- 1 - 主文 1 被告は,原告A及び同Bに対し,それぞれ856万3920円及びこれに対する平成27年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告らに対し,それぞれ110万円及びこれに対する平成26年8 月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余は原告A及び同Bの連帯負担とする。 5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求(主位的請求) 1 被告は,原告A及び同Bに対し,それぞれ1609万9906円及びこれに対する平成27年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支 払え。 2 被告は,原告らに対し,それぞれ330万円及びこれに対する平成26年8月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (予備的請求)被告は,原告A及び同Bに対し,それぞれ1435万2170円及びこれに 対する平成28年8月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の要旨 1 事案の概要本件は,被告が開設・運営する「せいしん幼児園」(以下「本件保育園」とい う。)において,C(以下「C」という。)を含む園児らのプール活動中にCが- 2 - 呼吸停止状態となり,低酸素脳症で死亡した事故(以下「本件事故」という。)について,Cの両親及び姉である原告らが,被告に対し,①主位的に,本件保育園の保育士らが適切な監視を行わなかった注意義務違反によりCが溺水して死亡した旨主張して,使用者責任(民法715条)に基づき,㋐Cを相続した原告A及 である原告らが,被告に対し,①主位的に,本件保育園の保育士らが適切な監視を行わなかった注意義務違反によりCが溺水して死亡した旨主張して,使用者責任(民法715条)に基づき,㋐Cを相続した原告A及び同Bに対し,それぞれ損害賠償金1609万9906円及びこれに 対する平成27年10月10日(損益相殺対象の金員受領日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,及び㋑原告ら固有の慰謝料等としてそれぞれ330万円及びこれに対する平成26年8月6日(C死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,②予備的に,被告が園児らのプール活動に当たって適切な監視体制を 整備しなかったためにCが溺水して死亡した旨主張して,不法行為(民法709条)又は安全配慮義務違反の債務不履行(民法415条)に基づき,Cを相続した原告A及び同Bに対し,それぞれ損害賠償金1435万2170円及びこれに対する平成28年8月10日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商法法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。 2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)⑴ 当事者等ア Cは,平成22年2月15日生まれの男児であり,平成26年7月当時,本件保育園の4歳児クラスのひまわり組に所属していた。Cは,同月30 日に行われたプール活動中に呼吸停止状態となり,平成26年8月6日に死亡した。(以下,年月日については,特に断りのない限り平成26年を指す。)イ原告A及び同Bは,Cの父母であり,原告Dは,Cの姉である。Cの相続人は,原告A及び同Bのみであり,その法定相続分は,それぞれ2分の は,特に断りのない限り平成26年を指す。)イ原告A及び同Bは,Cの父母であり,原告Dは,Cの姉である。Cの相続人は,原告A及び同Bのみであり,その法定相続分は,それぞれ2分の 1である。 - 3 - ウ被告は,京都市認可保育所である「せいしん幼児園」(本件保育園)を開設・運営する社会福祉法人である。 エ原告Aは,被告との間で,平成25年4月頃,Cに関する保育を委託する旨の保育委託契約を締結した。 ⑵ 本件保育園について ア本件保育園には,本件事故当時,0歳児から5歳児までの合計11クラスがあり,4歳児のクラスは,ゆり組(園児20名,担任はE(以下「E」という。)),たんぽぽ組(園児19名,担任はF(以下「F」という。))及びひまわり組(園児19名,担任はG(以下「G」という。))の3クラスから構成されていた(甲1)。 イ本件保育園には3階建ての園舎が東西に1棟ずつ存在し,それぞれの2階,3階及び屋上階が渡り廊下(2階及び3階は2か所,屋上階は1か所)でつながっている。4歳児クラスの各保育室は西園舎の2階にあり(乙21),東園舎の屋上には4,5歳児用のプールとして,長辺側内寸法5.8m,短辺側最小内寸法2.54m,最大水深61.6cm,設計水深55 cmの組立式プール(以下「本件プール」という。甲1,乙1)が設置されていた。 本件プールの階段は,その南側に1か所あり,本件プールの適応人数は18名であった(乙20,23)。また,本件事故当時の本件プールの水深は23~25cmであった(甲1)。 ⑶ 本件事故の発生等(甲1)ア 7月30日,4歳児のクラスは午後からプール活動を開始し,Cを含むひまわり組の園児17名(うち1名は見学者)は,午後1時45分頃,本件プールの 1)。 ⑶ 本件事故の発生等(甲1)ア 7月30日,4歳児のクラスは午後からプール活動を開始し,Cを含むひまわり組の園児17名(うち1名は見学者)は,午後1時45分頃,本件プールのある東園舎屋上階に上がり,プール活動を開始した。その際,既にたんぽぽ組の園児14名が本件プールでプール活動中であった。 同日午後2時頃,Fは,本件プール内に仰向けになっているCに気づき,- 4 - 本件プールから直ちに引き上げた。その際,Cは呼吸停止状態であった。 イ同日午後2時21分頃,Cは,救急車で京都第二赤十字病院へ搬送され(甲4),同病院救命救急センターのH医師(以下「H医師」という。)を主治医として治療を受けたが,8月6日午後6時5分,低酸素脳症により死亡した(甲2,5の1)。 ⑷ 本件事故に伴う給付原告A及び同Bは,平成27年10月9日,独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「スポーツ振興センター」という。)から,災害給付金(以下「本件給付金」という。)