平成16年4月7日判決言渡し同日原本交付裁判所書記官平成13年(ワ)第3932号損害賠償等請求事件判決当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告らは,原告それぞれに対し,連帯して10万円を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告らが,被告らに対し,内閣総理大臣である被告小泉純一郎がその職務として靖国神社に参拝したことは政教分離規定等に違反する違憲行為であって,これにより原告らの有する信教の自由,宗教的人格権及び平和的生存権が侵害され,精神的損害を被った旨主張して,被告国に対しては国家賠償法1条1項に基づき,被告小泉純一郎に対しては民法709条に基づき,それぞれ損害賠償を求めた事案である。 1 前提となる事実(争いのない事実及び後掲証拠により認められる事実)(1)当事者ア原告らのうち別紙当事者目録記載番号1から10までの原告らは,いずれも第2次世界大戦における戦没者の遺族(以下「戦没者遺族」という。)である。 イ原告らのうち同目録記載番号11から58までの者は,いずれも仏教の僧侶,門徒又は信徒である。 ウ原告らのうち同目録記載番号59から130までの者は,いずれもキリスト教の神父,牧師又は信徒である。 エ原告らのうち同目録記載番号131から209までの者は,いずれも特定の宗教や信仰を持たない者である。 オ原告らのうち同目録記載番号210及び211の者は,いずれも在日コリアンである。 カ被告小泉純一郎(以下「被告小泉」という。)は,内閣総理大臣である。 (2)被告小泉による靖国神社参拝被告小泉は,平成13年8月13日,靖国神社に参拝した(以下「本件参拝 である。 カ被告小泉純一郎(以下「被告小泉」という。)は,内閣総理大臣である。 (2)被告小泉による靖国神社参拝被告小泉は,平成13年8月13日,靖国神社に参拝した(以下「本件参拝」という。)。 2 争点及び当事者の主張(1)原告らの被告小泉に対する本件訴えが訴権の濫用に当たるか否か。 (被告小泉の主張)原告らの被告小泉に対する本件訴えは,被告小泉が一人の自然人として信教の自由を実現するために行った本件参拝を違憲,違法と断じた上で損害賠償を求めたものであり,訴訟の名を借りて,被告小泉の有する信教の自由を制限しようとするものであるから,訴権の濫用として不適法である。 (原告らの主張)原告らの被告小泉に対する本件訴えは,被告小泉が内閣総理大臣の職務として行った本件参拝を違憲,違法である旨主張して損害賠償を求めたものであるから,訴権の濫用に当たらず適法である。 (2)被告らが原告らに対して損害賠償責任を負うか否か。 (原告らの主張)ア本件参拝の違憲性(ア)靖国神社の性格と役割靖国神社は,明治時代に国家神道の成立とともに国家神道の頂点に位置するものとして創建されたものであり,天皇のために戦死した者を勲功顕彰するための宗教的施設であった。靖国神社は,日清戦争及び日露戦争を機に,戦死者を英霊として慰霊顕彰し,天皇制への帰依を強化する施設としての機能を発揮し,軍国主義の生成及び発展についての精神的支柱としての役割を果たすとともに,戦争完遂のために戦死を美化する宗教的思想的装置として極めて重要な役割を担った。 第2次世界大戦後(以下「戦後」という。),靖国神社は宗教法人となったが,国家神道の思想を堅持しており,戦死者を神として崇めること 宗教的思想的装置として極めて重要な役割を担った。 第2次世界大戦後(以下「戦後」という。),靖国神社は宗教法人となったが,国家神道の思想を堅持しており,戦死者を神として崇めることにより,戦死を空襲などによる戦災死などとは明確に区別し,戦死を気高いものとして美化している点において第2次世界大戦前(以下「戦前」という。)と何ら変わるところはなく,戦前の国家神道的性格及び軍国主義的性格を継承している。 (イ)憲法20条3項(政教分離規定)違反被告小泉は,靖国神社本殿において,神道式のお祓いを受けた後,同神社の祭神である英霊に対し,一礼して参拝した。同神社本殿は,同神社が神として信仰する英霊が祭られており,これに対する畏敬崇拝の行為をなす場所であること,被告小泉は,同神社本殿において,身を清めるという意味での神道方式のお祓いを受けたこと,二拝二拍手一拝という神道方式の礼拝ではないが,一礼して祭神である英霊に対して畏敬崇拝の心情を示したことなどからすれば,本件参拝は宗教的活動である。そして,国及びその機関は,いかなる宗教的活動もしてはならない(憲法20条3項)のであるから,本件参拝のようないわば国家自身が行ったに等しい宗教的活動については,いわゆる目的効果基準は適用されず,その活動の目的及び態様がいかなるものであっても,憲法20条3項に抵触し違憲となる。 仮に,目的効果基準を採るとしても,本件参拝は,靖国神社が神として信仰する英霊に対して畏敬崇拝する心情を示すという宗教的意義を有し,本殿という畏敬崇拝の対象である英霊が祭られた場所で行われていること,一部神道方式に沿った行為が行われていること,一礼式の参拝行為は神道方式に沿ったものではないが,英霊に対して畏敬崇拝の心情を し,本殿という畏敬崇拝の対象である英霊が祭られた場所で行われていること,一部神道方式に沿った行為が行われていること,一礼式の参拝行為は神道方式に沿ったものではないが,英霊に対して畏敬崇拝の心情を示す行為であることに代わりはないことからすれば,本件参拝は,靖国神社が国家の宗教である,又は国家が靖国神社を特別に保護しているとの認識を与えるものとして,靖国神社を援助,助長するものであるから,本件参拝は憲法20条3項の禁止する宗教的活動に該当する。 よって,本件参拝は憲法20条3項(政教分離規定)に違反し,違憲である。 (ウ)信教の自由及び宗教的人格権侵害(憲法20条1項前段)の違憲性原告らは,憲法20条1項前段により,信教の自由及び日常の市民生活において平穏かつ円満な宗教的生活又は非宗教的生活を享受する権利である宗教的人格権が保障されている。 本件参拝は,国の機関である内閣総理大臣が特定宗教である靖国神社と結びつき,これに関与する行為であり,国やその機関の権威をもって,原告らに対して同神社への信仰を強制し,同神社を信仰しない原告らの信教の自由及び宗教的人格権を侵害したものであって,違憲である。 (エ)平和的生存権(憲法前文,9条)侵害の違憲性原告らは,憲法前文及び9条によって,全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利である平和的生存権が保障されている。 本件参拝は,靖国神社という戦前の全体主義的な政治的象徴を承認,称揚,鼓舞するという行為であって,憲法の定める平和主義の大原則に違反し,原告らの有する平和的生存権を侵害したものであって,違憲である。 イ原告らに対する権利侵害(ア) 的象徴を承認,称揚,鼓舞するという行為であって,憲法の定める平和主義の大原則に違反し,原告らの有する平和的生存権を侵害したものであって,違憲である。 イ原告らに対する権利侵害(ア)政教分離規定(憲法20条3項,89条)の保障する人権に対する侵害憲法20条3項,89条の政教分離規定は,戦争の悲惨な体験から,国家と神道が結びつくことを徹底的に排除することにより,国民に対し,何の侵害も受けることなく,心のままに不安なく信仰を貫徹できる自由を保障し,信教の自由に対する直接的間接的な強制又は圧迫から国民を保護するための規定である。したがって,国家及びその機関が政教分離規定に違反する行為をした場合,その行為が直接的な強制であるか間接的な強制であるかを問わず,同規定が保障する人権を侵害するものである。 