平成14(わ)113 殺人被告

裁判年月日・裁判所
平成14年12月26日 前橋地方裁判所
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判決文本文7,707 文字)

平成14年12月26日宣告平成14年(わ)第113号殺人被告事件判決 主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中210日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯等について) 1 被告人及び関係人の身上経歴等について被告人は,尋常高等小学校を卒業後,農業の手伝い,工員など職を転々としていたが,平成4年ころからはホテルの掃除夫として働くようになり,その給料と年金で生活していた。被告人は,幼少時から難聴であったため,意思の疎通は,大きい声で話をするか耳元で話してもらうなどしないと困難であり,テレビも音量を上げて見ていたが,視力などには問題がなかった。 分離前の相被告人Aは,群馬県太田市内において,被告人及び分離前の相被告人C夫婦の長男として出生し,小中学校では特殊学級に在籍して,昭和54年に中学校を卒業したが,その後は職を転々とし,平成10年ころから無為徒食の生活を送るようになり,被告人,C及びAの実姉である分離前の相被告人Bの給料,年金等で生活していた。Aは,昭和60年に最初の婚姻をして長女をもうけたが,妻に暴力をふるうなどしたため平成元年に離婚し,平成2年には別の女性と再婚して長男をもうけたが,平成4年には前婚と同様の理由で離婚した。 Bは,東京都において,被告人及びC夫婦の長女として出生し,小学校5年生までは特殊学級に在籍したが,その後は普通学級に移り,昭和54年に太田市内にある高等学校に進学したものの中退し,その後は工員として働いていた。しかし,昭和57年ころ統合失調症(精神分裂病)と診断されたためこれを辞め,その後は,入通院により治療を続け,障害者年金を受給して生活していた。 Cは,中学校を卒業した後,工場などで働いていたが,平 昭和57年ころ統合失調症(精神分裂病)と診断されたためこれを辞め,その後は,入通院により治療を続け,障害者年金を受給して生活していた。 Cは,中学校を卒業した後,工場などで働いていたが,平成2年にはこれを辞め,年金を受給し,主に家事などをしていた。 被害者であるEは,中学校では,特殊学級に在籍し,Aの同級生であり,中学校卒業後は,工員をするなどして働き,平成元年にはFと婚姻し,その後長女を出産した。 Aは,平成5年ころ,Eに電話をかけて呼び出し,肉体関係を持ったが,これを知った同人の夫らが,Aと話し合い,2度とEに会わないことを約束させた。Aは,その後,平成7年ころから,再びEに電話をかけて話をするようになり,その後はEと時折電話で会話するなどの関係を続けていた。 2 犯行に至る経緯について被告人,A,その長女,C及びBは,平成8年ころまで,群馬県太田市内において同居していたが,AがCらに対し暴力を振るうなどして,Cらはこれに耐えかねたので,同年中に,被告人,C及びBは,Aに黙って,現在の被告人らの住居である同県伊勢崎市内の借家(以下「被告人方」という。)に転居した。しかし,平成9年夏ころには,Aは被告人方を探し当て,平成10年1月ころ,Aのもとに家出して来たE及びAの長女とともに,被告人方に身を寄せ,被告人ら3人と同居するようになった。被告人方は,4畳半間,6畳間,3畳の納戸,台所,風呂及び便所からなり,A及びEがその6畳間で,被告人夫婦,B及びAの長女がその4畳半間で生活していた(その後,Aの長女は6畳間で生活するようになった。)。Aらが来てから約1週間経ったころ,Eの父親がEを探しに被告人方を訪れたが,AとEは6畳間に隠れ,Cが「Eさんは来ていません」などと応対したことから の長女は6畳間で生活するようになった。)。Aらが来てから約1週間経ったころ,Eの父親がEを探しに被告人方を訪れたが,AとEは6畳間に隠れ,Cが「Eさんは来ていません」などと応対したことから,Eの父親はそのまま帰った。 Eは,Aらと被告人方において同居するようになった当初から,Cが家事などをするように指示しても満足にこなすことができず,何もせずにテレビなどを見て過ごしたり,大小便をもらしたり,Bと口論するなどしたことから,B,C及びAは,Eに対し,殴ったり,蹴ったり,たばこの火を手足に押しつけるなどの暴力に及ぶようになった。また,B,Cらは,Eに対し,家事などをしないことの罰などとして,食事の量や回数を減らすこととし,平成10年1月ころ,1日に朝夕2食とし,同年7月ころからは,1日1食程度に減らし,平成12年夏ころからは,さらに与える食事の量を減らしていったため,同人は次第に衰弱していった。