主文 本件各控訴を棄却する。 理由 本件各控訴の趣意は,被告人Aの弁護人ら作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書及び同(2)並びに被告人Bの弁護人作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書及び同(2)に各記載のとおりであり,論旨は,被告人A関係では訴訟手続の法令違反,事実誤認,法令適用の誤り及び量刑不当の主張であり,被告人B関係では訴訟手続の法令違反,事実誤認及び法令適用の誤りの主張である。各弁護人の控訴趣意に対する検察官の答弁は,答弁書に記載のとおりである。 第1 本件の訴訟経過 1 差戻前第1審及び控訴審被告人両名は,分離前の相被告人C(以下「C」)とともに刑法207条の適用のある傷害致死(被害者D。以下「被害者」)の公訴事実により平成25年12月13日起訴され,名古屋地方裁判所(差戻前第1審)は,平成26年9月19日,「仮に先行する被告人両名共謀による暴行(以下「第1暴行」)で既に被害者に死因である急性硬膜下血腫の傷害が発生していたとしても,後行のCによる暴行(以下「第2暴行」)は同傷害を更に悪化させたと推認できるから,第2暴行はいずれにしても被害者の死亡との間に因果関係が認められ,死亡させた結果に責任を負うべき者がいなくなる不都合を回避するための特例である刑法207条を適用する前提が欠ける」旨説示し,被告人両名に対し,第1暴行による傷害罪により懲役3年,保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡した。これに対し,検察官が控訴し,名古屋高等裁判所(差戻前控訴審)は,平成27年4月16日,第1審判決には刑法207条の解釈適用を誤った法令適用の誤りと,第1暴行と第2暴行の機会の同一性の判断に関する事実誤認があるなどと説示してこれを破棄し,機会の同一性等に関する更なる審理等を尽くすのが相当であるとして事件を第 の解釈適用を誤った法令適用の誤りと,第1暴行と第2暴行の機会の同一性の判断に関する事実誤認があるなどと説示してこれを破棄し,機会の同一性等に関する更なる審理等を尽くすのが相当であるとして事件を第1審に差し戻した。 2 差戻前上告審これに対し,被告人らが上告し,最高裁判所(差戻前上告審)は,平成28年3月24日,「刑法207条の適用の前提として,検察官は,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることの証明を要し,その証明がされた場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れない。共犯関係にない二人以上による暴行によって傷害が生じ更に同傷害から死亡の結果が発生したという傷害致死の事案において,同条適用の前提となる前記事実関係が証明された場合には,各行為者は,同条により,自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り,当該傷害について責任を負い,更に同傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負う。前記事実関係が証明された場合は,いずれかの暴行と死亡との間の因果関係が肯定されるときであっても別異に解すべき理由はなく,同条の適用は妨げられない」旨説示して,上告棄却の決定(以下「本件上告審決定」)をした。 3 差戻後第1審差戻しを受けた名古屋地方裁判所(原審)は,平成30年11月26日,被告人両名による第1暴行とCによる第2暴行はいずれも被害者の死因となった傷害(急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫を指す。当審では以下「本件傷害」)を生じさせ得る危険性を有するものである, 第1暴行 人両名による第1暴行とCによる第2暴行はいずれも被害者の死因となった傷害(急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫を指す。当審では以下「本件傷害」)を生じさせ得る危険性を有するものである, 第1暴行と第2暴行は同一の機会に行われたものと認められる,行為者がその傷害について責任を免れるための要件である「自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことの立証」とは,本件の場合,第1暴行のみによって本件傷害を生じさせた可能性のみならず,第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって本件傷害を生じさせた可能性も否定されなければならないことを意味する が立証の程度は証拠の優越程度で足りる本件傷害が,第1暴行のみによって生じた場合と,第2暴行のみによって生じた場合と,第1暴行と第2暴行が相まって生じた場合の3通りが想定される本件では,被告人両名がその責任を免れるためには,第2暴行のみによって本件傷害が生じた可能性が他の可能性に優越するとの心証に達することを要するが,その程度の立証はされていないしたがって,刑法207条の適用により被告人両名に傷害致死罪が成立するとして,両名を懲役10年に処した。これに対し,被告人両名が控訴した。 第2 訴訟手続の法令違反の主張について 1 被告人Aの弁護人の論旨について論旨は要するに,① 差戻前控訴審がCによる第2暴行の内容につきE(以下「E」)の証言のとおり認定し,本件上告審決定もその判断を否定しなかったのに,原判決は,Cの第2暴行についてE証言と異なった認定をしたことは,上級審の判断の拘束力を規定した裁判所法4条に違反し,② 原判決は,量刑の理由の項において,「被害者遺族に対する特段の慰謝の措置を講じておらず,その試みすらうかがわれない」と説示しているが,これを認める証拠はな 拘束力を規定した裁判所法4条に違反し,② 原判決は,量刑の理由の項において,「被害者遺族に対する特段の慰謝の措置を講じておらず,その試みすらうかがわれない」と説示しているが,これを認める証拠はないから,証拠による事実認定を定めた刑訴法317条に違反し,原審で実施された被害者参加人の意見陳述を証拠として用いたのであれば同法316条の38第4項に違反するから,訴訟手続の法令違反があるという。 