主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中240日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は弁護人明石博隆作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官岡本誠二作成の答弁書に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する。 第1 控訴趣意中,事実誤認及び法令適用の誤りの主張について論旨は,①原判示第1の強盗殺人につき,被告人は被害者の頸部を手指で絞めてはおらず,ロープによる絞頸も,SMプレイ中の事故によって被害者が仮死状態になったのであわてた被告人が被害者から訴えられることを恐れ,とっさに殺意を生じてロープをより強く絞め二重結びにしたものであると考えられること,②同じく強盗殺人につき,被告人には強盗の故意はなく,原判示の預金通帳及び印鑑を持って出たのは前日に被害者から160万円の引出しについて了解を得ていたからであり,また,合計240万円の借入金についても被害者から返済を求められてはいなかったこと,③原判示第2の事実中の詐欺につき,被告人には銀行に対する事実の告知義務はなく,欺罔行為も行っておらず,窓口の女性職員にも錯誤による財産的処分行為はなかったこと,などを主張して,被告人に強盗殺人罪及び詐欺罪は成立しないにもかかわらず,これらの成立を認めた原判決には,判決に影響することが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがある,というのである。 そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果もあわせて順次検討する。 1 殺害の方法及び殺意発生に至る経緯について(1) 殺害の方法について所論は,被告人は,ロープによる絞頸の前に被害者の頸部を手指で絞めてはいない旨主張し,これを認めた原判決には事実誤認があるというのである。 ところで,原判決は,被害者の遺体 ) 殺害の方法について所論は,被告人は,ロープによる絞頸の前に被害者の頸部を手指で絞めてはいない旨主張し,これを認めた原判決には事実誤認があるというのである。 ところで,原判決は,被害者の遺体を解剖した法医学者Aの公判証言によれば,被害者の頸部の左右甲状軟骨上角に出血を伴う骨折が認められたところ,「甲状軟骨上角が骨折するのは手指での圧迫による扼頸の場合が非常に多いこと,被害者に防御創がないこと,判断は困難ではあるが,被害者の左手掌部には索状間出血がわずかに認められ,当初から後ろ手に縛られていた場合は,もっと先の手掌あるいは手背面で出血や鬱血が強く起こってもよいことからして,これは被害者が死戦期(生死の境をさまよっている時期。原判決に「死線期」とあるのは誤り)にあるときに生じたものであることなどの状況を総合して,被害者が死亡するに至る経緯としては,犯人が被害者の頸部を手指で圧迫して甲状軟骨上角を骨折させて被害者を気絶状態にして,それからロープでその頸部を一重に巻いて左側頸後部で二重結紮(けっさつ。本来の意味は「血管を縛って血行を止めること」だが,ここでは単に「結ぶこと」)して窒息死させたものであり,両手については,被害者の死戦期に結紮されたもので」あること,別の法医学者Bの公判証言によれば,「甲状軟骨上角の骨折は限局的に力が加わる扼殺の場合に多く認められるもので,絞頸で同骨折が生じるためには,甲状舌骨筋がある1センチメートル程度の隙間に索状物がぴったり入り込み,かつ,15キログラム程度の力が加わる必要がある」ことから,死亡に至る経緯について,被害者の頸部を手指で扼頸した後絞頸したものであると認定している(9頁から10頁にかけて)。 しかしながら,弁護人が指摘する文献(旭川医科大学教授塩野寛著「身近な法医学」102頁)に引用されてい ,被害者の頸部を手指で扼頸した後絞頸したものであると認定している(9頁から10頁にかけて)。 