変装用のかつらなどを購入し,犯行に使用する用具等を予め準備したうえ,同月23日に犯行を決行することを決めた。 第3 犯行状況関係各証拠によれば,本件犯行状況として,以下の各事実が認められる。 1 犯行当日の被告人の行動等平成13年3月23日午後1時過ぎころ,被告人は,前示の青色ツナギ,軍手,かつら,帽子などを着用し,ツナギのポケットの中に特殊警棒,催涙スプレーを入れ,箱入りの包丁,剪定ばさみを入れたリュックサックを背負って,判示のfビル内に入り,同ビルg階のA社事務所に向かった。 そして,被告人は,同事務所受付カウンターで,就職のお願いに来たなどと申し向け,数メートル先の役員室内にいたBをカウンターまで呼び出すことに成功 のfビル内に入り,同ビルg階のA社事務所に向かった。 そして,被告人は,同事務所受付カウンターで,就職のお願いに来たなどと申し向け,数メートル先の役員室内にいたBをカウンターまで呼び出すことに成功し,その時初めて,それがかねてBと思っていた男とは別人であることに気付いたが,何ら迷うことなく計画通り準備していた特殊警棒で同人を襲撃する機会を窺った。しかし,付近には多数の同社社員がおり,その内十名近くは男性社員であると見て取ったため,この場での襲撃は困難と考え,また出直す旨告げて,Bと別れた。 被告人は,その足で同じ階にあるトイレの個室に入り,次に取るべき行動を考えているうちに,警戒されると襲撃しにくくなるので,Bを襲撃するのはやはり今しかないと考え,同時に,特殊警棒で殴りかかっても,Bに重傷を負わせる前に他の社員に取り押さえられてしまったのでは,D組に復帰するどころか,単なる笑い者で終わってしまう,それだけは絶対に嫌だ,という気持ちから,包丁を使おうと考えるに至った。 そこで,被告人は,リュックサックから包丁の入った箱を取り出し,包丁を箱から出して,取り出しやすいように,包丁を箱と別にしてリュックサックの上部に戻し,トイレを出て,前記受付カウンターを通り過ぎ,社員の制止を無視して,Bが1人で在室する役員室に入った。 そして,被告人は,「免許証のコピーをお願いします。」などと言ってBを油断させると,リュックサックを下ろし,リュックサックの中の包丁を利き腕の右手で順手に握り,親指を包丁の背の部分に押し当てるとともに,小指を包丁の柄の端に引っかけるようにして支えて取り出し,役員室奥に置かれた机の脇に立っていたBに向かって行った。Bは,「警察,警察。」などと叫びながら,両手を胸の前に突き出し,腰を後ろに引いて前のめりの状態となって,後ろに下がり にして支えて取り出し,役員室奥に置かれた机の脇に立っていたBに向かって行った。Bは,「警察,警察。」などと叫びながら,両手を胸の前に突き出し,腰を後ろに引いて前のめりの状態となって,後ろに下がりつつ包丁を避けようとし,途中キャスター付き椅子に座り込む形となってさらに両手を前に突き出したまま後方に下がっていったが,かかるBに対し,被告人は,その前方から迫り寄ってBを後方に追い詰めつつ,60センチメートル足らずの距離から,Bの胸腹部を少なくとも4回以上包丁で突き刺した。 その後,被告人は,Bを救護することなく役員室を出て,近寄ってきた同社社員であるCに対し,1メートル位の距離から包丁を突き出して振り払い,判示第2のとおりの傷害を負わせると,現場から逃走した。 2 創傷の部位・程度このような犯行の結果,Bの遺体には,胸腹部に4か所の刺切創が認められるとともに,上肢に防御創と見られる6か所の切創が認められた。 すなわち,胸腹部には,(1) 前胸部下部ほぼ正中から入り,後ろやや左方のやや上方に向かって,左第7肋軟骨を4.1センチメートルの長さで貫通し,心嚢前面を4.5センチメートル×0.5センチメートルの大きさで切破し,心臓右室前壁を4.2センチメートルの大きさで切破して同室内で終わる,深さ約7センチメートル程度の刺切創(なお,嘱託鑑定書〔甲59〕中には同切創の創深は13.5センチメートルと記載されているものの,これは後の嘱託鑑定補充書〔甲60〕で約7センチメートルの刺入と訂正されたものと解され,この点における検察官の指摘は採用しない。),(2) 左前胸上部から入り,後ろやや左方のやや上方に向かって,左第3肋軟骨及び第3肋間部を7.5センチメートルの長さで切破し,胸腔内に入り左肺上葉を切破して同部にて終わる,深さ約14.5センチメートルの 左前胸上部から入り,後ろやや左方のやや上方に向かって,左第3肋軟骨及び第3肋間部を7.5センチメートルの長さで切破し,胸腔内に入り左肺上葉を切破して同部にて終わる,深さ約14.5センチメートルの刺切創,(3) 前胸部上部ほぼ正中から入り,胸骨に1.9センチメートルの刺切創をつくり同骨表面で止まる浅い刺切創,(4) 左上腹部から入り,腹腔内に達し,さらに第12肋骨下端を切損する刺切創(腹部臓器の損傷は認められないものの,同刺切創からの小腸及び腸間膜の脱出が認められる。),がそれぞれ認められ,また,上肢には,(5) 左第3指手掌面に2.0×0.3センチメートルの切創,(6) 左第4指手掌面に2.2×1.0センチメートルの切創,(7) 左手掌尺側に3.2×0.4センチメートルの切創,(8) 右前腕近位部橈側に6.5×2.5センチメートルの弁状切創,(9) 右前腕遠位部橈側に3.8×2.0センチメートルの切創,(10) 右手掌橈側に7.5×1.8センチメートルの切創,がそれぞれ認められた。 