【DRY-RUN】主 文 本件上告を棄却する。 理 由 弁護人遠藤周蔵、同鍛治利一上告趣意第一点について。 本件は、裁判所構成法による仙台地方裁判所に第二審事件として繋属中裁
主文本件上告を棄却する。 理由弁護人遠藤周蔵、同鍛治利一上告趣意第一点について。 本件は、裁判所構成法による仙台地方裁判所に第二審事件として繋属中裁判所法が施行されたので、裁判所法施行法に基く裁判所法施行令第三条第一項、第二項第二号の規定によつて、裁判所法による仙台地方裁判所がこれを管轄、審理判決したものである。それ故、その上告は裁判所法第一六条第三号にいわゆる地方裁判所の第二審判決に対する上告として、仙台高等裁判所がこれを管轄すべきものであることは明かである。論旨は、独自の見地に立つてかかる上告の裁判権もまた最高裁判所に属すると主張するのであるが、大審院は旧憲法と裁判所構成法とに基く構成と組織と性格を有する裁判所であり、最高裁判所は厳粛な歴史的背景の下に日本国憲法と裁判所法とに基く特殊の構成と組織と性格を有する裁判所である。共に司法権を行使する機関であり、又わが国における最上級の裁判所であるという関係において、相互の間に類似性はあるが、両者の構成、組織、権限、職務、使命及び性格が著しく異ることは、敢て多言を要しないところである。最高裁判所の裁判権については、違憲審査を必要とする事件がその管轄に属すべきことは憲法上要請されているところであるが、その他の事件の裁判権については法律の定めるところに一任されたものと解するを相当とする。されば、最高裁判所は必ずしも常に上告審のみを担当すべきものとは限らない。外国の事例も示すように、時に第一審事件を取扱うこともあり得る。又上告審は、必ずしも常に最高裁判所のみによつて担当さるべきものとも限らない。下級裁判所がこれを取扱うこともあり得る。その間における法律解釈統一の問題は、他にいくらも解決の道が存する。要はかかる審級の問題は、法律が諸般の事情を考慮し みによつて担当さるべきものとも限らない。下級裁判所がこれを取扱うこともあり得る。その間における法律解釈統一の問題は、他にいくらも解決の道が存する。要はかかる審級の問題は、法律が諸般の事情を考慮して適当に定むべきものである。されば明治憲法及び、裁- 1 -判所構成法は廃止せられ、代つて日本国憲法及び裁判所法が新に実施せられるに際し、廃止となつた各裁判所において従来受理していた一群の訴訟事件を処理するに当つて、冒頭記載のように取扱う規定を設けたと言つても、立法の上で国民の基本的人権は十分に尊重せられておるから憲法第一三条に違反するものではない。又かかる特殊性を有する一群の従前事件は、一団として立法上平等に取扱われており、国民は人種、信条、性別、社会的身分又は門地によつて毫も差別待遇をうけていないから、所論のごとく憲法第一四条に違反するものでもない。次に国民は冒頭に述べる順序に従つて純然たる司法裁判所において、裁判を受ける権利が保障されているから、所論のごとく憲法第三二条、第七六条第二項に違反するものと言うこともできない。されば論旨は何れも理由なきものである。 同第二点第三点について。 第二審判決においては、被告人の同審供述の外相被告人の同審供述及びAの始末書と題する書面中の記載を証拠として、事実を認定したものである。相被告人は、時に被告人と利害関係を異にし自己の利益を本位として供述する傾向があり、又相被告人は宣誓の上偽証の責任をもつて供述する立場にいないから、被告人の自白がないのに相被告人の供述のみを唯一の証拠として断罪することは、大いに考えなければならない問題であるが、それはさておき被告人の自白が存する場合に補強証拠として相被告人の供述を用いることは、差支ないものと言わねばならぬ。ましてや、本件においては、Aの始末書と題する書面中 なければならない問題であるが、それはさておき被告人の自白が存する場合に補強証拠として相被告人の供述を用いることは、差支ないものと言わねばならぬ。ましてや、本件においては、Aの始末書と題する書面中の記載という有力な補強証拠が他に存在しているのであるから、憲法第三八条第三項違反の問題は生じないのである。論旨は理由がない。 同第四点について。 刑訴応急措置法第一二条は、証人その他の者の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類を証拠とするには、被告人の請求があつたときは、その供述者又は作- 2 -成者を公判期日において訊問する機会を被告人に与えることを必要とし、憲法第三七条に基き被告人は、公費で自己のために強制手続によりかかる証人の訊問を請求することができるし、又証人に対して充分に審問する機会を与えられることができ不当に訊問権の行使を制限されることがない訳である。