主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告Bに対し,金4026万7933円,原告C,原告D,原告Eに対し,各金1325万5977円及びこれらに対する平成11年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,亡Aが,被告の開設・運営するF病院において,抗真菌性抗生物質製剤の投与を受けた後に心停止に陥って死亡したのは,被告病院の診療契約上の債務不履行又は不法行為が原因であるとして,Aの妻と子である原告らが,Aの被告に対する損害賠償請求権を相続し,自らも固有の損害を被ったと主張して,被告に対し,民法415条又は国家賠償法1条に基づき損害賠償を請求した事案である。 Ⅰ 争いのない事実等(括弧内に掲記の証拠により認められる事実も含む。) 1 当事者等(1) 原告らAは,昭和14年11月6日生まれの男子であり,平成11年7月2日当時,自動車修理の仕事に従事し,肩書地において,妻子らと生活していたが,同月17日に死亡した。 原告Bは,Aの妻であり,原告C,原告D,原告Eは,いずれもAの子である。 なお,原告らの他にAの相続人はいない。 (Aの生年月日につき甲5の1,Aの職業につき乙1)(2) 被告被告は,大津市GH丁目I番J号において,被告病院を開設,運営するものである。 2 診療契約の成立Aは,平成11年7月2日,被告病院に入院するに際し,被告病院との間で,Aの潰瘍性大腸炎に対し,適切な治療を行うことを内容とする契約を締結した。 3 平成11年7月2日の入院までのAの診療経過及びAの死亡(1) Aは,潰瘍性大腸炎の治療のために通院していた大津市K所在の医療法人社団L内科・胃腸科か ことを内容とする契約を締結した。 3 平成11年7月2日の入院までのAの診療経過及びAの死亡(1) Aは,潰瘍性大腸炎の治療のために通院していた大津市K所在の医療法人社団L内科・胃腸科から紹介されて,平成6年10月13日被告病院消化器病センターを外来受診し,同年11月2日大腸内視鏡検査により左半結腸型潰瘍性大腸炎(活動期)と診断され,同月11日入院して,サラゾピリン錠等の投薬や食事療法等を受け,病変の軽快が認められたことから,同年12月5日退院した。 (2) Aは,平成7年5月10日血便や体重減少を訴えて,再び,被告病院消化器センターを外来受診し,以後,2週間に1回程度,通院して,サラゾピリン錠等の投薬治療等を受け,同年11月20日大腸内視鏡検査により潰瘍性大腸炎の憎悪が認められ,1日あたり30㎎の副腎皮質ホルモン・プレドニン錠(以下「プレドニン」という。)の投与が開始され,以後,潰瘍性大腸炎の症状に応じて,40㎎/日ないし5㎎/日のプレドニンの投薬治療を受けていた。 Aは,平成10年1月7日潰瘍性大腸炎(活動期),全大腸炎型との診断を受け,同月28日入院し,ステロイドパルス療法及びプレドニンの静注療法や食事療法等の治療を受け,S状結腸の一部に潰瘍を残すのみに回復して,同年5月15日退院した。 (3) Aは,退院後も,被告病院に通院して,プレドニン等の投薬治療を受け,平成10年6月11日に主治医になったM医師は,同年7月23日潰瘍性大腸炎が小康状態になったとして,Aへのプレドニン投与を中止した。 M医師は,同年10月29日Aの高血圧の持続に対して降圧剤コニール1錠の処方を開始し,同年11月12日潰瘍性大腸炎の再燃が疑われたため経腸栄養剤のエタノールを増量し,同年12月10日から20㎎/日のプレドニ ,同年10月29日Aの高血圧の持続に対して降圧剤コニール1錠の処方を開始し,同年11月12日潰瘍性大腸炎の再燃が疑われたため経腸栄養剤のエタノールを増量し,同年12月10日から20㎎/日のプレドニン投与を開始して,以後漸減し,平成11年3月4日プレドニン投与を中止した。 その後,Aは,同年5月30日から下痢,同年6月1日から血便の症状を呈したため,M医師は,同月17日から20㎎/日のプレドニン投与を開始したが,Aの症状は除々に憎悪し,同年7月1日には排便回数が1日あたり20回に増え,粘血便が出現した。 (4) Aは,同月7月2日,M医師が学会出張で不在のため,N医師による全大腸内視鏡検査を受け,内視鏡所見において,重症の潰瘍性大腸炎と診断された。 N医師は,Aに対し,即日入院を指示し,Aは,同日,潰瘍性大腸炎(再燃)により,被告病院に入院し,治療を受けていたが,同月17日,抗真菌性抗生物質製剤ファンギゾン(一般名アムホテリシンB。以下「ファンギゾン」という。)の投与を受けた後,心停止に陥り死亡した。 (以上につき乙2)Ⅱ 争点 1 被告病院の注意義務違反の有無(1) M医師の説明義務違反の有無(2) 被告病院の監視(立会)措置義務違反の有無(3) 被告病院の救命措置義務違反の有無 2 被告病院の注意義務違反とAに生じた損害との相当因果関係の有無 3 損害の有無及び損害額Ⅲ 争点に関する当事者の主張(原告らの主張) 1 被告病院の注意義務違反の有無(1) 説明義務違反について(争点1(1))患者の診療にあたる医師は,薬剤の投与に際して,時間的余裕がない緊急時等の特別な場合やおよそ当該薬剤からは重篤な被害を発生させることが科学的にあり得ない場合を除いて,事前に,患者に対し,当 患者の診療にあたる医師は,薬剤の投与に際して,時間的余裕がない緊急時等の特別な場合やおよそ当該薬剤からは重篤な被害を発生させることが科学的にあり得ない場合を除いて,事前に,患者に対し,当該薬剤の投与による副作用等の可能性,内容を説明し,患者自身の判断及び同意を得る義務を負う。 Aの死亡原因となったファンギゾンは,重篤な深在性真菌症に対してのみ適応する極めて毒性の強い薬剤であり,極めて軽微なガンジダに罹患していたにすぎず,除々に体力を回復させていたAに投与する緊急性,必要不可欠性はなく,経過観察という方法やより安全性の高いアゾール系抗真菌薬を使用するという治療方法があった。 