しかしながら,①については,差戻前控訴審の破棄判決の拘束力は,これに対する上告審の棄却決定に抵触しない範囲で原審の事実面の判断にも及ぶものの,それは破棄判決の直接の理由となった差戻前第1審判決に対する消極的否定的判断についてのみ生じるのであるから(最高裁昭和43年10月25日第二小法廷判決・刑集22巻11号961頁参照),所論指摘の点に拘束力は及ばず,裁判所法4条違反はない。 ②については,原判決は,被害者側への慰謝の措置に関する被告人Aの原 審供述及びその祖父の差戻前第1審供述について否定的な評価をした上で,他の証拠によっても特段の慰謝の措置やその試みを行ったと認めるに足りる証拠がないと判断したものと思料されるから,刑訴法317条違反はない。 また,所論指摘の原審での被害者参加人本人の意見陳述は,同法292条の2に基づくものであり,同法316条の38に基づくものではないから,その4項違反の主張は前提を欠く。 各論旨は理由がない。 2 被告人Bの弁護人の論旨論旨は,要するに,① 原判決が,原判示のバー「F」を飛び出した時点以降の被害者の運動能力や階段から引きずり降ろされる場面での後頭部打ち付けの程度等を認定するために必要な,弁護人請求の現場検証(原審弁26号証)を却下し,被告人らに不利な認定をしたのは,訴訟手続 点以降の被害者の運動能力や階段から引きずり降ろされる場面での後頭部打ち付けの程度等を認定するために必要な,弁護人請求の現場検証(原審弁26号証)を却下し,被告人らに不利な認定をしたのは,訴訟手続の法令違反に当たる,② 原判決の説示をみると,刑法207条により立証責任が転換された「被告人らの関与した暴行が本件傷害を生じさせていないこと」が立証されたか否かの判断に当たり,裁判員を含む合議体はそのあらゆる前提事実についても被告人らに立証責任があるという見解の下で評議した可能性があり,この点は訴訟手続の法令違反に当たるという。 しかしながら,①については,前記現場検証は,原判示のG(以下「本件ビル」)の4階から3階へ向かう北側階段の踊り場までの階段のステップ幅,踊り場の奥行き,階段の傾斜等を測定し,被害者が第2暴行前にFから走り出して階段を下ろうとした点を裁判員・裁判官が追体験するというものであり,その狙いは当該階段の状況からは,正常な状態でも防犯カメラ動画に映る被害者がしたような足が止まるなどの動きが不可避であることを示してH医師の証言を弾劾することにあったようである。原審がこれを却下した理由は明らかではないものの,問題としている階段等の状況は差戻前第1審甲29,30号証等の証拠によりおおむね明らかとなっており,改めて取り調べ る必要性に乏しいといえるからこれを却下した判断が合理性を欠くとはいえない。したがって,この点に訴訟手続の法令違反はない。 ②については,一件記録を精査しても,所論指摘のような事情はうかがえない。所論は,可能性を指摘するにとどまるものであり失当である。 各論旨は理由がない。 第3 事実誤認の主張について 1 被告人Aの弁護人の論旨第1暴行の危険性について論旨は,第1暴行が本件傷害を 可能性を指摘するにとどまるものであり失当である。 各論旨は理由がない。 第3 事実誤認の主張について 1 被告人Aの弁護人の論旨第1暴行の危険性について論旨は,第1暴行が本件傷害を生じさせる危険性を有することは明らかであるとした原判決は事実を誤認しているという。 原判決は,第1暴行の暴行態様並びにI,J,K及びH各医師の証言によれば,第1暴行は被害者に本件傷害を生じさせ得る危険性を有すると認めた。 前記各医師はいずれも,第1暴行のみによっても本件傷害を生じさせ得る危険性を有することを明言するか,又はそれを前提とする証言若しくはそれを積極的には否定しない証言をしており(原審での弁護側証人であるK医師についてもその証人尋問調書(その3)9,14頁等),これらを基礎に前記のとおり認めた原判決の判断に経験則等に照らして不合理な点はない。 機会の同一性について論旨は,第1暴行と第2暴行の間に機会の同一性があるとした原判決は事実を誤認しているという。 原判決は,第1暴行が午前6時50分頃から午前7時10分頃までの間に,Cによる中間の暴行が午前7時15分頃に,第2暴行が午前7時50分頃から午前7時54分頃までの間にされたこと,いずれの暴行も本件ビルの3階あるいは4階での犯行であることを前提に,第1暴行ないしその後の店内への連れ戻し等により,被害者は物理的・心理的に被告人両名の支配下に置かれ,そのような状況が継続する中で第2暴行が行われるなど,第1暴行と第 2暴行はいずれもFの飲食代金等に関するトラブルに端を発する一連の事象の中で行われたものであり,被告人B及びCは,互いの暴行場面に居合わせ,互いの暴行の少なくとも一部を現認しながら,あるいはそれに加担し,あるいは放置し,被告人AもFから逃げ出した被害者をEが追い掛 の中で行われたものであり,被告人B及びCは,互いの暴行場面に居合わせ,互いの暴行の少なくとも一部を現認しながら,あるいはそれに加担し,あるいは放置し,被告人AもFから逃げ出した被害者をEが追い掛け取り押さえる様子を目撃しながらこれを放置するなど,第1暴行と第2暴行は,外形的には共同実行に等しいと評価できる状況で行われたと説示した。 