平成19年7月20日判決言渡平成18年(ワ)第12949号損害賠償請求事件判決主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1請求被告らは,原告に対し,連帯して,100万円を支払え。 第2事案の概要等本件は,原告が,頭痛及び左背部の張り等を主訴として被告学校法人A大学(以下「被告法人」という)が設置・運営するB病院(以下「被告病院」と。 いう)を受診し,造影CT検査を受けたところ,喘息様症状が出現したこと。 について,被告病院の担当医師である被告C(以下「被告C」という)及び。 被告D(以下「被告D」といい,被告Cと併せて「被告医師ら」という)に。 は,喘息の既往がある原告に対し造影剤を使用した過失並びに造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同CT検査の必要性についての説明義務違反があるとして,原告が,被告法人に対しては,債務不履行及び使用者責任に基づき,被告医師らに対しては,不法行為に基づき,損害賠償(慰謝料)として100万円の連帯支払を求めた事案である。 争いのない事実等(1)原告は,昭和a年b月c日生まれの女性である(乙A1。 )被告法人は,東京都千代田区において,被告病院を設置・運営する学校法人である。 被告Cは,原告の診療を担当した被告病院循環器科の医師であり,被告Dは,原告に対する造影CT検査を実施した被告病院放射線科の医師である。 (2)原告は,平成15年2月5日,頭痛(頭重感)がある,2,3年前から左背部の張りや左腕が重い感じが続いているとの主訴で,被告病院循環器科を受診し,被告Cの診察を受けた。 被告Cは,診察の結果,次回の受診時に,脈波伝播速度検査及び胸部造影CT検査を行うこととした。 (3)原告は,同月13日,被告病院を るとの主訴で,被告病院循環器科を受診し,被告Cの診察を受けた。 被告Cは,診察の結果,次回の受診時に,脈波伝播速度検査及び胸部造影CT検査を行うこととした。 (3)原告は,同月13日,被告病院を受診し,放射線科医師である被告Dの施行により,造影CT検査を受けた。 検査が開始され,原告に造影剤であるオムニパーク300が全量投与されたところで,原告に喘息様症状が出現した。被告Dが直ちに救急措置を行ったところ,原告の症状は軽快し,原告は,同日のうちに帰宅をした。 (4)原告は,被告らを相手方として,本訴と同様の原因で慰謝料の支払を求める調停を申し立てたが(東京簡易裁判所平成18年(ノ)第129号,第259号,平成18年5月8日,いずれも同調停事件は調停不成立となった)(弁論の全趣旨。 ) 争点 (1)被告医師らが,喘息の既往がある原告に対し造影CT検査を行ったことは過失といえるか。 (2)被告医師らに,造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同検査の必要性についての説明義務違反があったか。 (3)損害額 争点についての当事者の主張(1)争点(1)(被告医師らが,喘息の既往がある原告に対し造影CT検査を行ったことは過失といえるか)について(原告の主張) 本件で使用された造影剤であるオムニパークの添付文書(能書)では,気管支喘息がある患者に対する投与は原則禁忌とされている。また,社団法人日本医学放射線学会の「放射線診療事故防止のための指針」によれば,喘息患者に対しては,造影検査を行わないとされている。これらの文書からすれば,喘息患者に対しては,造影剤を使用してはならないといえる。 大動脈炎症候群の診断には,MRIを用いた血管撮影(MRアンギオグラフィ)が有用であり,同検査によれば,造影剤を使わずに検査をすることが可 ,喘息患者に対しては,造影剤を使用してはならないといえる。 大動脈炎症候群の診断には,MRIを用いた血管撮影(MRアンギオグラフィ)が有用であり,同検査によれば,造影剤を使わずに検査をすることが可能である。造影CT検査には副作用の危険があることからすると,造影剤を使わない検査を行うべきであった。 にもかかわらず,被告医師らは,原告に対して,造影剤を使用して造影CT検査を実施したのであって,被告医師らには,喘息患者である原告に対し,原則禁忌とされている造影CT検査を行った過失がある。 (被告らの主張)喘息患者に対する造影剤検査は,絶対的禁忌ではなく,相対的禁忌であり,医師の裁量により,実施することも許される。 