平成28(う)71 会社法違反

裁判年月日・裁判所
平成29年4月19日 広島高等裁判所 岡山支部 破棄自判 岡山地方裁判所 平成26(わ)392
ファイル
hanrei-pdf-86757.txt

判決文本文13,227 文字)

平成29年4月19日宣告広島高等裁判所岡山支部判決平成28年(う)第71号会社法違反原審岡山地方裁判所平成26年(わ)第392号 主文 原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 本件控訴の趣意は,主任弁護人清水善朗作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載のとおりである。 論旨は,要するに,原判決は,被告人の株式会社A(以下「A」という。)に対する貸付が任務違背行為にあたり,これによって,本人である株式会社B(以下「B」という。)に貸付金額相当の財産上の損害が生じ,被告人には第三者であるAの利益を図る目的があったからいわゆる特別背任罪が成立すると判断したが,Bに財産上の損害は生じておらず,被告人には第三者図利の目的もないから,被告人は無罪であって,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。 そこで検討するに,以下に説示するとおり,被告人に第三者図利の目的を認めた原判決の判断は不合理であって,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるから,原判決は破棄を免れない。 1 事案の概要(1) 本件公訴事実等本件公訴事実は,要するに「被告人は,Bの取締役として同社の業務全般を統括し,同社の利益を図るとともに同社に損害を与えないように忠実にその職務を行う任務を有していたものであるが,Aの利益を図る目的で,その任務に背き,同社に借入金の返済能力がなく,BがAに貸付を行えば,その貸付金の回収が困難になることを認識しながら,何ら担保を徴することなく,その他貸付金の回収を確実にす る措置を講じないまま,B従業員をして,B名義の当座預金口座からA名義の普通預金口座に,平成20年7月17日に9999万9160円,同月28日に499 なく,その他貸付金の回収を確実にす る措置を講じないまま,B従業員をして,B名義の当座預金口座からA名義の普通預金口座に,平成20年7月17日に9999万9160円,同月28日に4999万9160円,同年8月25日に4999万9160円の合計1億9999万7480円を振込送金させて同額をAに貸し付け,もってBに同額の財産上の損害を加えた」というものである。 原判決は,被告人に第三者図利の目的が認められると判断し,概ね本件公訴事実のとおりの事実を認定した。 (2) 前提事実原審で取り調べられた証拠によれば,前提となる事実として,以下の事実が認められる。 ア被告人は,平成元年にBの取締役に就任し,遅くとも平成13年11月以降,人事,経理等のBの業務全般を統括していた。 イ被告人は,下水の普及等によりBの浄化槽の管理収入や工事収入が長期的な減少傾向にあったことから,新たな収入源として健康食品等の販売事業を開始した。 Bは,健康食品販売事業の一環として株式会社Cが製造したβグルカン(アウレオバシジウム培養液)の原液を,Dが実質的に経営していたAに販売するようになった。平成14年頃には,Bとカルシウム販売大手であるE株式会社(以下「E」という。)との間でβグルカンの商品開発や販売事業を共同で行うべく商談が行われたが,平成15年夏頃,担当者の交代等もあってEとの間の商談は頓挫した。 その後,Aは,βグルカン関連商品の開発にあたっての課題であった粘性の解消や粉末化に成功し,F株式会社に粉末化した商品の在庫を預けるようになり,Eとの間で粉末化したβグルカン関連商品の商談を再開した。平成20年10月23日頃,同社に対し粉末商品の見積書を提出したが,結局は取引にまでは至らなかった。 Aは,同年5月1日頃,株式会社Gと以後の取引の で粉末化したβグルカン関連商品の商談を再開した。平成20年10月23日頃,同社に対し粉末商品の見積書を提出したが,結局は取引にまでは至らなかった。 Aは,同年5月1日頃,株式会社Gと以後の取引の基本契約といえる取引約定を 締結したが,その後具体的なβグルカン関連商品の売買契約は締結されなかった。 