令和6(わ)52 傷害

裁判年月日・裁判所
令和7年5月14日 長野地方裁判所
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判決文本文20,827 文字)

令和7年5月14日宣告令和6年(わ)第52号傷害被告事件 主文 被告人を懲役1年6月に処する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、本件小学校の教員であったものであるが、令和2年11月13日午後1時20分頃、同校の児童である本件児童(当時12歳)に厳しく注意するも、同人が これに反発・抵抗したことなどをきっかけに、互いにもみ合いとなるなどしていたところ、同校の校庭玄関において、仰向けに倒れた状態で激しく手足等を動かすなどしていた同人に対し、その胸部を右足で踏みつける暴行を加え、これにより同人の頭部を同所床面に設置されたグレーチングに衝突させるに至り、よって、同人に全治約1か月間を要する頭蓋骨骨折、左急性硬膜外血腫の傷害を負わせた。 (事実認定等の補足説明)第1 争点及び審理経過等 1 争点本件の主たる争点は、被告人が本件児童に対して判示暴行に及んだ事実が認められるか、その暴行と傷害結果との間に因果関係が認められるかという点にあり、 また、その暴行が正当行為(刑法35条)として違法性が阻却されるか否かも争われている。特に暴行と傷害結果との因果関係に関しては、傷害結果が他の原因により生じたという疑いが残らないかという観点から強く争われ、検察官は、要旨、犯行前後の経過に照らし、被告人の暴行以外に本件児童に傷害結果が生じる機会はなかった旨主張し、弁護人は、現場に居合わせたBの足が本件児童の頭部 に衝突したことその他の原因により傷害結果が生じた可能性がある旨主張して いる(なお、差戻前第一審以来問題とされている「因果関係」とは、このように、本件児童の傷害結果の が本件児童の頭部 に衝突したことその他の原因により傷害結果が生じた可能性がある旨主張して いる(なお、差戻前第一審以来問題とされている「因果関係」とは、このように、本件児童の傷害結果の原因は被告人の判示暴行であったと認められるか、他の原因により生じた疑いが残らないかという問題を指す表現としても用いられていることから、当審においてもその例によっている。)。 2 審理の経過 ⑴ 差戻前第一審判決の判断等差戻前第一審判決(令和5年6月8日宣告)は、主にAの目撃供述に基づき、被告人が、仰向けに倒れていた本件児童に対し、その胸部を右足で踏む暴行を加えた(踏む形になった)と認定した上で、本件児童の緊急手術を担当したP医師及び法医学者であるQ医師が一致して、傷害結果はグレーチングに頭をぶ つけたことによって生じた可能性が十分にあり、合理的な成傷機序であると述べるのは信用性が高いとし、さらに、Bの足が本件児童の頭部に衝突したことにより傷害結果が生じた可能性が指摘されていることに関しては、Bの足が頭部に当たったという本件児童の供述や、Bが履いていた靴の性状に関する証拠の状況等を踏まえ、そうした可能性を指摘するR医師の供述を排斥しつつ、B の足が本件児童の頭部に衝突した可能性はあり得るものの、それにより傷害結果が生じた可能性は皆無で、被告人の暴行により傷害結果が生じたとして傷害罪の成立を認め(その暴行の目的・態様等に照らし、正当行為にはおよそ該当しないとしている。)、被告人に対して懲役2年、5年間執行猶予を言い渡した。 弁護人は、こうした判断を全面的に争って控訴した。 ⑵ 控訴審判決の判断等控訴審判決(令和6年3月15日宣告)は、差戻前第一審判決がグレーチングに衝突した部位を左側頭部と認定した点に は、こうした判断を全面的に争って控訴した。 ⑵ 控訴審判決の判断等控訴審判決(令和6年3月15日宣告)は、差戻前第一審判決がグレーチングに衝突した部位を左側頭部と認定した点について、本件児童及びAは、「左側頭部」ではなく「後頭部の少し左側」又は「後頭部」をグレーチングにぶつけた旨述べているのに、同判決は、衝突部位の認定とこのように矛盾する供述 を不適切に要約して矛盾を解消しようとしており、重要な証拠を正しく理解し ていない旨説示した。そして、同判決の認定を前提とすると、衝突部位である左側頭部がグレーチングに衝突するためには、胸部を踏まれて上半身を倒された本件児童が、身体も首も左側にひねった状態で、タイミングよく左側頭部をグレーチングに衝突させなければならないなどとした上で、「暴れている人だと頭のどこをぶつけてもおかしくない」というP医師の供述は一般的な意見に とどまると解するのが相当であって、左側頭部を衝突させたことを示す証拠はなく、さらには、左側頭部付近の頭皮等に明瞭な損傷等が認められないことなどを挙げて、左側頭部をグレーチングに衝突させたとの認定は不合理である旨判示した。 また、因果関係の点につき、差戻前第一審判決は、左側頭部に頭蓋骨骨折等 が生じていることに基づいて衝突部位も左側頭部であると遡って推認する判断構造を採用しているなどという理解を示した上で、この点に関するP医師の供述につき、弁護人指摘の問題を検討せずその評価を誤った疑いがあるとし、Bの足蹴りによって傷害結果が生じた可能性については、これを指摘するR医師の供述は十分な内容を備えているのに、同判決は、Bの足が頭部に当たった という本件児童の供述を感覚的に捉えるなどしてこれを排斥しており、合理性が認められない旨説 ついては、これを指摘するR医師の供述は十分な内容を備えているのに、同判決は、Bの足が頭部に当たった という本件児童の供述を感覚的に捉えるなどしてこれを排斥しており、合理性が認められない旨説示し(Bの足の出し方に関し、蹴る場合と(とっさに)足を差し出す場合で態様に大きな違いは見出せないとも説示している。)、因果関係の認定には合理的な疑いが残っているのに、傷害が生じた機序を十分に説明せず、他の原因によって生じた可能性がないと断定してこれを認めたのは不合 理であると判示した。 