主文 原判決を破棄する。 本件を広島高等裁判所に差し戻す。 理由 上告代理人高橋武三の上告受理申立て理由について 1 本件は,因島市(以下「市」という。)の住民である被上告人が,市長である上告人は,市が業者に施工させていた道路工事が完成する前に,その請負代金の支払のために地方債の起債をして借入れをしたが,これには,予算措置を次年度に繰り越すことを怠り,請負代金の支払時期よりも早く借入れをした違法があり,その結果,市は支払までの間の借入利息相当の損害を被ったとして,市に代位して,上告人に対し,その賠償を請求する住民訴訟である。 2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。 (1) 市は,平成5年度及び同6年度の事業として,自治省の「特定地域における若者定住促進等緊急プロジェクト推進要綱(平成5年3月30日付自治導第29号)」(以下「本件要綱」という。)に基づき過疎地域活性化若者定住促進等緊急プロジェクト事業として事業指定を受けた(仮称)D情報センター進入路新設工事(以下「本件工事」という。)を行うこととし,これを請負業者に施工させた。 (2) 本件要綱による指定事業は,次のようなものとされていた。 ア計画期間おおむね3年以内イ新規計画策定期間平成5年度から同8年度の間ウ対象事業原則として総事業費が2億円以上- 1 -エ財政措置対象事業費の約75%に地域総合整備事業債を,約15%に過疎対策事業債を,それぞれ充当する。これらの地方債の元利償還金については,後年度に自治体の財政力に応じて地方交付税により措置されることになっており,その割合は,市の場合,地域総合整備事業債につき50%,過疎対策事業債につき70%である。 オ事業計画の変更 については,後年度に自治体の財政力に応じて地方交付税により措置されることになっており,その割合は,市の場合,地域総合整備事業債につき50%,過疎対策事業債につき70%である。 オ事業計画の変更事業計画の内容を大幅に変更する必要を生じたときは,都道府県を通じて自治省に申請して,事業計画の変更の承認を受けることを要する。 (3) 本件工事の平成6年度の事業費は,5億4128万9000円(うち2億4762万1000円は,前年度からの繰越明許費)であり,そのうち4億8660万円は地方債(2億2260万円は地域総合整備事業債(前年度繰越分),2億2000万円は同事業債(当年度分),4400万円は過疎対策事業債(当年度分))により,2900万円はふるさと創生事業基金繰入金(当年度分)により,残る2568万9000円は一般財源(2502万1000円は前年度繰越分,66万8000円は当年度分)により賄われた。 (4) 本件工事に係る事業計画期間の最終年度である平成6年度においては,同事業に係る予算を次年度に繰り越すためには,その前提として,上記(2)オの事業計画の変更の承認申請をすることが必要であり,そのための手続は,広島県等から遅くとも平成6年11月ころまでにするよう求められていた。また,本件工事については,上記(3)のとおり,既に平成5年度において,工事請負費の一部について予算繰越措置(繰越明許)が講じられていたが,これは,同年度中に用地買収が完了しなかったためである。 (5) 平成6年度における工事実施,代金支払等の経過は,次のとおりである。 ア道路新設工事- 2 -市は,本件工事を1工区から3工区に分け,平成6年10月17日,株式会社E建設との間で,2工区の道路新設工事につき,代金1億1330万円,工期同月18日から同7年2 ア道路新設工事- 2 -市は,本件工事を1工区から3工区に分け,平成6年10月17日,株式会社E建設との間で,2工区の道路新設工事につき,代金1億1330万円,工期同月18日から同7年2月28日までとの約定で,請負契約を締結し,同6年11月21日,前払金として2000万円を同社に支払った。ところが,2工区の道路用地の買収交渉が難航し同年12月27日に完了したので,同社は,平成7年1月10日に工事に着工した。同契約は,同年2月15日,代金が1億3112万8270円に変更された。 イ舗装・照明工事市は,平成7年3月8日,F建設株式会社との間で,本件工事に伴う道路舗装及び照明工事につき,代金4171万5000円で,請負契約を締結した。同契約は,同月15日,代金が4257万1960円に変更された。 ウ修景工事市は,平成7年3月8日,G株式会社との間で,本件工事に伴う修景工事につき,代金978万5000円で,請負契約を締結した。 また,市は,平成7年3月13日,G株式会社との間で,本件工事に伴う修景工事(その2)につき,代金3975万8000円で,請負契約を締結した。同契約は,同月17日,代金が3890万1040円に変更された。 エ本件各工事の完成以上の各工事(以下「本件各工事」という。)は,いずれも平成6年度末である平成7年3月31日までに完成しなかった。本件各工事が完成したのは,舗装・照明工事が同年6月23日,修景工事が同月30日及び同年7月5日,道路新設工事が同月17日であり,各工事完成届の提出を受けて,舗装・照明工事につき同年6月30日,修景工事につき同年7月7日,道路新設工事につき同月21日に,それぞれ完成検査が行われ,検査調書が作成された。 - 3 -オ本件起債市総務部長は,平成6年度の出納閉鎖 につき同年6月30日,修景工事につき同年7月7日,道路新設工事につき同月21日に,それぞれ完成検査が行われ,検査調書が作成された。 - 3 -オ本件起債市総務部長は,平成6年度の出納閉鎖期日である平成7年5月31日が近づいてきたため,因島市決裁規程による専決権限に基づき,本件工事の請負代金支払に充てる資金として,同月22日,H共済組合から過疎対策事業債として4400万円を年利3.85%で,同月29日,I農業協同組合から地域総合整備事業債として2億2260万円及び2億2000万円をいずれも年利3.595%で,それぞれ借り入れた(以下,これらの地方債の起債を「本件起債」という。)。 カ本件各工事の代金支払市経済建設部建設課長は,因島市決裁規程による専決権限に基づき,平成7年5月30日,本件各工事の請負代金2億0238万6270円(道路新設工事につき1億1112万8270円,舗装・照明工事につき4257万1960円,修景工事につき4868万6040円)の支出命令をし,翌31日,これに基づき支出された金銭が株式会社J銀行K支店に開設された経済建設部長名義の預金口座に入金された。上記請負代金のうち本件起債により賄われた部分は,1億8200万円(過疎対策事業債が1370万円,地域総合整備事業債が1億6830万円)である。 市は,同年7月24日,上記預金口座から各請負業者に請負代金を送金し,同口座を解約した。 キ本件借入利息等市は,本件起債のうち本件各工事の請負代金の支払に充てられた1億8200万円分につき,本件各工事のうち最初に完成検査が行われ請求があり次第支払期日となる平成7年6月30日の前日までに生じた借入利息58万6801円(過疎対策事業債につき5万6357円,地域総合整備事業債につき53万0444円。以下「本件借入利 査が行われ請求があり次第支払期日となる平成7年6月30日の前日までに生じた借入利息58万6801円(過疎対策事業債につき5万6357円,地域総合整備事業債につき53万0444円。以下「本件借入利息」という。)を支払った。他方,上記預金口座への入金から解約までの間に預金利息3万5291円が発生し,市の歳入に加えられた。 - 4 - 3 上記事実関係の下において,原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。 (1) 各会計年度における歳出は,その年度の歳入をもってこれに充てなければならないところ,本件各工事の請負代金の支払時期は,早くとも本件各工事の完成検査日であり,いずれも平成7年度の会計区分に該当する。ところが,本件各工事の請負代金の支払に充てるための地方債の起債及び請負代金の支出は,同6年度の予算として計上されており,翌年度への繰越手続が執られていない。したがって,繰越手続を経ずに本件各工事の請負代金の支払に充てるためにされた本件起債は,地方自治法208条2項に違反し,違法である。 (2) 上告人は,遅くとも平成7年1月19日には,道路新設工事が平成6年度末までには完成し得ないことを知りながら,広島県又は自治省に対しその報告をしたり,事業計画の変更の承認申請をする手続を執ったりするなどの的確な善後措置を講じなかった上,本件各工事の予算措置について繰越手続を執らなかった。本件起債は,市の総務部長が専決したものであるが,上告人の容認した違法な会計処理の方針を踏襲するものであり,繰越手続が執られなかったため平成6年度予算の出納閉鎖期日直前にせざるを得なかったものであって,上告人が適切に予算の繰越手続を執っていれば回避し得たものである。したがって,上告人は,違法な本件起債を阻止すべき立場にあったにもかかわらず, 算の出納閉鎖期日直前にせざるを得なかったものであって,上告人が適切に予算の繰越手続を執っていれば回避し得たものである。したがって,上告人は,違法な本件起債を阻止すべき立場にあったにもかかわらず,これを容認したものであり,これにより市が被った損害につき賠償責任を負う。 (3) 本件起債が本件各工事の請負代金の支払期日より前にされたために,市は本件借入利息58万6801円の支払を余儀なくされ,他方,預金利息3万5291円を取得したから,その差額である55万1510円の損害を被った。したがって,上告人は市に対しこれに遅延損害金を付加して支払う義務がある。 4- 5 -しかしながら,原審の上記(2)及び(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1) 地方債を起債する時期は,これを支払に充てる時期のほか諸般の事情を考慮して市において決定することができると解されるから,本件起債が本件各工事の請負代金の支払時期よりも前に行われたことをもって,直ちに違法ということはできない。しかし,本件起債は,平成6年度予算に計上された地方債の起債を同7年度に属する平成7年5月に行ったものであって,会計年度独立の原則に反し,違法である。 