【事案の概要】大学の附属病院で出産した児に,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の後遺障害が生じたことについて,上記後遺障害は,同病院医師らの分娩監視体制が不十分で,帝王切開術の施行時期を逃して病室のベッド上で分娩させ,また,分娩後の新生児に対する適切かつ十分な措置を行わなかったなどの医療過誤があったと主張し,児及びその両親が,同病院の設置者である被告に対して損害賠償を求めた事案につき,同病院医師らに過失がなかったとして原告らの請求を棄却した事例。 平成18年5月30日判決言渡平成11年(ワ)第236号・平成13年(ワ)第499号医療過誤による損害賠償請求事件口頭弁論終結日・平成18年1月31日判決当事者省略主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 平成11年(ワ)第236号事件被告は,原告Aに対し,金2億3857万3534円及びこれに対する平成6年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 平成13年(ワ)第499号事件被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ金1100万円及びこれに対する平成6年1月7日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 第2事案の概要 本件は,原告Cが,国の開設するD大学医学部附属病院(平成6年1月7日当時の名称。現国立大学法人D大学附属病院。以下「被告病院」という。)において,原告Aを出産したところ,同病院医師らは,分娩監視体制が不十分で,帝王切開術の施行時期を逃し,原告Cをして,原告Aを病室のベッド上で分娩させて過度のストレスを与え,胎児仮死または胎児の状態を極めて悪化させたことにより,また,分娩後の臍帯結紮,羊水吸引,気道確保,気管内挿管,体温管理等の新生児に対する適切かつ十分な措置 ッド上で分娩させて過度のストレスを与え,胎児仮死または胎児の状態を極めて悪化させたことにより,また,分娩後の臍帯結紮,羊水吸引,気道確保,気管内挿管,体温管理等の新生児に対する適切かつ十分な措置を行わなかったことにより,さらに,出産後の原告Aの検査,治療が不適切であったことにより,あるいはこれらの過失が重畳的に競合したことにより,原告Aに精神運動発達遅延,脳性麻痺等の後遺障害を生じさせたとして,国を承継した被告に対し,原告Aが,債務不履行または不法行為(民法715条)に基づき,慰謝料,後遺症による逸失利益等の損害賠償等合計2億3857万3534円及びこれに対する平成6年1月7日(原告A出生の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する(平成11年(ワ)第236号事件)とともに,原告Aの両親である原告B及び原告Cが,債務不履行または不法行為(民法715条)に基づき,それぞれ慰謝料等1100万円及びこれに対する平成6年1月7日(原告A出生の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する(平成13年(ワ)第499号)という事案である。 第3争いのない事実 当事者(1)原告Aは,原告B及び原告Cの子である。 (2)被告は,山梨県内において被告病院を設置,運営し,平成16年4月1日以降国立大学法人となったものであり,被告病院開設者としての国の地位を承継したものである。 (3)原告Aは,平成6年1月7日午後9時46分,被告病院で出生した。 原告C妊娠から原告A出産までの経緯 (1)原告Cは,平成2年3月16日,被告病院産婦人科において不妊等に関する診察を受け,諸検査の結果,機能性の原発性不妊症と診断された。その後,被告病院は,原告Cに対し,配偶者間人工授精法を5回施行し,平成3年 ,平成2年3月16日,被告病院産婦人科において不妊等に関する診察を受け,諸検査の結果,機能性の原発性不妊症と診断された。その後,被告病院は,原告Cに対し,配偶者間人工授精法を5回施行し,平成3年4月には配偶子卵管内移植法を施行したがいずれも妊娠するに至らなかった。さらに,被告病院は,原告Cに対し,平成3年10月から平成4年10月までの間,8回にわたり,排卵誘発を行ったものの妊娠に至らなかったことから,体外受精胚移植法を施行し,平成5年7月12日,妊娠を確認した(同日時点で妊娠4週5日,分娩予定日平成6年3月16日)。 (2)原告Cは,被告病院において,平成5年7月19日から同年12月13日までの間,7回にわたり,定期的妊婦健康診査を行ったが,母体及び胎児(原告Aのこと。以下同じ。)の妊娠経過に異常症状ないし徴候は認められなかった。 (3)原告Cは,平成5年12月20日(妊娠27週5日)及び同月24日(妊娠28週2日),性器出血を訴えて被告病院で診察を受け,特に同月24日は,子宮口は閉鎖していたが,分娩監視装置(胎児の心拍数と子宮収縮の状態を経時的に記録する装置のこと。)による検査において,20分間に2回の子宮収縮が認められた。 この際,被告病院の医師は入院による治療を勧めたが,原告Cがこれを希望しなかったため,子宮収縮抑制剤(塩酸リトドリン)の経口薬が処方された。 (4)原告Cは,平成5年12月25日(妊娠28週3日),前期破水(陣痛発来して分娩が開始する前に卵膜が破綻するものをいう。)及び切迫早産(治療をしなければ早産になる状態のこと。)との診断がされ,被告病院に入院した。 (5)平成5年12月25日から平成6年1月6日までの間の被告病院医師らによる治療及び原告Cの状態は以下のとおりである。 ア平成5年12月25日以降 。)との診断がされ,被告病院に入院した。 (5)平成5年12月25日から平成6年1月6日までの間の被告病院医師らによる治療及び原告Cの状態は以下のとおりである。 ア平成5年12月25日以降,子宮収縮抑制剤として塩酸リトドリンを投与し,同月29日以降はそれに加えて硫酸マグネシウムを投与して,妊娠継続を図っていた。 イ平成5年12月26日以降平成6年1月7日までの間,羊水の流出があり,パットに付着した分泌物の性状は,概ね赤色であったが,平成5年12月26日は茶色ないし茶褐色,平成6年1月2日は赤色ないし黄緑色であり,また,平成5年12月31日は320グラムの流出,平成6年1月1日は多めの流出があり,同日,超音波検査を施行したところ,子宮内の羊水量が減少しており,羊水ポケットは,1.2センチメートルであった(カルテ(乙2の26頁)上,「羊水は殆どない」との記載がある。)。 ウ平成6年1月4日施行した超音波検査の結果,胎児の推定体重は1353グラムであり,BPS(バイオフィジカルプロファイルスコアの略。胎児心拍数,胎児呼吸様運動,体幹の運動,四肢の運動,羊水量のデータにより胎児の状態を評価する方法のこと。)10点満点との所見を得た。また,同日の羊水量は,AFI(羊水量インデックス。羊水量の判定量法であり,5センチメートル未満であれば羊水過少と判断される。)において3.1センチメートル,羊水ポケット2.2センチメートルであった。 (6)平成6年1月7日,原告Cが原告Aを出産するまでの経緯は以下のとおりである。なお,カルテ上には,分娩後に記載した分娩記録として,同日午後7時30分に陣痛発来との記載がなされている。 ア午後7時30分ころ,原告Cから子宮収縮の増強に伴う自覚症状の訴えがあり,午後7時40分ころから,分娩監視装置による胎児 した分娩記録として,同日午後7時30分に陣痛発来との記載がなされている。 ア午後7時30分ころ,原告Cから子宮収縮の増強に伴う自覚症状の訴えがあり,午後7時40分ころから,分娩監視装置による胎児心拍数及び子宮収縮の監視(以下「NST」(ノンストレステストの略)という。)を開始したところ,2分ないし3分ごとの子宮収縮が認められ,午後7時50分ころ(持続時間約30秒間,最低心拍数約110bpm(beatsperminuteの略。1分間の心拍数のこと。)),午後8時こ ろ(持続時間約30秒間,最低心拍数約135bpm),午後8時18分ころ(持続時間約80秒間,最低心拍数約70bpm),それぞれ変動一過性徐脈が認められた(なお,これより前の午後6時30分ころ,原告Cが看護師に対し,下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えたか否かについては争いがある。)。 なお,NSTの判定は,胎児心拍数基線,胎児心拍数一過性変動,胎児心拍数基線細変動の3つの観点から行われる。胎児心拍数基線は,胎児心拍数図において,心拍数変動部分を除いた安定した10分間の平均心拍数であり,正常心拍数(毎分120bpmから160bpm)以下のものを徐脈,正常心拍数以上のものを頻脈という。胎児心拍数一過性変動は,一過性の胎児心拍数の変動であり,胎児心拍数が一時的に増加し,短時間で基準心拍数に復する一過性頻脈と一過性徐脈に分類される。胎動に伴う一過性頻脈が20分間に2回以上認められる場合(リアクティブパターン)は,胎児の状況がよいことの指標になる。一過性徐脈は,徐脈が規則的に反復発生するユニフォームタイプと,規則性のないバリアブルタイプ(変動一過性徐脈)に大別される。ユニフォームタイプは,更に子宮収縮と同時に始まる早発一過性徐脈と,子宮収縮にやや遅れて始まる遅発一過性徐脈とに分類 ニフォームタイプと,規則性のないバリアブルタイプ(変動一過性徐脈)に大別される。ユニフォームタイプは,更に子宮収縮と同時に始まる早発一過性徐脈と,子宮収縮にやや遅れて始まる遅発一過性徐脈とに分類されるが,後者は多くの場合胎児の低酸素状態を示すものである。バリアブルタイプは,軽度変動一過性徐脈(最低心拍数毎分60回以上,持続時間60秒未満のもの。)と高度変動一過性徐脈(最低心拍数毎分60回以下かつ持続時間60秒以上のもの)に分類される。このうち軽度変動一過性徐脈は,胎児仮死を疑わせる所見の一つであり厳重な注意を要するが,その出現により直ちに胎児仮死を診断されるものではなく,NSTを反復して施行した結果,頻回に出現せず,リアクティブパターンが認められる場合には胎児仮死の疑いは否定される。胎児心拍数基線細変動は,胎児心拍数の細かい変動を指すもので,基線細変動の消失,減少等は 胎児仮死の有無など胎児の状態が判定される一要素となる。 イ原告Cは,陣痛が強まったこと(カルテ(乙2の32頁)上,「午後8時30分子宮収縮↑↑,変動一過性徐脈,2-3分毎の子宮収縮」との記載がある。)から,午後8時30分ころから午後8時50分ころまでの間,看護師に対し,医師を呼ぶように要請したところ,午後8時50分ころ,E助産師を介して処置室において医師の診察をする旨が伝えられた。 ウ原告Cは,午後9時ころ,病室を出て,トイレに立ち寄った後,午後9時10分ないし15分ころ,処置室に入室した。 エF医師は,原告Cを内診した結果(パルトグラム(分娩経過表)-乙2の9頁-には,午後9時:おつうじしたい感じがある。午後9時15分:診察時努責感あり,との各記述がある。),午後9時15分ころ,腹式深部帝王切開術の施行を決定し,原告Cの同意を得た後,E助産師に対し,帝王切開 ,午後9時:おつうじしたい感じがある。午後9時15分:診察時努責感あり,との各記述がある。),午後9時15分ころ,腹式深部帝王切開術の施行を決定し,原告Cの同意を得た後,E助産師に対し,帝王切開術の施行,その時間等の方針を伝えた。 オ原告Cが手術の準備のため病室に戻り,着替えを済ませてベッドに上がった後,G看護師が分娩監視装置を装着しようとしたものの,原告Cが陣痛の増強を訴えて四つん這いになるなどしたため装着することができなかった。 カその後,原告Cから股間に何か挟まったとの訴えがあり,G看護師が視診したところ,胎児の臀部が外陰部に下降していることを確認した。 キ原告Cは,G看護師からの連絡で駆け付けたF医師の診察の下,病室のベッド上で,午後9時46分,骨盤位(逆子)娩出術(上下振子1回)により,単臀位にて原告A(1424グラム)を出産した。 ク原告Aは,分娩1分後のアプガースコアが5点(心拍1点,呼吸1点,筋緊張1点,反射1点,皮膚の色1点)であり,新生児仮死の状態であった(なお,分娩5分後のアプガースコアが6点か8点かについては争いがある。)。 原告Aの出生後の症状(1)原告Aは,平成6年1月7日,娩出後の緊急処置が施された後,被告病院小児科に入院した。小児科においては,人工呼吸の開始,新生児呼吸窮迫症候群の治療として肺表面活性物質の投与及び感染症の予防としての抗生物質の投与が行われた。 (2)原告Aは,平成6年1月8日,多血症が認められたため,部分交換輸血が施行された。また,同日,高ビリルビン血症の進行が認められたため光線療法が施行されたが,同月9日には更に進行が認められたため,原告Bからの交換輸血が施行された。この輸血の1時間後に上部消化管出血が認められたため,抗潰瘍剤の投与及び輸血が行われた。 (3)原 光線療法が施行されたが,同月9日には更に進行が認められたため,原告Bからの交換輸血が施行された。この輸血の1時間後に上部消化管出血が認められたため,抗潰瘍剤の投与及び輸血が行われた。 (3)原告Aは,平成6年4月18日の両手レントゲン検査で未熟児クル病の所見が認められたためビタミンDの内服を開始したが,同月27日には,全身の状態がよく,体重も順調に増加し3062グラムとなったため,被告病院小児科を退院した。 (4)原告Aは,平成6年5月11日に被告病院小児科神経外来を受診し,その後,発育及び発達の経過観察を定期的に行うことになった。 (5)被告病院は,平成6年9月7日,原告Aに脳成熟機能の低下によるものと考えられる四肢の筋緊張の亢進(随意運動の障害並びに屈曲筋群及び伸展筋群の不随かつアンバランスな収縮が起こったために,上肢が屈曲し,下肢が伸展した姿勢で力が入った状態をいう。)及び深部腱反射の亢進(腱をたたくと急激な筋の収縮が起こる状態をいう。)を認めたため,H医療福祉センターにリハビリテーションを依頼した。 (6)被告病院は,平成6年9月28日,原告Aの頭部CT検査を施行したところ,脳萎縮と側脳室の拡大が認められた。 ・原告Aは,平成6年11月2日,点頭痙攣の発症が確認され,同月9日に脳波検査を施行したところ,点頭てんかんと診断された。 ・原告Aは,精神運動発達遅延があり,脳性麻痺による重度1級身体障害の状態であり,首及び腰が安定せず,座ること,寝返り,物追い,固視ができない状態である(以下「本件後遺障害」という。)。 第4本件の争点 診療契約の当事者 本件後遺障害は,被告病院の過失によるものか(被告病院の過失の有無及び本件後遺障害との因果関係の有無) 損害 消滅時効(平成13年(ワ)第499号事件)第5 の争点 診療契約の当事者 本件後遺障害は,被告病院の過失によるものか(被告病院の過失の有無及び本件後遺障害との因果関係の有無) 損害 消滅時効(平成13年(ワ)第499号事件)第5当事者の主張 争点1について(1)原告らの主張ア原告Aの主張(平成11年(ワ)第236号事件)原告B及び原告Cは,被告との間で,平成5年12月25日(原告Cが被告病院に入院した日),原告Aの出生を条件とし,原告Aのため,分娩について適切な診療を行うことを内容とする準委任契約(原告Aを受益者とする第三者のためにする契約)を締結し,原告A(法定代理人親権者父原告B,同母原告C)は,平成6年1月7日(原告A出生の日),黙示的に受益の意思表示をした。 イ原告B及び原告Cの主張(平成13年(ワ)第499号事件)原告B及び原告Cは,被告との間で,平成5年12月25日(原告Cが被告病院に入院した日),子の安全娩出の確保を内容とする準委任契約を締結した。 なお,原告Cの妊娠が体外受精・胚移植であったとの経緯にかんがみれば,原告Cと被告との間の出産に関する診療契約にとどまらず,原告B及び原告Cと被告との間に妊娠から出産までに関する診療契約が成立してい るといえる。 (2)被告の主張原告Aの出産にかかる診療契約は,原告Cに対する不妊治療とは別に原告Cと被告との間で締結されたものであり,原告A及び原告Bが契約の当事者であることは否認する。 争点2について(1)原告らの主張ア帝王切開術の施行時期を逸し,病室のベッド上で分娩させた過失(ア)原告Aが本件後遺障害を負うに至った経緯a陣痛発来以前におけるストレス(a)羊水過少ないし羊水のない状態になれば,胎児は,臍帯圧迫による影響を受けやすく,低酸素症(胎児仮死)に陥る危険性が大き 告Aが本件後遺障害を負うに至った経緯a陣痛発来以前におけるストレス(a)羊水過少ないし羊水のない状態になれば,胎児は,臍帯圧迫による影響を受けやすく,低酸素症(胎児仮死)に陥る危険性が大きく,また,胎児の肺の発育停止,消化器官に障害を発症させる危険があり,さらに,胎児,臍帯,胎盤に圧力が加わり胎児にストレスを与えるところ,原告Cは,平成5年12月25日,前期破水,切迫早産のため被告病院に入院し,その後も羊水流出が継続し,羊水過少ないし羊水のない状態にあった。 (b)羊水混濁は,胎児の排泄した胎便で羊水が汚染された状態であり,胎児が低酸素状態に陥ると反射的に腸管運動の亢進,肛門括約筋の弛緩をきたし,胎便が排泄されることにより発生し,胎児に胎便吸引症候群を引き起こし,新生児予後に重大な影響を及ぼす可能性があるところ,原告Cの平成5年12月26日から平成6年1月7日(午後6時30分以前)までの間の漏出羊水の性状は,羊水混濁ないし血性羊水であった。とりわけ,平成6年1月7日の分娩時においては,分娩記録の羊水所見が,性状:泥状,混濁:プラス3,色:緑色,臭気:マイナスと表示されて,明らかに羊水混濁で あったといえる(乙2の11頁)。 このことは,看護計画表に「Drより羊水を飲んでいるかもしれない」と記述され(乙9の1の60頁),看護師は医師から羊水や分泌物の吸引を指摘され,その後の看護計画表も「吸引による気管内の分泌物の除去」が治療方針となって,1月28日には「口鼻腔からの分泌物透明も多重」と記載されて(乙9の1の62頁),実際に処置されていることから分かる。 (c)周産期における胎児心拍数に顕著な異常は認められないものの,平成6年1月1日以降変動一過性徐脈が頻繁に出現し,子宮収縮が増強している状態にあり,被告病院はこれを認 されていることから分かる。 (c)周産期における胎児心拍数に顕著な異常は認められないものの,平成6年1月1日以降変動一過性徐脈が頻繁に出現し,子宮収縮が増強している状態にあり,被告病院はこれを認識している。 1月5日の看護計画表(乙2の83頁)には,「切迫徴候増強し,内診所見も明らかに進行している。DIV(点滴)併用し何とかもちこたえているが,今後も腹部緊満増強に注意必要」と記述されている。 1月6日の看護経過記録(Ⅰ)には,「夜こわいです。今日の夜こえられますか。」との原告Cの愁訴が記述され(乙2の100頁),また,同日,被告病院は長野県立I病院に未熟児が生まれた場合の照会をしている。 (d)上記の事実にかんがみれば,原告A(胎児)は,陣痛が発来する以前に既にストレスを受けていた。 b陣痛発来後娩出時までにおけるストレス(a)原告Cは,平成6年1月7日午後6時30分ころ,看護師に対し,それまでとは異なる下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えた。 (b)被告病院は,平成6年1月7日午後7時30分ころを原告Cの陣痛発来時と診断した。 (c)被告病院のJ医師は,午後8時30分「子宮収縮↑↑,変動 一過性徐脈,2~3分毎の子宮収縮」との診断をし,その旨をF医師に報告している。 (d)F医師は,安静との治療方針がとられていた原告Cの症状を正確に把握しないまま,漫然,病室から処置室まで往復歩行させて内診をした。 (e)F医師が原告Cの内診をした平成6年1月7日午後9時15分には,子宮口が全開大になっていた。また,原告Cは,午後9時ころには「おつうじがしたい感じがする。」と,午後9時15分の診察時には「努責感」を各々愁訴している(乙2の9頁)。 (f)原告A(胎児)の平成6年1月7日午後9時38分から41分までの間の胎児心拍数は12 おつうじがしたい感じがする。」