- 1 - 平成25年5月15日判決名古屋高等裁判所平成23年(行コ)第5号公務外認定処分取消請求控訴事件(原審津地方裁判所平成21年(行ウ)第8号) 主文 1 原判決を取り消す。 2 処分行政庁が控訴人に対し平成18年3月30日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。 3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨主文同旨第2 事案の概要 1 本件は,控訴人が,その夫であり,b市に合併される前の旧a町の教育委員会事務局教育課の教育課長であった亡Aが,勤務中に心室細動により死亡したことについて,亡Aの死亡がその公務に起因するものであるとして,処分行政庁に対して公務災害認定請求をしたところ,処分行政庁から,亡Aの死亡を公務外の災害と認定する旨の処分を受け,これに対する被控訴人の三重県支部審査会に対する審査請求及び被控訴人に対する再審査請求においても,請求を棄却するとの各裁決がされたため,同処分の取消しを求めた事案である。 原審は,控訴人の請求を棄却した。 2 その余の事案の概要は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の1及び2記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決5頁1行目の「22日以降,」の次に「通常業務に加え,通常業務とは質的に大きく異なる」を,4行目末尾の次に改行の上,次のとおりそれぞれ加える。 「(ア) a町は,総人口8566人の小規模な地方自治体であるが,平成16 - 2 - 年9月22日に海外派遣問題について新聞報道がされた後,この問題について議会や教育委員会で激論が交わされ,住民が情報公開請求をしたり,マスコミが取材に殺到したりするなど,同問題はa町 2 - 年9月22日に海外派遣問題について新聞報道がされた後,この問題について議会や教育委員会で激論が交わされ,住民が情報公開請求をしたり,マスコミが取材に殺到したりするなど,同問題はa町史上の重大事件であった。」(2) 同5頁5行目の「(ア)」を「(イ)」に改め,6行目の「地位にあり,」の次に「教育長を補佐して課務を掌理し,」を,12行目から13行目にかけての「実現しなかったものの,」の次に「議会においてB教育長に対する不信任決議案も可決され,」を,15行目末尾に「亡Aがこのような状況にあったことは,亡Aに特に過大な精神的ストレスを与えるものであった。」をそれぞれ加え,16行目の「(イ)」を「(ウ)」に,23行目の「(ウ)」を「(エ)」にそれぞれ改める。 (3) 同6頁18行目冒頭から23行目末尾までを次のとおり改める。 「 海外派遣問題について新聞報道がされた以降,連日,とりわけ町議会や教育委員会の会議前後に,いわゆるメディアスクラムのように,多数の報道関係者が教育委員会事務局を訪れ,B教育長との面会要求,海外派遣問題に対する質問等を行い,B教育長が不在であればその所在を執拗に聞き出そうとした。 マスコミ対応は,教育委員会事務局が担当し,主な対応は教育課長の亡Aが行っており,平成16年10月2日以降は亡Aに一本化されたが,亡Aには情報公開についての裁量権がほとんど与えられず,また,報道機関や住民からは,海外派遣問題の当事者は教育委員会であると認識され,亡Aは,内部情報を持っているものとみなされて取材対象者となり,報道機関からも詰め寄られていた。 マスコミ対応は,亡Aに経験がなく不慣れであった上,不用意な発言が新聞記事になる可能性があるなど難易度が高く,その責任は極めて重かったにもかかわらず,上記のとおり裁量 関からも詰め寄られていた。 マスコミ対応は,亡Aに経験がなく不慣れであった上,不用意な発言が新聞記事になる可能性があるなど難易度が高く,その責任は極めて重かったにもかかわらず,上記のとおり裁量権がほとんどなく,海外派遣問題の - 3 - 当事者であるB教育長の援助も期待し難かったため,亡Aは,日常業務と質的に異なる大きな精神的ストレスを受けた。」(4) 同7頁10行目から11行目にかけての「(会議)の議事録作成(テープ反訳)をしなければならず,」を「(会議)について,教育委員会と意見が相違していた議会の厳しい追及,マスコミや住民からの執拗な問合せ等が予想されたことから,正確な対応を行うべく,上記会議の詳細で正確な議事録を迅速に作成することが必要となり,その模様を録音したテープの反訳作業をしなければならなかったため,これを一手に引き受け(9月29日午前の定例教育委員会以外の議事録が存在しないのは,合併に伴いa町が紛失したためであるから,亡Aによる上記議事録作成の事実が認定されるべきである。),」に,13行目の「苦慮していた。」を「苦慮しており,自宅において議事録を作成していたとしても,亡Aは,少なくとも職場における通常の公務と同程度以上の精神的ストレスを受けた。」にそれぞれ改める。 (5) 同7頁15行目の「(ア) 」の次に次のとおり加える。 「亡Aの所定勤務時間は,平日午前8時30分から午後5時15分までであり,土曜日,日曜日及び祝日は休日であったところ,亡Aは,教育委員会への出向前は,平日はほぼ午後6時半には帰宅し,土日は自宅で過ごしていたが,出向後は土日も出勤するようになったばかりか,会議が多く,慣れない仕事も多い中,ほぼ毎日,慢性的に時間外労働に従事するようになり,そのような状況下で,」を加え,18行目の「受 自宅で過ごしていたが,出向後は土日も出勤するようになったばかりか,会議が多く,慣れない仕事も多い中,ほぼ毎日,慢性的に時間外労働に従事するようになり,そのような状況下で,」を加え,18行目の「受けた。」を「受け,慣れない公務に従事していた亡Aの疲労が蓄積し続けた。」に改め,22行目末尾に改行の上,次のとおり加える。 「カ亡Aの性格等公務によるストレスと障害との関係を判定するには,当該公務に従事した者の性格傾向も考慮されるべきところ,亡Aは,真面目で責任感が強く,何事にも几帳面な処理をしなければ気が済まない性格であ - 4 - ったため,その従事した公務のストレスは直接亡Aの負荷となったものである。」(6) 同7頁24行目冒頭に「ア」を加える。 (7) 同8頁4行目の「主治医である」から8行目末尾までを次のとおり改める。 「 特に増悪傾向又は増悪要因は認められておらず,主治医であるC医師は,同時点において「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状増悪なく,比較的安定している」と診断し,亡Aの拡張型心筋症の程度は文字どおり「中等度」であると考えており,不整脈等による突然死や状態悪化も予想していなかった。 イすなわち,亡Aの拡張型心筋症の心臓超音波検査におけるEF(。左室駆出率。左心室が1回毎に拍出する血液量を左心室の拡張期容積に対する比率で示した数値をいう。)は,平成9年3月26日から平成16年9月10日前までの間は42%から55%までの範囲で,不整脈発生が多いとされる30%以下には至らずに推移しており,同日の検査においては,胸部レントゲン写真による心胸比は57.2%,心臓超音波診断における左室駆出分画は40%,左室内径LVDd(左室拡張末期径)64㎜,LVDs(左室収縮末期径)5 推移しており,同日の検査においては,胸部レントゲン写真による心胸比は57.2%,心臓超音波診断における左室駆出分画は40%,左室内径LVDd(左室拡張末期径)64㎜,LVDs(左室収縮末期径)51㎜であって,その約1年前の平成15年9月16日の数値(心胸比54. 