平成14(行ウ)167 家族療養費不支給処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年12月21日 大阪地方裁判所 その他
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判決文本文14,594 文字)

主文 1 被告が原告に対し平成13年4月18日付けでした療養費の不支給決定を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要 1 本件は,健康保険の被保険者である原告が,被告に対し,てんかん患者である被扶養者(原告の子)の装着する頭部保護帽の購入費用について,健康保険法(平成13年法律第101号による改正前のもの。以下「法」という。)59条ノ2第8項,44条ノ2の規定に基づき,療養費の支給を請求したところ,被告から不支給決定を受けたため,その取消しを求めている事案である。 2 法令の定め(1) 健康保険の被保険者の疾病又は負傷に関しては,次に掲げる療養の給付を行う(法43条1項)。 ア診察イ薬剤又は治療材料の支給ウ処置,手術その他の治療エ居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護オ病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護(2) 保険者は,療養の給付,入院時食事療養費の支給若しくは特定療養費の支給を行うことが困難であると認めたとき,又は被保険者が保険医療機関等及び特定承認保険医療機関以外の病院,診療所,薬局その他の者から診療,薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において,保険者がやむを得ないものと認めたときは,療養の給付等に代えて,療養費の支給をすることができる(法44条ノ2)。 (3) 被保険者の被扶養者が保険医療機関等又は特定承認保険医療機関のうち自己の選定するものから療養を受けたときは,被保険者に対し,家族療養費として,その療養に要した費用を支給する(法59条ノ2第1項)。 法43条及び44条ノ2の規定は,家族療養費の支給及び被扶養者の療養について準用する(法59条ノ2第8項)。 (4) 政府の管掌する健康保険の保険者の事務は,社 用を支給する(法59条ノ2第1項)。 法43条及び44条ノ2の規定は,家族療養費の支給及び被扶養者の療養について準用する(法59条ノ2第8項)。 (4) 政府の管掌する健康保険の保険者の事務は,社会保険庁長官が行うものとされている(法24条2項)ところ,法59条ノ2第8項において準用する法44条ノ2の規定に基づく療養費の支給の権限は,社会保険庁長官から地方社会保険事務局長に委任され(法10条1項,健康保険法施行令〔平成14年政令第282号による改正前のもの。以下「令」という。〕1条1項18号),さらに,地方社会保険事務局長から社会保険事務所長に再委任されている(法10条2項,令1条2項)。 3 前提事実(争いのない事実及び証拠〔書証番号は特記しない限り枝番を含む。 以下同じ。〕等により容易に認められる事実)(1) 原告は,健康保険の被保険者である(甲1)。 (2) Aは,昭和55年12月29日生まれの女性であり,原告の被扶養者(子)である(甲1)。 (3) Aは,てんかん患者であり,保険医療機関である大阪府立金剛コロニー附属診療所のB医師の診療を受けていたところ,原告は,同医師の診断に従い,川村義肢株式会社から代金1万5656円で頭部保護帽(以下「本件頭部保護帽」という。)を購入した(甲2,乙1)。Aは,平成13年3月5日から本件頭部保護帽を装着している(乙1)。 (4) 原告は,同年4月6日,被告に対し,本件頭部保護帽の購入費用について,法59条ノ2第8項,44条ノ2の規定に基づき,療養費の支給を求める旨の申請をした(乙1)。 被告は,同月18日付けで,原告に対し,上記療養費の不支給決定(以下「本件不支給決定」という。)をした(甲4,乙2)。 (5) 原告は,同月24日,本件不支給決定を不服として,大阪社会保険事務局社会保険審査官に対 8日付けで,原告に対し,上記療養費の不支給決定(以下「本件不支給決定」という。)をした(甲4,乙2)。 (5) 原告は,同月24日,本件不支給決定を不服として,大阪社会保険事務局社会保険審査官に対し,審査請求をした(甲3)。 