2800万円を受領した。 ⑸ 示談 本件事故当時の被告理事兼本件保育園園長であったI(以下「I」という。)と原告A及び同Bは,平成28年7月11日,Iが原告A及び同Bに対し,本件事故に関する見舞金として730万円を支払う旨の合意をし(以下「本件示談」という。甲9),Iは,同月末日までに同金員を支払った。 3 争点及びこれに関する当事者の主張 ⑴ Cの死因について(原告らの主張)Cは,本件プール内での溺水により急性呼吸促迫(窮迫)症候群(以下「ARDS」という。)に陥り,一度も意識を取り戻すことなく低酸素脳症によって死亡した。 Cが溺水によって死亡したことは,本件プールから引き揚 により急性呼吸促迫(窮迫)症候群(以下「ARDS」という。)に陥り,一度も意識を取り戻すことなく低酸素脳症によって死亡した。 Cが溺水によって死亡したことは,本件プールから引き揚げられた時点でCが呼吸停止状態になっていたこと,救急搬送時に胸部聴診によって両肺野に湿性ラ音が認められたこと,主治医が入院の契機となった病名として溺水と記載していること等からも裏付けられる。 また,J医師は,医学的知見に照らし,溺水によるARDSが低酸素脳症 を生じさせたといえる旨の意見を述べている。 - 5 - したがって,Cの死因は,溺水による低酸素脳症である。 (被告の主張)ア Cが本件プール内で発見された際,仰臥浮遊した状態であったこと,Cの体内に水が入っていなかったこと,鑑定書等の判断からすると,Cは,溺水により呼吸停止状態になったのではなく,水の中で倒れ込んだ時点に おいて,相当な時間吐しゃ物誤嚥によって窒息に陥っていた可能性が高い。 イまた,Cには,8月3日午前9時21分に顕著な脳浮腫が認められたが,入院中のCの状態の経過からすると,この脳浮腫は,本件事故の窒息状態を契機とする脳損傷の経過の延長ではなく,新たに発症した血栓症又は塞栓症によるものと考えられる。さらに,Cが救急搬送時高体温の状態にあ ったこと,低体温療法中の体温コントロールが困難であったこと等の事情を考慮すると,本件事故によって窒息状態に陥った時点で既にウイルス性脳炎等の内因性疾患にり患しており,その疾患によって,容体が急変して死亡に至った可能性もある。 ウしたがって,Cが低酸素脳症により死亡した原因は溺水ではなく,本件 プールで窒息したことと死亡との間にも相当因果関係は認められない。 て,容体が急変して死亡に至った可能性もある。 ウしたがって,Cが低酸素脳症により死亡した原因は溺水ではなく,本件 プールで窒息したことと死亡との間にも相当因果関係は認められない。 ⑵ F及びGの監視義務違反について(原告らの主張)本件保育園の保育士であり,Cの担任らであるF及びGは,Cを含む園児らがプール活動をしている際,監視時間や監視範囲に空白が生じないよう適 切な監視をすべき義務を負っていた。また,監視者は,本件プールの周りを順次移動しながら死角がないよう慎重に監視する体制で臨むべき義務を負っていた。 特に,Fは,監視者として一人になる時間があり,一人の間は慎重に監視をすべき義務,すなわち,監視に専念し,規則的に目線を動かしながら,監 視エリア全域をくまなく監視し,動かない者や不自然な動きをしている者を- 6 - 見つけるべき注意義務を負っていた。また,Gは,本件プールに30名の園児が一斉に入っており,FとG以外に監視をできる者はいなかったのであるから,その場を離れることなく,本件プール内で溺れている園児がいないか慎重に監視すべき注意義務を負っていた。 それにもかかわらず,Gは,本件事故当日の午後1時56分頃に本件プー ルのある屋上から2階保育室に移動するなどして,数分間,本件プールを離れており,前記注意義務に違反した。また,Fは,G不在の間,本件プール近くにいる唯一の保育士であったのであるから,本件プール内で活動中の30名の園児を慎重に監視すべき義務があったにもかかわらず,十分な監視を行わず,午後2時頃にCが本件プール内で浮いているのに他の園児が気付く まで,Cが溺水しているのに気付かなかったものであり,前記注意義務に違反した。 (被告の主張)Cの死因は吐しゃ 視を行わず,午後2時頃にCが本件プール内で浮いているのに他の園児が気付く まで,Cが溺水しているのに気付かなかったものであり,前記注意義務に違反した。 (被告の主張)Cの死因は吐しゃ物誤嚥であるところ,吐しゃ物誤嚥を回避することは,嘔吐の兆候が外部から認識可能であったといえる特段の事情がない限り困難 であり,吐しゃ物誤嚥に対する措置については,合理的な期間に発見し,保育士が必要かつ相当な応急措置をとったといえる場合には,注意義務違反はないというべきである。 本件において,F及びGは,本件プール内の園児らの様子に注意を向けており,両名ともが本件プールの監視を行っていなかった時間はなかった。ま た,呼吸停止に陥っていたCを発見し次第,速やかに吐しゃ物を取り除き,119番通報,AED及び人工呼吸器ユニットの取付けなど,最善の救命措置を行ったのであるから,F及びGに監視義務違反や救命措置義務違反等の注意義務違反はない。 ⑶ 被告の安全配慮義務違反(予備的主張)について (原告らの主張)- 7 - 被告は,保育委託契約に基づき,本件保育園の管理者として,保育に当たっての人的・物的な安全体制確立義務と,その履行補助者たる保育士が園児の発達段階に応じて保育指導を行うことで安全を確保する義務を負っていた。 前者の具体的内容として,プール指導を実施するに当たり,これを実施している時間において,園児に対する監視の時間や範囲での空白が生じないよう にするために,指導を行う者とは別に監視に専念する者を配置し,かつ,プール指導に当たる保育士らの役割分担を明確に定めておく義務があった。それにもかかわらず,被告は,少なくとも本件事故当日,プール指導の実施に当たり,プール監視に専念する担当者を置かず 配置し,かつ,プール指導に当たる保育士らの役割分担を明確に定めておく義務があった。それにもかかわらず,被告は,少なくとも本件事故当日,プール指導の実施に当たり,プール監視に専念する担当者を置かず,前記役割分担を定めることも行わなかった。また,後者については,前記のとおりF及びGの注意義務 違反が存在する。 (被告の主張)本件事故の時点で,指導を行う者とは別に監視に専念する者を配置し,かつ,プール指導に当たる保育士らの役割分担を明確に定めることが保育現場におけるプールの監視方法の一般基準として確立されていたとはいえない。 また,本件プールは通常の大人であれば全体を見渡すことが可能なものであったのであるから,被告に役割分担を明確に定めておく必要性はなく,そのような注意義務はない。 ⑷ 注意義務違反とCの死亡との相当因果関係について(原告らの主張) F及びGの注意義務違反又は被告の安全配慮義務違反により,Cは溺水し,低酸素脳症となって死亡したものである。 (被告の主張)Cの死因は溺水ではなく,吐しゃ物誤嚥かウイルス性脳炎等の内因性疾患にり患したことによるものであり,仮に,F及びGの注意義務違反又は被告 の安全配慮義務違反が認められるとしても,各義務違反とCの死亡との間に- 8 - 相当因果関係はない。 ⑸ 損害額等について(原告らの主張)ア主位的請求 逸失利益 2459万4855円 (計算式)536万0400円(平成26年の賃金センサス・学歴計男子)×9. 1765(就労可能年数49年のライプニッツ係数〔19.0751-9.8986〕)×(1-0.5)(生活費控除) 死亡慰謝料 2800万 円(平成26年の賃金センサス・学歴計男子)×9. 1765(就労可能年数49年のライプニッツ係数〔19.0751-9.8986〕)×(1-0.5)(生活費控除) 死亡慰謝料 2800万円 葬儀費用 150万円 災害給付金 ▲2800万円平成27年10月9日,スポーツ振興センターから,原告A及び同Bに対し,本件事故に関する災害給付金2800万円が支払われた。同金員は,Cの損害金元本に対する同日までの遅延損害金317万7703 円に法定充当され,残額は損益相殺の対象となる。 原告ら固有の慰謝料各300万円本件事故で4歳の長男の命を奪われた原告A及び同Bの悲しみや,弟の命を奪われた原告Dの悲哀は筆舌に尽くし難く,原告ら固有の慰謝料はそれぞれ300万円を下らない。 損害額合計 弁護士費用 292万7255円 各30万円 総額原告A及び同BのC相続分 護士費用292万7255円の合計額の各2分の1)- 9 - 原告ら固有の慰謝料分各330万円イ予備的請求 逸失利益 2459万4855円(計算式)536万0400円(平成26年の賃金センサス・学歴計男子)×9. 1765(就労可能年数49年のライプニッツ係数)×(1-0.5)(生活費控除) 死亡慰謝料 2800万円葬儀費用 150万円 災害給付金 ▲2800万円 損害額合計 弁護士費用 260万9485円総額原告A及び同BのC相続分の合計額の各2分の1) ウ本件示談に基づき,Iから原告A及び同Bに対して見舞金73 損害額合計 弁護士費用 260万9485円総額原告A及び同BのC相続分の合計額の各2分の1) ウ本件示談に基づき,Iから原告A及び同Bに対して見舞金730万円が支払われたことは認めるが,これが本件事故により生じた損害賠償請求権に対する弁済としてされたことについては争う。 エ素因減額についても争う。 (被告の主張) ア各損害項目について 逸失利益不知。 死亡慰謝料否認する。原告らの主張は高額にすぎる。 葬儀費用- 10 - 不知。 原告ら固有の慰謝料不知。原告DはCの相続人ではないから慎重に判断すべきである。 弁護士費用不知。 イ弁済本件示談は,本件事故に関して当時の被告理事兼本件保育園園長であるIが原告A及び同Bに対して730万円を支払ったものであるから,本件事故に起因する損害賠償請求権に対する弁済というべきである。 ウ素因減額 仮に,吐しゃ物誤嚥による窒息状態とCの死亡との間に相当因果関係が認められ,かつ,被告保育士ら又は被告に何らかの注意義務違反が認められるとしても,Cがおう吐したことは疾患又は体調不良という内的要因によるものであり,それがCの死亡に大きく寄与したといえるから,相当な素因減額がされるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 前記前提となる事実,証拠(甲1,4,5の1,2,乙6,7,37~39のほか後掲各証拠,証人G,同F及び同E)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。 ⑴ 医学用語 ア低酸素脳症低酸素脳症とは,循環不全又は呼吸不全等により,十分な酸素供給ができ ,証人G,同F及び同E)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。 ⑴ 医学用語 ア低酸素脳症低酸素脳症とは,循環不全又は呼吸不全等により,十分な酸素供給ができなくなり脳に障害をきたした病態をいう。低酸素脳症の原因としては,心筋梗塞,心停止,各種ショック,窒息等が挙げられ,心停止により脳への酸素供給が途絶えると,意識は数秒以内に消失し,3~5分以上の心停 止では,仮に自己心拍が再開しても脳障害(蘇生後脳症)が生じる。心停- 11 - 止蘇生後脳症患者では,侵襲性高血糖や代謝亢進に基づく高体温が発生することが多い。 (以上につき甲18,19)イ ARDS(急性呼吸促迫(窮迫)症候群)ARDSとは,何らかの先行する疾患により肺での炎症が生じ,急速に 呼吸状態が悪くなって低酸素状態に陥る疾患のことをいう。肺を損傷するあらゆる病気や状態がARDSの原因となり得るものであり,具体的には,食物の肺への誤嚥(吸引),肺炎,溺水等が挙げられる。 (以上につき甲13,乙33)ウ溺水 気道を含む身体全体が水又は液体に沈んでいることを浸漬といい,生死にかかわらず浸漬により窒息した状態を溺水という。淡水における溺水のうち,肺内へ22mℓ/㎏以上の海水又は11mℓ/㎏以上の淡水が注入したものを湿性溺水,それ未満のものを乾性溺水ということもあり,実際の溺水患者の気道には少量の水しか流入し得ないことから,溺水のほとんどは 乾性溺水である。溺水患者の3分の1から2分の1は事故から48時間以内に発熱する。溺水においては,水中に沈んで水を飲みこんでおう吐し,一部を誤嚥することがある。少量の水であっても誤嚥した場合,迷走神経反射が亢進して2,3分以内に喉頭けいれんを生 事故から48時間以内に発熱する。溺水においては,水中に沈んで水を飲みこんでおう吐し,一部を誤嚥することがある。少量の水であっても誤嚥した場合,迷走神経反射が亢進して2,3分以内に喉頭けいれんを生じ,窒息状態となって意識が消失する。低酸素状態が続くと,代謝性アシドーシスや脳浮腫をきた し,さらには肺水腫を生じ,重症例では急性肺損傷やARDSに進行する。 泳げない小児は,成人より急速に,1分未満で水中に沈む可能性がある。 (以上につき甲6,8,乙12)エ低体温療法低体温療法とは,主に脳の代謝を抑えて酸素需要を減らすことで,脳を 保護するために施される治療法をいう(甲20)。心停止に陥ると,脳血流- 12 - が停止して十分な酸素供給ができなくなり,3~5分以上の心停止があれば脳の血流が途絶え障害を生じ(一次的脳損傷),心拍再開後には,脳血流の再潅流と脳細胞の障害によって脳浮腫が憎悪し,これにより低酸素脳症が更に進行することになる。