本件参拝は,前記のとおり,政教分離規定に違反する行為であるから,同規定が保障する原告らの前記人権を侵害したものである。 (イ)信教の自由(憲法20条1項前段)に対する侵害信教の自由は,特定の宗教を信仰すること又は信仰しないことを強制されない自由を含んでいる。そして,このような自由は,直接的物理的に強制的な圧迫干渉がなくとも侵害され得るものである。 本件参拝は,前記のとおり,国やその機関の権威をもって,原告らに対し,靖国神社への信仰を心理的に強制したものであり,同神社を信仰しない原告らの信教の自由を侵害したものである。 (ウ)宗教的人格権(憲法20条1項,3項)に対する侵害宗教的人格権は,政教分離規定により,又は信教の自由の一内容として憲法上保障されている人権であり,また,仮に憲法上の保障が及ばないとしても,少なくとも に対する侵害宗教的人格権は,政教分離規定により,又は信教の自由の一内容として憲法上保障されている人権であり,また,仮に憲法上の保障が及ばないとしても,少なくとも民事上又は国家賠償法上,法的に保護すべき人格的利益である。 本件参拝は,仏教,キリスト教の信者又は無宗教者である原告らが,国家神道により精神的圧迫を受けない平穏な環境の下で,宗教的活動をし,又は無宗教者として生活することを妨げ,原告らそれぞれが貫いてきた信教ないし無宗教の世界観及び歴史を根底から否定し,原告らに対して圧迫感,屈辱感,恐怖感及び不安感等の精神的苦痛を与え,原告らの宗教的人格権を侵害したものである。 (エ)平和的生存権に対する侵害本件参拝は,原告らに戦争被害を再体験,想起させ,原告らの平和を希求する思いを蹂躙するものであって,原告らの平和的生存権を侵害したものである。 (オ)権利侵害の個別的内容a 戦没者遺族である原告ら本件参拝は,戦没者の死の意味をその遺族に対して強制するものであり,本件参拝によって,戦没者遺族である原告らは,他者からの干渉や介入を受けずに静謐な宗教的又は非宗教的環境の下で,それぞれの敬愛追慕の念により,肉親の死を意味づけ,肉親らを慰霊追慕する自由を侵害された。 b 仏教及びキリスト教を信仰する原告ら本件参拝は,靖国神社に公的権威を与え,その余の宗教を靖国の劣位において抑圧する効果を持つものであり,本件参拝によって,仏教及びキリスト教を信仰する原告らは,信仰の自由を侵害された。 c 特定の信仰を持たない原告ら本件参拝によって,特定の宗教を持たない 持つものであり,本件参拝によって,仏教及びキリスト教を信仰する原告らは,信仰の自由を侵害された。 c 特定の信仰を持たない原告ら本件参拝によって,特定の宗教を持たない原告らは,無宗教又は無信仰という生活(非宗教的生活)を平穏かつ円満に享受する権利を侵害された。 d 在日コリアンである原告ら本件参拝によって,在日コリアンである原告らは,日本による侵略戦争と植民地支配の恐怖やそれに起因する欠乏に苦しめられることなく安んじて平和のうちに生存する権利及び平和を愛する諸国民との間に築き上げた信頼関係の下で戦争の恐怖や予感に脅かされることなく安んじて暮らしていきたいという生存の基本たる権利を侵害された。 ウ被告らの責任(ア)被告国の責任被告小泉は,内閣総理大臣の職務として本件参拝を行ったものであるから,被告国は,国家賠償法1条1項に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。 (イ)被告小泉の責任国家賠償法の意義及び機能は,被害者の財産的救済のみならず,公務執行の適正担保にもあると考えられるから,同法1条は,少なくとも違法行為が故意又は重大な過失による場合は,加害公務員個人に対して請求することを妨げない趣旨と解すべきである。 被告小泉は,故意の違法行為によって原告らに損害を与えたものであるから,民法709条に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。 エ原告らの損害本件参拝によって原告らが被った精神的損害は,それぞれ10万円を下るものではない。 (被告らの主張)ア本件参拝は原告らの法律上保護された具体的権利ないし法益を侵害するものではないこと(ア)政教分 らが被った精神的損害は,それぞれ10万円を下るものではない。 (被告らの主張)ア本件参拝は原告らの法律上保護された具体的権利ないし法益を侵害するものではないこと(ア)政教分離規定の保障する人権の侵害の主張について政教分離規定は制度的保障の規定であって人権保障規定ではない(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,同昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁)から,原告らの主張は失当である。 (イ)信教の自由の侵害の主張について信教の自由の保障は,国家から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないという意味を有するものであり,国家によって信教の自由が侵害されたといい得るためには,少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い,又は強制もしくは制止の存在することが必要である。 本件参拝は,原告らの信教を理由に原告らを不利益に取り扱ったり,原告らに特定の宗教の信仰を強要したり,あるいは原告らの信仰する宗教を妨げたりするものではない。 したがって,本件参拝が原告らの信教の自由を侵害した旨の原告らの主張は理由がない。 (ウ)宗教的人格権の侵害の主張について原告らの主張する宗教的人格権なるものは,その内容が不明であり,いかなる行為によりどのような状態に至った場合にこれが侵害されたことになるのか全く明らかにされておらず,そもそも法律によって一律に保護すべき場合を確定し得ないものである。 したがって,原告らの主張する宗教的人格権は,法律による保護にはなじまない個人の主観的感情にすぎないものであり,国家賠償法上保護された具体的権利ないし法 を確定し得ないものである。 したがって,原告らの主張する宗教的人格権は,法律による保護にはなじまない個人の主観的感情にすぎないものであり,国家賠償法上保護された具体的権利ないし法益とはいえない。 (エ)平和的生存権の侵害の主張について原告らの主張する平和的生存権なるものは,その概念そのものが抽象的かつ不明確であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法的効果等のどの点をとってみても一義性に欠け,その外延を画することさえできない極めて曖昧なものであるから,国家賠償法上保護された具体的権利ないし法益ではない。 したがって,本件参拝が原告らの平和的生存権を侵害した旨の原告らの主張は理由がない。 (オ)以上より,本件参拝によって原告らの法律上保護された具体的権利ないし法益が侵害された事実はない。 イ被告国の責任について本件参拝は,被告小泉が私人の立場で行ったものであり,内閣総理大臣の資格で行ったものではなく,公務員の職務行為として行ったものではないから,国家賠償法1条1項の要件を具備しない。 ウ以上より,被告らは,原告らに対して損害賠償責任を負わない。 (被告小泉の主張)仮に,本件参拝が内閣総理大臣の職務として行われたものであったとすれば,公権力の行使にあたる公務員の職務行為に基づく損害については,当該公務員は賠償責任を負うものではない(最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)から,原告らの被告小泉に対する本件請求は主張自体失当である。