しかしながら,弁護人が指摘する文献(旭川医科大学教授塩野寛著「身近な法医学」102頁)に引用されている統計資料によれば,前頸部圧迫による左右甲状軟骨上角骨折の頻度は,扼頸の場合が13.8パーセントであるのに対し,絞頸の場合は5.3パーセントとされており,これが絞頸によって発生する可能性も決して無視できないこと,A証人自身が,その証言の中で,被害者の首に巻き付けられていた白色綿ロープの位置(甲状軟骨上角に位置するような高さ),幅(約1センチメートル),固さ(かなり固い強いもの)などからみて,このような状態で頸部を強く圧迫すれば甲状軟骨上角が折れる可能性がある(同証人調書16頁),被害者の防御創は必ずあるとは断言できない(同63頁),左手掌部の索状間出血は元気な時にも発生する可能性が十分にあり(同73頁),もし被害者が先に後ろ手に縛られていたとしたら防御創はできない(同45頁),遺体の腐敗がかなりあるため扼頸による扼痕があるかどうかは分からない(同64頁),本件殺害がロープによる絞頸のみによって行われたということがあり得る(同66頁),解剖所見としては手指で絞めた可能性があるということでとどめておきたい(同65頁)等と供述しているのであるから,同証人の証言などにかんがみると,被告人がロープによる絞頸の前に被害者の頸部を手指で強く圧迫したとまで断定することはできず,原判決のこの認定は事実誤認の可能性があるといわざるを得ない。 しかし,上記の点について,仮に原判決が事実の認定を誤ったとしても,被告人が殺意をもってロープによる絞頸をしたことが明らかである本件では,高々被害者の頸部を絞める方法,それも一過程に関するものに過ぎず,下記のとおり,殺意発生 に原判決が事実の認定を誤ったとしても,被告人が殺意をもってロープによる絞頸をしたことが明らかである本件では,高々被害者の頸部を絞める方法,それも一過程に関するものに過ぎず,下記のとおり,殺意発生に至る経緯等に関する認定や量刑までをも左右するものではないから,判決に影響することが明らかであるとまではいえず,所論は結局採用できない。 (2) 殺意発生に至る経緯について所論は,被告人が被害者とSMプレイ中,事故で被害者が仮死状態になり,これにあわてた被告人が,殺人未遂の前科があることから,被害者が息を吹き返せば自分を殺そうとしたと言われて警察に訴えられるかもしれないと考え,とっさに殺意を生じて被害者の首に巻かれていたロープをより強く絞め,二重結びにしたものと思われる旨主張し,これを認めなかった原判決には事実誤認があるというのである。 ところで,被告人は,被害者をSMプレイに誘い,その両手を後ろ手に縛ったうえ,両膝を立て顔の右側を床につけている被害者と後背位で性行為を行いながら,被害者の首に巻いたロープの両端を両手に持って引っ張るなどしていた旨,射精すると同時に,被害者も絶頂に達したように尻をすとんと床に落としたため,被害者の背中にのしかかるように前のめりとなり,ロープの両端を持っていた両手を床につけたことから,手に力が入り被害者の首が数秒間絞まったと思われること,その直後には被害者の異変に気付かずにシャワーを浴びに行き,部屋に戻ってきて初めて異変に気付き,被害者を揺すったが反応がなく手首の脈も確認できなかった旨,を供述している。 しかしながら,人の頸部を絞めて気管を閉塞させるためには,少なくとも10から15キログラム以上の相当強い力が加わることが必要であるところ(B証人調書20頁),被告人が供述する上記のような状況では被告人の体重 がら,人の頸部を絞めて気管を閉塞させるためには,少なくとも10から15キログラム以上の相当強い力が加わることが必要であるところ(B証人調書20頁),被告人が供述する上記のような状況では被告人の体重は殆ど被害者の頸部にかからないうえ,被告人が腕を突っ張ったとしても上記のような強い力は加わらないこと(同25頁),結果的にもせよロープで被害者の首を強く絞めた形となり,被害者が仮死状態になっていたというのに,その直後に被害者の異変に気付かずにシャワーを浴びに行ったという被告人の供述は,極めて不自然かつ不可解であること,被告人の供述によれば,被害者も承知の上でSMプレイをしていたというのであるから,そのプレイによって仮死状態になった被害者が息を吹き返した後に被告人を訴えるはずもなく,上記の主張自体が不自然,不合理といわざるを得ないことなどから,所論は採用の限りではない。