以上から、衝突部位が左側頭部であることを前提に因果関係を認めた同判決の認定判断は不合理であるとしてこれを破棄し、また、本件直前の校庭での出来事及び校庭玄関における被告人及び関係者らの行為態様を明らかにした上で、被告人の行為が客観的な暴行に当たるか、故意が認められるか、正当行為 性が認められるかなどにつき、改めて必要な証拠調べを実施し検討する必要が あるとして、本件を長野地方裁判所に差し戻した(上告申立てがなく、控訴審判決は確定した。)。 3 破棄判決の拘束力についての検討以上のような控訴審判決の判断・説示等に照らすと、破棄の直接の理由となった判断部分、つまりは、暴行と傷害結果との間の因果関係を否定した判断部分に ついて破棄判決の拘束力が生じたものと解される。 しかし、当審においては、主としてこうした因果関係の有無に関連する事実関係を更に明らかにすべく、関連書証を取り調べ、本件児童や犯行前後の状況等を目撃していたとされる児童3名(B、K、O)その他の証人尋問及び被告人質問を実施するなどしており、これにより、以下のとおり控訴審判決時から実質的に 証拠関係の変動が生じている。したがって、当審では、かかる破棄判決の拘束力は及ばないこと の他の証人尋問及び被告人質問を実施するなどしており、これにより、以下のとおり控訴審判決時から実質的に 証拠関係の変動が生じている。したがって、当審では、かかる破棄判決の拘束力は及ばないことを前提に検討する。 第2 検討 1 検討の前提となる事実関係本件児童の判示傷害は、本件当日、被告人が、指導に従おうとしない同児童を 校庭から校庭玄関(校庭から校舎に入る際に児童らが外靴を上履きに履き替える靴脱ぎ場や下駄箱等が設けられた校舎内の一画を指す。)まで連行し、その間を通じて同児童の動きを取り押さえたり制御したりしようとし、同児童がそれに終始一貫して抵抗するなど、両名が身体的接触を伴う激しい動きを続けていた中、この間のいずれかの出来事が原因となって生じたものである。関係証拠によって 認められるこの間の関係者の動き等は、次のとおりである(以下では、差戻前第一審における公判供述等を含め全て「供述」と略記する。)。 ⑴ 校庭から校庭玄関に至るまでの出来事についてア被告人(身長約165cm、体重約54kg)は、本件小学校の昼休みに、校庭において、本件児童(身長約155cm、体重約41kg)の蹴ったサ ッカーボールがCに当たったところを目にして、その場から逃げようとする 本件児童に対してCに謝るよう厳しく注意し、これに反発して従おうとしない本件児童との間で大声での言い争いとなった。そのうち本件児童が地面(芝生に覆われていたもの)にうつぶせに倒れ、被告人は、馬乗りになってその動きを取り押さえようとしたのに対し、同児童は、激しく手足を動かすなどして抵抗していた。なお、本件児童は、左手指の骨折を除きけがをして いる箇所はなかった。 イ昼休み終了のチャイムが鳴ると、被告人は、本件児童の体を起こして立たせ、自身 激しく手足を動かすなどして抵抗していた。なお、本件児童は、左手指の骨折を除きけがをして いる箇所はなかった。 イ昼休み終了のチャイムが鳴ると、被告人は、本件児童の体を起こして立たせ、自身の右腕を同児童の頭部に回して脇で抱えるようにした上で、同児童を連れて校庭玄関に向かって移動した。この間、本件児童は被告人の頭髪をつかんだり、腹や腰を叩いたりして激しく抵抗していた。 ⑵ 校庭玄関での出来事についてア校庭玄関の北側には出入口が東西2か所設けられており、出入口から玄関内に入ると、靴脱ぎ場(タイル張り)があり、そこで外靴を脱いで下足置場(板張り)に上がり、下駄箱で上履きに履き替える構造となっている。靴脱ぎ場の北側(出入口付近)の床面には排水溝があり、そこに幅約20cmの 金属製グレーチング(はめ込み型の溝蓋)が置かれていた。 イ被告人は、本件児童の頭を右脇に抱えるようにしつつ同児童を連れて校庭から校庭玄関の靴脱ぎ場まで移動したが、ほどなく同児童の外靴を脱がせようとする被告人と、これに抵抗しようとする同児童との間でもみ合いとなった。本件児童は、そのうちにその足に被告人の足がかかって転倒し、仰向け に寝転んだような体勢となった。この際、本件児童の体は、頭部が北側(西側出入口方向)に、足が南側(下足置場方向)に向かって横たわる状態になっていた。その周囲には児童が集まり、人だかりができていた。 ウ被告人は、本件児童の外靴を脱がせるため、横たわる同児童の下半身側からその足をつかもうとしたが、同児童が被告人に向かって足を蹴り出すなど して抵抗するなどしたため、左右いずれかの足をつかんだ上で、自身の右足 を同児童の胸に乗せる体勢を取り、なお外靴を脱がせようとした。本件児童が更に手足を暴れさせたり上半身を起 り出すなど して抵抗するなどしたため、左右いずれかの足をつかんだ上で、自身の右足 を同児童の胸に乗せる体勢を取り、なお外靴を脱がせようとした。本件児童が更に手足を暴れさせたり上半身を起こそうとしたりして抵抗していたところ、被告人は、同児童の胸に乗せていた右足に体重をかけて踏みつけ(判示暴行。以下「本件暴行」ということがある。)、この頃、同児童は頭部をグレーチングに打ちつけた。 エ本件児童は、「痛い」と言って暴れるのをやめ、被告人に起こされると、抵抗せずに連れられるまま教室に移動し、その後ソファに横たわって休んでいたが、ほどなくろれつが回らなくなり嘔吐したために、救急搬送されて緊急手術を受けた(搬送先では、右半身の麻痺や軽度の意識障害の進行が見られた。)。 ⑶ 本件児童の受傷部位本件児童の負った頭蓋骨骨折は線状骨折であり、その骨折線は、左外耳孔の斜め前方(こめかみ寄り)約2cm程度の位置から頭部後方寄りに上向きの軌跡を描いた後、90度に近い形で頭部後方に屈折し、左外耳孔の上方(左外耳孔の中心から上方約2.5cm)の位置まで伸びており、骨折線のうち目に近 い前方部分(左外耳孔の斜め前方の位置)の幅がやや広いことや、同部分の直下に硬膜外血腫が生じていたことから、その骨折は、骨折線の前方部分に外力が作用して生じたものと判断された。 