- 1 - 主文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中950日をその刑に算入する。 理由 【罪となるべき事実】第1(平成31年2月15日付け起訴状関係)被告人は、火災共済金を得るため、Aが現に住居に使用している京都府久世郡久御山町内の同人方居宅(鉄骨造瓦葺地下1階付2階建、床面積合計約126.39平方メートル。以下「A方」という)に放火しようと考え、平成30年3月26日午後9時57分頃から同日午後10時3分頃までの間に、A方1階居間西側押入れ内に不詳の方法により火を点け、その火を同居間の柱等に燃え移らせ、A方を全焼させて焼損した。 第2(平成31年3月6日付け起訴状関係)被告人は、実父であるAが所有するA方及びその家財家具を対象としてAと火災共済契約を締結しているB農業協同組合から火災共済金支払名目で現金をだまし取ろうと考え、平成30年4月17日、京都府久世郡久御山町内の同組合C支店において、同店支店長Dに対し、真実は、自己が放火してA方等を全焼させたものであるから、正当に火災共済金の支払を受けられる場合でないのに、その事実を秘し、前記契約に基づき正当に火災共済金の支払を受けられる場合であるかのように装い、A名義の建物共済金等支払請求書等を提出して火災共済金の支払を請求し、前記Dらにこれらの電子データを前記組合と連帯して共済責任を負う全国共済農業協同組合連合会京都府本部総合支援部業務支援室に送信させ、同室室長Eに、前記請求が正当なものである旨誤信させて火災共済金の支払を決定させ、よって、同月19日、同府宇治市内のF信用金庫G支店に開設された被告人が管理するA名義の普通預金口座に現金3324万1276円を振込入金させ、もって人を欺いて財物を交付させた。 - させ、よって、同月19日、同府宇治市内のF信用金庫G支店に開設された被告人が管理するA名義の普通預金口座に現金3324万1276円を振込入金させ、もって人を欺いて財物を交付させた。 - 2 - 【証拠の標目】(略)【事実認定の補足説明】 1 争点弁護人らは、被告人は本件放火の犯人ではなく、したがって、正当に火災共済金の支払を受けられる場合にあたるから、現住建造物等放火及び詐欺のいずれも無罪であると主張する。また、本件火災が発生した当時、A方は、Aの寝起きに使用される予定のない建物になっていたから、A方は現住建造物ではなかったとも主張する。したがって、本件の争点は、①本件火災は被告人が放火したことによるものであるか、②本件火災当時、A方がAの寝起きに使用される予定のない建物になっていなかったかである。 2 争点①に対する判断出火場所について本件火災で最も焼損が激しかったのは1階居間西側押入れ(以下「本件押入れ」という)であったと認められる。本件押入れは、中段板を境に上段と下段に分かれる構造であった。そして、火災科学の専門家であるHが、焼損が最も激しいこと等の合理的な理由により本件押入れ内下段が出火場所である旨供述していること等から、出火場所は本件押入れ内下段であったと認められる。 本件火災の原因が放火であることA方は、本件火災当時、唯一の家人であるAが入院中のため不在で、電気・ガスは停止中であった。また、出火場所である本件押入れ内は、人が生活する空間ではなく、火源となるものはなかったことが認められる。したがって、自然発火や失火が本件火災の原因である具体的可能性はなく、本件火災の原因は、何者かが意図的に本件押入れ内に火を点けた放火であったと認められる。 出火時刻についてア前提事 る。したがって、自然発火や失火が本件火災の原因である具体的可能性はなく、本件火災の原因は、何者かが意図的に本件押入れ内に火を点けた放火であったと認められる。 出火時刻についてア前提事実 - 3 - 本件火災により、本件押入れの床板(以下「本件床板」という)に焼失域があり、同焼失域の下に位置していた根太(以下「本件根太」という)も一定程度、完全に焼失している。本件床板の厚さは約15㎜で、本件根太の太さは約45㎜四方であると推測され、本件床板及び本件根太の下には空間があった。 