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(原告らの被告小泉に対する本件訴えが訴権の濫用に当たるか否か。)について(1) 被告小泉は,原 ,原告らの被告小泉に対する本件請求は主張自体失当である。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(原告らの被告小泉に対する本件訴えが訴権の濫用に当たるか否か。)について(1) 被告小泉は,原告らの被告小泉に対する本件訴えは,被告小泉が一人の自然人として信教の自由を実現するために行った本件参拝を違憲,違法と断じた上で損害賠償を求めたものであり,訴訟の名を借りて,被告小泉の有する信教の自由を制限しようとするものであるから,訴権の濫用として不適法である旨主張する。 しかしながら,原告らの被告小泉に対する本件訴えは,被告小泉が内閣総理大臣の職務として本件参拝を行ったことにより精神的損害を被った旨主張して損害賠償を請求するものであって,被告小泉が一人の自然人として私人の立場で本件参拝を行った旨主張して損害賠償を請求するものではない。また,本件全証拠によっても,原告らにおいて被告小泉の有する信教の自由を制限しようとする目的で,被告小泉に対する本件訴えを提起したことを認めることはできない。 (2) したがって,原告らの被告小泉に対する本件訴えは訴権の濫用には当たらない。 2 争点(2)(被告らの原告らに対する損害賠償責任の存否)について(1)認定事実前記前提となる事実に加えて,証拠(甲1ないし5,10ないし14,19,66,158)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。 ア靖国神社の沿革及び性格(ア) 靖国神社は,戊辰戦争における官軍側の戦死者の招魂慰霊のため,明治2年,明治天皇の命により創建された東京招魂社を起源とするものである。 (イ) 東京招魂社は,明治12年に靖国神社と改称され,社格制度の下,臣民を祭神とする全国的に重要な神社を遇するために創案された別格官弊社 命により創建された東京招魂社を起源とするものである。 (イ) 東京招魂社は,明治12年に靖国神社と改称され,社格制度の下,臣民を祭神とする全国的に重要な神社を遇するために創案された別格官弊社に格付けられるとともに,内務,陸軍及び海軍の各省の共同管轄下に入った。 「靖国」の社号は,古代中国の史書「春秋」に由来するものであって,安国及び鎮国と同義であり,明治天皇が命名したものであった。 (ウ) 靖国神社は,明治20年,内務省の管轄を離れ,陸軍及び海軍の各省の管轄下に入り,天皇の意志に基づき,明治維新における官軍側の戦死者等の国事殉難者を祭神として合祀(既に祀られている神々に新たに合わせて祀ること)するようになり,新たに合祀する度に,新祭神の官位姓名を名簿(後の霊璽簿)に記載し,神体の神鏡及び神剣に加えて,その名簿を副神体として社殿に祀っていた。 (エ) その後,靖国神社は,日清戦争及び日露戦争を経て,これらの戦争における戦死者を祭神として合祀することによって,戦死者を慰霊顕彰するための軍の宗教施設としての役割を果たした。なお,戦死者(祭神)の霊は,忠魂,忠霊と呼ばれてきたが,日露戦争のころから英霊という呼び方が一般化するようになった。 (オ) 靖国神社は,第1次及び第2次世界大戦中も,臨時大祭を執り行うなどして戦死者を祭神として合祀し続け,国家神道の精神的支柱の役割を果たした。また,国家神道に対しては事実上国教的な地位が与えられ,キリスト教系の学校生徒が神社に参拝することを事実上強制されるなど,他の宗教に対する迫害が加えられた。 (カ) 戦後,昭和20年12月に連合国軍総司令部が日本政府に宛てた覚え書「国家神道,神社神道ニ対スル政府ノ保証,支援,保全,監督,並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(いわゆる神道指令)によって た。 (カ) 戦後,昭和20年12月に連合国軍総司令部が日本政府に宛てた覚え書「国家神道,神社神道ニ対スル政府ノ保証,支援,保全,監督,並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(いわゆる神道指令)によって,国家神道の廃止を中心とする徹底的な政治と宗教の分離がなされるようになり,宗教の統制と戦争への動員を目的として制定された宗教団体法が廃止され,宗教団体が自主的な届出によって宗教法人となることができる旨規定された宗教法人令が公布施行された。昭和21年2月2日には,神祀院官制をはじめ,神社関係の全法令が廃止され,国家神道は制度上も消滅し,同日改定された宗教法人令によって,靖国神社は同令に基づく宗教法人とみなされ,直ちに東京都知事に届出を行い,民間の宗教団体である神社本庁に所属しない東京都の単立の宗教法人となった。靖国神社は,国家神道の廃止により一切の国家的性格を喪失し,同時に近代天皇制下で続けられてきた祭神の合祀も国家の主体的な援助の下でされることはなくなった。 (キ) 昭和26年,宗教法人令が廃止されて宗教法人法が公布施行されたことに伴い,靖国神社は,同年9月,東京都知事の認証を得て宗教法人法に基づく単立の宗教法人となった。その規則においては,「明治天皇の宣らせ給うた『安国』の聖旨に基き,国事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行ひ,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行ふことを目的とする。」と定められ,また,その社憲の前文においては「本神社は明治天皇の思召に基き,嘉永六年以降国事に殉ぜられたる人人を奉慰し,その御名を万代に顕彰するため,明治二年六月二九日創立せられた神社である。」,2条に「本神社は御創立の精神に基き,祭祀を執行し, は明治天皇の思召に基き,嘉永六年以降国事に殉ぜられたる人人を奉慰し,その御名を万代に顕彰するため,明治二年六月二九日創立せられた神社である。」,2条に「本神社は御創立の精神に基き,祭祀を執行し,祭神の神徳を弘め,その理想を祭神の遺族崇敬者及び一般に宣揚普及し,社運の隆昌を図り,万世にゆるぎなき太平の基を開き,以て安国の実現に寄与するを以て根幹の目的とする。」と定められ,戦前の靖国神社との継承性が謳われている。 (ク) 靖国神社は,その境内に鳥居,拝殿及び本殿等の神社固有の施設を有し,宮司,権宮司等の神職を置き,春秋の例大祭,合祀祭を重要な祭祀として執り行い,その他にみたま祭,新年祭,建国記念祭などの祭祀を神道方式により行っている。 春季例大祭は毎年4月21日から23日まで,秋季例大祭は毎年10月17日から20日までの各4日にわたって執り行われる祭祀である。靖国神社は,戦後も合祀祭を執り行い,戦前の基準を踏襲して軍人軍属,準軍属及びその他を合祀の対象者とし,昭和53年には,戦後のいわゆる東京裁判においてA級戦犯とされた者も合祀し,平成14年1月1日現在,合祀柱数は246万6000柱(うち約210万柱は第2次世界大戦による戦没者)に上っている。なお,靖国神社は,空襲による一般市民の戦没者は合祀の対象者とはしていない。 イ本件参拝に至る経緯(ア) 前記のとおり,靖国神社は,戦後の国家神道の廃止により,一切の国家的性格を喪失し,宗教法人法に基づく宗教法人となったが,日本遺族厚生連盟は,昭和27年6月の理事会及び評議員会で,戦犯者の靖国神社への合祀を求める旨の運動方針の大綱を定め,第4回全国戦没者遺族大会で,靖国神社の慰霊行事に対する国費の支弁を求める旨の決議をし,靖国神社の国家護持を要求した。