主文 本件各控訴を棄却する。 理由 検察官の控訴趣意は,検察官吉野太人作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人連名作成の答弁書記載のとおりである。また,弁護人の控訴趣意は,弁護人連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書記載のとおりである。 検察官の論旨は事実誤認であり,弁護人の論旨は量刑不当である。 第1 事案の概要並びに原審の審理経過及び原判決の骨子 1 事案の概要本件は,被告人が,平成30年12月29日午後9時53分頃,普通乗用自動車(メルセデス・ベンツ。排気量約3.5ℓ。車両重量約1.7t。 平成24年初度登録。以下「被告人車両」)を運転し,三重県津市内の上り線と下り線が中央分離帯で区切られた片側3車線の直線道路(国道23号。法定最高速度60㎞毎時。以下「本件道路」)の第3車線を進行中,左方路外施設から中央分離帯の開口部(中央分離帯の切れ目部分)に向かって左から右に横断してきたタクシー(トヨタクラウン。以下「被害車両」)の右側側面に自車前部を衝突させ,被害車両の運転手1名の外,タクシーの乗客4名中3名を死亡させ,1名に加療期間不詳の傷害を負わせた,という事案である。 原審検察官は,主位的訴因として,被告人は,その進行を制御することが困難な時速約146㎞の高速度で自車を進行させたことにより,自車の進行を制御できなかったとして危険運転致死傷罪の主張を,予備的訴因として,被告人は,法定速度を遵守するはもとより,速度を調節して進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,法定速度を遵守せず,速度を調節せずに進路の安全確認不十 分のまま漫然時速約146㎞で進行した過失があったとして過失運転致死傷罪の主張をした。 上の注意義務があるのにこれを怠り,法定速度を遵守せず,速度を調節せずに進路の安全確認不十 分のまま漫然時速約146㎞で進行した過失があったとして過失運転致死傷罪の主張をした。 2 原審の審理経過及び原判決の骨子 本件では,被告人の行為が自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(いわゆる自動車運転死傷行為等処罰法。以下「法」)2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」(以下「進行制御困難高速度」と呼ぶことがある)に該当するかどうかが争われた。そして,公判前整理手続では,法2条2号にいう「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」については「そのような高速度では自動車を制御することが物理的に困難な状態になっていること」を意味するものと解した上,条文が「進行を制御することが困難な」という限定を付けていることの意味について,高速度走行の持つ一般的な危険を問題としているのではなく飽くまでも「物理的な意味での制御困難性」が問題になるとの認識に立ち,本件道路が片側3車線の直線道路であったこと及び被告人車両の性能を前提とすると,被告人車両が法定速度を大幅に超過する高速度で走行していただけでは,障害物がない状態で直進走行している限りにおいては「物理的な意味での制御困難性」は生じないとし,被害車両が被告人車両の進路に進出してきたことなどにより,被告人車両の通過できる進路の幅やルートが制限されたという特別な状況が付け加わって初めて「物理的な意味での制御困難性」が問題になり得るとの認識が法曹三者の間で共有された。 そして本件の争点として,① そのような特別な状況を進行制御困難性の判断要素とすることが許されるか,② 許されるとして被告人に故意(物理的な が問題になり得るとの認識が法曹三者の間で共有された。 そして本件の争点として,① そのような特別な状況を進行制御困難性の判断要素とすることが許されるか,② 許されるとして被告人に故意(物理的な意味での進行制御困難性が生ずる状況の認識・予見)があったかの2点が設定された。なお,争点①は,進行制御困難性の判断要 素としてこれまでの実務で指摘されている車両速度,車両の構造・性能,道路の状況(道路の形状,路面の状況等)等の「道路の状況」という要素の中に,他の走行車両の存在を含ませることができるか,という法解釈の問題が前提となっている。 