8%,左室駆出分画42%,左室内径LVDd65㎜,LVDs51㎜)とも大差がなく,さらに,心不全診断の有効な判定基準であるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の平成16年9月10日当時の値は88.4pg/mlであり,心不全の疑いが強いとされる100pg/mlには至ってはおらず,亡Aは,管理職として何らの問題なく公務をこなしていた。 ウそのため,C医師及び他の担当医師らは,心臓移植や重症の拡張型心筋症の治療方法の主流であったICD( - 5 - ,植込み型除細動器)の使用について検討したことはなく,C医師が亡Aに対し,就労の停止や制限を指示したこともなかった。 エそして,同日以降,公務以外の私生活において,基礎疾患(拡張型心筋症)を急激に増悪させるような事情は全くなかった。」(8) 同8頁10行目冒頭に「ストレスによる影響の程度は個人差があるから,公務起因性の有無は,被災者自身を基準にして判断すべきであり,仮に客観的な基準で判断するとしても,公務の提供が期待されている者の全てを対象とし,そのような者の中で最も危険に対する抵抗力の弱い者を基準として判断すべきところ,」を加え,同行の「安定した状態にあり,」を次のとおり改める。 「安定していたが,拡張型心筋症の予後改善には,仕事等による精神的ストレス及び肉体疲労を貯めないこと並びに十分な睡眠時間を確保することが特に重要であり,海外派 状態にあり,」を次のとおり改める。 「安定していたが,拡張型心筋症の予後改善には,仕事等による精神的ストレス及び肉体疲労を貯めないこと並びに十分な睡眠時間を確保することが特に重要であり,海外派遣問題が発生した当時,亡Aの心臓機能の状態は,NYHA(NewYorkHeartAssociation。ニューヨーク心臓協会)の心機能分類におけるクラスⅡに相当するものであったから,亡Aは,心臓に過大な負担が掛からないよう,公務による負担も含めて健康管理が求められる状態にあった。そして,亡Aの基礎疾患については,」(9) 同8頁14行目の「その期間,」を次のとおり改める。 「亡Aは,昭和49年6月にa町に採用され,翌年に土木課勤務となった後,長年建設土木,環境衛生及び上下水道関係の部署に勤務したが,平成16年4月1日,入町から38年目,56歳になって,それまで従事した職務と関連性のない教育関係事務を行う教育委員会に教育課長として出向し,約半年が経過したにすぎない時点において,上記の1か月の間,」(10) 同8頁18行目の「受けたものであり,」の次に次のとおり加える。 「亡Aは,死亡前,不眠,夜間の嘔吐,通常の労作では見られない多量の発汗等の症状があったほか,控訴人に役場を辞めたい旨述べるなどしており, - 6 - これらは,亡Aが上記の著しい肉体的及び精神的ストレスを受けたことの証左であって,」(11) 同11頁22行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。 「 なお,拡張型心筋症は,肥大型心筋症と異なって,事前の症状(不整脈)が安定していても,直前に過重な運動や労働をしなくても,心室細動を発症し,突然死するリスクがある疾病であるから,亡Aの拡張型心筋症の程度が中等度であったとしても,自然的経過の中で突然死す (不整脈)が安定していても,直前に過重な運動や労働をしなくても,心室細動を発症し,突然死するリスクがある疾病であるから,亡Aの拡張型心筋症の程度が中等度であったとしても,自然的経過の中で突然死するリスクがあった。」第3 当裁判所の判断当裁判所は,亡Aの死亡は公務に起因するものと認めるのが相当であるから,本件処分は取り消すべきものと判断する。 その理由は,以下のとおりである。 1 認定事実認定に供した証拠は,甲33,38,42から47まで,49,50,53,54の1から5まで,甲55の1及び2,甲58,59,60の1から4まで,甲61の1及び2,甲62,65並びに証人C及び同人の書面尋問の回答書を加えるほかは,原判決12頁7行目の「証拠」から11行目の「原告本人)」までに記載のとおりであり,これらの証拠に,前記前提事実(原判決引用部分)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる(なお,平成16年中の出来事は平成16年の記載を省略することがある。)。 (1) 海外派遣問題ア a町は,8月,海外派遣事業として,D町長を団長,B教育長を副団長とする中学生の使節団をアメリカ合衆国に派遣したところ,両名が生徒や随行者と別行動をしていたことが「考える会」のE会長に判明し,9月21日,E会長は,議会の文教民生常任委員会(以下,単に「文教民生常任委員会」という。)に対し,B教育長及びD町長の罷免を求める申入書を - 7 - 提出し,同月22日,そのことが新聞で報道された。 イそして,9月24日,文教民生常任委員会において海外派遣問題が討議され,B教育長は会議中に辞意を表明し,同日,教育委員会のF委員長に対し,辞表を提出した。 ウ F委員長は,上記辞表の取扱いについて協議すべく,同月25日,臨時教育委員会を開 て海外派遣問題が討議され,B教育長は会議中に辞意を表明し,同日,教育委員会のF委員長に対し,辞表を提出した。 ウ F委員長は,上記辞表の取扱いについて協議すべく,同月25日,臨時教育委員会を開いた。同会議での協議の結果,訪米団に事故がなかったことや,B教育長は健康上の問題があったことから早期に帰国することが望ましかったことなどから,辞表は受理しないことになった。 エ同月27日,議会の本会議において,D町長に対する問責決議案が可決され,これによって議会とD町長との対立が深まった。また,同日開催された議会の全員協議会(以下,単に「全員協議会」という。)において,F委員長がB教育長の辞表を受理しなかったことが厳しく追及され,F委員長は,同月29日に改めて教育委員会を開催し,上記辞表の取扱いを再度検討することとした。 オ同月29日午前の教育委員会定例会及び同日午後の臨時教育委員会においてB教育長の辞表の取扱いが協議され,教育委員会は,B教育長に道議上の責任はあるが,教育長が不在になれば教育現場に混乱を招くとして,B教育長に仕事に邁進することで責任を取るように求めることとし,B教育長もこれを受けて辞表を撤回した。 カしかし,10月6日に開催された全員協議会において,B教育長の上記の責任の取り方について議員らが反発し,F委員長は,同月12日までに教育委員会を開いて更に検討する旨約束した。そして,F委員長は,10月8日,臨時教育委員会を開催してB教育長の進退問題について協議したが,結論は出なかった。 (その後,同月15日に開催された臨時議会において,F委員長及びB教育長の不信任決議が可決された。) - 8 - キ 10月1日時点におけるa町は,総人口が8600人弱,市立中学校が1校しかない小規模な地方自治体であり,三重 において,F委員長及びB教育長の不信任決議が可決された。) - 8 - キ 10月1日時点におけるa町は,総人口が8600人弱,市立中学校が1校しかない小規模な地方自治体であり,三重県全域で継続的に報道がされ,議会や住民から問題視された海外派遣問題は,同町史上重大な事件であった。 (2) 亡Aの職務等亡Aは,昭和42年3月にd高等学校商業科を卒業し,民間会社勤務を経て,昭和49年6月17日にa町の職員として採用され,主に土木課,建築課及び水道課に勤務し,平成14年4月1日に課長となり,平成16年4月1日に教育委員会に出向して教育課長となったものであり,教育に関わる職務に携わるのはこの時が初めてであった。 教育課長は,教育長を補佐して課務を掌理し,教育長に事故があるとき等にはその職務を代行する立場にある。 教育課の職員は,亡A,G課長補佐,H係長,主査2名,主事1名及び派遣社教主事1名の合計7名であった。 亡Aの所定勤務時間は,月曜日から金曜日までが午前8時30分から午後5時15分までであり(休憩時間45分及び休息時間合計30分を含む。),土曜日,日曜日及び祝日は休日であった。 (3) 亡Aの執務状況等ア海外派遣問題発生前亡Aは,基本的に,午前7時15分頃に起床し,朝食を取って出勤し,午前8時20分頃にa町総合庁舎に到着し,職務に従事した後,午後5時30分から6時頃までに退勤し,午後7時又は午後7時30分頃に夕食を取り,休息した後,入浴して午後11時頃に就寝していた。 亡Aは,教育課長として着任した4月1日以降,教育課長としての通常業務に従事し,4月及び5月は初めての仕事が多いこともあって午後10時前後に退勤することもあったが,6月以降は午後7時30分頃ま - 9 - でには退勤してお 日以降,教育課長としての通常業務に従事し,4月及び5月は初めての仕事が多いこともあって午後10時前後に退勤することもあったが,6月以降は午後7時30分頃ま - 9 - でには退勤しており,週休日等についても,体育大会等の行事等に出席するため月に数回程度出勤していたが,月当たり3日から11日は週休日等が確保されており,海外派遣問題が発生するまでの業務は,精神的にも肉体的にも特に過重なものではなかった。 イ海外派遣問題発生以後(ア) 9月23日(木曜日・祝日)休日であり,亡Aは,午前11時頃に起床し,休息及び仮眠を取るなどして,午後11時頃に就寝した。 (イ) 9月24日(金曜日)亡Aは,午前8時22分に出勤し,午後7時25分に退勤した(時間外勤務2時間10分)。 亡Aは,午前9時から午前11時20分まで全員協議会に出席し,午後1時30分から午後3時50分まで文教民生常任委員会に出席した。 同委員会では海外派遣問題について討議され,B教育長が辞意を表明した。そして,B教育長が辞表を提出したことから,F委員長は,翌25日に臨時教育委員会を開催することを決めた。 亡Aは,その後,大雨による被害報告書を作成するなどした。亡Aは,帰宅後,委員会の資料をまとめた後に就寝したが,就寝時刻は不明である。 (ウ) 9月25日(土曜日)亡Aは,午前11時頃に起床し,午後1時5分に出勤し,午後2時20分に退勤した(時間外勤務1時間15分)。 亡Aは,午後1時から午後2時まで開催された臨時教育委員会に出席した。同委員会では,B教育長の辞表は受理しないこととされた。そして,同委員会終了後,F委員長及び亡Aは,総務課長に対し,同委員会の経過を説明した。 - 10 - 亡Aは,帰宅後,仮眠や休息を取り,その後に 育長の辞表は受理しないこととされた。そして,同委員会終了後,F委員長及び亡Aは,総務課長に対し,同委員会の経過を説明した。 - 10 - 亡Aは,帰宅後,仮眠や休息を取り,その後に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 (エ) 9月26日(日曜日)亡Aは,午前8時30分から午後3時40分まで,公務として,c地区体育祭を観覧した(休憩時間1時間を除き,時間外勤務6時間)。 亡Aは,帰宅後,休息し,午後7時頃から午後9時30分頃までc地区有志の慰労会に出席し,午後11時頃に就寝した。 なお,亡Aは,この頃から,無口になり,塞ぎ込むなどしたり,いらだち怒りっぽくなったりした。そして,友人のIに対し,「話をさせてもらったら気分的に楽になるので。」と言って,毎晩のように電話で海外派遣問題について相談するようになった。 (オ) 9月27日(月曜日)亡Aは,午前8時14分に出勤し,午後7時43分に退勤した(時間外勤務2時間28分)。 亡Aは,午前9時から午前11時29分まで及び午後1時から午後4時11分まで,議会定例会及び全員協議会に出席した。午前中の全員協議会において,議員から,教育委員会がB教育長の辞表を受理しなかったことについて厳しい追及がされ,午後の議会定例会では,D町長に対する問責決議案が可決された。そこで,F委員長は,上記の辞表の取扱いについて,同月29日に改めて臨時教育委員会を開催して協議することにした。 亡Aは,帰宅後,休息してから就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 (カ) 9月28日(火曜日)亡Aは,午前8時15分に出勤し,午後2時35分まで議会定例会に出席した。 - 11 - 亡Aは,退勤後,午後6時頃から議長との懇談会に出席し,午後9時頃に帰宅し,休息後に就 日)亡Aは,午前8時15分に出勤し,午後2時35分まで議会定例会に出席した。 - 11 - 亡Aは,退勤後,午後6時頃から議長との懇談会に出席し,午後9時頃に帰宅し,休息後に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 なお,亡Aは,午後5時30分頃,汗をかくような気温ではないのに大量の汗をかいていたことから,H係長が「えらい汗ですなあ。」と述べて様子を聞くと,亡Aは,「最近よう汗が出るんやわ。」と答えた。 (キ) 9月29日(水曜日)亡Aは,午前8時21分に出勤し,午後11時18分に退勤した(時間外勤務6時間3分)。 亡Aは,午前9時30分から午後0時まで教育委員会の定例会に出席し,午後1時から午後2時30分まで臨時教育委員会に出席した。上記の各委員会において,B教育長の辞表の取扱いについて協議されたところ,B教育長に仕事に邁進することで責任を取るように求めることになり,B教育長はこれを受けて辞表を撤回した。 亡Aは,午後7時30分から午後9時まで,教育長を本部長とするa町スポーツ少年団の会議に出席し,会議の進行等を行った。 その後,亡Aは,F委員長の自宅に赴き,午後11時頃まで,今後の対応について協議した。亡Aは,F委員長に対し,当日の教育委員会の会議の内容について新聞記者から問合せがあり,認識している範囲で答えた旨,また,海外派遣問題についてE会長から執拗に情報公開を求められており,どこまで答えてよいか対応に苦慮している旨話した。F委員長は,議会,E会長及び報道関係者に一貫性をもって対応する必要があり,そのため,だれがどのような発言をしたかを記載したできるだけ詳細な会議の議事録を作成し,これに基づいて回答するように亡Aに指示した。亡Aは,9月29日の午前及び午後の教育委員会の会議の議事録の作成 そのため,だれがどのような発言をしたかを記載したできるだけ詳細な会議の議事録を作成し,これに基づいて回答するように亡Aに指示した。