原判決は,第1暴行と第2暴行との間の時間的場所的接着性を前提とした上で,被告人らによる第1暴行等の結果である被害者に対する支配状況が,被告人らの意を忖度した店員の助力もあって被害者の逃走の試みにもかかわらず継続した中で,Cが少なくとも外観上はその状況を利用する形で第2暴行に及んでいることや,被告人らとCとの間の相互の暴行の認識度及び認容度に着目して,本件上告審決定が示した「外形的には共同実行に等しいと評価できる状況」があったか否かを判断し,これを肯定して機会の同一性を認定したものであり,その認定評価は理に適っており,正当なものとして是認できる。 被告人らがその責任を免れるための立証について論旨は,本件傷害は第2暴行のみによって生じたものであるから第1暴行のみに関わった被告人らは傷害致死についての責任を負わないとの見解に立ち,これと異なる説示をした原判決は事実を誤認しているという。 ア原判決は,この点について要旨次のように説示した。 第1暴行は,頭部に強度の衝撃を与える暴行を多数含むもので,頭部に並進加速度及び回転加速度が生じていたことが特に強くうかがわれる場面もある。他方,第2暴行は,頭部を複数回殴り,一,二回両足で踏み付けたことは明らかであるが,頭部に対する暴行の回数,衝撃度はそれ以上明らかでない。そして,第1暴行中や第1暴行後の被害者の様子に鑑みると,第1 方,第2暴行は,頭部を複数回殴り,一,二回両足で踏み付けたことは明らかであるが,頭部に対する暴行の回数,衝撃度はそれ以上明らかでない。そして,第1暴行中や第1暴行後の被害者の様子に鑑みると,第1暴行の途中から第2暴行開始前までの被害者はかなり 身体の状態が悪かったとみるべきである(意識状態も悪くなりつつあるとみる余地も小さくない)。そして,2か所の脳挫傷と少なくとも2か所の架橋静脈の断裂が,急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫(本件傷害)の形成に影響した可能性があるが,各出血原因に対応する暴行や同血腫に対する各出血原因の寄与の有無及び割合等の特定はできないところ,確率論や第2暴行開始前までの被害者の身体状態からすると,第2暴行が各出血原因の全てを生じさせたという可能性は高くなく,したがって,第2暴行のみが本件傷害を生じさせた可能性はそれほど高くない。 他方,第2暴行開始後被害者が急激にいびきをかく状態にまで陥っていることに着目すると,第2暴行が各出血原因のいずれも生じさせず,かつ,悪化すらさせていないことも考えにくく,それゆえ第1暴行のみが本件傷害を生じさせた可能性もそれほど高くない。 むしろ,頭部に強い衝撃を与える暴行を多く含む第1暴行により,各出血原因の一部又は全部が生じたことで被害者の身体状態が悪化し,第2暴行で,その余の出血が生じ,あるいは第1暴行で生じていた出血を悪化させ,急速にいびきをかくような状態に至ったとみるのが最も合理的な機序であり,その可能性が相当に高いといえる。 以上から,第2暴行のみが本件傷害を生じさせた可能性が他の可能性に優越するとは認められず,第1暴行が本件傷害を生じさせていないことは立証されていない。 イ原判決の説示には,関係証拠,論 以上から,第2暴行のみが本件傷害を生じさせた可能性が他の可能性に優越するとは認められず,第1暴行が本件傷害を生じさせていないことは立証されていない。 イ原判決の説示には,関係証拠,論理則・経験則等に照らして不合理な点はなく,その判断過程はおおむね相当なものであり,その結論は是認できる。 (なお,原判決は,被告人ら側に立証責任が転換された際の立証の程度につき,証拠の優越で足りるという見解を採用しているが,同見解を採用す るか,合理的な疑いを超える程度を要するという検察官の主張する見解を採用するかで前記結論は変わらない)ウ弁護人は,自らの主張を裏付ける証拠としてK医師の証言(以下「K証言」)を挙げるところ,原判決は,K証言を概要以下のとおり整理した。 ① 当初軽症であった急性硬膜下血腫の患者が一気に悪化して死亡する例はまれであり,悪化する場合には頭蓋内圧亢進兆候を伴うのが通常である。 ② 第1暴行後の被害者は各種兆候から見当識障害はなく,意識もしっかりしており,頭蓋内圧亢進兆候もなかった。 ③ ゆえに第1暴行により本件傷害が発生したとは考えにくい。 ④ 他方,第2暴行直後に意識障害が生じていること,第2暴行では激しい打撃が頭部に加えられていることから,第2暴行により本件傷害が生じた可能性が高い。 その上で,原判決はK証言は採用できないとし,その理由として,K医師がその前提としている事実関係について,第1暴行後第2暴行開始までの被害者の意識状態は相応に悪化していたのに意識状態は悪くなかったと誤認していること,頭蓋内圧亢進兆候についてこれを否定していること,第2暴行の内容を実際よりも過大評価していることを挙げる。 これに対して所論は,第2暴行前の被害者の状態について,次のとおり述べる。 ① 原判決 頭蓋内圧亢進兆候についてこれを否定していること,第2暴行の内容を実際よりも過大評価していることを挙げる。 これに対して所論は,第2暴行前の被害者の状態について,次のとおり述べる。 ① 原判決は,第1暴行後,被告人らが被害者をFに連れ戻そうとした際,被害者は膝から崩れ落ち20秒以上にわたって倒れ込んでいた旨認定したが,被害者は靴が脱げたためにつまずいて転び,靴を履けるまで立ち上がらなかっただけであるし,本件傷害と関係なく単に痛みから立ち上がらなかっただけの可能性もある。 ② 原判決は,被害者は示談書の内容を理解せず被告人らに言われるが まま署名した可能性があるというが,Eとの会話でも自己の意見を主張するなど意思を持って行動しており,言われるがまま署名したとは考えられない。 ③ 原判決は,第1暴行後のF店内での会話は被害者を一方的に言いくるめるようなもので,被害者からの発言は多くないというが,普通に会話していたとのE証言もあり,被害者の意識状態が悪かったとみるのは誤りである。 ④ 同店内で被害者が頭痛や吐き気を訴えていないことにつき,原判決は,訴えられなかったとみる余地も十分あり頭痛や吐き気がなかったとはいえないというが,頭蓋内圧亢進兆候である頭痛,吐き気は生理的現象として現れるもので,我慢しようとしてできるものではない。 ⑤ 被害者はEの隙を見てFを飛び出し,エレベーター前を全速力で駆け抜け,階段では急な段差に対応すべく体を横に向けながら降りようとしたのであって,十分な判断能力,身体能力があった。 ⑥ 被害者はEに取り押さえられてから1分以上にわたって特段の抵抗をしないで寝た体勢となったというが,防犯カメラの映像では,被害者は階段の陰におり,寝た体勢であったかは明らかでない。 しかしながら,①につ 押さえられてから1分以上にわたって特段の抵抗をしないで寝た体勢となったというが,防犯カメラの映像では,被害者は階段の陰におり,寝た体勢であったかは明らかでない。 しかしながら,①については,防犯カメラの映像(差戻前第1審甲31号証)によれば,被害者は膝から崩れ落ちて20秒以上にわたり膝をつき,立ち上がれなかったもので,靴が脱げて履けずにいたとは認められない(このことは,Cが差戻前第1審で,被害者はF店内に入ったとたん壁に突進して倒れた旨供述していること(差戻前第1審のC被告人供述調書4頁)と符合する)。本件傷害と関係のない痛みで立ち上がれなかったとは考え難い。 ②については,既に第1暴行で被告人らから一方的に強度の暴行を加えられ,運転免許証の交付も余儀なくされた被害者が,示談書を示され て署名指印を求められ,反論等できる状況になく,実際求められるがままに署名指印したことは,それを求めた被告人A自身がその旨差戻前第1審で供述しており,これを前提とすると,被害者がその内容を理解できていたかは不明であって,原判決の説示のとおり,言われるがままに署名指印しただけの可能性も否定できない。 ③については,少なくとも,被告人Aが被害者に示談書に署名させた段階頃までは,被害者は一方的に言いくるめられる状況にあったと認められ,その後,被告人Bから水かウーロン茶等を飲むかと尋ねられて水を選んだ後,原審におけるE証言(原審のE証人尋問調書5頁)によっても,10分程度Eが被害者を問い詰めるような質問をした際,被害者はおおむねこれに応答したものの,何も答えなかったり,前と違うことを言ったりしたことが認められる。その間,被害者は,同店出入口付近の床に座り続けており,Eの隙を見て立ち上がって逃げ出したとはいえ,遅れて同店を出た 応答したものの,何も答えなかったり,前と違うことを言ったりしたことが認められる。その間,被害者は,同店出入口付近の床に座り続けており,Eの隙を見て立ち上がって逃げ出したとはいえ,遅れて同店を出たEに同店出入口からすぐ近くの4階エレベーター前でほぼ追い付かれ3階へ下る階段の途中で捕捉されている。加えて,Eも,被害者は店内で顔面から血を出して顔を腫らし,座り込んでいたのでつらそうに見えたとか,会話中同じ答えが返ってきて同じ問答を繰り返したとも証言している。そうすると,必ずしも医学的素養を持って被害者を観察していたわけではないEの,被害者は普通に会話をしていたとの認識をそのまま前提とすることは相当ではない。原判決説示のとおり,逃走前の身体状態の悪さをうかがわせる状況は認められ,逃走前の時点で被害者の意識状態が既に悪化していた可能性がなかったとはいい切れない。 ④については,頭蓋内圧亢進兆候のうち,嘔吐は少なくともK証言によれば通常我慢できないとされているが,H医師の証言によれば,頭部への打撃後しばらくの時間を経て急性硬膜下血腫が悪化したケースに おいて重症化するまで患者が頭痛や吐き気を周囲に訴えていなかったという症例はままあったというのであり,被害者においても,その時点までの経緯に照らして被告人らや店員であるEに対して頭痛や吐き気を訴えられる状況になかったともいえるから,周囲への訴えなどがなかったからといって頭蓋内圧亢進兆候が生じていなかったということにはならない。 ⑤については,出入口付近の床に座り続けていた被害者は,Eがおしぼりを取りに行ったタイミングで立ち上がり,目の前の出入口から店外へ出て走って逃げ出しており,状況を見て逃げ出せる程度の見当識は少なくともあったと認められるが,Eは店舗奥へ数歩歩いた時点で後方で しぼりを取りに行ったタイミングで立ち上がり,目の前の出入口から店外へ出て走って逃げ出しており,状況を見て逃げ出せる程度の見当識は少なくともあったと認められるが,Eは店舗奥へ数歩歩いた時点で後方でドアがガシャンと音を立てたので振り返って被害者が逃走したことに気づいたというのに(原審のE証人尋問調書9~11頁等),結局,被害者は同店入口を出てすぐ近くのエレベーターホール前でEにほぼ追い付かれていることが防犯カメラ映像から明らかである上,階段を一段ずつ降り始めたところでEにつかまれて取り押さえられているのであるから,この状況をもって正常な身体状態,意識状態であったとは必ずしもいえない。 ⑥については,Eは原審で,被害者を捕捉してからCが来るまで被害者が立った状態で,強い力で引っ張った旨証言するが,防犯カメラの映像によれば,被害者は,Eに捕捉された当初はこれを振り切ろうとしたり,寄ってきた第三者の手をつかんだりしているものの,第三者が去ってからはかなり低い姿勢となって特段の抵抗をしていない。このことに,Cが差戻前第1審で,被害者とEのいる階段踊り場に行った際,被害者はEに後ろから脇をつかまれて寝た状態であった旨供述していること(差戻前第1審のC被告人供述調書7頁)も併せ考えると,Cが到着した時点で被害者は横になった体勢であったと認められ,おおむね原判 決説示のとおりである。 続いて,所論は,第2暴行の程度について,原判決は,差戻前第1審及び同控訴審で信用できるとされたEの証言の信用性を否定し,防犯カメラ映像のみで認定した結果,その認定,評価を誤る結果となっており,実際は,差戻前第1審におけるEの証言するとおりであり,原判決の認定より激しいものであったという。 