平成25(行ウ)504 懲戒処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成27年10月8日 東京地方裁判所
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判決文本文43,108 文字)

平成27年10月8日判決言渡平成25年(行ウ)第504号懲戒処分取消等請求事件 主文 1 東京都教育委員会が,平成22年3月30日付けで原告に対してした停職1月の懲戒処分(ただし,東京都人事委員会の平成25年2月7日付け裁決により1月間給料の10分の1を減ずる懲戒処分に修正された後のもの)を取り消す。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 主文第1項と同旨 2 東京都人事委員会が,平成25年2月7日付けで原告に対してした裁決を取り消す。 3 被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成25年8月23日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,区立小学校の音楽専科教諭であった原告が,同校校長から平成21年度卒業式において国歌斉唱時に「君が代」のピアノ伴奏をすることを命じる旨の職務命令を受け,これに従わなかったため,東京都教育委員会から停職1月の懲戒処分(ただし,東京都人事委員会の裁決により1月間減給10分の1の処分に修正された。)を受けたことについて,東京都教育委員会の行った懲戒処分の取消,東京都人事委員会の行った裁決の取消,国家賠償法(昭和22年法律第125 号。以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償請求を求める事案である。 1 前提事実(1) 当事者ア原告原告は,昭和50年4月1日に東京都公立学校教員に任命され,足立区立a小学校教諭に補された。その後,平成16年4月1日に板橋区公立学校教員に任命され,同区立b小学校教諭に補され,平成17年4月1日に練馬区公立学校教員 月1日に東京都公立学校教員に任命され,足立区立a小学校教諭に補された。その後,平成16年4月1日に板橋区公立学校教員に任命され,同区立b小学校教諭に補され,平成17年4月1日に練馬区公立学校教員に任命され,同区立c小学校教諭に補され,平成20年4月1日に豊島区公立学校教員に任命され,同区立d小学校(以下「d小学校」という。)教諭に補され,同日から平成22年3月31日まで同校の音楽専科の教諭として勤務し,同日付けで定年退職した。(争いがない。)原告は,キリスト教を信仰しており,e教会を母教会とするキリスト教の一教派であるf会に所属している。(原告本人,弁論の全趣旨)イ東京都教育委員会及び東京都人事委員会被告は,地方自治法(昭和22年法律第67号)180条の5第1項1号,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号)2条に基づき,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)を設置している。 また,被告は,地方自治法180条の5第1項3号,地方公務員法(昭和25年法律第261号。以下「地公法」という。)7条に基づき,東京都人事委員会(以下「都人委」という。)を設置している。 (2) 関係法令 地公法には以下の定めがある。 第29条(懲戒)1項職員が次の各号の1に該当する場合においては,これに対し懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができる。 1号この法律若しくは第57条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例,地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合2号職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合3号全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合第32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)職員は,その職 程に違反した場合2号職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合3号全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合第32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)職員は,その職務を遂行するに当って,法令,条例,地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い,且つ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。 第33条(信用失墜行為の禁止)職員は,その職の信用を傷つけ,又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。 (3) 原告の過去の処分歴等(争いがない。)原告は,都教委から,平成16年から平成17年までの間,次のとおり,4回にわたり,懲戒処分を受けた。各懲戒処分の理由及び関連する裁判等の状況は,下記アからオまでのとおりである。 ア平成16年5月25日付け戒告処分(乙ロ9の1,2。以下「戒告処分1」という。)原告は,平成16年4月1日午後3時45分ころ,板橋区立b小学校校長室において,また,同月6日午前8時35分ころ,同 校職員室において,いずれも同校校長から,同校第40回入学式では国歌斉唱の際は起立して斉唱することという職務命令を口頭で受けたにもかかわらず,同月6日午前10時10分ころ,同校体育館で開催された入学式の国歌斉唱時において,指定された座席を離れて舞台袖に入り,起立しなかった(地公法32条及び33条違反)。 イ平成16年11月9日付け減給処分(減給10分の1・1月)(乙ロ14の1,14の2。以下「減給処分1」という。)原告は,平成16年7月5日午後1時ころ,板橋区立b小学校職員室において,同校校長から,服務事故再発防止研修の受講を命ずる板橋区教育委員会の発令通知書を手渡され,同通知書により同研修の受講を命じられたにもかかわらず,同年8月9日に ころ,板橋区立b小学校職員室において,同校校長から,服務事故再発防止研修の受講を命ずる板橋区教育委員会の発令通知書を手渡され,同通知書により同研修の受講を命じられたにもかかわらず,同年8月9日に実施された同研修を受講しなかった(地公法32条及び33条違反)。 ウ平成17年3月31日付け減給処分(減給10分の1・6月)(乙ロ23の1,23の2。以下「減給処分2」という。)原告は,平成17年3月24日午後2時45分ころ,板橋区立b小学校校長室において,同校校長から,同校平成16年度卒業式では国歌斉唱の際は指定された席で起立することという職務命令を文書で受けたにもかかわらず,同月25日午前10時5分ころ,同校体育館で開催された同卒業式の国歌斉唱の際,起立しなかった(地公法32条及び33条違反)。 エ平成17年12月1日付け戒告処分(乙ロ28。以下「戒告処分2」という。)原告は,平成17年7月21日午前10時ころから同日午前11時55分ころまでの間,東京都教職員研修センター分館東京都総合技術教育センターの研修室で行われた服務事故再発防止研修 において,「再発防止研修を直ちに中止せよ」という内容が書かれたゼッケンを着用し,同研修の担当者から再三ゼッケンを取るように言われたにもかかわらず,同ゼッケンを着用し続けた(地公法35条及び33条違反)。 オ関連する裁判等の状況前記アからエまでの各処分のうち,原告は,戒告処分1,減給処分1及び減給処分2について,これらの処分の取消しを求める訴えを提起した。東京高裁平成24年10月25日判決(甲4。 以下「東京高裁平成24年判決」という。)は,戒告処分1については違法性を認めず,処分を維持したが,減給処分1及び減給処分2については,いずれも処分の選択が重きに失する等として違 5日判決(甲4。 以下「東京高裁平成24年判決」という。)は,戒告処分1については違法性を認めず,処分を維持したが,減給処分1及び減給処分2については,いずれも処分の選択が重きに失する等として違法性を認め,これらの処分を取り消した。最高裁は,平成25年7月11日,東京高裁平成24年判決に対する上告を受理しない旨の決定(甲5)をし,東京高裁平成24年判決による減給処分1及び減給処分2の取消しは確定した。 戒告処分2については,原告が,平成18年1月19日付けで都人委に審査請求をしたものの,平成21年6月8日に,原告が都人委に対する審査請求自体を取下げたことにより,戒告処分2は,そのまま確定した。 (4) d小学校の入学式,卒業式における原告の対応ア平成20年度入学式原告は,平成20年4月1日にd小学校に着任し,音楽専科の教員として勤務していた。d小学校のg校長は,同日,d小学校に着任し,同日中に,来る同月7日に予定されているd小学校の平成20年度入学式の国歌斉唱時において,音楽専科の教員である原告にピアノ伴奏をやってもらう旨を原告に伝えたが,原告は g校長に対し,「私は自分の考えからピアノ伴奏はできない。」旨を述べた。 g校長は,同月2日,副校長立会いのもと,校長室において,「平成20年4月7日に実施する平成20年度入学式」において,「式典会場において,会場の指定された席で国歌斉唱時に国歌をピアノ伴奏すること。」と明記した職務命令書(乙ロ1)を手交した。 原告は,同月7日の朝,副校長に電話をし,1日の年休を取得して,平成20年度入学式を欠席した。 (以上,争いがない。)イ平成20年度卒業式,平成21年度入学式d小学校の平成20年度卒業式は平成21年3月25日に,平成21年度入学式は同年4月6日にそ ,平成20年度入学式を欠席した。 (以上,争いがない。)イ平成20年度卒業式,平成21年度入学式d小学校の平成20年度卒業式は平成21年3月25日に,平成21年度入学式は同年4月6日にそれぞれ実施が予定されていた。g校長は,同年3月6日,原告に対し,「平成21年3月25日に実施する平成20年度卒業式」及び「平成21年4月6日に実施する平成21年度入学式」において,「式典会場において,会場の指定された席で国歌斉唱時に国歌をピアノ伴奏すること。」と明記した職務命令書(乙ロ2)を校長室で手交した。 しかるに原告は,平成20年3月25日の平成20年度卒業式当日の朝,及び平成21年4月5日の平成21年度入学式当日の朝,副校長に電話をし,いずれも3時間の年休を取得して,平成20年度卒業式及び平成21年度入学式を欠席した。 (以上,争いがない。)(5) 平成21年度卒業式(処分の対象となった非違行為)ア d小学校においては,平成22年3月25日に平成21年度卒業式(以下「本件卒業式」という。)の実施が予定されていた。 g校長は,平成21年12月21日,職員会議において,「平成21年度卒業関係行事実施計画案」(乙ロ3)を示し,国歌斉唱を行うことも示したところ,原告は国歌斉唱には反対する旨を述べた。(争いがない。)イ g校長は,音楽専科の教員である原告にピアノ伴奏を依頼すべく,平成22年2月ころから原告にピアノ伴奏を行ってほしい旨を申し入れた。原告は,公立学校教員としては最後の卒業式であり,本件卒業式には出たいので,職務命令は出さないでほしい旨を述べた。しかし,g校長は,原告に対して,職務命令は発出する旨を回答した。(争いがない。)ウ g校長は,平成22年3月8日午後2時10分ころ,原告に対し,校長室において, は出さないでほしい旨を述べた。しかし,g校長は,原告に対して,職務命令は発出する旨を回答した。(争いがない。)ウ g校長は,平成22年3月8日午後2時10分ころ,原告に対し,校長室において,本件卒業式では,「式典会場において,会場の指定された席で国歌斉唱時に国歌をピアノ伴奏すること。」と明記した職務命令書(乙ロ4)を手交した(以下,当該職務命令書に係る職務命令を「本件職務命令」という。)。(乙ロ4。 争いがない。)エ原告は,平成22年3月25日,本件卒業式に出席し,同日午前9時55分ころの卒業生入場の際には,在校生の入場曲の指揮をとっていたが,その後,本件職務命令に従うのであれば,「君が代」斉唱のピアノ伴奏をすべく,ピアノの前の椅子に座るべきであったにもかかわらず,職員席の自席に着席した。(争いがない。)オ司会を行っていた副校長は,職員席の原告のところへ行き,ピアノの前の席に座り,ピアノ伴奏を行ってほしい旨を伝えたが,原告は着席したままであった。(争いがない。)カ原告は,前記ウのとおり,本件職務命令を受けていたにもかか わらず,平成22年3月25日午前10時3分ころ,体育館で行われた卒業式の国歌斉唱の際,指定された席でピアノ伴奏をせず,g校長の本件職務命令に違反する行為(以下「本件不伴奏」という。)をした。(乙ロ5から8まで。争いがない。)キ g校長は,本件卒業式が終了した後,副校長から本件不伴奏について報告を受け,本件卒業式に来賓として出席していた豊島区教育委員会教育指導課長hにこれを報告した。