昭和46(あ)470 業務上過失致死、道路交通法違反

裁判年月日・裁判所
昭和46年12月23日 最高裁判所第一小法廷 判決 棄却 大阪高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      本件上告を棄却する。          理    由  弁護人俵正市、同重宗次郎連名の上告趣意第一点は、判例違反をいう。所論引用 の東京高等裁判所昭和三五年八月二九日判決(高刑

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判決文本文1,043 文字)

主文 本件上告を棄却する。 理由 弁護人俵正市、同重宗次郎連名の上告趣意第一点は、判例違反をいう。所論引用の東京高等裁判所昭和三五年八月二九日判決(高刑集一三巻六号五一三頁)は、旧道路交通取締法七条二項三号、二八条一号の規定する酒酔い運転の罪が成立するためには、「酒に酔つているために正常な運転ができない虞があることを行為者において認識していなければならない。」と判示しているが、これに対して、原判決は、道路交通法六五条、一一七条の二第一号(昭和四五年法律第八六号による改正前のもの、以下同じ)の規定する酒酔い運転の罪について、同法条にいう「酒酔い」すなわちアルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれのある状態は、「酩酊の程度が客観的評価においてそのように認められれば足り、必ずしも被告人自身がこれを認識するの要はないものと解する」としているのである。そして、右に挙げた旧道路交通取締法の条文と道路交通法の条文とは、規定の内容において同じ趣旨のものであるから、原判決は前記東京高裁の判例に相反する判断をしたものといわなければならない。しかしながら、右の各条文に規定されている酒酔い運転の罪が成立するために必要な故意の内容としては、行為者において、飲酒によりアルコールを自己の身体に保有しながら車両等の運転をすることの認識があれば足りるものと解すべきであつて、アルコールの影響により「正常な運転ができないおそれがある状態」に達しているかどうかは、客観的に判断されるべきことがらであり、行為者においてそこまで認識していることは必要でないものといわなければならない。そうすれば、原判決のした判断は相当であつて、これと牴触する前記東京高裁の判例は、これを変更すべきである。したがつて、弁護人らの所論は、原判決破 識していることは必要でないものといわなければならない。そうすれば、原判決のした判断は相当であつて、これと牴触する前記東京高裁の判例は、これを変更すべきである。したがつて、弁護人らの所論は、原判決破棄の理由とならない。 - 1 -同弁護人らの上告趣意第二点は、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。 よつて、刑訴法四一〇条二項、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 検察官山室章公判出席昭和四六年一二月二三日最高裁判所第一小法廷裁判長裁判官大隅健一郎裁判官岩田誠裁判官藤林益三裁判官下田武三裁判官岸盛一- 2 -

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