平成31(ワ)7918 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和3年4月26日 東京地方裁判所
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判決文本文23,035 文字)

令和3年4月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成31年(ワ)第7918号損害賠償請求事件口頭弁論終結日令和3年1月22日判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告aに対し,連帯して2億円及びこれに対する平成29年9月 13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告bに対し,連帯して2600万円及びこれに対する平成29年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,大学のレスリング部に所属していた原告aが,大学生選抜選手とし て参加したナショナルチーム代表選手との合同合宿(以下「本件合宿」という。)において,被告cとの実戦形式の練習中に頸髄損傷の傷害を負い,四肢完全麻痺の後遺障害を負った事故(以下「本件事故」という。)に関し,原告aとその母である原告bが,①本件事故の原因は,被告cが原告aに危険な投げ技を行ったことによると主張して,被告cに対しては不法行為に基づき,被告cの使 用者である被告d会社に対しては使用者責任に基づき,原告aにつき損害の一部である2億円,原告bにつき損害の一部である2600万円及びこれらに対する不法行為の日である平成29年9月13日から支払済みまで同年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,②被告eは,本件事故当時,被告JOCのナショナルコーチ兼 被告レスリング協会の選手強化本部長であり,かつ本件合宿の責任者であった にもかかわらず,本件事故を防止するために果たすべき注意義務を怠ったと主張して,被告e Cのナショナルコーチ兼 被告レスリング協会の選手強化本部長であり,かつ本件合宿の責任者であった にもかかわらず,本件事故を防止するために果たすべき注意義務を怠ったと主張して,被告eに対しては不法行為に基づき,被告eの使用者であった被告JOCに対しては使用者責任に基づき,被告eの使用者でありかつ原告aを本件合宿に招聘した被告レスリング協会に対しては使用者責任及び安全配慮義務違反の債務不履行に基づき,上記各金員及びこれに対する上記同様の遅延損害金 の連帯支払を求める事案である。 1 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。 ⑴ 当事者等 ア原告aは,平成8年11月生まれで,本件事故当時,20歳であった。 原告aは,中学1年生から本格的にレスリングを始め,高等学校でもレスリング部に入部し,平成27年4月からはi大学に進学して同大学レスリング部に所属し,本件事故当時は,同大学の3年生であった。 原告aは,平成28年にJOCジュニアオリンピック2位,平成29年 に全日本学生選手権1位の成績を残すなどしており,ナショナルチームの合宿に大学1年生以来合計約10回の参加経験があった。 イ原告bは,原告aの母である。 ウ被告cは,本件事故当時22歳であり,被告d会社の従業員としてそのレスリング部に所属していた者である。 被告cは,被告レスリング協会のナショナルチーム代表選手として国際大会に出場するなどしていた。 エ被告d会社は,警備の請負とその保障,各種施設の綜合管理業務の請負とその保障などを業とする株式会社であり(甲2),被告cの使用者である。 オ被告eは,本件事故当時,被告レスリング協会の常務理事であり,かつ ,警備の請負とその保障,各種施設の綜合管理業務の請負とその保障などを業とする株式会社であり(甲2),被告cの使用者である。 オ被告eは,本件事故当時,被告レスリング協会の常務理事であり,かつ 選手強化本部長であった者である。被告eは,本件事故当時,被告JOC との間で,ナショナルコーチとしての雇用契約を締結していた。 カ被告JOCは,オリンピック憲章に基づく国内オリンピック委員会として,オリンピックの理念に則り,スポーツ等を通じ世界の平和の維持と国際的友好親善,調和のとれた人間性の育成に寄与することを目的とし,選手強化,強化スタッフの育成及びこれらの支援等を事業とする公益財団法 人である(甲3)。 キ被告レスリング協会は,被告JOCの加盟団体であり,日本におけるレスリングの統括団体として,レスリングを発達させることにより,国民の体力向上とスポーツ精神の涵養に資すことを目的とし,全日本レスリング選手権大会及びその他各種レスリング競技大会等の開催等を事業とする公 益財団法人である(甲4)。 ⑵ レスリングについてアレスリング競技には,グレコローマンスタイルとフリースタイルとがあり,原告a及び被告cは,グレコローマンスタイルの選手であった。グレコローマンスタイルでは,腰から下を攻防に用いることが禁止されている ため,投げ技が中心の試合展開となる。(争いなし)イグレコローマンスタイルには,本件当時,59kg級,66kg級,71kg級,75kg級,80kg級,85kg級,98kg級及び130kg級の8階級があり,それぞれ規定体重以内の選手によって競技が行われていた。ただし,このうち71kg級と80kg級はオリンピック競技 大会の実施階級ではない。(乙E1)本件合宿当時,原告aは8 階級があり,それぞれ規定体重以内の選手によって競技が行われていた。ただし,このうち71kg級と80kg級はオリンピック競技 大会の実施階級ではない。(乙E1)本件合宿当時,原告aは85kg級,被告cは75kg級の選手であった(争いなし)。 ウレスリング競技は,直径9mの円形マットであるレスリングマット上で行われる。レスリングマットのうち,円の外縁部分から内側1mの部分は 「パシビティ・ゾーン」としてオレンジ色で色分けされており,選手に場 外が近いことを知らせ,攻防を続けたまま中央エリアに移動するよう促す役目を果たしている。(争いなし,乙E3)エレスリングの試合は,相手選手の両肩をレスリングマットに完全に押し付ける「フォール」の成立により勝敗が決せられるほか,技術展開や反則等による点数制で争われ,相手を宙で大きく弧を描かせるようにして投げ たり(「ビッグポイントの投げ技」),そうでなくとも投げ技等により相手をフォールに近い「デンジャーポジション」の体勢に追い込んだりした場合に大きな加点がされるほか,相手の背後に回って頭,両手及び両膝のうち3箇所をマットにつかせる「テークダウン」等も加点事由とされている(争いなし,乙E1,3)。 