主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、5500万円及びこれに対する令和4年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は、原告が、被告が製造販売した粉ミルクには砒素が混入していたところ、 同粉ミルクを乳幼児期に飲用したことにより、脳性麻痺及び頚椎症性頚髄症を発症したなどと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用の合計5500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和4年6月15日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「旧民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支 払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠によって容易に認められる事実)⑴ 当事者(争いがない)ア原告は、昭和29年▲月▲日生まれの女性であり、乳幼児期に被告が製造 販売した砒素の混入した粉ミルク(以下「砒素ミルク」という。)を飲用した者である。 イ被告は、牛乳の生産処理、乳製品の製造、これらの製品の販売及び輸出入や、乳を原料とする食品及びその原料の製造、販売及び輸出入などを業とする株式会社である。 ⑵ 砒素ミルクの中毒事件の発生等(争いがない) ア昭和30年6月頃、岡山県を中心とする西日本一帯を中心に、乳幼児の間で、不機嫌、意気消沈、睡眠不良の一般症状の他に、発熱、嘔吐、下痢、便秘、皮膚の発疹や色素沈着、腹痛、膨満、肝肥大等の症状を呈する原因不明の患者が続出した。 同年8月、被告において製造販売した乳児用粉ミ 消沈、睡眠不良の一般症状の他に、発熱、嘔吐、下痢、便秘、皮膚の発疹や色素沈着、腹痛、膨満、肝肥大等の症状を呈する原因不明の患者が続出した。 同年8月、被告において製造販売した乳児用粉ミルクから工業廃棄物由来 の砒素を含む有毒物質が検出され、前記粉ミルクを飲んだ乳幼児が砒素等の中毒症に罹患し、前記症状を呈していたことが判明した。 砒素ミルクを飲用した乳幼児には、前記のような症状のほかに、脳性麻痺等の中枢神経系の症状を訴える者もいた。 イ前記アの後、厚生省は、「五人委員会」と呼ばれる委員会及び「西沢委員 会」と呼ばれる委員会を設置したが、五人委員会は、砒素ミルクによる中毒症について、ほとんど後遺症を心配する必要はないと判断し、また、西沢委員会が作成した砒素中毒患者の治癒判定基準によって、多くの砒素ミルクを飲用した乳幼児が治癒したものと取り扱われることになった。その後、後記⑶までの14年間、適切な被害者対策はされなかった。 ⑶ 「14年目の訪問」の公表(争いがない)昭和44年10月、大阪において、医師の指導のもと、多様な症状に苦しむ68名の砒素ミルク飲用者の現状が、「14年目の訪問」という報告書(以下、単に「14年目の訪問」という。)で明らかにされた。 ⑷ 「森永ミルク中毒のこどもを守る会」の発足等(甲4、弁論の全趣旨) ア昭和44年11月、「森永ミルク中毒のこどもを守る会」(以下「守る会」という。)が発足し、守る会は、昭和47年8月、全国総会において「森永ミルク中毒被害者の恒久的救済に関する対策案」(以下「恒久対策案」という。)を決定した。 イ恒久対策案には、恒久的救済の具体的対策として、以下の内容等が記載さ れている。 (ア) 治療治療が必要 する対策案」(以下「恒久対策案」という。)を決定した。 イ恒久対策案には、恒久的救済の具体的対策として、以下の内容等が記載さ れている。 (ア) 治療治療が必要な被害者は希望する医療機関で随時治療を受けることができる。治療は無料で受療できるようにする。 (イ) 生活権の回復自ら収入を得ることができない被害者には国家公務員一般行政職の給 与相当額を基準として、年金を終身支給する。 被害者が精神的、身体的事由のために就職できず、また就職しても能力不足のため標準的な収入を得られない場合は、国家公務員一般行政職の給与を参考としてその差額を保障する。 (ウ) 「森永ミルク中毒被害者救済対策委員会」 恒久対策案記載の具体的対策を実施するための運営管理機構として、「森永ミルク中毒被害者救済対策委員会」を置く。この委員会は法人とする。「救済対策委員会」の決定に従い、被告は必要なすべての経費を負担する。 ⑸ 被告、守る会及び厚生省による確認書の作成 ア昭和48年10月、被告、守る会及び厚生省による三者会談が発足し、前記三者は、同年12月、確認書(以下「本件確認書」という。)を作成した。 (争いがない)イ本件確認書には、以下の内容が含まれている。(乙1)(ア) 被告は、森永ミルク中毒事件について、企業の責任を全面的に認め心か ら謝罪するとともに、今後、被害者救済のために一切の義務を負担することを確約する。(1項)(イ) 被告は、被害者の対策について、守る会の提唱する恒久対策案を尊重し、すべての対策について恒久対策案に基づいて設置される救済対策委員会の判断並びに決定に従うことを確約する。(2項) (ウ) 被告は、前2項の立場に立っ 、守る会の提唱する恒久対策案を尊重し、すべての対策について恒久対策案に基づいて設置される救済対策委員会の判断並びに決定に従うことを確約する。(2項) (ウ) 被告は、前2項の立場に立って救済対策委員会の指示を忠実に実行する とともに、同委員会が必要とする費用の一切を負担することを確約する。 (3項)⑹ ひかり協会の設立等本件確認書の締結を踏まえて、昭和49年4月、一定の条件を満たす被害者に対する恒久救済機関として、財団法人ひかり協会(平成23年に公益財団法 人に移行した。以下、両者を区別せずに「ひかり協会」という。)が設立された。 砒素ミルクの飲用者には、ひかり協会から、その身体障害の度合いに応じてひかり手当と呼ばれる金銭等が支給されている。(弁論の全趣旨) 3 争点本件の争点は以下のとおりである。 ⑴ 被告による不法行為の有無⑵ 原告と被告の間の和解契約の成否⑶ 被告の原告に対する慰謝料の支払の有無⑷ 消滅時効の成否⑸ 除斥期間の経過の有無 ⑹ 被告による債務の承認ないし時効利益の放棄の有無⑺ 被告による消滅時効及び除斥期間の主張が権利の濫用や信義則違反に当たるか⑻ 原告に生じた損害の有無及び額 4 争点に対する当事者の主張 ⑴ 争点⑴ 被告による不法行為の有無(原告の主張)ア被告は、食品の製造者として、製品を製造し流通に置く過程で、製品の危険な性状により利用者が損害を被ることのないよう、その安全性を確保すべき高度の注意義務(以下「本件義務1」という。)を負う。それにもかかわら ず、被告は、砒素ミルクを流通に置き、本件義務1に違反した。そして、原 告は、砒素ミルクを飲用したことで、アテトーゼ型脳性 務(以下「本件義務1」という。)を負う。それにもかかわら ず、被告は、砒素ミルクを流通に置き、本件義務1に違反した。そして、原 告は、砒素ミルクを飲用したことで、アテトーゼ型脳性麻痺及び頚椎症性頚髄症を発症するに至った。 原告は、乳児期に砒素ミルクを飲用するまでの間、脳性麻痺の存在を基礎づけるような健康上の問題を指摘されたことはなく、砒素ミルク飲用後にその健康状態が悪化したのであるから、原告が砒素ミルクを飲用したことと原 告の脳性麻痺の発症との間に因果関係があることは明らかである。 イ毒性の強い砒素を飲用することによって、人体に極めて甚大な影響が生じることは容易に予見可能であること、砒素ミルク飲用後徐々に人体への影響が生じ始めることも予見できること、被害者の多数を占める乳児については、自ら身体の異常を訴えることが期待できず、また、その身体への砒素の影響 も計り知れないことなどからすれば、被告は、昭和30年8月に被告の販売する粉ミルクから砒素が検出されたことが発覚した後には、事件の全容解明に協力し、被害者について、定期的な観察や十分な健康管理等を施し、後日に発症・顕在化する症状及び徐々に悪化する症状、後遺症の有無等を、長期かつ継続的に把握する義務(以下「本件義務2」という。)を負っていた。そ れにもかかわらず、被告は、昭和44年に「14年目の訪問」が発表されるまでの約14年間、被害者の追跡調査を行うことなく漫然と放置し、本件義務2に違反した。 被告が本件義務2に違反して被害者を放置したことによって、原告を含む被害者の症状は憎悪し、健康被害が拡大することになった。 ウ恒久対策案は、具体的対策として、自ら収入を得ることができない被害者には国家公務員一般行政職 置したことによって、原告を含む被害者の症状は憎悪し、健康被害が拡大することになった。 ウ恒久対策案は、具体的対策として、自ら収入を得ることができない被害者には国家公務員一般行政職を基準として、年金を終身支給することや、被害者が就職できずあるいは標準的な収入を得られない場合は、国家公務員一般行政職を参考としてその差額を補償するなどと定めており、本件確認書においては、守る会、国及び被告の三者が、恒久対策案の実現のために努力する ことが確認されたこと、本件確認書において、被告は恒久対策案に基づいて 設置される救済対策委員会の判断に従い、前記委員会が必要とする費用の一切を負担することを確約したこと、前記委員会の具体化として、ひかり協会が発足したことからすれば、被告は、ひかり協会と協力して、恒久対策案に定められた内容を実施、実践し、ひかり協会による適切な補償が行われていない場合には、守る会、国及びひかり協会に呼びかけて、ひかり協会の運営 の改善を図る義務(以下「本件義務3」という。)を負う。 それにもかかわらず、ひかり協会による重度被害者に対する手当の内容は、公的給付と併せて30歳の勤労者の賃金の60パーセントというものにとどまっており、恒久対策案の内容は全く実施されていない。被告は、ひかり協会が適正に補償を行うよう、その運営の改善に努めなかったから、本件義 務3に違反した。 (被告の主張)ア被告に本件義務1の違反があったことは認めるが、原告が砒素ミルクを飲用したことと原告の脳性麻痺の発症との因果関係は否認する。医師が平成16年に作成した診断書には、原告の脳性麻痺が先天性である旨の記載がある から、砒素ミルクの飲用と原告の脳性麻痺の発症との因果関係の存在には疑義がある。 因果関係は否認する。医師が平成16年に作成した診断書には、原告の脳性麻痺が先天性である旨の記載がある から、砒素ミルクの飲用と原告の脳性麻痺の発症との因果関係の存在には疑義がある。 イ被告は、粉ミルクから砒素が検出されたという発表があった昭和30年8月から、砒素ミルクの回収、弔慰、見舞いをし、治療費、入院費等の実費を支払うなどの応急措置を採り、また、厚生省が発足させた五人委員会の指示 に従って補償を実施し、被告から厚生省に被告の費用負担による精密検診の実施を要請し、同検診の結果、後遺症の発生がないことを確認するなどして、被害者救済のために誠実に努力を続けてきたのであり、被害者を放置したことはないから、本件義務2に違反していない。 ウ本件確認書の締結、ひかり協会の設立、ひかり協会による救済事業の実施 という本件の一連の経緯に鑑みれば、本件義務3は生じない。 ⑵ 争点⑵ 原告と被告の間の和解契約の成否(被告の主張)被告は、ひかり協会との間で救済事業とその運営費用を負担する契約を締結し、ひかり協会に救済事業を委託した。被告は、ひかり協会に、砒素ミルクの被害者に対する救済事業を受けるかどうかの希望の調査や審査手続、年金(調 整手当)の申請に係る手続をさせることで、原告を含む砒素ミルクの飲用者に対し、黙示に、和解契約の申込みの意思表示を行った。これに対し、原告又はその保護者が、ひかり協会からの金員給付の申請をして、和解契約の申込みに対する黙示の承諾の意思表示を行ったことで、原告と被告の間には、遅くとも昭和50年3月までに、原告が被告の製造した砒素ミルクを飲用したことによ る損害賠償請求について、争いをやめる趣旨の和解契約が成立した。よって、本件における原告の損害賠償請 の間には、遅くとも昭和50年3月までに、原告が被告の製造した砒素ミルクを飲用したことによ る損害賠償請求について、争いをやめる趣旨の和解契約が成立した。よって、本件における原告の損害賠償請求権に紛争終了効が及び、原告は同請求権を行使することはできない。 (原告の主張)ひかり協会による給付の手続を行った主体は飽くまでひかり協会であって 被告ではなく、また、ひかり協会は原告に対し調整手当の支給を受けるか否かを確認したのみであったことからすれば、ひかり協会が原告に対する給付の手続を行うことによって、被告が原告に対し和解契約の申込みの意思表示をしたとは評価し得ない。 ⑶ 争点⑶ 被告の原告に対する慰謝料の支払の有無 (被告の主張)ひかり協会は、原告に対し、令和4年11月の時点で3400万円を超える金銭を給付しており、原告に対する給付は今後も継続する見込みである。かかる給付は、被告に法的責任が認められた場合に被告が負担すべき金額を超えるものであり、ひかり協会による給付金に砒素ミルクの飲用者の精神的苦痛に対 する慰謝の趣旨が含まれることは明らかである。前記給付金によって原告の損 害はてん補されているから、被告は原告に対し、かかる給付金とは別に慰謝料の支払義務を負うことはない。 (原告の主張)ひかり協会からの給付の項目に「慰謝料」という項目が設けられていないことや、被告自身、ひかり協会の給付について被告の法的責任を認めたものでは ないとしていることからすれば、ひかり協会からの金員給付には被害者の精神的苦痛に対する慰謝の趣旨は含まれていない。 原告が砒素中毒を発症したことによる損害は、慰謝料以外にも、治療費、将来介護費等、多岐にわたり、その合計は2億6682万72 給付には被害者の精神的苦痛に対する慰謝の趣旨は含まれていない。 原告が砒素中毒を発症したことによる損害は、慰謝料以外にも、治療費、将来介護費等、多岐にわたり、その合計は2億6682万7270円に上るから、被告が支払済みであると主張するひかり協会の給付金を控除しても、本訴の請 求額(5500万円)を下回ることはない。 ⑷ 争点⑷ 消滅時効の成否(被告の主張)原告は、昭和30年6月から同年8月頃までの間に砒素ミルクを飲用し、砒素中毒の症状を発症したところ、原告の両親は、昭和31年3月14日、被告 から原告の罹病に対する慰謝料として1万円を受け取っているから、同日には、被告が販売した砒素ミルクを飲用して砒素中毒の症状を呈したことを現実に認識していた。また、昭和44年10月19日、「14年目の訪問」が公表され、原告の疾病の原因が被告の販売する砒素ミルクであったことが明らかになったことからすれば、最も遅くとも同日には、原告ないし原告の両親は、原告 が被告の販売した砒素ミルクを飲用したことにより砒素中毒の症状を呈したことを現実に認識した。よって、遅くとも同日から3年を経過したことをもって、原告の損害賠償請求権については、旧民法724条前段の消滅時効が完成している。被告は、令和4年11月30日に原告に到達した準備書面において消滅時効を援用する旨の意思表示をした。 原告は、現在も脳性麻痺の影響による頚椎症性脊髄症の症状の増悪を重ねて いると主張するが、原告の頚椎症性脊髄症が顕在化するのは平成7年12月18日であり、同年から令和2年まで原告の傷病名に変化はないのであるから、原告の症状はいずれも脳性麻痺及び頚椎症性脊髄症(頚髄症)に伴うものであり、原告の主張を前提にしても、平成7年 平成7年12月18日であり、同年から令和2年まで原告の傷病名に変化はないのであるから、原告の症状はいずれも脳性麻痺及び頚椎症性脊髄症(頚髄症)に伴うものであり、原告の主張を前提にしても、平成7年には損害の発生を認識したといえる。 (原告の主張) 不法行為の継続が終了した後に損害が進行する場合、その進行がやんだ時を「損害を知った」時として消滅時効の起算点と考えるべきである。原告が診断を受けた頚椎症性脊髄症、アテトーゼ型脳性麻痺の症状は徐々に悪化しており、現在も症状固定に至っていないから、原告が自身の具体的な損害を把握して「損害を知った」とはいえず、消滅時効の起算点はいまだ到来していない。 ⑸ 争点⑸ 除斥期間の経過の有無(被告の主張)ア原告は遅くとも昭和30年末頃までには、砒素中毒の症状を呈しており、同年8月24日には、その原因は被告製造の粉ミルクである旨が公式に発表された。よって、昭和30年から20年の除斥期間(旧民法724条後段) が経過している。 イ被告が「14年目の訪問」の公表時まで被害者を放置したことが不法行為を構成するとしても、「14年目の訪問」が公表された昭和44年10月19日から20年の除斥期間が経過している。 (原告の主張) 旧民法724条後段の「不法行為の時」の解釈に当たっても、権利行使可能性が考慮されるべきであり、同条後段は時効期間を定めたものと解されるべきであるから、同条後段の起算点と消滅時効の起算点は同一と評価されるべきである。前記⑷のとおり、本件では消滅時効の起算点は到来していないから、同条後段の期間についても、その始期は到来していない。 また、旧民法724条後段が除斥期間を定めたものと解したとしても、損害 は消滅時効の起算点は到来していないから、同条後段の期間についても、その始期は到来していない。 また、旧民法724条後段が除斥期間を定めたものと解したとしても、損害 が進行性で、どこまでの損害が生じるか予見できない場合には、その症状が固定化した時点が除斥期間の起算点となるところ、前記⑷のとおり、原告が発症した脳性麻痺は、その後、頚椎症性脊髄症を発症させ、さらに、その症状は刻一刻と悪化し、最近でも手術を受けざるを得なかった経過にあり、損害が進行しているから、除斥期間の起算点は到来していない。 ⑹ 争点⑹ 被告による債務の承認ないし時効利益の放棄の有無(原告の主張)被告は、原告に対して、ひかり協会を介して、原告に対し義務の履行として金銭給付を継続していることを認めており、本件における原告の損害賠償請求権について、債務の承認又は時効利益の放棄をしている。 (被告の主張)被告は、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を一貫して否定しているのであり、被告が原告の権利を認識した上で、その認識を表示したことはない。 ⑺ 争点⑺ 被告による消滅時効及び除斥期間の主張が権利の濫用や信義則違 反に当たるか(原告の主張)原告を含む砒素ミルクの被害者において、ひかり協会に被害者への給付をさせることで被害者に対する債務を承認する姿勢を示していた被告に対し提訴することは著しく困難であった。また、平成19年に放送されたテレビ番組に おいて、当時の被告の特別顧問であったA(以下「訴外A」という。)が、ひかり協会が設立されて以降、時効の中断が行われていること及び被害者がいつでも裁判を起こすことができる旨明言しており、これは、被害者に裁判はいつでも提起できると認 たA(以下「訴外A」という。)が、ひかり協会が設立されて以降、時効の中断が行われていること及び被害者がいつでも裁判を起こすことができる旨明言しており、これは、被害者に裁判はいつでも提起できると認識させるものであった。