- 1 -令和7年7月22日宣告広島高等裁判所令和7年(う)第35号住居侵入、殺人原審広島地方裁判所令和3年(わ)第590号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中90日を原判決の刑に算入する。 理由 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、被害者方に侵入し、当時35歳の被害者に対し、殺意をもって、その腹部を果物ナイフで突き刺すなどし、被害者を失血により死亡させたというものであり、本件控訴の趣意は、要するに、原判決は、犯行現場から発見された血液のDNA型鑑定を主な証拠として、被告人が同事件の犯人であると認定しているが、同血液が被告人のものであることは証明されておらず、その他に被告人が犯人であると認めるに足りる証拠はないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討する(以下、略称は原判決のそれと同様である。)。 1 原判決は、①左足ソックス、右足ソックス片、被害者方階段及び被害者方1階台所の流し台から発見されたヘアスプレー缶にそれぞれ付着していた血液(以下、これらの血液を「本件各血液」という。)につき、平成17年に実施されたDNA型鑑定(以下、「平成17年鑑定」という。)の結果、検出可能な10座位全てが被告人のDNA型と一致し、その出現頻度は約1100万人に一人であること、また、②左足ソックスに付着していた血液の一部(検査部位3)につき平成19年に実施されたDNA型鑑定(以下、「平成19年鑑定」という。)の結果、検査可能な16座位全てが被告人のDNA型と合致し、その出現頻度は約4兆7千億人に一人であること、さら - 2 -に、③令和6年 DNA型鑑定(以下、「平成19年鑑定」という。)の結果、検査可能な16座位全てが被告人のDNA型と合致し、その出現頻度は約4兆7千億人に一人であること、さら - 2 -に、③令和6年に実施された鑑定(以下、「令和6年鑑定」という。)の結果を検討した法医学者の証言によっても、右足ソックス片に付着していた血液の一部(検査部位2)には被告人と同型のDNAが含まれていると考えられることから、本件各血液はいずれも被告人のものであると認められるとした。そして、本件各血液は犯人が犯行時に残していったものであると認められ、これらの血液が被告人のものであることから被告人が犯人であることが強く推認される一方、「被害者方に行ったことがない。」などという被告人の供述は全く信用できず、上記推認に反する事情はないから、被告人は上記事件の犯人であると認定できるとした。 原判決の上記認定判断は、論理則、経験則に基づいた合理的なものであり、当裁判所としても、すべて正当として是認することができる。 2 これに対し、所論はまず、DNA型鑑定の過程で人為的な誤りが生じる確率が1000分の1以下であるとは考えられず、現に、左足ソックスに付着していた血液の一部(検査部位3)及び右足ソックス片に付着していた血液全て(検査部位1ないし5)につき令和2年に実施されたDNA型鑑定(以下、「令和2年鑑定」という。)及び令和6年鑑定において、人為的な誤りにより、一部の座位で被告人のアリルと同一のアリルが検出されず、1回目と2回目の検出結果が一致しないなどの結果が生じているにもかかわらず、原判決は、人為的な誤りが生じる確率を過小評価している、などと主張する。 しかしながら、所論のいう人為的な誤りが生じる確率は、具体的根拠に欠ける独自の見解にすぎない。また、令和2年鑑定と令 らず、原判決は、人為的な誤りが生じる確率を過小評価している、などと主張する。 しかしながら、所論のいう人為的な誤りが生じる確率は、具体的根拠に欠ける独自の見解にすぎない。また、令和2年鑑定と令和6年鑑定において所論が指摘する結果が生じた要因も、原判決が説示するように、DNAが長期間の経過により劣化したことや、被告人以外の者のDNAが微量混入していたことなどによるものと理解すべきであり、これらは人為的な誤りが存在した可能性を示すものではない。 - 3 - 3 所論はまた、本件各血液は二人以上の血液が混ざった混合資料である可能性があるにもかかわらず、本件の各鑑定は、その可能性を考慮することなく、閾値である175RFU未満のピークを一律に切り捨てて有意な信号として扱わず、あたかも一人のDNA型であるかのように取り扱っているから、各鑑定結果を基礎として本件各血液が被告人のものであると認定することはできない、などと主張する。 しかしながら、法医学者の証言によれば、平成17年鑑定及び平成19年鑑定では、えん罪防止等の観点から、国際的には非常に高い数値である175RFUを閾値(AT値)として用いており、各鑑定で閾値未満のアリルピークが出ていたとしても、そのような事情は、単に何らかの理由でソックスに付着するなどしていた第三者の微量のDNA型が検出された可能性を示すにすぎないことが認められる。本件では、上記各鑑定の結果、本件各血液のDNA型と被告人のDNA型が多数の座位で完全に一致し、その出現頻度は極めて低い確率であることが判明しているから、本件各血液が被告人のものであると認められるのは当然である。 4 所論はさらに、法医学者は、右足ソックス片に付着していた血液の一部(検査部位2)に関する令和6年鑑定の結果について、スタター(ア 、本件各血液が被告人のものであると認められるのは当然である。 4 所論はさらに、法医学者は、右足ソックス片に付着していた血液の一部(検査部位2)に関する令和6年鑑定の結果について、スタター(アリルピークではない小さいピーク)を除外した上で、同血液には被告人と同型のDNAが含まれていると考えられる旨証言しているが、二人以上の血液が混ざった混合資料からアリルの可能性があるピークをスタターとして除外する合理的な理由がない上、仮に、法医学者が証言するようにスタターを除外できるとしても、鑑定結果では、被告人が有しているDNA型が検出されなかった座位があり、しかも3つの座位からは被告人のDNA型にはない型も検出されているから、いずれにしても、法医学者の検討結果を基礎として本件血液が被告人のものであると認定することはできない、と主張する。 しかしながら、法医学者は、「PCRの行う際に避けられない現象として - 4 -スタターが生じる。混合資料では、マイナーコントリビューター(DNAの提供量が少ない者)のアリルをスタターと見間違える危険性があるが、コンティニュアスモデルで補うことができる。」などとした上で、令和6年鑑定に関し、検査結果に現れたピークをスタターと判定した根拠等を詳細に証言し(証人尋問調書53頁以下参照)、さらに、所論が指摘する鑑定結果も全て検討した上で、上記のとおり右足ソックス片に付着していた血液の一部には被告人と同型のDNAが含まれていると考えられる旨証言している。法医学者は、DNA型鑑定等を研究テーマとし、豊富な実績をする専門家であり、その知見を採用し得ない合理的な事情は見当たらず、上記証言は十分に信用することができる。 5 なお、所論は、原判決は、DNA型鑑定の結果を絶対視し、被告人供述の内容が自然で合理的で 専門家であり、その知見を採用し得ない合理的な事情は見当たらず、上記証言は十分に信用することができる。 主文 なお、所論は、原判決は、DNA型鑑定の結果を絶対視し、被告人供述の内容が自然で合理的であるか、具体的であるかといった点を十分に検討しないまま、その信用性を否定しており、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の基本原則に反しているとも主張するが、上記のとおり、各鑑定結果によれば、被告人は本件犯行時に被害者方にいたことが認められるのであって、これと矛盾する被告人の供述に信用性がないことは明らかである。 所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和7年7月22日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官畑山靖 裁判官竹内大明 裁判官岩田康平
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