令和2年2月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成30年(行ウ)第73号観察処分期間更新決定取消請求事件口頭弁論終結の日令和元年10月15日判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求公安審査委員会が,平成30年1月22日付けで,「Aを教祖・創始者とす るオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」に対してした,別紙2決定目録記載の決定のうち,原告に係る部分を取り消す。 第2 事案の概要本件は,公安審査委員会(処分行政庁)が,無差別大量殺人行為を行った団 体の規制に関する法律(以下「団体規制法」という。)5条4項及び5項に基づき,「Aを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」(以下「本団体」という。)について,公安調査庁長官の観察に付する処分(以下「本件観察処分」という。)の期間更新等に係る決定(以下「本件 更新決定」という。)をしたところ,本件更新決定において本団体に含まれるものとされている原告が,「脱A」等の取組を進める原告は本団体には含まれないなどと主張して,被告を相手に,本件更新決定のうち原告に係る部分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案である。 なお,本団体については,本件観察処分につき数次の更新決定がされており, 本件更新決定は6回目の更新決定である。 1 団体規制法の定め本件に関する団体規制法の定めは,別紙3記載のとおりである。 団体規 き数次の更新決定がされており, 本件更新決定は6回目の更新決定である。 1 団体規制法の定め本件に関する団体規制法の定めは,別紙3記載のとおりである。 団体規制法は,団体の活動として役職員又は構成員が無差別大量殺人行為を行った団体につき,その活動状況を明らかにし又は当該行為の再発を防止するために必要な規制措置を定め,もって国民の生活の平穏を含む公共の安全の確 保に寄与することを目的とし(1条),その目的を達成するため,当該団体が5条1項各号のいずれかに該当し,その活動状況を継続して明らかにする必要が認められる場合に,公安審査委員会において当該団体に対し3年を超えない期間を定めて公安調査庁長官の観察に付する処分(以下「観察処分」という。)を行うことができるとし(同項柱書),また,観察処分の期間満了時に 上記と同様の要件を満たす場合には,同期間を更新することができるとしている(同条4項)。観察処分又はその更新を受けた団体は,政令で定めるところにより,3か月の期間ごとに,所定の事項を公安調査庁長官に報告しなければならない(同条3項,5項)。 なお,団体規制法における「団体」とは,特定の共同目的を達成するための 多数人の継続的結合体又はその連合体をいい,ある団体の支部,分会その他の下部組織であっても同法の規制が及ぶものとされている(同法4条2項)。 2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ オウム真理教の沿革等について ア Aは,自らを教祖・創始者として,昭和59年2月頃,東京都渋谷区内において「オウム神仙の会」の名称で活動を開始した。この団体については,昭和62年7月頃,その名称が「オウム真理教」に変更 ア Aは,自らを教祖・創始者として,昭和59年2月頃,東京都渋谷区内において「オウム神仙の会」の名称で活動を開始した。この団体については,昭和62年7月頃,その名称が「オウム真理教」に変更され,Aの説くオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とした活動が続けられ,平成元年8月25日,東京都知事から宗教法人法に基づく規則の 認証を受けて,同月29日,宗教法人「オウム真理教」(代表役員 「A」)の設立の登記がされた。そして,上記の設立に際し,責任役員にB(原告代表者。)ら幹部8名がそれぞれ就任した。(乙B2の1,2の2,5の3)イその後,オウム真理教は勢力を拡大させ,平成6年6月頃までは,山梨県西八代郡C村(現在の甲府市及びD町)に「サティアン」などと称する 施設群を建設し,東京都港区内に東京総本部等を開設するなどして,国内に合計24か所の支部・道場等を設けるとともに,構成員についても合計約1万1000名を擁し,その活動の財源を構成員からの布施や関連会社の事業収益により賄っていた(乙B2の2)。 ウオウム真理教の構成員らは,平成6年6月27日にいわゆる松本サリン 事件を,平成7年3月20日にいわゆる地下鉄サリン事件を発生させた。 松本サリン事件は,長野県松本市内で,致死的化学物質であるサリンを散布し,8名を殺害するとともに,143名にサリン中毒症の傷害を負わせたというものであり,地下鉄サリン事件は,東京都内の各地において,通勤時間帯を狙って走行中の地下鉄電車内でサリンを漏出,発散させ,乗客 や駅職員等13名を殺害するとともに,約5800名(当初の公訴事実上は約3800名)を負傷させたという世界にも類を見ない重大凶悪事件であり,団体規制法4条1項にいう「無差別大量殺人行為」に該当す や駅職員等13名を殺害するとともに,約5800名(当初の公訴事実上は約3800名)を負傷させたという世界にも類を見ない重大凶悪事件であり,団体規制法4条1項にいう「無差別大量殺人行為」に該当する(以下,松本サリン事件と地下鉄サリン事件を併せて「サリン事件」という。)。サリン事件を含め,オウム真理教の構成員らが行った犯罪行為は, 別表「刑事事件一覧表」に記載のとおりである。(乙B2の1,2の2,3の1)。 エ宗教法人「オウム真理教」については,平成7年12月19日,宗教法人法に基づく解散命令が確定し,その清算手続中の平成8年3月28日,破産宣告がされた(乙B23の4)。 公安調査庁長官は,平成8年7月11日,公安審査委員会に対し,本団 体について破壊活動防止法(以下「破防法」という。)7条の解散指定処分の請求(以下「解散指定請求」という。)をしたが,同委員会は,平成9年1月31日付けで,同請求を棄却する旨の決定をした(乙C10)。 ⑵ 観察処分及びその更新の経緯ア公安調査庁長官は,平成11年12月27日,公安審査委員会(処分行 政庁)に対し,本団体を被請求団体として,団体規制法5条1項に基づく観察処分の請求をした。この請求に対し,公安審査委員会は,平成12年1月28日付けで,本団体を,3年間,公安調査庁長官の観察に付するとともに,本団体が同長官に報告すべき事項(以下「報告事項」という。)を定める旨の決定(以下「本件観察処分」という。)をした(乙A9,1 0)。 イ公安審査委員会は,平成15年1月23日付けで,本件観察処分の期間を3年間更新するとともに,報告事項を定める旨の決定をした(乙A12。 以下,この決定を「第1回更新決定」という。)。 その後,公安審査委員会は,平成18年1 5年1月23日付けで,本件観察処分の期間を3年間更新するとともに,報告事項を定める旨の決定をした(乙A12。 以下,この決定を「第1回更新決定」という。)。 その後,公安審査委員会は,平成18年1月23日付け(第2回),平 成21年1月23日付け(第3回),平成24年1月23日付け(第4回)及び平成27年1月23日付け(第5回)で,それぞれ本件観察処分の期間を3年間更新するとともに報告事項を定める旨の決定をした(以下,順次「第2回更新決定」などという。)。 そして,公安審査委員会は,平成30年1月22日付けで,本件観察処 分に係る6回目の更新となる本件更新決定をし,本団体の代理人に決定書の謄本を送達して通知するとともに,同月30日に官報で告示した。 (乙A7)ウ本件観察処分がされた後である平成12年2月4日,オウム真理教の信徒により構成される「宗教団体・アレフ」(以下「アレフ」という。)が 発足し,その代表者にEが就任した旨が公表された。その後,アレフにつ いては,平成14年1月30日にBが代表者に就任し,平成15年2月6日に名称が「宗教団体アーレフ」(以下「アーレフ」という。)に変更された。 しかし,アーレフ内で生じた対立から,Bを中心とする一部構成員は,平成19年3月8日,アーレフから脱退した旨を表明し,同年5月7日, 「ひかりの輪」(原告)を設立した旨を発表して,アーレフと分派して活動するようになった。一方,アーレフは,平成20年5月20日,その名称を「Aleph」に変更した。 さらに,Aleph内で生じた対立の結果,平成27年1月,Alephの幹部構成員であったFを中心とする集団(以下「Fらの集団」とい う。)が,Alephとは一定の距離を置いて活動を始めるに至った(以下,Al h内で生じた対立の結果,平成27年1月,Alephの幹部構成員であったFを中心とする集団(以下「Fらの集団」とい う。)が,Alephとは一定の距離を置いて活動を始めるに至った(以下,AlephとFらの集団を併せて「Aleph等」という。)。 エ本件更新決定においては,本団体にAleph及びFらの集団のほか,原告も含まれることを前提に,別紙2のとおり,本団体の「主たる事務所の所在地」として原告の肩書地が記載されるとともに,本団体の「主幹 者」として原告代表者であるBの氏名及び住所等が記載されており,原告にも本件更新決定の効力が及ぶものとされている。 なお,原告の設立後における更新は第3回更新決定から本件更新決定までであるところ,第3回更新決定に対しては,Alephが取消訴訟を提東京地方裁判所は,平成23 年12月8日,請求の一部(報告事項の決定に関するもの)を認容する旨の判決をした(以下「東京地裁平成23年判決」という。)が,その理由中で,本団体の団体規制法5条4項該当性等の判断に関し,本団体の定義にAlephのみならずひかりの輪(原告)を含めることは許容し得るものとした(乙B1の2)。 また,第5回更新決定に対しては,原告が取消訴訟を提起し(東京地裁 平成27年第331号ほか),東京地方裁判所は,平成29年9月25日,同決定のうち原告に係る部分を取り消す旨の判決をした(甲2。以下「東京地裁平成29年判決」という。)。その控訴審である東京高等裁判所は,平成31年2月28日,国の敗訴部分を取り消し,原告の取消請求を棄却する旨の判決をした(乙C171。以下「東京高裁平成31年判 決」という。)。同判決に対し,原告は,同年3月12日,上告及び上告受理申立てをした(甲C18~20)。 ⑶ 原告の取消請求を棄却する旨の判決をした(乙C171。以下「東京高裁平成31年判 決」という。)。同判決に対し,原告は,同年3月12日,上告及び上告受理申立てをした(甲C18~20)。 ⑶ 原告は,平成30年2月23日,本件更新決定のうち原告に係る部分(本件処分)の取消しを求めて,本件訴えを提起した(顕著な事実)。 3 争点及びこれに関する当事者の主張 本件の争点は,⑴原告が本団体に含まれるか(争点⑴),⑵原告を含む本団体が団体規制法5条1項各号のいずれかに該当するか(争点⑵),⑶原告を含む本団体について引き続き活動状況を継続して明らかにする必要が認められるか(争点⑶)であり,これらに関する当事者の主張の要旨は,別紙4記載のとおりである(同別紙中に定義した略語は,本文においても用いる。)。 第3 当裁判所の判断当裁判所は,原告は本団体に含まれ,また,原告を含む本団体は本件更新決定時において団体規制法5条4項所定の本件観察処分の更新の要件(同条1項各号のいずれかに該当し,かつ,引き続き活動状況を継続して明らかにする必要が認められること)を満たすから,本件処分は適法であり,原告の請求は棄 却すべきものと判断する。その理由の詳細は,次のとおりである。 1 認定事実前提事実に加え証拠(甲2,乙B1の4,2の1及び2,C171のほか,各掲記のもの)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。 ⑴ オウム真理教の教義及び修行体系等 アオウム真理教の組織上の特色オウム真理教は,構成員に対し,修行の進度,精神の発達度に応じて心の成熟・霊性の高さの度合いを示すとする「ステージ」という独特の位階(最終解脱者たるAの位階である「尊師」(グル)を頂点とし,その下に,「正 理教は,構成員に対し,修行の進度,精神の発達度に応じて心の成熟・霊性の高さの度合いを示すとする「ステージ」という独特の位階(最終解脱者たるAの位階である「尊師」(グル)を頂点とし,その下に,「正大師」〔大乗のヨーガを成就したと認定された者〕,「正悟師」〔マ ハームドラーを成就したと認定された者〕,「師」〔クンダリニー・ヨーガを成就したと認定された者〕などの位階が順次置かれている。)を与え,この位階制度により,Aを頂点として位階の高い者が位階の低い者を支配・管理する上命下服の組織構造を有していた。オウム真理教は,このような組織構造の下,出家した構成員を教団管理下の施設に集団居住させる という出家制度を採用することにより,構成員を支配・管理し,一般社会から隔絶された孤立的・閉鎖的なコミュニティーを形成していった。 なお,地下鉄サリン事件当時,尊師に次ぐ正大師の位階にあった者は,B,Aの妻であるG,Aの三女であるH,I及びJの5名のみであった。 イオウム真理教の教義 オウム真理教の教義は,原始密教,チベット密教,小乗仏教,大乗仏教,秘密金剛乗等の教義を混交したAの説く教えを取りまとめたものであり,その要旨は,「主神をシヴァ大神(ヒンズー教の三主神の一つで,破壊と創造の神とされる。)として崇拝し,創始者であるAの説く教えを根本とし,全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して,絶対自由・絶対幸福・絶 対歓喜の世界(マハー・ニルヴァーナ)に導くこと(以下「衆生救済」という。)を最終目的として,シヴァ大神の化身であるAに対する絶対的な浄信と帰依を培った上,自己の解脱(成就)・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに,衆生救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ),及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛 的な浄信と帰依を培った上,自己の解脱(成就)・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに,衆生救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ),及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タン トラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」というものである(乙B2 の1,2の2)。 Aは,その中でもタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し,これに関する具体的規範とされる「五仏の法則」(悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとする「アクショーブヤの法則」,真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり,結果のためには手段を選ばないとする「アモー ガシッディの法則」などを内容とする。)の重要性を強調し,説法の中で,タントラ・ヴァジラヤーナを実践すれば必ず最終解脱できる旨を説いた。 具体的には,「グルがやれといったこと全てをやることができる状態,例えば,それは殺人を含めてだ,これも功徳に変わるんだよ。」,「例えば,グルがそれを殺せと言うときは,例えば,相手はもう死ぬ時期に来ている。 そして,弟子に殺させることによって,その相手をポアさせる。一番いい時期に殺させるわけだね。」(昭和62年1月4日の説法。乙C2・別添調査書4頁),「わたしたちは,(中略)すべての魂を救済したいと考える。(中略)しかし,時がない場合,それをセレクトし,そして必要のない魂を殺してしまうこともやむなしと考える智慧ある者,あるいは徳のあ る魂がいたとしてもそれはおかしくはない。」(平成5年4月18日の説法。乙C3・別添「尊師ファイナルスピーチⅢ」112頁)などと説き,教祖であり最終解脱者であるAの指示があれば殺人を行うことも正当化され,死者の魂は「ポア」(「ポワ」)されて高次の精神世界に転生するなどとしていた。 そして ーチⅢ」112頁)などと説き,教祖であり最終解脱者であるAの指示があれば殺人を行うことも正当化され,死者の魂は「ポア」(「ポワ」)されて高次の精神世界に転生するなどとしていた。 そして,Aは,タントラ・ヴァジラヤーナに関する修行方法として,Aが弟子の一人一人の煩悩の特質を見抜いて特別な課題・試練を与え,それを弟子に取り組ませることによって,自己の意思を捨てさせ,絶対的な存在であるAが課した試練を乗り越えさせる「マハームドラーの修行」が重要であることを強調した(乙B2の1)。 このように,オウム真理教においては,教祖であるAを「尊師」又は 「グル」と尊称して同人に絶対的に帰依するものとし,かつ,最終目的である衆生救済を実現するためにタントラ・ヴァジラヤーナの実践が不可欠であるとした上で,その具体的規範として,結果のためには手段を選ばず,Aの意思に沿うものであれば殺人を行うことも肯定されるとする「五仏の法則」を説き,殺人の実行もマハームドラーの修行として正当化されると いう,反社会的な危険な教義を有していた。 ウオウム真理教の修行体系等オウム真理教の修行体系は,Aへの絶対的な帰依を徹底し,Aの説く教義を実践するために,Aにおいて確立したものであり,「教学」,「功徳」,「瞑想」及び「イニシエーション」を「四つの柱」と位置付 けている。ここにいう功徳とは喜びのエネルギーのことで,布施・奉仕によって蓄えることができるとされている。また,イニシエーションとは秘儀の伝授のことで,グルからその修行を行う許可を得たという意味合いを持ち,本来は少数の高弟にのみ伝授される最奥義に当たるものとされ,数生数十生かかる修行を一気に進める働きがあるとされている。 イニシエーションとしては,マントラ(真言。こ 得たという意味合いを持ち,本来は少数の高弟にのみ伝授される最奥義に当たるものとされ,数生数十生かかる修行を一気に進める働きがあるとされている。 イニシエーションとしては,マントラ(真言。ここでは,Aが「神々の秘密の言葉」等と位置付けた様々な言葉のこと。)を18個のスピーカーから流して被伝授者に聞かせるという「音のイニシエーション」,Aが被伝授者の眉間に直接親指を当てるなど,解脱者が被伝授者の体に直接触れ,高次元のエネルギーを移入するという「シャクティーパット」 等がある。 オウム真理教においては,これらのほかにも,修行体系として,「四預流支」(四つの真理の流れに入る段階。1番目は三宝に対する帰依,2番目は記憶修習〔しゅうじゅう〕,3番目は記憶修習したものを元に自分自身の身の行い,口の行い,心の働きについて分析する,4番目は 思索したものを実践する),「八正道」(出家修行における聖なる8段 階の道),「六波羅蜜」(在家修行における六つの極限),「四念処」(四つの記憶復習の現象化),「四無量心」(真理の実践者がしなければならないとされる四つの偉大な心であり,愛,哀れみ,賞賛,無頓着)などの考え方を指導していた。 オウム真理教における修行体系は,一般社会から隔 絶された孤立的・閉鎖的なコミュニティーを形成し,出家により一般社会から隔離して構成員の後戻りを困難なものとしつつ,苛酷な環境の下,日々,Aへの絶対的な帰依(自己を捨て,Aと同じ見方,考え方をすること)を求め,上記イの反社会的な危険性を有する教義をいわば不可逆的に深く受容させて,構成員の犯罪に対する反対動機の形成を無力化し, 組織的な犯罪行為を可能とするものであった。 すなわち,オウム真理教においては,「功徳」を目的とした出家制度 いわば不可逆的に深く受容させて,構成員の犯罪に対する反対動機の形成を無力化し, 組織的な犯罪行為を可能とするものであった。 すなわち,オウム真理教においては,「功徳」を目的とした出家制度(集団居住体制)が採用されており,在家信徒が出家信徒となるに際し,「極限の布施」と称して,不動産,現金,預貯金を始めとしてテレホンカードに至るまで自己所有財産の全てを布施することが求められ,自己 の一般社会における経済的基盤の全てを喪失させられた上で出家をし,日々与えられる「ワーク」と称する無償活動に従事しつつ修行をし,「業財」と称する毎月8000円のみの生活費が支給された。そして,出家信徒は,外部からの情報が遮断され,慢性的な栄養不足や睡眠不足の中,「特別教学システム教本」(Aの説法を登載した教学用教本)や テープ等による修行(マントラを繰り返し聴き,唱えさせることなど)のほか,立位礼拝,呼吸法や座法,瞑想等といった過酷な修行を行う中で,次第にその精神過程や行動が操作され,いわゆるマインド・コントロール下の状態に置かれるようになった。(乙B3の13,C4~6)エオウム真理教は,その最終目的である衆生救済を実現するためには,世 界をオウム真理教の教義に基づいた社会であるシャンバラ(理想郷)と化 す必要があるとし,その第1段階として日本のシャンバラ化を実現するという計画を打ち出し,布施集めや勢力拡大を図り,平成元年頃には,政治の力を使って衆生救済を実現し,Aを独裁者とする祭政一致の専制国家を樹立するという政治上の主義を有するに至った。 他方で,Aは,全国各地でオウム真理教の進出に反対する住民運動が起 こるようになると,このこと等を要因として社会に対する反発を強めるようになり,遂には,武力によって現行国家 を有するに至った。 他方で,Aは,全国各地でオウム真理教の進出に反対する住民運動が起 こるようになると,このこと等を要因として社会に対する反発を強めるようになり,遂には,武力によって現行国家体制を破壊し,オウム真理教の活動に反対する勢力を抹殺するしかないとの認識を有するに至り,そのための手段として,ボツリヌス菌や炭疽菌などの生物兵器の開発(平成2年3月頃),サリンの生成(平成6年2月中旬),サリン量産用プラントの 建設(同年12月頃)等の武装化を進めた。 