大阪社会保険事務局社会保険審査官は,同年7月25日付けで,上記審査請求を棄却する旨の決定をした(甲5)。 (6) 原告は,同年9月12日,上記決定を不服として,社会保険審査会に対し,再審査請求をした(甲3)。 社会保険審査会は,平成14年8月30日,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲7,乙3)。 (7) 原告は,同年11月29日,本件訴えを提起した。 4 争点本件の主たる争点は,本件頭部保護帽の装着が,法59条ノ2第8項において準用する法44条ノ2前段の規定による療養費の支給の対象となるか否かである。 (原告の主張)てんかんは,発作のみならず,精神・神経学的症状を合併することも少なくなく,合併する症状やてんかん患者の抱える社会的な問題を解決するためには,リハビリテーションを含めた包括医療が必要である。 Aについても,知能障害,情緒行動障害等の精神症状が見られるところ,それらの精神症状については,ストレスへの対処法を学ぶことが最大の治療であり,具体的には,ストレスを感じたときに1人で散歩をするなどして気持ちを落ち着けていくことが必要であるから,本件頭部保護帽は,Aの精神症状の規制・緩和・改善に不可欠の装具であって,治療用装具というべきものである。 したがって,本件頭部保護帽の装着は,法59条ノ2第8項において準用する法44条ノ2前段の規定による療養費の支給対象に含まれる。 (被告の主張)法44条ノ2前段の規定による療養費の支給は,療養の給付等の補完的役割を果たすものとして,同条所定の要件を満たす場合 用する法44条ノ2前段の規定による療養費の支給対象に含まれる。 (被告の主張)法44条ノ2前段の規定による療養費の支給は,療養の給付等の補完的役割を果たすものとして,同条所定の要件を満たす場合に例外的に認められるものであり,同条の文言からして,療養費の支給についての判断は,保険者の合理的裁量にゆだねられていると解すべきである。被扶養者についても,法59条ノ2第8項が法44条ノ2を準用しており,療養費の支給についての判断は上記と同様となる。 ある装具が治療用装具として法44条ノ2前段の規定による療養費支給の対象となるか否かの判断に当たっては,当該装具が,当該傷病の療養の過程において,その傷病の治療上必要な範囲に含まれるものと認められるか否かが考慮されるべきであり,それが認められない以上は,治療用装具には該当せず,療養費は支給されない。そして,頭部保護帽は,てんかん患者において,転倒発作による受傷という日常生活上生ずる問題に対する対処方法として着用されるものであって,その着用によって患者単独での行動範囲が幾分か広がるなど,日常の活動における利便性が認められるにすぎず,てんかんに対する治療効果はなく,その治療目的で着用されるものではない。現行制度上,てんかん患者に対する頭部保護帽の支給は,健康保険の問題ではなく,専ら社会福祉政策上の問題として位置づけられている。そうすると,てんかんにおける頭部保護帽は,傷病の療養の過程において,その傷病の治療上必要な範囲のものに含まれるとは到底認められず,てんかんの治療用装具とはいえないのであり,療養費の支給の対象とはなり得ない。 したがって,本件不支給決定には合理的な理由があり,被告が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは到底認められない。 第3 当裁判所の判断 1 判断の枠組みについて( 対象とはなり得ない。 したがって,本件不支給決定には合理的な理由があり,被告が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは到底認められない。 第3 当裁判所の判断 1 判断の枠組みについて(1) 健康保険は,医療保険としての性格を有しているところ,法は,被保険者の疾病又は負傷という保険事故に対する保険給付に関しては,現物給付としての療養の給付を原則としており(法43条1項),現金給付としての療養費の支給は,①保険者が療養の給付,入院時食事療養費の支給若しくは特定療養費の支給を行うことが困難であると認めたとき,又は②被保険者が保険医療機関等及び特定承認保険医療機関以外の病院,診療所,薬局その他の者から診療,薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において,保険者がやむを得ないものと認めたとき(法44条ノ2)に限って,例外的に行うこととしている。 