日本遺族厚 議員会で,戦犯者の靖国神社への合祀を求める旨の運動方針の大綱を定め,第4回全国戦没者遺族大会で,靖国神社の慰霊行事に対する国費の支弁を求める旨の決議をし,靖国神社の国家護持を要求した。日本遺族厚生連盟は,昭和28年に財団法人日本遺族会に組織変更した際,「英霊」の顕彰を目的とするようになり,これをきっかけに,日本遺族会及び靖国神社等が協力し,さらに国会議員も加わって靖国神社の国家護持運動が起こった。 (イ) 昭和44年,靖国神社の国家護持を目的とする靖国神社法案が議員立法の形で国会に提出されたが審議未了で廃案となり,同案はその後も4回提出されたが,いずれも廃案となり,昭和49年に自由民主党(以下「自民党」という。)が法制化を断念した。 (ウ) 昭和50年,衆議院内閣委員会委員長になった自民党の藤尾正行衆議院議員は,靖国神社について,最終目標を国家護持に置きながら,①天皇及び国家機関の地位にある者等のいわゆる公式参拝(当時の衆議院法制局長は,「国の立場というのが明確になる立場」と説明している。),②外国使節の公式表敬訪問,③自衛隊儀仗兵の参列参拝,④国民の支持を得られるよう合祀対象を広げて,警察官や消防士なども含めることなどという段階的な案を発表した。 (エ) そして,昭和50年8月15日,当時の内閣総理大臣の三木武夫は,全国戦没者追悼式に出席した後,戦後内閣総理大臣の地位にある者としては初めて,終戦記念日に靖国神社に参拝した。三木武夫は,自民党総裁専用車で公職者を随行させずに靖国神社に赴き,肩書きを付さずに「三木武夫」と記帳して参拝し,私費で玉串料を支出した。 政府は,同参拝後,公式参拝ではなく私的参拝であるための基準として,①公用車は使わない,②玉串料は公費支出しない,③記帳には肩書きを付さな と記帳して参拝し,私費で玉串料を支出した。 政府は,同参拝後,公式参拝ではなく私的参拝であるための基準として,①公用車は使わない,②玉串料は公費支出しない,③記帳には肩書きを付さない,④公職者を随行させないという4つの条件を挙げ,三木武夫の参拝は私的なものであるとの見解を示した。 (オ) 昭和53年8月15日,当時の内閣総理大臣である福田赳夫は,公用車を使用し,3名の公職者を随行させ,「内閣総理大臣福田赳夫」と記帳し参拝したが,玉串料は私費で支出した。 そして,政府は,①私人としての参拝は首相も閣僚も信教の自由の保障により可能である,②特に政府の行事として参拝を決定し,あるいは玉串料を公費で支出しない限り,私的行為である旨の新たな統一見解を発表し,本件参拝は違憲ではないとの見解を示した。 (カ) その後も,昭和54年から55年にかけて,当時の各現職内閣総理大臣である大平正芳及び鈴木善幸は,靖国神社に参拝した。 政府は,同年11月17日,①国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは,憲法20条3項との関係で問題がある,②政府としては,国務大臣としての靖国神社参拝を合憲,違憲とも断定していないが,違憲ではないかとの疑いをなお否定できない,③そこで,国務大臣としての参拝は差し控えるという内容の新たな統一見解を発表した。 (キ) 次いで内閣総理大臣に就任した中曾根康弘は,昭和58年,春季例大祭の際に靖国神社に参拝し,「内閣総理大臣たる中曾根康弘」として参拝した旨述べた。中曾根康弘は,昭和59年の春季例大祭及び終戦記念日の際にも靖国神社に参拝し,それぞれについて「内閣総理大臣である中曾根康弘」として参拝した旨述べた。また,中曾根康弘は,公式参拝の合憲性を根拠付けるため自民党 ,昭和59年の春季例大祭及び終戦記念日の際にも靖国神社に参拝し,それぞれについて「内閣総理大臣である中曾根康弘」として参拝した旨述べた。また,中曾根康弘は,公式参拝の合憲性を根拠付けるため自民党に検討を指示し,これを受けて,自民党は,公的機関の地位にある者が神社や寺院を訪れて,戦没者の功績を称え,玉串料などを公費支出しても違憲ではない旨の見解をまとめた。 (ク) 同見解を受けた政府は,昭和59年,官房長官の私的諮問機関として,「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」(以下「靖国懇」という。)を設置し,靖国懇に検討を委ねた。靖国懇は,昭和60年に報告書をまとめ,内閣総理大臣その他の国務大臣の靖国神社公式参拝について,その大臣としての公的資格で行う参拝と定義づけた上,戦没者の追悼は宗教,宗派,民族,国家の別などを超えた人間自然の普遍的な情感であって,国民の要望に即し,国及びその機関が国民を代表する立場で行うことも当然であり,国民や遺族の多くは,今日まで靖国神社をその沿革や規模から見て依然として日本における戦没者追悼の中心施設であると受け止めており,内閣総理大臣その他の国務大臣が同神社に公式参拝することを望んでいるものと認められるとして,大方の国民感情や遺族の心情を酌み,政教分離原則に関する憲法の規定に反することなく,また,国民の多数により支持され,受け容れられる何らかの形で内閣総理大臣その他の国務大臣の靖国神社への公式参拝を実施する方法を検討すべきとの見解を示した。 (ケ) 靖国懇の報告を受けて,中曾根康弘は,昭和60年8月15日,公用車を使用し,当時の官房長官である藤波孝生及び厚生大臣である増岡博之を公務として随行させ,拝殿で「内閣総理大臣中曾根康弘」と記帳し,本殿において一礼する方式により,内閣総理大臣としての資格に ,公用車を使用し,当時の官房長官である藤波孝生及び厚生大臣である増岡博之を公務として随行させ,拝殿で「内閣総理大臣中曾根康弘」と記帳し,本殿において一礼する方式により,内閣総理大臣としての資格において靖国神社に参拝した。しかしながら,国内の宗教団体及び市民団体やアジア諸国から厳しい批判や抗議を受けたため,中曾根康弘は,同年10月の秋季例大祭における靖国神社への参拝を見送り,結局,中曾根康弘によるいわゆる公式参拝は1回のみなされ,その後,現職の内閣総理大臣がいわゆる公式参拝をすることはなかった。 なお,中曾根康弘の上記参拝については,慰謝料の支払を国や中曾根康弘個人に求める国家賠償請求訴訟が複数の地方裁判所に提起され,そのうち大阪地方裁判所のした判決に対する控訴審である大阪高等裁判所は,同参拝は憲法20条3項所定の宗教的活動に該当する疑いが強く,同条項に違反する疑いがある旨判示した。 (コ) 平成13年4月18日,被告小泉は,自民党総裁選の討論会において,尊い命を犠牲に日本のために戦った戦没者たちに敬意と感謝の誠を捧げるのは政治家として当然であり,内閣総理大臣に就任したら,8月15日の戦没慰霊祭の日にいかなる批判があっても靖国神社に参拝する旨述べ,また,同月24日,自民党総裁としての初めての記者会見において,日本の発展は戦没者の尊い命の犠牲の上に成り立っており,戦没者慰霊祭の日に靖国神社に参拝することによって,そのような純粋な気持ちを表すのは当然である旨述べた。さらに,被告小泉は,内閣総理大臣就任後の同年5月14日の衆議院予算委員会において,依然として靖国神社に参拝するつもりである旨及び靖国神社に参拝することが違憲だとは思わない旨答弁した。 (サ) しかし,靖国神社への参拝をめぐっては,中華人民共和国や 衆議院予算委員会において,依然として靖国神社に参拝するつもりである旨及び靖国神社に参拝することが違憲だとは思わない旨答弁した。 (サ) しかし,靖国神社への参拝をめぐっては,中華人民共和国や大韓民国から参拝中止を強く求められ,また,国内においても,内閣内や自民党内からも反対意見が相次ぎ,朝日新聞社の世論調査においても,被告小泉の靖国神社参拝に対して慎重に行うよう求める意見が大幅に増加したと報道されたことに伴い,被告小泉は,熟慮した上で参拝するか否か判断したい旨述べるなど,靖国神社参拝に慎重な姿勢に転じ,平成13年8月10日には,政府内でも,参拝日を終戦記念日である8月15日以外にずらす案が浮上した。 