また,ファンギゾンは,心停止,心不全,不整脈の重大な副作用の発生やアナフィラキシーショックにより急激な死の転帰に至る危険性がある薬剤である。ファンギゾン投与においてアナファンギゾンラキシーショックを起こす可能性があることはよく知られた事実である。ファンギゾンは,吸入と静脈注射との間で血中濃度に決定的な差異はなく,吸入の場合におよそ重篤な被害が発生しないと考えられる薬剤ではない。 従って,M医師は,主治医として,Aへのファンギゾン吸入療法の施行の判断に先だって,Aに対し,ファンギゾン投与によって生じうる心停止等の重篤な副作用やアナフィラキシーショックの危険性及び経過観察という方法やより安全性の高い他の薬剤を投与するという治療方法が存在することを説明する注意義務がある。 しかるに,M医師は,ファンギゾン投与の適否を慎重に検討することなく,カンジダならばファンギゾンという安易な判断を行い,Aに対し,何ら上記の副作用等の可能性やその内容及び経過観察を含む他の治療方法が存在することを説明しないまま,漫然とファンギゾン吸入療法の となく,カンジダならばファンギゾンという安易な判断を行い,Aに対し,何ら上記の副作用等の可能性やその内容及び経過観察を含む他の治療方法が存在することを説明しないまま,漫然とファンギゾン吸入療法の施行を判断した。 よって,M医師の上記対応は,医師としての説明義務に違反し,インフォームドコンセント,即ち患者の自己決定権を侵害するものである。 (2) 監視(立会)措置義務違反について(争点1(2))ファンギゾンは,心停止等の重篤な副作用が発現する可能性が高い薬剤であり,Aへの投与は初めてであった。このような重篤な副作用を発生させる可能性のある薬剤を患者に投与する際には,病院は,当該患者に副作用等の何らかの異常事態が生じた場合に速やかに対応できるように十分な監視措置を講じる義務がある。 従って,被告病院は,Aへのファンギゾン投与に際し,投与の間,医師や看護師等の医療従事者を立ち会わせて,監視措置を講じる注意義務がある。 しかるに,被告病院においては,ファンギゾン投与により生じうる重篤な被害に対する問題意識をもたずに,漫然と,医師を立ち会わせることなく,Aへのファンギゾン投与を行い,Aに異常事態が生じた時点では,看護師も安易に席を外していた。 よって,被告病院の上記対応は,監視措置懈怠の義務違反である。 (3) 救命措置義務違反について(争点1(3))ファンギゾン投与については,心停止等の重篤な副作用等の被害が生じる可能性が高いから,被告病院は,そのような被害が生じた場合に備えて救命措置を準備しておく注意義務がある。 しかるに,被告病院においては,ファンギゾン投与の危険性に対する問題意識はなく,Aに対するファンギゾン投与に先だって十分な救命措置を講じていなかった。 を準備しておく注意義務がある。 しかるに,被告病院においては,ファンギゾン投与の危険性に対する問題意識はなく,Aに対するファンギゾン投与に先だって十分な救命措置を講じていなかった。 よって,被告病院の上記対応は,救命措置懈怠の義務違反である。 2 被告病院の注意義務違反と損害との因果関係について(争点2)M医師の前記1(1)の説明義務違反により,Aは,自らの判断で治療方法を選択するという自己決定権の侵害を受けた。 Aは,ファンギゾン投与によって薬剤性ショック又はアナフィラキシーショックを起こし,心停止に陥って死亡した。また,心停止等の緊急事案においては,異常事態の発生後の30秒から1分間の早期の処置が極めて重要である。被告病院の注意義務違反により,医師や看護師らは,Aに生じた異常事態を即時に発見できず,一刻を争う救命措置が遅れ,Aは死亡した。よって,被告病院の注意義務違反とAの死亡との間には因果関係がある。 3 損害及び損害額について(争点3)被告病院の注意義務違反により原告らが被った損害は,原告Bについて,金4026万7933円,その余の原告ら各自について,金1325万5977円である(内訳は以下のとおり。)。 (1) Aの損害ア逸失利益 3653万5866円Aは,死亡当時59歳であり,入通院を繰り返していたため収入は流動的であったが,少なくとも,平均賃金を取得していた。 算式628万3600円(平成8年度賃金センサス第1巻第1表男子労働者高卒59歳の年収額)×8.3064(稼働可能期間11年間のライプニッツ係数)×0.7(生活費控除3割)イ固有の慰謝料 628万3600円(平成8年度賃金センサス第1巻第1表男子労働者高卒59歳の年収額)×8.3064(稼働可能期間11年間のライプニッツ係数)×0.7(生活費控除3割)イ固有の慰謝料 2500万円(2) Aの損害賠償請求権の相続Aの死亡により,原告Bは,前記(1)の損害額(合計6153万5866円)の2分の1である金3076万7933円の,その余の原告ら各自は,6分の1である金1025万5977円の各損害賠償請求権を相続した。 (3) 原告らの損害ア葬儀費用原告Bについて150万円イ慰謝料原告Bについて500万円その余の原告ら各自について200万円ウ弁護士費用原告Bについて300万円その余の原告ら各自について100万円(被告の主張) 1 被告病院の注意義務違反の不存在(1) 説明義務の不存在について(争点1(1))アファンギゾン吸入療法は,真菌の定着する上気道や下気道・気管支粘膜及び肺胞に直接作用して真菌を死滅させ増殖を予防するための,極めて安全性の高い危険性のない日常的な治療方法として,臨床医療において実践されている。ファンギゾン吸入により心停止等の重篤な副作用やアナフィラキシーショックが生じる可能性はない。 原告ら主張のファンギゾンの毒性や副作用は,ファンギゾンの静脈内投与に関するものであり,吸入による局所的投与の副作用に関しては咳,嘔吐嘔気,嚥下困難,喘息,鼻血が報告されているにすぎない。 したがって,ファンギゾン吸入療法の安全性 ァンギゾンの静脈内投与に関するものであり,吸入による局所的投与の副作用に関しては咳,嘔吐嘔気,嚥下困難,喘息,鼻血が報告されているにすぎない。 したがって,ファンギゾン吸入療法の安全性についての一般的知見からは,M医師には説明義務がない。 