他方,法は,被保険者の被扶養者の疾病又は負傷に関しては,被扶養者が保険医療機関等又は特定承認保険医療機関のうち自己の選定するものから療養を受けたときには,被保険者に対し,家族療養費を支給する旨定めており(法59条ノ2第1項),金銭給付(償還払い)を行うこととしている。 しかし,被扶養者が法43条3項1号若しくは2号に掲げる病院等又は特定承認保険医療機関から療養を受けた場合には,保険者は,その療養に要した費用を,家族療養費として被保険者に対して支給すべき額の限度において,被保険者に代わって当該病院等又は特定承認保険医療機関に支払い(法59条ノ2第5項,健康保険法施行規則〔平成15年厚生労働省令第15号による改正前のもの〕63条ノ3),その支払をもって被保険者に対し家族療養費を支給したものとみなし(同条ノ2第6項),また,被扶養者が法43条3項3号に掲げる病院等から療養を受けた場合には,保険者が療 る改正前のもの〕63条ノ3),その支払をもって被保険者に対し家族療養費を支給したものとみなし(同条ノ2第6項),また,被扶養者が法43条3項3号に掲げる病院等から療養を受けた場合には,保険者が療養に要した費用のうち家族療養費として支給すべき額に相当する額の支払を免除したときは,被保険者に対し家族療養費を支給したものとみなす(法59条ノ2第7項)こととされているため,同条ノ2第1項の規定による家族療養費の支給は,実際には現物給付的な取扱いがされているということができる。 これに対し,法59条ノ2第8項において準用する法44条ノ2の規定によれば,保険者は,①法59条ノ2第1項の規定による家族療養費の支給を行うことが困難であると認めたとき,又は②被扶養者が保険医療機関等及び特定承認保険医療機関以外の病院,診療所,薬局その他の者から診療,薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において,保険者がやむを得ないものと認めたときに限り,被保険者に対し,上記のような現物給付的取扱いによる家族療養費の支給に代えて,事後的な現金給付としての療養費の支給を行うことができることになる。 上記①及び②のうち,本件において問題となるのは①であるが,法59条ノ2第1項の規定による家族療養費の支給を行うことが困難であるとは,同項に規定する支給要件を満たすことが困難な場合,すなわち,被保険者の被扶養者が保険医療機関等又は特定承認保険医療機関から療養を受けることが困難な場合をいうものと解される。 (2) また,前記のとおり,健康保険が医療保険としての性格を有していること,法43条1項が,被保険者の疾病又は負傷に対する保険給付の原則的形態である療養の給付の対象を,診察(1号),薬剤又は治療材料の支給(2号),処置,手術その他の治療(3号),居宅における療養上の管理及びその療 1項が,被保険者の疾病又は負傷に対する保険給付の原則的形態である療養の給付の対象を,診察(1号),薬剤又は治療材料の支給(2号),処置,手術その他の治療(3号),居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護(4号),病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護(5号)と定めていることに照らすと,療養の給付や,それに代わる療養費の支給(法44条ノ2)の対象となるのは,被保険者の疾病又は負傷の治療上必要な範囲内のものに限られ,単に疾病又は負傷の予防や美容を目的とするにすぎない診療等は,その対象とはなり得ないものと解するのが相当である。 そして,法59条ノ2第8項は,法43条を準用しているから,法59条ノ2第1項による家族療養費の支給対象となる「療養」の範囲は,法43条1項に規定する療養の範囲と同様に,被保険者の被扶養者の疾病又は負傷の治療上必要なものに限られるものと解される。 したがって,法59条ノ2第8項,44条ノ2の規定による家族療養費の支給に代わる療養費の支給の対象も,当該被扶養者の疾病又は負傷の治療上必要な範囲内のものに限られることになる。 (3) ところで,法44条ノ2前段は,「保険者ハ療養ノ給付,入院時食事療養費ノ支給若ハ特定療養費ノ支給(中略)ヲ為スコト困難ナリト認メタルトキ」には療養費を支給することができる旨規定しており,療養の給付等が困難であるか否かの認定(法59条ノ2第8項により準用する場合には,被扶養者が保険医療機関等又は特定承認保険医療機関から療養を受けることが困難であるか否かの認定)について,保険者に一定の要件裁量を付与しているものと解されないではない。 しかしながら,上記要件の認定は,その性質上,高度の専門的・政策的判断を要するようなものとは考えられないから,上記規定は,保険者の裁量 保険者に一定の要件裁量を付与しているものと解されないではない。 しかしながら,上記要件の認定は,その性質上,高度の専門的・政策的判断を要するようなものとは考えられないから,上記規定は,保険者の裁量権を広範なものとする趣旨のものとまでは解されず,その規定の趣旨に照らして合理性が認められる限度において保険者に裁量権を付与したにすぎないものというべきである。 また,上記規定は,結局のところ,療養の給付等を行う場合と,療養の給付等に代えて療養費の支給を行う場合との区別の基準を示すものにすぎないのであるから,保険者に対し,そもそも療養の給付等の対象となる事由が認められるか否かの認定(法59条ノ2第8項により準用する場合には,家族療養費の支給の対象となる事由が認められるか否かの認定)についてまで別途の裁量権を付与するものではないと解するのが相当である。 なお,法44条ノ2の「療養費ヲ支給スルコトヲ得」との文言は,療養費の支給が,被保険者に対する保険給付の原則的形態である療養の給付に対する例外として位置づけられ,同条ノ2所定の要件を満たす場合に限って認められることを示すものにすぎないと解されるから,保険者に対し,支給要件が充足されている場合においてもなお療養費を支給しないことを認めるような効果裁量を付与したものでないことは明らかである。 (4) 以上を本件についてみると,証拠(甲2,19,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件頭部保護帽は,Aに対する診療を行っていた大阪府立金剛コロニー附属診療所において製作するなどしてAに装着させることが困難な装具であるものと認められる。 そうすると,仮に,本件頭部保護帽が,Aのてんかんの治療上必要な装具であり,法43条1項2号の規定により被保険者の疾病又は負傷に対する療養の給付の対象の1つとされている「治療材料 と認められる。 そうすると,仮に,本件頭部保護帽が,Aのてんかんの治療上必要な装具であり,法43条1項2号の規定により被保険者の疾病又は負傷に対する療養の給付の対象の1つとされている「治療材料」として,法59条ノ2第1項の規定による家族療養費の支給対象となり得るものと認められる場合には,本件不支給決定は,被扶養者が療養を保険医療機関等から受けることが困難なときには家族療養費に代えて療養費を支給するという法59条ノ2第8項,法44条ノ2の規定の趣旨に照らして合理性を欠き,被告に付与された裁量権の範囲を超えることになるものといわざるを得ない。 そこで,以下,本件頭部保護帽が,Aのてんかんの治療上必要な装具と認められるかどうかについて検討する。 2 検討(1) 前記前提事実,証拠(甲8,9,13ないし15,18,19,24,26,27,乙7,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 アてんかんとは,大脳神経細胞の過剰発射に由来する反復性発作(てんかん発作)を主徴とし,種々の成因によってもたらされる慢性脳疾患であって,それに関連した種々の臨床及び検査所見表出を伴うものをいう(世界保健機構〔WHO〕による定義)。てんかんの症状には,てんかん発作症状のほか,麻痺等の身体症状及び知能障害,人格障害等の精神症状がある。てんかん治療は,原因療法が可能な場合が比較的少ないため,対症療法が中心になることが多いが,その際には,てんかん発作の治療(抑制)だけではなく,上記のような身体症状や精神症状に対する治療を含めた包括医療が必要であることが指摘されている。 また,難治性てんかんで発作の抑制が困難な場合の治療目的はより良い生活の質を得ることになるとし,発作治療以外の側面的対応として,①日常生活は楽しい雰囲気で,制限はなるべく少なくする 摘されている。 また,難治性てんかんで発作の抑制が困難な場合の治療目的はより良い生活の質を得ることになるとし,発作治療以外の側面的対応として,①日常生活は楽しい雰囲気で,制限はなるべく少なくする,②発作誘発因子があれば防止する,倒れて怪我をする場合には,ヘッドギアなどの防具を使う,③知的障害や精神症状に対する適切な対処を行う,などがあるとの指摘もある。 