令和5(ネ)10100 損害賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和6年5月30日 知的財産高等裁判所 1部 判決 控訴棄却 東京地方裁判所 令和3(ワ)28914
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判決文本文41,504 文字)

- 1 -令和6年5月30日判決言渡令和5年(ネ)第10100号損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第28914号)口頭弁論終結日令和6年2月15日判決 控訴人 X同訴訟代理人弁護士水口瑛葉 被控訴人 Y 同補助参加人株式会社文藝春秋上記両名訴訟代理人弁護士喜田村 洋 一藤原大輔主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人に対し、346万円及びこれに対する平成30年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨本件は、ドキュメンタリー映画「Life」(以下「本件映画」という。)の著作 者である控訴人が、被控訴人が書籍「捜す人津波と原発事故に襲われた浜辺で」(以 - 2 -下「本件書籍」という。)を執筆し、被控訴人補助参加人にこれを出版、販売させた行為により、本件映画に係る控訴人の著作権(翻案権)、著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)及び人格権又は法的保護に値する人格的利益がそれぞれ侵害されたと主張して、被控訴人に対し、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金合計346万円及びこれに対する平成30年8月10日(本件書籍の販売開 始日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 原判決は、被控訴人が本件書籍を執筆等したことは、本件映画に係る控訴人の翻案権、同一性保持権、 平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 原判決は、被控訴人が本件書籍を執筆等したことは、本件映画に係る控訴人の翻案権、同一性保持権、氏名表示権を侵害するものではなく、控訴人の人格権又は人格的利益を侵害するものでもないとして、控訴人の請求を棄却した。 控訴人は、原判決を不服として控訴した。 2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠により認定した。)(1) 本件映画(甲1)本件映画は、控訴人が企画し、平成28年12月頃までに制作して完成させ、平成29年2月頃に公開した115分間のドキュメンタリー映画であり、その著作者は 控訴人である。 本件映画は、東日本大震災(以下、単に「震災」ということがある。)に伴う津波により家族が犠牲となったA(以下「A」という。)やB(以下「B」という。)の言動や、同人らに関係する出来事等を控訴人が直接撮影した映像を中心とし、その他、東京電力の関係者であるC(以下「C」という。)に関係する映像等を含んで、 構成されている。 (2) 本件書籍(甲2)本件書籍は、被控訴人が執筆し、出版社である被控訴人補助参加人が平成30年8月に出版、販売した299頁のノンフィクション作品であり、著者として被控訴人の氏名が表示されている。 本件書籍は、震災の発生直後から平成29年にかけて、A、B、C、地元ラジオ局 - 3 -のアナウンサーやこれらの者に関係する人物がそれぞれ経験した出来事等をオムニバス形式で記述して構成されている。 (3) 本件映画と本件書籍の表現の対比本件映画には、別紙著作物対比表の「控訴人著作物」欄各記載の映像と音声(以下、「場面」欄記載の数字等に応じて「控訴人映像1」などといい、併せて「控訴人 る。 (3) 本件映画と本件書籍の表現の対比本件映画には、別紙著作物対比表の「控訴人著作物」欄各記載の映像と音声(以下、「場面」欄記載の数字等に応じて「控訴人映像1」などといい、併せて「控訴人 各映像」という。)がある。 本件書籍には、別紙著作物対比表の「被控訴人著作物」欄各記載の記述等(以下、「場面」欄記載の数字等に応じて「被控訴人記述1」などといい、併せて「被控訴人各記述」という。)がある。 3 争点 (1) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案権が侵害されたか(争点1)(2) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一性保持権及び氏名表示権が侵害されたか(争点2)(3) 本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護に値す る人格的利益が侵害されたか(争点3)(4) 控訴人が受けた損害の額(争点4)第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案権が侵害されたか)について (控訴人の主張)(1) 本件書籍が本件映画に依拠していること被控訴人は、本件書籍の執筆に先立ち、及び執筆中に、少なくとも6回、本件映画を視聴した。また、被控訴人は、控訴人に対し、本件映画を観ながらその場面を自分で見てきたかのように書きたいなどと述べて、本件映画のDVDを提供するよう何 度も求めた。控訴人は、後記(2)に述べるAへのインタビュー、住民説明会、卒業式、 - 4 -Aの自宅解体等の現場に立ち会い、自ら問いかけをするなどして発言等を獲得し、これらを映像化しているのに対し、被控訴人は、これらの場面に立ち会っておらず、関係者に対して事後的に形式的な取材をしたにとどまる。そ 解体等の現場に立ち会い、自ら問いかけをするなどして発言等を獲得し、これらを映像化しているのに対し、被控訴人は、これらの場面に立ち会っておらず、関係者に対して事後的に形式的な取材をしたにとどまる。そして、後記(2)に述べるとおり、本件映画と本件書籍との共通点は非常に多い。これらからすると、被控訴人は、本件映画に依拠して本件書籍を執筆したことが明らかである。 (2) 控訴人各表現と被控訴人各表現の同一性を有する部分がいずれも創作的表現であること別紙著作物対比表の「場面」欄記載の各場面(以下、同欄記載の番号等に応じて「場面1」などという。)において、控訴人各映像と被控訴人各記述は、特に同対比表に下線部を施した部分は同一であり、その余の部分も本質的部分が共通しており、実 質的に同一である。 そして、次に個別に主張するとおり、これらの同一性を有する部分はいずれも創作的表現であるといえる。 ア場面1について控訴人は、震災から約1年が経過した平成24年3月15日、初めてAに対して カメラを向けてインタビューを実施した。震災直後のAは、多くの者の取材を受け付けていなかったが、控訴人は、Aと真摯に向き合い、時間をかけて信頼関係を構築し、その心情に配慮して種々の工夫を施して撮影を開始し、ようやくAから発せられたのが「置いてきぼりだ、ここは」との発言である。これは、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、この発言を中心に、人がいない福島県南相馬 市の風景や、津波被災地に一軒だけ残るAの自宅の映像を重ね、本件映画のタイトルへとつなぐ等の工夫を施して控訴人映像1としたものである。したがって、控訴人映像1は創作的表現といえる。 イ場面2について控訴人映像2は、控訴人からの「当時、奥さんは妊娠中で?」という問 トルへとつなぐ等の工夫を施して控訴人映像1としたものである。したがって、控訴人映像1は創作的表現といえる。 イ場面2について控訴人映像2は、控訴人からの「当時、奥さんは妊娠中で?」という問いを契機 に、Aが、津波により亡くなった長女の火葬に妻が立ち会えなかったことを振り返 - 5 -り、少し時間を経て妻の心情に気付いて自分が駄目な夫であると感じたことや、東京電力に対する怒りが出てきたこと等を発言する場面を中心としている。これは、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、この発言を、Aがその後、Cほか東京電力の関係者と交流していく様子を描く伏線とする意図で用い、Aの妻や二女の横顔の映像を重ねる等の編集上の工夫をして控訴人映像2としたもの である。したがって、控訴人映像2は創作的表現といえる。 ウ場面3について控訴人映像3は、Aが、津波により行方不明となっている者を捜索する活動を継続していることについて、捜す人がいなければ、見つかる可能性はゼロであり、捜す人がいれば、ゼロではないとの旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控 訴人が、平成25年2月17日、Aにインタビューをして収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、これを、捜索にかけるAの想いの強さを伝え、また、震災から5年9か月を経てAやその仲間が行方不明の女児の遺骨を見つけるという本件映画の最終場面への伏線とする意図で用い、平成24年の捜索風景等の映像を重ねる等の編集上の工夫をして控訴人映像3としたもので ある。したがって、控訴人映像3は創作的表現といえる。 エ場面4について控訴人映像4は、Aが、津波により行方不明となったままの長男が見つからないのは、長男がAを生かすためにわざと出てこ ある。したがって、控訴人映像3は創作的表現といえる。 エ場面4について控訴人映像4は、Aが、津波により行方不明となったままの長男が見つからないのは、長男がAを生かすためにわざと出てこない、見つからないようにしているのではないか、仮に早い段階で長男が見つかっていたら、Aは妻が二女を妊娠してい ることなど関係なく自分で死んでいたと思う旨を発言する場面を中心としている。 この発言は、控訴人が、平成25年6月29日、Aに対し、我が子の死に直面した心情という最もつらい問いをあえて行い、対話の中で収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、同日に収録した約1時間の映像のうち、長男がどうしても見つからないことについて語った上記発言を選択し、全 く別の機会に撮影したAが海岸を歩く映像と重ねる編集上の工夫も行い、控訴人映 - 6 -像4としたものである。したがって、控訴人映像4は創作的表現といえる。 オ場面5について控訴人映像5は、Aが、震災から4年余りが過ぎた平成27年3月24日、いまだ津波で行方不明となったままの二女を捜索しているBに関連して、困っている人がいるのに日本は何もしない、他方でテレビでは「絆」等の言葉がよく使われており、 その差がありすぎるとの旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、Aに対し、かつてAが「置いてきぼり」と述べた心情をBの姿にも見たのではないか、Bの存在によりAに変化はあったか等を問いかけて収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、Aの性格を魅力的に描くためにこれらの発言を選択し、Bが捜索活動を行う地区の空撮映像とBが一人で歩 く映像とを重ね合わせて、Aが語る理不尽さを分かりやすく示す編集上の工夫も行 ある。控訴人は、Aの性格を魅力的に描くためにこれらの発言を選択し、Bが捜索活動を行う地区の空撮映像とBが一人で歩 く映像とを重ね合わせて、Aが語る理不尽さを分かりやすく示す編集上の工夫も行い、控訴人映像5としたものである。したがって、控訴人映像5は創作的表現といえる。 カ場面6について控訴人映像6は、Aが、周囲の人の「普通」の日常が目に入るのがつらくてフェイ スブックをやめた旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、平成26年2月9日、当時、精神的に最も不安定な状態にあったAの心情を具現化することが必要と考え、築き上げてきた信頼関係を前提に、様々な角度から問いかけて収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、周囲の者ですら深くは知り得なかったAの状態の深刻さを示すためにこの発言を選択 し、被災したAの自宅を背景とする編集上の工夫も行い、控訴人映像6としたものである。したがって、控訴人映像6は創作的表現といえる。 