イまた,免疫不全患者が軽症といえども食道カンジタ症を併発した場合には,予後不良の侵襲型肺真菌症を発症する危険性があることから,早期に侵襲型肺真菌症等の深在性真菌症に対する予防的治療を行うのが,一般的医学知見である。 M医師は,慢性型・全大腸型潰瘍性大腸炎に長期間罹患してステロイド投薬治療を受け,免疫機能が低下して易感染状態にあるAについて,食道カンジダ症を併発し,口腔内カンジダ症も疑われたことから,上記知見及び自己の過去の自験例に基づき,深在性真菌症,特に予後不良の重篤な肺真菌症の予防が急務であると判断した。したがって,Aの食道カンジダ症の治療につき経過観察でよいとの診断はできない。 ファンギゾンは他の薬剤に比べて耐菌性が生じにくい最も信用性の高い抗真菌剤であり,その吸入療法は,予防的治療として広く用いられている。原告ら主張のアゾール系抗真菌剤は,吸入による局所投与が認められておらず,ファンギゾンの吸入療法より優先順位の高い治療方法ではない。 したがって,原告ら主張の他のより安全な治療方法というものはない。 よって,M医師には原告ら主張の経過観察等を含む他の治療方法を説明する義務はない。 (2) 監視(立会)措置義務の不存在について(争点1(2))ア前記(1)アのとおり,ファンギゾン吸入療法は,危険性のない日常治療行為であり,ファンギゾン投与後にAに生じた心停止は,予見不可能である。 したがって,被告病院にお 1(2))ア前記(1)アのとおり,ファンギゾン吸入療法は,危険性のない日常治療行為であり,ファンギゾン投与後にAに生じた心停止は,予見不可能である。 したがって,被告病院において,Aへのファンギゾン吸入に際し,医師の立ち会いや吸入中に常に看護師が付き添う措置を講じる義務はない。 イ被告病院においては,平成11年4月15日以後,医師及び看護師向けの約束処方として,看護師がマニュアルに従って吸入液を作製し,これを投与する方法がとられている。同マニュアルには,処方内容,投与量,投与方法などが定められ,被告病院は,看護師に対し,日常看護業務として,上記約束処方の教育指導を行っている。 Aへのファンギゾン吸入療法も上記約束処方に従って施行された。 O看護師は,Aに対し,吸入方法を説明し,Aが特に変わった様子もなく吸入を始めて,1分間吸入を続けていたことから,Aから質問のあった1日の吸入回数を確認するために,一旦ナースステーションに戻ったが,病室を離れていた時間は1分ないし2分にすぎない。ファンギゾン吸入療法の安全性,吸入開始前後のAの様子からして,O看護師が,上記1分ないし2分の間にAに異常事態が発症することを予見するのは不可能である。 (3) 救命措置の完備について(争点1(3))被告病院は,各病棟のナースステーションに救命蘇生機器や薬剤を準備した救命カートを常備し,緊急事態発生時の対応システムを定めて,訓練,指導を行って,救命措置を講じている。Aへのファンギゾン吸入療法の施行時も,上記救命措置がとられており,看護師及び医師らは,適切な蘇生措置を講じている。したがって,被告病院には救命措置義務違反はない。 2 原告ら主張の損害との因果関係の不存在について(争点2)( 記救命措置がとられており,看護師及び医師らは,適切な蘇生措置を講じている。したがって,被告病院には救命措置義務違反はない。 2 原告ら主張の損害との因果関係の不存在について(争点2)(1) 前記1(1)のとおり,ファンギゾン吸入療法については,患者自身が治療方法を選択するか否かを判断するための,その治療方法の危険性や重篤な副作用が生じる可能性に関する情報が存在しないことから,Aの自己決定権を論じる前提を欠く。 (2) Aに生じた症状は,心原性心停止の可能性が高いが,病理解剖を拒絶されたため,心原性心停止の原因の特定は困難であり,臨床的にはファンギゾン投与とAに生じた心停止との因果関係は不明である。 3 損害及び損害額について(争点3)(1) いずれも否認する。 (2) 原告らは,平成13年3月28日付けで医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構による遺族一時金・葬祭料支給決定を受け,同年4月27日付けで給付金742万2800円を受給しており,同給付金は損益相殺の対象となる。 第3 当裁判所の判断Ⅰ 前記第2のⅠ認定の事実,括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。 1 平成11年7月2日入院後のAの診療経過等(1) Aは,平成11年7月2日(以下特に断らない限り,日時は平成11年7月のものを示す。),潰瘍性大腸炎(再燃)との診断を受けて,被告病院の3B病棟359号室に入院した。P医師は,Aを診察し,臨床的には下痢,顕血便の症状を呈する中等症の潰瘍性大腸炎と診断した。また,内視鏡所見は,直腸から肝弯曲部付近まで,びらん潰瘍を伴う易出血性の浮腫状粘膜が認められ,重症の潰瘍性大腸炎と診断された。 P医師は,Aに対し,絶食の上,中心静脈栄養による栄養管理を行って腸管の安静を図 ,直腸から肝弯曲部付近まで,びらん潰瘍を伴う易出血性の浮腫状粘膜が認められ,重症の潰瘍性大腸炎と診断された。 P医師は,Aに対し,絶食の上,中心静脈栄養による栄養管理を行って腸管の安静を図り,症状が強いことからプレドニン60㎎/日の静脈注射と抗生物質の併用投与を行うこととし,Aは,同日から,上記の投薬治療等を受けた。Aは,3日,主に消化器及び血液疾患患者の入院病棟である8A病棟の809号室に移った。 (2) Aへのプレドニン投与量は,2日から8日までは60㎎/日,9日から15日までは40㎎/日,16日以後は30㎎/日であった。 P医師は,Aの症状が改善され,経過良好であったことから,14日,16日以後のプレドニン投与を30㎎/日の経口投与とし,経過がよければ19日以後は経口食にすることとした。 (3) 15日,M医師は,Aが大量のプレドニン投与を受けていることから副作用として胃潰瘍の発症が考えられたので,Aに対し,上部消化管内視鏡検査を実施することを告げた。 (4) 16日,M医師の指示を受けたP医師及びQ医師は,Aに対し,上部消化管内視鏡検査を行ったところ,Aの食道に散在性の白苔があり,軽度の食道カンジタ症の所見が認められた。 上記内視鏡所見の報告を受けたM医師は,病室でAを診察し,Aの舌に白色苔を認め,絶食中の影響も多少あるが,Aが大量のプレドニン投与を受け,中心静脈栄養挿入中で,易感染状態であることから,肺真菌症等の深在性真菌症を発症するおそれがあると判断して,翌17日からファンギゾン吸入を行うこととし,Pがカルテの医師指示表にファンギゾン吸入を記入して,看護師に指示した。 M医師は,ファンギゾン吸入療法は,後記3(2)のとおり,被告病院において薬の副作用や危険性について医師が患者に説明する必要がない の医師指示表にファンギゾン吸入を記入して,看護師に指示した。 M医師は,ファンギゾン吸入療法は,後記3(2)のとおり,被告病院において薬の副作用や危険性について医師が患者に説明する必要がない約束処方とされていたことから,Aに対してファンギゾンの吸入を行うことやその副作用及び危険性について説明していない。 (5)ア 17日午前8時15分(以下,(5)及び(6)の各時間は17日のものを示す。),被告病院看護局主任として8A病棟に勤務するR看護師は,上記(4)の指示表を確認して,注射用ファンギゾン1バイアル(50㎎)を注射用蒸留水30-で溶解し,5-(1回分の吸入液)を別々の注射器に分割して,各注射器にA氏,7/17~7/19と記入して冷蔵庫に保管した。 午前9時45分,O看護師は,Aへのファンギゾン吸入を施行するために,吸入液5-が入った上記注射器とコンプレッサータイプの吸入器を809号室に持参したが,吸入器が作動しなかったため,一旦退室して,午前9時55分ころ,超音波式ネブライザを809号室に搬入した。 O看護師は,Aとの会話から,Aがファンギゾン吸入療法を初めて受ける患者であることが判明したため,Aに対し,座ったままで,マウスピースをくわえて普通に呼吸すること,10分くらいかかり霧が出なくなったら外すようにと吸入方法を説明し,上記ネブライザの風量を中,霧化量を2,タイマーを10分(吸入1回分)にセットした。Aは,笑顔で活気もあり,特に症状に変化はなく,O看護師の上記説明をよく理解し,O看護師に対し,1日の吸入回数を質問した。Aは,ベットの上に座って,マウスピースをくわえて吸入を始め,O看護師は,約1分間,Aの吸入状況を観察し,特に変わった様子がなかったため,1日の吸入回数を確認するためにナースステーションに戻り, た。Aは,ベットの上に座って,マウスピースをくわえて吸入を始め,O看護師は,約1分間,Aの吸入状況を観察し,特に変わった様子がなかったため,1日の吸入回数を確認するためにナースステーションに戻り,午前10時ころ,再び,809号室を訪れた。 イ O看護師は,入室後,Aがベット上で座位の状態から後ろに倒れ,眼球を上転させ,手は拳上のまま大きくふるえ,あえぎようの呼吸状態になっているのを発見し,ナースコールで応援を依頼し,Aの義歯が外れかかっていたのでこれを除去した。Aは,全身に軽度のチアノーゼが認められ,口から泡状の唾液を流し,脈拍は,橈骨動脈で微弱ながら触知できる状態であった。なお,皮膚の発赤や皮疹は認められなかった。 午前10時1分,O看護師は,ナースコールで駆けつけたS看護師とともに,Aに対し,タオルを肩枕にして気道確保,心臓マッサージを行った。Aは,1分間に1回ないし3回のあえぎ様の呼吸があったが,すぐに停止し,舌根が沈下し,顔面は暗紫色になっていた。脈拍は,橈骨動脈及び内頸動脈で触知できない状態であった。 T看護師は,緊急カートを809号室に搬入し,R看護師は,内科系当直医のU医師への緊急連絡を行い,午前10時2分,外科系の当直医のV医師とともに809号室に駆けつけた。V医師は,Aに対し,アンビューバックで強制換気,酸素吸入を行い,午前10時4分,気管内挿管を行い,心電図モニターを装着した。 看護師らは,午前10時5分,M医師及び原告Bに電話して,Aの急変を伝えた。 午前10時8分,U医師が入室し,ボスミンの静脈注射や気管内投与を行い,心臓マッサージ,カウンターショック(電気除細動)を実施したが,心電図は心室細動,瞳孔は右が4ミリ,左が5ミリで対光反射はなく,自発呼吸もない状態であった。 ミンの静脈注射や気管内投与を行い,心臓マッサージ,カウンターショック(電気除細動)を実施したが,心電図は心室細動,瞳孔は右が4ミリ,左が5ミリで対光反射はなく,自発呼吸もない状態であった。 午前10時20分には,集中治療室の当直医の応援を受け,カウンターショックが続けられ,ボスミン,カルチコール,キシロカインの静脈注射を行ったが,心電図は心室細動から平坦のまま回復せず,自発呼吸や対光反射の反応はなく,午前10時55分,瞳孔が左右8ミリに急激に散大した。 M医師は,看護師からの連絡を受けて午前11時3分,809号室に入室し,心臓マッサージ,アンビューバックが続けられたが,Aは,全く反応を示さなかった。午後0時6分,Aの瞳孔は,右9ミリ,左8ミリに散大し,M医師により,心電図平坦,呼吸停止,心停止が確認された。 (6) Aは,ファンギゾン吸入により,心原性(薬剤性)ショック(急激かつ著しい心臓のポンプ機能の低下による高度の末梢循環不全をきたした状態。以下ファンギゾン吸入後に生じたAの上記(5)イの症状を「本件ショック症状」という。)に陥り,呼吸停止,心停止に至り,同日午後0時6分に死亡した。 (以上につき,甲1,4,7,8,11〔認定に反する部分は除く。〕,15,16,甲19の2・3・5,22,乙1,3ないし23,27ないし29,32,34,64,67〔認定に反する部分は除く。〕,68,70,証人M〔認定に反する部分は除く。〕なお,Aの心原性心停止の原因を特定不明とする被告の主張及び甲11,乙67,証人Mは,上記のAが本件ショック症状に至った経緯並びに甲16,甲19の5に照らして採用できない。