てんかん用頭部保護帽の開発においても,最新治療をもってしてもてんかん発作が抑制されず,受傷の危険がある場合は,できるだけその自由な行動を束縛しないで,勉強や仕事ができるようにするため,発作による外傷を防ぐための補装具を着けることが大切であるとの認識の下に,保護帽着用によって,できるだけ自由に保育,学習,運動,仕事ができることを最終的な目的として開発が行われている。 イ Aは,適切な治療を受けてもなお発作の抑制が不十分な難治性のてんかんに罹患しており,てんかん発作症状があるほか,知能障害(知能指数60程度),情緒行動障害等の精神症状を有している。身体症状は特にない。 ウ Aのてんかん発作については,突然後方へ転倒し,1分ないし3分間全身が強直して,その後1分ないし10分間もうろう状態が継続するという強直発作が月に数回の頻度で発生し,約1分間全身の強直間代痙攣がみられる強直間代発作が年に数回の頻度で発生するほか,意識を失う欠伸発作及び全身や手足を一瞬ピクっとさせるミオクロニー発作がよく起こり,体を支える筋肉の緊張が一瞬解けて崩れるように倒れるレンノックス症候群の発生もみられる。Aは,転倒を伴う発作の場合,予兆なく突然後方に転倒することが多く,意識の有無にかかわらず,手を付いたり,受け身の姿勢をとったりすることができない。そのため,頭部等に受傷する危険が高く,現に,頭部保護帽を装着していない 場合,予兆なく突然後方に転倒することが多く,意識の有無にかかわらず,手を付いたり,受け身の姿勢をとったりすることができない。そのため,頭部等に受傷する危険が高く,現に,頭部保護帽を装着していないときのてんかん発作による転倒のため,頭部を負傷したり,熱水を浴びて火傷を負ったりしたことがある。Aのてんかん発作に対しては,手術適応はなく,投薬が主な治療手段となっているが,てんかん発作を完全に抑制することはできていない。 エ Aの情緒行動障害は,例えば,複数人から異なる指示をされた場合などに,思考を整理できず,情緒不安定となり,自分の髪を切るなどの自傷行為や,器物を損壊するなどの行為を起こすことがあるというものである。その原因は不明で,投薬治療も特に行われていないが,平成15年1月ころからAに対する診療を行っている国立療養所宇多野病院精神科のD医師は,Aの情緒行動障害への治療方法として,集団生活の中でストレスへの対処法を学び,自傷行為等に走る前に,自分で気持ちを落ち着ける方法を身につけるよう促していくのが適切である旨診断している。 オ本件頭部保護帽は,装着する者の前頭部,後頭部及び側頭部を被覆できるようになっており,頭頂部については,前頭部と後頭部の間及び左右の両側頭部の間がそれぞれ帯状に被覆され,十字型になっているものの,それらの隙間は被覆されていない。被覆部分の厚みは,外見上,1ないし2センチメートル程度である。 カ Aは,平成9年8月ころから頭部保護帽を装着し始めたが,当初は,発作の回数があまり多くなかったことなどから,養護学校への登下校時以外に装着することは少なく,A自身も,頭部保護帽の装着は暑くて不快であるという感情を示すことがあった。しかし,Aは,平成10年2月に金剛コロニーへ入所してからは,危険防止の必要があったことや,外出が に装着することは少なく,A自身も,頭部保護帽の装着は暑くて不快であるという感情を示すことがあった。しかし,Aは,平成10年2月に金剛コロニーへ入所してからは,危険防止の必要があったことや,外出がストレスの解消になることなどから,本格的かつ積極的に頭部保護帽を装着するようになった。その後,Aのてんかん発作が頻繁になり,程度も重くなるようになっていった。Aは,平成13年1月,母のCに対し,それまでの頭部保護帽が小さくなったので,新しい頭部保護帽が欲しい旨申し出た。 キ Aは,同年3月5日以降,本件頭部保護帽を装着しているが,外出する際には,他人の目を気にすることなく,自ら進んで本件頭部保護帽を装着している。Aは,ストレスを感じたときには,静かにして音楽を聴いたり,人形に向かって話をしたりするほか,1人で散歩をするなどして徐々に気持ちを落ち着けるようにしているが,本件頭部保護帽を装着しない場合,てんかん発作による転倒により負傷する危険があるため,1人での散歩等をすることができない。