そして,オウム真理教の構成員らは,別表「刑事事件一覧表」のとおり,無差別大量殺人行為であるサリン事件(前提事実⑴ウ)を含む各種の凶悪犯罪行為を組織的に行った。 ⑵ 本件観察処分から本件更新決定までの概況 ア本件観察処分までの概況(平成11年頃まで)宗教法人オウム真理教に対しては,平成7年12月19日,宗教法人法に基づく解散命令が確定し,その清算手続中の平成8年3月28日,破産宣告がされた。また,公安調査庁長官は,同年7月11日,公安審査委員会に対し,本団体について破防法7条に基づく解散指定請求をし た。(前提事実⑴エ)これに対し,本団体は,破防法7条に基づく解散指定処分による団体の存亡に危機感を持ち,正悟師以上のステージの者による合議制の意思決定機関である「長老部」を設けるなどの組織改編をする一方,正悟師ら幹部構成員は,Aへの帰依を深めるよう説法するなどし,平成9年 1月31日付けで解散指定請求が棄却されると,パソコンショップ等に よる事業収益を拡大させ,支部・道場を再建・新設するほか,脱会した構成員の復帰や新規の構成員の獲得等に向けた活動を推進していった。 このこともあり,本団体は,平成8年11月時点で約1000名(出 よる事業収益を拡大させ,支部・道場を再建・新設するほか,脱会した構成員の復帰や新規の構成員の獲得等に向けた活動を推進していった。 このこともあり,本団体は,平成8年11月時点で約1000名(出家信徒約500名,在家信徒約500名)まで減少していた構成員数が,平成11年12月の団体規制法制定当時には,約1500名(出家信徒 約500名,在家信徒約1000名)に増加していた。これらの構成員のうち,出家信徒はほぼ全員,在家信徒は半数以上が,サリン事件以前からオウム真理教の信徒であった者である。 本団体は,従前から刊行していた「特別教学システム教本」のほか,破防法7条に基づく解散指定処分がされた場合に備え,団体の結束を維 持し,Aの説く教えを集大成することを意図して,平成7年11月頃から平成8年1月頃にかけて,Aの説法集等を取りまとめた「尊師ファイナルスピーチ」と題する書籍全4巻を刊行し,平成9年4月以降,構成員に閲読を義務付けていた。 イ上記アの間のA及びBの言動 Aの言動Aは,平成7年11月頃,自己の刑事事件の弁護人を介して,破防法7条に基づく解散指定処分を受けた場合の新団体の名称として,「アレフ」(ユダヤ文字でアルファを意味する。)とすることを指示した。 また,Aは,解散指定請求の手続(平成8年5月の弁明期日)におい て,自らはオウム真理教の代表を退き,またその教義や修行体系に関してもタントラ・ヴァジラヤーナを封印する旨を述べる(乙C35,36)一方,接見した弁護士を通じて,Bら幹部構成員に対し,①「ヴァジラヤーナ教学システムは,わたしの数百ある説法から作っている。 元々,五百いくつの説法がある。今は,日本人の常識から見て危険なも のは,すべて外した方がいい。公安調査官のようなシビアな目 ヴァジラヤーナ教学システムは,わたしの数百ある説法から作っている。 元々,五百いくつの説法がある。今は,日本人の常識から見て危険なも のは,すべて外した方がいい。公安調査官のようなシビアな目で厳重に 見た方がいい。本質的な部分であっても外していい。根本の道から枝が出ているので,何本かの枝が切り落とされても,全く問題ない。」(平成8年2月8日。乙C37「kami003」3頁),②「わたしの指示で動くか動かないかが決まるということだろうが,そのためにわたしは2歳と3歳の子供を教祖にした。教祖が2歳と3歳の子供だから純粋な信仰 団体でしかないということになる。」(平成8年7月12日。乙C37「kami003」12頁),③「破防法に対しては,二つのグループに分かれ,第1のグループは6人が一組になって,(中略)この6人が一つのファミリーとなり,教団の拡大活動は一切しない。(中略)第2のグループは,法的に徹底的に破防法と戦い抜く。ただし,第1のグループは 第2のグループの敗北が予想されるので,敗北した場合に吸収ができるように準備しておく。」(平成8年1月9日。乙C37「JINRIKI」2頁),④「ノストラダムスに99年真理の弟子達が集まるとありますから,破防法の適用はこの年までなのではないでしょうか。したがって,3年しのげるような体制作りをしっかり行うべきです。教団をアレフと オウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては,正大師や妻達と十分に話し合ってください。」(平成8年6月14日。乙C37「KAMI37」1頁),⑤「小さな寺を作るよう言っていたのに,どうして作らなかったのか。」(同年7月4日。乙C37「KAMI39」2頁)などのメッセージ(以下「Aの獄中メッセージ」という。)を発信した。 頁),⑤「小さな寺を作るよう言っていたのに,どうして作らなかったのか。」(同年7月4日。乙C37「KAMI39」2頁)などのメッセージ(以下「Aの獄中メッセージ」という。)を発信した。 Bの言動Bは,早稲田大学大学院在学中である昭和61年に,オウム真理教の前身である「オウム神仙の会」に入信し,昭和62年に出家し,同年中に大師に認定されて「マイトレーヤ」というホーリーネームを受け,平成元年に正悟師,平成4年に正大師に認定された(なお,「マイトレー ヤ」は弥勒菩薩の別名であるが,Aが自らを「マイトレーヤの化身」と 位置付けており,「マイトレーヤ」というホーリーネームを弟子に与えることには,特別の意味があった。)。また,Bは,宗教法人「オウム真理教」の設立当時からの責任役員でもあった。(前提事実⑴ア,乙B3の84,C11)Bは,平成5年9月から平成7年3月までオウム真理教のロシア支部 長を務めており,サリン事件には関与しなかったが,同事件後の平成7年5月に「オウム真理教緊急対策本部」の本部長に就任し,同年10月7日,本団体の土地売買をめぐる国土利用計画法違反に係る偽証の被疑事実により逮捕され,平成9年3月24日,東京地方裁判所から偽証及び有印私文書偽造・同行使の罪で懲役3年の有罪判決を受け,平成11 年12月29日まで服役した(乙C11)。 Bが上記事件に係る勾留中又は服役中に作成したノートには,「A尊師を尊重しつつ,しかし,(中略)絶対化,唯一化しないで,真理の総合的探究を目指すことも時と共に必要になってくるだろう。」,「グル=予言絶対主義から脱却予言を待つより,自分達で布教すべきである。 オウムは進化すべきではないか。」「ボサツ集団を思念せよ。2000オウムはアレフか と共に必要になってくるだろう。」,「グル=予言絶対主義から脱却予言を待つより,自分達で布教すべきである。 オウムは進化すべきではないか。」「ボサツ集団を思念せよ。2000オウムはアレフからボサツへ進化。」「解散指定が入るか否か,(中略)調査して,ええかげんな理由で解散請求をする可能性がある。破防法を改正しても,一時不再審にひっかかるから,別の法律を作ったようだ。とするならば,第一に,Vヤーナ(注:タントラ・ヴァジラヤーナ のこと)的教義に関する全情報をシャットアウトすべし(中略)組織を守るためには,Vヤーナ関係の書籍は廃すしかない。」,「尊師を支持すべき理由 ①自分の判断に及ばぬ ②帰依し,常に向上している ③尊師は,ブッタの化身である ④尊師は復活する可能性がある」「Vヤーナの弟子は『理解できなくても』グルについていく。尊師自身がシャ ンバラの神々の世界からの魂(中略)である。尊師の前生・ラストラル 体験がシヴァ大神,全ての真理勝者と私たちのつながりを証明している。 (中略)救済はグル・神々の意思であり,帰依の実践すること」などと記載されている(乙C40,41)。 ウ本件観察処分から第1回更新決定までの概況(平成12年頃から平成14年頃まで) 公安審査委員会は,平成12年1月28日付けで,本団体に対する本件観察処分をした(前提事実⑵ア)。そして,その翌月である同年2月4日,アレフが発足した旨が公表された(前提事実⑵ウ)。 アレフは,その発足後,組織改革案や新たな活動規定等を作成した。 これらによれば,アレフにおいては,①教祖を置かず,②Aは「開祖」 であり,「観想の対象・霊的存在」であって,信徒に指示する存在ではないと位置付け,③オウム真理教の教義のうち,危険とされる教義につい よれば,アレフにおいては,①教祖を置かず,②Aは「開祖」 であり,「観想の対象・霊的存在」であって,信徒に指示する存在ではないと位置付け,③オウム真理教の教義のうち,危険とされる教義については破棄し,インドヨーガ,原始仏教,大乗仏教の教えに限定した教典を作成することとし,④これらについて信徒に周知徹底させるなど,Aの絶対者性や危険な教義を否定するものとされた。さらに,Bがアレ フの代表者に就任した後の平成14年2月17日に施行された活動規定(乙C45の別紙②)においては,アレフにおける根本的な崇拝対象は,「シヴァ大神を始めとする諸々の真理勝者(如来)」であるとした上,Aを「旧団体代表」と呼称し,「尊師」は「仏教・ヨーガにおける一般名詞」であり,「グル」は「シヴァ大神,真理勝者(如来),覚者(ブ ッダ),経典の正しい解釈者を一般的に意味する言葉」であるとされた。 (乙C42~45)エ上記ウの間のBの言動平成14年1月30日にアレフの代表者に就任したBは,上記活動規定に反し,Aを従前どおり「尊師」や「グル」の尊称で呼称し,以下のとお り,依然としてAが帰依の対象である旨の説法等を行っていた。 Bは,就任直前に行った平成14年1月26日の名古屋道場における説法において,「今日は私が正式に正大師に復帰し,代表就任することになった宗教的な意味合いを話す。今後なすべきことは,グルの救済計画の手伝いである。具体的には,長期的なものと短期的なものがある。 一つ目は,長期的なものである。これは未来際においても皆さんがグル と一緒に転生し,救済活動の手伝いをしつづけるためのものである。二つ目は,短期的なもので,皆さんの徳をできるだけ増大させ,グルの手伝いをするということである。(中略)来世では, も皆さんがグル と一緒に転生し,救済活動の手伝いをしつづけるためのものである。二つ目は,短期的なもので,皆さんの徳をできるだけ増大させ,グルの手伝いをするということである。(中略)来世では,皆さんを再びグルの救済活動に導くのが自分の役割である。A尊師の予言では,私は来世A尊師の弟子としてまた生まれ変わる。(中略)私は,前生今生来生の流 れで,ずっと,A尊師,その他の高弟と転生している。今生まれ変わっている者の中では,私とA尊師の縁がもっとも濃い。(中略)そして,逮捕されることを予期したためだと思うが,今後の教団を誰が主導するかもA尊師は話していた。それに基づいて,今教団は動いている。」などと述べた(乙C52の別紙2)。 また,Bは,聴講者からの「帰依の対象となるのはグルだけであると聞いたことがあるが,それとサンガに対する帰依とは矛盾しないのか。」との質問に対し,「グルの説いた法,あるいはグルの現す真理の法則に帰依するから,結局『グルの言葉に帰依する。』イコール『グルに帰依する。』ことになる。また,向煩悩滅尽多学男女に帰依すること は,グルの説き示した道,つまり真理に帰依し,グルの言葉に帰依し,それを実践している人々に対しての帰依で,結果的にはグルの前生,グルの前々生,あるいは遥か昔のグルの生に対して帰依をする,つまりグルに帰依することと何ら変わらない。(中略)言い換えれば,未来グルになる人に対する帰依であるからグルに対する帰依に集約されると言え る。」と回答し,また,他の聴講者から礼拝の対象を問われた際にも, 「礼拝の対象及び観想の対象は,A尊師でいいと思いますね。」と説明した。(乙C9,乙C52の別紙2)Bは,平成14年1月27日の大阪道場における説法においても,上記と同様の , 「礼拝の対象及び観想の対象は,A尊師でいいと思いますね。」と説明した。(乙C9,乙C52の別紙2)Bは,平成14年1月27日の大阪道場における説法においても,上記と同様の説明をしたほか,「尊師の予言解釈と守護によって,私は99年末に教団に戻ってくることになった。それはグルとシヴァ大神 の守護によって,21世紀に教団をリードするために用意されていると考えている。」などと述べた(乙C52の別紙3)。 平成14年11月頃にアレフの勉強会で放映された説法ビデオにおいて,Bは,「Aという言葉の意味は,Aというのは阿修羅を表してAというのは釈迦を表す。(中略)90年代の破壊活動というのは,フリ ーメーソンに刺激を与えるためにやったのだ。アレフはノアの箱船なんだ。シヴァ大神,グル,正大師に帰依しなさい。(中略)シヴァ大神というのは,王である。シヴァ大神の化身はマハーカーラであり,グルを指す。」などと述べた(乙B3の81)。なお,マハーカーラとは大黒天(本来は,三宝を守護し戦闘をつかさどった神とされる。)の別名で ある(乙B3の1)。 また,Bは,平成14年11月頃,アレフの構成員に対して神奈川県逗子市にある「日本ヴェーダーンタ協会」を訪問し資料を集めるよう指示したが,その際,同協会はKの弟子であるL(インドの修行者)が創始したものであると説明した上で,「Lは師の死後,師から教えを受け ていたのにもかかわらず,師の名前を一度も出さずに自分の言葉として教義を語り,布教をしていた。月日が経過し,Lが社会に認められた頃になって初めてLは師匠Kの名前を世間に発表し,自分の師であることを伝えた。最初は反発を受けたが,それもすぐに終息した。私もこれを目指していきたい。教団からグルを外し,教団が社会に受け入れ られた頃になって初めてLは師匠Kの名前を世間に発表し,自分の師であることを伝えた。最初は反発を受けたが,それもすぐに終息した。私もこれを目指していきたい。教団からグルを外し,教団が社会に受け入れられな ければならない。教団が社会から認められたころにまたグルを前面に押 し出していけば良いじゃないか。私はそう考えている。」と語った(乙B23の46~47)。なお,Bは,平成15年1月26日の説法において,自らの過去世がLである旨を述べ,同年2月6日に上映された説法ビデオにおいても,Kの一派とアレフとの類似性について言及している(乙B23の49,23の51)。 アレフの機関誌である「進化」27号(平成14年12月発行)には,Bによるとされる記事が掲載され,その内容は,「諏訪の信仰は三層構造になっていて,その一つ目がミシャグチ(ミシャグジ)神である。 (中略)諏訪の御柱の伝統は,世界に広がる聖なる柱の伝説・儀式と共通性があるということであるが,(中略)シヴァ神のお膝元である,ヒ ンドゥー・密教信仰の盛んなネパールやインドにも,非常に似た柱の祭りがあることが紹介されていたのだ。(中略)それだけではない。四つの柱は四大菩薩を表し,その中央の空間が大日如来=ヴァイローチャナを表す胎蔵界マンダラとする解釈もあるそうだ。四大菩薩であるから,当然,弥勒菩薩や観音菩薩(シヴァ大神の化身)を含むことになる。 (中略)こうして,ここ諏訪大社は,シヴァ大神の系統のサインに満ちていた。(中略)日本人なら誰でも耳にする日本の中心的な神社に,シヴァ大神の系統が存在している可能性が高い。(中略)すなわち,日本とは,「シヴァ大神信仰が隠されている国ではないか」ということだ。 よく考えると,日本ではお地蔵様より人気のある福徳の神の「大 社に,シヴァ大神の系統が存在している可能性が高い。(中略)すなわち,日本とは,「シヴァ大神信仰が隠されている国ではないか」ということだ。 よく考えると,日本ではお地蔵様より人気のある福徳の神の「大黒天」 も,その意味合いが本場インドとだいぶ違うものになっているとしても,ともかく,マハーカーラ・シヴァ大神の化身であることは間違いない。 (中略)こうしてみると,日本の諏訪地方のミシャグチ信仰は,インド・ヒンドゥーのシヴァリンガ・シヴァ大神信仰と見事に一致していることがわかるだろう。(中略)この地,諏訪の縄文時代には,十和田の 縄文時代と同様に,シヴァ大神,クンダリニー・ヨーガの信仰が存在し ていたのだ。」というものであった。 オ第1回更新決定から第2回更新決定までの概況(平成15年頃から平成17年頃まで)公安審査委員会は,平成15年1月23日付けで,本団体に対する第1回更新決定をした(前提事実⑵イ)。本団体に含まれるものとして 同決定を受けたアレフはその取消訴訟を提起し,東京地方裁判所は,平成16年10月29日,アレフの請求を棄却する旨の判決をし,同判決は確定した。 アレフは,平成15年2月6日,ヘブライ語の「Aleph」の本来の正確な発音は「アーレフ」であることを理由として,その名称を「宗 教団体アーレフ」に変更した(前提事実⑵ウ)。 東京地方裁判所は,平成16年2月27日,Aに対する殺人等被告事件(サリン事件を含む。)について,死刑に処する旨の判決をした(乙B4の2)。 Aの妻であり正大師の位階にあるGは,平成14年10月に刑務所 を出所すると,従来の活動形態を維持し,Aを前面に出して活動することがAに対する真の帰依であるとしてBの活動方針に反対する姿勢を示し,Aの三女Hと共に 階にあるGは,平成14年10月に刑務所 を出所すると,従来の活動形態を維持し,Aを前面に出して活動することがAに対する真の帰依であるとしてBの活動方針に反対する姿勢を示し,Aの三女Hと共に,アーレフの組織運営に介入するようになった。 そして,Bによる組織運営も新規構成員の獲得や財務運営面で功を奏しなかったことから,Bの活動方針に反対する者が増加していった。 このように,A家の組織運営への関与が強まる中で,アーレフには,①Bの活動方針に賛同する者を中心とした一派(○派。以下「B派」という。),②Bの活動方針に反発し,Aへの絶対的帰依を明示的に強調する指導を復活させようとする一派(反代表派,△派。以下「反B派」という。),③B派として活動するまでには至らないものの, これに理解を示す「中間派」と呼ばれる構成員が存在するようになった。 カ上記オの間のBの言動Bは,ブログ「真理の地球」において,平成17年2月20日,「熱い心を取り戻せ」との題名で,「ヴァジラヤーナについての尊師の警告が現実になるだろう。私は,次のような警告を受けたことがあるのである。それは,『ヴァジラヤーナは失敗すると真理が根絶やしにな る』という警告であった。(中略)社会が批判するのは,繰り返してはならないのは,武力闘争という形に過ぎない。(中略)ヴァジラヤーナを含めた真理の法則について,その間違ったイメージではなく,自己を犠牲にして他を救うという,聖なる意味を,次世代に伝えなければならない。それは,言葉だけでなく,自己犠牲を伴う具体的な行為において 示されなければならない。それが,尊師が私たちに伝授した,大乗仏陀イニシエーションであり,大乗の逆の道の説法の意味なのではないか,と思うのである。」という記事を掲載し(乙 体的な行為において 示されなければならない。それが,尊師が私たちに伝授した,大乗仏陀イニシエーションであり,大乗の逆の道の説法の意味なのではないか,と思うのである。」という記事を掲載し(乙B6の41),また,同ブログにおいて,同月22日,「グルを前面に出したらこれ以上の衆生の済度は難しいという現実が否定できない中で,(中略)私個人の問題を 指摘するなどして,衆生済度と教団の維持・発展のために,教団を変革しようとした,という側面を無視するならば(中断)大きなつけが回ってくるわけで,今現在の教団の状況が,それを明白に現わし始めていると思います。まず,私の根本的な考え方を確認しておきたいのですが,それは,『今のグルの意思』を重視するということです。今のグルの意 思とは,当然,今の衆生の現実に合わせて,もっとも多くの衆生を済度できるように,教団を運営すべきだ,ということに他なりません。」という記事を掲載した(乙C54)。 Bは,アーレフの内部向けインターネット掲示板において,平成17年5月26日,日本にある修行に適した場所として戸隠を挙げ,これ は現在は神社であるが,かつては弥勒菩薩を祀る仏教寺院であったこと などを説明した上で,「尊師は,私との個人的な会話の中で,観音菩薩(アヴァロキテクシュヴァラ)をシヴァ大神の化身として特別視していたこと,尊師ご自身がダイライラマ5世(ダライラマは観音菩薩の化身とされる)の過去世を持つことをおっしゃっていました。(中略)上記のような認識に基づいて,現場では,グルとシヴァ大神を思念しながら 礼拝していました。(中略)95年に事件が発生し,オウム真理教が救済団体としては,将来がなくなった時点で,尊師は,オウム真理教に加えて,尊師とシヴァ大神ではなく,形を変えて 大神を思念しながら 礼拝していました。(中略)95年に事件が発生し,オウム真理教が救済団体としては,将来がなくなった時点で,尊師は,オウム真理教に加えて,尊師とシヴァ大神ではなく,形を変えて大黒天等を崇拝する第2の団体を弟子をリーダーにして作ることについて,逮捕前から私に話され,その点については,逮捕後も,私とその点でやりとりがなされてい ました。(中略)私のアーレフ代表としての今後のスタンスは,既存の尊師信仰のパートは堅持し,一方で,グルがお考えになったように,別のパート,別のフォームを作るべきである,というものです。(中略)大黒天・マハーカーラ,観音菩薩といった宗教的な概念,すなわち,尊師と縁があるが,A尊師という名前と姿自体ではない崇拝対象を検討す ることは,グルの意思に反しないと考えています。(中略)尊師の獄中からのメッセージとして,教団をアーレフとアーの二つに分ける可能性についてのものがあります。」との記事を投稿した(乙B3の82)。 Bは,ブログ「真実を見る」において,平成17年6月22日,「私たちが今なすべきことは,今の時点でなすべき,グルへの帰依とは 何かを考え,それを実践することである。(中略)教団がつぶれても良いという考え方は,グルの意思に明確に反している。グルは,96年の破防法の時に,教団を潰さないように,教祖・代表を降りることを含め,大変な努力をされた。(中略)尊師は,観想は帰依の始まりに過ぎず,グルの意思を実際に実践することが帰依であるとおっしゃった。