しかし裁判所は、被告人側からかかる証人の訊問請求がない場合においても、義務として現実に訊問の機会を被告人に与えなければ、これらの書類を証拠とすることができないものと解すべき理由はどこにも存在しない。憲法の諸規定は、将来の刑事訴訟の手続が一層直接主義に徹せんとする契機を充分に包藏しているが、それがどの程度に具体的に現実化されてゆくかは、社会の実情に即して適当に規制せらるべき立法政策の問題である。 今直ちに憲法第三七条を根拠として、論旨のごとく第三者の供述を証拠とするにはその者を公判において証人として訊問すべきものであり、公判廷外における聴取書又は供述に代る書面をもつて証人に代えることは絶対に許されないと断定し去るは、早計に過ぎるものであつて到底賛同することができない。論旨は、それ故に、理由なきものである。 本件に関する裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。 上告趣意第一点につ 対に許されないと断定し去るは、早計に過ぎるものであつて到底賛同することができない。論旨は、それ故に、理由なきものである。 本件に関する裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。 上告趣意第一点について。 論旨は本件は裁判所構成法に従い、仙台区裁判所に公訴の提起があつた事件であるから、公訴提起後法令の変更がなければ、大審院に上告しえた事件であつた。然るに憲法施行後裁判所法同施行令が実施せられて、本件の上告審を仙台高等裁判所の管轄としたのは、関係法令の解釈からしても又憲法第十三条、第十四条及び第三十二条からしても憲法に違反するものであるというのである。 国民が或法令が憲法に違反するとして裁判上争う場合は、その法令を適用される結果、当事者の憲法上の権利が侵害される場合でなくてはならぬ。それは裁判所の違憲審査の根本原則である。従て当事者の憲法上保障されている権利が当該法令で- 3 -侵害されたとすれば、たとえ憲法が最高裁判所の違憲審査を除いて、裁判所の組織乃至管轄を法律の定める所に一任していても、法令は当事者の有する憲法上保障されている権利を侵害する規定を設けることができなかつたものであるから、論旨については上告人の主張する保障の有無及びその内容について判断すべきものである。 論旨前段の関係法令の解釈に関する主張であるが、当該法令の条項が憲法の保障に反しない限りは、違憲でない法令の解釈問題であつて、従て当該法令の解釈だけで、その違憲性を主張することはできない。 次に論旨が挙げている憲法の各条項は、憲法施行後に於て国民の基本的人権又はその特権を保障するものであつて、憲法はその施行前に遡及するものではない(憲法第百条)。従て憲法第十四条の法律平等保護の保障は、憲法施行後法律が差別待遇を規律することを禁ずるものであるが、憲法施行前の法律が与えた するものであつて、憲法はその施行前に遡及するものではない(憲法第百条)。従て憲法第十四条の法律平等保護の保障は、憲法施行後法律が差別待遇を規律することを禁ずるものであるが、憲法施行前の法律が与えた取扱と施行後制定せられた法律の与える取扱との間の平等、不平等の待遇までも規律するものではない。憲法第三十二条に掲げる何人も裁判上の救済を求めうる権利についても同様である。憲法は第三十九条の場合を除いては、憲法施行後の法律がその制定実施前(憲法施行前をも含む)の行為に効力を及すことを禁ずる保障を掲げてはいないから、憲法第三十九条の原則で保障されない限り刑事被告人が仙台区裁判所へ起訴された当時に大審院へ上告しえた権利をもつていたとしても、憲法施行後制定された法令で大審院とは別な裁判所へ上告することとなつても、右法令の違憲の問題を生ずるものではない。而て憲法第三十九条前段のいわゆる事後法禁止の原則は法律が刑事被告人の地位を犯行当時に比してその不利益に変更することを禁ずる趣旨であると一般に解釈せられておるものであるが、裁判所が審理をする成規の手続に異るところがなければ、被告人の地位を実質的に法律上不利益ならしめたものではない。従て被告人が犯行当時仙台区裁判所へ起訴されて大審院へ上告しえたであろうけれども、その後制定せられた法令で仙台高等裁判所へ上告することとなつても当- 4 -該法令の違憲の問題を生じないものである。論旨は理由がないものである。 同第四点について。 憲法第三十七条第二項は、被告人又は弁護人の面前でされる証人の供述でなければ証拠にとれない、言いかえれば、供述を録取した書類を読聞けただけでは証拠とすることができない。