また,ファンギゾンは一般にアナフィラキシーショックの原因物質とされる抗菌薬とされておらず,Aにはアナフィラキシーショックの初発症状とさ 状に至った経緯並びに甲16,甲19の5に照らして採用できない。また,ファンギゾンは一般にアナフィラキシーショックの原因物質とされる抗菌薬とされておらず,Aにはアナフィラキシーショックの初発症状とされる皮膚の紅斑,皮疹等の症状(乙61)が認められなかったことに照らせば,本件ショック症状はアナフィラキシーショックによるものではなく,この点に反する原告らの主張は採用できない。) 2 ファンギゾンの副作用等について(1) ファンギゾンの添付文書(甲13,以下単に「添付文書」という。)には,注射用剤としての使用上の注意について,一般的な注意として,毒性が非常に強いため深在性の重篤な疾患にのみ適用すること,禁忌として,本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者には投与しないこと,重大な副作用として,心停止,心不全,不整脈があらわれることがあるので,観察を十分に行い,このような症状があらわれた場合には投与を中止する等適切な処置を行うこと等が記載されている。 (2) ファンギゾンの血中濃度と副作用の関係アファンギゾンによる心停止等の全身疾患の副作用の発現及び程度は,ファンギゾンの血中濃度が指標となり,高濃度を示す場合にはより重篤な副作用が発現する危険性がある。 イ米国感染誌(乙60,平成6年発行)には,侵襲性肺アルペルギルス症の予防治療としてファンギゾン吸入療法の有用性を評価するための前向き無作為抽出試験を行い,168検体(患者15名)の血清中のファンギゾン濃度を測定したところ,150件(89%)のファンギゾン濃度は,測定限界以下であり,18検体(11%)のそれは,0.1㎎/-から0.2㎎/-であったとの報告が存する。 日胸疾会誌(乙66,平成7年発行)には,ファンギゾン50㎎を蒸留水100-で溶解して,1日4回(40㎎/日) 検体(11%)のそれは,0.1㎎/-から0.2㎎/-であったとの報告が存する。 日胸疾会誌(乙66,平成7年発行)には,ファンギゾン50㎎を蒸留水100-で溶解して,1日4回(40㎎/日)ないし3回(30㎎/日)吸入した患者が悪心を出現させたため,吸入開始から21日後にファンギゾンの血中濃度を測定したところ,血中濃度は,0.07㎎/-ないし0.09㎎/-であったとの報告が存する。 他方,静脈注射の場合の血中濃度については,添付文書(甲13)には,ファンギゾン0.5㎎/㎏/日を連続投与した場合の平均最高血漿中濃度は0.5㎎/-ないし2㎎/-であるとの記載が,添付文書の解説書(乙24)には,ファンギゾン1㎎/㎏/日ないし1.7㎎/㎏/日を24時間ないし48時間間隔で投与した29症例の血中濃度は,最小0.3㎎/-,最大6㎎/-であると記載が,各存する。 (以上につき,甲13,乙24,60,66,67,71,72,証人M)(3) ファンギゾン吸入療法に関する症例報告等ア日胸「肺アスペルギルス症に対する臨床的研究」(乙49,昭和46年発行)には,肺アスペルギルス症に対して,ファンギゾンの静注療法を行ったが,重篤な副作用により直ちに中止せざるを得なかった経験から気管内吸入療法とナイスタチン内服の併用治療を行い,完全治癒の状態まで導くことは極めて困難であったが,副作用はなかったとの報告がされている。 イ新薬と臨床「続発性肺アスペルギルス症(肺結核に続発した)の薬物療法成績について」(乙46,昭和47年発行)には,ファンギゾンは深在性真菌症に対する最強の化学療法であるが,特に静注に際しては種々の副作用がみられ,ファンギゾン静注を遂行できないことも多いとして,続発性肺アルペルギルス症23例のうち6例にファンギゾンの吸入を 深在性真菌症に対する最強の化学療法であるが,特に静注に際しては種々の副作用がみられ,ファンギゾン静注を遂行できないことも多いとして,続発性肺アルペルギルス症23例のうち6例にファンギゾンの吸入を,11例に吸入と内服を併用を,6例に内服のみの3つの治療を行った結果,吸入の場合の有効率として66%で,副作用として肝機能,腎機能,血液像及び尿所見に異常はなかった旨の症例報告が存する。 ウ日胸疾会誌(乙57,昭和52年発行)には,肺アスペルギルスに対するファンギゾン吸入療法が奏功し,特に副作用もなく治癒傾向の所見が得られた旨の,同会誌「アムホテリシンBの吸入療法が有効であったアレルギー性気管支肺カンジダ症の1例」(乙58,平成4年発行)には,アレルギー性気管支肺カンジダ症に対するファンギゾン吸入療法が有効であり,ファンギゾン吸入療法は,局所投与である故に全身投与の場合と比較すると安全性が高いと考えられる旨の,各症例報告が存する。 エ呼吸「アンテホリシンBの単独吸入療法が有効であったアレルギー性気管支肺アスペルギルス症の1例」(乙56,平成4年発行)には,アレルギー性気管支肺アスペルギルス症に対し,ファンギゾン吸入療法を試みたところ,改善がみられ,これまでのところ喘息発作の誘発等の副作用もみられていないとの症例報告が存する。 オ米国臨床腫瘍学誌「ファンギゾン副作用報告吸入に特徴的な副作用」(乙55,平成5年発行)には,ファンギゾン吸入に特徴的な副作用として,白血病による化学療法あるいは骨髄移植の経験がある患者29名(18歳から61歳)に対し,5日から21日間ファンギゾン吸入療法を施行した結果,患者全員につき,咳及び後味の悪さが,20名の患者(69%)につき,10分以内の持続性の嘔気と治療の終わりに咳を伴 名(18歳から61歳)に対し,5日から21日間ファンギゾン吸入療法を施行した結果,患者全員につき,咳及び後味の悪さが,20名の患者(69%)につき,10分以内の持続性の嘔気と治療の終わりに咳を伴う嘔吐が,5名の患者(17%)につき,治療の終わりに喘鳴が,マスクでファンギゾンを投与していた患者1名(3%)につき,再発性鼻血出血が,それぞれ認められたが,治療に関連して呼吸困難,腎不全,硬直を生じた患者はなかったとの報告が存する。 