原判決は,争点①について,駐車車両や他の走行車両も,その存在に応じて被告人車両の進路の幅が狭められるなどの客観的状況がある以上は道路の物理的な形状と同視でき,殊更別異に解すべき理由はないとして,他の走行車両も「道路の状況」という要素に含まれるとの解釈に立ち,他の車両の存在により被告人車両の通過できる進路の幅やルートが制限されたという特別な状況を進行制御困難性の判断要素とすることが許されるとした。その上で,被害車両を含む他の走行車両の存在によって被告人車両が進行できる幅やルートが限定されたと認定し,幅やルートが限定されたそのような進路を時速約146㎞もの高速度で進行させることは極めて困難であったとして被告人の行為が進行制御困難高速度での走行に該当するとした。 他方で,争点②について,被告人に法2条2号所定の故意があったと認定するには合理的疑いが残るとして主位的訴因である危険運転致死傷罪の成立を否定し,予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めるにとどめ,同罪が定める最高刑である懲役7年を言い渡した。 第2 検察官控訴について 1 検察官の論旨所論は,争点①を肯定した 罪の成立を否定し,予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めるにとどめ,同罪が定める最高刑である懲役7年を言い渡した。 第2 検察官控訴について 1 検察官の論旨所論は,争点①を肯定した原判決を前提に,被告人には危険運転致死傷罪の故意が優に認められるのに,故意の解釈及び認定方法を誤り,論理則,経験則等に反する判断を重ねた結果,故意は認められないとの判断に至った争点②の原判決の結論には事実の誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるという。 2 当裁判所の結論当裁判所は,そもそも原判決が争点①で示した法2条2号の解釈それ自体を支持することができず,この誤った解釈を前提に被告人の行為が法2条2号に該当すると認定した原判決には事実の誤認があるものの,争点②で主位的訴因である危険運転致死傷罪の故意を認めず予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めるにとどめた結論自体は正当であり,結局,原判決の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかではないと判断した。以下,理由を述べる。 3 法2条2号の法解釈について 所論は,法2条2号の解釈について,進行制御困難性の判断要素の一つである「道路の状況」には,道路自体の物理的形状だけでなく,道路上に存在する駐車車両のみならず他の走行車両も含まれると主張する。そしてその根拠について,進行制御困難な高速度であるか否かは自車が進行できる幅やルートとの関係において決せられるところ,自車が進行できる幅やルート,進行方法は道路自体の物理的形状のみならず,進路前方の障害物が存在するか否かによっても左右されることとなるから,例えば工事現場などの障害物がある場合と駐車車両や他の走行車両等がある場合とで何ら違いはなく両者を区別する合理的理由はないという。 方の障害物が存在するか否かによっても左右されることとなるから,例えば工事現場などの障害物がある場合と駐車車両や他の走行車両等がある場合とで何ら違いはなく両者を区別する合理的理由はないという。 所論は,その主張を裏付ける資料として,自動車運転による死傷事故の実情等に鑑み早急に罰則を整備する必要があるとの法務大臣からの諮問を受けて行われた法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会第3回会議での議事録に「駐車車両もある意味で道路のカーブと同視できる場合ではなかろうかと思います」との立法担当者の発言があることを挙げ,このことから駐車車両も「道路の状況」に含まれるとし,その上で,駐車車両と走行車両とを区別する合理的理由はない という。 たしかに,所論指摘の発言内容からすると,立法担当者側は「道路の状況」という要素に駐車車両の存在も含まれると想定していたことが読み取れる。しかしながら,駐車車両に加えて走行車両も「道路の状況」に含めることまで想定していたかについては疑問がある。 