イ出火時刻についての専門家の意見検察官請求証人であるHの意見骨子Hは、実大火災実験を参考にする外、3つの根拠から本件床板及び本件根太の炭化速度を推定し、そこから燃焼継続時間を計算して出火時刻を推定している。すなわち、①本件押入れ内で有炎燃焼が安定してから10分以内にフラッシュオーバーという爆発的に延焼する火災現象が生じて800℃以上の高温度になった可能性があり、800℃の時の放射熱量は約70㎾/㎡と推定される。これに放射熱量から炭化速度を求める公式をあてはめると炭化速度は、1.54㎜/分となる。②厚さの異なる木面材を加熱し、炭化していく状況を実験した結果によれば、厚さ12㎜、18㎜の厚さの木面材を用いた実験における炭化速度が、それぞれ、約1.7㎜/分、約1.1㎜/分であったことから、厚さ約15㎜の本件床板の炭化速度は1. 1~1.7㎜/分と推定可能である。また、太さ約45㎜の本件根太は、本件床板の焼失後に、上面からだけでなく、両側面や下方からも燃焼ガスによって加熱されること等から、厚さを半分程度の約22.5㎜とみなし、炭化速度は本件床板と同程度と推定して計算するのが相当である。③実大の家具付き住宅を燃やす試験において床板の炭化速度が も燃焼ガスによって加熱されること等から、厚さを半分程度の約22.5㎜とみなし、炭化速度は本件床板と同程度と推定して計算するのが相当である。③実大の家具付き住宅を燃やす試験において床板の炭化速度が2.5㎜/分であった。これらの炭化速度(1.1~2.5㎜/分)を、本件床板(約15㎜)及び本件根太(厚さを半分程度とみなした約22.5㎜)にあてはめて計算すると、燃焼継続時間は15~34分程度と推定されるところ、本件床板及び本件根太自体が燃焼していることも踏まえると、燃焼継続時間は20~30分程度と考えて矛盾しない。したがって、本件火災は、1階居間への放水開始時間である平成30年3月26日午後10時24分頃から遡って、20~30分前の同日午後10時前後(午後9時54分から午後10時4分頃)に発 - 4 - 生したと推定される。 弁護人請求証人であるIの意見骨子火災研究の専門家であるIは、骨子次のように述べる。本件床板と本件根太の厚さを合計すると約60㎜であるところ、その炭化速度は0.6㎜/分であると推定される。そして、この炭化速度から本件床板及び本件根太の燃焼継続時間を算出すると100分以上となり、有炎燃焼を前提とすると熱源が持たず実際の火災状況と合わないことになるが、押入れの下部が燃焼して本件押入れ中段の根太が上段の布団の重みを支えきれなくなって布団が落下し、その布団の下で無炎燃焼が生じたとすれば、100分以上燃焼が継続することも可能である。したがって、本件火災は、1階居間への放水開始時間から遡って100分以上前の、平成30年3月26日午後8時44分以前に発生したと推定される。 ウ検討H意見の根拠となる、①について見ると、温度から推定された放射熱量は理想的な理論値にすぎず、また、放射熱量から炭化速度を推定する際に用いた公 午後8時44分以前に発生したと推定される。 ウ検討H意見の根拠となる、①について見ると、温度から推定された放射熱量は理想的な理論値にすぎず、また、放射熱量から炭化速度を推定する際に用いた公式は実験に基づく数式であるが、その実験で用いられた板厚は不明である。したがって、①による炭化速度を、本件火災の状況や本件床板及び本件根太の炭化速度に適用できるか不明である。また、③の実大の家具付き住宅を燃やす試験に基づく炭化速度の推定については、Fが他の方法で推定している炭化速度と比べて数値自体が余りに大きいこと等から、本件床板及び本件根太(厚さ22.5㎜とみなした後のもの)の炭化速度を推定するのに用いるには疑義が残る。 他方、H意見の根拠となる、②の木材の燃焼実験に基づく炭化速度の推定については、炭化速度は厚さによって異なり、本件床板と本件根太とでは加熱方向に違いがあるから、本件床板と本件根太の炭化速度を個別に推定する手法は合理的である。 そして、Hは本件床板の炭化速度は1.1~1.7㎜/分と推定している。