同課長は,平成22年3月25日午後0時20分ころ,d小学校校長室において,g校長,副校長らの同席のもとで,原告に対する事情聴取を行い,原告がピアノ伴奏を拒否したこと及び国歌斉唱時に着席した事実を確認した 平成22年3月25日午後0時20分ころ,d小学校校長室において,g校長,副校長らの同席のもとで,原告に対する事情聴取を行い,原告がピアノ伴奏を拒否したこと及び国歌斉唱時に着席した事実を確認した。豊島区教育委員会教育長は,都教委教育長に対し,同日付けで,本件不伴奏について,服務事故として報告した。(乙ロ5)(6) 都教委による処分都教委は,本件不伴奏により本件職務命令に違反した原告に対し,地公法32条,33条に違反し,地公法29条1項1号から3号までに該当するとして,平成22年3月30日付けで,停職1月の懲戒処分(甲2及び甲3。以下「本件原処分」という。)を行った。 (争いがない。)(7) 都人委による裁決原告は,本件原処分を不服とし,平成22年5月21日,都人委に対し審査請求を行った。(甲6)都人委は,平成25年2月7日,停職1月を1月間給料の10分の1を減ずる処分に修正する旨の裁決(甲6。以下「本件裁決」といい,本件裁決により修正された後の本件原処分を「本件処分」という。)を行った。(争いがない。) (8) 訴えの提起及び訴えの変更原告は,平成25年8月8日,本件原処分及び本件裁決の取消し並びに国賠法1条1項に基づく損害賠償の支払を求めて本件訴訟を提起し,訴状は平成25年8月22日に被告(東京都)に,同月27日に被告(都教委,都人委)に送達された。原告は,平成25年11月11日,本件原処分の取消を求める訴えを本件処分の取消を求める訴えに変更した。(当裁判所に顕著) 2 争点(1) 本件処分の違法性ア本件職務命令及び本件処分が憲法20条に反するかイ本件職務命令及び本件処分が憲法19条に反するかウ本件職務命令及び本件処分が憲法26条及び教育基本法(平成18年法律第120号)16条 ア本件職務命令及び本件処分が憲法20条に反するかイ本件職務命令及び本件処分が憲法19条に反するかウ本件職務命令及び本件処分が憲法26条及び教育基本法(平成18年法律第120号)16条1項に反するかエ本件処分の対象となった行為が地公法33条に該当するかオ本件処分が憲法31条に反するかカ本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか(2) 本件裁決の違法性(取消請求の当否)(3) 国賠法に基づく損害賠償請求の当否第3 争点に対する当事者の主張 1 争点(1)ア(本件職務命令及び本件処分が憲法20条に反するか)【原告の主張】(1) 信教の自由の意義信教の自由には,信仰の自由,宗教的行為の自由,宗教的結社の自由があり,本件で問題となるのは,憲法20条1項前段に定める信仰の自由である。 信仰の自由は,宗教を信仰し,または信仰しないこと等を任意に 決定することができるという自由であり,絶対不可侵の内心の自由である。信仰の自由の一内容として,信仰を強制されない自由,圧迫・干渉を受けない自由,これらの自由の行使によって不利益な取扱いを受けない自由も保障される。 信教の自由は,精神的自由権の中でも個人の内面的精神活動の自由として位置づけられ,表現の自由といった外面的精神活動の自由の基礎をなすものとして,思想・良心の自由と同列の中枢的な人権である。 特に,日本においては,神権天皇制に基づいて「現人神」として崇められた天皇,そして国教としての地位を与えられた「国家神道」といった戦前の国家体制からの解放という大きな意義を持って誕生した権利であり,国民主権という憲法の柱に直結する権利でもあるとの位置付けを有している。 (2) 信教の自由の侵害に対して採用されるべき違憲審査基準信教の自由も思想・良心の自 な意義を持って誕生した権利であり,国民主権という憲法の柱に直結する権利でもあるとの位置付けを有している。 (2) 信教の自由の侵害に対して採用されるべき違憲審査基準信教の自由も思想・良心の自由と同じく精神的自由権であるところ,精神的自由権を制約する法律,命令,処分等の違憲審査に当たっては,経済的自由の規制手段について適用される「合理性」の基準ではなく,より厳格な基準によって審査されるべきである(いわゆる二重の基準論)。 そして,精神的自由権のうち,信教の自由の制約についての違憲審査基準は,いくつか存在する違憲審査基準の中でも厳格な基準である「明白かつ現在の危険」の基準,すなわち,①ある行為が実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であり,②その実質的害悪が極めて重大で,その重大な害悪の発生が時間的に切迫しており,③規制手段が当該害悪を避けるために必要不可欠である場合に初めて規制することができるとする基準が採用されるべきである。 (3) 本件職務命令及び本件処分についてア原告の信仰原告は,19歳のころにキリスト者として洗礼を受けた。そして,それ以降は良きキリスト者として信仰を深めてきた。 イキリスト者にとっての伴奏行為の評価聖歌を歌うこと,あるいは聖歌を歌うために伴奏をすることは,キリスト教における神を讃え,神に対して祈るという意味を有する。したがって,聖歌を歌い,あるいは聖歌の伴奏をすることは,キリスト者における信仰の体現そのものであり,キリスト教信仰において「歌うこと」「伴奏すること」という行為は非常に重要な意味を持っている。 ウ君が代斉唱及びその伴奏行為の評価「君が代」は,国家神道が日本の国教であった時代,国家神道の根幹である天皇崇拝,天皇賛美の楽曲であったのであり,「君が代」斉唱は,天皇 な意味を持っている。 ウ君が代斉唱及びその伴奏行為の評価「君が代」は,国家神道が日本の国教であった時代,国家神道の根幹である天皇崇拝,天皇賛美の楽曲であったのであり,「君が代」斉唱は,天皇崇拝,天皇賛美の行為として広く行われていた。 したがって,国歌神道における現人神である天皇の賛美が完全に払拭されたとはいえない「君が代」を斉唱することを目的としてピアノで伴奏する行為は,キリスト者としてキリスト教以外の国家神道や現在の神道の信仰につながる楽曲の伴奏をする行為に他ならないのである。これは信仰と行為を一致させるという原告が有している信仰に明らかに反する行為であり,原告の信仰を直接的に否定することに他ならない。 エ本件職務命令及び本件処分が違憲であること(ア) 原告の信仰は,信教の自由として高度に保障されなければならないものであることから,厳格な違憲審査基準として,明 白かつ現在の危険の基準を用いてその制約に対する可否の判断を行うべきである。 この点,精神的自由の制約が問題となっている場合の明白かつ現在の危険の基準の主張立証責任は被告側にあり,被告から実質的害悪の発生の相当の蓋然性等が具体的・実質的に論証されなければならないことは本件訴訟の審理においても十分に踏まえられるべきである。 (イ) 本件職務命令については,「明白かつ現在の危険」の基準によれば,①ピアノ不伴奏行為が学校の秩序や式典の円滑な進行を妨げる実質的害悪を引き起こす蓋然性は皆無であるか,蓋然性があったとしても極めて矮小であり,②想定される実質的害悪は重大ではないし,③職務命令を発出してピアノ伴奏を強制するという規制手段は,原告が「君が代」斉唱のピアノ伴奏ができなかったとしても,他の教員によるピアノ伴奏あるいは「君が代」のCDやテープを放送 は重大ではないし,③職務命令を発出してピアノ伴奏を強制するという規制手段は,原告が「君が代」斉唱のピアノ伴奏ができなかったとしても,他の教員によるピアノ伴奏あるいは「君が代」のCDやテープを放送する等の方法で「君が代」斉唱の実施が可能であることから,当該害悪を避けるために必要不可欠とは到底言えないため,かかる規制,すなわち,本件職務命令を発出することは信教の自由(憲法20条)を侵害するものであって許されないというべきである。 (ウ) 本件処分についても,同様に①実質的害悪を引き起こす蓋然性は皆無であるか,蓋然性があったとしても極めて矮小であり,②想定される実質的害悪は重大ではないし,③本件原処分がされた時点において,原告を停職させるという規制手段は,原告が本件原処分の翌日に定年退職することになっていたのであるから,当該害悪を避けるために必要不可欠とは到底言えなかった。本件処分は,信教の自由(憲法20条)を侵害するも のであって許されない。 (4) 被告の主張に対する反論被告は,卒業式や入学式などのいわゆる儀式的行事における「君が代」斉唱には教育的な目的,意味合いがあり,宗教的な意味合いはない旨主張する。 しかしながら,キリスト教の信仰を有する者にとって,儀式や改まった公の場所での楽器の演奏行為や起立斉唱行為は,信仰上,極めて重要な意味を持っている。原告にとって,本件職務命令は,キリスト教の信仰と密接に関連する演奏行為を行うことを強制するものであって,慣例上の儀礼的所作であると評価することはできない。 本件職務命令は他の神への賛美の禁止等を内容とするキリスト教の信仰の核心部分と相反する行為を強制するものであるから,「間接的な制約」などではなく,原告の信仰の自由を直接的に制約するものである。本件職務命令及び本件処 神への賛美の禁止等を内容とするキリスト教の信仰の核心部分と相反する行為を強制するものであるから,「間接的な制約」などではなく,原告の信仰の自由を直接的に制約するものである。本件職務命令及び本件処分の憲法20条違反の有無については,憲法20条に基づき保障されているキリスト教の信仰を有し,その信仰が人格形成の基礎をなしている原告との関係において,原告の教育公務員としての職務を含む生活全体に即して(一般的,抽象的にではなく)個別的,具体的に考察されるべきである。 【被告の主張】(1) 国歌斉唱時のピアノ伴奏を命ずる本件職務命令が憲法20条に違反するものである等の原告の主張はすべて否認し,争う。 本件職務命令は,音楽専科の教員である原告に対し,国歌斉唱時にピアノ伴奏を命ずるものであり,憲法20条に違反するものではない。 ちなみに,最高裁平成19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁(以下「最高裁平成19年判決」という。)は, 原告同様,公立小学校の音楽専科の教員に対する国歌斉唱時のピアノ伴奏を命ずる校長の職務命令について,憲法19条に違反するものでないことを明確に判示しているのであり,同判決からしても,本件職務命令が憲法20条に違反するものでないことは明らかである。 (2) 原告は,本件職務命令及び本件処分が憲法20条に違反するものである旨主張するが,小学校学習指導要領解説音楽編(甲10・85頁)には,「国歌『君が代』はいずれの学年においても歌えるよう指導すること。」と明記され,かかる指導を行う理由として,「児童が,将来国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長するためには,国歌を尊重する態度を養うようにすることが大切である。」こと,及び国歌「君が代」の意味については,「国歌の指導に当たっては が,将来国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長するためには,国歌を尊重する態度を養うようにすることが大切である。」こと,及び国歌「君が代」の意味については,「国歌の指導に当たっては,国歌「君が代」は,日本国憲法の下において,日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念した歌であることを理解できるようにする必要がある。」ことが明記されているところ,本件職務命令は,かかる小学校学習指導要領を踏まえて発出されたものであって,原告のキリスト教への信仰を否定するべく発出されたものではない。 また,教育基本法15条2項は「国及び地方公共団体が設置する学校は,特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」と明記しているところ,入学式や卒業式における国歌斉唱は,宗教的意味合いのないものであり,本件職務命令も宗教的意味合いはない。 2 争点(1)イ(本件職務命令及び本件処分が憲法19条に反するか)【原告の主張】 (1) 原告の有する思想・良心原告は,キリスト者としての信仰とは別個に,小学校の入学式,卒業式その他の儀式的行事の場において,天皇制の永続を祈念する意味合いを含む「君が代」を斉唱し,その斉唱を目的にピアノ伴奏をすることは自己の思想・良心に反するとの強い信念を有するに至った。かかる原告の思想・良心は,原告の世界観,人生観,思想体系,政治的意見であり,原告の人格形成に直結するものであるから,憲法19条の「思想及び良心の自由」として憲法上尊重され,十分に保障されるべきものである。 (2) 本件職務命令及び本件処分が原告の思想・良心の自由に対する必要最小限度の制約とはいえないこと本件職務命令は,原告の思想・良心を直接的に否定することを内容と に保障されるべきものである。 (2) 本件職務命令及び本件処分が原告の思想・良心の自由に対する必要最小限度の制約とはいえないこと本件職務命令は,原告の思想・良心を直接的に否定することを内容とするものであり,また本件処分もかかる原告の思想・良心を保持することを不利益を課することによって著しく困難にするものであるから,本件職務命令及び本件処分の双方が憲法19条違反に該当することは明らかである。 