本件起債は市総務部長が専決処理したものであるが,上告人が本来的な権限を有していたものであるから,上告人は,これを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により同部長が違法な本件起債をすることを阻止しなかった場合には,これにより市が被った損害の賠償責任を負うものといわなければならない。 (2) 被上告人が市に代位して上告人に賠償を求めることができるのは,平成6年度予算に計上された地方債の起債を同7年度に属する平成7年5月に行って借入れをしたことによって生じた損害である。 前記のとおり 被上告人が市に代位して上告人に賠償を求めることができるのは,平成6年度予算に計上された地方債の起債を同7年度に属する平成7年5月に行って借入れをしたことによって生じた損害である。 前記のとおり,本件工事は本件要綱に基づく平成5年度及び6年度の指定事業として行われたものであり,同事業に係る予算を同7年度に繰り越すためには,その前提として,広島県を通じて自治省に申請して,事業計画の変更の承認を受けることを要するというのであるから,本件工事の請負代金を賄うために認められた過疎対策事業債及び地域総合整備事業債の起債を同6年度に行わず,同7年度に行うためには,上記承認を要するものと解される。 原審は,上告人が,遅くとも平成7年1月19日には,道路新設工事が平成6年度末までには完成し得ないことを知りながら,事業計画の変更の承認申請をする手続を執るなどの的確な善後措置を講じなかった上,本件各工事の予算措置について- 6 -繰越手続を執らなかった違法がある旨判示している。 しかしながら,【要旨】市が同県等から上記申請は遅くとも平成6年11月までにするように求められていたことは,前記のとおりであり,同7年1月19日の時点においても事業計画の変更の承認を受ける可能性があったのかどうかは,原審の確定するところではない。同日以後に事業計画の変更の承認申請をしても,もはやその承認を受けることができなかったという場合には,本件工事に係る予算をそのまま平成7年度に繰り越す前提が満たされないことになり,市としては,事業計画どおり同6年度中に起債を終えるか,本件要綱に基づく指定事業として本件工事を実施することを断念するかのいずれかを選ぶほかはないことになる。 前者を選択した場合には,本件起債よりも借入時期が早まることになるから,借入利息はより多くなり,本件起債 づく指定事業として本件工事を実施することを断念するかのいずれかを選ぶほかはないことになる。 前者を選択した場合には,本件起債よりも借入時期が早まることになるから,借入利息はより多くなり,本件起債が平成7年5月に行われたために借入利息が増大したとはいえないことが明らかである。 これに対し,後者を選択した場合には,繰越明許費については当該経費に係る歳出に充てるために必要な金額を当該年度から翌年度に繰り越さなければならないとされており(地方自治法施行令146条1項),収入の確定した財源を付けなければ繰り越すことはできないと解されているのであるから,本件各工事の請負代金の支払に充てる財源とされていた地方債の起債を断念する以上は,上記起債を財源として上記代金に係る経費を平成7年度に繰り越すことは不可能である。そして,市が地方債を起債するには,広島県知事の許可を要するものとされている(地方自治法250条(平成11年法律第87号による改正前のもの),地方自治法施行令174条(同年政令第324号による改正前のもの),地方自治法施行令第174条の規定による地方債の許可に関する件(昭和22年内務・大蔵省令第5号))から,市が平成7年度において本件要綱に基づかない地方債の起債を行うには,別途この許可を受けなければならない。ところが,平成7年1月19日の時点において,- 7 -これが可能であったかどうかや,別途の起債又は一般財源により上記代金を賄うこととした場合には市の負担が本件起債をした場合の借入利息よりも少ないかどうかは,原審により確定されていない。 (3) 以上によれば,原審の確定した事実のみでは,本件起債が平成7年度に属する平成7年5月に違法に行われたために市が借入利息相当の損害を被ったと断定することはできないものといわざるを得ず,この趣旨をい ) 以上によれば,原審の確定した事実のみでは,本件起債が平成7年度に属する平成7年5月に違法に行われたために市が借入利息相当の損害を被ったと断定することはできないものといわざるを得ず,この趣旨をいう論旨は理由がある。したがって,その余の論旨について検討するまでもなく,【要旨】原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記の各点について審理した上で,市が本件起債により本件借入利息相当の損害を被ったかどうかについて判断させるため,本件を原審に差し戻すこととする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官滝井繁男裁判官福田博裁判官北川弘治裁判官亀山継夫裁判官梶谷玄)- 8 -
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