炭化速度は、それ自体幅のある数値であることに加え、②の燃焼実験と実際の家屋火災とでは、その燃え方に違いが生じるのは当然であるし、本件火災では、放火直前の本 - 5 - 件押入れ内の状況、着火方法・態様、本件床板及び本件根太の性状等、本件床板及び本件根太の炭化速度に影響する種々の要因が不明であることからすると、燃焼実験により得られる炭化速度による燃焼継続時間の推定には限界がある。したがって、本件床板に用いる炭化速度それ自体に、一定の幅を持たせるH意見は合理的である。 また、Hは本件根太の燃焼継続時間を計算するに当たり、複数方向からの加熱があったことを理由に、本件根太の厚さを22.5㎜とみなしている。本件押入れ内の激しい焼損状況や本件床 るH意見は合理的である。 また、Hは本件根太の燃焼継続時間を計算するに当たり、複数方向からの加熱があったことを理由に、本件根太の厚さを22.5㎜とみなしている。本件押入れ内の激しい焼損状況や本件床板の下に空間があったことからすれば、複数方向からの加熱があったと考えるのは合理的である上、本件根太の厚さを実際の半分とみなすに留め、燃焼継続時間が短くなり過ぎないよう配慮している点でも合理的といえる。 もっとも、厚さ22.5㎜とみなした本件根太の炭化速度については、②の燃焼実験の結果からすると、本件床板の推定炭化速度よりも遅く設定するのが合理的である。そこで、本件根太の炭化速度は、0.6~1.2㎜/分と推定するのが相当である。 I意見の炭化速度は、本件押入れ床面に厚さ60㎜の板材があるのと同視する意見であって、実際の床面の状況とは異なる上、Iが参考にした炭化速度は60㎜よりかなり厚い木材のものであって、0.6㎜/分という炭化速度を導いた過程に納得のいく説明は加えられていない。また、Iは、100分もの燃焼が継続した理由として、本件押入れ上段にあった布団の落下による無炎燃焼をいうが、本件押入れ下段で中段板が崩れるほど炎が大きくなっていたのに、その炎が布団に燃え移らず無炎燃焼に転じるというのは、合理的根拠を欠いていて採用することができない。 以上より、本件床板及び本件根太の燃焼継続時間は、それぞれ、約8~13分及び約18~37分であったと推定されるが、先に述べたとおり燃焼継続時間の推定には限界があることに加え、1階居間に消火活動が開始された午後10時24分頃に、本件押入れ内の燃焼が終了したというのも1つの推定であることからすると、これらにより推定される出火時刻は幅広に考えるのが相当である。したがって、本件出火時刻は、平成30年3月26日午後10時2 に、本件押入れ内の燃焼が終了したというのも1つの推定であることからすると、これらにより推定される出火時刻は幅広に考えるのが相当である。したがって、本件出火時刻は、平成30年3月26日午後10時24分頃から約20~60分遡っ - 6 - た、同日午後9時24分頃から午後10時4分頃までと推定するのが相当である。 被告人の犯人性についてア被告人が出火時刻の範囲に含まれる時刻にA方を訪問していたこと被告人は、平成30年3月26日午後9時57分頃から午後10時3分頃までの間、A方を訪れていたことが認められる。推定出火時刻である午後9時24分頃から午後10時4分頃までという限られた時間帯に、被告人がA方を訪れているということは、被告人に放火の機会があったことを示すのみならず、被告人が、犯人であることを一定程度推認させる事情といえる。すなわち、被告人以外の第三者が放火犯人であるとすると、第三者は、偶然にも被告人がA方を訪れた前後約40分の間にA方を放火し、被告人はそれに気付かなかったことになるが、そのような事態が生じることは、それ自体かなり稀であるといえる。 なお、被告人は、A方を訪れた目的について、A方地下1階の倉庫に、親戚に渡すため小分けされた精米を取りに行ったが、倉庫の扉を開ける直前に小分けされた精米がないことに気付き、その後、屋内の様子を確かめるためにA方1階の北側勝手口を一瞬開けたが怖くなってすぐに閉めた旨供述する。しかし、被告人によると、その親戚には定期的に精米を渡していたというのであり、前日の3月25日にも被告人は別の用事で倉庫内に立ち入ったというのであるから、同日、精米を持ち帰ろうとせず、精米の有無を確認することもしなかったというのは不自然である。