Aは,平成20年頃から宮城県にあるH株式会社との間で,同社の養殖魚の飼料としてβグルカン関連商品を同社に販売する旨の商談を行い,βグルカンの稚魚に対する効果を調べる実験が行われたが,平成23年3月に起きた東日本大震災の影響により,同販売事業は実施されなかった。 ウ Dは,平成18年4月頃,被告人に対し,βグルカンの商品開発等のために,BからAに対する資金提供を求め,被告人は,Dの依頼に応じることとした。 BからAへの資金提供は,主として,BがAからβグルカン関連商品を仕入れた旨仮装して,その仕入代金名目でなされ,Aからの返済は,Dが名義を借用していた株式会社I(以下「I」という。)にBが同商品を売却した旨仮装して,その売買代金名目でなされた。このような方法等で,平成18年4月から平成19年3月までの間に23回にわたり,BからAに対し,1回につき400万円から約9000万円の資金が提供された。Aは,平成19年2月頃までは,Bから提供を受けた資金について,資金提供の概ね数か月後には金利を付して返済していたが,平成18年12月に提供を受けた約9000万円については平成19年3月に2000万円を返済したにとどまり,同年2月に提供を受けた約5400万円及び同年3月に提供を受けた約5100万円については平成20年6月20日に至るまで返済が滞っていた。平成19年4月以降は,BからAへの資金提供の方法は従前どおりであったが,Aからの返済は,BがAか 及び同年3月に提供を受けた約5100万円については平成20年6月20日に至るまで返済が滞っていた。平成19年4月以降は,BからAへの資金提供の方法は従前どおりであったが,Aからの返済は,BがAから仕入れた旨仮装した商品を更にAに売却した旨仮装して,その売買代金名目でなされるようになった。平成19年4月から平成20年5月までの間に11回にわたり,BからAに対し1回につき約2200万円ないし4000万円の資金が提供され,平成20年6月20日の時点において,そのうち6回分は返済されていたが,5回分は未だ返済されていなかった。この時点におけるAのBに対する未払債務は,Iに対する売掛金名目のものが1億9159万3816円,Aに対する売掛金名目のものが1億9703万0400円に上っていた。 エ Dは,平成20年6月20日ころ,J株式会社(以下「J」という。)から1億9165万1250円を3か月程度の短期で返済する前提で借り入れ,同日,BのIに対する売掛金と同額である1億9159万3816円をB名義の預金口座に入金した(以下「本件返済」という)。本件返済金は,被告人の指示により,Iに対する売掛金の支払として充当された。 オ Bは,平成20年6月25日,K銀行に対し,根抵当権(極度額2億6000万円)を担保とした当座貸越専用口座(融資極度額2億円)による借入金1億1000万円を返済し,同月30日,K銀行に対し,同口座等による借入金3085万円を返済し,L信用金庫に対し,証書貸付の分割払分431万9599円,手形貸付による借入金8503万9726円を返済したが,同年7月1日,K銀行から同口座利用により3000万円融資を受け,L信用金庫から手形貸付として5000万円の融資を受けた。 Bは,同年7月16日,K銀行から同口座利用により1億10 円を返済したが,同年7月1日,K銀行から同口座利用により3000万円融資を受け,L信用金庫から手形貸付として5000万円の融資を受けた。 Bは,同年7月16日,K銀行から同口座利用により1億1000万円の融資を受け,同月25日,M銀行から賞与資金として2980万7328円の融資を受け,同年8月25日,L信用金庫から資金使途を経費及び税金として手形貸付により6000万円の融資を受けた。 カ被告人は,平成20年7月17日に9999万9160円,同月28日に4999万9160円,同年8月25日に4999万9160円の合計1億9999万7480円をBからAに振込送金し(以上の3回の送金を合わせて,以下「本件貸付」という),Aは,それぞれ本件貸付の当日である同年7月17日に1億円,同月28日に5000万円,同年8月25日に4739万2965円をJに送金し,Jからの借入金を返済した。 キ Bの第37期(平成18年7月1日から平成19年6月30日まで)の決算報告書によれば,平成19年6月30日現在におけるBの売掛未収金は合計3億2691万1309円であり,そのうちIに対するものが1億9159万3816円,Aに対するものが5075万7000円であった。