令和5(わ)53 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年1月15日 静岡地方裁判所 浜松支部
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判決文本文56,973 文字)

令和5年(わ)第53号判決 主文 被告人を懲役30年に処する。 未決勾留日数中640日をその刑に算入する。 静岡地方検察庁浜松支部で保管中のハンマー1本(令和5年領第200号符号1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実) 被告人(以下「A」と表記することがある。)は第1 令和4年3月8日午後7時13分頃から同日午後9時30分頃までの間に、浜松市甲区(現在の乙区)所在の被告人方(以下「本件居宅」という。)において、母方祖父であるB(当時79歳)に対し、殺意をもって、ハンマー(静岡地方検察庁浜松支部令和5年領第200号符号1)及び金槌(同年領第20 0号符号2)でその頭部を多数回殴打するなどの暴行を加え、よって、同日午後10時37分頃、(住所省略)社会福祉法人a病院において、同人を頭部多発損傷による外傷性クモ膜下出血により死亡させて殺害し、第2 同日午後7時13分頃から同日午後9時30分頃までの間に、本件居宅において、母方祖母であるC(当時76歳)に対し、殺意をもって、前記ハンマー 等でその頭部を多数回殴打するなどの暴行を加え、よって、同日午後10時43分頃、(住所省略)国立大学法人b病院において、同人を頭部損傷による外傷性ショックにより死亡させて殺害し、第3 同日午後9時頃から同日午後9時30分頃までの間に、本件居宅において、実兄であるD(当時26歳)に対し、殺意をもって、前記ハンマー等でその頭 部を多数回殴打するなどの暴行を加え、よって、同日午後10時13分頃、 (住所省略)のc医療センターにおいて、同人を脳挫傷及び外傷性クモ膜下出血により死亡させて殺害した。 (争点に対する判断)第1 本件の争点及び当裁判所の判断の概 、同日午後10時13分頃、 (住所省略)のc医療センターにおいて、同人を脳挫傷及び外傷性クモ膜下出血により死亡させて殺害した。 (争点に対する判断)第1 本件の争点及び当裁判所の判断の概要弁護人は、被告人が本件各犯行をした犯人であることを争うとともに、仮に 被告人が犯人であるとしても、被告人は解離性同一症にり患しており、本件各犯行時、解離により別人格である「ボウイ」が現れ、主人格がその行動をコントロールすることはできなかったから、心神喪失の状態にあり、少なくとも心神耗弱の状態にあった旨主張する。被告人は、自分が本件各犯行をしたという記憶はなく、主人格とは異なる「ボウイ」という別人格がしたことであると思 う旨供述する。 他方、検察官は、被告人が犯人であることは明らかであるとした上、本件各犯行時の解離に関する被告人の供述は信用できず、本件各犯行時に被告人は解離しておらず、仮に解離していたとしても、解離性同一性症の影響によって事理弁識能力や行動制御能力が著しく低下しておらず、被告人は完全責任能力が あった旨主張する。 責任能力に関して、弁護人は、起訴前の第1鑑定であるE医師の鑑定に依拠し、検察官は、起訴前の第2鑑定であるF医師の鑑定に依拠している。 当裁判所は、被告人は本件各犯行をした犯人であり、本件各犯行時、解離性同一性症の影響により事理弁識能力及び行動制御能力が低下していたものの、 その程度は、著しいものではなく、完全責任能力が認められると判断した。以下、その理由について詳述する。 第2 事実関係等 1 証拠(乙9を除く。)によって認めた事実関係は、おおむね次のとおりである(主な証拠はかっこ内に(書証は取調べ順に)記載した。)。 家族関係等について ア被告 等 1 証拠(乙9を除く。)によって認めた事実関係は、おおむね次のとおりである(主な証拠はかっこ内に(書証は取調べ順に)記載した。)。 家族関係等について ア被告人は、GとHの子である。被告人は、3人兄弟の末弟であり、長兄のD(平成7年3月生)、双子の兄I(平成11年6月生)がいる。(甲115、19、119)イ GとHは、平成5年の婚姻後、本件居宅(増改築前の建物)において、Hの両親であるB及びC、並びに両名の子(Hの弟)で重度知的障害があり自 力歩行も困難なJと共に暮らし、Cが経営する、本件居宅1階の美容室で働いていた。 Hは、小中学生の頃からJの排泄や食事の介助などをしてきたが、子を妊娠したり子育てに追われて、Jの世話をしなくなり、そのことで、BとCは、Hを責めた。美容室で働いていたのは主にGとHであったが、経営や売上金 管理は主にCが行っていた。そのため、GとHは、BとCに対する不満を募らせていった。 増改築後の平成14年頃からは、本件居宅1階でB、CとJが、2階でG、Hとその子らが、それぞれ別に生活するようになった。 (甲127、132) ウ Gは、被告人とIが小中学生だった頃、飲酒して酩酊した際などに、Hや被告人ら子に対し、暴力を振るったり、暴言を吐いたり、物を投げつけたりした。 Dは、それと同時期に、H、被告人及びIに対し、暴力を振るったり、暴言を吐いたりした。さらに、Dは、被告人に対しては、尿を飲ませたり、肛 門性交や口腔内で射精するという性的虐待行為もしたりした。 Hは、両親であるBとCが支配的な振る舞いをし自分を娘として扱っていないとして不満を募らせており、被告人にもその旨訴えることがあった。被告人は、Hの愚痴を聞かされるこ 待行為もしたりした。 Hは、両親であるBとCが支配的な振る舞いをし自分を娘として扱っていないとして不満を募らせており、被告人にもその旨訴えることがあった。被告人は、Hの愚痴を聞かされることにストレスを感じていた。 Hは、平成22年頃から平成26年頃にかけて、精神世界に傾倒した時期 があり、被告人に対しても、神や悪魔等に関連する話をしたことがあった。 GとHは、被告人とIが中学生の頃には夫婦関係が破綻し、家庭内別居状態となっていた。 (甲19、20、127、132、133、第4回公判G証言、H証言、第7回・第8回・第9回公判被告人供述)エ被告人は、子供時代、Dから頼まれてBとCに小遣いをもらいに行ったと きなどに、BとCから、GがHに対してどのような暴力を振るっているのか詳細に説明させられ、苦痛に感じていた。(第8回公判被告人供述)Dは、Hに暴力を振るうことがあったが、被告人は、中学生の頃、BかCから、Dはお金をあげたらHに暴力を振るってくれる、被告人もHに暴力を振るってくれるのであれば、お金をあげるという趣旨のことを言われたこと があったが、すごく怖いと感じて、その話を断った。(第7回公判被告人供述)また、被告人は、令和2年から令和3年にかけての年末年始頃、Dから聞かされて知ったが、当時、BとCは、Dにお金を渡して、Hのみならず、被告人とIにも暴力を振るわせていた。(乙2) オ Dは、平成25年頃に本件居宅を出て、以降、被告人らに暴力を振るうことはなくなった。その頃には、Gの被告人らに対する暴力もなくなっていた。 Dは、平成27年か平成28年頃、本件居宅に戻って来た。Gは、Hとの婚姻関係が破綻していたことから、いずれ千葉の実家に戻るつもりで、平成30年頃、H、D、I の被告人らに対する暴力もなくなっていた。 Dは、平成27年か平成28年頃、本件居宅に戻って来た。Gは、Hとの婚姻関係が破綻していたことから、いずれ千葉の実家に戻るつもりで、平成30年頃、H、D、I及び被告人に対し、その旨伝えた。(甲127、第8回 公判被告人供述)カ被告人とIは、平成30年3月に高校を卒業し、翌4月、被告人は静岡県警察の警察官に、Iは自衛官になり、いずれも本件居宅から出た。 Dは、同月にKと婚姻し、同年11月に子Lをもうけ、妻子と共に本件居宅2階で生活していたが、平成31年3月に妻子と共に本件居宅を出て行っ た。Gは、Lを溺愛していた。 Bは、平成30年4月頃、Hに対し、「Hさん(注:原文は被告人、D、G、H及びIの氏)は家を建てて外に出たら。」と言ったり、令和元年6月頃、DやKに対し、Hのことを「こいつはこの家の女中だからな。お前らも上手く使えよ。ちょっとご飯を食べさせておけばよく動く。」などと言ったりして侮辱したことがあった。 (甲127、132、H証言)キ被告人は、高校時代の友人と警察学校時代の友人から見て、優しくて人当たりがよく友達が多く、悪口を言ったり粗暴な振る舞いをしたりしたことはない。家族から見て、優しく温和な性格で、Gと口論やけんかをしたこともなく、被告人が家族に命令したり暴力を振るったりすることはなかった。 (甲127、135、142、143、144、第5回公判G証言、H証言) 被告人が警察官を辞めた後、令和4年3月までの生活状況等についてア被告人は、心身の不調等から、令和元年6月に警察官を辞めて、本件居宅に戻った。被告人は、本件居宅に戻って2か月程度した頃、警察官時代等には余り思い出すことのなかった過去の家庭内での被虐待体験を思い出すよう 心身の不調等から、令和元年6月に警察官を辞めて、本件居宅に戻った。被告人は、本件居宅に戻って2か月程度した頃、警察官時代等には余り思い出すことのなかった過去の家庭内での被虐待体験を思い出すよう になり、それに起因するフラッシュバック、頭痛、睡眠障害等に悩まされるようになった。被告人は、昼夜逆転の生活を送り、友人からの連絡にも応じないようになった。(甲127、132、第7回・第8回公判被告人供述)また、被告人は、令和2年から令和3年にかけての年末年始頃、BとCが、Dにお金を渡して、Hのみならず、被告人とIにも暴力を振るわせていたこ とをDから聞かされて知った。(乙2)イ他方、被告人は、インターネットを利用して、靴や洋服等を仕入れて転売することで、多少の収入を得ていた。(甲127、132、第8回公判被告人供述)また、被告人は、心身の状態が比較的良くなった令和3年6月頃から、友 人と連絡を取ったり、友人と会って一緒に遊んだりするようになった。もっ とも、被告人は、連絡を取り合うようになった警察学校時代の友人が警察官を辞めて事業を営もうとしていることを知り、将来の展望を描けないでいる自分と比較して落ち込み、同年9月から同友人との連絡は絶った。被告人は、同年10月、好意を抱いていた女性に対して、二度目の告白をしたが、受け入れられなかった。そのとき、同女に対し、幼い頃父親から暴力を受けてい たこと、ずっと精神病のような症状を持っており、もう一人の自分が辛い記憶を閉じ込めてくれていたこと、自分の感情が爆発して気持ちが抑えられなくなることなどを話した。(甲147、142、144、第8回・第9回公判被告人供述)ウ Hは、令和2年頃、両親であるBとCが、所有不動産等をHに相続させな い方針を採ろうとし えられなくなることなどを話した。(甲147、142、144、第8回・第9回公判被告人供述)ウ Hは、令和2年頃、両親であるBとCが、所有不動産等をHに相続させな い方針を採ろうとしていると知り、強い不満を感じ、同年5月か同年6月頃、被告人にもそのことを伝えた。Hは、以前より支配的な言動をとるBとCの仕打ちに不満を感じていたことなどもあって、弁護士に相談することとし、令和3年頃、被告人にもそれに関する相談をした。 また、Hは、令和2年11月頃、Cから、Hには相続させない旨言われた とき、被告人にその旨訴えたところ、被告人は、Cに対して直接、Hは被害者であり、裁判をしたらHが勝つ旨言い、Cらを非難した。しかし、Hは、Cから事情を聴いたBから、後で非難されたので、被告人に伝えたところ、被告人は、「せっかく言ってやったのに。」などと言い、落胆したような顔をした。 被告人は、HからBとCに関する愚痴を聞かされることにストレスを感じ、令和2年頃から、Hに対し、これ以上愚痴を聞きたくない旨言っていた。 また、被告人は、令和3年9月頃、Hに対し、DがBとCからお金をもらってHに暴力を振るっていた旨を伝えた。 (甲132、133、H証言) エ Gは、かねてより考えていた本件居宅を出て千葉の実家に戻る時期につい て、令和4年3月頃とすることに決め、遅くとも令和3年12月頃までには、被告人もそのことを知っていた。(甲128、H証言、第8回公判被告人供述)オ被告人は、その頃には、GとDから暴力等を受けた体験が自分に悪影響を及ぼしており、Gが本件居宅を出るまでに、過去の家庭内暴力等について、 G、H、D及びIと話し合う必要があると考えていた。被告人は、年末年始に話し合いの機会を作ろうとしたが、 験が自分に悪影響を及ぼしており、Gが本件居宅を出るまでに、過去の家庭内暴力等について、 G、H、D及びIと話し合う必要があると考えていた。被告人は、年末年始に話し合いの機会を作ろうとしたが、Dが本件居宅に来なかったことなどから、実現しなかった。そこで、被告人は、令和4年1月4日、Iに対し、理由を告げずに、同年2月後半から同年3月に本件居宅に帰省するように依頼した。 Iは、同月2日に本件居宅に帰省し、当初は同月11日まで滞在する予定であったが、同月9日に用事があることを思い出したので、その日には自宅に戻ることとし、同月5日頃、被告人にその旨告げた。 (甲138、第8回公判被告人供述)カ被告人は、同月3日午前3時13分頃、「記憶の迷宮」「記憶欠落」という 単語でインターネット検索した。被告人は、同月6日、同月12日夜に友人と会う約束をし、同月7日午前5時13分頃から同日午前5時30分頃までアダルト動画を閲覧し、その後同日午前中に前記告白をした友人をデートに誘い、同月14日に同人と映画を観に行く約束を取り付けた。(甲147) 令和4年3月7日の家族会議について ア被告人は、Iの帰宅が令和4年3月9日に早まったことや、月曜日は美容室の休業日であったことから、同月7日月曜日、G、H及びIと話し合おうとした。被告人は、Dも交えて話し合いたかったが、Dが仕事であったため、話し合い前にDを呼ぶことはできなかった。被告人は、Gが話し合いに応じず逃げることを回避するため、Gの両手首を結束バンドで縛ろうとし、Gを 承諾させるために、HとIの両手首も結束バンドで縛ることとした。HとI は、2階で過ごしていたとき、被告人によっていきなり結束バンドで縛られた。Iは、被告人が家族の誰かと喧嘩を し、Gを 承諾させるために、HとIの両手首も結束バンドで縛ることとした。HとI は、2階で過ごしていたとき、被告人によっていきなり結束バンドで縛られた。Iは、被告人が家族の誰かと喧嘩をしようと考えているのかと思い、被告人に対し、「殺傷沙汰だけはするなよ。」と言い、被告人は、「それは分かんない。」と答えた。Gは、結束バンドで縛られることを最後まで拒絶した。 (甲139、129、135、第4回公判G証言、H証言、第8回公判被告 人供述)イ被告人は、G、H及びIから携帯電話機を回収した上で、同人らに対し、要旨、知り合いの機動隊員が本件居宅に来る、機動隊員は自分たちのことを押さえつけたり投げ飛ばしたりするかもしれず、結束バンドをして抵抗しないという姿を見せる必要がある、誰かに連絡したら機動隊員が携帯電話機を 見てその相手に連絡するから相手に迷惑がかかる、などと言った。しかし、被告人の知り合いの警察官が本件居宅に来る予定はなく、結束バンドをしたり携帯電話機を回収したりした理由も、うその内容であった。被告人は、家族が見たことのないような鋭い異様な目つきをしており、結束バンドで縛るときから、家族が聞いたことのないような強い命令口調で話していた。G、 H及びIは、被告人が元警察官であったことなどから、被告人の話を信じた。 (甲129、135、第4回公判G証言、H証言、第8回公判被告人供述)ウ被告人は、G、H及びIが話し合いに応じる姿勢を示したことから、HとIの結束バンドを切り、3人に対し、過去のGやDから受けた暴力等が原因で解離性同一性症にり患していること、Gは警察に行き処罰を受け服役すべ きであること、DはGのせいで暴力的になってしまい、飲酒して妻子に暴力を振るう恐れがあるので、警察に行った上で治療を受ける で解離性同一性症にり患していること、Gは警察に行き処罰を受け服役すべ きであること、DはGのせいで暴力的になってしまい、飲酒して妻子に暴力を振るう恐れがあるので、警察に行った上で治療を受けるべきであること、Hはもっと早く警察に行くべきだったのに何もせず、精神世界に傾倒したこともあり、精神病院に行くべきであること、BとCはサイコパスであることなどを話した。Hは、被告人から返還された携帯電話機を使って、その場で 被告人の病気のことを調べて、家族に説明した。