また、精米を取りに来る機会は3月26日以降にもあったので は別の用事で倉庫内に立ち入ったというのであるから、同日、精米を持ち帰ろうとせず、精米の有無を確認することもしなかったというのは不自然である。また、精米を取りに来る機会は3月26日以降にもあったのであるから、当時、屋内に第三者が侵入している可能性を感じていたという被告人が、あえて夜間に電気の通っていないA方を一人で訪れるというのも不自然である。したがって、被告人の上記供述の信用性は高くなく、上記推認の程度を下げるものではない。 イ被告人にA方に掛けられた火災共済金を手に入れる動機があったこと 借金の返済資金を調達しなければならない状況にあったこと被告人は、長年、地元の信用金庫に勤務していたが、平成30年3月上旬頃、ノンバンクに対し約1200万円の借金のあることが上司に発覚し、上司との数回に - 7 - 渡る話し合いの末、夫と同居する自宅マンションを売却し、その売却代金で上記借金を返済して事態を解決することとなり、これらの事情は勤務先の本社にも報告されていた。このように、被告人は平成30年3月上旬以降、勤務先との関係で上記借金の返済資金を調達する必要に迫られていたのに、被告人は、本件火災発生まで、夫に対し上記借金の存在や自宅マンションの売却について何も話しておらず、自宅マンション売却に向けた具体的な行動を取った形跡は認められない。自宅マンションを売却せずに事態を解決するためには、他の方法で返済資金を調達しなければならない状況であったといえる。被告人が、同年4月19日にA宛てに支払われた火災共済金を原資として、同月26日、上記借金を全額返済したことは、このことを裏付けている。なお、被告人は、自宅マンションを売却するつもりであったから、上記借金の返済資金を別途調達する必要はなかったと供述するが、自宅マンションの売却 上記借金を全額返済したことは、このことを裏付けている。なお、被告人は、自宅マンションを売却するつもりであったから、上記借金の返済資金を別途調達する必要はなかったと供述するが、自宅マンションの売却に向けた行動は何ら見られなかったから、信用することができない。 被告人はA方の火災共済の満期が3月29日であり、その後は火災による保障がないことを知っていたことA方の火災共済に関する資料は、平成24年頃から被告人が管理していた。そして、B農業協同組合C支店は、平成30年1月30日、被告人方に宛てて、A方の火災共済の更新に関する通知を発送したが、そこには、同年3月29日が満期である旨記載されていた。そして、同月9日、被告人は、同組合J支店に電話をかけ、A方の火災共済の更新手続をA本人以外の者ができるか問い合わせ、本人でないと更新できないと回答されていた。更新手続に関する問合せは、満期を意識した行動であるから、被告人は、上記問合せの前後、遅くとも本件火災当日までに、火災共済の満期が3月29日であると認識していたと認められる。そして、被告人は上記回答を受けた後、A方の火災共済契約を更新することも、他の火災保険等を掛けることもしなかったのであり、上記満期が経過すると、火災による保障がないことを知っていたと認められる。 被告人は、火災共済の更新に関する通知を受け取った記憶はなく、A方地下1階 - 8 - 倉庫内に掛けられたカレンダーの平成29年3月19日の欄に赤い丸印があり、「JA」との記載があったこと等から、火災共済の満期が平成30年3月19日であると認識していたと供述する。しかし、カレンダーのその記載が火災共済の満期であると認識したとする根拠は薄弱であるし、カレンダーのその記載だけを記憶し続けていたというのも不自然である。火災共 9日であると認識していたと供述する。しかし、カレンダーのその記載が火災共済の満期であると認識したとする根拠は薄弱であるし、カレンダーのその記載だけを記憶し続けていたというのも不自然である。火災共済の満期を意識して更新手続に関する問合せまでし、本人以外の者による更新手続はできないとの回答を受け、別の火災保険等への加入も考えたというのに、自宅で容易に確認できる満期を確認しなかったというのは考え難い。