第38期(平成19年7月 1日から平成20年6月30日まで)の決算報告書によれば,平成20年6月30日現在におけるBの売掛未収金は合計2億8846万2656円であり,そのうちAに対するものが1億8630万3000円であった。 (3) 原判決の判断原判決は,要旨,以下のとおり説示して,被告人には第三者図利の目的が認められるとした。 すなわち,本件で任務違背行為とされている本件貸付は,合計2億円もの巨額であり,当時のBの純資産,収入,流動資産等の額からすると,Aの破たんに伴ってBの経営 第三者図利の目的が認められるとした。 すなわち,本件で任務違背行為とされている本件貸付は,合計2億円もの巨額であり,当時のBの純資産,収入,流動資産等の額からすると,Aの破たんに伴ってBの経営及びその存立に重大な悪影響を生じさせるものであった。AのBに対する従前の返済状況や残債務の額,本件貸付金の使途がAの短期の借入金の返済であったこと等からすれば,本件貸付が返済される可能性は相当低く,そのことを被告人も認識していたといえる。にもかかわらず,担保の提供を受けるなどの回収のための措置を何ら講じないまま本件貸付を実行した。このように本件貸付は,Bに重大な損害を与える現実的危険性の高い行為であるところ,それでもなお被告人がBの利益を図る目的で本件貸付を行ったというためには,このような本件貸付の重大性及び危険性を払拭しうるだけの確実な収益がAに期待できること又はそのような危険な行為をあえて行うべきBにとっての必要性や緊急性があることが不可欠である。本件貸付当時,Aに本件貸付の返済を可能とするような収益を期待できる状況にはなく,被告人のいうβグルカン関連事業の成功可能性は単なる希望的観測にすぎない。Bは,本件貸付当時,Aに対する未回収債権が約2億円あったが,同債権の回収を断念しても,直ちにBの運転資金が不足する事態が生じる可能性があったとはうかがわれないから本件貸付を行う必要性及び緊急性はなかった。なお,BからAに対する資金提供は約4億円に達していたところ,Bは,平成20年6月20日,Aから本件返済を受けているが,これによってAに対する未回収債権が約1億8600万円に減少し,その金員の大半が同日までに金融機関への返済に充てられ,Bの財務状況は大きく改善したのであり,本件貸付は,それを再び大きく悪化 させるものであるから,本件返済と本 1億8600万円に減少し,その金員の大半が同日までに金融機関への返済に充てられ,Bの財務状況は大きく改善したのであり,本件貸付は,それを再び大きく悪化 させるものであるから,本件返済と本件貸付が近接して行われたからといって,本件貸付が本件返済前の状況と実質的な変動がない状況の下で行われたということはできない。以上によれば,被告人は,本件貸付をAの利益を図る目的で行ったものであり,Bの利益を図る目的で行ったものではないと認められるから,被告人が第三者図利の目的を有していたと認められる。 2 当裁判所の判断(1) 背任罪における第三者図利目的を認定するためには,任務違背行為に及ぶにあたって第三者の利益を図ることについての認識・認容があり,かつ,同行為に及んだ主たる動機が本人の利益を図るためではなかったと認められることが必要であると解すべきである。しかるに,原判決が説示するとおり,本件貸付がAの利益になることについて被告人が認識・認容していたことは明らかであるから,本件における第三者図利目的を認定するためには,被告人が本件貸付に及んだ主たる動機がBの利益のためではなかったと認定することができるかが問題となる。本人の利益を図る動機の有無及び程度の認定に当たっては,被告人自身等の本人以外の者の利益を図る動機の有無・程度,任務違背行為の内容・程度,任務違背行為によってもたらされる本人の利益の内容・その実現可能性等を総合的に考慮して判断すべきである。 本件についてみるに,被告人に,被告人自身の保身等のBの利益とは結びつかない動機があったことを認めるに足りる証拠はない。なお,検察官は,被告人にAの利益を図る動機があった旨主張していると解する余地もあるが,AやDと被告人との間に通常の取引関係以上の何らかの個人的な繋がりがあったことをうか を認めるに足りる証拠はない。なお,検察官は,被告人にAの利益を図る動機があった旨主張していると解する余地もあるが,AやDと被告人との間に通常の取引関係以上の何らかの個人的な繋がりがあったことをうかがわせる証拠はなく,被告人が,Bの利益と結びつかないA独自の利益を図るという動機から本件貸付に及んだと認めることはできない。