GとHは、被告人に精神疾 患があるとはじめて認識した。被告人は、話をしている間に、感情を高ぶらせて号泣し、精神的に疲弊してしまったので、その日の家族の話し合いは終わりにした。(甲139、129、135、15、乙4、第4回公判G証言、H証言、第8回・第9回公判被告人供述)エ被告人は、G、H及びIに対し、翌8日にDも含めて話し合ってから、警 察官に迎えに来てもらい、家族皆で警察署に行く旨話した。G、H及びIは、被告人の話を信じ、Gは服役することになると思った。被告人は、下顎をけいれんさせながら、「2回くらい計画が流れた。もう我慢の限界だ。明日で解放してほしい。」などとも言った。(甲139、129、135、H証言)令和4年3月8日の本件各犯行に至る経過等について ア GとHは、被告人の話を信じ、令和4年3月8日夕方までに、長期間本件居宅を離れるつもりで、それぞれ準備をした。(甲129、136、第4回公判G証言)Gは、1階物置でハンマー(本件凶器とは異なる物)を見つけ、Hに知っているか尋ねた。Hは、以前に被告人の部屋で見たことのあるハンマーだっ たので、その旨伝えた。これを聞いたGは、「Aはあのハンマーを人に使うんじゃないか。」と言ったが、H )を見つけ、Hに知っているか尋ねた。Hは、以前に被告人の部屋で見たことのあるハンマーだっ たので、その旨伝えた。これを聞いたGは、「Aはあのハンマーを人に使うんじゃないか。」と言ったが、Hから否定され、たしなめられた。Gは、念のため護身用に、釣りで使っていたナイフを用意して、美容室に隠し置いた。 (甲136、第4回公判G証言)BとCは、通常、障害者施設から帰るJを迎えに行き、午後4時頃に帰宅 していたところ、同日午後4時過ぎ頃から午後5時頃までの間に、Hは、被告人から頼まれて、Jの帰宅を確認した。(甲135、136、H証言)イ被告人は、同日午後6時頃、G、H及びIの携帯電話機を回収した。被告人は、Dを呼びたいと考えていたところ、G及びHと相談して、Dを呼び出すうその口実を決め、Hは、同日午後6時50分頃、DにLINE電話をか け、BとCが倒れたから一人で来てほしい旨言った。(甲140、123資 料5写真56、甲136、乙10、第4回公判G証言、H証言)ウ被告人は、GとIに対し、警察官が来た際の目隠しとするため必要であるとして、本件居宅前駐車場に停車中の自動車の駐車位置を変えさせた。 (甲140、9(130)、第4回公判G証言)エ被告人は、D到着前、1階居間において、床に倒れているBにまたがって 両手でBの首を絞めたが、その様子を見たGに制止された。被告人は、GにDを迎えるように言い、Gは、一旦玄関に行ったものの、気になり1階居間に戻ると、被告人は、Bの耳元にハンマーを近づけて、「静かにしろ。」などと言って脅しており、Gが制止した。(甲9)オ同日午後7時13分頃、Dは本件居宅に到着し、1階居間にBとCがいる 様子を見てうその口実で呼び出されたことに気が付いて怒り出した。被告人 どと言って脅しており、Gが制止した。(甲9)オ同日午後7時13分頃、Dは本件居宅に到着し、1階居間にBとCがいる 様子を見てうその口実で呼び出されたことに気が付いて怒り出した。被告人は、Dに殴りかかろうとしたが、Gに制止された。GとDは、HとIがいる2階に移動し、Gは、怒るDをなだめながら、被告人から前日に聞いた話をDに説明し、Dは、最終的には被告人に対して過去の暴力等を謝罪し、警察に行くことや治療を受けることを承諾した。被告人は、GとDが2階居間に 入った数分程度後に2階居間に入ったが、その後も2階の居間や被告人の部屋と1階とを行き来しており、30分以上2階にいない時間帯もあった。 (甲140、25、136、117、118、第4回公判G証言)(なお、後で認定するとおり、D到着後にGとDが2階に移動し、HとIも2階にいる間に、被告人は1階居間でBとCを殺害したものと認められる。) カ被告人は、同日午後9時頃、GとDに対し、そろそろ機動隊が到着する旨うそを言い、2階にHとIを残したまま、GとDを1階美容室に連れて行った。 Dも、このときまでの話で、機動隊に抵抗の意思がないことを示すために両手首を結束バンドで縛っておく必要があると思っていたので、被告人が、 1階美容室において、GとDの両手首を結束バンドで縛ったとき、特に抵抗 しなかった。このときの被告人は、普段の穏やかな様子であった。 (甲140、136、第4回公判G証言)キその後、被告人は、Dを促して、Dと共に1階居間に移動した。被告人は、一人でハンマーを手に持って1階居間から美容室に戻って来ると、Gの結束バンドをきつく締め直して、前日の話し合い時よりも恐ろしい口調で脅して、 Gを床に四つん這いにさせた。被告人は、Gに対し、「動い 人でハンマーを手に持って1階居間から美容室に戻って来ると、Gの結束バンドをきつく締め直して、前日の話し合い時よりも恐ろしい口調で脅して、 Gを床に四つん這いにさせた。被告人は、Gに対し、「動いたら上の二人を殺すぞ。」「お前はどうやって死にたい。」「頭をハンマーで叩かれたいのか、それとも首を絞められて死にたいのか。どっちがいい。」「Dは簡単には殺さない。」「年寄りは簡単には死なない。」などと言い脅した。そのとき、被告人は、美容室と他の部屋を出入りし、ハンマーを持って歩き回っていた。G は、四つん這いの体勢で、被告人の足元が見えたとき、その靴下に血のようなものが付着しているのも認めた。Gから見て、被告人はおぞましい顔で、威圧的な言動で、Gは、被告人は「気違い」になったと思い、強い恐怖を感じた。被告人は、Hについて「あのばばあも殺すか、口うるせえから。」とか、「Iはどうするかな。」とも言った。(第4回公判G証言39頁ないし5 5頁)(なお、後で認定するとおり、被告人は、Dと共に1階居間に移動し、一人で美容室に戻って来るまでの間に、1階居間でDを殺害したものと認められる。)令和4年3月8日の本件各犯行後の状況等についてア被告人は、美容室から階段に向かい、2階にいたHとIを順番に階段下に 呼んで、その両手首を結束バンドで縛り、2階に戻した。(甲140、136)イ Gは、被告人がその後また階段の方に向かったとき、玄関先でハンマーを置くような物音がしたので、隠し置いていたナイフを使って結束バンドを切ろうとしたが、切れなかったので、強引に両手首を結束バンドから引き抜い た。Gは、ナイフを持ったまま移動し、玄関横の下駄箱でハンマー(罪とな るべき事実記載のもの。以下「本件ハンマー」ともいう。)を見つけて かったので、強引に両手首を結束バンドから引き抜い た。Gは、ナイフを持ったまま移動し、玄関横の下駄箱でハンマー(罪とな るべき事実記載のもの。以下「本件ハンマー」ともいう。)を見つけて取り上げた。(第4回公判G証言)ウ被告人は、Gの動きに気付いて階段を下りて来たが、Gは、被告人に対し、本件ハンマーとナイフを振り上げるなどして被告人を威嚇した。(第4回公判G証言) エ被告人は、同日午後9時30分頃、玄関から外に逃げ出し、Gは、本件ハンマー等を持って、「殺すぞ。」などと叫びながら被告人を追ったが、被告人は、途中で方向転換して、本件居宅に戻り、2階にいたHとIに対し、動揺した様子で、「やばい、やばい、やばい。」「ハンマーを取られた。」「父ちゃんがやばい。」「警察。」などと言い、2階台所の包丁を手に取った。Gは、 本件居宅に戻り2階に上がったが、包丁等を持った被告人と対峙すると、Iらに警察に通報するように叫びながら、本件ハンマー、ナイフ及び結束バンドを持ったまま外に逃げ出した。(甲140、131、136、119、第4回公判G証言、第8回公判被告人供述)オ Iは、同日午後9時34分頃に110番通報をし、同日午後9時38分頃 に119番通報をした。通報中にIは1階居間に移動し、同所において、頭を寄せ合うようにして、それぞれの身体が放射線状になるような位置関係で、頭から血を流して倒れているB、C及びDを発見した。CとDは、両手首を結束バンドで縛られて、仰向けに倒れていた。その頃、1階居間の惨状を見たHは、パニック状態になった。Iは、Cらの結束バンドを切り、Dの心肺 蘇生措置を行うなどした。 Iの119番通報中、被告人は、Iの傍で、「危なかった、殺されるところだった、まじで。」「ぜってー、あいつ、俺 状態になった。Iは、Cらの結束バンドを切り、Dの心肺 蘇生措置を行うなどした。 Iの119番通報中、被告人は、Iの傍で、「危なかった、殺されるところだった、まじで。」「ぜってー、あいつ、俺のせいにしやがる。最悪だよ、もう。俺がやったことって言いやがって。」などと、GがB、C及びDを殺害し、自分も殺されそうになったかのような発言をした。Hは、Gが逃走中 の犯人であると思った。 (甲140、116、136)カ Gは、近隣住民方のインタ―フォンを鳴らして助けを求めながら逃げ回っていたところ、同日午後9時48分頃、路上で臨場した警察官から職務質問を受けた。そのときGは、本件ハンマー、ナイフ及び結束バンドを持っていた。Gは、「息子に殺されそうだ。みんな殺されてしまった。怖くなって逃 げてきた。自分を守るためにこのナイフとハンマーを持っている。結束バンドは自分が息子に縛られていたものだ。自分の家族が心配だ。」「私を殺そうとしてくる息子はAという。Aに結束バンドで縛られていたため皆がどうなったかは分からない。Aの靴下に血が付いていたので家族が殺されてしまったかもしれないと思った。」などと言った。Gは、終始興奮した様子で、辺 りを警戒し、通行人等にも怯えている状態であった。 Gは、警察官に本件ハンマーを任意提出した。本件ハンマーは、全長27. 7センチメートル、重量1.05キログラム、ヘッド部が銀色の金属製で、ヘッド部の両端は平口タイプで打突部が平らであり、ヘッド部、柄部及びグリップに血痕様のものが付着していた。 (甲124、131、第4回公判G証言)キ同日午後9時53分頃、警察官が本件居宅に臨場した。警察官が事情聴取をした際、被告人は、「父親が戻って来るから逃げなければならない。」などと言い、身体 (甲124、131、第4回公判G証言)キ同日午後9時53分頃、警察官が本件居宅に臨場した。警察官が事情聴取をした際、被告人は、「父親が戻って来るから逃げなければならない。」などと言い、身体を震わせ、終始落ち着きのない様子で歩き回っていた。被告人は、「父は包丁を持っている。警察官だってやられてしまう。警察でも手に 負えないから早く逃げよう。」などと言い、時折過呼吸のような症状や頭を抱えるような動作を繰り返した。被告人は、同日午後11時31分頃、パトカーに乗車し、浜松中央警察署に任意同行された。(甲116) 警察官臨場時の犯行現場の状況等についてア事件直後の警察官の臨場時、B、C及びDは、1階居間の床に、頭を寄せ 合うようにして放射線状に血まみれで倒れていた。(甲116) 令和4年3月9日の実況見分及び同日から同月25日までの間に行われた検証時、1階居間の床面、電気カーペット、絨毯及びソファーカバー等には多量の血痕が付着していた。襖、カーテン、クローゼットの戸等にも飛沫した血痕様のものが付着していた。出入口付近床面上には、南北に103センチメートル、東西に78センチメートルの範囲に広がる血痕が付着していた。 (甲123)イ前記実況見分及び検証時、2階台所のシンク内には、①金槌1本(罪となるべき事実記載のもの。以下「本件金槌」ともいう。)、②Cの血痕が付着した輪の状態から切断された形の結束バンド1本、③その他の結束バンド4本(輪状のもの2本、切断されたもの2本)、④表面1か所と裏面4か所にB の血痕が付着したベルト1本(バックルが外されバックル側先端部分にテーピングされたもの)、⑤血痕様のものが付着した2リットルの空のペットボトル1本、⑥包丁2本、⑦中指(内側)第二関節部 にB の血痕が付着したベルト1本(バックルが外されバックル側先端部分にテーピングされたもの)、⑤血痕様のものが付着した2リットルの空のペットボトル1本、⑥包丁2本、⑦中指(内側)第二関節部に切れた痕跡がある手袋1個(右手、「W.W」とあるもの)、⑧タオル4枚等が残されており、水で流された跡が認められた。本件金槌は、全長28センチメートル、重量24 0グラム、打突部が金属製で、柄と打突部の接続部分及び末端部分にテープが巻かれており、打突部先端の一方が平面の打突面、もう一方が二股に分かれた釘抜き面である。本件金槌の持ち手テーピング部分からは、被告人のDNA型の人血が検出された。ペットボトルの外側とシンク水栓レバーにも、被告人のDNA型の血痕が付着していた。(甲116、123、125) ウ犯行当日午後11時20分頃から同日午後11時21分頃、警察官が被告人を写真撮影した際、被告人の右中指内側(前記手袋の切れ目と符合する箇所)が負傷して出血していた。被告人は、臨場した警察官に対し、父に襲われたときにできた傷であると思う旨説明した。(甲116)エ前記実況見分及び検証時、2階台所東側脱衣所の洗濯機の洗濯槽内には、 被告人が犯行当日夕方の少し前頃にシャワーを浴びた後着用していた黒色長 袖シャツ及び黒色スウェットズボンや、肌色肌着、被告人の靴下2足等が、洗濯をしている途中の状態で発見された。洗濯槽内から採取された水及び洗濯機内から採取された水溶液からは、人血の含有が認められた。 なお、Hは、犯行当日夕方頃に上記洗濯機を使用し、その後2階で過ごす時間が多かったが、Hの知る限り、1階で倒れたBらを発見するまでの間に、 2階で洗濯機を操作する者はいなかった。また、被告人は、犯行当日午後9時53分頃の警察官臨場 を使用し、その後2階で過ごす時間が多かったが、Hの知る限り、1階で倒れたBらを発見するまでの間に、 2階で洗濯機を操作する者はいなかった。また、被告人は、犯行当日午後9時53分頃の警察官臨場時には、白色長袖アンダーシャツ及び灰色スウェットズボンを着用して裸足であった。 (甲140、116、123、136、137、第9回公判被告人供述)オ被告人の部屋内には、Zippoオイル缶3個が置かれていた。また、2 階居間の絨毯上のビニール袋下に、アイマスク2枚や手袋1個(左手、「W. W」とあるもの)、ライター1個、はさみ1個が置かれていた。(甲123)被害者らの創傷状況等についてア Bは、頭部多発損傷による外傷性クモ膜下出血により死亡した。その頭部には、複数の骨折を伴う粗大な7か所(①前頭部正中、②左側頭部、③頭頂 部、④右後頭部、⑤右側頭部後方、⑥右後頭部、⑦右耳介後面)の挫裂創が認められた。特に、前頭部正中の挫裂創下には、直径約4センチメートルの粉砕状の円形陥没骨折が認められ、同所から派生する4条程度の亀裂骨折線の一部は頭蓋底まで達していた。この創だけでも意識消失をもたらし、卒倒させる程度の影響があった。頭蓋骨の左頭頂部にも陥没骨折が認められ、こ の骨折は頭蓋骨の内側を意味する内板まで及び、一部が粉砕状となっていた。 右後頭部、右側頭部後方の各創の内部には損傷した骨の露出が認められた。 大脳表面全体から小脳、脳底部にわたり、新しく著明な外傷性クモ膜下出血(重篤)の所見が認められた。頚部に皮膚変色と甲状軟骨右上角の骨折が認められ、頚部を手指で絞められたりしたものと推定されている(ただし、死 因は窒息死ではない。)。 解剖医によれば、推定される成傷器として本件ハンマーと台所シンク内にあ 折が認められ、頚部を手指で絞められたりしたものと推定されている(ただし、死 因は窒息死ではない。)。 解剖医によれば、推定される成傷器として本件ハンマーと台所シンク内にあった本件金槌は矛盾せず、両方が使用されたと考えて矛盾しない、頭部の挫裂創はいずれもこれらの成傷器で複数回極めて強い力で殴打するなどして受傷したものである、頭部の挫裂創のうち2か所(④⑥)については、本件金槌が使用された可能性が高い、1か所(⑦)については、本件金槌の釘抜 き部分が使用されたと考えて矛盾しない、と判断されている。 (甲120)イ Cは、頭部損傷による外傷性ショックにより死亡した。その頭部、顔面に約10か所の挫裂創、及び下顎骨骨折が認められ、この頭部等の損傷により、頭蓋骨が骨折し、外傷性クモ膜下出血、頭蓋内の出血及び脳挫傷が生じ、脳 機能障害を起こして呼吸停止となった。頭部損傷により比較的短い時間の間に、外傷性ショック死における一次性ショックを起こした。頭蓋骨内板、頭蓋底には複数の骨折が認められた。大脳、小脳の表面に著明な外傷性クモ膜下出血が認められた。頚部と両手首に、何らかの索状物を巻かれたことによるものと推定される皮膚変色が認められた(ただし、死因ではない。)。 