その場合,気持ちを落ち着ける機会がなくなるため,自傷行為等を起こしやすくなり,それがA自身の罪悪感を増強させて,ますますストレスへの耐性が失われるおそれがある。 (2) 確かに,本件頭部保護帽は,装着する者の頭部を外部の衝撃等から保護し,受傷をできる限り防ぐための装具であるから,Aが本件頭部保護帽を装着しても,そのことによりAのてんかんが根治されることがあり得ないことはもちろん,てんかん発作が抑制・緩和されるとは限らないものである。 しかしながら,前記認定のとおり,てんかんの症状は,てんかん発作に限られるものではなく,精神症状への対処を含めた包括医療が必要であることが指摘されているから,単にてんかん発作を直接抑制・緩和する効果がないからといって,本件頭部保護帽が んの症状は,てんかん発作に限られるものではなく,精神症状への対処を含めた包括医療が必要であることが指摘されているから,単にてんかん発作を直接抑制・緩和する効果がないからといって,本件頭部保護帽がAのてんかんの治療上必要でないということはできない。 前記認定事実によれば,Aは,てんかんの精神症状として,知能障害のほか,ささいなことで情緒不安定となり,自分の髪を切るなどの自傷行為や,器物を損壊するなどの行為を起こすことがあるという情緒行動障害を有しており,これに対する治療のためには,集団生活の中でストレスへの対処法を学び,自傷行為等に走る前に,自分で気持ちを落ち着ける方法を身につけるよう促していくのが適切である旨の診断を受けている。そして,Aは,ストレスを感じたときには,1人で散歩をするなどして徐々に気持ちを落ち着けるようにしているが,本件頭部保護帽を装着しない場合,てんかん発作による転倒により負傷する危険があることから,1人での散歩等をすることができず,気持ちを落ち着ける機会がなくなるため,自傷行為等を起こしやすくなり,それがA自身の罪悪感を増強させて,ますますストレスへの耐性が失われるおそれがあるというのである。 また,前記認定のようなAのてんかん発作の頻度及びてんかん発作時の転倒の態様からみて,Aは,本件頭部保護帽を装着しててんかん発作発生時の転倒による受傷を防ぐ必要性が極めて高いものと認められる。そうすると,本件頭部保護帽を装着していなければ,上記のような散歩等に限らず,1人での行動が相当程度制限されてしまうことは明らかである。そのような事態は,前記のとおりてんかんの治療について包括医療の必要性が指摘されていること,Aが前記のような情緒行動障害を有していることをも併せて考慮した場合,単なる日常生活上の不便にとどまるということは な事態は,前記のとおりてんかんの治療について包括医療の必要性が指摘されていること,Aが前記のような情緒行動障害を有していることをも併せて考慮した場合,単なる日常生活上の不便にとどまるということはできず,Aのてんかん(とりわけ情緒行動障害)に対する治療を大きく妨げるおそれがあるものと認められる。 上記のような本件事実関係に照らすならば,本件頭部保護帽は,Aに関しては,単にその日常生活上の便宜を図るためだけの装具ではなく,てんかんによる情緒行動障害に対する治療を実施し,その効果を確保する上で必要な装具ということができるから,てんかんの症状に対する治療上必要な装具に当たると解するのが相当である。 (3) この点について,被告は,①頭部保護帽は,その構造上,外部の衝撃から脳を保護する効果まではなく,軽い転倒が起こった場合に外傷を可能な限り防ぐことにより,日常生活上の便宜を図るためのものであること,②頭部保護帽の着用によって精神状態の安定が図られることを裏付ける文献は存在せず,E医師も,そのような見解は医学的に誤っているとしていること,③仮に,頭部保護帽を着用しながら精神心理学的側面からのリハビリ等を施すことによって,結果として精神の安定が図られるということがあるとしても,それはあくまでも精神心理学的側面からの診療の効果であり,頭部保護帽自体の効果は極めて間接的なものにとどまるところ,もしその程度で頭部保護帽が治療用装具に当たるというのであれば,他のあらゆる日常用装具が治療用装具に該当し,あるいは他の様々な日常生活に必要な費用も療養費支給の対象となりかねないこと,④本件のようなてんかん患者に対する頭部保護帽の使用については,保険診療上,治療行為として評価されていないこと,⑤てんかん患者の頭部保護帽については,専ら身体障害者福祉法,知的障害者福 かねないこと,④本件のようなてんかん患者に対する頭部保護帽の使用については,保険診療上,治療行為として評価されていないこと,⑤てんかん患者の頭部保護帽については,専ら身体障害者福祉法,知的障害者福祉法及び児童福祉法に基づく福祉的な措置として給付される補装具又は日常生活用具として位置付けられていることなどから,てんかん患者についての頭部保護帽が治療用装具に該当するとは認めらない旨主張する。