平成18(ワ)1762 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成19年4月9日 東京地方裁判所 棄却
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判決文本文14,088 文字)

平成19年4月9日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成18年(ワ)第1762号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年2月5日主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1請求被告は,原告に対し,265万4940円及びこれに対する平成15年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,被告の開設する目黒区P保健センター(以下「被告センター」という。)の「健康づくり健診」において,血液検査のために採血を受けた原告が,担当医師の採血手技上の注意義務違反により,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝が損傷され,左上肢にカウザルギーを発症したと主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約の債務不履行に基づき,損害賠償を求める事案である。 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)(1)当事者ア原告は,昭和41年○月○○日生まれの女性である。 イ被告は,被告センターを開設している特別地方公共団体である。 (2)診療経過ア平成15年6月,原告は,被告センターにおいて実施された「健康づくり健診」(以下「本件健診」という。)を受診し,ここに,原告と被告との間で,健診実施についての契約が成立した。 本件健診は,身長・体重測定,尿検査,血圧測定,血液検査,心電図,骨密度測定,胸部レントゲン検査等の各種検査及び保健栄養相談を内容とするものであった。 イ本件健診において,原告は,血液検査のために,b医師により,左肘正中皮静脈から採血(以下「本件採血」という。)を受けた。なお,b医師は,本件健診実施当時,被告の臨時職員として任用され,採血を担当していた(乙A2)。 ウ本件健診終了後,原告は,採血部位に変色が生 中皮静脈から採血(以下「本件採血」という。)を受けた。なお,b医師は,本件健診実施当時,被告の臨時職員として任用され,採血を担当していた(乙A2)。 ウ本件健診終了後,原告は,採血部位に変色が生じた。原告は,平成15年6月12日,左腕の痛み,しびれ,変色,腫れ等が本件採血後に生じたことを主訴に独立行政法人国立病院機構東京医療センター(以下「東京医療センター」という。)整形外科を訪れ,以後平成16年12月17日まで同整形外科に通院して,非ステロイド性抗炎症薬(ロキソニン),ビタミンB製剤(メチコバール)等による投薬治療等を受けた(甲A6・5 ないし24頁)。原告の主治医であったc医師は,平成16年3月19日,原告の症状について,左上肢末梢神経損傷との診断をした(甲A5,甲A6・26頁)。 エ平成17年1月21日,原告は,c医師の異動に伴い,dクリニックへ転院し,以後,投薬治療等を受けた(甲A7)。 (3)カウザルギー(甲B7)神経又はその主要な枝が損傷された後,その部位を含めて次第に広範に痛みがひどくなり,局所は過敏となり,刺激により痛みが増強し,かつ浮腫や血行障害を伴い,やがて皮膚,筋肉,骨の萎縮を来す疼痛症候群(甲B7・568,569頁)。 受傷部位から知覚神経線維が求心性の刺激を脊髄に送り,同じ脊髄分節から遠心性の交感神経線維が刺激を反射的に受傷部位に送り返すことによって発現するとされている(甲B7・571頁)。 争点 (1)採血手技上の注意義務違反の有無(原告の主張)ア注意義務b医師は,本件採血に当たり,採血針が肘正中皮静脈を穿孔して内側前腕皮神経を損傷しないように慎重に採血針を刺入すべき注意義務を負っていた。 