解剖医によれば、推定される成傷器として本件ハンマーと本件金槌は矛盾せず、両方が使用されたと考えて矛盾しない、頭部の挫裂創等はいずれもこれらの成傷器と矛盾しない鈍体を用いて意図的に複数回殴打することにより生じたものである、頭部の挫裂創のうち2か所については、本件金槌の釘抜き部分が使用されたと考えて矛盾しない、1か所については、本件金槌の釘 抜き部分が使用されたように見える、と判断されている。 (甲121)ウ Dは、頭部等に9か所 ては、本件金槌の釘抜き部分が使用されたと考えて矛盾しない、1か所については、本件金槌の釘 抜き部分が使用されたように見える、と判断されている。 (甲121)ウ Dは、頭部等に9か所の挫裂創が認められ、それらの外傷が脳に重大な損傷を与えたことにより、脳底部を中心とした多数の脳挫傷と脳の全体の広範囲にわたる外傷性クモ膜下出血を引き起こして死亡に至った。頭蓋骨には複 数の骨折が認められた。特に、前頭部から右前頭蓋窩に連続した骨折が認め られるところ、前頭部の頭蓋骨はそれ以外の頭蓋骨の部分と比べて厚く頑丈なので、極めて強い力が加わった、と判断されている。両手首には、結束バンドのような索状物による圧迫によって形成されたと説明可能な皮膚変色が認められた。解剖医によれば、推定される成傷器として本件ハンマーと本件金槌は矛盾せず、頭部の挫裂創等はいずれもこれらの成傷器によって極めて 強い力で多数回殴打されたことで生じたものである、と判断されている。 (甲122) 2 事実認定に関する補足説明 前記第2の1エの認定の基礎とした令和4年9月22日付けGの検察官調書(甲9)について、刑訴法321条1項2号後段に基づき採用したので、 その理由について補足説明する(なお、同意書証として取り調べた甲130は、後述する相反部分を除いた甲9の抄本である。)。 同年3月8日にDが本件居宅に到着する前の1階居間での出来事について、Gは、前記検察官調書では、GとIが本件居宅前駐車場でCX-5とプリウスの駐車位置を移動させたのと前後して、一人で一旦2階に上がってからま た1階に下りたとき、1階居間で被告人が床に倒れているBにまたがり両手でBの首を絞めているのが見えたので、慌てて被告人をBから引き離し、Bの心 たのと前後して、一人で一旦2階に上がってからま た1階に下りたとき、1階居間で被告人が床に倒れているBにまたがり両手でBの首を絞めているのが見えたので、慌てて被告人をBから引き離し、Bの心臓マッサージをしたこと、Bが息を吹き返したので、被告人を追い詰めた責任が自分にあると思い、Bの手を握って謝罪したこと、被告人から玄関でDを待つように言われたので一旦玄関に移動したものの、気になり1階居 間に戻ると、被告人がBの耳元にハンマーを近づけて「静かにしろ。」などと言っていたので、また被告人を制止したことを供述する。 これに対し、Gは、公判期日では、Dが来る前の1階居間での状況については記憶にない旨、曖昧な供述に終始した。 そこで、検討すると、前記検察官調書は、Gが、被告人が被害者に対して 危害を加える姿を目撃した唯一の場面である。 Gは、被告人の父親であり、公判期日で、被害者らを殺害したのは「気違い」の被告人がしたことであり、被告人の処罰は望まない旨明確に述べた。 また、前記のとおりGが路上で警察官から職務質問を受けた際に「息子に殺されそうだ。みんな殺されてしまった。」などと述べたことは明らかであり、Gは当時、被告人が被害者らを殺害した可能性を認識し、G自身も被告人に 殺される危険性があると思っていたことが認められる。ところが、Gは、第5回公判期日では、職務質問時に前記発言をしたことを否定し、Dが怪我をしているとは思ったが、BとCが被告人から危害を加えられたかは深く考えていなかったなどと述べ、被告人をかばうかのような供述をした。 Gは、証言時までの時の経過により、令和4年3月8日の出来事等につい て、一部記憶が減退していたものの、特定の場面について全く記憶がないと述べたのは、D到着前の1 ような供述をした。 Gは、証言時までの時の経過により、令和4年3月8日の出来事等につい て、一部記憶が減退していたものの、特定の場面について全く記憶がないと述べたのは、D到着前の1階居間での出来事についてのみであり、その他の場面については、捜査段階とおおむね同趣旨の供述をしていたことが窺われ、犯行前日の家族会議での出来事についても、捜査段階とおおむね同趣旨の供述をした。そうすると、Gが事件の影響で心身に不調を来しているからとい って、D到着前の1階居間での出来事のみ記憶が完全に欠落しているとは不自然で考え難い。 加えて、Gは、捜査官による取調べに精神的負担を感じていた旨供述する一方、供述調書の作成時に、自分が供述していない内容を捜査官に創作されて記載されたことはなく、供述調書の内容を確認して署名押印した旨述べて いる。 そして、Gの前記検察官調書の内容を見ると、被告人がBの首を絞める場面を見た時点を特定して、当時の状況を具体的に供述している。その内容は、Bの頚部に皮膚変色が認められ、頚部を手指で絞められたと考えられる旨の解剖医の所見(第2の1ア)とおおむね整合し、令和4年9月2日から同 月6日にかけてされた後述する被告人の自白内容(第3の5)とも、おお むね整合する。その一方で、被告人の自白には、1階居間に戻ったとき、Bの耳元にハンマーを近づけて脅したという供述は含まれておらず、そのような記載のあるGの前記検察官調書が、捜査官の誘導や圧力により作られたものとは考え難い。 以上の検討結果を総合すれば、Gは、刑事裁判を受けている息子である被 告人の面前で、被告人に不利な証言をすることをできるだけ避けたい気持ちから、D到着前の1階居間での出来事の目撃状況についての証言を回避した を総合すれば、Gは、刑事裁判を受けている息子である被 告人の面前で、被告人に不利な証言をすることをできるだけ避けたい気持ちから、D到着前の1階居間での出来事の目撃状況についての証言を回避したものと考えられ、Gの証言よりも検察官の面前における供述を信用すべき特別の状況があり、令和4年9月22日付けGの検察官調書(甲9)は刑訴法321条1項2号後段に該当するものと認められる。 また、前記諸事情によれば、同検察官調書の内容は信用することができる。 これに対し、弁護人は、前記目撃状況の記載があるGの供述調書は、令和4年9月22日付けの検察官調書(甲9)のみであり、事件から4か月以上経過した同日になって初めてGが前記目撃状況を供述し出したのは不自然である旨主張するが、同日以前のGの供述調書に前記目撃状況についての記載 がないからといって、Gが同日までの事情聴取時に、前記目撃状況について供述しなかったとは限らず、弁護人の主張には理由がない。 次に、Gの証言(主に第2の1キイウに係る部分)の信用性について付言すると、犯行当日、本件居宅に来たDが1階美容室から居間に移動した後、一人で戻って来た被告人が、美容室にいたGを四つん這いにさせ、「殺 す」などの文言を使って脅したなどの事実は、Gの証言に依拠するところ、Gは、そのとき感じた恐怖心等の自己の心情を交えて具体的で迫真性のある供述をしていること、前後の経過等とも整合すること、後述する被告人の自白ともおおむね符合すること、Gが被告人に不利益な証言をする理由がないことなどからすれば、Gの証言は、おおむね信用することができる。 この点、弁護人が中間弁論で指摘するように、Gは、当時冷静な状態では なかった上、事件から証言時までに約2年8か月も経過し となどからすれば、Gの証言は、おおむね信用することができる。 この点、弁護人が中間弁論で指摘するように、Gは、当時冷静な状態では なかった上、事件から証言時までに約2年8か月も経過していたから、証言に不正確な点がある可能性はあるが、前記認定の出来事は印象に残るものと考えられる上、具体的な内容の供述をしていること、質問に対し記憶にない点はその旨答えていることにも照らせば、信用性の判断は左右されない。 第3 被告人が本件各犯行をした犯人であることについて 1 まず、B、C及びDの遺体の発見場所や血痕の付着状況、創傷状況等(第2の1オアアイウ)から、3人が何者かによって本件居宅1階で殺害されたことは、明らかである。 そして、犯行時間帯は、令和4年3月8日午後7時13分頃(BとCの生存が確認された最後の時間。なお、Dの生存が確認された最後の時間は午後9時 頃。)から同日午後9時30分頃(Gが外に出て行った時間。)までの間と認められるところ(第2の1オカエ。甲117ないし119も参照。)、犯行時間帯に、本件居宅に家族以外の第三者が侵入し物色した形跡等は、証拠上特に窺われない。被害者らは、いずれも、凶器を使って強い力で頭部を多数回殴打されるなどして殺害されており、このような犯行態様等からすれば、被害者ら に対して強い怨恨や憤怒の情を抱いた犯人による犯行とみるのが自然である。 そうすると、本件各犯行時に本件居宅にいた被害者らの家族(被告人、G、H、I及びJ)以外の第三者が、B、C及びDを殺害した犯人である可能性は低いといえる。 Jは、重度知的障害者で、自力歩行も困難であり、本件各犯行に及ぶことは 不可能といってよい。 HとIは、犯行時間帯の大半を、犯行現場である1階ではなく2階において一緒に は低いといえる。 Jは、重度知的障害者で、自力歩行も困難であり、本件各犯行に及ぶことは 不可能といってよい。 HとIは、犯行時間帯の大半を、犯行現場である1階ではなく2階において一緒に過ごしていたものであり、2人に結束バンドを付けようとした被告人に呼ばれたときなどに1階に下りたことはあったものの、1階居間に入った形跡は窺われない。HとIに本件各犯行に及ぶ機会があったとは考え難い。 2 被告人が本件各犯行をした犯人であるとすれば、以下の客観的な状況や被告 人の言動等とよく整合する。 前記のとおり、本件各犯行後の実況見分及び検証時、2階台所のシンク内には、本件金槌1本(打突部先端の一方が釘抜き面のもの)、Cの血痕が付着した輪の状態から切断された形の結束バンド1本、表面と裏面にBの血痕が付着したベルト1本(バックルが外されバックル側先端部分にテーピング されたもの)、血痕様のものが付着した2リットルの空のペットボトル1本、中指(内側)第二関節部に切れた痕跡がある手袋1個、タオル4枚等が残されており、水で流された跡が認められた。本件金槌の持ち手テーピング部分からは、被告人のDNA型の人血が検出された(第2の1イ)。 結束バンドは、Cの血痕が付着しており、Cの遺体の両手首には、何らか の索状物を巻かれたことによる皮膚変色が認められたから(第2の1イ)、犯人がCの殺害時に同結束バンドを使ってCの両手首を縛ったものと推認される。また、ベルトは、バックルが外されバックル側先端部分にテーピングされており、表面と裏面にBの血痕が付着していたのであるから、首を絞めるなどの目的で犯人が用意し、犯行現場に置いていたものと推認される。 本件金槌は、これらの結束バンドやベルトと共にシンク内に置かれていた物であ にBの血痕が付着していたのであるから、首を絞めるなどの目的で犯人が用意し、犯行現場に置いていたものと推認される。 本件金槌は、これらの結束バンドやベルトと共にシンク内に置かれていた物であり、BとCの遺体には、本件金槌の釘抜き部分が使用されて形成されたものと考えて矛盾しない頭部の損傷が認められたのであるから(第2の1アイ)、本件金槌は、被害者らの殺害に用いられた凶器であると合理的に推認される。 そして、本件金槌の持ち手テーピング部分から被告人のDNA型の人血等が検出されているところ、犯行当日午後11時20分頃から同日午後11時21分頃、警察官が被告人を写真撮影した際、被告人の右中指内側が負傷して出血していたことからすれば(第2の1ウ)、犯行当日に被告人は手指から出血した状態で本件金槌を持ったものと推認される。 また、以上に加えて、被告人が指の負傷時にはめていたと考えられる手袋 1個もシンク内に置かれていたこと、ペットボトルの外側とシンク水栓レバーにも、被告人のDNA型の血痕が付着していたことからすれば、被告人が、シンク内に、本件金槌、犯行時に使用された結束バンド、犯行現場に置かれていたベルト等を置き、水で血を洗い流そうとした可能性が高い。 被告人が犯行当日に凶器である本件金槌を手にしたこと、本件金槌を含む 犯行のため使用又は用意された道具等をシンク内に置き水で血を洗い流そうとしたことは、被告人が犯人であることを推認させる事情である。 前記実況見分及び検証時、2階の洗濯機の洗濯槽内には、被告人が犯行当日夕方の少し前頃から着用していた黒色長袖シャツ及び黒色スウェットズボン等が、洗濯をしている途中の状態で発見された。洗濯槽内から採取された 水及び洗濯機内から採取された水溶 は、被告人が犯行当日夕方の少し前頃から着用していた黒色長袖シャツ及び黒色スウェットズボン等が、洗濯をしている途中の状態で発見された。洗濯槽内から採取された 水及び洗濯機内から採取された水溶液からは、人血の含有が認められた。被告人は、犯行当日午後9時53分頃の警察官臨場時には、別の服を着ていたから、その前のいずれかの時点で、着替えたことになる(第2の1エ)。 Hは、犯行当日夕方頃に2階台所の洗濯機を使用した後、1階で倒れたBらを発見するまでの間に、2階で洗濯機を操作する者はいなかった旨述べて おり、犯行時間帯に2階で洗濯機を操作する者がいたのであれば、夕方以降の大半の時間を2階にいたHが気付かなかったとは考え難い。 そうすると、被告人は、犯行時間帯後の110番通報等がされた時間の後頃に、血を洗い流すため、着用していた長袖シャツ及びスウェットズボン等を脱いで洗濯しようとしたものと考えられ、これも、被告人が犯人であるこ とを推認させる事情である。 被告人は、犯行当日、Hを通じ、虚偽の口実で、本件居宅にDを呼び出し、D到着前の同日午後7時頃、1階居間において、Bにまたがって両手でBの首を絞め、さらに、Bの耳元にハンマーを近づけて脅すという、攻撃的な行動に及んだ(第2の1イエ)。また、被告人は、同日午後9時頃、GとD を1階美容室に連れ出した上、両名の両手首を結束バンドで縛り、その後、 Dを促して、Dと共に1階居間に移動している。その後、遺体になったDが発見されるまで、Dの姿を見た家族は他にいない(第2の1カキ)。そして、Dが1階居間に行った後、ハンマーを持って戻って来た被告人は、美容室にいたGの結束バンドをきつく締め直し、Gを四つん這いにさせ、「殺す」などの文言を使って脅し、BらやDを殺害し又 カキ)。そして、Dが1階居間に行った後、ハンマーを持って戻って来た被告人は、美容室にいたGの結束バンドをきつく締め直し、Gを四つん這いにさせ、「殺す」などの文言を使って脅し、BらやDを殺害し又は殺害しようとしていること をほのめかす発言をした(第2の1キ)。このような被告人の一連の言動も、被告人がBらとDを殺害したことを推認させる事情であり、被告人にDを殺害する機会があったことも明らかである。 Gは、1階リビングでハンマーを持った被告人から四つん這いにさせられて脅された後、被告人が同室を出て行き玄関先で物音がしたため、玄関先に 行き置かれていた本件ハンマーを手に取り、その後、職務質問時に本件ハンマーを任意提出している(第2の1イウエカ)。Gが任意提出した本件ハンマーは、前後の経緯からして被告人がGを脅すときに使用したハンマーであると考えられる。本件ハンマーは、犯行時間帯に本件居宅にあり、重量が1.05キログラム、ヘッド部が金属製で、ヘッド部、柄部及びグリップに 血痕様のものが付着していたものであり、被害者らの創傷の成傷器として本件ハンマーは矛盾しない旨の解剖医の所見もあるから(第2の1アイウ)、B、C及びDの殺害に使われた凶器であると推認される。 被告人が犯行時間帯に凶器である本件ハンマーを持っていたことも、本件金槌を持っていたことと併せて、被告人が犯人であることを推認させる事情 である。 3 他方、犯行当日に被告人及びDと共に1階美容室に下りた後の出来事に関するGの証言が信用できることは、前記第2の2のとおりであり、Gの証言やその他の証拠により認められるD到着後のGの行動状況を見れば、Gには1階リビングで被害者らを殺害する機会があったとは窺われない。 また、犯行態様や犯 前記第2の2のとおりであり、Gの証言やその他の証拠により認められるD到着後のGの行動状況を見れば、Gには1階リビングで被害者らを殺害する機会があったとは窺われない。 