- 1 - 主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、令和6年3月上旬頃から同月15日までの間に、埼玉県内又はその周辺において、覚醒剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚醒剤を使用した」というものである。 これに対して、被告人は、覚醒剤を自らの意思で使用したことはない旨述べ、弁護人も、被告人には覚醒剤を使用した認識がないため無罪であると主張する。 第2 関係証拠によれば、令和6年3月16日に任意提出された被告人の尿中から覚醒剤成分が検出されたことが認められる(以下、月日は断わりのない限り「令和6年」のものである。)。そして、覚醒剤は、その取扱いが厳しく規制された薬物であり、また、一般の社会人が通常の社会生活を営んでいる限り誤って体内に摂取されることのない薬物であるから、尿中から覚醒剤成分が検出されれば、特段の事情のない限り、被告人が覚醒剤をそれと認識して使用したものと推認することができる。 そこで、以下、本件において、上記推認を妨げる特段の事情が認められるかを検討する。 第3 検討 1 関係証拠によれば、被告人には2月14日に入籍した夫Aがおり、同人は、3月15日に、利用していたBホテルの室内で覚醒剤を使用した罪等で受刑中の者であることが認められるところ、被告人は、本件公訴事実記載の期間内に、自ら覚醒剤を使用したことはないが、思い当たることとして、被告人が気が付かないうちにAが被告人に覚醒剤を摂取させた可能性があると主張する。 - 2 - 2 Aの供述について⑴ 供述内容ア Aと被告人は、1月頃にはAの当時の社宅で一緒に住むよう 人が気が付かないうちにAが被告人に覚醒剤を摂取させた可能性があると主張する。 - 2 - 2 Aの供述について⑴ 供述内容ア Aと被告人は、1月頃にはAの当時の社宅で一緒に住むようになり、2月中旬ないし同月末以降は、ホテルやネットカフェを一緒に転々としていた。 Aは覚醒剤の常用者で、金銭管理をしていた被告人から金を貰って覚醒剤を購入し、1日1回の頻度で注射器を使って覚醒剤を使用していた。その際は、必ず、覚醒剤入りの注射器をもう1本作って被告人にも渡していた。被告人に覚醒剤入りの注射器を渡すときは、断られることもあるし、受け取って、そのまま被告人がトイレに入り、長時間いることもあったので、被告人も覚醒剤を使っていると思っていた。ただ、被告人が実際に使っているところを見たことは一度もない。 イ 3月15日も、Bホテルの部屋で覚醒剤入りの注射器を2本作り、被告人に渡すと、被告人は、それを持ってトイレに入り、10分から30分くらい出てこなかった。覚醒剤を使っていると思っていたが、その様子を直接見てはいない。その日は用事があったので、急いで外出の準備をした。注射器を片付けたり、持ち運び用の覚醒剤入り注射器を茶色いヴィトンのポーチに入れ、それを自分よりは職務質問を受けにくい被告人が使っているリュックサックに内緒で入れたり、眼鏡ケースに入れて、白色キャリーケースに入れたりした。 これまで自分や被告人が覚醒剤を使い終わった後の注射器は、自分が回収して、いずれ捨てるつもりでため込んでおり、社宅にいた頃、被告人に渡した注射器が、空になっているのを回収したことがあるが、前記ポーチの中から発見された被告人の血液の入った覚醒剤入りの注射器については、しまったのは自分であることは間違いないが、ホテル生活が多かったので、いつどこでしまったかはよく を回収したことがあるが、前記ポーチの中から発見された被告人の血液の入った覚醒剤入りの注射器については、しまったのは自分であることは間違いないが、ホテル生活が多かったので、いつどこでしまったかはよく覚えていない。 - 3 -ウ一方で、被告人からは、二人で沖縄ダルクに行こうと言われていた。 また、覚醒剤を止めてほしいと言われたことがあったが、それは断った。しかし、子作りを検討している際に、被告人から、せめて性交をするときだけは覚醒剤を使わないでほしいという話をされ、断るわけにはいかないので、わかったと嘘をついた。実際には、被告人と性交をする際には必ず覚醒剤を使用しており、性交の途中でトイレに行き、陰茎に覚醒剤の水溶液を塗ってから、性器への挿入に及ぶという方法をとっていた。被告人は、覚醒剤を塗っていることに気が付いていなかったと思う。 3月14日の夜もBホテルの前に泊まっていたホテルでこのようにして被告人と性交をした。