Eは,Aらに隠れて,残飯をあさって飢えをしのぐなどしたものの,やせ衰え,平成13年1月ころになると,トイレに行く際も壁を伝わり歩くような状態となっていた。このため,同年6月ころ,被告人が,A,B及びCに対して,「このままじゃEがどんどん痩せて死んでしまうから,実家に帰した方がいいんじゃねえか」等と言ったことがあったが,Aらは,Eを実家に帰すことによりAらがEに対し食事を与えず暴行を加えていたことなどを警察などに訴えられることを恐れたことなどから,この話はうやむやになった。また,このころ,Eが,被告人方から2度ほど逃げ出したことがあったが,2度とも,被告人がAらに知らせたため,被告人方に連れ戻され,逃げ出すことは出来なかった。Eは,連れ戻された際,「姉ちゃんがご飯をくれない。姉ちゃんが叩くので怖い。家に帰 したことがあったが,2度とも,被告人がAらに知らせたため,被告人方に連れ戻され,逃げ出すことは出来なかった。Eは,連れ戻された際,「姉ちゃんがご飯をくれない。姉ちゃんが叩くので怖い。家に帰りたい」などと訴えたが,Aは,実家に帰すと警察に訴えられるなどと考え,「俺に任せろ」などと言ってごまかし,以後,Eが逃げ出さないよう家族で監視するようになり,同人の両手両足をガムテープやビニールひもで縛ったりした。 このようにして,同年8月ころには,Eは,極度のるい痩状態に陥り衰弱して,自分1人ではトイレにも行けず,まともに体を動かすことも出来なくなっており,医療機関による適切な治療が施され,かつ十分な食事が与えられなければ死亡してしまうことが,誰の目から見ても明らかな状況となっていた。被告人,A,B及びCもそのことを十分理解していたが,いずれも,自分たちがEに食事を与えず,暴力をふるっていたことなどが明るみに出ることを恐れたことなどにより,Eが死んでも仕方がないなどと思うようになっていた。 (犯罪事実)被告人,分離前の相被告人A,同B及び同C(以下,これら4名を「被告人ら」という。)は,平成10年1月ころから,群馬県伊勢崎市上a町b番地cの被告人方において,被告人ら他1名と同居していたE(当時36歳)に対し,十分な食事を与えないまま,監視などして外出させないようにし,このため平成1年8月ころには,同人は栄養不足により極度に衰弱し,十分な食事を摂りかつ医療関による治療等を受けなければ死亡するおそれがある状態に陥ったのであるから,被告人らには,同人に対し,十分な食事を与え,医療機関の治療を受けさせる措置をとる義務があり,かつ,被告人らは,同人に十分な食事を与え治療を受けさせなければ死亡するおそれのあることを知っていたにも ,被告人らには,同人に対し,十分な食事を与え,医療機関の治療を受けさせる措置をとる義務があり,かつ,被告人らは,同人に十分な食事を与え治療を受けさせなければ死亡するおそれのあることを知っていたにも関わらず,同人が死亡するのもやむを得ないと相互に意思を通じるなどして共謀し,そのころから,同人に十分な食事も与えずかつ医療機関の治療を受けさせることもなく同人を放置し,同年11月10日,同所において,同人を飢餓死させて殺害した。 (事実認定の補足説明) 1 弁護人は,「■ 本件公訴事実は,不作為をその内容とするものであるところ,被告人は,その聴力障害のため,現状認識力を欠き,他の家族に対する指示する立場になかったから,結果を回避すべき作為を求める前提となる能力が欠け,殺意もない。■ 被告人は,Aらと被害者に関して話し合いなどをしたことがなく,被告人とAらとの間には共謀はなかった。したがって,被告人は無罪である。」と主張するので以下補足して説明する。 2 被告人の能力について弁護人は,「被告人は,幼少のころから聴力に障害があって,会話能力も十分でなく,日常生活には妻らの支えが必要であって,家族において一般の父親のような立場になく,AやCに対して強く発言することが極めて困難な立場にあったので,被告人に刑法上の作為義務は存しない。被告人は,被害者の健康状態を詳しく知らなかったし,Aが,以前,前妻ら複数の女性にも被害者にしたのと同様の行為をしたが,いずれも死に至らなかったことがあり,その経験から本件においても被害者が痩せたことが死に直結すると判断し難かった。」と主張する。 そこで検討するに,関係証拠によれば,被告人の聴力及び会話力に障害があること,被告人の日常生活には妻らの支えが必要であり,Aからの暴力をおそれて 直結すると判断し難かった。」と主張する。 