本件では,被告Cは,頭痛及び左背部痛との原告の主訴及び血圧の左右差があったこと等から,血管疾患(大動脈炎症候群)を疑って,鑑別のために,脈波伝播速度検査及び胸部造影CT検査を行うこととした。被告Cは,診察の際に原告から喘息の既往について聴取していたが,副作用の危険性よりも診断の有用性が上回ったことから,造影剤を使用した検査を実施したものであり,この判断に誤りはない。 また,被告Dは,検査予約をした被告Cと相談の上,副作用の出現の可能性はあるものの,それを上回る有用性があるとして造影検査を実施したのであり,被告Cと同様に過失はない。 (2)争点(2)(被告医師らに,造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同検査の必要性についての説明義務違反があったか)について (原告の主張)原告は喘息の既往があることを被告医師らに告げていたのであるから,被告医師らは,造影CT検査によって喘息発作が生じる可能性があること及び造影CT検査の必要性があることについて説明を行い,原告に,検査を受けるか否かを選択させなければならない。 被告Cは,検 から,被告医師らは,造影CT検査によって喘息発作が生じる可能性があること及び造影CT検査の必要性があることについて説明を行い,原告に,検査を受けるか否かを選択させなければならない。 被告Cは,検査によって喘息発作が生じる可能性について一切説明をしていない。原告は,被告Cから造影剤を使用したCT検査を勧められた際,造影剤の副作用を心配して,喘息の既往があること,アルコール等で皮膚が赤くなること等を告げたが,被告Cは「大丈夫です」と言ったのみである。 ,。 また,被告Cは,造影CT検査の必要性について,十分に説明をしなかった。 また,被告Dは,造影CT検査で検査当日までに2,3人の患者が喘息発作を起こしたことを説明したものの,それを聞いた原告が不安を感じ,自分の身に喘息発作が生じる可能性について確認したところ,被告Cに確認した後「大丈夫です,喘息患者用の造影剤を用意しました」と虚偽の事実を述,。 べた。原告は,被告Dのこの発言がなければ,造影CT検査を拒否していた。 したがって,被告医師らには,造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び造影CT検査の必要性についての説明義務違反がある。 (被告らの主張)被告Cは,造影CT検査の必要性について説明をした。また「大丈夫で,す」と発言した事実はない。 。 被告Dは,副作用の出現も考えられるが,副作用の出現にも対応できるよう万全の態勢で検査を実施すると説明した。そもそも喘息患者用の造影剤なるものは存在せず,被告Dが「喘息患者用の造影剤を用意しました」と発。 言した事実はない。 このように,被告医師らは,原告に対して,造影CT検査の必要性に関する説明に加え,副作用の出現の可能性は皆無ではないが,万全の態勢を整え て検査する旨の説明をしており,説明内容に不適切な点はない。 (3)争点(3)( は,原告に対して,造影CT検査の必要性に関する説明に加え,副作用の出現の可能性は皆無ではないが,万全の態勢を整え て検査する旨の説明をしており,説明内容に不適切な点はない。 (3)争点(3)(損害額)について(原告の主張)原告は,造影剤を投与されて間もなく気管が苦しくなり,喘息発作が生じて,それが30分程度継続した。その間,原告は,このまま死ぬのではないかと不安になった。 原告は,被告医師らの過失によって,精神的及び肉体的に多大な苦痛を被っており,その慰謝料としては,100万円が相当である。 (被告らの主張)争う。 第3当裁判所の判断 前記争いのない事実等のほか,証拠によれば,本件の診療経過等につき,次の事実が認められる。 (1)被告病院受診に至る経緯原告は,平成15年2月5日,頭痛(頭重感)がある,左肩の痺れ,左背部の張りや左腕が重い感じが続いているとの主訴で,被告病院を受診し,同院の受付での指示により,循環器科を受診した(甲A2,乙A1,乙A3,乙A5,原告,被告C。 )原告は,被告病院を受診する2ないし3年前から,上記と同様の症状が持続していることを自覚しており,そのために複数の医療機関を受診したが,症状は改善せず,原因も明らかにはならなかったことから,上記症状の原因が不明であることなどについて不安を感じていた(乙A1,原告。 )(2)平成15年2月5日の診察ア被告Cが問診を行ったところ,原告は,被告Cに対し,喘息の既往があり,6歳のころから入退院を繰り返していたことを告げた(甲A2,乙A1,乙A3,原告。 ) また,診察の結果,胸部レントゲン検査及び心電図検査では異常所見は確認されなかったものの,左腕血圧102/74mmHg,右腕血圧120/80mmHgと血圧の左右差が認められた(乙A1,乙A3,乙A また,診察の結果,胸部レントゲン検査及び心電図検査では異常所見は確認されなかったものの,左腕血圧102/74mmHg,右腕血圧120/80mmHgと血圧の左右差が認められた(乙A1,乙A3,乙A5,被告C。 )イ被告Cは,左背部痛,左肩の痺れ等の症状が継続していること及び血圧測定において左右差が認められたことから,大動脈炎症候群を含む血管性病変の可能性を疑い,次回の診察時に,脈波伝播速度検査及び胸部造影CT検査を行うこととした(乙A1,乙A3,乙A5,被告C。 )ウ被告Cは,原告に対して,次回の診察時に胸部造影CT検査及び脈波伝播速度検査を行うことを告げ,原告は,検査の実施を承諾した(甲A3,乙A3,被告C(なお,この際に,造影CT検査の必要性についてどの)。 ような説明がされたかについては,後述する)。 (3)造影CT検査の実施ア原告は,平成15年2月13日,造影CT検査及び脈波伝播速度検査を行うために被告病院を受診し,放射線科医師である被告Dの診察を受けた。 原告は,問診の際に,被告Dに対し,喘息の既往があることを告げ,造影剤により喘息発作が生じる可能性があるかについて質問をした。これに対し,被告Dが,過去に2,3人の患者が喘息発作を起こしたことがあると告げたことから,原告は,不安に感じて,なおも被告Dに対して同様の質問をしたため,被告Dは,被告Cに電話で問い合わせ,造影検査の実施についての意見を求めたところ,被告Cは,原告の症状等から大動脈炎症候群を含む血管性病変が疑われることを説明し,確実な診断をする必要性が高いことから,造影CT検査が必要であるとして,造影CT検査を行うことを依頼した。そこで,被告Dは,原告の承諾を得た上で,造影CT検査を行うこととした(乙A1,乙A3,乙A4,原告,被告C,被告D。 )( から,造影CT検査が必要であるとして,造影CT検査を行うことを依頼した。そこで,被告Dは,原告の承諾を得た上で,造影CT検査を行うこととした(乙A1,乙A3,乙A4,原告,被告C,被告D。 )(なお,この際に,造影CT検査の危険性等についてどのような説明がさ れたかについては,後述する)。 イ被告Dの立会いのもとで検査が開始され,原告に造影剤であるオムニパーク300が全量投与されたところ,原告に喘鳴が生じ,血圧が108/68mmHgから130/80mmHgへと上昇し,心拍数は110に上昇する等の喘息様症状が出現した。そこで,被告Dは,直ちに,電解質製剤であるポタコール及び気管支拡張薬であるアミノフィリンを点滴静注した上,副腎皮質ホルモン剤であるソルコーテフを静注し,酸素投与を実施した。その後,原告の症状が軽快したため,循環器科外来へ移動させた(乙A1,乙A3,乙A4,原告,被告D。 )ウ循環器科外来移動後にE医師が診断したところ,原告は,会話が可能であり,チアノーゼはなく,喘鳴も見られなかった。同医師は,原告に,気管支拡張薬であるネオフィリンを点滴静注し,経過を観察した。 点滴後,原告の症状が治まっていたため,原告は,同日のうちに帰宅した(乙A1,乙A3,乙A4。 )エ造影CT検査の結果,原告の背部痛の症状の原因となるような明らかな異常は発見されず,大動脈炎症候群を含む器質的疾患ではないと診断された(乙A1,乙A3,乙A5。 )(4)受診後の経緯ア原告は,平成15年2月19日に,検査結果を確認するため被告病院を受診したが,その際には,検査時に喘息発作が生じたことに対する異議などは述べなかった(乙A1,原告。 )イ原告は,平成16年6月30日,被告病院における上記診療行為に関して,財団法人法律扶助協会(後の日本司 その際には,検査時に喘息発作が生じたことに対する異議などは述べなかった(乙A1,原告。 )イ原告は,平成16年6月30日,被告病院における上記診療行為に関して,財団法人法律扶助協会(後の日本司法支援センター東京地方事務所)に,法律相談・援助申込みをし,同年7月14日,同所の担当弁護士に対し,損害賠償請求をしたい気持ちもあり,医師や医療機関に責任を問えるものかなどについて相談をしたところ,担当弁護士から,原告は喘息等の アレルギー体質であり,造影剤「オムニパーク」の添付文書には,気管支喘息のある患者に対する投与は,原則禁忌と記載されていることなどから,担当医師に説明義務違反,注意義務違反があるが,呼吸困難は一度きり発生し,その後身体に対し影響を及ぼしている訳ではない状況であるので,慰謝料としては,10万円とかの請求はできないと思われ,お見舞金とか数万円程度の請求になると思われるとの回答を得た。原告は,これによって,オムニパークは喘息患者には原則禁忌とされていることを知った(甲A3,原告。 )ウ原告は,平成16年9月1日,被告病院に対し,喘息発作が生じたことについての説明を求める電話をした(甲A3,乙A1。 )エ原告は,被告病院から話し合いには応ずる旨の回答を得たが,その進め方について相談したいとして,平成18年1月25日,再度法律扶助協会の法律相談を受け,被告病院における診療行為により死ぬような思いをしたので,稼働可能期間(36歳~68歳)の逸失利益の半分程度の請求をしたいなどと述べた。これに対し,担当弁護士は,原告が希望する損害の請求はできないこと,原告の性格等を考えると調停の申立をするのが相当であり,請求額は10万円から20万円とするのがよいことなどを説明し,原告もその場では,その説明に納得した(甲A3。 )オ原 の請求はできないこと,原告の性格等を考えると調停の申立をするのが相当であり,請求額は10万円から20万円とするのがよいことなどを説明し,原告もその場では,その説明に納得した(甲A3。 )オ原告は,被告らを相手方として,本訴と同様の原因で慰謝料の支払を求める調停を申し立てたが(東京簡易裁判所平成18年(ノ)第129号,第259号,同年5月8日,同調停事件は,いずれも調停不成立となった)(弁論の全趣旨。 )カこれを受けて,原告は,同月17日,法律扶助協会の法律相談を受け,担当弁護士から,被告病院での診療行為による原告の苦痛が一過性のものであり,原告の取り寄せたカルテの記載によれば,相手方(被告医師ら)も相応の処置をして原告の症状が改善された事実が推認されること,精神 的肉体的慰謝料として100万円の請求が認容される可能性は低く,法律扶助事件としても勝訴の見込みがあるということは難しいので,代理人を付けることは困難であること,したがって,本格的な裁判手続に固執することなく,請求額を減額した上で少額訴訟による審理及び裁判を求めるのがよいことなどについて助言を得た(甲A3。 ) 証拠によれば,本件に関する医学的知見につき,以下のとおり認められる。 (1)大動脈炎症候群についてア大動脈炎症候群大動脈炎症候群(高安病)とは,大動脈やそこから分岐する大型動脈に炎症が生じ,血管が狭窄ないし閉塞し,脳,心臓及び腎臓等の重要な臓器に障害を与えたり,手足が疲れやすくなるなどの症状を呈する原因不明の血管炎である。一般に,若年女性に多く発症するとされている(甲B4,乙A3,乙B1,乙B2。 )イ診断大動脈炎症候群の症候としては,臨床的には全身倦怠感,疼痛,めまい,微熱などの症状や,血管雑音,血圧の左右差,大動脈縮窄や腎動脈狭窄による れている(甲B4,乙A3,乙B1,乙B2。 )イ診断大動脈炎症候群の症候としては,臨床的には全身倦怠感,疼痛,めまい,微熱などの症状や,血管雑音,血圧の左右差,大動脈縮窄や腎動脈狭窄による高血圧,脈が触れにくいなどの身体所見,赤沈,CRPの亢進などの炎症所見を呈するとされている。 旧厚生省の難治性血管炎調査研究班作成の大動脈炎症候群診断の手引きによれば,主要症状として,めまい,頭痛等の頭部乏血症状や背部痛,上肢易疲労感などが挙げられており,診断上重要な身体所見として,橈骨動脈の拍動減弱,消失又は著名な左右差,血圧低下が挙げられている。また,同症候群の確定診断は,血管造影(大動脈,主幹動脈,脳動脈,肺動脈)によるものとされている(甲B4,乙A3,乙B1。 )若年の女性で末梢の脈拍の減少あるいは消失,血圧の左右差,動脈の血管雑音を認めた場合には,大動脈炎症候群の存在を強く疑う必要があると する文献もある(乙B2。 )ウ治療炎症所見の強い急性期には,ステロイド薬が有効であり,高血圧や心不全などの病態に応じて,降圧剤,血管拡張薬,強心薬などを使用するとされている。