ウ本件参拝の状況等(ア) 被告小泉は,平成13年8月13日,秘書官を伴って公用車で靖国神社に赴き,同神社参集所において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上で本殿に進み,本殿において,祭神に一礼する方式(以下「一礼方式」という。)により参拝した。被告小泉は,「献花内閣総理大臣小泉純一郎」との名札を付した献花をし,献花料として3万円を私費で支出した。 本件参拝に先立ち,官房長官である福田康夫は,被告小泉に代わって「私はここに,こうしたわが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め,戦争犠牲者の方々すべてに対し,深い反省とともに,謹んで哀悼の意を捧げたいと思います。」,「終戦記念日における私の靖国神社参拝が,私の意図とは異なり,国内外の人々に対し,戦争を排し平和を重んずるというわが国の基本的考え方に疑念を抱かせかねないということであるならば,それは決して私の望むところではありません。」,「今後の問題として,靖国神社や千鳥が淵戦没者墓苑に対する国民の思いを尊重しつつも,内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を ねないということであるならば,それは決して私の望むところではありません。」,「今後の問題として,靖国神社や千鳥が淵戦没者墓苑に対する国民の思いを尊重しつつも,内外の人々がわだかまりなく追悼の誠を捧げるにはどのようにすればよいか,議論をする必要があると私は考えております。」との本件参拝に関する「小泉内閣総理大臣の談話」を発表した。 (イ) 被告小泉は,本件参拝後の同日夕方,靖国神社において,記者団に対し,「今日の日本の平和と繁栄は,戦没者の方々の犠牲の上に成り立っている。数多くの戦没者に対し,哀悼の誠をささげた。A級戦犯とか特定の個人に対してお参りしたわけではない。」旨述べ,公式参拝か私的参拝かについては「私はこだわらない。首相である小泉純一郎が参拝した。」と語った。 なお,終戦記念日である同月15日の靖国神社への参拝者数(神社発表)は,前年(5万5000人)の2倍以上に相当する12万5000人であり,当日は閉門時間が午後8時まで1時間延長された。 エ本件参拝後の状況(ア) 本件参拝後,同参拝に対し,大韓民国,中華人民共和国,朝鮮民主主義人民共和国及び中華民国などのアジア諸国から抗議や懸念の声明が相次いだ。また,国内でも,財団法人全日本仏教会(以下「全日本仏教会」という。),浄土真宗本願寺派などの宗教団体から,批判や抗議の声明が表明された。 (イ) 平成13年11月1日,被告小泉が靖国神社に参拝したのは政教分離規定に反し違憲であるなどとして,慰謝料等の支払を被告国や被告小泉に求める国家賠償請求訴訟が,当庁(本件訴訟)のほか,大阪及び松山の各地方裁判所に提起され,その後,同種の訴訟が東京及び千葉の各地方裁判所に提起された。 (ウ) 政府は,本件参拝に対する相次ぐ批判を受けて,平成13年12月,官房長 訟)のほか,大阪及び松山の各地方裁判所に提起され,その後,同種の訴訟が東京及び千葉の各地方裁判所に提起された。 (ウ) 政府は,本件参拝に対する相次ぐ批判を受けて,平成13年12月,官房長官の私的諮問機関として,「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」を設置し,戦没者追悼のための国営施設の在り方についての検討を委ねた。 (エ) 被告小泉は,靖国神社の春季例大祭の初日である平成14年4月21日,靖国神社に再び参拝した。同日,被告小泉は,公用車を使用して靖国神社に赴き,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,本殿に進んで神道方式にはよらない一礼方式で参拝した。また,献花料として3万円を私費で支出した。 その後,被告小泉は,同神社において,記者団に対し,「二度と戦争を起こしてはならないという意味を込めて参拝した。」と述べ,8月の参拝については,「ありません。1年に1度と思っている。」と答えるとともに,「例大祭に合わせて参拝することにより,私の真情を素直に表すことができると考えた。」という所感を発表した。他方,政府は,春季例大祭は正式には21日午後3時の「清祓」をもって始まるものであり,被告小泉は同日午前中に参拝しているので,同参拝は宗教儀礼と直接の関わりをもつものではない旨説明し,福田康夫も被告小泉は例大祭に出席したことにはならないと語った。これに対し,靖国神社は,「例大祭の期間は21日からと決まっており,午後3時からの儀式が始まっていないからといって出席しなかったことにはならない。神社としては例大祭に参拝していただいたと思う。」との見解を示した。 (オ) 同参拝に対しても,本件参拝と同様,大韓民国や中華人民共和国などから抗議がなされ,また,国内においても,全日本仏教会,浄土真宗本願寺 に参拝していただいたと思う。」との見解を示した。 (オ) 同参拝に対しても,本件参拝と同様,大韓民国や中華人民共和国などから抗議がなされ,また,国内においても,全日本仏教会,浄土真宗本願寺派,真宗10派からなる真宗教団連合等が,被告小泉に対し,抗議声明を送るなどして,参拝の中止を求めた。 (カ) 被告小泉は,平成15年1月14日,内閣総理大臣就任後3度目の靖国神社参拝を行った。被告小泉は,これまでの参拝と同様,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,献花料として3万円を私費で支払った。同参拝に対しては,中華人民共和国及び大韓民国から直ちに抗議声明が表明され,また,国内においても各宗教団体や市民団体から相次いで抗議声明が発表された。 (キ) 被告小泉は,平成15年1月28日の参議院予算委員会において,「戦没者に対する敬意と感謝の念を込めて,二度と戦争を起こしてはならないという気持ちで,靖国神社を毎年参拝している。」と説明し,「私が首相である限り,時期にはこだわらないが,毎年靖国神社に参拝する気持ちに変わりはない。」と述べた。 (ク) 被告小泉は,平成16年1月1日,初詣と称して,内閣総理大臣就任後4度目の靖国神社参拝を行った。被告小泉は,これまでの参拝と同様,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,献花料として3万円を私費で支払った。同参拝に対しても,大韓民国及び中華人民共和国は厳しく抗議するとともに,内閣総理大臣による靖国神社参拝の中止を強く求めた。 (2)本件参拝の職務行為該当性について国家賠償法1条1項にいう「職務を行うについて」とは,当該公務員が,その行為を行う意図目的はともあれ,行為の外形において職務の執行と認め得る場合をいうと解するのが相当である(最高裁昭和31年11月30日第二小法廷判決 にいう「職務を行うについて」とは,当該公務員が,その行為を行う意図目的はともあれ,行為の外形において職務の執行と認め得る場合をいうと解するのが相当である(最高裁昭和31年11月30日第二小法廷判決・民集10巻11号1502頁)。 