また,けいれん発作や代謝異常等によっても悪化が助長される(二次的脳損傷)。低体温療法は,このような低酸素脳症 に伴う脳浮腫対策として適用されるものである(証人H医師の回答書)。 ⑵ プール事故防止のための措置等ア厚生労働省による保育所等におけるプール事故防止についての事務連絡等平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生したプール事故(甲 11参照)に関して,消費者安全調査委員会委員長から厚生労働大臣に対して提出された意見を受け,厚生労働省は,平成26年6月20日付けで,各都道府県・指定都市・中核市の保育所及び認可外保育施設指導担当者に対し,「保育所及び認可外保育施設においてプール活動・水遊びを行う場合の事故の防止について」と題する事 平成26年6月20日付けで,各都道府県・指定都市・中核市の保育所及び認可外保育施設指導担当者に対し,「保育所及び認可外保育施設においてプール活動・水遊びを行う場合の事故の防止について」と題する事務連絡を発出し,保育所及び認可外保 育施設においても,前記事故の調査報告書を参考にするとともに,①プール活動・水遊びを行う場合は,監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者と,プール指導等を行う者を分けて配置し,その役割分担を明確にすること,②事故を未然に防止するため,プール活動に関わる保育士等に対して,児童のプール活動・水遊びの監視を行う際に見落としがちなリ スクや注意すべきポイントについて事前教育を十分に行うこと,③保育士等に対して,心肺蘇生を始めとした応急手当等について教育の場を設ける,また,一刻を争う状況にも対処できるように119番通報を含め緊急事態への対応を整理し共有しておくとともに,緊急時にそれらの知識や技術を実践することができるように日常において訓練を行うことなどに留意の 上,管内の保育所及び認可外保育施設並びに市町村に対する安全管理の強- 13 - 化の指導を依頼した。 前記事故の調査報告書(甲11)によると,プールにおける幼児の特性とリスクとして,幼児は,大人よりも転倒しやすく,転倒してしまうと起き上がるのが困難である,面積の小さいプールで幼児が密集した状態で行われることが多い幼稚園等のプール活動等においては,他の幼児との接触 による転倒のリスクがあり,水中で異常が発生しても発見しにくい,うつぶせに横たわった状態では,ごくわずかな水深であっても,鼻と口が水没して溺れる,幼児が何らかの原因によりプールで鼻と口まで水没した場合,姿勢によっては瞬間的に反射が働かない又は反射が間に合わず,気管内に に横たわった状態では,ごくわずかな水深であっても,鼻と口が水没して溺れる,幼児が何らかの原因によりプールで鼻と口まで水没した場合,姿勢によっては瞬間的に反射が働かない又は反射が間に合わず,気管内に水を吸引してしまう,幼児は,対処能力が未発達のため,気管に水が入っ たときに体が動かない状態になってしまうことがあり,立ち上がるなど自力での対処は困難な可能性が考えられる,人の溺水は極めて短時間で事態が進行してしまう,溺れてももがくことをせず,動かず静かに溺れていることが多いことなどが指摘されている。 イ本件保育園におけるプール活動に対する対策 本件事故当時,本件保育園では,プールにおける幼児のリスクについて保育士に対して周知するなどの措置を取っておらず,また,プール活動中の監視等に関し,保育士同士の役割分担の取り決めもなかった(甲1)。また,前記調査報告書等の資料は,本件保育園に来ていたものの,保育士や職員には開示されていなかった。 (以上につき,証人Gの調書36頁,同Fの調書37頁)。 ⑶ 本件事故の経緯ア本件事故に至るまでの状況等本件事故当日である7月30日,本件保育園の4歳児クラスの園児らは,当初午前中にプール活動を実施する予定であったが,予定を変更し,午前 中にリズム活動を行い,午後からプール活動を実施することとなった。な- 14 - お,本件プールにおけるプール活動は,泳ぐことを目的とするものではなく,水慣れをした後,空の容器等を用いて水遊びをすることが主な内容であり,通常,4歳児クラスの園児らは,3クラス同時にプール活動を実施していた。 午前中のリズム活動の後,同日午後零時15分頃,Cを含むひまわり組 の園児らは,昼食(当日の給食メニューは,スパゲ あり,通常,4歳児クラスの園児らは,3クラス同時にプール活動を実施していた。 午前中のリズム活動の後,同日午後零時15分頃,Cを含むひまわり組 の園児らは,昼食(当日の給食メニューは,スパゲッティ,コーンスープ,大根サラダ,食パン,牛乳であった。)を開始し,Cは,同日午後1時10分頃に昼食を食べ終えた。なお,Cは,7月中旬頃,昼食後の昼寝から起きて服を着替えようとした際,おう吐したことがあり,そのときは,床に直径50㎝ほどの円に広がるほどの量の吐しゃ物をおう吐した。 午後1時30分頃,たんぽぽ組の園児14名は,本件プールにおいて,プール活動を開始し,これに遅れて,午後1時45分頃,Cを含むひまわり組16名の園児もプール活動を開始した。本件事故当時,本件プール内でプール活動を行う園児の人数は合計30人,屋上での見学者(園児)は合計3人であった。午後1時頃から午後2時頃の気象状況は,晴れ,気温 約33度,湿度約52%であり,本件プールの水温は約34度であった(乙4,22)。 ひまわり組の園児らが本件プール内に入る際,Gは本件プールの東側,Fは本件プールの階段付近にいた。ひまわり組の園児らが本件プールに入ると,同園児らが本件プールの東側,たんぽぽ組の園児らは本件プールの 西側に背をくっつけて並び,水に顔を付けるなど水慣れを行った。Cは,水に顔をつけるのが苦手であったが,特に変わった様子もなく,本件プールの北側付近で口まで水につけるなどの水慣れをしていた。その頃,Eは,本件プールの水温等を測るために屋上に上がってきたが,それを見たGは,園児らの写真を撮るためのカメラを取りに2階の保育室に戻った。その一 方,Fは,園児らの水慣れ終了後,本件プール内や西側プールサイドに移- 15 - 動しながら,本件プ それを見たGは,園児らの写真を撮るためのカメラを取りに2階の保育室に戻った。その一 方,Fは,園児らの水慣れ終了後,本件プール内や西側プールサイドに移- 15 - 動しながら,本件プール内の園児らに自由遊びを促した。なお,Fは,Gが本件プールから離れたことを認識していなかった。