また、犯行態様や犯行現場の血痕飛散状況等からすれば、犯人は、犯行時に 返り血を浴びたり、血痕を踏んだりして、着衣や靴下に血痕が付着したと考えるのが自然であるのに、職務質問時にGが着ていたジャンパーにはGの血痕しか付着しておらず、着衣や靴下に被害者らの血痕が付着していなかったものと認められる(甲124。なお、Gは、第4回公判で、結束バンドをナイフで切ろうとしたとき誤って手を切った旨述べており、職務質問時に手から出血して いた。)。Gに、上記職務質問時までの間に、着替えて罪証隠滅行為をする時間があったとは認められず、そのような痕跡も窺われない。 加えて、Gは、Dの子を溺愛していたものであり、少なくともDを殺害する動機は見当たらない。 Gは、被害者らを殺害した犯人ではないと認められる。 4 以上からすれば、被告人は、B、C及びDを殺害した犯人であると強く推認される。 加えて、被告人は、後述するとおり、自らを虐待してきたDや、DをそそのかしてHや被告人に暴力を振るわせたり、Hに不当な仕打ちをして家庭内不和の原因を作ったりするなどしたBとCに対して怨恨や憤怒の情を抱いていたも ので、被害者らを殺害する動機があったと認められ(第4の6ア)、このことも上記推認を強めるものといえる。 そして、以下のとおり、被告人は、令和4年9月2日から同月6日にかけての検察官による取調べ時に、主人格とは異なる「ボウイ」と名乗った上で、本件各犯行を認める供述をしている(乙9。なお、責任能力に関わる点につ いては、別途記載及び検討する。)。 かけての検察官による取調べ時に、主人格とは異なる「ボウイ」と名乗った上で、本件各犯行を認める供述をしている(乙9。なお、責任能力に関わる点につ いては、別途記載及び検討する。)。 俺は、3月8日に日付が変わった後、本件金槌の柄の部分にテーピングして握りやすくした。夕方頃からAの身体を使い、自分の部屋で犯行に使う物を準備した。準備した物は、本件ハンマー、本件金槌、結束バンド、ガムテープ、手袋2組、オイル、ペットボトル、ライター、ベルト、タオル2、3 枚であり、ビニール袋数枚に小分けして用意した。オイルはすぐに撒くこと ができるようにするため、台所にあった2リットルの空のペットボトルに入れた。ベルトは、祖父母らの首を絞めるために使おうと考えて、バックルが壊れたベルトにテープを巻いて握りやすくした。 Dを呼び出した後、1階でBとCを脅した上、Cの両手を結束バンドで縛り、ソファーに座らせた。Bの両手も縛ろうとしたが、Bに抵抗されたので、 Bに馬乗りになり両手でBの首を絞めた。そのときGに止められたのでやめた。 Dが到着してGが迎えに行ったので、Bの両手を結束バンドで縛り、ソファーに座らせた。BとCはビビったのか、おとなしくしていた。1階居間でDが怒り出し、Dとつかみ合いになったが、Gに止められた。GがDを2階 に連れて行き、1階にいるのはB、C、Jと自分だけになったので、本件ハンマーを隠し持ってBとCに後方から近づき、交互に二人の頭を本件ハンマーで何度も叩いてかち割った。Hが1階に下りて来たので、上手く2階に追い返した後、ソファーに戻ると、BとCは座りながら目を開けていて、二人で目配せしていたので、ベルトを取ってきてBの首を絞め、うつぶせの状態 で逃げ出したCの首も絞めた。金槌を使ったという明 追い返した後、ソファーに戻ると、BとCは座りながら目を開けていて、二人で目配せしていたので、ベルトを取ってきてBの首を絞め、うつぶせの状態 で逃げ出したCの首も絞めた。金槌を使ったという明確な記憶はないが、かなり興奮していたので、金槌も使っていて覚えていないだけかもしれない。 悪魔祓いの儀式の絵を完成させるため、BとCの体を引きずって動かしたが、結局絵は完成しなかった。どのような絵を描こうとしていたかは言いたくない。 その後、俺は、Aに戻り、Aが望んでいた家族間の話し合いをさせた。 話し合いが落ち着いたところでまた俺に戻った。午後9時頃、GとDを1階に下ろし、二人を結束バンドで縛り、祖父母がDと話したがっている旨Dに言って1階居間に移動させ、居間で呆然と立ち尽くしているDの背後から、本件ハンマーで殴った。Dが倒れた後もDの頭を更に何発か本件ハンマーで 殴った。 Gに悪魔祓いの儀式を邪魔された。Gに殺人の罪を着せて、Aが逮捕されないようにしようと思った。それで、2階台所のシンクで、ペットボトルに入れていたオイルを流し、血が付いたタオルや手袋などに水をかけ、また、血が付いていた着衣を脱いで洗濯機で洗濯した。 被告人が犯行に使うため準備したという物のうち、本件ハンマーは前記の とおり被告人が置いた物をGが取り上げて職務質問時に警察官に任意提出しており、その他の物は2階台所のシンク内の物も含めて本件居宅の実況見分及び検証時に発見されているのであって(甲123)、被告人が述べる準備状況は、客観的な状況と整合する。 また、うその口実でDを呼び出したためDが怒ったことは、GやHの供述 と、D到着前にBの首を絞めたことは、Gの供述(甲9)と、おおむね符合する。BとCを殺害したタイミングや態 する。 また、うその口実でDを呼び出したためDが怒ったことは、GやHの供述 と、D到着前にBの首を絞めたことは、Gの供述(甲9)と、おおむね符合する。BとCを殺害したタイミングや態様についても、事実経過や犯行現場の状況、BとCの創傷状況等とおおむね整合する。Dを殺害したタイミングや態様についても、事実経過や犯行現場の状況、Dの創傷状況等とおおむね整合する。 さらに、被告人が述べる罪証隠滅行為の内容は、前記のとおり2階台所のシンク内にペットボトルやタオル、手袋等があり被告人によって血が洗い流された形跡があったことや、洗濯機内で被告人が着用していた黒色長袖シャツ及び黒色スウェットズボン等が、洗濯をしている途中の状態で発見され、洗濯機内の水等に人血が含有していたことなど、客観的な状況と整合する。 加えて、被告人の供述は、具体的で、迫真性もある。 以上からすれば、被告人の自白は、おおむね信用することができる。 これに対し、弁護人は、中間弁論において、①Bは被告人から手で首を絞められて、解剖所見にあるとおり喉ぼとけを骨折したのに、その後BとCがおとなしくしていたということや、家族がBの手当てをしなかったというこ とは不自然である、②Bの遺体の創傷状況からすれば、犯人はBを後方から 4回金槌で攻撃した後、ハンマーに持ち替え、前から3回の攻撃を加えたと考えるのが合理的であり、「ボウイ」の供述する態様と整合しないし、「ボウイ」は金槌の使用についても覚えていない旨述べるなど供述が曖昧である、③ハンマーで殴打された後のBとCが目配せし、Cが逃げ出したというのは不自然である、④Bの頚部に索状物を巻かれた痕跡はなく、Bの首をベルト で絞めたというのは不自然である、旨主張する。 である、③ハンマーで殴打された後のBとCが目配せし、Cが逃げ出したというのは不自然である、④Bの頚部に索状物を巻かれた痕跡はなく、Bの首をベルト で絞めたというのは不自然である、旨主張する。 しかし、①について、Gによれば、被告人がBの首を絞めるのを止めた後、心臓マッサージをしたらBは息を吹き返したというのであり(第2の2)、その後Bが苦しそうな状態であったとは窺われず、この時点でBの甲状軟骨右上角が骨折したとは考え難い。また、Bが回復したこと、Gは被告人の話 を信じてその日のうちに機動隊が来て自分は服役することになると思っており平常心ではなかったこと、来訪したばかりのDに事情を説明する必要があったことなどからすれば、Gが、心臓マッサージ以外にBの手当てをせず特に気に掛けなかったことが、不自然とまではいえない。また、BとCが、普段はおとなしい被告人の暴力的な言動に恐れをなして、おとなしくなったと いうことも、不自然とまではいえない。②について、Bの解剖所見を前提としても(第2の1ア)、被告人がBの後方から攻撃し、これを受けてBの首が後ろに傾いたため、上方から攻撃した可能性や、被告人がBの前方にも回って攻撃したが覚えていない可能性等が考えられる。また、興奮状態にあった被告人が、詳細な攻撃方法等を覚えていないとしても、不自然ではない。 ③について、Bは既に死んでいたのに、Cと目配せをしているように見えたにすぎない可能性がある。また、Cは、解剖医の所見によれば、本件ハンマー等で殴打されたことによる頭部損傷により、比較的短い時間の間に外傷性ショック死における一次性ショックを起こしたものと認められるが(第2の イ)、被告人が1階に下りて来たHを2階に追い返してCらの下に戻っ て来るのに要する時間は 、比較的短い時間の間に外傷性ショック死における一次性ショックを起こしたものと認められるが(第2の イ)、被告人が1階に下りて来たHを2階に追い返してCらの下に戻っ て来るのに要する時間はごく短時間と考えられるから、被告人が戻って来た 時点ではCが瀕死の状態ながらもまだ意識があり何とか動けたとしても、不自然とまではいえない。④について、被告人は、このときもBの首を手で絞めたのに、Cの首をベルトで絞めたので、Bの首もベルトで絞めたものと勘違いをして供述した可能性等が考えられる。弁護人の指摘を踏まえて検討しても、自白の信用性に関する前記認定は揺るがない。 6 以上からすれば、被告人が犯人であることを示す直接証拠はないことを踏まえても、被告人が罪となるべき事実記載の本件各犯行をした犯人であることは間違いないと認められる。 また、殺傷能力の高い本件ハンマーや本件金槌を使い強い力で頭部を多数回殴打するなどしたという各犯行態様等から、本件各犯行時、被告人がB、C及 びDに対する殺意を有していたことも優に認められる。 なお、被告人が1階居間でBとCを殺害した時間帯は、第2の1オにおける、D到着後にGとDが2階に移動し、HとIも2階にいる間であったと認められる。また、被告人が1階居間でDを殺害した時間帯は、第2の1キにおける、被告人がDと共に1階居間に移動し、一人で美容室に戻って来るまでの 間であったと認められる。 そして、前記事実経過や被告人の自白等からすれば、遅くとも、犯行当日夕方頃、BとCが倒れたという虚偽の口実でDを呼び出した頃には、B、C及びDに対する殺意があったと認められる。 第4 責任能力について 1 被告人の公判供述の要旨普段の人格は「Aちゃん」である。 れたという虚偽の口実でDを呼び出した頃には、B、C及びDに対する殺意があったと認められる。 第4 責任能力について 1 被告人の公判供述の要旨普段の人格は「Aちゃん」である。「ボウイ」という人格は、警察官を辞めて本件居宅に戻ってから約2か月後、フラッシュバックに悩まされていたとき、「亮くん」という人格を通じて知った。「亮くん」の役割は、自分が受けた虐待の肩代わりをすることであり、家庭内での虐待が終わった時点で、役割を終 えた。「ボウイ」は、30代から40代くらいのGの姿をしている。警察官の ときは、家族の虐待に関する記憶は欠落していたが、「ボウイ」から、家族に虐待されていたことを知らされ、「ボウイ」は、虐待をした家族は人の皮を被った悪魔である、その家族とはB、C、G及びDである、痛みを知らないから暴力を振るうのであるから、今度は俺があいつらに痛みを教えてやる旨言った。 「ボウイ」は「Aちゃん」の体を使って、その意思とは関係ないことを自由に することができる。「Aちゃん」の意思で「ボウイ」と入れ替わることはできない。自分は暴力的なことは嫌いであり、家族を恨んでおらず、「ボウイ」は自分の一面ではなく、自分にとって理解できないものである。 「ボウイ」が何をするか分からなくて、本件居宅に戻った当初は、友人に会うのすら怖かった。令和3年6月頃に気分が高まり、「ボウイ」を抑え込める のではないかと思い、友人と連絡を取るようになった。 「Aちゃん」である自分は、「ボウイ」との話し合いを通じて、1年くらいかけて過去の虐待の事実を受け入れた。「ボウイ」の説得もあり、令和3年後半頃には、Gは警察に行き、HとDは病院に行ってほしいなどと思うようになった。自分の中の虐待のしこりを取り除くため、G、H、D及びIと話し の虐待の事実を受け入れた。「ボウイ」の説得もあり、令和3年後半頃には、Gは警察に行き、HとDは病院に行ってほしいなどと思うようになった。自分の中の虐待のしこりを取り除くため、G、H、D及びIと話し合い たいと思うようになった。自殺を考えるほど追い込まれていた。 ハンマーを自分が用意した記憶はない。ハンマー(本件凶器と異なる物)、包丁、結束バンドが、知らないうちに車のトランクや部屋に置かれていたことがあり、「ボウイ」の仕業だと思った。 令和4年3月7日の家族会議は、「ボウイ」の指示や干渉はあったが、自分 が主導した。結束バンドは必要ないと思っていたが、「ボウイ」から、Gが暴れ出したら必要である旨説得された。BとCのことをサイコパスであると言ったことや、機動隊という言葉を使った記憶はない。 翌8日も家族で話し合いをすることになっており、昼過ぎに起きた後、シャワーを浴びてストレッチをしていたが、その後記憶が途切れた。次に記憶があ るのは、既にDが来ていて、2階居間でGがDに対し、Dの暴力や被告人の病 気、警察が来ることなどを話して、説得している場面である。話し合いは上手くいったと認識し、自室に戻った後の記憶がない。警察を呼ぶことは考えていた。次に記憶があるのは、自分が道路の真ん中にいて、Gの叫ぶ声が聞こえてくる場面である。Gは、ハンマーのような鈍器を持って、「殺すぞ。」などと叫んでいた。本件居宅に逃げ帰り、その後の記憶は混乱していてはっきりしない が、2階居間に行き、後ろからGのすごい声が聞こえた。自分が包丁を手に取った記憶はない。Gは、被告人と対面したとき、ハンマーを持っていた。1階居間で、HとIと一緒にいて、B、C及びDが血を流して倒れているところを見た記憶はある。既にパニックになっていたが、1階居間の様 った記憶はない。Gは、被告人と対面したとき、ハンマーを持っていた。1階居間で、HとIと一緒にいて、B、C及びDが血を流して倒れているところを見た記憶はある。既にパニックになっていたが、1階居間の様子を見てからは、呼吸すらできない状況になった。その後、また記憶が一度途切れ、気付いたら 2階の台所付近にいたが、何をするために2階に行ったのかは分からなかった。 「ボウイ」からもらい受けた記憶は、時間が経つと自分の記憶と区別がつかなくなるが、おそらく「ボウイ」からもらい受けた記憶として、自分が階段におり、玄関の下駄箱前にGがいて、その後Gが下駄箱の上のハンマーを取って自分に馬乗りになって襲い掛かってきて、Gをいなして体をかわすようにして 逃げたという映像としてのイメージがある。 「ボウイ」は、警察官臨場前に、3人を殺したのはGであると言い、自分はそれを信じていたが、E医師の鑑定に入る直前頃には、「ボウイ」が犯人ではないかと疑い出していた。それで、鑑定の後半にE医師に「ボウイ」の存在をはじめて話した。令和4年9月2日からの検察官による取調べのことは記憶に ない。その頃、「ボウイ」から、「ボウイ」が3人を殺したと聞いた。 取調べのときは、話さなければならないというプレッシャーがあった。同年3月9日の取調べで話したことは覚えておらず、「ボウイ」が出ていた可能性がある。その後の取調べで、「ボウイ」から聞いた内容を話したこともある。 記憶の穴を埋めるため、自分だったらどうしたかを考えて、補って話したこと もある。「ボウイ」から聞いた部分と自分の記憶している部分を混同して話し たこともあると思う。自分が取調べで話したとされることであっても、今は思い出せないこともある。捜査当初「ボウイ」のことを話さなかったのは、「ボウイ」か と自分の記憶している部分を混同して話し たこともあると思う。自分が取調べで話したとされることであっても、今は思い出せないこともある。捜査当初「ボウイ」のことを話さなかったのは、「ボウイ」から取調べで「ボウイ」の話をすることを禁止されていたからである。 「ボウイ」も自分も被害者らを殺害していないと信じており、当初はGが犯人であってほしいとも思っていた。 2 被告人の捜査段階の供述経過及びその内容 令和4年3月9日付け被告人の警察官調書(乙10、11)同月8日、Hを通してうその口実でDを呼び出した。結束バンドはGが用意した。GがDらに対して話をした後、Dらに対し、午後9時に警察が迎えに来るから、静かに椅子に座っていてほしい、同期の機動隊の人が、連絡を 入れればこちらに向かって来るので、抵抗しないでほしい旨言った。そのように言えば、GやDはおとなしく自分の言うことを聞いてくれると思った。 午後9時頃、Gが結束バンドをすると言い出し、GとDと共に1階美容室に下りた。