キ場面7について控訴人映像7は、Aが、誕生日からすれば本来小学校に入学するはずだった長男のためにかばん(ランドセル)を買って、これをAの妻が持ち、長男の写真を二女が 持って写真を撮った旨を発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、平 - 7 -成26年6月9日、Aの自宅の祭壇に置かれていたランドセルを見て、Aに問いかけて収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、時の経過が必ずしも悲しみを癒やすものとは限らないことを表すためにこの発言を選択し、Aが撮影したという家族写真を背景とする編集上の工夫も行い、控訴人映像7としたものである。したがって、控訴人映像7は創作的表現といえる。 ク場面8について ことを表すためにこの発言を選択し、Aが撮影したという家族写真を背景とする編集上の工夫も行い、控訴人映像7としたものである。したがって、控訴人映像7は創作的表現といえる。 ク場面8について控訴人映像8は、中間貯蔵施設に関して平成26年6月14日に福島県郡山市で実施された住民説明会におけるBと環境省担当者の発言や表情等を中心としている。控訴人は、説明会開始前のBの様子から終了後のBへのインタビューまで撮影を続け、Bや環境省担当者の発言のみならず、その表情、様子を収録した。控訴人 は、約1時間50分にわたる映像の中から、Bの静かな憤りが伝わるように特定の部分を選択し、テンポよく見せるような編集上の工夫も行い、控訴人映像8としたものである。したがって、控訴人映像8は創作的表現といえる。 被控訴人は、被控訴人記述8において、住民説明会におけるBの表情や心情等について記載しているが、この住民説明会に参加しておらず、Bに対して取材を行っ たとしても、B自身が住民説明会における自らの発言の際の自らの表情等についてまで取材時に語ることができたとは思われない。被控訴人は、本件映画を観て、上記発言時のBの険しい表情、環境省担当者の動揺などを知ることができ、被控訴人記述8として記載することができた。それは、控訴人が、本件映画において、Bの表情を捉えたからであり、Bの発言だけでなく、表情等も併せて伝えることに意味を認 めたからであり、被控訴人記述8は、控訴人の創作的表現を下敷きに被控訴人が文章化したものである。 ケ場面9について控訴人映像9は、控訴人からの「おかしいことに怒れるって、昔からそういうタイプだったんですか」という問いを契機に、Aが「正義感のクソもなかった」と発言す る場面を中心としている。この発言も、控訴 訴人映像9は、控訴人からの「おかしいことに怒れるって、昔からそういうタイプだったんですか」という問いを契機に、Aが「正義感のクソもなかった」と発言す る場面を中心としている。この発言も、控訴人の問いにより初めて得られたもので - 8 -ある。控訴人は、震災前後のAの生き方の変化を表すためにこの発言を選択し、編集上の工夫を行って控訴人映像9としたものである。したがって、控訴人映像9は創作的表現といえる。 コ場面10-①について控訴人映像10-①は、長女の同級生が小学校の卒業式を迎えるに当たり、長女 に代わって卒業証書を受け取ることとしたAが、当日の朝、「落ち着かない」と発言し、また、たばこを吸うなど落ち着かない様子を妻にたしなめられる場面を中心としている。この卒業式には、大勢の報道陣が詰め掛けていたが、当日の朝、自宅でのAの様子を撮影した者は控訴人以外になく、控訴人だから撮影できた発言、様子である。控訴人は、Aは実際には落ち着かない様子を短時間に繰り返し見せたわけで はないが、場面をつなぎ合わせて臨場感を見せるなどの編集上の工夫も行い、控訴人映像10-①としたものである。したがって、控訴人映像10-①は創作的表現といえる。 サ場面10-②について控訴人映像10-②は、上記卒業式に先立ち、Aが小学校から受領した手紙につ いて説明し、心情を発言する場面を中心としている。この手紙は、小学校が長女についても卒業証書を授与する提案を含むものであって、Aが控訴人を信頼していたからこそ、その存在と内容を明らかにしたものである。控訴人は、誰も描くことができないAの細やかで複雑な心情を描くためにこの場面を収録、選択して控訴人映像10-②としたものである。したがって、控訴人映像10-②は創作的表現といえる。 である。控訴人は、誰も描くことができないAの細やかで複雑な心情を描くためにこの場面を収録、選択して控訴人映像10-②としたものである。したがって、控訴人映像10-②は創作的表現といえる。 シ場面10-③について控訴人映像10-③は、小学校の教室において、Aが長女の卒業証書を受領する場面を中心としている。控訴人は、特にAの表情のアップを中心に撮影し、約32分の収録映像のうち、卒業証書を受け取る場面、Aが涙を流して挨拶する場面、二女が場の空気を和ませてAや他の者に笑顔が見られる場面等を意識的に選択して、ナレ ーションを入れない約4分の控訴人映像10-③とした。したがって、控訴人映像 - 9 -10-③は創作的表現といえる。 本件書籍にも、卒業式当日の様子が描かれているが、Aの発言だけでなく、保護者のすすり泣く状況、Aの二女が「おしっこ」と言った後のAやAの妻、周囲の反応が記載されている。控訴人はこの卒業式に立ち会い取材しているが、被控訴人は、この卒業式に立ち会っておらず、2年以上経過した後で、Aに対する取材を行っている。 Aは、自身の発言に加えて、一定の周囲の状況について語ることは可能だろうが、保護者がすすり泣く様や、「おしっこ」と聞こえた直後の自身の反応、妻の表情や動きまでを思い返して発言することができたかについては、A自身もできなかったと後に控訴人に述べている。被控訴人記述10―③における保護者のすすり泣く状況、Aの二女が「おしっこ」と言った後のAやAの妻、周囲の反応の描写は、本件映画を 見たことから記載できたものであって、控訴人映像10―③の創作的表現を下敷きに被控訴人が文章化したものである。 ス場面11について控訴人映像11は、Aの妻が、長女と長男は大きな波が来て海に連れていかれたと二女 きたものであって、控訴人映像10―③の創作的表現を下敷きに被控訴人が文章化したものである。 ス場面11について控訴人映像11は、Aの妻が、長女と長男は大きな波が来て海に連れていかれたと二女に説明しているが、二女はこれに対して「ふーん」と話しているなどと発言す る場面を中心としている。Aの妻は、当時、控訴人以外の者から取材を受けることはなく、これらの発言は、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、震災後に生まれた二女の存在を一つの主題として、同人が経験していない震災や、会ったことのない姉、兄をどう受け止めていくかを描くことを意図し、これらの発言を選択して、別の日に撮影した二女が遺骨に話しかける映像を重ね合わせるなど の編集上の工夫も行い、控訴人映像11としたものである。したがって、控訴人映像11は創作的表現といえる。 セ場面12について控訴人映像12は、平成26年5月4日、Aが、一般に開放した菜の花畑で子供たちが遊ぶ様子を見て、悲しくて泣けてくるのではなく、嬉しくて泣けてくるなどと 笑いながら発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、Aに対し、「特 - 10 -にでも、子供たちが笑ってるって、やっぱり。」と問いかけて収録したものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、Aが震災で負った心の傷を乗り越えていく過程を描く本件映画に不可欠な場面としてこれらの発言を選択し、長男の形見ともいえる鯉のぼり、子供たちの笑顔、Aの背後から日光が射す映像を重ねるなどの編集上の工夫も行い、控訴人映像12としたものである。したがっ て、控訴人映像12は創作的表現といえる。 ソ場面13について控訴人映像13は、Aが、自宅の解体を控え、震災の年を最後に立ち入っていなかった い、控訴人映像12としたものである。したがっ て、控訴人映像12は創作的表現といえる。 ソ場面13について控訴人映像13は、Aが、自宅の解体を控え、震災の年を最後に立ち入っていなかった長女の部屋に立ち入り、長女の遺品を片付けていく場面を中心としている。控訴人は、Aと二人きりで長女の部屋に入ってこれらの場面を撮影しており、控訴人 とAとの強い信頼関係がなくては記録に残ることはなかった場面である。控訴人は、Aが我が子の死に向き合う重要な場面と捉え、約2時間の映像のうち、かつての長女の生活がかいま見える物品や、それを見つめるAの表情、後ろ姿など映像を厳選して1分47秒からなる控訴人映像13としたものである。したがって、控訴人映像13は創作的表現といえる。 本件書籍にも、自宅の解体工事の前に、Aが長女の遺品を整理しながら語っている場面の記載があるが、控訴人が解体工事前にA宅で取材をしているのに対し、被控訴人は、被控訴人自身の目で被災したA宅を一度も確認したことがなく、その空間に足を踏み入れたことがないばかりか、その大きさや間取り、被災状態などについても直接見て取材をすることが不可能であった。本件映画では、遺品整理をする Aがため息をする瞬間も描かれているが、被控訴人記述13にも「小さなため息をつきながら」と、その場にいたかのような記述がされている。被控訴人の取材において、Aは解体工事前の遺品整理の場面を思い返しながらため息をしたことまで述べることができたとは考えられず、被控訴人は、本件映画の表現に依拠して、被控訴人記述13を行ったものである。 タ場面14について - 11 -控訴人映像14は、Aが、長女や長男の声を思い出すことができなくなっているなどと発言する場面を中心としている。この発言は 13を行ったものである。 タ場面14について - 11 -控訴人映像14は、Aが、長女や長男の声を思い出すことができなくなっているなどと発言する場面を中心としている。この発言は、控訴人が、自宅の解体と、子らへの記憶が薄れていくことを結び付ける意図をもって、「(自宅が)なくなってしまうと、思い出せなくなっちゃうんじゃないか、とか?」と問いかけて収録されたものであり、控訴人の問いにより初めて得られたものである。控訴人は、長女や長男が遊 んでいたおもちゃの映像を重ねるなど編集上の工夫も行い、控訴人映像14としたものである。したがって、控訴人映像14は創作的表現といえる。 チ場面15について控訴人映像15は、Aの自宅が解体される様子と、これを目の当たりにしたAの表情等を中心としている。控訴人は、平成28年2月1日、2日、11日、12日、 15日及び28日の合計6日にわたって撮影を実施した。そして、Aが自宅裏手や新居の中から解体の様子を見て、また、目を背けたり涙を流したりする場面等を選択し、時系列に捉われることなく配置して緊迫感を出すなどの工夫も行い、控訴人映像15としたものである。したがって、控訴人映像15は創作的表現といえる。 ツ場面16について 控訴人映像16は、Aが、家族も自宅も守ることができなかった旨を発言する場面を中心としている。控訴人は、平成27年6月6日、長く自宅の解体を回避してきたが、いよいよその決断を迫られたAの無念さを表すものとしてこの発言を選択し、Aの父の遺影、被災前後の自宅の映像を重ねる等の編集上の工夫も行い、控訴人映像16としたものである。したがって、控訴人映像16は創作的表現といえる。 テ場面17について控訴人映像17は、津波による行方不明者を捜索していた 重ねる等の編集上の工夫も行い、控訴人映像16としたものである。したがって、控訴人映像16は創作的表現といえる。 テ場面17について控訴人映像17は、津波による行方不明者を捜索していたところ、人の歯と骨が見つかったこと及びBが「これ、治療してある」と述べる場面を中心としている。この場面は、平成28年12月11日、Bが二女のものとみられる遺骨を発見し、初めてこれを手にした場面であるが、この場面を撮影したのは控訴人ただ一人である。 Bの反応が冷静であったことの意外さを含め、現実は時に人間の想像を超えるもの - 12 -であることを表現する意図をもってこれらの映像を選択し、映像の順序や字幕を付加して臨場感を出す等の編集上の工夫も行い、控訴人映像17としたものである。 したがって、控訴人映像17は創作的表現といえる。 (3) 本件書籍に接する者が、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができること 本件映画と本件書籍とは、その媒体のほか、登場人物や事実の配列等が異なっているが、骨格をなす全体のストーリー構成や主要な登場人物は同じであり、当事者への取材のみでは知り得ない情景の描写があるから、本件書籍に接した者は、全体として、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるというべきである。 (4) 小括以上のとおり、本件書籍は、本件映画に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正等を加えて新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから、本件映画を翻案したものといえる。 原判決は、控訴人各映像の複数の場面につき、「現実に存在した出来事や状況などの事実に関 画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから、本件映画を翻案したものといえる。 原判決は、控訴人各映像の複数の場面につき、「現実に存在した出来事や状況などの事実に関するもの」とし、「本件映画と本件小説は同じ事実を描写している」とした上で、「個々の、現実に存在した出来事や状況などの事実を表現それ自体であるということはできない」とし、「同じ事実を描写したことをもって、本件映画と本件小説の表現が共通するとはいえない」とした。しかし、ある事象は、人の五感の作用を 通じて覚知されるものであり、更にその人の持つ過去の経験や知識、又は事象との関わりの深さや価値観の違い等によっても全く異なったものとして覚知され、その覚知されたものが「事実」として扱われる。そして、ある事象を覚知する人は複数存在し得るので、覚知された内容は同一であるとは限らず、その意味での「事実」は複数存在し得るから、ある事象についての「事実」が常に単一であり、誰の目から見て も、この世に絶対的な存在として一つしか存在し得ないかのような前提は誤りであ - 13 -る。例えば、地震や津波、卒業式といった事象について、それらに立ち会った人が覚知する内容は様々であることから、地震や津波、卒業式という出来事に関する事実は、決して単一ではあり得ない。 覚知された内容を言語や映像などの方法で具現化する場合、そこには具現化しようとする者の意識が反映される。言語の場合であれば、それは単語や修飾の選択、又 は口語体か文語体か、一文の長短などの選択として表れ、映像の場合であれば、焦点の合わせ方、画角の設定、フィルターの有無、効果音の有無などの選択として表れる。こうした意識の反映を通じて具現化されたもののうち、創作性のあるものが「表現」として保護され、あ 像の場合であれば、焦点の合わせ方、画角の設定、フィルターの有無、効果音の有無などの選択として表れる。こうした意識の反映を通じて具現化されたもののうち、創作性のあるものが「表現」として保護され、ありふれたものであれば保護の対象外とするのが法の考え方である。ある出来事や状況を、詳しく描写した場合には、その描写の方法がまさに創 作性のある表現になり得る。映像表現は、取材対象者の発した発言内容だけで成立しているわけではなく、また、音声だけで成り立っているわけでもなく、取材対象者の発言内容のみならず、そのときの同人の表情や状況を描写するか否か、どう描写するかが、控訴人独自の視点による創作性のある表現である。 本件映画では、控訴人は、例えば、Aに対する質問をあらかじめ用意し、Aが回答 した内容につき、控訴人の企画、方針等に応じて取捨選択し、更に表現上の加除訂正等を加えて映像を作成したものであって、その過程においてAが手を加えていないのであるから、Aは本件映画作成のための素材を提供したにとどまる。本件映画におけるAの発言が媒体に化体したところのものは、Aによる表現ではなく、控訴人による表現であって、被控訴人はこのような表現を模倣したものである。 (被控訴人の主張)(1) 創作性を有しない部分においてのみ同一性を有するにすぎないこと本件映画及び本件書籍は、いずれもAやBの行動、その際の心情・感情等、表現上の創作性の入り込む範囲のない歴史的事実を題材に描くものであり、記述やエピソードが重複することは当然の帰結である。歴史的事実を題材に描いた両作品におい ては、「表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」において同一性を - 14 -有するにすぎない場合がしばしばあり得るから、本件書籍が本件映画を翻案したも 描いた両作品におい ては、「表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」において同一性を - 14 -有するにすぎない場合がしばしばあり得るから、本件書籍が本件映画を翻案したものかを判断するに当たっては、そのような観点から検討されるべきである。 そして、控訴人が主張する各場面において、本件映画と本件書籍とが同一性を有する部分は、Aや関係者が経験した客観的事実や、これらの者が特定の感情等を抱いたその感情の内容、又はそれを述べたという客観的事実にとどまっている。これ らの同一性を有する部分は、事実であって表現それ自体ではないか、Aらの思想又は感情を表現したものであって控訴人の思想又は感情を表現したものではないか、又は特定の人物の感情等の表現としてありふれたものであるから、いずれも創作性を有しない部分にすぎない。 控訴人の主張は、控訴人が膨大な労力をかけて得たインタビュー映像には、いず れも控訴人なりの狙いや意図があり、インタビューの結果得られた情報に著作物性・創作性が認められるということに基礎をおくものと解される。しかし、その狙いや意図といった要素は、著作権法上保護されないアイデアの範ちゅうにとどまるものである。インタビューの結果得られた情報は、客観的事実ないしその際に取材対象者が抱いた思いや感情といういわば歴史的事実(ファクト)であって、一定の狙いや 意図によって当該ファクトを得たとしても、そのファクトは、控訴人が独占的に使用できるものではない。 したがって、本件書籍が本件映画を翻案したものということはできない。 (2) 本件映画の表現上の本質的な特徴の同一性が維持されていないこと本件映画は、控訴人がAやその家族に密着取材して、その時々の感情を自ら語っ てもらうことを中心とした映像作品であ ない。 (2) 本件映画の表現上の本質的な特徴の同一性が維持されていないこと本件映画は、控訴人がAやその家族に密着取材して、その時々の感情を自ら語っ てもらうことを中心とした映像作品であり、密着取材時当時のAやBの感情に焦点が描かれている。 他方、本件書籍は、東日本大震災の発生当時のA、Bの行動や家族が被害を受けた経緯、その後の捜索活動等の個別具体的な事実関係を詳細に描くなど、本件映画とは表現の視点や観点も、具体的な描き方も大きく異なっている。また、本件書籍で は、A及びB以外のみならず、本件映画に登場していない人物についても著述し、事 - 15 -実関係の取捨選択も異なっている。 したがって、本件書籍においては、本件映画の表現上の本質的な特徴が維持されているとはいえず、本件映画を翻案したものということはできない。 2 争点2(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一性保持権及び氏名表示権が侵害されたか)について (控訴人の主張)前記1のとおり、本件書籍は、本件映画の表現上の本質的な特徴を維持しつつ、著作者である控訴人の意に反して変更、切除その他の改変を加えたものであるから、本件書籍が執筆、出版されたことにより、控訴人の同一性保持権が侵害されたといえる。 また、本件書籍には、原著作物の著作者である控訴人の氏名が表示されていないから、本件書籍が執筆、出版されたことにより、控訴人の氏名表示権が侵害されたといえる。 (被控訴人の主張)いずれも争う。 3 争点3(本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害されたか)について(控訴人の主張)控訴人は、当時の勤務先を退職し、経済的困窮や被ばくのリスクを負いながら、長い の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害されたか)について(控訴人の主張)控訴人は、当時の勤務先を退職し、経済的困窮や被ばくのリスクを負いながら、長い年月をかけて被災地の人々と信頼関係を築き、同じ時間を共有し、現地の状況や 人々の生きざまを約450時間にわたって記録し、その中から選び抜いた映像を約2時間にまで編集し、本件映画を作品として完成させたものである。これは、控訴人が築いてきた信頼関係や、控訴人の視点、問題意識、問いかけ等がなければ知られることがなかった発言や出来事の映像により成り立っているものである。このような控訴人の思想性や表現活動は、それ自体が人格権を構成し、又は法的保護に値する 人格的利益といえる。 - 16 -他方、被控訴人は、控訴人の意に反することを明確に認識しながら、地元説明会や卒業式、A宅の解体など、本件映画の場面を観て、これを引き写すような形で本件書籍を執筆、出版した。このような行為は、控訴人が有する上記人格権又は法的保護に値する人格的利益を侵害するものである。 (被控訴人の主張) 争う。 4 争点4(控訴人が受けた損害の額)について(控訴人の主張)上記1~3の翻案権侵害、同一性保持権・氏名表示権侵害及び人格権又は人格的利益の侵害について、被控訴人には、少なくとも過失が認められるところ、これらの 侵害行為により控訴人が受けた損害の額は、次のとおり、合計346万円である。 (1) 翻案権侵害による損害額 165万円本件書籍の定価1650円×出版部数1万部×被控訴人の収入10%として算定した。 (2) 同一性保持権、氏名表示権の各侵害による損害額(慰謝料) 併せて75万円 (3) 人格権又は人格的利益の侵害による損害 50円×出版部数1万部×被控訴人の収入10%として算定した。 (2) 同一性保持権、氏名表示権の各侵害による損害額(慰謝料) 併せて75万円 (3) 人格権又は人格的利益の侵害による損害額(慰謝料) 75万円(4) 弁護士費用相当損害額 31万円(被控訴人の主張)いずれも争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点1(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の翻案権が侵害されたか)について(1) 著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本 質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、 - 17 -著作権法は、思想又は感情の創作的表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案に当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集5 5巻4号837頁参照)。 (2) これを本件についてみると、控訴人各映像と被控訴人各記述とで共通するとされる部分につき、被控訴人各記述に接する者が控訴人各映像の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであるならば、翻案に当たるといえ、他方、当該部分につき、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体で はなく、又は表現上の創作性がないときは、翻案には当たらないと解すべきこととな らば、翻案に当たるといえ、他方、当該部分につき、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体で はなく、又は表現上の創作性がないときは、翻案には当たらないと解すべきこととなる。 以上の観点から、控訴人各映像と被控訴人各記述とを、その共通すると主張される部分について検討する。 ア場面1について 控訴人映像1と被控訴人記述1とは、①Aの周りには自衛隊の捜索が来ていないこと、②原発事故のみが注目されて津波被害の点は注目されないこと、③そのような状況の下で、Aが「置いてきぼりだ、ここは」との心情を抱いたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、客観的事実であるか、又はAが そのような事実認識をしていたという点において、事実又は思想と評価されるものであり、表現それ自体とはいえない。③は、Aが有した心情すなわち思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、控訴人とAとの信頼関係や、控訴人の問いかけにより、Aが上記心情を抱くに至った点を指 摘するが、共通する部分である「置いてきぼりだ、ここは」との心情そのものは、A - 18 -の思想というほかはなく、これを控訴人による創作的な表現ということはできない。 