オこうしたフォールや加点をめぐる攻防に当たっては,選手は,相手と組み合った際に,相手の背後に回した自分の両手,両手首又は両腕を容易に外れないように組んで(これを「クラッチ」という。)投げ技等に繋げたり,前かがみになった相手の上からその頭を片腕と共に自分の脇で抱え込み(この状態を「がぶり」という。),そこから相手を引き落としてテークダ ウンを狙ったり,投げ技に繋げたりすることになる。がぶりをされた側も,両腕を相手の背後に回してクラッチを組み(これを「胴タッ この状態を「がぶり」という。),そこから相手を引き落としてテークダ ウンを狙ったり,投げ技に繋げたりすることになる。がぶりをされた側も,両腕を相手の背後に回してクラッチを組み(これを「胴タックル」という。),テークダウンや投げ技等の反撃を試みたりすることになる。なお,がぶりは,相手の頭を片腕と共に抱え込む必要があり,頭のみを抱え込むことは反則となる。(弁論の全趣旨) カレスリングの投げ技のうち「反り投げ」とは,正対した相手の背中に両腕を回してクラッチし,その場で上体を後方に反らせてブリッジの体勢をとるようにし,腹部で相手を下から突き上げて浮かせ,そのまま自分の後方に向かって投げるものであり,成功すると大きな加点事由となるものである。(弁論の全趣旨) キレスリングの練習のうち,実戦形式で行う練習を「スパーリング」とい い,スパーリングを中断することを「ブレーク」という。スパーリングは,1つのレスリングマットを複数の組で使用して行われることがあり,その際には別の組の選手同士が接触する危険があるため,そうした危険が予測された場合には,コーチ等の周囲の者がブレークをかけたり,選手自身がブレークの判断を行ったりすることがある。(弁論の全趣旨) ⑶ 本件合宿の開催被告レスリング協会及びその加盟団体である全日本学生レスリング連盟は,平成29年9月13日から同月16日まで,東京都北区(住所省略)所在の味の素ナショナルトレーニングセンター(以下「NTC」という。)において,男子レスリングナショナルチーム代表選手及び大学生選抜選手の合同合宿で ある本件合宿を開催した。本件合宿には,大学生選抜選手約30名を含む94名が参加しており,原告aは大学生選抜選手として,被告cはナショナルチーム代表選手とし 手及び大学生選抜選手の合同合宿で ある本件合宿を開催した。本件合宿には,大学生選抜選手約30名を含む94名が参加しており,原告aは大学生選抜選手として,被告cはナショナルチーム代表選手として参加した(弁論の全趣旨)。 ⑷ 本件事故の発生本件合宿における練習は,NTC地下1階のレスリング場(以下「本件レ スリング場」という。)において行われた。本件レスリング場には,別紙の図のとおり,6つのレスリングマットがあり,各レスリングマットは,一辺12mの正方形のマットの中央に描かれていたから,各レスリングマットの間には最低3mの間隔があり,1つのレスリングマットに3組程度の選手が同時に上がってスパーリングを行った。(争いなし,乙A7,乙E3) 原告aは,平成29年9月13日午後4時10分頃,本件レスリング場のうち,別紙のAマットと書かれたレスリングマット(以下,単に「Aマット」という。同様に,別紙のBマットと書かれたレスリングマットを「Bマット」という。)において被告cとスパーリングを行っていたところ(以下「本件スパーリング」という。),被告cから反り投げをされたような状態となり,そ のまま前頭部からマットに落下して手足を動かすことができなくなった(本 件事故)(争いなし。ただし,被告cが原告aを意図して投げたのかどうかについては,後述のとおり,争いがある。)。 ⑸ 原告aの負った傷害及び後遺障害原告aは,本件事故後,j大学医学部付属病院救命救急センターに救急搬送された。 原告aは,同病院において,第4及び5頸椎脱臼骨折・頸髄損傷と診断され,平成29年9月13日から同月14日午前3時30分にかけて,脊椎固定術,椎弓切除術,椎弓形成術,体外式脊椎固定術及び骨移植術の手術を受けた 病院において,第4及び5頸椎脱臼骨折・頸髄損傷と診断され,平成29年9月13日から同月14日午前3時30分にかけて,脊椎固定術,椎弓切除術,椎弓形成術,体外式脊椎固定術及び骨移植術の手術を受けた(甲7,8,12~14,弁論の全趣旨)。 原告aは,同月14日,独立行政法人国立病院機構k医療センターに転院 し,入院加療を受けたが,四肢完全麻痺,運動障害,感覚障害,体幹機能障害及び膀胱直腸障害の後遺障害が残存し,起立,立位及び歩行が不可能で日常生活動作に全介助を要する状態となって,平成30年5月8日,頸髄損傷による両上肢機能全廃,両下肢機能全廃及び坐位不能により,身体障害程度等級1級の認定を受けた(甲8,9)。 2 争点⑴ 被告cによる注意義務違反の有無(被告c及び被告d会社の関係)⑵ 被告eによる注意義務違反の有無(被告e,被告JOC及び被告レスリング協会の関係)⑶ 損害及び因果関係(全被告の関係) ⑷ 過失相殺(全被告の関係) 3 争点に関する当事者の主張⑴ 被告cによる注意義務違反の有無(原告らの主張)ア事実経過 本件事故は,次のような経過の中で発生した。 ① 原告aと被告cは,Aマットにおいて本件スパーリングを行い,互いに組み合っている中で,原告aが被告cの上からその頭を右腕と共に脇で抱え込むがぶりの状態となった。その際,被告cの両腕は,原告aの背中には回されていなかった。 ② 原告aは,がぶりの状態から被告cを引き落としてテークダウンする ことを狙ったものの,これができなかったことから,がぶりの状態のまま被告cをAマットの場外に押し出そうとした。もっとも,Aマットのパシビティ・ゾーンにおいて攻防していた際,近くにいたfコーチと思われるコーチ(以 のの,これができなかったことから,がぶりの状態のまま被告cをAマットの場外に押し出そうとした。もっとも,Aマットのパシビティ・ゾーンにおいて攻防していた際,近くにいたfコーチと思われるコーチ(以下「fコーチ」という。)がブレークを指示したことから,原告aは力を抜いて被告cに対しブレークの意思を表明するととも に,がぶりの状態からクラッチをほどき,上体を起こした。 ③ ところが,被告cはブレークに応じず,上体を起こした原告aの背中に両腕を回してクラッチを組み,このため原告aと被告cは正対して密着することとなり,原告aががぶりの際に被告cの首に回していた右腕は,被告cの左下顎部と左肩によって挟まれる形となり,容易に抜き出 すことができない状態となった。 ④ 被告cは,上記③の状態で,右腕を原告aの左腕の内側からその背中に回していたが,これを原告aの左腕の外側から左腕ごと抱え込むようにクラッチを組み直した。その結果,原告aは,両腕を固められてしまい,容易に抜き出すことができない状態となった。 ⑤ 被告cは,そのまま力を抜くことなく,後方のBマットの方向に向かって原告aを反り投げした。原告aは,その両腕が被告cによって強く固められていたことから,受け身を取ることができず,そのため前頭部から床に叩き付けられる結果となった。 イ被告cの注意義務違反 被告cは,原告aがコーチのブレークの指示を受けてパシビティ・ゾー ンで脱力し,被告cに対してブレークの意思表明をしたのであるから,直ちにブレークして,スパーリングを中断すべき義務があった。 仮に,被告cがコーチによるブレークの指示や原告aによるブレークの意思表明に気付かなかったとしても,被告cは,原告aの両腕を固めた状態で自分よりも約10kg体重 ングを中断すべき義務があった。 仮に,被告cがコーチによるブレークの指示や原告aによるブレークの意思表明に気付かなかったとしても,被告cは,原告aの両腕を固めた状態で自分よりも約10kg体重が重い原告aに対して反り投げを行えば, 低い軌道による危険な反り投げとなって,受け身を取れない原告aを頭部や頸部から落下させることになることを予見できたし,原告aを持ち上げたところで,反り投げをせずに横か前に倒してデンジャーポジションの体勢に追い込む攻撃を選択し,本件事故の発生を回避することができたから,かかる状態のまま原告aに対して反り投げを行ってはならない義務があっ た。 ところが,被告cは,ブレークの指示ないし意思表明を無視し又はこれに気付かないまま,原告aの両腕を固めた上,真後ろに反り投げしたのであるから,被告cには注意義務違反があったというべきである。 (被告c及び被告d会社の主張) ア事実経過本件事故は,次のような経過の中で発生した。 ① 被告cは,本件スパーリングが始まって間もなく,原告aの右脇で頭と右腕を抱え込まれたがぶりの状態に置かれた。 ② 被告cは,がぶりをされた状態から攻撃に転じるため,マットに膝を ついて体勢を低くした上で,原告aの背中に両腕を回して胴タックルし,クラッチを組んだ。このようにして,原告aと被告cの身体は正対密着し,被告cの首に回していた原告aの右腕は,被告cの左下顎部と左肩とに挟まれて容易に抜き出すことができない状態となったが,被告cは,原告aから右腕を頭と共に抱え込まれた状態で胴タックルを行ったので, 被告cの右腕は原告aの左腕の内側からその背中に回す形となっていた のであり,被告cがこの状態からクラッチを組み替えたことはない。 ③ このよ 込まれた状態で胴タックルを行ったので, 被告cの右腕は原告aの左腕の内側からその背中に回す形となっていた のであり,被告cがこの状態からクラッチを組み替えたことはない。 ③ このような体勢を継続したまま,攻防に伴い,原告aと被告cは,AマットのBマットに近いパシビティ・ゾーン上で組み合う形となり,被告cは,原告aの身体を持ち上げて後方に向かって投げるか,又は持ち上げた原告aの身体を下方に落としてテークダウンすることを狙って, クラッチした自分の両腕を後方に向かって引き上げようとし,原告aは,これに対抗するとともに身体の密着を回避するため反対方向(原告aの後方)に向かって力をかけた。その結果,原告aと被告cは,互いに後方に向かって相手を引き合う形となり,両者の力が釣り合い拮抗した状態となった。 ④ こうしたところ,被告cは,突然,踏ん張っていた原告aの足が外れたようになって力が抜けたのを感じた。その結果,拮抗していた力のバランスが瞬間的に崩れ,被告cが後方に向かって引き上げようとしていた力により,被告cの身体は原告aと共に一気に後方に倒れ込んだ。バランスが崩れた際も,原告aのがぶりは継続しており,原告aが上半身 の力を抜いたことはなかった。 ⑤ このようにして,原告aと被告cは共に倒れ込んだが,原告aは,うまく受け身を取ることができずに頭からレスリングマットに落下してしまい,不幸にも本件事故が発生した。 イ注意義務違反について 原告らが主張するような,原告aがブレークの意思表明のために脱力した事実や,被告cが原告aの両腕を固めた体勢から意図的に反り投げをした事実はない。 本件事故は,原告aがマット上の汗に足を滑らせたなど,被告cの意図しない偶発的な原因によって発生したものであ た事実や,被告cが原告aの両腕を固めた体勢から意図的に反り投げをした事実はない。 本件事故は,原告aがマット上の汗に足を滑らせたなど,被告cの意図しない偶発的な原因によって発生したものであり,かつ,一瞬の出来事で あったため,被告cにおいて結果を予見することも,避けることもできな かった。 仮に,被告cが原告aに対し,意図して反り投げを掛けたとしても,本件合宿は,国内最高水準のレスリング選手が集まり,互いに切磋琢磨する場であるから,スパーリングにおいて試合を意識した技を掛けることは当然に予定されていたところ,反り投げはレスリングのルールにおいて認め られた技であるから,反り投げをすることは何らの注意義務違反も構成しない。 ⑵ 被告eによる注意義務違反の有無(原告らの主張)レスリングは,投げ技を含む技能を競い合う格闘技であるから,身体の枢 要部である頸部を損傷し,頸髄損傷のような重篤な事故結果が生じる危険性のあるスポーツである。被告eは,本件事故当時,被告JOCのナショナルコーチ,被告レスリング協会の選手強化本部長,かつ本件合宿の責任者だったのであるから,本件合宿に招集された選手の生命又は身体の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し,それに基づき事故の発生を未然に防止する 措置を執ることによって,招集された選手を保護すべき注意義務を負っていた。 具体的には,被告eは,本件合宿のコーチが参加選手の生命・身体に関わる事故を防止する注意義務を尽くすことができるよう,下記ア及びイのとおり,練習環境の整備,指導方法の指示及び指導体制の整備を行う注意義務を 負っていた。しかし,被告eは,これらをいずれも怠ったため,原告aは傷害を負ったものである。 ア被告eは,参加選手及び り,練習環境の整備,指導方法の指示及び指導体制の整備を行う注意義務を 負っていた。しかし,被告eは,これらをいずれも怠ったため,原告aは傷害を負ったものである。 ア被告eは,参加選手及びコーチの各所属先におけるスパーリングにおいて禁止されている技などを把握した上で,参加選手及びコーチに対し,本件合宿における練習で禁止する技を定めたり,体重差や他の選手との距離 関係を意識したプログラムやマニュアルを作成したりして,それを参加選 手やコーチに徹底させ,安全にスパーリングを行えるようにする義務を負っていた。 イ被告eは,本件合宿の練習環境として,6面のマットにそれぞれ3組ずつのスパーリングをさせるというような混雑した状態でのスパーリングを行わず,さらに,コーチを適切な位置に配置し,スパーリングを行わない 選手を6面のマットの周りに配置して,コーチや周囲の選手から適切なブレークの声を掛けさせ,他にも危険な状態を予見できたときにはそれを回避させる義務を負っていた。 (被告e,被告レスリング協会及び被告JOCの主張)被告eがナショナルコーチ兼強化本部長として従事すべき業務の内容は, オリンピック競技大会その他国際大会でのメダル獲得のために,レスリング競技における優れた素質を有するジュニア世代の競技者からトップレベル競技者までを育成及び強化する中・長期的な強化戦略プランに基づいた強化活動全体を統括し,強化活動の円滑な実施に向けた適切な進行管理を行い,レスリング競技の競技者の育成・強化を効果的に推進することであった。した がって,被告eは,練習現場に関する監督・指導等により,本件事故のような練習中の事故の発生を防止すべき義務を負うものではない。 仮に,被告eが練習現場に関する監督・指導等によ った。した がって,被告eは,練習現場に関する監督・指導等により,本件事故のような練習中の事故の発生を防止すべき義務を負うものではない。 仮に,被告eが練習現場に関する監督・指導等により練習中の事故の発生を防止すべき義務を負っていたとしても,本件合宿におけるスパーリングは,国際レスリングルールに則って行われていたところ,反り投げは国際レスリ ングルールにおいても禁止されていないのであるから,被告eには,これを禁止すべき義務や禁止されていないことを個別に説明等する義務があったとはいえない。 また,限られたレスリングマットを用いて効率的に練習を行うために,1つのマットに複数組の選手が同時に上がってスパーリングを行うことは一般 的であるから,本件事故当時のマット上の状況が混雑した状態で行われたと 評価することはできないし,本件事故当時,Aマット付近では,周辺で指導しているコーチのほか,自分の順番まで待機している複数の選手も練習内容を注視していたのであるから,衝突の危険があれば,ブレークをかけてこれを制止することができる環境にあったといえる。以上によれば,本件事故発生時の練習環境は不適切であったとはいえず,被告eに注意義務違反はない。 ⑶ 損害及び因果関係(原告らの主張)ア原告aの損害過去の医療費等 214万1596円本件事故が発生した日から令和2年7月分までの医療費等である。 過去の入院雑費 36万5408円本件事故により原告aが入院した日から令和2年7月31日までの入院雑費である。 脊髄損傷に対する再生医療に関する医療費 1億円原告aは,将来再生医療を受けることを望んでおり,そのためには諸 費用を含め1億円程度が必要となると予想される。 の入院雑費である。 脊髄損傷に対する再生医療に関する医療費 1億円原告aは,将来再生医療を受けることを望んでおり,そのためには諸 費用を含め1億円程度が必要となると予想される。 iPS細胞作製費用 200万円原告aは,将来の再生医療に備え,個人向けのiPS細胞作製・保管サービスの利用を計画しており,その費用は200万円とされている。 将来のリハビリテーション費用等 6606万5300円 原告aは,現在入所しているlリハビリテーションセンターを退所した後,脊髄損傷者専門のトレーニングジムに週2回通所して症状の改善を図ることを予定している。その費用は年間約350万円であり,これに現在23歳である原告aの平均余命約59年に対応するライプニッツ係数18.8758を乗じると上記金額と算出される。 過去の介護費用 1068万円 本件事故から令和2年8月16日までの1068日間,原告bや原告aの兄であるgが,原告aの介護のため付き添った。その費用は1日1万円を下ることはないから,上記金額と算出される。 将来の介護費用 1億3779万3340円原告aは,現在入所しているlリハビリテーションセンターを退所し た後,24時間体制で職業付添人に自宅に常駐してもらい介護を受ける必要があり,その費用は1日2万円(年間730万円)を下らない。こ平均余命に対応するライプニッツ係数を乗じると上記金額と算出される。 介護に必要な器具・住居等 8944万7441円 原告aの後遺障害からすれば,チンコントロール(顎操作)が可能で立位保持の支援機能(スタンディング機能)が付いた電動車いすの使用が必要であり,この車いすは1台420万円で5年ごとに買換えが必要平均余命に対応 障害からすれば,チンコントロール(顎操作)が可能で立位保持の支援機能(スタンディング機能)が付いた電動車いすの使用が必要であり,この車いすは1台420万円で5年ごとに買換えが必要平均余命に対応するライプニッツ係数を乗じると1585万5672円と算出 される。 また,上記車いすのほか,エアーマットレス,電動ベッド,リフト,吊り具,シャワーキャリー,オーバーテーブル,起立台,スロープ,フローリングマット,加湿空気清浄機及びスマートスピーカー等も必要となり,その費用は,各用具の耐用年数等も考慮すると,合計563万8 889円となる。 さらに,今後トレーニングジムに通所するためには東京都江東区付近に居住する必要があるところ,その家賃は月額30万円(年間360万円)を下らないから,この年間家賃平均余命に対応するライプニッツ係数を乗じると6795万2880円と算出され,以上の合計 は8944万7441円となる。 後遺症逸失利益 1億1879万3275円原告aは,平成31年3月に大学を卒業したところ,本件事故により労働能力を100%喪失したから,平成29年度の男性の大学・大学院卒全年齢平均年収660万6600円を基礎とし,これに本件事故当時20歳であった原告aの67歳までの就労可能年数47年に対応するラ イプニッツ係数17.9810を乗じると上記金額と算出される。 後遺症慰謝料 3000万円原告aは,本件事故により,競技者としての活躍の機会を奪われ,重篤な後遺障害を負わされたのであり,その精神的苦痛を金銭に換算すると3000万円を下ることはない。 弁護士費用 5572万8636円 5億5728万6360円の1割として上記金額が相当である。 合計 6億13 その精神的苦痛を金銭に換算すると3000万円を下ることはない。 弁護士費用 5572万8636円 5億5728万6360円の1割として上記金額が相当である。 合計 6億1301万4996円原告aは,以上合計の一部である2億円の支払を求める。 イ原告bの損害逸失利益 4710万7116円本件事故当時47歳であった原告bは,原告aの介護に専念するため勤務先を休職し,令和元年6月には退職した。在職中の原告bの月給は31万5000円(年収378万円)であり,この年収に就労可能な6 7歳まで20年に対応するライプニッツ係数12.4622を乗じると上記金額と算出される。 原告bの通院治療費等 10万9690円原告bは,本件事故により抑うつ状態となり,その通院治療費等の合計は上記金額である。 