そうすると,本件貸付がBの利益を図る動機からなされたものか否かを判断するにあたっては,本件貸付の任務違背性の程度及び本件貸付によってBにもたらされる利益の内容,その実現可能性が問題となり,これらが総合的にみて見合ったものであったか否かという点が判断の分水 嶺となる。すなわち,本件貸付の任務違背性の程度が高く,それによってもたらされるBの利益がその内容に乏しく,あるいは実現可能性が低いような場合には,本件貸付の主たる動機がBの利益を図ることになかったと認定することができるが,任務違背性の程度とBにもたらされる利益の内容・実現可能性が見合っているといえるような場合には,本件貸付の主たる動機がBの利益を図ることになかったと認定することはできないということになる。 以上のような観点から原判決の説示をみると,本件返済により大きく改善されたBの財務状況を前提に,本件貸付がBに重大な損害を与える現実的危険性の高い行為であるとして,本件貸付が本人であるBとの関係で任務違背性の高い行為であることを指摘した上で,本件貸付当時,Aに本件貸付の返済を可能とするような収益を期待できる状況にはなく,被告人のいうβグルカン関連事業の成功可能性は単なる希望的観測にすぎないとして,本件貸付によってBにもたらされる利益が見込みの薄いものであったことを指摘しており,結局,本件貸付の任務違背性と本人であるBにもたらされる利益が見合ったものでなかったと る希望的観測にすぎないとして,本件貸付によってBにもたらされる利益が見込みの薄いものであったことを指摘しており,結局,本件貸付の任務違背性と本人であるBにもたらされる利益が見合ったものでなかったと判断しているとみることができる。このような判断に基づいて,原判決は,本件貸付が本人であるBの利益を図る動機からなされたものではないとして,第三者であるAの利益を図る目的を認定している。 しかし,本件返済及び本件貸付に至るまでの客観的な状況等を検討すると,本件貸付は本件返済の時点で既に想定されていたものであったとみるべきであって,本件返済により大きく改善されたBの財務状況は,それまでのBとAの取引の実情からかけ離れた特別の事情に基づくものであるのに,これを前提とする原判決の本件貸付に関する任務違背性の判断は不合理であるといわざるをえない。また,本件貸付によってBにもたらされる利益についても,被告人の期待は,一応の根拠に基づいていたと認められるのであって,単なる希望的観測に過ぎないとの原判決の評価は是認できない。そして,これらの結果,第三者図利目的を認めた原判決の認定は不合理であるといわざるをえないこととなる。以下,その理由を説明する。 (2) 本件貸付の任務違背性ア原審証人Nの供述によれば,被告人は,平成20年6月25日,K銀行におけるBの担当者であるNに対し,同日なされた借入金1億1000万円の返済及び同月30日になされる借入金3000万円の返済について,同月30日のBの決算期に向けて,借入金等を返済して負債項目を少しでも縮小するというBの方針に基づくものである旨述べるとともに,同月30日の3000万円の返済については,同年7月初旬には再び融資を受ける旨確約したことが認められる。Bは,決算期当日である平成20年6月30日にK うBの方針に基づくものである旨述べるとともに,同月30日の3000万円の返済については,同年7月初旬には再び融資を受ける旨確約したことが認められる。Bは,決算期当日である平成20年6月30日にK銀行からの借入金3000万円,L信用金庫からの借入金8935万9325円をそれぞれ返済したが,翌日の同年7月1日には,K銀行から3000万円,L信用金庫から5000万円の融資を受けている。 その時期が決算期を挟んで接着していることからして,これらの返済及び融資がBの決算対策として,一時的,暫定的に借入金の額を圧縮するためになされたものであって,同月30日になされた借入金の返済後の一時的なBの財務状況が,その実態を反映しているものではないことは明らかである。 平成20年6月25日のK銀行からの借入金1億1000万円の返済についても,被告人がNに対して述べた内容やその時期に鑑みると,同月30日の借入金3000万円の返済と同様に決算対策としてなされた一時的な借入金の圧縮のためになされたものである可能性が高いというべきである。