令和7年3月17日東京地方裁判所刑事第15部宣告令和6年特第1522号金融商品取引法違反被告事件 主文 被告人を懲役2年6月及び罰金250万円に処する。 その罰金を完納することができないときは、1万円を1日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。 この裁判確定の日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。 被告人から1億307万円を追徴する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、A証券取引所が開設する有価証券市場に株券を上場していたB社の執行役員を務めていたものであるが、令和5年1月中旬頃、その職務に関し、B社の子会社であるC社の業務執行を決定する機関が工場建設に係る固定資産の取得を行うことについての決定をした旨の同社の業務等に関する重要事実を知り、法定の除外事由がないのに、上記重要事実の公表前である令和5年1月20日から同月25日までの間、D証券を介し、東京都中央区(住所省略)のA証券取引所において、B社の株券合計1万9400株を代金合計5316万2100円で買い付けた。 【弁護人の主張に対する判断】 1 検察官の訴追裁量について⑴ 弁護人は、被告人が本件重要事実を知った(令和5年1月12日)後、本件犯行(B社の株券合計1万9400株の買付け)に及ぶ前(同月18日及び19日)にB社の株券合計1万7800株の売付け(以下「本件売付け」という。)をしていることから、本件犯行は(本件売付けとの差し引きである)1600株の買増しをしたに過ぎないというのが実態であるにもかかわらず、①検察官は、そのような本件の実態を隠匿して起訴したものであり、一罪の一部のみを恣意的に起訴したものである、②インサイダー取引の告発基準は売却代金が1000万円を超 える場合であると言われているとこ 、そのような本件の実態を隠匿して起訴したものであり、一罪の一部のみを恣意的に起訴したものである、②インサイダー取引の告発基準は売却代金が1000万円を超 える場合であると言われているところ、上記1600株の買増しによる被告人の売却代金は850万618円に過ぎないから、告発されるべき事件ではなく、通常の起訴・不起訴の裁量基準によれば、不起訴処分とされるのが相当であるなどとして、本件公訴提起は、いずれも検察官の訴追裁量を濫用したものであり、公訴棄却の判決(刑事訴訟法338条4号)がなされるべきである旨主張する。 ⑵ しかしながら、検察官の訴追裁量権(刑事訴訟法248条)の逸脱が公訴権を濫用したものとして違法となるのは、例えば公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解されるところ、本件公訴提起について、そのような極限的な事情は特に見当たらない。 ⑶ また、①検察官は、本件犯行を立証するに当たって、本件売付けも本件犯行に至る経緯の一部として主張・立証しているのであって、検察官が本件の実態を隠匿しようとしたなどとはいえないし、②下記2のとおり、本件犯行により被告人が取得した財産(売却代金)が850万618円に過ぎないなどともいえない。 ⑷ したがって、弁護人の上記主張はいずれも失当であり、採用できない。 2 追徴について⑴ 必要的没収(金融商品取引法198条の2第1項本文)・追徴(同条第2項)が定められている趣旨は、いずれも違法な証券取引によって取得した財産を残らず剥奪することによって、これらの犯罪の収益が犯罪行為に再投資されることなどを防止し、もって健全な証券取引市場の確保を図ることにあると解される。このような法の趣旨に照らせば、インサイダー取引によって取得された財産は、全て没収・追徴されるのが原則で 為に再投資されることなどを防止し、もって健全な証券取引市場の確保を図ることにあると解される。このような法の趣旨に照らせば、インサイダー取引によって取得された財産は、全て没収・追徴されるのが原則であり、同条第1項ただし書は、その取得の状況、損害賠償の履行の状況その他の事情に照らし、当該財産の全部又は一部を没収・追徴することが被告人にとって過酷な結果をもたらすなどの特段の事情がある場合に限り、没収・追徴を例外的に減免することを許容するものと解される。 そうすると、本件においては、被告人が本件犯行で買い付けたB社の株券合計1万9400株の売却代金である1億307万円が必要的没収の対象であり、そ の後、その特定性が失われたことから、その価額全額である1億307万円を追徴するのが原則であって、上記特段の事情があるといえない限り、1億307万円を追徴するのが相当というべきである。 ⑵ この点、弁護人は、㋐被告人は、本件重要事実を知ったこととは無関係に、被告人自身の相場観に基づいて本件売付けや本件犯行(買付け)に及んだのであり、本件犯行は形式的にはインサイダー取引にあたるものの、実質的にはインサイダー取引規制の趣旨に反した狡い行為であるとはいえないから、全部について没収・追徴しないこと(免除)を認めるべき典型的な場合である、仮に追徴するとしても、㋑本件重要事実が株価上昇に与えた影響は7.2パーセントに過ぎないから、追徴額は、本件における売買差益である4990万7900円(上記売却代金1億307万円-買付代金5316万2100円)の7.2パーセントである359万3368円とする、あるいは㋒上記1600株の買増し部分の売却代金である850万618円(上記売却代金1億307万円×1600株/1万9400株)もしくはその売買差益である411万 トである359万3368円とする、あるいは㋒上記1600株の買増し部分の売却代金である850万618円(上記売却代金1億307万円×1600株/1万9400株)もしくはその売買差益である411万6115円(上記売買差益4990万7900円×1600株/1万9400株)とするのが相当である旨主張する。 ⑶ しかしながら、㋐B社の株価の推移や、同株式に関する被告人の信用取引の状況、本件重要事実の公表予定時期等に照らせば、被告人が本件売付けをしたのは、追加証拠金が発生しないように、まずは利益を確定させたに過ぎない。被告人が、本件売付けをした直後に、「E」なる投稿名で金融情報サービスFの掲示板に「昨日から国家主席が解任されたり副首相更迭ニュースが取り上げられてますが、ベトナムの政情が気になっています。今後事業への影響は大丈夫でしょうか?」などと、B社の株価下落を目論んだものとうかがえる投稿をしていることや、その後、それにもかかわらず、同社の株価が上昇すると、新たに200万円を借り入れてまで直ちに本件犯行に及び、その最中には、同投稿名で同掲示板に「踏み上げ相場になりそう。買いたくても買えなくなる日が来るような気配ですね」などとB社の株価上昇を目論んだものとうかがえる投稿をしていること、本件重要事 実が公表された直後にも、「すごいニュース。来期以降、どんだけ利益伸びるのか。 買い増し買い増し急ぎましょう!」と投稿していることなどからしても、被告人としては、本件売付けをした際には、まずは利益を確定させ、その後に、同社の株価が一定程度まで下落した時点で本件犯行に及ぶことを想定していたものの、その意に反して同社の株価が上昇し続けたことから、想定していたよりも早く本件犯行に及ぶことになったというだけのことであって、本件重要事実を知っていた被告 点で本件犯行に及ぶことを想定していたものの、その意に反して同社の株価が上昇し続けたことから、想定していたよりも早く本件犯行に及ぶことになったというだけのことであって、本件重要事実を知っていた被告人が、その事実が公表された後には株価がさらに上昇するものと見込んで本件犯行に及んだことは明らかである。これらの事情等に照らせば、被告人が本件重要事実を知ったことと本件犯行とは無関係であるなどとは到底いえず、本件犯行は、実質的にもインサイダー取引規制の趣旨に反する行為であるといえる。 また、㋑本件重要事実が株価上昇に与えた影響は7.2パーセントに過ぎないと弁護人が主張する根拠は、本件重要事実が公表された日の終値が前日比で186円の上昇にとどまっており、これが本件犯行に係る株式の平均買付価格(2740円)と平均売却価格(5312円)の差額(2572円)の7.2パーセント(186円/2572円)に過ぎないなどというものであるところ、株価は種々の事情で変動するものであるから、本件重要事実が株価上昇に与えた影響を前日の終値との比較等で単純に推計することはできない。上記必要的没収・追徴の趣旨に照らしても、追徴の範囲をその限りにとどめるべき理由はない。 さらに、㋒上記のとおり、本件犯行は実質的にもインサイダー取引規制の趣旨に反する行為であることなどからすると、本件犯行による追徴の範囲を本件売付けと本件犯行(買付け)の差分である1600株部分に限定するべき理由も特にないというべきである。 ⑷ 以上のとおり、弁護人の主張する諸事情は、いずれも没収・追徴を例外的に減免することを許容する特段の事情にあたるものとはいえない。 よって、原則どおり、1億307万円を追徴するのが相当であると判断した。 【量刑の理由】 被告人が本件犯行により取得した 免することを許容する特段の事情にあたるものとはいえない。 よって、原則どおり、1億307万円を追徴するのが相当であると判断した。 【量刑の理由】 被告人が本件犯行により取得した株式は多量であり、その売却利益(4990万7900円)も多額であって、証券市場の公正性や健全性等を害した程度は小さくない。被告人は、複数の証券取引所で勤務した経験があることなどから、B社にIRの責任者として入社したところ、それからほどなくしてその職務に関して本件重要事実を知るや、本件犯行に及ぶなどしているのであって、その職務上の立場や専門的知識等を悪用して自らの利益を追求したものというほかなく、証券市場に対する信頼をも大きく損ねる犯行であり、その極めて利欲的な犯行動機には強い非難を向けなければならない。 弁護人は、本件は形式犯である、すなわち、形式的にはインサイダー取引にあたるものの、実質的にはインサイダー取引規制の趣旨に反する行為ではないなどと主張して、被告人には、懲役5月(2年間執行猶予)・罰金30万円が相当である旨主張する。しかしながら、上記のとおり、本件犯行は実質的にもインサイダー取引規制の趣旨に反する当罰性の高い行為といえるのであって、弁護人の上記主張は採用できない。上記の犯情に照らせば、被告人の刑責は軽視できないものがあり、その刑責に相応する懲役刑及び罰金刑としなければならない。 もっとも、同種事犯の量刑傾向等に照らすと、これまで懲役刑あるいは同種の前科のない被告人については、その懲役刑の執行を猶予して、社会内での更生の機会を与えるのが相当である。 犯情等に関するこれらの判断により定められた刑責の枠内において、被告人が今後は株取引自体をしない旨述べるなどして反省の態度を示していることや、その友人が今後の監督等を約束してい のが相当である。 犯情等に関するこれらの判断により定められた刑責の枠内において、被告人が今後は株取引自体をしない旨述べるなどして反省の態度を示していることや、その友人が今後の監督等を約束していることなどの一般情状も考慮して、主文のとおり、刑を量定した。 令和7年3月17日東京地方裁判所刑事第15部 裁判官榊原敬
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