Gが縛るように言ったので、Gの両手首を結束バンドで緩めに縛った。GがDにも付けるように言い、Dが承諾したので、Dの両手首も結束バ ンドで緩めに縛った。Dらがもう逃げることはないと思い、自分は2階に行った。その後、1階に下りると、居間に人の足先が見え、異変を感じたので、美容室に入ると、結束バンドが取れてハンマーを持ったGが、お前を殺すなどと言ってきた。その後しばらく意識を失った後、Gの命令で、2階にいたHとIを階段下に呼び出し、その両手首を結束バンドで縛った。Gの命令で 美容室に戻った後、Gに反撃をし、取っ組み合いになった。3人を殺した犯人はGである。 E医師の鑑定後である令和4年9月2日、同月5日及び同月6日の検察官によ ドで縛った。Gの命令で 美容室に戻った後、Gに反撃をし、取っ組み合いになった。3人を殺した犯人はGである。 E医師の鑑定後である令和4年9月2日、同月5日及び同月6日の検察官による取調べ(乙9)俺の名前は「夜や神がみ直なお哉や」で、Aから「ボウイ」と呼ばれている。ある漫画 の主人公をモデルにしており、その主人公のように、自分のことを神のよう に思っている。俺は、Aによって生み出された人格であり、A自身が、漫画の主人公にあこがれ、自らも神でありたい、暴力的な支配をしたいという願望があり、そのようなゆがんだ考えが俺を生んだのではないかと思っている。 俺が生まれたのはAが警察官を辞めて本件居宅に帰ってきた後である。俺は、人を殺すことが悪いことだということは分かっているが、今回殺した3人の ような悪魔を殺すことは例外だと思っている。 俺とAは、互いに会話をすることができ、俺がAの傍でAに指示を出しているときは、Aに俺の姿が見えている。俺は、Aが精神的に弱っているときに、Aの身体を使い、Aを支配して行動することができる。Aの精神が安定しているときは、Aの身体を使えない。Aの精神が不安定のときにも、上手 くAに入り込めない。 Gは、Aが幼い頃にAに暴力を振るっており、俺から見れば悪魔である。 Gも殺そうと思っていたが、令和4年3月7日の話し合いの結果、AがGのことを許したので、Gを殺すのをやめた。Dは、Aが小学生の頃、Aに暴力を振るい、性暴力も行っており、悪魔である。BとCは、Aが幼い頃、Dに 金を渡してAとIにも暴力を振るわせていたから、暴力の教唆に当たり、Dと同罪だと思っていた。BとCはサイコパスであり、悪魔だと思っていた。 Aは、フラッシュバックを体験し、過去の家庭内暴力 に 金を渡してAとIにも暴力を振るわせていたから、暴力の教唆に当たり、Dと同罪だと思っていた。BとCはサイコパスであり、悪魔だと思っていた。 Aは、フラッシュバックを体験し、過去の家庭内暴力の被害に遭っていた記憶も取り戻し、将来への夢は消え去り、精神的にかなり落ち込み、自殺を考えていた。俺は、事件の2年以上前から、Aが苦しんでいるのは、その4人 の悪魔のせいであり、4人の悪魔に痛みを分からせて殺害しなければならないと考えていた。ただ、俺は、その4人を単に殺そうとは考えておらず、殺した上で悪魔祓いの儀式を行う必要があると考えていた。悪魔祓いの儀式は、家族全員がそろって行う必要があると思っていた。 悪魔祓いの儀式のイメージを具体化するために、本や映像を調べた。令和 3年の年末頃までに、悪魔祓いの儀式では、4人を痛めつけて殺害し、4人 の死体や血で絵を描き、オイルで火の線を引き、Iの目の前でその死体を燃やし、魂が浄化されるのを見ながら、家族全員で祈りを捧げるという儀式を行う計画を立てた。悪魔が血によって化粧されることで美しい姿になり、それが燃えることによって更に美しい神に近い存在になると考えていた。悪魔祓いの儀式という目的達成のため、Aの身体を使って、Aのふりをし、やわ らかい印象の良い子を演じて、Hと10回程度会話した。Aは、当初、俺のことを無視し消そうとしていたが、俺は、1年以上かけて、Aとの会話を続け、Aと良好な関係を築いていった。俺は、Aに対し、本来の目的である悪魔祓いのことは口に出さないようにして、Aに話を合わせながら、「俺がAを助けてあげられる」「Aが苦しんでいる原因は家族にある」ということを 伝えていった。令和3年夏頃、精神状態が改善し、外出するようになったが、その前に、俺は、Aとの間で、 わせながら、「俺がAを助けてあげられる」「Aが苦しんでいる原因は家族にある」ということを 伝えていった。令和3年夏頃、精神状態が改善し、外出するようになったが、その前に、俺は、Aとの間で、俺が外で事件を起こさない、家族と話さないなどの約束をさせられた。 Gの引っ越し予定を知り、令和3年の年末頃までには、4人を殺害して悪魔祓いの儀式を行うという計画を立てた。その頃までに、ハンマー、金槌、 結束バンド、手袋、オイル缶等を準備した。 令和4年3月7日は、話し合いの最中にAがフラッシュバックを起こし、精神的に壊れてしまったことで、Dを本件居宅に呼び寄せることができなくなった。Aが精神的に不安定になっており、Aと入れ替わってDを呼び寄せて、悪魔祓いの儀式を決行することはできなかった。 (同月8日の経過についての供述は、第3の5に記載のとおりである。 供述態度等について、取調べ状況の録音録画の抜粋(乙12)を参照した。) 令和4年9月7日付け被告人の検察官調書(乙7)同年3月8日のことは、夕方以降の記憶がない。気付くと2階居間に立っていて、GとDが話をしていた。警察を呼ぼうという話になり、私が警察を 呼ぶことになった。しかし、またここで記憶が途切れ、次に記憶があるのは、 外でGから追いかけられている状況である。本件居宅2階に戻った後、身を守るため、台所にあった包丁2本を両手に持った。「ボウイ」から、3人を殺したのはGである、Gが3人を殺すところを見たなどと聞いた。それで、やって来た警察官にそのように説明した。最初は信じてもらえないと思い、「ボウイ」の存在は隠していたが、精神科医であれば自分の言うことを理解 してくれるかと思い、E医師に「ボウイ」の存在などを話した。3人を殺したのはGであ 説明した。最初は信じてもらえないと思い、「ボウイ」の存在は隠していたが、精神科医であれば自分の言うことを理解 してくれるかと思い、E医師に「ボウイ」の存在などを話した。3人を殺したのはGであると思っていたが、もしかしたら「ボウイ」がやったのではないかという思いもあった。同年9月3日夜、「ボウイ」の部屋を訪ねて、何があったのかを聞いたところ、同月2日に検察官の取調べを受けたこと、「ボウイ」が3人を殺したことを教えられた。ショックで、「ボウイ」の部 屋を飛び出したので、詳しい状況は聞いていない。 令和5年2月28日付け被告人の検察官調書(乙8)「ボウイ」からGが3人を殺すところを見たなどと聞いたのは、警察官が本件居宅に到着してからのことである。その到着前に「ボウイ」から何かを話しかけられたことはない。 3 検察官が依拠する、起訴前の第2鑑定をしたF医師の証言及び資料(甲148)の要旨等(鑑定期間令和4年9月7日から令和5年2月27日まで) 鑑定の結論本件の犯行機序は、過去に虐待を受けたことについての恨み及び将来に虐待が影響していくことへの絶望からの怒りである。本件の犯行機序の理解に 当たっては、複雑性心的外傷後ストレス症(c-PTSD)及び解離性同一性症(DID)についての知識が役立つ。(資料3)被告人が本件各犯行時に解離していたかは疑問がある上、仮に解離していたとしても、本件各犯行への影響は、当時のことを想起できないという限度にとどまる。(第12回公判証言48頁以下、59頁) 動機の説明 本件各犯行の動機は、小児期から青年期にかけて自分とIに虐待をしていたG、D、Dにそうするように差し向けるなどしていたBとCに対する恨みとそれに基づく怒りである 動機の説明 本件各犯行の動機は、小児期から青年期にかけて自分とIに虐待をしていたG、D、Dにそうするように差し向けるなどしていたBとCに対する恨みとそれに基づく怒りである。それは過去の虐待への怨恨と憤怒にとどまらない。被告人は、被害者らが将来虐待(例えば、Dの妻子、自分が将来持つであろう家族に対する虐待)をするのではないかという心配をしており、そう した危惧がある限り理想的な家族を持つという自分の将来も得られないとも確信しており、将来の虐待に対する絶望と、そうした絶望を自分にもたらしたことへの怒りも、強く抱いている。(資料31、49)被告人の説明に基づくならば、被告人は、本件各犯行時、断続的な3つの期間で解離、すなわち、被告人自身が過去に受けてきた被虐待体験及び将来 にも及ぶかもしれない虐待とその影響に関連する、心的外傷的記憶、感覚、攻撃的な思考、怨みと絶望と怒りの強い感情だけに注意・意識が集中し没頭し、他方では、それ以外のことについては注意・意識から排除し隔絶するような状態になっていた、ということになる。被告人は、本件各犯行について「記憶にない行動」としているのであるが、それは、その没頭の程度が強く、 事後には、すなわちそれに没頭していない状態のときには、没頭していた期間中の状況などについて想起できないということである。しかし、そもそもその期間中の記憶自体がないわけではないので、改めて没頭した状態になれば想起できるということになる(なお、没頭は医学用語ではない。)。 被告人は、「ボウイ」の状態ではなくても、小児期の被虐待体験に関する 憤怒から、GやDを警察に突き出すといった攻撃的なことを実行に移そうとしている。面接の中でも、被告人自身の思考や感情としてそうした強い憤怒は語られてい はなくても、小児期の被虐待体験に関する 憤怒から、GやDを警察に突き出すといった攻撃的なことを実行に移そうとしている。面接の中でも、被告人自身の思考や感情としてそうした強い憤怒は語られている。つまり強い憤怒は、「ボウイ」だから出てきたというようなものではなく、被告人が小児期に繰り返し虐待を受け、その結果としてc-PTSDというべき状態になった、その特徴として説明される。 (資料32、50、57) 「ボウイ」というのは実際には存在しないのに、見えたり聞こえたりするので、「解離性幻覚」であり、聞こえる声が「解離性幻聴」、見える姿が「解離性幻視」である。ただし、「ボウイ」の声が聞こえるが、その声が動機となっているわけではなく、その声に促されたり脅されたりしたとしても、被告人本人の思考から発せられたものである。「解離性幻聴」は、現実の聴覚 情報よりも、自分の思考内容が強く声として意識されている状態である。本質的にそれは本人の思考の現れであり、対話は自問自答である。(資料43、44)被告人に認められる解離性同一性症の場合、解離によって、特に蓄積してきた憤怒の感情や嗜好に没頭していくことで、これに対するような思考との 間に生ずる葛藤を感じにくくなり、行動に移しやすくなっていったといえる。 ただ、その憤怒の感情は、結局、被告人本人の思考や感情である。(資料55) 解離、解離性同一性症の説明解離自体は病気ではない。精神機能(知覚、思考、感情、記憶等)の一部 を他と切り離しておく、ありふれた精神の現象である。何かの精神活動に意識や注意を集中して没頭しているとき、逆にいえば、何かの精神活動に意識や注意が向かないようにしているとき、自然と生じている。(資料34)小児期に慢性的に虐待 現象である。何かの精神活動に意識や注意を集中して没頭しているとき、逆にいえば、何かの精神活動に意識や注意が向かないようにしているとき、自然と生じている。(資料34)小児期に慢性的に虐待などを体験すると、その体験によるストレス・苦痛に対処する方策として、その体験についての認識、感情などを切り離すとい う解離を繰り返して、習慣化する。虐待以外のストレスがかかったり、感情的な苦痛が高まったりしたような状況でも、解離による対処をとりやすくなり、結果的にパーソナリティ状態のパターンが複数形成される。パーソナリティ状態のパターンごとに、同時に働きやすい精神機能のグループがあるので、パーソナリティ状態のパターンごとに同一性といえる形を成すことにな る。あるパーソナリティ状態のパターンのときに別のパーソナリティ状態の パターンのときの記憶を思い出せないと、本人は「別人がやった」という感覚になる。(資料35)解離性同一性症は、SF的、オカルト的な誤解、例えば、実際に別の人格が乗り移る、別の人格が行動を支配する、別の人格と話をするなどの誤解がされやすい。本人も、その誤解をイメージに取り込んだ形で体験したり、語 ったりしやすい。「いかなる特徴を持った人格も結局のところ本人のなかにあって、本人以外の誰でもない」という理解を同時に受け入れて総合的に補正のかかった捉え方をするのがよい。F.W.パトナム著「多重人格性障害」でも、「どのような交代人格であろうとも一人の独立した人間ではない。」と記載されている。解離性同一性症とは、複数の人格が存在することをいうの ではなく、解離によって同一性が破綻しているといえるほどはっきり区別される複数のパーソナリティ状態が見られるときをいうのである。(資料37ないし40) 複数の人格が存在することをいうの ではなく、解離によって同一性が破綻しているといえるほどはっきり区別される複数のパーソナリティ状態が見られるときをいうのである。(資料37ないし40)解離性同一性症の場合、ある同一性を示すパーソナリティ状態の時の行動を、それとは別の同一性を示すパーソナリティ状態になったときには、思い 出せないことがあるが、それは、あくまで後になって思い出せないというだけである。(資料47) 被告人の供述の信ぴょう性心理検査(MMPI3)で、被告人には症状を誇張、捏造する傾向がある可能性が示唆されており、詐病の可能性、又は重症の精神・身体の障害があ るのだとしてもその症状を誇張している可能性が高い。(資料41、42) 4 弁護人が依拠する、起訴前の第1鑑定をしたE医師の証言及び資料(弁1)の要旨等(鑑定期間令和4年4月28日から同年9月2日まで)E医師の鑑定は、鑑定期間終了後の被告人の供述(乙12)も検討してされた判断である。E医師は、被告人の供述の信用性に特に疑問を差し挟んでおら ず、これを前提として判断している。また、F医師はICD-11に基づき解 離性同一性症と表現しているが、E医師はDSM-5に基づき解離性同一症と表現しており、病名は実質的に同じである。 鑑定の結論被告人は、本件各犯行時及び現在、解離性同一症及び心的外傷後ストレス障害(PTSD)にり患していた。 主人格は、別人格の「ボウイ」と話し合いを重ね、心身の不調で社会生活に支障を来している責任は家族にあり、GとDは虐待の事実を認めて警察に出頭し謝罪する必要があるという考えに至った。他方、「ボウイ」は、主人格が苦しんでいるのはGと被害者3人のせいであり、Aを 会生活に支障を来している責任は家族にあり、GとDは虐待の事実を認めて警察に出頭し謝罪する必要があるという考えに至った。他方、「ボウイ」は、主人格が苦しんでいるのはGと被害者3人のせいであり、Aを苦しみから救うためには、4人の悪魔に痛みを分からせて殺害し、殺害した上で悪魔祓いの儀 式を行う必要があると考えていた。「ボウイ」は、主人格に内緒で殺害と悪魔祓いの儀式を計画し、令和4年3月8日、話し合いの途中で人格交代し、本件各犯行を実行した。主人格は、殺害の記憶を有していない。 主人格の考えと「ボウイ」の考えは相容れない部分があり、犯行時の「ボウイ」の行動を主人格が統制することは不可能であり、本件各犯行は解離性 同一症の著しい影響を受けていたと考えられる。 (資料53ないし56) 解離、解離性同一症の説明解離は、慢性的な恐怖や突然の強い恐怖を感じたときに、自分から切り離すことで問題に対処する防衛方法である。解離を主症状とする解離性障害の うち解離性同一症では、記憶だけでなく、感情や意思も本人から切り離され、明らかに区別されるパーソナリティ状態が存在する。(資料20)解離症状による人格交代は、意識消失などそれと分かる変化が起こることもあれば、全く気付かないうちに突然入れ替わることもある。小さいときに虐待を受けていた解離性同一症の患者は、虐待を代わりに引き受ける子供の 人格と、内部に怒りを有する攻撃的な人格、社会的に表に出て行動する人格 が存在することが多い。怒りを持つ人格の攻撃性は、主人格の内部の怒り、無力感や絶望感などの感情と大きく関わっているといわれているが、不明な点が多い。(資料22)遅くとも令和2年2月頃には、独立した記憶、行動、感情、意思を持った、他とはっきりと区別 怒り、無力感や絶望感などの感情と大きく関わっているといわれているが、不明な点が多い。