法制審議会刑事法部会第1回から第3回までの議事録を通読すると,その第2回会議では,立法担当者側から進行制御困難な高速度とはどのような場合かとの説明がされた際「したがいまして,このような制御困難な高速度に達していない場合であれば,例えば住宅街をそこそこの速い速度で走行いたしまして,速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こしたような場合でありましても本罪には当たらない」旨の説明がされたこと,また,参加委員からの「道路が真っすぐであるか,幅がどの程度であるか,舗装が砂利なのかアスファルトなのかコンクリートなのか,あとはどの程度のアールで曲がっているのかということは具体的に勘案しなければ,あと,走っているのがポルシェ すぐであるか,幅がどの程度であるか,舗装が砂利なのかアスファルトなのかコンクリートなのか,あとはどの程度のアールで曲がっているのかということは具体的に勘案しなければ,あと,走っているのがポルシェなのかサニーなのかということは具体的に考えなければいけないことなんですが,他に歩行者がいるかどうか,それから他に車がいるかどうかこれは考えないという前提でなければ,私はいけないと思う」との発言に続けて,立法担当者側が「基本的には今おっしゃったことを念頭に置いて考えている」旨述べていること,さらに参加委員の意見としてではあるが「道路の客観的状況のほかに他の歩行者の在り方,それから他の車の在り方,それまで道路状況に含める含めないで相当変わってくるわけですね。そうすると,仮に歩行者,他の車まで具体的な道路状況の中に入れ込んで考えるというところまできて更に脇見をしたとしても,それは脇見との因果関係は認めませんとなると,際限なくこの条文が適用される範囲が広がってくるので はないかということになってこれは大変なことであるという感じをもっている」旨の発言があったこと,これもまた参加委員の意見として「法文にそんな言葉は使えないというご意見もあるかもしれませんが,例えば『制御することが物理的に困難な著しい高速度』と。『物理的』というのは,多分法文にはなじまないとは思うのですが,こういうような趣旨で,要するに今ここで議論になっているように,他の通行人の存在だとか,そういうものは基本的に含まない,客観的に車の性能,あとは客観的な道路状況との関係において制御困難であるということが明確に読み取れるような修飾語をどこかに付けていただけないかというふうに思います」旨の発言があったこと,その後に開催された第3回会議では,参加委員からの「確認になるの いて制御困難であるということが明確に読み取れるような修飾語をどこかに付けていただけないかというふうに思います」旨の発言があったこと,その後に開催された第3回会議では,参加委員からの「確認になるのかもしれませんが,真っすぐな道を想定していただきたいと思うのですが,いわゆる何らかの対象を発見した後,その手前で正しく止まれないような速度で走っていたような場合には進行制御困難高速度には当たらないというふうな前回までのご説明だと思いますが,その点について変更がないか」との質問に対して立法担当者側は「その点は,変わりはございません。 個々の歩行者であるとか通行車両があるということとは関係のない話でございます」と答えていることが認められる。この最後のやりとりについては,個々の歩行者や通行車両との関係で停止できなかったことをもって進行制御困難高速度に当たるわけではないことを述べたに過ぎず,「道路の状況」という要素に歩行者や他の走行車両を含まないという趣旨ではないとみる向きもあるが,要するに,立法担当者側は進行制御困難高速度に当たるかどうかの判断に際し,個々の歩行者や通行車両は考慮に入れないと述べているのであるから,それは「道路の状況」という要素に個々の歩行者や通行車両は含めないという議論と実質的に同じことを述べていると読むのが自然である。 そうすると,第3回会議までの立法担当者側の説明及び参加委員からの意見や疑問といった議論状況も踏まえ,かつ,立法担当者側は,一方で駐車車両もある意味で道路のカーブと同視できると述べていることとの対比からすれば,個々の歩行者や通行車両は進行制御困難性判断の考慮対象としては想定していない,すなわち,「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立っていると理解するのが自 比からすれば,個々の歩行者や通行車両は進行制御困難性判断の考慮対象としては想定していない,すなわち,「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立っていると理解するのが自然である。