さらに、被告は恒久対策案を尊重して実施することを本件確認書で約しておきながら、恒久対策案を誠実に実践し てこなかった。加えて、原告は、現行の救済・解決方針の枠組みの中で異を唱 えることで、ひかり協会からの給付を減額されるなどの不利益が生じることを恐れて、権利行使をすることができなかった。これらの事情に加え、砒素ミルクによって原告に生じた疾病は増悪する一連の継続的疾病であり、単なる生命・身体への侵害にとどまらず原告の人間らしく生きる権利を侵害するものであることからすれば、被告が消滅時効の援用や除斥期間の主張をすることは著 しく正義公平に反するから、権利の濫用に当たり、信義則に反する。 (被告の主張)被告は、ひかり協会を通じて、原告に対し、被告に法的責任が認められた場合に負担しなければならないであろう損害賠償額を超えた給付を行ってきており、また、ひかり協会からの給付は今後も継続されること、原告において訴 訟提起が困難な環境にあった状況を見出すことはできないこと、被告自身が原告の権利行使を困難にした事情も存しないことなどからすれば、本件において被告が消滅時効の主張をすることが権利濫用となり、また、除斥期間の適用が制限される余地はない。なお、原告が主張するテレビ番組において発言した訴外Aは、被告の代表権を担ったことはなく、その発言は、被告を代表してのも のではなかったから、訴外Aによる発言は、個人の見解であった。 ⑻ 争点⑻ 原告に生じた損害の有無及び額(原告の主張) の代表権を担ったことはなく、その発言は、被告を代表してのも のではなかったから、訴外Aによる発言は、個人の見解であった。 ⑻ 争点⑻ 原告に生じた損害の有無及び額(原告の主張)原告が砒素ミルクを飲用し、アテトーゼ型脳性麻痺及び頚椎症性頚髄症を発症したことにより原告に生じた精神的苦痛を金銭に換算すれば、5000万円 は下らない。また、原告が本訴提起に当たって要した弁護士費用は、500万円を下らない。 (被告の主張)否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記前提事実に、後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。 ⑴ 原告による砒素ミルクの飲用等原告は、昭和29年▲月▲日に出生し、その後、昭和30年8月頃までの間に砒素ミルクを飲用した。(弁論の全趣旨) ⑵ 原告の症状の変遷、治療経過等ア昭和50年から平成元年頃の症状等(ア) 昭和50年3月5日に、B病院の整形外科医であるC医師により作成された身体障害者診断書には、原告の当時の症状について、頚椎・頭部の不随意運動、発語障害、上肢不自由、下肢不自由などの記載がある。原告は、 前記医師から、身体障害者等級3級に該当する旨の診断を受け、同年5月、障害者等級を3級とする身体障害者手帳の交付を受けた。(甲2、86)(イ) 昭和60年10月30日に、ひかり協会における検診において、担当医師であるD医師により作成された検診表には、原告の主たる病名として、軽症アテトーゼ型脳性小児麻痺との記載がある。(甲86) (ウ) 平成元年11月5日に、ひかり協会における検診において、D医師により作成された検診票には、原告の臨床診断とし して、軽症アテトーゼ型脳性小児麻痺との記載がある。(甲86) (ウ) 平成元年11月5日に、ひかり協会における検診において、D医師により作成された検診票には、原告の臨床診断として、「脳性麻痺(アテトーゼ)」、「変形性頚椎症」との記載があり、検診医のコメントとして、頚椎の変形のため神経症状が出ている旨の記載がある。(甲86)イ平成4年から平成7年頃の症状等 (ア) 平成4年1月16日に、D医師により作成された意見書には、原告の病名として、「脳性麻痺アテトーゼ型」、「頚椎性脊髄症」との記載があり、今後の見通しとして、頚椎の変形悪化が考えられること、歩行障害や上肢の麻痺が出てくる可能性があり、そうなれば頚椎の手術の考慮の必要が出てくることの記載がある。(甲86) (イ) 平成4年12月3日に、ひかり協会における検診において、D医師によ り作成された検診票には、原告の臨床診断として、「脳性麻痺(アテトーゼ型)」、「頚椎症」との記載があり、検診医のコメントとして、二次的合併症から、上肢のしびれ、下肢の疼性麻痺が出ており、年々少しずつ進行していることの記載がある。また、同日付でD医師により作成された意見書には、病名として検診票と同旨の記載があり、主治医の意見として、頚椎症 については歩行困難や上肢麻痺が出現すれば手術を要する旨の記載がある。(甲86)(ウ) 平成7年12月18日に、E病院のF医師(以下「F医師」という。)により作成された意見書には、原告の病名として、「頚椎症性頚髄症」、「アテトーゼ型脳性麻痺」との記載があり、主要症状として、両頚部から上肢の しびれ、痛みがある旨の記載があり、今後の見通しとして、頚椎に著しい変形を認め頚髄症状もそれに伴い 頚椎症性頚髄症」、「アテトーゼ型脳性麻痺」との記載があり、主要症状として、両頚部から上肢の しびれ、痛みがある旨の記載があり、今後の見通しとして、頚椎に著しい変形を認め頚髄症状もそれに伴い悪化すると考えられること、主治医の意見として、将来的には手術が必要と考えていることの記載がある。 (甲1、86)ウ平成9年から平成17年頃の症状等 (ア) 平成9年6月10日に、整形外科医のG医師により作成された身体障害者診断書には、障害名として「体幹機能障害による歩行困難なもの」、原因となった疾病・外傷名として「頚椎症性脊髄症」、「ヒ素中毒症」との記載があり、これらの疾病・外傷名について「疾病」との記載が丸で囲われている。(甲10) (イ) 平成9年12月15日に、H医師(当時のひかり協会における検診の担当医である。)により作成された意見書には、原告の傷病・障害名として、「頚椎症性頚髄症」、「アテトーゼ型脳性麻痺」との記載があり、主要症状として両頚部から上肢のしびれ、痛み、右下肢のしびれがある旨の記載があり、今後の見通しとして、頚椎の変形に伴った頚髄症状の悪化が考えら れること、医師の意見として、将来、外科的治療を要する見込みであるこ との記載がある。(甲11、86)(ウ) 平成12年4月14日に、ひかり協会における検診において、H医師により作成された検診票には、原告の現症のまとめとして「頚椎症性頚髄症」、「アテトーゼ型脳性麻痺」との記載があり、検診医の意見として、頚髄症状の悪化の程度によっては、手術療法の必要性も生じ得る旨の記載がある。 (甲86)(エ) 平成16年3月29日に、E病院のF医師により作成された診断書には、原告の傷病名として「頚椎症性頚髄症 程度によっては、手術療法の必要性も生じ得る旨の記載がある。 (甲86)(エ) 平成16年3月29日に、E病院のF医師により作成された診断書には、原告の傷病名として「頚椎症性頚髄症」との記載があり、自覚症状として、両上肢しびれ、頚痛、歩行障害があること、今後の見通しとして、手術が必要と考えられることの記載がある。(甲12、86) (オ) 平成16年11月22日に、整形外科医のI医師により作成された身体障害者診断書には、原告の障害名として「脳原性運動機能障害」、原因となった疾病・外傷名として「脳性麻痺(アテトーゼ)」、「頚椎症性脊髄症」との記載があり、これらの疾病・外傷名について、「先天性」との記載が丸で囲われている。また、障害の程度が、障害等級2級に相当する旨の意見が 記載されている。(甲86、乙2)(カ) 原告の身体障害者手帳における身体障害の等級は、平成16年11月24日、3級から1級に変更された。(甲2)(キ) 原告は、平成17年8月24日、E病院において、F医師による頚椎椎弓形成術、固定術を受けた。(甲3、弁論の全趣旨) エ平成28年から令和5年頃の症状等(ア) 平成28年9月16日のE病院におけるカルテには、F医師の評価として、「そろそろ環軸椎固定術を考えて行く時期か」との記載がある。(甲13の1)(イ) 令和2年11月13日に、F医師により作成された診断書には、原告の 病名として、「アテトーシス型脳性麻痺」、「頚椎症性脊髄症」の記載が、ま た、平成17年8月24日に頚椎椎弓形成術、固定術を施行した後、右上肢の脱力は改善したが、右下肢の脱力が残存し、転倒の可能性があり、押し車を用いて歩行していること、平成27年3月、平成28 た、平成17年8月24日に頚椎椎弓形成術、固定術を施行した後、右上肢の脱力は改善したが、右下肢の脱力が残存し、転倒の可能性があり、押し車を用いて歩行していること、平成27年3月、平成28年7月、平成29年8月、同年10月、平成30年5月に、主に自宅内で転倒していることなどの記載がある。(甲3) (ウ) 原告は、令和5年6月23日、J病院において、F医師による環軸関節亜脱臼に対する手術(脊椎固定術、椎弓切除術、椎弓形成術)を受けた。 (甲16)(エ) 令和5年11月25日に、F医師により作成された診断書には、原告の診断名として、「アテトーゼ型脳性麻痺」、「頚椎症性頚髄症」、「環軸椎亜脱 臼」との記載があり、頚椎症性頚髄症に対し頚椎椎弓形成術及び固定術、環軸椎亜脱臼に対し環軸椎固定術を施行した旨の記載がある。(甲27)オ原告の病状に関する医師の意見書の内容原告の病状について、KクリニックのL医師が作成した意見書には、砒素摂取によるアテトーゼ型脳性麻痺の発症は一般に知られており、アテトーゼ 型脳性麻痺にみられる頚椎症性脊髄症は代表的な二次障害の一つといわれていること、アテトーゼ型脳性麻痺患者における頚髄症の発症は健常者と比較して高率であるといわれ、アテトーゼ型脳性麻痺にみられる頚椎症性脊髄症の特徴として、病変が多椎間に至ることが多いことなどが指摘されていることの記載がある。また、同意見書には、原告の頚椎症性頚髄症はその形態 的特徴、発症の経緯からアテトーゼ型脳性麻痺後に生じた二次障害であり、カルテ記録からその発症は平成7年に既に認められていたこと、原告の頚椎レントゲンの経時的な変化から、頚髄症の発症原因はアテトーゼ型脳性麻痺による不随意運動により著しい変形を生じたことが原因と考えら カルテ記録からその発症は平成7年に既に認められていたこと、原告の頚椎レントゲンの経時的な変化から、頚髄症の発症原因はアテトーゼ型脳性麻痺による不随意運動により著しい変形を生じたことが原因と考えられること、直近の頚椎レントゲンにおいては、環軸椎の変形、亜脱臼も認められること、 この環軸椎の変形には、現在も続くアテトーゼ型脳性麻痺の不随意運動が関 係していると思われること、原告の日常動作については、自立可能な行為が少なくなってきており、臨床症状として悪化していると判断できること、脳性麻痺の症状が継続していることから頚椎の変形は更に進行することが予測され、それに伴い脊髄症の症状が悪化する可能性があったことなどの記載がある。(甲41) ⑶ アテトーゼ型脳性麻痺及び頚椎症性脊髄症に関する一般的な知見アテトーゼ型脳性麻痺は、様々な二次障害(疾病や病態に直接起因する一次障害の発生時には存在せず、経過に引き続いて発現してくる障害)を呈するが、頚椎に繰り返し不随意運動(自分の意思とは関係なく体が動いてしまうこと)が加わるため、頚椎症性変化を呈し、頚椎症性頚髄症を起こすことがあり、か かる頚椎症性頚髄症は、アテトーゼ型脳性麻痺にみられる二次障害の代表的なものである。アテトーゼ型脳性麻痺患者の頚椎症性頚髄症の特徴として、椎間板変形が高頻度、重度であること、椎間板変形が多椎間にわたることなどがあるといわれている。頚椎症性頚髄症を保存的治療によって軽減することは難しく、手術的治療が必要となる。また、アテトーゼ型脳性麻痺患者では、しばし ば環軸椎亜脱臼を伴うことがあり、その場合には後方固定術が加えられることがある。(甲18、20、26、42、62、66)⑷ ひかり協会の砒素ミルクの飲用者に対する給付等 、しばし ば環軸椎亜脱臼を伴うことがあり、その場合には後方固定術が加えられることがある。(甲18、20、26、42、62、66)⑷ ひかり協会の砒素ミルクの飲用者に対する給付等ア被告によるひかり協会の事業の資金負担被告は、昭和49年4月17日、ひかり協会の設立発起人代表との間で、 被告が砒素ミルク被害者の救済資金としてひかり協会の行う事業及び運営に要する費用を負担する旨の契約書を締結した。同月25日にひかり協会が設立されてから、被告は、ひかり協会において実施する救済事業について、必要な資金を全額提供している。(第1文につき乙10、弁論の全趣旨。第2文につき乙5、30、弁論の全趣旨。) イひかり協会による医療費援助 ひかり協会は、砒素ミルクの飲用者の全ての病気やけがの保険診療自己負担分を援助している。ここで援助の対象になるものは、砒素の影響によるものと考えられる障害・症状に限られず、風邪や生活習慣病の治療、けがや、歯科・眼科・耳鼻咽喉科の治療、精神的な病気、加齢による病気の治療等も含まれ、また、医療を受けるために要した交通費も支給されることがある。 