もっとも,同月30日返済の3000万円については事前に再融資が確約されていたのに対し,同月25日の返済については,同返済の時点で再融資について特に言及があった形跡がないこと,同年7月16日になされた1億1000万円の融資については,同月7日に申込がなされたと認められることからすると,同月25日返済の1億1000万円については,被告人とK銀行の担当者との間で,返済の当初から再融資が確約されていたわけではなかったと認められる。そうすると,同月25日の返済は,同月30日の返済と比べると,その一時性や暫定性は弱いようにも思われる。しかし,IのBに対する買掛金弁済名目でAが行っていた返済が,平成19年3月12日の2000 万円の支 25日の返済は,同月30日の返済と比べると,その一時性や暫定性は弱いようにも思われる。しかし,IのBに対する買掛金弁済名目でAが行っていた返済が,平成19年3月12日の2000 万円の支払を最後に本件返済時まで約1年3か月間滞っていた上,Aに対する売掛金名目の未収金も本件返済の時点で1億9703万0400円に上っており,被告人において,Aが本件返済に充てることができる自己資金を保有していなかったことを容易に認識しうる状況にあったことからすると,被告人は,本件返済を受けた時点において,本件返済の原資が借入金であり,近い将来,Aにおいて,その借入金の返済等のための資金需要が生じる可能性が高いことを当然に認識していたはずである。また,BのK銀行からの融資は,2億円という融資極度額が設定され,根抵当権によって担保された当座貸越専用口座によるものであって,再融資を受けることに格別の支障はなかったものと考えられる。そうすると,K銀行の担当者との間で,平成20年6月25日返済分について再融資の確約がなかったとしても,被告人自身は,近い将来,Aの資金需要に応じるためにBがK銀行から再融資を受けることになることを十分に想定していたとみられ,平成20年6月25日の借入金1億1000万円の返済についても,同月30日の返済と同様に,決算対策としてなされた一時的,暫定的な借入金の圧縮のためになされたものであったと推認することができる。 イ原審証人Oの供述によれば,被告人が,M銀行におけるBの担当者であったOに対し,第37期の決算報告書(平成19年6月30日現在)で計上されていたIに対する売掛未収金1億9159万3816円について,中国向けの販売債権である旨説明しており,平成20年5月13日には,同人に対し,同債権については同年6月20日頃に回収で 現在)で計上されていたIに対する売掛未収金1億9159万3816円について,中国向けの販売債権である旨説明しており,平成20年5月13日には,同人に対し,同債権については同年6月20日頃に回収できる見込みであって,回収できた資金はK銀行からの借入金の返済に充てようと考えている旨述べたことが認められる。第38期の決算期である平成20年6月30日の時点では,Aに対する売掛未収金名目で計上された未回収債権も1億8630万3000円に上っており,これに加えて第37期の決算で計上されていたIに対する売掛未収金1億9159万3816円がそのまま計上されるということになれば,各売掛未収金の内容について金融機関の担当者らに疑義を持たれ,Aに対し名目を偽って資金提供をしていたこと及びその返済が滞っ ていることが発覚するおそれがあったものと認められる。したがって,被告人としては,第38期の決算期である平成20年6月30日までに,Iに対する売掛未収金について現実に弁済を受けるか,それができない場合には,少なくとも一時的,暫定的にでも決算期の時点で財務諸表上は弁済を受けた形にしておくことが必要であったものと認められる。 ウ以上に加えて,本件返済がなされた時期がBの第38期の決算期である平成20年6月30日に近接していること,本件返済と本件貸付までの期間は1か月弱から2か月強であって比較的短期間であること,本件貸付が実行された後にDが作成した本件貸付に関する借用書の日付が本件返済のなされた日である平成20年6月20日とされていることを考慮すると,本件返済は,Bの第38期の決算対策として,決算期である平成20年6月30日の時点において,Iに対する売掛未収金が計上されないようにするとともに金融機関からの借入金の額を圧縮するためになされたものであって は,Bの第38期の決算対策として,決算期である平成20年6月30日の時点において,Iに対する売掛未収金が計上されないようにするとともに金融機関からの借入金の額を圧縮するためになされたものであって,決算期における一時的・暫定的な財務状況の改善を目的としていたものと認められる。