2 差戻前第一審における期日外尋問でのAの供述の信用性について⑴ 前記認定事実のうち校庭玄関における被告人や本件児童の動き等(前記1⑵ イウ)の主たる認定根拠としては、差戻前第一審における期日外尋問でのAの供述がある(以下「A供述」という。)。 ⑵ア A供述をみると、被告人や本件児童の動きについての検察官の発問には、自身が期待する回答に誘導しがちなものがあり、 差戻前第一審における期日外尋問でのAの供述がある(以下「A供述」という。)。 ⑵ア A供述をみると、被告人や本件児童の動きについての検察官の発問には、自身が期待する回答に誘導しがちなものがあり、Aの年齢も考慮すると、その信用性は慎重に検討する必要がある。しかし、Aは、相当印象的であった 出来事について素朴かつ率直に、時に当時の受け止めをも交えながら具体的 に供述しており、かつ、その内容は、事態の展開としてみても違和感の残らないものとなっている。Aは、ほど近い場所から相応の注意をもって目撃していたもので、誤認のおそれも比較的小さいといえる上、分からない点、覚えていない点については、その旨を素直に述べ、記憶の有無・程度に従って手堅く受け答えをしている様子もうかがえる。 とりわけ、A供述のうち、被告人が地面に仰向けに寝転がっている本件児童の足をつかんだ上でその胸に足を乗せて踏みつけ、それを受けて同児童がグレーチングで頭を打ったという核心部分については、反対尋問でも揺らいでいなかったばかりか、事件後間もない時期に行われた本件小学校の聴き取り調査(甲13、15。以下、単に「学校調査」という。)や捜査機関の取調 べ(甲9、10)においても同様の説明・供述がなされていたもので、供述としての一貫性、強固さがみてとれる。また、この部分に関するA供述は、当審におけるB及びOの公判供述のほか、当審で明らかとなった学校調査でのBの説明(甲11、12)や取調べでのOの供述(弁3)と対比してもそれぞれ十分符合し、本件児童が頭を打った際に生じた音や痛がっていた様子 といった真に迫る部分でも矛盾なく整合する内容となっている。これらの者がそろって被告人や本件児童の動きなどを誤認し、あるいは、殊更被告人に不利な虚偽の供述をしようとして、 や痛がっていた様子 といった真に迫る部分でも矛盾なく整合する内容となっている。これらの者がそろって被告人や本件児童の動きなどを誤認し、あるいは、殊更被告人に不利な虚偽の供述をしようとして、偶然結果的に同趣旨の供述をしているとか、本件後間もない時期からすでにそうした説明・供述をしていたなどとはおよそ考え難く、この点のA供述が信ぴょう性に富んだものであることを指 し示している。 イなお、本件児童が頭部のどの部位をグレーチングに衝突させたかについて、当審において、Oは、後頭部の真ん中辺りと(同証人尋問調書7頁)、Bは、本件児童が直後に氷で押さえていた箇所を手掛かりに、「左の側頭部」「側頭部と後頭部の間くらい」、耳の「ほんの少し後ろぐらい」(同証人尋問調書1 1頁、32頁等)とそれぞれ供述し、Aにおいても、相応に特徴のある述べ 方をしていたもので(後記⑶ア参照)、その供述ぶりは完全には一致していない。しかし、本件児童が頭部をグレーチングに衝突させたという出来事は、被告人及び本件児童が予想し難い動きをする中で瞬間的に起きたものである上、本件児童の頭部等にさえぎられるなどして衝突部位を正確に視認することは必ずしも容易ではなかったと考えられる。目撃者の位置や視認の距 離・角度、注意の程度によっても視認の仕方が異なり得ると考えられ、このように、目撃者において、衝突したのが頭部のどの部位であったかを正確にとらえ、証人尋問等で正確に述べるのは、その年齢をも踏まえると一層困難な問題であったと考えられる。各供述が完全には一致していないのは、事柄の性質上当然であり、むしろ各々が自身の記憶・認識に従って真摯に供述し ていることの証左と評価できる(また、そうである以上、こうした各供述の状況は、衝突部位に関するより詳細な認定( のは、事柄の性質上当然であり、むしろ各々が自身の記憶・認識に従って真摯に供述し ていることの証左と評価できる(また、そうである以上、こうした各供述の状況は、衝突部位に関するより詳細な認定(後記3⑵)を左右するような問題でもないと考えられる。)。 ウ以上のような目撃者らの供述状況等にも照らすと、A供述は相当程度支えられているといえる。校庭玄関における被告人や本件児童の動きを前記のよ うに認定する上で、A供述は十分信用することができる。 ⑶ 弁護人の主張等に関する検討ア衝突部位に関するA供述について弁護人は、Aは、学校調査では、本件児童が打ったのは「後頭部」であった旨説明していたのに、差戻前第一審での期日外尋問では、頭の「真後ろの ちょっと左」と供述するようになったとして、問題視している(控訴趣意書5頁等)。 しかし、前記学校調査というのは、本件児童が頭を打ったことを前提に、その事態に至るまでの被告人及び本件児童の動きの詳細に焦点を当てて問いかけがなされ、Aらの説明もあくまで、その趣旨に出た質問に応じて素朴 になされていたものである(甲13、15参照)。そうであれば、年少のAに おいて、衝突部位が頭部のどの部分であったかにつき意識的に慎重に再現・描写しようとしなかったとしても全くおかしくはなく、むしろ、その点には必ずしも意識が向かず、正確かつ詳細に受け答えをしていないとみるのが自然な状況にあったと認められる。期日外尋問では、これと異なり、衝突部位を正面から問う発問が繰り返され、その部位を正確・詳細に供述することが 求められていたのであって、このような学校調査と期日外尋問との相違に鑑みると、年少のAの説明・供述にこの程度の差異が見られることを問題視するのは当たらないというべきである。 なお することが 求められていたのであって、このような学校調査と期日外尋問との相違に鑑みると、年少のAの説明・供述にこの程度の差異が見られることを問題視するのは当たらないというべきである。 なお、Aは学校調査の場で、衝突部位を文字どおり「後頭部」と説明していたわけではなく(甲13、15参照)、期日外尋問で、学校調査での自身の 説明ぶりを問われ、記憶をたどりつつ「多分、後ろって言ってると思います」と述べ(同証人尋問調書29頁。