しかしながら,Eは,差戻前第1審では主として第1暴 果,その認定,評価を誤る結果となっており,実際は,差戻前第1審におけるEの証言するとおりであり,原判決の認定より激しいものであったという。 しかしながら,Eは,差戻前第1審では主として第1暴行,第2暴行の各状況を,原審では主として第1暴行後の被害者の様子を証言したものであるところ,原判決がE証言の信用性を否定した部分は,逃走した被害者をEが捕捉した後に被害者はCが来るまで立っていたなどという点や第2暴行の評価的意見の点であり,第2暴行の外形的な内容について原判決は,「Cは,階段の両側の手すりを持って,自身の身体を持ち上げ,寝ている体勢の被害者の顔面,頭部,胸部付近を踏み付けた上,両足を持ち,3階まで被害者を引きずり下ろし,寝ている体勢の被害者の頭部や腹部をサッカーボールを蹴るように数回蹴った。その後,被害者がいびきをかき始めたところ,被害者の顔面を蹴り上げた」旨,差戻前第1審判決及び同控訴審判決とそれほど異ならない認定をしており,この認定がEの差戻前第1審の証言に依拠していることは明らかである。その上で,原判決は,第2暴行の回数や強度について,それ以上詳しい認定はできない旨説示しているのであって,その認定,説示が関係証拠,論理則・経験則等に照らして不合理とはいえない。前記所論は採用できない。 原判決は,K証言を採用しない理由について,さらに,第1暴行と第2暴行が相まって本件傷害を生じさせた可能性を十分検討していないことや,K医師が挙げる統計基準を前提にした経験則を本件に適用するのは妥当ではないことを挙げる。 これに対して所論は,① K医師は,原審証人尋問において,第1暴行と第2暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性についても尋問され,第1暴行で架橋静脈に亀裂が入り第2暴行で破断したことは これに対して所論は,① K医師は,原審証人尋問において,第1暴行と第2暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性についても尋問され,第1暴行で架橋静脈に亀裂が入り第2暴行で破断したことは考えられず,第1暴行で架橋静脈が破断すれば出血量は多く老人でない被害者の第2暴行前の様子の説明が困難であるなどと,逐一説明しており,検討が不十分ということはない,② 原判決は,K医師が調査集計した204例に係る統計を根拠とする経験則を,第2暴行前のE証言等から判断したに過ぎない事実関係に適用することはできないというが,K医師は被害者がFから逃げ出している様子等の防犯ビデオ映像も確認しているから,その批判は当たらないという。 しかし,①については,K証言には,前記の相まっての可能性に関する訴訟関係人の尋問に対して事前に十分に検討した結果ではなく場当たり的に述べているのではないかと思われる面もあり,検討不十分との評価も誤っているとはいえない。そして,結局,K証言にあっても,第1暴行と関係なく第2暴行によって本件傷害が生じたと考えるのが合理的としながらも,原判決も指摘するとおり,第1暴行と第2暴行が相まって本件傷害を生じさせた可能性を結局,否定はしていないと認められる(原審のK証人尋問調書(その3)3~4,17頁等)。 ②については,K医師の述べる独自の統計に基づく医学的経験則を,Eの証言等から逃走行動前の時点で判断したものにすぎない事実関係に適用することは科学的にみても妥当でないとする原判決の説示は,理由も含め至極当然であって正当である。 したがって,前記各所論も採用できない。 所論は,K医師もH医師も,仮に第1暴行と同じ箇所に第2暴行が加わったとしても,第1暴行時の脳挫傷が拡大することは否定的であり,また, がって,前記各所論も採用できない。 所論は,K医師もH医師も,仮に第1暴行と同じ箇所に第2暴行が加わったとしても,第1暴行時の脳挫傷が拡大することは否定的であり,また,架橋静脈の破断についても亀裂が生じるくらいであれば切れるで あろうと述べ,多段階で出血が増大する可能性を否定しているのに,原判決が,第1暴行と第2暴行とが相まって本件傷害を生じさせた可能性を認めたのは,証拠の評価を誤り,頭部外傷を専門とする医師が提示する経験則に反しているという。 しかし,第1暴行で生じた脳挫傷が第2暴行で悪化したかについては,K医師はCT画像から考えにくい旨述べ,H医師は一般的に事後的なCT画像からは分からない旨述べるに過ぎず,否定的とまではいえない。 また,両医師は,架橋静脈の破断は亀裂が生じるくらいであれば切れるであろうと証言しているが,少なくともK医師にあっても,多段階で破断する可能性を否定まではしていない(原審のK証人尋問調書(その1)39,43~45頁等,同(その3)3~4,17~18頁等)。差戻前第1審でのJ医師の証言でも同様である(差戻前第1審のJ証人尋問調書12頁)。原判決の説示はこうした専門家証言を前提にしたものと理解でき,医学的経験則に反するとはいえず,所論は採用できない。 その他,所論は原判決を種々論難するが,各指摘を踏まえて検討しても,原判決に所論のいうような事実誤認はない。 被告人Aの責任能力についてア論旨は,被告人Aの完全責任能力を認めた原判決は事実を誤認しているという。 イ原判決は,被告人Aは,高次脳機能障害を有してはいたが,被害者との代金トラブル等の発生後直ちに暴行を開始したわけではないこと,被告人Bの暴行や行動を踏まえて自己の暴行を ているという。 イ原判決は,被告人Aは,高次脳機能障害を有してはいたが,被害者との代金トラブル等の発生後直ちに暴行を開始したわけではないこと,被告人Bの暴行や行動を踏まえて自己の暴行を行っていること,暴行途中で客に挨拶をして見送ったり,暴行後に被害者に示談書へ署名指印させ,運転免許証のコピーをとるなどしていることに照らすと,ある程度周囲の状況を冷静に認識し,臨機応変に行動できていたから,完全責任能力を有していたと認定した。