したがって、被告人の上記供述は信用することができない。 小括被告人は、平成30年3月上旬頃、勤務先に対し、ノンバンクに対する借金約1200万円を返済するため、自宅マンションを売却する旨述べたにもかかわらず、その売却に向けた行動を何らしていなかったから、他の方法で返済資金を調達しなければならない状況であった。そして、被告人は、A方の火災共済の満期は平成30年3月29日であり、その後は火災による保障がないことを知っていたから、被告人には、火災共済の満期が到来するまでに、A方を全焼させて、共済金を受け取ろうと考える動機があったといえる。なお、当時、A方の唯一の家人であるAは入院中であり、被告人としては、今後、Aを施設等に住まわせるつもりであったと考えられることも、そのような動機があったことを補強している。 ウ出火場所が本件押入れ内であることA方1階北側勝手口は施錠されていなかったから、客観的には、誰でも、同勝手口からA方に侵入して本件押入れ内に火を放つことができる状況であった。しかし、北側勝手口は、A方北側の屋外に設置された階段を上った場所にあり、構造上、A方北側道路からは見通せない一方、北側道路に面した地下1階倉庫前にはバイク等があり、南京錠が引っかけられただけの地下1階倉庫内には燃えやすそうな物が多数置かれていた。また、北側 所にあり、構造上、A方北側道路からは見通せない一方、北側道路に面した地下1階倉庫前にはバイク等があり、南京錠が引っかけられただけの地下1階倉庫内には燃えやすそうな物が多数置かれていた。また、北側勝手口から侵入し本件押入れに至るには、台所や寝室を通り抜ける必要があるが、本件火災当時、A方の電気は停止されていた。これら - 9 - のことからすると、A方の家人が不在であることやA方の構造を知らない者が、本件押入れ内に放火した可能性はかなり低いといえる。すなわち、そのような者がA方で放火しようとするのであれば、地下1階倉庫前や倉庫内の燃えやすそうな物に放火するのが通常であると考えられる。そうではなく、外からは見通せない1階北側勝手口に到達し、家の中に人がいるかもしれないA方に侵入し、真っ暗な中、他の部屋を通り抜けて本件押入れ内に放火するというのは、そうする必要性に乏しい上、物理的・心理的に相当困難であるから、可能性としてかなり小さい。また、A方の家人が不在であることやA方の構造を知っていた者の中で、A方に放火をするほどの強い悪感情をAに抱いていた者の存在はうかがわれない。 他方、被告人にとってA方は長年住んだ実家であり、被告人はA方の構造を熟知し、また、Aが不在であることも知っていたから、被告人がA方の1階北側勝手口から室内に立ち入り、本件押入れ内に放火することは十分可能であった。そして、被告人が火災共済金を目的に放火をしようとする場合、A方そのものを燃やす必要があったところ、本件押入れ内に放火することは、その目的に沿う態様といえる。 したがって、出火場所が本件押入れ内であることは、第三者による放火の可能性がかなり低いことを示す事実であるとともに、被告人が放火犯人であることを相当程度推認させる事実といえる。 エ本件火災共済の満期 がって、出火場所が本件押入れ内であることは、第三者による放火の可能性がかなり低いことを示す事実であるとともに、被告人が放火犯人であることを相当程度推認させる事実といえる。 エ本件火災共済の満期に関する警察への虚偽申告被告人は、本件火災の直後に警察に対して、火災共済の満期が3月19日であると説明している。被告人は当時、火災共済の満期が3月29日であると知っていたのであるから、あえて虚偽の説明をしたと認められる。このことは、被告人が自分に捜査が及ばないようにする意図があったことをうかがわせ、被告人が放火犯人であることを、ある程度推認させる事実といえる。 オ被告人が犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係の存在前記アないしエの各事情を総合考慮すると、被告人が犯人でないとしたなら合理的に説明できない事実関係があるといえる。