○交通死亡事故につき一審の実刑が執行猶予付に変更された事例平成14年2月26日判決宣告仙台高等裁判所平成13年(う)第118号業務上過失致死告事件(原審盛岡地方裁判所平成13年(わ)第54号,平成13年3月28日判決宣告) 主文 原判決を破棄する。 被告人を禁錮1年6か月に処する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 理由 第1 本件控訴の趣意は,弁護人山崎正敏が提出した控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する(なお,弁護人は,同趣意書第1の事実誤認の控訴趣意を,被告人同意の下に撤回した。)。 控訴の趣意は,量刑不当の主張であり,要するに,被告人は,交通遺児救済を目的とする慈善団体にアルバイト収入の一部を毎月募金するなど遺族の様々な要望にできる限り応じ,保険会社の担当者を通じ,あるいは自ら,誠心誠意遺族の慰謝に努め,示談の成立に尽力しており,遺族の代表として示談交渉の窓口となっている被害者の長男が多忙等を理由に示談に応じないため,いまだ示談は成立していないものの,被害者の妻は早期の示談成立を望んでおり,被害感情も相当緩和されていること,任意保険により相応な損害賠償がなされることは確実であること,被告人は,前途有為な若者であり,本件事故の重大性を十分認識し,車両の運転は二度と行わないことを決意するなど反省しており,今後は介護業務に従事すべく資格を取ることを希望し,真剣に更生を志していることなどを考慮すると,被告人を禁錮1年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,執行猶予を付するべきである,というのである。 第2 そこで,記録を調査し,当審に 真剣に更生を志していることなどを考慮すると,被告人を禁錮1年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,執行猶予を付するべきである,というのである。 第2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 1 本件は,被告人が,平成12年3月1日午後2時50分ころ,普通貨物自動車を運転し,盛岡市内の市街地道路を時速55ないし60キロメートルで走行中,ぼんやり遠方に目をやって進路前方の注視を怠ったまま進行した過失により,信号機等の設置されていない横断歩道を歩行横断していた76歳の男性を前方約17.7メートル先に迫って初めて発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,自車前部左側付近を同人に衝突させて路上に転倒させ,同人を外傷性クモ膜下出血等の傷害により死亡させた事案である。 本件現場の道路は,東進車線が2車線,西進車線が1車線の車道とその両外側に歩道のある直線道路であり,被告人は東進車線の中央寄り車線を走行していたが,進路前方を注視するのを怠って,被害者が横断歩道を左から右に横断をし,被告人の走行車線にかかるまで進んだ段階で,約17.7メートル前方に初めて被害者を発見し,急ブレーキを掛けたが間に合わず被害者に衝突させたものである。被告人は,被害者が歩道から横断歩道を横断開始し,被告人走行車線に達するまで,被害者に気づかなかったもので,少なくとも,被害者が歩道の端から測っても約3.6メートル進む間,時間的には,被害者の歩行速度を老人の通常の速度である秒速1メートルとすると約3.6秒の間,被告人は前方注視を怠っていたことになり,被告人車の速度が時速55ないし60キロメートとすると,被告人は最低限でも約55メートルないし60メートル進行する間は前 とすると約3.6秒の間,被告人は前方注視を怠っていたことになり,被告人車の速度が時速55ないし60キロメートとすると,被告人は最低限でも約55メートルないし60メートル進行する間は前方注視を怠っていたことになり,しかも,被告人は約117メートル手前から認識可能な横断歩道にも気づいていなかったというのであるから,被告人は,上記最低限以上に前方注視を欠いていたことは間違いなく,相当の時間及び距離の間前方注視を怠っていたものと認められ,横断歩道における歩行者の安全は特に保護されるべきである点も考慮すると,被告人の過失は相当大きいといわざるを得ない。 なお,原判決は「本件の量刑にあたり,考慮した筋道の基本を以下に付け加える。」として,「運転者として最も基本的な注意義務である前方注視を長時間(十数秒と思われる。)怠ったものである。」とし,被告人の過失の程度が大きい理由とする。