したがって,立法担当者の発言の一部を踏まえて,「道路の状況」という要素に,駐車車両のみならず他の走行車両も含むとすることが立法者の意思であるとする所論には賛同できない。 原判決もまた,所論と同様に,駐車車両と他の走行車両とを区別する合理的理由はない旨説示しているところ,立法者意思も一つの検討要素としつつも,本件事案の特殊性を考慮し,被害者感情なども勘案した結果としてこれまでの実務の在り方を変えるものとして原判決が示したような法解釈もあり得るのではないかと解する余地もないわけではない。そこで,法2条2号の法解釈について更に検討を加えることにする。 駐車車両は路上等に静止状態で置かれている。したがって,それとの接触や衝突を避けるための進路(幅やルートが制限される場合もあり得る)を想定し,想定した進路を前提として進行制御困難性を判断することは難しいことではない。 これに対し,他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるということは,他の走行車両の移動方向や移動速度を前提にして,その車両との接触や衝突を避けるための進路を想定し,この想定した進路を前提として進行制御困難性を判断することになる。原判決が,他の車両の存在によって自車の通過できる進路の幅やルートが制限され, そのため,そのままの高速度で進行するとハンドルやブレーキの僅かな操作ミスにより自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況,と本罪における故意の対象を明示したのは正にそのような考えに基づいた帰結にほかならない。しかし,走行 度で進行するとハンドルやブレーキの僅かな操作ミスにより自車を進路から逸脱させる危険が生じる状況,と本罪における故意の対象を明示したのは正にそのような考えに基づいた帰結にほかならない。しかし,走行車両は文字通り走行状態すなわち可動状態に置かれており,その移動方向や移動速度は不確定かつ流動的である。したがって,自車周辺に存在する走行車両は様々な可能性により自車の進路の障害となり得るのであり,こうした走行車両との接触や衝突を避けるための進路も不確定かつ流動的にならざるを得ない。 このような事前予測が困難な不確定かつ流動的な要素を抱える他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるということは,類型的,客観的であるべき進行制御困難性判断にそぐわないといわざるを得ず,罪刑法定主義の要請である明確性の原則からみても相当ではない。 また,他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素として考慮できるとすると,本罪の故意の対象として,他の走行車両の動静及びそれが自車の進路に及ぼす影響等についての認識・予見が求められることになるが,認識・予見の程度の具体性をいかに強調したところで,不確定かつ流動的な事情が前提とならざるを得ないことに照らせば,認識・予見の有無の判断に際し,過失犯における予見可能性の有無との区別が曖昧となり,過失犯として処罰すべきものを故意犯として処罰することになるおそれも否定できない。 そもそも危険運転致死傷罪は,悪質・危険な運転行為による死傷事犯のうち過失犯として処罰することが相当でないものを故意犯とし,傷害・傷害致死に準じた重い法定刑で処罰しようと定められた罰則強化規定であることに鑑みると,処罰対象となる危険運転行為は悪質・危険な類型に限定されているとみるべきであるから,解釈によってその処 罰対象 い法定刑で処罰しようと定められた罰則強化規定であることに鑑みると,処罰対象となる危険運転行為は悪質・危険な類型に限定されているとみるべきであるから,解釈によってその処 罰対象を拡大することは法の創設趣旨にそぐわないといわざるを得ない。 原判決は,被告人の故意を認めることについては合理的疑いが残るとして故意を否定した。