そして,解剖医によれば,死因は,(1)の前胸部正中下部刺切創による心臓切破及び(2)の左前胸上部刺切創による左肺上葉切破に基づく失血死であると判断され,また,救急車による搬送先の病院で救命にあたるとともに,死体検案を行った医師によれば,来院時,既に心肺停止状態にあった被害者は,受傷後数分内に,受傷現場において死亡したものと判断された。 3 凶器の性状被告人が犯行に使用した凶器は,その実物については発見されるに至っていないものの,解剖医が,成傷器は,幅約4.1センチメートル以下,長さ約14. 5センチメートル以上,刃背の厚さ約0.1センチメートルの有尖片刃器であると思われると述べていることからすると,凶器を購入した金物店での引き当たり捜査の際に,被 .1センチメートル以下,長さ約14. 5センチメートル以上,刃背の厚さ約0.1センチメートルの有尖片刃器であると思われると述べていることからすると,凶器を購入した金物店での引き当たり捜査の際に,被告人が指示した,刃体の長さ16.5センチメートルの三徳型文化包丁(写真撮影報告書〔甲41〕参照)と同型の包丁であったと認められる。 4 殺意に関する被告人の供述要旨被告人は,平成14年4月10日,本件によって通常逮捕された後,同月17日付け警察官調書(乙3)では,福岡に行った目的自体が,Bを襲って重傷を負わせ,場合によっては殺すというものであった旨述べて,同人に対する殺人の未必の故意があったことを認めるとも受け取れる供述をしたのを始め,同月25日付け警察官調書(乙10),同月30日付け検察官調書(乙19)のいずれにおいても,Bを確実に殺してやろうとまでは考えなかったが,包丁で刺すことで死んでしまうなら,それも一向に構わない気持ちであった等と述べて,Bに対する殺人の未必の故意は認めるかのような供述をしていたが,公判廷においては,同年6月20日の第1回公判期日以降一貫して,殺すつもりはありませんでした等と述べてBに対する殺意を否定している。 また,被告人は,Bの胸腹部に上記2(1)ないし(4)のとおりの4か所もの刺切創を与えたことについては,平成14年4月30日付け検察官調書(乙19)及び公判廷(第3回公判)において,Bの腹部を目がけて4,5回包丁を突き出したことは間違いないが,自分としては1回だけ腹部を刺すつもりであったのが,当時は興奮していた上,突き出した包丁がBの身体に刺さったという感触がなく,4,5回目に包丁を突き出した最後の1回で,初めて包丁の刃先が皮膚か骨を突き破り,豆腐を切るときのように柔らかいものを切り裂くような不思議 いた上,突き出した包丁がBの身体に刺さったという感触がなく,4,5回目に包丁を突き出した最後の1回で,初めて包丁の刃先が皮膚か骨を突き破り,豆腐を切るときのように柔らかいものを切り裂くような不思議な感触を感じたので,ようやく包丁が腹部に刺さり,これで少なくとも入院を必要とする程度の怪我は負わせたものと思って,それ以上攻撃するのを止めたものであり,最後の1回以外は刺さったことに気付かなかった等と説明し,また公判廷において(第3回公判),自分が狙ったのは下腹部であったが,Bが抵抗して動くなどしていたことから,結果的に心臓や肺などがある胸部に刺さったものと思う等と供述している。 第4 判断 1 以上の事実を前提に判断すると,まず,被告人は,当初は凶器として特殊警棒を使用するつもりであったのに,犯行の際には,自ら予め準備した人を殺傷する能力が十分である刃体の長さが16.5センチメートルの包丁を敢えて選択し,この先端鋭利な包丁を利き腕の右手に持ち,Bの人体の枢要部である胸腹部を刺突するという行為に及んだものであり,同部の刺切創及び上肢の防御創と見られる前示の創傷の内容等によれば,その刺突行為は短時間の間に少なくとも4回以上にわたって執拗に繰り返されたものであることが明らかに認められ,また,6か所にも及ぶ防御創を見た限りでも,被告人の攻撃を何とか避けようと,Bが必死の防衛をしていたことが十分推認されるのであって,それにもかかわらず,刃体の長さ約16.5センチメートルの包丁によって,最長約14.5センチメートルの深さを持つ刺切創が形成されたほか,その余の胸腹部の刺切創においても,肋軟骨を貫通したり,肋骨下端を切損したり,胸骨に切創をつけるなどしていることからすれば,その刺突の強度は客観的にも相当に強かったものと認められる。 