また,場合によっては,血行再建術や弁置換術などの外科的治療が必要になる(乙A3,乙B1。 )大動脈炎症候群の予後は比較的良好であるとされているが,再燃を繰り返すために長期にわたってステロイド療法が必要となる症例も少なくない。 また,この疾患の経過は多様であり,自然寛解が認められることもあるが,死亡率は10%未満から75%と報告によってさまざまであるとする文献もある(甲B2,乙B1,乙B2。 )(2)造影剤の副作用についてア造影剤検査においては,ショック,アナフィラキシー様症状等の重篤な副作用や喘息発作等の副作用が発現する場合があり,特に,喘息の既往がある患者 乙B1,乙B2。 )(2)造影剤の副作用についてア造影剤検査においては,ショック,アナフィラキシー様症状等の重篤な副作用や喘息発作等の副作用が発現する場合があり,特に,喘息の既往がある患者の場合には,その副作用の発現確率が高くなるとされている(甲B3,乙A3,乙B5,乙B6。 )イ本件で使用されたオムニパーク300の添付文書においては,気管支喘息の患者(副作用の発現頻度が高いとの報告がある)に対する投与は原。 則禁忌(投与しないことを原則とするが,特に必要とする場合には慎重に投与すること)とされている。また,喘息発作等の副作用が現れることがあるので,異常が認められた場合には必要に応じ適切な処置を行うこととされている(乙B5。 )ウ日本医学放射線学会作成の「放射線診療事故防止のための指針」には,ヨード造影剤使用の注意として「喘息の既往,ヨード造影剤への副作用,の既往,重症の甲状腺機能亢進症,の一つでも該当する患者には造影を行わない。代替検査を十分に考慮してもなお,特に必要とされる場合は,検 査依頼科および施行科の各最高責任者両者の承諾をえて,主治医立ち会いのもとに行う」との記載がある(甲B6。 。 ) 争点(1)(被告医師らが,喘息の既往がある原告に対し造影CT検査を行ったことは過失といえるか)について(1)原告は,喘息患者に対しては,造影剤を使用してはならず,被告医師らには,喘息の既往がある原告に対し,原則禁忌とされている造影CT検査を行った過失があると主張する。 (2)そこで検討するに,医薬品の添付文書は,当該医薬品の危険性につき最も高度な情報を有している医薬品製造業者・輸入業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであって,当該医 薬品の危険性につき最も高度な情報を有している医薬品製造業者・輸入業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであって,当該医薬品を使用する医師には,添付文書に記載された使用上の注意事項に従うべき注意義務があるところ,前記2(2)イのとおり,本件で使用された造影剤であるオムニパークの添付文書では,喘息の既往がある患者に対しては投与しないことを原則とするが,特に必要とする場合には慎重に投与するという意味の原則禁忌とされているのであるから,喘息の既往を有する患者に対して原則的には使用が禁止されているものの,例外的に,予想される危険性や代替検査を考慮してもなお造影検査の必要性が認められるなどの特段の事情がある場合においては,副作用発生への対策を十分に講じた上で,同剤を使用した検査を実施することも許されるというべきである。 なお,前記2(2)ウのとおり,日本医学放射線学会の「放射線診療事故防止のための指針」によれば,喘息患者に対する造影剤の使用上の注意事項として,上記の特段の事情がある場合においても,更に検査依頼科及び施行科の各最高責任者両者の承諾と主治医の立会いを要求しているが,同指針は,医療事故や医療事故に至りかねない潜在的危険を有する事例が医療への信頼を揺るがせ,ひいては放射線医学への悪影響が生じるとの同学会の懸念から 作成されたものであること,会員に対し,同指針の意図する所を理解し,各施設の実状に応じた安全対策を,同指針を参考に一層強固なものとするよう希望するとされていることからすると(同指針「はじめに,同指針中の上」)記注意事項は,投与を受ける患者の安全を確保するという観点のみから作成されたものではなく,医師ないし医療機関におけるトラブルのリスクを可及 いることからすると(同指針「はじめに,同指針中の上」)記注意事項は,投与を受ける患者の安全を確保するという観点のみから作成されたものではなく,医師ないし医療機関におけるトラブルのリスクを可及的に回避するという観点から,会員医師に対し医療機関内部において履践するのが望ましい事項として定められたという一面をも有するというべきであるから,上記特段の事情が認められる限り,上記手続を踏まなかったからといって,直ちに,注意義務違反があるということはできない。 (3)これを前提に,本件についてみると,前記1(2)イのとおり,診察に当たった被告Cは,原告の左肩の痺れ等の左半身を中心として出現した症状が長期間持続していること及び血圧測定において有意な左右差が認められたことから,大動脈炎症候群を含む血管性病変の可能性を疑ったとするところ,前記2(1)アのとおり,原告が大動脈炎症候群が発症しやすいとされる若年の女性であること,頭痛及び左背部痛という大動脈炎症候群の主要症状があること,血圧測定の結果は,左腕血圧102/74mmHg,右腕血圧120/80mmHgと収縮期血圧で18mmHgの差異があり,これは大動脈炎症候群を疑うべき診断上重要な身体所見であることからすれば,被告Cが鑑別すべき疾患として大動脈炎症候群を疑ったことには合理的な根拠があるというべきである。そして,前記2(1)ウのとおり,大動脈炎症候群は重篤な症状を引き起こす可能性があり,医師としてそのまま放置することはできない疾患である上,前記1(1)のとおり,原告自身は複数の医療機関を受診してもなお原因が判明しなかったことから不安を感じて被告病院を受診しており,原告自身も上記症状の原因等についての確実な診断を望んでいたとうかがわれることからすれば,最も疑われる疾患である大動脈炎症候群について 因が判明しなかったことから不安を感じて被告病院を受診しており,原告自身も上記症状の原因等についての確実な診断を望んでいたとうかがわれることからすれば,最も疑われる疾患である大動脈炎症候群についての鑑別が必要であったといえる。その上で,前記2(1)イのとおり,大動脈炎症候群の確 定診断は血管造影によるものとされ,中でも造影CT検査は精度が高いものとされているのであるから(乙B4,本件において,大動脈炎症候群の診)断のために,造影CT検査を実施する必要性は高かったものと認められる。 他方,オムニパークの副作用の発生率は,アレルギーの既往のない患者の場合には,1.01%,アレルギーの既往のある患者の場合には4.84%であり,そのうち,喘息の既往がある患者の場合は3.16%とされているところ(乙B6,原告に対する検査の実施に当たっては,副作用に対処す)るための薬剤等を準備した上で,放射線科医師である被告Dが立会いの上で検査を実施しており(乙A2,乙A4,予想される喘息発作等の発現に対)して慎重な配慮と準備をした上で,造影CT検査を実施したものと認められる。また,被告Dは,原告の喘息の最終発作が約10年前であったこと及び原告が17年間にわたり1日に20本の喫煙をしていることを初診の問診時に聴取していたことから,原告の喘息の程度はそれ程重篤なものではないと考えており,このことからも喘息発作が生じる可能性が低いものと判断したものである(乙A1,被告D。 )もっとも,大動脈炎症候群の診断には,一般的には造影CT検査と並んでMRIを用いた血管撮影(MRアンギオグラフィ)が有用であり,しかも,MRアンギオグラフィでは,造影剤を使わない検査を行うことも可能とされている(甲B4,甲B5。しかしながら,造影剤オムニパークの副作用の)発現率は, (MRアンギオグラフィ)が有用であり,しかも,MRアンギオグラフィでは,造影剤を使わない検査を行うことも可能とされている(甲B4,甲B5。しかしながら,造影剤オムニパークの副作用の)発現率は,上記のとおり,喘息の既往のある患者の場合であっても,3.16%程度であるとされていることのほか,被告Cは,胸部については,MRIに比べて造影CT検査の方が鮮明な画像が得られるため診断価値が高く,また,被告病院においては,予約の都合から,MRI検査の場合には3週間以上後に実施することになることから,より早期に確実な診断をするために),造影CT検査を選択したものであると供述するところ(被告C,文献上も造影CT検査は,大動脈炎症候群が疑われる患者における胸部大動脈及びそ の主要血管の血管壁の変化を明瞭に描写し,同症の診断に高精度の能力を有するとされていること(乙B4)をも併せ考えると,大動脈炎症候群を含む血管性病変が疑われ,より迅速かつ正確な診断が求められていた本件事情の下では,喘息発作等の副作用が発現する危険性を考慮しても,上記の判断のもと,造影剤を使用しないMRアンギオグラフィではなく,造影CT検査を行ったことには合理性があるというべきである。 (4)以上のように,本件においては,原告に大動脈炎症候群が合理的に疑われ,造影検査の危険性や代替措置を考慮してもなお造影CT検査を行う必要性が高かったこと,予想される副作用に対しての対策を十分に講じた上で造影CT検査を行っていることからすると,喘息の既往を有する原告に対して造影CT検査を行うことが許される特段の事情があったと認められるから,被告医師らに,原告に対し行ってはならない造影CT検査を実施した過失があるとはいえない。 争点(2)(被告医師らに,造影CT検査によって喘息発作が生じる危 れる特段の事情があったと認められるから,被告医師らに,原告に対し行ってはならない造影CT検査を実施した過失があるとはいえない。 争点(2)(被告医師らに,造影CT検査によって喘息発作が生じる危険性及び同検査の必要性についての説明義務違反があったか)について(1)前記1(2)ア及び1(3)アのとおり,原告は,喘息の既往があることについて被告医師らに伝えていたところ,前記2(2)アのとおり,喘息の既往がある患者については,造影剤による副作用の発生確率が高くなるのであるから,原告に対して造影CT検査を行おうとする被告医師らには,患者である原告が検査を受けるか否かを自己の意思において選択する機会を与えるために,造影CT検査を実施する必要性があること及び副作用として喘息発作などが生じる危険性があることについて説明する義務があるというべきである。 (2)アそこで,被告医師らが行った説明内容について検討するに,まず,被告Cは,その本人尋問において初診時に原告に対し,血管の病気が疑われるため造影CT検査を行うことを告げたと供述するところ,前記の1(2)イのとおり,被告Cは大動脈炎症候群を含む血管性病変を疑っていたと認 められることに加え,原告自身が本訴提起前に本件について弁護士に相談した際には,血圧の左右差があるために循環器の検査をすると担当医師から言われ,検査の実施を承諾したと告げており(甲A3,被告Cの供述)はこれに概ね合致することからすれば,上記Cの供述は信用でき,被告Cは,原告に対し,大動脈炎症候群という具体的病名に言及したかについてはともかく,何らかの血管の病気が疑われるため,その鑑別のために造影CT検査を行う必要があることを説明したと認められる。 これに対し,原告は,被告Cからは造影CT検査の必要性について何らの説明がされ はともかく,何らかの血管の病気が疑われるため,その鑑別のために造影CT検査を行う必要があることを説明したと認められる。 これに対し,原告は,被告Cからは造影CT検査の必要性について何らの説明がされなかったと供述するが,これは,原告自身が,弁護士に,血圧の左右差があることから循環器の検査を行う旨の説明を受けたと申告していた点と矛盾する上,原告は喘息発作の発生について強い不安を感じていたと供述しているところ(甲A2,原告,そのような原告が造影CT)検査の必要性について何も説明を受けないままに検査の実施を承諾したとは認め難いから,原告の上記供述は採用することができない。 さらに,原告は,原告が被告Cに対し,造影CT検査によって喘息発作が生じる可能性について何度も確認したにもかかわらず,被告Cは,ただ「大丈夫です」と述べただけであるとも供述するが,被告Cは,造影剤。 の副作用のリスクは常に内在しており,喘息の患者の場合には,そのリスクが高まるし,副作用が発生するか否かは造影剤を投与してみなければ分からないので,同被告が患者に「大丈夫です」などと発言することはないと供述していること(乙A3)に照らし,原告の上記供述は採用することができない。 