原判決の説示に論理則,経験則等に照らして不合理な点は なく,その判断は正当である。 ウ所論は,被告人Aの第1暴行時の行動や対応は,Fの店員という立場を意識することなく自身の感情のままに被害者に暴行を加え,流血した被害者の状況を何ら顧みることなく接客していたなどというものであり,これらに照らすと,原判決も認定した高次脳機能障害のため,心神耗弱状態にあった旨主張する。しかし,被告人Aが被害者に暴行を加えたのは,被害者がF店内で被告人Aに文句を言い,首をつかむなどの暴行を振るって店外に出た後のことであるから,所論指摘の事情が事理弁識能力等の著しい減退を示すものとはいえない。所論は採用できない。 小括各論旨は,いずれも理由がない。 2 被告人Bの弁護人の事実誤認の論旨論旨は要するに,被告人らは第1暴行が本件傷害を生じさせていないことを立証していないという原判決の認定を,その判断構造を論難しながら,事実誤認があると主張しているものと解され,被告人Aの弁護人の事実誤認の論旨とおおむね同様の趣旨をいうものと解される。また,検察官の答弁書に対する反論の形で,第1暴行の危険性について,被告人Aの弁護人の論旨と同様の主張をした。 そこで,検討すると,第1暴行の 旨とおおむね同様の趣旨をいうものと解される。また,検察官の答弁書に対する反論の形で,第1暴行の危険性について,被告人Aの弁護人の論旨と同様の主張をした。 そこで,検討すると,第1暴行の危険性について原判決が説示するところに誤りがないことは,既に事実誤認の論旨1で述べたとおりである。また,原判決は,第1暴行が本件傷害を生じさせていないことの不立証について,前記1のとおり説示したが,既に述べたとおり,その説示はおおむね相当であり,その結論は是認できる。 所論は,① 原判決は,第1暴行後の被害者の状態について,示談書への署名につき内容を理解せず,言われるがままに行った可能性も十分に考えられるとか,被害者がF店内で頭痛や吐き気を訴えなかった点について,訴えが なかったからといって頭痛や吐き気の症状がなかったとまで認められないと説示するが,積極証拠がなく,抽象的可能性のみで被告人に有利な事実関係を認定しなかったのは誤りである,② むしろ,被害者は,Eが目を離したのを好機と捉え,Fの出入口や階段方向を的確に把握して逃げ出し50m走でいえば10秒の速度で走り抜け,狭い階段を小刻みな足の動きで降りていくなど,第2暴行前の意識状態や運動能力に問題はなかった,という。 しかしながら,①については,被害者が示談書の内容を理解せずに言われるがままに署名した可能性については被告人Aの差戻前第1審での供述が積極証拠といえるし,頭痛や吐き気があっても言えなかった可能性があるというのも,これを肯定する趣旨のH証言やその前後の被害者の身体状態,第1暴行を含むその時点までの経緯が積極証拠ないし積極事実といえる。 ②については,被告人Aの弁護人の事実誤認の論旨に係る同種の所論に対する判断で示したとおりである。したがって,前記各所論 体状態,第1暴行を含むその時点までの経緯が積極証拠ないし積極事実といえる。 ②については,被告人Aの弁護人の事実誤認の論旨に係る同種の所論に対する判断で示したとおりである。したがって,前記各所論はいずれも採用できない。 次に,所論は, 原判決が,第2暴行につき,被害者が階段から引きずり降ろされる場面で後頭部を打ち付けたかどうかやその回数,程度が不明であるとしたことに対し,被害者の身体状態が悪く,意識状態も更に悪化したというなら防御できなかったはずで,後頭部を無防備に少なくとも3段にわたり,仰角140度と180度とを行ったり来たりし,それぞれ19㎝の高さから落下する形で打ち付けたはずであるという。確かに,Cが被害者の両足を持って階段から引きずり降ろした際に被害者が頭部を打ち付けた可能性はあるものの,頭部はまったく当たっていないとのCの差戻前第1審の供述はともかくとして,Eも当たったのを見たとは証言しておらず,第1暴行を含め他にも頭部に強度の打撃が加えられたことが明らかな本件事案に鑑みると,結局,引きずり降ろした際に頭部を階段に打ち付けた事実の有無,回数,強度等を的確に認定できる証拠はないというほかない。したがって,所論は可能 性の指摘にとどまるといわざるを得ない。 さらに,所論は,被害者は,第1暴行後,約35分間にわたり平穏にしており,K医師の調査した統計の事例(意識レベルの程度がGCSで14,15のもの)と類似した状況にあったから,その場合短時間で急激に意識を失うようなことは稀であるという医学的経験則が適用され,これに合致しない原判決の判断は誤りであるという。しかし,K医師の独自調査の結果得られたという統計に基づく医学的経験則(病院搬送時にGCSが14ないし15の患者の204例中,その後死亡又は手術を要する状 合致しない原判決の判断は誤りであるという。しかし,K医師の独自調査の結果得られたという統計に基づく医学的経験則(病院搬送時にGCSが14ないし15の患者の204例中,その後死亡又は手術を要する状態に悪化したものが17例あったというもの)を本件事案に適用することが条件の相違から妥当でないことは既に述べたとおりである。前記所論も採用できない。 