2 被告人の犯行動 胸腹部の刺切創においても,肋軟骨を貫通したり,肋骨下端を切損したり,胸骨に切創をつけるなどしていることからすれば,その刺突の強度は客観的にも相当に強かったものと認められる。 2 被告人の犯行動機についてみるに,前示のとおり,被告人がBを襲撃したのは,A社の幹部に重傷を負わせて,同社の代表者にD組の恐ろしさを思い知らせ,同組の要求を呑ませることにより,D組を破門されていた被告人自身が同組に復帰する足がかりを得ようと考えたからというのであり,かかる動機のみからすれば,Bに対しては重傷を負わせれば足り,何も殺害するまでの必要性はないようにも思われる。 しかしながら,もとより被告人は,ただ自分がD組に復帰する足がかりとしたいばかりに,対立する暴力団組長の殺害を企てたり,A社会長の襲撃を計画し,そのいずれも実現困難と見るや,何の迷いもなくBを襲うことを決断し,実際にBに初めて会った際には,それまで同人であると思い込んでいた態度の悪い男とは別人であったことに気付いたが,なお何ら躊躇することなく計画を続行することとして,判示のとおりの凶行に及んだ上,その後Bの死亡の事実を知った直後にも,それを悔やむどころか,むしろ暴力団員としてBを襲い,男らしくその目的を達成した,Bを殺したことでヤクザの本物に一歩大きく近付いた等という達成感で満足していた旨供述し(被告人の平成14年4月26日付け警察官調書〔乙11〕,同年5月1日付け検察官調書〔乙20〕),その後もなお,前記の暴力団組長殺害計画を諦めきれずに実行したいと考えていた旨自認するところである(第3回公判)。 このような被告人の,人命軽視も極めて甚だしい,まさに暴力団員的思考と発想とを背景とすれば,当初は確かに脅しのつもりの傷害事件を計画していたにせよ,前示第3の1のとおり,最終的に白昼多 判)。 このような被告人の,人命軽視も極めて甚だしい,まさに暴力団員的思考と発想とを背景とすれば,当初は確かに脅しのつもりの傷害事件を計画していたにせよ,前示第3の1のとおり,最終的に白昼多数の社員がいる場所で襲撃行為に及ぶこととなり,Bに重傷を負わせる前に他の社員に取り押さえられて笑い者になることだけは避けたいと考えた被告人が,前示第2の5のとおり,かねて,元警察官というだけで暴力団との交渉事に口を挟んでくる男として,悪感情を抱いていたBに対し,確定的な殺意を抱くということも,了解可能なことといえる。 3 以上のような,被害者Bが現に受けた創傷の部位やその数,負傷の程度の重大性,被害者の死因,凶器の性状・用法の危険性,上記客観的事実に照らしたときの刺突行為の態様・回数に関する被告人の弁解の不合理性,Bに対する殺人の動機の了解可能性といった諸事情を総合考慮すれば,結局,被告人には,判示第1の犯行当時,被害者Bに対する確定的殺意があったことを優に認定することができ,この認定に合理的疑いを差し挟む余地はないというべきである。 第5 結語以上の次第であるから,判示第1の事実について,殺意を否定する内容の被告人の供述部分は到底信用することができないし,未必的殺意にとどまる旨の弁護人の主張も採用できない。 (法令の適用)罰条第1の行為刑法199条第2の行為刑法204条刑種の選択第1の罪有期懲役刑を選択第2の罪懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(重い第1の罪の刑に刑法14条の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書( 刑法45条前段,47条本文,10条(重い第1の罪の刑に刑法14条の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は,判示のとおりの殺人(第1)及び傷害(第2)の事案である。 2 まず,殺人の動機についてみると,前示のとおり,被告人は,暴力団D組の構成員であったところ,同組を破門され,同組に復帰する足がかりとするために,A社の副社長であった被害者を殺害したというのであり,このような暴力団特有の誠に身勝手で,人命を著しく軽視した動機に酌むべき余地など微塵もないことはいうまでもない。 