翌15日朝も性行為があり、Bホテルに移った後、外出前、覚醒剤を注射して使用する前に性交したかもしれない。 エまた、被告人は、Aが覚醒剤を持ち歩くことを嫌がっていたが、Aは、外出時も覚醒剤を使えるように、被告人に気付かれないよう、覚醒剤水溶液を染み込ませた煙草を作り持ち歩いており、3月15日も、Bホテルを出た後、公園でその煙草を吸った。被告人に自分が吸っていた煙草を渡したかははっきり記憶に残っていないが、被告人に覚醒剤入りの煙草を渡すと、味等でばれてしまうので、渡したとすれば、覚醒剤入りの煙草ではない。 オ性交時の覚醒剤使用については、被告人に知られると離婚されると思って言えなかった。被告人が覚醒剤を使っているかどうかは正直気にしたことはない。もし使っているのであれば、潔く認めて刑務所に行ってほしいが、無罪を主張 用については、被告人に知られると離婚されると思って言えなかった。被告人が覚醒剤を使っているかどうかは正直気にしたことはない。もし使っているのであれば、潔く認めて刑務所に行ってほしいが、無罪を主張しているということを知り、もし自分のせいで覚醒剤成分が出た可能性があるのであれば、黙っていられないと思い証言した。捜査段階では、自分のBホテルでの注射器での覚醒剤使用を前提に手続が進んでいたし、自分の弁護人に伝え- 4 -ると、今は自分の裁判に集中して、もし被告人が無罪を主張するなら証人で呼ばれるので、そのときに証言するように言われたため、性交時の覚醒剤使用や煙草の話はしなかった。 ⑵ 信用性本件では、Aの証言の信用性には特段争いはないものの、性交時の覚醒剤使用や煙草の話は、本件の公判において初めて述べられたと認められ、Aは被告人の夫であり、被告人との関係性が悪かったともうかがわれないことからすると、被告人をかばって虚偽の供述をする動機があることは否定できないため、以下検討するが、Aは自身も覚醒剤使用等の嫌疑で捜査されていたものである以上、捜査段階の供述が自身の犯罪に関することを中心としてなされ、被告人の覚醒剤使用について詳細な供述がなされなかったとしても不自然ではない。前記ポーチからは覚醒剤と被告人の血液が混在する注射器が発見されているなど(甲8ないし甲16)、被告人とAが行動を共にするようになってから被告人が覚醒剤を使ったこと自体はあると認められるところ、Aも、直接見ていないが3月15日を含め被告人が覚醒剤を使っていると思っていた旨や、もし被告人が自分で使ったなら事実を認めるべきだと思う旨述べており、被告人の覚醒剤使用に関して、必要以上に被告人をかばう様子があるとはいえない。 そして、性交時の覚醒剤使用に関する被告人とのや や、もし被告人が自分で使ったなら事実を認めるべきだと思う旨述べており、被告人の覚醒剤使用に関して、必要以上に被告人をかばう様子があるとはいえない。 そして、性交時の覚醒剤使用に関する被告人とのやりとりや、実際の使用状況等は、被告人とAの関係性等に照らして、実際にあったとしても不自然ではない内容といえる。 以上によれば、少なくとも、自身の覚醒剤使用に伴い被告人がそれと知らずに覚醒剤を摂取する可能性があったとするAの証言内容の信用性を否定するような事情は認められない。 - 5 - 3 被告人供述について⑴ 被告人は、2月上旬頃まではAに注射してもらう形や炙りで覚醒剤を使用していたこと、結婚を機に覚醒剤を止めようと考え、Aにも、覚醒剤を使っていると子供ができづらいことなどを伝えて止めるように言い、以後、自分は覚醒剤を止め、Aも使っているとは思っていなかったこと、3月15日の午前2時ないし3時頃から、Aと性交をしたが、その日を含めAとの性交時に、性交による快感は感じていたが覚醒剤の効果と思うような体調の変化を感じたことはなかったこと、同日の外出時に、Aが吸っていた煙草を吸ったことがあること、その際、特に変だとは思わなかったこと、覚醒剤を長く使用していたことや当時服用していた薬の影響あるいは薬の効果が切れていて体調が悪かったことで、覚醒剤の効果を感じないということも考えられることなどを述べている。 ⑵ 被告人の供述は、Aが覚醒剤を使用する際には被告人にも注射器が渡されていたという点や、従前の被告人自身の覚醒剤使用方法、Aの覚醒剤使用に関する被告人の認識等について、Aの証言と食い違いが認められるものの、性交時の覚醒剤使用をよく思っていなかった点など、Aが被告人との性交時に内緒で覚醒剤を使用していた可能性に関しては、Aの証言内容と整合 る被告人の認識等について、Aの証言と食い違いが認められるものの、性交時の覚醒剤使用をよく思っていなかった点など、Aが被告人との性交時に内緒で覚醒剤を使用していた可能性に関しては、Aの証言内容と整合しており、この点において、被告人の供述に不自然な点は認められない。 