即ち直接審理の原則を宣明したものである。刑訴応急措置法第十二条はこの趣旨に適合するように解釈せられなくてはならぬ。同条は 言いかえれば、供述を録取した書類を読聞けただけでは証拠とすることができない。即ち直接審理の原則を宣明したものである。刑訴応急措置法第十二条はこの趣旨に適合するように解釈せられなくてはならぬ。同条は、証人その他の者が当審公判廷以外で被告人の面前で供述をしても(即ち審問の機会が与えられたのである)。直接審理主義から言えば、当審公判廷で更に被告人の面前で証人をして供述せしむべきものである。けれども被告人には既に審問の機会が与えられているのであるから、被告人又は弁護人からその請求がなければ、その供述を録取した書類又は之に代るべき書類を読聞けて証拠とすることができるという趣旨と解すべきものである。 尤も被告人に傷害された被害者が瀕死の場合に彼を証人として被告人に審問の機会を与えることが著しく困難な場合がある。又被告人に既に審問の機会が与えられた証人その他の者が既に死亡し又は外国に去つた場合がある。これらの場合に直接審理主義が制限せられるのも己むをえないであろう。然るに一度も被告人に対質の機会を与えず即ち、裁判所も直接審理の機会を持たなかつた証人その他の者が単に死亡し若くは国外に去つたという理由で、当然にその供述に証拠能力が出てくるものではありえない。瀕死の被害者の供述と雖も容易に信用できないものである。けだし、被害者が被告人を見違うこともあり又他の動機で被告人を罪に陥れんとすることもあるであろうから、瀕死の一事を以てその供述を録取した書類に証拠能力を認めるのでさえ必しも公正を期しえないものである。而てこの理由は第三者が被害者でなく而も死亡せず又は国外に去らない場合でも同様でなくてはならぬ。従て刑訴応急措置法第十二条は人権を尊重する上に於て、出来る限り厳格に解釈すべきも- 5 -のである。 元来憲法第三十七条第二項の特権は、第三者の供述を、 に去らない場合でも同様でなくてはならぬ。従て刑訴応急措置法第十二条は人権を尊重する上に於て、出来る限り厳格に解釈すべきも- 5 -のである。 元来憲法第三十七条第二項の特権は、第三者の供述を、被告人に対質もさせないで即ち審問の機会も与えないで、単に読聞けただけで断罪した専制政府の裁判に対し、人権を擁護するために出来た保障であつて、恐るべき裁判の歴史の産物である。 専制政府が自分の好ましからずとする人物を倒すのには、これ程有力な武器はなかつたし又ないであろうと思はれる。犯罪捜索の機関である司法警察官又は検察官が証拠を蒐集する段階で作成した報告書即ち聴取者は、理論上は公訴機関が公訴を提起するか否かを判断する資料に過ぎないものである。之を公訴提起後に公訴機関が公判期日に証拠として提出した場合に(弾劾主義の建前から、かように解釈すべきものである)この報告書に録取された第三者の供述については、捜索の段階で被告人に審問の機会が与えられたわけではないから、裁判所は直接審理主義に基いて、被告人又は弁護人の面前で供述者を証人として訊問した後でなければ証拠にとれないことを原則とすべきである。ことに第三者の供述によつて被告人に刑責を負はせる場合の如き、裁判所としては未だ嘗て直接審理をしたことがないのに、(たとえ裁判所にとつて本人の刑責が明であると認めても)その供述を録取した書類によつて裁判するのは、被告人又は弁護人の請求の有無に係らず、憲法第三十七条第二項の原則に反するものである。従て刑訴応急措置法第十二条は、前掲のような特殊の事由がある場合を除いては、原則として嘗て審問の機会が与えられた証人その他の者の供述を録取した書類と解すべきであると考える。同条が刑事訴訟法第三百三十四条を適用しないとしたにもかかわらず、同条を極めて皮相に文理解釈して、却て刑訴第 て嘗て審問の機会が与えられた証人その他の者の供述を録取した書類と解すべきであると考える。同条が刑事訴訟法第三百三十四条を適用しないとしたにもかかわらず、同条を極めて皮相に文理解釈して、却て刑訴第三百四十三条以下の審理に終らんとするのは、同条が憲法第三十七条第二項を前提として出来ていることを忘れるものである。 裁判官齋藤悠輔の本件に対する意見は次のとおりである。 刑訴応急措置法第一七条第一項は、憲法第八一条から由来したもので、この憲法- 6 -の規定は司法の権限、すなわち、立法及び行政行為に対するいわゆる違憲審査決定権を最高裁判所を終審とする司法裁判所に与え、司法裁判所にその優位を認めた規定であり、従つて右憲法の規定にいわゆる「処分」とは行政処分を指し、裁判及び個々の司法処分はこれに含まれないものである。