すなわち、被告人以外の第三者が放火 - 10 - 犯人であるとすると、その者は、火災共済の満期3日前の被告人がA方を訪れた前後40分の間に、1階北側勝手口から侵入して他の部屋を通り抜け本件押入れ内に放火するという、通常では考えにくい放火をしたものの、A方を訪れた被告人はそのことに気付くことなくA方が全焼した。その結果、ノンバンクに対する借金の返済資金を調達しなければならない状況にあった被告人が、火災共済金を事実上手にして、自宅マンションを売却することなくその返済資金を調達することができたことになる。その一方で、被告人は、全く嘘をつく必要がないのに、警察に対し、火災共済は本件火災前に切れている旨嘘をついていたということになる。これらの事態が単なる偶然の重なりにより生じたとみるのは、常識に照らして考えられない。 カ弁護人らの主張について弁護人らは、①火災共済証書等においては、建物を引き続き30日以 いうことになる。これらの事態が単なる偶然の重なりにより生じたとみるのは、常識に照らして考えられない。 カ弁護人らの主張について弁護人らは、①火災共済証書等においては、建物を引き続き30日以上空き家とした場合には、農協へ遅滞なく通知することが求められているところ、被告人は、本件火災後に、勤務先の上司に対し、その通知をしていなくとも火災共済金が出るか相談するとともに、知人や上司に対し、家屋の建て替えをしなくても火災共済金が出るか相談しており、このような被告人の言動は、保険金目的による放火犯人の行動とは相容れない、②被告人は、本件火災当日、A方に向かう際、自宅マンションに設置された防犯カメラに無防備に自分の姿をさらしているが、これは放火犯人の行動にそぐわない、③被告人は、本件火災直後から、警察に対し、本件火災当日の夜にA方に行った旨説明しており、これも放火犯人の言動とかけ離れている、などと主張する。 しかしながら、①については、被告人が放火犯人であることを否定する方向に働き得る事情ではあるものの、ノンバンクからの借金の返済資金調達に迫られる中、火災共済の満期目前に至り、A方の放火にとらわれ行動に移してしまったが、その後になって、火災共済金が実際に支払われるのか心配となり、周囲に相談したという可能性や、警察に対する虚偽申告と同様、自分に捜査が及ばないようにするための偽装工作であった可能性も十分考えられる。②については、マンションの防犯カ - 11 - メラに変装して映っている方が不自然であるともいえる。③については、A方に行ったことすら否認してしまうと、仮に被告人を知る者に目撃されていた場合に、取り返しの付かないことになってしまうから、A方に行ったこと自体は認めたという可能性も十分考えられる。なお、被告人は、警察に対し、実際 すら否認してしまうと、仮に被告人を知る者に目撃されていた場合に、取り返しの付かないことになってしまうから、A方に行ったこと自体は認めたという可能性も十分考えられる。なお、被告人は、警察に対し、実際にA方に行った時間よりも約30分早い午後9時半頃にA方に行った旨申告しており、これはA方に行ったことは認めつつも、自分に疑いがかからないようにした発言であった可能性が十分考えられる。 以上より、弁護人らの主張を踏まえても、前記オの判断が揺らぐことはない。 キ結論よって、証拠に基づいて常識に照らして判断し、被告人が本件放火の犯人であることは間違いないと認められる。 3 争点②に対する判断Aは、過度に飲酒し食事を取らなかったため体調が悪化し、鍋を空炊きすることもあったため、久御山町社会福祉協議会はAの一人暮らし継続は困難と判断し、Aは、平成30年1月15日から、K病院に社会的入院をしていた。 しかしながら、その入院後もA自身の帰宅意思は強かった。そして、本件火災当時のAの認知症の認知度や要介護度は、在宅介護サービス等を利用することによって、自立した生活を送ることが十分に可能な程度であったし、実際に歩行や食事、排せつ等も一人で行っていた。