(中 略)今の状況に合わせて,グルの意思について考え(思索),実践する ことがなければ,本当の帰依ではないし,結果は出ない。(中略)今のグルの意思として,教団が取るべき方針について考えなければならない。」という記 グルの意思について考え(思索),実践する ことがなければ,本当の帰依ではないし,結果は出ない。(中略)今のグルの意思として,教団が取るべき方針について考えなければならない。」という記事を掲載した(乙B23の34)。 Bは,ブログ「真実を見る」において,平成17年6月24日,「尊師の指示,説法は,対機的なものであることを示すように,時々に よって,よく変わり,多様であった。(中略)よって,グルへの帰依とは,グルの心である四無量心を一番大切なものとし,例えば,社会への対応の仕方などの具体的な部分については,その時々の現実に応じて何が四無量心の実践になるかとの視点から,グルの多様な教えの中から,適切な教えを選択して,実践することである,と私は考えている。それ がグルだと思うし,グルの教えだと思う。」という記事を掲載した(乙B23の35)。 Bは,ブログ「真実を見る」において,平成17年6月28日,「多様なグルの教え・指示を知ってほしい」との表題の下,「事件発生後の状況に応じて,新たな事業,宗教組織を立ち上げることを肯定,指 示されたメッセージ」との見出しの中で,Aの獄中メッセージ(「小さな寺を作るよう言っていたのに,どうして作らなかったのか。」「教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては,正大師や妻達と十分に話し合ってください。」)を引用した上で,「逮捕される前からの指示として,①(事件の結果,破綻するだろう)オウム 真理教とは別の宗教団体を作る。②例えば,シヴァ大神を大黒天と呼び変えるような,衣替えした団体にする。(中略)というのがあった。なお,この件は主に私(マイトレーヤ)が任されていた。」と記載し,さらに,「ヴァジラヤーナの教義を排除することを認められた,指示された 変えるような,衣替えした団体にする。(中略)というのがあった。なお,この件は主に私(マイトレーヤ)が任されていた。」と記載し,さらに,「ヴァジラヤーナの教義を排除することを認められた,指示されたメッセージ」との見出しの中で,「本質的な部分であっても外してい い。根本の道から枝が出ているので,何本かの枝が切り落とされても, 全く問題ない。」というAの獄中メッセージを引用した(乙B3の69)。 キ第2回更新決定から原告設立に至るまでの概況(平成18年頃から平成19年前半頃まで)第2回更新決定及びAに対する刑事事件等 公安審査委員会は,平成18年1月23日付けで,第2回更新決定をした(前提事実⑵イ。なお,アーレフは第2回更新決定に対しては取消訴訟を提起しなかった。)。 また,Aに対する殺人等被告事件について,平成18年3月27日,東京高等裁判所において,同裁判所が定めた期間内に控訴趣意書が提出 されなかったことを理由として,控訴棄却決定がされ(乙C61),同年5月29日,これに係る異議申立棄却決定がされた。 原告設立に至る経緯aBの言動等⒜ Bは,アーレフにおけるB派と反B派との対立 状況のほか,本件観察処分に係る第2回更新決定がされたこと及びAに対する死刑判決後の状況等を踏まえ,教団の存続のためには,アーレフとは別の新団体の設立が必要であると本格的に考えるようになり,構成員に対しても新団体の設立について明示的に説くようになった。例えば,平成18年4月15日の説法で, Bは,「もう一つの考え方は,この教団の中で二つのグループを作るということに拘らずに,この社会の中において二つのグループがあればいいじゃないかということです。すなわち,これは役割分担をし,組織分割を行い 「もう一つの考え方は,この教団の中で二つのグループを作るということに拘らずに,この社会の中において二つのグループがあればいいじゃないかということです。すなわち,これは役割分担をし,組織分割を行い,ある人たちは,特定の限られた人たちの信仰のためにそれを維持し,もう一つのグループは要するに幅広く救 済のためにダイナミックにフォームを変えて行うんだと。こういう 役割分担をすればいいのではないかという考え方です。(中略)今の状態はある意味で,こっちとこっち,これが,一つの組織にいるが故に互いが互いを妨害しあってるような部分,これがあるのではないかと。幅広い救済をしたいという者は,△う考え方,それに基づく観察処分に妨害されてそれができないし, (中略)△いるんですね。(中略)だからそういった意味でお互いが綱引きをしながら,中途半端なものが出来て,一つの教団の中に二つの中途半端なものがあるよりは,社会の中で二つのものが存在して,互いが互いの役割を果たす。互いが互いのカルマを果たすという方が良 ています。(中略)で,この考え方というのは,実は教団には古くからあるもので,(中略)要するに何かを存続させるためにどうしたら良いか,その場合,単一のシステムではなくて,多様なシステムを用意という考え方です。」と述べ,さらに,サリン事件当時に オウム真理教のロシア支部が存在していたおかげで同支部長であったBを含め重罪に問われなかったことを「多様なシステム」の例に挙げるとともに,反B派の期待に反してAの死刑が執行された場合に,教団内で後追い自殺等が生じ,治安当局から潰されるという事態が生じることへの危惧を示した上で,「同じ教団組織の中で,二 つのグループがあっても,二つのグループが一斉に共倒れにされてしまう。( 教団内で後追い自殺等が生じ,治安当局から潰されるという事態が生じることへの危惧を示した上で,「同じ教団組織の中で,二 つのグループがあっても,二つのグループが一斉に共倒れにされてしまう。(中略)死刑執行になって,何か大きなことが起こってから二つに分けて,こっちを認めて下さいとやっても到底間に合いませんから。十分前に分けて,そして,二つの別のものが存在する形にしないと,それは全滅の可能性があるだろうなと。」などと述べ た(乙C63)。 ⒝ Bは,平成18年8月12日から開催された夏季集中セミナーにおいて,「マハーカーラのマントラ」及び「マハーカーラの瞑想」と題する教本等をB派の構成員に配布した上,マハーカーラのマントラを唱えるように指導した(乙B3の83)。 ⒞ Bは,平成18年5月14日の説法において,「観音菩薩って衆 生を全て救済するために千の手段を持っているんです。うん,だから,A尊師の手段もあるし,他の手段もある。33の化身を持っていると思います。A尊師の姿もあるし,他の姿もある。私はそれが観音菩薩の慈悲の化身の特徴だと思いますし,あの,ダライラマ法王も観音菩薩って言うんですよね。(中略)尊師と巡り会って尊師 の弟子であった20年間は捨てられません。それは過去の歴史として捨てられない。(中略)私はマイトレーヤ正大師と呼ばれて,尊師はマイトレーヤの化身となっています。マイトレーヤは,本当にこの教団の二つの側面を表しています。ある意味じゃ,一つ目は古い,それは要するにマイトレーヤ,次期如来としてほとんど神に近 い。そして,尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで,キリスト教でいえばキリスト。仏教でいえば,仏教におけるキリスト,絶対の救世主っていうのはマイトレーヤですか とんど神に近 い。そして,尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで,キリスト教でいえばキリスト。仏教でいえば,仏教におけるキリスト,絶対の救世主っていうのはマイトレーヤですから。 (中略)旧教団と新教団の二つ。両方ともマイトレーヤかもしれない。(中略)ホーリーネームは捨てても,ホーリーネームの精神は 引き継ぎます。それは,過去は捨てられないですから。」などと述べた。 ⒟ また,アーレフの構成員は,平成18年10月,公安調査官に対し,Bについて,「マイトレーヤ正大師はマスコミには尊師と縁を切る,尊師を捨てると言っています。しかし,尊師と正大師は91 カルパ前からの師弟関係です。そんな関係ですので,今,正大師が 尊師を捨てると言ってもそれは救済を進めるための方便で,正大師の本心ではないことは,尊師自身もよくわかっているはずです。 我々も正大師があえて口にしなくてもそう理解しています。なぜならそれは尊師が正大師に「マイトレーヤ」というホーリーネームをつけたことを考えればわかります。どういうことかと言えば,そも そも「マイトレーヤ」というのは,弥勒菩薩という意味ですが,それは表の意味であって,実は尊師が56億7千万年後に真理勝者として降誕した時に自分につけるべきホーリーネームなのです。そのホーリーネームを今生,Bさんにつけたのです。つまりマイトレーヤという名前には,尊師と同じになれという期待が隠されているの です。これは,教団の人間はよく知っていることです。そのことがわかれば現在の分裂状態なんてどうということはなく,全ては尊師が与えたマハームドラーであることがわかります。こうすることでお互いが切磋琢磨し,教団が発展していくのです。正大師が尊師を捨てるという方便を使い,より多くの人を んてどうということはなく,全ては尊師が与えたマハームドラーであることがわかります。こうすることでお互いが切磋琢磨し,教団が発展していくのです。正大師が尊師を捨てるという方便を使い,より多くの人を真理の道に入れること, そうしていけばいずれは教団は一つになっていくのです。」と述べた(乙B23の60)。 b 原告の設立等以上の経緯を経て,B派と反B派との協議の結果,アーレフからB派が独立することとなり,Bは,平成19年3月8日,自らを中心と する出家信徒62名,在家信徒3名が同月7日付けでアーレフから脱退した旨を表明し,同年5月7日には,原告を設立した旨発表した。 なお,原告の団体名である「ひかりの輪」は,太陽の周りの虹の光の輪に由来しているところ,これに関しては,原告の刊行した書籍や ウェブサイトの記載において,Bが「それ以前の思想から脱却する転 機」となった「重要な気付き」を得た瞑想の直後に野外へ出ると空に「7つもの虹」が出ていたというエピソードが記載されている(乙B23の39~43)。 他方,アーレフは,原告設立後である平成20年5月20日,その名称を「Aleph」に改め(前提事実⑵ウ),以降,大音量でAの 説法の映像を長時間連続視聴させる「特別ビデオ教学セミナー」を実施するなど,Aへの帰依の重要性を構成員に説く活動を行っていた。 ク原告設立から第5回更新決定までの概況(平成19年後半頃以降)この頃のBの言動Bは,平成21年8月13日の説法において,「この考え方というの は,昔オウム真理教でいうヴァジラヤーナの考え方なんじゃないかという考え方が出てくるわけですね。要するに,良い目的のためには他を殺しても良いと。その考え方と今の考え方がどういうところで違うかとい は,昔オウム真理教でいうヴァジラヤーナの考え方なんじゃないかという考え方が出てくるわけですね。要するに,良い目的のためには他を殺しても良いと。その考え方と今の考え方がどういうところで違うかというと,まず第一に,仏教においてはヴァジラヤーナの考え方,それしか方法がない場合,他を殺しても大きな罪にならないという考え方は実際 あるわけですね。実際あるけれども,それはどこか誰か一人の成就者のための法律,法則じゃなくて,そういった警察をやる人,裁判官をやる人,又は個々人が正当防衛を迫られたとき。そういった形で,全ての人にとって,このヴァジラヤーナの考え方はどうしても必要なわけです。 (中略)一方,オウム真理教の問題は何かというと,その,要するに, 自分は特別な権限,自分は成就者であって,ヴァジラヤーナができるという考え方ですね。これが非常に大きな問題になる。(中略)必要悪の殺生を肯定して,必要悪でないものと区別するという実践,これをヴァジラヤーナという教えの枠組みで,常に皆さんもう既にやっているし,やらなければ仏教とならないわけですね。(中略)非常に重大な殺生な のか,必要悪の殺生なのかは,自分と他人において,どのくらい自分の 方を優位にしている,エゴな,エゴというか,わがままというか,その度合いが強いか。自己愛着の強さによって,その殺生が場合によっては許されたり,殺生が大きいものになったり,軽いものになったりするということです。ですから,その無明,自他の区別・差別っていうものが最終的な問題で,これをなくしてしまえれば,あと,全てが解消される という考えが仏教だと。(中略)特に,密教の金剛薩埵を中心とした罪障の浄化力は非常に強力で,どんな悪業も最終的には浄化し尽くすというふうに信じられている。」などと説 ば,あと,全てが解消される という考えが仏教だと。(中略)特に,密教の金剛薩埵を中心とした罪障の浄化力は非常に強力で,どんな悪業も最終的には浄化し尽くすというふうに信じられている。」などと説いた。 また,Bは,平成21年10月23日の説法において,「善と悪というのは完全には区別されていない。悪の中に善があって,善の中に悪が あるんだっていうこと。これをもう少し広げて考えると,どんな悪いことをしている人もそれを純粋に100%悪い動機ではやっていないんですよね。どんな悪いことをする人でも,何か良い動機を持ってやっています。これは余り思い出したくはないことですが,サリン事件において,サリンをまいたその弟子たちも心の中に『これで他人を苦しめてやる ぞ』という悪い動機でやっていたかというと,そういうことは全然ないんですね。何か自分の精神的な成長ね,何か自分なりの間違った世界観かもしれないけど,救済の世界観でやるわけ。(中略)どんな悪いことをする人の中にも,その人なりの善というか,その人なりの真実というか,そういったものがある。そういった見方は非常に重要なんじゃない かと思います。(中略)彼が幸福になるには,又は彼と彼の周りの人が幸福になるわけで,上で,この彼の行為は絶対的な悪ではないんじゃないか,この後に善につながっていく側面があるんじゃないかというような見方というのは,すごく重要ですね。」と説いた。 第3回更新決定 公安審査委員会は,平成21年1月23日付けで,本団体に対する第 3回更新決定をした(前提事実⑵イ)。なお,同決定は,その理由において,被請求団体(本団体)の現況として,Bを中心とする一部の構成員がアーレフから脱退し「ひかりの輪」の名称を用いる集団(原告)を設立したことについて触 前提事実⑵イ)。なお,同決定は,その理由において,被請求団体(本団体)の現況として,Bを中心とする一部の構成員がアーレフから脱退し「ひかりの輪」の名称を用いる集団(原告)を設立したことについて触れた上,原告は,Aに対して帰依し,Aの説くオウム真理教の教義に従う者によって,Aの意思を実現することを目的 として設立されたものであり,本団体の重要な一部を構成していると認められるとした。 第3回更新決定に対しては,Alephが取消訴訟を提起し,東京地方裁判所は,平成23年12月8日,請求の一部(報告事項の決定に関するもの)を認容する旨の判決をした(東京地裁平成23年判決)が, その理由中で,本団体の団体規制法5条4項該当性等の判断に関し,本団体の定義にAlephのみならずひかりの輪(原告)を含めることは。なお,その控訴審である東京高等裁判所は,平成25年1月16日,上記判決中,国の敗訴部分を取り消し,Alephの請求を棄却する旨の判決をした(乙B1の3)。 第4回更新決定公安審査委員会は,平成24年1月23日付けで,本団体に対する第4回更新決定をした(前提事実⑵イ。なお,原告及びAlephは,同決定に対しては取消訴訟を提起しなかった。)。 第4回更新決定は,その理由において,原告は同決定の時点において も依然として本団体の重要な一部を構成していると認められるとした。 第5回更新決定公安審査委員会は,平成27年1月23日付けで,本団体に対する第5回更新決定をした。第5回更新決定に対しては,原告が取消訴訟を提起し,東京地方裁判所は,平成29年9月25日,同決定のうち原告に 係る部分を取り消す旨の判決をした(東京地裁平成29年判決)。その 控訴審である東京高等裁判所は 告が取消訴訟を提起し,東京地方裁判所は,平成29年9月25日,同決定のうち原告に 係る部分を取り消す旨の判決をした(東京地裁平成29年判決)。その 控訴審である東京高等裁判所は,平成31年2月28日,国の敗訴部分を取り消し,原告の取消請求を棄却する旨の判決をした(東京高裁平成31年判決)。同判決に対し,原告は,同年3月12日,上告及び上告受理申立てをした(前提事実⑵エ)。 本件更新決定 公安審査委員会は,平成30年1月22日付けで,本団体に対する6回目の更新となる本件更新決定をした(前提事実⑵イ)。 ⑶ 原告の組織等ア設立時の構成員や基本理念等平成19年5月7日,原告の設立が発表された。設立時における原 告の構成員は,「専従会員」(原告が指定する施設に居住し,原告の指示に従い原告の活動に従事する者)が57名,「非専従会員」(一般の社会生活を営みながら,原告の施設に通うなどして原告のサービスを受ける者)が106名であった。このうち,非専従会員の1名を除く者は,かつてアーレフにおいて活動していた者であった。(乙C65) 原告設立の直前である平成19年3月,アーレフでの位階制度を廃止して役職員制度を採用し,役職をもって組織内の指揮命令関係を位置付ける旨が公表され,同年5月の設立に際し,構成員を指導・管理する役職として「代表役員」,「副代表役員」及び「役員」が新たに設けられた。同役職については,Bが代表役員に就任したほか,12名の構成員 (そのうち9名がAによって「師」以上の位階に認定された者である。)が副代表役員又は役員に就任した。また,アーレフにおいて「師」以上の位階にあった者は,当時病気療養中であった1名を除き,全員が役員に就任した。(乙B3の って「師」以上の位階に認定された者である。)が副代表役員又は役員に就任した。また,アーレフにおいて「師」以上の位階にあった者は,当時病気療養中であった1名を除き,全員が役員に就任した。(乙B3の60~63,C71)また,本件更新決定時の原告の役員6名の構成は,代表役員であるB のほか,Aにより「師」以上の位階に認定された者が3名で,そのほか の2名がアーレフにおいて「師補」の位階にあった者であり,いずれもサリン事件当時からオウム真理教の信徒であった者である。 アーレフを脱退したBらが平成19年3月8日にホームページに掲載した記事には,①Aには何らの位置付けも与えない,②オウム・アーレフにおけるAへの個人崇拝の過ちを深く反省して脱却を決意するため の象徴として,アーレフでのシヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等は廃止し,「釈迦三尊像」(釈迦を中心として,左右に脇侍の二菩薩を配したもの。 ここでは,弥勒菩薩,観音菩薩及び釈迦牟尼の三仏を指す。)を採用する等の記載があった。 「基本理念」及び「会則」の制定 原告は,平成19年5月,「一人の人間である当時の教祖を『神=キリスト』と見て,絶対化し,絶対善として,弟子たる自分は,それに絶対的に服従すべきものと考えた」ことを宗教的な過ちとした上で,特定の人物を盲信せず,全ての人々に神性を認めること等を内容とする基本理念を公表した。 そして,原告は,同月,上記の「基本理念」に基づき,過去のオウム真理教に関する事件の反省に立ち,その教訓を活かしつつ,宗教・思想・哲学・科学及び芸術等を幅広く研究・実践及び公開することによって,人々の心身の浄化,癒し,人間と自然との調和に尽くし,もって宗教による悲劇が発生しない精神的に豊かな社会づくりに奉仕することを 目的 科学及び芸術等を幅広く研究・実践及び公開することによって,人々の心身の浄化,癒し,人間と自然との調和に尽くし,もって宗教による悲劇が発生しない精神的に豊かな社会づくりに奉仕することを 目的とすること等を内容とする「会則」を定めた。 イ組織規模等原告は,平成26年11月15日付けで,公安調査庁長官に対し,同年10月末時点における原告の国内構成員について143名(専従会員17名,同居する非専従会員6名,非専従会員91名,団体に入会し ていないが,団体の活動に参加することがあり,かつ,公安調査庁への 任意報告に同意した者29名)と報告した。このうち,専従会員の全員,他の会員の6割以上が地下鉄サリン事件以前からオウム真理教に入信していた者であり,構成員の8割以上が,以前,アーレフにおいて活動していた者であった。また,地下鉄サリン事件以降に検挙され,服役するなどした者のうち,13名(平成26年7月31日の時点)が原告の構 成員として報告されている。 また,原告設立後,アーレフないしAlephから原告に移籍した者は,少なくとも26名あった。 原告は,平成26年9月末時点で,東京都世田谷区ab-c-d 所在のefに主たる事務所を置き(同住所は現在も原告の主たる事務所の所在地で ある。),宮城県,千葉県,神奈川県,東京都,長野県,愛知県,大阪府,福岡県に合計8の施設を保有している。 ウ原告の活動状況等 「オウムの教訓」サイト原告は,平成19年8月頃から,オウム真理教時代及びアーレフ時代 (アレフ時代を含む。以下同じ)を振り返る総括会合を複数回行い,平成20年7月までに,「オウム真理教(1983~1999 年)の活動経緯の総括」と題する文書及び「アーレフ時代(2000 代 (アレフ時代を含む。以下同じ)を振り返る総括会合を複数回行い,平成20年7月までに,「オウム真理教(1983~1999 年)の活動経緯の総括」と題する文書及び「アーレフ時代(2000 年~2007 年)の総括」と題する文書を作成し,公表した。また,原告は,「オウムの教訓-オウム時代の反省・総括の概要」と題するウェブサイトを開設し,上記各 文書を含む内容を掲載しているところ,これには,自己中心的で誇大妄想的な性格であったAが,時を経るにつれて被害妄想的になり,社会と教団に著しい害悪を及ぼし,教団を破滅に導いていったと総括した上で,一連の事件の要因に関する総括及び反省に基づき,今後,元オウム信徒で構成されるひかりの輪(原告)が,二度と同じ過ちを繰り返さないた めにすべきこと等が記載されている。 