ただし、正確にはAは「後ろ」とも述べてはいない。)、これを受け、弁護人が「後頭部」という意味でよいかと確認・整理をしてしまい、その後、学校調査時にAは「後頭部」と述べたという前提をおいてその主張等を展開しているというのが実際の経過であって、Aが 学校調査の段階で、本件児童が打ったのは「後頭部」であったとすすんで説明していたかのようにみるのは不正確、不相当である。前記のとおり、衝突したのが頭部のどの部位であったかは、目撃者において正確に視認・描写することが困難な問題であったほか、もとより「後頭部」という語は、人の頭部のうちある程度広がりのある一定の範囲の部位を指すものとして用いら れ得るいわば幅のある言葉であり、このような観点からしても、Aが学校調査時には「後頭部」と説明していたなどとして、そこに供述の変遷があるかのようにいう指摘はやはり無理があるというべきである。 イ本件児童の供述等について弁護人は、本件児童は、司法面接(令和3年1月12日検察官において実 施)で、頭をグレーチングに衝突させた場所は「後頭部」と供述しているの にこれを取り上げていないとして、差戻前第一審判決の判断を論難している(控訴趣意書6頁以下)。 しかし、本件児童は、司法面接でも、頭部を衝突させた前後の状 た場所は「後頭部」と供述しているの にこれを取り上げていないとして、差戻前第一審判決の判断を論難している(控訴趣意書6頁以下)。 しかし、本件児童は、司法面接でも、頭部を衝突させた前後の状況について記憶があいまいになっていることを自認するような受け答えをし(前甲1・12頁)、当審における証人尋問でも、覚えていない旨述べるところが目 立っており、こうした供述の状況は、受傷後に見られた意識障害等の進行ぶりからしても無理からぬものと考えられる。現に司法面接では、校庭玄関で、被告人に足を引っかけられてこかされ、レンガのところに頭(後頭部)を打ってやばい音がしたなど、頭部を打った状況・原因について目撃者らの供述と大きく異なる供述をしており、本件後間もない段階からすでにこの点の認 識・記憶が不確かであることが浮き彫りとなっている。 なお、本件児童の司法面接での受け答えを更にみると、衝突した部位を問われて「後頭部」と答えたところがあり(前甲1・9頁1枚目)、あくまでその部分のみをとらえれば、本件児童は衝突部位を「後頭部」と明言したかのようであるが、その受け答えの全体をみると、決してそのように理解するこ とはできない。すなわち、本件児童は、それに引き続き検察官から「どのへんか分かる?」と問われ、「後頭部打った割には、後頭部じゃないところに被害が出た」と言い、更に「ちょっとそこ分かんない?」と尋ねられると、本件児童は、左手で頭の左側を触る動作をしながら「こっち側を打ってて」と言い、次いで、後頭部を触りながら「このへんをがーんって打ったけど」と 言い、頭の左側を触りながら「こっち」と言うなどしている(同9頁2枚目)。 また、検察官から、被告人に足を引っかけられ倒された状況に関して、「この時に頭を打った?後頭部?」「後頭部の けど」と 言い、頭の左側を触りながら「こっち」と言うなどしている(同9頁2枚目)。 また、検察官から、被告人に足を引っかけられ倒された状況に関して、「この時に頭を打った?後頭部?」「後頭部のどこらへんが痛かった?」と問われると、左手で頭の後ろを触りながら「このへん」と、検察官に左側頭部を触られながら「このへん?」「真ん中のより、ちょっと左の方?」と問われると、 「うん」と答えている(同12頁)。これらの供述は、自信のなさや記憶のあ いまいさを色濃く残すとともに、その一部は、後頭部のうち左側の部分を衝突させた可能性をうかがわせるような述べ方ともなっており、少なくとも「後頭部」をぶつけた旨を明確に述べているとはいえないと思料される。 この点、当審における証人尋問でも、本件児童は、被告人に足を払うような感じで仰向けに倒されたときに強い衝撃を受けたという供述を維持しつ つ、その衝撃は「頭の左側」にあったと供述し(同証人尋問調書14頁。強い衝撃があった部位を頭部の模式図に書き込むよう求められ、頭頂部に近い箇所を含め広く左後方の範囲を大きく囲むようにして記入している。)、弁護人から衝突部位を尋ねられると、「頭の後ろの部分」と答え、後頭部ということでよいかと問われると、返答をためらい、結局は明確な供述を差し控えて いるところであって(同証人尋問調書24頁以下)、本件児童が衝突部位を「後頭部」と述べていたわけではないことが一層明らかとなっている。 このように、本件児童の司法面接におけるあいまいな供述状況等からして、その段階で同児童が衝突部位を「後頭部」と述べていた旨を前提とするのは相当無理があり、いずれにせよその供述は信用し難いものである以上、これ によりA供述の信用性評価が左右されるものではないことも明らかとい 児童が衝突部位を「後頭部」と述べていた旨を前提とするのは相当無理があり、いずれにせよその供述は信用し難いものである以上、これ によりA供述の信用性評価が左右されるものではないことも明らかというべきである。 ウ Oの当審公判供述について弁護人は、当審におけるOの公判供述において、本件児童が頭部(後頭部)をグレーチングにぶつけたのは、同児童が暴れたことによるもので、被告人 が胸を踏んだ勢いや反動によるものではないと述べられている点を指摘する(当審弁論11頁)。しかし、このO供述は、反対尋問等を含めその全体を見ると、被告人が、仰向けに倒れた本件児童の足を持ち、その胸を足で踏みつけ(押さえつけ)、その状況で、同児童が抵抗して暴れ、起き上がろうともしていた中、両名の動きが相まって同児童の頭部がグレーチングに衝突する に至った旨を述べるものである(取調べに対するO供述(弁3)も同様であ る。)。被告人において、本件児童の頭部をグレーチングに衝突させようとする明確な意図があったとまでは認められないものの、いずれにせよ、O供述を前提としても、被告人が本件児童の胸を足で踏みつけ、これに起因して同児童がグレーチングに頭部を衝突させるに至ったとみる以外にないところであり、そうであるからこそ、O供述はA供述とむしろ十分符合していると 評価できるというべきである。