本件参拝については,前記認定事実によれば,被告小泉は,公用車を使用して靖国神社に赴き,秘書官を随行させたこと,被告小泉は,「内閣総理大臣小泉純一郎」と,あえて内閣総理大臣の肩書きを付して記帳し,また,「献花内閣総理大臣小泉純一郎」との名札を付した献花をしたこと,本件参拝に先立ち,官房長官である福田康夫は,本件参拝に関する「小泉内閣総理大臣の談話」を発表したこと,本件参拝後,被告小泉は,公的参拝か私的参拝かについてはこだわらないものであって,内閣総理大臣である被告小泉が参拝した旨語り,公的参拝であることを明確には否定していないことなどが認められ,これらの諸事情に照らせば,本件参拝は,行為の外形において内閣総理大臣の職務の執行と認め得るものというべきであり,同条項の「職務を行うについて」に当たると認められる。 (3)本件参拝の違憲性についてア政教分離規定(憲法20条3項)違反について(ア)「宗教的活動」(憲法20条3項)の意義我が国では,過去において,大日本帝国憲法に信教の自由を保障する規定(28条)を設けてはいたが,その保障は,「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」という同条自体の制限に服していただけではなく,国家と神道が密接に結びつき,国家神道に対して事実上国教的な地位が与えられ,これに対する信仰が強制され,また,一部の宗教団体に対して厳しい迫害が加えられたことなどもあって,不完全なものにとどまった。日本国憲法は,その反省の下に,新たに信教の自 実上国教的な地位が与えられ,これに対する信仰が強制され,また,一部の宗教団体に対して厳しい迫害が加えられたことなどもあって,不完全なものにとどまった。日本国憲法は,その反省の下に,新たに信教の自由を無条件に保障することとし,また,明治維新以降上記のような弊害を生じたことに鑑みて,その保障を確実なものとするために政教分離規定を設けたものである。 したがって,憲法20条3項が禁止している「宗教的活動」とは,前記政教分離原則の規定が設けられた経緯に照らせば,およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく,そのかかわり合いが社会的,文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって,当該行為の目的が宗教的意義をもち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。その典型的なものは,同項に例示される宗教教育のような宗教の布教,教化,宣伝等の活動であるが,そのほか宗教上の祝典,儀式,行事等であっても,その目的,効果が前記のようなものである限り,当然これに含まれる。そして,この点から,ある行為が「宗教的活動」に該当するかどうかを検討するにあたっては,当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか,その順序作法(式次第)が宗教の定める方式に則ったものであるかどうかなど,当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく,当該行為の行われる場所,当該行為に対する一般人の宗教的評価,当該行為者が当該行為を行うについての意図,目的及び宗教的意識の有無,程度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社会通念に従って客観的に判断しなければならないと解するのが相当である(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号 識の有無,程度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社会通念に従って客観的に判断しなければならないと解するのが相当である(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁)。 (イ)本件参拝の性質そこで,上記見地から,本件参拝が憲法20条3項によって禁止されている宗教的活動に当たるか否かについて検討する。 前記認定事実によれば,靖国神社は,神道の教義を広め,春秋の例大祭や合祀祭等の儀式行事を行い,信者を教化育成することを主たる目的とし,拝殿,本殿等の礼拝施設を備える神社であって,宗教団体(憲法20条1項後段,宗教法人法2条)に該当するものであり,同法に基づいて設立された宗教法人である。 本件参拝は,このような靖国神社の本殿等において,一礼して祭神である英霊に対して畏敬崇拝の心情を示すことにより行われた行為であるから,靖国神社が主宰するものでも神道方式に則った参拝方法でもなく,また,靖国神社に合祀されている戦没者の追悼を主な目的とするものではあっても,宗教とかかわり合いをもつものであることは否定することができない。 また,本件参拝当時,内閣総理大臣が国の機関として靖国神社に参拝することについては,他の宗教団体からだけではなく,自民党内及び内閣内からも強い反対意見があり,国民の間でも消極的な意見が少なくなかったことに照らせば,一般人の意識においては,本件参拝を単に戦没者の追悼という行事と評価しているものとはいえず,また,前示のとおり憲法の政教分離規定は,明治維新以来国家と神道が密接に結びついて種々の弊害が生じたことへの反省の観点から設けられたものであって,神道を念頭においた規定であることに照らすと,一般人の意識において神道が他の宗教 分離規定は,明治維新以来国家と神道が密接に結びついて種々の弊害が生じたことへの反省の観点から設けられたものであって,神道を念頭においた規定であることに照らすと,一般人の意識において神道が他の宗教に比して必ずしも宗教としての認識が高くないものであるとしても,そのことをもって憲法20条3項にいう「宗教的活動」に該当するかどうかを判断するにあたって,神道の宗教的意義を否定するのは相当でないというべきである。 さらに,被告小泉は,本件参拝後も毎年1回の頻度で靖国神社に参拝し続け,「1年に1度と思っている。」,「私が首相である限り,時期にはこだわらないが,毎年靖国神社に参拝する気持ちに変わりはない。」と発言するなど,将来においても継続的に国の機関である内閣総理大臣として靖国神社に参拝する強い意志を有していることが窺われることからすれば,単に社会的儀礼として本件参拝を行ったとは言い難く,また,国の機関である内閣総理大臣としての戦没者の追悼は,靖国神社への参拝以外の行為によってもなし得るものである。 靖国神社が前記認定の沿革及び性格を有していること,特に戦没者のうち軍人軍属,準軍属等のみを合祀の対象とし,空襲による一般市民の戦没者などは合祀の対象としていないことからすれば,内閣総理大臣として第2次世界大戦による戦没者の追悼を行う場所としては,宗教施設たる靖国神社は必ずしも適切ではないというべきであって,現に,被告小泉自身,本件参拝に際して発表した「小泉内閣総理大臣の談話」において,戦没者の追悼方法について議論する必要があるという認識を有している旨表明し,これを受けて政府は,本件参拝後に戦没者追悼のための公営施設の在り方を考えるための懇談会を設置し,検討を委ねていた。それにもかかわらず,被告小泉は,本件参拝後も あるという認識を有している旨表明し,これを受けて政府は,本件参拝後に戦没者追悼のための公営施設の在り方を考えるための懇談会を設置し,検討を委ねていた。それにもかかわらず,被告小泉は,本件参拝後も継続的に靖国神社に参拝し,既に本件参拝を含めて4回も内閣総理大臣として靖国神社に参拝していることに照らせば,一般人に宗教的行為と捉えられること並びに参拝をすることについて憲法上の問題及び国民又は諸外国からの批判等があり得ることを十分に承知しつつ,あえて自己の信念あるいは政治的意図に基づいて本件参拝を行ったものというべきである。 