平成16年2月16日判決言渡平成12年(ワ)第1863号損害賠償請求事件判決 主文 1(1) 被告は,原告Aに対し,金1億8432万0193円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告は,原告Bに対し,金220万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被告は,原告Cに対し,金220万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,金5億3978万0767円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Bに対し,金330万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告Cに対し,金330万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,糖尿病性ケトアシドーシスを発症して,四肢麻痺等の後遺障害が残った患者とその父母が,患者を診療した医師らの所属する病院を設置・運営する被告に対し,後遺障害が発生したのは,医師らによる電話での指示が不適切であったため,又は,入院後の管理・治療が不適切であったためであるとして,債務不履行ないし不法行為に基づき,損害の賠償を求めた事案である。 1 前提となる事実当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨 は,入院後の管理・治療が不適切であったためであるとして,債務不履行ないし不法行為に基づき,損害の賠償を求めた事案である。 1 前提となる事実当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実は,以下のとおりである。 (1) 原告A(昭和56年12月29日生。当時の年齢14歳,体重約100kg)は,平成8年4月29日当時,中学生であった。原告Bは,原告Aの父,原告Cは,原告Aの母である。 (2) 被告は,千葉市a区b町c番において,D病院を設置・運営するものである。 (3) 原告Aは,同月28日午前,腹痛や嘔吐が続いたことから,E診療所を受診して,D病院の精神科医師の紹介を受けた。 (4) 原告Cは,原告Aの容態が改善しなかったため,同日午後5時30分ころ,翌29日午前9時ころ,同11時ころ,D病院に電話をしたが,同病院の医師からは,もう少し様子を見るようにと指示された。 (5) 原告Cは,同日午後0時33分ころ,D病院に電話をし,原告Aの体温が33度しかなく,異常な状態であることを訴えたため,D病院は,入院のための病室を用意した。 (6) 原告Aは,同日午後1時18分ころ,救急車でD病院に搬入され,糖尿病性ケトアシドーシスと診断された。 (7) 原告Aは,D病院に入院した後,治療を受けたが,同日午後5時50分ころ,呼吸停止となり,緊急蘇生術が施された。 (8) 原告Aは,同日午後6時50分ころ,集中治療室に入室した。 (9) 原告Aは,平成8年8月6日,集中治療室から一般病棟へ移された。 (10) D病院のF医師は,同月13日,原告Aについて,体幹の機能障害により坐っていることができず,糖尿病性昏睡後遺症であると診断し,身体障害者福祉法別表に掲げる障害1級相当に該当すると判断した。(丙3・10頁)(11) 千葉 13日,原告Aについて,体幹の機能障害により坐っていることができず,糖尿病性昏睡後遺症であると診断し,身体障害者福祉法別表に掲げる障害1級相当に該当すると判断した。(丙3・10頁)(11) 千葉市は,平成8年8月26日,原告Aについて,糖尿病による両上肢の機能の全廃(1級),体幹機能障害(両下肢全廃含む1級)と認定し,原告Aに対し,身体障害者手帳を交付した。(甲3)(12) 糖尿病性ケトアシドーシスとは,インスリン作用の欠乏により生ずる高度の代謝失調状態であり,高血糖や高ケトン血症を呈し,アシドーシス(酸血症)に脱水を伴い,重症時には昏睡となる病態である。血液中のケトン体は比較的簡単に測定できるため,その確定診断は容易であるとされている。(甲8,20) 2 争点本件における争点は,①D病院の医師らによる電話での指示に過失があったか否か,②原告Aの心肺機能低下の原因,③D病院の医師らに,入院後の糖尿病性ケトアシドーシス性昏睡の管理・治療につき,過失があったか否か,④本件後遺障害の回避可能性の有無(因果関係の有無),⑤損害額,の5点である。 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点1(D病院の医師らによる電話指示)について(原告らの主張)D病院の医師らは,自ら原告Aを診察することもなく,原告Aの症状を安易に精神的なものによる過換気症候群と誤診し,その上で,電話での応対の際に,様子を見るようになどと指示し,原告Aが他の医療機関等による適切な治療を受ける機会を奪い,もって,原告Aの糖尿病性ケトアシドーシスを意識障害レベルまで悪化させ,本件の重篤な後遺障害を惹起させたのであるから,同医師らには過失がある。 (被告の主張)D病院の医師らは,原告AがD病院に搬入されるまでの間は,全く原告Aの診察をしておらず,原告Cの要領を得ない話を聞 重篤な後遺障害を惹起させたのであるから,同医師らには過失がある。 (被告の主張)D病院の医師らは,原告AがD病院に搬入されるまでの間は,全く原告Aの診察をしておらず,原告Cの要領を得ない話を聞いて,原告Aを直接診察することを第一に考えて対処していたのであって,この時点で,糖尿病性ケトアシドーシスと診断することは不可能であったから,D病院の医師らには過失がない。 (2) 争点2(心肺機能低下の原因)について(原告らの主張)ア原告Aは,平成8年4月29日午後6時10分の血液ガス検査において,カリウム値1.67mmol/lという著しい低カリウム状態に陥っていた。糖尿病性ケトアシドーシスに対するインスリン治療の過程では,極めて高い確率で低カリウム血症が発生するものであり,本件では,これにケトアシドーシスの状況が加わって,呼吸停止,心肺停止を引き起こしたものである。 イ脳浮腫は,インスリン治療による血糖値の低下と急速な血漿浸透圧低下によって起こるものであり,血糖値が250mg/dlから300mg/dl以下に低下したときに生じ得るとされているところ,原告Aの血糖値は,同日午後4時の検査では,500mg/dl以上,同日午後6時10分の検査では,739mg/dlであったことに加え,同日午後2時30分のCT検査で脳浮腫が軽度であったことなどからすれば,心肺停止の直接の原因が脳浮腫であったということはできない。 ウ被告の主張からすれば,呼吸停止後,わずか約20分の間にカリウム値が約1.5mmol/l下がったということになり,同量のカリウムが20分間で体外に流失し,あるいは,体細胞内に取り込まれたということになるが,これは,それ自体,臨床上起こり難い事態というべきである。 (被告の主張)ア原告Aの心肺機能の低下は,糖尿病性ケトアシド 間で体外に流失し,あるいは,体細胞内に取り込まれたということになるが,これは,それ自体,臨床上起こり難い事態というべきである。 (被告の主張)ア原告Aの心肺機能の低下は,糖尿病性ケトアシドーシスによる高度の代謝異常と,糖尿病性ケトアシドーシスに由来する脳浮腫による切迫脳ヘルニアが原因である。若年の糖尿病性ケトアシドーシス患者には,治療開始後2時間から24時間に脳浮腫の症状が突然現れるとされているところである。 イ小児について,糖尿病性ケトアシドーシスの治療経過中に低カリウム血症で呼吸停止が生じたという症例は存しない。 ウ原告が問題とするカリウム値は,呼吸停止後の数値であり,この数値をもって,急変前のカリウム値を推定することはできない。 (3) 争点3(糖尿病性ケトアシドーシス性昏睡の管理・治療)について(原告らの主張)ア一般に,ケトアシドーシス性昏睡では,治療を開始して血糖が250mg/dlから300mg/dlまで下降する間の管理が的確であるかどうかで生命の予後が大きく左右されるといわれていること,搬入時,原告Aは糖尿病性ケトアシドーシス性昏睡の中でも重症の状態であったこと,インスリン治療に伴って,低カリウム血症が発症する危険性があることなどからすれば,原告Aについては,集中治療室における管理が必要であった。にもかかわらず,D病院の医師らは,これを怠り,呼吸停止を回避できなかった過失がある。 イ仮に,一般病棟で管理・治療をする場合においては,頻繁にバイタルサイン,血液ガス検査ないし血液生化学検査を実施して,原告Aの状態を常時把握し,適切な治療を行わなければならない注意義務があったにもかかわらず,D病院の医師らには,以下のようにこれを怠った過失がある。 (ア) まず,基本的な治療の手順としては,①血糖値,血清カリウ 把握し,適切な治療を行わなければならない注意義務があったにもかかわらず,D病院の医師らには,以下のようにこれを怠った過失がある。 (ア) まず,基本的な治療の手順としては,①血糖値,血清カリウム値,pH,バイタルサインの検査・チェックは1時間ごとに行う,②ケトン体,血清ナトリウム値,血清クロール値の検査・チェックは2時間ごとに行うべきである(甲8)にもかかわらず,本件において,D病院の医師は,同日午後2時17分以降,午後6時10分に至るまで約4時間もの間,血液ガス検査ないし血液生化学検査を実施していない。 (イ) 本件での検査数値によれば,カリウム値は,同日午後1時18分に3.4mmol/l,午後1時40分に3.22mmol/l,午後2時17分に2.96mmol/lと,搬入後,一般病棟入院時までの間に明確に低下し,心停止後の同日午後6時10分には1.67mmol/lと著しく低下しているにもかかわらず,この間全く補正のための措置を採っていない。 (ウ) 血糖値の初期目標は250mg/dlから300mg/dlとし,インスリンは,速効性インスリン0.2単位/kgをまず静注し,次いで1時間当たり5単位から10単位の速度で持続注入し,血糖値が降下しない場合は通常投与量の倍量を投与するとされている(甲8,9)から,まず,20単位(0.2単位×体重100kg)程度の速効性インスリンを静注投与(ワンショット)し,その後,血糖値とpH値を1時間ごとに検査しながら,その投与量を倍量の範囲で増加させていくべきであったのに,本件では,最初の静注投与がなく,しかも,十分な血糖値の降下,pH値の是正が得られておらず,インスリンの増量が必要な場合であったにもかかわらず,その投与量は通常投与量の最下限のままであり,不十分な措置であった。 (エ) 補液についても, ,十分な血糖値の降下,pH値の是正が得られておらず,インスリンの増量が必要な場合であったにもかかわらず,その投与量は通常投与量の最下限のままであり,不十分な措置であった。 (エ) 補液についても,通常の投与量は,1時間当たり500mlから1000mlであるところ(甲8),被告は,生理食塩水について,1時間当たり300ml(+40ml)を投与したと主張しているが,最下限である500mlを下回っており,本件のアシドーシスの重症度から考えられる脱水の程度などに鑑みれば,極めて不十分な投与量であった。 (被告の主張)ア D病院では,呼吸・循環管理を要する患者に限って集中治療室に収容しているが,入院時の原告Aの容態は,呼吸・循環管理を要するような状態ではなかったから,集中治療室に収容しなかったこと自体に過失はない。 イ D病院医師の一般病棟における管理・治療には,以下のとおり,過失がなかった。 (ア) 急性期の血糖値の測定は2時間ごと,血清ナトリウム,血清カリウム,血清クロールの測定は2時間から6時間ごとに行うこととされており(丙18),入院後,血糖値の測定は同日午後4時になされており,動脈血液ガス分析,カリウム値の測定は,急変が生じたために,結果として,実施されなかったにすぎない。 (イ) 低カリウム血症は,血清カリウム値2.5mEq/l未満(mmol/lの慣用単位,以下同じ。)とされている(丙19)ところ,同日午後1時ないし午後2時ころまでに行った血清カリウム値は3.4mmol/lから3.14mmol/l(修正値)であり,低カリウム血症ではない。 また,血糖が低下し始めた時点でカリウムの補給を開始する(甲4),利尿が確認されるまではカリウムの投与は行わない(丙20)とされており,血糖値の下降,利尿が確認されていなかったから,原告Aについて また,血糖が低下し始めた時点でカリウムの補給を開始する(甲4),利尿が確認されるまではカリウムの投与は行わない(丙20)とされており,血糖値の下降,利尿が確認されていなかったから,原告Aについては,カリウムの補給を開始すべき時期となっていなかった。 (ウ) 少量インスリン持続静脈内注入は,同日午後2時から1時間当たり0. 1単位/kgでヒューマリンRを注入している。 原告は,インスリンの注入量が少なかったと主張するが,近時は,静脈内持続少量注入療法(甲4),少量投与法(丙14)が確立されており,この何倍量を注入しても,血糖値が降下する速さはほとんど変わらない。 (エ) 脱水の補正は,同日午後2時から1時間当たり300mlで生理食塩水を点滴静注した。補液の量は単純に体重を乗ずればよいというものではなく,過剰の補液をおそれ,小児の場合,成人より量を減じるのが一般であることを考慮して決定したものである。 (4) 争点4(結果回避可能性)について(原告らの主張)D病院が原告Aに対し,心電図や心エコー等のモニタリングを継続して行うなど適切な管理・治療を行っていれば,心肺機能の低下ないし糖尿病性ケトアシドーシスの進行を防ぐことができたのであって,本件の後遺障害は回避可能であった。 (被告の主張)原告Aの後遺障害は,搬入時,すでに重症であった糖尿病性ケトアシドーシスによる中枢神経障害が進行していたこと及び脳浮腫による切迫脳ヘルニアが原因となって生じたものであり,これを回避することはできなかった。 (5) 争点5(損害額)について(原告らの主張)原告らが本件事故により被った損害は,以下のとおりであるが,内金として上記「第1 請求」記載の金額の支払を求める。 ア治療費等合計8687万8929円(ア) 治療関係費 316万円( 主張)原告らが本件事故により被った損害は,以下のとおりであるが,内金として上記「第1 請求」記載の金額の支払を求める。 ア治療費等合計8687万8929円(ア) 治療関係費 316万円(イ) 訴え提起後に要した治療費 940万1300円(ウ) 付添看護費 1134万1200円(エ) 入院雑費 159万7500円(オ) 通院交通費・宿泊費 295万9000円(カ) 医師等への謝礼 60万円(キ) 将来の治療費 1687万3697円(ク) 家庭教師費用 727万4793円(ケ) 器具等購入費 911万2322円(コ) 家屋・自動車等改造費 2455万9117円イ将来の付添看護費合計2億6600万7766円(ア) 近親者 4969万8400円(イ) 職業付添人a 補助的介護者 7188万8152円b 主たる介護者 1億4442万1214円ウ逸失利益 1億3030万4035円エ慰謝料合計3600万円(ア) 原告Aの後遺障害分慰謝料 2600万円(イ) 原告Aの傷害分慰謝料 400万円(ウ) 両親の慰謝料 600万円オ弁護士費用 4967万0979円(被告の主張)原告らの主張は否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 (1) D病院に入院するまでの経緯ア原告Aは,平成8年4月下旬ころから,清涼飲料水を多飲するようになり,同月23日,Gクリニックにおいて受診し,腹痛や食欲低下を訴え,同月24日及び25日,胃や腹部の検査を受けたが特に異常は認められず,症状が継続すれば更に精査が必要である旨の指示を受けた。(乙12)イ原告Aは,腹痛や吐き気が続いたことから,同月28日の午前中,原告Cに付き 25日,胃や腹部の検査を受けたが特に異常は認められず,症状が継続すれば更に精査が必要である旨の指示を受けた。(乙12)イ原告Aは,腹痛や吐き気が続いたことから,同月28日の午前中,原告Cに付き添われ,E診療所において受診した。原告Aは,当初,小児科を受診したが,心身症の疑いと診断され,同診療所の内科を受診することとなったが,同科で診療にあたっていたH医師は,うつ病と診断し,D病院の精神科I医師宛の紹介状を作成した。(乙1ないし7)ウ原告Cは,前記診療所から帰宅途中に原告Aが失禁するなどしたことから,同日午後5時30分ころ,紹介を受けたD病院に電話をしたところ,D病院では,当直を担当していたJ医師が応対し,もう少し様子を見ることになった。 (甲15,16)エ原告Cは,原告Aの容態が改善しなかったため,翌29日午前9時ころ,再び,D病院に電話をしたところ,同日の当直担当医師であるK医師が応対し,同医師は,もう少し様子を見るよう指示した。(甲15,16)オ I医師は,同日午前11時ころ,原告ら宅に電話をし,原告Cに対し,しばらく原告Aの様子を見るように指示をした。(甲16)カ原告Cは,同日午後0時30分ころ,原告Aの体温を測ったところ,33度しかなかったため,驚いてD病院に電話をし,原告Aの体温が33度しかなく,異常な状態であることを訴えた。(甲16)キ I医師は,原告Aを入院させるために病室を用意し,同日午後0時40分ころ,原告ら宅に電話をし,病室を用意した旨伝えると,原告Cは,救急車で来院する旨述べた。(甲16)(2) D病院に入院後の経過(以下,特に断りのない限り,日時の記載は,平成8年4月29日のことを示すものである。)ア原告Aは,午後1時18分ころ,救急車でD病院に搬送された。D病院のK医師及びI医師は,原告Aを 院後の経過(以下,特に断りのない限り,日時の記載は,平成8年4月29日のことを示すものである。)ア原告Aは,午後1時18分ころ,救急車でD病院に搬送された。D病院のK医師及びI医師は,原告Aを診察し,原告Aに対し,血液検査,生化学検査等を行ったところ,心電図は正常リズムで,意識混濁,血圧は80/38mmHg,ケトン体は高値(3-ヒドロキシ酪酸が3000μmol/l以上),血糖値は高値(500mg/dl以上)と診断した。上記検査の結果は,血糖値は1016mg/dl,ナトリウム(Na)は128mmol/l,カリウム(K)は3.4mmol/lであった。(丙1の3・84頁,丙1の5・119頁,丙3・6頁)イ D病院の医師は,午後1時40分,原告Aに対し,血液ガス検査を実施した。 血液ガス検査の結果は,pHは6.963,血漿重炭酸濃度(HCO3)は2.4mmol/l,ナトリウムは131.9mmol/l,カリウムは3.22mmol/lであった。