その判断過程で,被告人には,自車の進路が狭められすり抜けることが極めて困難になっている状況が絶対に生じないとはいいきれないという程度の状況認識はあったが,その程度の希薄な認識で故意があったと評価するのであれば,法定速度を多少なりとも超過して走行する運転者の多くが,自車の進路に入り込んでくる他車に気付くのが遅れて回避困難な状況に陥り,自車を他車に衝突させて人身事故を起こした場合,法2条2号の責任を問われ得ることになり,このような扱いは危険運転致死傷罪の処罰範囲を明確にしようとした立法者の意思に反する結果となりかねない旨説示した。原判決が故意を否定した過程で示した当該説示は,危険運転致死傷罪の創設趣旨に沿ったものでありその限度で評価できる。 しかしながら,これまで述べてきた立法者意思の探索結果に加え,罪刑法定主義の要請である明確性の原則の堅持,危険運転致死傷罪の創設趣旨との整合性等の検討を踏まえると,法2条2号に関する原判決の解釈は是認できない。 4 当裁判所の法解釈を前提にした帰結進行制御困難性の判断要素の一つである「道路の状況」という要素に,他の走行車両は含まれないとの当裁判所の解釈によれば,被害車両を含む他の走行車両の存在は判断対象外となる。したがって,他の走行車両によって自車の進路の幅やルートが制限されたか否かは問題となり得ない。 そこで改めて本件の主位的訴因である危険運転 被害車両を含む他の走行車両の存在は判断対象外となる。したがって,他の走行車両によって自車の進路の幅やルートが制限されたか否かは問題となり得ない。 そこで改めて本件の主位的訴因である危険運転致死傷罪の成否について検討するに,本件公訴事実では,被告人が「その進行を制御するこ とが困難な時速約146㎞の高速度で自車を進行させたことにより,自車の進行を制御できず」被害車両と衝突したとされている。すなわち,原審検察官は,被告人車両が被害車両と衝突したのは,被告人が自車を制御できなくなった結果であると主張していることは明らかである。そしてここでいう「自車の進行を制御できず」とは,被告人が自車の動きをコントロールできなくなったこと,すなわち,自車を進路から逸脱させたこと(タイヤと路面の摩擦力の低下又は喪失により運転者の意図とは関係なく車両が横滑りや滑走して想定進路から外れること)を意味するものと解される。 本件の事故状況についてみると,被告人は時速約146㎞の高速度で走行していたため,被害車両を発見した時点で,被害車両との車間距離が停止可能距離を既に割り込んでおり,被害車両との接触を回避することは絶望的な状況であった。被告人は,自車が被害車両付近に到達する頃までには被害車両が第3車線方向へ進出するであろうと予想し,ハンドル・ブレーキ操作で被害車両との接触を回避しようと試み,それまで走行していた第3車線から第2車線に車線変更し被害車両の後方を通過しようとしたものの,もともと回避困難な状況であったことに加えて,被害車両が被告人の予想と異なり,第2車線にとどまっていたこともあいまって,同車線上で衝突したものである。 原審検察官は,冒頭陳述で,被告人が自車の進行を制御できなかったことに関して,被告人は高 両が被告人の予想と異なり,第2車線にとどまっていたこともあいまって,同車線上で衝突したものである。 原審検察官は,冒頭陳述で,被告人が自車の進行を制御できなかったことに関して,被告人は高速度のため思うとおり自車を動かせず,左にハンドルを切った直後,右方に自車をふらつかせて被害車両側面に衝突した旨主張していた。しかしながら,記録を精査しても,左にハンドルを切った直後,被告人車両が右方にふらついた事実は認められない。被告人は,衝突地点手前で第3車線から第2車線へ車線変更しているが,車線変更をするためには一旦左へハンドルを切った直後 に右へハンドルを切る必要があり,被告人車両もそのような動きをしている。この点,被告人は,ハンドルを左に切った記憶はあるが,意図的に右にハンドルを切ったという明確な記憶はない旨述べているが,被告人車両に搭載されたドライブレコーダーの記録画像からは,これを認めることができる。原審検察官は,被告人が右方へ自車をふらつかせたと主張するが,被告人車両が左から右へ動いたのは車線変更に伴う車の通常の動きと理解すべきであり運転者の意に反する動きではない。