そして,本件参拝は,三権の一角の行政権を担う内閣の首長である内閣総理大臣の地位にある被告小泉が,将来においても継続的に参拝する強い意志に基づいてなしたものであること,被告小泉は,本件参拝に際して日本の発展は戦没者の尊い命の犠牲の上に成り立っており,戦没者慰霊祭の日に靖国神社に参拝することによって,そのような純粋な気持ちを表すのは当然である旨述べていること,本件参拝直後の終戦記念日には,前年の2倍以上の参拝者が靖国神社に参拝し,閉門時間が1時間延長されたことなどからすれば,本件参拝によって神道の教義を広める宗教施設である靖国神社を援助,助長,促進するような効果をもたらしたというべきである。 以上の諸事情を考慮し,社会通念に従って客観的に判断すると,本件参拝は,宗教とかかわり合いをもつものであり,その行為が一般人から宗教的意義をもつものと捉えられ,憲法上の問題のあり得ることを承知しつつされたものであって,その効果は,神道の教義を広める宗教施設である靖国神社を援助,助長,促進するものというべきであるから,憲法20条3項によって禁止されている宗教的活動に当たると認めるのが相当である れたものであって,その効果は,神道の教義を広める宗教施設である靖国神社を援助,助長,促進するものというべきであるから,憲法20条3項によって禁止されている宗教的活動に当たると認めるのが相当である。 (ウ)したがって,本件参拝は憲法20条3項に反するものというべきである。 イ信教の自由(憲法20条1項前段)及び宗教的人格権(憲法20条1項前段,3項)侵害の違憲性について原告らは,本件参拝は,憲法20条1項前段で保障されている,原告らの特定の宗教を信仰すること又は信仰しないことを強制されない自由としての信教の自由を侵害するものであって違憲である旨主張する。 しかしながら,信教の自由の保障は,国から公権力によってその自由を制限されることなく,また,不利益を課せられないとの意義に解すべきものであり,国によって信教の自由が侵害されたといい得るためには,少なくとも国及びその機関によって信教を理由として不利益な取扱い又は宗教上の強制もしくは制止が行われたことが必要であると解するのが相当であるところ,本件参拝は,原告らに対して信教を理由として不利益な取扱いをしたり,心理的な強制を含む宗教上の強制や制止をしたりするものではなく,原告らに不安感,危惧の念を生じさせるものではあっても,それ以上に上記のような信教の自由を侵害したものとはいえず,この点に関する原告らの主張は理由がない。 また,原告らは,本件参拝は,憲法20条1項前段及び3項で保障されている,日常の市民生活において平穏かつ円満な宗教的生活を享受する権利である宗教的人格権を侵害するものであって,違憲である旨主張するが,原告ら主張の宗教的人格権なるものは,信教の自由により保障される範囲外においては実定法上の根拠を欠くものであり,その内 享受する権利である宗教的人格権を侵害するものであって,違憲である旨主張するが,原告ら主張の宗教的人格権なるものは,信教の自由により保障される範囲外においては実定法上の根拠を欠くものであり,その内容も主観的,抽象的なものであって,憲法上の人権として保障されているものとは解し難いから,原告らの主張はその前提を欠き失当である。 ウ平和的生存権(憲法前文,9条)侵害の違憲性について原告らは,本件参拝は,憲法前文及び9条によって保障されている原告らの平和的生存権を侵害するものであって違憲である旨主張する。 しかしながら,平和とは抽象的概念であって,憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」ということ自体からは,一定の具体的な意味内容が確定されるものではなく,また,憲法9条は,国家の統治機構及び統治活動についての規範を定めたものにすぎず,国民の具体的権利を直接保障したものということはできないから,結局,原告ら主張の平和的生存権は,その内容及び性質などの点で抽象的なものといわざるを得ず,憲法上保障されている権利ということはできない。 したがって,原告らの上記主張はその前提を欠き失当である。 (4)原告らに対する権利侵害の有無についてア原告らが受けた精神的苦痛原告らは,本件参拝によって,信教の自由,宗教的人格権及び平和的生存権を侵害され,精神的損害を被った旨主張する。そこで,まず,原告らが受けた精神的苦痛について検討すると,証拠(甲62,63,83の1・2,84ないし89,90の1の1,90の2ないし13,96,102,125の1ないし4,126,131ないし140,148,159ないし177,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E)によれば,次の事実を認めることが 90の1の1,90の2ないし13,96,102,125の1ないし4,126,131ないし140,148,159ないし177,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E)によれば,次の事実を認めることができる。 (ア)戦没者遺族である原告ら戦没者遺族である原告らは,戦没者が合祀されている靖国神社への本件参拝によって,それぞれの肉親の死の意味づけに介入されたとして,憤り,不快感などの感情を抱くとともに,戦前の国家神道の復活に対する危惧の念,危機感などの感情を抱いたことが認められる。 (イ)仏教の僧侶,門徒又は信徒である原告ら仏教の僧侶,門徒又は信徒である原告らは,本件参拝によって神道が国から特別扱いされ,その結果,仏教を布教してきた自己の努力を蔑ろにされたと感じるとともに,自己の信仰心を傷つけられたと考え,圧迫感,不快感,憤りなどの感情を抱いたことが認められる。 (ウ)キリスト教の神父,牧師又は信徒である原告らキリスト教の神父,牧師又は信徒である原告らは,死を美化して死者を礼拝の対象としている靖国神社への本件参拝によって,死を乗り越えて復活したというイエス・キリストの復活信仰を否定されたと感じ,悲しみ,憤りなどの感情を抱いたことが認められる。 (エ)特定の宗教を持たない原告ら特定の宗教を持たない原告らは,本件参拝によって,各自が実践してきた平和運動を踏みにじられたと感じるとともに,靖国神社の信仰を押しつけられたと考え,不安感,不快感などの感情を抱いたことが認められる。 (オ)在日コリアンである原告ら在日コリアンである原告らは,本件参拝によって,日本による植民地支配下において受けた被害を想起させ ,不快感などの感情を抱いたことが認められる。 (オ)在日コリアンである原告ら在日コリアンである原告らは,本件参拝によって,日本による植民地支配下において受けた被害を想起させられ,日本人とコリアンとの将来における関係について憂慮を感じるに至ったなどとして,憤り,不快感,不安感などを感じていることが認められる。 イ権利侵害の有無(ア)平和的生存権侵害の主張について原告らは,本件参拝は,靖国神社という戦前の全体主義的軍国主義的な政治的象徴を承認,称揚,鼓舞するという行為であって,原告らの有する平和的生存権を侵害した旨主張するが,前示のとおり,原告ら主張の平和的生存権は,その内容及び性質などの点で抽象的なものであって,憲法上の保障が及ばないことはもとより,法律上保護された具体的な権利及び利益として個々の国民に保障されたものとは解されないから,原告らの上記主張は採用できない。 (イ)政教分離規定の保障する人権に対する侵害原告らは,憲法20条3項及び89条にいう政教分離規定は,国民に対し,何の侵害も受けることなく,心のままに不安もなく信仰を貫徹できる自由を保障した人権規定であり,信教の自由に対する直接的間接的な強制又は圧迫から国民を保護するための規定であるから,国家及びその機関が政教分離規定に違反する行為をした場合,その行為が直接的な強制であるか間接的な強制であるかを問わず,同規定が保障する人権を侵害するものであるところ,本件参拝は政教分離規定に違反する行為であるから,本件参拝によって原告らの上記人権が侵害された旨主張する。 