久御山町社会福祉協議会の上記判断は、一人暮らしが永続的に困難と判断したわけではなく、過度の飲酒等により体調の悪化したAが、現状のまま一人暮らしをすることは困難と判断したにすぎないとみるべきである。 AがA方で一人暮らしをするためには、過度の飲酒、食事の不摂生、火の取扱いに対処する必要があったといえるが、介護サービス等の福祉制度を利用するなどして、飲酒量を可能な限り管理できる環境を作り、配食サービス等の食事を取るよう仕向けたり、ガスコンロを撤去したりするなど、まだ取り得る方策はあった。 このように、本 ービス等の福祉制度を利用するなどして、飲酒量を可能な限り管理できる環境を作り、配食サービス等の食事を取るよう仕向けたり、ガスコンロを撤去したりするなど、まだ取り得る方策はあった。 このように、本件火災当時、Aの帰宅意思は強く、認知症の認知度や要介護度か - 12 - らして、A方で一人暮らしをすることは十分可能であり、過度の飲酒等にも現実的に対処可能であったのであるから、本件火災当時、A方は、Aの寝起きに使用される予定のない建物にはなっていなかったというべきである。なお、Aが、A方で一人暮らしをすれば、再び、過度の飲酒等により体調を悪化させて入院する可能性があることは否定できないが、そのことを理由に、A方が、Aの寝起きに使用される予定のない建物になっていたということはできない。 被告人としては、AのK病院入院以降、Aを施設等に入所させるつもりであったと考えられるが、Aが永続的に独居不能であると医師等の専門家から告げられたわけではないから、本件火災当時もA方がAの住居であることの認識に欠けるところはなかったと認められる。 【法令の適用】罰条第1 刑法108条第2 刑法246条1項刑種の選択第1 有期懲役刑併合罪の処理刑法45条前段、47条本文、10条(重い第1の罪の刑に法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書【量刑の理由】犯行態様について、着火方法は不明であり、また燃料を大量に用いるような犯行ではなかったものの、全焼になりやすいA方の中央付近に着火しており、火災共済金を手に入れるための強固な犯意に基づく犯行である。実際、Aが長年暮らしてきたA方が全焼する結果が生じて に用いるような犯行ではなかったものの、全焼になりやすいA方の中央付近に着火しており、火災共済金を手に入れるための強固な犯意に基づく犯行である。実際、Aが長年暮らしてきたA方が全焼する結果が生じており、詐欺の被害額も約3300万円と多額である。 本件放火当時、唯一の家人であるAは入院中で、家人の生命・身体に危険が及ぶ危 - 13 - 険性がないことを被告人自身認識した上での犯行であった。また、本件で延焼は生じていない。ただし、住宅密集地で、特に両隣の家とは近接していたのに延焼を免れたのは、火災の発見が早かったなどの偶然にすぎない。延焼の危険は大きかったのであり、周辺住民に与えた不安も大きい。 本件犯行の動機は、勤務先の上司に発覚した借金の返済資金調達であった。しかしながら、借金の返済資金調達は、自ら上司に提案したとおり自宅マンションを売却することで十分可能であった。それにもかかわらず、被告人は、自宅マンションを売却しようとはせずに、Aが受け取るべき火災共済金に目を付け、本件放火に及んだのであって、強い非難に値する。 以上を踏まえ、被告人がした罪の重さを検討すると、同種事案(保険金目的の現住建造物等放火の事案)の中で、やや重めの部類といえる。 その他の調整要素について見ると、被告人に前科はなく、再犯のおそれにさほど大きな心配はなさそうである。もっとも、被告人は一貫して犯行を否認しており、反省は見られず、各犯行の被害回復に向けた行動も一切取っていない。 以上より、被告人に対しては、主文の刑を科すのが相当であると判断した。 (求刑懲役8年)令和4年8月18日京都地方裁判所第3刑事部 裁判長裁判官安永武央 裁判官村川主和 - 14 - 令和4年8月18日 京都地方裁判所第3刑事部 裁判長 裁判官 安永武央 裁判官 村川主和 裁判官 大野友己
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