イ次に,被告Dの説明内容について検討するに,被告Dは,造影剤の使用に懸念を示す原告に対し,副作用の出現も考えられるが,副作用の出現にも対応できるように万全の態勢で検査を実施する「気分が悪い「息苦,」,しい」などの症状が現れた場合は,造影剤の副作用の可能性があるので, すぐに伝えてくださいなどと説明をしたと供述するところ(乙A4,被告D,前記1(3)アのとおり,原告は,被告Dから過去に造影剤によって喘)息発作を起こした患者が2,3人いたと聞いており,その言葉から造影CT検査によって喘息発作が たと供述するところ(乙A4,被告D,前記1(3)アのとおり,原告は,被告Dから過去に造影剤によって喘)息発作を起こした患者が2,3人いたと聞いており,その言葉から造影CT検査によって喘息発作が生じる可能性があることを認識したと供述しているのであるから(原告,原告と被告Dのどちらが先に喘息発作が生じ)る可能性について言及したかはともかく,被告Dは,原告に対し,造影CT検査の実施によって喘息発作などの副作用が生じる可能性があることを原告に認識させるに足りるだけの説明をしたと認められる。 これに対し,原告は,被告Dから,喘息患者用の造影剤なるものを用意したとの説明を受け,検査を受けることを決意したと供述する(甲A2,原告。しかしながら,被告Dは,原告の供述するような説明をしたこと)はないと供述していること(乙A4,被告D)のほか,喘息患者用の造影),剤なるものは存在しないところ(乙A4,被告D,医師である被告Dが存在しない喘息患者用の造影剤を用意したとの虚偽の説明をしなければならないような事情は何らうかがわれない上,前記1(3)アのとおり,被告Dは,原告から喘息発作に対する不安を聞いて,被告Cに造影剤使用の必要性について問い合わせるなどしていることや,検査室内には副作用の発生に対処するための薬剤・器具が備え置かれており(乙A2,乙A4,)被告Dもそのことを認識していたと考えられることからすると,被告Dは,造影剤の副作用発生の危険性について十分に認識した上で,慎重な対応をとったものと認められ,そのような被告Dが,あえて原告の供述するような虚偽の説明をするとは考え難い。また,原告は,診療録上実施したと明らかに認められる造影剤使用経験の有無等についての問診が行われたか否かについては覚えていないと供述するなど(乙A1,原告,検査実施 な虚偽の説明をするとは考え難い。また,原告は,診療録上実施したと明らかに認められる造影剤使用経験の有無等についての問診が行われたか否かについては覚えていないと供述するなど(乙A1,原告,検査実施前)の被告Dとのやり取りに関する原告の供述にはあいまいな点が多く,これらの点に照らすと,原告の上記供述は採用することができない。 なお,原告は,被告Dから造影剤の投与により過去に喘息発作を起こした患者が2,3人いたとの説明を受けた事実を認めつつ,副作用の危険性について説明を受けていないとも主張するが,被告Dは,上記のとおり,過去の副作用発生事例についての説明するとともに,造影剤の投与により「気分が悪い「息苦しい」などの症状が現れた場合には,造影剤の副作」,用の可能性があるので,すぐに伝えて下さいと述べることによって,副作用としての喘息発作発生の可能性についての説明を尽くしたものというべきであるから,原告の主張は採用できない(造影剤オムニパークを喘息の既往を有する患者に投与するについては,担当医師において,副作用として喘息発作などがあることについて説明すべき義務があることは上記のとおりであるが,そのような説明以上に,造影剤オムニパークの喘息患者への投与が原則禁忌とされていることについてまで説明すべき義務があったとは認められない。 。),(3)以上の被告医師らによる説明内容からすれば,検査の必要性については被告Cにより原告が造影CT検査を受けるべきか否かを自己決定するために必要な内容の説明が行われ,同検査により喘息発作などの副作用が生じる可能性については,被告Dにより,原告が喘息発作が生じる可能性について認識するに足りる説明が行われ,実際に原告もそのことを認識していたと認められるから,被告医師らに説明義務違反があるとする原告 じる可能性については,被告Dにより,原告が喘息発作が生じる可能性について認識するに足りる説明が行われ,実際に原告もそのことを認識していたと認められるから,被告医師らに説明義務違反があるとする原告の主張は採用することができない。 第4 結論 以上のとおりであり,原告の被告らに対する請求は,その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官村田渉裁判官大嶋洋志裁判官岡田安世
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