原判決に殺意発生に至る経緯についての事実誤認はない。 2 強盗の故意について(1) 財物強取の故意について所論は,被告人は,第1の犯行の前日に被害者に名古屋のサラ金等から160万円程の借金があることを話したところ,被害者からこれで支払うようにと言われて本件通帳及び印鑑を渡されたものであって,これらを持ち出すことについては予め被害者の同意があったなどと主張し,被告人には財物強取の故意はなかったのに,これを認定した原判決には事実誤認があるというものであるところ,被告人も上記主張に副う供述をしている。 しかしながら,仮に被害者が被告人に対し金を貸すというのであれば,当時はその5日後の8月18日(平成8年。以下同じ)まで勤務先の会社がお盆休みで休暇中であったのであるから,被害者自身が銀行に赴いて預金の払戻しを受けて被告人に手渡すのが自然であり,本件通帳等を交付してわざわざ被告 の8月18日(平成8年。以下同じ)まで勤務先の会社がお盆休みで休暇中であったのであるから,被害者自身が銀行に赴いて預金の払戻しを受けて被告人に手渡すのが自然であり,本件通帳等を交付してわざわざ被告人に払戻しを受けさせた後通帳等の返還を受けるというような迂遠で不確実な方法を選択する理由は全く考えられないこと,本件通帳の預金口座における被害者の住所地は,a市内の自宅所在地ではなく,b市内の勤務先の会社所在地となっていたところ,真実被害者が被告人に預金の払戻しを委任したのであれば,同時に上記の会社所在地を教えたはずであるのに,被告人はこれを知らなかったため,第1の犯行の直後に訪れたb市内の銀行の支店においては払戻しを拒否されており,被告人が通帳の住所地を知るに至ったのは全くの偶然に他ならなかったこと,本件通帳の預金口座には被害者の給与の一部として毎月10万円程度が振り込まれていたうえ,本件印鑑は他の被害者名義の多数の預金口座の届出印でもあり,いずれも被害者が日常的に使用する財産上重要なものであったから,これらのものを被告人に簡単に手渡すというのはいかにも不自然であること,被害者はそれまでに4回にわたり合計240万円を被告人に貸し付けていたものであるが,その各回の貸付金額は徐々に減ってきており,しかも,被害者は第1の犯行の10日程前である8月4日に近所に住むCに対し,被告人と思われる人物にお金を貸しているが返してもらえない旨を漏らしているのであって,その翌日に15万円を被告人に送金したことを考慮しても,更に160万円もの大金を被告人に貸し付けることは考えにくいことなどから,被告人の上記供述を信用することはできない。 そして,原判決が詳細に認定しているとおり,第1の犯行当時被告人が金に窮しており,もうこれ以上誰からも借りることができないくらい 考えにくいことなどから,被告人の上記供述を信用することはできない。 そして,原判決が詳細に認定しているとおり,第1の犯行当時被告人が金に窮しており,もうこれ以上誰からも借りることができないくらいに追い詰められていたこと,被害者からも合計240万円を借りており,更に多額の金員を借りることは困難な状況であったこと,何よりも,強盗殺人の事実を決定的に疑われることになることは誰が考えても容易にわかることであるのに,被害者を殺害した直後に残額が167万円余の本件通帳と印鑑とを奪って逃走し,当日b市内で預金の引出しに失敗し,翌日名古屋市内で160万円を引き出して,翌々日の飛行機でフィリピンまで逃亡していること,被告人はSMプレイ中の過失行為によって被害者の首を絞める結果となったなどと供述しているが,そのような弁解が信用できないことは上記のとおりであるところ,被害者殺害の動機について強盗目的以外のものが見当たらないことなどを総合すれば,被告人が財物を強取する故意をもって被害者を殺害した事実は優にこれを認めることができるというべきである。 