しかしながら,以下のとおり,被告の上記各主張を採用することはできない。 ア上記①の主張については,確かに,本件頭部保護帽は,その形状からして,ヘルメットのように,外部の強い衝撃からAの脳を保護するほどの強度を有するものではないと思われる。 しかしながら,本件頭部保護帽の装着によってAの受傷が防止される場面として想定されるのは,通常の歩行時,起立時又は着席時であって,ヘルメットの使用が想定されているような場面とは本質的に異なるものと考えられる。また,証拠(甲13)によれば,頭部保護帽を着用していれば,多くのてんかん患者については,頭部外傷はかなり少なくなることが認められるし,前記認定のとおり,Aについては,転倒を伴うてんかん発作が頻繁に予兆なく発生しており,その転倒の態様から頭部等に受傷する危険が大きいというのであるから,少なくともAに関しては,受傷の予防上,本件頭部保護帽の装着は相当有効であるものと認められる。そして,このような本件頭部保護帽の装着によってAの行動の制限が緩和され,イで説示するとおり,精神症状に対して有効な効果が得られるというのであるから,前判示のとおり,本件頭部保護帽が,単に日常生活上の便宜を図るためのものにすぎないということはできないというべきである。 イ上記②の主張については,確かに,一般的に頭部保護帽の装着によって精神状態 判示のとおり,本件頭部保護帽が,単に日常生活上の便宜を図るためのものにすぎないということはできないというべきである。 イ上記②の主張については,確かに,一般的に頭部保護帽の装着によって精神状態の安定が図られることを認めるに足りる証拠はないが,そうであるからといって,本件頭部保護帽の装着が,Aの精神症状の緩和に何ら益しないものと断じることはできない。むしろ,証拠(甲9,13)によれば,D医師は,その精神科医としての医学専門的知識及びAに対する診療から得た病状に対する認識に基づいて,本件頭部保護帽の装着が,Aの精神症状の治療上不可欠である旨の意見を述べていることが認められる。 また,証拠(乙11)によれば,E医師の述べる意見の根拠は,上記③の主張のほか,<ア>Aは常に転倒による頭部外傷の危険をはらんでおり,頭部保護帽を着用しても1人で外出することは困難であると考えられること及び<イ>頭部保護帽を着用すればてんかん患者であることが一目瞭然となって余計に他人の目が気になり,ますますストレスが増強することも考えられることである。しかし,上記③の主張を採用することができないことについては,ウにおいて判示するとおりである。また,<ア>の点については,証拠(甲9,13,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,Aは,本件頭部保護帽を装着している限り,散歩や買い物のため,1人で外出することも可能であることが認められる。さらに,<イ>の点についても,前記のとおり,Aは,外出をする際には,他人の目を気にすることなく,本件頭部保護帽を装着していることが認められる。したがって,E医師の上記意見をにわかに採用することはできない。 ウ上記③の主張については,一般的抽象的におよそ頭部保護帽がてんかんの治療上必要であるといえるか否かはともかく,前判示のとおり,少なくとも って,E医師の上記意見をにわかに採用することはできない。 ウ上記③の主張については,一般的抽象的におよそ頭部保護帽がてんかんの治療上必要であるといえるか否かはともかく,前判示のとおり,少なくともAについては,そのてんかん発作の頻度及び態様や,情緒行動障害の特徴等の具体的事情に照らし,本件頭部保護帽が治療上必要であると認められるのであって,その装着による効果が極めて間接的であるとか,単に日常生活上の便宜のための装具であるなどとは認められない。頭部保護帽を装着していない場合の受傷の危険性,予想される受傷の程度にかんがみれば,その精神心理学的効果について他のあらゆる日常用装具と同視できるものではない。 