また,原審検察官は,論告で,被告人はハンドル操作により被害車両の後方を進行しようとして,実際には被害車両の側面中心部へと突っ込んだことを踏まえて,被告人は自車をコントロールできず,進行しようとした進路から大きく逸脱した旨,冒頭陳述での主張とはややニュアンスを異にする主張をするに至った。ここでいう,被告人が進行しようとした進路とは,被害車両の後方を進行する進路を指すものと主張するが,被告人は,被害車両の後方を走行しようとして第3車線から第2車線に車線変更しそのとおり走行したのであり,進行しようとした進路から逸脱はしていない。被害車両が第2車線 する進路を指すものと主張するが,被告人は,被害車両の後方を走行しようとして第3車線から第2車線に車線変更しそのとおり走行したのであり,進行しようとした進路から逸脱はしていない。被害車両が第2車線にとどまっていたために衝突するに至ったものであり,原審検察官が論告で主張するような「進行しようとした進路から大きく逸脱した」から衝突したのではない。 結局のところ,本件では,被告人車両が車線変更をしたことはあっても,衝突に至るまでの間に自車の進路から逸脱したことは証明されていたとはいえない。すなわち,原審検察官が公訴事実の中で主張していた,被告人が自車の進行を制御できなかった事実は証明されていなかったといわざるを得ない。また,衝突時の被告人車両の速度,被告人車両の構造・性能,本件道路の状況などを踏まえてみても,被告人の行為が,法2条2号の進行制御困難高速度に該当するとはいい難 く,本件で危険運転致死傷罪の成立を認めることは困難である。 もちろん,制限速度60㎞毎時の一般道を時速約140㎞を超える高速度で,しかも頻繁に車線変更を繰り返し,他の車両の間隙を縫うように走り抜けるという,公道である本件道路をあたかも自分一人のための道路であるかのごとき感覚で走行するという身勝手極まりない被告人の運転が常識的にみて「危険な運転」であることはいうまでもない。 しかしながら,本件では,被告人の運転が単に「危険運転」になるか否かが問われているのではなく,法2条2号に定める「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」といえるかが問題になっている。法2条2号は,単なる高速度での運転ではなく,進行制御困難な高速度であることを必要としているのであるから,被告人の運転が危険な運転であることは明白であるとしても 行為」といえるかが問題になっている。法2条2号は,単なる高速度での運転ではなく,進行制御困難な高速度であることを必要としているのであるから,被告人の運転が危険な運転であることは明白であるとしても,条文の文言及びその立法趣旨をゆるがせにはできない。 そうすると,過失運転致死傷罪が成立するとした原判決の判断に誤りはない。 5 小括以上によれば,被告人の行為は主位的訴因である危険運転致死傷罪の構成要件には該当しないから,被告人の行為が進行制御困難高速度運転に当たるとした原判決には事実の誤認があるが,故意は認められないとして同罪の成立を否定した原判決は結論において正当である。したがって,原判決の故意の解釈・認定に対する検察官の主張について判断するまでもなく,事実誤認の論旨は理由がない。 第3 被告人控訴について 1 弁護人の論旨本件は,被告人が,法定速度を遵守せず,速度を調節せず進路の安全 確認不十分のまま漫然時速約146㎞で進行した過失により,左方路外施設から中央分離帯の開口部に向かって横断していた被害車両に衝突し,同車の運転手1名及び乗客3名を死亡させ,乗客1名に加療期間不詳の傷害を負わせたという過失運転致死傷の事案である。 所論は,被告人を懲役7年の実刑に処した原判決の量刑は酷に過ぎて不当であるし,原判決後の事情を加味すれば現時点においては原判決の量刑が不当であることは明らかであるという。 2 原判決の量刑判断原判決は,要旨次のとおり説示して,被告人を懲役7年に処した。 何ら落ち度のない4名が死亡し,1名が瀕死の重傷を負ったという結果が誠に重大であること,被告人の過失は,安全確認不十分のまま法定速度を大幅に超過する高速度で走行するというもので,殊更な無謀運転として故意犯に準ずる 4名が死亡し,1名が瀕死の重傷を負ったという結果が誠に重大であること,被告人の過失は,安全確認不十分のまま法定速度を大幅に超過する高速度で走行するというもので,殊更な無謀運転として故意犯に準ずる非常に危険で悪質な行為であること,本件事故は専ら被告人の常軌を逸した高速度運転に起因するものであり,被害車両の安全確認が不十分であったとの指摘は,被告人の刑事責任を減ずべき事情とみる余地はないこと,過去に速度超過で罰金刑を受けていたのに,速度違反の無謀運転を重ねる中で本件事故に至っており,厳しい非難を免れないことからすると,本件の犯情の悪質さは,他の過失運転致死傷事案との比較において類を見ないところであり,法定刑の上限をもって処断すべきである。 