引越費用等 89万6404円 原告bは,原告aの自宅介護に備えて令和2年7月末に転居し,その際の引越費用,新居の敷金及び礼金,初月分の家賃並びに生活用品の購入費用等として上記金額を支出した。 交通費 4万2260円原告bは,令和2年7月末までに原告aの付添交通費として上記金額 を支出した。 gの交通費 101万9600円原告bは,gが原告aの見舞いや裁判傍聴のために大阪府から上京した際の交通費として上記金額を支出した。 慰謝料 1000万円 原告bは,本件事故により自身も多大な精神的苦痛を被ったのであり,その精神的苦痛を金銭に換算すると1000万円を下ることはない。 弁護士費用 591万7507円 額が相当である。 合計 6509万2577円原告b,以上合計の一部である2600万円の支払を求める。 すると1000万円を下ることはない。 弁護士費用 591万7507円 額が相当である。 合計 6509万2577円原告b,以上合計の一部である2600万円の支払を求める。 (被告らの主張)いずれも否認ないし争う。 ア再生医療に関する医療費及びiPS細胞作製費用は,必要かつ相当な治 療行為の費用であるとはいえず,本件事故と相当因果関係がない。 イリハビリテーションは,症状の悪化を防止する必要性が認められる場合に本件事故と相当因果関係のある損害といえるところ,原告aが希望しているリハビリテーションは,症状の改善を企図するものであり,症状の悪化を防ぐためのリハビリテーションは一般の医療機関でも実施可能である から,原告a主張の通所費用全額が本件事故と相当因果関係のある損害と はいえず,転居予定先の家賃についても,本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 ウ過去の介護費用について,付添いの必要性は明らかではなく,また近親者の付添費は1日6500円が相当であるから,少なくともこれを超える費用は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 また,将来の介護費用について,原告bが原告aの介護に専念するというのであれば,原告bの就労可能期間については,職業付添人による介護の必要性は認められない。そして,近親者による介護費用は1日8000円が相当であるから,少なくともこれを超える費用は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 さらに,原告bは,自身の逸失利益を主張するが,これは上記の過去及び将来の介護費用と重複するから,重複部分は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 エ原告aは,lリハビリテーションセンターから貸与された車いすを使用して 主張するが,これは上記の過去及び将来の介護費用と重複するから,重複部分は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 エ原告aは,lリハビリテーションセンターから貸与された車いすを使用しており,それで日常生活に支障はないと解されるから,これと同等品の 費用及び耐用年数を前提に損害を算定すべきであり,原告らが主張する電動車いすの費用は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 オ本件当時未就労であった原告aの後遺症逸失利益については,大学卒業予定時を始期とし,就労可能年数を45年として算定すべきであり,これを上回る部分は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 カ後遺症慰謝料については,2800万円が相当であり,これより増額すべき事由はないから,少なくとも上記金額を上回る部分については,本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 キ gの見舞い等のための交通費は,その必要性及び相当性が認められないから,本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。 ⑷ 過失相殺 (被告らの主張)万が一,被告らが責任を負うとしても,本件事故の発生につき,明示的にブレークの意思表示をしなかったことなど原告aの対応が相当程度寄与していることは明らかであるから,過失相殺がされるべきである。 (原告らの主張) 争う。 第3 争点に対する判断 1 認定事実前記前提事実に加え,証拠(甲6,10,15から17まで,25,乙A1から3まで,乙A4の1,3,乙A5,8,乙B2,3,乙E3,証人h,被 告c本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ⑴ 国際レスリングルール国際レスリングルールによれば,髪の毛や耳や生殖器を引っ張る,皮膚をつねる,手や足 ,証人h,被 告c本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ⑴ 国際レスリングルール国際レスリングルールによれば,髪の毛や耳や生殖器を引っ張る,皮膚をつねる,手や足の指をひねる,キックや頭突きを行う等の行為が禁じられ,また,相手を故意に痛めつけるような動作をすることは禁じられているが, 反り投げそのものや,反り投げの投げ方について,具体的な禁止事項は定められていない。 ⑵ 本件合宿について本件合宿においては,同時に3組程度が1つのマットに上がってスパーリングを行い,スパーリングを行っていない選手らはマットの周囲で休憩しな がらスパーリングを見学しており,マットの間の辺りには,コーチが立って様子を見ていた。原告a及び被告c以外の選手がスパーリングをするに当たっては,反り投げ等の投げ技が行われることもあった。 本件レスリング場における6面のマットは,別紙のとおり,階級とスタイルに沿って使い分けられており,原告aと被告cは2階級差(オリンピック 競技大会の実施階級では1階級差)があり,体重差は約10kgあったが, 階級が近いことから同じAマットでスパーリングを行うことになった。原告aと被告cは,これまでにも,本件合宿と同様の強化合宿に共に参加することが三,四回程度あり,1回の合宿当たり一,二回程度スパーリングをしたことがあった。 ⑶ 本件事故発生に至るまでの経過 ア原告aと被告cは,平成29年9月13日,本件レスリング場でスパーリングを行い,休憩を挟んで同日16時15分57秒頃(時刻は,本件事故が記録された防犯カメラの映像(乙A4の1)に記録された時刻である。 後記イからカまで及び⑷においては日付を省略し,この時刻のみを示す。),AマットのややBマット寄りの 5分57秒頃(時刻は,本件事故が記録された防犯カメラの映像(乙A4の1)に記録された時刻である。 