しかしながら,原判決は,(罪となるべき事実)においては,横断しようとしている被害者の発見が可能な地点以降の前方注視義務懈怠による過失を認定しているものと解されるのであるが,原判決の説示するように十数秒の間前方注視を怠ったことになると,被害者の発見のみならず横断歩道の認識が可能な地点よりも更に手前からの前方注視懈怠をも過失として考慮していることになり,原判決は過失の程度を過大に評価していることになるといわざるを得ない。しかしながら,原判決の過大な評価の点は措いても,被告人の過失がなお大きいものであることは,上記のとおりである。 そして,被告人の過失が招いた被害者の死亡という結果はもとより重大であり,定年で教職を退いた後,リュウマチを患って病床にある妻を介護しながら,余生を静かに暮らしていた被 とおりである。 そして,被告人の過失が招いた被害者の死亡という結果はもとより重大であり,定年で教職を退いた後,リュウマチを患って病床にある妻を介護しながら,余生を静かに暮らしていた被害者が,突然命を奪われ,妻を残して先立たねばならなかったその心残り,無念の程は察せられ,その妻は,長年連れ添った夫から介護を受けながら,安らかな生活を送っていたところ,突然頼り切っていた夫を失って途方に暮れており,このように被害者の遺族らの悲しみ,苦悩は大きく,本件がもたらした結果は痛ましく,重いものといえる。 2 しかしながら,被告人の過失は,近時法改正により重罰化が図られた飲酒運転や高速度運転といった運転行為自体が事故発生の高度な危険性を帯びた,特に悪質というべきものではなく,その過失及び結果から直ちに実刑に値するとも必ずしもいえないので,更に検討する。 被告人は,自己の重大な過失により事故を起こし,人の命を奪ったことを深く反省するとともに,事故後親とともに葬儀や法要に参列し,その上折に触れて被害者の妻を見舞い,誠意をもって謝罪し,また慰謝に努めていること,遺族の被告人に対する処罰感情は必ずしも厳しいものではないこと,被告人には速度違反の罰金前科1犯があるものの,特に日常の運転態度や交通規範意識に問題があったものではなく,本件事故により退職を余儀なくされるまでは定職に就き,まじめな社会生活を送ってきたものであること,被告人の実父及び叔父が今後の指導監督を誓約していることなどの酌むべき事情が原判決当時存在する。さらに,当審における事実取調べの結果によれば,被告人側では遺族を代表する長男と示談交渉を進め,その要望などを聞くなどしているが,長男において,社会への謝罪の姿勢を示し が原判決当時存在する。さらに,当審における事実取調べの結果によれば,被告人側では遺族を代表する長男と示談交渉を進め,その要望などを聞くなどしているが,長男において,社会への謝罪の姿勢を示してほしいとして様々な要望を出しながらも,多忙等を理由にいまだ示談に応じるに至っていないが,被告人は,その要望に応じてアルバイトで得た収入の一部を慈善団体に募金をするなど,慰謝への努力を続け,また,何度も被害者の妻を見舞い,被害者の妻はその誠意を酌んで,長男に対して早期に示談を成立させることを望む旨伝えており,これら事情からすれば,被害者遺族側の被害感情は相当程度緩和されているものと認められること,被告人は,原判決後も遺族らと会い,その接触を通じて改めて自己の起こした事故の重大性について認識し,二度と車両の運転を行わないと決意し,一層反省悔悟するに至っていることが認められる。 以上のような原判決当時存在しあるいはその後に生じた被告人のために酌むべき事情を総合考慮すると,現段階で被告人に実刑を科するのは酷であり,今回は刑の執行を猶予するのが相当と考えられる。 第3 よって,刑訴法397条1項(381条),2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとおり判決する。 原判決が認定した事実に平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段を適用し,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮1年6か月に処し,情状により,同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,原審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 平成14年2月2 裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,原審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 平成14年2月26日 仙台高等裁判所第1刑事部裁判長裁判官松浦繁裁判官卯木誠裁判官春名郁子
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