(丙1の5・124頁)ウ D病院の医師は,このころ,原告Aの症状を糖尿病性ケトアシドーシスと診断し,午後2時10分ころ,血液を中和するためにソリタT1・200mlにメイロン(炭酸水素ナトリウム,重曹)1A(20ml)を混注して,1時間当たり300mlの速度で点滴投与した。(丙3・6頁)エ D病院で内分泌科を担当するL医師は,その後,レギュラーインスリン(ヒューマリンR)を1時間当たり0.1単位/kgで持続静注し,生理食塩水を1時間当たり300mlで点滴投与した。(丙3・6頁)オ D病院の医師は,午後2時17分,原告Aに対し,血液ガス検査を実施した。 血液ガス検査の結果は,pHは6.954,血漿重炭酸濃度は4.9mmol/l,ナトリウムは133.3mmol/l,カリウムは2.96mmol/lであった。(丙1 原告Aに対し,血液ガス検査を実施した。 血液ガス検査の結果は,pHは6.954,血漿重炭酸濃度は4.9mmol/l,ナトリウムは133.3mmol/l,カリウムは2.96mmol/lであった。(丙1の5・125頁)カ D病院の医師は,午後2時30分ころ,原告Aに対し,頭部CT検査を実施した。CT検査上,軽度脳浮腫が疑われた。(丙1の6・311頁,丙2の2・68頁)キ原告Aは,午後3時ころ,4階西病棟に入院した。入院時のバイタルサインは,体温35.5度,呼吸数40回台,血圧90/50mmHgであった。(丙2の3・135頁)ク原告Aの午後4時ころのバイタルサインは,体温35.5度,脈拍数96回,呼吸数32回,血圧92/50mmHgで,血糖値は,500mg/dl以上であった。 (丙1の6・311頁,丙11)ケ原告Aの午後5時ころのバイタルサインは,体温35.3度,脈拍数96回,呼吸数24回,血圧88/52mmHgであった。(丙1の6・311頁,丙11)コ原告Aに付き添っていた原告Bは,午後5時50分ころ,原告Aの状態が異常であることに気づき,看護師を呼んだ。M看護師が病室に駆けつけたところ,原告Aは,呼吸停止状態でチアノーゼを呈していたため,上記M看護師は,人工呼吸を実施した。その後,L医師をはじめ医師及び看護師らが駆けつけたが,原告Aの状態は,徐脈,血圧触知不能で,心臓マッサージ,マスク加圧人工呼吸を行った。(丙1の1・9頁,丙1の6・311頁,丙2の3・135頁,丙10)サ D病院の医師は,午後5時55分,原告Aに対し,気管内挿管を実施した。 (丙1の6・311頁)シ D病院の医師は,午後5時59分,原告Aに対し,ボスミン1A(1.0mg)を静注し,生理的食塩水300mlに塩化カリウムを添加して点滴し,メイロン40mlを静注し した。 (丙1の6・311頁)シ D病院の医師は,午後5時59分,原告Aに対し,ボスミン1A(1.0mg)を静注し,生理的食塩水300mlに塩化カリウムを添加して点滴し,メイロン40mlを静注し,ボスミン4分の1Aを気管内注入した。(丙1の6・311頁,丙2の3・135頁)ス原告Aの午後6時ころのバイタルサインは,心拍数120回,血圧110/-mmHgであった。(丙1の6・311頁,丙2の3・135頁)セ原告Aは,その後,心拍数が60回以下に低下したため,D病院の医師は,心臓マッサージを実施,ボスミン4分の1Aを気管内注入し,マンニトール200mlを点滴静注した。(丙1の6・311頁,丙2の3・135頁)ソ原告Aの午後6時5分ころのバイタルサインは,心拍数160回,血圧112/40mmHgであった。(丙1の6・311頁)タ D病院の医師は,午後6時10分,原告Aに対し,血液ガス検査を実施した。 血液ガス検査の結果は,pHは6.814,血漿重炭酸濃度は10.9mmol/l,ナトリウムは136.2mmol/l,カリウムは1.67mmol/l,血糖は739mg/dlであった。(丙1の5・126頁)チ D病院の医師は,午後6時15分,原告Aに対し,イノバンを1分当たり1.5μg/kgで投与を開始し,メイロン20mlを静注し,中心静脈ラインを確保した。(丙1の6・311頁)ツその後,原告Aに心室性頻脈がみられたため,D病院の医師は,心臓マッサージを実施し,キシロカイン50mgを静注し,人工呼吸器を装着した。(丙1の6・311頁)テ D病院の医師は,午後6時25分,原告Aに対し,動脈血管ラインを挿入した。(丙1の6・311頁)ト原告Aは,午後6時50分,集中治療室に入室した。(丙1の6・312頁,丙2の3・135頁)ナ原告A の医師は,午後6時25分,原告Aに対し,動脈血管ラインを挿入した。(丙1の6・311頁)ト原告Aは,午後6時50分,集中治療室に入室した。(丙1の6・312頁,丙2の3・135頁)ナ原告Aは,同年8月6日,集中治療室から一般病棟へ移された。(丙1の6・376頁,丙3・13頁) 2 争点に関する判断の順序について本件においては,原告AがD病院に搬入された後の基本的事実関係については,ほぼ争いがなく,その後の診療経過についても,証拠資料がすべて提出されているところから,当裁判所は,訴訟の早期解決を図るため,争点1に関する人証調べを行うことなく,争点2ないし4について,鑑定の公平性及び客観性をより高めるため,いわゆる複数鑑定(同一の鑑定事項について,同一の時期に,専門領域を同じくする複数の鑑定人を指定して鑑定を行うもの。)を採用し,鑑定人N,同O及び同Pの3名に鑑定を命じた(以下,鑑定人Nの鑑定結果を「N鑑定」,鑑定人Oの鑑定結果を「O鑑定」,鑑定人Pの鑑定結果を「P鑑定」という。)。 以上のような審理経過にかんがみ,当裁判所は,争点1に対する判断をひとまず措き,争点2以下を順次検討することとする。 3 争点2(心肺機能低下の原因)について(1) この点に関する複数鑑定の結果は,概ね以下のとおりである。 ア低カリウム血症が,心肺機能低下の原因であると考えられるかについて(ア) N鑑定本件において,本当に体内の絶対的カリウム不足が存在していたのであれば,心肺停止の要因と考えられるが,午後2時17分以降心肺停止を来すまでの血中カリウム値あるいは心電図記録がないので,体内の絶対的カリウム不足が存在したか否かは,判定することができない。ただし,心肺停止後のカリウム値は1.67mEq/lと著明な低下を認めており,体内のカリウム不足 値あるいは心電図記録がないので,体内の絶対的カリウム不足が存在したか否かは,判定することができない。ただし,心肺停止後のカリウム値は1.67mEq/lと著明な低下を認めており,体内のカリウム不足があった可能性は強く疑われるので,低カリウム血症が,心肺機能低下の原因となった可能性は否定できない。 (イ) O鑑定蘇生術によって比較的短時間に改善していること,及び重度の低カリウム血症に進展していたことから,低カリウム血症により起った重症な不整脈が心肺機能低下の直接的な原因であった可能性は考えられる。しかし,低カリウム血症に起因する心肺機能低下は,通常,頻拍性不整脈に基づくところ,来院後の診察及び心電図検査では,頻拍性不整脈の所見がなかったこと,低血圧が当初より認められ,来院時から既に循環機能の低下はあったこと,心肺機能低下の原因は,不用意に用いられたメイロンの作用にあると強く疑われることなどからすれば,低カリウム血症が心肺機能低下の直接原因であるとは考えにくい。 (ウ) P鑑定心肺停止直前の血清カリウム値は,2mEq/l未満であったと推定され,血清カリウム値が2.5mEq/l以下に低下すると,呼吸筋の筋力が低下するため,低カリウム血症は,心肺機能低下の原因の1つと考えられる。 イ脳浮腫が,心肺機能低下の原因であったかについて(ア) N鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの治療過程において脳浮腫が生じる原因は,血清浸透圧の急激な変化がその発症原因と考えられているが,本件の血糖値の推移から見て,急激な血清浸透圧の変化があったとは思えず,治療が原因となって脳浮腫を起こしたとは考えにくい。しかしながら,午後2時30分に施行された脳CT検査において,軽度脳浮腫を認めていることから,脳浮腫が,心肺機能低下の原因となった可能性はある ず,治療が原因となって脳浮腫を起こしたとは考えにくい。しかしながら,午後2時30分に施行された脳CT検査において,軽度脳浮腫を認めていることから,脳浮腫が,心肺機能低下の原因となった可能性はある。 (イ) O鑑定重症の糖尿病性ケトアシドーシスでは,高頻度に脳浮腫が起こり,本件においても,CT上,軽度の脳浮腫を認めていること,本件における心肺機能低下は,入院後徐々に悪化しており,このような経過は,脳浮腫の進展を示すとしても矛盾はないことからすれば,脳浮腫が,心肺機能低下の原因であることが強く疑われるが,脳浮腫の進展に随伴すべき脳神経の症状がカルテ上一切記載がなく,脳浮腫が,心肺機能低下の原因である根拠は何もないので,確定診断には至らない。 (ウ) P鑑定本件は,糖尿病性ケトアシドーシスが重症であることのみで,心肺停止が充分に説明可能であり,入院時から心肺停止までに行われた補液とインスリン投与では,脳浮腫が生じることは考えにくく,脳浮腫が,心肺機能低下の原因となったとは考えられない。 ウその他,心肺機能低下の原因と考えられるものについて(ア) N鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの病態の中で,重要なもののひとつに脱水があり,循環血漿量は著明に低下し,心肺機能にかなりの負担がかかっていたと考えられ,心肺停止要因のひとつとしてhypovolemicshock(循環血液量減少性ショック)を起こした可能性もある。 