亡Aは,9月29日の午前及び午後の教育委員会の会議の議事録の作成に取り掛かると述べて帰宅した。 亡Aは,帰宅後,9月29日午前の議事録の作成作業に着手し,深夜 - 12 - に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 なお,亡Aは,控訴人に対し,10月4日までに議事録を作成したい,重要なことなので一字一句聞き逃してはいけないと話した。 (ク) 9月30日(木曜日)亡Aは,午前8時22分に出勤し,午後6時4分に退勤した(時間外勤務49分)。 亡Aは,午前8時50分頃から午後0時30分頃まで,a中学校等を訪問し,午後3時から午後5時まで,障害児教育指導研修会に出席した。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取り掛かり,深夜に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 なお,亡Aは,午前11時頃にe幼稚園を訪問した際,しきりにハンカチで顔を拭いていた。また,亡Aは,同夜,食べた物を吐いた。そして,亡Aは,この頃から眠れない日が続くようになった。 (ケ) 10月1日(金曜日)亡Aは,午前中は体調不良のため休暇を取得し,午後0時43分に出勤し,午後6時18分に退勤した(時間外勤務1時間3分)。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取り掛かり,深夜に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 (コ) 10月2日(土曜日)亡Aは,午前9時頃に起床し,海外派遣問題に関する新聞報道等への対応を協議するため,午前9時40分に出勤し,F委員長,B教育長及びG課長補佐と打合せを行い,午前11時40分に退勤した(時間外勤務2時間)。 上記の打 床し,海外派遣問題に関する新聞報道等への対応を協議するため,午前9時40分に出勤し,F委員長,B教育長及びG課長補佐と打合せを行い,午前11時40分に退勤した(時間外勤務2時間)。 上記の打合せにおいて,外部への窓口は亡A一人にして,応答に一貫性を持たせることが確認された。また,亡Aは,帰宅して休息及び仮眠を取るなどした後,午後5時頃から午後7時頃まで,F委員長宅を訪れ - 13 - てF委員長と海外派遣問題について打合せを行った。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取り掛かり,深夜に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 (サ) 10月3日(日曜日)亡Aは,午前8時45分から午後1時まで,公務として,町内各地区の体育祭を観覧した(時間外勤務4時間15分)。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後5時頃から午後7時頃まで議事録作成作業をし,夕食及び休息を取った後,午後9時頃から再び議事録作成作業をして深夜に就寝したが,正確な就寝時刻は不明である。 なお,亡Aは,会議の内容を録音したテープが聞き取りにくく,議事録の作成作業がなかなか進まなかったため,同日,義兄のJに手伝ってくれるよう求めたが,同人の都合がつかず手伝ってもらうことはできなかった。また,亡Aは,同日に友人と県外の温泉に行く予定であったが,これを取り止めた。 (シ) 10月4日(月曜日)亡Aは,午前8時22分に出勤して午後5時29分にいったん退勤し,午後7時1分に再び出勤して午後9時29分に退勤した(時間外勤務2時間42分)。 亡Aは,午後2時から午後4時45分までa町で開催される分科会の責任者として分科会当日の運営要綱等について協議し,午後7時30分から午後9時までa町のスポーツ少年団に関する会議に出席し,事務局 亡Aは,午後2時から午後4時45分までa町で開催される分科会の責任者として分科会当日の運営要綱等について協議し,午後7時30分から午後9時までa町のスポーツ少年団に関する会議に出席し,事務局の責任者として会議の進行を行った。亡Aは,会議終了後,E会長からの情報公開請求についての電話に対応したが,E会長は強硬で,「嘘ばっかり言っていたら警察に訴えるぞ。」,「今日は会話の内容を録音します。内容に不審な点があればこの足で弁護士を訪ね,訴訟の準備に入ります。」,「教育委員会も事務局も全部同じ穴のむじなじゃない - 14 - か。」などと言った。 亡Aは,帰宅後,普段はしていた入浴をすることもなく,午後11時30分頃に布団に入った。 (ス) 10月5日(火曜日)亡Aは,午前8時21分に出勤し,午後5時41分に退勤した(時間外勤務26分)。 亡Aは,午前9時30分から午前11時30分まで校長会に出席し,午後0時30分頃にF委員長の自宅に赴き,29日午前中の教育委員会の議事録の整理をし,手書きの議事録を完成させた。亡Aは,真面目で責任感の強い性格の持ち主であり,完成した議事録も非常に詳細なものであった。この時,F委員長は,亡Aから,テープが聞き取りにくくて困っている旨を聞き,「作業が大変だったら私のところに録音テープを持ってくるように。」と言った。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後11時30分頃に布団に入った。 (セ) 10月6日(水曜日)亡Aは,午前8時14分に出勤して午後5時52分にいったん退勤し,午後6時55分に再び出勤して午後7時14分に退勤した(時間外勤務56分)。 亡Aは,午前9時30分から午後0時まで及び午後1時30分から午後2時30分まで,全員協議会に出席した。同協議会では,議員らが,B教育 び出勤して午後7時14分に退勤した(時間外勤務56分)。 亡Aは,午前9時30分から午後0時まで及び午後1時30分から午後2時30分まで,全員協議会に出席した。同協議会では,議員らが,B教育長が辞表を撤回したことに強く反発し,F委員長は,同月12日までに教育委員会を開いて更に検討する旨約束した。亡Aは,午後3時頃から午後4時30分頃までの間,上記会議の内容についての報道関係者からの質問に対応した。その後,亡Aは,F委員長の自宅に赴き,今後の対応について打合せを行った。 亡Aは,同日は午後9時頃に帰宅し,入浴もせずに午後11時30分 - 15 - 頃に布団に入った。 (ソ) 10月7日(木曜日)亡Aは,午前中2時間の休暇を取得し,午前10時頃に起床して,午前10時30分に出勤し,午後9時8分に退勤した(時間外勤務3時間53分)。 亡Aは,午後7時から午後9時まで中学校ふれあい体験会議に出席し,冒頭のあいさつを行った。 亡Aは,帰宅後,休息してから午後11時30分頃に布団に入った。 (タ) 10月8日(金曜日)亡Aは,午前6時30分頃,幼稚園の園長から遠足についての問合せの電話があって起床し,午前8時11分に出勤し,午後3時頃から午後5時頃まで数名の教育委員会の委員宅に赴いて打合せを行い,午後7時1分に退勤したが,午後7時30分からa町人権・同和教育研究協議会専門部会に出席し,その後,午後8時30分頃からE会長との電話の対応に当たり,午後9時に帰宅した(時間外勤務3時間16分)。 