教本の差し替え,聖地巡り,写真の掲示等a 上記のとおり,原告は,シヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等は廃止して,釈迦三尊像を採用するとしており,三仏の仏画を施設内に掲示していた。 b 原告は,平成20年4月,構成員に配布していた「マハーカーラの マントラ」及び「マハーカーラの瞑想」と題する教本の差し替えとして,教材「カーラチャクラ・タントラの真言」を発行・配布する一方,同年5月,構成員に対し,上記「マハーカーラのマントラ」及び「マハーカーラの瞑想」の廃棄を指示したが,上記「カーラチャクラ・タントラの真言」と題する教本は,「マハーカーラのマントラ」と全く 同じマントラが記載されており,その内容に変更がなかった。(乙C74)cBは,平成21年7月の説法において,「シヴァ神の信仰をオウムがやっていて,『ひかりの輪』はそのオウムを超えるという視点なのに,シヴァ神という信仰の中心は全く同じであると った。(乙C74)cBは,平成21年7月の説法において,「シヴァ神の信仰をオウムがやっていて,『ひかりの輪』はそのオウムを超えるという視点なのに,シヴァ神という信仰の中心は全く同じであるという考え方である としたら,それはおかしいなという疑問があって,でも一方では,その大黒柱とか大黒天というのがヴィジョンにはあって,それから展開してきている聖地巡礼とかがあって,例えば,その大黒柱のヴィジョンを見た後に神柱というものに関心をもって,そして皆さんが行かれた諏訪,御柱とかに行ったり,それからストーンサークルに行ったり して,それは7年後の今も回向柱の善光寺に巡礼したり,御柱の諏訪に巡礼したり,そこでミシャグチ神を見たりして,ずっと続いているわけですね。しかし,その源にあった大黒柱のヴィジョンが,大黒柱は大黒天,それがイコールシヴァだと,要するにオウムと同じ信仰対象でちっとも本質は変わっていないじゃないかという,そういった論 理的な疑問の狭間で,それはもちろん社会的な問題もありますけど。 (中略)そういった批判も当然くるし,自分の中にも疑問がある。だから,そこのところは要するに強調せずに諏訪とか,そういったミシャグチとかいうことだけを言っている。でも,諏訪とかミシャグチは,私の歴史の中では,その源に大黒柱のヴィジョンがあるということだけは絶対消せないことですね。更に言えば,その大黒柱のヴィジョン を見た私は,その昔をたどると,オウム真理教のシヴァの信仰に源を持っていることは間違いないわけですね。(中略)そこで出てきたのが,要するに大黒天というのはシヴァが元々の由来なんだよ。それが変わったものが大黒天だというか観音菩薩というのは,シヴァが改心した大自在天と同じなんだという考え方が,教えがというか, こで出てきたのが,要するに大黒天というのはシヴァが元々の由来なんだよ。それが変わったものが大黒天だというか観音菩薩というのは,シヴァが改心した大自在天と同じなんだという考え方が,教えがというか,法則が 最近見つかって,ようやく何て言うのかな,エネルギーというか体験の流れとしてはこういうふうにきている。」などと述べた(乙B3の106)。 dBは,平成18年8月頃に発行された「聖地巡礼-悟りの旅」と題する資料において,「聖地巡り」の目的について,「シヴァ大神や真 理勝者(如来)方の有する,大いなる慈悲の心に近づく意味もある,と私は思います。」と記載していた(乙B3の101)。なお,原告の設立前であるが,平成17年5月30日にアーレフの部内向けインターネット掲示板に投稿された記事においては,「将来において,尊師に帰依できず,尊師のイニシエーションが得られない人達について, 尊師が95年に指示されていたように,直接尊師でない崇拝対象を設けて,救済するという考えがあることを述べましたが,その際も,その人達の瞑想修行の場所としての聖地を用意することは重要だと思います。」と記載されていた(乙C89)。 原告においても,「聖地巡り」として各所の神社や寺院を訪問して いたところ,ブログや説法等でミシャグチ神を祀る場所として挙げら れていた諏訪大社,御頭御社宮司総社(おんとうみしゃぐじそうじゃ)及び鎮大神社については,平成19年9月から平成29年6月までの間に,諏訪大社に14回,御頭御社宮司総社に12回,鎮大神社に4回と,いずれも他の訪問先よりも多く訪問し,そのうち平成26年11月以降についてみても,これらのミシャグチ神を祀る場所を繰 り返し(諏訪大社に5回,御頭御社宮司総社に5回,鎮大神社に2回)訪 4回と,いずれも他の訪問先よりも多く訪問し,そのうち平成26年11月以降についてみても,これらのミシャグチ神を祀る場所を繰 り返し(諏訪大社に5回,御頭御社宮司総社に5回,鎮大神社に2回)訪問していた(乙B3の101~105)。 また,原告の複数の施設において,御頭御社宮司総社の額入り写真が掲示されており,平成21年12月10日,平成22年6月11日,同年11月1日,平成23年8月1日,平成24年11月1日及び平 成25年6月18日に実施された立入調査では,修法室と呼称されていた部屋(平成26年9月からは法具室と呼称が変更された。)に,ミシャグチ神の額入り写真が掲示されている状況が確認された(乙B23の64)。Bは,かかる場所につき,平成22年4月の説法において,「この第二道場,神殿のちょうど上が私の部屋で,同じく皆さ んにお渡ししている法具の修法をする修法室もあります。ここが日光や諏訪の,団体が縁のある聖地との最も縁の深い聖地ラインの上,そこを通っていまして,ここに最も重要な施設を集中して,第一,第二道場と連結させるということが,その聖地のエネルギーを最大限に活用するものだというふうに考えています。」と説いていた(乙B23 の65)。そして,平成26年3月5日に実施された立入検査では,施設内に掲示されていた大黒天の額入り写真等と併せてミシャグチ神の額入り写真も撤去されたことが確認されたが,ミシャグチ神の額入り写真については,平成27年2月5日,同年11月5日,平成28年2月10日,平成29年2月8日及び同年7月11日に実施された 同施設に対する立入検査において,Bの居室に設置された厨子の中に 保管されていることが確認された(乙B3の107)。 さらに,本件更新決定後も,Bが「ミシャグチ 1日に実施された 同施設に対する立入検査において,Bの居室に設置された厨子の中に 保管されていることが確認された(乙B3の107)。 さらに,本件更新決定後も,Bが「ミシャグチ神を祀る社」と位置付けた御頭御社宮司総社の額入り写真については,原告の複数の拠点施設に掲示されていた(乙3の109)。 eBは,原告が運営する会員サイトに,平成21年7月14日,「代 表緊急メッセージ-来る上高地・乗鞍巡礼の重要性」と題して,「今年2009年の7月において,仏教の歴史・教義の研究が進み,仏教が説く大黒天・マハーカーラとは,シヴァ神の化身ではなく,シヴァ神に由来しつつも,シヴァを降伏(ごうぶく)した仏教の護法神であり,さらには,大日如来の化身であると解釈できる(解釈するのが主 流・正統である)ことがわかりました。シヴァ神に由来しつつ,シヴァを乗り越えた仏教の神といえば,これは,まさに,オウム真理教を出自としつつも,それを乗り越えて,仏教の一元論を中心に展開する,現在のひかりの輪と見事にイメージがだぶります。」と記載した(乙B3の90)。 平成23年8月に実施された公安調査官による調査において,原告の8施設に大黒天(マハーカーラ)の写真等が祭壇に掲げられていることが確認された(乙B3の91)。 fBは,上記eのとおり,大黒天に関する新たな解釈が見つかったと発表したのを契機とし,平成21年8月の説法において,「ミシャグ チ神というのは,実は,マハーカーラと結びつくということが分かりました。正確にいうと,ミシャグチ神と摩多羅神というのが一体で,その摩多羅神がマハーカーラと一体。(中略)そうすると上高地の時にもお話しした大黒柱の大黒天にまつわる啓示的ヴィジョンと,それは2002年ですから7年前なので シャグチ神と摩多羅神というのが一体で,その摩多羅神がマハーカーラと一体。(中略)そうすると上高地の時にもお話しした大黒柱の大黒天にまつわる啓示的ヴィジョンと,それは2002年ですから7年前なのですが,そのミシャグチ神による守 護と言うのは,1つの系統の神様の啓示と守護だということが分かっ てくるわけです。」などと述べた(乙B3の97)。そして,それ以降,原告においては,大黒天と同様に,ミシャグチ神の額入り写真を施設内に掲示し(乙B3の98),また,Bが平成22年11月の説法において「私もその精霊って見たことがあって,(中略)出雲大社にある有名な御柱の所に行って,その御柱を見ていまして,そうする と,光がパーッと下から上がってきて小人のような神様,これが現れたんですね。その地方で有名なミシャグチという神様と非常に姿形が似ているというか,縄文土器のそれと似ていまして,こういった小人の神様がいるんだなという体験,これを初めてしました。」などと述べたことから,ミシャグチ神を模した土器人形や土鈴を祭壇に祀るな どして崇拝の対象としていた(乙B3の99~100)。 g 公安調査庁長官は,平成23年11月28日に公安審査委員会に対し第4回更新決定を請求するに際し,原告が,大黒天を崇拝対象としていないとしていたにもかかわらず,大黒天を崇拝対象に戻したことについて主張した。 これに対し,原告は,公安審査委員会に提出した意見書において,「大黒天については,シヴァが反省・改心した姿という大乗仏教の伝統教義を新たに学習したことから,それを積極的に採用することで,オウム真理教=シヴァ信仰を改心した団体という位置づけをさらに強化するという意味で用いられている」と反論した(乙C77)。 h 公安調査官は,平成2 ことから,それを積極的に採用することで,オウム真理教=シヴァ信仰を改心した団体という位置づけをさらに強化するという意味で用いられている」と反論した(乙C77)。 h 公安調査官は,平成24年2月3日,平成26年2月13日及び同年8月1日,平成27年2月5日,平成28年6月7日,平成29年4月28日等に千葉県鎌ケ谷市所在の原告の施設に対する立入検査を実施したところ,施設内に設置されたキャビネットにAの説法を収録した「尊師ファイナルスピーチ」Ⅰ~Ⅳ,「ヴァジラヤーナコース教 学システム教本」,「改訂版特別教学システム教本」等の教材が保管 されているのを発見した(乙C91)。 原告は,平成24年4月から平成26年8月までの間に合計11冊,同年12月から平成29年8月までの間に合計9冊の教本を発行して構成員に配布したところ,これらの教本の内容とAの説法の内容を比較すると,次の点で類似している。 a 平成24年4月に発行された「三仏心経の集中修行読経瞑想の詳説」と題する教本には,「悟りを得る一つの方法は,悟りに至る教えに基づいて深く考え,その結果として,煩悩・思考を止滅した状態に至ることです。」(41頁)との記載があるところ,Aは,「尊師ファイナルスピーチⅡ」に収録されている平成元年11月7日の説法に おいて,「思索を中心として,煩悩の止滅を図る,これが悟りである」(473頁)と述べていた。 b 平成24年8月に発行された「三心心経の教えと現代の諸問題」と題する教本には,「苦しみの経験から,苦しみをもたらす悪業に対する反省が生じて,悪業を減らして善業を増大させることで,苦しみが 減り,楽が増大する場合がある。(中略)楽を経験しているうちに,自分に対する慢心が生じて,そのために,苦しみをも らす悪業に対する反省が生じて,悪業を減らして善業を増大させることで,苦しみが 減り,楽が増大する場合がある。(中略)楽を経験しているうちに,自分に対する慢心が生じて,そのために,苦しみをもたらす悪業が増え,喜びをもたらす善業が減るという場合がある。」(16頁)との記載があるところ,Aは,「尊師ファイナルスピーチⅡ」に収録されている平成4年6月2日の説法において,「わたしたちが喜びを経験 するとき,善業は減少し,わたしたちが苦しみを経験するとき,わたしたちの中に存在するカルマの悪業は減少します。つまりわたしたちが喜びを増大させればさせるほど,そして苦しみを忌み嫌えば嫌うほど,わたしたちの内側に存在するカルマは善業が減少し悪業が増大するのです。」(1029頁)と述べていた。 c 平成24年12月に発行された「法則の体得・思索の修行三仏の 法則の思索と瞑想」と題する教本には,「完全な苦しみの滅尽は,すべての人の苦しみを取り除く手伝いをすることによって得られる。この社会で誰かが不幸であれば,この社会に同じように住む我々も,同じ不幸に出会う可能性がある。すべての他人の苦しみを取り除こうとする大きな愛をもってこそ,自分も本当に,苦しみから解放されるの である。」(15頁)との記載があるところ,Aは,「尊師ファイナルスピーチⅡ」に収録されている平成元年2月26日の説法において,「苦しみの中に没入することによって,他の苦しみを取り除き,それを自分の苦しみと同じように見つめ,そして苦しみの総量を減らしていき,最終的にはすべての魂を絶対的な自由・幸福・歓喜の世界へ導 くと。これが大乗仏陀の意味合いだね。」(310頁)と述べていた。 d 平成25年4月に発行された「現世幸福と悟りの法悟り集中修行」と題 にはすべての魂を絶対的な自由・幸福・歓喜の世界へ導 くと。これが大乗仏陀の意味合いだね。」(310頁)と述べていた。 d 平成25年4月に発行された「現世幸福と悟りの法悟り集中修行」と題す教本には,「自と他の区別とは,厳密には錯覚であって,実際には自と他を含む宇宙の万物は一体であるという心理を示している。」(10頁)との記載があるところ,Aは,「尊師ファイナルス ピーチⅠ」に収録されている「インド・アメリカレポート2」と題する説法において,「本当は自と他の区別など無意味であるのに,不明瞭性が錯覚を起こさせているわけです。」(949頁)と述べていた。 e 平成25年5月に発行された「ヨーガ・気功教本」と題する教本には,「『クンダリニー』とは,ヨーガの説く,人の中に眠る霊的エネ ルギーのことで,ヨーガの修行によって,そのエネルギーを覚醒させ,心の統御(解脱)のために生かすのが,クンダリニー・ヨーガです。」(4頁)との記載があるところ,Aは,「尊師ファイナルスピーチⅠ」に収録されている「生死を超える」と題する説法において,「クンダリニーについて説明しよう。それは,霊的なエネルギーで, 人間の精神を高い次元に押し上げる働きを持っている。すべての人が, このエネルギーを持っているのだが,眠った状態だ。解脱を目指すのだったら,まずそれを目覚めさせなければならない。」(43頁)と述べていた。 哲学教室への変革aBは,平成24年10月,原告のホームページに,「ひかりの輪と は何か」と題して,「ひかりの輪は,宗教的な学習は行っていますが,特定の超越者・絶対者を信じる団体ではありません。すなわち,『宗教』ではなく,これまでの宗教というもののさまざまな問題を越えた,21世紀のための『新しい ひかりの輪は,宗教的な学習は行っていますが,特定の超越者・絶対者を信じる団体ではありません。すなわち,『宗教』ではなく,これまでの宗教というもののさまざまな問題を越えた,21世紀のための『新しい精神的な智恵の学びの場』です。」などとする記事を掲載した。 b 原告は,平成25年12月,「基本理念」を改正したところ,その内容は,①思想・哲学の学習・実践を通じて,社会への奉仕に努める,②宗教ではなく,「宗教哲学」を探求していく,③自己を絶対視せず,「未完の求道者」の心構えを持つ,④感謝・尊重・愛の実践で,全ての存在に神性を見いだす,⑤過去の反省に基づき,特定の存在を絶対 視しない,⑥善悪二元論の妄想を超えた,叡智・思想に基づく実践を行う,⑦諸宗教の神仏は,人に内在する神性を引き出す存在として尊重する,⑧「輪の思想」で,全ての調和のための奉仕をする,というものである。 原告は,上記基本理念の改正により,自らを「思想哲学の学習教 室」ないし「哲学教室」と正式に位置付けたと説明している。 しかし,平成26年2月3日,公安調査官が大阪府に所在する原告の施設に対する立入検査を実施した際には,同施設内の祭壇上部壁面には,釈迦牟尼の仏画のみが掲示されていたのに対し,同立入検査の前後である同年1月31日及び同年2月8日には,上記壁面には,弥 勒菩薩,観音菩薩及び釈迦牟尼の三仏全ての仏画が掲示されていた (乙B3の111~112)。 c 原告は,平成26年3月,「思想哲学の学習教室への改革にともなう団体活動の場に関する規定」及び「教室内装に関する申し合わせ事項」を定めたところ,その内容は,①「道場」の呼称を廃止し,「教室」と呼ぶ,②恒常的な祭壇を廃止する(仮設祭壇のみとする),③ 三仏を廃止する(代表や指 規定」及び「教室内装に関する申し合わせ事項」を定めたところ,その内容は,①「道場」の呼称を廃止し,「教室」と呼ぶ,②恒常的な祭壇を廃止する(仮設祭壇のみとする),③ 三仏を廃止する(代表や指導員が講話・講義を行う際に背景となる壁〔正面の壁〕の装飾については,釈迦牟尼の仏画を配置するにとどめる。その他には仏画を配置せず,宗教色を抑制する。),④室内のインテリアに非宗教的なものを多用する,⑤上記に伴い大黒天像も事実上廃止するなどというものであった(乙B3の113)。 Bは,平成26年3月の公安調査官による調査において,「大黒天を信仰していると思われるのは,一般の人とか,貴庁だけじゃなくて,何かを信仰していると思われるのは本意ではない。いずれにしても大黒天に限らず崇拝の対象にしていると思われるのは嫌。宗教ではなくて教室だから。」,「今回の内装の変更において,(注:大黒天像 を)残さない方が望ましいと思っています。」などと述べた(乙B3の92)。 しかし,平成26年5月31日から同月6月1日に行われた「上信越の高原と戸隠・善光寺の聖地巡り」の際のBの宿泊部屋には,三仏の仏画が掲げられていた。 d 原告は,平成26年9月,「思想哲学の学習教室への改革を推進するための活動規定」及び「教室活動の改革に関する申し合わせ事項」を定めたところ,その内容は,①祭壇の完全な廃止(仮設祭壇も廃止),②供養等の儀礼の廃止,③大黒天関係の法具の破棄,④三仏の完全な廃止などというものである。原告は,同年8月までに,各施設 の大黒天像を回収し,焼却処分した(乙B3の93,C79)。 修行体系等a 修行体系原告が,平成19年7月に修行用の教本として配布した「基本修行教本」と題する教本には,「『ひかりの輪』 を回収し,焼却処分した(乙B3の93,C79)。 修行体系等a 修行体系原告が,平成19年7月に修行用の教本として配布した「基本修行教本」と題する教本には,「『ひかりの輪』では,その修行実践を,⑴原始仏教・上座部仏教的な修行,⑵大乗仏教・密教の修行,⑶ヨー ガ系統の修行の三つに分けて,とらえています。(中略)⑵の大乗仏教・密教の修行は,チベット密教で行われている六波羅蜜を基本として,クリヤ・チャリヤ・ヨーガ・無上ヨーガタントラといった密教的な修行です。(中略)新団体では,比喩的にですが,この三つの修行を釈迦,観音,弥勒の修行としています。」などと記載されており, その記載内容は,原告のウェブサイト上に,少なくとも平成26年8月頃まで掲載され,第5回更新決定後も,平成29年7月11日の公安調査庁による立入調査において,原告の施設に,「基本修行教本」と題する教本が複数保管されていた(乙B3の132~134)。 また,原告が,平成29年5月3日に発行した修行用の特別教本に は,「悟りに近づく修行をまとめるならば,以下の四つに分類することができると思う。これをひかりの輪では,修行の四つの柱と呼んでいる。」とした上で,「1.教学」,「2.功徳」,「3.行法」,「4.聖地(聖なる環境)」などと記載されている(乙C88)。 行法に含まれるとされる瞑想技術について,Bは,平成18年1月 の説法において,「この儀式というものは,クリヤ・タントラ,チャリヤ・タントラ,ヨーガ・タントラ,アヌッタラ・ヨーガ・タントラという修行体系の一部に組み込まれた重要な行為であるということを御存知だと思います。それは,まず,行為を定め,清め,そして,儀式を行い,清め,そして,イメージによって神聖なものを観想し,そ という修行体系の一部に組み込まれた重要な行為であるということを御存知だと思います。それは,まず,行為を定め,清め,そして,儀式を行い,清め,そして,イメージによって神聖なものを観想し,そ して,最後にイメージを超えた無色の瞑想に入っていくという修行体 系です。」などと説いた。 「功徳」は,原告において,「四つの柱」の一つとされており,原告の施設において,出家制度と同様の集団居住体制を維持し,各施設に居住する専従会員から収入を「布施」として徴収し,同会員らには,毎月現金8000円を支給するとともに,施設の維持管理や各種セミ ナーの運営事務等を無償で行わせている(乙B8の2,8の19~20)。 そのほか,原告においては,修行体系として,四預流支(帰依,教学,思索,実践),八正道(釈迦牟尼が最初の説法において説いたとされる,悟り・涅槃に至る修行の基本),六波羅蜜(6つの修行の完 成),四念処(悟りに至るための最も重要な観想法)という考え方を「2016年~17年年末年始セミナー特別教本総合解説四無量心と六つの完成」と題する教本に記載するなどして指導していた(乙C101)。 b 行法 Bは,平成28年11月,専従会員との対話の中で,「オウム真理教,そして,今も,Alephはどうか分かりませんけれど,ブリージング,これをやらして,前生体験とか,至高体験とか,それから,何というか,体外解脱体験とかさせて,『真理を体験しましたね』ということで導いていくというかマインド・コントロールしていくとい うか,そういうプロセスで使われるんですよね。(中略)これは,てきめん,体験しちゃうんですよね,体外離脱体験とか前生体験とか。」などと述べていた(乙C116)ところ,同年8月,原告における行法として「 ,そういうプロセスで使われるんですよね。(中略)これは,てきめん,体験しちゃうんですよね,体外離脱体験とか前生体験とか。」などと述べていた(乙C116)ところ,同年8月,原告における行法として「スピリチュアル・アウェイクニング・ヨーガ」を取り入れることとし,その説明として,原告のホームページの記事に, 「ヨーガ修行がもたらす霊的体験を最も早く得る特別なヨーガ行法で す。