イ注意義務違反(主位的主張)にもかかわらず,b医師は,前記注意義務を怠り,原告の左上肢 針が肘正中皮静脈を穿孔して内側前腕皮神経を損傷しないように慎重に採血針を刺入すべき注意義務を負っていた。 イ注意義務違反(主位的主張)にもかかわらず,b医師は,前記注意義務を怠り,原告の左上肢橈側から,左肘正中皮静脈が走向するのに対し垂直に採血針を刺入し,同静脈を貫通し,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝を損傷した。 ウ注意義務違反(予備的主張)仮に,b医師が,前記イの態様ではなく,原告の左肘正中皮静脈に沿って注射針を刺入したのだとしても,同医師は,注射針を深く刺入しすぎたことにより,左肘正中皮静脈を貫通し,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝を損傷した。 エ注意義務違反を推認させる事実原告は,平成15年6月○○日の東京医療センター受診時,本件採血後に左上肢にみられた皮下出血斑が10×12cmにも及んでおり,明らかに通常の採血に伴う皮下出血とは異なり,左肘正中皮静脈から大量の出血が起きて皮下に浸潤していったことが示唆されている。よって,本件採血においては,採血針が左肘正中皮静脈の複数箇所を穿孔した可能性が高い。 以上によれば,本件採血では,注射針が左肘正中皮静脈を貫通し,同静脈の背後に位置する左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝が損傷されたと考えられる。 (被告の主張) 本件採血において,b医師が,原告の左上肢橈側から,左肘正中皮静脈が走向するのに対し垂直に採血針を刺入したり,採血針を深く刺入しすぎた事実はない。b医師は,通常の採血手技どおり,原告の左肘正中皮静脈に沿って斜めに注射針を刺入したものであり,採血手技上の注意義務違反はない。 ア刺入角度ないし深さ,刺入方向について(ア)本件採血では,1回の穿刺で10mlの血液を3本の真空採血管を用いて中断することなくスムーズに原告の血管から血 あり,採血手技上の注意義務違反はない。 ア刺入角度ないし深さ,刺入方向について(ア)本件採血では,1回の穿刺で10mlの血液を3本の真空採血管を用いて中断することなくスムーズに原告の血管から血液を採取している。 このことは,採血針が血管内に適切に刺入され,そのような状態が採取終了時まで維持されたことを示すものであり,採血針の刺入角度ないし深さが適切であったことを推認させる。 (イ)本件採血において,原告は,b医師の正面に座って相対し,指先をb医師に向けて左上肢を伸ばし,その状態で,真空採血用注射器により採血を受けた。このような両者の位置関係及び用いられた採血器具に照らして,左肘正中皮静脈が走向するのに対し垂直に採血針を刺入して10mlの血液をスムーズに採取することは極めて困難である。 よって,b医師が,左肘正中皮静脈が走向するのに対し垂直に採血針を刺入したとは到底考えられない。 (ウ)皮下出血斑が広範囲に広がっているという症状だけから,採血針が肘正中皮静脈を貫通したと推認することはできない。 a注射針が肘正中皮静脈を貫通した場合には,出血量が多いことから,採血後,短時間のうちに皮下出血斑が現れるはずである。ところが,原告は,本件採血後の止血の確認の際にも,同じく本件採血後の骨密度検査の際にも,左上肢に何ら異常が認められていない。 b確かに,原告の場合のように,一旦止血された後,しばらくして皮下出血斑が現れる場合も稀にあるが,そのような場合は,体質,服薬,負荷等による再出血が原因であると考えられる。 c出血は,一般的に皮下組織のように脆弱なところに広がりやすいことから,出血量が少なくても皮下に広範囲に広がることがよく起こり得る。 イ刺入箇所及び採血に用いた血管の選択についてb医師は,採血に適した血管であるとされている左肘 に脆弱なところに広がりやすいことから,出血量が少なくても皮下に広範囲に広がることがよく起こり得る。 イ刺入箇所及び採血に用いた血管の選択についてb医師は,採血に適した血管であるとされている左肘正中皮静脈を選択し,左内側前腕皮神経の分布が最も疎らな部位に採血針を刺入し,通常の採血手技どおりに採血を行ったものであるから,神経損傷を避けるための注意義務を尽くしていたといえる。 