なお,最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁及び最高裁平成23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁は,いずれも卒業式等において国歌斉唱の際に起立等を命じた職務命令について,憲法19条に違反するものでないと判断しているが,これらの最高裁判決は,職務命令の真の目的や職務命令がもたらす不利益が甚大であることを踏まえた実質的な検討を欠き,また教育公務員の特殊性という憲法上配慮されるべき事情を無視するなどの不備がある。 【被告の主張】本件職務命令及び本件処分の双方が憲法19条に違反することは明らかである等の原告の主張は全て否認し,争う。 3 争点(1)ウ(本件職務命令及び本件処分が憲法26条及び教育基本法16条1項に反するか)【原告の主張】(1) 教育の自由の保障憲法26条にいう「教育」とは,「子どもが将来一人前の大人になり,共同社会の一員としてその中で生活し,自己の人格を完成,実現していく基礎となる能力を身につけるために必要不可欠な営み」である。そして,「子どもの教育」は「教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行われなけ 生活し,自己の人格を完成,実現していく基礎となる能力を身につけるために必要不可欠な営み」である。そして,「子どもの教育」は「教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行われなければなら」ず,「そこに教師の自由な創意と工夫の余地が要請され」,かつ,「本来人間の内面的価値に関する文化的営みとして,党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない」性質を有している(最高裁昭和51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁。以下「最高裁昭和51年判決」という。)。 子どもたちがこのような意味での「教育」を受ける権利を充足する観点から,小学校教諭である原告にも,教育の自由が憲法上保障されていると解釈すべきである(憲法26条,憲法23条)。 (2) 本件職務命令及び本件処分は原告の教育の自由に対する過度の制約であることア最高裁昭和51年判決は「本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして,党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない教育にそのような政治的影響が深く入り込む危険があることを考えるときは,教育内容に関する右のごとき国家的介入 についてはできるだけ抑制的であることが要請されるし,殊に個人の基本的自由を認め,その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法のもとにおいては,子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入,例えば,誤った知識や一方的な観念を子どもに植え付けるような内容の教育を施すことを強制するようなことは,憲法26条,13条の規定上からも許されないと解することができる。」と判示しており,かかる判示は,教育公務員は,子どもたちとの関係では,日本国憲法の根幹である個人の尊重(憲法13条)に由来する多様な価値の併存可能性を排除するような教育には と解することができる。」と判示しており,かかる判示は,教育公務員は,子どもたちとの関係では,日本国憲法の根幹である個人の尊重(憲法13条)に由来する多様な価値の併存可能性を排除するような教育には関与しないとの不作為義務を負っていることを明らかにしたものと解釈すべきである。そして,かかる不作為義務もまた教育の自由の一内容であると解すべきである。 イ本件職務命令の発出当時,原告は,勤務していたd小学校の子どもたちとの関係では,原告の教育の自由の内容として,多様な価値の併存可能性を排除するような形での「君が代」斉唱またはそのための伴奏行為は行わないという不作為義務を負っていた。 これを本件職務命令についてみるに,d小学校で開催された平成22年3月25日の卒業式において,「君が代」斉唱は,内心の自由の告知もなされず,問答無用で全員一律に起立斉唱させるものであったのであり,多様な価値の併存可能性を排除するような形で実施されていた。そうすると,かかる形での「君が代」斉唱のピアノ伴奏を命じる本件職務命令は,原告の教育の自由の内容としての憲法上の義務の履行を強制力をもって事実上不可能にするものであり,原告の教育の自由を過度に制約するものとして憲法26条に違反するものである。本件職務命令の違反を理由と する本件処分についても同様である。なお,仮に,本件職務命令は有効であると仮定しても,原告の「君が代」斉唱時のピアノの不伴奏行為という不作為は教育の自由(憲法26条)に含まれる不作為義務の履行の効果として形式的違法性が阻却されると解すべきであり,結論において地公法上の違法性があるとは評価されず本件処分は無効になると解すべきである。 (3) 本件職務命令及び本件処分が教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に該当すること本件 あり,結論において地公法上の違法性があるとは評価されず本件処分は無効になると解すべきである。 (3) 本件職務命令及び本件処分が教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に該当すること本件職務命令は,子どもたち全員に一律に「君が代」斉唱させることを目的としたピアノの伴奏行為を命じるものであり,最高裁昭和51年判決が「不当な支配」について判示した地域差,学校差を超えて全国的に共通なものとして教授されることが必要な最小限度の基準を逸脱し,教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や,地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が全く残されておらず,教師である原告に対し一方的な一定の意味を有する「君が代」を伴奏行為により子どもたちに教え込むことを強制する内容になっている。 本件処分も本件職務命令違反を根拠とし,かつ,重大な不利益をもって同様の強制を行うものである。 したがって,本件職務命令及び本件処分は,いずれも教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に該当し,違法である。 【被告の主張】(1) 最高裁昭和51年判決は,大学教育と普通教育との関係について,「大学教育の場合には,学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し,普通教育においては,児童生徒にこのような能力がなく,教師が児童生徒に対して強い影響力,支配力を有することを考え,また,普通教育においては,子どもの側に学 校や教師を選択する余地が乏しく,教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは,普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは,とうてい許されないところといわなければならない。」と判示している。 最高裁昭和51年判決は,大学教育と普通教育とは異なるものであることを明確に 教育における教師に完全な教授の自由を認めることは,とうてい許されないところといわなければならない。」と判示している。 最高裁昭和51年判決は,大学教育と普通教育とは異なるものであることを明確に判示しているのであり,原告の主張は失当である。 (2) 原告が勤務していたd小学校の子どもたちとの関係では,原告の教育の自由の内容として,多様な価値の併存可能性を排除するような形での「君が代」斉唱またはそのための伴奏行為は行わないという不作為義務を負っていたというべきであるとの主張は否認し,争う。 (3) 本件職務命令及び本件処分は教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に該当しない。 教育基本法16条1項が禁止する「不当な支配」に関しては,平成18年法律第120号による全文改正前の教育基本法(昭和22年法律第25号。以下「旧教育基本法」という。)10条1項に関する判示であるが,最高裁昭和51年判決が,「前記教基法10条1項は,その文言からも明らかなように,教育が国民から信託されたものであり,したがつて教育は,右の信託にこたえて国民全体に対して直接責任を負うように行われるべく,その間において不当な支配によつてゆがめられることがあつてはならないとして,教育が専ら教育本来の目的に従つて行われるべきことを示したものと考えられる。」と判示しているのであり,原告の主張は失当である。 4 争点(1)エ(本件処分の対象となった行為が地公法33条に該当するか) 【原告の主張】(1) 本件処分は,本件不伴奏を「全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって,教育公務員としての職の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるものであり,同法第33条に違反する。」と決め付けている(甲3)。 (2) しかし,第一に「全体の奉仕者たるにふさわしくな い行為であって,教育公務員としての職の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるものであり,同法第33条に違反する。」と決め付けている(甲3)。 (2) しかし,第一に「全体の奉仕者たるにふさわしくない行為」とは,一体何を意味しているのか全くもって不明である。そのような抽象論を根拠に地公法33条違反に該当することなどあり得ない。 日本国憲法下では教育公務員は,国民主権(憲法1条)の理念に基づく「国民全体の奉仕者」なのであって,その「国民全体」には,宗教的側面,思想的側面から分類すると様々な人々が存在しているのである。そうだとすれば,「国民全体の奉仕者」として「君が代」斉唱のピアノの不伴奏行為が「ふさわしくない行為」か否かを何らの論証をすることもなく一方的に決め付けることなど許されない。 (3) 次に,本件不伴奏に対する「教育公務員としての職の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるもの」という評価についても,原告は,教育公務員になる以前から真摯なキリスト者であったのであり,キリスト者の教育公務員が自らの信仰と相容れない歌詞である「君が代」斉唱のピアノ伴奏(簡易な楽曲であり小学校の教員であれば誰もが演奏可能であり,CDやテープを流すことによっても代替可能な業務である。)を命令されてこれに応じることができずに不伴奏行為に及んだとしても,何ら「教育公務員としての職の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるもの」ではないというのが通常の一般人の感覚である。むしろ,そのような信仰心の篤い人が信念を貫いて真剣に教育に携わっていること,面従腹背をしないで筋を通していること,様々な信仰や思想・良心を有する個人が個人として尊重さ れる多様性を尊ぶ教育現場であることは子どもの教育にとっても非常に有益なことであると考える人も相当数存在するはずである。 ること,様々な信仰や思想・良心を有する個人が個人として尊重さ れる多様性を尊ぶ教育現場であることは子どもの教育にとっても非常に有益なことであると考える人も相当数存在するはずである。 (4) 以上のとおり,本件処分が原告による本件不伴奏を地公法33条に違反するとしたことは,同条の解釈・適用を誤ったものである。 【被告の主張】(1) 本件不伴奏は地公法33条に違反するものである。 (2) なお,地公法33条は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するという地方公務員の地位の特殊性に基づき,地方公務員の行為規範の一つを法律上の規範として定めたものであり,同条の「職の信用を傷つけ・・・るような行為」とは,その文言に照らしても,具体的に信用を傷つける行為のみならず,信用を傷つけるおそれが客観的に認められる行為も含むものと解されるのであり,行為によって式典に具体的な混乱や進行上の支障が生じたことなど,結果の存在を伴う場合に限定されていると解することはできない。 5 争点(1)オ(本件処分が憲法31条に反するか)【原告の主張】本件処分は,本件原処分を修正した上で,その効力をなお維持したものであるところ,本件原処分は,原告に対して十分な事情聴取の機会が保障されないままに,平成22年3月25日の卒業式からわずか5日後の同月30日に,翌31日をもって定年退職することとなっていた原告に対し,懲戒処分を課することを目的として,拙速に発令された。すなわち,本件原処分が発出されるに当たっては,原告には卒業式における「君が代」斉唱時のピアノの不伴奏行為の事実確認が1回なされただけで,それ以外には告知,弁解,防御等の機会が与えられなかった。