と,午後9時15分の診察時には「努責感」を各々愁訴している(乙2の9頁)。 (f)原告A(胎児)の平成6年1月7日午後9時38分から41分までの間の胎児心拍数は120bpm前後(なお,胎児心拍数図には61bpm,81bpm,61bpmの記載もある。)であり,原告A(胎児)の胎児心拍数基線が150bpmであることからして持続性徐脈の状態であったといえる。さらに,原告Cは,処置室から病室に戻った同日午後9時15分ころから激しい下腹痛を訴えていることからして,そのころから持続性徐脈が発生していたといえる。 (g)内診を終えて病室に戻った原告Cは,分娩監視装置の装着ができないほど陣痛が増強し,胎児の臀部が外陰部まで下降し,平成6年1月7日午後9時46分,駆け付けたF医師の診察の下,看護師の立会いも間に合わず,病室のベッド上で,骨盤位(逆子)娩出術(上下振子1回)により,単臀位にて原告A(1424グラム)を出産した。 この点,分娩が急速に進行したことからすれば,過強なる子宮収縮(過強陣痛)が発生しており,これにより胎盤血行障害が生じ,また胎児の臀部が外陰部まで下降したことにより臍帯圧迫ないし過 度のストレスが加わった。 (h)上記の事実にかんがみれば,原告Aは,陣痛の発来後娩出時までに過度のストレスを受けた。 c胎児仮死または胎児の状態が極めて悪化した状態(a)原告Aは,上記のとおり,陣痛発来以前において既にストレスを受け続けた上,陣痛発来後娩出時までに過度のストレスを受けたことにより,胎児仮死または胎児の状態が極めて悪化した状態(胎児の低酸素状態が推定される状態)となった。 (b)このことは,上記持続性徐脈の出現していること,午後8時50分以降の胎児心拍数基線細変動が明らかでなく,基線細変動が の状態が極めて悪化した状態(胎児の低酸素状態が推定される状態)となった。 (b)このことは,上記持続性徐脈の出現していること,午後8時50分以降の胎児心拍数基線細変動が明らかでなく,基線細変動が消失,減少していること,特に1月7日午前中の胎児心拍数図と同日の午後7時30分以降の胎児心拍数図を比較した場合に認められる胎児心拍数基線細変動の変化が顕著であること,本件分娩時の羊水所見が泥状,混濁,緑色であり,羊水混濁状態であったこと,原告Aの娩出1分後のアプガースコアが5点(心拍1点,呼吸1点,筋緊張1点,反射1点,皮膚の色1点),分娩室に移され小児科医師の下で原告Aに対し蘇生措置がとられた娩出5分後のアプガースコアが6点であり(なお,6点か8点かについて争いがあるのは上記のとおり。)新生児仮死の状態であったことからも明らかである。 d出生後の措置さらに,被告病院医師らは,原告Aを人的,物的体制の整っていない病室のベッド上で娩出させた結果,娩出後の臍帯結紮,羊水吸引,気道確保,気管内挿管,体温管理等の新生児に対する適切かつ十分な措置を行うことができなかった。 e以上のとおり,原告Aは,陣痛発来以前においてストレスを受け続けた上,発来後娩出時までに過度のストレスを受けたことにより,胎 児仮死,または状態が極めて悪化した状態(胎児の低酸素状態が推定される状態)となり,さらに,分娩後に適切な蘇生措置がなされなかったこと,または遅れたことにより,新生児仮死として出生し,高度の羊水混濁により胎便吸引症候群,高ビリルビン血症を発症させ,その結果,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の本件後遺障害が残った。 (イ)被告病院医師らの過失上記のとおり,原告Cの妊娠は体外受精・胚移植による念願の妊娠であったところ,原告Cは,前期破水,切迫早産のため被 ,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の本件後遺障害が残った。 (イ)被告病院医師らの過失上記のとおり,原告Cの妊娠は体外受精・胚移植による念願の妊娠であったところ,原告Cは,前期破水,切迫早産のため被告病院に入院したが,その後も羊水流出が継続し,羊水過少ないし羊水のない状態にあったこと,漏出する羊水の性状は混濁または血性であったこと,平成6年1月1日以降変動一過性徐脈が頻繁に出現していたこと,胎児が骨盤位であったこと,妊娠30週未満であったことなどハイリスク妊娠であることからすれば,原告Cの陣痛発来により直ちに帝王切開術を実施すべきであり,実際,被告病院の治療方針も子宮収縮抑制が困難,または陣痛の発来時を帝王切開術実施の時期としていた。 また,母体である原告Cが37歳の高齢出産であること,前期破水,切迫早産を発症していたこと,胎児が骨盤位であり,妊娠30週2日の未熟児であったこと,子宮収縮抑制剤が増量されていたこと,子宮口の膣部は入院当初から柔らかく,子宮収縮は継続し,日を追って子宮口は少しずつ開大し,展退度が増加していること,血性羊水が持続的に流出し軽症の常位胎盤早期剥離が疑われること,分娩日の前日,被告病院が長野県立I病院にこのまま陣痛が進んで未熟児が生まれた場合は引き取ってもらえるか否かの照会をし,子宮収縮抑制が困難であることを認識していたこと,平成6年1月7日午後7時30分ころ,分娩経過表には「腰が痛いです。」との原告Cの愁訴が記述され,そのころ分娩監視装置を装着し,午後8時30分ころにはJ医師が「子宮収縮↑↑,変動一 過性徐脈,2~3分毎の子宮収縮」と診断し,F医師にその旨を報告するなどして,被告病院医師らは原告Cに陣痛が発来して分娩進行していることを認識していたことからして,通常よりも分娩が早まる(子宮口が2ないし3 2~3分毎の子宮収縮」と診断し,F医師にその旨を報告するなどして,被告病院医師らは原告Cに陣痛が発来して分娩進行していることを認識していたことからして,通常よりも分娩が早まる(子宮口が2ないし3センチメートル開いても娩出となる可能性が高い。)ことは容易に予想された。 この点,被告は,胎児仮死か否かの診断を得るために分娩監視装置を装着したことをもって経過観察を適切に行った旨主張するが,原告Cの上記症状の変化に着目するならば,また「陣痛発来があれば帝王切開術を実施する」との本件の明確な治療方針からするならば,ここで問題とすべき経過観察の適切さは,単に,胎児仮死の有無のみの診断をするか否かというレベルの問題ではなく,直ちに帝王切開術の施行を実施するべきか否かを判断するための陣痛発来の有無を診断するというレベルの問題であって,被告の主張は,論点をすり替えている。 さらに,分娩は進行するものであるから,原告Cを十分に監視し,その都度診断をして陣痛発来か否かを決定していかないことには,その後の治療行為が進められないのであって,諸状況を考慮し,さかのぼって陣痛発来時を判断するとの被告の主張は誤っている。 上記の事情からすれば,被告病院医師らは,専門性を有する大学病院の医師らとして一般の開業産科医院医師ら以上に胎児及び原告Cの経過観察を十分に行い,また帝王切開術の準備を整えるなどの分娩監視体制をとり(被告病院は,総合病院であり,原告Cの分娩に関し,入院当初から医療チームを結成していたのであるから,容易に上記監視体制をとることができた。),次の各時期に子宮収縮の程度と子宮口開大の所見を得る内診等をして帝王切開術の施行時期を適切に見極め,①原告Cが下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えた平成6年1月7日午後6時30分ころ,②分娩監視装置の装着をしたカルテ上の 縮の程度と子宮口開大の所見を得る内診等をして帝王切開術の施行時期を適切に見極め,①原告Cが下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えた平成6年1月7日午後6時30分ころ,②分娩監視装置の装着をしたカルテ上の「陣痛発来」時である同日 午後7時30分ころ,③J医師が子宮収縮の増強を診断した午後8時30分ころ,④また,その前後の午後8時18分ころの変動一過性徐脈出現のころ,⑤遅くとも帝王切開術施行と決定した同日午後9時15分のいずれかの時期に帝王切開術を施行(遅くとも午後9時15分の時期においては,決定と同時に帝王切開術を直ちに施行)し,原告Aに過度のストレスを与えることを回避すべき注意義務が存在した(なお,原告らは,胎児仮死,羊水混濁,羊水過少については妊娠を中断すべき根拠として主張するものではなく,これらの症状によって胎児に過度のストレスを与えている状況を事情として述べ,かかる事情の下,陣痛が発来した場合には直ちに妊娠を中断して帝王切開術を施行すべきであるという主張をしているものである。)。 それにもかかわらず,被告病院医師らは,これを怠り,同日午後6時30分ころの原告Cの下腹部緊満ないし下腹部痛の訴えについて看護師から当日の担当医師へ連絡がされず,またその後の午後8時30分には「子宮収縮↑↑」との診断をしていながら,帝王切開術の準備に着手しないまま原告Cを放置し,同日午後9時15分まで,子宮口の開大の有無及び程度,子宮膣部の柔らかさ等を診断するための担当医師による内診等の診察をせず,また分娩監視装置を装着しないまま看護師または助産師のみにその対応をゆだね,午後9時15分にF医師が「全開大」と叫んだ内診を終えて病室に戻った原告Cが分娩監視装置の装着ができないほど陣痛が増強した状態であったにもかかわらず,看護師が担当医師に連絡しないまま原 応をゆだね,午後9時15分にF医師が「全開大」と叫んだ内診を終えて病室に戻った原告Cが分娩監視装置の装着ができないほど陣痛が増強した状態であったにもかかわらず,看護師が担当医師に連絡しないまま原告Cを放置し,原告Cの訴えで初めて胎児の臀部が外陰部まで下降していることを認識するほど監視を怠り,結局,帝王切開術を施行する時期を逸し,原告Cをして,原告Aを病室のベッド上で堕落分娩させたことにより,胎児仮死または胎児の状態が極めて悪化した状態にし,かつ新生児仮死を発症させ,加えて新生児に対する適切か つ十分な措置を行うことができなかったことも加わり,原告Aに本件後遺障害を生じさせた。 イ分娩後に臍帯結紮,羊水吸引,気道確保,気管内挿管,体温管理等の新生児に対する適切かつ十分な措置を行わなかった過失仮に,本件分娩において,帝王切開術の施行が間に合わず,経膣分娩によらざるを得なかったとしても,上記のとおり,平成6年1月7日の原告Cの状態がそれ以前とは大きく異なっていたのであるから,被告病院医師らには,娩出直後の新生児に対する人的,物的体制を整えて,新生児であった原告Aに対する適切な措置を行うべき高度の注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院医師らは,これを怠り,人的,物的体制の整っていない病室のベッド上で原告Aを娩出させた結果,インファントウォーマー上の温度とベッド上の温度は温度差があり,室内の保温管理では不十分であり,乾いた布,ガーゼ等も存在しないため全身の羊水を拭き取り乾いた布でくるんで保温に努めることができず,さらには新生児を裸のまま抱えて廊下を走って,病室から分娩室への移動を要して(移動に要した時間は病棟平面図(乙4)の距離関係からして被告主張の10秒間ではあり得ない。)体温管理に注意をはらっていない。 また,気道確保につい 抱えて廊下を走って,病室から分娩室への移動を要して(移動に要した時間は病棟平面図(乙4)の距離関係からして被告主張の10秒間ではあり得ない。)体温管理に注意をはらっていない。 また,気道確保についても新生児の顔を下に向けて羊水を出し,それだけのことしか行われず,E助産師が病室に持ち込んだとする電動吸引器については,F医師,E助産師,G看護師はいずれも,自分が吸引操作はしていないこと,誰が吸引操作をしたかは分からない旨証言しているところから,電動吸引器,吸引カテーテルを用いての羊水吸引も行わず気道確保に必要な措置をとっていない。 さらに,臍帯結紮器具の搬入が遅れたことから臍帯結紮に時間を要したため,啼泣するもその程度は極めて弱くかつ短時間にすぎず,これにより胎盤内の血液が新生児に移行し多血症を発症させ,羊水混濁の程度が極め て高く,吸引による気管内の分泌物の除去を治療方針とし,その措置がなされたが,十分な羊水吸引ができずに胎便吸引症候群,高ビリルビン血症を発症させた。 また,小児科医師の応援も遅れたことなどにより分娩室での気管内挿管等の蘇生措置が十分でないなど病室及び分娩室において新生児に対し適切かつ十分な措置をしなかった。そのため,F医師は「ややriskは上昇」と記述した(乙2の33頁最下段)。この記述部分はまさにF医師が分娩時に大変な苦労をし,脂汗を流さんばかりの苦闘の対応をしていたことを十分に推認させるものである。そうでなければカルテ上にこのような記述をする訳がない。 以上の事実から,インファントウォーマーへの到着が分娩後約1分間である訳がない。この点,被告は,分娩から約40分後の午後10時25分における原告Aの体温が36.9℃であること,及び翌1月8日午前1時以降も体温低下が認められないことを根拠として,原告Aが低体温に陥 ある訳がない。この点,被告は,分娩から約40分後の午後10時25分における原告Aの体温が36.9℃であること,及び翌1月8日午前1時以降も体温低下が認められないことを根拠として,原告Aが低体温に陥ったことはない旨主張する。 しかし,本件では分娩直後から蘇生処置が施される間の原告Aの低体温を問題としているのであるから,分娩から約40分後の体温が正常であることやその後の体温の低下が認められない事実があったからといって,原告Aが低体温に陥っていないこと,あるいは低体温に基づく呼吸障害に陥っていないことの根拠にはなり得ない。 以上により,原告Aをして,なお一層重篤な新生児仮死に陥らせ,本件後遺障害を生じさせた。 ウ出産後の原告Aの検査,治療が不適切であった過失被告病院医師らは,新生児であった原告Aに対し,早期にCT写真,MRI写真の撮影,脳波検査をするなどして新生児の管理を適切に行い,点頭てんかん(ウエスト症候群),精神発達遅延,脳性麻痺に陥る危険性に ついて診断し,その治療をすべき高度の注意義務があったにもかかわらず,これを怠った。 すなわち,原告Aは,新生児仮死の状態で出生し,極低出生体重児であり,新生児のうちに新生児呼吸窮迫症候群,高ビリルビン血症,多血症等になった上,生後約7か月の段階で,原告Cが被告病院小児科担当医師に対し,原告Aの体が固く,おしゃぶり,首の座りも遅いことを伝えていたのであるから,被告病院医師らは,新生児の早い段階のうちに原告Aに点頭てんかん,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の後遺障害が発生することを予測できたのであり,経過観察を十分に行い,早期にCT写真,MRI写真の撮影,脳波の検査等を行って治療をすることにより上記後遺障害の発生を未然に防止すべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院医師らは直ちに対応せ 経過観察を十分に行い,早期にCT写真,MRI写真の撮影,脳波の検査等を行って治療をすることにより上記後遺障害の発生を未然に防止すべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院医師らは直ちに対応せず,結局,平成6年9月28日に至って初めて,頭部CT写真を撮影して脳萎縮と側脳室の拡大を認め,同年11月2日,点頭てんかんの発症を確認し,同月9日,脳波検査の結果,点頭てんかんと診断した上,点頭てんかん,精神運動発達遅延,脳性麻痺の治療を開始したのであって,本件後遺障害に陥る危険性についての早期診断及び早期治療の時期を逸した過失がある。 なお,被告は,乙13の1の24頁及び乙14の9頁を根拠に,原告Cに対して,原告Aのリハビリテーションを開始するように勧めたと主張するが,同各証拠は被告病院内の関係診療科間の依頼事項であって,原告Cに対するリハビリテーションの開始を指導したものではない。また,平成6年9月7日被告病院は原告Cに対し,このとき初めて原告Aの脳性麻痺の危険性を指摘し,CT写真の予約,H医療福祉センターでのリハビリテーションを予約したものであり,各措置は被告病院の各診療科の時間的都合でなされたものにほかならず,決して原告Cが放置していたわけではない。 エ上記アないしウの過失の重畳的競合被告病院医師らには,上記アないしウの過失があり,これらの過失が重畳的に競合したことにより,原告Aに本件後遺障害を生じさせた。 オ因果関係について(ア)本件後遺障害は,上記アないしウの過失行為またはこれらが重畳的に競合した過失行為により発生したといえる。 この点,被告は,原告Aの本件後遺障害の結果は,児の未熟性のみに起因するものである旨主張する。確かに,児の未熟性がかつて脳性麻痺の三大原因の一つとして大きな部分を占めていたことは否定し得ない。 る。 この点,被告は,原告Aの本件後遺障害の結果は,児の未熟性のみに起因するものである旨主張する。確かに,児の未熟性がかつて脳性麻痺の三大原因の一つとして大きな部分を占めていたことは否定し得ない。 しかし,現在では未熟性もそれだけで脳性麻痺になることは少なくなった。すなわち,脳性麻痺の原因の大半は既に母胎の中で形成され,また,分娩時におけるストレス,さらには,分娩後の蘇生方法に問題があるといったケースがほとんどである(甲35の2頁,甲36の2頁参照)。 各種の低出生体重児の長期予後調査の結果をみると,正常が約75~80パーセントであるのに対し,異常はその残りであり,異常の原因は超早産児の産科的管理,ことに分娩時及び新生児の管理が大いに関係することが指摘されている。 たとえば,聖隷浜松病院未熟児センターの初期(1977年~1979年)における出生体重1500g未熟児の治療成績は,133名入院し,90名が生存退院したが,7名が脳性麻痺であり,2名を除き軽症で自立している。さらに83名は大半が高校・大学へ進学し,就職している。未熟児医療をきちんとやっていけば,小さな未熟児でも日常生活ができて,働けるところまでいくことが長期予後調査の結果から判明している(甲36の2頁参照)。また,日本新生児学会雑誌VOL.36,№4,561~562頁は,超低出生体重児の長期予後の成績を示し,生存者の約8割が神経学的後遺症もなく生存していることを紹介してい る(甲46参照)。さらに,日本新生児学会雑誌VOL.36,№3,447~453頁は,1986年から1995年の10年間に生存退院した231例中,34例に重度中枢神経障害が発生した(15パーセント),脳性麻痺単独が3例,精神発達遅延単独が15例,脳性麻痺と精神発達遅延の重複障害が16例だったと発表してい の10年間に生存退院した231例中,34例に重度中枢神経障害が発生した(15パーセント),脳性麻痺単独が3例,精神発達遅延単独が15例,脳性麻痺と精神発達遅延の重複障害が16例だったと発表している(甲45参照)。 以上のような長期予後調査の結果からすると,本件のような後遺障害は必ずしも児の未熟性によるものではないことが明らかである。もし,児の未熟性によるものであるとしたならば,すべて本件のような後遺障害が発生するはずであるが,長期予後の結果はそうではない。 それは,分娩時及び新生児の蘇生措置並びにその後の新生児の管理が適切になされているからにほかならない。 本件では,必ずしも胎児仮死と診断し得ないにしても,胎児の状態が悪化している状況にあったものであり,かつ,ベッド上での経膣分娩による過失とそれに伴う新生児の蘇生措置及びその後の管理が不適切,不十分であったことにより本件後遺障害が発生したものといわざるを得ない。 (イ)仮に,原告Aの出生時の未熟性が本件後遺障害の一因であることが否定できないとしても,医学的な因果関係に関する高度の蓋然性の判断は,過去の事実関係をもとに行う評価としての側面を持ち,定量的,確率的な判断に馴染むものであり,このような確率的因果関係を損害賠償額に反映させることにより,損害の公平な分担という不法行為法の理念を全うすることができる。 