(資料22)遅くとも令和2年2月頃には、独立した記憶、行動、感情、意思を持った、他とはっきりと区別されるパーソナリティ状態である「ボウイ」の存在が、 本人によって確認されている。被告人は、「ボウイ」は自分の身体を乗っ取り、内緒で行動することがあると述べており、また、「ボウイ」の思考は非常に誇大的かつ敵意に満ちており、被告人が持つ思考や倫理観と相容れない部分がある。「ボウイ」の記憶、行動、感情、認知等は、主人格のものとは連続していない。(資料23ないし25) 犯行当日の説明主人格は、午後5時過ぎ頃より、自分の行動の記憶がなくなっており、その頃、Dを交えた家族会議が開催される強い心理的負荷から、「ボウイ」の人格に交代したと考えられる(資料30)。主人格は、2階でGとDが話し合いをしている場面の記憶を有しているが、その後の記憶は再び欠損してお り、「ボウイ」に交代したと考えられる(資料33、34)。主人格は、面接で、「自分の人格に戻ったのは、父に押し倒されて、馬乗りになったときである。あまりに前段階が分からなすぎて、父に殺されかけている、父が豹変している、あまりにも理解できなくて逃げた。」と語っており、本件各犯行後に主人格に戻った(資料37)。主人格は、再び記憶をなくし、「ボウイ」 となり、2階で着衣を脱いで洗濯した後、再び主人格に交代した(資料38)。 解離性同一症が本件各犯行に与えた影響等幼少期の虐待を契機とするPTSDの患者は、「虐待を受けるのは自分が悪い」と考えるのが一般的で、主人格も心身の不調を自分のせいだと考えて いた。「ボウイ」との話し合いで、「家族にも非があ 幼少期の虐待を契機とするPTSDの患者は、「虐待を受けるのは自分が悪い」と考えるのが一般的で、主人格も心身の不調を自分のせいだと考えて いた。「ボウイ」との話し合いで、「家族にも非があり、矯正を求める」気持 ちにまで修正されているが、そこから直ちに、家族に対して殺害するほどの怨恨を抱いていたとは結論付けられない。主人格は、「ボウイ」との話し合いで、GとDは虐待を認め警察に行って謝罪する必要がある、HとDはGの虐待の被害者なので精神科治療を受ける必要がある、BとCはHをいじめていたが高齢なので警察や治療は難しい、という結論に収束しており、殺害の 考えとは方向性が異なる。仮に恨みを抱いたとしても、殺害をするような強い恨みではないと考えられる。仮に虐待をした家族に対して強い怨恨を抱いているとした場合、Gを殺害しなかったことは説明が困難である。(資料43ないし47、49)被告人は、被害者3人の頭部をハンマー等で、少なくとも7回から10回 程度、集中的に極めて強い力で殴打して殺害しており、その犯行態様は非常に残忍であり、極めて強固な殺意に基づき執拗である。被告人は、犯行直後に父を脅して怖がらせており、犯行時の言動の内容や言葉遣いは、主人格(平素の人格)とは明らかに異質である。本件各犯行は、事前に結束バンドや凶器を準備していたり、Dを虚偽の口実を用いて呼び出したりと、一定の 計画性が認められる一方で、被告人は、犯行後日に親しい友人と会う約束をしている。主人格と「ボウイ」と共謀して犯行に及んだ可能性は考え難く、「ボウイ」単独の犯行である考えるのが合理的である。(資料48、50)本件各犯行時、主人格とは異なる残忍な思考を持つ別人格「ボウイ」に交代し、「ボウイ」によって本件各犯行が行われた。主人 「ボウイ」単独の犯行である考えるのが合理的である。(資料48、50)本件各犯行時、主人格とは異なる残忍な思考を持つ別人格「ボウイ」に交代し、「ボウイ」によって本件各犯行が行われた。主人格は「ボウイ」の思 考や行動をコントロールすることができず、犯行を未然に防ぐこと及び犯行中の「ボウイ」を制御することが困難であった。一般的にも、解離性同一症の患者は別人格の行動を完全にコントロールすることはできない。解離性同一症の人格交代は、受け入れ難い状況や感情から離れたいときに起こりやすく、急激に起こる場合もあり、意図的に交代することは困難である。本件で も主人格が、意図的に「ボウイ」と交代することはできなかった。(資料4 2、51、第12回公判E証言38頁) 5 被告人の供述の信用性についての検討 検察官の主張検察官は、本件各犯行時に解離して「ボウイ」の状態になっていた旨の被告人の供述は虚偽である旨主張する。そこで、検察官が指摘する点を中心に 被告人の供述の信用性を吟味する(以下では、「解離性同一性症」と統一して記載する。)。 供述内容の不合理性についてア仮に、被告人の公判供述を前提として、解離したと考えられる時期を検討すると、被告人は、Hが電話でDを呼び出す前に「ボウイ」の状態に解離し (①)、「ボウイ」の状態に解離した被告人がHを通じてDを本件居宅に呼び寄せるなどし、J以外の家族が2階にいる隙に1階でBとCを殺害した後、2階でGとDが話をしていた際に「Aちゃん」の状態の被告人に戻り、その後、GとDの話が終わった後に再度「ボウイ」 の状態に解離し(②)、「ボウイ」の状態に解離した被告人がDを殺害して、Gを脅すなどした後、凶器 の本件ハンマーを取り上げたGに道路で追い掛けられ 後、GとDの話が終わった後に再度「ボウイ」 の状態に解離し(②)、「ボウイ」の状態に解離した被告人がDを殺害して、Gを脅すなどした後、凶器 の本件ハンマーを取り上げたGに道路で追い掛けられていた途中で、再び「Aちゃん」の状態の被告人に戻り(なお、E医師の鑑定面接では、E医師のいう主人格に戻った時点について被告人は異なる供述をしている。)、その後、1階で、HやIと共に被害者らの遺体を発見した後、再々度「ボウイ」の状態に解離し(③)、「ボウイ」の状態に解離した被告人が本件金槌や結束 バンド等を2階台所のシンク内に入れるなどするとともに、返り血が付着していた着衣を脱いで2階の洗濯機で洗濯をしかけた後、再び「Aちゃん」の状態の被告人に戻ったということになる。 検察官は、このように被告人が短時間のうちに3回にわたり「ボウイ」の状態に解離したのであれば、外形上、一連の行動に不連続が生じたり、不整 合な点があったりするのが合理的であるところ、犯行当日の事態の推移を見 ても、被告人の行動経過は外形上連続して一貫した整合性のある流れであること、「Aちゃん」にとって不利な場面でピンポイントに「ボウイ」の状態に解離したという恣意的で都合のよいものであることから、被告人の供述はあまりにも不合理である旨主張する。 しかし、E医師は、短時間のうちの複数の人格交代はあり得る上、「ボウ イ」が主人格になりすますこともできるので、周囲から見て「ボウイ」の状態か主人格か区別がつかないこともある旨供述する。また、E医師は、犯行当日は家族会議が開催される強い心理的負荷から、「ボウイ」の状態に交代し、その後Dを交えた家族の話し合いが一応終わったとはいえ、重苦しい空気でプレッシャーのある状況ではあったから、被告人はまた解離して「ボウ イ される強い心理的負荷から、「ボウイ」の状態に交代し、その後Dを交えた家族の話し合いが一応終わったとはいえ、重苦しい空気でプレッシャーのある状況ではあったから、被告人はまた解離して「ボウ イ」の状態になったと考えられること、そもそも解離性同一性症の患者は突然理由もなく人格が交代することもあることなどを説明している(第12回公判証言13頁、28頁、第13回公判証言6頁、28頁、45頁等)。以上のE医師の説明に不合理な点は見当たらない。他方、F医師も、被告人が解離性同一性症にり患していたことは認めており、被告人の供述を前提とし た場合に、上記のような3回の解離を否定する医学的な根拠はなく、否定はできない旨供述する(第13回公判証言60頁)。 加えて、被告人は、矛盾や破綻の生じないように作り話をするのであれば、犯行当日のことは「Aちゃん」としては記憶になく、後で「ボウイ」から記憶を一部もらい受けたとか、そのもらい受けた記憶も今は一部欠落している などと弁解することも可能であったともいえ、3回の解離に関する被告人の供述が、被告人にとって恣意的で都合のよいものとは必ずしもいえない。 そうすると、検察官指摘のとおり被告人の行動経過が外形上連続して一貫しているからといって、被告人の供述が直ちに不合理なものとはいえない。 イ検察官は、本件各犯行後、被告人はGに追われて本件居宅に戻った直後に、 Gに本件ハンマーを取られた事実を前提とする発言をしているところ(第2 の1エ)、被告人の公判供述を前提とすれば、この時点では被告人は「Aちゃん」の状態で、被告人はGに本件ハンマーを取られた事実を知らないはずであり、明らかに矛盾している旨主張する。 しかし、被告人は、E医師の鑑定面接では、「自分の人格に戻ったのは、父に押し倒さ Aちゃん」の状態で、被告人はGに本件ハンマーを取られた事実を知らないはずであり、明らかに矛盾している旨主張する。 しかし、被告人は、E医師の鑑定面接では、「自分の人格に戻ったのは、父に押し倒されて、馬乗りになったときである。」旨、本来の状態に戻った 時期を公判で述べた時期(路上)よりも早い本件居宅内にいた時点として説明していたものである(第4の4)。そして、E医師は、鑑定面接時に被告人は、本件ハンマーを持ったGの手を押さえたイメージがある旨述べていたので、押さえてブロックしていたところGに本件ハンマーを持って行かれたとの認識の下、本件ハンマーを取られた旨の発言をしたのではないかと供 述している(第13回公判証言3頁)。被告人の公判供述は、記憶の混乱等により不正確なものである可能性もあるところ、E医師が述べるように、被告人は、本件ハンマーを持っていたGともみ合う中でGに本件ハンマーを持って行かれたという記憶があったため、「ハンマーを取られた。」と発言した可能性が考えられる。したがって、検察官指摘の被告人の発言は、被告人が D殺害やGの脅迫時に本件ハンマーを使った事実を認識していなければするはずのない明らかに不自然かつ不合理なものとはいえない。 ウ検察官は、Hの供述によれば、本件各犯行後、被告人はGに追われて本件居宅に戻った直後に、Hに対してDが怪我をした旨答えているところ(甲136)、被告人の公判供述を前提とすれば、この時点では被告人は「Aちゃ ん」の状態で、被告人はDが怪我をしたことを知らないはずであり、明らかに矛盾している旨主張する。 しかし、その場に居合わせたIは、被告人のそのような発言を聞いておらず、110番通報後に被告人に対してDが大丈夫であるか尋ねたが、被告人からは回答がなかった旨供述し に矛盾している旨主張する。 しかし、その場に居合わせたIは、被告人のそのような発言を聞いておらず、110番通報後に被告人に対してDが大丈夫であるか尋ねたが、被告人からは回答がなかった旨供述している(甲140)。さらに、Hも、同供述 をする際、後に1階居間で被害者らの遺体を目撃したことによって激しく動 揺、混乱し、細かな内容や先後関係がはっきりしない部分があるとも供述しており(甲136)、Hの上記供述は、記憶の混乱等による正確性を欠くものである疑いがあるから、採用することはできない。 エ検察官は、被告人はE医師の精神鑑定前の取調べでは父親犯人説を説いていたが、F医師の証言によれば、被告人は鑑定面接時にF医師に対し、1回 目の精神鑑定前の取調べ段階で「ボウイ」が「儀式であってただの殺人ではないことを刑事は分かっていない」と怒っていた旨述べていた、とのことであり(甲148資料41、第12回公判証言52頁以下)、被告人がE医師の精神鑑定前に「ボウイ」の犯行であることを知っていたことを前提とした発言をしたことになり、矛盾している旨主張する。 しかし、「ボウイ」なる人格が被告人に対してそのように伝えたという時期や、被告人のF医師との鑑定面接時のやり取りの詳細が証拠上明確ではなく、矛盾するか否かの判断はし難い。 供述の変遷についてア被告人は、捜査段階の当初、Gが犯人である旨供述していたが、E医師の 鑑定中から、自身には「ボウイ」という別人格がおり、本件各犯行時の記憶がない旨の供述に転じ、同鑑定終了後、取調べにおいて「ボウイ」の状態で本件各犯行に及んだ旨の供述に転じたものである。 検察官は、被告人は殺人罪の罪責を免れるためにあえて父親犯人説を主張したが、うそや矛盾が露呈してこの主張が受け入 、取調べにおいて「ボウイ」の状態で本件各犯行に及んだ旨の供述に転じたものである。 検察官は、被告人は殺人罪の罪責を免れるためにあえて父親犯人説を主張したが、うそや矛盾が露呈してこの主張が受け入れられないとみて、「ボウ イ」犯行説を主張しはじめ、E医師に「ボウイ」犯行説が受け入れられたため、検察官に対して「ボウイ」の状態で本件各犯行をした旨供述して、責任無能力による不起訴を目論んだものである旨主張する。 この点、解離性同一性症の患者は記憶を想起できないことがあるものと認められるところ、被告人は、記憶が欠落している部分について、想像で補っ て供述したことがある旨述べており(第9回公判供述36頁以下等)、解離 性同一性症にり患していることについては両医師とも争いなく認めている被告人が、記憶が欠落している部分について、より刑事責任を問われにくい父親犯人説を前提に、事実を作出して述べた場面があったとしても無理からぬところである。また、後述するとおり、父親犯人説を供述する事件直後の取調べ時に、被告人が「ボウイ」の状態に解離していた可能性も否定できず、 その場合は、「ボウイ」の状態で積極的に虚偽の供述をしていたことになる。 しかし、一般的に、精神疾患のない犯人でも、罪を免れるため虚偽の供述をすることはままあることであり、本件で被告人が捜査段階で虚偽の供述をしたことがあるからといって直ちに、本件各犯行時の解離に関する被告人の供述の信用性が否定されるものではない。 イ検察官は、被告人の供述によれば、被告人は「ボウイ」が暴力的で攻撃的な思想を持っていると認識しており、犯行前知らない間に部屋にハンマーや包丁が置かれていたことがあったこと、犯行前日の家族会議では「ボウイ」と連携して事を進めたこと、犯行当日「 ウイ」が暴力的で攻撃的な思想を持っていると認識しており、犯行前知らない間に部屋にハンマーや包丁が置かれていたことがあったこと、犯行前日の家族会議では「ボウイ」と連携して事を進めたこと、犯行当日「ボウイ」の状態に解離していた時間があり、被告人は本件居宅にDを呼び出したことについて「ボウイ」が上手 くやったと思ったこと、Lを溺愛していたGにDら殺害の動機がないことを認識していたことから、仮に、「Aちゃん」の状態の被告人が、「ボウイ」からGが犯人であると聞いたとしても、それを信じる状況でなかったことは明らかである旨主張する。 しかし、被告人は、1階居間で被害者3名の死体を確認してから警察官が 臨場するまでの間に「ボウイ」からGが犯人である旨聞いたこと、自身の記憶としてGから「殺すぞ。」などと言われて追われ、Gが本件ハンマーを持っている様子を見たこと、Gは元々粗暴であったことなどから、当初はGが犯人であると思っていた旨供述している(第8回公判供述55、56頁、62、63頁、第9回公判供述53頁以下等)ところ、その内容は一応筋は通 っており、被告人には解離性同一性症の症状として記憶の欠落部分が生じて いてもおかしくはないことなどを合わせ考えると父親犯人説を信じたことが必ずしも不合理とは言い難い。そして、供述経過についても、被告人は、「ボウイ」から、取調べで「ボウイ」のことを明かさないように言われていたので、「ボウイ」のことを言わなかったが、途中から「ボウイ」が犯人ではないかと疑い出し、精神科医であれば「ボウイ」の存在を信じてもらえる と思い「ボウイ」のことを話したとも供述しており(第8回公判供述64頁以下、第9回公判供述38頁以下等)、このような供述変遷に関する被告人の説明も、明らかに不合理なものとはいえない。 もらえる と思い「ボウイ」のことを話したとも供述しており(第8回公判供述64頁以下、第9回公判供述38頁以下等)、このような供述変遷に関する被告人の説明も、明らかに不合理なものとはいえない。 ウ検察官は、被告人が本当に「ボウイ」の状態に解離していたため、「Aちゃん」の状態では記憶がなかったのであれば、当初からそのように供述する のが自然であること、特に、被告人は犯行前に友人と家族に対して病気のことを訴えており、捜査官にも解離性同一性症の症状について述べていたと認められること(甲148資料64)から、なおのこと捜査当初から「ボウイ」の状態への解離のことを供述するのが自然であることを主張する。 しかし、「ボウイ」の状態に解離した被告人が本件各犯行を行ったとなれ ば、被告人は、刑事責任を問われることになるから、そのことを否認したい感情もあったと考えられる。