4 検察官は、被告人に内緒で性交時に覚醒剤を使用したというAの供述の信用性を争わない上で、Aが被告人との性交時に覚醒剤を使用したことにより、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された可能性について、被告人がAとの性交時に覚醒剤の効果を感じなかった旨述べていることから、同覚醒剤成分の濃度や、覚醒剤を含む規制薬物等の乱用が身体に及ぼす影響等に関する研究を専門分野とするC大学医学部特任准教授Dの意見(甲53、甲54)に照らして考え難いとして、上記可能- 6 -性を否定する。 確かに、被告人の尿から検出された覚醒剤成分の濃度は、埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所において「濃い」と判定される濃度の6倍であることから、覚醒剤を染み込ませた煙草を吸う以外の方法(例として注射での使用)で摂取したと考えるのが整合的であり、また、一般的には、覚醒剤の作用を感じないとは考えられないとの上記専門家の意見は合理的で信用できるものといえる。 しかしながら、同時に、同専門家は、覚醒剤常用者の場合、効果を感じにくくなることがあること、被告人の特性を踏まえた意見ではないことも述べており(弁1)、覚醒剤を長期(被告人の供述によれば13歳頃からという。)にわたり使用してきた被告人に、本件で尿から検出された濃度の覚醒剤がどの程度の効果を及ぼすのか、そして、それがとりわけ性交による性的興奮と相俟った場合に、被告人にどのように体感されるのかは明らかではなく、被告人がAとの性交時に覚醒剤の効果と思われるような体調の変化 の程度の効果を及ぼすのか、そして、それがとりわけ性交による性的興奮と相俟った場合に、被告人にどのように体感されるのかは明らかではなく、被告人がAとの性交時に覚醒剤の効果と思われるような体調の変化を感じなかったり、性的興奮は得ていたがそれが覚醒剤の効果であるとは思わなかったということがあり得ないと断じることはできない。 そうすると、被告人の尿から検出された覚醒剤成分の濃度や上記専門家の意見を踏まえても、Aとの性交時の体感に関する被告人の供述をもって、被告人の尿から検出された覚醒剤成分が、Aとの性交時に摂取されたものではないということはできない。 5 以上によれば、Aとの性交により、被告人が気が付かないうちに覚醒剤が被告人の体内に摂取された具体的な可能性が否定できない本件においては、被告人が自らの意思で覚醒剤を使用したとの推認を妨げる特段の事情がないとはいえず、被告人の尿から覚醒剤成分が検出された事実のみから、被告人が覚醒剤をそれと- 7 -認識して使用したと推認することはできない。 第4 その他の間接事実の検討 1 本件においては、前記のとおりAから差し押さえたバッグ(Aによれば被告人が使っていたリュックサックであるという。)内のポーチから覚醒剤と被告人の血液が混在する注射器1本が発見されているほか(甲8ないし甲16)、Bホテル室内の机上から、覚醒剤入りのパケや注射器等が入った封筒が発見されていること(甲31ないし甲36)、同室内にあった白色キャリーケースから、被告人の血液が付着した注射器1本や覚醒剤粉末入りの注射器ほか大量の注射器等覚醒剤使用に関連する物が発見されていること(甲20ないし甲30)、被告人の所持品から封筒に入った注射器等が発見されていることが認められる(甲44ないし甲47)。 この点、まず、被 大量の注射器等覚醒剤使用に関連する物が発見されていること(甲20ないし甲30)、被告人の所持品から封筒に入った注射器等が発見されていることが認められる(甲44ないし甲47)。 この点、まず、被告人自身、2月上旬頃まで覚醒剤を注射で使用していたことは認めているのであって、覚醒剤と被告人の血液が混在する注射器や被告人の血液が付着した注射器の存在自体から、本件公訴事実期間内の覚醒剤使用の事実を推認することはできない。 