また,重度の代謝異常に伴う脳細胞の広範なダメージも無視できない。 そもそも糖尿病性ケトアシドーシスは,複雑な病態であり,一般的には心肺停止の要因を一点に起因させることは困難であって,各種要因が重複した結果であると考えるのが妥当である。 (イ) O鑑定代謝性アシドーシス シドーシスは,複雑な病態であり,一般的には心肺停止の要因を一点に起因させることは困難であって,各種要因が重複した結果であると考えるのが妥当である。 (イ) O鑑定代謝性アシドーシスにおいて,メイロンにより急激にアシドーシスを補正しようとすれば,心肺機能低下,低カリウム血症の助長などが高頻度に起こり得るものであり,特に,呼吸数が徐々に減少した点,低カリウム血症の進展が急激であったことは,これを裏付けるものであって,本件の心肺機能低下は,アシドーシスの治療のために不用意に用いられたメイロンの作用にあると強く疑われる。 (ウ) P鑑定血圧低下,アシドーシス,低カリウム血症が主要な心肺機能低下の原因であると考えられ,他にビタミンB1欠乏が悪影響を与えた可能性がある。 (2) 複数鑑定の結果は,本件の心肺機能の低下の原因について,N鑑定は,低カリウム血症ないし脳浮腫である可能性は否定できないが,糖尿病性ケトアシドーシスは,複雑な病態であり,心肺停止の要因を一点に起因させることは困難であるとして,各種の要因が重複した結果であるとし,O鑑定は,低カリウム血症により起った重症な不整脈が心肺機能低下の直接的な原因であった可能性は考えられるとしながらも,直接の原因については,アシドーシスの治療のため不用意に用いられたメイロンの作用にあるとし,P鑑定は,血圧低下,アシドーシス,低カリウム血症が主要な心肺機能低下の原因であるとしており,各鑑定は,心肺機能低下の直接の原因について,必ずしも一致しているわけではない。しかしながら,N鑑定が指摘するように,そもそも糖尿病性ケトアシドーシスは複雑な病態であり,心肺停止の要因を一点に起因させることは困難であることが認められ,P鑑定も,血圧低下,アシドーシス,低カリウム血症が主要な心肺機能 摘するように,そもそも糖尿病性ケトアシドーシスは複雑な病態であり,心肺停止の要因を一点に起因させることは困難であることが認められ,P鑑定も,血圧低下,アシドーシス,低カリウム血症が主要な心肺機能低下の原因であるとしていることからしても,本件の心肺機能低下の原因は,低カリウム血症を中心とした糖尿病性ケトアシドーシスの悪化に伴う各種の要因が重複した結果であると考えるのが妥当である。 なお,O鑑定は,メイロンによるアシドーシスの補正努力により,急激な重炭酸濃度の上昇,脳脊髄液と血清との重炭酸濃度格差を生じ,中枢神経障害と心肺機能低下を招いたとするが,メイロンの使用によって,アシドーシスはかえって悪化し,低カリウム血症も進行するとしていることからすれば,メイロンの使用が直接の原因であるとしても,その他の要因の関与を否定しているものではないといえる。 (3) これに対し,被告は,本件の心肺機能低下の原因は,糖尿病性ケトアシドーシスに伴う脳浮腫による切迫脳ヘルニアであり,切迫脳ヘルニアによって呼吸中枢に障害が生じたものであると主張するので,この点について検討する。 ア O鑑定は,CT上,軽度の脳浮腫を認めていることなどから,脳浮腫が,心肺機能低下の原因であることが強く疑われるとするが,一方で,脳浮腫の進展に随伴すべき脳神経の症状がカルテ上一切記載がなく,脳浮腫が,心肺機能低下の原因である根拠は何もないとしている。 N鑑定も,午後2時30分に施行された脳CT検査において,軽度脳浮腫を認めていることから,脳浮腫が,心肺機能低下の原因となった可能性はあるとするが,本件の血糖値の推移から見て,急激な血清浸透圧の変化があったとは思えず,治療が原因となって脳浮腫を起こしたとは考えにくいとしている。 上記各鑑定は,いずれも脳浮腫が心肺機能低下の原因である するが,本件の血糖値の推移から見て,急激な血清浸透圧の変化があったとは思えず,治療が原因となって脳浮腫を起こしたとは考えにくいとしている。 上記各鑑定は,いずれも脳浮腫が心肺機能低下の原因である可能性を否定してはいないが,その主たる根拠は,CT上,軽度脳浮腫を認めていることによるものといえる。しかしながら,原告Aに対する看護計画が記載される用紙(丙2の2・68頁)には,原告Aの心肺機能が低下した後に記載されたものであるにもかかわらず,「今の所,強いエデーマ(浮腫)はなし,軽度あるか? という事です。」との記載があり,当時,D病院では,脳浮腫を心肺機能低下の原因とは考えていなかったことが認められること,D病院は,平成8年4月30日午後0時ころ,頭部CT検査を実施しているところ(丙1の6・313頁),「CT撮影し,脳edema(浮腫)増強みられるも意識レベルを低下させるほどのものではない様子。」(丙2の2・68頁),「CT撮影し,脳edema(浮腫)増強しているが,著明なものではない。」(丙2の3・136頁)などの記載からすれば,脳浮腫が前日である29日よりも増強していることが認められるものの,心肺機能低下の原因となる程度まで悪化していたとまで認めることはできない。また,医学文献(甲4,8ないし10,20ないし24,丙14,22,27)によれば,糖尿病性ケトアシドーシスの合併症として,脳浮腫が挙げられているが,その原因としては,一般的には,治療(急速な輸液の投与,血糖の急速な是正など)による急激な血清ないし血漿浸透圧の低下が,脳と細胞外液(血液)間の浸透圧勾配を生み,脳内へ水分が移行するためと考えられており,血糖値が250mg/dl以下になると脳浮腫発症の危険性は大きいとされていることが認められるところ,争点3についての項で述べるとおり 間の浸透圧勾配を生み,脳内へ水分が移行するためと考えられており,血糖値が250mg/dl以下になると脳浮腫発症の危険性は大きいとされていることが認められるところ,争点3についての項で述べるとおり,本件で行われた輸液ないしインスリンの投与は,過剰であったとはいえず,血糖値も高値を維持しているのであるから,本件において,脳浮腫が心肺機能低下の直接の原因であると認めることはできない。 イ他方,Q作成の「症例(14歳男子)に関する意見書」(丙21の4,以下「Q意見書」という。)は,本件の心肺機能低下の原因は,糖尿病性ケトアシドーシスに由来する,高度の代謝性アシドーシス,脳浮腫から切迫脳嵌頓(脳ヘルニア)を起こしたと考えられるとし,R作成の「意見書」(丙40の2,以下「R意見書」という。)も,糖尿病性ケトアシドーシスに伴う脳浮腫が原因であるとする。 しかしながら,Q意見書は,一般論として,糖尿病性ケトアシドーシスの急変ないし死亡の主原因が脳浮腫から切迫脳嵌頓を起こすことによることを理由とすることのみから,上記結論を導いており,本件につき具体的な検討をした上での意見ということはできず,上記見解を直ちに採用することはできない。 また,R意見書は,低カリウム血症では,心肺機能の急激な低下を来すことは考えにくいこと,低カリウム血症による心肺機能低下の場合には,頻脈がみられるはずであるが,本件経過でこれがみられていないことを指摘するが,脳浮腫であるとの根拠については,一般的に脳浮腫で死亡することが多いことを指摘するくらいで,具体的な根拠に基づくものではなく,脳浮腫が本件の心肺機能低下の原因であることを積極的に述べるものではない。その上,R意見書5,6頁においては,急変の原因について,脳浮腫,脳ヘルニアが原因であることについて「否定はできない。脳ヘルニ 浮腫が本件の心肺機能低下の原因であることを積極的に述べるものではない。その上,R意見書5,6頁においては,急変の原因について,脳浮腫,脳ヘルニアが原因であることについて「否定はできない。脳ヘルニアがあったとしてもその後の経過回復からみて軽度であろう。」としつつ,最終的には,「連続するケトアシドーシスの進展による脳細胞機能の障害とも考えられる。」と結んでいる。結局,R意見書も心肺機能低下の原因について,脳浮腫によるものか,「連続するケトアシドーシスの進展による脳細胞機能の障害」によるものかの特定はしていないのであって,R意見書の作成が本件複数鑑定後になされたものであり,Rが以前D病院に勤務していた経歴のある医師であることなどをも考慮すると,心肺機能低下の原因につき脳浮腫であるとのR意見書の見解を直ちに採用することはできない。 ウまた,海外の医学文献(丙28の1・2,丙43の1ないし丙45の2)には,脳浮腫の原因は,不明であり,一般に認められた療法から逸脱していないにもかかわらず,脳浮腫が生じている旨の記載があり,本邦の医学文献(甲10,24)にも,脳浮腫の発症のメカニズムは不明ないし糖尿病性ケトアシドーシスに合併する脳浮腫については完全に解明されているとは言い難いとの記載がある。これらの記載からすれば,脳浮腫の原因について,一般的には,血清ないし血漿浸透圧の低下などが挙げられているものの,究極的には,糖尿病性ケトアシドーシスに伴う脳浮腫の原因について,未だ解明されていないことが認められる。 しかしながら,これらは,結局,脳浮腫の原因ないし発生機序は不明であるというにすぎないのであって,前記のように,心肺機能低下の原因について,低カリウム血症やアシドーシスによるものであると説明することが十分可能な本件において,脳浮腫であるとの臨 し発生機序は不明であるというにすぎないのであって,前記のように,心肺機能低下の原因について,低カリウム血症やアシドーシスによるものであると説明することが十分可能な本件において,脳浮腫であるとの臨床上の根拠が乏しいにもかかわらず,糖尿病性ケトアシドーシスにおいて,一般的に原因不明の脳浮腫が起こり得るといわれていることをもって,本件の心肺機能低下の直接の原因が脳浮腫であると認めることはできない。 