また、単に解離性同一性症であることを簡単に告白するにとどまらず、その具体的な症状を詳細に告白するとなれば、トラウマ体験や被虐待体験にまで言及せざるを得なくなり、心理的負担が大きいと考えられること(第13回公判E証言15、16頁)にも照らすと、被告 人がE医師に告白するまで捜査官に「ボウイ」に関する供述をしなかったことが、不合理とはいえない。 エ検察官は、被告人は公判期日では、「ボウイ」からB、C及びDを殺害した犯人がGであると聞いたのは、警察官臨場前であったと述べるが(第4の1)、令和5年2月の検察官による取調べでは、警察官臨場後であったと述 べており(第4の2)、合理的な理由なく供述を変遷させている旨主張す る。 しかし、被告人は、令和4年9月7日の検察官による取調べでは、警察官臨場前の時点で、「ボウイ」から、Gが3人を殺害したと聞 (第4の2)、合理的な理由なく供述を変遷させている旨主張す る。 しかし、被告人は、令和4年9月7日の検察官による取調べでは、警察官臨場前の時点で、「ボウイ」から、Gが3人を殺害したと聞いていたことを前提としたかのような供述をしており(第4の2)、検察官が指摘する供述の変遷は勘違いや記憶の混乱等による可能性が否定できない。 オ検察官は、令和4年3月9日付け被告人の警察官調書(第4の2)は、虚偽を交えながらも相当程度客観的な事実に即したまとまりを持つ供述であり、被告人が、自身が体験して記憶していた事実に、うそを織り交ぜて、Gを犯人に仕立て上げる供述をしていたとみるのが自然である旨主張する。 しかし、E医師は、前記のとおり、解離症状による人格交代について、突 然入れ替わることがある旨供述しているところ(第4の4)、F医師も、どのようなタイミングで被告人のパーソナリティ状態が変わるかは分からず、言い訳をしなければならないと思ったときにパーソナリティ状態が変わる可能性はある旨供述している(第13回公判F証言65頁)。そして、被告人は、上記警察官による取調べで話したことを覚えておらず、取調べ時に「ボ ウイ」が出ていた可能性がある旨供述しており(第9回公判供述42頁以下、第14回公判供述14頁以下等)、医師の意見も踏まえれば、被告人が本件直後の3月9日の取調べ時に、「ボウイ」の状態に解離して供述していた可能性が否定できない。そして、そのとき、「ボウイ」の状態に解離した被告人が、自己防御のため虚偽を交えて供述したからといって直ちに、本件各犯 行時の解離に関する被告人の供述の信用性が否定されるものではない。 心理検査の結果についてF医師は、心理検査(MMPI3)の結果も踏まえて、詐病の疑い 述したからといって直ちに、本件各犯 行時の解離に関する被告人の供述の信用性が否定されるものではない。 心理検査の結果についてF医師は、心理検査(MMPI3)の結果も踏まえて、詐病の疑いや症状を誇張している可能性が高いことを指摘しているところ(第4の3)、検察官は、心理検査の結果から科学的にも被告人の供述の信用性には疑いがあ る旨主張する。 しかし、他方で、E医師は、自身も鑑定中に同様の心理検査(MMPI)を実施したが、解離性同一性症の患者は同検査で高値になりやすいことにその他の事情を加味して、心理検査の結果から詐病と結論付けることはできない旨供述している(第13回公判証言8頁、33頁、34頁、48頁、49頁)。 検察官が指摘する心理検査に関しては両医師の評価に差異があり、詐病と断ずるに足る客観的に明確な数値の基準もないことが窺われることにも照らすと、心理検査の結果から、本件各犯行時の解離に関する被告人の供述を虚偽であると断ずることはできない。 小括 「ボウイ」の状態に解離した被告人がした供述(乙9)は、相応に具体的かつ迫真的である上、犯行当日の出来事で「Aちゃん」の状態の被告人が記憶がないと述べる時期と、「ボウイ」の状態に解離した被告人が「ボウイ」の状態であったと述べる時期は、おおむね整合している。また、被告人が解離性同一性症にり患していたことや被虐待体験が原因でフラッシュバック等 に悩まされていたこと、犯行前日にHとIに対して結束バンドを用い、家族の話し合いの場を作った上で、GとHらに対して自分の病気や家族の責任を厳しい態度で訴えていたこと、犯行当日もDを呼んで前日と同内容の話をする予定であり強いストレスを感じていたと考えられることなど、当時の精神状態等からす 上で、GとHらに対して自分の病気や家族の責任を厳しい態度で訴えていたこと、犯行当日もDを呼んで前日と同内容の話をする予定であり強いストレスを感じていたと考えられることなど、当時の精神状態等からすれば、本件各犯行時に解離が生じていたとしても不自然ではな く、E医師もその旨供述する。日頃の被告人は優しく粗暴性は窺われないのに、本件各犯行の態様は相当残忍なものであり、これも被告人が攻撃的な「ボウイ」の状態に解離していたことと符合する。これらの事情に照らすと、被告人が、本件各犯行時の解離を装い、「ボウイ」と「Aちゃん」の状態を使い分けて虚偽の供述をしていると認めることはできない。 被告人は、症状や事実関係、自己の記憶の有無等について、一部虚偽の供 述をしたり、自己に不都合な事実を隠したりしている可能性は否定できないが、以下では、基本的には、被告人の公判供述や、「ボウイ」の状態に解離したときにされた自白(乙9)を前提として、検討することとする。 6 責任能力についての当裁判所の判断 鑑定人の公正さや能力、鑑定の前提条件等 ア F医師は、豊富な鑑定経験と専門的知見を有する司法精神医学の権威である。他方、E医師も、ある程度の鑑定経験と、専門的知見、解離性同一性症の患者の臨床経験を有する精神科の専門医である。両医師とも、その公正さや能力に問題はない。そして、F医師とE医師が前提とした事実関係は、主要な部分でおおむね共通で、F医師の鑑定の前提条件には特に問題はない (弁護人は、F医師による被告人の普段の性格の評価が誤りである旨主張するが、F医師は、普段の性格への評価を犯行機序に関する意見の前提条件とはしていない。)。F医師は、被告人の供述の信用性に疑問を呈しつつも、それを前提とした見解をも示し、E医師 価が誤りである旨主張するが、F医師は、普段の性格への評価を犯行機序に関する意見の前提条件とはしていない。)。F医師は、被告人の供述の信用性に疑問を呈しつつも、それを前提とした見解をも示し、E医師は、被告人の供述を信用してそれを踏まえた判断を示している。 イ F医師とE医師は、解離性同一性症という疾患の理解の仕方等について相違があるところ、検察官は、E医師は「解離」の精神現象機序について何ら合理的な説明ができていないこと、現在の精神医学会では解離性同一性症はE医師の述べる複数の「人格」ではなく、F医師の述べる複数の「同一性」を形成するパーソナリティ状態として病態を捉えており、E医師の見解は現 在の精神医学界の主流に反する不合理な見解であること、結局、E医師の見解は非科学的でSF的、オカルト的な見解であることから、全面的に信用できない旨主張する。 確かに、疾患や本件各犯行の機序に関するF医師の説明は、科学的な見地からされた合理的なものである。 しかし、E医師の供述によれば、解離性同一性症についてはまだ精神科医 の間でも統一的な見解が形成されていない部分があり、医学的に解明されていない点もあることが認められる。また、F医師の供述によっても、解離性同一性症の病態等は研究途上にあり、最新の研究の成果が臨床場面で必ずしも共有されていないことが窺われる。 そして、E医師の精神医学的知見は、F.W.パトナム著の古典的な医学 文献(1989年原著、平成12年日本語翻訳版出版)(第13回公判F証言28頁以下)や、解離性同一性症の専門医である岡野憲一郎の医学論文(第12回公判E証言31頁以下、第13回公判同証言1頁)に沿う内容であること、F医師の供述によっても、臨床場面では治療目的を達するためE 以下)や、解離性同一性症の専門医である岡野憲一郎の医学論文(第12回公判E証言31頁以下、第13回公判同証言1頁)に沿う内容であること、F医師の供述によっても、臨床場面では治療目的を達するためE医師のような立場や見解の医師が存在することも窺われる(第13回公判F 証言57頁等)。 そうすると、E医師の見解を、およそ不合理なものとして直ちに全面的に排斥することはできない(ただし、犯行機序についてE医師の動機に関する説明を採用しないことは、別途説明する。)。 ウ弁護人は、①F医師は、責任無能力という趣旨の判断をしたE医師の鑑定 後に検察官の依頼で鑑定をしており、被告人が矛盾する発言をしても確認しないなど、予断を持っていた疑いがあること、②被告人が疲弊して帰りたいといっても執拗に問答を迫るなど、鑑定面接時の対応に威圧的な傾向が認められること、③F医師による長時間の面接が被告人の疲弊及びF医師への不信を招来した疑いがあること、④被告人が第7回目の面接時に他の面接回と は明らかに異なる態度を見せ、第8回目の面接時にそのときの記憶がないなど、別のパーソナリティが現れた可能性があるのに鑑定書に記載しなかったことなどから、F医師の公正さに疑問がある旨主張する。 しかし、F医師は、捜査資料を精査し被告人との面接を重ね心理検査も実施して慎重かつ中立的に判断をしている。F医師は、被告人の供述の信用性 に疑問を抱いた理由についても、具体的な根拠を示して説明している。そし て、①について、F医師は、被告人に限らず、鑑定時に対象者の供述の矛盾をその場で指摘することはしないというのであり(第13回公判証言46頁)、そのような手法が不合理とはいえない。②③について、F医師は、比較的初期(第4回目)の面接時に被告人に対し、途中 の供述の矛盾をその場で指摘することはしないというのであり(第13回公判証言46頁)、そのような手法が不合理とはいえない。②③について、F医師は、比較的初期(第4回目)の面接時に被告人に対し、途中で体調が悪くなったときに面接を続けてよいか意向を確認し、被告人から、直ちに打ち切るのでは なくしばらく様子を見ることでよい旨の回答を得ている。被告人が面接の打ち切りを求めたとき、被告人にその理由を尋ねたことが不合理とはいえないし、F医師は、被告人が打ち切りを強く希望したときは、短時間で面接を打ち切ったとも認められる(第13回公判証言51頁以下、42頁以下)。F医師が被告人の意に反して不当に長時間の面接を強いたとはいえない。そし て、本件各犯行時の解離を装っている疑いもあった被告人に対する質問が、被告人から見て執拗で追及的、不快に感じられたとしてもやむを得ない。さらに、④について、F医師は、第7回目の面接時に被告人が質問に答えず早く帰らせろと言い、次の面接時に被告人がそれを記憶していない旨述べたことについて、第7回目の面接時に被告人が解離していた可能性はある旨証言 しており(第13回公判証言43頁以下)、解離を疑問視しつつも否定はしていない。F医師は、このような個別の面接時の事情について、鑑定の結論に影響を及ぼすようなことではないと判断したため、弁護人から質問されるまで特に説明しなかったものとみられ、格別不合理ではない。 弁護人の指摘を踏まえて検討しても、F医師の公正さに疑問は生じない。 当裁判所が採用する責任能力の判断方法解離性同一性症については、複数の別個の人間が内在するというのではなく、E医師のいう主人格も別人格も一人の人間の別のパーソナリティ状態と捉えられる。F医師は、一人の人間として被告人の本件 断方法解離性同一性症については、複数の別個の人間が内在するというのではなく、E医師のいう主人格も別人格も一人の人間の別のパーソナリティ状態と捉えられる。F医師は、一人の人間として被告人の本件各犯行時の精神状態を見ているのに対し、E医師は、本件各犯行を行ったのは「ボウイ」という 人格であり、被告人の主人格がこれを制御することはできなかった旨供述し ている。 法的判断としては、E医師のいう主人格と「ボウイ」とで別個の個人が存在するわけではなく、一個の個人が存在するにすぎないから、責任主体を人格単位で捉えて主人格による別人格の行動制御可能性を検討して責任能力の結論を導くような判断方法は相当と解されない。責任能力の判断に当たって は、症状としての各パーソナリティ状態を包含する一個人として、解離性同一性症の症状が対象となる行為にどのように影響していたかを検討すべきである。また、犯行時の精神状態について事理弁識能力及び行動制御能力が認められる場合には、その精神状態をE医師のいう主人格というものが制御できるかという点を別途問題にする必要はないというべきである。 各パーソナリティ状態を包含する一個人という観点からの動機の了解可能性、本件各犯行時やその前後における言動、そのとき現れていたパーソナリティ状態と犯行前の状態等を検討し、総合して考慮するのが相当である。 被告人の本件各犯行時における責任能力の具体的な検討アまず、犯行動機について、F医師は、被告人は被害者らから過去に虐待を 受けたことについての恨み及び将来に虐待が影響していくことへの絶望、そこから生じる怒りから、被害者らを殺害したもので、被告人本人の思考であるとしている。 この点、前記のとおり、①被告人の子供時代に、DとGは、Hや被告人に暴力 来に虐待が影響していくことへの絶望、そこから生じる怒りから、被害者らを殺害したもので、被告人本人の思考であるとしている。 この点、前記のとおり、①被告人の子供時代に、DとGは、Hや被告人に暴力を振るうなどしていたこと、BとCは、DをそそのかしてHや被告人に 暴力を振るわせたり、被告人に強いてGのHへの暴行状況を説明させたりした上、Hに対して不当な仕打ちをして家庭内不和の原因を作ったりしたこと(第2の1ウエ)、②被告人は、警察官を辞めた後、被虐待体験が原因でフラッシュバック等に悩まされ、友人のように将来の展望を描くこともできず苦しんでいたこと、そのような中、将来の相続問題でHがB及びCと更に 険悪な関係になっており、そのことでHから相談され愚痴を言われることに もストレスを感じていたこと(第2の1アイウ)、③告白をした女性に対しても、「自分の感情が爆発して気持ちが抑えられなくなることがある」旨話していたこと(第2の1イ)、④現状を打破するため家族で話し合う機会を設けたいと思い、犯行前日にHとIの両手首を結束バンドで縛り、家族の話し合いの場を作った上で、GとHらに対し、自分の病気や家族の責任を 訴えた上、厳しい態度で、警察への申告や精神科での治療といった方法での解決を求め、BとCのことを「サイコパス」と呼んで非難する発言もし、感情を爆発させて号泣するほどであったこと(第2の1)が認められる(この家族会議のときE医師のいう主人格が主導していたことは被告人も公判期日で認めている。)。 これらの事情からすれば、被告人は、B、C及びDに対する恨み、絶望感、それに由来する怒りの感情を持っており、少なくとも犯行前日の家族会議の場ではその感情を表出したと認められる。 被告人は、公判期日で、憤怒の感情を否定す 、被告人は、B、C及びDに対する恨み、絶望感、それに由来する怒りの感情を持っており、少なくとも犯行前日の家族会議の場ではその感情を表出したと認められる。 被告人は、公判期日で、憤怒の感情を否定する一方で、祖父母であるBとCがした虐待からはじまり、父親であるGの暴力、その息子であるDの暴力 があり、上から下への虐待の流れが連鎖するものだという認識があり、気持ちが落ち込んでいるときに絶望感に近いものを感じていた旨供述し(第9回公判被告人供述14頁、15頁)、また、結婚して子供をもうけたいのに、当時の家族の状態ではそれは無理であると思っていた旨も供述している(第8回公判被告人供述40頁)。F医師との鑑定面接でも、おおむね同趣旨の 供述をしている(甲148資料68ないし72)。このように、被告人は、公判期日等でも、過去の虐待やそれが将来に及ぼす影響について絶望感に近い感情を抱いていたことは認めているところ、絶望がその原因を作った対象に対する怒りの感情につながることは、F医師の供述によって明らかであり、常識的にみても自然である。 また、「ボウイ」の状態に解離した被告人は、「Dは、Aが小学生の頃、A に暴力を振るい、性暴力も行っており、悪魔である。BとCは、Aが幼い頃、Dに金を渡してAとIにも暴力を振るわせていたから、暴力の教唆に当たり、Dと同罪だと思っていた。BとCはサイコパスであり、悪魔だと思っていた。」旨供述しており(第4の2)、虐待行為をした被害者らに対して強い怒りの感情を有していたことが認められる。犯行前日の家族会議における被 告人の言動等に鑑みても、パーソナリティ状態を問わず被告人の心底には、そのような怒りの感情があったと考えるのが自然である。 