原告に対しては、昭和50年以降、令和3年までに、頚椎症性脊髄症の治療に要する医療費等のほか、歯科・眼科の治療、風邪の治療等に要した医療費等の支給がされており、その総額は、平成15年から令和3年に支給されたもので72万3270円(医療費29万8410円、医療付随費(交通費・雑費)36万1220円、用具費6万3640円)である。 (以上につき、乙5、証人M、弁論の全趣旨)ウひかり協会による年金手当給付ひかり協会では、障害がある砒素ミルクの飲用者に生活手当を支給しているが 640円)である。 (以上につき、乙5、証人M、弁論の全趣旨)ウひかり協会による年金手当給付ひかり協会では、障害がある砒素ミルクの飲用者に生活手当を支給しているが、障害基礎年金と合わせて月額約14万円という生活保障水準額を定めている。かかる基準によって、障害基礎年金1級の被害者には生活手当1級 (月額5万8757円)、障害基礎年金2級の被害者には生活手当2級(月額7万5025円)を支給している(ただし、いずれも令和3年当時の金額である。)。また、障害基礎年金を受給するほどの重い障害を有していなくても、一定の困難を有する砒素ミルクの飲用者に対して調整手当1級(月額7万円)、2級(月額6万3100円)、3級(月額2万8200円)を支給し ている(ただし、いずれも令和3年当時の金額である。)。ひかり協会では、かかる生活手当と調整手当を総称して「ひかり手当」と呼称している。 原告に対しては、昭和52年以降、調整手当が支給されており、平成17年2月までは調整手当2級として定められた金額(ただし、支給当時の調整手当2級に相当する金額である。年額約54万円から約76万円。)が支給 されていたが、平成16年11月に原告の身体障害者の等級が3級から1級 に変更されたことに伴い調整手当1級に変更され、平成17年2月から少なくとも令和3年8月までは、年額約84万円が支給された。原告に対し昭和52年から令和3年8月までの間に支給された調整手当の総額は、3000万円を超えている。 (以上につき、乙5、証人M、弁論の全趣旨) ⑸ 被告の特別顧問のテレビ番組における発言ア平成19年11月27日に放送された、砒素ミルクの飲用者の現状等を特集したテレビ番組「恩讐のかなた一隅の光森 証人M、弁論の全趣旨) ⑸ 被告の特別顧問のテレビ番組における発言ア平成19年11月27日に放送された、砒素ミルクの飲用者の現状等を特集したテレビ番組「恩讐のかなた一隅の光森永ひ素ミルク事件52年目の訪問」(以下「本件番組」という。)の冒頭の砒素ミルク事件の発生からひかり協会の設立までの経緯を説明する部分において、訴外Aが、本件番組の 取材に対し、ひかり協会ができてから、ずっと時効の中断が行われており、国や被告の姿勢が変われば、守る会側はいつでも裁判を起こせる旨の発言(以下「本件発言」という。)をする様子が放送された。本件番組において、訴外Aは被告の特別顧問として紹介された。(甲28、49)イ訴外Aは、昭和62年6月から平成9年6月まで、被告の取締役を務めて いたが、平成19年当時、被告の代表権を有する立場にはなかった。(乙19、弁論の全趣旨) 2 争点⑸(除斥期間の経過の有無)について⑴ 事案に鑑み、本件義務1 及び2については、争点⑸から判断する。 旧民法724条後段の規定は、不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間 を定めたものであり、当事者がこれを主張した場合には、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である(最高裁令和5年(受)第1319号同6年7月3日大法廷判決・民集78巻3号382頁参照)。 そして、旧民法724条後段所定の除斥期間の起算点である「不法行為の時」 について、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害 行為の時がその起算点となるが、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する 加害 行為の時がその起算点となるが、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解される(最高裁平成13年(受) 第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。 ⑵ 原告は、遅くとも昭和60年頃には、ひかり協会における検診において、アテトーゼ型脳性麻痺の患者として診察を受けており、平成元年頃には、医師から、頚椎の変形を指摘されていた(認定事実⑵ア)。そして、原告は、平成4年 には、医師から、「脳性麻痺アテトーゼ型」、「頚椎性脊髄症」、「頚椎症」の診断を受けたが、その際、当該医師は、今後頚椎の変形悪化が考えられ、頚椎症については歩行困難や上肢麻痺が出現すれば手術を要する旨の意見を付していた(認定事実⑵イ(ア)、(イ))。その後、原告は、平成7年12月には、E病院のF医師から頚椎症性頚髄症の診断を受けたが、その際、F医師は、原告の症状 の見通しについて、頚椎に著しい変形を認め頚髄症状もそれに伴い悪化すると考えられ、将来的には手術が必要と考えている旨の意見を付していた(認定事実⑵イ(ウ))。このような原告に対する診療の経過、原告の症状の見通しに関する医師の意見に加え、アテトーゼ型脳性麻痺の患者においては、一般に、頚椎に不随意運動が加わることによる頚椎の変形を起こしやすく、それによって頚 椎症性頚髄症を発症することが多いこと、頚椎症性頚髄症を発症した場合の治療は手術によることが多いこと(認定事実⑶)からすれば、原告は、遅くとも平成 る頚椎の変形を起こしやすく、それによって頚 椎症性頚髄症を発症することが多いこと、頚椎症性頚髄症を発症した場合の治療は手術によることが多いこと(認定事実⑶)からすれば、原告は、遅くとも平成7年12月には、アテトーゼ型脳性麻痺の不随意運動を原因とする頚椎の変形を生じ、かかる頚椎の変形による頚椎症性頚髄症を発症するに至っていたと考えられ、また、実際に、医師から、今後の頚椎の変形悪化による症状の進 行、手術の必要性についての指摘を受けていたと認められる。 