そこで検討するに,関係証拠によれば,被告人の聴力及び会話力に障害があること,被告人の日常生活には妻らの支えが必要であり,Aからの暴力をおそれていたことは認められるが,本件当時,被告人は,ホテルに臨時従業員として通勤しており,平成13年8月には28日勤務(1日約3時間勤務)して約9万円の税引後収入を得ていたこと,オートレース等のギャンブルを趣味としており,テレビや新聞を見て予想をしてオートレース場等に行って車券を買うなどし,時には勝つこともあったこと,公判廷において,有利な点については明確に答えるものの不利益なことについて聞かれるとあいまいな態度をとっていることなどを併せ考えると,被告人には,一応の社会生活を送ることのできる能力があることが認められ,被告人に作為義務を求める前提となる能力が欠けているとは到底いえない。 そして,被告人は,約3年10か月もの長期間にわたって,さほど広くもない同人方において,Aら家族及び被害者と生活をともにしており,その間,Aらによる被害者に対する暴力,食事の制限などは続き,これによって,被害者が衰弱していったのであるから,被告人は,こうした状況を知っていたと推認するのが相当であるところ,被告人は,これを見て見ぬ振りをしていたのみならず,被害者が2度にわたって被告人方から逃げた際には,いずれもこれをAら家族に知らせたことを併せ考慮すれば,被告人は,Aら家族により,被害者に対する暴力及び食事の制限が行われ,これにより被害者が衰弱していっていることを知りながら,Aら家族とともに,被害者が被告人方から脱出することを妨げたものと認められる。被害者は,平成13年8月には,十分な食事を与え医療機関による治療を受けさせなければ死亡 っていることを知りながら,Aら家族とともに,被害者が被告人方から脱出することを妨げたものと認められる。被害者は,平成13年8月には,十分な食事を与え医療機関による治療を受けさせなければ死亡するおそれがある状態に陥ったのであり,その時点で,救命行為に及ぶことができるのは被告人らをおいて他には存在しなかったのであるから,被告人らには,条理上,被害者に対して十分な食事を与え医療機関による治療を受けさせるなどしなければならない法的な作為義務があったと認められる。 また,被告人は,自らが救命措置をとる立場にあり,しかも,そのような措置を施さなければ被害者を死に至らしめる危険があることを認識していたにもかかわらず,その後も,被害者に十分な食事を与えたり,医療を受けさせることなく放置して,被害者を死に至らしめたことが認められるのであるから,被告人には被害者に対する殺意を認めるのが相当である。 たしかに,被告人が被害者に食べ物を時折与えていたことは認められるものの,被害者の当時の衰弱の状態に照らせば,この程度の食べ物を与えたことでは被害者の生命の危険を除去するのに十分なものでないことが明らかであり,これによって被告人が作為義務を果たしたとは到底認められないし,Aが,本件以前にも前妻などに食事を与えないなどしていたので,前妻らがAの下を去ったことも認められるが,本件被害者は,独力でトイレにも行けない危険な状態にまでなっており,Aの前妻らが逃げ出した場合とは全く状況を異にするものと言うことができ,被告人にこのような経験があったとしても,被害者に対する殺意を認める妨げとはならないというべきである。 3 共謀について弁護人は,「被告人は,被害者に対し直接暴力をふるっていないし,また食事制限の決定に関わっ があったとしても,被害者に対する殺意を認める妨げとはならないというべきである。 3 共謀について弁護人は,「被告人は,被害者に対し直接暴力をふるっていないし,また食事制限の決定に関わっていなかったし,かえって被害者を実家に帰すようAらに意見したことや,被害者にバナナなどの食物を分け与えるなどしており,被害者を殺害する共謀はなかった。」と主張する。 たしかに,弁護人の指摘する事実は認められるが,そうしたことが直ちに共謀関係を否定するものではないところ,被告人は,平成13年6月ころ,被害者が食事を制限されるなどの苦痛から被告人方から逃げた際に,Aら家族にそれを知らせ,Aらがこれに応じて被害者を被告人方に連れ戻したことが認められ,この事実によれば,遅くともその時点以後には,被告人らの間に,被害者が被告人方から逃げないように監視することについての黙示の共謀が成立したと認めるのが相当である(弁護人は,被害者が逃げたときAらに知らせたことは,連れ戻すことを命じたり,要望するものではなかったと主張するが,当時の状況からして到底採用できない。)。そして,平成13年8月以降,被告人らは被害者がそのまま放置すれば死亡する危険がある状態にあるにもかかわらず,被告人らの誰もが被害者に対して十分な食事を与えたり,医療を受けさせないことを互いに認識しながら,被害者を放置し続けたのであるから,被告人らとの間には,そのころ,本件犯行についての黙示の共謀が成立したと認めるのが相当である。 