したがって、被告人は、「Aちゃん」のパーソナリティ状 会議における被 告人の言動等に鑑みても、パーソナリティ状態を問わず被告人の心底には、そのような怒りの感情があったと考えるのが自然である。 したがって、被告人は、「Aちゃん」のパーソナリティ状態としても、被害者らから過去に虐待を受けたことについての恨み及び将来に虐待が影響していくことへの絶望、そこから生じる怒りの感情があり、その感情を基に、 各パーソナリティ状態を包含する一個人として、被害者らを殺害すべき動機が形成され、「ボウイ」の状態に解離した状況で、被害者らを殺害したものと考えられるので、犯行動機は了解可能といえる。 これに対し、E医師は、幼少期の虐待を契機とするPTSDの患者は、「虐待を受けるのは自分が悪い」と考えるのが一般的で、被告人(主人格) が家族に強い怨恨を抱いていたとは考えにくい旨供述する。しかし、PTSDや虐待に関して研究した経験のあるF医師は、PTSDを発症するほどの被虐待体験があれば、暴力性や攻撃性が強くなり、他者に対して攻撃性が向くことは一般的に認められている旨供述している(第13回公判証言4頁以下、57頁以下)。F医師の供述は、ICD-11の複雑性心的外傷後スト レス症(c-PTSD)の診断基準(甲148資料84)に裏付けられた合理的な内容である。また、E医師も、一般的に、虐待を受けていた者がその相手に対して攻撃的な心情を持つことが、医学的にあり得ないとまで述べるものではない(第13回公判証言51頁等)。そうすると、E医師の上記見解は採用することができない。 弁護人は、被告人(主人格)が虐待をした家族に対して殺意を抱いていた のであれば、Gを殺害しなかったことの説明がつかない旨主張する。しかし、被告人が、犯行前日の家族会議の結果、Gのことを許した旨供述し(第14回公判 )が虐待をした家族に対して殺意を抱いていた のであれば、Gを殺害しなかったことの説明がつかない旨主張する。しかし、被告人が、犯行前日の家族会議の結果、Gのことを許した旨供述し(第14回公判供述5頁)、「ボウイ」の状態に解離したときされた自白においても、同旨の供述がされていること(第4の2)に照らせば、Gを殺害する意思が消失又は後退していたとみる余地がある。あるいは、D殺害後にGも殺害 するつもりであったが、Gが被告人の隙を見て本件ハンマーを取り上げ逃げ出したため、遂げなかったとみることもできる。 弁護人は、被告人(主人格)が求めていたのはあくまでも家族での話し合い等であった旨主張するが、虐待をした家族の殺害計画を立てその準備をする一方で、家族での話し合い等による解決という選択肢も検討するというこ とは、両立し得ることであって、必ずしも矛盾するものではない。また、犯行当日の家族の話し合いは、前日の家族会議の内容をDに伝え、機動隊員が来るので無抵抗の意思を示すため結束バンドをする必要がある旨のうそを信じ込ませて、Dに結束バンドを装着するためのものとすれば、殺害計画を実施する上でも必要なものであったとみることができる。 そして、以上の検討結果に加えて、後述するイウエの内容(本件各犯行時及びその前後に全体として一貫した行動が取れており連続性が保たれていること、友人との約束も本件各犯行と矛盾するものではないこと、本件各犯行は残虐な態様であるとはいえ、異常とは認められないこと、被告人は日頃優しい性格と評価されていたものの、犯行前日の家族会議で表出したような怒 りの感情や攻撃的な性向も併せ持っていたこと)も併せ考慮すれば、本件各犯行が専ら「ボウイ」の思考によるもので主人格には動機がないと判断するE医師の見解は、 行前日の家族会議で表出したような怒 りの感情や攻撃的な性向も併せ持っていたこと)も併せ考慮すれば、本件各犯行が専ら「ボウイ」の思考によるもので主人格には動機がないと判断するE医師の見解は、その根拠とする理由が適切ではなく、採用することができない。 イ次に、行為態様等を見ると、犯行時間帯に少なくとも3回の解離があり、 被告人は、「ボウイ」の状態に解離していたときの記憶を想起できないとは いえ、客観的に見れば、被告人は、犯行当日、凶器等を準備し、過去の家庭内暴力等について警察官が本件居宅に来る旨のうそを信じているGとHとも相談の上、うその口実でDを呼び出し、D到着後にBとCを他の家族に気付かれないように手際よく殺害した。さらに、Gら同様に警察官が本件居宅に来ることや結束バンドをする必要があることに関して被告人の付いたうそを 信じたDを、Gと共に1階に連れ出し、その両手首を結束バンドで縛ってから、他の家族に気付かれないように殺害した(第2の1、第3の5)。 その後、Gに本件ハンマーを取り上げられると一旦逃走したが、方向転換して本件居宅に戻ると、Gを犯人に仕立て上げようとして立ち回り、119番通報等をしているIの傍で、Gが3人を殺したかのような発言をしつつ、I とHの隙を見て、血の付いた道具や着衣を洗い流すなど罪証隠滅工作をしたのである(第2の1、第3の5)。このように、被告人の行動は全体にわたって連続性が保たれており、殺害の手順等について綿密な計画はなかったが、合目的的・合理的かつ臨機応変に行動できている。 これに対し、弁護人は、被告人は犯行前日の家族会議のときDを呼んで被 害者らを殺害することができたのにこれをせず、犯行当日も被害者らを殺害しようとする一方で家族の話し合いをするな 。 これに対し、弁護人は、被告人は犯行前日の家族会議のときDを呼んで被 害者らを殺害することができたのにこれをせず、犯行当日も被害者らを殺害しようとする一方で家族の話し合いをするなど、一貫性や合目的性に欠ける行動を取っている旨主張する。しかし、犯行前日の家族会議のときは、被告人は、感情を高ぶらせて精神的に疲弊してしまったため、いずれにしろ、仕事を終えたDを呼んで話し合いを継続することさえ困難な状況であったと認 められる。また、前記のとおり、犯行当日の家族の話し合いは、Dらの殺害計画を実行するためにも、実施する必要があったとみることができる。 弁護人は、被告人が犯行を目撃したり制止したりする可能性のあるIを呼び寄せたのは、殺害計画の実行という目的に適わない一貫性を欠く行動である旨主張する。しかし、家族の話し合いのためにも、また、「ボウイ」の状 態に解離した被告人が供述するように悪魔祓いの儀式をIの前で遂行するた めにも(第4の2)、Iを呼び寄せる必要があったと認められる。 弁護人は、被告人が犯行前、犯行後となる日に友人と会う約束をしていたことや、犯行前日に過去に二度も告白をし好意を抱いていた女性を誘い、ホワイトデーの日にデートをする約束を取り付けていたこと(第2の1カ)に照らしても、本件各犯行を行ったことは一貫性を欠く旨主張する。しかし、 「ボウイ」のパーソナリティ状態を前提にしても綿密な殺害計画が立案されていたわけではなく殺人の実行が不確実な状況下であったこと、「Aちゃん」のパーソナリティ状態を前提にすると、心の支えとなっていた友人と約束することは、精神的負担感のある家族会議を行うためにも必要であり、「ボウイ」のパーソナリティ状態にとっても家族会議の実施をしてDを呼び寄せる リティ状態を前提にすると、心の支えとなっていた友人と約束することは、精神的負担感のある家族会議を行うためにも必要であり、「ボウイ」のパーソナリティ状態にとっても家族会議の実施をしてDを呼び寄せる ことが必要であったことに照らせば、格別不自然とはいえない。 ウ本件各犯行は、重さが1キログラム余りの本件ハンマーと、本件金槌を用いて、祖父母及び実兄それぞれに対し、強い力で頭部を少なくとも7回から10回程度殴打し、祖父母については首も絞めるなどしたという、残虐なものである(第2の1カイ、第3の5等)。しかし、被告人の被虐待 体験の内容や怒りの感情の強さ等からすれば、このような態様で被害者らを殺害したことが、「Aちゃん」のパーソナリティ状態から著しくかけ離れて不自然であるとまではいえない。 また、「ボウイ」の状態に解離した被告人がした供述によれば、殺害後は死体や血で絵を描き、オイルで火の線を引き、Iの目の前でその死体を燃や すなどの悪魔祓いの儀式をしようとしていたというのである(第4の2)。 「ボウイ」の状態に解離した被告人が悪魔祓いの儀式を計画していたということは、本件各犯行後に本件居宅において、オイル缶、オイルを移したとみられる空のペットボトル、ライター等が発見されていること、3人の遺体が頭を寄せ合うようにして、それぞれの身体が放射線状になるような位置関係 に並べられていたこと(第2の1アイオ、甲123)によって裏付けられ ているから、儀式の詳細は分からないものの、遺体を並べるなどした上で火を使い「悪魔祓いの儀式」をしようとしていたものと認められる。もっとも、ここでいう「悪魔」とは、「ボウイ」の状態に解離した被告人が述べるように悪い人間の比喩として使われた表現にすぎない。また、Hは神や悪魔を 悪魔祓いの儀式」をしようとしていたものと認められる。もっとも、ここでいう「悪魔」とは、「ボウイ」の状態に解離した被告人が述べるように悪い人間の比喩として使われた表現にすぎない。また、Hは神や悪魔を含む精神世界に傾倒していた時期があり(第2の1ウ)、被告人もその影響 を受けていた可能性があることも踏まえれば、虐待の加害者であるB、C及びDを悪魔と表現して、怒りの感情から、殺害後に遺体を燃やすなどの儀式をしようと考えていたことが、「Aちゃん」のパーソナリティ状態から著しくかけ離れて不合理とまではいえない。 エ被告人は、家族や友人から、日頃は、優しい穏やかな受動的な性格と評価 されているものの(第2の1キ)、本件各犯行は残虐なものである上、D殺害直後の被告人から脅されたGは、そのときの被告人は「気違い」であったと強調している(第2の1キ)。本件各犯行時の「ボウイ」の状態に解離していた被告人には、日頃の優しい穏やかな面とは異なる残虐性が認められる。 もっとも、「Aちゃん」のパーソナリティ状態を前提にしても被告人に犯行動機があることは前記のとおりであり、被告人は、犯行前から、被虐待体験に由来する被害者らへの強い怒りの感情を秘めて生活していたと認められる。また、被告人は、犯行前日の家族の話し合いの場で、警察官が来るなどのうそを言い、結束バンドを用いるなど攻撃的で粗暴な言動を取っているか ら(第2の1)、「Aちゃん」のパーソナリティ状態の被告人にも、そのような人を欺き操る面や、攻撃的で粗暴な面はあったといえる。加えて、そもそも「ボウイ」のパーソナリティ状態も、被告人の一面にほかならず、「Aちゃん」のパーソナリティ状態の被告人も、犯行前から、自分には「ボウイ」なる別人格がおり、「ボウイ」は暴力的で攻撃的な思 て、そもそも「ボウイ」のパーソナリティ状態も、被告人の一面にほかならず、「Aちゃん」のパーソナリティ状態の被告人も、犯行前から、自分には「ボウイ」なる別人格がおり、「ボウイ」は暴力的で攻撃的な思想の持ち主で、生活上 必要のないハンマーや包丁等を用意したと理解していたものである(第4の 1)。このように、被告人は、日頃から、攻撃的な「ボウイ」のパーソナリティ状態を併せ持ち、かつ、それを自覚しており、しかも、「Aちゃん」のパーソナリティ状態としても攻撃的で粗暴な面がなかったわけではないから、被告人がした本件各犯行が、犯行前の被告人のパーソナリティ状態と比べて異質で異常なものとまではいえない。 オ以上で検討したとおり、動機は了解可能なものであること、犯行当日も3回の解離にかかわらず客観的に見れば全体として一貫した行動が取れており連続性が保たれていること、本件各犯行は残虐な態様であるとはいえ、異常とまでは認められないこと、被告人は日頃優しい性格と評価されていたものの、怒りの感情や攻撃的な性向も併せ持っていたことなどからすれば、本件 各犯行時、被告人は、解離性同一性症により解離した状態にあったことにより、強い憤怒の感情にとらわれ、殺害を思いとどまろうとする感情との間に葛藤が生じにくくなり、後先を考えて行動を制御する能力が低下していたとは認められるものの、それは著しいものではなかったと認められ、本件各犯行時に完全責任能力があったと認められる。 弁護人の心神喪失又は心神耗弱の主張は、理由がない。 (法令の適用)罰条判示各所為について、いずれも刑法199条刑種の選択いずれも有期懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段、47条本文、10条(判示の各罪は、 犯情 適用)罰条判示各所為について、いずれも刑法199条刑種の選択いずれも有期懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段、47条本文、10条(判示の各罪は、 犯情に軽重の差があるとは認め難く、刑法10条によりいずれが重いかを決することができないから、各罪のうちいずれかを特定することなく、そのうち1つの罪の刑に法定の加重をする。)未決勾留日数の算入刑法21条 没収刑法19条1項2号、2項本文(主文掲記のハンマー1 本は判示の各犯罪行為の用に供した物で被告人以外の者に属しない。)訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)祖父、祖母及び実兄3名の命を奪ったという本件各犯行の結果は、極めて重大で ある。 被告人は、殺傷能力が高い重さが1キログラム余りのハンマーと、金槌を用いて、被害者3名それぞれに対し、強い力で頭部を多数回殴打するなどしており、いずれの犯行も、強固な殺意に基づく残虐かつ執拗な態様のものである。 被告人は、祖父母及び実兄の殺害を決意すると、犯行当日、あらかじめ用意して いた凶器や結束バンド等の準備を整え、祖母の両手首を結束バンドで縛り、機動隊員が本件居宅に来る旨のうそを信じていた実兄や家族の両手首も結束バンドで縛るなどして、計画的に犯行に及んだものと認められる。 もっとも、綿密な計画による犯行ではなく、計画性が高いとはいえない。また、被告人は、子供時代に被害者らと父親から身体的、心理的虐待(性的虐待も含む。) を受け、母親による助けも受けられなかったことが原因で、複雑性心的外傷後ストレス症と解離性同一性症を発症し、心身の不調に苦しみ、恨みや絶望、怒りの感情から本件各犯行に及んだものであって、被害 を受け、母親による助けも受けられなかったことが原因で、複雑性心的外傷後ストレス症と解離性同一性症を発症し、心身の不調に苦しみ、恨みや絶望、怒りの感情から本件各犯行に及んだものであって、被害者らの被告人に対する虐待行為や不遇な家庭環境が動機の形成に影響している。また、前記のとおり、本件各犯行時、被告人は、解離性同一性症により解離した状態にあったことにより、強い憤怒の感情 にとらわれ、殺害を思いとどまろうとする感情との間に葛藤が生じにくくなり、後先を考えて行動を制御する能力が低下していたもので、責任能力が相当程度減退していたと認められる。したがって、被告人に対する責任非難の程度は、相応に軽減される。 以上のように、3名の生命を奪った結果の重大性、犯行態様の残虐さの反面、動 機に同情できる点があり責任能力も減退していたもので、責任非難の程度が相応に 軽減されることからすれば、本件は、単独犯による殺人(動機が怨恨又はその他の家族関係)で、同一又は同種の罪を2件ないし4件行った、処断罪名と異なる主要な罪のない事案(あるいは、単独犯による殺人で、犯行に凶器を用い、同一又は同種の罪を2件ないし4件行った、処断罪名と異なる主要な罪のない事案)の中では、重い部類に属するが、無期懲役刑に処すべき事案とまではいい難い。 そして、被害者である被告人の実兄の妻が、愛する夫を突然悲惨な事件で失い、一人で幼児を育てていかなければならない状況に置かれ、被告人に対する厳しい処罰感情を示していること、他方、被告人は、比較的若年で前科前歴がなく、出所後に環境を整え病気と向き合い適切な治療を受ければ、更生する余地があることなどの事情も考慮して、主文の刑を科すのが相当であると判断した。 (求刑無期懲役、主文同旨の没収)令和 主文 、出所後に環境を整え病気と向き合い適切な治療を受ければ、更生する余地があることなどの事情も考慮して、主文の刑を科すのが相当であると判断した。 理由 (求刑無期懲役、主文同旨の没収)令和7年1月15日静岡地方裁判所浜松支部刑事部 裁判長裁判官來司直美 裁判官高島由美子 裁判官志村敬一

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