エ上記④の主張については,確かに,法43条ノ9第2項の規定を受けて定められた「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(平成6年3月16日厚生省告示第54号)には,てんかん患者に頭部保護帽を装着させた場合の療養に要する費用の額の算定方法は定められていない。 しかしながら,本件頭部保護帽がAのてんかんの治療上必要と認められるか否かの問題が,保険医療機関又は保険薬局が療養の給付に関し保険者に請求することができる費用の額を算定するために定められた上記告示の内容によって左右されるものとは解されない。被告の上記④の主張は失当である。 オ上記⑤の主張については,確かに,現行法制上,頭部保護帽は,身体障害者又は身体障害者手帳の交付を受けた児童については補装具として支給されており(身体障害者福祉法20条,昭和48年6月16日厚生省告示第171号〔乙9〕,児童福祉法21条の6,昭和48年6月28日厚生省告示第187号〔乙10〕),また,在宅の知的障害者や障害児のうち障害の程度が重度又は最重度であるもので,てんかんの発作等により頻繁に転倒する 9〕,児童福祉法21条の6,昭和48年6月28日厚生省告示第187号〔乙10〕),また,在宅の知的障害者や障害児のうち障害の程度が重度又は最重度であるもので,てんかんの発作等により頻繁に転倒するものについては,日常生活用具として給付等がされている(知的障害者福祉法15条の32第2項,児童福祉法21条の25第2項,平成12年3月31日障268号厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知(甲12))。 しかしながら,上記のような現行法制上,Aのように,身体障害を有してはおらず,施設等に入所しているため在宅ではなく,かつ,知的障害の程度が重度又は最重度でないてんかん患者は,頭部保護帽の給付を受けることができない状況にあるということができる。このことは,上記の各制度が,いずれも身体障害者,知的障害者及び障害児の福祉という観点から設計されたものであるため,てんかん発作症状,身体症状及び精神症状をも併発することが多いてんかん患者にふさわしい行政サービスを常に提供し得るものではないことを意味しており,頭部保護帽の支給に関し,上記各制度による福祉的措置を受けることができないてんかん患者については,社会福祉立法による手当てが欠缺している状態にあるものとも考えられる。そうすると,てんかん発作による転倒等のため常に受傷の危険に直面しており,あるいはそのことが身体症状又は精神症状に対する治療にも影響し得るてんかん患者に対する頭部保護帽の装着費用の支給に関しては,専ら福祉的措置の領域の問題と位置付けて健康保険制度の適用を否定し去るのは相当でなく,むしろ,てんかん患者の健康の保持・増進に直接かかわる問題として,健康保険制度の枠内での解決になじむものと捉えることも十分に可能というべきである。したがって,上記のような福祉的措置が講じられているからといって,本件頭部保護帽 の保持・増進に直接かかわる問題として,健康保険制度の枠内での解決になじむものと捉えることも十分に可能というべきである。したがって,上記のような福祉的措置が講じられているからといって,本件頭部保護帽がAのてんかんの治療上必要な装具であるとの前記判断が左右されるものではない。 (4) 以上のとおり,本件頭部保護帽は,Aのてんかんの治療上必要な装具であり,法43条1項2号の規定により被保険者の疾病又は負傷に対する療養の給付の対象の1つとされている「治療材料」として,法59条ノ2第1項の規定による家族療養費の支給対象となるものと認められる。 そして,前判示のとおり,本件頭部保護帽は,大阪府立金剛コロニー附属診療所が自ら製作してAに装着させることが困難な装具であるから,原告に法59条ノ2第8項,44条ノ2の規定による療養費を支給しないこととした本件不支給決定は,上記各規定の趣旨に照らして合理性を欠き,被告に付与された裁量権の範囲を超えるものといわざるを得ない。 3 結論以上によれば,本件不支給決定は,被告に付与された裁量権の範囲を逸脱した違法があり,取消しを免れない。 よって,本訴請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第7民事部裁判長裁判官川神裕裁判官山田明裁判官一原友彦

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