本件処分により侵害される権利利益は,原告の信教の自由,思想・良心の自由などの精神的自由権をはじ の不伴奏行為の事実確認が1回なされただけで,それ以外には告知,弁解,防御等の機会が与えられなかった。本件処分により侵害される権利利益は,原告の信教の自由,思想・良心の自由などの精神的自由権をはじめとする基本的人権 であり,その保障の必要性は極めて高かったというべきである。また,侵害の程度も減給処分を課するという著しい不利益を与える極めて重大なものであった一方で,それにより達成しようとする公益の内容は,単に学校の規律や秩序の維持に過ぎず,本件処分は事後的な制裁の場面であって緊急性もないことから,総合較量の結果としても告知,弁解,防御の機会を与えて適正手続の保障を及ぼすべき場面であったことはいうまでもない(最高裁平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。 したがって,本件処分は,その発出に際して,原告に対して十分に告知,弁解,防御の機会が与えられなかったものであるから,憲法31条に違反するというべきである。 なお,仮に憲法31条違反の問題が生じないとしても,慎重に判断されるべき本件原処分が原告の定年退職に間に合わせるように極めて安易かつ拙速に発令されてしまったという事情は,本件処分の裁量権の逸脱・濫用の一事情として適切に考慮に入れられるべきである。 【被告の主張】本件処分は,地公法29条1項の懲戒処分であり,行政手続法3条1項9号により行政手続法の適用が排除されているものであるが,都教委は,本件処分に先立ち,平成22年3月25日,原告からの事情聴取を行っているのであり,本件処分が憲法31条に反するものでないことは明らかである。 6 争点(1)カ(本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか)【原告の主張】(1) 本件処分の理由である2件の減給処分が違法であったこと本件処分の理由でも言及されているよ ことは明らかである。 6 争点(1)カ(本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか)【原告の主張】(1) 本件処分の理由である2件の減給処分が違法であったこと本件処分の理由でも言及されているように,原告に関する本件処分前の過去の処分歴は前記前提事実(3)のとおり,平成16年5月2 5日付け戒告処分1,平成16年11月9日付け減給処分1,平成17年3月31日付け減給処分2,平成17年12月1日付け戒告処分2である(甲3)。 これらの4件の懲戒処分のうち,減給処分1及び減給処分2については,東京高裁平成24年判決により,取り消され,これが確定している(甲5)。 とすれば,本件処分を基礎付ける重要な前提事実に重大な誤りがあった本件処分に関しては,裁量権の逸脱・濫用により違法であるというべきである。 (2) 最高裁平成23年7月14日第一小法廷判決(判例秘書ID06610077。以下「最高裁平成23年7月判決という。」と本件訴訟の相違ア非違行為の性質減給処分を受ける前の懲戒処分または措置の理由となった非違行為の性質が異なっている。最高裁平成23年7月判決の一審原告X1,同X3及び同X5は,いずれも「減給処分を受ける前に,同様の不起立行為により,」(原審福岡高判平成20年12月15日(判例秘書ID06320689)参照),懲戒処分または措置(文書訓告や厳重注意)を受けていた。 これに対し,原告は,たしかに「君が代」斉唱時における職務命令違反の不起立行為を理由とした懲戒処分を受けたことは事実であるが(戒告処分1及び減給処分2),これとは全く性質の異なる服務事故再発防止研修の不受講(減給処分1)及び同研修受講時のゼッケン着用(戒告処分2)を理由とした懲戒処分を受けている。 イ非違行為の累積回数 処分2),これとは全く性質の異なる服務事故再発防止研修の不受講(減給処分1)及び同研修受講時のゼッケン着用(戒告処分2)を理由とした懲戒処分を受けている。 イ非違行為の累積回数 減給処分を受ける前の同一の非違行為の累積回数も異なっている。最高裁平成23年7月判決の一審原告X1の非違行為の累積回数は6回(戒告処分2回と厳重注意4回),同X3の非違行為の回数は5回(戒告処分4回と文書訓告1回),同X5の非違行為の回数は4回(戒告処分2回と厳重注意1回と文書訓告1回)であった。 これに対し,原告の非違行為の累積回数に関してはピアノの不伴奏行為は初めてであったことから0回であったのであり,仮に「君が代」斉唱時の職務命令違反という意味でピアノの不伴奏行為と不起立行為を同種の非違行為であると仮定したとしても2回(戒告処分1及び減給処分2)に過ぎない。 ウ反復性・連続性減給処分を受ける前の非違行為の反復性・連続性の有無も異なる。最高裁平成23年7月判決の一審原告X1の減給処分(平成11年7月18日付け)に先立つ非違行為は平成6年9月5日付けの戒告処分,平成7年度ないし平成10年度の4回の厳重注意であり,同X3の減給処分(平成9年7月18日付け)に先立つ非違行為は平成4年の文書訓告,平成5年7月20日付けの戒告処分,平成6年9月5日付けの戒告処分,平成7年7月20日付けの戒告処分,平成8年7月19日付けの戒告処分であり,同X5の減給処分(平成11年7月16日付け)に先立つ非違行為は平成7年7月20日付けの厳重注意,平成8年7月19日付けの文書訓告,平成9年7月18日付けの戒告処分,平成10年7月17日付けの戒告処分であった。 これに対し,原告は,「君が代」斉唱時のピアノ不伴奏行為は初めてであったのであり,最後の「 月19日付けの文書訓告,平成9年7月18日付けの戒告処分,平成10年7月17日付けの戒告処分であった。 これに対し,原告は,「君が代」斉唱時のピアノ不伴奏行為は初めてであったのであり,最後の「君が代」斉唱時の不起立行為 から数えても5年間が経過していたのである。 エその他の重大な相違点の存在以上に加えて,本件の原告がキリスト教の信仰を有しており,その信仰が職務命令違反の原因,動機となっていることが決定的な相違である。かかる原告の信仰と本件職務命令で強制される「君が代」(天皇を意味する「君」が代すなわち天皇制が永遠に続くことを祈念する歌詞である。)のピアノ伴奏行為とが相容れないことは論を俟たない。 のみならず,最高裁平成23年7月判決の一審原告X3が単なる着席(不作為)にとどまらず「君が代」斉唱時にいわゆるVサインをしていた(作為)こと等々の重大な相違点がまだ他にも存する。 オ小括本件訴訟と最高裁平成23年7月判決とは,根本的に事案を異にしていることは明らかである。同判決に依拠する被告の主張は,およそ根拠に乏しいとの誹りを免れない。 【被告の主張】(1) 平成24年1月16日の最高裁第一小法廷判決についてア最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決(平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号。判例タイムズ1370号80頁。以下「最高裁平成24年1月判決①」という。),最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決(平成23年(行ツ)第242号・同年(行ヒ)第265号。判例タイムズ1370号80頁。以下,「最高裁平成24年1月判決①」と併せて,単に「最高裁平成24年1月判決」という。)は,「過去の非違行為における懲戒処分等の処分歴や不起立行為等の前後における態度 等」(最高裁 頁。以下,「最高裁平成24年1月判決①」と併せて,単に「最高裁平成24年1月判決」という。)は,「過去の非違行為における懲戒処分等の処分歴や不起立行為等の前後における態度 等」(最高裁判示によれば「過去の処分歴等」)と判示していることから明らかなとおり,懲戒処分の処分量定の当否,適否を判断するにあたり,過去の処分歴が,絶対的ではないものの,重要な考慮要素(判断要素)となるべき旨を判示している。 イそして,最高裁平成24年1月判決①は,減給処分に関して,「例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合」に,それだけを理由に「相当性を基礎づける」ものと判断できない旨を判示しているのであり,過去の処分歴を懲戒処分の処分量定の考慮要素(判断要素)とすることについては何らこれを否定していない。 ウ懲戒戒告処分を再三にわたり受けているにもかかわらず,同種の非違行為を行った者の行為は,過去になんらの懲戒処分等を受けていない者の行為との対比からすれば,公務秩序の維持の観点からすれば,悪質なものと評価せざるを得ないものなのであり,仮に,懲戒戒告処分を再三にわたり受けているものがさらに同種の非違行為を行っても,懲戒戒告処分以上の懲戒処分は絶対にこれを行い得ない,としたならば,そのことは結局,懲戒戒告処分の効力,すなわち「その将来を戒める処分」であるとの効力自体を否定することになる。 (2) 最高裁平成23年7月判決について最高裁平成23年7月判決は,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意4回の措置を受けた者,戒告処分を4回受けたほか,平成4年に文書訓告1回の措置を受けた者,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意1回,文書訓告1回の措置を受けた者に対する減給処分を是認する旨判示しているのであり,本件処分 ,戒告処分を4回受けたほか,平成4年に文書訓告1回の措置を受けた者,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意1回,文書訓告1回の措置を受けた者に対する減給処分を是認する旨判示しているのであり,本件処分以前に4回にわたり懲戒処分を受けていた原告に対する本件処分が,処分量定の点において も適法,妥当なものである。 (3) 本件における裁量論についてア最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁(以下「最高裁昭和52年判決」という。)は,懲戒事由があると認められる場合に,懲戒権者(任命権者)には,①懲戒処分を行うか否か,②懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかについて裁量権が存在する旨を明確に判示しているのであり,「恣意にわたる」場合,あるいは「社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合」には違法となる旨はこれを判示するものの,前記場合以外には,「その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とはならない」旨を明確に判示している。 イ本件は,原告が過去において懲戒処分を4回も受けていた事実を踏まえた懲戒処分である(甲3)。過去に懲戒処分を受けていた事実が,懲戒権者において懲戒処分としていかなる処分を選択するかに際し重要な事実になることは,最高裁昭和52年判決が「懲戒処分などの処分歴」と明確に判示していることからも自明の理であるが,過去の処分歴をどう評価するかという点においても,懲戒権者において裁量権を有しているものというべきである。 ウ公務員は国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するのであり,懲戒処分は公務員関係の秩序を維持するために科されるものである以上,当該公務員の非行は二度と行われてはならないものであるし,戒告処分とはそもそも「職員の規 として公共の利益のために勤務するのであり,懲戒処分は公務員関係の秩序を維持するために科されるものである以上,当該公務員の非行は二度と行われてはならないものであるし,戒告処分とはそもそも「職員の規律違反の責任を確認し,その将来を戒める処分」(橋本勇著:新版遂条地方公務員法第2次改定版,581頁)であり,被処分者には反省が求められる。 それ故,複数回にわたり,戒告処分を受けた公務員が,更に同種の非違行為を行うなどということはあってはならないものなのであり,公務員関係の秩序維持の観点からすれば,より重い懲戒処分が選択されて然るべきものなのであり,減給処分がなされたとしても,「社会観念上著しく妥当を欠く」などと評価することはできない。 エ過去に複数回にわたり懲戒処分を受けている事実をどう評価するかは,「平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝にあたる者」(すなわち都教委)の裁量に任されており,かかる点からしても,過去に4回にわたる懲戒処分を受けていた原告に対し,本件処分(減給処分)を選択することは,懲戒権者に与えられた裁量権の問題からしても違法,不当なものではない。 7 争点(2)(本件裁決の違法性(取消請求の当否))【原告の主張】本件裁決には,次のとおり,固有の違法事由がある。 (1) 著しい理由不備があること本件裁決は,本件原処分を本件処分に修正するにつき,わずかに「これらの処分歴及び行為歴を併せ考慮すると,公務の秩序の維持という懲戒処分制度の目的にかんがみ,」との理由しか付していないところ,「処分歴及び行為歴を併せ考慮する」のであれば論理的に減給処分との結論には至らないものであり,また,「懲戒処分制度の目的」などという抽象的な概念では何の説明にもなっていないから,本件裁決には理由不備の違法 及び行為歴を併せ考慮する」のであれば論理的に減給処分との結論には至らないものであり,また,「懲戒処分制度の目的」などという抽象的な概念では何の説明にもなっていないから,本件裁決には理由不備の違法がある。 (2) 極めて不当な目的をもってなされたこと本件裁決は,都人委がその公平中立性を放棄し,都教委の意向に追随して,減給処分を少なくとも維持するという極めて不当な目的 をもってなされたものである。 【被告の主張】(1) 原告は,本件裁決の取消しを求める理由として,本件裁決が重すぎる等の違法事由を主張するのみであり,裁決固有の違法事由を主張していない。したがって,本件裁決の取消しを求める原告の請求は,行政事件訴訟法10条2項に違背し,明らかに理由がないからすみやかに棄却されるべきである。 (2) 裁決取消しの訴えにおいて主張することができる裁決固有の違法事由とは,裁決の主体・手続等の形式に関する違法を意味し,実体に関する違法を含まない(名古屋高裁金沢支部昭和52年12月14日判決・判例時報889号32頁)。 原告の主張は,原告に対する懲戒処分(本件処分)に対する不服をもって,本件裁決の違法事由と主張するにすぎず,このような事由は,行政事件訴訟法10条2項により,裁決の取消しを求めるために必要とされる裁決固有の違法事由に該当しないから,明らかに失当である。 8 争点(3)(国賠法に基づく損害賠償請求の当否)【原告の主張】都教委による本件処分は違法であり,都人委による本件裁決も同様に違法である。 したがって,本件処分及び本件裁決は国賠法上も違法であるから,被告は,原告に生じた損害を賠償する責任を負う(国賠法1条1項)。 原告は,都教委が発令した違法な本件処分によって多大な精神的苦痛を受けた。また,原告は 及び本件裁決は国賠法上も違法であるから,被告は,原告に生じた損害を賠償する責任を負う(国賠法1条1項)。 原告は,都教委が発令した違法な本件処分によって多大な精神的苦痛を受けた。また,原告は,都人委が下した本件裁決によって本件原処分が早期に適切に是正されるとの期待を裏切られ,審査請求手続に おける原告の「君が代」の歌詞は国民主権(憲法1条)にそぐわない旨の真摯な主張をわざわざ「請求人の主張は特異な見解に基づくものに過ぎない。」などと不必要に誹謗中傷された(甲6・14頁)。のみならず,本件処分が取り消されていれば返納の必要がないはずの給料等の返納を都教委から請求され(甲7),本件訴訟を提起せざるを得なくなる等の精神的苦痛を受けた。 これらの都教委及び都人委の行為によって被った原告の精神的苦痛は,金銭に評価しても金100万円を下ることはない。また,金10万円については弁護士費用として相当因果関係のある損害というべきである。 【被告の主張】被告が国賠法上の責任を負うとの原告の主張は争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)ア(本件職務命令及び本件処分が憲法20条に反するか)(1) 本件職務命令は,小学校の音楽専科の教諭であった原告に対し,卒業式の式典会場において,国歌斉唱時に国歌をピアノ伴奏することを命ずるものであるところ,本件職務命令の発出当時,公立学校における入学式や卒業式において,国歌斉唱として「君が代」が斉唱されることが広く行われていたことは周知の事実であり,一般的,客観的に見て,卒業式等の儀式的行事において,「君が代」の斉唱を行うことは,慣例として儀礼的に行われる行為としての性質を有するものであるということができる。したがって,そのピアノ伴奏行為も,一般的,客観的に見て,慣例として儀礼的に行われる ,「君が代」の斉唱を行うことは,慣例として儀礼的に行われる行為としての性質を有するものであるということができる。したがって,そのピアノ伴奏行為も,一般的,客観的に見て,慣例として儀礼的に行われる行為の一部であって,特定の信仰,歴史観及び世界観と結びつく行為であるということはできない。また,卒業式の国歌斉唱の際に「君が代」の伴奏をするという行為自体は,音楽専科の教諭にとって通常 想定され期待されるものである。したがって,国歌斉唱時におけるピアノ伴奏行為は,伴奏を行う者が特定の信仰,歴史観及び世界観を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難なものであり,特に,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,前記のように評価することは一層困難であるといわざるを得ない。 そうすると,本件職務命令は,特定の信仰,歴史観及び世界観を持つことを強制したり,あるいはこれを禁止したりするものではなく,特定の信仰,歴史観及び世界観の有無について告白することを強制するものでもないということができ,個人の信教の自由を直ちに制約するものと認めることはできない。 (2) しかるところ,原告は,キリスト教を信仰する原告にとって,歌うことや伴奏することという行為は信仰上重要な意味を有するところ,国家神道における現人神である天皇の賛美が完全に払拭されたとはいえない「君が代」を斉唱することを目的としてピアノ伴奏をすることは,原告の信仰を直接否定する行為であるから,「君が代」のピアノ伴奏を命じる本件職務命令及び本件職務命令違反を理由とする本件処分は,原告の信教の自由を直接的に侵害するもので,憲法20条に反すると主張する。 (3) そして,証拠(甲18,甲19,原告本人)によれば,原告は,キリスト教信者であって,キリスト とする本件処分は,原告の信教の自由を直接的に侵害するもので,憲法20条に反すると主張する。 (3) そして,証拠(甲18,甲19,原告本人)によれば,原告は,キリスト教信者であって,キリスト教における神が唯一の神であり,他に神があってはならないとの信仰を有しているところ,「君が代」は国家神道における現人神である天皇を賛美する歌詞であり,「君が代」の斉唱やそのピアノ伴奏は天皇を現人神として讃える宗教的行為であるとの理解ないし解釈を前提に,自らの信仰と,「君が代」の斉唱を目的としてピアノ伴奏をすることとは相容れないと認識し ていること(原告本人),原告が所属するf会の全国を統括する組織であるf会管区では,「君が代」を「神聖不可侵」な天皇の統治する御代が永遠に続き,栄えることを祈願する歌であるとの解釈を示し(甲18),f会i教区では,平成20年11月24日の教区会において,都教委による「君が代」の強制が思想良心の自由及び信教の自由に反するとして,その即時中止を求める旨の声明文を採択していること(甲19)が認められる。 これらのキリスト教信仰と君が代の解釈等が結びついた原告の主観的認識を基準にすれば,本件職務命令及び本件処分は,その一般的,客観的な性質いかんにかかわらず,原告にとっては,原告の信仰とは相容れない行為を行うことを強制する行為として受け止められることになる。この意味において,本件職務命令が,原告の信教の自由についての制約となる面があることは否定しがたい。 (4) そこで,このような制約の可否について検討するに,個人の信仰,歴史観及び世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触す に,個人の信仰,歴史観及び世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面においては制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずるこのような制約も許容され得るものというべきであり,本件職務命令に伴う原告の信教の自由の制約が問題となっている本件においても,当該制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に当該制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である(最高裁平成23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成 23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成23年6月14日第三小法廷判・民集65巻4号2148頁,最高裁平成23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。なお,内心の自由に由来する外部的行動と社会一般の規範等とが抵触する場面における制約の許容性の判断基準として,本件の信教の自由に由来する原告の外部的行動(本件不伴奏)についても別異に解すべき理由はない。)。 (5) これを本件についてみるに,一般に,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,児童等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であると考えられる。法令等においても,学校教育法(昭和22年法律第26号)は,小学校教育の目標として我が国と郷土の現状と歴史について,正しい理解に導き,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくん が必要であると考えられる。法令等においても,学校教育法(昭和22年法律第26号)は,小学校教育の目標として我が国と郷土の現状と歴史について,正しい理解に導き,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに,進んで外国の文化の理解を通じて,他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うことを掲げ(同法30条,21条3号),同法33条及び学校教育法施行規則52条の規定に基づき小学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた小学校学習指導要領(平成10年文部省告示第175号,平成20年文部科学省告示第27号。乙ロ38の1,乙ロ39の1)は,学校の儀式的行事について,学校生活に有意義な変化や折り目をつけ,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこととし,入学式,卒業式などにおいて,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗を掲揚し国歌を斉唱するよう指導する旨を定めている。さらに,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日 の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。 他方,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,小学校の教職員である原告は,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり,地方公務員法に基づき,学習指導要領を踏まえて,その勤務する学校の校長から学校行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。 これらの点に照らすと,本件職務命令は,小学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って 行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。 これらの点に照らすと,本件職務命令は,小学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,児童等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図る目的を有するものであるということができる。小学校の音楽専科の教諭である原告は,小学校学習指導要領に基づき,自己の担当する生徒に対し,儀式的行事の場等において国歌「君が代」をいずれの学年においても歌うことができるよう指導することが求められている立場にあるから(乙ロ39の1),式典の場におけるピアノ伴奏行為は,小学校の音楽専科の教諭が教科指導において通常行う職務の執行に準ずる行為ということができるのであり,本件職務命令が,音楽専科の教諭として通常想定され期待される範囲を超えるような義務を課す性質を有するものと評価することはできない(テープやCDによる伴奏等が可能であることは,本件職務命令の性質についての前記判断を左右するに足りるものではない。)。 (6) 以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のように原告の信教の自由についての制約となる面はあるものの,公立 小学校の教職員として,小学校学習指導要領に基づく指導を行う職務上の義務がある原告に対し,小学校の卒業式という式典において音楽専科の教諭に通常想定され期待される教科指導に準じた行為を求めることを内容とするものにすぎず,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる制約の態様等を総合的に較量すれば,当該制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。 