そうである以上,被告人とDとの間では,本件貸付は,本件返済の時点で既に想定されていたものであったと認められるのであって,このような本件返済と本件貸付の客観的な結びつきや被告人らの認識を前提に本件貸付の任務違背性を検討する必要がある。 エなお,被告人は,原審公判廷において,本件返済が上記のような決算対策としてなされたものであることを否定するとともに,Dに対し,支払を求めたわけではなく,軽い気持ちでIに対する売掛未収金とAに対する売掛未収金を一本化するように言ったところ,Dが,Iに対する売掛未収金を支払うと言ったので本件返済をしてもらうことにしたのであって,本件返済の原資が短期の借入金であったことは本件返済の後に本件貸付の申し込みを受けた段階で初めて知った旨供述し,Dも概ね同旨の供述をして,いずれも本件貸付と本件返済の結びつきを否定している。 しかし,そもそも売掛未収金を一本化するということが何を意味するのかあいまいである上,上記のように決算対策として売掛未収金を減少させること以外に名目 上の債務者をI又はAに一本化する必要性について合理的な説明がなされていない。また,それまでIの売掛未収金名目の返済が滞っていたのに,突然,一括で返済することになったにもかかわらず,その原資について無関心であったというのも不自然である。更にDにおいて,I名義の買掛金を弁済しなくても債務引受等の方法により「一本化」は可能であるところ,被告人からの決算対策等の必要性の説明や強 ,その原資について無関心であったというのも不自然である。更にDにおいて,I名義の買掛金を弁済しなくても債務引受等の方法により「一本化」は可能であるところ,被告人からの決算対策等の必要性の説明や強い催告もないのに,短期で500万円以上の金利を負担して資金調達をしてまで,それまで滞っていたIの売掛金名目の返済を行ったというのも不自然であって,結局,本件返済に至る経緯に関する被告人及びDの供述は信用することができない。 オ以上を前提に本件貸付の任務違背性について検討するに,本件返済の段階で本件貸付は想定されていたのであるから,被告人による本件返済から本件貸付に至るまでの一連の処理は,実質的にはIに対する売掛未収金として仮装されていた債権を本来の項目であるAに対する貸付金に改めたに過ぎず,それ自体によってBの財務状況を悪化させたわけではない。もっとも,一時的に未収金の回収を装うことにより,不良な債権の存在を会社内部に対しても発見しにくくすることになるし,被告人において,当初の想定を翻して本件貸付を拒絶し,暫定的に改善したBの財務状況を維持し,Jからの借入金を返済できないことによるAの破たんを黙認することも不可能であったとまではいえないことから,Aの従前の返済状況や本件貸付の金額の大きさに鑑みると,本件貸付の任務違背性自体は認められる余地はある。 しかし,本件返済から本件貸付に至る一連の処理は一体として考察すべきであって,同処理自体によりBの財務状況を悪化させたものではないし,本件貸付及び返済が会社内部での不良債権の発覚を免れる目的で行われたことをうかがわせる事情もないことからすると,仮に任務違背性が認められるとしても,その程度は大きいものであるとはいえない。 なお,被告人が,Aに対し,商品購入代金に仮託して資金提供を始め,返済が滞ってい かがわせる事情もないことからすると,仮に任務違背性が認められるとしても,その程度は大きいものであるとはいえない。 なお,被告人が,Aに対し,商品購入代金に仮託して資金提供を始め,返済が滞っていたにもかかわらず,本件返済に至るまでの間に未収金が約4億円に上るまで 資金提供を継続したことは,それ自体がBの財務状況を悪化させるものであって,経営者としての任務に反していると評価されうる行為であるが,本件において訴因である任務違背行為とされているのはあくまで本件貸付であって,従前の資金提供を継続した事実を本件貸付の任務違背性の評価にあたって重要視することはできない。また,本件返済及び本件貸付による一連の処理により,Bの第38期の決算内容が実体を反映しないものとなっており,これは決算の内容を信頼して融資等の取引を行う金融機関等の第三者を欺くものであるといえるが,本人であるBとの関係で上記のような隠ぺいを図るための手段というものでない限り,Bに損害を与えるような性質の処理ではないから,任務違背性の判断要素にはならない。 