霊的体験は,体が静止するほど起こりやすく,深い瞑想状態(サマディ)では,呼吸がほぼ停止するとも言われていますが,この特別な行法は少ない呼吸でも問題がないよう,体内の酸素を最大化します。」などと記載した(乙C118)。また,Bは,平成29年6月における説法でも,「低呼吸状態というか,呼吸をあんまりしなくて も良い身体の状態,つまり酸素をたくさん取り込んで,呼吸法で,しばらく大きく息を吸わなくても良いような状態,低呼吸状態にもっていくとそういう体験をしやすい。体外離脱体験とか前生夢とか見やすいというのはあるんですよね。」と述べている(乙C117)。 原告の非専従会員は,平成25年6月,公安調査官に対し,「エン ライトメント・ヨーガに含まれている『クンダリニー・ヨーガ』と『ヴィパッサナー瞑想』は,昔のオウム・アーレフ時代から行われてきた修行法です。」などと述べた(乙C108)。 また,別の原告の非専従会員は,平成25年8月,公安調査官に対し,エンライトメント・ヨーガの呼吸法について,「非常に苦痛を伴 う,オウム真理教時代を思い出させるような修行です。オウム真理教時代は,脳に酸素を行き渡らせないようにする修行が多く,その直後に横になることで,幽体解脱や神秘体験をさせることが行われていました。エンライトメント・ヨーガを行うことで,過呼吸か です。オウム真理教時代は,脳に酸素を行き渡らせないようにする修行が多く,その直後に横になることで,幽体解脱や神秘体験をさせることが行われていました。エンライトメント・ヨーガを行うことで,過呼吸から脳への酸素不足を誘発させようとすることは,オウム真理教と同じ手法で神秘 体験を狙うものであり,『ひかりの輪』がオウム真理教と同じことをしているように感じます。」などと述べた(乙C109)。 c イニシエーション等Bは,平成18年5月の説法において,「今まで教団には音のイニシエーションというのがあったわけですが,それを更にパワーア ップした形での聖音のイニシエーションというものが今後,可能に なると思います」などと述べていたところ,原告においては,平成19年5月の集中セミナーから「聖音波動エンパワーメント」(被伝授者の周囲に密教法具を配置し,その音を被伝授者に聞かせるというもの)及び「聖音法輪エンパワーメント」(被伝授者の周囲に複数のスピーカーを円状に配置し,それらから密教法具の音を被伝 授者に流し聞かせるというもの)と称するイニシエーションを導入し,その後,平成25年4月には「聖音波動法輪ヒーリング」に名称変更するなどした(乙B3の153)。 「聖音波動法輪ヒーリング」を受けた原告の専従会員は,平成26年2月,公安調査官に対し,「オウム真理教には『音のイニシエ ーション』がありましたが,それは『ひかりの輪』の『聖音ヒーリング』と称する宗教儀式と酷似しています。(中略)名称は異なっていても,手法や効果はオウム真理教と似ているといわれても仕方ないと思います。」と述べた。 ⒝ 原告は,平成19年12月下旬の集中セミナーから,新たなイニ シエーションとして,「弥勒金剛法具エンパワーメント」(金剛 ウム真理教と似ているといわれても仕方ないと思います。」と述べた。 ⒝ 原告は,平成19年12月下旬の集中セミナーから,新たなイニ シエーションとして,「弥勒金剛法具エンパワーメント」(金剛杵〔ヴァジラ〕と称される密教法具を被伝授者の頭頂部に当て,被伝授者にエネルギーを送り込むというもの)を導入し,その後,平成26年5月からは,「特別瞑想指導」(Bと被伝授者が向かい合って座り,円状に囲んで置かれた数珠を持ちながら共に瞑想すること で霊的エネルギーを被伝授者に伝達するというもの)を導入した。 オウム真理教において行われていたシャクティーパットは,「正悟師」以上の位階で,Aからその権限を与えられた者にしかできないとされていたところ,上記「弥勒金剛法具エンパワーメント」等も,Aからシャクティーパットの権限を与えられたBのみが行っている。 このようなイニシエーションの一つである「神柱法輪の瞑想エン パワーメント」を受けた原告の専従会員は,公安調査官に対し,平成24年8月,「B代表は,直接的に身体に触れることなくエンパワーメントを行っているのは事実ですが,しかしながら,エンパワーメントの目的は,心身の浄化や悪業の清算といったエネルギーを注入することに変わりはなく,その注入ができるのは,ひかりの輪 では,B代表しかいません。」と述べた。また,別の専従会員も,同年10月,「私に言わせれば,シャクティーパットも金剛法具エンパワーメントも神柱法輪の瞑想エンパワーメントも同じです。 (中略)神柱法輪の瞑想エンパワーメントは,(中略)B代表からのエネルギー,波動が,被伝授者に注がれているということです。 (中略)また,一番重要なことは,神柱法輪の瞑想エンパワーメントを行えるのは,過去にA氏からシャクティーパット (中略)B代表からのエネルギー,波動が,被伝授者に注がれているということです。 (中略)また,一番重要なことは,神柱法輪の瞑想エンパワーメントを行えるのは,過去にA氏からシャクティーパットなどのエネルギーを注入する類のイニシエーションを行うことを許されたB代表だけであるということです。(中略)『ひかりの輪』においてB代表だけがエンパワーメントの伝授を行っているという事実は,『ひ かりの輪』の中にオウム真理教時代の考え方が根強く残っており,Aの教えを厳格に守っているからです。(中略)指導員たちは,『B代表は特別な存在だ。霊的エネルギーが違いすぎる。エンパワーメントの類ができるのは,B代表だけだ』と考えています。これは,B代表の霊的ステージは,A氏が認定した正大師であるという ことが,『ひかりの輪』の出家信徒の中に染み付いているからです。」と述べた(乙C119)。 d その他の儀式等原告においては,「三仏心経」の読経が修行法として導入されているが,Bは,平成23年11月の説法において,「般若心経というの は,般若経の中心の教えと見て般若心経と言います。で,三仏心経と いうのは,それに倣って名付けたもので,『ひかりの輪』の説いている三つの仏様,三仏の教えの中心の経典という意味での三仏心経と,そういうふうに読んでいます。(中略)これは,これを繰り返し唱えることによって,徐々に徐々に悟りの境地に近づけるというふうに私が考えているものです。」などと述べた(乙B3の159)。 この点について,原告が発行する「三仏心経」の教本とAの説法等を比較すると,「尊師ファイナルスピーチ」に掲載されたAの説法の内容を「万物恩恵」等の短い言葉で要約したものと認められる(乙B3の161)。また,原告の構成員も, する「三仏心経」の教本とAの説法等を比較すると,「尊師ファイナルスピーチ」に掲載されたAの説法の内容を「万物恩恵」等の短い言葉で要約したものと認められる(乙B3の161)。また,原告の構成員も,「三仏心経」(三悟心経)の内容がオウム真理教のマントラと同じである旨の発言をしている(乙 B3の162及び163)。 外部監査委員会a 原告は,平成23年12月,「ひかりの輪外部監査規約」を定めたところ,これによれば,「ひかりの輪外部監査委員会」(以下「外部監査委員会」という。)は,地下鉄サリン事件を始めとするオウム真 理教による一連の事件の再発防止の観点から原告が適正な団体運営を行っているかを監査し,必要に応じて,勧告・公表・告発等を行い,原告が社会と融和することによって,オウム問題の解決に資することを目的とし,人格・識見に優れた外部の者(ただし,原告の構成員であった経歴を持つ者を除く。)から原告が選任する3名以上の委員に よって構成され,①原告が所有し又は管理する土地又は建物に立ち入り,設備,帳簿書類その他必要な物件を検査すること,②原告の構成員に必要な質問をすること,③原告から定期的に報告書を徴収し,検査すること,④原告から教義資料及び定期刊行物を,刊行後速やかに徴収し,検査することができ,監査の結果,必要な場合は勧告・公 表・告発等を行うものとされている。 外部監査委員会の委員長には,M(松本サリン事件の被害者)が就任し,その他の委員には,N(青山学院大学法学部教授・内観学者。 以下「N教授」という。),O(宗教法人出羽三山神社責任役員理事),P(地下鉄サリン事件被害者親族)及びQが就任した(なお,同委員会の委員は,その後,M,N教授及びOの3名になった。)。 bN教 N教授」という。),O(宗教法人出羽三山神社責任役員理事),P(地下鉄サリン事件被害者親族)及びQが就任した(なお,同委員会の委員は,その後,M,N教授及びOの3名になった。)。 bN教授は,平成21年から,原告の構成員らに対して内観の指導を行っているところ,同教授によれば,内観とは,母親など身近な人に関して,これまでにしてもらったこと,してあげたこと,迷惑を掛けたことの3点を想起してもらうことにより,先入観を排した事実を思い起こす手法である。原告は,原告管理下の各施設において,同教授 指導のもと内観セミナーを開催している。(乙B8の62~63)N教授は,平成26年12月,公安調査官に対し,内観の実施を経て,原告の構成員らがAやオウム信仰から脱却していることは間違いない旨を述べた。 c 外部監査委員会は,平成26年11月,原告には団体規制法5条の 観察処分の適用要件に該当する事実は何ら認められなかったとする外部監査結果報告書を作成した。 Alephとの関係a 原告は,平成22年9月,Alephからの退会に関する相談窓口を設置し,平成24年2月,「アレフ(Aleph)問題対策室」を 設置するとともに,「Aleph問題の告発と対策」と題するブログを開設した。原告の構成員は,Alephからの退会を検討している者の相談を受けるなどしている。 b オウム真理教犯罪被害者支援機構(被害者支援機構)は,平成23年7月,Alephに対して,同機構に著作権が帰属するAの著作物 を使用しないように通告した。原告は,平成24年頃から,被害者支 援機構の証拠収集に協力し,原告の千葉県鎌ケ谷市所在の施設に保管されているAの説法を収録した書籍等を提供したり,Alephの元構成員から提出しても 。原告は,平成24年頃から,被害者支 援機構の証拠収集に協力し,原告の千葉県鎌ケ谷市所在の施設に保管されているAの説法を収録した書籍等を提供したり,Alephの元構成員から提出してもらったAlephからの教材の購入に関するアンケートを提供したりしている。 c 公安調査庁長官に対するAleph及び原告の報告や公安調査庁の 調査によれば,Alephの構成員で,平成28年2月以降,原告に入会していないが原告の活動に参加することがある者が1名,原告の活動に参加することがあったが,その後,Alephに入会した者,Alephの会員ないしその行事に参加した者であるが原告の説法会に参加している者2名などが存在する。 エ Bの言動Bは,平成24年5月の説法において,「オウム真理教,Aという人物,これは一連の教義及び事件に関しては,私は今完全にそれを否定してですね,それを乗り越えようとして,『ひかりの輪』というのをやっています。あれは納得がいかないと。そして,私はそれを2003年 ぐらいから反旗を翻して,教団が分裂。で,2007年にはAの教材は一切捨てて,私の自立っていうもの,これが生じたわけです。(中略)『ひかりの輪』として自立,独立してから,賠償も含めて毎日いろんな苦労をする中で,ああ,そうだなと,Aにも食べさせてもらったことに関しては,事件その他の教義に関しては徹底して超越しなければならな いが,少なくとも食べさせてもらったことに関しては感謝せねばならんのかな,そういうふうに思うようになりました。」などと述べた。 また,Bは,平成24年6月の説法において,原告を設立する契機となったとされる平成14年6月10日の「不思議な虹の体験」(瞑想後に「七重の虹」を見たというもの)について触れ,このと と述べた。 また,Bは,平成24年6月の説法において,原告を設立する契機となったとされる平成14年6月10日の「不思議な虹の体験」(瞑想後に「七重の虹」を見たというもの)について触れ,このときの瞑想に よって得られた「重要な気付き」として,Aにつき「愛著・盲信を続け ることもなく,憎むこともなく,(中略)自立すると言うんですか,そういったような気持ちになったんです。」と述べる一方,「二つ目の虹の現象」が訪れた同年7月4日は,Bがかねてから尊敬しているLの命日からちょうど100年後に当たる旨を述べた(乙B23の52)。 Bは,平成25年3月の説法において,「単純に物の豊かさによっ て幸福になると感じられない人が一部にいるということは,御理解いただけるとは思います。(中略)そういう人たちは,オウム真理教とか(中略)に入っていったんじゃないか,そういうふうに思います。(中略)物の豊かさが絶対ではなくて,心の豊かさ,精神性を高めることがこれからの幸福にとって重要なんじゃないか。特に,自分はそうだって いうこと,それ自体はですね,私は,オウム真理教に限りませんが,間違いだとは思っていません。ただ,その心の幸福をオウム真理教は,まあ,解脱・悟りといったような形で追求して,で,その過程の中で自分たちで得た結果,これに教祖をはじめとして,弟子たちが,ある意味じゃあ過信を持って,自分たちがこの世を正す,そして真の幸福を広める 神の化身,集団だと,そういうふうに慢心に陥って,で,それと対抗する既存社会というものは悪であると断じてですね,そういったものに対する対処は武力をもっても,暴力をもってもやるべきではあるという感じになってしまった点,それは間違いであったのかなと,そういうふうに思います。そういった意味で あると断じてですね,そういったものに対する対処は武力をもっても,暴力をもってもやるべきではあるという感じになってしまった点,それは間違いであったのかなと,そういうふうに思います。そういった意味では,まあ,オウム真理教というものであ ってもですね,その暴力主義的な,その武力革命の思想はさておき,その中に何か良いことがあったんだろうというのは,御理解いただける方もいらっしゃるとは思う」などと説いた。 Bは,平成25年4月の講演において,「瞑想しただけでは,なかなか悟れない,体得できないということで出てきたのが,Aによる試練 なんですね。これを『マハームドラー』と言います。Aは弟子をいじめ るわけですね。(中略)グルと弟子のプライベートな関係で,グルが弟子をいじめて,それに対して弟子は自己愛にとらわれない瞑想をして,その平常心を保つという訓練は意義があったかなというふうには思っています。(中略)そういったようなことは実体験をもって教えられればいいかなと思っています。」などと述べた。 Bは,平成25年4月の講話において,「単純にそのマハームドラーっていうのは効果があったということで肯定すると,ものすごく大変な問題になるだろうし,ものすごく強い恐怖心をですね,一般社会に振りまいてしまう,それが1995年以来あったということですね。で,そのマハームドラーの考え方を,この現在の社会の中で合理的に活かす ことができるか,これは非常に難しい問題だということになります。」,「我々が毎日,日々経験する,そういった様々な苦しみですね。それを全て,要するに,神仏が与える我々の修行と考えるということになるんじゃないかなと思うんです。つまり,まあ,全ての人がマハームドラーのグルだと考えるわけです。で,それは当然ですね 苦しみですね。それを全て,要するに,神仏が与える我々の修行と考えるということになるんじゃないかなと思うんです。つまり,まあ,全ての人がマハームドラーのグルだと考えるわけです。で,それは当然ですね,その人たちがやっ ていることが違法行為であったならば,皆さんはそれを甘んじて受けて,マハームドラーのグルとするということは,してはなりません。(中略)皆さんの人生の中で,誰だ彼だと,誰かをグルにしなくても,その人生,また,この世界,これに遍満する神仏というものから,皆さんが自我執着を弱める試練の時というのは,必ず与えられるのだと思うんで す。その時にふだんの修行,これを発揮してですね,それを乗り越えていくってのでマハームドラーの修行と考えたらば良いのではないかなと,まあ,そういうふうに思います。」などと述べた。 Bは,平成25年5月の講話において,「オウム自体が,近代日本の中から生まれたもので,オウム的なものが近代日本には,その前にも たくさんあった。だから,オウム真理教の後にもまた,オウム的なもの が現れてくる。(中略)オウム的なものっていうのは,昔から繰り返しあって。それを生み出す日本の体質があって,オウム後20年くらい経った今,第2,第3,第4くらいですかね,オウム的なもの,これが現れつつあって。」などと述べた。 Bは,平成25年6月の講話において,「オウム真理教という,日 本が生んだ,その団体が,過去の日本の戦争の性質を含んだ,すなわち,日本社会が生んだものではないかという,日本とオウムのつながり。そして,アラブの自爆テロですね,イスラムの自爆テロが,自決,自爆,特攻隊の文化を持った,日本が感染させたものではないか。そして,日本の隣国の北朝鮮がやっていることが,正に大日本帝国と似ているので そして,アラブの自爆テロですね,イスラムの自爆テロが,自決,自爆,特攻隊の文化を持った,日本が感染させたものではないか。そして,日本の隣国の北朝鮮がやっていることが,正に大日本帝国と似ているので はないかという,いろんなものにつながり,これを認める思想,これが輪の思想ないし輪の智慧だと私は思っています。」などと述べた。 Bは,平成26年6月の講演において,「私たちの考えとしては,現代社会の中において,心の豊かさや幸福・解放,悟りというのは,やはり非常に重要なことではないかと。オウム真理教の間違いというのは, それを求めたことではなく,それを実現させるための手段が間違い,途中から道を外したことではないかと考えておりまして,まあ,ああいった問題の再発の防止のためには,適切な形でオウムが当初求めていた,そのオウム信者が当初求めていた心の豊かさや解放を得る道を作り出すことではないかというような視点から,こういう形になっておりま す。」などと述べた。 Bは,平成27年7月の説法において,「苦の詞章」の教えについて,「苦しみを喜びにするというのは,それは,苦楽表裏の教えと結びつきますよね。苦と楽が表裏であるという伝統仏教の教え,これありますよね。(中略)楽の裏に苦があるということは,今度は,苦の裏にも 楽があるだろうという考え方になって,その苦しみ,これを喜びに変え る,自己の苦しみを喜びにするという考え方がある。(中略)そして,他の苦しみを自分の苦しみと考えるというのは,利他の実践の考え方ですね。(中略)結局は,自分が本当に苦しみの裏に喜びがあるかどうかって考えるかどうかだと思います。」と説き,同年10月,平成28年5月,同年10月の各説法においても同様の内容を説いた(乙B6の4 3~46) 結局は,自分が本当に苦しみの裏に喜びがあるかどうかって考えるかどうかだと思います。」と説き,同年10月,平成28年5月,同年10月の各説法においても同様の内容を説いた(乙B6の4 3~46)。 Bは,平成28年2月の説法において,「他人を大切にするための手段としての場合は,その嘘というのも方便として認められるのではないか。そういった意味だと思いますが,方便という考え方,手段という考え方が仏教の非常に重要なキーワードです。これを簡単にいうとです ね,何かが絶対悪だとか絶対善ではなくて,いかなる物も使いようだ,使い方なのだ。だから,そういったものを手段と見て,使う側が視野を持って対応しなければいけないということになります。」と説いた(乙B6の48)。 Bは,平成28年8月の説法において,「殺生をしないといっても, じゃあ地面にいる虫も踏んじゃあいけないのかと,殺生しないというところを突き詰めると何か食べるということは殺生になるのではないかということになります。(中略)すると,殺生というのも不要な殺生はしてはいけないというふうに解釈が少し変わってくるわけですね。だから何が悪い,何が悪くないというのは結構難しくて,(中略)だから単純 に善悪というのを観念的に捉える必要はないんだけど,ただ逆にだからといってないがしろにするとですね,全然たかが外れてしまうからね。 『そうか,殺生というのは必要だという理由がつけばいくらやってもいいんだ』と。『嘘というのは自分の利益を増大させるんじゃなかったらいくらついてもいいんだ』ってなっちゃうとちょっとあれだけど,とに かくあまり頑なに,これしちゃいけないというのを考えて,その目的に 逆に反するような感じで,その戒律を守るというのもまた必要ないんですね。」と説 ちゃうとちょっとあれだけど,とに かくあまり頑なに,これしちゃいけないというのを考えて,その目的に 逆に反するような感じで,その戒律を守るというのもまた必要ないんですね。」と説いた(乙B6の47)。 オ構成員の言動原告の専従会員は平成25年6月,公安調査官に対し,「私でさえ,いまだにA氏を偉大な人物だと思うことがあるのですから,私より位階 が高くA氏の側にいたB代表や指導員たちは,私以上にA氏の偉大さを感じていると思います。(中略)私は,オウム真理教に入信してから約20年間,毎日繰り返し教学や修行をしていたので,A氏の説いた教義や修行の記憶がなくなることはありません。」と述べた。 原告の専従会員は,平成26年6月,公安調査官がした会話の録音 において,Aに逆らえるかとの質問に対し,「逆らえないというよりは,私はされたらされるままだわね。力が全然ないんだから。(中略)話にならないよ。日本の中の,ものすごい聖者がいても,それはできないよね。Aさんの方が上だと思うから。」と述べた。 平成26年1月のBによる講話会に参加した原告の非専従会員は, 同月,公安調査官に対し,「B代表は,今回の講話の中で,『(中略)オウム真理教も社会を変えようとしたが,急激に行おうとしたため失敗した。社会改革を行うときは,今の結果を受け入れ,時を待つことが大切である』などと述べました。私は『ひかりの輪』について,仮にAlephが信者数の減少から解散した際に,信者の受け皿となることで, Aの教えを存続させるための団体であると認識しています。