E会長との電話の対応は,会議中に同人から電話があったため,亡Aが,会議終了後に電話をかけ直したもので,E会長から,上記使節団の海外派遣の旅費(以下,単に「旅費」という。)の明細を休日中に公開するように強く要求され,亡Aは, 中に同人から電話があったため,亡Aが,会議終了後に電話をかけ直したもので,E会長から,上記使節団の海外派遣の旅費(以下,単に「旅費」という。)の明細を休日中に公開するように強く要求され,亡Aは,「休み明けではだめなんですか。」などと答えた。なお,上記の電話時間は約30分であるが,この時,亡Aは,冷や汗をかいていた。 また,同日には臨時教育委員会が開催され,B教育長の進退問題について協議されたが,結論は出なかった。同委員会の終了後,亡Aは,F委員長に,9月29日午後の教育委員会の会議の内容を録音したテープと手書きの用紙とを渡し,聞き取りにくいところのテープ起こしをしてほしいと依頼した。 - 16 - (チ) 10月9日(土曜日)亡Aは,午前10時過ぎに起床して床屋に行った後,午後3時55分に出勤し,E会長の情報公開請求への対応についてG課長補佐と打合せを行い,午後5時19分に退勤した。亡Aは,帰宅後,テレビをつけて居間で横になるなどしていたが,午後7時15分に再度出勤した。亡Aは,この時,控訴人に対し,いらいらした様子で,仕事を辞めたいと漏らした。 亡Aは,E会長からの情報公開請求に対する回答を同月12日にしなければならなかったが,従前の経過からすると,予定している回答ではE会長が納得することは見込まれなかったため,その対応に苦慮し,E会長と親しい議員に事情を説明して,同議員からE会長に話をしてもらおうと考え,同議員に来庁を依頼した。亡Aは,G課長補佐とともに同議員に上記の依頼をしたところ,同議員はこれを承諾し,同議員との会合は20分程で終了した(時間外勤務1時間44分)。 亡Aは,同議員を庁舎の出口まで見送った。 なお,亡Aは,同議員を見送りに出たとき多量の汗を顔に浮かべていた。 その後,亡Aは, 員との会合は20分程で終了した(時間外勤務1時間44分)。 亡Aは,同議員を庁舎の出口まで見送った。 なお,亡Aは,同議員を見送りに出たとき多量の汗を顔に浮かべていた。 その後,亡Aは,2階の事務局に戻り,宿直室に行って20分程雑談し,宿直室を出た直後に突然倒れた。 午後8時20分頃,宿直勤務者が廊下に倒れている亡Aを発見した時は,亡Aは目を閉じた状態で大きないびきをかいていた。亡Aは直ちにf病院に搬送されたが,午後10時40分,心室細動により死亡した。 ウ海外派遣問題発生後の会議出席に伴う業務(ア) 亡Aは,教育課長として,教育委員会の会議,全員協議会及び文教民生常任委員会に出席する義務があるところ,9月24日から10月9日までの間に,海外派遣問題を討議するために臨時に開催された会議は, - 17 - 教育委員会が3回,全員協議会が3回,文教民生常任委員会が1回であった。 海外派遣問題は教育長が当事者であるため,通常であれば教育長が行う教育委員との連絡調整を亡Aが行わなければならず,そのため,亡Aは,F委員長の自宅を度々訪れる等して,同人と打合せを行っていた。 (イ) 議事録の作成F委員長は,B教育長の進退をめぐって議会やE会長と厳しく対立していたため,議会,E会長及び報道関係者に一貫性をもって対応するためには,教育委員会の会議の議事録をできるだけ詳細に作成する必要があるとして,9月29日の午前及び午後の会議の議事録作成を亡Aに指示したものであり,当時の状況からすれば速やかに議事録を作成する必要があり,亡Aも,10月4日までに完成させることを目指して,同夜から作成作業を始めた。 しかし,録音テープが聞き取りにくいこともあって,亡Aは,9月29日から10月3日まで,自宅において深夜まで作業をし 亡Aも,10月4日までに完成させることを目指して,同夜から作成作業を始めた。 しかし,録音テープが聞き取りにくいこともあって,亡Aは,9月29日から10月3日まで,自宅において深夜まで作業をして,29日午前分の議事録の草稿を作成し,これを10月5日にF委員長に手渡し,同人と相談しながら議事録の草稿を完成させた。 そして,その後,亡Aは,上記の議事録をパソコンを用いて清書するとともに,29日午後分の議事録の草稿をできる範囲で作成し,10月8日,F委員長に,上記草稿と録音テープとを手渡して,聞き取りにくい部分のテープ起こしを依頼した。 エ E会長の情報公開請求に対する対応「考える会」のE会長は,教育委員会に対し,海外派遣問題について情報公開請求を行い,多数回にわたって教育委員会事務局を訪れたり,電話をかけたりした。 E会長には主として亡Aが対応していたが,亡Aは,E会長が公開を - 18 - 求めている旅費の明細書の提出を旅行会社が拒否しているため,その取扱いに苦慮していたところ,E会長は,教育委員会がB教育長の辞表を受理せず,B教育長が辞表を撤回したことから,旅費の明細についての公開要求を強硬かつ執拗にしてくるようになり,10月4日及び8日には,午後5時以降に開催されていた会議の場にまで電話をして,亡Aに対し,「嘘ばっかり言ってたら警察に訴えるぞ。」といった脅迫的な言葉や,「教育委員会も事務局も全部同じ穴のむじなじゃないか。」といった事務局(ひいてはその幹部職員である亡A)を非難する言葉を述べるなどした。 オ報道関係者への対応亡Aの報道関係者への対応については,原判決の18頁24行目冒頭から同19頁5行目末尾までを次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の1(3)エ記載のとおりであるか 関係者への対応亡Aの報道関係者への対応については,原判決の18頁24行目冒頭から同19頁5行目末尾までを次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の1(3)エ記載のとおりであるから,これを引用する。 「 上記の会議に出席していたのはB教育長及び亡Aであるところ,B教育長は海外派遣問題の当事者であることから,亡Aが報道関係者の質問に答えることが多かったが,10月2日以降は,外部への窓口を亡Aに一本化することになり,亡Aが報道関係者との対応を全て行った。 亡Aは,報道関係者との対応については,不手際があったときの影響が大きいため神経を使っていた。」(4) 亡Aの基礎疾患等亡Aの基礎疾患等については,原判決「事実及び理由」欄の第3の1(4)記載のとおりであるから,これを引用する。 (5) 拡張型心筋症についてア拡張型心筋症は,心筋の脱落及び線維化のために収縮不全と心室の拡張とを来たす原因不明の疾患であり,心不全(約50%)及び突然死(30%から40%)が死因となる。 - 19 - 突然死の多くは,心室頻拍又は心室細動によるが,高度の徐脈も突然死に関与することがある。 イ拡張型心筋症の予後は以前に比べ飛躍的に改善している。 平成11年(1999年)に実施された全国疫学調査二次調査対象症例の5年後の予後調査によれば,5年生存率は75.7%であり,平成10年(1998年)に初めて拡張型心筋症と診断された390例の5年生存率は78.6%であった。 拡張型心筋症の予後を良好にするためには,仕事などによる精神的ストレス,肉体的負荷,疲労等を貯めないこと及び十分な睡眠時間を確保することが特に重要である(甲49)。 