園児らをしばらく遊ばせた後,Fは,園庭の時計を見るために本件保育園の西園舎へ行き,午後1時55分頃であったことを確認すると,本件プール内のたんぽぽ組の園児らに対し,間もなくプール活動を終える旨を告げた。 保育室に戻ったGは,ゆり組の園児らが部屋で騒がしくしていたため,保育室からカメラを取るなどし,さらにゆり組の園児らを連れて屋上まで戻ったが,無断でゆり組の園児らを連れて上がったことに対し,Eから注意を受けた。その後,Eは,ゆり組の園児らを屋上で待機させたまま1階の事務室へ戻った。ゆり組の園児らが屋上に来たのを確認したFは,ゆり 組の園児らに対し,準備体操等の指示をした。 Gは,屋上に戻った後,本件プールの西側にいたが,その後,本件プールの北東角からおもちゃを投入し,屋上の入り口付近におもちゃのかごを置きに行った。屋上の入り口は,本件プールから6,7m程度離れた位置にあり,ここから本件プール内を見渡すことはできない。その後,Gは, プール日誌(乙4)を取って本件プール北側へ戻り,本件プールに体を向けて,入水時刻や人数を記入するなどしていた。 午後2時前頃,Fは,たんぽぽ組の園児らに対し,プール活動を終える旨声を掛けたところ,本件プール内の北寄りの位置に,仰向けで水に沈んだ状態のCを発見した。Fは,Gに他の職員を呼ぶように指示をすると同 時に,直ちにCを本件プールから引き揚げた。Cは,本件プールから引き揚げられた時点で意識 の北寄りの位置に,仰向けで水に沈んだ状態のCを発見した。Fは,Gに他の職員を呼ぶように指示をすると同 時に,直ちにCを本件プールから引き揚げた。Cは,本件プールから引き揚げられた時点で意識がなく呼吸停止の状態であり,口唇チアノーゼが見られ,その顔色は,血の気が引いたセメントのような色をしていた。Cの肩をたたいても反応がなかったことから,Fは,片手で胸骨圧迫を施し,Cをうつ伏せにし,顔を横に向けて背中を何度か叩くなどしたところ,「げ ほげほ」とせき込んだCの口から500円玉の大きさ程の量の白い液体と- 16 - 固体が混じったようなどろっとしたものが出た。そうしたところ,Cは呼吸を再開し,顔色も普通の状態に戻った。 午後2時3分頃には,被告の関係者が119番通報を行った。Fは,救急隊員の到着まで,Cに対して胸骨圧迫を続けるとともに人工呼吸器ユニットのマスクを装着するなどした。 イ救急搬送時の状況午後2時7分頃,救急隊員は,現場到着し,人工呼吸器ユニットのマスクを外し,Cを抱きかかえて救急車内に運んだ。その際のCの状態は,JCS200,酸素飽和度(SpO2)90%,血圧130/58㎜Hg であったが,10ℓ/分の酸素投与により酸素飽和度は99%に改善した。ま た,胸部聴診時,両肺野に吸気時の湿性ラ音を認めた。酸素飽和度とは,血液中のヘモグロビンのうち酸素と結合している割合のことであり,95%以下は呼吸不全の疑いがある。湿性ラ音とは,末梢気道や肺胞に液体があるときに,そこを空気が通過するときに生じる異常呼吸音のことをいう(甲21)。 午後2時21分頃,京都第二赤十字病院に到着し,午後2時24分頃,Cを主治医であるH医師へ引き継いだ(甲4)。 ウ入院後から死亡までの経緯午後2時25分 音のことをいう(甲21)。 午後2時21分頃,京都第二赤十字病院に到着し,午後2時24分頃,Cを主治医であるH医師へ引き継いだ(甲4)。 ウ入院後から死亡までの経緯午後2時25分頃,Cは,GCSE1V1M4,JCS10(Ⅱ-10),酸素飽和度(SpO2)90%,脈拍回数78回/分,血圧142/11 6㎜Hg,腋窩体温39.4度であり,発語,啼泣,対光反射が認められ,低酸素血症状態であった(甲4,5の1,乙7,証人H医師の回答書)。Cの口腔内に食物残さが少量認められたことから,H医師は,胃管を挿入し,胃内容物を可能な範囲で吸引した。 午後3時5分頃,Cの脈拍が消失したため,再度心肺蘇生術が開始され た。 - 17 - 午後3時7分頃,Cは,気管挿管され,その後,Cの酸素飽和度(SpO2)が84%となった。 午後3時23分頃,Cの頭部及び胸部のCTを実施したところ,脳浮腫,肺水腫及び両側の背側優位に広範囲に気管支透瞭像を伴った濃淡の浸潤影が認められた。カルテには,溺水に伴った肺水腫・ARDS疑いとの記 載がされたが,その後,誤嚥性肺炎及びARDSを疑うとの記載へ変更された。 午後3時55分頃,Cは,低体温療法を開始するためICUに入室した。 低酸素脳症の可能性があったため,低体温療法が開始された。24時間低体温療法を実施し,その後2日間程かけて徐々に復温を行った。 8月1日,頭部及び胸部のCTを実施したところ,頭部は,脳浮腫がやや改善傾向であり,明らかな梗塞所見は認められなかったが,胸部は,右肺に広範の濃淡の浸潤影が広がっており,少量の右胸水が認められた。 同月3日午前1時頃,対光反射が消失し,急激な瞳孔散大が見られた。 同日午前9時21分頃実施された頭部CTによると, たが,胸部は,右肺に広範の濃淡の浸潤影が広がっており,少量の右胸水が認められた。 同月3日午前1時頃,対光反射が消失し,急激な瞳孔散大が見られた。 同日午前9時21分頃実施された頭部CTによると,脳浮腫が増悪し,皮 髄境界が不明瞭となっており,自発呼吸も消失した。 同月6日午後6時05分頃,Cは,低酸素脳症により死亡した。 ⑷ Cの死因に係る医学的見解ア死体の解剖検査等(甲16,17,乙17,18)Cについて,8月6日午後9時頃,京都府上京警察署により検視が行わ れたが死因の特定に至らなかったため(乙16),同月7日午前8時30分から同日午後1時30分までの間,京都府立医科大学大学院医学研究科法医学教室において,同医学教室の特任講師らによる死体の解剖検査が行われた。解剖の結果,Cの両肺は,肺を圧すると気管支断端から胃内容物と同性状の淡黄色粘液の流出を高度に認めた。解剖の結果,直接の死因は低 酸素脳症とされているが,低酸素脳症の原因は特定されていない(なお,- 18 - 12月1日作成の鑑定書(甲16,乙17)では,死因について,吐しゃ物吸引等による低酸素脳症と矛盾しない旨の記載があったが,平成27年8月1日作成の鑑定書(甲17,乙18)では,低酸素脳症として矛盾しない旨の記載に変更されている。)。 死体検案書(甲2)によると,京都府立大学大学院医学研究科法医学教 室K医師は,Cの直接の死因である低酸素脳症の原因は吐しゃ物誤嚥であるとするが,死因の種類は「その他及び不詳の外因」としている。 イ Cの主治医であったH医師は,書面尋問において,次のとおり回答した(証人H医師の回答書)。 