カ米国感染誌「肺アスぺルギルス症予防のためのアムフォテリシンBエアロゾル使用」(乙60,平成6年発行)には,侵襲型肺アスペルギルス症の予防方法として,ファンギゾンによる予防法が開発され,全身への薬剤吸収がほとんどない吸入療法は患者への負担が少ない投与方法であるとの報告が存する。 キ昭和62年からファンギゾンの輸入販売を行っているW製薬株式会社は,薬事法に基づくファンギゾン吸入による重篤な副作用に関する厚生労働省に対する症例報告については,平成13年9月12日時点で,平成6年2月の腎移植後に肺ノカルジア症を合併したリポイド肺炎を起こした症例及びAの本件ショック症状の2例であると報告する。(乙43) 3 ファンギゾン吸入療法の適応及び被告病院での取扱い等(1) ファンギゾンの適応等ファンギゾンは,カンジダ等の真菌による肺真菌症等の深在性真菌症や表在性真菌症のうち他の抗生物質が無効又は耐性若しくは副作用の著しい場合に適応する抗生物質であり,用法としては,静脈内注射,胸膜内注入,吸入,気管内注入,点眼などが標準的な使用方法とされる。添付文書には,吸入の場合には,1バイアル(50㎎)を注射用蒸留水10-ないし20-で溶解し,1回2.5-ないし5-を1日2回ないし5回吸入し,1か月ないし2か月継続して が標準的な使用方法とされる。添付文書には,吸入の場合には,1バイアル(50㎎)を注射用蒸留水10-ないし20-で溶解し,1回2.5-ないし5-を1日2回ないし5回吸入し,1か月ないし2か月継続して行うこととされている。 ファンギゾン吸入療法は,局所作用を目的とした肺真菌症等の深在性真菌症の予防のための有用な治療方法として,臨床医療の現場において広く用いられている。 (2) 被告病院でのファンギゾン吸入療法の取扱いア被告病院の8A病棟においては,平成11年4月15日ころから,ファンギゾン吸入療法につき,医師の指示を受けて,看護師が「ファンギゾン吸入液の溶解方法」(乙26)と題するマニュアルに従って,吸入液を作製して,患者に投与するといういわゆる約束処方というシステムが取り決められていた(以下ファンギゾン吸入療法についての上記システムを「本件約束処方」という。)。 上記マニュアルは,被告病院の内科医長X医師が,被告病院で勤務を始めた平成2年4月以後,白血病,悪性リンパ腫,ステロイド大量投与中の自己免疫性疾患の患者に行っていたファンギゾン吸入療法の施行内容に従って,その吸入液の溶解方法,使用手順を統一化するために作成したものであり,以下のとおりの内容である。 注射用ファンギゾン1バイアル(50㎎)を注射用蒸留水30-で溶解する。吸入液を1回5-づつ,1日2回(朝・夕)使用し,3日間で使い切る。残った吸入液は,注射液に入れたまま冷蔵庫で保存する。 注射器には,患者名,部屋番号,作成日時,ファンギゾン吸入液であることを明記する。何らかの理由で作成日時から3日以上経過しているものについては,たとえ残があっても廃棄処分する。必ず患者個人別に作成し,他の患者と共有しない。 なお,1回5-の吸入時間は10分間である。 する。何らかの理由で作成日時から3日以上経過しているものについては,たとえ残があっても廃棄処分する。必ず患者個人別に作成し,他の患者と共有しない。 なお,1回5-の吸入時間は10分間である。 イ被告病院におけるいわゆる約束処方とは,使用頻度が高く,特に副作用等の注意すべき点がない安全な投薬治療について,予め,医師により投薬方法がマニュアルで看護師に指示され,医師から個々の患者への投薬を指示された場合には,看護師がマニュアルに従って投薬治療を行うというシステムである。約束処方とされた治療行為については,その安全性の観点から,患者に対する説明は行われず,投薬に際し,医師の立ち会いや投薬中看護師が常時監視するという態勢はとられていない。 ウ Aへの吸入療法を施行した当時,被告病院の8A病棟では,1日平均4名ないし5名,多いときには1日8名ないし7名が本件約束処方に従って,ファンギゾン吸入療法を受けていた。 (以上につき,甲20,乙24ないし26,69ないし72,証人M,原告E本人)Ⅱ 争点に対する判断 1 M医師の説明義務違反の有無について(争点1(1))(1) M医師は,Aの食道カンジダ症を認め,肺真菌症等の深在性真菌症への進展を予防するために,Aへのファンギゾン吸入療法の施行を判断し,Aは,ファンギゾン吸入により,本件ショック症状を出現させて,心原性(薬剤性)ショックに陥り,呼吸停止,心停止に至り死亡したことは前記Ⅰ1(3)ないし(6)認定のとおりであり,M医師がAへの上記吸入療法の施行を判断するのに先だって,Aに対し,ファンギゾン吸入により心停止等の重篤な副作用が発現する可能性及び深在性真菌症に対する予防的治療を行わず経過観察という方法等が存在することを説明しなかったことは当事者間に争いがない。 ア原告らは,M医師 ン吸入により心停止等の重篤な副作用が発現する可能性及び深在性真菌症に対する予防的治療を行わず経過観察という方法等が存在することを説明しなかったことは当事者間に争いがない。 ア原告らは,M医師が,Aに対し,ファンギゾン吸入により心停止等の重篤な副作用が発現する可能性があることを説明しなかったことが医師としての説明義務に違反すると主張するので,以下判断する。 (ア) 一般に,診療にあたる医師は,患者の人生に重大な転機をもたらす可能性がある治療行為等について,当該患者の自己決定権を確保するために,当該治療行為の内容を説明する義務があると解されるところ,前記Ⅰ2(1)のとおり,ファンギゾンについては,毒性が非常に強いこと,心停止等の重大な副作用があらわれることがある等の使用上の注意が添付文書に記載されていることに照らせば,M医師は,Aへのファンギゾン吸入に際して,Aに対し,ファンギゾンが心停止等の重大な副作用を発現する可能性のある強い毒性を有する薬剤であることを説明する義務を負っていたと認められる。 (イ) そこで,M医師が上記(ア)の説明を行わなかったことについて,医師としての説明義務に違反するか否かを以下検討する。 