次に、原告は、平成9年頃から平成17年頃までの間、ひかり協会の検診担当医やE病院のF医師を含む複数の医師による診断を受けたが、その診断名はいずれもアテトーゼ型脳性麻痺ないし頚椎症性頚髄症(脊髄症)であり、医師からは、平成7年頃までの指摘と同様に、頚椎の変形に伴う症状の悪化の可能性や、手術の必要性を指摘されていた(認定事実⑵ウ(イ)、(ウ)、(エ))。そして、 平成17年には、F医師による頚椎症性頚髄症に対する手術を受けることになったところ(認定事実⑵ウ(キ))、かかる手術は、それまでにF医師から指摘されていたとおり(認定事実⑵イ(ウ))、頚椎の変形に伴って頚髄症状が悪化したことで、その軽減を図るために行われたものと考えられる。さらに、F医師は、平成28年には、原告に対する再度の手術(環軸椎固定術)を検討し、原告は、 令和5年6月、環軸椎亜脱臼に対する手術を受けることになったところ(認定事実⑵エ)、一般に、アテトーゼ型脳性麻痺患者においては、頚椎への不随意運動の影響として、環軸椎亜脱臼を生ずることがあり得ること(認定事実⑶)からすれば、この頃原告が治療を受けた環軸椎亜脱臼は、アテトーゼ型脳性麻痺の不随意運動による頚椎の変形を原因とするものであり、その変 の影響として、環軸椎亜脱臼を生ずることがあり得ること(認定事実⑶)からすれば、この頃原告が治療を受けた環軸椎亜脱臼は、アテトーゼ型脳性麻痺の不随意運動による頚椎の変形を原因とするものであり、その変形が環軸椎に 及んだことによるものであると考えられる(認定事実⑵オ参照)。 ここまでの検討のとおり、原告が発症した頚椎症性頚髄症及び環軸椎亜脱臼は、アテトーゼ型脳性麻痺による不随意運動によって、頚椎に繰り返し不随意運動が加えられ、それによって頚椎の変形を生じるという原因によるものであると考えられ、また、アテトーゼ型脳性麻痺の患者においては、一般に、頚椎 の変形による頚椎症性頚髄症や環軸椎亜脱臼を生じることがあり、原告においても、前記のとおり、遅くとも頚椎症性頚髄症の診断を受けた平成7年12月の時点で、医師から今後の頚椎の変形に伴う症状悪化が指摘される状況にあったのであるから、原告が頚椎症性頚髄症の診断を受けた時点で、原告の頚椎の変形に伴う症状の悪化や、それに対応するための手術の施行が医学的には想定 される状況にあったものと認められる。そうすると、原告が砒素ミルクの飲用 によりアテトーゼ型脳性麻痺を発症し、更に、アテトーゼ型脳性麻痺により頚椎症性頚髄症及び環軸椎亜脱臼を発症したという原告の主張を前提にしても、原告の頚椎症性頚髄症や環軸椎亜脱臼による損害は、アテトーゼ型脳性麻痺の不随意運動による原告の頚椎の変形に伴う牽連一体のものであるというべきであり、遅くとも、原告が頚椎症性頚髄症の診断を受け、その後の頚椎の変形 に伴う症状悪化、それに対応するための手術の施行が医学的に想定されるに至った平成7年12月時点より後に、同月時点で発生していた損害と質的に異なる損害が生じたとは認められない。 ⑶ 以上によれば、原 に伴う症状悪化、それに対応するための手術の施行が医学的に想定されるに至った平成7年12月時点より後に、同月時点で発生していた損害と質的に異なる損害が生じたとは認められない。 ⑶ 以上によれば、原告がアテトーゼ型脳性麻痺、頚椎症性頚髄症及び環軸椎亜脱臼を発症したことによる不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間の起 算点は、遅くとも平成7年12月となるというべきであり、原告が本訴を提起した令和4年5月25日の時点で(顕著な事実)、既に20年が経過している(なお、証拠(甲58)によれば、原告は本訴提起前被告に対する調停の申立てを令和3年に行ったこと(大阪簡易裁判所令和3年(メ)第64号)が認められるが、当該申立ての時点においても既に除斥期間が経過している。)。 よって、被告が本件義務1に違反したことにより、原告はアテトーゼ型脳性麻痺、頚椎症性頚髄症及び環軸椎亜脱臼を発症したという原告の主張を前提にしても、本件義務1の違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、除斥期間の経過により消滅している。また、原告は、被告が本件義務2に違反したことにより、原告の健康被害が拡大したと主張するが、ここでいう健康被 害の拡大とは、具体的には、原告がアテトーゼ型脳性麻痺、頚椎症性頚髄症及び環軸椎亜脱臼を発症したことをいうものと解されるから、被告が本件義務2に違反したという原告の主張を前提にしても、本件義務2の違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅している。 ⑷ 原告は、原告のアテトーゼ型脳性麻痺、頚椎症性頚髄症の発症に伴う症状は 現在も進行しており、どこまでの損害が生じるか予見できない以上、除斥期間 の起算点は到来していない旨主張し、原告は、令和5年6月に環軸椎亜脱臼に対する 頚髄症の発症に伴う症状は 現在も進行しており、どこまでの損害が生じるか予見できない以上、除斥期間 の起算点は到来していない旨主張し、原告は、令和5年6月に環軸椎亜脱臼に対する手術を受けるなど(認定事実⑵エ)、原告の頚椎の変形に伴う症状は悪化を続けていることがうかがわれる。しかし、前記⑵で検討したとおり、原告の頚椎の変形に伴う症状の悪化は、平成7年12月の時点で原告に発生していた損害と質的に異なるものであるとは認められないから、原告の症状が固定化 するまでの間は除斥期間の起算点が到来しない旨の原告の主張は採用することができない。 3 争点⑺(被告による消滅時効及び除斥期間の主張が権利の濫用や信義則違反に当たるか)について原告は、被告はひかり協会に救済事業をさせることで、自らの債務を承認する 姿勢を示していたのであり、かかる被告に対し提訴することは著しく困難であったこと、平成19年に放送された本件番組において、当時の被告の特別顧問であった訴外Aが、ひかり協会が設立されて以降、時効の中断が行われていることなどを明言していたこと、被告は恒久対策案を尊重して実施することを本件確認書で約しておきながら、これを誠実に実践してこなかったこと、原告は現行の救済・ 解決方針の枠組みの中で異を唱えることによるひかり協会からの給付の減額などの不利益を恐れて権利行使をすることができなかったことなどからすれば、被告が除斥期間の主張をすることは著しく正義・公平に反するから、被告の除斥期間の主張は権利の濫用に当たり、信義則に反するもので許されない旨主張する。 