ウ致死的不整脈と精神的ストレスとの関係については,文献(甲47,50,58)に る精神的ストレス,肉体的負荷,疲労等を貯めないこと及び十分な睡眠時間を確保することが特に重要である(甲49)。 ウ致死的不整脈と精神的ストレスとの関係については,文献(甲47,50,58)によれば,NYHAの心機能分類のクラスⅡ(身体活動に軽度の制約がある。)に当たる拡張型心筋症においては,心臓の交感神経活性が亢進しており,このような亢進が心筋細胞に障害を与える可能性がある,精神的ストレスは,心臓交感神経活性を亢進させ,心室頻脈や致死性不整脈を誘発し得るとされている。 したがって,精神的ストレスは,拡張型心筋症を増悪させ,致死的不整脈を誘発する因子であると認められる。 エ拡張型心筋症における突然死の危険因子としては,持続性心室頻拍,心室細動の既往及び左室駆出率が挙げられており,左室駆出率が30%以下に低下すると,不整脈の発生が多くなり,我が国においても,上記のような低下が致死的不整脈や突然死を予知させる因子となるとの報告がある。 (6) 亡Aの拡張型心筋症の症状ア平成15年9月16日の検査値心胸比54.8%,左室駆出分画42%,LVDd(左室拡張末期径)65㎜,LVDs(左室収縮末期径)51㎜ - 20 - イ平成16年9月10日の検査値心胸比57.2%,左室駆出分画40%,LVDd64㎜,LVDs51㎜,BNP値(脳性ナトリウム利尿ペプチドの値)88.4pg/mlウ平成15年9月16日付けの臨床調査個人票「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状なく安定している」と記載されている。 エ平成16年7月26日付け及び同年9月10日付けの臨床調査個人票「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状増悪なく比較的安定している」と記載されている。 オ左室駆出分画の変化平成9年3月26日 0.43,平 月26日付け及び同年9月10日付けの臨床調査個人票「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状増悪なく比較的安定している」と記載されている。 オ左室駆出分画の変化平成9年3月26日 0.43,平成10年10月20日 0.55から0.42,平成11年12月24日 0.53,平成15年9月16日 0.42,平成16年9月10日 0.4カ平成15年9月16日から平成16年7月26日の臨床調査におけるNYHAの心機能分類いずれもクラスⅡ(身体活動に軽度の制約がある。)(7) 亡Aの症状等に関する医師の意見等ア亡Aの主治医であったf病院のC医師の平成17年2月8日付けの意見書,平成18年11月2日付けの意見書及び平成19年5月15日付けの意見書の内容は,原判決「事実及び理由」欄の第3の1(5)のイ,ウ及びエ記載のとおりであるから,これを引用する。 イ C医師の書面尋問に対する回答書及び証言の要旨亡Aは中等度の左室収縮機能障害に罹患しており,平成16年9月10日の診察時に特記すべき変化はなく,比較的状態は安定していた。上記の時点で不整脈による突然死は予測することができなかった。拡張型心筋症は重度でなければ心室細動発生のリスクがないとはいえない。拡張 - 21 - 型心筋症は症状が安定していても不整脈等の出現によって急変する可能性が考えられる。亡Aの突然死については,ストレスが関与しているかもしれないし,喫煙が心臓の負担になっていた可能性もある。 ウ K医師の意見書(甲62)の要旨海外派遣問題発生当時の亡Aの左室駆出率は40%であり,不整脈が多いとされる30%以下ではないから,安定した状態が続いていたといえる。亡Aは,拡張型心筋症と診断された以降も管理職として業務をこなしており,医師から勤労制限を受けたことはな 40%であり,不整脈が多いとされる30%以下ではないから,安定した状態が続いていたといえる。亡Aは,拡張型心筋症と診断された以降も管理職として業務をこなしており,医師から勤労制限を受けたことはない。また,亡Aは担当医からICD(植込み型除細動器)を使用する必要性を指示されていなかったことから,突然死が容易に起こるとは想定されていなかった。 海外派遣問題発生当時の亡Aの症状は,1年前の症状と大差なく安定した状態にあり,さらに,上記問題発生当時のBNP値は88.4pg/mlであって,心不全の疑いが強い100pg/mlには至っていないから,「心室細動等がいつでも発症し得る程度に重度な状態」ではなく,「薬物療法の継続によって呼吸困難等の症状増悪なく比較的安定していた」といえる。 一方,亡Aは,海外派遣問題の処理に追われる中,寝付けず,夜中に嘔吐し,汗をかく気温ではないのに大量の汗をかき,死亡当日に控訴人に対して「役場を辞めたい」と愚痴をこぼしたことから,自律神経に異常が生じたと判断されるところ,これらは過度の心理的及び肉体的ストレスによるものであり,致死的不整脈による突然死は,死亡直前に準備され,発症したものと判断することができる。 さらに,海外派遣問題が発生した後の亡Aの所定労働時間を超える週当たりの平均労働時間は16時間27分と一定の負荷を生じさせるものであった。 したがって,海外派遣問題発生後の過重なストレスにより,亡Aの生 - 22 - 真面目な性格,不慣れな業務の負担及び長時間労働が相まって,安定していた拡張型心筋症が自然経過を超えて悪化したものである。 2 亡Aの死亡は公務に起因するものかについて(1) 公務起因性の判断基準公務起因性の判断基準については,原判決20頁25行目から36行目にかけ 筋症が自然経過を超えて悪化したものである。 2 亡Aの死亡は公務に起因するものかについて(1) 公務起因性の判断基準公務起因性の判断基準については,原判決20頁25行目から36行目にかけての「当たり,」から21頁7行目の「これが認められた後に」までを次のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の2(1)記載のとおりであるから,これを引用する。 「当たっては,被災職員が従事していた公務が,被災職員と職種,職,職務経験及び年齢等が同程度の職員に対しても,特に過大な精神的負荷又は肉体的負荷を与えるものと認められるかどうかについて客観的に行うべきものであるところ,この場合,健康な状態にある者のみならず,血管病変等を有しているものの,その病態が通常の日常の職務の遂行に支障がない程度の職員(以下「平均的労働者」という。)も含めて考察すべきである。 