また、これらの配列順序は、①、②の事実又は思想を背景に③の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述1は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が ない部分において、控訴人映像1と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たら 現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述1は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が ない部分において、控訴人映像1と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 イ場面2について控訴人映像2と被控訴人記述2とは、①Aの妻は長女の火葬に立ち会ってその骨を拾うことができなかったこと、②Aは、百か日法要頃から、妻の気持ちに気付き、 自らを駄目な夫だと感じたこと、③Aは、その頃、東京電力に対する怒りの気持ちが出てきたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということはできない。②及び③は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体でないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通 しているとはいえない。控訴人は、控訴人の問いによりAの発言が得られた点を指摘するが、Aが持つ上記思想の表現方法としてはありふれた部分のみが共通しているにとどまる。また、これらの配列順序は、時系列に沿ったものであるほか、①の事実を背景に②及び③の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述2は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像2と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 ウ場面3について控訴人映像3と被控訴人記述3とは、Aが、捜索する人がいなければ見つかる可 能性はゼロだが、捜索する人がいれば可能性はゼロではないとの趣旨の発言が示さ - 19 -れている点において共通する。 しかし、この共通する点は、Aの思想を中心とするものであっ かる可 能性はゼロだが、捜索する人がいれば可能性はゼロではないとの趣旨の発言が示さ - 19 -れている点において共通する。 しかし、この共通する点は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体でないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述3は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性が ない部分において、控訴人映像3と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 エ場面4について控訴人映像4と被控訴人記述4とは、①Aは、長男が自分を生かすために出てこないのではないかと思ったこと、②Aは、長男が見つかったら自ら命を絶とうと考 えていたこと、③Aは、長男がそのようなAの気持ちを知って、あえて出てこないのではないかと思ったことが、これらの順序で示されている点、また、④上記①~③の心情とともに、Aが海岸を歩いている描写がある点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①~③は、いずれもAの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想 が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。また、これらの配列順序それ自体には、表現上の創作性を認めることはできない。④は、行方が知れないままの長男を思う心情を語る場面において、海岸を歩く様子を描写することは、ありふれた表現であって、表現上の創作性があるとはいえない。控訴人は、Aが語る映像と海岸を歩く映像とは別の機会に収録したものであることを指摘するが、Aが海岸を 歩きながら上記①~③の心情を抱いたことが客観的事実ではないとしても、表現上の創作性がない部分において共通するにとどまることに変わりはない。 そう したものであることを指摘するが、Aが海岸を 歩きながら上記①~③の心情を抱いたことが客観的事実ではないとしても、表現上の創作性がない部分において共通するにとどまることに変わりはない。 そうすると、被控訴人記述4は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像4と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 オ場面5について - 20 -控訴人映像5と被控訴人記述5とは、①Bが一人で二女を捜索していたこと、②Aは、そのようなBの境遇につき、困っている人がいるのに、日本は何もしないと考えていること、③そのような状況と、テレビで「絆」などと言われている状況とに理不尽さを感じていることが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということ はできない。②及び③は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体でないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。また、これらの配列順序は、①の事実を背景に②及び③の思想が示されるという関係にあるという点でありふれており、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。控訴人は、Aの発言とBの映像を重ね合わせて、Aが 語る理不尽さを分かりやすく示したことを指摘するが、そのような控訴人映像5の表現上の特徴が、被控訴人記述5と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述5は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像5と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 カ場面6について控訴人映像6と被控訴人記述6とは、①Aがフェイスブックをやめたこと、②その理由と ない部分において、控訴人映像5と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 カ場面6について控訴人映像6と被控訴人記述6とは、①Aがフェイスブックをやめたこと、②その理由として、フェイスブックに表示されるのが「みんなの普通」であり、それは理解しているが、それを見るのがつらいと感じたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということはできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。また、これらの配列順序も、①の事実の理由として②の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上 の創作性を認めることはできない。 - 21 -そうすると、被控訴人記述6は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像6と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 キ場面7について控訴人映像7と被控訴人記述7とは、①長男が小学校の入学式を迎えるはずであ った4月が到来したこと、②Aは、小学校の入学式のときには、みんな自宅の前で写真を撮ると考えていること、③Aの妻がランドセルを、二女が長男の写真を持ち、自宅の前で写真を撮ったこと、及び④Aから提供を受けた上記③の写真が、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①及び③は事実であって表現それ自体とい うことはできず、④は控訴人の著作物ではない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても創作性を有すると 及び③は事実であって表現それ自体とい うことはできず、④は控訴人の著作物ではない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても創作性を有するとはいえない。また、これらの配列順序も、①の事実を迎えたことから、②の思想に基づき③の事実が行われ、その結果が④として示されている関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述7は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像7と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 ク場面8について控訴人映像8と被控訴人記述8とは、①環境省による説明会が行われたこと、② Bが、睨むような表情で、「私自身、土地を売るとか貸すとか、全く今考えられない状況で」、「津波で家族が流されて、今も一人見つからない状況で、捜し続けていますし」、「ちょっと人に手渡すというのは考えられない」旨を述べたこと、③環境省担当者が「本当に返す言葉もございません。」、「今、そういうお話を初めて直接聞かせていただきまして、非常に、どう申していいか分からないというのが正直なと ころで」旨を述べたこと、④Bが、「ただそれ(中間貯蔵施設)を作るに当たって、 - 22 -国なり東電なり、誠意が全く感じられない」旨を述べたこと、⑤環境省担当者が「そういう誠意がないと言われれば、お詫びするしかないと思っております」旨を述べたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点は、いずれも客観的事実を中心とするものである。表現にわたる部分についても、①のうち「睨むような表情」との部分は、発言する者の 表情を表現する方法としてはあ 通する。 しかし、これらの共通する点は、いずれも客観的事実を中心とするものである。表現にわたる部分についても、①のうち「睨むような表情」との部分は、発言する者の 表情を表現する方法としてはありふれたものであるし、②~⑤の各発言による表現自体は、各発言者による言語の表現の範囲に限って共通しているにとどまる。また、これらの発言の選択及び配列のうち、配列については、Bによる質疑応答を紹介し、これを時系列に沿って示すという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできないし、被控訴人記述8には、Bや環境省担当者の 発言内容の選択として、同人らの他の発言も記載されており、取捨選択が必ずしも控訴人映像8とは共通していないから、表現上の創作性が認められる部分において共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述8は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像8と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た らない。 ケ場面9について控訴人映像9と被控訴人記述9とは、Aが、自身について、もともとは正義感が少しもなかった旨を述べる様子が示されている点において共通する。 しかし、この共通する点は、Aの自己認識という思想であって、表現それ自体では ないか、表現にわたる部分であっても、自分には以前正義感はなかったと思うが現在はそうでもないとの趣旨を示す表現としてありふれたものであって、表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述9は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像9と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た らない。 - 23 -コ場面10-①について控訴人映像10-①と被控訴人記述10 は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像9と同一性を有するにすぎないから、翻案には当た らない。 - 23 -コ場面10-①について控訴人映像10-①と被控訴人記述10-①とは、①Aが、卒業式の朝に、落ち着かない様子でたばこを吸っていたこと、②Aの妻がAをたしなめたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、ともに事実であって表現それ自 体ではないか、表現にわたる部分であっても、落ち着かない様子を示すためにたばこを吸い、また妻がこれをたしなめたとすることは、表現としてありふれており、表現上の創作性を認めることはできない。控訴人は、Aは実際には落ち着かない様子を短時間に繰り返し見せたわけではないことを指摘するが、Aが短時間で落ち着かない様子を見せたことが客観的事実ではないとしても、表現上の創作性がない部分 において共通するにとどまることに変わりはない。 そうすると、被控訴人記述10-①は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像10-①と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 サ場面10-②について 控訴人映像10-②と被控訴人記述10-②とは、①Aが、長女が通っていた小学校の担任教員から手紙を受領したこと、②Aが、小学校の卒業式に行くと、震災当時小学校2年生だった長女の同級生が成長しているのを見ることとなるが、それはつらいことであり、長女を想像してしまうだろうと考えていることが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということはできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現 示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということはできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、控訴人とAとの信頼関係があって初めて手紙の存在やAの心情が明らかにされた点を指摘するが、①が事実である点に変わりはないし、 ②については、上記の共通する部分に関していえば、Aが持つ上記思想の表現方法 - 24 -としてはありふれた部分のみが共通しているにとどまる。また、これらの配列順序も、①の事実を受けて②の思想が示されるという関係にあるという点で独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述10-②は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像10-②と同一性を有するにすぎないから、 翻案には当たらない。 シ場面10-③について控訴人映像10-③と被控訴人記述10-③とは、①小学校の教室で、担任教員が、「卒業証書を授与される者。6年、D」と呼んだこと、②涙ぐんだAが「はい」と返事をして前に出て、その隣にAの妻が長女の遺影を持って並んだこと、③Aが、 長女の同級生に対し、「4年前にDは天国に行った」、「卒業式を開いてくれて、ありがとうございます」、「Dと友達でいてくれて、ありがとうございます。」、「今日は、卒業おめでとうございます」旨を述べたこと、④教室にいる者の中にすすり泣く者がいたこと、⑤その後、二女が「ママ、おしっこ」と話し、教室が和んだこと、⑥Aは、帰宅後、自宅の祭壇に卒業証書を置いたことが、これらの順序で示されてい る点に ④教室にいる者の中にすすり泣く者がいたこと、⑤その後、二女が「ママ、おしっこ」と話し、教室が和んだこと、⑥Aは、帰宅後、自宅の祭壇に卒業証書を置いたことが、これらの順序で示されてい る点において共通する。 しかし、これらの共通する点はいずれも事実であって表現それ自体ということはできない。これらの事実の配列順序は、時系列に沿ったものであって、独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。また、①~③及び⑤の事実は、当日起きた事実の中でも核心的な出来事であるし、その事実に重ね て泣いた者がいたという④の事実や帰宅後のAの行動である⑥の事実を選択したこと自体にも、表現上の創作性を認めることはできない。控訴人は、Aの表情のアップを中心に撮影した点などを指摘するが、そのような控訴人映像10-③の表現上の特徴が、被控訴人記述10-③と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述10-③は、表現それ自体でない部分又は表現上の創 作性がない部分において、控訴人映像10-③と同一性を有するにすぎないから、 - 25 -翻案には当たらない。 ス場面11について控訴人映像11と被控訴人記述11とは、①Aの妻が、二女に対し、長女は大きな波が来て、海に連れていかれちゃったと説明したことがあること、②二女は、その説明に対して、「ふーん」という反応であったことが、これらの順序で示されている点 において共通する。 しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、Aの妻による言語の表現の範囲に限って共通しているにすぎず、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。 また、これらの配列順序自体も、独創的なものとはいい難く、表現 分であっても、Aの妻による言語の表現の範囲に限って共通しているにすぎず、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。 また、これらの配列順序自体も、独創的なものとはいい難く、表現上の創作性を認め ることはできない。 そうすると、被控訴人記述11は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像11と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 セ場面12について 控訴人映像12と被控訴人記述12とは、①一般に開放した菜の花畑を訪れた人々が笑っているのを見て、Aも笑っていたこと、②Aが、悲しいから泣けるのではなくて嬉しいから泣けてくる旨を述べたことが示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①は事実であって表現それ自体ということはできない。②は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、 表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、Aが心の傷を乗り越えていく過程を描く意図をもってこの発言を選択し、鯉のぼりや子供たちの笑顔、Aの背後から射す日光の映像を重ねるなどの編集上の工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像12の表現上の特徴が、被控訴人記述12と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述12は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性 - 26 -がない部分において、控訴人映像12と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 ソ場面13について控訴人映像13と被控訴人記述13とは、①旧自宅の解体を控えたAが、震災の年以降、初めて、旧自宅の長女の部屋に入ったこと、②長女の部屋には、長女が使用 していた机、ベッド、ノ 場面13について控訴人映像13と被控訴人記述13とは、①旧自宅の解体を控えたAが、震災の年以降、初めて、旧自宅の長女の部屋に入ったこと、②長女の部屋には、長女が使用 していた机、ベッド、ノート等が置かれていたこと、③Aが、ため息をつきながら遺品を整理していったことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ということはできない。控訴人は、控訴人とAとの信頼関係がなくては記録に残ることはなかった場面であることを指摘するが、共通する部分が事実であって表現それ自体では ないことに変わりはない。また、これらの事実の選択及び配列も、いずれも核心となる出来事を中心に選択し、時系列に沿って配列したものであり、独創的なものとはいい難く、それら自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述13は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像13と同一性を有するにすぎないから、翻案には 当たらない。 タ場面14について控訴人映像14と被控訴人記述14とは、Aが、長女や長男の声を思い出せなくなっている旨を述べたことが示されている点において共通する。 しかし、この共通する点は、Aが発言した事実又はAの認識たる思想を中心とす るものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分が共通しているとはいえない。控訴人は、長女や長男が遊んでいたおもちゃの映像を重ねるなどの編集上の工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像14の表現上の特徴が、被控訴人記述14と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述14は、表現それ自体でない部分又は表現上の 上の工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像14の表現上の特徴が、被控訴人記述14と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述14は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性 - 27 -がない部分において、控訴人映像14と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 チ場面15について控訴人映像15と被控訴人記述15とは、①Aの旧自宅が解体されていく様子、②Aがその様子を見つめていたこと、③Aが目を背けて新居の中に入り、そこから 解体の様子を見つめたり、また目を背けたりしながら、涙を流したことが示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点のうち、①及び②は、いずれも事実であって表現それ自体ということはできない。③のうち、旧自宅の解体を目にしたAが目を背け、新居の中に入ったことや、新居の窓から作業の様子を見たり見なかったりし、また涙を 流したことは、いずれも事実であって表現それ自体ではない。そして、これらの事実を「見ては背け、背けては見る。それを繰り返すうちに、涙が滲み出てきた。」などと記述することは、表現方法としてはありふれており、控訴人映像15と共通する部分において表現上の創作性が認められるとはいえない。控訴人は、Aの旧自宅の解体を合計6日にわたって撮影し、選択した場面を時系列にとらわれずに配置して 緊迫感を出すなどの工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像15の表現上の特徴が、被控訴人記述15と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述15は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像15と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 ツ場面16について控訴人映像16と被控訴人記述1 は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像15と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 ツ場面16について控訴人映像16と被控訴人記述16とは、Aが、自分は自宅も家族も守ることができなかった旨の心情を述べたことが示されている点において共通する。 しかし、この共通する点は、Aの思想を中心とするものであって、表現それ自体ではないか、表現にわたる部分であっても、控訴人の思想が創作的に表現された部分 が共通しているとはいえない。