しかしながら,政教分離規定(憲法20条1項後段,3項,89条)は,いわゆる制度的保障の規定であり,国及びその機関に対し,一定 件参拝によって原告らの上記人権が侵害された旨主張する。 しかしながら,政教分離規定(憲法20条1項後段,3項,89条)は,いわゆる制度的保障の規定であり,国及びその機関に対し,一定の宗教上の行為を禁止し,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものであり,国民に対して具体的な権利を保障するものではないと解するのが相当である。 したがって,原告らの上記主張は,政教分離規定を人権保障規定とする点で既に失当である。 (ウ)信教の自由の侵害の主張について原告らは,憲法20条1項前段にいう信教の自由は,その一内容として特定の宗教を信仰すること又は信仰しないことを強制されない自由を含んでおり,同自由は,直接的物理的に強制的な圧迫干渉がなくとも侵害され得るものであるところ,本件参拝は,国やその機関の権威をもって,原告らに対して靖国神社への信仰を心理的に強制したものであり,同神社を信仰しない原告らの信教の自由を侵害したものである旨主張する。 しかしながら,前示のとおり,本件参拝が原告らの信教の自由を侵害したとはいえず,原告らの上記主張は理由がない。 (エ)宗教的人格権侵害の主張について原告らは,政教分離規定により又は信教の自由の一内容として,日常の市民生活において平穏かつ円満な宗教的生活又は非宗教的生活を享受する権利である宗教的人格権が憲法上保障されており,本件参拝によって,原告らの有する宗教的人格権が侵害された旨主張する。 しかしながら,原告らの主張する宗教的人格権なるものはその内容がきわめて曖昧であり,憲法上の人権として保障されているものと言い難いことは,前示のと 的人格権が侵害された旨主張する。 しかしながら,原告らの主張する宗教的人格権なるものはその内容がきわめて曖昧であり,憲法上の人権として保障されているものと言い難いことは,前示のとおりである。 (オ)原告らが受けた精神的苦痛に対する評価もっとも,原告らの主張する人格的利益が憲法上の人権といえないものとしても,一般論として,人が他者の宗教的活動によって,例えば精神疾患にも準じるような激しい精神的苦痛を被った場合について,それが単に精神的,内心的なものにとどまるということの一事をもって不法行為による被侵害利益たり得ないと解することが相当でないことはいうまでもない。一方で,違憲又は違法な宗教的活動がされた場合であっても,その活動によって直接的物理的に干渉を受ける者でない者が自己の信条と異なることから不快感を覚え,あるいは自己の経験から過去が想起されるなどして苦痛や不安,危惧感等を抱き,又は当該宗教的活動につき甚だ不適切な行為として憤りを感じたとしても,およそそれらが一般に不法行為の被侵害利益として賠償の対象になると解することはできない(そのように解すれば,賠償の範囲が余りに広範になり過ぎ,不法行為による損害賠償ないし国家賠償制度自体が維持できなくなるものというべきである。)。したがって,原告らの主張するような人格的な利益は,それがただちに法的に保護すべき利益であってその侵害が不法行為に当たるとはいえないものの,そのような利益を主張する者の立場,当該宗教的活動による影響の程度,侵害の態様いかんにより,単なる不快感,嫌悪感等の域を超え,個々人の具体的な利益を侵害されたと認められる場合には不法行為も成立し得,それによる損害の発生も観念し得るものと解するのが相当である。 これを本件について 快感,嫌悪感等の域を超え,個々人の具体的な利益を侵害されたと認められる場合には不法行為も成立し得,それによる損害の発生も観念し得るものと解するのが相当である。 これを本件についてみると,前示のとおり,本件参拝によって,原告らが,不安感,不快感,憤り,危惧感,圧迫感などを抱いたことは認め得るものの,本件参拝は,内閣総理大臣が靖国神社を訪れ,「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳し,同様の名札を付した献花をした上,本殿において一礼方式によって参拝したというものであり,その行為の性質上,他者に対する影響の度合いは限定的なものといわざるを得ないものであり,原告らの立証した前記の諸感情が相当に強度のものとは認め得るものの,なお本件参拝により賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったものということはできず,本件参拝について不法行為の成立を認めることはできない。 (カ)まとめ以上より,本件参拝によって原告らの法律上保護された具体的な権利ないし利益が侵害されたということはできないから,被告らに対する損害賠償請求は理由がない。 3 結論以上の次第であって,原告らの被告らに対する本件請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 なお,前記のとおり,当裁判所は,本判決において,本件参拝につきその違憲性を判断しながらも,結論としては,本件参拝によって原告らの法律上保護された権利ないし利益が侵害されたということはできず,不法行為は成立しないとして原告らの請求をいずれも棄却するものであり,あえて本件参拝の違憲性について判断したことに関しては異論もあり得るものとも考えられる。 しかしながら,現行法の下においては,本件参拝のような憲法20条3項に反する行為がされた場 ものであり,あえて本件参拝の違憲性について判断したことに関しては異論もあり得るものとも考えられる。 しかしながら,現行法の下においては,本件参拝のような憲法20条3項に反する行為がされた場合であっても,その違憲性のみを訴訟において確認し,又は行政訴訟によって是正する途もなく,原告らとしても違憲性の確認を求めるための手段としては損害賠償請求訴訟の形を借りるほかなかったものである。一方で,靖国神社への参拝に関しては,前記認定のとおり,過去を振り返れば数十年前からその合憲性について取り沙汰され,「靖国神社法案」も断念され,歴代の内閣総理大臣も慎重な検討を重ねてきたものであり,元内閣総理大臣中曽根康弘の靖国神社参拝時の訴訟においては大阪高等裁判所の判決の中で,憲法20条3項所定の宗教的活動に該当する疑いが強く,同条項に違反する疑いがあることも指摘され,常に国民的議論が必要であることが認識されてきた。しかるに,本件参拝は,靖国神社参拝の合憲性について十分な議論も経ないままなされ,その後も靖国神社への参拝は繰り返されてきたものである。こうした事情にかんがみるとき,裁判所が違憲性についての判断を回避すれば,今後も同様の行為が繰り返される可能性が高いというべきであり,当裁判所は,本件参拝の違憲性を判断することを自らの責務と考え,前記のとおり判示するものである。 (口頭弁論の終結の日平成16年1月13日)福岡地方裁判所第5民事部裁判長裁判官亀川清長裁判官森倫洋裁判官向井敬二(別紙)当事者目録原告 (省略)原 裁判官森倫洋裁判官向井敬二(別紙)当事者目録原告 (省略)原告ら訴訟代理人弁護士 (省略)原告ら訴訟復代理人弁護士 (省略)被告小泉純一郎被告訴訟代理人弁護士 (省略)被告国同代表者法務大臣野澤太三同指定代理人 (省略)
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