後記イからカまで及び⑷においては日付を省略し,この時刻のみを示す。),AマットのややBマット寄りの位置において,被告cがAマットの中心に 近い内側に,原告aがBマットの方向の外側に位置して,スパーリングを開始した。 その際,Aマットでは,原告a及び被告cのほかに2組の選手がスパーリングを行っており,また,本件合宿に参加していた大学生選抜選手である証人hは,原告a及び被告cの双方と面識があったことから,Aマット の脇で本件スパーリングを見学していた。 イ原告aは,16時16分01秒頃,被告cの頭をその左腕と共に右脇に抱え込んでがぶりの体勢をとり,体重をかけて被告cをマットに引き落とそうと試みた。これに対し,被告cは,同02秒頃,反撃に転じるため,レスリングマットに膝をついて低い姿勢をとった上で原告aの背中に両腕 を回して胴タックルし,クラッチを組んだ。この段階で,被告cの右腕は,原告aの左腕の内側からその背中に回している状態であり,被告cの左腕は,原告aの右腕の外側から背中に回している状態であった。 ウ被告cは,上記イの状態のまま原告aを押し込み,原告aと被告cは,16時16分05秒頃,Bマット寄りのパシビティ・ゾーンまで移動した が,同06秒頃までに,その場で両者の位置関係が反転し,原告aがAマ ットの内側に,被告cが外側に位置することとなった。 エ原告aと被告cは,引き続き前記イの状態のまま攻防を続け,16時16分07秒頃,被告cがAマットの外側から内側に向かって原告aをやや押し込んだ。他方,その頃,Aマットの中央付近でスパーリングをしていた別の組の選手が,組み合ったまま原告a及び被告cの方 ,16時16分07秒頃,被告cがAマットの外側から内側に向かって原告aをやや押し込んだ。他方,その頃,Aマットの中央付近でスパーリングをしていた別の組の選手が,組み合ったまま原告a及び被告cの方に近付いてきた ことから,AマットとBマットの間付近にいたfコーチは,同08秒頃から同10秒頃までにかけて,原告aと被告cの脇を通り越して上記の別の組に近寄り,当該組のスパーリングのブレークを指示した。当該組は,fコーチの指示を受けて直ちにブレークし,これを受けて,fコーチは,同11秒頃には,元の位置へと戻り始めた。 オ原告aと被告cは,16時16分08秒頃から同10秒頃までの間,引き続き前記イの状態で原告aと組み合い,被告cにおいて,クラッチした両腕を後方(Bマットの方向)に向かって引き上げて原告aを持ち上げようとする一方,原告aはこれに対抗して反対方向の力をかけており,両者の力はほぼ拮抗して,その位置及び位置関係もほぼ変わらなかった。 カところが,16時16分11秒頃,原告aが後方に向かって加えていた力が突然外れたため,原告aと被告cの力の均衡が崩れ,被告cは,Aマットのパシビティ・ゾーンの内側の境目付近において,後方に向かって引き上げていた力により原告aを持ち上げる形となり,原告aもろとも後方に転倒することとなった。これにより,原告aは,同13秒頃,頭からA マットとBマットの境目付近に落下し,原告aと被告cは,同14秒頃までに,Bマットのパシビティ・ゾーン付近まで共に滑り込んだ。 このとき,本件スパーリングを見学していた証人hは,被告cが原告aに対して後ろへの反り投げを掛けたと思って見ていたが,原告aが起き上がってこなかったことで初めて,異常事態が起きたことに気が付いた。 ⑷ 事実認定の 見学していた証人hは,被告cが原告aに対して後ろへの反り投げを掛けたと思って見ていたが,原告aが起き上がってこなかったことで初めて,異常事態が起きたことに気が付いた。 ⑷ 事実認定の補足説明 ア本件事故の機序に関する原告らの主張と被告c及び被告d会社の主張は,原告aが被告cをがぶりの状態に置いていたところ,被告cが胴タックルをして反撃する中で,被告cが原告aを後方に投げる形になったという限度では合致しているが,主として,①コーチのブレーク指示を受けて原告aがブレークのために脱力したかどうか,②被告cが原告aに胴タックル をした後,クラッチを組み替えて原告aの左腕を外側から押さえつけたかどうか,③被告cが意図的に原告aを反り投げしたかどうかという点で異なっている。 前記⑶認定は,概ね被告c及び被告d会社の主張に沿う認定をしたものであるところ,その理由は次のとおりである。 イまず,前記ア①の点について,原告らは,原告aが,fコーチのブレーク指示を受けて脱力し,被告cにブレークの意思表明をしたと主張する。 しかし,前記1⑶エのとおり,fコーチは,原告a及び被告cの脇を通り越して別の組の近くまで赴き,当該別のペアが直ちにブレークしたところで,元の位置へと戻って行ったことが認められるから,当該別のペアに 対してのみブレークの指示をしたものと認められる。仮に,fコーチが,原告a及び被告cに対してもブレークを指示したとすると,fコーチは,16時16分08秒頃には接触の危険を察知していたと認められるのであるから(前記⑶エ),その場でより近くにいた原告a及び被告cにブレークの指示をしたと考えるのが自然であるが,同秒頃から同10秒頃まで,被 告cはもとより原告aも力を していたと認められるのであるから(前記⑶エ),その場でより近くにいた原告a及び被告cにブレークの指示をしたと考えるのが自然であるが,同秒頃から同10秒頃まで,被 告cはもとより原告aも力を抜いたとは窺われないのであり,かかる事実は上記判断を裏付ける事情である。 したがって,fコーチから原告a及び被告cに対してブレーク指示があった事実は認められないから,被告cにおいて殊更これを無視した事実は認められない。 また,原告らは,原告aが,無言で力を抜くことにより被告cに対して ブレークの意思表明をしたとも主張するが,このような方法でブレークの意思を伝えることが一般的であると認めるに足りる証拠はない。かえって,証人hは,無言で力を抜くようなブレークの方法を見聞きしたことはなく,通常は相手の身体を叩いたり声を掛けたりするものであると証言しているところ,スパーリングはそれ自体怪我の危険を伴うものであり,ブレーク に関して意思疎通に齟齬があった場合には重大な怪我に直結し得ることからすれば,ブレークの意思を相手に伝えるに当たっては,確実に伝わる方法を採る必要があると考えられるから,上記証人hの証言の内容は合理的であり,十分信用できる。 したがって,原告aがブレークの意思を伝えるために力を抜いたとは認 められず,少なくとも,被告cにおいて,原告aによるブレークの意思表明を殊更無視した事実を認めることはできない。 ウ次に,前記ア②の点について,原告らは,被告cがクラッチを組み直し,原告aの左腕を外側から囲い込むように固めたと主張する。 しかし,これを認めるに足りる適確な証拠はなく,かえって,被告cは 原告aの左腕の内側から自身の右腕を回し入れて胴タックルに成功していたと認められるところ,ひとた むように固めたと主張する。 