今回,B代表が『時を待つことが大切である』と述べたのは,現在は会員数が少なくとも,A信仰を前面に押し出しているアレフとの違いを強調して,社会に対して『「ひかりの輪」はA信仰 あると認識しています。今回,B代表が『時を待つことが大切である』と述べたのは,現在は会員数が少なくとも,A信仰を前面に押し出しているアレフとの違いを強調して,社会に対して『「ひかりの輪」はA信仰から脱却した』とアピールし続けることで,世間がオウム真理教のことを一切忘れるまで団体を存続させ, 再び昔のような活発な活動を再開することを指しているのだと感じまし た。」と述べた。 Alephから原告に移った構成員は,平成26年7月,公安調査官に対し,「私は,B代表から,『私は,尊師の意思として,尊師の名前を出さない団体を作ってもよいと言われた唯一の男性の一番弟子です。 私は,尊師から「グルを否定してでも真理を残すように」と言われまし た』などという発言を直接聞き,安心した記憶があります。このことは,グルが唯一許したB代表が,グル否定を行うのであれば,グルへの裏切りにはならないんだと思いました。(中略)このB代表の発言は,アレフとの決裂が決定的となり,ひかりの輪側のメンバーをこれ以上増やせるかどうかという最終段階の時期であったと思います。」と述べた。 原告の専従会員は,平成29年10月26日,公安調査官に対し,「現在,ひかりの輪では,『悟りの瞑想ヨーガ講座』や『一元の法則』などの修行・教学を通じて,解脱・悟りの境地へ至り,衆生を救済することを目指しています。ひかりの輪は,修行形態や表現方法を変えることで,この衆生救済というオウム真理教時代の目的を維持し,その目的 を実現するための教義を未来に残していくために設立された団体であり,これまで,B代表がひかりの輪設立時に示した『衆生救済に導いていくための教義の根幹部分を残し,A色を隠すことで,観察処分を外す』という方針に従って活動してきました。(中略)組織 立された団体であり,これまで,B代表がひかりの輪設立時に示した『衆生救済に導いていくための教義の根幹部分を残し,A色を隠すことで,観察処分を外す』という方針に従って活動してきました。(中略)組織的にBさんの方針を徹底した結果,勝訴判決を勝ち取ることができたのです。」と述べた。 原告の専従会員は,平成25年11月,公安調査官がした会話の録音において,「A氏に殺されたということはさ。普通ね,地獄とか行かないと思うんですよ。(中略)殺されたっていうことはね,A氏と縁ができちゃったわけですよ。殺されたという縁が。だから,そしたらね,全くそういうね,真理の実践者と,私は思っているんですけれどね,と 縁がなくて,殺,死んじゃうよりは,よっぽどね,良いんじゃないかと。 どうせ人間は,死ぬんだから。」と述べた(乙B23の93)。 原告の専従会員は,平成26年,警察官の取調べに対し,「A導師,つまりグルが指示したことを実行することによって,解脱に近づけるのです。一連の事件については,よくヴァジラヤーナを実行したとされ,ポアイコール殺人であり,意味のない無差別殺人事件扱いされますが, そんな短絡的すぎる理由ではないし,世の中でいう頭の良い人たちが多くいたオウム真理教が,意味のないことなどするわけがないのです。 (中略)ポアの結果,現時点まで第三次世界大戦は起きていない,若しくは遅れているという事実を捉えるならば,一連の事件については正しかった,成功だったと言えるのではないかと思います。」などと供述し た。 原告の専従会員は,平成27年8月,「あの,教学でね,こんなのがあるんですよ。船に乗っていたら,一人の人がいて,その人は,今は何も,普通に平和に船に乗っている客なんだけど,その船で,何日か後にはね,あの人 従会員は,平成27年8月,「あの,教学でね,こんなのがあるんですよ。船に乗っていたら,一人の人がいて,その人は,今は何も,普通に平和に船に乗っている客なんだけど,その船で,何日か後にはね,あの人は,こういうふうにして,大勢の人を殺しちゃって,そ の財産を全部,自分で独り占めにして,この船を乗っ取るっていうのがね,分かる人がいたとすれば,その分かる人はね,その一人の人をね,殺しちゃっても罪にならないっていう,そういう教えなんですよ。(中略)要するに殺しちゃって,高い世界に上げちゃうことによって,その後に殺される九十人の人はね,助かるわけじゃないですか。(中略)そ れは,そういう考えは,分からないでもないですよね。」と述べた(乙B6の50)。 原告の非専従会員は,平成28年7月,「タントラ・ヴァジラヤーナの教えというのも,物の例えで,字句通りに取ったから,そういう殺人をやらかしたというふうになっているんですけど,お釈迦様が実際に 物の例えとして言ったのは,あれは,この人を放っておくと,船に強盗 がいて,この人を放っておくと,何十人も殺して金品を奪うから,それだったらこの人を殺してしまおうと。大勢を助けることになるからと。 まあ,今の法律でいう緊急避難。それから,ゴムボートにあまり乗ってきたら,全員死ぬので,定員以上に乗ろうとする人がいたら殺して,叩き殺してもいいと。それも緊急,それから正当防衛というものもありま すよね。だから,その考えを出るものじゃないんですけど,オウムはけしからんので,タントラ・ヴァジラヤーナ,という危ないことをやっていると。それは実際危ないことをやったんでね,仕方ないですけど。」と述べた(乙B6の51)。 原告の非専従会員は,平成29年3月,「(注:サリン事件が起こ ヤーナ,という危ないことをやっていると。それは実際危ないことをやったんでね,仕方ないですけど。」と述べた(乙B6の51)。 原告の非専従会員は,平成29年3月,「(注:サリン事件が起こ る)前からでも,「逆縁」でも良いから作れという話は。縁をね,まず縁を作れと。良い方でも悪い方でも。(中略)「逆縁」でも,なにやってんだって感じで,この人たち一体どういう人たちなんだっていうふうに見てしまって,そっから反対に入ってしまうというパターンもなきにしもあらずという考え方だけどね,「逆縁」なんて。夫婦だって,兄弟 だって,「逆縁」で生まれてくるということもあるってよく教えられていたからね。罪を償うために一緒になるという,過去のね。(中略)本当にあったら,それはそれで素晴らしいことだと思うんだけど。それはしょうがないことかなと思うんだけど。そういうあれがあって,償わないといけないのだったらね,過去の悪行を。そんなこと言ったら遺族の 人,怒るだろうけどね,絶対。」と述べた(乙B6の52)。 原告の専従会員は,平成29年8月,公安調査官に対し,「世の中には,災難に遭う人と遭わない人が存在します。両者の違いは何なのかは,カルマの法則から説明できます。例えば,地下鉄サリン事件や,東日本大震災などで被害を受けるのは,全て被害者の持つカルマが原因で, 自己責任です。(中略)神が,人の性格や行いなどを見極め,いつ,ど こで,どのような形でカルマ返りを行うかを決定しており,地下鉄サリン事件で亡くなった被害者についても,同様のことが言えます。(中略)殺すという行為も,殺されるという行為も,カルマ返りの現象として起こっているに過ぎず,殺す側及び殺される側の両方のカルマに原因があると考えます。そして,殺すという行為が,結果 とが言えます。(中略)殺すという行為も,殺されるという行為も,カルマ返りの現象として起こっているに過ぎず,殺す側及び殺される側の両方のカルマに原因があると考えます。そして,殺すという行為が,結果として相手の悪業 を落とすということになれば,必ずしも悪いカルマを積むことにはならず,法則としては肯定されるものとなります。」と述べた(乙B6の53)。 2 事実認定の補足説明原告は,Bほか原告の構成員らの発言等を裏付けるとされる証拠は,公安調 査官が匿名の供述者の発言を取りまとめたもので,供述者自身の署名もない伝聞証拠であるなど,その内容に信用性がない旨を主張する。 しかしながら,上記1に認定したBの発言等の大部分は,録音されていた同人の説法の記録や,同人が自ら投稿したブログ等の記載に基づくものであり,これらの信用性が高いことは明らかである。また,原告の構成員らの供述に基 づき認定した部分についても,公安調査官作成に係る報告書において発言者の氏名が秘匿されているのは,協力者の生命・身体・財産等に危害が加えられることを防止するためのものと認められる上,本件証拠中の調査書を見ても,部分的に個人を識別し得る情報に限って事後的にマスキングが施されたものと認められ,その体裁からは虚偽の内容が記載されたものであることはうかがわれ ない。そして,上記報告書中の原告の構成員らの供述に係る記載を見ても,Bらの説法会における発言,ブログの記載等の客観的な資料と整合性を有する部分が多く含まれている上,本件とは関連性が乏しいといえる説法会の様子等に関する具体的な記載なども含まれていることを考慮すれば,公安調査官が一定の方針に従って意図的に一定の供述を引き出すなどして,虚偽の内容が記載さ れたものとは認め難く,伝聞証拠であるからと 等に関する具体的な記載なども含まれていることを考慮すれば,公安調査官が一定の方針に従って意図的に一定の供述を引き出すなどして,虚偽の内容が記載さ れたものとは認め難く,伝聞証拠であるからといって,証拠価値が低いとはい えない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 3 争点⑴(原告が本団体に含まれるか)について⑴ 団体規制法にいう「団体」概念等ア団体規制法は,無差別大量殺人行為を行った団体の活動状況を明らかにし,当該行為の再発を防止するために必要な規制措置を定めることを通じ て公共の安全を確保する目的(1条)から,当該団体の活動状況を継続して明らかにするために観察処分の制度(5条)を設けるとともに,その実施方法として,当該団体による定期的な報告(同条3項,5項),公安調査官による調査及び立入検査(7条1項,2項)等を定めている。他方において,同法は,その規制が思想・信教,集会・結社等の国民の基本的人 権に重大な関係を有するものであり,これらの権利が不当に制限されてはならないこと(2条,3条参照)から,観察処分の期間について3年を超えないものとするとともに,同期間を超えて観察処分を継続するためには更新の手続を経ることを要するものとし,更新の要件として,①当該団体がその更新時において5条1項各号のいずれかに該当すること,②引き続 き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要が認められることを要するものと定めている(同条4項)。 ところで,団体規制法は,同法の規制の対象となる「団体」について「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」と定めている(4条2項)が,これは,観察処分後に,構成員の変動, 名称や組織の変更,分派・独立や新団体の設立 体」について「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」と定めている(4条2項)が,これは,観察処分後に,構成員の変動, 名称や組織の変更,分派・独立や新団体の設立等が生じる事態が想定されることに鑑み,これらのような事態があっても継続して規制を受け得るものとしなければ,規制を容易に潜脱することが可能となり,規制の実効性を欠き,同法の目的を達成することができなくなってしまうためであると解される。 このような団体規制法の規定及びその趣旨に照らすと,同法4条2項に いう「特定の共同目的」とは,無差別大量殺人行為の再発につながるような多数人に共通する目的をいい,「多数人の継続的結合体又はその連合体」には,観察処分を受けた当時に存在していた団体(以下「当初団体」という。)のみならず,その後に構成員の変動,名称や組織の変更,分派・独立や新団体の設立等がされた結果,観察処分の更新時に存在するこ ととなった団体も含むものと解すべきである。また,分派・独立や新団体の設立等により更新時に複数の団体が存在することとなった場合には,これらの団体間に対立関係が生じている事態も通常想定し得ることに照らすと,これらの団体が更新の対象となるためには,これらの団体間に相互の意思連絡や協同関係等が存することを要するものではなく,それぞれの団 体が上記「特定の共同目的」を有し,当初団体との連続性を有することにより,観察処分の対象とされた団体に包摂されるものと評価することができれば足りると解するのが相当である。他方,団体規制法上の規制について同法の目的を達成するために必要な最小限度において行うものとする観点(同法2条,3条1項参照)からは,分派・独立や新団体の設立等によ り更新時に存在することとなった 団体規制法上の規制について同法の目的を達成するために必要な最小限度において行うものとする観点(同法2条,3条1項参照)からは,分派・独立や新団体の設立等によ り更新時に存在することとなった複数の団体がいずれも観察処分の対象団体に包摂されると評価される場合に,その対象団体が取消訴訟を提起した団体を包摂するものとして同法5条4項所定の更新の要件を満たしているというためには,取消訴訟を提起した団体がそれ自身として更新の要件を満たしているか,あるいは,更新の要件を満たす他の包摂される団体と同 視することができるような事情が存することを要するものというべきである。 イこれに対し,原告は,団体規制法においては厳格な解釈適用が求められるから,観察処分の対象団体の離散集合等が生じた場合には,その結果存在することとなった各団体を一つの観察処分の中に包含するのではなく, むしろ各団体について別個の観察処分を行うことが相当である旨を主張す る。 しかしながら,団体規制法5条1項は,「その団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体」を観察処分の対象としているところ,原告主張のように観察処分後の分派・独立や新団体の設立等により存在することとなった各団体について別個の観察処分を 行わなければならないものと解するとすれば,これらの団体の役職員又は構成員に無差別大量殺人行為に関与した者がいない場合には,たとえ,当該団体について無差別大量殺人行為の再発につながる「特定の共同目的」及び当初団体との連続性が認められる場合であっても,観察処分の対象とすることができないこととなってしまい,同法の目的がおよそ達成し得な いこととなる。また,上記アに示した解釈は,そこに説示したとおり,団体規制法上 が認められる場合であっても,観察処分の対象とすることができないこととなってしまい,同法の目的がおよそ達成し得な いこととなる。また,上記アに示した解釈は,そこに説示したとおり,団体規制法上の規制について同法の目的を達成するために必要な最小限度において行うものとする観点から導かれるものであるから,同法2条又は3条に反するものではなく,むしろこれらの規定に沿うものといえる。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 ⑵ 本件における問題の所在アオウム真理教は,認定事実⑴イのとおり,その教義の要旨を「主神をシヴァ大神として崇拝し,創始者であるAの説く教えを根本とし,全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して,絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハー・ニルヴァーナ)に導くこと(衆生救済)を最終目的として,シ ヴァ大神の化身であるAに対する絶対的な浄信と帰依を培った上,自己の解脱・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ)を修めるとともに,衆生救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ),及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践する」とするものであり,教祖であるAを「尊師」又は「グル」と尊称し て同人に絶対的に帰依するものとされている点,及び,最終目的である衆 生救済を実現するための最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナが最も重視される点を特徴としている。そして,タントラ・ヴァジラヤーナに関する具体的規範とされる「五仏の法則」において,悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとする思想や,真理の実践を行う者が結果を得るためには手段を選ばないとする思想が説かれていることから,これらの思 想と上記のようなAに対する絶対的な帰依とが相まって,Aの意 早く命を絶つべきであるとする思想や,真理の実践を行う者が結果を得るためには手段を選ばないとする思想が説かれていることから,これらの思 想と上記のようなAに対する絶対的な帰依とが相まって,Aの意に沿うものであれば殺人行為であっても肯定されるとする反社会的な危険性を有する教義を成していたものと認められる。 また,教義の実践としての修行体系等を見ても,認定事実⑴ウのとおり,出家制度により一般社会から隔絶された孤立的・閉鎖的なコミュニティー を形成し,出家した構成員の後戻りを困難なものとしつつ,苛酷な環境の下,日々,Aへの絶対的な帰依(自己を捨て,Aと同じ見方,考え方をすること)を求め,上記の反社会的な危険性を有する教義をいわば不可逆的に深く受容させて,構成員の犯罪に対する反対動機の形成を無力化するものであった。オウム真理教の構成員らは,このような修行の結果,平成元 年2月から平成7年3月までの間に,無差別大量殺人行為であるサリン事件を含む各種の凶悪犯罪行為を,15回にもわたり組織的に行うこととなったものであり(認定事実⑴エ),オウム真理教の教義が有する反社会的な危険性が現実化したものと評価することができる。 イところで,本件観察処分は,対象団体を「Aを教祖・創始者とするオウ ム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」(本団体)として,平成12年1月28日付けでされたものであるところ(前提事実⑵ア),上記アのようなオウム真理教の教義が有する反社会的な危険性に照らすと,「Aを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現するこ と」(以下「本件共同目的」という。)は,団体規制法4条2項にいう 「特定の共同目的」に該当する 性に照らすと,「Aを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現するこ と」(以下「本件共同目的」という。)は,団体規制法4条2項にいう 「特定の共同目的」に該当するものと解される。また,オウム真理教を取り巻く当時の状況をみると,宗教法人であるオウム真理教に対しては,本件観察処分に先立つ平成7年12月に宗教法人法に基づく解散命令が確定し,平成8年3月に破産宣告を受けたため,法人格は失っていたものの,オウム真理教の信徒により構成される団体としての実態は依然として存在 していたことから,本件観察処分においては,このような実態に鑑みて,対象団体を本団体と定めたものと解される。 そして,本件観察処分後,オウム真理教の信徒により構成されるアレフが平成12年2月4日に発足し(平成15年2月6日に名称をアーレフに変更),さらに,アーレフから脱退したBらによる「ひかりの輪」(原 告)が平成19年5月7日に設立され,残ったアーレフ(平成20年5月20日に名称をAlephに変更)の構成員の中から更にFらの集団が平成27年1月に独自の活動を開始した(前提事実⑵ウ)。本件観察処分に係る更新のうち,原告設立後にされた第3回更新決定から第5回更新決定までは,いずれも原告が本団体に含まれることを前提としており(これら の決定は,訴訟係属中である第5回更新決定を除き,適法にされたものであることが既に確定している。),6回目の更新に当たる本件更新決定も,その決定時(平成30年1月22日)において原告が本団体に含まれること,すなわち,原告が本件共同目的を有し,本件観察処分当時に存在していたオウム真理教の信徒により構成される団体(当初団体)との連続性を 有することを前提としてされたものである(前提事実⑵エ)。 これ わち,原告が本件共同目的を有し,本件観察処分当時に存在していたオウム真理教の信徒により構成される団体(当初団体)との連続性を 有することを前提としてされたものである(前提事実⑵エ)。 これに対し,原告は,本件更新決定時において原告が本団体に含まれることを争い,具体的には,①原告においては既に,Aへの帰依及びオウム真理教の教義(特にその反社会的な危険性を有する部分)を放棄しており,組織の構成や運営等も当初団体と異なっていること,②原告とAleph 等との結合関係も存在しないことを主張する。そこで,以下,かかる原告 の主張を踏まえ,原告が本件更新決定時においても本件共同目的を有し,当初団体との連続性を有するものと認められるか否かについて検討する。 ⑶ Aへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄しているとの原告の主張についてA及びその教義の位置付けに関しては,①原告の前身であるアレフ(アー レフ)において,その活動規定等によれば,Aは開祖に過ぎず信徒に指示する存在ではないと位置付けられ,崇拝対象はシヴァ大神等であるとされた上,危険な教義を排した教典を作成,配布するものとされていたこと(認定事実⑵ウ),また,② アーレフから脱退したBらが平成19年5月に設立した原告において,そのホームページ等により公表されたところによれば,A には何らの位置付けも与えないこととされた上,シヴァ大神への崇拝も廃し,三仏(弥勒菩薩,観音菩薩及び釈迦牟尼)を崇拝の対象とすることとされ(認定事実⑶ア,ウ),さらには,平成24年10月以降は「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」への変革を遂げたとして,三仏への崇拝も廃したとされていること(認定事実⑶ウ)が認められる。 