3 また,その犯行態様についてみると,被告人は,自らが福岡市の地理に不案内であることから,情を知らない福岡出身の知人を運転役として予め手配するとともに,犯行時着用するツナギを持参して,福岡入りし,福岡市内において,催涙スプレー,特殊警棒,剪定ばさみ,包丁や,滑り止めの軍手,変装用のかつらなど,犯行に使用する用具を予め準備した上,犯行に際しては,殺傷能力十分な刃体の長さ約16.5センチメートルの前記包丁を,利き腕の右手に持ち,被害者の胸腹部という人体の枢要部を少なくとも4回以上にわたり,執拗かつ相当の強度をもって刺突したというのであって,確定的殺意に基づいた極めて冷酷かつ残忍な犯行であるというほかない。また,前記の犯行用具の準備状況に加えて,被害者の襲撃場所として当初考えていた同人の自宅を調べきれなかったところで犯行を断念することなく,同人の勤務先で襲撃することに計画を変更した上,白昼,福岡市街の中心部に所在するオフィスビルの一室において,大胆不敵な犯行を敢行したことなどを考えると,確定的殺意を抱くに至ったのは犯行直前であったと認められるものの,被害者を襲撃す 変更した上,白昼,福岡市街の中心部に所在するオフィスビルの一室において,大胆不敵な犯行を敢行したことなどを考えると,確定的殺意を抱くに至ったのは犯行直前であったと認められるものの,被害者を襲撃する意思自体は相当強固に持ち続けていたと認められ,この点も強い非難に値する。 4 そして,このような犯行の結果,家庭人として良き夫であり,良き父であった被害者のかけがえのない生命が奪われているのであって,犯行の結果は極めて重大である。その日まで一面識もなかった被告人から,突然にして鋭利な包丁で突きかかられ,必死の抵抗もかなわず,その凶刃に倒れ,予期せぬ最期を遂げることを余儀なくされた被害者の感じた恐怖や苦痛,絶望や無念の情は筆舌に尽くし難いものであったと思料される。 更に,遺された被害者の妻や子供達は,最愛の夫,愛する父親を突如として奪われてしまったのであって,これら遺族の人々の悲しみの深さにも察するに余りあるものがあり,被告人からこれら遺族に対し,何らのみるべき慰謝の措置はとられておらず,至極当然のことながら,遺族は被告人の厳重処罰を望み,被害者の長男は,当公判廷において,家族皆の共通の気持ちとして,かなうことなら極刑にしてほしい旨証言しているところである。 5 また,傷害についてみるに,その犯行態様は,前示の殺人を敢行した後,被告人の逃走経路上に立っていた無防備な被害者に対して,前示の鋭利な包丁により,その胸部に突きかかったというもので,上体をひねって避けようとしたにもかかわらず,被害者が左前胸部切創を負わされていることからみても,誠に危険で悪質な犯行であったことは明白である。そして,その傷害の程度も,加療期間こそ約1週間に止まるものの,5,6針の縫合手術を要したものであって,犯行の結果も決して軽くみることはできない。これまた何らの慰謝の措置 行であったことは明白である。そして,その傷害の程度も,加療期間こそ約1週間に止まるものの,5,6針の縫合手術を要したものであって,犯行の結果も決して軽くみることはできない。これまた何らの慰謝の措置もとられていない被害者が,被告人の厳重処罰を求めているのも当然である。 6 加えて,被告人は,捜査段階において,殺人の被害者の遺族に対しては申し訳ないと思うが,殺人の被害者自身に対しては申し訳ないとは思わない旨述べていたばかりでなく,公判においても,殺意はなかったなどと不合理な弁解をしているのであって,自らの犯行を真摯に反省しているとは到底認めがたいところである。 7 そうすると,被告人の刑事責任は極めて重大であるというほかはない。 8 そこで,被告人は,傷害については事実を認めていること,殺人の被害者の遺族に対して謝罪の弁を述べていること,被告人には,平成7年に傷害罪により罰金10万円に,平成11年に業務上過失傷害罪により罰金40万円に,それぞれ処せられた罰金の裁判歴のほかに前科はないこと,公判の最終段階(論告弁論等期日)に至り,自ら作成した上申書を提出し,その中で,今後は暴力団関係者とのつながりを絶ち,母親に孝行する為,悔い改めようと誓った旨記すなど,遅きに失したとはいえ,被告人なりの反省の態度を示すに至ったことなど,被告人のために酌むことのできる事情を合わせ考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当と判断した。 9 よって,主文のとおり判決する。 (検察官利光知子,私選弁護人久万知良各出席)(求刑-懲役20年)平成15年2月27日福岡地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官谷敏行裁判官荻原弘子裁判官古庄研は平成14年度国内特別研究に参加のため署名押印できない。 1刑事部裁判長裁判官谷敏行裁判官荻原弘子裁判官古庄研は平成14年度国内特別研究に参加のため署名押印できない。 裁判長裁判官 谷敏行
▼ クリックして全文を表示