したがって,本件職務命令は,原告の信教の 的及び内容並びにこれによってもたらされる制約の態様等を総合的に較量すれば,当該制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。 したがって,本件職務命令は,原告の信教の自由を侵すものとして憲法20条に違反するとはいうことはできない。 (7) 原告は,本件は,信教の自由の制限であるから,いわゆる明白かつ現在の危険の基準により合憲性を判断するべきであるとも主張するが,前記(1)のとおり,本件職務命令は,一般的,客観的にみて特定の信仰,歴史観及び世界観を持つことを強制したり,禁止したりする行為とはいえず,信教の自由を直接的に制約する行為とはいえないから,前記説示した基準に照らし判断するのが相当であり,原告の主張は採用することができない。 その他原告の主張するところはいずれも採用することができない。 (8) したがって,本件職務命令及び本件不伴奏を理由とする本件処分が憲法20条に反するとの原告の主張は採用することができない。 2 争点(1)イ(本件職務命令及び本件処分が憲法19条に反するか)(1) 原告は,前記の信仰とは別に,卒業式において天皇制の永続を祈念する意味合いを含む「君が代」を斉唱し,その斉唱を目的にピアノ伴奏をすることは自己の思想・良心に反するとの信念を有するところ,本件職務命令は原告の思想・良心を直接否定するものであるから,本件職務命令及び本件処分は憲法19条に反する旨主張する。 原告は,前記主張に沿う供述をするところ(原告本人),このよ うな考えは,原告自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。 (2) しかしながら,本件職務命令が,原告に対し,特定の信仰,歴史観及び世界観(以下,これらを「思想」と総称することがある。)を強制し,又は禁止す 来する社会生活上の信念等ということができる。 (2) しかしながら,本件職務命令が,原告に対し,特定の信仰,歴史観及び世界観(以下,これらを「思想」と総称することがある。)を強制し,又は禁止する行為ではないと評価されることは前記したとおりである。また,客観的に見て,卒業式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をするという行為自体は,音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであって,前記伴奏を行う教諭等が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難なものであり,特に,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,前記のように評価することは一層困難であるといわざるを得ない。 そして,本件職務命令が,原告に対して,特定の思想の有無について告白することを強制するものでもなく,児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできないこと,小学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨,小学校学習指導要領の内容,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえると,卒業式等において音楽専科の教諭によるピアノ伴奏で国歌斉唱を行うことはこれらの規定等の趣旨にかなうものであり,本件職務命令は,その目的及び内容において不合理であるということはできないことは,いずれも前記説示したところと同様である。 (3) 以上の諸点にかんがみると,本件職務命令は,原告の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に反するとはいえないと解するのが相当である(最高裁第三小法廷平成19年2月27日判決・民集61巻1号291頁)。 したがって,本件職務命令及びこれに違反したことを理由とする本件処分が憲法19条に反するとの原告の主張には理 最高裁第三小法廷平成19年2月27日判決・民集61巻1号291頁)。 したがって,本件職務命令及びこれに違反したことを理由とする本件処分が憲法19条に反するとの原告の主張には理由がない。 3 争点(1)ウ(本件職務命令及び本件処分が憲法26条及び教育基本法16条1項に反するか)(1) 憲法26条違反の有無についてア原告は,小学校教諭である原告にも憲法上教育の自由が保障されると解釈すべきであることを前提として,原告は,児童との間において,多様な価値の併存可能性を排除するような形での「君が代」斉唱又はその伴奏行為を行わないという不作為義務を負っていたところ,本件職務命令及び本件処分は同不作為義務の履行を不可能又は著しく困難にするものであり,原告の教育の自由を過度に制約するものとして無効である旨主張する。 イ普通教育の場において,教員が公権力から特定の意見のみを児童,生徒に教授することを強制されないという意味や,教育が教員と児童,生徒との間の直接の人格的接触を通じ,その個性に応じて行わなければならないという本質的要請に照らし,教授の具体的内容及び方法について,ある程度自由な裁量が認められなければならないという意味では,教員にも一定の範囲における教授の自由が保障されるべきである。しかし,大学教育の場合には,学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し,普通教育においては,児童,生徒にこのような能力はなく,教員が児童,生徒に対して強い影響力,支配力を有していること,普通教育では,児童,生徒の側に学校や教員を選択する余地が乏しく,教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき要請があることなどからすると,普通教育において,教員に完全な教授の自由を認めることはできないと解され に学校や教員を選択する余地が乏しく,教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき要請があることなどからすると,普通教育において,教員に完全な教授の自由を認めることはできないと解される(最 高裁昭和51年判決)。 ウしかるところ,「君が代」が法律により国歌とされている以上,公の式典として統一的な秩序が求められる卒業式等の場面において国歌としての「君が代」を一律に斉唱する儀式を行うことは憲法及び教育基本法その他の法令の趣旨に何ら反するものではない。 卒業式等において国歌である「君が代」の斉唱を行うことは,儀式的行事において行われる慣例的,儀礼的な行為であり,前記1及び2において説示したとおり,特定の思想を持つことを強制したり,これを禁止したりするものではなく,児童に対して一定の価値観を強制するものでもない。式典の場で君が代が斉唱されたからといって,原告が,自己の授業において,小学校学習指導要領に従った指導の範囲内で,その自由な裁量に基づき,児童に対し,多様な価値の併存可能性を踏まえた授業を行うことを禁止されるわけではない。 以上の諸点にかんがみると,卒業式等において「君が代」を斉唱することが多様な価値の併存可能性を排除することになるとはいえないから,原告がその主張するような不作為義務を負っていたということはできない。 したがって,同不作為義務の存在を前提に,本件職務命令及び本件処分が同不作為義務の履行を困難ならしめることが憲法26条に反するとの原告の主張は,その前提を欠くものであるから,採用することができない。 エまた,仮に,原告の主張を,前記不作為義務の点を離れ,卒業式等において全員で国歌斉唱を行うこと自体の当否を問うものであると解したとしても,卒業式等における国歌斉唱は前記のとおり小 できない。 エまた,仮に,原告の主張を,前記不作為義務の点を離れ,卒業式等において全員で国歌斉唱を行うこと自体の当否を問うものであると解したとしても,卒業式等における国歌斉唱は前記のとおり小学校学習指導要領の国旗及び国歌に関する各条項(以下これ らを総称して「国旗国歌条項」という。)に基づいて行われているところ,国旗国歌条項は,これからの国際社会に生きていく国民として,我が国の国旗,国歌はもとより諸外国の国旗,国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度を育てることが重要であるとの考え方に基づき設けられたものであり,憲法及び現行法令の解釈として,「君が代」は原告が主張するような国家神道における現人神である天皇を賛美する楽曲であると位置づけられていないことは明らかである。したがって,卒業式等において,「君が代」を全員で斉唱することが,誤った知識や一方的な観念を子どもに植え付け,子どもの自由かつ独立した人格形成を妨げるような内容の教育を施すことを強制するものということはできず,これにより教員の教育の自由を侵害するものとは認められない。 オ以上によれば,本件職務命令及び本件処分が憲法26条に違反するとの原告の主張は採用することができない。 (2) 教育基本法16条1項違反の有無についてア教育基本法16条1項は,教育が不当な支配によってゆがめられることなく,専ら教育本来の目的に従って行われるべきことを示したものであり,地方公共団体の行為にも適用があると解される。また,同項は,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き,そのための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する不当な支配となることのないようにすべき旨の限定を付したものであり,教育に対する行政権力の不 な諸条件の整備確立に置き,そのための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する不当な支配となることのないようにすべき旨の限定を付したものであり,教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべきであるとしても,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる行政権力の行使は,教育の内容及び方法に関するものであっても,必ずしも同項の禁止するところではないものと解するのが相当である(旧 教育基本法10条に関する最高裁昭和51年判決参照)。 イ原告は,本件職務命令が,卒業式において児童全員に一律に「君が代」を斉唱させることを目的としたピアノ伴奏行為を命じるものであり,最高裁昭和51年判決が「不当な支配」について判示した必要最小限度の基準を逸脱し,教師である原告に一定の意味を有する「君が代」を一方的に児童に教え込むことを強制する内容であるから,不当な支配に該当すると主張する。 ウしかしながら,最高裁昭和51年判決は,文部大臣(当時)が中学校学習指導要領を定めるにあたって,それが地域差,学校差を超えて全国的に教授されることが必要な最小限度の基準とされるべきであることを判示したものであって,個々の職務命令が「不当な支配」に該当するか否かについての判断基準を示したものではない。 もっとも,「君が代」斉唱は小学校学習指導要領の国旗国歌条項に従って実施されているから,同条項は本件職務命令の前提となるものである。そこで国旗国歌条項が「不当な支配」に該当し違法であれば本件職務命令も違法というべきであるところ,同条項は,儀式的行事において国歌を斉唱することのみを定め,これは前記全国的に教授されることが必要な最小限度の基準を定めたものということができるから,国旗国歌条項の定めが「不当な支配」に該当する 同条項は,儀式的行事において国歌を斉唱することのみを定め,これは前記全国的に教授されることが必要な最小限度の基準を定めたものということができるから,国旗国歌条項の定めが「不当な支配」に該当するということはできない。 そして,本件職務命令は,小学校学習指導要領の定める国旗国歌条項に沿った教育指導を行うべき立場にある音楽専科の教諭に対し,「君が代」斉唱を行うために必要な措置としてピアノ伴奏することのみを命じるもので,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる制約の態様等を総合的に較量すれば,当 該制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められることは,前記したとおりである。 エしたがって,本件職務命令及び本件不伴奏を理由とする本件処分は,教育基本法16条1項の禁止する「不当な支配」に該当するものとはいえない。 4 本件職務命令の適法性に関する小括前記1から3までに説示したとおり,本件職務命令には違憲,違法な点はないから,本件職務命令は適法である。 したがって,本件職務命令の違法を理由として本件処分の違法をいう原告の主張にはいずれも理由がない。本件不伴奏は,地公法32条の職務命令違反を構成する。 5 争点(1)エ(本件処分の対象となった行為が地公法33条に該当するか)原告は,地方公務員として職務命令に従う義務を負い,かつ,生徒の模範となるべき区立学校の教職員の立場にありながら,児童や保護者等の参列する卒業式において,前記4のとおり適法と認められる本件職務命令に違反して本件不伴奏に及んだものであるから,本件不伴奏は,教職員の職の信用を傷つけ,教職員全体の不名誉となる行為に該当するものとして,地公法33条に違反するものである。 