所論が指摘する事実,すなわち,他の多数の預金通帳等が保管されていた被害者方の2階の部屋には物色された形跡がなく,そこには118万円余の定期預金の通帳も残されていたこと,被害者が最後に被告人の口座に15万円を振り込んだ8月5日には,同時に被告人名義で被告人の口座に対する振込カードを作成しこれを保管していたこと,第2の犯行において,被告人が残高167万円余の通帳から160万円しか引き出していないことなどの点は,被告人に財物強取の故意がなかったとの所論に副う事実に他ならないとの評価を加えることも可能であるが,もちろんすべて別の評価も可能であり,上記のような根拠に基づいた本件強取の故意の認定を左右するものではない。 取の故意がなかったとの所論に副う事実に他ならないとの評価を加えることも可能であるが,もちろんすべて別の評価も可能であり,上記のような根拠に基づいた本件強取の故意の認定を左右するものではない。 したがって,所論は採用できず,原判決に事実誤認は認められない。 (2) 財産上不法の利益取得の故意について所論は,被告人は,被害者から合計240万円を借りてはいたが,その返済を求められてはおらず,第1の犯行の前日である8月13日の夜には仕事関係者である有限会社Dの代表者Eに会うためにc市まで赴いていたのに,原判決が同日午後11時ころ被害者宅において同女から借金の返済を強く迫られるなどしたという事実を認定したうえ,被告人が上記の借金の返済を免れようと決意して被害者を殺害したと認定しているのは,事実誤認であるというのである。 ところで,原判決は,被害者方の東隣に住むFが「8月13日午後11時過ぎころ,西の方向から,被害者らしき女性が男性に対し怒って男性が謝っているかうなづいているという感じの声を,10分くらい聞いた」旨証言していることから,上記の時間帯に被害者方において被害者が被告人に対し怒るなどして,いさかいを起こしていた事実が認められること,被告人による「同日被害者と争ったことや他に争うような声を聞いたことはなく,同日午後8時過ぎから11時半過ぎまで,今後の仕事について話をしようとG興業の関係者の行きつけのc市の銭湯まで行き,待っていたが会えずに戻ってきた」旨の供述は,上記のFの証言などに照らして信用できず,被告人は同日の被害者とのいさかいに関してことさら虚偽の事実を述べていると認められること,被害者と被告人との貸借関係,被害者が被告人からの借金返済がないことについて不満を抱いていたこと等を総合して,同日の被告人と被害者との口論は,被告 てことさら虚偽の事実を述べていると認められること,被害者と被告人との貸借関係,被害者が被告人からの借金返済がないことについて不満を抱いていたこと等を総合して,同日の被告人と被害者との口論は,被告人が被害者からこれまでの借金の返済を厳しく迫られていたものと推測できると認定している。 しかしながら,上記のF証言などを総合しても,上記の日時・場所において被害者が被告人を一方的に叱責していた事実は認められるとしても,その叱責の理由については,被告人と被害者という情交関係のある男女の間で発生するもめ事の原因については様々なものが考えられるのであって,上記の証拠関係のみからこれを特定して認定することは困難であり,原判決がこれについて「これまでの借金の返済を厳しく迫っていたもの」とまで認定した点は,不十分な証拠に基づいた認定として事実を誤認した疑いがあるといわざるを得ない。 そこで,以上の認定判断を踏まえて,改めて被告人における財産上不法の利益取得の故意の有無について検討するに,まずその前提として,原判決も認定するとおり,被害者は一人暮らしであり,被告人が被害者から借り受けた合計240万円については借用証書が作成されておらず,被害者本人以外に被告人に対する貸付金の存在を知っている者もいなかったと考えられるところ,被告人が被害者に宛てて書いた借金申込みの手紙や4回の送金時に銀行が発行した振込金受領証等が被害者方にまとめて保管されていたことを考慮しても,そのような状況の下で被害者が死亡することによって,被害者自身による債権の行使が不可能となったのはもちろんのこと,その遺族による被告人に対する債権の行使も極めて困難になったとみるのが相当であるから,被告人は被害者を殺害することにより被害者からの借金の返済を事実上免れるという財産上不法の利益を得たと認め こと,その遺族による被告人に対する債権の行使も極めて困難になったとみるのが相当であるから,被告人は被害者を殺害することにより被害者からの借金の返済を事実上免れるという財産上不法の利益を得たと認めることができる。 