その他,所論はるる主張するが,各指摘を踏まえて検討してみても,原判決に,判決に影響を及ぼすような事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 第4 法令適用の誤りの主張について 1 被告人Aの弁護人の論旨論旨は,要するに,刑法207条の解釈適用に関し,① 原判決は,第1暴行と第2暴行の機会の同一性について,被害者の飲食代金等に関するトラブルに端を発する一連の事象の中で行われた暴行であるとして機会の同一性を肯定して同条を適用したが,その程度の事実関係では,本件上告審決定が示した機会の同一性の適用要件を満たさない,② 原判決は,被告人らに立証責任が転換された同条の適用を免れるための立証命題について,本件傷害が第1暴行のみによって生じた可能性がないことのみならず,第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じさせた可能性もないことが立証されなければならない旨判示し,その立証がないとして同条を適用したが,第1暴行のみによって生じた可能性がないことが立証されれば足りると解すべきであるから,法令適用の誤りがあるという。 機会の同一性の解釈適用についてア原判決は,前述のとおりその基礎となる事実関係を認定した上で第1暴行と第2暴行の機会の同一性を認定し,その上で更に本件上告審決定の示した刑法207条の解釈上の適用要件の一つである「各暴行が同一の機会に行われたもので おりその基礎となる事実関係を認定した上で第1暴行と第2暴行の機会の同一性を認定し,その上で更に本件上告審決定の示した刑法207条の解釈上の適用要件の一つである「各暴行が同一の機会に行われたものであること」に当てはめて,これを満たすものと判断した。 明らかなとおり,本件上告審決定が示した「各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと」を満たすものであり,原判決の法令適用としての前記当てはめに誤りはない。 イ所論は,「各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと」といえるためには,暴行全体が一定の共通した方向に継続して向けられているという能動的要素が必要と解すべきであるという。所論の指摘は,機会の同一性要件の適用のためには,各暴行の目的ないし動機の共通性が必要である旨をいうものと解されるところ,その点は一つの考慮要素とはいえるが,これを常に必要と解するのは失当であり,本件で原判決が認めた程度の事実関係があれば,機会の同一性要件への当てはめは適法と解すべきである。 立証責任が転換された被告人側の立証命題の解釈適用についてア所論は,行為者が傷害についての責任を免れるため立証しなければならない命題について本件上告審決定が示した「自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証」するとは,その文理に照らすと,第1暴行のみによって本件傷害を生じさせた可能性が否定されれば足りると解すべきであるという。 この点,原判決は,本件上告審決定の判示に関し,自己の関与した暴行の当該傷害に対する寄与の有無・程度を明らかにすることを通じてその因果関係の不存在を立証することを意味するのであり,これを本件に即して いえば,死因となった傷害について, 関与した暴行の当該傷害に対する寄与の有無・程度を明らかにすることを通じてその因果関係の不存在を立証することを意味するのであり,これを本件に即して いえば,死因となった傷害について,第1暴行のみによって生じさせた可能性が否定されなければならないだけでなく,第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じさせた可能性も否定されなければならない旨説示し,本件では,本件傷害が生じた機序として,① 第1暴行のみによって生じた可能性,② 第2暴行のみによって生じた可能性,③ 第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じた可能性の三つの可能性の存在を前提に,結論として,本件傷害が第2暴行のみによって生じた可能性(②)が,第1暴行のみによって生じた可能性(①)及び第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じた可能性(③)という他の二つの可能性に優越するとの心証に達した場合に,被告人は本件傷害(ひいては死亡結果)について責任を免れることになる旨結論づけた。 イ刑法207条の趣旨に照らせば,本件のように各暴行に時間的先後関係がある事案では,時間的に後行する暴行が,先行する暴行により生じた傷害結果に何らかの寄与をする場合があることは同条の射程の範囲内であると解される。したがって,本件の場合も,第1暴行のみによって本件傷害を生じさせた可能性を否定するだけでは足りず,第1暴行と第2暴行とが相まって本件傷害を生じさせた可能性も否定しなければ,その責を免れることはできないというべきである。これと同旨の原判決の説示は正当であり,所論は理由がない(なお,原判決は,「不可分・不特定に相まって」と説示するが,ここでいう「不可分・不特定」の意味するところが必ずしも明らかではない。本件傷害の形成に影響したと考えられる2か所の脳挫傷と少なく がない(なお,原判決は,「不可分・不特定に相まって」と説示するが,ここでいう「不可分・不特定」の意味するところが必ずしも明らかではない。本件傷害の形成に影響したと考えられる2か所の脳挫傷と少なくとも2か所の架橋静脈の断裂への影響を意識しての表現とも思料されるが,そこまでの分析が必要とは思われないし,かえって議論の混乱を招きかねないことから,「互いに作用しあって」あるいは「一緒になって」の意味である「相まって」との説示で足りるというべきである)。 小括 各論旨はいずれも理由がない。 2 被告人Bの弁護人の論旨論旨は,要するに,第2暴行を行ったCに合理的な疑いを容れない程度に傷害致死罪が成立することにつき合理的疑いが残る本件では刑法207条は適用されるべきではないのに,原判決がこれを適用したことは,致死結果について誰も責任を問われない不当な事態を回避するという同条の趣旨から逸脱したもので,法令適用の誤りがあるという。 