前記Ⅰ2(2)及び(3)によれば,M医師がAに対してファンギゾン吸入療法を施行したころまでの間には,①医学雑誌等において,<ア>心停止等の副作用の発現の指標となるファンギゾンの血中濃度は,吸入の場合,最大で0.2㎎/-,最小で測定限界以下とされ,静脈注射の場合のそれに比べて相当程度低い,<イ>ファンギゾン吸入による副作用は,特にない,あるいは,咳や後味の悪さ,嘔気・嘔吐,喘鳴,再発性鼻血出血が出現したが,呼吸困難等はない,<ウ>ファンギゾン吸入療法は局所投与である故に全身投与の場合と ファンギゾン吸入による副作用は,特にない,あるいは,咳や後味の悪さ,嘔気・嘔吐,喘鳴,再発性鼻血出血が出現したが,呼吸困難等はない,<ウ>ファンギゾン吸入療法は局所投与である故に全身投与の場合と比較すると安全性が高く患者への負担が少ないと考えられるとの各報告等がなされており,他方②ファンギゾン輸入販売業者の厚生労働省に対するファンギゾン吸入による重大な副作用に関する症例報告中に心停止等の本件ショック症状に類する症例報告がなされたことは窺えないことが認められる。 また,X医師は,被告病院の内科副医長として被告病院に勤務した平成2年4月以後,少なくとも30症例以上の患者にファンギゾン吸入療法を施行したが,咳や苦み以外の副作用は経験していない旨を,M医師は,Y大学附属病院に研修医として勤務した平成4年から6年までとZ総合病院に勤務した平成7年の間に合計約15症例の患者にファンギゾン吸入療法を施行したが,いずれも副作用は出現しなかった旨を,それぞれ報告していることが認められる。(乙67,71,証人M)そして,前記Ⅰ3(1)及び証拠(乙67,71,証人M)によれば,M医師がAに対しファンギゾン吸入療法を行った当時,ファンギゾン吸入療法は,局所作用を目的とした肺真菌症等の深在性真菌症の発症を予防するための有用な治療方法であり,静脈注射による投与の場合と比べて心停止等の重大な副作用が発現する可能性が少ない治療方法であって安全性が高いものであるとの認識が臨床医療の現場において広くなされており,M医師も同じ認識を有していたことが認められる。 かかる臨床医療の現場における認識は,上記で説示の吸入療法に関する症例報告等の臨床医療上の根拠に沿うものと認められる上に,これに反する症例報告や医学的知見等が窺えないこと(弁論の全趣 る。 かかる臨床医療の現場における認識は,上記で説示の吸入療法に関する症例報告等の臨床医療上の根拠に沿うものと認められる上に,これに反する症例報告や医学的知見等が窺えないこと(弁論の全趣旨),さらに,Aは,平成6年10月13日の初診時に,アレルギー体質ではない旨を,平成11年7月2日の入院時に,薬品アレルギー,食品アレルギー,その他のアレルギーはなく,家族にもアレルギー既往歴はない旨を,それぞれ申告し,その他,Aにファンギゾンに係わるアレルギー既往歴,薬物過敏症を窺う事情が認められないこと(甲11,乙1,2),以上の各事実を併せ考えれば,Aに対してファンギゾン吸入療法の施行を判断した当時,M医師において,ファンギゾン吸入療法が心停止等の重大な副作用が発現する可能性がある危険な治療行為であることを認識せず,本件約束処方に基づく治療行為であるとの認識の下に,Aに対しファンギゾン吸入療法がもたらす副作用等について説明しなかったことをもって,医師としての説明義務に違反したものと評価することはできない。 イ原告らは,M医師が,Aに対し,深在性真菌症に対する予防的治療を行わず経過観察という方法やより安全な他の薬剤による治療方法が存在することを説明しなかったことが医師としての説明義務に違反すると主張するので,以下判断する。 (ア) 証拠(乙37,39,41,証人M)によれば,食道カンジダ症は,無症状でも基礎疾患があり全身性の免疫能の低下がある場合には,治療の適応であり,特に,免疫能の低下を来す疾患患者は,免疫不全と関連して,生命の予後とも関係のある肺真菌症等の深在性真菌症に進展する可能性が否定できないとされている。 そして,前記第2のⅠ3及び第3のⅠ1(1),(2)認定のAの潰瘍性大腸炎の診療経過によれば, 生命の予後とも関係のある肺真菌症等の深在性真菌症に進展する可能性が否定できないとされている。 そして,前記第2のⅠ3及び第3のⅠ1(1),(2)認定のAの潰瘍性大腸炎の診療経過によれば,Aは,平成6年11月2日に免疫異常が関与し自己免疫疾患とされる潰瘍性大腸炎(乙35)との診断を受け,以後回復,再燃を繰り返し,平成7年11月20日以後,断続的に細胞性免疫を抑制するプレドニン投与を受けており,食道カンジダ症を発症した当時は,平成11年7月2日の入院時から同月8日までに60㎎/日,同月9日から15日までに40㎎/日,16日以後に30㎎/日のプレドニン投与をそれぞれ受け,中心静脈栄養による全身管理が行われた易感染状態にあったことが認められ,上記に説示したところの食道カンジダ症の治療適応等に鑑みれば,Aは,生命の予後に関係する肺真菌症等の深在性真菌症に進展する可能性が高く,治療適応の状態であったというべきである。 また,前記Ⅰ3(1)のとおり,Aが食道カンジダ症を発症した当時,ファンギゾン吸入療法は,局所作用を目的とした肺真菌症等の深在性真菌症の発症を予防するための有用な治療方法とされており,Aに対し,ファンギゾン吸入療法より安全かつ適切な他の薬剤による治療方法が存在することを認める的確な証拠はない(甲20は,局所作用を目的とする治療方法において,トリアゾール系抗真菌剤フルコナゾールがファンギゾンより安全で,優先されるべき薬剤であることを示すものではなく,上記のとおりのAの症状やその見通し等に照らせば,甲20をもって,上記フルコナゾールが,Aの症状に適する安全な薬剤であると認めることはできない。)。 以上のとおり,Aに対する深在性真菌症の予防を目的とする治療について,原告ら主張の経過観察という処置やより安全かつ ゾールが,Aの症状に適する安全な薬剤であると認めることはできない。)