サマリー(甲5の1の1頁)の入院の契機となった病名として「溺水」 と記載したのは イ Cの主治医であったH医師は,書面尋問において,次のとおり回答した(証人H医師の回答書)。 サマリー(甲5の1の1頁)の入院の契機となった病名として「溺水」 と記載したのは,搬入時に39.3℃と高熱であり,呼吸があるが弱く,心停止に移行する状態にあったが,これらは搬入前に原因があると考えられ,そうであるとするとプールでの溺水と考えられたからである。また,その後のARDSへの経過も溺水と矛盾するものではない。 入院時併存病名に「脳梗塞」及び「誤嚥性肺炎」と記載したことについ て,脳梗塞は,8月3日の頭部CTで梗塞に近い低吸収域が認められたことを根拠としており,誤嚥性肺炎は,救急搬送時におう吐を認めたことから誤嚥していた可能性が高く,胸部X線撮影の結果では両側肺門部に網状影があり,胸部CTの結果でも浸潤影が認められたことを根拠としている。 Cの直接の死因は低酸素脳症であり,状況やエピソードに照らすと,低 酸素脳症の原因は溺水とそれに伴うARDSと考えられる。 ウ京都民医連中央病院医療マネジメント部部長,総合内科科長兼集中治療科科長J医師(以下「J医師」という。)は,平成30年5月7日付けの意見書において,概ね次のような所見を述べている(甲22)。 ウイルス性脳炎等を発症していた場合,プールに入る前に頭痛・発熱等 の症状があるはずである。剖検を含め,突発する心肺停止を来す可能性が- 19 - ある基礎疾患は,これまで指摘されていない。現場の蘇生術により気道が開通したことで比較的速やかに呼吸が回復しており,重篤な脳疾患始め身体疾患が原因であれば可逆性に乏しいのが普通であり,プールの淡水による一時的な気道閉塞による心肺停止状態であったと考えるのが妥当である。救急搬送時,Cの体 かに呼吸が回復しており,重篤な脳疾患始め身体疾患が原因であれば可逆性に乏しいのが普通であり,プールの淡水による一時的な気道閉塞による心肺停止状態であったと考えるのが妥当である。救急搬送時,Cの体温が39度を超える高温状態ではあったが,外気 温(本件事故当日13時半時点で34.8℃)による高体温と説明するのが妥当である。Cは,気管挿管後に心肺停止状態に陥っているが,これは,淡水を大量に気道に吸い込んだことによりARDSに至ったものと考えられる。低酸素脳症になると脳浮腫が生じることが多いが,本件事故当日から低体温療法が実施され,復温後,Cに顕著な脳浮腫が認められたのは, 低体温療法によって抑えられていた脳浮腫が急速に表れた結果と考えられる。全般的な脳浮腫や低酸素脳症を説明するのに溺水以外の自然かつ妥当な原因が見当たらない。 エ医療法人拓生会奈良西部病院L医師(以下「L医師」という。)は,平成29年9月7日付けの意見書において,概ね次のような所見を述べている (乙30)。 Cの直接の死因は,低酸素脳症であると考えられ,低酸素脳症は,8月3日未明に脳血栓症又は脳塞栓症を発症し,重篤な脳梗塞に至ったことが原因である可能性が高いと考えられる。なお,脳血栓症又は脳塞栓症がなぜ発症したかについては特定できない。 本件事故において,Cが窒息に陥っていた時間は,長くとも3分までと推測される。3分程度の浸水では,重篤な低酸素脳症になる可能性は低いと考えられる。本件では,窒息により呼吸停止していたが,脈拍が触知されていて心停止には至らなかったと考えられることから,脳への血液の供給は継続されていた。 なお,本件事故時にCが呼吸停止状態となった原因は,昼食で摂取した- 20 - 食物等胃内容物をおう吐し,これを誤 らなかったと考えられることから,脳への血液の供給は継続されていた。 なお,本件事故時にCが呼吸停止状態となった原因は,昼食で摂取した- 20 - 食物等胃内容物をおう吐し,これを誤嚥したため気道が閉塞し窒息したことが考えられる。 Cは,救急搬送時に高体温であったことからすると,髄膜炎や脳炎などの感染症にり患していた可能性を除外できず,それによっておう吐し,吐しゃ物を誤嚥したために窒息し,プール内に転倒した可能性がある。もっ とも,何らかの原因で溺れた反動でおう吐した可能性を否定することはできない。 ⑸ 刑事事件の結果京都地方検察庁は,平成28年2月5日,被告の当時の理事ら4名について嫌疑不十分を理由に不起訴処分とした。 原告A及び同Bは,上記処分を不当として検察審査会へ審査申立てをしたところ,京都第二検察審査会は,平成28年7月15日,上記不起訴処分がいずれも不当であるとの議決を行った。しかし,京都地方検察庁検察官は,平成29年1月23日,死因を特定するに至らなかったとして,嫌疑不十分として再度不起訴処分とした。 (以上につき甲14,15,乙2の1・2,13,14) 2 争点⑴(Cの死因)について⑴ 前記1⑶ア認定の事実関係によると,本件事故当時,Cは,本件プール内において仰向けで水没した状態で発見され,本件プールから引き揚げられた時点では意識がなく呼吸停止の状態であったものの,保育士が,胸骨圧迫を 施し,Cをうつ伏せにし,顔を横に向けて背中を何度か叩くなどしたところ,Cの口から液体と固体が混じったようなものが少量出て,呼吸を再開し,顔色も普通の状態に戻ったこと,胸部聴診時,Cの両肺野に吸気時の湿性ラ音を認めたこと,入院直後,Cの腋窩体温は39.4度であり,低酸素血症状態であ 固体が混じったようなものが少量出て,呼吸を再開し,顔色も普通の状態に戻ったこと,胸部聴診時,Cの両肺野に吸気時の湿性ラ音を認めたこと,入院直後,Cの腋窩体温は39.4度であり,低酸素血症状態であったこと,本件事故当日の午後3時5分頃には,Cは,心肺停止状態 となり,心肺蘇生術が開始され,同日午後3時55分頃には,低体温療法を- 21 - 開始するためにICUに入室したこと,復温後,脳浮腫が増悪して低酸素脳症で死亡したことが認められ,これらの経過を考慮すると,Cは,本件プール内で溺水し,ARDSとなり,低酸素脳症により死亡したものというべきである。このような経過は,Cの主治医であったH医師の回答書やJ医師の意見書によっても裏付けられるものである。 ⑵ 被告は,Cの死因について,①Cが本件プール内で発見された際,仰臥浮遊した状態であったこと,Cの体内に水が入っていなかったことからすると,Cは,溺水により呼吸停止状態になったのではなく,水の中で倒れ込んだ時点において,相当な時間吐しゃ物誤嚥によって窒息に陥っていた可能性が高い,②Cの脳浮腫は,本件事故の窒息状態を契機とする脳損傷の経過の延長 ではなく,新たに発症した血栓症又は塞栓症によるものと考えられる,③Cは,本件事故によって窒息状態に陥った時点で既にウイルス性脳炎等の内因性疾患にり患しており,その疾患によって,容体が急変して死亡に至った可能性もある旨主張する。 ⑶ しかしながら,①前記1認定のとおり,Cは,本件プール内で発見された 際,仰向けで水没した状態で発見されたこと,実際の溺水患者の気道には少量の水しか流入し得ないことから,溺水のほとんどは乾性溺水であること,溺水においては,水中に沈んで水を飲みこんでおう吐し,一部を誤嚥することがあるところ,Cの されたこと,実際の溺水患者の気道には少量の水しか流入し得ないことから,溺水のほとんどは乾性溺水であること,溺水においては,水中に沈んで水を飲みこんでおう吐し,一部を誤嚥することがあるところ,Cの吐しゃ物の量は少量であり,Cが,以前おう吐した際の吐しゃ物の量と比較してもかなり少ない上,本件プール内に吐しゃ物らし き物が存在したという証拠はないこと,②本件事故当時,Cに何らかの基礎疾患があったという証拠はなく,また,本件事故と無関係に血栓症又は塞栓症が発生したという証拠もなく,その可能性を指摘するL医師も,Cにおいて本件事故と無関係に血栓症又は塞栓症が発生した原因は特定できていないこと,③Cが,本件事故前に,既にウイルス性脳炎等の内因性疾患にり患し ていたことを認めることができる証拠はないことを考慮すると,前記⑵の被- 22 - 告の主張は採用することができない。 3 争点⑵(F及びGの監視義務違反)について⑴ 前記1⑵判示のとおり,平成26年6月20日時点において,既にプールにおける幼児の特性とリスクとして,幼児は,大人よりも転倒しやすく,転倒してしまうと起き上がるのが困難である,面積の小さいプールで幼児が密 集した状態で行われることが多い幼稚園等のプール活動等においては,他の幼児との接触による転倒のリスクがあり,水中で異常が発生しても発見しにくい,うつぶせに横たわった状態では,ごくわずかな水深であっても,鼻と口が水没して溺れる,幼児が何らかの原因によりプールで鼻と口まで水没した場合,姿勢によっては瞬間的に反射が働かない又は反射が間に合わず,気 管内に水を吸引してしまう,幼児は,対処能力が未発達のため,気管に水が入ったときに体が動かない状態になってしまうことがあり,立ち上がるなど自力での対処は困難 働かない又は反射が間に合わず,気 管内に水を吸引してしまう,幼児は,対処能力が未発達のため,気管に水が入ったときに体が動かない状態になってしまうことがあり,立ち上がるなど自力での対処は困難な可能性が考えられる,人の溺水は極めて短時間で事態が進行してしまう,溺れてももがくことをせず,動かず静かに溺れていることが多いことなどが指摘されており,厚生労働省からは,これらを踏まえて, ①プール活動・水遊びを行う場合は,監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者と,プール指導等を行う者を分けて配置し,その役割分担を明確にすること,②事故を未然に防止するため,プール活動に関わる保育士等に対して,児童のプール活動・水遊びの監視を行う際に見落としがちなリスクや注意すべきポイントについて事前教育を十分に行うこと,③保育士等に 対して,心肺蘇生を始めとした応急手当等について教育の場を設ける,また,一刻を争う状況にも対処できるように119番通報を含め緊急事態への対応を整理し共有しておくとともに,緊急時にそれらの知識や技術を実践することができるように日常において訓練を行うことなどに留意の上,各都道府県・指定都市・中核市の保育所及び認可外保育施設指導担当者に対し,「保育所及 び認可外保育施設においてプール活動・水遊びを行う場合の事故の防止につ- 23 - いて」と題する事務連絡が発出され,管内の保育所及び認可外保育施設並びに市町村に対する安全管理の強化の指導が依頼されており,本件保育園に対しても,それに基づいた指導がされていたものの,本件事故当時,本件保育園の保育士らには,その内容が周知されておらず,本件保育園では,プールにおける幼児のリスクについて保育士に対して周知するなどの措置を取って おらず,また,プール活動中の監 本件事故当時,本件保育園の保育士らには,その内容が周知されておらず,本件保育園では,プールにおける幼児のリスクについて保育士に対して周知するなどの措置を取って おらず,また,プール活動中の監視等に関し,保育士同士の役割分担の取り決めもなかった。そして,本件事故の際も,適応人数18名の本件プールに30名もの園児を入れておきながら,監視役はF及びGの二名のみであった上,その役割分担もなく,これら両名も,一時,本件プールを離れたり,他の作業をしたりするなどしていた上,本件事故発生時には,Fが芋洗い状態 にあった30名の園児を一人でプール指導し,かつ,監視している状態であった。 ⑵ 上記⑴によると,被告には,プール活動・水遊びを行う場合は,監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者と,プール指導等を行う者を分けて配置し,その役割分担を明確にする,事故を未然に防止するため,プール 活動に関わる保育士等に対して,児童のプール活動・水遊びの監視を行う際に見落としがちなリスクや注意すべきポイントについて事前教育を十分に行う義務があったにもかかわらず,これを怠り,かつ,F及びGは,監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者とプール指導等を行う者を分けるなど役割分担を明確にして,プール活動中の園児らを監視し,その安全を確 保すべき義務があったにもかかわらず,これを怠り,適応人数18名の本件プールに30名もの園児を入れて,監視困難な状況を作出しておきながら,役割分担もせず,しかも,一時本件プールを離れたり,他の作業をしたりするなどした上,本件事故発生時には,Fが30名もの園児を一人でプール指導し,かつ,監視している状態であったことからすると,F及びGには上記 注意義務違反があったというべきである。 - 24 - どした上,本件事故発生時には,Fが30名もの園児を一人でプール指導し,かつ,監視している状態であったことからすると,F及びGには上記 注意義務違反があったというべきである。 - 24 - したがって,争点⑶(被告の安全配慮義務違反)については,判断する必要がない。 ⑶ 被告は,Cの死因は吐しゃ物誤嚥である旨主張するが,前記1判示のとおり,採用することができない。 また,被告は,F及びGは,本件プール内の園児らの様子に注意を向けて おり,両名ともが本件プールの監視を行っていなかった時間はなかったから,F及びGに監視義務違反はない旨主張するが,前記⑴及び⑵のとおり,採用することができない。 