エ以上からすれば,CT上,軽度の脳浮腫が認められていることから,脳浮腫が本件心肺機能の低下に関与していることを全面的に否定することはできないものの,脳浮腫が本件心肺機能の低下の直接原因とはいえず,脳浮腫による脳切迫ヘルニアが心肺機能低下の直接の原因であるとする被告の主張は,これを採用することができない。 4 争点3(糖尿病性ケトアシドーシス性昏睡の管理・治療)について(1) この点に関する複数鑑定の結果は,概ね以下のとおりである。 ア本件で行うべき管理・治療の内容と手順について(ア) N鑑定本症例は,来院時昏睡状態であり,さらに血圧低下,低体温を認めており,重症の糖尿病性ケトアシドーシスと判断され,初期から集中治療室(ICU)で治療にあたるべきである。 集中治療室入室と同時にバイタルサイン(血圧,脈拍,尿量,呼吸数)を常時モニターする必要があり,①バイタルサインの頻回チェック,②血糖,電解質(特にカリウム),pHの頻回チェック,③基礎疾患の診断が重要であり,①②は,最低でも1時間に1度は必要である。 (イ) O鑑定本症例では,意識障害がすでに存在し,血圧の低下も伴っているため,生命に危機が迫っていると判断し,心機能の異常や肺機能の低下を予想して,動脈血液ガス分析,心電図その他の心肺機能の評価できる検査結果をリアルタイムにモニターする 存在し,血圧の低下も伴っているため,生命に危機が迫っていると判断し,心機能の異常や肺機能の低下を予想して,動脈血液ガス分析,心電図その他の心肺機能の評価できる検査結果をリアルタイムにモニターする必要があり,集中治療室での管理が必要である。 そして,頻繁にバイタルサインはチェックすべきであり,病状が安定する最初の6時間から8時間は,バイタルサインチェック,脳神経学的診察,血糖測定,時間尿量測定,血液電解質測定,動脈血液ガス分析,心電図記録などを1時間ごとに行うことが必須事項である。 (ウ) P鑑定①塩分の喪失を伴う脱水の補正,②インスリン作用欠乏による肝臓での有機酸産出によるアシドーシスについて,インスリン投与によるケトン体産生の抑止を行うべきであるが,本症例は,ショック状態にあるので,集中治療室,一般病棟であれば,集中治療室に準じた監視を行うべきと考える。 イ血液ガスないし血液生化学の検査の頻度について(ア) N鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの場合,脱水補正のための大量輸液及びインスリンの持続投与が行われる。その経過中には,血糖,電解質,pHは変化し,その変化をみながら輸液量,インスリン量を調整する必要がある。また,カリウム補充のタイミングを見極める必要もある。したがって,通常,治療開始初期には,少なくとも1時間に1回程度は,血液ガス及び血液生化学の検査を行い,随時,輸液量,インスリン量,カリウムの補充量をチェックする必要があり,血液ガスないし血液生化学の検査の頻度は,本件患者の状況に照らした場合,必要な限りにおいてなされたとはいえない。 (イ) O鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの治療開始初期には,1時間から2時間おきに血中カリウム,血糖値,血液ガスを検査し,心電図をモニターしなければ危険であるとされ,本件の来院時の状況は, い。 (イ) O鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの治療開始初期には,1時間から2時間おきに血中カリウム,血糖値,血液ガスを検査し,心電図をモニターしなければ危険であるとされ,本件の来院時の状況は,1時間ごとに動脈血液ガス分析,生化学的に電解質測定などを行う必要がある状況であったが,実際には,治療開始後,5時間近くこれがなされておらず,血液ガスないし血液生化学の検査の頻度は,本件患者の状況に照らした場合,必要な限りにおいてなされたとはいえない。 (ウ) P鑑定通常の症例では,血液検査よりも血圧,脈拍,尿量などの全身状態の観察が検査よりも重要であると考えるが,全身状態が悪いこと,当初からカリウムが低値であったことからすれば,通常(4時間ごと)よりも頻回に行うべきと思われるが,本件のような症例を経験したことがないため,何時間ごとが適切であったかは不明である。 ウカリウムの不投与について(ア) N鑑定搬入時のカリウム値は,やや低値であるものの,直ちにカリウムを補充する必要はないが,午後2時17分の時点で低下傾向を示しており,インスリンの持続投与を開始しているのであるから,今後カリウムが低下してくる可能性を治療上の問題点として考慮に入れるべきであった。しかし,その後午後6時10分までカリウム値の測定がなされておらず,午後6時10分のカリウム値は異常低値であり,結果的には不適切であった。 (イ) O鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの治療開始後,血清カリウム値は低下していくことがほとんどである。低カリウム血症は,重篤な結果を招くことが多いので,血清カリウム値が基準値以下にあれば,即刻,補充を開始しなければならない。また,補正量は1時間ごとに調節されなければならず,搬入後,心肺機能低下後の午後5時59分までの約4時間40分,カリウム投 で,血清カリウム値が基準値以下にあれば,即刻,補充を開始しなければならない。また,補正量は1時間ごとに調節されなければならず,搬入後,心肺機能低下後の午後5時59分までの約4時間40分,カリウム投与がされていないことは,不適切であった。 (ウ) P鑑定途中からソリタT2製剤の輸注を開始しており,通常の症例であれば,問題とならなかったが,結果として,カリウム投与が不十分であったといわざるを得ない。 エインスリンの投与量及び方法について(ア) N鑑定インスリンの投与については,1時間当たり5単位から10単位の少量持続静脈内投与で充分であると考えられており,本件の投与量は,1時間当たり0.1単位/kgで,換算すると1時間当たり10単位で投与しており,投与方法も静脈内持続投与で行われているので,インスリン投与量及び投与方法とも適正であった。 (イ) O鑑定少量持続点滴にてインスリンを投与することが必須であり,そのスピードは,患者の標準体重あたりで計算して,1時間当たり0.1単位が目安となり,概ね適正量である。 (ウ) P鑑定初期にインスリン20単位程度静注するほうが血糖低下は速いが,最近はこれを行わないのが常識となっているようであるので,適正であったといえる。 オ補液量について(ア) N鑑定糖尿病性ケトアシドーシスの病態で最も重要なのは,脱水である。したがって,脱水の治療は最優先させるべき治療である。本件でみられる血圧低下は,体循環血漿量の低下によると考えられるし,その結果,末梢血管が収縮し,末梢循環不全が生じ,低体温となっていると考えるのが妥当である。思い切った輸液(通常,最初の1時間で500mlから1000ml)を行い,体循環量を補正しないと,血圧は上昇しないし,心肺への負荷も軽減しない。また,輸液によって,末梢 いると考えるのが妥当である。思い切った輸液(通常,最初の1時間で500mlから1000ml)を行い,体循環量を補正しないと,血圧は上昇しないし,心肺への負荷も軽減しない。また,輸液によって,末梢循環の改善が図られないと,インスリンを投与しても末梢まで到達し得ないので,その効果は,発現しにくくなる。 そうすると,本件での1時間当たり約340mlの補液量は,少ないと考える。 (イ) O鑑定糖尿病性ケトアシドーシスでは,体液喪失は5リットルから10リットルと推定され,減少した体重分の水が喪失していると考える。これを補正することが,治療の一つの重要な目的である。通常,生理食塩水にて補液を行い,そのスピードは最初の1時間は,1リットル入るように,そして続く2,3時間は様子を見ながら同程度のスピードで行う。 本件では,最初からソリタT2で2時間から3時間かけて1.5リットルと指示しており,補液量としては,少ないと思われ,その証拠に低体液量によると思われる低血圧が改善せずに遷延しているのであって,補液量は,不足している。 (ウ) P鑑定体格が成人と同じであり,脱水が高度であるし,治療開始の2時間で生理食塩水を中心に2000mlから3000ml以上輸注するのが適当であると考えられ,補液量が少なすぎる。 (2) 以上の複数鑑定の結果は,本件で行うべき管理・治療について,原告Aは,搬入時,すでに重症であったとして,集中治療室での治療ないしそれに準じた監視を行うべきであったという点,血液ガスないし血液生化学の検査の頻度が不十分であったという点,補液量についても,不十分であったという点で一致している。さらに,カリウムの不投与についても,結果的には,不適切であったという点で一致しており,N鑑定が指摘するように,カリウムが低下してくる可能性を治療上の問題 も,不十分であったという点で一致している。