カ重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合で,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存して いた相当程度の可能性の存在が証明される場合には,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任 が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存して いた相当程度の可能性の存在が証明される場合には,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきであり(最高裁第二小法廷平成12年9月22日判決・民集54巻7号2574頁),上記の結論は,医師の転送義務違反が存在し,重大な後遺障害が残ったケースにも妥当すると解される(最高裁第三小法廷平成15年11月11日判決・判時1845号63頁)。 本件は,分娩担当に当たった医師に妊婦の分娩経過についての監視義務違反行為に基づく帝王切開術施行時期を逸した過失が存在し,また分娩直後の不適切な措置及びその後の新生児医療の懈怠等のために出生した児に重大な後遺障害が残ったという事案であり,上記見解は本件にも妥当するというべきである。 本件においては,被告病院には原告Cに対する分娩監視義務違反に基づく帝王切開術の施行時期を逸した過失があったこと,分娩直後にも適切な気道確保その他の蘇生措置がなされなかったこと,更にその後の新生児医療も適切でなかった過失があるところ,鑑定の結果によっても,上記ア(イ)記載の②ないし⑤のいずれかの時期において帝王切開術を施行していれば,原告Aの障害の発生を回避ないし軽減することができた可能性があるとされ,原告Aの障害の原因は児の未熟性によるものだけではないとされている。被告が原告Cに対する分娩監視態勢をとり,上記の時期に適切に帝王切開術を施行し,また分娩直後の適切な蘇生措置を行い,その後の新生児医療が適切に行われていたならば,原告Aに本件のような重大な後遺障害は残らなかった相当程度の可能性が存在したことは十分に認められる。 (2)被告の主張ア帝王切開術の施行時期(ア)治療方針 平成5年当時の妊娠 ならば,原告Aに本件のような重大な後遺障害は残らなかった相当程度の可能性が存在したことは十分に認められる。 (2)被告の主張ア帝王切開術の施行時期(ア)治療方針 平成5年当時の妊娠33週未満の前期破水の症例に対する一般的な治療方針は,娩出後の新生児の肺胞を開かせるに十分な肺表面活性物質(サーファクタント)が肺胞内に出現することにより,娩出後の新生児が大気中の生活に適応できる時期である妊娠34ないし35週まではできる限り妊娠を継続させる,また,早産かつ低出生体重児は子の未熟性により胎外生活への適応が困難となるからできる限り胎内での成熟を図るというものであった。 そこで,原告Cについても,上記一般的な治療方針に従い,①分娩進行,絨毛膜羊膜炎(羊水,卵膜の感染症のこと。)または胎児仮死(胎児,胎盤系における呼吸,循環不全を主徴とする症候群のこと。)の症候の出現に十分注意しながら,安静を保ちつつ子宮収縮抑制剤による子宮収縮の抑制並びに抗生物質等による感染防止を行いできるだけ妊娠を継続させること,②上記症候の出現により胎児を娩出せざるを得ないときには,骨盤位(逆子)であることから胎児に負担をかけないため腹式深部帝王切開術を選択することを決定し(以下「本件治療方針」という。),原告C及び原告Bの同意を得た上で,その後も本件治療方針に従った治療を行った。 (イ)胎児仮死a胎児仮死が発生すると,胎児心拍数の異常,胎便排泄による羊水混濁といった症状が現れる。ただし,胎便排出ないし羊水混濁の発症の機序は未だ明らかでないことから,羊水混濁の事実のみをもって直ちに胎児仮死ないし低酸素症が発症したものと診断することにはならない。 この点,原告Cについては,本件分娩に至るまでの間,胎児仮死またはその症候の出現は認められなかった(なお,原 事実のみをもって直ちに胎児仮死ないし低酸素症が発症したものと診断することにはならない。 この点,原告Cについては,本件分娩に至るまでの間,胎児仮死またはその症候の出現は認められなかった(なお,原告らが主張する胎児の状態が極めて悪化した状態というのが,具体的にいかなる状態を 指しているのか不明であるが,胎児仮死に至らない状態をいうのであれば,かかる状態になることが帝王切開術を施行すべき根拠となるものでなく,その主張は失当である。)。 なお,原告Cは,前期破水を伴う切迫早産にて入院していたものであり,切迫早産徴候(子宮収縮)が現れることは当然であって,不可避なものである。被告病院医師らは,原告Cが妊娠30週という極めて未熟な状態であったため,子宮収縮抑制剤投与等によって妊娠の継続を図るが,胎児に対するストレスが過度となり胎児仮死となった場合には分娩するという方針に基づいて治療を実施していたものである。 胎児仮死徴候が認められなかったのであるから,極めて未熟な状態でも分娩とせざるを得ないようなストレスは存在しなかったのである。 b胎児心拍数胎児仮死の診断方法としては,分娩監視装置で記録される胎児心拍数の経時的変化(胎児心拍数図)による胎児状況の判定(NSTによる判定)が最も重要とされているところ,原告Cの胎児心拍数の経時的変化(胎児心拍数図)は,平成5年12月25日の入院後,一貫して週数相当の一過性頻脈と基線細変動を示しており,胎児仮死の症候は認められなかった。この点,同月31日以降,時折軽度変動一過性徐脈の出現が認められるが,いずれもその後の胎児心拍数図に軽度変動一過性徐脈が頻回に出現しておらず,かつリアクティブパターンが認められたことから,胎児仮死を示すものとはいえない。また,平成6年1月7日午後8時50分ころまでの胎児心拍 の後の胎児心拍数図に軽度変動一過性徐脈が頻回に出現しておらず,かつリアクティブパターンが認められたことから,胎児仮死を示すものとはいえない。また,平成6年1月7日午後8時50分ころまでの胎児心拍数図についても,胎児心拍数基線細変動が減少もしくは消失している所見はなく,既に陣痛が発来しているにもかかわらず胎児仮死の症候は認められず(同日午後7時50分ころ,同日午後8時ころ,同日午後8時15分ころに変動一過性徐脈が認められたが,いずれも胎児仮死の徴候とは認めら れなかった。),娩出直前(同日午後9時38分から同日午後9時41分までの間)の胎児心拍数についても,胎児心拍数は断続的に120bpm前後に記録されており,少なくとも持続性徐脈ではなかったのであり,胎児仮死の症候は認められなかった。 なお,午後9時38分から41分までの間の胎児心拍数図において61bpm,81bpm,61bpmと記録されている部分があるものの,これらはいずれも短時間である上,四つん這いになるなどしていた原告Cの腹部に看護師が手で心音検出器具を当てて得られたものであり,雑音と考えられる。 c羊水混濁原告Cについては,平成5年12月25日の入院後から本件帝王切開決定時までの間に羊水混濁は認められなかった。なお,平成6年1月2日にパットに付着した分泌物(羊水と膣内容が混じったもの)の性状が一時的に黄緑色であったとの記載があるが,その前後の経過から判断して,羊水混濁が生じていたものとは考えられず,羊水に膣分泌物が混じったための変化と考えられる。 この点,原告Cにおいてパットに付着した分泌物が赤色ないし血性であったことは,切迫早産の症状の一つである性器出血が漏出羊水に混じったことによるものであり,これが胎児仮死の発生や妊娠を中断すべきことの根拠とはならない。また, トに付着した分泌物が赤色ないし血性であったことは,切迫早産の症状の一つである性器出血が漏出羊水に混じったことによるものであり,これが胎児仮死の発生や妊娠を中断すべきことの根拠とはならない。また,経過記録に平成5年12月26日及び平成6年1月2日にパットに付着した分泌物の性状が茶色,茶褐色ないし黄緑色であったとの記載がある(乙2の106頁)が,膣内の分泌物や膣内消毒の薬液(イソジン)などと混ざり合って膣外に至ったものと考えられ,そもそも羊水混濁が1日で消失することはないから,羊水混濁があったとは考えられない。なお,羊水混濁が続けば胎盤の羊膜が黄色になるところ,羊水混濁がなかったことは,分 娩記録の胎盤所見において胎児面の色が「灰白色」と記載されている(乙2の11頁)ことからも明らかである。 また,本件分娩は,骨盤位分娩であり,このような場合,胎児の臀部が先進することから,分娩時に,胎児の腹部が産道を通過する際に,胎児の肛門から胎便が排泄され,羊水に混入することが一般的であって,分娩時の羊水に胎便が混入していたことをもって,胎児に胎児仮死を発生させるほどのストレスが生じていたものということはできない。原告らは,分娩時の羊水所見をもって陣痛発来前からストレスが生じていたと主張するが,明らかに誤りである。原告Aが呼吸障害に陥ったのは,肺の未熟性に起因する新生児呼吸窮迫症候群を発症したことによるものであり,胎便吸引症候群を発症したことによるものではない。 d羊水過少前期破水の場合は羊水流出により羊水が過少ないしほとんどない状態になることもあるが,羊水は持続的に産生されており,減少しても再び増加するものであるから,一時的な羊水の減少により直ちに胎児仮死の発生や妊娠を中断すべきことの根拠とはならない。 また,本件分娩前に胎児が羊水過少 あるが,羊水は持続的に産生されており,減少しても再び増加するものであるから,一時的な羊水の減少により直ちに胎児仮死の発生や妊娠を中断すべきことの根拠とはならない。 また,本件分娩前に胎児が羊水過少に起因する臍帯圧迫による低酸素状態になかったことは,胎児心拍数等から明らかである。 さらに,羊水減少と出生後における消化管出血とは直接的な因果関係がない。 eアプガースコア原告Aは,妊娠30週2日,出生時体重1424グラムという早産かつ極低出生体重児として,新生児仮死の状態で出生したものの,その程度は軽度(1分後のアプガースコア5点)であり,しかも5分後のアプガースコアが8点に上昇していることからすれば,原告Cにつ いて,分娩に至るまでの間に胎児仮死が発生していた可能性はない。 なお,5分後のアプガースコアについて,小児科の診療録及び母子手帳には6点である旨記載されているが,これは分娩室に駆け付けた小児科医師が正確な時間的経過を把握しないまま採点したものであり,当初から本件分娩に立ち会っていたF医師による採点である8点が正確な所見である。 (ウ)陣痛発来時及び帝王切開術施行決定時a陣痛発来は,子宮収縮の自覚症状の訴えのみをもって直ちに陣痛発来との診断に至るものではなく,子宮収縮の程度と子宮口の開大等の客観的所見をもって診断されるものであり,子宮収縮の増強に加え,一定の子宮口の開大等が確認された時点で,諸状況を考慮し,さかのぼって陣痛発来時を判断することによって行うものである。 原告Cについては,平成6年1月7日午後7時30分ころ,子宮収縮の増強に伴う自覚症状の訴えがあった(なお,同日午後6時30分ころ,原告Cがこれまでとは異なる下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えたことはない。)ので,被告病院は,胎児仮死の症候の出現を警戒し,同日午後 の増強に伴う自覚症状の訴えがあった(なお,同日午後6時30分ころ,原告Cがこれまでとは異なる下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えたことはない。)ので,被告病院は,胎児仮死の症候の出現を警戒し,同日午後7時40分ころより,分娩監視装置による観察を行って,胎児仮死徴候の有無及び子宮収縮の状態を監視しながら妊娠継続の可能性を探っていたが,その後の子宮収縮の状況等から同日午後9時15分ころに内診を行ったところ,子宮口が3センチメートル,展退度が90~100パーセント,ステーションがマイナス2であり,分娩進行が認められたので,それ以上の妊娠継続は不可能と判断して帝王切開術の施行を決めた上,そこからさかのぼった同日午後7時30分を陣痛発来時と判断したものである。 この点,原告Cは,子宮収縮及びそれに伴う腹痛を主要な徴候する切迫早産との診断を受けていたのであり,切迫早産の治療目的からし て,子宮収縮の抑制がまず第一に考えられるべきであり,原告Cが子宮収縮の増強を訴えたことをもって直ちに分娩開始と診断することはあり得ない。 すなわち,本件のような切迫早産の症例の場合にその徴候として真の陣痛発来と同様の周期的な子宮収縮が生じることは少なくなく,また,真の陣痛発来ではない周期的な子宮収縮を陣痛発来と誤診した場合,児を極めて未熟な状態で娩出させることになることから,切迫早産の症例において当該子宮収縮が真の陣痛発来であるか否かの判断は極めて慎重に行う必要がある。このような観点から,被告病院においては,午後9時15分の内診所見に基づいて,さかのぼって午後7時30分が陣痛発来時であると判断したのである。このように,子宮収縮が増強した時点で陣痛発来を診断することは不可能であり,後方視的に陣痛発来時とされた午後7時30分やその後子宮収縮の増強を訴えたという午後 が陣痛発来時であると判断したのである。このように,子宮収縮が増強した時点で陣痛発来を診断することは不可能であり,後方視的に陣痛発来時とされた午後7時30分やその後子宮収縮の増強を訴えたという午後8時30分の時点で帝王切開術をすべき注意義務は存在しない。 なお,同日午後9時15分における原告Cの子宮口の開大が3センチメートルにとどまっていることからすれば,同日午後7時30分ころにおいて,分娩開始との診断に至るほどの子宮口の開大があったとも考え難い(なお,子宮口が全開大であれば超緊急的帝王切開術を施行するところ,これをしなかったことからもこの時点で子宮口が全開していたとは考えられない。)。 したがって,仮に同日午後7時30分ころに内診を行ったとしても,この時点で帝王切開術の施行の必要性を認めて,その旨の決定を行ったとは考えられない。 b原告Cは,平成6年1月7日午後9時15分に分娩進行が認められたことから,本件治療方針に基づき帝王切開術の施行が決定されたも のの,予想外の分娩の急速進行により,同日午後9時46分に経膣分娩するに至った。 すなわち,F医師は,平成6年1月7日午後9時15分,原告Cを内診し,子宮口が3センチメートル開大していることに加え,それまでの子宮収縮の推移を併せ考慮した結果,原告Cのこれ以上の子宮収縮を抑制することは不可能であると判断し,分娩開始時期を同日午後7時30分と診断するとともに,本件治療方針に従って帝王切開術の施行を決定したのであるが,切迫早産との診断を受けた患者について,通常の満期分娩と比較して子宮口開大の速度が早まることがあるとしても,子宮口が3センチメートル開大してからわずか30分後に分娩に至るということはおよそ考えられず,F医師が超緊急的な帝王切開術を実施せず,原告Cの帝王切開術のための手術 速度が早まることがあるとしても,子宮口が3センチメートル開大してからわずか30分後に分娩に至るということはおよそ考えられず,F医師が超緊急的な帝王切開術を実施せず,原告Cの帝王切開術のための手術室への入室時間を午後9時50分としたことに何ら過失はない(なお,E助産師が同日午後9時35分ころ病室に入った際,原告Cに強い陣痛が発来している様子は認められなかったのであり,原告Cの陣痛が突然増強し,急速に分娩が進行したのは,同時刻以降のことであり,もはや帝王切開術の施行は時間的に不可能であった。)。 c原告Cについて,入院後平成6年1月3日までの診察所見では,頚管の成熟の進行は認められず,また,同月1日に施行した胎盤の超音波断層検査の結果においても分娩後の胎盤所見においても胎盤早期剥離が生じていたとは認められない。 d午後9時15分の内診時には子宮口は3センチメートル開大であって,全開ではなかった。 なお,原告Cは,午後9時15分の内診前に排便したい感じを訴えたが,実際にトイレに行き大便をして,その後内診時には排便したい感じは治まっている(原告C尋問調書37,38頁)。したがって, 原告Cが訴えていた努責感は児頭の下降に伴うものではなく,排便に伴うものであった。 (エ)被告医師らの監視体制a平成6年1月7日午後7時40分ころから同日午後8時15分ころまでの間,原告Cは病室で分娩監視装置を装着していたが,その間,担当医師であるF医師は,被告病院内において通常の産婦人科の当直勤務を行っており,原告Cに何らかの変化が生じた場合は直ちに病室に急行できる状態であったのであり,また,E助産師及びG看護師も終始付き添っていたわけではないが,病室において,胎児仮死の症候の出現の有無を確認すべく胎児心拍数と子宮収縮の状態を観察するとともに, に急行できる状態であったのであり,また,E助産師及びG看護師も終始付き添っていたわけではないが,病室において,胎児仮死の症候の出現の有無を確認すべく胎児心拍数と子宮収縮の状態を観察するとともに,過強陣痛等の異常な子宮収縮の有無を観察し,合わせて原告Cの全身状態の観察を行っていたが,胎児仮死の症候も異常な子宮収縮も認められず,原告Cの全身状態にも著しい変化はなかった。そして,同日午後8時30分ころ,被告病院医師Jが自ら分娩監視装置による胎児心拍数や子宮収縮の状態を観察し,それまで認められた変動一過性徐脈が胎児仮死の証拠とは認められないものの,同日午後7時30分ころから子宮収縮が持続し,その強さが減弱していないことから,F医師にその旨報告し,その後の治療方針を確定するため,F医師が原告Cを処置室内の内診台において診療することを決めたのであって,看護師から医師に対し的確な情報伝達がされていた。 b原告Cについて,平成6年1月5日から同月7日午後9時15分までの間,内診がされていないのは,原告Cが前期破水を発症していたことから,診察操作による上行感染の危険性があるため,内診や膣鏡診を必要最小限にとどめる必要があったからであり,この間も被告病院医師らは,原告Cの一般状態の観察,NSTによる胎児心拍数及び子宮収縮の状態の確認,羊水流出状況の確認等の診療行為を継続的に 行っていたのであって,被告病院医師らによる原告Cの経過観察が十分に行われ,適切な分娩監視体制がとられていたのは明らかである。 また,同日の内診が午後8時50分ころに決定されたのは,同日午後8時15分に変動一過性徐脈が認められたことから,かかる変動一過性徐脈が頻発するならば胎児仮死との診断に至ることから,これを判断するために,午後8時30分以降20分程度の間,分娩監視装置に 日午後8時15分に変動一過性徐脈が認められたことから,かかる変動一過性徐脈が頻発するならば胎児仮死との診断に至ることから,これを判断するために,午後8時30分以降20分程度の間,分娩監視装置による胎児心拍数及び子宮収縮の監視を行う必要があったためであり,適切な経過観察が行われていたものである。 c平成6年1月7日午後9時15分の時点において,未だ陣痛発来との診断を受けておらず,胎児心拍数の異常も認められない原告Cを,病室から処置室の間のわずかな距離を自力歩行させたとしても,胎児仮死の発生を導くほどのストレスを与えたとはいえない。 (オ)病室での分娩a原告Cについては,病室のベッド上での経膣分娩に至ったものの,当該分娩はF医師ら立会いのもと,極めてスムーズに進行し,胎児の娩出も極めてスムーズに行われたのであって,結果的には,当該分娩において胎児に与えたストレスは,帝王切開術を施行した場合と異なるところはなかった。 b新生児呼吸窮迫症候群は,早産かつ極低出生体重児であることによる肺の未熟性(サーファクタント不足)を主な原因にして発症するものであり,周産期及び分娩時におけるストレスに起因するものではなく,これを発症したことにより直ちに出生前に胎児仮死を発症していたことにはならない。また,出生後の多血症の発症については様々な要因が考えられ,これをもって直ちに胎児仮死が発症していたということもできない。 イ出産後の処置 原告Cの分娩は,F医師及び看護師立会いのもと行われ,娩出後F医師によりマウス・ツー・マウス法によって補助呼吸を行い,その結果,啼泣が認められた。引き続き,E助産師が病室に持ってきた電動吸引器で口腔・鼻腔内の羊水や分泌物を吸引することにより気道を確保し,名取弓美助産師が病室に持ってきた臍帯切断結紮用の臍帯クリ ,その結果,啼泣が認められた。