令和5(わ)1706 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年9月17日 横浜地方裁判所
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判決文本文4,360 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和5年11月2日午後7時39分頃、横浜市(住所省略)先路上において、A(当時42歳)らが被告人及びBに対し、顔面を複数回殴る等の暴行に及んだことから、自己又はBの生命及び身体を防衛するため、防衛の程度を超え、Aに対し、殺意をもって、その胸部及び背部をボーニングナイフ(刃体の長さ約12.8センチメートル、横浜地方検察庁令和6年領第270号符号5)で数回突き刺し、よって、同日午後9時57分、横浜市(住所省略)F医療センターにおいて、Aを背部刺創等による出血性ショックにより死亡させた。 (事実認定の補足説明)被告人の公判供述に照らし、念のため、殺意を認定した理由を説明する。 被告人は、刃体の長さ約12.8センチメートルの先端が鋭利なボーニングナイフで被害者の胸部や背部を複数回刺し、その傷の一部は深さ約12センチメートルに達している。このような被告人の行為は客観的にみて人が死亡する危険性の高い行為であったといえる。 被告人は、被害者グループが凶器を持っていた場合に備えて武器となりうるナイフを持ち出したが、このナイフは被告人が普段から仕事で使用している骨すき用のナイフである。また、被告人は、被害者グループが凶器を持っていないなどの状況をみて、一度はそのナイフを置いている。このようなことからすれば、被告人はナイフの危険性を十分に理解していたといえる。そして、被告人は、そのナイフを再び手にし、被害者の上半身に向けてところかまわず複数回刺しており、その強さはナイフの刃体のほぼ全てが入るくらいのものであったことからすれば、その行為で人が死亡する危険性があることを分かっていたといえる。 上半身に向けてところかまわず複数回刺しており、その強さはナイフの刃体のほぼ全てが入るくらいのものであったことからすれば、その行為で人が死亡する危険性があることを分かっていたといえる。 以上からすれば、被告人の公判供述を踏まえても、被告人は人が死亡する危険性の高い行為をそれと分かった上で行ったといえ、法律上は殺意が認められる。 (量刑の理由) 1 本件において、被告人の量刑を考える上で重要となる事情は、犯行に至る経緯である。本件犯行に至る経緯は、以下のとおりである。 ⑴ 被告人は、犯行当時、B及びCとともにタイ料理店で働いていた。被告人とBは、25年以上の付き合いがあり、兄弟のような関係であった。 ⑵ 本件の直前、被害者、D及びEら被害者グループ5人が被告人の働くタイ料理店の前を通り過ぎたとき、店の前に置いてあった自転車が倒れた。Bが、音を聞いて店の外に出ると自転車が倒れており、Cから被害者らが別の店の自転車を倒していたと聞いた。そのため、Bは、被害者らが自転車を倒したのだと思い、被害者らに対し、「何で自転車壊しちゃったの」と言った。 すると、タイ料理店から離れていたDが、店の方に引き返してきて、Bに対し、「タイ人大嫌い」、「タイに帰れ」などと大声で怒鳴りつけてきた。被害者も、Dに続いて店の方に引き返してきて、勢いよくBの方に向かうと、Dを押しのけてBの胸を両手で突き飛ばした。Bは、店の前に倒れこみ、被害者らにお腹を蹴られた。 さらに、Bは、被害者、D及びEの3人に囲まれ、何度も殴られるなどした。その間、Bは防御するのみで、被害者らに対して暴力を振るうことはなかった。 ⑶ 被告人は、タイ料理店のキッチンで調理をしていたところ、Cから、Bが日本人に取り囲まれて暴力を振るわれており、相手は何人もいるなどと聞いた。被告人は、相手 に対して暴力を振るうことはなかった。 ⑶ 被告人は、タイ料理店のキッチンで調理をしていたところ、Cから、Bが日本人に取り囲まれて暴力を振るわれており、相手は何人もいるなどと聞いた。被告人は、相手が武器を持っているかわからなかったため、まな板の上にあったボーニングナイフを持って店の裏口から外に出た。被告人がBのところに向かうと、Bが被害者ら3人から拳で何度も殴られていた。被告人は、被害者らが凶器を持っていないことが分かったため、ナイフを店の前の植木鉢のところに置いた。 被告人は、Bと被害者らの間に割って入ったが、今度は、被告人が額や頭を拳で複数回殴られた。その間、Bと被害者らの間には少し距離ができたが、被害者らは 更に向かってきて、被告人やBの顔を拳で殴る、胸倉を掴む、髪を掴むなどしてきた。また、被害者らは、その間、大声で怒鳴っており、被害者グループ5人のうち暴行を加えていない2人も、近くにいてその様子を止めることはしなかった。被告人とBは、防御するのみで、被害者らに対して暴力を振るうことはなかった。 被告人は、Bに更に殴りかかろうとする被害者を止めようとしていたところ、植木鉢のところに置いたナイフが目に入った。被告人は、ナイフを手に取り、被害者がもみ合いの中で転倒して再び立ち上がった際、被害者の胸部や首元付近を複数回突き刺した。被告人は、刺された被害者がその場に倒れた後、更に被害者の背中を一回刺した。 