弁護人の指摘は失当である。 ⑷ 小括このように、A供述は、弁護人の主張等を踏まえ、他の目撃者等の供述との関係を慎重に検討しても、校庭玄関における被告人や本件児童の動きを前記のように認定する上で、十分信用することができる。 3 本件暴行と傷害結果との因果関係に関する検討⑴ 以上によれば、本件児童の傷害結果は、仰向けに倒れた状態で激しく手足等 動きを前記のように認定する上で、十分信用することができる。 3 本件暴行と傷害結果との因果関係に関する検討⑴ 以上によれば、本件児童の傷害結果は、仰向けに倒れた状態で激しく手足等を動かすなどしていた同児童に対し、被告人がその足をつかんだ上で本件暴行に及び、これに抵抗しようとする同児童の動きが相まって、その頭部がグレーチングに衝突するに至り、このことが原因となって生じたものと認められる。 この点につき若干敷衍して検討する。 ⑵ 衝突と受傷の機序についてア本件児童は、被告人に対して激しく抵抗し続ける中、仰向けの体勢で胸に被告人の足を乗せられ、これに抵抗して上半身を起こそうとしていたもので、そうした激しい上半身の動き等が相まって、同児童の頭部、中でも左側頭部 に位置する骨折部位(左外耳孔斜め前方・こめかみ寄りの部位)の辺りがグレーチングに衝突し、相当強い外力が当該部位に加わって、それにより判示傷害を負ったと考えられる。 この点、衝突前の本件児童の頭部の動きに関して、A供述は、本件児童が暴れて起き上がろうとしたときにちょっと首が浮いて、被告人がちょっと体 重をかけて暴れさせないようにしたときに頭をぶつけたという感じであっ たといい(A証人尋問調書8頁)、当審でのO供述も、頭部の動きはうなずくようなしぐさを大きくしたような感じで、前後に頭を振るような動きであったといい(同証人尋問調書10頁)、B供述も、頭がグレーチングにぶつかりそうだったので、頭の下に足を入れ込もうとしたが間に合わなかったとしており(同証人尋問調書13頁)、本件児童の頭部は、終始床面と接するなど床 面の高さにあったわけではなく、相応に浮き上がった状態からある程度勢いよくグレーチングに衝突するに至ったと認められる(このような衝 証人尋問調書13頁)、本件児童の頭部は、終始床面と接するなど床 面の高さにあったわけではなく、相応に浮き上がった状態からある程度勢いよくグレーチングに衝突するに至ったと認められる(このような衝突の態様・強度の点は、AのほかB、Oが概ね同様に供述しているように、衝突時に相当の音がしたことによっても裏付けられている。)。 イまた、本件児童が仰向けに倒され、胸を足で踏まれた状態で上半身を起き 上がらせようとする状況の中、左側頭部の骨折部位がグレーチングに衝突するという事態が起き得るのかについては、差戻前第一審におけるP医師が、暴れている人であれば頭のどこをぶつけてもおかしくないかと思う旨を述べている(同証人尋問調書24頁以下)。実際に、本件児童は、被告人に抵抗し、足で胸を踏みつけられた状態で上半身を起き上がらせようとしていたの であり、両名がそれぞれ相当感情的になる中、被告人が同児童の動きを制御しようとし、同児童が仰向けに倒れた体勢で片足をつかまれるという状況でそれに抵抗しようとしていたという、特に同児童の身体の動きの激しさ、体勢の不安定さに照らすと、このP医師の見解は、単なる一般論というようなものではなく、同児童が暴れていたという本件の具体的状況に即した見方と して十分判断の前提とし得るものと思料される。なお、当審に至って、被告人役、本件児童役の警察官が当時の状況を再現し、人の頭部と校庭玄関のグレーチングの接触状況を確認するという実況見分が実施されている(甲2、S警察官の当審公判供述)。動きのある両者の身体の状況等が精確、忠実に再現されているとは考え難いが、少なくとも、客観的・物理的にみて、両名 の体勢、とりわけ本件児童の身体の向きや頭部の角度等いかんによっては骨 折部位付近がグレーチングに衝突する 、忠実に再現されているとは考え難いが、少なくとも、客観的・物理的にみて、両名 の体勢、とりわけ本件児童の身体の向きや頭部の角度等いかんによっては骨 折部位付近がグレーチングに衝突するという事態が起こり得ることが確認されているといえ、P医師の前記見解が依拠し得るものであることが裏付けられている。 弁護人は、本件児童が体を左にひねり更に首を無理にひねったとしても、骨折部位がグレーチングに直接接触することはないなどと主張しているが (控訴趣意書17頁以下)、この点を含め衝突の部位・態様にまつわる弁護人の主張は、同児童が激しく動き体勢等が変化していたという動的な要素を考慮に入れない形式的な見方となっているといわざるを得ない(P医師も、弁護人のこの問題意識を否定していたものである。同証人尋問調書22頁等)。こうしてみると、本件児童が仰向けに倒され、胸を足で踏みつけられた 状態で上半身を起き上がらせようとする中、左側頭部の骨折部位がグレーチングに衝突するという事態は起こり得るものと認められる。 ウさらに、本件児童の骨折部位付近の頭皮や左外耳(耳介)等に外傷は生じていなかったところ、弁護人は、この点を根拠に、同児童が当該部位をグレーチングに衝突させたとすることに合理的な疑いが生じると指摘している (控訴趣意書19頁以下)。しかし、差戻前第一審の段階からすでに、衝突による外力が直接外耳に加わったわけではないことや本件児童の頭髪の存在(職1参照)を手掛かりに、それらの部分に外傷が生じないことは説明がつくとされており(P医師証人尋問調書23頁、Q医師証人尋問調書14頁、24頁)、指摘のような疑いは生じないと認められる。 エ以上によれば、本件児童は、仰向けの体勢で胸に被告人の足を乗せられ、自身の上半身の動き等 人尋問調書23頁、Q医師証人尋問調書14頁、24頁)、指摘のような疑いは生じないと認められる。 