しかし,これを認めるに足りる適確な証拠はなく,かえって,被告cは 原告aの左腕の内側から自身の右腕を回し入れて胴タックルに成功していたと認められるところ,ひとたびクラッチを解いてしまえば,再度クラッチを組み直すことが常に可能であるとは限らない上,投げ技をするに当たっては,腕を相手の腕の内側から回した方が,相手を自分の身体に引き付けやすく,相手から腕を広げることによる抵抗を受けにくく有利である というのであるから(被告c本人),被告cがクラッチを組み直す合理的な理由は見出し難い。そして,原告aは,その右脇に被告cの頭部を抱え込むがぶりの状態に置いてマットに引き落そうとし,被告cから胴タックルをされたというのであるから,原告aの右腕は被告cの左肩の上から首の方に回され,左腕は被告cの右肩の上から上半身を抱え込むように回され ていたと考えられるところ,このままの状態で原告aと被告cが上半身を 密着させるような形で体を起こしたのであれば,原告aの左下腕は両者の上半身に挟まれる格好となって,原告aにおいて,被告cから左腕を固められたと感じた可能性も否定できない。 したがって,被告cにおいて,胴タックルからクラッチを組み直し,原告aの左腕を外側から囲い込むように固めた事実を認めることはできな い。 エさらに,前記ア③の点について,原告らは,被告cが原告aを意図的に反り投げしたと主張する。 しかし,反り投げは,相手と組み合った状態から,上体を後方に反らせてブリッジの体勢をとるようにし,腹部で相手を下から突き上げて浮かせ, そのまま自分の後方に向かって投げるものであるから(前記第2の1⑵カ),反り投げをした選手は通常その場で背中から下に倒れ込むことになると考 とるようにし,腹部で相手を下から突き上げて浮かせ, そのまま自分の後方に向かって投げるものであるから(前記第2の1⑵カ),反り投げをした選手は通常その場で背中から下に倒れ込むことになると考えられるが(例えば,乙A4の1の16時13分37秒頃には,Aマットの手前のレスリングマットにおいて,上記のような態様による反り投げがされている様子が記録されている。),被告cは,Aマットのパシビ ティ・ゾーンの内側の境目付近において原告aを持ち上げる形となり,原告aもろとも後方に転倒してから,Bマットのパシビティ・ゾーン付近まで共に滑り込んでおり,レスリングマット間の間隔とパシビティ・ゾーンの幅を考慮すると4m近くも移動していることからすると(甲15,乙A4の1,乙A7),通常の態様による反り投げが行われたものではないと認 められる。 そして,被告cにおいて,本件合宿と同様の強化合宿において面識があったにすぎず,階級も異なる原告aに対し,あえて通常の態様によらない危険な投げ技を仕掛ける理由はないし,原告aと被告cの体重差を考慮しても,被告cがナショナルチーム選手として国際大会に出場するなど国内 最高水準の選手であったこと(前提事実⑴ウ)に照らせば,被告cにおい て通常の態様によって原告aを反り投げすることが不可能であったと認めることもできない。 以上の検討に加え,本件レスリング場におけるレスリングマットが滑りやすいものであったこと(乙A6)も併せると,原告aの足が滑ったか何かで外れたようになり,拮抗していた力が被告cの背中の方向に一気に加 わったため,原告aもろとも後方に転倒することとなった旨の被告cの供述は信用することができ,前記⑶カのとおりの事実を認めることができる。 そして,被告cの供述によっても,結 背中の方向に一気に加 わったため,原告aもろとも後方に転倒することとなった旨の被告cの供述は信用することができ,前記⑶カのとおりの事実を認めることができる。 そして,被告cの供述によっても,結果的に被告cが原告aを投げるような形となったこと自体には疑いがないから,原告a及び証人hにおいて,被告cが原告aを反り投げしたと認識していたとしても,前記認定が左右 されるものではない。 したがって,被告cが意図的に原告aを反り投げした事実を認めることはできない。 2 争点⑴(被告cによる注意義務違反の有無)について⑴ 原告らは,被告cが,fコーチによるブレーク指示及びこれを受けた原告 aによるブレークの意思表明を受けて,直ちにブレークしてスパーリングを中断すべき義務があったと主張する。 しかし,前記1⑶エ及び⑷イの認定判断のとおり,fコーチが原告a及び被告cに対してブレークを指示した事実を認めることはできないし,原告aがブレークの意思を伝えるために力を抜いたとは認められず,少なくとも, 原告aが脱力したことをもってブレークの意思表明と見ることはできないから,被告cにおいてスパーリングを中断すべき義務があったと認めることはできない。 ⑵ 原告らは,仮に,被告cにおいてスパーリングを中断すべき義務がなかったとしても,被告cは,原告aの両腕を固めた状態で自分よりも約10kg 体重が重い原告aに対して反り投げを行ってはならない義務があったと主張 する。 ア前記1⑶イからカまで及び⑷ウ,エの認定判断のとおり,被告cがクラッチを組み替えて原告aの左腕を押さえ付け,その両腕を固めた事実は認められないし,被告cが原告aを意図的に反り投げした事実も認められないのであるから,原告らの主張はその前 判断のとおり,被告cがクラッチを組み替えて原告aの左腕を押さえ付け,その両腕を固めた事実は認められないし,被告cが原告aを意図的に反り投げした事実も認められないのであるから,原告らの主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。 また,前記認定判断によれば,被告cにおいて,原告aを反り投げのように投げる結果となることを回避できたと認めることは困難である。 イ仮に,被告cにおいて,原告aを反り投げのように投げることを回避することが可能であったと認められたとしても,被告cにおいて,原告ら主張の状況下で,反り投げをしてはならない義務があったと認めることは困 難である。 すなわち,反り投げは,真後ろに向かって行う場合や相手の両腕を固めた上で行う場合も含め,レスリングの競技ルールにおいて使用が禁じられているものではないと認められる(両腕を固められている場合であっても,首や背中を丸めたり足を使ったりして受け身をとることは可能であると 考えられる。)(乙E3)。本件合宿は,男子レスリングのトップ選手であるナショナルチーム代表選手及び大学生選抜選手を招聘して行われた合宿だったのであるから,本件合宿のスパーリングにおいては,国際大会で使用が認められている技は全て使用できることが参加者にとって当然の前提であったと考えられる。特に,グレコローマンスタイルにおいては,投 げ技が中心の試合展開となり,その技がビッグポイントの投げ技となるかどうか,投げ技により相手をデンジャーポジションに追い込めるかどうかが加点要素として重要となるのであるから(前記第2の1⑵ア,エ),競技ルールで禁止されていないにもかかわらず,双方の組合いの状況に応じて特定の投げ技を回避すべき義務が生じる場合があると認めることはでき ない。 