次に,被告人においても,上記の状況を認識していたと認められるところ,本件の強盗殺人における被告人の意図として,まず被害者から財物を奪取することにあったことは上記のとおりであるが,殺害した被害者からはそれまでに被害者にとっても被告人にとっても大金といえる合計240万円もの金を借り受けていたこと,既に述べたように被害者からその返済を強く求められたという事実を認定するに足りる証拠はないものの,被害者は上記のとおり,被告人に対する貸付金に関する書類をまとめて保管していたうえ,近所の人に対し被告人と思われる人物に金を貸しているが返してもらえない旨を漏らしていたことから,被告人に対し貸付金の返済を求める意思を十分に有していたと推認されること,被告人は被害者からこれ以上まとまった金を借りることができないと考えて犯行に及んだことに符合する少なからぬ情況証拠があること,以上の点に加えて,被告人が被害者から金を借りる際に被害者宛に書いた手紙(原審検197)の大げさな内容等を総合考察すれば,被告人の側でも借受金についての意識はいつもあったとみるのが自然であり,金を奪うためにいよいよ金を借りている他ならぬ被害者を殺害しようと決意する段階において,借金のこと,ひいては被害者を殺害すれば借金の返済を免れることとなる事実がその脳裏になかったなどということは,同一人の思考としていささか考えにくいことといわなければならないことを総合すれば,被告人は,被害者を殺害することによって同女からの借金の返済を事実上免れることになることを十分に認識していたと認めるのが 人の思考としていささか考えにくいことといわなければならないことを総合すれば,被告人は,被害者を殺害することによって同女からの借金の返済を事実上免れることになることを十分に認識していたと認めるのが相当であるから,第1の犯行当時,財物強取の故意とともに上記の財産上不法の利益取得の故意を有していたと認めることができる。 なお,この点について,所論は,被告人が犯行後に上記の貸付金に関する書類を捜し出してこれらを破棄するなどの行為に出ていないことや,依頼人名義が被告人名となっている振込カードが存在することなどを指摘しているが,これらの事実は上記認定を左右するまでのものとはいえない(前者については,そこまで沈着冷静になれるとは限らないことは当然であり,後者についても,被害者が被告人との関係をすべて断ち切ろうとしていたのであれば確かに不可解なことといわなければならないが,被告人との関係はこれまでどおり一応これを維持し,なおかつ貸し付けた多額の金を返済してもらいたいと思っていた場合であれば,ある程度の金額を要求に応じてさらに被告人に貸し与えつつ,大口の返済を待つことも十分に考えられることであり,その際の便宜のために振込カードを準備したと解すれば理解できないではない。いずれにしても,いろいろに評価することが可能な事柄というべきである。)。 したがって,結局において,所論を採用することはできず,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はない。 3 詐欺罪の成否について所論は,①銀行預金については通帳と届出印の提示さえあれば払戻しに応ずるという約款となっており,銀行側に調査義務はなく,被告人にも本件通帳が強取にかかるものであり被害者が死亡しているという事実を告知する義務はないから,不作為による欺罔行為はないこと,②被告人は約款に従って通帳 款となっており,銀行側に調査義務はなく,被告人にも本件通帳が強取にかかるものであり被害者が死亡しているという事実を告知する義務はないから,不作為による欺罔行為はないこと,②被告人は約款に従って通帳を提示し届出印を押捺して払戻しを請求しただけであり,被害者の代理人であるかのように振る舞っていたわけではないから,作為による欺罔行為もないこと,③窓口の女性職員は,約款に基づき払戻しに応じたのであって,欺罔され錯誤に陥って財産的処分行為を行ったものではないこと,を主張し,原判決には判決に影響することが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがあるとする。 