エ以上によれば、本件児童は、仰向けの体勢で胸に被告人の足を乗せられ、自身の上半身の動き等が相まって、左側頭部の骨折部位の辺りがグレーチングに衝突し、判示傷害を負ったと認められる(なお、この認定は、後記⑶⑷のとおり、本件児童が他の原因により又は他の機会に受傷したという可能性がないと認められることによっても、裏付けられているといえる。)。 ⑶ Bの行為により受傷した可能性について(R医師の供述に関する検討) ア差戻前第一審の段階で、法医学者であるR医師は、小学6年生の男児が運動靴の先端(硬質ゴム製のもの)でサッカーボールを蹴るような動作をすることにより生じるエネルギーを算出するなどして、本件児童の骨折はそうした足蹴りによって生じ得ると述べており(R医師証人尋問調書12頁以下等)、これを受けて弁護人は、その骨折等はBが蹴ったことにより生じた可 能性があると強く主張している(差戻前第一審弁論24頁以下、控訴趣意書21頁以下、当審弁論7頁以下)。 イ前提として、問題とすべきBの行為がいかなるものであったかについて検討すると、差戻前第一審の段階では、Bが本件児童の頭部を「蹴った」という可能性を示唆する証拠としては、同児童が、司法面接において、校庭玄関 で被告人に転倒させられて頭を打った状況を説明する中で、「その後、頭が真っ白になったからそんな覚えて無いけど、そん時に友達(B)が足出してて。打ちそうになった時に、たぶん打つスピードがあまりにも速すぎて」「たぶん助けようとしたんだと思うけど、どうしようもできなかったから」「間に合わなかったから。ただ最後、(本件児童の名)の頭蹴っただけになっちゃ って」( ん打つスピードがあまりにも速すぎて」「たぶん助けようとしたんだと思うけど、どうしようもできなかったから」「間に合わなかったから。ただ最後、(本件児童の名)の頭蹴っただけになっちゃ って」(前甲1・4頁)、「それでその後、頭に当たったから分かった」「その後って、打った0.5秒後く(ママ)につんって」、(頭に足が当たった?)「そう」(同9頁2枚目)としていた供述があった。しかし、本件児童が、司法面接時にすでに本件当時の状況の認識・記憶が不確かであったことは前記のとおりであり、しかもAにおいて、Bが本件児童の頭を蹴ったことを明確に否 定していた(A証人尋問調書15頁等)という状況にあって、裏付けがないこのような本件児童の供述を根拠に、Bがその頭部を文字どおり「蹴った」と認定し、あるいはその可能性を大きく問題にすることは証拠上の根拠が乏しく、相当困難ではないかと思料される。 これに加え、当審において、Bは、本件児童の頭がグレーチングにぶつか りそうだったので、頭の下に、自分の右足を滑り込ませるように入れ込もう と、大股一歩くらい足を出したが、届かなかった(間に合わなかった)、自分の足が本件児童の体のどこかに接触したことは一切なかったと供述し、頭部を蹴ったことを明確に否定し(B証人尋問調書12頁以下、18頁以下等)、この供述は反対尋問でも動揺しておらず、本件当日Bがした母親への申告(B母証人尋問調書2頁等)や本件後間もなく行われた取調べ(甲8)の段 階から一貫し、A、Kの供述とも符合しているなど、高い信用性を備えている。そして、本件児童にあっても、当審では、頭部をグレーチングに衝突させた際は分かっていなかったが、その後移動した教室で、誰かが、Bが足を出そうとして助けようとしてくれたんだよねといったことを言っていた そして、本件児童にあっても、当審では、頭部をグレーチングに衝突させた際は分かっていなかったが、その後移動した教室で、誰かが、Bが足を出そうとして助けようとしてくれたんだよねといったことを言っていたのを受け、頭を打った後、足が頭のてっぺんらへんに当たった気もしなくない なと思ったと述べ、その感触を「本当にちょんぐらいに、ちょんって当たる感じ」と表現しており(本件児童証人尋問調書16頁以下)、体験供述としては一層あいまいかつ脆弱で、よほどの裏付けがない限り信用性が乏しいものであるか、いずれにせよ接触の態様は軽微なものでしかなかったという供述ぶりとなっている。これらからすると、そもそもBの足が本件児童の頭部に 接触したと認定する根拠も乏しいというべきである。 ウまた、Bの足が本件児童の頭部に接触したという疑いが残るとしても、想定可能な接触の状況・態様というのは、関係証拠によれば、同児童の頭部がグレーチングに衝突しつつある際に、Bがこれを阻もうととっさに足を差し出し、それが頭部に接触したといったものにとどまる。こうしたBの行為は、 仮に接触があったとしても、本件児童の頭部を「蹴る」という表現にはほど遠く、これとは明確に区別されるべき軽微な態様の接触でしかなく、その方向、速度、強度等からして、それにより同児童の頭部に頭蓋骨骨折を生じさせるような強い外力が加わるものではなかったはずである。この点は、差戻前第一審の段階ですでに、P医師(同証人尋問調書6頁等)とQ医師(同証 人尋問調書12頁等)が異口同音にその旨を述べていたところであるし、一 般的な経験則等に照らしても、無理なく首肯できることではないかと思料される(本件児童が、Bの足が接触した感覚を「つんって」「ちょんって当たる感じ」などと、いかにも軽微な接触であ であるし、一 般的な経験則等に照らしても、無理なく首肯できることではないかと思料される(本件児童が、Bの足が接触した感覚を「つんって」「ちょんって当たる感じ」などと、いかにも軽微な接触であったとしか解しようのない表現で述べているのも、その供述に仮に信を措くとすると、このように想定可能な接触の状況・態様にかなったものといえる。)。 このように、Bが本件児童の頭部を「蹴った」と認定し、あるいはその疑いがあるとして、それにより骨折等が生じた可能性を問題にするのは無理があり、相当困難ではないかと思料される。R医師の見解は、その前提において誤っていることとなり、採用の余地はない。 エなお、R医師の見解には、これ以外にも無視し難い問題があると考えられ る。