しかし、まず、被告は、本件確認書において、今後設立される被害者救済対策 委員会が必要とする費用の一切を負担することを約し、設立されたひかり協会が行 反するもので許されない旨主張する。 しかし、まず、被告は、本件確認書において、今後設立される被害者救済対策 委員会が必要とする費用の一切を負担することを約し、設立されたひかり協会が行う救済事業に対する資金を負担しているが(前提事実⑷イ、⑸イ、認定事実⑷ア)、かかる給付は、砒素ミルクの飲用との因果関係が必ずしも明らかではない治療費等に対しても行われていること(認定事実⑷イ)などからすれば、ひかり協会による給付について、被告がその受給者に対し当該給付の内容に係る不法行 為責任を負うことを認めた上で、それに係る損害賠償請求責任を果たす趣旨で行 われたものであるとは認め難く、その他に、被告がひかり協会からの給付の受給者に対し、当該給付の内容に係る法的責任を負う旨を自認していたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。また、訴外Aが、平成19年、本件番組において、砒素ミルクの飲用者はいつでも被告に対し裁判を起こすことができる旨の本件発言をした事実があるが(認定事実⑸ア)、本件発言が、砒素ミルクの飲用 者の現状に関する特集をした本件番組内においてなされたものであること、本件番組において、訴外Aは被告の代表取締役としてではなく、特別顧問として紹介され、実際にも、当時被告の代表権を有していなかったこと(認定事実⑸イ)からすれば、本件発言は、訴外Aが本件番組の取材に答える中で、自らの見解を表明したものにすぎないというべきであり、砒素ミルクの飲用者が被告に対し裁判 上の請求をすることの当否に関する被告の確定的な見解を述べたものとは解されないから、本件発言によって、被告が砒素ミルクの飲用者の権利行使を妨げる積極的な行為をしたとは評価できない。また、原告は、現行の救済・解決方針の枠組みの中で異を唱えることによる 述べたものとは解されないから、本件発言によって、被告が砒素ミルクの飲用者の権利行使を妨げる積極的な行為をしたとは評価できない。また、原告は、現行の救済・解決方針の枠組みの中で異を唱えることによる不利益を恐れたと主張するが、原告は、平成19年頃には弁護士を依頼してひかり協会に対して補償額を増やす交渉を行っ たと述べており(原告本人)、本件訴訟を提起するまで全く行動を起こすことができなかったわけではないから、原告による被告に対する権利行使を期待し得ない状況にあったとはいい難い。これらに加え、被告は本件確認書に基づきひかり協会が砒素ミルクの飲用者に対し行う給付の資金を負担するなど(認定事実⑷)、砒素ミルクの飲用者に対する一定の対応をとっており、原告自身も、ひかり協会 から、昭和50年以降、治療費等のほか、毎月定額の調整手当を受給しており、令和3年8月までに受給した調整手当の総額は3000万円を超えていること(認定事実⑷ウ)からすれば、被告が本件において除斥期間の主張をすることが著しく正義・公平に反するものとして容認することができず、信義則に反し又は権利の濫用に当たるとはいい難い。 なお、原告は、憲法13条等の憲法の諸規定や障害者の権利に関する条約を指 摘し、それらを根拠に、本件において被告が除斥期間を主張することが許されない旨を主張するようにも解される。この点につき、旧民法724条後段所定の除斥期間は、原告が障害者であることを理由として適用されるものではないから、結局のところ、原告の主張は、被告が製造販売した砒素ミルクを飲用したことで、長年にわたって重い障害が生じている原告の救済という観点から、前記の憲法、 条約の趣旨を踏まえ、被告による除斥期間の主張が権利の濫用に当たり、信義則に反するかどう た砒素ミルクを飲用したことで、長年にわたって重い障害が生じている原告の救済という観点から、前記の憲法、 条約の趣旨を踏まえ、被告による除斥期間の主張が権利の濫用に当たり、信義則に反するかどうかを判断すべきである旨をいうものと解される。しかし、そのような原告の指摘を踏まえても、除斥期間の主張の許否についての前記の検討内容に照らせば、被告が本件において除斥期間の主張をすることが著しく正義・公平に反するものとして容認することができず、権利の濫用に当たり、信義則に反す るとはいい難い。 4 争点⑴(被告による不法行為の有無)について本件義務3について、被告による不法行為の有無につき検討する。 原告は、被告が恒久対策案に定められた内容を、同内容のとおり実践すべき義務を負うことを前提に、かかる義務に違反したと主張するものと解される。 しかし、恒久対策案には、具体的な基準を含む内容が規定されているものの、三者会談において作成された本件確認書においても、被告は恒久対策案の内容を尊重し、救済対策委員会、すなわちひかり協会の判断、決定に従うことを確約することが確認されたにとどまり、被告自身が恒久対策案のとおりの内容を直ちに実施する法的義務があることを確認したものとは認められない(前提事実⑸イ)。 よって、原告の主張は前提を欠き、採用することができない。 また、被告は、ひかり協会の行う救済事業の資金を負担していること (前提事実⑹、認定事実⑷ア)、恒久対策案では、砒素ミルクの飲用者が負担した治療費の給付や、生活保障としての年金の給付が求められているところ(前提事実⑷イ)、ひかり協会は、砒素ミルクの飲用者に対し、砒素ミルクの飲用との関連性が明ら かでない疾病に対する治療費を含む治療費等を給付し、砒 活保障としての年金の給付が求められているところ(前提事実⑷イ)、ひかり協会は、砒素ミルクの飲用者に対し、砒素ミルクの飲用との関連性が明ら かでない疾病に対する治療費を含む治療費等を給付し、砒素ミルクの飲用者の障 害の程度に応じて「ひかり手当」と呼ばれる金銭等を給付していること(認定事実⑷)に照らせば、被告が本件確認書において確認した恒久対策案の尊重をおよそ行っていないとは認め難い。 よって、本件義務3に関する原告の主張は採用することができない。 5 結論 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第24民事部 裁判長裁判官野村武範 裁判官山中耕一 裁判官田崎里歩
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