から(前記第2の1⑵ア,エ),競技ルールで禁止されていないにもかかわらず,双方の組合いの状況に応じて特定の投げ技を回避すべき義務が生じる場合があると認めることはでき ない。 そして,その理は,原告aと被告cとの間には約10kgの体重差があったとしても,その体重差は,階級にして2階級であり,オリンピック競技大会実施階級でみれば1階級の差であって,レスリングの練習においては,必ずしも階級の範囲だけではなく,階級の異なる選手とスパーリングを行う場合もあるというのであり(前記1⑵),被告cがナショナルチーム 選手として国際大会に出場するなど国内最高水準の選手であったこと(前提事実⑴ウ)も併せると,異なるところはないものというべきである。 以上によれば,本件の状況の下で,被告cにおいて,原告aに対して反り投げを行ってはならない義務があったと認めることはできない。 ⑶ したがって,被告cによる注意義務違反があったとは認められないから, その余の点について検討するまでもなく,原告らの被告c及び被告d会社に対する請求は,いずれも理由がない。 3 争点⑵(被告eによる注意義務違反の有無)について⑴ 原告らは,被告eが本件合宿の責任者であり,本件合宿に招聘された選手の生命又は身体の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に 基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を採ることによって,選手の安全を保護すべき注意義務を負っていたと主張する。 確かに,被告eは,被告JOCのナショナルコーチ及び被告レスリング協会の選手強化本部長の立場にあったのであるから,本件合宿においても責任者ともいうべき地位にあったと認めるのが相当である。そうすると,被告e は,単にレスリング選手の中・長期的な強化プラ ング協会の選手強化本部長の立場にあったのであるから,本件合宿においても責任者ともいうべき地位にあったと認めるのが相当である。そうすると,被告e は,単にレスリング選手の中・長期的な強化プランを作成してそれを推進・管理するだけでなく,本件合宿中の練習に関し,練習中の安全を確保するための体制を構築する義務をも負っていたと認めるのが相当である。 ⑵ しかしながら,上記⑴の一般的な義務を前提としても,被告eにおいて,本件事故の発生につき,具体的な注意義務違反があったと認めることは困難 である。 アすなわち,前記2判断によれば,そもそも,本件事故につき直接の行為者である被告cの注意義務違反は認められないのであるから,被告eにおいて,かかる不可抗力ともいうべき本件事故を予見しかつ防止することが可能であったとは認められない。 イこれに対し,原告らは,被告eが,上記義務の具体的な態様として,安 全なスパーリングのために,参加選手の所属先におけるスパーリングにおいて禁止されている技を把握した上で,本件合宿中の練習において禁止する技を定め,参加選手及びコーチに対してこれを周知する義務を負っていた旨主張する。 しかし,前記2⑵説示のとおり,本件合宿は,男子レスリングのトップ 選手を招聘した合宿であったことからすれば,国際大会において使用することができる技についてはすべて使用を認めることが当然の前提となっていたと考えられるから,被告eにおいて,国際ルールにおいて認められた技のうち反り投げ等の一部について,本件合宿のスパーリングにおける使用を禁止すべき義務を負っていたと認めることはできない。また,前記2 説示のとおり,そもそも被告cが危険な反り投げを意図的に掛けた事実自体が認められないのであるから,そ スパーリングにおける使用を禁止すべき義務を負っていたと認めることはできない。また,前記2 説示のとおり,そもそも被告cが危険な反り投げを意図的に掛けた事実自体が認められないのであるから,そのような技を禁止していなかったことは,本件事故の発生との間に因果関係が認められないものである。 原告らは,被告eにおいて,体重差や他の選手との距離関係を意識したプログラムやマニュアルを作成するなどする義務を負っていたとも主張 するが,スパーリングの際にコーチを近くに配置して選手の具体的な動きに応じて安全を図るという以上に,予めプログラムやマニュアルを作成すべき義務があったとまで認めることはできない。 ウまた,原告らは,被告eが,マット1面につき3組という混雑した環境でのスパーリングを行わせず,かつ,コーチを適切な位置に配置し,スパ ーリングを行っていない選手をマットの周りに配置して,周囲からの適切 なブレークの声を掛けさせるといった練習環境を整備する義務を負っていたとも主張する。 しかし,証人h及び被告cは,マット1面につき3組程度で行うことは一般的であったと供述しているところ,本件レスリング場にはレスリングマットが6面しかないにもかかわらず,本件合宿の参加者は94名に及ん でいること(前提事実⑶,⑷)や,マット上でのスパーリングは本件事故を除いて滞りなく行われており,混乱を生じた形跡は窺われないこと(甲15,乙A4の1)からすれば,本件合宿に招集された選手らは,このような練習環境でスパーリングを行うことに十分慣れていたと認められ,証人h及び被告cの上記供述は信用できる。また,各レスリングマットの周 りには,休憩中の選手が囲んで見学しており,コーチも数名配置されて見守っていた(前記1⑵)のであり, れていたと認められ,証人h及び被告cの上記供述は信用できる。また,各レスリングマットの周 りには,休憩中の選手が囲んで見学しており,コーチも数名配置されて見守っていた(前記1⑵)のであり,実際に,本件においても,原告a及び被告cと別の組とが接近した際には,fコーチが直ちに歩み寄ってブレークの指示をしていること(前記1⑶エ)からすれば,スパーリング中の組同士の接触については十分に目が行き届いていたと認めることができるか ら,練習環境に本件事故の発生につながるような不備があったと認めることはできない。 ⑶ 以上によれば,被告eによる注意義務違反があったとは認められないから,その余の点について検討するまでもなく,原告らの被告e,被告JOC及び被告レスリング協会に対する請求は,いずれも理由がない。 第4 結論以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第7部 裁判長裁判官小川理津子 裁判官山岸秀彬 裁判官山田裕貴は,差し支えにつき,署名押印することができない。 裁判長裁判官小川理津子

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