引き続き,E助産師が病室に持ってきた電動吸引器で口腔・鼻腔内の羊水や分泌物を吸引することにより気道を確保し,名取弓美助産師が病室に持ってきた臍帯切断結紮用の臍帯クリップ,臍帯剪刀等を用いて臍帯が切断された後,速やかに分娩室内に移送して(移動に要した時間はおよそ10秒である。),同室内のインファントウォーマーにおいて酸素投与を行い(インファントウォーマーへの到着が分娩後約1分である。),気管内挿管を行って呼吸の補助を行ったのであって,原告Aに対する娩出直後の被告病院医師らの処置は,手術室における帝王切開術による分娩後や分娩室における経膣分娩後の早産かつ極低出生体重児に対する処置と比べて,時間的にも内容的にも何ら異なることなく適切になされている。このことは,原告Aの娩出後1分後のアプガースコアが5点であったものが,5分後には8点に改善していることからも明らかである。なお,①気管内洗浄による吸引物は淡黄色の液体であり,胎便は確認されていないこと,②胸部レントゲン像は,胎便吸引症候群において認められる粗大線状陰影ではなく,新生児呼吸窮迫症候群に特徴的なスリガラス状陰影であったこと,③胸部レントゲン像は,サーファクテン(上記症候群の治療薬)の注入後に改善していること,④APRスコアが0点であった(同スコアが3点以上のとき感染の可能性が高いと判定される。)ことからすれば,原告Aが出生直後に胎便吸引症候群を発症した可能性はない。 なお,原告らは,体温管理がなされていない旨主張するが,原告Aは出生から約1分後にはインファントウォーマー上に移動されており,体温管理は適切になされており,低体温によるアシドーシス発症の可能性はない。 原告Aは,1月7日午後10時25分ころに被告病院小児科に入院したが,そのときの体温は36. ウォーマー上に移動されており,体温管理は適切になされており,低体温によるアシドーシス発症の可能性はない。 原告Aは,1月7日午後10時25分ころに被告病院小児科に入院したが,そのときの体温は36.9度であり(乙9の1の59頁),また,1月8 日午前1時以降も体温の低下は認められていない(乙9の1の94頁以下)。したがって,原告Aが低体温に陥ったことはないし,アシドーシスを発症したこともない。 また,気道が確保されていたことは啼泣が認められたことから明らかであるし,臍帯結紮はどんなに遅くとも娩出後1分以内に行われている。 以上のとおり,病室での分娩やその後の処置は適切に行われた。F医師がカルテ(乙2の33頁)に「ややriskは上昇」と記載したのは,分娩区域外での分娩であったため,感染症のリスクが上昇した可能性を記載したものであって,病室で分娩した際に適切でない対応があったとか,経膣分娩自体にリスクがあったという趣旨ではない。なお,原告Aが感染症を発症しなかったことは,その後の経過から明らかである。 ウ出生後の原告Aの検査及び治療a被告病院小児科では,原告Aについて,新生児仮死及び新生児呼吸窮迫症候群,多血症,高ビリルビン血症及び消化管出血について,適切な治療を行うとともに,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の後遺障害の発生が予想されるリスク児であることを想定し,新生児期から経過観察を行い,股関節の開排制限,足関節の背屈制限,内転筋の緊張などの臨床診断をし,特に神経学的所見が認められた段階で,将来的に発生が予想される後遺障害を最小限にするための対応を行っていた。 まず,被告病院入院中においては,原告Aの体重が2024グラムとなり,経口哺乳が可能となった平成6年3月23日,運動発達遅延,脳性麻痺の可能性のある股関節の開排制限及び両足の背屈 対応を行っていた。 まず,被告病院入院中においては,原告Aの体重が2024グラムとなり,経口哺乳が可能となった平成6年3月23日,運動発達遅延,脳性麻痺の可能性のある股関節の開排制限及び両足の背屈制限の出現に対し,直ちにレントゲン撮影を行い,被告病院整形外科に依頼して専門医の診断と治療方法の指示を受け,同月24日からは関節拘縮予防のための包帯固定などの治療を行った(乙9の1の3頁,52頁,85頁,乙14の6の7頁)。また,同月29日(乙9の1の53頁,86頁,乙 14の7頁)及び同年4月5日(乙9の1の54頁,88頁)には,再度整形外科の往診を受け,症状の改善状況を確認するとともに治療の指示を受け,治療を続行した。そして,同月18日の整形外科受診の時点では,それまでの治療の成果もあり,両足関節背屈制限が緩和してきたことから,包帯固定をしないで様子をみることとし(乙9の1の91頁),以後同月29日に被告病院を退院するまでの間,足関節の状況を毎日注意深く観察しながら治療を行っていた(乙9の1の92頁,93頁)。 また,被告病院退院後,被告病院小児科の小児神経外来の初診日である平成6年5月11日に,原告Aの下肢の痙性(下肢の筋緊張が強く動きがにぶいこと),足関節の拘縮,尖足等の症状を確認し,予想される障害を最小限にするために,早期のリハビリテーションを開始する目的で,被告病院理学療法室に対して原告Aのリハビリテーションを依頼し,原告Cに対してもリハビリテーションを開始するように勧めた(乙13の1の24頁,乙14の9頁)。しかしながら,原告Cは理学療法室に来院せず,その後,同年9月7日,被告病院小児神経外来が原告Cに対し,筋緊張の亢進,運動発達の遅れを理由に再度リハビリテーションの必要性を述べたところ,同年10月6日になってようやく は理学療法室に来院せず,その後,同年9月7日,被告病院小児神経外来が原告Cに対し,筋緊張の亢進,運動発達の遅れを理由に再度リハビリテーションの必要性を述べたところ,同年10月6日になってようやくH医療福祉センターでのリハビリテーションを開始するに至った(乙13の1の26頁)。 b精神運動発達遅延及び脳性麻痺は,脳の形態だけで診断することは困難であり,筋肉の硬直,関節の拘縮,姿勢反射の異常等の神経学的臨床所見により診断されるものであって,CT写真及びMRI写真は飽くまで補助診断にすぎず,被告病院小児科主治医は,原告Aの臨床所見から脳の成長不全を疑い,神経症状を最小限度に防ぐため最も効果的なリハビリテーション等の治療を,CT撮影をする約半年前(平成6年3月2 4日)から行っていたのであり,CT写真及びMRI写真を撮影しなかったことにより,早期診断及び早期治療の時期を逸したということはできない。 c点頭てんかんについては,特徴的な発作が出現したときに初めて,脳波上特徴的なヒプスアリズミア(棘波が時間的,空間的に無秩序に出現する脳波所見のこと。)が出現することからして,早期に点頭てんかんの発症を予測することは脳波学的にみて困難であり,また,脳波記録において突発波が出現しても,臨床症状(痙攣発作等)が出現しなければ通常治療が開始されることもなく,結局,点頭てんかんの治療としては,痙攣を抑えるための治療が唯一の治療であり,現在においても,点頭てんかんの発症を予測し,その発症を防止する治療方法はない。 エ因果関係a原告Aは,新生児呼吸窮迫症候群,多血症,高ビリルビン血症及び消化管出血等を発症しているが,これらは原告Aが新生児仮死として出生したのと同様,児の未熟性に起因するものと解され,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の本件後遺障害の 症候群,多血症,高ビリルビン血症及び消化管出血等を発症しているが,これらは原告Aが新生児仮死として出生したのと同様,児の未熟性に起因するものと解され,精神運動発達遅延,脳性麻痺等の本件後遺障害の発生と上記諸症候とが何らかの関連を持っていると考えることはできるが,被告病院医師らの処置及び治療と本件後遺障害の発生との間には因果関係がない。 b訴訟上の因果関係の証明は,特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することを要するのであって,確率的に因果関係の証明をすることは相当でない。 原告らの引用する低出生体重児の長期予後調査の結果に関する文献からも,児の未熟性によって原告Aに生じている後遺障害が起こり得ること,現在の医学における最善の処置・治療を行ったとしても後遺障害の発生が避けられない場合が多数存在することは明らかである。原告らは,これらの文献から,後遺障害が発生した事例では必ず処置・治療に不適 切な点があったと主張するが,明らかな誤りである。 オ重大な後遺障害が残らなかった相当程度の可能性の存在の主張については争う。そもそも被告病院医師らには,原告らが主張するような過失が認められない。 争点3について(1)原告Aの主張(平成11年(ワ)第236号事件)-合計2億3857万3534円ア入院雑費21万1500円平成6年1月7日から同年8月2日までの間,3回にわたる入院における費用(141日×1500円)イ入院,通院中の慰謝料400万円ウ後遺障害による逸失利益9016万6580円549万1600円(賃金センサスによる)×1(労働能力喪失率100パーセント)×16.419(労働能力喪失期間49年に対する新ホフマン係数)エ後遺障害による慰謝料2600万円オ入院治療費2万979 00円(賃金センサスによる)×1(労働能力喪失率100パーセント)×16.419(労働能力喪失期間49年に対する新ホフマン係数)エ後遺障害による慰謝料2600万円オ入院治療費2万9790円平成6年1月7日から同年4月29日までの間の治療費カ入院付添費93万0600円平成6年1月7日から同年8月2日までの間,3回にわたる入院,合計141日間,出生直後から交換輸血が必要となるなど常時介護が必要であったことを考慮して通常の1日6000円から1割増額した1日6600円キ将来の付添費(ア)近親者による介護費3534万5505円原告Aは,平成7年1月ころ(満1歳),症状固定し,以後76年間 生存すると考えられ(平成7年簡易生命表による),日常生活上の基本動作全般にわたり常時他人の付添看護を必要とし,介護料は障害の程度にかんがみて1日6500円が相当である。 近親者による介護が可能なのは原告Cが満67歳に達するまでの28年間であり,新ライプニッツ方式で中間利息を控除した金額は,3534万5505円(6500円×365日×14.898)となる。 (イ)職業付添人による介護費6598万1050円上記ア以降の48年間は職業付添人による付添が必要であり,職業付添人による付添費用は1日1万円が相当であり,新ライプニッツ方式で中間利息を控除した金額は,6598万1050円(1万円×365日×18.077)となる。 ク将来の雑費234万1080円紙おむつ,排便処置用のビニール手袋の費用として月額1万円が相当であり,症状固定後の平均余命76年間について新ライプニッツ方式で中間利息を控除した金額は,234万1080円(1万×12月×19.509)となる。 ケ介護用具費用合計356万7429円(ア)支出済みの介護用具費 均余命76年間について新ライプニッツ方式で中間利息を控除した金額は,234万1080円(1万×12月×19.509)となる。 ケ介護用具費用合計356万7429円(ア)支出済みの介護用具費用合計56万4164円a座位保持装置14万9926円b同上22万6394円c両短下肢装具15万0854円d訓練椅子3万3100円eらくらくクッション3890円(イ)将来の介護用具費用合計300万3265円(いずれも今後60年間の買換費用)a座位保持装置135万9179円 b両短下肢装具93万8686円c普及型車椅子4万5400円d介護用ベッド30万円eベッドマットレス3万8000円fベッドサイドレール1万2000円gベッドサイドテーブル1万円コ弁護士費用1000万円(2)原告B及び原告Cの主張(平成13年(ワ)第499号事件)ア慰謝料それぞれ1000万円イ弁護士費用それぞれ100万円(3)被告の主張原告らの損害に関する主張はいずれも争う。 争点4について(1)被告の主張ア原告B及び原告Cは,遅くとも原告Aの整形外科外来診療録に身障者手帳交付との記載がある平成9年7月9日には,原告らが主張する被告の不法行為による損害及び加害者を知ったと認められ,同日から起算して3年が経過した。 イ被告は,原告B及び原告Cに対し,平成14年2月27日の平成13年(ワ)第499号事件第1回弁論準備手続期日において,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。 ウ民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」とは,損害及び加害者のほか加害行為の違法性についての認識を要するところ,加害行為の違法性については,一般人であればこれを認識する程度で十分であり,不法行 724条前段の「損害及び加害者を知った時」とは,損害及び加害者のほか加害行為の違法性についての認識を要するところ,加害行為の違法性については,一般人であればこれを認識する程度で十分であり,不法行為の要件のすべてを知る必要はない。原告B及び原告Cは,平成9年7月9日,本件に関し証拠保全を申し立てているが,その申立書において, 原告Aが脳性麻痺の障害を負った要因として,被告病院が帝王切開術を早期に実施しなかったことなどを上げており,この当時既に原告Aの障害が被告病院医師らの過失によるものであるとの認識を有していたのであり,損害及び加害者を知っていたといえる。 エ医療過誤訴訟における特殊性,証拠保全された資料等の分析の期間等を考慮しても,時効期間が経過しているのであるから,被告の消滅時効の援用は権利濫用(民法1条3項)に当たらない。 (2)原告B及び原告Cの主張ア民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」とは,損害と加害者の行為との因果関係も知ったときと解すべきところ,本件では,医療過誤訴訟の特殊性,事案の複雑性からして,原告B及び原告Cが被告病院の過失により損害が発生したと考えることができた(損害と加害者の行為との因果関係の存在を知った)のは,証拠保全により収集した資料を分析し訴え提起が可能となった平成11年6月28日(平成11年(ワ)第236号事件の訴え提起の日)である。 「加害者を知った時」については,「加害者に対する損害賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時」と解すべきである(最高裁昭和48年11月16日判決,民集27巻10号1374頁)。 イ本件については,資料や証拠の収集,分析能力等において圧倒的優位な立場にある被告とかかる能力をほとんど持たない原告側との力関係,被告病院を信頼して 月16日判決,民集27巻10号1374頁)。 イ本件については,資料や証拠の収集,分析能力等において圧倒的優位な立場にある被告とかかる能力をほとんど持たない原告側との力関係,被告病院を信頼して妊娠,出産をゆだねたにもかかわらず,原告Aが身体障害者となった上,その後も継続して被告病院において治療を受けざるを得ず,訴えることを躊躇せざるを得なかった原告B及び原告Cの心情等に照らせば,被告が消滅時効を援用するのは権利濫用(民法1条3項)に当たり許されない。 第6当裁判所の判断 上記争いのない事実に証拠(各項目かっこ内記載のもののほか,甲1ないし19,28ないし33,35ないし49,51,52,乙1ないし30,証人G,同E,同F,原告C本人,鑑定人Kによる鑑定の結果(以下「K鑑定」という。)。書証はすべて枝番を含む。ただし,甲19,47,51と原告C本人については,以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。 (1)原告Cの妊娠経過等(特に乙1)ア原告Cは,昭和31年(略)生まれの女性であるところ,平成2年3月16日,不妊を主訴として被告病院産婦人科を受診し,機能性の原発性不妊症と診断された。被告病院において,人工授精,排卵誘発等の不妊治療を継続していたところ,体外受精胚移植法によって,平成5年7月12日,妊娠が確認された(同日時点で妊娠4週5日,分娩予定日平成6年3月16日)。 イ原告Cは,平成5年7月19日,8月2日,同月23日,9月20日,10月18日,11月15日,12月13日,被告病院においてL医師による定期的妊婦健康診査を受け,その間,母体及び胎児の妊娠経過に異常症状ないし徴候は認められなかった。その後,同月20日(妊娠27週5日)に性器出血を訴え,被告病院で診察を 被告病院においてL医師による定期的妊婦健康診査を受け,その間,母体及び胎児の妊娠経過に異常症状ないし徴候は認められなかった。その後,同月20日(妊娠27週5日)に性器出血を訴え,被告病院で診察を受け,同月24日(妊娠28週2日)にも前日から性器出血があるとして被告病院で診察を受けた。診察の結果,子宮口は閉鎖していたが,子宮収縮が認められ,AFI(羊水量インデックス)は8.4センチメートルで,胎児の胎動がみられた。診察を担当したM医師は,原告Cに入院による治療を勧めたが,原告Cは,これを希望しなかったことから,子宮収縮抑制剤(塩酸リトドリン)の経口薬を処方され,自宅にて安静療養することとなった。 ウ原告Cは,翌日の平成5年12月25日(妊娠28週3日),午前7時 ころに破水したとして,午前10時ころ,被告病院救急外来に来院し,前期破水及び切迫早産との診断を受けて被告病院産科病棟に入院した。 被告病院は,L医師を中心にM医師,N医師及びO医師らが医療チームを組んで原告Cの処置に対応することとし,他にもP医師,Q医師,J医師,F医師らが当直医などとして診察及び処置に関わることがあった。 (2)入院時及び入院期間中の診察経過等平成5年12月25日から平成6年1月7日原告Aが出生するまでの間の被告病院医師らによる診療状況,原告C及び胎児(原告Aのこと)の状態は以下のとおりであり,上記期間の分娩監視記録の結果(胎児心拍数陣痛図)やこれに関する所見は,別紙胎児心拍数陣痛図(CTG)所見一覧表のとおりである(乙2,3,6,K鑑定)。 ア平成5年12月25日,原告Cの入院時における診察所見は,子宮口は閉鎖,展退度は10パーセント,ステーションはマイナス3であり,分娩の進行は認められないが,子宮収縮がみられ,分泌物は淡血性,水溶性で中等量,A 月25日,原告Cの入院時における診察所見は,子宮口は閉鎖,展退度は10パーセント,ステーションはマイナス3であり,分娩の進行は認められないが,子宮収縮がみられ,分泌物は淡血性,水溶性で中等量,AFI(羊水量インデックス)は16.6センチメートルであった。超音波検査によれば,胎児の推定体重は1389グラムで,骨盤位(胎児の骨盤端が先進するもの。いわゆる逆子の状態)と確認された。 原告Cの治療方針は,子宮収縮抑制剤を投与し,安静にして30週まで妊娠を継続することを目標とすること,陣痛が発来あるいは感染があれば帝王切開に切り替えることとされた(乙2の19ないし21頁,85頁,86頁)。 同日午前11時30分ころ,P医師は,原告Cと原告Bに対し,原告Cが破水しているため,感染が起きたり陣痛が来てしまうことが怖いこと,お腹の張りがみられるため陣痛が起こる可能性が大きいこと,妊娠28週の現時点で胎児が生まれると生命の危険があるため,お腹の張りを抑え,感染を防止するための処置を行うこと,1週間位が山とみられ,お腹の張 りが止まらないか,感染が明らかになればお産にすること,お産になった場合,胎児が骨盤位で小さいため経膣分娩は難しく,帝王切開をする方針であること,子どもは小児科管理で,他病院に行く可能性もあり,現時点では命に100パーセントの保障はできないことなどを説明した(乙2の90頁)。 イ(ア)平成5年12月26日,原告Cには薬の副作用のため動悸がみられたが,触診時に腹部緊満は認められず,羊水も茶色のものが少量付くとの訴えがなされるくらいであった(乙2の91頁,106頁)。 (イ)同月27日,原告Cは,お腹の張りや硬さを訴えたが,触診時に下腹部緊満はみられず,排便がないために腹部緊満が増強してくる可能性が考えられた。茶色から褐色であった (乙2の91頁,106頁)。 (イ)同月27日,原告Cは,お腹の張りや硬さを訴えたが,触診時に下腹部緊満はみられず,排便がないために腹部緊満が増強してくる可能性が考えられた。茶色から褐色であった羊水が,赤い水っぽいものに変化がみられたため注意が必要とされ,原告Cには安静が指示された(乙2の22頁,91頁,106頁)。 (ウ)原告Cは,前日夜中から同月28日にかけて15分毎位にお腹が張った旨訴えていた。午前6時34分ころからNSTによる観察が行われた結果,子宮収縮はいったん減少したが,さざ波様の弱い子宮収縮が確認され,腹部緊満感の持続や腹部の硬さもみられた。胎児基準心拍数は概ね145から155bpmで変動し,一過性徐脈はみられなかった。 その後,原告Cは,日中は羊水の流出もなくなり,お腹の張りもよくなったと担当看護師に話していたが,腹部緊満は続き,午前9時30分からは子宮収縮抑制のためウテメリン(塩酸リトドリン)を増量して投与することとなった。 同日午後7時23分ころからNSTを実施し,4から5分毎の子宮収縮が確認され,胎児に一過性徐脈がみられたが持続時間は短く,胎児基準心拍数は概ね155から165bpmで推移していた。このころのカルテには腹部緊満が増強しているため注意が必要との記載があった。 午後10時22分ころから再びNSTを実施した結果,子宮収縮は5から6分毎となっており,胎児に一過性徐脈も認められなかった。午後10時30分ころ,ウテメリン(塩酸リトドリン)を増量したところ,下腹痛減少するが下腹部緊満感があるとされた。当直医であったF医師は,NSTの経過を観察した後,午後11時45分ころ内診を行ったところ,その結果は,子宮口0.5センチメートル,展退度30から40パーセント,ステーションはマイナス3であった(乙2の22頁 たF医師は,NSTの経過を観察した後,午後11時45分ころ内診を行ったところ,その結果は,子宮口0.5センチメートル,展退度30から40パーセント,ステーションはマイナス3であった(乙2の22頁,92頁,106頁)。 (エ)同月28日の夜から29日にかけて,原告Cの腹部緊満は3分間隔,腹部痛は15分間隔となり,その後痛みは落ち着いたものの,なおも腹部緊満の増強には注意を要するとされていた。同日午前6時28分ころから実施されたNSTによれば,子宮収縮は,前半に3から4分毎,後半はさざ波様のものがみられ,胎児基準心拍数は155から160bpmで,一過性頻脈が出現したが,一過性徐脈はみられなかった。 原告Cの自覚症状では,周期的な張りはなく,疼痛もみられないなど改善がみられたが,切迫症状の増強に対応するため,午前11時30分からは,ウテメリン(塩酸リトドリン)に加え,同じく子宮収縮抑制剤であるマグネゾール(硫酸マグネシウム)の投与が開始されることとなった(乙2の23頁,87頁,92頁,93頁)。 同日午後7時18分ころからNSTが実施されたところ,3から5分毎の子宮収縮がみられたが,一過性徐脈はなく,原告Cも状態は昨夜に比べてよく,痛みもない旨伝えていた。 (オ)同月30日の朝にかけて,原告Cの腹部痛は収縮に向かったが,なおも腹部緊満感を訴えていた。同日午前6時23分ころから実施されたNSTの結果,4から6分毎の子宮収縮がみられたものの,胎児の基準心拍数は150bpmで,一過性頻脈,徐脈ともみられなかった。 昼ころの触診では,原告Cの腹部緊満は確認されず,落ち着いた状態であった。 午後3時ころ実施された超音波検査の結果,胎児の推定体重は1490グラム,AFI(羊水量インデックス)は19.7センチメートルと確認された(乙2の23頁 緊満は確認されず,落ち着いた状態であった。 午後3時ころ実施された超音波検査の結果,胎児の推定体重は1490グラム,AFI(羊水量インデックス)は19.7センチメートルと確認された(乙2の23頁,24頁,93頁)。 (カ)同月31日の朝にかけて,原告Cはたまにお腹が張る旨訴えており,午前6時32分ころから実施されたNST上,子宮収縮が複数回確認され,さざ波様の腹部緊満が10分毎に,大きい腹部緊満が40分毎にみられるとされた。胎児基準心拍数は155bpmで,一過性頻脈,徐脈はみられなかった。 夕方以降には,淡赤色の羊水320ミリリットルの流出が確認されたため,マグネゾール(硫酸マグネシウム)の増量,インテバンの挿入が行われた。 内診の結果,外子宮口0.5センチメートル,内子宮口閉鎖,展退度は30から40パーセント,ステーションはマイナス3であり,分娩進行に大きな変化はなかったが,羊水の流出が多く,「混濁とまではいかないが,汚い」状態であったため,羊水混濁や感染徴候があれば,抗生剤の併用を考慮することとされた。 午後7時31分ころと午後9時39分ころから,それぞれNSTによる観察が実施されたところ,複数回の子宮収縮がみられ,午後10時9分ころには胎児の一過性徐脈が確認されたが,最底値は110bpm,持続時間は約20秒でその後消失し,回復がみられた。 原告Cは,羊水が多く出ることで胎児の状態に不安を感じている様子であったため,状況の十分な説明が必要であるとされた(乙2の25頁,93頁,94頁,乙6の76頁)。 (キ)平成6年1月1日の朝にかけて,原告Cは,腰の痛みと腹部緊満 を訴えていたところ,午前6時25分ころから行われたNSTでは,さざ波様の子宮収縮がみられた。午前8時から午後4時までの間には,赤色の羊水が多量に流出し,茶色の ,原告Cは,腰の痛みと腹部緊満 を訴えていたところ,午前6時25分ころから行われたNSTでは,さざ波様の子宮収縮がみられた。午前8時から午後4時までの間には,赤色の羊水が多量に流出し,茶色の液体の混入も認められた。混濁も疑われたが,その後,夕方から夜にかけて多量の赤色の羊水があり,原告Cの訴えにも変化がなかったため,パットの確認はされなかったものの,この時点での混濁はないものと判断された。同日実施された超音波検査の結果によれば,胎盤後血腫は認められず,カルテ上,「羊水は殆どなし羊ポ(羊水ポケットのこと)1.2(センチメートル)」との記載がある。また,午後9時ころには,原告Cの下腹部緊満感が増加し,2から3分毎の子宮収縮が認められた。診察を担当したQ医師は,羊水の淡血性,硫酸マグネシウムの副作用,子宮収縮の状態からして,あまり長期の妊娠継続は不可能との所見をカルテに示した(乙2の26頁ないし28頁,94頁)。 (ク)同月2日の朝にかけて,原告Cの自覚症状は前日より落ち着いていたものの,午前6時ころから実施されたNST上,1時間に2から3回の子宮収縮がみられ,さざ波様のものも確認された。胎児には一過性頻脈,一過性徐脈が出現し,胎児心拍数は一時100bpmまで下降した。その後,胎児心拍数は回復したが,原告Cに薄い茶色の羊水50グラムが確認されたため,引き続き羊水混濁に注意をすることとされた。 その後,午後8時12分ころから実施されたNSTの結果,胎児基準心拍数は150から160bpmで推移していたところ,最底値が100から120bpmまでになる一過性徐脈も認められたが,徐脈の持続時間は20秒から30秒位でその後回復した。 午後11時22分ころから翌3日にかけて実施されたNSTでは,原告Cの自覚症状はほとんどないものの,2から3分 でになる一過性徐脈も認められたが,徐脈の持続時間は20秒から30秒位でその後回復した。 午後11時22分ころから翌3日にかけて実施されたNSTでは,原告Cの自覚症状はほとんどないものの,2から3分毎の子宮収縮がみられた。胎児心拍数にも,最底値約90bpm,持続時間40秒の一過性 徐脈が出現したほか,最底値約120bpmの一過性徐脈が2回みられたが,その後徐脈は消失した。また,原告Cには,赤黄緑色の羊水40グラムの流出がみられたが悪臭はなく,感染徴候はないと判断された。 内診の結果,子宮口は一指開大,展退度は80パーセント,ステーションはマイナス2と確認され,NSTを続行して経過観察を行うこととされた(乙2の28頁,95頁,96頁,106頁)。 (ケ)同月3日の朝にかけて,原告Cの自覚症状としての子宮収縮は収まり,午前6時25分ころから実施したNSTでも,子宮収縮は確認されなかった。胎児心拍数には,最底値を120bpmとする20秒位の一過性徐脈がみられたが,その後回復した。 同日の看護記録には,前日までの子宮収縮の様子や一過性徐脈の出現の経過が記載された上,今後の方針として「児下降してきているために時間の問題だろう」,「腹部緊満時羊水少なく29週ということもあり」胎児心拍数低下も「あるが,回復よく腹部緊満消失しているので経過みてよいだろう」とされた。 同日の内診の結果,子宮口は一指頭開大,展退度10から20パーセント,頚管長は42ミリメートル,ステーションはマイナス3と確認された(乙2の29頁,96頁,106頁)。 (コ)同月3日から4日にかけて,原告Cは,夜はお腹がよく張る,張ると痛くて羊水が出るから心配であると訴え,午前1時ころには下腹部緊満感の増強を訴えた。同日午前0時57分ころから実施されたNSTによれば,頻回に子宮収縮 にかけて,原告Cは,夜はお腹がよく張る,張ると痛くて羊水が出るから心配であると訴え,午前1時ころには下腹部緊満感の増強を訴えた。同日午前0時57分ころから実施されたNSTによれば,頻回に子宮収縮がみられ,原告Cは2から4分毎に痛みを訴えたため,午前1時20分にはマグネゾールを増量することとした。その後,痛みは3から5分毎になり,午前2時ころにはインテバン50mgの挿入をし,その後,腹部緊満は7分毎となるなどし,子宮収縮の間隔は次第に長くなり,原告Cの状態も落ち着いた。胎児心拍数には一過 性頻脈や一過性徐脈がみられたが,徐脈は持続時間20秒でその後回復し,胎児基準心拍数は概ね145から150bpmで推移した。 午前6時29分ころから実施されたNSTでは,さざ波様の子宮収縮が確認されたのみで,触診でも腹部緊満はみられなかった。 午後5時半ころ実施された超音波検査の結果,胎盤は子宮底,AFI(羊水量インデックス)は3.1センチメートル,胎児の推定体重は1353グラム,BPS(胎動,胎児筋緊張,胎児呼吸様運動,羊水量,NST)は,いずれも2点で,合計10点と診断された。また,臍帯動脈血流波形によれば,血管抵抗系数は0.616,血流拍動系数は1. 112であった(乙2の30頁,31頁,96頁,97頁)。 (サ)同月5日,原告Cは妊娠30週に入った。同日はお腹の張りを訴えることなく,午前6時30分ころから実施されたNST上も子宮収縮が数回みられるくらいで,弱いさざ波様のものが主であった。 同日付けの看護計画表には,「切迫徴候増強し,内診所見も明らかに進行している」とされ,「腹部緊満増強に注意必要」とされた。 この時点で原告Cの治療方針は,安静保持にて妊娠32週まで継続することを目標とし,切迫症状悪化の早期発見及び対応が必要とされた(乙2の83 進行している」とされ,「腹部緊満増強に注意必要」とされた。 この時点で原告Cの治療方針は,安静保持にて妊娠32週まで継続することを目標とし,切迫症状悪化の早期発見及び対応が必要とされた(乙2の83頁,88頁,97頁)。 (シ)同月6日午前6時46分ころから実施されたNSTでは,50分間弱の間に4から5回の子宮収縮とさざ波様のもの多数回が確認されたが,触診では腹部緊満はみられないとされた。 夕方から夜にかけて,原告Cは,担当看護師に「夜こわいです。今日の夜こえられますか。」と訴えた。午後7時20分ころから行われたNSTの結果,子宮収縮が2から7分毎にみられ,午後8時ころ,インテバン(坐薬)を挿入した。 同日から翌日7日未明にかけての看護記録によれば,原告Cは,「お 腹落ちつきました」「お腹はる感じないです」と担当看護師に話しており,そのころの腹部緊満はさざ波様であった(乙2の97頁,100頁)。 なお,同月6日午後9時45分ころ,Q医師が,被告病院から長野県内の病院に対し,未熟児で生まれた場合,同病院新生児科で引き取ってもらうことに関する打診を行った(甲32)。 ウ(ア)平成6年1月7日,午前6時45分ころから実施されたNSTの結果によれば,子宮収縮は弱いさざ波様のものが主であった。胎児心拍数には一過性頻脈がみられたが,胎児基準心拍数は概ね150bpmくらいで推移した。また,午後4時ころまでの間,原告Cは担当看護師に対し,お腹は落ち着いている旨伝えていた(乙2の100頁)。 (イ)原告Cは,同日の夕方以降,普段とは異なる腹部の強い張りを感じ,遅くとも同日午後7時30分ころには,子宮収縮の増強に伴う自覚症状の訴えがあったとして,当直医であったF医師において,NSTを実施し,経過観察を行うとの指示が出された。午後7時39分ころから じ,遅くとも同日午後7時30分ころには,子宮収縮の増強に伴う自覚症状の訴えがあったとして,当直医であったF医師において,NSTを実施し,経過観察を行うとの指示が出された。午後7時39分ころから原告Cに分娩監視装置が装着されたところ,これによれば,原告Cには2から3分毎の子宮収縮が認められ,胎児心拍数にも,午後7時50分ころ(持続時間約30秒間,最低心拍数約110bpm,午後8時ころ(持続時間約30秒間,最低心拍数約135bpm),午後8時18分ころ(持続時間約80秒間,最低心拍数約70bpm),それぞれ変動一過性徐脈が認められ,午後8時47分ころにも軽度の徐脈(持続時間約20秒,最低心拍数約135bpm)がみられた。 (ウ)午後8時30分ころ,J医師は,胎児心拍数に上記のような一過性徐脈がみられること,子宮収縮が増強しているとみられることをF医師に報告した。F医師は分娩進行の状態を確認するため,内診をする方針とした。 このころ,原告Cも陣痛の増強を感じ,E助産師に医師を呼ぶよう要請した。その後,原告Cに対し,処置室で医師の内診を行うことになったことが伝えられ,午後8時50分ころ,分娩監視装置が外された。 なお,同日の午後4時以降の看護記録には,「以下パルトグラム(分娩経過表)へ」との記載があるものの,パルトグラムには午後4時ころから分娩前までの看護経過記録に関する記載はない。 また,原告Cが内診のため処置室へ向かうこととなった午後8時51分以降の分娩監視装置の記録は得られていないほか,午後9時39分ころ,再び分娩監視装置の装着が試みられたが原告Cがお腹の張りや痛みを強く訴え,装着可能な姿勢が保てないでいたため,不鮮明な記録しか得られておらず,結局上記時間帯の胎児心拍数陣痛図の状態は不明である。 (3)平成6年1月7日の出 られたが原告Cがお腹の張りや痛みを強く訴え,装着可能な姿勢が保てないでいたため,不鮮明な記録しか得られておらず,結局上記時間帯の胎児心拍数陣痛図の状態は不明である。 (3)平成6年1月7日の出産に至るまでの経緯及び状況ア原告Cの分娩監視装置が外された後の平成6年1月7日午後8時50分過ぎころ,原告Cは歩いて処置室に移動することとなったが,トイレに行きたい感じがしたため,午後9時ころ病室を出てトイレに立ち寄り大便を済ませた後,午後9時10分から15分ころに処置室に入室した。 午後9時15分,処置室においてF医師が原告Cの内診を行った結果,子宮口は3.0センチメートル,展退度は100から90パーセント,ステーションはマイナス2であることが確認された(なお,原告らは,同時点において子宮口は全開であったと主張しているが,後記のとおり,これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。 F医師は,原告Cの子宮収縮はこれ以上抑制できないものと判断し,腹式深部帝王切開術を施行する旨決定し,原告Cの同意を得た後,E助産師に方針を伝えた。F医師は,これまでの経過等をふまえ,同日午後7時30分を陣痛発来時と判断し,午後9時50分を手術室入室時刻とする旨決 め,麻酔科医師及び手術室スタッフ等にその旨伝えた(乙2の32頁,乙21の5頁)。 E助産師は,手術準備のため,処置室にいた原告Cの手術部位の剃毛を行った後,病室に移動させ,病室においてG看護師が手伝って着替えをさせるなどした。 イ同日午後9時30分ころ,F医師は,原告Bに対し,帝王切開術を行うことの説明をした(乙2の98頁)。 原告Cが着替えを終えた後,午後9時39分ころ,G看護師がベッド上の原告Cに対して分娩監視装置を装着しようとしたものの,原告Cが陣痛の増強を訴えて四つん這いになるなど,混乱した た(乙2の98頁)。 原告Cが着替えを終えた後,午後9時39分ころ,G看護師がベッド上の原告Cに対して分娩監視装置を装着しようとしたものの,原告Cが陣痛の増強を訴えて四つん這いになるなど,混乱した状態となったため装着することができなかった。 午後9時43分ころ,原告Cから股間に何か挟まったとの訴えがあり,G看護師が視診したところ,胎児の臀部が外陰部に下降していることを確認した。G看護師は,状態を伝えるために医師を呼びに病室を出たところ,F医師を見つけて報告をし,F医師は直ちに病室に駆け付けた。F医師は,胎児の臀部が下降していること,原告Cが混乱した状態であることから,帝王切開術ではなく,即時,病室において経膣分娩を行うこととし,その旨原告Cに伝えた。 ウ同日午後9時45分ころ,F医師は,骨盤位娩出術(上下振子1回)を実施し,これによって,午後9時46分,原告Cは病室のベッド上で単臀位(骨盤位のうち,分娩時において胎児の臀部が両下肢を上方に伸ばし,臀部のみが先進するもの)にて原告A(1424グラム)を出産した。 エ原告Aの出生後,F医師は,原告Aの顔を下に向け,口腔内の羊水を出し,その後,マウス・ツー・マウスで補助呼吸を行い,体をたたくなどの刺激を与えたところ,原告Aは泣き声を上げた。F医師は,臍帯を結紮して切断し,裸の状態の原告Aを抱えて第1分娩室まで走り,インファント ウォーマーに乗せた。なお,第1分娩室は,病室から通路沿いに,他の病室,新生児室等を挟んだ同じフロア内にある。F医師は,第1分娩室のインファントウォーマー上で,原告Aの気道を確保して酸素を投与し,気管内挿管をした。 原告Aは,分娩1分後のアプガースコアが5点(心拍1点,呼吸1点,筋緊張1点,反射1点,皮膚の色1点)であり,新生児仮死の状態であった。なお,分娩5 気道を確保して酸素を投与し,気管内挿管をした。 原告Aは,分娩1分後のアプガースコアが5点(心拍1点,呼吸1点,筋緊張1点,反射1点,皮膚の色1点)であり,新生児仮死の状態であった。なお,分娩5分後のアプガースコアについて,分娩記録には5分後8点との記載があり(乙2の32頁),小児科の入院診療録及び母子手帳には5分後6点との記載がある(甲12の6丁,乙9の1の2頁,乙13の1の16頁,19頁)。 (4)原告Aの出生後の症状,診療経過等ア被告病院小児科入院中の診療経過(各項目記載のほか,特に乙9の1の94頁ないし125頁,乙13の1の16頁ないし19頁,乙15)(ア)原告Aは,平成6年1月7日,娩出後の緊急処置が施された後,被告病院小児科に入院した。 入院時の体温は36.9℃,心拍数は154bpm,呼吸数は40で,カルテによれば,午後10時ころの心拍数は160bpm,呼吸数は50であった。小児科では,人工呼吸を開始し,新生児呼吸窮迫症候群の治療として肺表面活性物質の投与を行うとともに,母体の破水後2週間が経っていることから感染症予防のため抗生物質の投与を行うこととし,緊急血液検査を実施した。同日のAPRスコア(感染症による炎症の程度を示す指標)は0点であったほか,翌日の8日午前1時15分に行った血液ガス検査の結果は,体温が37.0℃,H分圧が7.363mmHg,CO2分圧が38.1mmHg,O2分圧が149.7mmHgであった。このほか,頭部超音波検査なども実施した(乙9の1の5頁ないし8頁,59頁ないし61頁,67頁)。 (イ)同月8日,原告Aの血液検査の結果,総ビリルビン値(12mg/dl),ヘマクリット(71.6パーセント)が高く,高カリウム血症,高ビリルビン血症,多血症が認められたことから,部分交換輸血が施行 )同月8日,原告Aの血液検査の結果,総ビリルビン値(12mg/dl),ヘマクリット(71.6パーセント)が高く,高カリウム血症,高ビリルビン血症,多血症が認められたことから,部分交換輸血が施行された。その後,なおもビリルビン値が高値のため,光線療法を施行した。 同日午後10時ころの血液検査の結果,総ビリルビン値は18.3mg/dlと上昇がみられ,高ビリルビン血症の進行が認められたため,翌日の9日にかけて,父親である原告Bからの交換輸血を行った。交換輸血の終了後,約1時間が経ったころ,原告Aの上部消化管出血が認められたため,抗潰瘍剤の投与及び輸血が行われた。小児科のR医師は,原告Bや原告Cに対し,部分交換輸血や光線療法について説明を行った。 