控訴人は、Aの無念さを表すためにこの発言を選択 - 28 -し、Aの父の遺影や被災前後の自宅の映像を重ねるなどの工夫を行った点を指摘するが、そのような控訴人映像16の映像に係る表現上の特徴が、被控訴人記述16と共通しているとはいえない。 そうすると、被控訴人記述16は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、控訴人映像16と同一性を有するにすぎないから、翻案には 当たらない。 テ場面17について控訴人映像17と被控訴人記述17とは、①Bが、人の歯と骨とみられるものを発見したこと、②Bが、その歯について、「これ、治療してある」と述べたことが、これらの順序で示されている点において共通する。 しかし、これらの共通する点は、いずれも事実であって表現それ自体ということはできない。控訴人は、この場面を撮影したのは控訴人のみであること、Bの反応が冷静であったことの意外さを含め、現実は時に人間の想像を超えるものであることを表現する意図をもって映像を選択し、編集上の工夫を行った点を指摘するが、控訴人のみが撮影した事実であったとしても、事実であることに変わりはないし、控 訴人が意図し、工夫した編集等の控訴人映像17の表現上 図をもって映像を選択し、編集上の工夫を行った点を指摘するが、控訴人のみが撮影した事実であったとしても、事実であることに変わりはないし、控 訴人が意図し、工夫した編集等の控訴人映像17の表現上の特徴が、被控訴人記述17と共通しているとはいえない。また、事実の配列順序も時系列に沿ったものであり、独創的なものとはいい難く、それ自体に表現上の創作性を認めることはできない。 そうすると、被控訴人記述17は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性 がない部分において、控訴人映像17と同一性を有するにすぎないから、翻案には当たらない。 (3) 以上によると、別紙著作物対比表の控訴人各映像と被控訴人各記述とは、いずれも表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないから、本件書籍は、本件映画を翻案したものとはいえない。 控訴人は、本件映画と本件書籍とは、骨格をなす全体のストーリー構成や主要な - 29 -登場人物が同じであり、当事者への取材のみでは知り得ない情景の描写があるから、本件書籍に接した者は、全体として、本件映画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる旨主張するが、全体のストーリー構成や主要な登場人物は、具体的な表現ではなくアイデアであって、これらが共通することをもって翻案に当たるということはできない。 また、本件映画には、控訴人が時間をかけてAにいわゆる密着取材をして信頼関係を醸成し、同時進行で収録していった種々の事実が記録されており、控訴人の取材、撮影によって明らかになった事実や思想が多く収録されているとみられるところ、被控訴人が本件映画を数回鑑賞し、控訴人に対してそのDVDの提供を複数回にわたって求めていたこと(甲3の2~9、甲22、乙12、原審における控訴 なった事実や思想が多く収録されているとみられるところ、被控訴人が本件映画を数回鑑賞し、控訴人に対してそのDVDの提供を複数回にわたって求めていたこと(甲3の2~9、甲22、乙12、原審における控訴人本 人尋問の結果)や、上記にみた控訴人各映像と被控訴人各記述との共通点等に照らすと、被控訴人が、本件書籍の執筆に際し、本件映画に依拠したこと自体は否定できない。しかし、既にみたとおり、これらの共通点は、いずれも表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分であるから、本件書籍は、本件映画に依拠した部分があるとはいえても、本件映画を翻案したものとまではいえない。 したがって、本件映画に係る翻案権が侵害された旨の控訴人の主張には理由がない。 2 争点2(本件書籍の執筆、出版及び販売により、本件映画に係る控訴人の同一性保持権及び氏名表示権が侵害されたか)について前記1のとおり、本件書籍が本件映画を翻案したものとはいえないことに照らす と、被控訴人が本件書籍を執筆し、出版したことにより、本件映画に係る控訴人の同一性保持権又は氏名表示権が侵害されたとはいえず、控訴人の主張には理由がない。 3 争点3(本件書籍の執筆、出版及び販売により、控訴人の人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害されたか)について控訴人は、被控訴人が本件書籍を執筆し、出版したことにより、控訴人の人格権又 は法的保護に値する人格的利益が侵害されたと主張し、人格権又は法的保護に値す - 30 -る人格的利益の具体的内容としては、本件映画に表出された控訴人の思想性又は表現活動をいう旨主張する。 しかし、控訴人の思想性又は表現活動のうち本件映画に表出された具体的表現に係る権利又は利益は、著作権法が保護しようとする法益そのものであって、前記1 控訴人の思想性又は表現活動をいう旨主張する。 しかし、控訴人の思想性又は表現活動のうち本件映画に表出された具体的表現に係る権利又は利益は、著作権法が保護しようとする法益そのものであって、前記1及び2のとおり、本件書籍の執筆及び出版により本件映画に係る著作権又は著作者 人格権が侵害されたとは認められない以上、控訴人が主張するところの人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害されたとはいえない。そして、本件全証拠によっても、他に、被控訴人が、控訴人の思想や表現活動を、受忍限度を超える態様で妨害したなどの具体的な事実関係を認めることはできない。 したがって、人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害された旨の控訴人の 主張には理由がない。 4 結論以上によると、その余の争点につき検討するまでもなく、控訴人の請求には理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴には理由がない。 よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。 - 31 -知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官本多知成 裁判官遠山敦士 裁判官天野研司- 32 -場面控訴人著作物 場面被控訴人著作物 【甲1・02 分02 秒~3 分20 秒】「(A)捜索は警察と自衛隊がやったと思っている人達がほとんどだ。ウチらのところは、俺たちだけだ。あとは、本当に誰の手も借りてない。自分達だ 【甲1・02 分02 秒~3 分20 秒】「(A)捜索は警察と自衛隊がやったと思っている人達がほとんどだ。ウチらのところは、俺たちだけだ。あとは、本当に誰の手も借りてない。自分達だけ。」「津波被害に遭って、家族を失い、家を失った人も被災者。南相馬市に住んでるだけで、被災者。 津波っていう言葉は出て来ない。津波のこと言う人は誰もいない。放射能のことしか言わない。」「ずーっと、置いてきぼりだ、ここは。」(2012 年3 月15 日収録インタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・独白するAさん(上)&津波被災地に遺る自宅(下)> 1 【甲2・93 頁7 行~12 行】Aの目の前には、毎日地獄が広がっているというのに、福島の津波被害が取り上げられることは極端に少なかった。一ヶ月以上もの間捜索に来ない自衛隊。原発事故ばかりが注目され、世間に認知されない福島の津波被害。 置いてきぼりだ、ここは-Aの中には、この頃からそんな思いが消えなくなった。 【甲1・20 分40 秒~22 分00 秒】「(X)当時、奥さんは妊娠中で?」「(A)うん。だからっていうのもあって、当然やっぱり不安だよね。だから、避難して貰った。でも避難したらガソリンがなくて帰って来れないとか。だから、火葬に立ち会えなかった嫁さんの気持ちっていうのは、すんごく辛かったと思う。」 【甲2・97 頁16 行~98 頁7行】「百か日法要の席で骨壷に向かって手を合わせたまま、Aはふと隣で手を合わせるFのことを想った。お腹を痛めて産んだ娘を亡くし、その骨を拾ってやることさえできなかった妻。(中略) 98 頁7行】「百か日法要の席で骨壷に向かって手を合わせたまま、Aはふと隣で手を合わせるFのことを想った。お腹を痛めて産んだ娘を亡くし、その骨を拾ってやることさえできなかった妻。(中略)法要の経を聞きながら、AはFの胸の内を想った。 「それまではEを見つけなきゃってことばっかりでさ。そん時になって別紙著作物対比表- 33 - (文字スーパー/原発事故の避難で娘の火葬に立ち会えず) (写真省略) 「原発がなければさ。毎日、顔を見て、Dの顔を触ってあげて、頬ずりだって出来たと思う。そういうことが全くできないまま、火葬になって、骨も拾ってやることが出来なかった。その嫁さんの気持ちっていうのは、辛かっただろうなっていうのはあるねえ。」「でも、そんなことに俺、気づいたのも、100ヶ日あたりが過ぎてからかな。そのあたりに気づいたんだ。その嫁さんの気持ちが、辛かっただろうなっていう部分。駄目な旦那だから俺は。で、気づいたらね、そっからだね、東京電力さんに、怒りが出てきたのは。」 (写真省略) (2012 年3 月収録インタビュー) やっと、嫁さんの気持ちに気付いたんだよ。俺は、だめな亭主だからさ。なんで嫁さんがこんなしんどい思いしなきゃいけないのかって。Eの捜索だって、警察も自衛隊も手伝ってくれないし。それはなんでって想ったら、やっぱり原発事故が原因でしょ。そこからだよ。東京電力に、怒りを感じるようになったのは」 なきゃいけないのかって。Eの捜索だって、警察も自衛隊も手伝ってくれないし。それはなんでって想ったら、やっぱり原発事故が原因でしょ。そこからだよ。東京電力に、怒りを感じるようになったのは」 - 34 - 【甲1・05 分59 秒~06 分50 秒】「(A)いつまで、出来るか、わかんないけどね。やれるうちは、やりましょうと。」「捜索っていうのを、自分の中で、まだ諦めては全くいないので。 あくまでも、捜す人がゼロだったら、もう見つかる可能性はゼロ。 捜す人がいれば、ゼロではないっていうふうに、自分で思うから。」(2012 年10 月~2013 年2 月収録したAさんインタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・2012 年捜索風景(上)&捜索中のAさん(下)> 【甲2・146 頁15 行~18 行】南相馬市だけでも、海岸線は南北にキロ以上続いている。広大な沿岸部の中でEを見つけ出すことが、気の遠くなるような作業であることは分かっていた。だがAには、捜索をやめる気などなかった。「捜索をやめたら、そこで可能性はゼロ。やめない限り、見つかる可能性はゼロじゃない」。自分を鼓舞するように、周囲にもそう話していた。 - 35 - 【甲1・22 分58 秒~23 分40 秒】「(A)で、途中でね、Eは、『俺を生かすために出て来ないのかな?』って思った時があったの。俺多分、あの時にE見つかってたら、俺多分死んでると思う。」「早い段階で見つかってたら、その嫁さんのこととか、い 途中でね、Eは、『俺を生かすために出て来ないのかな?』って思った時があったの。俺多分、あの時にE見つかってたら、俺多分死んでると思う。」「早い段階で見つかってたら、その嫁さんのこととか、いま、そこにお腹に赤ちゃんがいるとか、そういうのは全く関係なくて、多分、あそこで、早い段階でEが見つかって抱きしめてたら、俺多分、自分で死んでると思う。ここで。」「だから、Eに助けられてるんだなあと思ってた時があったの。Eはわざと出てこないのかなって思って。見つかんないように、してるのかなって思ってたの。」(2013 年6 月収録したAさんインタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・海岸を歩くAさん(上)&行方不明の長男の遺影(下)> 4 【甲2・147 頁4 行~10 行】この1年間、Eを捜しながら、Aには思うことがあった。 「Eは、俺を生かすために出てこないのかなって思ったのね」 Aは、Eが見つかれば、自分も命を絶とうと考えていた。DとEに会いたい、2人の元へ行きたい、そんな想いだった。自分には、妻のFと生まれたばかりのGがいる。頭ではそう理解しながらも、Eたちに会いたいという気持ちは抑えようがなかった。Eはそんな自分の気持ちを知って、敢えて出てこないのではないか。Aは一人海岸を歩きながら、そんなことを考えていた。 