そして,上記の平均的労働者を基準として,当該業務の内容や業務量が過大な精神的負荷又は肉体的負荷を与えるものであるか否かを検討するとともに,」(2) 亡Aの公務の荷重性ア海外派遣問題に関連する業務は日常業務か否か前記認定のとおり,海外派遣問題は,「考える会」のE会長が議会にD町長及びB教育長の罷免を求める申入書を提出したことが端緒となり,D町長については問責決議案が可決されてD町長と議会との対立が深まり,B教育長はいったん辞表を提出したものの,教育委員会がこれを受理しないこととしたため,この措置を不当とする議会と教育委員会とが厳しく対立する状況となり,報道関係者も,事が町長及び教育長の不祥事に関することであったため,連日のように教育課に取材に来ていたも - 23 - のであり,海外派遣問題は,総人口が8600人弱の小規模な地方自治体であるa町においては,同町史 育長の不祥事に関することであったため,連日のように教育課に取材に来ていたも - 23 - のであり,海外派遣問題は,総人口が8600人弱の小規模な地方自治体であるa町においては,同町史上重大な事件であったこと,海外派遣問題は,亡Aにとっては,直属の上司であるB教育長の進退に関する問題であり,議会と教育委員会とが厳しく対立し,9月24日から10月8日までの15日間に3回も臨時教育委員会が開催される状況であったことからすると,亡Aの海外派遣問題に関する業務は,臨時教育委員会の開催,その議事録の作成,情報公開請求及び報道関係者への対応等,その一つ一つは教育課長の職務の範囲内のものではあるが,a町の教育課長としては,通常行うことがまれな業務であって,いわゆる日常業務とは質的に著しく異なるものであり,その難易度は高く,責任も重いものと認められる。 イ職場等における労働時間について前記認定のとおり,亡Aの所定勤務時間は平日の午前8時30分から午後5時15分までであり,海外派遣問題が発生した後の9月24日から亡Aが死亡した10月9日までの16日間の時間外勤務時間(平日の午後5時15分以降並びに土曜日,日曜日及び祝日に勤務した時間)は合計39時間であって,これだけでは2週間に50時間という前記通達(乙2)の基準を満たさない。 しかしながら,通常であれば,土曜日及び日曜日に仕事から解放されることによって疲労から回復されるものであるところ,亡Aは16日間連続して業務に従事していたものであり,そのうちには短時間勤務の日があったとしても,疲労の蓄積という観点からは16日間の連続業務が亡Aの身体に悪い影響を与えたものと認められること,議事録の作成作業は,完成が急がれたものであること,F委員長からできる限り詳細な議事録を作成するように 労の蓄積という観点からは16日間の連続業務が亡Aの身体に悪い影響を与えたものと認められること,議事録の作成作業は,完成が急がれたものであること,F委員長からできる限り詳細な議事録を作成するようにとの指示があったことから,録音テープを聞きながらその作成作業をしなければならず,そのために静かな自宅で集中 - 24 - 的に行った方が能率的であることからすると,議事録の作成を自宅で行う必要性が認められるから,亡Aが自宅で議事録の作成作業をした時間も時間外勤務として加算すべきところ,その作業時間は正確には不明であるが,完成した議事録並びにその草稿の内容及び分量に照らせば,少なくとも10時間以上は上記作業に費やされたものと推認されること,亡Aは,9月29日,10月2日及び同月6日にF委員長の自宅に赴き,同人と今後の対応について打合せをしているが,これも時間外勤務と認定すべきものであること,上記3点を併せ考慮すると,10月1日に4時間の代休を取得し,同月7日に2時間の時間休を取得していることを考慮しても,上記16日間の労働時間は,亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当に過大な精神的負荷及び肉体的負荷を生じさせるものと推認される。 ウ議事録作成作業について前記認定のとおり,9月29日の午前及び午後の会議の議事録については,F委員長から,議会,E会長及び報道関係者に一貫性をもって対応するため,だれがどのような発言をしたかを記載してできるだけ詳細に作成するようにとの指示を受けていたものであり,作成期限は指定されなかったが,上記の使用目的からして速やかに作成する必要があったこと,それにもかかわらず,録音テープは聞き取りにくく,作業は難航し,亡Aは義兄に手伝いを求めたもののこれもかなわず,予定していた10月4日に議事録を完成させる からして速やかに作成する必要があったこと,それにもかかわらず,録音テープは聞き取りにくく,作業は難航し,亡Aは義兄に手伝いを求めたもののこれもかなわず,予定していた10月4日に議事録を完成させることができなかったこと,上記の議事録の使用目的からすると,上記の議事録作成作業は通常の議事録(甲44から46)の作成作業よりも責任の重いものであったこと,議事録の作成作業について,亡Aが平均的労働者よりも能力的に劣っていることを認めるに足りる証拠はないことからすると,9月29日の午前及び午後の教育委員会の会議の議事録の作成作業は,亡Aのみならず平均的労働者 - 25 - にとっても相当に精神的負荷を生じさせるものであったと認められる。 エ情報公開請求者への対応について前記認定のとおり,「考える会」のE会長は,海外派遣問題について教育委員会に情報公開請求をし,旅費の明細の公開を求めていたところ,同人への対応は,亡Aが主に行っていた。そして,亡Aは,旅行会社が旅費の明細書を提出しないことから,E会長への対応に苦慮していたところ,E会長は,10月4日及び8日には,午後5時以降に開催されていた会議の場にまで電話をして,警察への告発や訴えの提起を示唆する発言をしたり,事務局(ひいてはその幹部職員である亡A)を非難したりするなど,亡Aに対し,強硬かつ執拗に旅費の明細の公開を求めていた。亡Aは,E会長に対する回答の期限が10月12日に迫り,予定していた回答では同人の納得を得ることができないことが分かっていたことから,その対応に苦慮し,同月9日,ともかくもこの事態を乗り切ろうとして,土曜日であったにもかかわらず,同人と親しい議員に会ってE会長の説得を依頼したものである。 上記によれば,E会長の情報公開請求に対する対応は,当時,B教育長 もかくもこの事態を乗り切ろうとして,土曜日であったにもかかわらず,同人と親しい議員に会ってE会長の説得を依頼したものである。 上記によれば,E会長の情報公開請求に対する対応は,当時,B教育長の進退問題で議会と教育委員会とが厳しく対立していたことを考慮すると,難易度が高く,責任の重い仕事である上,E会長の強硬かつ執拗な姿勢もあって,亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当過大な精神的負荷を生じさせるものであったと認められる。 オ報道関係者への対応について前記認定のとおり(原判決引用部分),海外派遣問題が9月22日に新聞で報道されてからは,連日,報道関係者が教育委員会事務局の入口付近に訪れ,特に教育委員会等の会議が開催される前後には多数の報道関係者が訪れて,B教育長との面会要求や海外派遣問題に関する質問を行っていたものであり,主に亡Aがその対応をしていたところ,10月2 - 26 - 日以降は,対外的な窓口を亡Aに一本化することになって,亡Aがほとんどの対応をしていたものである。 報道関係者との対応は,不手際があったときの影響が大きいこと,当時はB教育長の進退問題で議会と教育委員会とが厳しく対立している状況にあったことからすると,比較的難易度が高く,責任も重い(それゆえ,対外的な窓口を教育課長に一本化したものである。)ものであって,亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当過大な精神的負荷を生じさせるものと認められる。 カ会議出席に伴う事務について前記認定のとおり,亡Aは,海外派遣問題が発生したため,9月24日から10月9日までの16日間に,3回の臨時教育委員会,3回の臨時全員協議会及び1回の臨時文教民生常任委員会に出席した。 