しかしながら,被告人が原判示の銀行に提出した本件通帳は,強盗殺人の被害者即ち「H」という女性名義のものであるところ,男性である被告人は当然被害者の代理人として正当な権限があるかのように振る舞い,同女名義の払戻請求書を偽造・行使して同女が有する普通預金の払戻しを請求し,銀行側も被告人が被害者の真正な代理人であると信じてこれに応じたとみるのが相当であって,被告人はそのような作為による欺罔行為により銀行窓口の職員を誤信させ,同職員はその誤信に基づいて現金160万円の交付という財産的処分行為を行ったと認められるから,被告人に詐欺罪が成立することについて疑問を差し挟む余地は存在しない。仮に,所論がいうように,銀行の職員が約款に従って被告人に対し払戻しをしたものと認められ,銀行が被害者の普通預金に関する払戻義務を免れる結果となったとしても,それはあくまでも民事上の問題であって,被告人の刑事責任の成否を左右するものではないから,原判決に事実誤認及び法令適用の誤りはなく,所論は採用できない。 4 まとめそうすると,所論はいずれも採用できず,その他所論が種々主張する点を考慮しても,原判決には判決に影響するこ はないから,原判決に事実誤認及び法令適用の誤りはなく,所論は採用できない。 4 まとめそうすると,所論はいずれも採用できず,その他所論が種々主張する点を考慮しても,原判決には判決に影響することが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。 (なお,原判決3頁10行目に「同月23日」とあるのは,「同月22日」の誤記と認める。)第2 控訴趣意中,量刑不当の主張について論旨は,原判決の量刑不当を主張し,①被告人は長期勾留により拘禁反応を来たしていて,これにより相当な制裁は受けており,精神的に無期懲役には耐え難い状況にあること,②被告人の自宅を売却処分した代金1000万円を被害者の遺族に提供し,原判決後にこれを快く受領してもらったこと,を挙げて,被告人に対しては有期懲役刑を科するのが相当であるというので,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果もあわせて検討する。 本件は,被告人が,交際していたa市内に住むOLを同女方で絞殺し,預金通帳1通及び印鑑1個を強取するとともに,同女からの240万円の借入金の返済を免れる財産上不法の利益を得たという強盗殺人(原判示第1),並びに,強取した預金通帳等を利用し,名古屋市内の銀行において同女名義の普通預金払戻請求書を偽造・行使するなどして,銀行の係員から現金160万円をだまし取ったという有印私文書偽造,同行使,詐欺(同第2)の事件である。 被告人は,c市内の職場の引き出しの中に自らを前科者として中傷する手紙を入れられていたことから自暴自棄となり,仕事を放り出してa市内の自宅を出,その後約7か月間にわたり,フィリピンへ2度も旅行したり名古屋市内のカジノバーでバカラ賭博にのめり込んだりなどして貯金を散財し,その後も被害者から借り受けた合計240万円を始め,母や別居 自宅を出,その後約7か月間にわたり,フィリピンへ2度も旅行したり名古屋市内のカジノバーでバカラ賭博にのめり込んだりなどして貯金を散財し,その後も被害者から借り受けた合計240万円を始め,母や別居中の妻から無心した金のほか,名古屋周辺の大学時代の友人・知人やサラ金などから借りた金まで浪費して使い果たすという無軌道で放縦な生活を送り続け,遂に当座の生活費や遊興費に窮した末,被害者を殺害して預金通帳等を強取し同女からの借金の返済を免れたうえ,その翌日被害者の銀行預金口座から160万円の現金をだまし取ったものであって,その犯行の動機は身勝手極まりなく,酌量すべき点は認められない。 