本件上告審決定は,前記第1の2のとおり判示しており,この法令解釈は,裁判所法4条により,原審及び当審に対する拘束力を有するから,第1暴行及び第2暴行がいずれも本件傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が同一の機会に行われたものであることという前記事実関係が証明されたと認められる本件において,第2暴行を行ったCについて刑法207条を適用しなくとも傷害致死罪が成立する余地があるからといって,被告人両名に同条が適用されないということにはならない。論旨は理由がない。 このほか,被告人Bの弁護人は,被告人Aの弁護人の前記1②と同様の論旨を述べるが,これは前記1で述べたとおり理由がなく,さらに,立証責任が被告人に転換された命題の事実認定においても前提となる事実の認定 ,被告人Bの弁護人は,被告人Aの弁護人の前記1②と同様の論旨を述べるが,これは前記1で述べたとおり理由がなく,さらに,立証責任が被告人に転換された命題の事実認定においても前提となる事実の認定には利益原則が適用されるべきであるのに原判決はこれにも被告人らに立証責任を負わせて判断をしたのは同条の解釈適用を誤っているとの論旨も述べるが,これも既に前記第2の2②の論旨について述べたとおりであって,理由がない。 第5 量刑不当の主張について 1 被告人Aの弁護人の論旨は,原判決の量刑は重過ぎるというものである。 2 本件は,バーの店員である被告人両名が共謀の上,客である被害者の態度に立腹し,蹴って階段から落とす,顔面を壁に打ち付ける,顔面にかかと落とし をする,頭部を床に打ち付ける,頭部等を多数回手拳又は灰皿で殴る,蹴るなどし,他方で,別の客のCも被害者に多数回の暴行を加え,結局,一連の暴行により被害者に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同血腫による急性脳腫脹により死亡させたが,いずれの暴行が前記傷害を生じさせたかを知ることができないという傷害致死事案である。 3 原判決は,二人掛かりで強度の暴行を加え,被害者が抵抗不能となっても執ようかつ一方的に暴行を繰り返したという態様はCの暴行に増して極めて危険であったこと,飲食代金のトラブル等が発端であるが,請求した代金が法外であった上,弱った状態の被害者に手加減せずに暴行を加え続けるなどした経緯・動機に酌量の余地はないこと,遺族の処罰感情は峻烈であることなどからすると,本件は傷害致死の事案の中で非常に重い部類に属する事案であり,犯行時若年で前科がないことなどの事情を考慮しても,懲役10年はやむを得ないとした。 原判決の量刑事情の認定,評価に不合理な点は見当たらず,そ 傷害致死の事案の中で非常に重い部類に属する事案であり,犯行時若年で前科がないことなどの事情を考慮しても,懲役10年はやむを得ないとした。 原判決の量刑事情の認定,評価に不合理な点は見当たらず,その量刑判断が誤っているとはいえない。 4 所論は,① 第1暴行より第2暴行の方がより苛烈で危険であったから第2暴行を行ったCと同じ量刑は不当である,② 犯行の経緯について,代金請求が法外であったと認定しているが,3人分で,高額のシャンパンを注文するなどしたから高額になったものである上,被害者が被告人Aの首を絞めるなどしたことが犯行の契機となったという被害者の落ち度が考慮されていない,③ 高次脳機能障害を認定しておきながら,易怒性を含む同障害が犯行に及ぼした影響を量刑判断に当たって全く考慮しなかったのは不当である,④ 原審弁論終結後の事情ではあるが,遺族側が被告人Aの有する債権から弁償金として70万8679円を回収した点(当審弁1号証)を考慮すべきという。 第1暴行が第2暴行より苛烈であるという原審の認定・評価に誤りはないから,①の点は前提を欠く。②の点は,確かに3人分の料金であり,高額のシャ ンパン(3万円)やボトル2本(合計1万6000円)を注文したという事情もあったが,ほかに席代,氷代等を含め,総額8万6000円という代金は,法外というかはともかく,いささか高額である。また,被害者が代金の一部しか支払えずに被告人らに文句を言い,被告人Aの首をつかむなどの暴行に及んだ後,残額未精算のまま店外に出たため,被告人らがこれを追いかけて第1暴行に及んだという経緯があったにせよ,被告人らのした行為は常軌を逸するものであり被害者の態度をもって被告人らに有利に考慮するのは相当ではない。 ③の点は,原判決は,被告人Aの高次脳機能障害 けて第1暴行に及んだという経緯があったにせよ,被告人らのした行為は常軌を逸するものであり被害者の態度をもって被告人らに有利に考慮するのは相当ではない。 ③の点は,原判決は,被告人Aの高次脳機能障害を認定しつつも,第1暴行前後の行動を踏まえて量刑上考慮するほどの事情は認められないとしたものとうかがわれるが,かかる判断が合理性を欠くとまではいえない。したがって,①ないし③の所論は採用できず,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。 加えて,原審弁論終結後の事情に当たる④の点は,被告人Aの債権を被害者の遺族側が差し押さえているという事情は原審で既に判明していたもので,弁論終結後にされた一部弁償もおおむね終結段階で想定されていた範囲の弁償にとどまっていることからすれば,原判決の量刑が現時点において破棄しなければ明らかに正義に反するほど重過ぎるに至ったとはいえない。 被告人Aの弁護人の前記論旨は理由がない。 第6 結論よって,被告人両名についていずれも刑訴法396条により本件各控訴を棄却し,被告人Aについて当審での訴訟費用を負担させないことにつき同法181条1項ただし書を適用する。 令和元年12月2日名古屋高等裁判所刑事第1部 裁判長裁判官堀内満 裁判官田中聖浩 裁判官大久保優子
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