原判決は,本件返済が,Iに対する売掛未収金に充てられたことによって同未収金が解消し,Aに対する未回収債権が,Bの決算期である平成20年6月30日の時点で約1億8600万円に減少し,本件返済金の大半が同日までに金融機関への返済に充てられたのであるから,Bの財務状況は大きく改善したとし,その改善した財務状況を前提に本件貸付はBに重大な損害を与える現実的危険性が高い行為であると説示する。しかし,本件返済はBの決算対策としてなされたものであって,本件返済から本件貸付に至る一連の処理は一体として考察すべきであるから,決算の時点における一時的・暫定的に改善された財務状況を任務違背性の判断の前提とするのは適当でなく,これを前提に本件 であって,本件返済から本件貸付に至る一連の処理は一体として考察すべきであるから,決算の時点における一時的・暫定的に改善された財務状況を任務違背性の判断の前提とするのは適当でなく,これを前提に本件貸付はBに重大な損害を与える現実的危険性が高い行為であるとした任務違背性に関する原判決の判断は不合理であるといわざるをえない。 (3) 本件貸付によってBにもたらされる利益本件貸付の時点では,Aによるβグルカン関連商品に関する商談はいずれも交渉中の段階であって,具体的な成果が上がっていたわけではなく,原判決が説示するとおり,Aがβグルカン関連商品の販売等によって収益を得る具体的な目途は立っていなかったというべきである。もっとも,当時,事業化に向けて進行中のβグルカン関連商品に関する商談が複数存在した事実は否定できないから,本件返済に至 るまでIに対する売掛金名目の返済が滞っていたことを踏まえても,Aによるβグルカン関連商品に関する事業が既に頓挫していたとまでは認められない。そして,被告人は,Dからこれらのβグルカン関連商品の開発・販売状況について月に1回程度の頻度で報告を受けていたのであるから,Aのβグルカン関連商品の開発・販売状況をある程度認識した上で本件貸付に及んだものと認められる。そうすると,被告人が,βグルカンの粉末化に成功していたことや進行中の商談があること等の一応の根拠をもって,Aが事業を継続することによって将来的にβグルカン関連事業が成功を収めることを期待し,それによって提供した資金の回収やβグルカン関連の取引の拡大等によりBが利益を得ることを期待して本件貸付に及んだことは否定できない。新規事業のため多額の資金を投入したのに期待した結果が得られず,事後的に被告人の判断が誤っていたと評価されるとしても,この種の事業の りBが利益を得ることを期待して本件貸付に及んだことは否定できない。新規事業のため多額の資金を投入したのに期待した結果が得られず,事後的に被告人の判断が誤っていたと評価されるとしても,この種の事業の経営判断において,このような一応の根拠のもと努力により成功することを期待するのは不合理ではなく,被告人のいうβグルカン関連事業の成功可能性は単なる希望的観測に過ぎないとして,Bの利益を図る目的を否定する事情とする原判決の評価は不合理であるといわざるをえない。 (4) 第三者図利の目的本件貸付の任務違背性の程度は大きいものとはいえないことを前提とすると,本件貸付によりBの利益が実現する可能性について一応の根拠をもって被告人が期待していたといえる以上,本件貸付の任務違背性の程度が同貸付によりBにもたらされる利益に見合っていなかったとまでは認めることはできない。そうすると,被告人が,本件貸付に及んだ主たる動機が,本人たるBの利益を図るためであった可能性を払拭することができず,第三者図利の目的を認定するには合理的な疑いが残るというべきである。 論旨は理由がある。 よって,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して当裁判所において更に次のとおり判決する。 3 破棄自判本件公訴事実は,前記1(1)のとおりであるところ,2で述べたとおり,被告人が第三者であるAの利益を図る目的を有していたと認めるには合理的な疑いが残るので,本件公訴事実について犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 平成29年4月19日広島高等裁判所岡山支部第1部 裁判長裁判官大泉一夫 裁判官村川主和 告人に対し無罪の言渡しをする。 平成29年4月19日 広島高等裁判所岡山支部第1部 裁判長 裁判官大泉一夫 裁判官村川主和 裁判官難波宏は転補のため署名押印することができない。 裁判長 裁判官大泉一夫

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る