その上で、検察官は、上記覚醒剤使用に関連する物の発見状況、とりわけ覚醒剤と被告人の血液が混在する注射器は、液体が入った状態で長らく保存しておくとは考え難いことや、覚醒剤粉末入りの注射器、すなわちこれから使用されるであろう注射器と同じポーチ内から発見されていることから、発見から近い時期に被告人が覚醒剤を使用していたことをうかがわせると主張する。 しかしながら、Aは、3月15日の外出前は、用事に遅れそうなので、急いで覚醒剤等を片付けたと述べているほか、覚醒剤の管理は自身がしていたと述べており、覚醒剤と被告人の血液が混在する注射器をポーチにしまった時期も明確で- 8 -はなく、従前使用していた注射器も、いずれ捨てようと思ってため込んでいた旨述べているのであって、必ずしも、使用の順序等に従って整理して保管されていたとは限らない。また、Aが覚醒剤常用者であり、Aは、前記のとおり覚醒剤の管理は自身がしていた旨や被告人に内緒で被告人のリュックサック内に覚醒剤を入れた旨述べていること、封筒に入った注射器等(甲44ないし甲47)の所持状況については明らかではないことなどに照らせば、Aが覚醒剤やこれを使用するための道具等を被告人に内緒で被告人の所持品に忍ばせた可能性は否定できないし、上記の被告人やAの所持品から覚醒剤使用に関連する物が大 いては明らかではないことなどに照らせば、Aが覚醒剤やこれを使用するための道具等を被告人に内緒で被告人の所持品に忍ばせた可能性は否定できないし、上記の被告人やAの所持品から覚醒剤使用に関連する物が大量に発見されている事実からは、被告人が、Aの覚醒剤使用に気付きながらこれを容認していた可能性はうかがえても、被告人が本件公訴事実記載の期間内に覚醒剤を自己の意思で使用したことまで推認することはできない。 なお、逮捕後に撮影された被告人の腕や手の状況の写真(甲7)について、一部、注射痕のようにもみえる痕が認められるが、仮に注射痕であったとしても、前記のとおり、被告人は2月上旬頃までは覚醒剤を使用していたというのであるから、その際の痕として不自然といえるのかも判然とせず、この点も、本件公訴事実記載の期間内の覚醒剤使用を推認させるものではない。 2 Aの証言によれば、被告人は3月15日に、Aから渡された覚醒剤入りの注射器を持ってトイレに入っていることになるが、Aは、被告人が覚醒剤を使用する場面を直接見ているわけではなく、また、その後、被告人に渡した覚醒剤入りの注射器がどうなったかについては不明瞭であって、Aの供述によっても、被告人が、Aをダルクに誘ったり覚醒剤を止めてほしいと言っていたなどという覚醒剤使用に対する被告人の態度や、それを受けても、Aが、性交時を除き被告人の前で覚醒剤を使うことを止めなかったことなども併せ考えれば、被告人が覚醒剤- 9 -入りの注射器を受け取ったとしても、その後、Aには言わずに、覚醒剤を使用せずにいた可能性も合理的に考えられるのであって、仮に、被告人がAから渡された覚醒剤入りの注射器を持ってトイレに入ったという事実があったとしても、その際に被告人が覚醒剤を使用したとまで推認することはできない。 3 その他、被告 られるのであって、仮に、被告人がAから渡された覚醒剤入りの注射器を持ってトイレに入ったという事実があったとしても、その際に被告人が覚醒剤を使用したとまで推認することはできない。 3 その他、被告人は、Aとともに3月15日に職務質問を受けた際、任意同行に応じなかったことや、覚醒剤や注射器が入った白色キャリーケースの鍵の所在を明らかにしなかった事実が認められるが(甲20)、ホテルに薬を置いてきていたので取りに行きたいと言ったことや(被告人はそのように供述しており、証拠(甲20)に照らしてもそのような経緯が認められる。)、上記キャリーケースがAの物であり鍵の所在がわからないと言ったことをもって、殊更不審な態度が認められるということはできないし、被告人は、Aはもう覚醒剤を使っていないと思っていたとは述べるものの、Aが覚醒剤常用者であり、被告人自身も2月上旬頃までは覚醒剤を使用していたことなどから、覚醒剤に関する嫌疑をかけられることを恐れてそのような態度に出たとしても不自然ではなく、上記被告人の態度から、直ちに本件公訴事実記載の期間内の覚醒剤使用を推認することはできない。 第5 以上のとおり、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑懲役4年)令和7年2月17日さいたま地方裁判所第5刑事部裁判官小林麻子
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