強盗殺人の犯行の態様も,卑劣で冷酷かつ非情であり,被害者は顔を著しくゆがめたまま絶命しており,断末魔に被害者が味わった肉体的苦痛は想像を絶するものであったと考えられる。 被害者は,高知県内の高校を卒業後,化粧品会社に就職して勤勉に働き,職場での信頼も厚く,30歳代で住宅地に一戸建ての家を建てるなど,独身を通しながらそれなりに堅実な社会生活を送っていたのに,交際相手の被告人によって46歳という人生の半ばで無惨にも生命を奪われたものであって,その無念さは察するに余りある。 さらに,被告人は,強取した預金通帳等を利用して被害者の普通預金160万円を引き出したうえ,その翌日にフィリピンに逃亡し,その後約4か月間同国内にとどまって警察による捜査から逃れており,あくまでも自らの罪責を免れようとする被告人の犯行後の態度は,極めて無責任かつ卑怯なものといえる。 ところで,被害者は,被告人に置き去りにされたため,真夏の締め切った室内に5日間も放置される結果となり,発見された時には腐乱が始まって異臭を放ち,うつむけにされていた顔面はうっ血のため赤黒く変色していたものであるところ, 告人に置き去りにされたため,真夏の締め切った室内に5日間も放置される結果となり,発見された時には腐乱が始まって異臭を放ち,うつむけにされていた顔面はうっ血のため赤黒く変色していたものであるところ,被害者の母親や兄は,このような被害者の変わり果てた姿を見て強い衝撃を受け,特に母親は被害者がされたのと同じように被告人の首を絞めて殺してやりたいとまで述べ,いずれも被告人を極刑に処することを望んでいる。 それにもかかわらず,被告人は,被害者とのSMプレイ中の過失による事故であると主張して強盗殺人の事実を否認するなど,被害者が死亡しているのを良いことに,死者を冒涜するかのような不自然,不合理な供述を繰り返しており,本件各犯行について真摯に反省しているとは到底認められない。 そして,被告人には,昭和63年6月に殺人未遂で懲役3年の実刑判決を受け,平成3年3月に刑の執行が終了した前科があり,本件はその約5年5か月後の犯行であって,自分自身の都合のためなら他人の生命を奪うことをも躊躇しないという極めて利己的で危険な考え方が窺われるといわざるを得ない。 また,本件の強盗殺人は,白昼に住宅街の一郭で行われた凶悪な犯行であり,地域住民に与えた恐怖心や不安感も軽視することができない。 以上の事実を総合すれば,被告人の刑事責任はまことに重く,本件各犯行に対しては厳罰をもって臨む必要があるといわなければならない。 したがって,被告人が前刑を仮出獄した平成2年ころから出奔した平成8年1月ころまではポンプ・タービン等の研磨などの仕事に従事して真面目に働き,その技術が職場内で高く評価されていたこと,被告人の家族が香典として10万円を被害者の遺族に送付したほか,被告人の自宅を処分して捻出した1000万円を遺族側に提供し,原判決後に被害者の母親がその受領に応じたこと, 内で高く評価されていたこと,被告人の家族が香典として10万円を被害者の遺族に送付したほか,被告人の自宅を処分して捻出した1000万円を遺族側に提供し,原判決後に被害者の母親がその受領に応じたこと,被告人が現在までに約4年8か月という長期間にわたり身柄を拘束され,精神的に不安定な様子を見せるようになっていること,被告人の母親及び兄が今後も変わることなく被告人に対し援助をしていきたいと述べていること,などの所論指摘の諸事情を最大限に考慮しても,強盗殺人罪所定の刑を酌量減軽することが相当なまでの情状は認められず,被告人を求刑どおり無期懲役に処した原判決の量刑はまことにやむを得ないものであって,原判決時点はもとより現時点においても,これが不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。 第3 結論よって,論旨はいずれも理由がないから,刑訴法396条,刑法21条を適用して,主文のとおり判決する。 (第3刑事部裁判長裁判官河上元康裁判官細井正弘裁判官水野智幸)
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