裁判又は個々の司法処分に対する違憲審査については司法固有の領域に属する訴訟手続中の異議若しくは上訴、又は非常上訴として訴訟法において規定せらるべき事柄で、右憲法規定がこれを定めたものではない。それ故前記措置法にいわゆる「処分」も行政処分を指し司法処分をいうものでないと解すべきである。次に、右措置法第一七条にいわゆる判断とは、同法第二条の「刑事訴訟法は、……裁判所法……制定の趣旨に適合するようにこれを解釈しなければならない。」との規定並びに裁判所法第一〇条第一号「当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。」同第二号「前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。」とある規定に徴し、当事者の主張に基く明示又は黙示の判断若しくは裁判所の職権発動に基く否定的な判断(すなわち適合しないと認めたとき)を指すものと解すべきである。また同第一七条に原上告判決において、かかる る規定に徴し、当事者の主張に基く明示又は黙示の判断若しくは裁判所の職権発動に基く否定的な判断(すなわち適合しないと認めたとき)を指すものと解すべきである。また同第一七条に原上告判決において、かかる判断の存すること及びその判断の不当であるときに限り、再上告を為し得るものとしたのは、元来上告は判決に対し法令違反を理由とする不服申立をいうものであり、従つてこれを許容するには原判決の存在を前提とするものであり、そして判決とは事件に対する裁判所の判断に外ならないから、原上告判決に憲法適否の判断存在しないときは、特に再上告を許すべき不服申立の目的物を欠くことになり、また、その判断の不当を理由としない限り、特に再上告を許す必要がないからである。それ故原上告判決において、前記のごとき判断が存在すること並びにその判断の不当であることを再上告の理由とすることは共に再上告の厳格な適法要件であると解すべきである。 - 7 -然るに本件再上告趣意第一点は本上告人が原上告審においてかかる主張をした形跡がなく、原上告判決もこれにつき何等触れるところがなく、措置法第一七条所定の判断存在しないものであるから、既にこの点で不適法たるを免れない。しかのみならず管轄上告裁判所は上告さるべき原判決のあつた時期を標準として決すべきもので、所論のように公訴提起又は第二審に係属中の時を標準とすべきでないから既に所論の前提において理由なきものである。 また、同第二、三点は原上告判決の判断が前記措置法所定の「処分」に関しない点で不適法たるを免れない。しかのみならず、共同被告人は自己も亦被告人ではあるが、当該被告本人以外の第三者であるから、被告人に対する関係においては、共犯関係、刑事訴追その他法律上利害関係を有するため宣誓をしないで訊問される証人(刑訴第二〇一条第一八八条参照)とそ 人ではあるが、当該被告本人以外の第三者であるから、被告人に対する関係においては、共犯関係、刑事訴追その他法律上利害関係を有するため宣誓をしないで訊問される証人(刑訴第二〇一条第一八八条参照)とその法律上の性質を異にするものではない。 それ故、その供述は、かゝる証人の供述を同じく被告人に対する証拠たるに毫も妨げないものである。従つて本件は唯一の証拠が本人の自白である場合に該らないもので論旨いずれも理由なきものである。 なお論旨第四点は、この点につき原上告判決において、憲法適否の判断が全然存しないから不適法たるを免れない。しかのみならず憲法第三七条は、国家に対するいわゆる受益権の一種を刑事被告人に与へた規定であつて、刑事手続として直接審理主義を採用することを定めた規定ではない。それ故刑事被告人にして、自ら右権利を行使せざるにかかわらず、裁判所が職権を以て必ず証人を公判廷において直接訊問すべく、従つて被告人の請求を条件とする刑訴応急措置法第一二条は違憲なりとする所論は根底において理由なきものである。 よつて、刑訴第四四六条に従い主文のとおり判決する。 この判決は、理由に関する少数意見を除き、裁判官全員の一致した意見である。 検察官安平政吉関与- 8 -昭和二三年七月一九日最高裁判所大法廷裁判長裁判官塚崎直義裁判官長谷川太一郎裁判官沢田竹治郎裁判官霜山精一裁判官井上登裁判官栗山茂裁判官真野 精一裁判官井上登裁判官栗山茂裁判官真野毅裁判官小谷勝重裁判官島保裁判官齋藤悠輔裁判官藤田八郎裁判官岩松三郎裁判官河村又介裁判官庄野理一は退官につき署名捺印することができない。 裁判長裁判官塚崎直義- 9 -
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