4 以上によれば,被告人に本件殺人罪が成立することに合理的疑いを入れる余地がないから,弁護人の主張を採用することはできない。 (法令の適用)該当罰条刑法60条,199条刑種の選択有期懲役刑未決勾留日数の算入 ることに合理的疑いを入れる余地がないから,弁護人の主張を採用することはできない。 (法令の適用)該当罰条刑法60条,199条刑種の選択有期懲役刑未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑訴法181条1項ただし書(量刑の理由)本件は,被告人ら4名が,同居している被害者に対し,暴力をふるい,十分な食事を与えないまま,監視などして逃げ出せないようにしたため,同人が衰弱するに至り,死亡するおそれがある状態になったにも関わらず,何ら医療機関の治療を受けさせず,かつ十分な食事を与えなかったことにより,同人を飢餓死に至らしめて殺害したという殺人の事案である。 本件は,被告人らが,被害者が家事を分担しないとかAらの指示に反発するなどの理由で,被害者に対して食事を十分に与えず,暴力をふるうなどの虐待を加え,このため同人の身体には痣ができ,るい痩状態に陥るなど衰弱し,そのまま放置すれば生命に危険がある状態に陥ったにもかかわらず,同人を実家に帰すなどすれば,Aらの行った虐待行為などが発覚するなどと考えて,敢行されたものであって,その犯行の動機は,あまりにも自己中心的であり,酌量の余地は全くない。 本件犯行は,これまでCや前妻等に対して暴力を加えてきたAがその暴力の矛先を被害者に向けて虐待を行い,被告人もこれを見て見ぬふりをしたことにより,被告人ら家族全員で被害者を虐待する過程で行われたものであり,被告人らは,約3年10か月という長期間にわたり,被害者を被告人ら家族の支配下において虐待を続け,その過程において被害者を栄養不足により衰弱してその生命が危険な状態に陥らせたのに,さらに被害者に対し十分な食事を与えず医療措置を受けさせないなどの本件犯行を行って,ついには被害者を飢餓死させたのであって,その犯 被害者を栄養不足により衰弱してその生命が危険な状態に陥らせたのに,さらに被害者に対し十分な食事を与えず医療措置を受けさせないなどの本件犯行を行って,ついには被害者を飢餓死させたのであって,その犯行態様は,あまりにも人の生命をないがしろにした,卑劣かつ残虐なものであって極めて悪質である。その結果,被害者は空腹等に苦しみながら,その身長158センチメートルに対し体重がわずか25.5キログラムにまでやせ細って死んだのであって,被害者の尊い生命を奪ったという結果はもちろん,本件犯行の過程において被害者に与えた苦しみの大きさや絶望感の深さに思いを致すと,本件犯行の結果は真に重大である。被害者の遺族が,被告人らに対し,峻烈な処罰感情を持つのも当然である。 以上のとおりの本件犯行の動機,態様,結果等を併せ考えると,被告人の刑事責任は重い。 しかしながら,被告人は,外形的事実については概ね認め,その限度で反省の様子も認められること,被害者に対する積極的な虐待には直接関わっておらず,時折,パンやバナナなど食物を被害者に与えたり,Aらに対して被害者を実家に帰すよう意見したこともあったほか,聴力及び会話能力に障害があり,耳元で大声で話さなければ会話ができないほどで,しかも,これまでの生活において,Aの暴力などに苦しめられてきたことから,Aら他の家族に比して本件犯行への関与は従属的なものにとどまると言えること,これまで前科がなく真面目に働いて家族を養い生活してきたこと,現在73歳と高齢であること,被告人の次女が一生被告人の面倒を見る旨,警察官調書において述べていることなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。 そこで,これらの事情一切を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当と判断する。 (求刑懲役6年)(公判出席検察官加藤直人国選弁護 ることなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。 そこで,これらの事情一切を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当と判断する。 (求刑懲役6年)(公判出席検察官加藤直人国選弁護人新井博)平成14年12月26日前橋地方裁判所刑事部裁判長裁判官長谷川憲一裁判官吉井隆平裁判官丹下将克

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