すなわち、同医師の見解には、頭部の軟部組織(頭皮)や外耳に損傷を与えず、頭蓋骨折が生じるのは無理であるとするところがあるが(同証人尋問調書16頁)、そもそもP医師やQ医師がそろって述べている内容と相容れないし、R医師においても、反対尋問に対しては、髪の毛の多い人などでは、それがクッションのようになって外表に損傷を生じないことはよく経験 されるなどと、結局は留保を付すような述べ方をしている(同証人尋問調書28頁)。また、R医師は、本件児童の骨折が側頭骨のへこんでいる部位(鱗部)に生じている旨を述べ(同証人尋問調書4頁以下等)、弁護人は、左側頭部がグレーチングに直接衝突して受傷したという機序を否定する根拠にこの供述を挙げているが(差戻前第一審弁論20頁)、その見解は、やはり P医師及びQ医師の見解に反している。これらのR医師の見解は当然疑問とせざるを得ないのであって、判断の前提とはできない。 なお、R医師は、本件児童が、硬質ゴム製の靴を履いた足で蹴られたことを P医師及びQ医師の見解に反している。これらのR医師の見解は当然疑問とせざるを得ないのであって、判断の前提とはできない。 なお、R医師は、本件児童が、硬質ゴム製の靴を履いた足で蹴られたことを前提としているが(R医師証人尋問調書21頁等)、当審におけるB及びその母の供述によれば、Bが本件当時履いていた靴は、先端部分を含め柔らか い生地で作られた運動シューズであったと認められ(B証人尋問調書12頁、 B母証人尋問調書5頁)、この点でも前提を失っている。加えて、R医師が、Bの動作として、置かれたボールを蹴るという動きを想定しているとしながら、一方で、足を「差し出す」のも「蹴る」のも同じであるとまでいうのは(R医師証人尋問調書30頁)、考察の在り方としてやや強引ではないかと思われる。 このようにR医師の見解は信用できず、先の認定を左右するものではない。 ⑷ 他の機会に受傷した可能性等について当審における証拠調べによって、本件直前の校庭での出来事や校庭玄関における被告人及び関係者らの行為態様が更に明らかとなっており、それによれば、校庭において、被告人は、本件児童に馬乗りになるなど相応に手荒な行為に及 び、同児童がこれに抵抗するなどしていたほか、Bは、その頃に、当てる感じで本件児童のお尻を蹴った旨を供述している(B証人尋問調書16頁)ものの、頭部に特に強い外力が加わったような形跡はなかったと認められる(前記1⑴参照)。また、Aを含む複数の目撃者らにおいて、校庭玄関で、本件児童が被告人ともみ合いをするうちに仰向けに転倒した正にその際に、その頭部に特に強 い外力が加わるような状況があったと述べる者は、同児童以外になく、その際に受傷した可能性もないものと認められる(前記1⑵イ参照。この時に頭を打ったとする本件児 正にその際に、その頭部に特に強 い外力が加わるような状況があったと述べる者は、同児童以外になく、その際に受傷した可能性もないものと認められる(前記1⑵イ参照。この時に頭を打ったとする本件児童の供述が信用できないことは、前記2⑶イのとおりである。)。本件児童が、被告人に連れられて教室に移動する際(前記1⑵エ参照)にも、受傷するような出来事はなかったと認められ、弁護人が、以上のような 様々な機会を挙げて、他の機会にBが本件児童の頭部を蹴り、それにより受傷したという可能性を指摘するのも(当審弁論11頁等)、証拠上の根拠を伴わない抽象的な議論でしかないといわざるを得ない。 そして、前記のとおりBの行為により受傷した可能性がないことを含め、本件児童が他の機会に受傷した可能性がないことが明らかになったということ は、被告人が、仰向けとなっていた同児童の胸を足で踏みつけた際こそが、同 児童が頭部に判示傷害を負う可能性のある唯一の機会であったことを指し示しており、その意味において、衝突と受傷の機序に関する先の検討(前記⑵)が、結果的にとはいえ、別の角度から有力に裏付けられているということができる。 4 被告人の供述に関する検討 被告人は、校庭で、Bがうつぶせの状態の本件児童に対し、サッカーのシュートをするように足を大きく振り上げて蹴ることを幾度も繰り返していたなどと供述しているが(当審被告人供述調書5頁以下等)、B及び本件児童の供述と大きく異なっている上(同児童の供述のうち、受傷状況に関する部分が信用できないことは検討したとおりであるが、校庭での出来事に関する部分はB供述と大筋 において符合しているなど、信用性を認めるに十分である。)、にもかかわらず、本件児童は自分が蹴られていることに気づいていない様子であっ とおりであるが、校庭での出来事に関する部分はB供述と大筋 において符合しているなど、信用性を認めるに十分である。)、にもかかわらず、本件児童は自分が蹴られていることに気づいていない様子であったともいうのであり(同11頁)、いかにも不自然である。校庭玄関で本件児童が仰向けに倒れたことに関しては、なぜ倒れたかのか分からないなどと供述しているが(同16頁以下等)、被告人は、同児童の動静を注視しつつ対応していたと認められるこ とからしてかなり唐突で不自然であるし、現に同児童の動き等を逐一詳細に描写している一方で、同児童が転倒した状況に限ってそのように述べているのも不可解である。さらに、被告人は、本件児童の胸に足を乗せたということ自体を争い、同児童がグレーチングに頭をぶつけた記憶もないとしているが(同18頁以下等)、これらに関しては同児童や複数の目撃者の供述とかけ離れた内容であるし、 同児童が頭を骨折した原因として思い当たることはないとまで言い切っているのも(同21頁等)、無理を来しているというべきである。被告人の供述は、本件児童の粗暴さやBの行為の危険性を殊更強調し、自身の非を否定しようとするために、随所に不自然な点が目立つ内容となっていることが強くうかがわれ、信用できない。 5 小括 以上のとおり、被告人は、仰向けに倒れた状態で激しく手足等を動かすなどしていた本件児童に対して本件暴行に及び、それにより、これに抵抗しようとする同児童の動きが相まって、その頭部をグレーチングに衝突させるに至り、よって判示傷害を負わせたものと認められる。被告人に、本件児童に重い傷害を負わせようとする意図まではなかったと認められるが、少なくとも暴行の故意が認めら れることは明らかであり、その行為には傷害罪が成立する。 