4 争点⑷(注意義務違反とCの死亡との相当因果関係)について前記1ないし3判示のとおり,本件において,F及びGが,その注意義務を 怠り,その結果,Cが本件プール内で溺水し,ARDSとなり,低酸素脳症により死亡したのであるから,F及びGの注意義務違反とCの死亡とには相当因果関係が認められる。 5 争点⑸(損害額等)について⑴ Cの損害について ア逸失利益 2459万4855円Cは,本件事故当時4歳の男児であったから,就労可能年数を18歳から67歳までの49年間,基礎収入を平成26年賃金センサスの産業計,企業規模計,学歴計,男子全年齢平均年収額である536万0400円,生活費控除率を5割とするのが相当であり,次のとおり,2459万48 55円が逸失利益となる。 (計算式)536万0400円×(1-0.5)×(19.0751-9.8986)=2459万4855円イ慰謝料 2200万円 本件事故は,本件保育園でのプール活動において,園児らの監視体制 536万0400円×(1-0.5)×(19.0751-9.8986)=2459万4855円イ慰謝料 2200万円 本件事故は,本件保育園でのプール活動において,園児らの監視体制が- 25 - 不十分であり,保育士らも十分に監視を行っていなかったことに起因する死亡事故であり,Cがわずか4歳という年齢で生命を奪われたことのほか,本件で表れた一切の事情を考慮すると,Cの精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円とするのが相当である。 ウ葬儀費用 150万円 本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては150万円が相当である。 エ素因減額について被告は,Cがおう吐したことは疾患又は体調不良という内的要因によるものであり,それがCの死亡に大きく寄与したといえるから,相当な素因 減額がされるべきである旨主張するが,前記1判示のとおり,Cは,本件事故によって窒息状態に陥った時点で既にウイルス性脳炎等の内因性疾患にり患していたとは認めることができないから,これを前提とする素因減額の主張は採用することができない。 オ損益相殺について 平成27年10月9日,スポーツ振興センターから,原告A及び同Bに対し,本件事故に関する災害給付金2800万円が支払われており,これは,損益相殺の対象となる。 これを,Cの死亡による損害賠償金元金(前記アからウまでの合計4809万4855円)及びこれに対する本件事故時から本件給付金が支給さ れた平成27年10月9日までの間の遅延損害金(4809万4855円×0.05×430/365=283万2985円)に法定充当すると,Cの死亡による損害賠償金残額は2292万7840円(4809万4855円+283万2985円-2800万円)となる 9万4855円×0.05×430/365=283万2985円)に法定充当すると,Cの死亡による損害賠償金残額は2292万7840円(4809万4855円+283万2985円-2800万円)となる。 カ弁済について 本件示談は,その名目を見舞金とするものであるが,Cが本件事故によ- 26 - って死亡したことに対して支払われたものであり,本件事故当時の被告理事兼本件保育園園長であったIとの間で合意したものであること,本件示談には,本件事故に関し,原告A及び同BがIに対する法的措置を執らない旨の条項が入っていること,見舞金として730万円は多額にすぎることなどを考慮すると,本件示談によって原告A及び同Bに交付された金員 は,単なる見舞金の趣旨ではなく,Cの死亡によって生じた損害賠償請求権についての弁済の趣旨を含むものと解するのが相当である。 キ弁護士費用本件訴訟において表れた本件事故の内容,審理経過,認容額その他一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害 金は150万円とするのが相当である。 ⑵ 原告ら固有の損害ア原告ら固有の慰謝料各100万円本件事故で4歳の長男の命を奪われた原告A及び同Bの悲しみや,弟の命を奪われた原告Dの悲哀は筆舌に尽くし難く,Cの死亡により甚大な精 神的苦痛を受けたことを考慮すると,前記⑴のCの死亡による損害賠償請求権とは別に,原告ら固有の慰謝料を認めるべきであり,その額は,それぞれ100万円を下らないというべきである。 イ原告らの弁護士費用各10万円本件訴訟の内容等を考慮すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用 相当損害金は各10万円とするのが相当である。 いというべきである。 イ原告らの弁護士費用各10万円本件訴訟の内容等を考慮すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用 相当損害金は各10万円とするのが相当である。 ⑶ 小括以上によると,Cの死亡による損害賠償請求権は1712万7840円(2292万7840円-730万円+150万円)となり,Cの相続人である原告A及び同Bは,それぞれその2分の1である856万3920円の損害 賠償請求権を相続したというべきである。また,原告ら固有の損害について- 27 - は,それぞれ110万円の損害賠償請求権を有するというべきである。 なお,念のため言及すると,予備的請求によったとしても,上記算定の損害額が増加することはない。 第4 結論以上のとおり,①原告A及び同Bの請求は,被告に対し,それぞれ856万 3920円及びこれに対する平成27年10月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,②原告ら固有の損害に関する原告らの請求は,被告に対し,それぞれ110万円及びこれに対する平成26年8月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する限度で理 由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 京都地方裁判所第1民事部 裁判長裁判官井上一成 裁判官友延裕美 裁判官鈴木陽一郎は,てん補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官井 官友延裕美 裁判官鈴木陽一郎は,てん補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官井上一成
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