なお、関係者らの当時のおおよその年齢、身長及び体重は、それぞれ、・被告人が53歳、170センチメートル、70キログラム・Bが55歳、177センチメートル、86キログラム・被害者が42歳、181センチメートル、113キログラム・Dが46歳、164センチメートル、89キログラム・Eが54歳、173センチメートル、94 5歳、177センチメートル、86キログラム・被害者が42歳、181センチメートル、113キログラム・Dが46歳、164センチメートル、89キログラム・Eが54歳、173センチメートル、94キログラムであった。 2 このような経緯があったことを前提に、被告人に対して、どのような刑を科すのがふさわしいかについて検討する。 ⑴ 被告人は、刃体の長さが約12.8センチメートルの鋭利な骨すき用のナイフで、被害者の胴体に向けてナイフを複数回突き刺し、倒れた被害者の背中を更に一突きして深い刺創を負わせており、その行為自体は危険性の高いものである。また、被告人が、素手であった被害者に対し、ナイフを示して威嚇するような行為に出ることなく、いきなり危険な行為に及んだことは、防衛のためとはいえ過剰なものであったといわざるを得ない。被告人がナイフを持って外に出なければ、被告人の防衛行為が過剰になることもなかったことからすると、状況がよく分からなかったとはいえ、被告人はナイフを持って外に出るべきではなかった。さらに、結果的 に被告人の行為によって被害者の命が奪われたことは、重く受け止めなければならない。 ⑵ しかし、そもそも、本件の一連のトラブルのきっかけは、被害者が一方的にBに殴りかかり、その後も複数人で激しい暴行を加えたことにある。被告人は、一度は持ち出したナイフを置き、Bと被害者らの間に割って入り、両者を引き離そうと試みるなどしており、その間、被告人らは被害者らに対して一切の暴行を加えていない。それにもかかわらず、被害者らが被告人らに対する攻撃をやめないことから、被告人は防衛のために本件犯行に至ったものである。これらの経緯をみれば、被害者側には大きな落ち度があったといえ、被告人を強く非難することはできない。 また、被告人が過剰な防 攻撃をやめないことから、被告人は防衛のために本件犯行に至ったものである。これらの経緯をみれば、被害者側には大きな落ち度があったといえ、被告人を強く非難することはできない。 また、被告人が過剰な防衛行為に及んだのも、体格のいい3人の男性が、被告人に何度止められても、被告人らを一方的に怒鳴り付け、暴力を振るい続けるなどの言動があったからである。暴行を加えていない2人も、近くにいて被害者ら3人の暴行等を止めなかったことからすれば、状況としては2人対5人であったといえる。 体格や人数で劣る被告人が、もはや素手では被害者らからの暴行を止めることができないと考え、その場にあったナイフを使わざるを得ないほどの強い恐怖心を抱いたことは十分理解できる。被告人が、倒れた被害者の背中を更に一突きした点についても、その前の被害者らの言動やその場の状況からすれば、被害者がまた立ち上がってくるのではないかとの強い恐怖心から、被告人が冷静な判断をできなかったことは容易に推察される。この点からも、被告人を強く非難することはできない。 ⑶ 検察官は、他の手段を選択する可能性があったことについて主張している。 たしかに、事後的にみれば、検察官が主張するように、警察を待つことやナイフを示すにとどめること等の他の手段を選ぶことができたとも思える。しかし、短時間のうちに起こった一連の経緯のなかで、執拗に激しい暴行を受け続けていた被告人が、自分だけでなく兄弟同然のBをも防衛する他の手段を冷静に選ぶことは、その当時被告人が置かれた状況からすると難しかったといえる。 そうすると、行為自体の危険性や結果の重大性を十分考慮してもなお、被告人が 過剰な防衛行為に及んだことを強く非難することはできない。 ⑷ 以上のような本件当時の事情に加え、被告人は、本件を真摯に反省し、友人らの 危険性や結果の重大性を十分考慮してもなお、被告人が 過剰な防衛行為に及んだことを強く非難することはできない。 ⑷ 以上のような本件当時の事情に加え、被告人は、本件を真摯に反省し、友人らの協力を得て、被害者の遺族に対して合計300万円の被害弁償をしている(このうち200万円は、被告人が母国の家族に仕送りをしながら貯めたものであり、被告人ができる限りの金額である。)。また、被告人の雇用主が出廷し、被告人に対する監督や支援を申し出るなどしている。このように、被告人には犯情以外にも酌むべき事情がある。 3 以上によれば、同種事案における量刑傾向を十分に踏まえてみても、本件の犯行に至る経緯、犯行状況の特殊性からすれば、被告人に対しては、過剰防衛により刑を減軽し、更にその刑の執行を猶予するのが相当である。もっとも、前記のような本件行為の危険性や結果の重大性を考えると、法律上執行猶予を付することのできるなかでは最も長い刑期及び執行猶予期間を定めることが相当と考え、主文のとおり判断した。 (求刑懲役7年)令和6年9月18日横浜地方裁判所第5刑事部裁判長裁判官佐藤卓生 裁判官菅野裕希 裁判官安藤幸歩

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