被告人が事実を認めて反省の弁を述べていること,罰金刑の交通前科1件以外に前科がないこと,被告人車両に付された自動車保険により損害が賠償される見込みであることなどの一般情状を検討しても刑期を具体的に減じる事情とまでいえず,被害者や遺族の切実な心情等も踏まえると,法定刑の上限である懲役7年に処することは誠にやむを得ない。 3 当裁判所の判断 原判決の情状事実の認定,評価は,おおむね正当であり,その量刑判断が重過ぎて不当とはいえない。 所論は,本件事故は,被害車両の運転手が路外施設から本件道路に進入し横断する際に,右方からの走行車両に対する安全確認が不十分であったことも一因となっていたのに,この点を適正に考慮せず,専ら被告人の異常な運転に起因するものとして量刑した原判決は不当であるという。 被害車両は本件道路の片側3車線分を横断した後,右折して反対車線に出て,被告人車両と反対の方向へ向かおうとしていたものと推察され,そのための方法として,より安全に進行できるルートが他に複数 いう。 被害車両は本件道路の片側3車線分を横断した後,右折して反対車線に出て,被告人車両と反対の方向へ向かおうとしていたものと推察され,そのための方法として,より安全に進行できるルートが他に複数あり,それらルートを選択することに特段の支障はなかったと認められるのに,幹線道路の片側3車線分を横断するというそれなりの時間を要し危険を伴う方法を選択したのであるが,そうであるならば,幹線道路である本件道路を走行する車両には速度超過車も少なくなかった上,夜間であり行き交う車両もまばらで,より速度を出しやすい状況であったことなども踏まえると,被害車両としては,右方から向かってくる車両はもとより本件道路を行き交う車両の有無などに注意を払いそれら車両の進行を妨げないようにしなければならなかった。それにもかかわらず,本件道路を横断するという方法を選択し,実際横断するに至ったことの責めは,被害車両に法的な注意義務違反があるかどうかはともかく,必ずしも小さくはない。したがって,本件事故が専ら被告人の異常な運転に起因するとして,被害車両の走行態様の危険性を過小評価した原判決の量刑評価はその限りで支持できない。 しかしながら,頻繁に車線変更を繰り返し,他の車両の間隙を縫うように時速約146㎞という高速度で一般道を走り抜けるという傍若無人な被告人の行為は余りにも危険であるばかりか,そうした危険性に対する被告人の意識の低さ,感覚の鈍さは相当に問題といわざるを得ず,その過 失は極めて悪質かつ重大である上,4名を死亡させ,1名に瀕死の重傷を負わせたという重大な結果が生じたのも高速度走行の故であることに鑑みれば,被害車両の走行態様の危険性を踏まえてみても,法定刑の上限をもって処断した原判決の量刑判断は正当といわざるを得ない。その他所論指摘 たという重大な結果が生じたのも高速度走行の故であることに鑑みれば,被害車両の走行態様の危険性を踏まえてみても,法定刑の上限をもって処断した原判決の量刑判断は正当といわざるを得ない。その他所論指摘の諸事情を最大限勘案してみても,原判決の量刑が重過ぎて不当とはいえない。 また,原判決後,被告人が,被害車両の乗客で本件事故により加療期間不詳の傷害を負った被害者に,保険による損害賠償金とは別に100万円を支払ったことが認められるが,被告人の刑事責任の重大さに鑑みれば,この事情をもってしても原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するとまではいえない。 4 小括量刑不当の論旨は理由がない。 第4 結論よって,検察官及び被告人の各控訴はいずれも理由がないから刑訴法396条により主文のとおり判決する。 令和3年2月17日名古屋高等裁判所刑事第1部 裁判長裁判官堀内満 裁判官山田順子 裁判官大久保優子
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