この点,原告は,「ふさわしくない行為」や「信用を傷つけ,職全体 ら,本件不伴奏は,教職員の職の信用を傷つけ,教職員全体の不名誉となる行為に該当するものとして,地公法33条に違反するものである。 この点,原告は,「ふさわしくない行為」や「信用を傷つけ,職全体の不名誉となるもの」との評価は,多様な価値観が存することを無視した一方的な決めつけである旨主張するが,多様な価値観が存在するからといって,小学校という組織に属する公務員として,上司である校長の職務命令に従わないことが正当化されるわけではない。原告は適法な職務命令に違反したもので,これによって公務員の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるおそれが客観的に認められるところ,同 条該当性はこのことをもって足りるのであるから,異なる感じ方をする者がいる可能性によってこの結論が左右されるものではなく,原告の主張は採用することができない。 6 争点(1)オ(本件処分が憲法31条に反するか)原告は,本件原処分の発出に当たり,原告に対しては事実確認が1回なされただけで,それ以外には何ら告知,弁解,防御の機会が付与されなかった上,本件原処分は本件不伴奏からわずか5日で極めて拙速に発令されたものであるから,憲法31条に反すると主張する。 しかしながら,憲法31条の定める法定手続の保障は,直接には刑事手続に関するものであり,同条の解釈上,行政処分の相手方に対しては,常に事前の告知,弁解,防御の機会を与えることが要求されているわけではない。そして,地方公務員に対する懲戒処分(地公法29条1項)については,行政手続法(平成5年法律第88号)の適用が排除されており(同法3条1項9号),聴聞又は弁明の機会の付与は法律上要求されていない。また,本件においては,豊島区教育委員会指導課長が,平成22年3月25日,本件卒業式の直後に原告からの事情聴取を行い,本件不 (同法3条1項9号),聴聞又は弁明の機会の付与は法律上要求されていない。また,本件においては,豊島区教育委員会指導課長が,平成22年3月25日,本件卒業式の直後に原告からの事情聴取を行い,本件不伴奏の事実を確認しており,都教委は,豊島区教育委員会教育長が当該事情聴取を踏まえて提出した服務事故の報告書に基づき,本件原処分を行っていることが認められるから,手続的保障を欠いたとみるべき事情はない。処分までの期間が5日間であるからといって,拙速に発令されたものということもできない。 したがって,本件処分が憲法31条に反するということはできず,原告の主張は採用することができない。 7 争点(1)カ(本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか)(1) 公務員に対する懲戒処分について,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等 のほか,当該公務員の前記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される(最高裁昭和52年判決,最高裁判所平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。 (2) ところで,本件においては,本件原処分が本件裁決により修正されているところ,地公法50条3項の規定は,人事委員会が不服申立ての審査の結果に基づき,原処分を修正することを認めている。 そして,その規定内容をみると,同法所定の処分に対する不服申立の審査において,人事委員会が当該処分につき処分権限を発動すべ 委員会が不服申立ての審査の結果に基づき,原処分を修正することを認めている。 そして,その規定内容をみると,同法所定の処分に対する不服申立の審査において,人事委員会が当該処分につき処分権限を発動すべき事由が存在すると認める場合には,処分権者の処分権限発動の意思決定そのものについてはこれを承認したうえ,処分権者が選択,決定した処分の種類及び量定の面について,その適法性及び妥当性を判断し,人事委員会の裁量によりこの点に関する処分権者の意思決定の内容に変更を加えることができるものとし,法文上,これを処分の「修正」という用語で表現しているものと解するのが相当である。したがって,修正裁決は,原処分を行った懲戒権者の懲戒権の発動に関する意思決定を承認し,その存在を前提としたうえで,原処分の法律効果を一定の限度のものに変更する効果を生じせしめるものであり,これにより,原処分は,当初から修正裁決による修正どおりの法律効果を伴う懲戒処分として存在していたものとみなされることになるものと解すべきである(最高裁昭和62年4月21日第三小法廷判決・民集41巻3号309頁参照)。 したがって,懲戒処分の処分量定についての裁量権の逸脱濫用の有無を検討するに当たっては,本件処分を前提として検討することとなる。 (3) そこで検討するに,本件不伴奏に関する事情として,以下の事実が認められる。 ア原告は,本件卒業式に際し,予めg校長に対し,「君が代」のピアノ伴奏はできないから職務命令は出さないでほしい旨述べていたが,g校長は本件職務命令を発出し(前提事実(5)アイ,原告本人),本件職務命令が発出された直後から,本件卒業式の前日までの間,g校長に対し,繰り返し,「君が代」のピアノ伴奏をすることはできないから本件職務命令を撤回してほしい旨懇願した (5)アイ,原告本人),本件職務命令が発出された直後から,本件卒業式の前日までの間,g校長に対し,繰り返し,「君が代」のピアノ伴奏をすることはできないから本件職務命令を撤回してほしい旨懇願したが,g校長は,本件職務命令を撤回しなかった(原告本人)。 イ g校長は,音楽専科の教諭ではない同校のj教諭に,予め本件卒業式における「君が代」斉唱時のピアノ伴奏を依頼し,本件卒業式の予行演習及び本件卒業式当日においては,j教諭が「君が代」のピアノ伴奏を行った(原告本人)。 (4)ア以上を踏まえて考察するに,まず,本件職務命令は,前記1から3までに説示のとおり適法と認められる。そして,本件職務命令は,前記1(5)及び2(2)のとおり,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図ろうとするものであり,このような観点から,本件職務命令の遵守を確保する必要性が認められる。 イ他方,本件不伴奏の動機,原因は,原告の信仰と結合したその 歴史観等(以下「信仰等」という。)に由来する「君が代」に対する否定的評価等のゆえに,国歌斉唱に際しその伴奏をすることを求める職務命令と自らの信仰等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の信仰等に起因するものである。 しかも,前記(3)のとおり,原告は,本件卒業式の当日になって突然不伴奏に及んだものではなく,予めピアノ伴奏はできない旨をg校長に対して繰り返し伝えており,そのため予行演習の段階からj教諭が「君が代」のピアノ伴奏を行い,本件卒業式においても,j教諭がピアノ伴奏を行うことにより式次第は進行したことが 奏はできない旨をg校長に対して繰り返し伝えており,そのため予行演習の段階からj教諭が「君が代」のピアノ伴奏を行い,本件卒業式においても,j教諭がピアノ伴奏を行うことにより式次第は進行したことが認められ,本件不伴奏により,本件卒業式において具体的な支障や混乱が発生したことを認めるに足りる証拠はない。 ウそうすると,本件不伴奏に対する懲戒処分として戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるというべきである。 すなわち,減給処分は,処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における本給の一部の不支給という直接の給与上の不利益が及び,将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上,毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されたときは,短期間で反復継続的に不利益が拡大していく可能性があること等を勘案すると,本件不伴奏に対する懲戒処分として戒告を超えて減給の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為における懲戒処分等の処分歴や本件不伴奏の前後における態度等に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきである。 そして,不伴奏行為に対する懲戒処分として減給処分を選択することについて,前記の相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには,例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,前記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいもの 戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,前記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴等が減給処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきである(最高裁平成24年1月判決参照)。 (5)アこれを本件についてみると,前提事実(3)のとおり,原告は,本件処分以前に,平成16年に戒告処分1及び減給処分1を,平成17年に減給処分2及び戒告処分2をそれぞれ受けている。このうち,減給処分1及び減給処分2については,いずれも東京高裁平成24年判決により取り消されているが,懲戒処分の事由となる非違行為があったことは否定されておらず,本件処分の量定にあたっても,これらの処分歴等が大きな考慮要素となっていることが認められる(甲6)。 イしかしながら,過去の懲戒処分の対象となった行為の内容は,式典での「君が代」斉唱時における不起立2回,並びに,それぞれについて行われた服務事故再発防止研修の不受講及びゼッケンを着用しての受講であるところ,その態様は,2回の不起立行為は,国歌斉唱の際,自席を離れて舞台袖に入り,起立しなかったもの及び自席において起立しなかったもので,いずれも積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為ではない。また,服務事故再発防止研修に係る2回の非違行為も,研修を受講しなかったも の及び研修開始時にゼッケンを取るように指導されたがこれに従わずに研修を受講したものの,研修自体は特段の滞りなく進行したものであって(原告本人),いずれも研修の実施や進行を積極的に妨害する内容のものではない。 さらに,これらの非違 に指導されたがこれに従わずに研修を受講したものの,研修自体は特段の滞りなく進行したものであって(原告本人),いずれも研修の実施や進行を積極的に妨害する内容のものではない。 さらに,これらの非違行為の回数は合計で4回にとどまる上,いずれも平成16年4月から平成17年12月にかけて行われたものであって,そのうち最後のものでも本件不伴奏(平成22年3月25日)よりも4年以上前の行為であることからすれば,原告の非違行為の頻度についてみても,特に著しいとはいえない。 ウそうすると,原告には,過去の懲戒処分歴として戒告処分1及び戒告処分2を受けた事実が存することに加え,取り消された減給処分1及び減給処分2に係る各非違行為についても戒告処分相当の非違行為2回と評価することができることを考慮しても,本件不伴奏の4年以上前に行われた戒告処分ないし戒告処分相当の行為が4回あるにとどまること,これらはいずれも「君が代」斉唱時の不起立やこれについての研修の不受講等にかかるものであるが,その式典や研修の進行を妨害するような態様のものではなかったこと,本件不伴奏が原告の信仰等に基づくものであり,これにより本件卒業式の式典の進行上,具体的な支障が生じたとは認められないこと等を考慮すると,原告の過去の非違行為及び処分歴から,前記(4)ウに説示したところの減給以上の処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であるとまではいうことはできない。したがって,本件処分において減給処分を選択した都人委の判断は,その裁量権を考慮してもなお重きに過ぎるというべきである。 (6) したがって,本件処分は,その処分の選択において,社会観念上 著しく妥当を欠き,懲戒権者の裁量を逸脱したものとして違法であるというべきであるから,この点にお るというべきである。 (6) したがって,本件処分は,その処分の選択において,社会観念上 著しく妥当を欠き,懲戒権者の裁量を逸脱したものとして違法であるというべきであるから,この点において本件処分は取消しを免れない。 8 争点(2)(本件裁決の違法性(取消請求の当否))(1) 前記のとおり,本件裁決がされたことにより,本件原処分は,当初から原告を減給1か月とするとの法律効果を伴う懲戒処分(本件処分)として存在していたものとみなされることとなる。 (2) ところで,本件処分の取消しの訴えとその審査請求に対する本件裁決の取消しの訴えを提起することができる場合には,裁決の取消しの訴えにおいては,処分の違法を理由として取消しを求めることができない(行政事件訴訟法10条2項)。 そして,裁決取消しの訴えにおいて主張することができる裁決固有の違法事由とは,裁決の主体・手続等の形式に関する違法を意味し,実体に関する違法を含まないとされている(名古屋高裁金沢支部昭和52年12月14日判決・判例時報889号32頁)。 (3) 原告は,本件裁決について,理由不備及び不当目的の違法があり,これらは裁決固有の瑕疵に当たると主張する。 しかしながら,原告が理由不備とする点は,本件裁決に表示された処分理由は,本件処分の量定の説明として十分な説得力を有しないというものであり,不当目的とするところも,減給処分として懲戒処分を維持した実体的判断への批判であって,いずれも本件処分の量定の判断への非難に帰着するものであるところ,かかる事情は本件処分の取消訴訟の中で争われるべき事柄であって,裁決固有の瑕疵ということはできない。 (4) よって,原告が主張する点は,本件裁決の取消事由となるものではない。その他本件の全証拠を検討しても,本件裁決について 訟の中で争われるべき事柄であって,裁決固有の瑕疵ということはできない。 (4) よって,原告が主張する点は,本件裁決の取消事由となるものではない。その他本件の全証拠を検討しても,本件裁決についてその 取消しを認めるべき固有の瑕疵があるとみるべき事情はない。 したがって,本件裁決の取消しを求める原告の主張には理由がない。 9 争点(3)(国賠法に基づく損害賠償請求の当否)(1) 原告は,都教委が本件原処分をしたこと及び都人委が本件裁決をしたことがいずれも国賠法上違法な公権力の行使にあたると主張するので,以下検討する。 なお,本件原処分が本件裁決により当初から本件処分として存在していたものとみなされることは前記のとおりであるが,それは懲戒処分の法的効果の問題であって,国賠上の違法の存否を検討するにあたっては,処分時点において公務員に職務上通常尽くすべき注意義務違反があったか否かが問題とされるべきである以上,都教委が本件原処分をしたこと及び都人委が本件裁決をしたことについて,それぞれ当該時点における具体的な注意義務違反を検討するべきである。そのように解さないと,原処分がそれ自体国賠法上違法と評価される場合にも,裁決によって是正される限り,処分の是正によっては回復しえない精神的損害等の損害について救済される道を閉ざすこととなり,不当な結果を招来することになる。 したがって,本件原処分及び本件裁決のそれぞれについて国賠法に基づく損害賠償請求の可否を判断することとする。 (2) 前記7に説示のとおり,本件原処分を本件裁決によって修正したところの本件処分は,懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を超えるものとして違法であり,取り消されるべきものである。 しかし,行政処分が違法であるからといって,直ちに国賠法1 を本件裁決によって修正したところの本件処分は,懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を超えるものとして違法であり,取り消されるべきものである。 しかし,行政処分が違法であるからといって,直ちに国賠法1条1項所定の違法が肯定されるわけではなく,その違法が肯定されるのは,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が職務上通常 尽くすべき注意義務を尽くさなかったと認め得るような事情がある場合に限られる(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁,最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁)。また,国賠法1条1項所定の公務員の故意・過失については,法令の解釈につき異なる見解が対立して疑義を生じており,よるべき明確な判例学説がなく,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に,公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに当該公務員に過失があったとすることはできない(最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁,最高裁昭和49年12月12日第一小法廷判決・民集28巻10号2028頁)。 (3) 都教委の職務上の注意義務違反の有無についてアこれを本件についてみると,前記1から3までにおいて説示のとおり,本件職務命令は適法であり,本件処分についても,処分量定の点を除いては違法な点はない。 イそこで,都教委が本件原処分時点において,本件原処分の量定(停職1月)をしたことについて,職務上の注意義務違反があったか否かについて検討するに,都教委は,過去4回にわたり懲戒処分を受けていた原告の過去の処分歴を重要な考慮要素として,処分の量定を行ったものである。 ウ懲戒権者には,諸 務上の注意義務違反があったか否かについて検討するに,都教委は,過去4回にわたり懲戒処分を受けていた原告の過去の処分歴を重要な考慮要素として,処分の量定を行ったものである。 ウ懲戒権者には,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権が認められているところ,懲戒権者たる都教委が,本件原処分をするについて,過去の非違行為及び処分歴を考慮すること自体は違法ではない(最高裁昭和52年判決)。本件原処 分当時においては,不伴奏行為に対する戒告処分の事案において戒告処分を維持した最高裁平成19年判決は出されていたものの,国歌斉唱時の不起立行為に係る減給処分や停職処分が懲戒権者の裁量権の範囲を超えて違法となる場合に関する最高裁平成24年1月判決は未だ示されておらず,式典における国歌斉唱時の不起立や不伴奏で戒告を受けた教員がさらに不起立や不伴奏を繰り返した場合において,戒告処分以上の減給,停職等の懲戒処分をすることが,どのような場合に,社会観念上,著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したことになるかについては,下級審の裁判例も判断が分かれていた(公知の事実)。そして,実務上は,非違行為を繰り返した場合には処分を順次加重する取扱いが一般に行われていたところ,非違行為を重ねた場合に懲戒処分を加重するという前記取扱いの考え方は,非違行為の再発防止や公務秩序維持の必要性という観点から,一般的にみて合理性がないということはできない。さらに,本件原処分時点においては,東京高裁平成24年判決は出されておらず,都教委は減給処分1及び減給処分2の存在を前提として処分を量定すべき状況にあった。本件原処分の時点において,原告には職務命令違反及び信用失墜行為(地 いては,東京高裁平成24年判決は出されておらず,都教委は減給処分1及び減給処分2の存在を前提として処分を量定すべき状況にあった。本件原処分の時点において,原告には職務命令違反及び信用失墜行為(地公法32条及び33条違反)による減給処分2回,戒告処分1回,職務専念義務違反及び信用失墜行為(地公法35条及び33条違反)による戒告処分1回の処分歴があったことを前提とすると,本件不伴奏により再び職務命令違反を行った原告に対し,1月の停職処分を選択した都教委が,およそその処分の量定に際して職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず,本件原処分を行ったものとまでは認めることはできない。 (4) 都人委の職務上の注意義務違反について ア次に,本件裁決をしたことに際して都人委の職務上の注意義務違反が認められるかどうかを検討するに,前提事実(3)のとおり,原告は,本件不伴奏以前に,平成16年に戒告処分1及び減給処分1を,平成17年に減給処分2及び戒告処分2をそれぞれ受けていたところ,東京高裁平成24年判決により,戒告処分1が是認される一方で,減給処分1及び減給処分2が取り消され,これらは最高裁平成25年7月11日決定(甲5)により確定したことが認められる。しかるところ,都人委が本件裁決をした平成25年2月7日の時点では,減給処分1及び減給処分2に係る取消訴訟は上告審に係属中であって,その帰趨はいまだ確定してはいなかったものの,都人委は,東京高裁平成24年判決によりこれらが取り消されたことを踏まえて,本件不伴奏に対しては,停職処分とすることは重きに失するが,取り消された減給処分1及び減給処分2に係る原告の各行為も懲戒処分に相当する非違行為であることには変わりはなく,過去の処分歴及び行為歴を考慮すると,公務の秩序の維持という懲戒制度 は重きに失するが,取り消された減給処分1及び減給処分2に係る原告の各行為も懲戒処分に相当する非違行為であることには変わりはなく,過去の処分歴及び行為歴を考慮すると,公務の秩序の維持という懲戒制度の目的にかんがみ,なお戒告より重い1月間給料の10分の1を減ずる処分とすることが相当であると判断したものである(甲6)。 イそこで,本件裁決時において,過去に戒告処分2回及びこれに相当する非違行為2回がある場合において,本件不伴奏に対する懲戒処分において減給処分を選択することが,職務上の注意義務違反を構成するか検討する。 ウまず,本件裁決時には,最高裁平成24年1月判決を前提とすべき状態にあったところ,同判決において,不起立や不伴奏の非違行為を重ねた場合に戒告処分を超えて減給以上の処分を行うこと自体は排斥されていない。 すなわち,最高裁平成24年1月判決は,「過去の非違行為における懲戒処分等の処分歴や不起立行為等の前後における態度等」に鑑みて処分量定の当否を判断すべきとしており,過去の処分歴が,ひとつの重要な考慮要素となるべき旨を判示している。そして,最高裁平成24年1月判決は,減給処分に関して,「例えば過去の1回の卒業式等における不起立行為等による懲戒処分の処分歴がある場合」に,それだけを理由に「相当性を基礎づける」ものと判断できない旨を判示しているものの,過去の処分歴を懲戒処分の処分量定の考慮要素とすることについては何らこれを否定しておらず,複数回の不起立行為等の処分歴がある場合には,その基準は必ずしも明確でないものの,減給以上の処分を選択することができると解釈する余地がある。 エまた,これに近接した時期に出された最高裁の判断である,最高裁平成23年7月判決は,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意4回の措置を 減給以上の処分を選択することができると解釈する余地がある。 エまた,これに近接した時期に出された最高裁の判断である,最高裁平成23年7月判決は,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意4回の措置を受けた者,戒告処分を4回受けたほか,平成4年に文書訓告1回の措置を受けた者,戒告処分を2回受けたほか,厳重注意1回,文書訓告1回の措置を受けた者に対する減給処分を取り消した第1審判決を取り消してこれを是認した原審の判断を是認する旨判示しているところ,最高裁平成24年1月判決も,この判断を変更する立場を採っているわけではない。 オ以上に照らすと,少なくとも戒告処分相当の非違行為4回がある場合に,更に非違行為を行った原告に対して,減給処分を選択することが直ちに最高裁平成24年1月判決に反するものということはできず,むしろ,過去に戒告処分と非違行為に対する措置とを併せて4回から6回受けた者に対する減給処分を是認した最高裁平成23年7月判決も存したことに照らせば,本件裁決時に おいて,原告に対して減給処分を選択することの当否について,法令の解釈につき異なる見解が対立する余地があり,よるべき明確な判例学説がなく,そのいずれの見解についても一応の論拠が認められる場合であるということができる。したがって,都人委が本件裁決を行ったことは,共に成り立ちうる解釈のうち,一方の解釈に立脚して公務を執行したものと評価することができるから,都人委が本件裁決のとおり本件処分の量定を行ったことが,本件裁決時点において,懲戒権者に課された職務上通常尽くすべき注意義務に違反するものということはできず,国賠法上の違法は認められない。 (5) したがって,都教委が行った本件原処分及び都人委が行った本件裁決のいずれについても,国賠法上の違法を認めることはでき 義務に違反するものということはできず,国賠法上の違法は認められない。 (5) したがって,都教委が行った本件原処分及び都人委が行った本件裁決のいずれについても,国賠法上の違法を認めることはできないから,原告の国賠法1条1項に基づく請求は,損害の点について判断するまでもなく理由がない。 第5 結論以上によれば,原告の請求のうち,本件処分の取消しを求める請求は理由があるからこれを認容し,原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第19部 裁判長裁判官清水響 裁判官伊藤由紀子 裁判官島尻香織

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