【甲1・57 分53 秒~58 分24】「(A)間違ってる、ってすごく思ったので。こんなのは、ホントにおかしすぎるっては思ったのでね。ここを、Bさんがずっと一人でやってた(捜索してた)のかと思うと。…やはりね、あんなに困ってる人が 【甲2・187 頁15 行~188 頁1 行 るっては思ったのでね。ここを、Bさんがずっと一人でやってた(捜索してた)のかと思うと。…やはりね、あんなに困ってる人が 【甲2・187 頁15 行~188 頁1 行】「『子供捜したい』って、親として当然の気持ちでしょ。それを堂々と『捜して欲しい』って言えない世の中の方がおかしいって思ったの。俺はDを抱きしめることも、おふくろの火葬に立ち会うこともできたし、自分の手で捜- 36 - いるのに、日本は何にもしないんだと思って。」「そのくせ、テレビとかでは、絆だとか、復興だとかが、よく使われてた訳でしょ? あまりにも、その差がさ、ありすぎて。」(2015 年3 月収録したAさんインタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・捜索するBさん(上)&Aさんインタビュー(下)> せただけ幸せだったと思う。でもBさんは避難させられて、それもできなかった訳だからね。こんなに困ってる人がいるのに、助けられない日本って何なんだと思った。そのくせ絆だとか言うでしょ。ふざけんなと思ったね」 【甲1・32 分43 秒~33 分16 秒】「(A)もう俺フェイスブックも全部辞めたのね、みんなの普通なのは、それは当たり前なんだけど、その普通のが目に入るのも辛くて。」「みんなは普通なんだよ。それは当たり前。そんなのもう全然、自分の中では理解してるんだよ。だけどそういうの ね、みんなの普通なのは、それは当たり前なんだけど、その普通のが目に入るのも辛くて。」「みんなは普通なんだよ。それは当たり前。そんなのもう全然、自分の中では理解してるんだよ。だけどそういうのも見るのも、辛くて。」「うーん、なんでだか。ちょっと、それが受け入れられなくなってるというか。」(2014 年2 月に収録したAさんインタビュー) 【甲2・192 頁後ろから1 行目~193頁8 行】…震災の翌年から始めたフェイスブックでは浜団の仲間とも繋がっていたが、前年の末にアカウントを消去し、開くことはなくなっていた。この頃の心境をAが語る。 「やっぱりフェイスブックってみんなが投稿するわけじゃん、当たり前だけど。でも当然、俺は、みんなとは違う訳でさ。萱浜に来てるみんなも、それぞれのとこに帰れば普通だから、ご飯食べてどうだとか、どこで遊んでるとか、そういう投稿も見えるじゃない? - 37 - (写真省略) (写真省略) <写真・Aさんインタビュー(上)&雪の萱浜風景(下)> それが普通だし、そうだよなって頭では分かってはいたけど、みんなの普通のところを見るのがつらくなったのね。だって、俺自身はずっと異常なところにいる訳だから」手伝いに来てくれる人の気持ちはありがたかった。だが気持ちを寄せる周囲と実際に家族を亡くした自分との間には、やはり埋めようのない距離があった。 【甲1・1 時間01 周囲と実際に家族を亡くした自分との間には、やはり埋めようのない距離があった。 【甲1・1 時間01 分22 秒~02 分10 秒】「(A)入学式が、こっちで4月の6日だったのかな。だから、その前に買って。当然、僕らも『E7歳だね。』っていう気持ちは、当然あるけど。でも、そこで、いないっていうのもね、当然あるからね。そこも、ずっと繰り返してるというかね、うん、いろいろ考えるでしょ?いろいろ考えるから。」「で、自分たちだけの入学式ってね。大体アレでしょ?入学式の時には、みんな、玄関のとこで写真撮るでしょ?…で、Eも、写真をGが持って、カバンをママが持って写真撮ったけどね。」(2014 年6 月に収録したAさんインタビュー) 【甲2・195 頁7 行~17 行】あの日から4度目の春を迎え、AとFは紺色のランドセルを買った。あの頃3歳だったEも、生きていればこの春に小学校に入学するはずだった。 4月7日。Eが通うはずだった大甕小学校の入学式が行われた日、Aは自宅の前で写真を撮った。 「小学校入学する時は、みんな家の前で写真撮るでしょ、ランドセル背負って。 だから嫁さんがランドセル持って、GにEの写真持たせて撮ったの」 (写真省略) (書籍で使用している記念写真)- 38 - (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・祭壇に供えられたランド (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・祭壇に供えられたランドセル(中)&記念写真(下)> 【甲1・41 分57 秒 ~43 分15 秒】「(司会)えー、じゃあ、3列目の男性の方お願いします。」「(B)えー大熊町、熊川区のBです。」(文字スーパー/大熊町の住民 Bさん)「私自身その、土地を売るとか、貸すとか、全く今考えられない状況で、っていうのは、津波で家族が流されて、今も一人見つからない状況で、あの、捜し続けてますし、これからずっと捜していくつもりです。それを、人に手渡すっていうのは、ちょっと考えられないんで。」(2014 年6 月の中間貯蔵施設住民説明会) 【甲2・205 頁3行~8 行】環境省の一通りの説明が終わった後、Bは質疑応答の場で手を挙げ、前に座る役人を睨むようにして言った。 「私自身、土地を売るとか貸すとか、まったく今考えられない状況で。津波で家族が流されて、今も一人見つからない状況で、あの場所で捜し続けてますし、これからずっと捜していくつもりです。それを人に手渡すというのはちょっと考えられないです」 言葉遣いこそ丁寧だったものの、その声は強い怒りを帯びていた。 - 39 - の声は強い怒りを帯びていた。 - 39 - (写真省略) (写真省略) <写真・手を挙げるBさん(上)&発言する険しい表情(下)>「(司会)じゃあ環境省から。」「(環境省)B様、どうもありがとうございます。津波であの、ま、ご家族様がえー、ま、犠牲になられたということで、・・・心の問題と申しますか、そういう整理も付かない状況だというお話。本当に、あの、返す言葉もございません。いま、そういうお話初めて、まあ、B様のお話を初めて、直接聞かさして頂きまして、非常に、どう申していいか分からないというようなところが、正直なところで。」 (写真省略) (写真省略) 【甲2・205 頁9 行~12 行】環境省の担当者が詫びながら答える。 「本当に返す言葉もございません。申し訳ございませんが、今そういうお話を初めて直接聞かさせて頂きまして、非常に、なんと申していいか分からないというのが正直なところでございます」 - 40 - 「(B)ただ、それを作るにあたって、こう、国なり東電なり、あの誠意というものが全く感じられない。」 (写真省略) (写真省略) 「(環境省)そういう誠意がないと言われれば、お詫 作るにあたって、こう、国なり東電なり、あの誠意というものが全く感じられない。」 (写真省略) (写真省略) 「(環境省)そういう誠意がないと言われれば、お詫びするしかないと思っております。」 (写真省略) (写真省略) <写真・発言するBさん(大熊)&返答する環境省> 【甲2・205 頁16 行~206 頁4 行】「もう私の気持ちは売らないと決まってるんです。いくら説明されても何されても売るつもりはないので。あそこに入れなくなることは考えられないです。中間貯蔵施設を造ることはもしかすると本当に仕方ないことかもしれないんですけど、ただそれを造るにあたって、国なり東電なりの誠意がまったく感じられないです」 担当者は、あたふたと言葉に詰まりながら答えた。 「本当に誠意、大事な言葉でございまして、私自身はそういう、心がけておるつもりでございます。そういう誠意がないと言われれば、お詫びするしかないと思っております」 【甲1・58 分24 秒~58 分50 秒】「(X)なんか、その、おかしいことに怒れるって、昔からそういうタイプだったんですか?」 【甲2・213 頁4 行~10 行】なぜそこまで人のために尽くすのか。Aはこう語る。 - 41 - 「(A)いや、そんな俺、全然もう、正義感のクソもなかったよ、俺。まあ、いまでも、そんなにねえけど。(笑)」「(X)やっぱり、震災?」「(A)以降やはり、なんていうか、自分が置かれた状況とか、そういうので、変わって行ったんだ のクソもなかったよ、俺。まあ、いまでも、そんなにねえけど。(笑)」「(X)やっぱり、震災?」「(A)以降やはり、なんていうか、自分が置かれた状況とか、そういうので、変わって行ったんだろうしね。」(2015 年3 月Aさんのインタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・Aさんインタビュー(上)&捜索するBさん(下)> 「俺なんて元々はそういう人間じゃなかったよ、全然。正義感のかけらもなかったな。でも震災があってから、親父やおふくろが生きてたらどうだったかなとか、近所の人が生きてたらどうだったかなって思うとね……やっぱり自分は、生きてるから。俺は、自分がEに生かされたって思ってるんだよ。 見つかったら、自分もEたちんとこ行こうって思ってたから。だから、生かされてる以上は、自分にできることを精一杯やろうって思ってたんだよ」 命ある者が、誰かのために、できることを精一杯やる。それはいつしか、Aの信条のようなものになっていた。 10-① 【甲1・1 時間10 分02 秒~10 分10 秒】「(A)さっぱり、朝から、起きた瞬間から、落ち着かねえからさ。」(2015 年3 月23 日の午前・自宅にてAさんの発言) (写真省略) 10-① 【甲2・217 頁3行~4行】だが、3月23 日は少し様子が違った。この日の朝、Aは久しぶりにネクタイを締め、スーツに袖を通した。身支度を整えながらも落ち着かず、そわそわと家の中を歩き回る。 - 42 -10- 子が違った。この日の朝、Aは久しぶりにネクタイを締め、スーツに袖を通した。身支度を整えながらも落ち着かず、そわそわと家の中を歩き回る。 - 42 -10-① (写真省略) <写真・ため息をつくAさん(上)&自宅を歩く様子(下)> 【甲1・1 時間09 分43 秒~09 分52 秒】(2015 年3 月23 日自宅で落ち着かずタバコを吸うAさん) (写真省略) (写真省略) <写真・タバコ吸うAさん(上)&タバコのアップ(下)> 【甲1・1 時間10 分10 秒~10 分30 秒】「(妻・F)だから、何に落ち着かないの?」「(A)女の人はすごいよね。やっぱりね。 うん。バカくせぇ。」「(Fさん)朝から2回も泣いてる人に言われたくないけどぉ。(笑)」(2015 年3 月23 日の朝・妻に窘められる様子) 10-① 【甲2・217 頁4行~5行】気を落ち着けようと何本もタバコを吸うと、 【甲2・217 頁5行】…同様にスーツに着替えたFに窘められた。 - 43 -10-① (写真省略) <写真・自宅で会話する夫婦の様子>10-①10-② れた。 - 43 -10-① (写真省略) <写真・自宅で会話する夫婦の様子>10-①10-② 【甲1・1 時間08 分01 秒~9 分12 秒】「(A)今週の月曜日、(学校から手紙を)貰いました。うん。すごく、配慮された、すごくいい手紙で、一緒に受け取りたいって。そういうふうに、くんであげたいって、子供たちも一緒に卒業式を迎えたいっていうふうなことは、書いてある。」「(X)Dちゃんと。」「(A)一緒にって。同級生を見るのは、たぶんつらいと思うんすよ。想像してしまうのでね、わかってはいるけど。その、目を背けたい部分ではあるのかな。もしかしたら、同級生が成長していくっていうのは、当然当たり前のことなんだけど。Dは当然、2年生のままで終わってて。実際、そのね、成長してる子ども達を目の前で見るっていうのは、すごくつらいことだと思うんで。だから、怖いのかなと思う。ただ、それだけなのかなと思うけど。うん。ね。 良かった。」(2015 年2 月手紙を手にしたAさんインタビュー) (写真省略) 10-② 【甲2・217 頁9行~16 行】Aの自宅に一通の手紙が届けられたのは、先月のことだった。手紙はDが通っていた大甕小学校の担任からで、そこにはDの同級生と共に、卒業式に出席してほしいと書かれていた。震災当時小学2年生だったDは、生きていればこの春に小学校を卒業するはずだった。同級生たちは、Dと一緒に卒業したいと申し出てくれたのだ。 Dの同級生と共に、卒業式に出席してほしいと書かれていた。震災当時小学2年生だったDは、生きていればこの春に小学校を卒業するはずだった。同級生たちは、Dと一緒に卒業したいと申し出てくれたのだ。 同級生たちの心遣いに感謝しつつも、Aの気持ちは揺れていた。「行きたいって気持ちと、つらさと……両方だね。学校行くのも、教室入るのもつらいからさ。