同年1月9日ころの原告Aの問題として把握されたものは,肺の発達の未熟性及び感染の可能性による呼吸障害等であり,治療方針として,出血,カルシウム低下等への対応,気管支痙攣の鎮静化,循環状態の安定を図ることが考えられた。また,看護に当たっては,活気,呼吸状態,チアノーゼ,黄疸,出血傾向などの有無を観察することとされた。 同日,小児科のS医師は,原告Bや原告Cに対し,原告Aは児の未熟性によりストレスに適応する能力が少ないこと,出生児仮死,前期破水など種々のストレスに対応できず消化管出血を起こした可能性があり,ひとまず小康状態であるが,容態が急変する可能性があることや,交換輸血や光線治療等治療方針に関することなどの説明が行われたほか,原告Bに対しては,未熟な点から将来的にも神経学的なところで後遺症が残ることも考えられるが今は何とも言えないことなどが説明された。なお,同日行われた頭部超音波検査の結果,右脳室拡大を疑う所見が示された(乙9の1の9頁ないし13頁,67頁,68頁)。 (ウ)その後も,原告Aは えられるが今は何とも言えないことなどが説明された。なお,同日行われた頭部超音波検査の結果,右脳室拡大を疑う所見が示された(乙9の1の9頁ないし13頁,67頁,68頁)。 (ウ)その後も,原告Aは,高ビリルビン血症の処置のため光線療法が 続行され,合わせて,血液検査,血液ガス検査等を継続しつつ,呼吸管理,循環動態の確認を行い,自発呼吸を促すための処置などが行われた。 同月14日には,S医師から原告B及び原告Cに対し,交換輸血の必要性や,多血症,高ビリルビン血症の及ぼす後遺症等の危険性とその対応などにつき説明が行われた。 原告Aは,同月27日にはミルクの注入を開始し,同年2月7日以降は,被告病院眼科を受診し,網膜症の進行がないか約1週間毎に継続して診察を受けることとなった。同年3月14日には,原告Aの体重が1808グラムとなり,ミルクの経口哺乳も開始された(乙9の1の14頁ないし51頁,68頁ないし82頁)。 (エ)原告Aの体重が2020グラムとなった同月24日,原告Aに股関節開排制限の所見がみられたため,被告病院整形外科を受診させることとした。受診の結果,両肢に軽度の開排制限,両側足関節の底屈制限が認められたため,同科医師の指導のもと,包帯固定などの治療を行い,以降も約2週間毎に再診を行うこととなった(乙9の1の52頁,乙14の7頁,8頁)。 同月28日,R医師は,原告Cに対し,原告Aの下肢に痙性(筋緊張が強く動きがにぶい状態)がみられること,周産期のストレスが運動発達に影響を及ぼす可能性があること,今後の運動発達に注意しながら必要な対応をする旨説明を行った(乙9の1の52頁,86頁)。 (オ)その後,原告Aの状態は概ね良好で,同年4月19日,整形外科受診の結果,両足関節底屈制限緩和がみられたため,包帯固定をしないで様子をみる 応をする旨説明を行った(乙9の1の52頁,86頁)。 (オ)その後,原告Aの状態は概ね良好で,同年4月19日,整形外科受診の結果,両足関節底屈制限緩和がみられたため,包帯固定をしないで様子をみることとされたほか,同月27日,体重も増加して3062グラムとなり,眼科の診察においても外来での再診でよいとされた。同月29日,原告Aは,体重3146グラム,身長51.1センチメートル,頭囲36.5センチメートル,胸囲34.0センチメートルとなり, 同日退院した(乙9の1の57頁,58頁,91頁ないし93頁,124頁)。 イ被告病院小児科外来における診療状況(ア)原告Aは,平成6年5月11日に被告病院小児科神経外来を受診した。この際,R医師は,原告Aの下肢の痙性,足関節の拘縮等,音や光に反応し,笑う顔を見せることもあるが,固視がはっきりしないなどの症状を確認した。そこで同日,原告Cにリハビリテーションの受診を促すとともに,整形外科担当医に対して原告Aのリハビリテーションに関する指導を依頼したが,そのころ,原告Aのリハビリテーションへの受診はなかった。その後も小児科外来において発育及び発達における定期的な経過観察に加え,整形外科及び眼科への通院も継続された。 経過観察中には,足関節底屈制限の改善がみられたものの,下肢痙性や筋緊張の亢進があり,眼球の内転がみられるなどした(乙13の1の24頁ないし26頁,乙14の9頁)。 (イ)平成6年8月10日の外来診察の際,原告Aの追視に制限があり,眼球の急速に偏位な動きがみられることなどからリハビリテーションの実施を考えることとした。同年9月7日の外来診察においては,原告Aに四肢の筋緊張の亢進や深部腱反射の亢進を認めたため,脳性麻痺(混合型)の危険性ありと疑い,原告Cに説明をし,H医療福祉センター ンの実施を考えることとした。同年9月7日の外来診察においては,原告Aに四肢の筋緊張の亢進や深部腱反射の亢進を認めたため,脳性麻痺(混合型)の危険性ありと疑い,原告Cに説明をし,H医療福祉センターにリハビリテーションを依頼することとした。原告Aは,同年10月6日から,H医療福祉センターでのリハビリテーションを開始した(乙13の1の25頁,26頁)。 (ウ)被告病院は,平成6年9月28日,原告Aの頭部CT検査を施行したところ,脳萎縮と側脳室の拡大が認められた。同年10月5日の診察において,原告Aには脳性麻痺(痙直型+アテトーゼ型)があるとの診断がなされた(乙13の1の26頁,27頁)。 (エ)平成6年11月2日,原告Cは診察時に,原告Aに1か月位前から眼球を回転させ首を前屈させる症状があり,1日4,5回みられること,あまり笑わなくなったことなどを訴えた。同月4日に脳波検査をし,同月9日に再診をすることとした。脳波検査の結果,原告Aはウエスト症候群(点頭てんかん)と診断された。原告Aにはその後も定期的に診察,治療が行われ,リハビリテーションや発作を抑えるための投薬が継続された(乙13の1の27頁以下)。 ウ原告Aはその後も被告病院への入退院を繰り返しているところ,原告Aには,精神運動発達遅延(遅滞)がみられるほか,脳性麻痺,点頭てんかんがみられ,これらにより重度1級身体障害に当たり,首及び腰が安定せず,座ること,寝返り,物追い,固視ができないという状態である(甲13ないし甲18,乙9ないし乙15)。 (5)前期破水の治療方針及び胎児仮死の診断等ア妊娠22週以降37週未満までの期間における妊娠の終結を早産という。 妊娠37週未満に,10分間隔以内の規則的子宮収縮が他覚的に認められ,かつ妊娠週数に比べて頚管が成熟,あるいは成熟 仮死の診断等ア妊娠22週以降37週未満までの期間における妊娠の終結を早産という。 妊娠37週未満に,10分間隔以内の規則的子宮収縮が他覚的に認められ,かつ妊娠週数に比べて頚管が成熟,あるいは成熟の進行が観察される場合を切迫早産と診断する。この間に破水が発症した場合を前期破水といい,前期破水があった場合,未熟児出生の低下等のため,妊娠継続に努めることが求められる。具体的には,子宮内感染の除外,胎児の健康状態や羊水情報の把握,子宮収縮の除外,ハイ・リスク児の出生に備えるなどの評価を行い,明らかな胎児感染や胎児仮死,胎児肺が成熟しているとか,致命的な胎児奇形があるとか,子宮収縮抑制不能で,子宮口5センチメートル以上開大などの所見がある場合には分娩を進行させることとなる。特に28週までは児の未熟性が危険であり,胎児の未熟性と胎児感染の二つの視点から管理を行うことが必要とされる。一方において,切迫早産は入院加療にもかかわらず進行がみられるケースもある。なお,出生時体重が25 00グラム未満の児を低出生体重児といい,低出生体重児のうち,生下体重が1500グラム未満の児を超低出生体重児と呼ぶものと定義されているところ,低出生体重児及び早産児の予後については,新生児集中治療室(NICU)の普及などにより向上がみられるものの,なおも体重1500グラム以下,妊娠34週未満については,死亡,呼吸障害,脳障害などの発生率が高いことも指摘されている。 妊娠33週未満の前期破水の症例についての平成5年当時の治療方針は,妊娠34週ないし35週までは,安静を保ち,子宮収縮抑制剤及び抗生物質を用いて妊娠をできる限り継続し,胎児の胎内での発育を追求する,ただし,抑制不可能な子宮収縮の出現など分娩の進行がみられたり,胎児仮死や絨毛膜洋膜炎(子宮内感染)の症状が出 宮収縮抑制剤及び抗生物質を用いて妊娠をできる限り継続し,胎児の胎内での発育を追求する,ただし,抑制不可能な子宮収縮の出現など分娩の進行がみられたり,胎児仮死や絨毛膜洋膜炎(子宮内感染)の症状が出現した場合には妊娠を終了し分娩とすること,その際に,胎児の胎位が骨盤位であり,しかも胎児の推定体重が2000グラム未満または妊娠34週未満のいずれかの場合には,経膣分娩によると児の頭の娩出が困難になる場合があるため,帝王切開術を選択することが通常とされている(甲1ないし3,5,28,33,37ないし46,乙5,7,8,16,18,21,K鑑定)。 イ胎児仮死とは,胎児・胎盤系における呼吸・循環不全を主徴とする症候群をいう診断名であり,胎児仮死との診断がなされれば,30分前後で分娩を終了させる急速遂娩の適応がある場合がある。胎児仮死の原因としては,母体の低酸素症等の母体因子,過強陣痛等の子宮因子,胎盤機能不全等の胎盤因子,臍帯脱出や分娩に伴う臍帯因子,未熟児や胎児貧血等の胎児因子などに分類される。胎児仮死の検査としては,妊婦に分娩監視装置を装着し,これによって記録される胎児心拍数陣痛図(CTG)の判読を行う方法があり,胎児仮死と診断する根拠となるようなCTGの所見として,①持続的な徐脈から高度徐脈(100bpm以下)への移行,②遅発一過性徐脈が15分以上連続して出現するとき,細変動消失の合併は重症, ③高度変動一過性徐脈(60bpm未満または60秒以上持続),④胎児心拍数基線変動消失と遅発一過性徐脈との合併は重症,などとされていたが,過剰な医療介入を避けるとの観点から,近年,上記のうち,①持続性徐脈,②反復する遅発一過性徐脈か変動一過性徐脈で基線細変動の消失のみられるもの,③遅延一過性徐脈が3回以上出現した場合などに急速遂娩の適応あり 介入を避けるとの観点から,近年,上記のうち,①持続性徐脈,②反復する遅発一過性徐脈か変動一過性徐脈で基線細変動の消失のみられるもの,③遅延一過性徐脈が3回以上出現した場合などに急速遂娩の適応ありと判断されている(甲3,乙7,K鑑定)。 ウ分娩開始時期については,「陣痛周期10分あるいは陣痛頻度1時間6回をもって臨床的な分娩開始時期とする」(日本産科婦人科学会)と定義され,規則的かつ児娩出まで繰り返し継続して起こる子宮収縮を分娩陣痛といい,このような時期を分娩開始という。分娩陣痛は,時期によって,開口期(分娩第1期)陣痛,娩出期(分娩第2期)陣痛,後産期(分娩第3期)陣痛に区別される。陣痛は持続的な子宮収縮ではなく,収縮と休止とを口語に反復する(この収縮を陣痛発作という)。分娩第1期とは,分娩開始時期から子宮口全開大までをいい,陣痛は初期には長い周期と短い発作時間が特徴的であるが,次第に増強し,周期は短縮し発作時間は短くなり,通常は,分娩第1期の終わりには2から4分の周期で40から60秒の発作時間にまで変化がみられる。分娩第2期は,子宮口の全開大(通常は,子宮口の径10センチメートル)から胎児の娩出までをいう。子宮口の全開大と前後して,児の下降による下部軟産道の圧迫と増強した陣痛による疼痛がみられ,産婦は陣痛発作に一致して腹圧を加えようとする(努責,いきみ)。通常分娩における分娩所要時間は,初産婦であれば経産婦の約2倍の時間を要し,分娩第1期が10から12時間,分娩第2期が2から3時間とされる。しかしながら,分娩の進行が正常経過によらずに進行することもあり,分娩時間が過度に短い場合で,分娩第1期と第2期の所要時間が1時間以内の分娩を急産という(甲28,30,乙16)。 エ初産婦の分娩開始から分娩までの分娩の進行に伴う子宮口開大の時 進行することもあり,分娩時間が過度に短い場合で,分娩第1期と第2期の所要時間が1時間以内の分娩を急産という(甲28,30,乙16)。 エ初産婦の分娩開始から分娩までの分娩の進行に伴う子宮口開大の時間の 標準として,多くは,Friedmanの頚管開大度曲線が用いられる。 これによれば,子宮口開大が穏やかな潜伏期を第1期とし,それに続く子宮口開大が急速に進行する活動期(第2期)に分けられ,活動期は,さらに3つに細分類される。すなわち,最初の子宮口開大の比較的穏やかな時期を加速期(4センチメートル開大まで)と,最も急速に開大が進む急速開大期(9センチメートル開大まで)と,最後に子宮口がほぼ全開大し骨盤内での児頭の下降が主役となる減速期(全開大まで)とされる。子宮口が4センチメートルに達すると以降の開口は急速に進むことが多く,平均2時間前後で子宮口がほぼ全開大となるとされる(甲28,30,乙16,18)。 (6)原告Aに生じた後遺障害原告Aには,精神運動発達遅延がみられるほか,脳性麻痺,点頭てんかんとの診断がなされている。 ア精神運動発達遅延とは,診断名ではなく,発育期中に始まって,社会適応の行動の障害を伴う全般的な知能機能が明らかに平均以下のものと定義され,知能の発達が遅れ,社会適応行動が障害されている状態を意味し,様々な疾患や症候群にみられるものである(甲9,乙25,K鑑定)。 イ脳性麻痺とは,受胎から新生児(生後4週以内)までの間に生じた,脳の非進行性病変に基づく,永続的な,変化し得る運動及び姿勢の異常をいい,その症状は満2歳までに発現する。出生前原因として,遺伝性(先天性),体内感染,胎盤機能不全,胎児期の脳血管障害などが,分娩時原因として機械的損傷や脳出血,無酸素症,低酸素症及び脳循環障害などが,出生後原因としては,核黄 現する。出生前原因として,遺伝性(先天性),体内感染,胎盤機能不全,胎児期の脳血管障害などが,分娩時原因として機械的損傷や脳出血,無酸素症,低酸素症及び脳循環障害などが,出生後原因としては,核黄疸,頭蓋内感染症,脳出血などが考えられる。 運動発達の遅れ,姿勢の異常,反射の異常,筋トーヌスの異常などで診断を行い,てんかん発作,知能障害等を合併することもある。生後すぐには分からないことが普通であり,首のすわりが悪い,物をつかめないなどの 運動の遅れを発見することが重要とされる(甲9,乙25,K鑑定)。 ウ点頭てんかん(ウエスト症候群)は,ヒプスアリスミアと呼ばれる特徴的な発作間欠時脳波と前屈型発作を主徴とするてんかんで,乳児期,特に生後4か月から8か月の間に発現することが多いとされている。眠り始めや目覚めるときに頭部を前屈し,両腕を振り上げ,足を屈曲する発作が数秒から数十秒以内,繰り返す症状等がみられる。病因には,出生前病因として脳形成異常や先天性代謝異常など,周産期病因として低酸素性虎穴性脳症や頭蓋内出血,その他分娩前後の障害,出生後病因として感染症や頭蓋内出血などが考えられるが,病因の不明なものも多い(甲9,10,乙26,K鑑定)。 上記認定事実をもとに,以下各争点につき検討するが,本件においては,原告Cが診療契約の当事者であり,かつ,医療行為の対象者であることに争いはないところ,原告B及び原告Aが診療契約の当事者といえるか否か(争点(1))の結論にかかわらず,本件後遺障害が被告病院の過失によるのか,すなわち,被告病院医師らに医療行為上の過失があったか否か(争点(2))が問題となる。そこで,まず,医療行為上の過失があったか否かについて検討することとする。 (1)帝王切開術の施行時期を逸し,病室のベッド上で分娩させた過失につ 為上の過失があったか否か(争点(2))が問題となる。そこで,まず,医療行為上の過失があったか否かについて検討することとする。 (1)帝王切開術の施行時期を逸し,病室のベッド上で分娩させた過失についてア原告らは,陣痛発来以前の羊水過小や羊水混濁等,あるいは陣痛発来後娩出時までの変動一過性徐脈の出現等,さらには胎児仮死または胎児の状態が極めて悪化した状態であったことなど,胎児(原告A)には種々のストレスが存在していたという事情に照らせば,被告病院医師らには,専門性を有する大学病院の医師として,胎児及び原告Cの経過観察を十分に行い,また,帝王切開術の準備を整えるなどの分娩監視体制をとった上,①原告Cが下腹部緊満ないし下腹部痛を訴えた平成6年1月7日午後6時3 0分ころ,②分娩監視装置の装着をしたカルテ上の「陣痛発来」時である午後7時30分ころ,③J医師が子宮収縮の増強を診断した午後8時30分ころ,④遅くとも帝王切開術施行を決定した同日午後9時15分ころのいずれかの時期に帝王切開術を施行し,原告Aに過度のストレスを与えることを回避すべき注意義務が存在したのにこれを怠ったと主張する。 イそこで,まず,当時の原告Cの状態とこれに対する治療方針,胎児の状況等につき検討する。 (ア)上記認定の原告Cの診療経過によれば,原告Cは,平成5年12月25日,妊娠28週3日の時点で,前期破水及び切迫早産と診断されて被告病院に入院したものであった。この時点における治療方針は,妊娠週や児の推定体重(1389グラム)等から,肺の未形成など児の未熟性に対する配慮が必要であり,かつ,子宮収縮はあるものの,分娩の進行はまだ認められず(子宮口は閉鎖,展退度は10パーセント,ステーションはマイナス3),当時,感染を疑わせる所見もなかったことなどの諸事情に照ら 慮が必要であり,かつ,子宮収縮はあるものの,分娩の進行はまだ認められず(子宮口は閉鎖,展退度は10パーセント,ステーションはマイナス3),当時,感染を疑わせる所見もなかったことなどの諸事情に照らし,子宮収縮抑制剤を投与し,安静にして30週まで妊娠を継続することとし,陣痛が発来するか,あるいは,感染が認められれば,胎児が単臀位であることから帝王切開に切り替えることとされていた。これらは,医学文献やK鑑定等に照らし,当時の産婦人科の医療水準に合致するものと認められる(甲1の196頁,甲2の170頁,171頁,甲3の275頁,乙5の1197頁,乙16の363頁ないし366頁)。 (イ)そして,原告Cには,入院時以降,子宮収縮の発現が確認されていたが,塩酸リトドリンや硫酸マグネシウムなどの子宮収縮抑制剤が投与された結果,子宮収縮が沈静化し,平成6年1月7日まで妊娠が継続されてきたものであった。その間の状態の推移や投薬の経過などからして,原告Cに子宮内感染の所見はみられない。 (ウ)また,胎児の状況についてみるに,胎児心拍数陣痛図の推移や診療録等に照らすと,原告Cが入院した平成5年12月25日から出産前日である平成6年1月6日までの間に,何回か一過性徐脈が確認されたことはあったが,その後回復していることが認められる。分娩に至った同月7日についてみても,午後7時50分ころから午後8時47分ころまでの間に,4回ほど一過性徐脈がみられたものの,20秒程度から最も長いものでも80秒程度で,その都度回復し,徐脈が反復してみられるということはなかった。この間,基線細変動がやや減少している傾向は確認できるものの,なおも10bpm幅の変動が確認されており,胎児仮死を疑うような基線細変動の減少や消滅があったとする所見はみられない。 また,原告らは 。この間,基線細変動がやや減少している傾向は確認できるものの,なおも10bpm幅の変動が確認されており,胎児仮死を疑うような基線細変動の減少や消滅があったとする所見はみられない。 また,原告らは,羊水量の減少や羊水混濁などに照らし,胎児に種々のストレスがかかっていたとも主張するが,原告Cの羊水の流出が増えたために羊水量が減少したり,羊水の色が一時的に混濁様になったことは認められても,胎児心拍数陣痛図の推移をも合わせてみれば,胎児の状態が悪化しているとか,胎児仮死であったと認めるような所見があったとはみられない。 上記1(5)イのとおり,胎児仮死とは,胎児・胎盤系における呼吸・循環不全を主徴とする症候群であり,その検査方法としては分娩監視装置による胎児心拍数陣痛図の判読が代表的なものであるところ,本件においては,原告Cの同陣痛図は上記のとおり判読される上,他に胎児仮死をうかがわせる所見は見当たらないというほかない。 (エ)したがって,原告Aについて,子宮内感染や胎児仮死に対応するために,原告ら主張の各時期に帝王切開術の施行を決定すべきであったとはいえない。 ウ次に,原告Cの分娩進行が抑制できないか,陣痛発来があったとして, 帝王切開術に切り替えるべき時点がいつであったかにつき検討する。 (ア)分娩開始時期については,陣痛周期が10分あるいは陣痛頻度1時間6回になったときとされているところ,K鑑定は,原告Cの分娩開始時期について,1月7日午後7時40分ころからの胎児心拍数陣痛図で,記録上は弱いながら3分毎の子宮収縮が認められ,これを「陣痛の始まり」と判断すれば,妊娠の継続をあきらめて帝王切開の決定をしてもよかった,また,診療録で午後8時30分に子宮収縮が増強しているとの記録がされたとき,あるいは,その前後の午後8時18分ころの 痛の始まり」と判断すれば,妊娠の継続をあきらめて帝王切開の決定をしてもよかった,また,診療録で午後8時30分に子宮収縮が増強しているとの記録がされたとき,あるいは,その前後の午後8時18分ころの変動一過性徐脈の出現と午後9時18分ころの内診で子宮口が3センチメートル開大を認めたときの3つの時期のいずれかの時点で,これまでのように子宮収縮を抑制することは不可能と判断して妊娠の継続をあきらめても過剰な医療介入とはいえないとの指摘をしている。 (イ)原告らは,原告Cは午後6時30分ころから普段とは異なるお腹の張りを,検温等に来た看護師らに訴えたが取り上げてもらえず,その後,午後7時30分ころになって分娩監視装置を装着されたこと,NSTによれば,午後7時30分以降の原告Cの子宮収縮の程度は同日の朝ころと異なり,明らかに増強していたこと,この時点において,医師または助産師が内診し,子宮口の開大の有無及び程度を診断していれば,分娩陣痛の発来を診断し,帝王切開術の実施を決定することができたし,午後8時30分,J医師が診断をし,F医師に報告をした時点で内診をしていれば,その時点で帝王切開術実施を決定することができたと主張する。 (ウ)平成6年1月7日時点における原告Cの状況は,妊娠30週3日であり,胎児仮死や子宮内感染に気をつけながら,妊娠34ないし35週まではできるだけ妊娠の継続を図るとの方針がとられていたことは上記認定のとおりであるところ,これが当時の医療水準に照らして妥当な ものであったことは既に検討したとおりである。陣痛発来とは,分娩の前兆たる偽陣痛の発来を指すものではなく,分娩開始とほぼ同義として使われ,規則的な子宮の収縮が1時間に6回と認められたとき等をいうのであり,偽陣痛と誤ることがあるほか,陣痛が自然に消滅するときも, 前兆たる偽陣痛の発来を指すものではなく,分娩開始とほぼ同義として使われ,規則的な子宮の収縮が1時間に6回と認められたとき等をいうのであり,偽陣痛と誤ることがあるほか,陣痛が自然に消滅するときも,子宮収縮抑制剤によって消滅することも,また,子宮収縮が弱いために分娩が進行しないこともある(乙16,17,K鑑定)。したがって,陣痛発来の診断は,子宮収縮の自覚症状のみでなく,子宮収縮の持続及び増強並びに子宮口開大等の分娩進行の客観的所見が確認された時点で,さかのぼって判断することによって行うことがあるとも指摘されている(乙16,17,24,K鑑定)。 そして,F医師は,その証人尋問において,同日の経過につき,午後7時30分ころ,原告Cの子宮収縮が増強していることを聞き,分娩監視装置でモニターするように指示をした,午後8時30分ころ,J医師から軽度の徐脈があるとの連絡を受けたため,胎児仮死の診断を優先させるためにもう少し経過をみることとし,内診を先行させることなく経過をみることとした,その後,胎児仮死の所見がみられなかったため,分娩の進行を判断するために午後9時前に内診をすることを決めた,また,感染の危険のため内診を行うかどうかは医師の判断で行うものであって,自分としては同時刻に内診を行うべきと判断したものである旨証言している。 (エ)ところで,医師が患者に対し,医療行為を行うについて求められる注意義務の基準は,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であると解される(最高裁第二小法廷平成7年6月9日判決・民集49巻6号1499頁,最高裁第三小法廷昭和57年3月30日判決・裁集民135号563頁)。そして,医療水準を考える際には,医療機関の性格や地域の医療環境の特性等の事情を考慮すべきであり,また, 医療行為の専門性にかんが 第三小法廷昭和57年3月30日判決・裁集民135号563頁)。そして,医療水準を考える際には,医療機関の性格や地域の医療環境の特性等の事情を考慮すべきであり,また, 医療行為の専門性にかんがみ,医師には上記医療水準に基づく限り,医療行為に裁量性が認められるというべきである。 本件については,大学病院において前期破水と診断され,医療チームを組んで対応されてきた原告Cの診療において,F医師が行った医療行為が医療水準に合致した裁量の範囲内にあったかどうか,上記注意義務に反するものであったか否かが問題であるため,この観点から,以下検討する。 (オ)原告Cの当時の状況は,平成6年1月3日ころ,子宮収縮が増強し,「児下降してきているために時間の問題」であるとか,同月5日の看護計画表にも「切迫徴候増強」「内診所見も明らかに進行」との記載があるなど,分娩の進行,切迫症状悪化の早期発見と対応が必要とされていたことは明らかである。一方において,切迫早産の症例において,偽陣痛の認められることは病態の本態であるところ,原告Cについては,子宮収縮抑制剤の投与が功を奏し,30週になるまで妊娠が継続できた経緯があったほか,同月5日から6日にかけては増強した子宮収縮が軽減ないし消失した経過も認められる。 そして,同月7日の経過についてみると,被告病院においては,原告Cの陣痛増強の訴えを受けた後,F医師の指示により,午後7時40分ころから分娩監視装置を装着して子宮収縮及び胎児心拍数の経過観察を行ったところ,午後8時30分ころにも子宮収縮の増強がみられ,減弱する様子がなく,その旨報告を受けたF医師において内診を実施することとし,午後9時15分,内診を行ったものであった。内診の結果,原告Cの子宮口が3センチメートルに開大するなど,分娩進行の所見が認められたこと なく,その旨報告を受けたF医師において内診を実施することとし,午後9時15分,内診を行ったものであった。内診の結果,原告Cの子宮口が3センチメートルに開大するなど,分娩進行の所見が認められたことから,F医師は帝王切開の実施を決定するともに,後方視的に午後7時30分ころの時点を陣痛発来と認めたものである。 (カ)分娩の進行度合いや陣痛発来の時期については,その性質上,状 況の推移をふまえつつ診断せざるを得ないものであるところ,原告Cの場合,看護師に陣痛増強を訴えて以降,その後の診察や分娩の経過をふまえ,事後的に,さかのぼって午後7時30分ころをもって陣痛発来であったと判断することは無理からぬものと認められる。 そうしてみれば,原告らが主張するように,陣痛発来時点とされた午後7時30分の時点において,F医師において,即座に帝王切開術を施行する旨を決定しなかったからといって,その判断が不適切であったということはできない。 なお,午後6時30分の時点で,原告Cが陣痛の増強を訴えたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないから,同時点において陣痛発来を判断することはできなかったといわざるを得ない。 (キ)また,F医師は,J医師が子宮収縮増大を確認した午後8時30分の時点でも帝王切開術の施行を決定せず,午後9時15分に内診を行った後に帝王切開術の施行を決め,手術開始時刻を午後9時50分としている。K鑑定によれば,午後8時30分の時点で帝王切開術の施行を決定することは過剰な医療介入であるとはいえず,同時刻ころに内診を実施し,帝王切開術の施行を決定することもできたとしており,F医師の上記判断に医療行為における過失があったか否かが問題である。 確かに,この時点で内診を行い,帝王切開術の施行を決定していれば,原告Cが病室のベッド上で出産する事態 することもできたとしており,F医師の上記判断に医療行為における過失があったか否かが問題である。 確かに,この時点で内診を行い,帝王切開術の施行を決定していれば,原告Cが病室のベッド上で出産する事態を避けられた可能性がある。 しかしながら,F医師は,午後7時40分に分娩監視装置による観察を実施して,胎児の状態の把握に努めていたところ,J医師から子宮収縮増大との報告を受けた後,午後8時50分ころ看護師が分娩監視装置を外すころまでの間に,内診の実施を決めていたことがうかがわれる。 入院以来の原告Cの症状やこれに対する治療方針及び診療経過,平成6年1月7日当日の経緯と分娩進行の経過等に照らせば,F医師が経過観 察を優先し,午後9時ころの内診の実施を決めたこと,内診の結果,午後9時15分に帝王切開術施行を決めたことが,当時の医療的知見に照らし,大学病院で行われる医療行為として不適切であったとまでは認められない。また,内診に伴う上行感染の発症の危険性を回避するために内診の回数を最小限にとどめようとしたというF医師の診察方針には,相応の医学的根拠も認められる(乙18の3頁,乙27の4頁)。 なお,K鑑定の鑑定結果について検討するに,K鑑定は,午後7時30分,午後8時30分のみでなく,内診実施時である午後9時15分ころの時点をも含めて,上記いずれかの時点において,妊娠の継続をあきらめて帝王切開の施行を決めることが「過剰な医療介入とは思えない」と指摘しているのであり,午後9時15分ころF医師が帝王切開術の施行を決めたことが医療行為として不相当である旨指摘するものではない。 (ク)以上のとおりで,同日午後7時40分ころから午後8時50分ころまで,分娩監視装置による経過観察を行った後に,午後9時前ころに内診を行う旨決め,午後9時15分ころに内診を実施し ものではない。 (ク)以上のとおりで,同日午後7時40分ころから午後8時50分ころまで,分娩監視装置による経過観察を行った後に,午後9時前ころに内診を行う旨決め,午後9時15分ころに内診を実施し,その結果をみて,帝王切開術の施行を決定したF医師の治療方針には,当時の医学的知見に照らして不適切というべき点があったとは認められず,医師がその専門的知見のもとに有する裁量の範囲内の行為であったというべきである。 エ(ア)上記に加えて,原告らは,F医師が帝王切開術の施行を決めた後の午後9時38分から41分までの原告Aの胎児心拍数は120bpm前後で,心拍数基線が150bpmであることからして持続性徐脈の状態であり,胎児の状態が悪化している可能性がみられたのであり,その結果として新生児仮死が起きたのは臨床的経過として自然であるとも主張する。 この点,午後8時51分から午後9時38分ころまでの胎児心拍数は 記録がなく,その後午後9時46分ころまでの胎児心拍数の記録は不鮮明であって,原告ら指摘の胎児心拍数が直ちに持続性徐脈を示すものとは認められない。午後8時51分ころから分娩時までの胎児の状態は,出生後の原告Aの状態等から推測するほかないため,これをみるに,原告Aのアプガースコアは,出生時において5点で,出生後5分後の数値については8点か6点かにつき争いがあり,記録上いずれをもって正確な記録であるか認定することは困難である。しかしながら,アプガースコアは,判断する医師により変動があり得る数値であるところ,出生直後よりも5分後の状態が改善されたことに変わりはなく,仮に5分後が6点であったとしても,これは軽症仮死に分類されるものである。また,K鑑定によれば,出生直前と出生直後の原告Aの状態は記録上明らかでないと指摘しつつも,およそ3時間30 に変わりはなく,仮に5分後が6点であったとしても,これは軽症仮死に分類されるものである。また,K鑑定によれば,出生直前と出生直後の原告Aの状態は記録上明らかでないと指摘しつつも,およそ3時間30分後に行われた原告Aの血液ガスの測定値から後方視的に検討すれば,低酸素症やアシドーシスがあったとしても軽度のものであったことが示唆されるとしている。そして,医学的に新生児仮死が必ずしも胎児仮死の臨床的経過として生じるものともいえないのであり,結局のところ,本件では妊娠の継続をあきらめなければならないほどに胎児の状態が悪化していることを示す証拠はないといわざるを得ない。 (イ)また,原告らは,帝王切開術施行前の原告Cにつき,経験の浅いG看護師が適切な処置を行っていたことはなく,まったく対処することができなかったという状況に等しいものであったこと,安静との治療方針がとられていながら,原告Cの症状を正確に把握しないまま漫然と病室から処置室まで往復歩行させて内診を受けさせるなどしたことを問題視する。確かに,当時の原告Cの状況を察するに,陣痛の増強による身体の痛みや精神的な不安が増大していたものとみられるところ,処置室への歩行や原告Cの不安を除去するために必要な医療的配慮が十分であ ったとはいいがたいように思われる。しかしながら,G看護師が看護師として行うべき配慮を欠いていたとも認められないほか,既に述べたとおり,上記のような事実をもって医療行為自体に過失があったと認めるに足りるものでない。結局のところ,原告らの主張は被告病院の過失責任を問う根拠とはなり得ない。 なお,原告らは,1月7日午後4時以降の看護記録の不記載をもって経過観察を怠ったことを推認する重大な事実とみるべきと主張するが,NSTの実施状況やG看護師,E助産師及びF医師らの各証言 なり得ない。 なお,原告らは,1月7日午後4時以降の看護記録の不記載をもって経過観察を怠ったことを推認する重大な事実とみるべきと主張するが,NSTの実施状況やG看護師,E助産師及びF医師らの各証言に照らし,看護経過記録の不記載をもって,直ちに経過観察を怠ったとの事実を推認させるものということもできない。 オ(ア)さらに,原告らは,被告が,原告Cの分娩進行が予想外に急速であり,これは到底予見し得なかったものとしている点につき,午後9時15分時点での子宮口は全開大であるとF医師が原告Cに言ったのであり,これを前提とすれば何ら急速とはいえない,仮に午後9時15分時点での子宮口の開大が3センチメートルであったとしても,本件は切迫早産の症例であり,当日午後6時30分以降の原告Cの状態からして,分娩の進行が何時あってもおかしくなく,十分に予測できるものであったと主張する。そして,本件は,経膣分娩といっても墜落分娩(分娩が強い陣痛のために急速に進行し,母胎が起立中,歩行中,排便中などに胎児が街路,車中,便所などへ産み落とされること)であり,過強なる収縮による胎盤血行障害のため仮死をきたしやすいとされるケースであったところ,原告Cは激しい下腹部痛のため分娩監視装置も装着できない状態で分娩が進行した結果,ベッド上で分娩するに至ったのであり,胎児の臀部が外陰部まで下降していた事実等により,臍帯圧迫あるいは過度のストレスを受けたと主張している。 (イ)この点,午後9時15分時点における子宮口の開大について,全 開大であったか3センチメートルであったかにつき争いがあるが,診療録等の記載上3センチメートルとされていることは明らかであり,これを疑うべき事情は存在しない。原告Cは,内診の際,F医師が全開大と叫んだと供述しているが,午後9時15分の時点に き争いがあるが,診療録等の記載上3センチメートルとされていることは明らかであり,これを疑うべき事情は存在しない。原告Cは,内診の際,F医師が全開大と叫んだと供述しているが,午後9時15分の時点において全開大であると診断したにもかかわらず,F医師が午後9時50分からの帝王切開術の施行を決めるとは考え難いし,強い陣痛に見舞われた状態の記憶に混乱が生じることはあり得ることといえる。したがって,午後9時15分時点における子宮口開大は3センチメートルであったと認められる。 これを前提に,午後9時15分の時点において,原告Cの急速な分娩の進行が予測不可能であったか,超緊急の帝王切開術を施行すべきであったかどうかにつき検討する。 (ウ)原告Cが分娩に至る経緯は,以下のとおりである。すなわち,午後9時15分ころの内診で,子宮口開大3センチメートルと確認された後,F医師は帝王切開術の準備を進め,原告Cはいったん病室に戻り,着替えなど手術の準備をしていたが,そのころ,急激に陣痛が増強し,午後9時39分ころには分娩監視装置を装着するのも困難な状態に陥り,午後9時45分ころには胎児の臀部が外陰部に下降していることが確認されたというものである。 この点,F医師は,平成5年12月28日にも原告Cの内診を行ったことがあったところ,平成6年1月7日午後9時15分の内診所見は明らかに分娩の進行が認められたことから,午後9時50分ころから帝王切開術を行うことを決めた,通常の分娩経過に照らすと,子宮口開大が3センチメートルであったことからして,分娩までには少なくとも3,4時間はかかると判断したため,母体の合併症や術前麻酔の合併症の危険を考慮し,剃毛や麻酔前投薬の投与など術前の準備を行った上で午後9時50分から手術を行うこととした,その後,G看護師からすぐに病 間はかかると判断したため,母体の合併症や術前麻酔の合併症の危険を考慮し,剃毛や麻酔前投薬の投与など術前の準備を行った上で午後9時50分から手術を行うこととした,その後,G看護師からすぐに病 室に来るよう言われて駆け付けたところ,原告Cは狂乱状態で四つん這いになっており,子宮口は全開で,児の臀部が外陰部まで下がっている状態であったことから,その場で経膣分娩にすることとした,骨盤位牽出術は1回だけで,後続の児頭,上肢はスムーズに出た,経膣分娩になったことで原告Aに生じ得る悪影響としては感染と脳内出血であったと考えて,診療録に「ややriskは上昇」と記載した,などと証言している。 (エ)分娩の進行の程度は,子宮口開大度と陣痛周期などによって判断され,通常の初産婦の場合,子宮口開大が4センチメートルから9センチメートルくらいの加速期において平均して2時間,その後全開大に至るまでの急速開大期も2時間くらいがかかるとされているところ,本件のように,子宮口開大3センチメートルであった状態から,約30分後に児の娩出に至るとの事態は予見が困難であったとみられる。 確かに,原告Cは切迫早産,前期破水の診断で入院して以降,1月7日当時は,切迫徴候の増強がみられたため切迫症状の早期発見に注意しつつ,胎児の未熟性への配慮から安静保持にて妊娠32週まで継続するとの治療目標のもと診療が行われていたのであるから,分娩の進行の有無や分娩進行速度の予見は通常以上の程度をもって注意をはらうべきものであったともいえる。 しかしながら,入院当初から1月7日当日までの治療の経過,同日午後7時40分から実施された経過観察の結果,そして,内診所見にみられた分娩進行の経過に照らせば,午後9時45分ころの胎児の娩出はあまりに急速であり,当時の医学的知見に照らしても,分娩を予見 ,同日午後7時40分から実施された経過観察の結果,そして,内診所見にみられた分娩進行の経過に照らせば,午後9時45分ころの胎児の娩出はあまりに急速であり,当時の医学的知見に照らしても,分娩を予見することは困難であったというほかない。そして,午後9時15分の時点をもって緊急の帝王切開術を実施しなかったことも,同日の内診所見及び合併症等の手術に伴う危険性などにかんがみれば,医師の判断として適切 であったと認められるし,手術の準備に要する時間を考慮した上,手術開始時刻を午後9時50分としたことも不当とは認められない。 カ上記のとおりで,原告らが主張する,原告Cの帝王切開術の施行時期を逸し,病室のベッド上で分娩させた過失について検討するも,大学病院である被告病院の医師らによって行われた医療行為は当時の医学的知見に照らして不適切であったとは認められず,裁量を逸脱するような違法不当な行為があったとは認められないというべきである。よって,この点に関する原告らの主張には理由がない。 (2)分娩後の臍帯結紮,羊水吸引,気道確保,体温管理等の新生児に対する適切かつ十分な措置が行われなかった過失についてア原告らは,原告Aは,出産直後から数日間の検査結果等から,新生児呼吸窮迫症候群,高カリウム血症,多血症及び高ビリルビン症に陥っていたことは明らかであるところ,医学文献等によれば多血症の原因の一つとして臍帯娩期結紮が挙げられており,原告Aの出生後に呼吸障害が続いた理由としては胎便吸引症候群をも併発していたとみられるなどと指摘し,被告病院医師らによる原告Aの出生直後の処置は,吸引器や吸引カテーテルを用いての羊水吸引を行わず,素早い気管内挿管を怠るなど適切な気道確保を行わなかった,処置を行ったF医師は生後30秒から1分間以内に臍帯結紮を要することを の出生直後の処置は,吸引器や吸引カテーテルを用いての羊水吸引を行わず,素早い気管内挿管を怠るなど適切な気道確保を行わなかった,処置を行ったF医師は生後30秒から1分間以内に臍帯結紮を要することを認識しておらず,他の措置を講じている間に原告Cの血液が臍帯を通して原告Aに流れ込んで多血症を発症させるに至った,原告Aを乾いた布で包むなどして保温に努めることなく裸のまま抱えて廊下を走るなどしており体温管理を怠ったなど,不適切なものであった旨主張する。 イ平成6年1月7日午後9時46分ころ,原告Aが病室のベッド上で出生した後の経緯は,F医師において,その場で原告Aの顔を下に向けて口腔内の羊水を出し,マウス・ツー・マウスで補助呼吸を行い,体をたたくな どして原告Aの泣き声を確認し,その後臍帯を結紮して切断し,病室から廊下に出て,他の病室や新生児室の先にある第1分娩室まで,裸のままの原告Aを抱えて走り,第1分娩室においてインファントウォーマーに乗せ,酸素を投与して気管内挿管を行うなどの緊急の措置を行った上,その後,同日午後10時ころには小児科病棟へ移動させたことが認められる。 この点,羊水吸引のための吸引器は準備されたものの,これを用いて吸引を行ったかどうかは,F医師,G看護師,E助産師とも明確な記憶を有しておらず不明である。 ウそこで,まず,羊水吸引及び気道確保について検討する。 (ア)胎児の娩出後,特に新生児仮死の蘇生については,ガーゼで顔を拭くなどし,鼻腔・口腔内をしっかりと吸引し,気道確保を行って,呼吸を確立させることが必要であるなどとされている(甲3の398頁,甲5の756頁,甲8の298頁)。K鑑定によれば,その実施時期は,帝王切開分娩の場合,臍帯切断後,児を処置台に移してから吸引処置が行われるのが普通とされるが,通常の吸引 れている(甲3の398頁,甲5の756頁,甲8の298頁)。K鑑定によれば,その実施時期は,帝王切開分娩の場合,臍帯切断後,児を処置台に移してから吸引処置が行われるのが普通とされるが,通常の吸引操作で吸引できるのは,口腔内と喉頭の羊水・分泌物であり,声帯より奥の気管・気管支などの羊水,分泌物の吸引はできないが,かえって,喉頭への機械的刺激は,迷走神経反射を起こし,咳嗽反射や徐脈を起こすことがある。他方,口移しなど人工呼吸を行うことで肺胞を拡張し,できるだけ早く酸素の供給を行うなどし,肺循環が維持されれば肺胞を満たしている羊水・分泌物は肺胞毛細血管やリンパ管へ吸収されていくため,羊水吸引をできる限り早期に行うことが必須の処置ではないとも指摘する。そして,救急的に行われる処置として,気管内挿管によらずとも口移し人工呼吸の方法で気道確保を行うことも不適切とはいえないとしている。 (イ)F医師は原告Aの出生後,直ちに口の中の羊水を吐き出させ,口移し人工呼吸を行っており,これにより原告Aは弱いながらも泣き声を 上げたことが確認されている。また,電動吸引器による吸引が行われたかどうかは不明であるものの,第1分娩室への移動後,気管内挿管を行って呼吸の補助が行われていることにかんがみれば,羊水吸引や気道確保の点につき,医療行為に不適切な点があったとは認められない。 エ次に,臍帯の結紮,切断につき検討する。 (ア)上記認定事実に照らし,原告Aの場合,羊水吸引及び気道確保をした後,分娩室へ移動するために臍帯が結紮,切断されたことがうかがわれる。 (イ)臍帯の処理は,結紮または臍帯クリップを用いて行われるところ,結紮までの時間が長いと胎盤内の血液が児に移行し,多血症を引き起こすことがあるため,通常,生後30秒から1分を目安として結紮するもの )臍帯の処理は,結紮または臍帯クリップを用いて行われるところ,結紮までの時間が長いと胎盤内の血液が児に移行し,多血症を引き起こすことがあるため,通常,生後30秒から1分を目安として結紮するものと指摘されている(甲3の386頁,甲5の746頁)。 他方,K鑑定は,臍帯の結紮,切断は,娩出時の児の状態を評価するために臍帯血の血液ガスを測定するようになってから臍帯の早期結紮,切断が行われるようになったもので,それ以前は,臍帯拍動の停止を待って行われていたものであるとする。そして,本件の経過に照らし,臍帯の結紮,切断までに過剰な時間を要したとはみられないとしている。 確かに,原告Aには,その後の血液検査の結果,多血症がみられ,これに対する処置が講じられているし,臍帯結紮までに要した時間も明らかではない。しかしながら,臍帯結紮までに過剰な時間を要したことをうかがわせる証拠もみられないし,原告Cから血液が流入した可能性は否定できないにしても,これをうかがわせる証拠は存在しない。 (ウ)そうしてみれば,臍帯の結紮,切断に不適切な措置があったとも認められない。 オさらに,体温管理についてみる。 (ア)体温管理の必要性に関しては,複数の医学文献に指摘があり,特 に新生児の蘇生処置中には体温低下が生じやすく,代謝性アシドーシスや低酸素症等の二次的障害を招きやすいため,蘇生処置は保育器内で行うべきであるとか,出生直後の体温低下は1分間に0.3℃にもなるので気道吸引とともに暖めた乾いた布で手早く全身の羊水を拭き取り,乾いた布でくるんで保温に努めることなどとされている(甲3の386頁,甲5の757頁,甲7の206頁,甲8の298頁)ほか,K鑑定も次のように指摘する。すなわち,出生直後の児は,母体の体温で包まれていた環境から低温の環境にさらされ,裸の されている(甲3の386頁,甲5の757頁,甲7の206頁,甲8の298頁)ほか,K鑑定も次のように指摘する。すなわち,出生直後の児は,母体の体温で包まれていた環境から低温の環境にさらされ,裸の状態では空気の流れによって体温が奪われ,羊水で濡れた体からの蒸発による気化熱が奪われ,更に羊水で濡れたシーツが冷えることから伝導でも体温が低下する,低出生体重児の場合も,低温刺激に反応して血管の収縮と熱産生増加によって体温を維持しようとすることによって,酸素消費量が増加し,継続する呼吸不全があると組織の酸素欠乏や神経障害をもたらすことがある,これを防ぐためにはできるだけ早く体温喪失を防ぐ処置をとるべきであり,乾いたタオルで皮膚を拭いて乾かし,暖めたタオルで包むなどして熱が奪われるのを防ぐことが望ましいという。 新生児,特に新生児仮死の蘇生処置に伴う体温管理の必要性は上記のとおりであり,本件においては,出生後すぐに乾いた布やタオル等で体を拭くなどの措置が行われていないことも明らかである。そこで,F医師が行った医療行為が不適切であったかどうかについて検討する必要がある。 (イ)この点,K鑑定は,低出生体重児で,かつ骨盤位の場合には,分娩の急速な進行を予測することが困難なことも多いため,病室での分娩の可能性を避けられるわけではなく,そのような事態が発生した場合に,適切な対応が求められると指摘する。本件においても,原告Cの分娩の進行が急速に進んだ結果,原告Aは病室のベッド上で出生することとな り,そのため,乾いた布やタオルの準備はなく,F医師は,裸のままの原告Aを抱え,病室と通路を介し,同じフロアにある第1分娩室まで走り,インファントウォーマー上においたという。F医師は,病室から第1分娩室まで10秒ほどであったと証言している。 (ウ)原告 ままの原告Aを抱え,病室と通路を介し,同じフロアにある第1分娩室まで走り,インファントウォーマー上においたという。F医師は,病室から第1分娩室まで10秒ほどであったと証言している。 (ウ)原告らは,F医師の蘇生処置の間に相当の時間がかかっており,病室と第1分娩室への移動も10秒ということはあり得ないとし,体温管理への対応が不十分であったと指摘する。 確かに,F医師は一人で原告Aの蘇生処置を行っていたところ,病室のベッド上での措置は体温低下をもたらす原因となり得るし,病室から第1分娩室まで,裸の状態の原告Aを移動させるに要した時間も部屋の位置関係に照らして10秒というのはやや疑問が残る。 しかしながら,出生後の原告Aに対する処置において,特に困難や時間を要したような事情はうかがわれず,原告Aの蘇生処置を終え,第1分娩室のインファントウォーマー上に移動させるまでの間に,過剰な時間を要したことをうかがわせる証拠も存在しない。診療録によっても,原告Aは午後10時ころには小児科病棟へ入院しているところ,入院時記録では体温は36.9℃,その後のカルテの記載でも37℃であり,原告Aに低体温が生じたことをうかがわせるような証拠は存在しない。 K鑑定も,本件では,分娩が急速に進行したケースにおける出生後の対応としては,通常とられる措置が行われたとみることができるとしている。 (エ)よって,体温管理に関する処置が不適切であったと認めることもできない。 カ原告らは,上記に加えて,被告病院には,そもそも分娩監視体制が不十分であったことに起因して,原告Cが病室のベッド上での墜落産となったことから,分娩直後の新生児に対する人的,物的体制を整えることができ ず,新生児に対する適切な措置をとるべき注意義務を怠った過失がある旨主張する。 しかしながら,原告 ベッド上での墜落産となったことから,分娩直後の新生児に対する人的,物的体制を整えることができ ず,新生児に対する適切な措置をとるべき注意義務を怠った過失がある旨主張する。 しかしながら,原告Cの分娩が急速に進行し,分娩室における通常の出産ができなかった点に関する被告病院の対応に過失が認められないことは既に述べたとおりであるところ,予想外の病室のベッド上での分娩後,新生児である原告Aに対して行った被告病院医師による個々の措置には医療行為として不適切であったとまでいい得るものは認められないといわざるを得ない。 よって,原告らの主張を認めることはできない。 (3)出産後の原告Aの検査,治療が不適切であった過失についてア原告らは,被告病院医師らは,新生児であった原告Aの体の状況を把握し,早期にCT写真,MRI写真の撮影,脳波検査をするなどして新生児の管理を適切に行い,点頭てんかん(ウエスト症候群),精神運動発達遅延や脳性麻痺に陥る危険性について診断し,その治療をすべき高度の注意義務があったところ,平成6年1月9日には頭部超音波検査を実施し,右脳室拡大の疑問を持ち,同年3月23日には整形外科の診療により両肢について軽度開排制限,両側足関節の底屈制限の情報を得ており,小児科医師が同月28日に下肢の痙性を認めていたほか,原告Cから生後7か月の段階で原告Aの体が硬く,成長が遅い旨伝えられたといった事情があったにもかかわらず,同年9月28日に至って初めて頭部CT写真を撮影して脳萎縮と側脳室の拡大を認め,同年11月2日,点頭てんかんと診断し,上記の治療を開始したのであり,早期の診断及び早期治療の時期を逸した過失がある旨主張する。 イそこで検討するに,点頭てんかんは,特徴的な発作間欠時脳波と前屈型発作を主徴とするてんかんで,生後4か月から8か 療を開始したのであり,早期の診断及び早期治療の時期を逸した過失がある旨主張する。 イそこで検討するに,点頭てんかんは,特徴的な発作間欠時脳波と前屈型発作を主徴とするてんかんで,生後4か月から8か月の間に発現することが多いとされている。脳性麻痺については,脳の非進行性病変に基づく運 動及び姿勢の異常をいい,その症状は満2歳までに発現するとされ,その診断としては,運動発達の遅れ,姿勢の異常,反射の異常などをもって行うこととされている。そして,精神運動発達遅延は,知能の発達が遅れ社会適応行動が障害されている状態を意味するものである。 点頭てんかんや脳性麻痺は,脳の形態だけで診断することは困難であり,筋肉の硬直,関節の拘縮,姿勢反射の異常等の神経学的臨床所見も合わせ診断されるものであり,その発現時期にも相当の幅がある。 被告病院小児科医師らは,原告Aが小児科病棟に移った当初から,未熟性に起因する神経学的な後遺症が生じるおそれを懸念し,原告Bらにその旨説明をしていたほか,原告Aの臨床所見から脳の成長不全を疑い,出生後2か月余りが経過したころには,原告Aの股関節開排制限や下肢の痙性といった神経症状を認めたため,整形外科医の指導を受けさせることとしている。また,原告Aの退院後も,出生後約4か月が経過した平成6年5月11日の外来通院の際,原告Aの下肢の痙性や足関節の拘縮を認めたため,原告Cにリハビリテーションを受けるよう促し,整形外科担当医に受診の依頼を行っていることも認められるが,結局,このころ原告Aがリハビリテーションを受診したことはなかった。これに対し,原告らは原告Cにリハビリテーションの開始を指導した事実はない旨主張しているが,カルテの記載や整形外科医への依頼書面(乙13の1の24頁,乙14の9頁)に照らせば,原告らの主張は認めること に対し,原告らは原告Cにリハビリテーションの開始を指導した事実はない旨主張しているが,カルテの記載や整形外科医への依頼書面(乙13の1の24頁,乙14の9頁)に照らせば,原告らの主張は認めることができない。 その後の経過をみても,出生後約8か月に当たる平成6年9月7日の外来通院に際しては,原告Aの四肢の筋緊張等の症状から脳性麻痺を疑い,その旨原告Cに説明をし,翌月である10月から原告Aのリハビリテーションが開始されているし,同年9月28日には頭部CT検査を実施している。また,点頭てんかんの症状については,同年11月2日の外来通院に際して,原告Cから原告Aに前屈症状がみられたとの話があったため,同 月4日,脳波検査を実施するなどし,その結果,点頭てんかんと診断し,定期的な診察とリハビリテーションや投薬治療などが続けられた。 ウ被告病院小児科における原告Aの診察経緯は上記のとおりであるところ,診察の内容や検査方法,各症状の発現時期などを総合的に検討しても,被告病院小児科医師らが,原告Aの症状に応じた医療的措置を怠ったとは認められない。 したがって,原告らの主張するように,被告病院小児科医師らが,早期にCT写真及びMRI写真の撮影,脳波検査を実施しなかったことにより,早期診断及び早期治療の時期を逸したとの過失があると認めることはできない。 (4)過失の重畳的競合原告らは,被告病院医師らには,上記(1)ないし(3)の過失があり,これらの過失が重畳的に競合したことにより,原告Aに本件後遺障害が生じた旨主張する。 しかしながら,被告病院医師らに,上記(1)ないし(3)の過失が認められないことは既に述べたとおりであり,その他,原告らが主張する点を検討しても,被告病院医師らに,当時の医療水準に従った適切な医療行為を怠ったとか,過失が重畳的 ,上記(1)ないし(3)の過失が認められないことは既に述べたとおりであり,その他,原告らが主張する点を検討しても,被告病院医師らに,当時の医療水準に従った適切な医療行為を怠ったとか,過失が重畳的に競合したとの事実は認めることができない。 以上の次第で,被告病院医師らに医療行為上の過失があったとする原告らの主張は認められないから,その余の主張を検討するまでもなく,原告らの主張は理由がない。 よって,原告らの請求をすべて棄却することとし,主文のとおり判決する。 甲府地方裁判所民事部裁判長裁判官新堀亮一 裁判官青木美佳裁判官倉地康弘は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官新堀亮一 別紙胎児心拍数陣痛図(CTG)所見一覧表この表はK鑑定3頁ないし5頁の所見整理に基づいたものである。 なお,左端の「終了時刻」の記載,右端の「記録に記載されたその他の所見」欄記載の事項,「基準心拍数」のうち「(基線)」の数値,及び,特に注意を付した項目(※マークを記載)については,上記第6の1(2)記載の証拠を総合して加除訂正を行った。 月開始時刻子宮収縮回数基準心拍数細変動一過性記録に記/~終了時刻(さざ波様)(基線)単位頻脈/載されたそ日(記録時間)単位bpmbpm徐脈の他の所見12/10時15分2回145~3~-/-さざ波25~10時44分(19回) 週数相当(29分間)(150)19時11分0回155~~-/-一過性頻脈~19時55分(0回) あり(44分間)(160)一過性徐脈なし反応性良好 12/8時30分0回(?)150~~-/-子宮収縮26~9時11分(0回) なし(41分間)(1 あり(44分間)(160)一過性徐脈なし反応性良好 12/8時30分0回(?)150~~-/-子宮収縮26~9時11分(0回) なし(41分間)(155)週数相当18分不適12/8時7分1回140~~1? 一過性徐脈27~8時47分(12回) /-なし(40分間)(150)子宮収縮1回/45分12/6時34分0回145~~-/-一過性頻脈28~7時12分(16回) あり(38分間)(150)一過性徐脈なし子宮収縮さざ波反応は良好19時23分8回155~~-/3子宮収縮~20時15分(5回) -20b4~5分毎(52分間)(150)30s週数相当 12/22時22分20回155~~-/-子宮収縮28~0時57分(23回) 5~6分毎~29(155分間)135分不適12/6時28分11回155~5~2/-一過性頻脈29~7時15分(4回) あり(※47分間)一過性徐脈なし子宮収縮前半3~4分毎後半さざ波19時18分12回 5~-/-子宮収縮~20時07分(0回)(記載なし) 3~5分毎(※49分間)12/6時23分3回 5~-/-子宮収縮30~7時00分(13回)(記載なし) 4回(※37分間) 12/6時32分4回 5~-/-子宮収縮31~7時12分(13回)(記載なし) 3回(40分間)19時31分9回150~~-/-一過性徐脈~20時10分(4回) あり(39分間)(160)子宮収縮6~7分毎 分(13回)(記載なし) 3回(40分間)19時31分9回150~~-/-一過性徐脈~20時10分(4回) あり(39分間)(160)子宮収縮6~7分毎週数相当21時39分7回155~5~-/1一過性徐脈~22時24分(10回) -35bあり(45分間)(160)20s子宮収縮さざ波2回1/6時25分4回 5~-/-子宮収縮1~7時02分(9回)(140) さざ波(37分間)週数相当21時07分14回不明-/-子宮収縮 ~21時51分(0回)(記載なし)2~3分毎(47分間)44分不適1/6時00分3回150~4~4/1一過性頻脈2~7時06分(6回) -40bあり(66分間)(150)40s一過性徐脈あり一過性胎児心拍数低下最底値100子宮収縮2~3回/h反応性不良20時12分4回150~5~1/2所見欄~20時52分(9回) -40b上記と共通(※40分間)20s-55b30s1/23時22分18回140~~1/3所見欄2~2時05分(10回) -70b記載なし ~3(163分間)40s47分不適-25b45s-35b60s1/6時25分0回150~7~1/1子宮収縮3~7時01分 -40bなし(36分間)(150)20s最底値12020s1/0時57分18回145~~1/11時59分4~2時46分(8回) -30bインテバン(109分間)(記載なし)20s50mg6時29分0回140~7~ /0時57分18回145~~1/11時59分4~2時46分(8回) -30bインテバン(109分間)(記載なし)20s50mg6時29分0回140~7~1/-一過性頻脈~7時02分(21回) あり(33分間)(140)一過性徐脈なし一過性胎児心拍数低下子宮収縮 さざ波反応性あり週数相当1/6時30分4回 ~2/-一過性頻脈5~7時17分(15回)(140) あり(47分間)一過性徐脈なし子宮収縮弱いさざ波反応性あり1/6時46分5回145~~所見欄6~7時33分(47回) 記載なし(47分間)(記載なし)19時20分8回 ~-/1所見欄~20時36分(12回)(記載なし) 記載なし(76分間)1/6時45分1回 ~2/-一過性頻脈7~7時23分(15回)(記載なし) あり(38分間)一過性徐脈 なし子宮収縮弱いさざ波胎児心拍良好19時39分18回 ~1/4~21時39分(0回)(150) -15b(120分間)20s47分不適-25b30s-20b80s-23b20s
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