しかしながら,以下に検討するとおり,これらはい 以降は「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」への変革を遂げたとして,三仏への崇拝も廃したとされていること(認定事実⑶ウ)が認められる。 しかしながら,以下に検討するとおり,これらはいずれも,Aの高弟であるBが構想した,A及びその教義を否定するとの仮装工作の一環として行われたものであり,本件更新決定時においてもなお,原告は,Aに帰依し,オウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的としていた(すなわち,本件共同目的を有していた)と認めるのが相当である。 ア原告の前身であるアレフ(アーレフ)の設立に関する経緯等そもそも,宗教法人であるオウム真理教が宗教法人法に基づく解散命令により解散した後,Aを教祖としない新団体(アレフ)を設立するという計画は,Bが平成7年10月に逮捕されてから平成11年12月に服役を終えて出所するまでの収容中に,その構想が練られたものである(認定事 実⑵イ)。Bは,昭和61年にオウム真理教の前身である「オウム神仙 の会」に入信し,Aがその化身であるとされる「マイトレーヤ」をホーリーネームとして授けられ,平成4年には「尊師」に次ぐ「正大師」に任命される(認定事実⑵イ,キa⒟)など,Aの親族を除けば,Aとのつながりが最も強い信徒であった。Bが上記収容中に作成したノートには,①タントラ・ヴァジラヤーナ的な教義に関する全情報をシャットアウトす べき旨が,団体規制法の制定に関する情報を受けて記載されていることや,②Aを絶対化せずに真理の探究を目指すとする一方で,尊師(A)が「仏陀の化身」であり,「シャンバラの神々の世界からの魂」であり,尊師の前生が「シヴァ大神,全ての真理勝者と私たちのつながりを証明している」などと記載されていることが認められ(認定,これらの が「仏陀の化身」であり,「シャンバラの神々の世界からの魂」であり,尊師の前生が「シヴァ大神,全ての真理勝者と私たちのつながりを証明している」などと記載されていることが認められ(認定,これらの 記載に照らせば,Bは,Aへの帰依を依然として強く保持しつつ,団体規制法が制定されてもオウム真理教の組織を存続させるため,Aを教祖から外し反社会的な危険性を有しない教義を採用するとの仮装を講じる構想を有していたと認められる。 そして,アレフの設立後の運営状況は,おおむねBの上記構想に沿うよ うに展開され,Bが平成14年1月30日にアレフの代表者に就任すると,上記構想は更に強力に推し進められ,崇拝対象を「シヴァ大神を始めとする諸々の真理勝者」とする旨の活動規定が定められるなどした。その一方,Bは,説法において,Aを従前どおり「尊師」や「グル」の尊称で呼称するとともに,「シヴァ大神の化身はマハーカーラ(大黒天)であり,グル を指す。」と説明し,シヴァ大神等を崇拝することはグル(A)に帰依することと何ら変わらない旨を説くなど(,実質的な崇拝の対象は依然としてAであることをアレフの信徒に対して浸透させていた。 イ原告設立に関する経緯等 その後,Bは他の信徒とともにアーレフから脱退し,平成19年5月に 「ひかりの輪」(原告)を設立したが,その動機は,平成14年10月にAの妻であるGが出所して以降,Aを前面に出して活動しようとする反B派との間に対立が生じたこと(認定事実⑵オ)のほか,平成18年1月に本件観察処分に係る第2回更新決定がされたことや,同年5月にAの死刑 教団存続に対する危機意識を抱いたBが,教団存続を図るためには,アーレフとは別の,すなわちA及びその教義そのものを否定するという,より 分に係る第2回更新決定がされたことや,同年5月にAの死刑 教団存続に対する危機意識を抱いたBが,教団存続を図るためには,アーレフとは別の,すなわちA及びその教義そのものを否定するという,より徹底した形で仮装した新団体を設立することが必要であると考えたことによるものであった(認定事実⑵キa(a))。 そもそも,このように教団を存続させるために新団体を設立するという 構想は,平成8年におけるAの獄中メッセージにおいて,組織を二つのグループに分け,その一方のグループが破防法との戦いの結果敗北した場合に他方のグループにより吸収できるようにすることを求めていたこと(認Bは,原告設立に先立つ平成17年頃より,アーレフの内部向けインターネット掲示板やブログへの書込 み等を通じて,教団を存続させることがグル(A)の意思であり,そのために別の宗教組織を立ち上げることがAの意向に沿うものである旨を再三にわたって説き,これを根拠付けるものとしてAの獄中メッセージを引用するとともに,このような新組織の立ち上げの指示はAが逮捕される前から受けていたものであり,その実行はBに任されていたものであるとして, 他の信徒に対し自らの立場を正当化してい,a⒜)。 このように,Bは,A及びその教義を否定するとの仮装をした新団体である原告を設立することによって,真実はAに帰依する教団の存続を図ったものと認められる。 なお,Aに帰依する教団の存続を図るため,仮装とはいえA及びその教 義を否定することは,一見矛盾するようにも見えるが,そもそもオウム真理教の教義において具体的規範とされる「五仏の法則」によれば,真理の実践を行う者が結果を得るためには手段を選ばないとされており(認定事実⑴イ),Aの獄中メッセージにおいても,教義 ,そもそもオウム真理教の教義において具体的規範とされる「五仏の法則」によれば,真理の実践を行う者が結果を得るためには手段を選ばないとされており(認定事実⑴イ),Aの獄中メッセージにおいても,教義の変更につき「本質的な部分であっても外していい。」とされ 照らせば,Aの教えや意向と矛盾するものではなく,むしろこれらに沿うものと理解することができる。また,Bは,平成14年11月頃,「教団からグルを外し,教団が社会から受け入れられたときにまたグルを前面に押し出していけばよい」という考えの下,インドの修行者であるLがその師匠であるKの名を隠して布教活動を行ったことが参考になると考え,ア レフの構成員に指示してLに関する資料を集めさせるなどしており(認定このことに照らしても,Aに帰依する教団の存続を図ることと,A及びその教義を否定するとの仮装工作をすることが矛盾するものでないと,Bが考えていたことは明らかである。 ウ Bが原告設立の動機についてAからの自立を挙げている点に関して Bは,原告設立後に行った説法等において,原告を設立した動機につき,アレフ時代の修行で瞑想していたときに,Aに対し「盲信を続けることもなく,憎むこともなく,自立する」という「重要な気付き」を得たとし,その気付きの直後に見たとされる「七重の虹」が原告の名称である「ひかりの輪」の由来になったと説明している(認定事実⑶ )。 しかしながら,Bは,このようにAからの「自立」に気付いたとされる平成14年6月10日よりも後の同年11月頃,上記イのとおりアレフの構成員にLに関する資料を集めるように指示しており,また,その後の説法においてもLやKにつき繰り返し言及し,さらには, 原告設立から5年後の平成24年6月の説法においても,Lの重要性を強 構成員にLに関する資料を集めるように指示しており,また,その後の説法においてもLやKにつき繰り返し言及し,さらには, 原告設立から5年後の平成24年6月の説法においても,Lの重要性を強 調するような話。このようなBの言動は,Aからの「自立」が原告設立の動機となったとの上記説明と矛盾するものである。 また,「ひかりの輪」という名称に関しても,原告の教本において,同名称が太陽の周りの虹の光の輪に由来するとの記載と併せて,旧約聖書に おいてノアの箱船が洪水による破滅を免れたときの「滅ぼすことは2度としない」という神の約束の証が虹であったことが記載されており(乙B23の39),これに,Bがアレフにおける説法で「アレフはノアの箱船なを考え合わせると,「ひかりの輪」の名称の由来となった虹は,原告の設立によって教団の破滅を免 れることの象徴であるとも解することができる。 これらの事情に照らせば,Bが原告設立の動機としてAから「自立」した旨の説明をしていたことは,Aへの帰依を放棄するとの仮装工作の一環として行われたものにすぎないというべきである。 エ原告における崇拝の対象が三仏とされたことについて アレフ(アーレフ)においては,崇拝の対象はAがその化身であると信じられていたシヴァ大神であったのに対し,原告においては,その設立時に,三仏(弥勒菩薩,観音菩薩及び釈迦牟尼)が崇拝の対象とされた。 しかしながら,Bは,平成14年頃から,アレフにおける説法や機関誌の記事等において,①「A」の「A」は阿修羅を表し,「A」は釈迦を表 す,②シヴァ大神の化身はマハーカーラ(大黒天)であるなどと述べていたほか,③「大黒柱」が「大黒天に由来している」との連関(乙B23の44,認定事実⑶ウc)を介して, ,「A」は釈迦を表 す,②シヴァ大神の化身はマハーカーラ(大黒天)であるなどと述べていたほか,③「大黒柱」が「大黒天に由来している」との連関(乙B23の44,認定事実⑶ウc)を介して,諏訪大社の「御柱」の伝統(乙B3の95)やその四つの柱が四大菩薩(弥勒菩薩及び観音菩薩を含む。)を表していること,さらには諏訪地方のミシャグチ神信 仰にも言及し,「諏訪大社は,シヴァ大神の系統のサインに満ちていた」 などと述べており),また,④平成17年5月にも,アーレフの内部向けインターネット掲示板において,AがBに対し「観音菩薩をシヴァ大神の化身として特別視していたこと」を語っていたことや,逮捕される前から「尊師とシヴァ大神ではなく,形を変えて大黒天等を崇拝する第2の団体を弟子をリーダーにして作ること」を指示していたこと を紹介するとともに,「大黒天・マーハカーラ,観音菩薩といった宗教的な概念,すなわち,尊師と縁があるが,A尊師という名前と姿自体ではない崇拝対象を検討することは,グルの意思に反しないと考えています。」と記載していたことが認められる加えて,弥勒菩薩は,Aがその化身であるとされていたマイトレーヤの別名であり,オウム 真理教の信徒にとってAB23の61)。なお,Bは,アレフ設立の構想を練っていた収容中にも,ノートに「ボサツ集団を思念せよ。2000オウムはアレフからボサツへ進化。」と記載 このようなBの言動等に照らせば,釈迦牟尼は「A」すなわちAを示す ものとして,弥勒菩薩はAを示すものとして,観音菩薩及び大黒天はAがその化身とされているシヴァ大神を示すものとして,ミシャグチ神はシヴァ大神と連関するものとして,いずれもAを投影した崇拝等の対象として位置付けられていたことが認められる。 ,観音菩薩及び大黒天はAがその化身とされているシヴァ大神を示すものとして,ミシャグチ神はシヴァ大神と連関するものとして,いずれもAを投影した崇拝等の対象として位置付けられていたことが認められる。そして,上記アからウまでに認定した経緯に照らせば,原告がシヴァ大神への崇拝を廃止し,三仏(弥勒菩 薩,観音菩薩及び釈迦牟尼)を崇拝の対象とすることとしたのは,原告の前身であるアレフ(アーレフ)において,Aを教祖から外して崇拝対象をシヴァ大神としたものの,公安審査委員会からは依然としてAに帰依していると評価されて本件観察処分に係る第1回更新決定及び第2回更新決定を受けたことを踏まえ,Aとの関連性を有しながら仏教の教義上も過去・ 現在・未来の仏陀を象徴するものとして説明が可能である三仏(乙B3の 86)を原告における崇拝の対象に掲げたものと解される。 したがって,原告が三仏を崇拝の対象としたことも,A及びその教義を否定するとの仮装工作の一環として行われたものにすぎないと認められる。 オ大黒天及びミシャグチ神の重視についてBは,原告設立から2年が経過した平成21年7月,大黒天(マハーカ ーラ)につき,シヴァ大神の化身ではなく「シヴァ神に由来しつつも,シヴァを降伏した仏教の護法神である」とする新解釈を打ち出して,「オウム真理教を出自としつつも,それを乗り越えた」原告を象徴するものと位置付け(認定事実⑶ウe),さらに,同年8月の説法において「ミシャグチ神というのは,実は,マハーカーラと結びつくということが分かりま した。」と述べ(認定事実⑶ウf),それ以降,原告においては,「聖地巡り」と称して,ミシャグチ神を祀る場所と位置付けた諏訪大社や御頭御社宮司総社等を繰り返し訪問したり,原告の各施設内に,大黒天 した。」と述べ(認定事実⑶ウf),それ以降,原告においては,「聖地巡り」と称して,ミシャグチ神を祀る場所と位置付けた諏訪大社や御頭御社宮司総社等を繰り返し訪問したり,原告の各施設内に,大黒天の額入り写真のほか,ミシャグチ神や御頭御社宮司総社の額入り写真を掲示したり,また,大黒天像のほか,ミシャグチ神を模した土器人形や土鈴を祭壇 に祀るなどしていた(認定事実⑶ウd~f)。 しかしながら,このような原告における大黒天やミシャグチ神の扱いは,上記アからエまでに認定した経緯に照らせば,原告を設立して三仏を崇拝の対象とすることによりA及びその教義を否定するとの仮装工作をしたにもかかわらず,なおAに帰依しているとして平成21年1月に第3回更新 決定を受けたことから,仏教の教義上も説明が可能である三仏を崇拝の対象に掲げるだけでは足りないとして,Aの存在を乗り越えたものであるとの理屈が立つと考えた大黒天及びミシャグチ神を重視することとしたものと解される。 したがって,原告における大黒天及びミシャグチ神の重視も,三仏への 崇拝と同様に,A及びその教義を否定するとの仮装工作の一環として行わ れたものにすぎないと認められる。 カ 「哲学教室」への変革について原告は,平成24年10月以降,「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」へ変革するとして,①「基本理念」の改正(平成25年12月),②恒常的な祭壇の廃止,三仏への崇拝の基本的な廃止,大黒天像の廃止 (平成26年3月),③祭壇の完全な廃止,供養等の儀礼の廃止,大黒天関係の法具の破棄,三仏への崇拝の完全な廃止(同年9月)等を決定し,さらに,④平成26年8月までに各施設の大黒天像を回収して焼却した(認定事実⑶ウ)。 しかしながら,上記アからオまでに認定 関係の法具の破棄,三仏への崇拝の完全な廃止(同年9月)等を決定し,さらに,④平成26年8月までに各施設の大黒天像を回収して焼却した(認定事実⑶ウ)。 しかしながら,上記アからオまでに認定したとおり,①アレフ及び原告 を設立した目的がAへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄したとの仮装をした新団体を設立することによって真実はAに帰依する教団の存続を図ったものであることや,②その仮装の方法として,アレフ(アーレフ)ではシヴァ大神を崇拝の対象としたものの,Aへの帰依等の否定とは評価されなかったことから,原告設立後は三仏を崇拝の対象とし,さらに大黒天 及びミシャグチ神を重視するなど,宗教団体でありながら崇拝等の対象を次々と変えてきたこと,③それでもなお公安審査委員会からはAへの帰依が否定できないとして本件観察処分の更新を受け続けたことが認められ,これらの経緯に加えて,④従前は宗教団体であったものが同一組織のまま「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」という非宗教団体へ移行する ことの不自然さをも考慮すれば,原告の平成24年10月以降における上記一連の措置は,何かを崇拝等の対象としている限りは本件観察処分の更新を免れないため,崇拝等の対象をなくしたものと装っていると解するのが相当であって,これもまたA及びその教義を否定するとの仮装工作の一環として行われたものにすぎないとの評価を免れないというべきである。 また,実際の原告における状況を見ても,①原告は大黒天像を焼却した 平成26年8月以降も,従前と同様に「聖地巡り」としてミシャグチ神を祀る場所への訪問を継続していたこと(認定事実⑶ウd),②平成26年3月の立入検査では,原告の施設(法具の修法を行う部屋)に掲示されていたミシャグチ神の額入り写真は 聖地巡り」としてミシャグチ神を祀る場所への訪問を継続していたこと(認定事実⑶ウd),②平成26年3月の立入検査では,原告の施設(法具の修法を行う部屋)に掲示されていたミシャグチ神の額入り写真は撤去されたものの,平成27年2月から平成29年7月までの5回の立入検査において,Bの居室内の厨子の中 に同写真が保管されていることが確認されたこと(認定事実⑶ウd)に照らすと,原告においては,「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」へ変革したとされる時期以降も,ミシャグチ神等にAを投影した崇拝等を継続していたものと推認され,これによっても,原告における上記変革がA及びその教義を否定するとの仮装工作の一環にすぎないことが裏付けら れているものといえる。 キ教義の否定についてオウム真理教の教義の中で,衆生救済への最速の道として最も重視されていたタントラ・ヴァジラヤーナは,反社会的な危険性を有する教義であるとして,アレフの時代からこれを破棄し,経典から除くものとされ ており,原告においてもこの方針を踏襲していた。 しかしながら,Aへの帰依は,Aの説いたオウム真理教の教義を受容することと密接不可分であるというべきであり,以上に見たとおり,原告におけるAの否定は,「教団からグル(A)を外し,教団が社会から受け入れられたときにまたグル(A)を前面に押し出していく」という構想に基 づく仮装工作として行われたものであるのだから,この構想どおりに事が運んだ場合には,原告においてAを再び前面に出すと同時に,その教義についても復活させることが容易に想定できる。そして,全ての生き物を輪廻の苦しみから救済するという衆生救済を最終目的とし,その目的への速やかな到達を目指すオウム真理教にとって,目的到達への最速の道である タ せることが容易に想定できる。そして,全ての生き物を輪廻の苦しみから救済するという衆生救済を最終目的とし,その目的への速やかな到達を目指すオウム真理教にとって,目的到達への最速の道である タントラ・ヴァジラヤーナは,教義の核心部分であって,Aを再び前面に 出しながらその教義の核心であるタントラ・ヴァジラヤーナを復活させないことは,およそ想定し難いというべきである。 そして,原告が発行・配布した教本の内容を見ても,タントラ・ヴァジラヤーナの反社会的な危険性の高い思想そのものは記載されていないとしても,「完全な苦しみの滅尽は,すべての人の苦しみを取り除く手伝いを することによって得られる。」など衆生救済の思想につながる記載が見られる(c)。また,公安調査官により平成29年4月までの間に行われた複数回の立入検査において,原告の施設(鎌ヶ谷市)内のキャビネットの中に,「尊師ファイナルスピーチ」や「ヴァジラヤーナコース教学システム教本」等の教材がなお保管されていることが確認された こと(認定事実⑶ウからも,原告においてAへの帰依を再び前面に出した際には再びこれらの教材が使用される事態が想定されるといえる。 また,Bは,説法やブログへの記載等の中で,タントラ・ヴァジラヤーナについて,「ヴァジラヤーナを含めた真理の法則について,その間違ったイメージではなく,自己を犠牲にして他を救うという,聖なる意味を, 次世代に伝えなければならない。」(平成17年2月),「必要悪の殺生を肯定して,必要悪でないものと区別するという実践,これをヴァジラヤーナという教えの枠組みで,常に皆さんもう既にやっているし,やらなければ仏教とならないわけですね。」(平成21年8月),「サリン事件において,サリンをまいたその弟子たちも心の中に ,これをヴァジラヤーナという教えの枠組みで,常に皆さんもう既にやっているし,やらなければ仏教とならないわけですね。」(平成21年8月),「サリン事件において,サリンをまいたその弟子たちも心の中に『これで他人を苦しめて やるぞ』という悪い動機でやっていたかというと,そういうことは全然ないんですね。何か自分の精神的な成長ね,何か自分なりの間違った世界観かもしれないけど,救済の世界観でやるわけ。」(同年10月),「他人を大切にするための手段としての場合は,その嘘というのも方便として認められるのではないか。(中略)何かが絶対悪だとか絶対善ではなくて,い かなる物も使いようだ,使い方なのだ。」(平成28年2月)などと述べ ラヤーナの具体的規範である「五仏の法則」に通じる内容であるということができる。 また,原告の構成員の側でも,殺人という行為が結果として相手の悪業を落とすことになれば,必ずしも悪いカルマを積むことにはならず,法則 としては肯定されることになるなどとして,タントラ・ヴァジラヤーナに親和的な考え方を示し,あるいは,サリン事件を含めオウム真理教が引き起こした一連の事件を正当化するような発言をする者が複数存在する(認定事実⑶カ)。 これらに照らせば,アレフ(アーレフ)及び原告における教本の改訂等 によっても,オウム真理教の教義における根本的かつ基礎的な思想は,Bを始めとする原告の構成員から払拭されておらず,Aへの帰依を再び前面に出す日が来た場合には,タントラ・ヴァジラヤーナのように反社会的な危険性を有する部分も含めたオウム真理教の教義を容易に復活することができる状態にあったと認められる。 ク小括以上のとおり,①原告の前身であるアレフ(アーレフ)の設立は,Aへの帰依を依然とし る部分も含めたオウム真理教の教義を容易に復活することができる状態にあったと認められる。 ク小括以上のとおり,①原告の前身であるアレフ(アーレフ)の設立は,Aへの帰依を依然として強く保持していたBが,団体規制法が制定されてもオウム真理教の組織を存続させるため,Aを教祖から外し反社会的な危険性を有しない教義を採用するとの仮装工作を構想したことに基づくものであ るところ,②その後,Aを前面に出して活動しようとする反B派との対立や本件観察処分の更新などから教団存続に対する危機意識を抱いたBが,A及びその教義そのものを否定するという,より徹底した形での仮装をした新団体の設立が必要であると考え,崇拝の対象をAがその化身であるとされるシヴァ大神から,Aとの関連性を有しながら仏教の教義上も説明が 可能である三仏(弥勒菩薩,観音菩薩及び釈迦牟尼)に変えることとして, 新団体である原告を設立し,それでもなお本件観察処分の更新を受けると,Aの存在を乗り越えたものであるとの新解釈に基づく理屈を示して大黒天やミシャグチ神を重視したり,さらには宗教団体を脱したとして「思想哲学の学習教室」ないし「哲学教室」への変革を打ち出すなどしたが,これらはいずれもA及びその教義を否定するとの仮装工作の一環として行われ たもので,形を変えながらAを投影した崇拝等の対象を一貫して保持していたと評価されるものである。