また,亡Aは,海外派遣問題の発生により,通常であればB教育長が行う教育委員と 10月9日までの16日間に,3回の臨時教育委員会,3回の臨時全員協議会及び1回の臨時文教民生常任委員会に出席した。 また,亡Aは,海外派遣問題の発生により,通常であればB教育長が行う教育委員との連絡調整をしなければならず,F委員長の自宅を度々訪れて同人と打合せを行っていた。 上記の業務は,精神的又は肉体的に過重な業務とまではいえないとしても,日常の通常業務に付加されるものであることを考慮すると,亡Aはもとより平均的労働者にとっても一定の精神的負荷及び肉体的負荷を生じさせるものと認めるのが相当である。 キ小括以上のとおり,9月24日から10月9日までの亡Aの業務は,①そのうち海外派遣問題に関連するものは,a町の教育課長としては通常行うことがまれな業務であって,いわゆる日常業務とは質的に著しく異なるものであり,その難易度は高く,責任も重いものと認められること,②そして,上記16日間の労働時間は,この間の勤務が完全休養日のない連続したものであったこと,上記議事録作成のための自宅での作業時間 - 27 - 及びF委員長宅での打合せ時間を考慮すれば,相当に重い負荷を生じさせる長さに達していたものであったと推認されること,③上記議事録作成作業,情報公開請求者への対応及び報道関係者への対応はいずれも相当過大な精神的負荷を生じさせるものと認められること,④会議出席に伴う業務は過重なものとまではいえないとしても,日常の通常業務に付加されるものであることからすると,一定の精神的負荷及び肉体的負荷を生じさせるものと認めるのが相当であること,⑤さらに,亡Aは,上記の業務を通常の日常義務に付加して行っていたものであることを考慮すると,亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当過重なものであり,精神的及び肉体的(特に精神的)に相当な負荷 ,⑤さらに,亡Aは,上記の業務を通常の日常義務に付加して行っていたものであることを考慮すると,亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当過重なものであり,精神的及び肉体的(特に精神的)に相当な負荷を生じさせるものであったと認めるのが相当である。 (3) 亡Aの基礎疾患(公務外の発症の危険因子)ア前記認定事実によれば,次の事実が認められる。 (ア) 亡Aは,平成9年3月,f病院で拡張型心筋症及び慢性心房細動に罹患していると診断され,投薬を受けながら,約2か月に1回の割合で同病院に通院して定期診療を受けていた。 (イ) 拡張型心筋症は,心室細動等により突然死することがある。 精神的ストレスは,心臓交感神経活性を亢進させ,致死性不整脈を誘発し得るとされている。 (ウ) 亡Aの平成16年9月10日時点における拡張型心筋症は中等度であり,薬物療法の継続により呼吸困難等の症状の増悪はなく,比較的安定していた。 そして,同月10日の検査値は,左室駆出分画が40%(30%以下に低下すると不整脈の発生が多くなるとされている。),BNP値が88.4pg/ml(心不全の可能性のある高低に関する指標として100pg/mlが境界値とされている。)であった。 - 28 - (エ) C医師は,要旨,平成16年9月10日時点で,「亡Aが不整脈により突然死することは予期することはできなかった。しかし,拡張型心筋症は重度でなくても心室細動発生のリスクがあり,症状が安定していても不整脈等の出現によって急変する可能性が考えられる。亡Aの突然死については,ストレスが関与しているかもしれないし,喫煙が心臓の負担になっていた可能性もある。」と述べている。 (オ) K医師は,要旨,「亡Aの症状は,心室細動等がいつでも発症し得る程度に重大な状態ではない。 ストレスが関与しているかもしれないし,喫煙が心臓の負担になっていた可能性もある。」と述べている。 (オ) K医師は,要旨,「亡Aの症状は,心室細動等がいつでも発症し得る程度に重大な状態ではない。亡Aは,過度の心理的及び肉体的ストレスから自律神経に異常が生じ,致死的不整脈を発症して突然死したものである。」と述べている。 イ小括上記によれば,平成16年9月10日時点における亡Aの拡張型心筋症の症状は,中等度で安定しており,心室細動が生じることを感知すべき具体的な徴候はなかったものと認められる。しかし,拡張型心筋症は,重度でなくても,症状が安定していても,心室細動発生のリスクがあり,突然死することがある。 (4) 総合的検討亡Aの海外派遣問題に関連する業務は,教育課長の職務の範囲内のものではあるが,a町の教育課長としては通常行うことがまれな業務であって,いわゆる日常業務とは質的に著しく異なるものである上,突発的に発生し,適正迅速な処理を求められるものであるところ,議事録の作成,情報公開請求に対する対応及び報道関係者への対応等いずれの業務の内容も難易度が高く責任の重いものであり,亡Aは,これらの業務と日常の通常業務とを同時に行わなければならず,16日間の時間外勤務時間も,前記通達(乙2)が定める2週間に50時間との基準に近いものであったから,海外派遣問題が発生した後の9月24日から亡Aが死亡した10月9日までの亡Aの業務は, - 29 - 亡Aはもとより平均的労働者にとっても相当に過重なものであり,相当な精神的負荷及び肉体的負荷を生じさせるものと認められる。 そして,亡Aは,不眠,夜間の嘔吐,通常の労作では見られない多量の発汗等の症状を呈することがあり,これらは,精神的又は肉体的なストレスが高じて自律神経に異常を 負荷を生じさせるものと認められる。 そして,亡Aは,不眠,夜間の嘔吐,通常の労作では見られない多量の発汗等の症状を呈することがあり,これらは,精神的又は肉体的なストレスが高じて自律神経に異常を来したことが発現したものと推認される。 他方,9月10日時点における亡Aの拡張型心筋症の症状は,中等度で安定しており,心室細動が生じることを感知すべき具体的な徴候はなく,主治医から,就労制限の指導を受けたり,ICD(植込み型除細動器)の使用を指示されたりすることもなかった。 そして,亡Aが心室細動を発症したのは,「考える会」のE会長に対する説得を同人と親しい議員に依頼するという神経を使う折衝の直後であり,同議員を見送りに出た際に亡Aは顔に多量の汗を浮かべていたことをも考慮すると,海外派遣問題発生後の相当過重な公務に起因する精神的及び肉体的なストレスが心臓交感神経活性を亢進させて心室細動を発症させ,亡Aを突然死させたものと推認するのが相当である。 そうすると,上記公務による過大な負荷が亡Aの基礎疾患である拡張型心筋症をその自然的経過を超えて増悪させ,亡Aを死亡させたものと認められるから,上記公務と亡Aの死亡との間には相当因果関係があるというべきである。 第4 結論よって,上記と結論を異にする原判決を取り消し,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第2部 裁判長裁判官林道春 - 30 - 裁判官内堀宏達 裁判官 優子 優子
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