第 せたものと認められる。被告人に、本件児童に重い傷害を負わせようとする意図まではなかったと認められるが、少なくとも暴行の故意が認めら れることは明らかであり、その行為には傷害罪が成立する。 第3 正当行為の成否等に関する検討 1 弁護人は、被告人の行為は刑法35条の正当行為に該当し、違法性が阻却されるか、可罰的違法性がないと主張しているが(差戻前第一審弁論26頁以下、控訴趣意書23頁以下、当審弁論12頁以下)、その主張の多くが依拠する被告人 供述が信用できないことは先に検討したとおりである(前記第2の4)。 2 その上で、前記認定事実(第2の1等)を前提に検討すると、被告人が、校庭で本件児童に対し、Cに謝罪するよう厳しく注意するなどした当初の行為については、もとより教員による生徒指導の一環として評価し得るものの、さらに、体格の劣る本件児童に馬乗りになって、抵抗する同児童の動きを押さえようとし、 これにとどまらず、その頭を脇に抱えるようにして校庭玄関に連れて行き、外靴を脱がそうとすることに抵抗する同児童ともみ合いになるなど、同児童からは反発・抵抗を受け暴力を振るわれることがあったと認められるものの、自身も実力行使とも言うべき行為を繰り返した挙げ句、同児童において仰向けに倒れ、更に手荒な行動に出ようとしても容易にはかなわないような体勢となった後もそう した行為をやめず、いずれかの足を手でつかんだ上で、なお同児童の胸を足で踏みつけるという本件暴行に及んだものである。 本件暴行は手荒で、転倒した状態の本件児童の身体に直接向けられた危険な態様である上、同児童に無用な肉体的・精神的痛手を与え、ひいてはその尊厳を損ないかねない側面もあって、この点ですでに生徒指導のための行動としては一線 を越えているというべきである。ま た危険な態様である上、同児童に無用な肉体的・精神的痛手を与え、ひいてはその尊厳を損ないかねない側面もあって、この点ですでに生徒指導のための行動としては一線 を越えているというべきである。また、本件児童の頭部をグレーチングに衝突さ せようとする明確な意図をもって本件暴行に及んだわけではないにせよ(前記第2の2⑶ウ参照)、結果として同児童に相当重篤な傷害を負わせたという点も、当然ながら軽視できない。本件児童が被告人に対して暴力を振るってくるといった経緯があったとはいえ、それは、発達上の特性を有するとされていた同児童が、自身を取り押さえようとしてくる被告人の行動等に触発されて興奮状態となっ たことが原因で生じた状況であったとみられ、そのことは、被告人にとっても容易に認識できたはずである。そうであれば、教員の立場にある被告人にあっては、冷静さを保ち、本件児童の興奮をおさえるなど当面必要な対処をすべく、例えば、いったんその場を離れ、他の教員に応援を求めて同児童と話し合ってもらうなど、より穏当で危険性のない他の対応を選択することが考えられてしかるべきであ ったし、そのことにおよそ支障はなかったと認められる(その場に居合わせていた児童らの心理面に悪影響が及びかねないことにも鑑みれば、そのように冷静な対応を選択する必要性が一層高かったということもできよう。)。にもかかわらず、被告人は本件暴行に及んだのであり、しかも、一連の行動からして、純然たる指導目的というよりは、本件児童の言動に対して感情的になるあまりその暴行に及 んだとしか考えられないところでもあって、そうした行為が正当化される余地はない(被告人は、本件児童が他の児童に危害を加えることを懸念した旨を強調しているが、そういった供述も不自然で信用できない。)。 以上の 考えられないところでもあって、そうした行為が正当化される余地はない(被告人は、本件児童が他の児童に危害を加えることを懸念した旨を強調しているが、そういった供述も不自然で信用できない。)。 以上の諸点を併せ考慮すると、本件暴行は、社会的に相当と認められる範囲を逸脱したものというべきであって、正当行為として違法性が阻却されるものでは なく、もとより可罰的違法性を欠くものでもないと認められる。 第4 結論以上から、被告人に判示のとおり傷害罪が成立すると判断した(なお、差戻前第一審でなされた訴因変更後の公訴事実は、本件児童の頭部が衝突した箇所を「グレーチング又はその周辺の床」とするものであるが、以上の検討によれば、衝突箇所 はグレーチングであったと認定することができる。)。 (法令の適用)罰条刑法204条刑種の選択懲役刑を選択刑の執行猶予刑法25条1項訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項本文(訴訟費用が差戻前第一 審及び当審において生じており、これは全部被告人の負担とする。)(量刑の理由)被告人は、教員の立場にありながら、すでにみたような経緯で感情的になるあまり、年端のいかない本件児童に対して手荒な暴行に及び、その頭部に重傷を負わせたもの である。後遺症は残らなかったとはいえ、同児童が心身に大きな痛手をこうむったことは明らかであり、その母も厳しい処罰感情を示している。本件の情状は決して軽いものではない。他方、被告人は、本件児童の頭部をグレーチングに衝突させようとする明確な意図があったわけではなく、同児童がここまで重篤な傷害を負うことも想定の限りではなかったと認められ、情状評価に当たっては、その点も明確に考慮する必 要 をグレーチングに衝突させようとする明確な意図があったわけではなく、同児童がここまで重篤な傷害を負うことも想定の限りではなかったと認められ、情状評価に当たっては、その点も明確に考慮する必 要がある。以上のほか、被告人は無理な弁解を弄し、反省の態度が見られないこと、一方、前科がないことをも踏まえ、主文の刑を定めた。 (検察官の求刑懲役2年、5年間執行猶予)令和7年5月14日長野地方裁判所刑事部 裁判長裁判官坂田正史 裁判官坂井唯弥 裁判官楠本めぐ

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