また,④教本の改訂等によっても,オウム真理教の教義における根本的かつ基礎的な思想は払拭されておらず,原告においてAを再び前面に出す日が来た場合には,タントラ・ヴァジラヤーナのように反社会的な危険性を有する部分も含めたオウム真理教の教義を 容易に復活することができる状態にあったということができる。 これらの事情に に出す日が来た場合には,タントラ・ヴァジラヤーナのように反社会的な危険性を有する部分も含めたオウム真理教の教義を 容易に復活することができる状態にあったということができる。 これらの事情に照らせば,原告は,本件更新決定時においても,Aへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄したものとは認められず,Aを教祖とするオウム真理教の教義を広めこれを実現するという本件共同目的を有していたものと認めるのが相当である。 ⑷ 組織の構成や運営等が当初団体と異なるとの原告の主張について上記⑶のとおり,原告は本件更新決定時においても本件共同目的を有しているところ,上記のとおり本件共同目的はAを教祖とするオウム真理教の教義を広めこれを実現することであるのだから,このことからも本件観察処分時に存在していた当初団体と原告との連続性を優に認めることができるとい うべきであるが,原告はその組織の構成や運営等が当初団体と異なることも主張しているので,念のためこの点についても更に検討を加える。 ア構成員,組織形態について原告は,オウム真理教において「尊師」に次ぐ「正大師」の地位にあり,アレフ(アーレフ)でも代表を務めたBが,他の信徒を連れてアーレフを 脱退して設立し,自らその代表者に就任したものである。そして,原告設 立時における専従会員57名,非専従会員106名のうち,1名を除く全員がかつてアーレフで活動していた者であり,また,原告においては位階制度を廃止して役職員制度を採用したものの,アーレフにおいて「師」以上の位階にあった者は1名を除き全員が原告の役員に就任し,本件更新決定時に原告の役員であった者はいずれもサリン事件当時からオウム真理教 の信徒であった者である(認定事実)。 イ修行体系について にあった者は1名を除き全員が原告の役員に就任し,本件更新決定時に原告の役員であった者はいずれもサリン事件当時からオウム真理教 の信徒であった者である(認定事実)。 イ修行体系についてオウム真理教における修行は,教学,功徳,瞑想及びイニシエーションを「四つの柱」として位置付けていたところ,原告においても,以下のとおり,これと同様の「四つの柱」から成る修行体系を採用している。 「教学」の継承についてオウム真理教と同様,原告においても,「教学」を「四つの柱」の一つと位置付けており,その教本の記載内容は,タントラ・ヴァジラヤーナのように反社会的な危険性を有する教義は省かれているものの,Aの説法等と共通する記載を含むものである(乙B3の118~127。認 。 「功徳」の継承についてオウム真理教においては「功徳」を目的とした出家制度(集団居住体制)が採用されており,構成員の支配・管理を通じて,一般社会と隔絶した孤立的・閉鎖的なコミュニティーが形成されていたところ(認定事 実),原告においても,「功徳」を「四つの柱」の一つと位置付け,原告が指定する施設に居住し原告の指示に従い活動に従事する者を「専従会員」と称して,出家制度と同様の集団居住体制を維持し,専従会員が得た収入を「布施」として徴収するなどしている(認定事実⑶ア)。 「瞑想」の継承について 原告においては,「行法」を「四つの柱」の一つと位置付けているところ,行法には,オウム真理教で「四つの柱」の一つとされていた「瞑想」も含まれており,具体的には,オウム真理教において採用されていた4種のヨーガを取り入れたものとなっている(乙B3の129,認定 事実 )。また,オウム真理教においては,ブリージングと称さ れる特殊な まれており,具体的には,オウム真理教において採用されていた4種のヨーガを取り入れたものとなっている(乙B3の129,認定 事実 )。また,オウム真理教においては,ブリージングと称さ れる特殊な呼吸法(間違えれば心不全や脳梗塞を引き起こしかねない危険性の高い修行法である。)により信徒を過呼吸状態に陥らせて神秘体験をさせる行法が実践されていたところ,原告においても,名称は異なるものの同様の呼吸法ないしヨーガを採用しており,Bもこのような呼吸法等がマインド・コントロールに有用であることを認める趣旨の発言 をしている(乙C68。認定事実⑶ウ。そのほか,原告においては,「三仏心経」の読経が修行法として導入されているところ,その内容は実際にはAの説法に示されている教義の法則を短い言葉で要約したものであり,構成員においてもマントラを唱えることと同視されていると認められる(認定事実⑶ウ)。 このように,原告は,オウム真理教における瞑想を中心とした行法を継承し,特に,特殊な呼吸法等により神秘体験をさせたり,三仏心経を繰り返し唱えさせることにより教義の法則を潜在意識に根付かせるなど,構成員のマインド・コントロールを可能とするような行法を維持していると認められる。 「イニシエーション」の承継についてオウム真理教の修行体系の最大の特徴として「音のイニシエーション」,「シャクティーパット」などのイニシエーションの存在が挙げられる(認定事実)ところ,原告においては,「聖地(聖なる環境)」を「四つの柱」の一つと位置付け,聖地巡りのほか,「音のイニ シエーション」に類似する「聖音波動法輪ヒーリング」という儀式を行 っており,また,被伝授者に霊的なエネルギーを送り込む「シャクティーパット」に類似す 聖地巡りのほか,「音のイニ シエーション」に類似する「聖音波動法輪ヒーリング」という儀式を行 っており,また,被伝授者に霊的なエネルギーを送り込む「シャクティーパット」に類似する「弥勒金剛法輪エンパワーメント」という儀式を,Aからシャクティーパットの権限を付与されたBが行っている(認定事実⑶ウc)。 ウ小括 以上のとおり,原告は,Bを始めとするオウム真理教の信徒であった者を中核として構成されている上,オウム真理教の出家制度に類似した集団居住体制が採用され,一般社会と隔絶した孤立的・閉鎖的なコミュニティーが形成されており,また,修行体系についてもオウム真理教の「四つの柱」を基本的に継承し,その中には,修行を通じて構成員の意思決定を一 定方向に誘導するマインド・コントロールを可能にするものや,被伝授者に霊的なエネルギーを送り込むなどオウム真理教に特有の儀式であるイニシエーションに類似するものも含まれていたことが認められる。これらに照らすと,原告は,組織の構成や運営等について見ても,当初団体と基本的に異なるものではなく,この点においても当初団体との連続性が認めら れるというべきである。 ⑸ 原告が本団体に含まれること以上によれば,①原告は,本件更新決定時においても,Aへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄したものとは認められず,Aを教祖とするオウム真理教の教義を広めこれを実現するという本件共同目的を有していたものと認 められ(上記⑶),②原告の組織の構成や運営等について見ても,本件観察処分当時に存在していた当初団体と基本的に異なるものではない(上記⑷)から,原告については,Aleph等との結合関係の存否に関する原告の主張について検討するまでもなく,団体規制法4条2項にいう「特 処分当時に存在していた当初団体と基本的に異なるものではない(上記⑷)から,原告については,Aleph等との結合関係の存否に関する原告の主張について検討するまでもなく,団体規制法4条2項にいう「特定の共同目的」を有し,当初団体との連続性を有するものということができ,本件観察 処分の対象団体(本団体)に包摂されるものと評価することができる。 ⑹ 原告の主張の検討(補足説明)ア原告は,オウム真理教の教義において,タントラ・ヴァジラヤーナや五仏の法則を実践することができるのはAだけであり,それを弟子が勝手に行うことは大きな悪行になるとされているところ,「脱A」の活動はAが指示していないものであるから,オウム真理教の信徒が「A隠し」を行う ことは教義上許されない旨を主張する。しかしながら,Aがオウム真理教の教祖から外れることや組織分割によってオウム真理教の組織の存続を図るという意向は,Aの獄中メッセージにおいてAが自ら示していたものでBも,Aのこうした意向は破防法の適用の有無にかかわらず今後のオウム真理教の道末を見据えたものである旨発言して いた(乙C38)ものである。また,Aを単に教祖から外すのみならず,A及びその教義それ自体を否定するとの仮装工作を行うことについては,Bにおいて,インドの修行者であるLの例を参考にして自らの立場を正当化していたことは,既に説示したとおりである(上記⑶イ)。したがって,B及び原告が「A隠し」を行う上で,オウム真理教における教義が障害に なったとはいえない。 また,原告は,Alephの信徒らによって原告の活動が厳しく批判されていることに照らしても,原告の活動は「A隠し」ではなくむしろ「脱A」と評価されるべきである旨を主張する。しかしながら,Bがアーレフを脱退する前 Alephの信徒らによって原告の活動が厳しく批判されていることに照らしても,原告の活動は「A隠し」ではなくむしろ「脱A」と評価されるべきである旨を主張する。しかしながら,Bがアーレフを脱退する前のB派と反B派との対立は,Aへの帰依を維持するか否かで はなく,Aを前面に出して活動するか否かをめぐる対立であったと認めらAlephの信徒らによる批判があることをもって,原告がAへの帰依を放棄したと認める根拠となるものではない。 イ原告は,徹底したオウム真理教時代の反省・総括の取組など「脱A」の諸改革を実行し,また「反Aleph」等の活動をしていることに照らす と,原告が本団体に包摂されるものでないことは明らかである旨を主張す る。 しかしながら,上記⑶に説示したところに照らせば,原告がAへの帰依を放棄したと認めることができないのは明らかであり,原告のいう「徹底したオウム真理教時代の反省・総括の取組A及びその教義を否定するとの仮装工作の一環としてされたものに過ぎないと いうべきである。 ウ原告は,原告が説く教義や修行は一般的な仏教やヨーガ等と異なるものではなく,一般的な仏教等にも共通する思想等を有する団体である原告を観察処分の根拠とすることは信教の自由等を不当に侵害するものである旨を主張する。 しかしながら,オウム真理教の反社会的な危険性を有する教義について,原告が真に放棄したものでなく,原告においてAを再び前面に出し,上記の教義を復活させる可能性があることは上記⑶キに説示したとおりである。 また,上記⑷に説示したとおり,原告における修行体系は,オウム真理教の「四つの柱」を基本的に継承し,その中には構成員のマインドコントロ ールを可能にするものなども含まれていたことが認められるから,原告の ⑷に説示したとおり,原告における修行体系は,オウム真理教の「四つの柱」を基本的に継承し,その中には構成員のマインドコントロ ールを可能にするものなども含まれていたことが認められるから,原告の教義や修行が一般的な仏教やヨーガ等と同様のものであるとは認め難く,原告の上記主張はその前提において失当というべきである。 エ以上から,原告の上記主張はいずれも採用することができない。 4 争点⑵(原告を含む本団体が団体規制法5条1項各号のいずれかに該当する か)について⑴ はじめに前記3⑴アにおいて説示したとおり,団体規制法上の規制について同法の目的を達成するために必要な最小限度において行うものとする観点(同法2条,3条1項参照)からは,観察処分の対象団体が取消訴訟を提起した団体 を包摂するものとして同法5条4項所定の更新の要件を満たしているという ためには,取消訴訟を提起した団体がそれ自身として更新の要件を満たしているか,あるいは,更新の要件を満たす他の包摂される団体と同視することができるような事情が存することを要するものと解されるから,以下においては,まず,原告について更新の要件を満たしているか否かを検討する。 なお,原告は,団体規制法5条1項各号が掲げる要件に関し,かつて無差 別大量殺人行為を行った団体及びその構成員といえども,再びそのような行為に及ぶおそれがない限り,通常の宗教団体又は一般市民として信教の自由等が保障されるべきであるから,同項各号の要件を満たすためには,当該団体に再び無差別大量殺人行為の準備行為等を開始する具体的危険性が存在することが必要である旨を主張する。しかしながら,団体規制法には原告が主 張するような要件を定める規定はないところ,当該団体が同項各号のいずれか 人行為の準備行為等を開始する具体的危険性が存在することが必要である旨を主張する。しかしながら,団体規制法には原告が主 張するような要件を定める規定はないところ,当該団体が同項各号のいずれかに該当する場合には,無差別大量殺人行為の再発につながる一般的な危険性を有するものと認めることができ,また,その具体的な危険性の有無及び程度については,もう一つの更新の要件である「引き続き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められること」の該当性の判断に おいて検討することができるから,原告の主張するような同法の規定にない要件を付加する解釈をしなければ当該団体及びその構成員の信教の自由等を不当に侵害することとなるものではない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 以下においては,事案に鑑み,団体規制法5条1項1号及び3号の該当性 について検討する。 ⑵ 団体規制法5条1項1号該当性についてア Aの「首謀者」該当性についてオウム真理教の教義は,その主宰者であるAが唱えた衆生救済の実現のため,Aを王ないし独裁者とする祭政一致の専制国家体制を構築するとい う政治上の主義と密接不可分に結び付いており,サリン事件は,その政治 上の主義を推進する上での障害を除去すること等を目的とし,サリン事件に関与した構成員の多くはマハームドラーの修行の一環としてこれらの犯行を実行したと認められる(認定事実⑴)。したがって,Aは,無差別大量殺人行為であるサリン事件の計画遂行に関して主導的役割を担った者として,その首謀者に該当すると認められる。 イ Aが原告の活動に影響力を有しているか否かについて前記3に説示したとおり,原告は,Aへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄したものとは認められず,A ,その首謀者に該当すると認められる。 イ Aが原告の活動に影響力を有しているか否かについて前記3に説示したとおり,原告は,Aへの帰依及びオウム真理教の教義を放棄したものとは認められず,Aを教祖とするオウム真理教の教義を広めこれを実現するという本件共同目的を有していたものと認められ,本件観察処分当時に存在していた当初団体との連続性を有するものといえるの であるから,Aは,本件更新決定時においても原告の活動に影響力を有していたと認められる。 ウしたがって,原告は団体規制法5条1項1号に該当する。 ⑶ 団体規制法5条1項3号該当性についてア Bは,サリン事件当時,オウム真理教の役員であった者(その意思決定 に関与し,事務に従事するもの)であり,かつ,本件更新決定当時における原告の代表役員であるから,原告は,団体規制法5条1項3号に該当する。 イこれに対し,原告は,サリン事件当時,オウム真理教においては,Aが単独で団体の意思決定をしており,モスクワに赴任していたBはオウム 真理教の意思決定に関与し得る立場になかったなどとして,Bは団体規制法5条1項3号にいう「当該無差別大量殺人行為が行われた時に当該団体の役員であった者」に該当しない旨を主張する。 しかしながら,Bは,地下鉄サリン事件当時,オウム真理教においてAに次ぐ地位である正大師の地位にあり,しかも正大師はBを含めて4名 しかいなかった事実に照らすと,Bは団体の意思決定に関与し得る立場 にあったと認めるのが相当であり,このことは,Bがサリン事件当時日本にいなかったとしても左右されるものではない。よって,原告の上記主張は採用することができない。 ⑷ 以上によれば,原告については,少なくとも団体規制法5条1項1号及び3号 ,Bがサリン事件当時日本にいなかったとしても左右されるものではない。よって,原告の上記主張は採用することができない。 ⑷ 以上によれば,原告については,少なくとも団体規制法5条1項1号及び3号に該当するものと認められる。したがって,原告につき更新の要件を満 たす他の本団体に包摂される団体(Aleph等)と同視することができるような事情が存するか否かを検討するまでもなく,原告を含む本団体は団体規制法5条4項所定の更新の要件のうち,同条1項各号のいずれかに該当するという要件を満たすものである。 5 争点⑶(原告を含む本団体について引き続き活動状況を継続して明らかに する必要があると認められるか)について原告は,本件更新決定時においても,集団居住体制を採用し,一般社会と隔絶した孤立的・閉鎖的なコミュニティーを形成しているほか,本件観察処分に基づく公安調査官の立入検査の際にも,布施やイベント参加費等の収入の詳細が記載されたデータの存在を隠匿したり,立会人となった構成員が公安調査官 の質問に対して回答を拒否したり,無視したりするなどしたことが認められ(乙B8の10),こうした対応はその活動実態を積極的に明らかにしようとしないものと評価せざるを得ない。 また,原告は,団体規制法5条3項に基づく公安調査庁長官宛ての報告書において,構成員や資産の一部を殊更に記載しない等の不正確な報告を繰り返し ている(乙B8の20,8の22,8の40~53)。 これらに加えて,前記3に説示したとおり,原告においては,本件更新決定時においても,A及びその教義を否定するとの仮装工作を行い続けている一方,その修行体系には構成員に対するマインドコントロールを可能とするような危険性を含むものも存続していることが認められる。 以上に照 ,A及びその教義を否定するとの仮装工作を行い続けている一方,その修行体系には構成員に対するマインドコントロールを可能とするような危険性を含むものも存続していることが認められる。 以上に照らすと,原告を含む本団体については,本件更新決定時において, 引き続きその活動状況を継続して明らかにする必要があったと認められる。したがって,原告につき更新の要件を満たす他の本団体に包摂される団体(Aleph等)と同視することができるような事情が存するか否かを検討するまでもなく,原告を含む本団体は団体規制法5条4項所定の更新の要件のうち,「引き続きその活動状況を継続して明らかにする必要性があると認められるこ と」という要件を満たすものである。 6 本件処分の適法性について以上によれば,原告は本団体に含まれ,また,原告を含む本団体は本件更新決定時において団体規制法5条4項所定の本件観察処分の更新の要件(同条1項各号のいずれかに該当し,かつ,引き続き活動状況を継続して明らかにする 必要が認められること)を満たすから,本件更新決定のうち原告に係る部分(本件処分)は適法である。 第4 結論よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第51部 裁判長裁判官清水知恵子 裁判官進藤壮一郎 裁判官田中慶太 (別紙1)は記載を省略 (別紙2)決定目録 1 被請求団体等の表示⑴ 被請求団体Aを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを 目的とし, (別紙1)は記載を省略 (別紙2)決定目録 1 被請求団体等の表示⑴ 被請求団体Aを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを 目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体 (2)から(4)は記載を省略 2 主文 ⑴ 平成15年1月23日付け,平成18年1月23日付け,平成21年1月23日付け及び平成24年1月23日付け及び平成27年1月23日付けで期間更新決定を受けた,平成12年1月28日付け公安審査委員会決定に係る被請求団体を,3年間,公安調査庁長官の観察に付する処分の期間を更新する。 ⑵ 被請求団体は,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律5条5 項において準用する同条3項6号に規定する「公安審査委員会が特に必要と認める事項」として,次の事項を公安調査庁長官に報告しなければならない。 ア被請求団体の構成員に関する出家信徒及び在家信徒の別並びに出家信徒の位階イ被請求団体作成のインターネット上のホームページに係る接続業者名,契 約名義人の氏名及び掲載の管理・運営責任者の氏名ウ被請求団体(その支部,分会その他の下部組織を含む。以下,この項において同じ。)の営む収益事業(いかなる名義をもってするかを問わず,実質的に被請求団体が経営しているものをいう。)の種類及び概要,事業所の名称及びその所在地,当該事業の責任者及び従事する構成員の氏名並びに各事 業に関する会計帳簿を備え置いている場所(その会計帳簿が電磁的記録で作 成されている場合には,当該電磁的記録の保存媒体の保管場所)以上 磁的記録で作成されている場合には,当該電磁的記録の保存媒体の保管場所以上
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