さらに,カリウムの不投与についても,結果的には,不適切であったという点で一致しており,N鑑定が指摘するように,カリウムが低下してくる可能性を治療上の問題点として考慮に入れるべきであったが,その後午後6時10分までカリウムの測定をしていなかったのであり,「結果的には」というものの,D病院が原告Aの管理を適切に行っていれば,カリウムの投与も適正になされたといえるのであって,カリウムの不投与という点においても,D病院の医師の原告Aに対する管理・治療が不適切であったといえる。 そうすると,原告Aは搬入当初から重症というべき状態にあったにもかかわらず,D病院は,原告Aを集中治療室に収容せず,検査の頻度も不十分であって,その結果,カリウムの投与も適切になされず,また,補液量も不十分であったため,糖尿病性ケトアシドーシスの症状を改善させることができず,低カリウム血症を招き,本件の心肺機能低下を招いたということができ,D病院の医師の原告Aに対する管理・治療には,過失があったと認められる。 (3) これに対し,被告は,①D病院においては,集中治療室に収容する患者は,呼吸・循環管理を要する患者に限っているところ,原告Aは,呼吸・循環管理を要する状態ではなかった,②モニタリングは,血糖は2時間ごと,血液ガス分析は4時間ごととしており,それで十分であった,③血糖値の下降及び利尿の確認がされていなかったことから,カリウムの補給を開始すべき時期となっていなかった,④補液量については,小児の特殊性及び原告Aが肥満であったことからすれば,D病院の投与した1時間当たり300mlの補液量は適正量であったといえるので,D病院の管理・治療に不適切な点はない旨主張するので,この点について検討する。 ア ①集中治療室における管理・治療 れば,D病院の投与した1時間当たり300mlの補液量は適正量であったといえるので,D病院の管理・治療に不適切な点はない旨主張するので,この点について検討する。 ア ①集中治療室における管理・治療について原告Aは,搬入時,すでに昏睡状態であり,血圧は80/38mmHg,ケトン体は高値,血糖値は高値であり,午後1時40分に実施した血液ガス検査の結果は,pHは6.963,ナトリウムは131.9mmol/l,カリウムは3.22mmol/lであったことからすれば(基準値は,pHは7.36から7.44,ナトリウムは139mmol/lから146mmol/l,カリウムは3.7mmol/lから4.8mmol/l(甲10参照)),各鑑定も指摘しているように,搬入時の原告Aの糖尿病性ケトアシドーシスの症状は重症であったというべきであり,集中治療室での管理ないしそれに準じた監視を行うべき状態であったといえ,集中治療室への収容を要する状態でなかったとの被告の主張は,何ら根拠がなく,これを採用することはできない。 イ ②血液ガスないし血液生化学の検査の頻度について被告は,検査の頻度について,血糖値の測定は2時間ごと,血液ガス分析は4時間ごととするのが標準であり,それで十分であると主張し,証拠(丙18)中には,糖尿病性昏睡の検査項目とその測定頻度として,血糖値は2時間ごと,血清ナトリウム,カリウム,クロールは2時間から6時間ごとと記載されていることが認められる(なお,被告が準備書面(7)で引用するオーストラリア小児内分泌科学会編集の成書その他の医学文献は,書証として提出されておらず,他に被告の主張を裏付ける証拠はない。)。 しかしながら,医学文献(甲9,10,20,21,丙27,32)によれば,いずれも,血糖値の検査は,1時間ないし2時間ごと,カリウムは 提出されておらず,他に被告の主張を裏付ける証拠はない。)。 しかしながら,医学文献(甲9,10,20,21,丙27,32)によれば,いずれも,血糖値の検査は,1時間ないし2時間ごと,カリウムは概ね2時間ごと(丙27は2時間から4時間,丙32は1時間)とされており,一般的には,1時間ないし2時間ごとの検査が必要であるとされている上,本件のような重症の糖尿病性ケトアシドーシス患者に対しては,N,O各鑑定が述べるように,1時間ごとの頻繁な検査が不可欠であったというべきであり,とりわけ,メイロンを投与する場合には,心電図をモニターしつつ,常に医師が呼吸・心臓の補助管理ができるようにベッドサイドにてスタンバイすることが必須である(O鑑定),メイロン投与後は血液ガス検査でpHをチェックしながらpH7.1以上にならないようにする(丙33),重炭酸ナトリウム療法は,血清中のカリウムを低下させるので,カリウム補充を行い,注意深く血清カリウムをモニタリングしながら,pHが7.0に上がるまで,pHを2時間おきに評価する(丙34の1・2)などとされていることを考慮すると,メイロンの投与を行った本件においては,少なくとも1時間ごとの頻回な検査が必要であったといえる。 そうすると,本件においては,被告が主張する基準による頻度の検査では,不十分であって,被告の主張は採用することができない。 ウ ③カリウムの不投与について被告は,午後2時17分のカリウム値を前提として,血糖値の下降,利尿が確認されていなかったことから,急変時にはカリウムの補給を開始すべき時期となっていなかったと主張する。 しかしながら,本症例では,来院当初,血清カリウム値は基準値下限の値を示していたものであり,この時点で相対的に低カリウム血症になりかかっていると判断すべきである上(O っていなかったと主張する。 しかしながら,本症例では,来院当初,血清カリウム値は基準値下限の値を示していたものであり,この時点で相対的に低カリウム血症になりかかっていると判断すべきである上(O鑑定),原告Aの急変後である午後6時10分のカリウム値は1.67mmol/lであり,N鑑定が指摘するようにカリウムが低下してくる可能性を治療上の問題点として考慮に入れるべきであったにもかかわらず,D病院は,午後2時17分以降,午後6時10分までカリウムの測定をしていなかったということになる。そうとすれば,D病院が原告Aの管理を適切に行っていれば,カリウムの投与も適正になされたといえるのであって,カリウム投与の時期を失したのは,D病院の原告Aに対する管理が不適切であったからにほかならない。 したがって,午後2時17分のカリウム値を前提に,未だカリウムを投与すべき状況ではなかったとする被告の主張は,到底採用することができない。 エ ④補液量について医学文献(甲4,6,10,20ないし25,丙22,27,32,33,38)によれば,糖尿病性ケトアシドーシスの概ね初期の補液については,1時間当たり500mlから1000ml(1kgあたり10mlから15ml)の速度(甲24は,1000mlから2000ml)で補液するとされているところ,複数鑑定の結果は,N鑑定が500mlから1000ml,O鑑定が1000ml,P鑑定が2000mlから3000mlとしており,P鑑定の補液量は,上記文献の基準を上回るものになってはいるものの,各鑑定は,本件の補液量が少なすぎることでは一致しており,上記文献の基準にも概ね合致しているといえるのであって,本件においては,最低でも1時間当たり500mlの速度での補液が必要であったと認められる。 これに対し,被告が主張するよう ことでは一致しており,上記文献の基準にも概ね合致しているといえるのであって,本件においては,最低でも1時間当たり500mlの速度での補液が必要であったと認められる。 これに対し,被告が主張するように,脳浮腫の発症を防ぐため,1時間当たり500ml以上の補液は避けるとするという見解もあるが(Q意見書,丙20,23),Q意見書の「小児の場合,1kgあたり10mlから15mlで,1時間当たり500ml以上の補液は避ける」という基準に従って,原告Aの体重(入院時100kg(丙1の1・2頁))につき,L医師が当時,脂肪を除くとして計算の根拠とした75kg(丙1の1・9頁)として計算しても,1時間当たり750mlから1125mlの補液をすべきことになり,脳浮腫の発症を防ぐために500ml以上の補液を避けるとしても,それ以下の補液量にすべき理由はなく,D病院が輸液した300ml(被告の主張では340ml)が相当な補液量であったとはいえないし,かつ,N,O各鑑定が指摘するように,本件の補液量では,糖尿病性ケトアシドーシスの症状が改善されなかったのであるから,本件の補液量では不十分であったのであって,被告の主張はこれを採用することができない。 オ以上からすれば,被告の管理・治療に対する主張は,いずれも採用することができない。 5 争点4(結果回避可能性)について(1) この点に関する複数鑑定の結果は,概ね以下のとおりである。 ア心肺機能低下の回避可能性について(ア) N鑑定本件を担当した医師の治療に関しては,幾つか疑問が残ることは確かである。しかしながら,本件は,糖尿病性ケトアシドーシスの中でも重症であり,搬入時にすでに危機的状況であり,最悪の事態が生じる可能性は充分あると考えられ,いかなる対応をしようが,心肺停止が生じたとしても不思 しかしながら,本件は,糖尿病性ケトアシドーシスの中でも重症であり,搬入時にすでに危機的状況であり,最悪の事態が生じる可能性は充分あると考えられ,いかなる対応をしようが,心肺停止が生じたとしても不思議ではない。そうすると,心肺機能低下を回避することが可能であったかについては,なんともいえないと判断する。 (イ) O鑑定集中治療を行う体制で,心機能,電解質,バイタルサインのチェックを1時間おきに行い,かつ,メイロンを用いなければ,急変時の心肺停止はなかったと考えられ,心肺機能の低下を回避することは可能であったと考えられる。 (ウ) P鑑定主病態が電解質喪失性脱水とインスリン作用不足によるケトン体産生亢進であるので,これらを適切に補正,是正すれば,理論上は心肺停止を回避でき,急変時の心肺機能低下を回避できた可能性は充分にある。 イ四肢麻痺等の後遺障害の回避可能性について(ア) N鑑定四肢麻痺の後遺症が残ったことは,脳の広範なダメージを示唆する所見である。本件の場合,そのような広範なダメージが生じた原因として,高度の代謝異常からくる脳障害あるいは心肺停止による低酸素症からくる脳障害の二つが考えられる。しかし,ケトアシドーシスだけで本件のような広範な脳の後遺症を来す例は稀である。また,心肺停止にしても,その停止していた時間は約5分であり,後遺症を残すほどではない。したがって,本件の脳障害は,その両者がそれなりに関わって生じたものと判断する。本件は,搬入時,既に高度の代謝異常を呈しており,危篤状態であったと思われ,事態は避けられなかった可能性はあるので,後遺障害の回避可能性については,なんともいえないと判断する。 (イ) O鑑定脳血流が途絶えた状態がわずか約4分間以内に回復しなければ,永続的な脳障害 は避けられなかった可能性はあるので,後遺障害の回避可能性については,なんともいえないと判断する。 (イ) O鑑定脳血流が途絶えた状態がわずか約4分間以内に回復しなければ,永続的な脳障害を残し,本件の心停止が脳の後遺症を引き起こしたかどうかは確定ができないが,四肢麻痺はこのときの脳虚血による可能性がある。また,脳圧迫ヘルニアへ進行したことが四肢麻痺を残した原因である可能性もあり,管理・治療が適切であれば,やはり,脳浮腫もここまで悪化せずにすんだものと予想される。しかし,搬送時,すでに脳浮腫と意識障害があり,後遺症の出現は不可避であった可能性もある。搬入後の処置よりも,糖尿病性ケトアシドーシス発症から搬入までの時間が長く経過してしまったことに責任を帰すべきであると考えられる。 管理・治療法が正しく行われていれば,心肺機能の低下を防ぐことができたと考えられ,心肺機能の低下が後遺症の原因である可能性は,少ないながらもあり,後遺障害を回避できた可能性もある。しかし,四肢麻痺に至った直接原因は同定できず,担当医の管理・治療法の誤りが後遺症の原因であるとすることには飛躍が大きすぎ,本件の資料だけでは判定が困難である。 (ウ) P鑑定血液pHが本件よりも低かったり,ショックのため初めから人工呼吸器を装着した糖尿病性ケトアシドーシスの症例で,心肺停止せず回復した場合,脳障害,四肢機能障害を遺したものを経験していないので,心肺停止を回避していれば,後遺障害はなかったものと思われる。 (2)ア心肺機能低下の回避可能性についてこの点に関する複数鑑定の結果は,O,P各鑑定がこれを肯定している一方で,N鑑定は,原告Aの症状が搬入時,すでに重症であったことを理由に,回避可能性についてなんともいえないとしている。しかしながら,N鑑定 に関する複数鑑定の結果は,O,P各鑑定がこれを肯定している一方で,N鑑定は,原告Aの症状が搬入時,すでに重症であったことを理由に,回避可能性についてなんともいえないとしている。しかしながら,N鑑定も回避可能性を否定しているものではないことに加え,N鑑定自身も,D病院の医師が適切な治療を行ったかという点に関し,疑問を呈しているように,原告Aの症状が搬入時,すでに重症であったにもかかわらず,D病院が適切な管理・治療を怠ったものであって,本件の心肺機能低下の原因は,糖尿病性ケトアシドーシスの悪化に伴う各種の要因が重複した結果であると解されるところ,搬入時から本件の心肺機能低下に至るまで4時間以上経過しているのであり,この間に,各検査を頻回に行って,カリウムを適切に投与した上,十分な補液をしていれば,低カリウム血症を招くこともなく,糖尿病性ケトアシドーシスの症状を改善させることができた高度の蓋然性があると認められるのである。 したがって,D病院が適切な管理・治療をしていれば,本件の心肺機能の低下は,十分に回避できたというべきである。 イ四肢麻痺等の後遺障害の回避可能性についてこの点に関する複数鑑定の結果は,四肢麻痺等の後遺障害の回避可能性について,P鑑定が回避可能であったとしているものの,N鑑定及びO鑑定は,回避可能性について断定的な回答を避けているといえるので,これについて検討する。 N鑑定は,後遺障害の原因を高度の代謝異常からくる脳障害あるいは心肺停止による低酸素症からくる脳障害の二つが考えられるとして,本件の脳障害は,その両者がそれなりに関わって生じたものと判断した上で,搬入時,すでに高度の代謝異常を呈しており,危篤状態であったと思われ,事態は避けられなかった可能性はあるので,後遺障害の回避可能性については,なんともいえ れなりに関わって生じたものと判断した上で,搬入時,すでに高度の代謝異常を呈しており,危篤状態であったと思われ,事態は避けられなかった可能性はあるので,後遺障害の回避可能性については,なんともいえないとしている。 O鑑定は,後遺障害の原因について,心肺停止による脳虚血,脳浮腫による脳圧迫ヘルニア,糖尿病性ケトアシドーシスによる神経障害を示唆しつつ,四肢麻痺に至った直接原因は同定できないとして,回避できた可能性もあるが,本件資料だけでは判定が困難であるとしている。 P鑑定は,心肺停止を回避していれば,後遺障害はなかったものと思われるとしており,後遺障害の原因は,心肺停止であると考えていることが認められる。 そうすると,各鑑定によれば,後遺障害である四肢麻痺の原因は,①糖尿病性ケトアシドーシス(高度の代謝異常)による脳神経障害,②心肺停止に基づく脳障害,③脳浮腫による脳圧迫ヘルニアが考えられるところ,糖尿病性ケトアシドーシスだけで本件のような広範な脳の後遺症を来す症例は希であることからすれば(N,P各鑑定),①の糖尿病性ケトアシドーシス(高度の代謝異常)による脳神経障害が本件後遺障害の原因である可能性は低いというべきである。また,争点2についての項で検討したとおり,本症例において,③の脳浮腫は,軽度のものが認められたにすぎず,心肺機能低下の直接の原因とは認められないのと同様に,本件後遺障害の主たる原因と認めることもできない。結局,本件における,後遺障害である四肢麻痺の原因は,②の心肺停止に基づく脳障害であると認めるのが合理的である。そして,前記アで述べたとおり,心肺機能低下の回避可能性はあったことが認められるのであるから,心肺機能低下に基づく後遺障害(心肺停止に基づく脳障害)の回避も可能であったと認めるのが相当である。 そもそも, 記アで述べたとおり,心肺機能低下の回避可能性はあったことが認められるのであるから,心肺機能低下に基づく後遺障害(心肺停止に基づく脳障害)の回避も可能であったと認めるのが相当である。 そもそも,不作為の過失における回避可能性の判断にあたっては,100パーセント回避が可能であったことの立証を要求するものではないのであって,本件後遺障害の原因が心肺機能低下であると認められるとすれば,心肺機能低下を回避できた以上,これを原因とする後遺障害の回避可能性が存在すると認められるのである。 なお,仮に,本件後遺障害の主たる原因が糖尿病性ケトアシドーシス(高度の代謝異常)による脳神経障害であったとしても,搬入時にすでに脳神経障害が進行していたかは明らかではなく(これを認めるに足りる証拠はない。),これを原因とする回避可能性の程度がどの程度であるかは不明であるものの,D病院が適切な管理・治療を行っていれば,糖尿病性ケトアシドーシスの悪化を防ぐこともできたといえるのであって,これを原因とする回避可能性について,これを否定することはできない。後遺障害の回避可能性の有無を判断するための証拠資料は,D病院における経過観察等を記した諸記録であるところ,本件のように,D病院が患者の重症度を誤認して,適切な管理・治療を怠ったために,原告Aの後遺障害の原因を判定するための証拠資料が足りないという面も否定することができないことなどを考慮すると,本件後遺障害の主たる原因が糖尿病性ケトアシドーシス(高度の代謝異常)による脳神経障害であったとしても,D病院が適切な管理・治療を行った場合には,本件後遺障害を回避することができたと認めるのが相当である。 (3) これに対し,被告は,原告Aの後遺障害は,搬入時,すでに糖尿病性ケトアシドーシスによる中枢神経障害が進行していたこと及 た場合には,本件後遺障害を回避することができたと認めるのが相当である。 (3) これに対し,被告は,原告Aの後遺障害は,搬入時,すでに糖尿病性ケトアシドーシスによる中枢神経障害が進行していたこと及び脳浮腫による切迫脳ヘルニアが原因となって生じたものであり,回避することはできなかったと主張する。 しかしながら,争点2についての項で述べたとおり脳浮腫が心肺機能低下の直接原因であるとは認められないし,脳浮腫が心肺機能低下に少なからず関与しているとしても,午後2時30分のCT検査で,軽度脳浮腫が判明しているにもかかわらず,原告Aが急変に至る午後5時50分に至るまで,脳浮腫に対する治療もしていないであって,脳浮腫が寄与しているとしても,D病院の治療が不十分であったといえるのであって,この点を考慮しても,なお,本件後遺障害の回避可能性を否定することはできない。また,中枢神経障害が原因であるとの主張についても,上記(2)イで述べたとおり,D病院が適切な管理・治療を行っていれば,糖尿病性ケトアシドーシスの悪化を防ぐこともできた可能性があること,D病院が患者の重症度を誤認して,適切な管理・治療を怠ったものであることからすれば,搬入時,すでに重症であったことを理由に,糖尿病性ケトアシドーシスによる中枢神経障害が進行しており,本件の後遺障害を回避することはできなかったという被告の主張は,これを採用することができない。 (4) 以上からすれば,D病院の医師は,原告Aの重症度を誤認して,原告Aに対し,適切な管理・治療を怠った過失があるといえ,しかも,適切な管理・治療を行っていれば,本件の後遺障害を回避することができたというべきであるから,被告は,債務不履行ないし不法行為に基づき,原告らに対し,原告Aの後遺障害によって生じた後記損害を賠償すべき責任がある。 行っていれば,本件の後遺障害を回避することができたというべきであるから,被告は,債務不履行ないし不法行為に基づき,原告らに対し,原告Aの後遺障害によって生じた後記損害を賠償すべき責任がある。 6 争点5(損害額)について原告らが本件医療事故によって被った損害は,以下のとおりと認めることができる。 (1) 治療費等合計468万4260円ア治療関係費 189万5387円証拠(甲34の1ないし23)によれば,原告Aは,障害児福祉施設入所者負担金として,189万5387円を支払ったことが認められ,その他の治療関係費については,これを認めるに足りる証拠はない。 イ訴え提起後に要した治療費 58万2700円後掲各証拠によれば,原告Aは,訴え提起後に,治療関係費として,以下の支出をしたことが認められ,その他の訴え提起後に要した治療費については,これを認めるに足りる証拠はない。 (ア) 針灸治療費 48万3600円(甲32の1ないし12)(イ) 通院交通費 4万0800円(甲33の1)(ウ) 治療費 5万8300円(甲33の2・3)ウ付添看護費 154万7520円(ア) 証拠(甲16,丙1の1・1,2頁)によれば,原告Aは,平成8年4月29日から同年12月2日まで,D病院に入院していたことが認められ,原告Aの症状を考慮すると,その間の入院時の近親者の付添費用は,1日当たり6500円が相当であり,入院日数218日間の付添費用は,141万7000円となる。 (イ) 証拠(甲35の1ないし3)によれば,原告Aは,介護費用として13万0520円を支払ったことが認められる。 (ウ) その他の付添看護費については,これを認めるに足りる証拠はない。 エ入院雑費 32万7000円証拠(甲16,丙1の1・1,2頁)によれば,原告Aは,平 20円を支払ったことが認められる。 (ウ) その他の付添看護費については,これを認めるに足りる証拠はない。 エ入院雑費 32万7000円証拠(甲16,丙1の1・1,2頁)によれば,原告Aは,平成8年4月29日から同年12月2日まで,D病院に入院していたことが認められ,その間の入院雑費は,1日当たり1500円が相当であり,入院日数218日間の入院雑費は,32万7000円となる。 その他入院雑費について,原告Aが損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。 オ通院交通費・宿泊費通院交通費・宿泊費について,これを認めるに足りる証拠はない。 カ医師等への謝礼医師等への謝礼については,これを本件と相当因果関係のある損害と認めることはできない。 キ将来の治療費将来の治療費については,これを必要かつ蓋然性が高いものと認めるに足りる証拠はない。 ク家庭教師費用証拠(甲31の1ないし4)によれば,原告Aは,平成12年から平成15年にかけて,家庭教師費用として,473万8906円を支払ったことが認められる。 しかしながら,大学進学のための家庭教師費用は,本件と相当因果関係のある損害と認めることはできない。 ケ器具等購入費 33万1653円証拠(甲36の1・2,甲37)によれば,原告Aは,器具等購入費として,33万1653円を支払ったことが認められる。 その他の器具等購入費については,これを認めるに足りる証拠はない。 コ家屋・自動車等改造費家屋・自動車等改造費については,これを認めるに足りる証拠はない。 (2) 将来の付添看護費合計6471万5084円証拠(甲30,38)によれば,原告Aは,四肢麻痺の後遺障害のほか,視力にも障害があり,発声による会話や,一人で食事をすることもできない状態であることが認められ,その症 合計6471万5084円証拠(甲30,38)によれば,原告Aは,四肢麻痺の後遺障害のほか,視力にも障害があり,発声による会話や,一人で食事をすることもできない状態であることが認められ,その症状からすれば,今後も,その生涯にわたり,日常生活全般について,一定の介護が必要であると認められる。 ただし,補助的介護者の主張については,現在は,ボランティアによる介護を受けていることが認められることから,それ自体の請求を認めることはできない。 ア近親者原告Cが67歳になるまで,近親者による介護を行うものとすると,その介護に要する費用相当額としては,1日当たり8000円として,年間292万円とするのが相当である。 したがって,年間292万円を基礎として,訴え提起時から原告Cが67歳になるまでの20年につき,ライプニッツ式計算法(係数は,12.4622)によって中間利息を控除して算定すると,将来の近親者付添費は3638万9624円となる。 イ職業付添人原告Cが67歳になった以降は,職業付添人による介護が必要であると認められ,その費用相当額としては,1日当たり1万2000円として,年間438万円とするのが相当である。 したがって,年間438万円を基礎として,18歳(訴え提起時)男子の平均余命を60年,職業付添人による介護の始期をその20年後からとして,ライプニッツ式計算法(係数は,18.9292-12.4622=6.467)によって中間利息を控除して算定すると,将来の職業付添人による付添費は2832万5460円となる。 (3) 逸失利益 8192万0849円原告Aは,現在でも大学進学を望み,家庭教師による英語の学習をしていることなどからすれば,本件事故による後遺障害を負わなければ,希望どおり,大学に進学した上で就職した 逸失利益 8192万0849円原告Aは,現在でも大学進学を望み,家庭教師による英語の学習をしていることなどからすれば,本件事故による後遺障害を負わなければ,希望どおり,大学に進学した上で就職した蓋然性が高いものと認められる。 以上を前提にして,平成8年における男子労働者大卒全年齢平均賃金センサスである680万9600円を基礎収入とし,労働能力喪失率は100パーセント,就労可能年数を67歳まで,就労の始期を22歳からとしてライプニッツ式計算法(係数は18.4934-6.4632=12.0302)によって中間利息を控除して算定すると,逸失利益は8192万0849円となる。 (4) 慰謝料合計2900万円ア原告Aの慰謝料 2500万円原告Aは,本件事故により,四肢麻痺等の後遺障害を負い,常に第三者の介助が必要であることのほか,コミュニケーションも限られた方法でしか行うことができないことなど諸般の事情を考慮すると,原告Aの精神的損害を慰謝するためには,傷害分及び後遺障害分を合わせて,2500万円をもって慰謝するのが相当である。 イ原告B及び原告Cの慰謝料各200万円本件は,原告B及び原告Cの唯一の子である原告Aが四肢麻痺等の後遺障害を負ったものであり,原告Bは,アメリカでのリハビリテーションのため4か月間会社を休職していること,原告Cは,自らの仕事を辞め,原告Aの介護にあたっていることなど諸般の事情を考慮すると,原告B及び原告Cの精神的損害を慰謝するためには,各200万円をもって慰謝するのが相当である。 (5) 弁護士費用は,原告Aについては800万円,原告B及び原告Cについては各20万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 (6) 以上によれば,本件における損害額は,原告Aについては,1億8 は,原告Aについては800万円,原告B及び原告Cについては各20万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 (6) 以上によれば,本件における損害額は,原告Aについては,1億8432万0193円,原告Bについては,220万円,原告Cについては,220万円となる。 第4 結論よって,原告らの請求は,被告に対し,原告Aが,1億8432万0193円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,原告Bが,220万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで前記同様年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,原告Cが,220万円及びこれに対する平成8年4月30日から支払済みまで前記同様年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,原告らのその余の各請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき,同法259条1項を,それぞれ適用したうえ,その免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。 千葉地方裁判所民事第2部裁判長裁判官小磯武男裁判官見米正裁判官国分貴之
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