同級生は大きくなってるから、見るとどうしてもDのこと想うしね。だけど卒業証書はDにとっても俺にとっても、嬉しいことだからさ」 - 44 -10-② (写真省略) 写真・担任からの手紙(上)&手紙を手にしたAさん(下)>10-②10-③ 【甲1・1 時間11 分08 秒~11 分32 秒】「(担任)ではこれから、Dさんへの卒業証書授与式を始めたいと思います。卒業証書授与。平成26年度、卒業証書を授与される者。6学年、D!」「(A)はい。」 (2015 年3 月担任に呼ばれ、返事するAさん) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・担任が名を呼ぶ(中)&夫の隣に並ぶ妻・Fさん(下)> 10-③ 【甲2・218 頁3行~8行】AとF、Gが教室の中央に立つ。 担任が、名前を呼ぶ。 「卒業証書を授与される者。6年、D」「はい」 すでに目に涙を溜めていたAが返事をして、前へ出る。FがDの遺影を抱いて、隣に並んだ。 に立つ。 担任が、名前を呼ぶ。 「卒業証書を授与される者。6年、D」「はい」 すでに目に涙を溜めていたAが返事をして、前へ出る。FがDの遺影を抱いて、隣に並んだ。 - 45 -10-③ 【甲1・1 時間11 分55 秒~12 分34 秒】「(校長)はい、おめでとうございます。」(卒業証書を渡す)「(A)ありがとうございます。(拍手)すいません。」(涙拭く)「(A)えー、4年前の3月に、Dはね。天国に逝ってしまった訳ですけど。みんながこうやって卒業式を開いてくれて、ありがとうございます。Dとお友達でいてくれて、ありがとうございます。今日は、卒業おめでとうございます。(涙)」「(誰かが鼻をすするような音)」 (児童の方に向き直り、挨拶に立つAさんの言葉) (写真省略) (写真省略) <写真・挨拶に立つAさん(上)&涙を流して話す表情(下)> 【甲1・1 時間13 分22 秒~13 分34 秒】「(G)ママ、おしっこ。(笑)」「(Aさん)ガマン!」 (記念撮影の時のGちゃんの発言) 10-③ 【甲2・218 頁10 行~14 行】藍色の台紙に縁取られた卒業証書が、Aに手渡された。両手でそれを受け取ると、Aは同級生たちの方に向き直り、溢れる涙を堪えながら挨拶に立った。 【甲2・218 頁10 行~14 行】藍色の台紙に縁取られた卒業証書が、Aに手渡された。両手でそれを受け取ると、Aは同級生たちの方に向き直り、溢れる涙を堪えながら挨拶に立った。 「Dは、4年前に天国に行きましたけど、卒業式を開いてくれて、ありがとうございます。Dと友達でいてくれて、ありがとうございます。今日は、卒業、おめでとうございます」 保護者たちからも、すすり泣く声が聞こえた。 【甲2・219 頁3行~8行】最後に記念撮影をしようと、皆が教室の片側に並ぶと、「ママおしっこ!」 Gが言い出した。あどけない一言に、皆が笑った。泣き通しだったAとFにも、笑みがこぼれた。 - 46 -10-③ (写真省略) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・Aさんが笑顔になる瞬間(3枚目)&Gちゃん(4枚目)> 【甲1・1 時間14 分32 秒~15 分10 秒】「(A)じいちゃん、ばあちゃんに見せないと。」(自宅に帰った後、祭壇に卒業証書を置くAさん) (写真省略) 10-③ 【甲2・219 頁9 行~10 行】式を終え、自宅へ帰った後。 【甲2・219 頁9 行~10 行】式を終え、自宅へ帰った後。AはDや両親が眠る祭壇に、卒業証書と花束を供えた。 - 47 -10-③ (写真省略) <写真・祭壇に供えた卒業証書(上)&手前に見える花束(下)>10-③ 【甲1・1 時間07 分16 秒~07 分45 秒】「(F)うーん、『なんで死んじゃったの?』とか。うーん。」「(X)そういうふうに?」「(F)(Gが)聞いたりはする。うん。海から、大きな波がやって来て、そのまま、ザバーンって、海に連れて行かれちゃったんだよ。」って。それでね、「おじいちゃんも、おばあちゃんも、Dちゃんも、Eちゃんも、天国に行っちゃったんだよ。」って。」「(Gは)『ふーん。』みたいな感じでは、いるけれど、うん。」(2015 年3 月に収録したFさんインタビュー・Gとの会話) (写真省略) (写真省略) <写真・祭壇とGちゃん(上)&Fさんインタビュー(下)> 【甲2・222 頁7 行~10 行】Fは、以前からGに、DとEのことを話して聞かせていた。遺影の写真を見せ、「これがお姉ちゃんのDちゃん、これがお兄ちゃんのEちゃん。大きな波が来て、海に連れてかれちゃったんだよ」と話していた。まだ会話もままならなかったGは「 を話して聞かせていた。遺影の写真を見せ、「これがお姉ちゃんのDちゃん、これがお兄ちゃんのEちゃん。大きな波が来て、海に連れてかれちゃったんだよ」と話していた。まだ会話もままならなかったGは「ふーん」と返すだけだったが、幼稚園に入り、その存在を理解するようになっていた。 - 48 - 【甲1・37 分38 秒~38 分04 秒】「(X)特にでも、子供たちが笑ってるって、やっぱり。」「(A)そう、それだけでもう、満足なの。 ひとりでも、二人でもって思ってたのが、こんなに沢山の笑顔がある。それで、ありがとうってね。 もう泣けてくるじゃないって思って。嬉しくて。悲しくてじゃなくてね。嬉しくて泣けてくるじゃない。」(2014年5月のAさんインタビュー) (写真省略) (写真省略) <写真・満開の菜の花畑(上)&満面の笑顔のAさん(下)> 【甲2・226 頁15 行~227 項1 行】それもすべて、訪れる人々に「笑ってもらうため」だ。Aの願い通り、訪れた人たちは楽しそうに笑ってくれている。それを見たAは、自分も笑顔を浮かべながらこう話す。 「いいよね、やっぱり。子供とかが笑ってるのを見ると、こっちも嬉しくなるじゃない。泣けてくるもんね。悲しくてじゃなくて、嬉しくて泣けてくる。悲しいことしかなかったこの場所でみんなが笑ってくれてるって思うと、それが本当に嬉しい」 【甲1・1 時間38 分27 秒~39 分16 秒】「(A)(階段上がる足音)倒れるこ てるって思うと、それが本当に嬉しい」 【甲1・1 時間38 分27 秒~39 分16 秒】「(A)(階段上がる足音)倒れることはないから。…あとはDの部屋だけだね。すごいよ。このままだね、もう。必要なのを取って。」「(A)そ、震災の年にしか、上がってない。うん、に上がってっきり。あとは上がってないので。…えー、入学と同時に買った。Dが選んだ、やつ(机)だ。」(2016 年1 月31 日解体前日の自宅2階へ入るAさんの様子) 【甲2・248 頁1 行~6 行】解体工事が始まる前、Aは旧家の2階にあるDの部屋に入った。部屋はあえてあの日のままにしてあったが、残すべきものは解体前に整理しておかなければならない。 Aが部屋に入るのは、震災の年以来だった。Dたちの映像や写真を見返すことと同じように、ありありと思い出すことが怖く、この5年間避け続けていた。恐る恐る部屋に入ると、そこにはDの欠片が溢れていた。宿題をしていた勉強机やベッド、名前の書いたノートや筆箱、学校の授業で描いた絵、- 49 - (写真省略) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・自宅2階にて(2 枚目)& 机上の名前入りノート(4枚目)> 【甲1・1 時間39 分16 秒~40 分14 秒】(2016 年1月31 日ため息をつき、涙ながらに娘の遺品を整理) 自宅2階にて(2 枚目)& 机上の名前入りノート(4枚目)> 【甲1・1 時間39 分16 秒~40 分14 秒】(2016 年1月31 日ため息をつき、涙ながらに娘の遺品を整理) (写真省略) 試験のプリント。どれもあの日のままだ。 【甲2・248 頁7 行~8 行】Aは小さなため息をつきながら、娘の名前が書かれたノートやプリントを整理していった。その一つ一つが、ありし日のDの面影を蘇らせた。 - 50 - (写真省略) (写真省略) <写真・被災した自宅2階でのAさん(1、2枚目)&仕分けられた遺品(3枚目)> 【甲1・1 時間34 分26 秒~35 分10 秒】「(X)もし(被災した自宅が)なくなってしまうと、思い出せなくなっちゃうんじゃないか、とか?」「(A)そういうのもねえ、怖いんす。正直もう、DとEの声なんか、覚えてないもんね。(涙、ため息)思い出す事が、出来なくなってるし。…そういうのもあるから、どうしても、怖いなあっていうのもあるし。」(2015 年6 月子ども達の声が思い出せないというインタビュー) (写真省略) 声が思い出せないというインタビュー) (写真省略) 【甲第2号・248 頁9行~13 行】「記憶とかってさ、音から先に消えてくんだなぁって思うの。生活してる中で、ふっとDはどんな声だったかなって思うんだけど、気付いたら耳に残ってないんだよ。当初は全然覚えてたはずなのに。Eの声も、親父の声も、おふくろの声も。こんな声だったよなって思い出そうとするけど、本当にそんな声だったか、もう分からなくなってて。俺、忘れちゃってんだよなぁ…」 - 51 - (写真省略) <写真・祭壇の遺品(上)&涙ながらに語るAさん(下)> 【甲1・1 時間42 分35 秒~43 分01 秒】(2016 年2 月被災した自宅が解体される様子) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・新居の前に一人で経ち、解体をみつめるAさん> 【甲2・248 頁15 行~17 行】バキバキッ、バリバリッ。 木製の柱や家具が、激しい音を立てて割れ、崩れていく。Aは一人新居の前に立ち、黙ってその様子を見つめた。 【甲1・1 時間43 分25 秒~44 分53 秒】(2016 年2 月解体される自宅&Aさんの表情) 【甲第2号・24 【甲1・1 時間43 分25 秒~44 分53 秒】(2016 年2 月解体される自宅&Aさんの表情) 【甲第2号・249 頁1行~8行】バリバリッ、バキバキッ。 Aは、見ていることができなかった。苦しさのあまり目を背け、新居の中へ入る。湧き上がってくる様々な感情に潰されそうになり、それでもなぜか視線はまた旧家に向いた。新居の窓- 52 - (写真省略) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・新居の窓から解体を眺めるAさん(3枚目)、窓から目を背け、涙を拭い姿を消すAさん(4枚目)> から思い出の家が崩れていく様子を見ていた。見ては背け、背けては見る。 それを繰り返すうちに、涙が滲み出てきた。 【甲1・1 時間33 分02 秒~35 分20 秒】「(A)何にも、守れなかったなあと思っている、今。みんなも守れなかったし、最終的に、この家も守れなかったなあって考える。 「(X)いつかそういう日が、やっぱり…。」「(A)(涙)わかってはいたけど。ふう。 守りたかったなあと思って。もうちょっと。」 【甲2・250 頁2行~3行】…俺はその親父が残してくれた家も、守ってやれなかったんだなぁって……。家も、家族も……結局俺は、なんにも守れなかったなぁって……」 - 【甲2・250 頁2行~3行】…俺はその親父が残してくれた家も、守ってやれなかったんだなぁって……。家も、家族も……結局俺は、なんにも守れなかったなぁって……」 - 53 - …「(A)はあ。なーんにも、できなかったなあ、結局。」(2015 年6 月家族の命も解体される家も守れなかった話) (写真省略) (写真省略) (写真省略) (写真省略) <写真・涙するAさん(1枚目)&津波の泥が跳ねた天井(2枚目)&父の遺影と父が残してくれた自宅の写真(3、4枚目)> 【甲1・1 時間47 分19 秒~47 分42 秒】「(B)あの、やっぱこれ、治療してある。 あの、銀歯が詰まってんじゃね?コレ。」「(B)これは完璧に人。まだ、これは乳歯。奥歯も乳歯なのかな?」(文字スーパー/瓦礫から歯と骨が見つかりDNA 鑑定へ) 【甲2・270 頁7行~11 行】それは、明らかに人の骨だった。顎の部分だろう、小さな3本の歯が見える。根元の骨は茶黒く変色しているが、歯だけは白いままだ。 Bは恐る恐る、手を伸ばした。崩してしまわぬようにそっと手に取り、顔を近付けて見る。 - 54 - (2016 年12 月 Hちゃんの遺骨発見の場面) (写真省略) (写真省略) <写 うにそっと手に取り、顔を近付けて見る。 (2016年12月Hちゃんの遺骨発見の場面) (写真省略) (写真省略) <写真・遺骨を手にBさん(上)&治療痕のある歯と骨(下)> 「これ、治療してある!」 歯には、治療痕があった。先端が平たくなった歯に、銀色の金属が埋め込まれている。

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