。 以上のとおり,Aに対する深在性真菌症の予防を目的とする治療について,原告ら主張の経過観察という処置やより安全かつ適切な薬剤による治療方法が存在することが認められないから,この点を前提とする原告らの主張は採用できない。 (2) 原告らの主張に対する補足説明ア原告らは,ファンギゾンの血中濃度について,静脈注射と吸入との間に決定的な差異はないと主張する。 しかしながら,静脈注射という全身投与と吸入という局所投与との投与方法の違いや,前記Ⅰ2(2)認定の吸入の場合と静脈注射の場合とのファンギゾンの血中濃度値を比較すれば,高分子量であるファンギゾンの吸入による投与と静脈注射によるそれとの間の血中濃度には,心停止等の副作用の有無及び発現頻度において,軽視できない差異があるといわざるを得ず,原告らの主張は採用できない。 イまた,原告らはファンギゾンの投与によるアナフィラキシーショックの可能性を説明すべきであると主張するが,特に,ファンギゾンがアナフィラキシーショックの原因物質であるという一般的知見を示す的確な証拠はなく,この点についての原告らの主張は採用できない。 2 監視措置義務違反について(争点1(2))(1) 前記Ⅰ1(4),(5)ア,3(2)によれば,M医師は,本件約束処方に基づき,Aへのファンギゾン吸入を指示し,R看護師が本件約束処方所定のマニュアルに基づいて,Aへのファンギゾン吸入液を作製して,O看護師が吸入療法を施行したものと認められるところ,Aへの吸入療法の施行に際し,被告病院が,医師を立ち会わせ,常時,看護師を付き添わせて監視するという措置を講じなかったことは当事者間に争いがない。 (2) 原告らは,この たものと認められるところ,Aへの吸入療法の施行に際し,被告病院が,医師を立ち会わせ,常時,看護師を付き添わせて監視するという措置を講じなかったことは当事者間に争いがない。 (2) 原告らは,この点につき,被告病院の監視(立会)措置義務違反を主張するので,以下判断する。 ア前記1(1)ア(ア)で説示したとおり,ファンギゾンは心停止等の重大な副作用が発現する可能性がある毒性の強い薬剤とされ,特に,Aに対するはじめての投与であり(前記Ⅰ1(5)ア),Aのファンギゾンに対する反応も不明な状態であったといえること,1回の吸入時間は10分であることに照らせば,被告病院は,Aに対するファンギゾン吸入療法の施行に際して,投与中に重大な副作用等が発現した場合に適切な措置を講じることができるように,少なくとも,第1回目の投与においては,医師あるいは看護師がAの吸入状況を監視し得る態勢を講じるのが相当であったということができる。 イそこで,被告病院が上記監視態勢を講じなかったことが,医療機関としての注意義務に違反するか否かを以下検討する。 被告病院がAに対しファンギゾン吸入療法を行った当時,ファンギゾン吸入療法は,臨床医学上の現場において,静脈注射による投与の場合と比べて心停止等の重大な副作用が発現する可能性が少ない安全な治療方法であるとの認識が広くなされており,被告病院も同じ認識に立っていたものと認められるところ,かかる認識が,当時の臨床医療上の症例報告等の根拠に沿うものであり,これに反する症例報告や医学文献等が窺えないことは前記1(1)ア(イ)で説示したところと同様である。そして,以上の事実に加え,Aにはファンギゾンに関するアレルギー既往歴,薬物過敏症を窺う事情がなく(前記1(1)ア(イ)),吸入施行前のAの症状には特に変化が )ア(イ)で説示したところと同様である。そして,以上の事実に加え,Aにはファンギゾンに関するアレルギー既往歴,薬物過敏症を窺う事情がなく(前記1(1)ア(イ)),吸入施行前のAの症状には特に変化がなく,Aへの吸入を施行したO看護師は,Aに対し,吸入方法を説明し,Aは,これを理解して,同説明に従って吸入を開始し,約1分間,特に問題なく吸入を続けていたこと(前記Ⅰ1(5)ア)の各事実を併せ考えれば,Aに対しファンギゾン吸入療法を行った際,被告病院において,吸入中に心停止等の重大な副作用が発現した場合に備えて医師あるいは看護師が吸入状況を監視し得る態勢を講じなかったことをもって,医療機関としての注意義務に違反したものと評価することは相当でない。 3 救命措置義務違反について(争点1(3))原告らは,被告病院は,Aへのファンギゾン吸入療法の施行に先だって,十分な救命措置を準備していなかったと主張する。 しかしながら,証拠(乙69)によれば,被告病院の8A病棟においては,指導担当の看護師がリーダー業務を担当する看護師に対し,緊急事態の発生時には,リーダーが当直医及び当直科長に連絡し,主治医に報告,状況により家族に報告する旨を日常的に指導しており,救急蘇生機器の準備については,救急カート車が常備され,週1回定期的に副科長が点検を行い,カート使用後は,当日のリーダー又は副科長が責任者として補給点検を行うこととされており,前記Ⅰ1(5)で認定した本件ショック症状発現後の被告病院の看護師らの対応,看護師ら及び当直医らが行った気道確保,アンビューバック,気管内挿管,心臓マッサージ,カウンターショック,投薬等の各蘇生措置の内容や時期に鑑みれば,被告病院においては,Aに対するファンギゾン吸入療法が行われた際には,心停止等の緊急事態に対応し得る救命措 気管内挿管,心臓マッサージ,カウンターショック,投薬等の各蘇生措置の内容や時期に鑑みれば,被告病院においては,Aに対するファンギゾン吸入療法が行われた際には,心停止等の緊急事態に対応し得る救命措置態勢が準備されていたことが認められ,原告らのこの点についての主張は採用できない。 Ⅲ 結論以上によれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却し,訴訟費用につき,民事訴訟法61条,65条を適用して主文のとおり判決する。 大津地方裁判所民事部裁判長裁判官神吉正則裁判官山口芳子裁判官本多智子
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