解剖学的には,肘正中皮静脈の周辺には内側前腕皮神経が走向していると指摘されているが,その走向状況には個人差があり,これを外部から観察することはできないため,原告の左内側前腕皮神経の走向状況を具体的に認識することは不可能である。 (2)因果関係の有無(原告の主張)ア本件採血による神経損傷前記(1)原告の主張イ又はウのとおり,本件採血においては,注射針が原告の左肘正中皮静脈を貫通し,原告の左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝が損傷されたことにより,原告は,左上肢にカウザルギーを発症した。 (ア)本件採血後,原告は,左前腕前方尺側皮膚に刺入痕から手関節の掌側皺襞にかけての広い範囲に温痛覚鈍麻が生じ,これは左内側前腕皮神経の支配領域の知覚障害と考えられ,また,左小指及び環指尺側の掌側皮膚に温痛覚鈍麻が生じ,これは左尺骨神経の支配領域の知覚障害と考えられた。採血針の刺入痕には末梢神経の損傷を示すチネル徴候も認められた。 (イ)肘正中皮静脈からの採血では,皮下の浅層では内側前腕皮神経が損 傷されることがあり,カウザルギーが発症する場合があることは周知の事実である。 (ウ)b医師が,本件採血において,採血針が肘正中皮静脈を穿孔して内側前腕皮神経を損傷しないように慎重に採血針を刺入していれば,前記(ア)の神経損傷は避けられたのであり,原告が左上肢にカウ ある。 (ウ)b医師が,本件採血において,採血針が肘正中皮静脈を穿孔して内側前腕皮神経を損傷しないように慎重に採血針を刺入していれば,前記(ア)の神経損傷は避けられたのであり,原告が左上肢にカウザルギーを発症することもなかったのであるから,採血手技上の注意義務違反とカウザルギー発症との間には因果関係がある。 イ左肘部管症候群との関係被告は,原告のカウザルギーが左肘部管症候群等の影響によるものとも考えられる旨示唆するが,原告は,本件採血後に,左手小指と環指尺側の温痛覚鈍麻,しびれ感を訴えているものであり,左肘部管症候群が本件採血と同時に発症した可能性は低いから,それらの症状が左肘部管症候群によるものとは考え難い。 むしろ,原告には,左内側前腕皮神経終末枝と左尺骨神経との間に交通枝が存在していて,左内側前腕皮神経が損傷された際に,その交通枝も同時に損傷されたために,前記症状が生じたと考えるのが合理的である。 (被告の主張)ア本件採血による神経損傷について本件採血により,原告の左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝が損傷されたとは断定できない。 採血により内側前腕皮神経等の皮神経を損傷した場合には,通常,症状として電撃様疼痛を訴えるとされている。しかし,原告は,本件採血時に電撃様疼痛はもちろんのこと,本件健診終了時まで痛みやしびれなどを訴えたことはなかった。また,本件採血後の止血確認の際や十数分後に行った骨密度検査の際にも,原告の左上肢には腫れや皮下出血等の異常は認められなかった。 イカウザルギーの発症原因について原告のカウザルギー発症は,肘部管症候群等の他原因による可能性も十分考えられ,本件採血とカウザルギー発症との間に因果関係は認められない。 (ア)文献上,採血により皮神経を損傷した場合には,2週間から4週間 ザルギー発症は,肘部管症候群等の他原因による可能性も十分考えられ,本件採血とカウザルギー発症との間に因果関係は認められない。 (ア)文献上,採血により皮神経を損傷した場合には,2週間から4週間程度で症状が軽快するのが通常であり,稀に回復に2か月程度を要することもあるとされている。しかし,原告は,本件採血後3年近く経過しても,疼痛等の症状が消失しておらず,採血により皮神経を損傷した場合の通常の症状回復ないし消失期間を大幅に超えている。 (イ)原告には,平成15年6月○○日,東京医療センター初診時の臨床症状として,本件採血では刺入箇所との位置関係から損傷する可能性がほとんどない左尺骨神経についても,その支配領域の知覚障害及び同神経の運動麻痺の可能性が指摘されている。一方,原告には,左尺骨神経が左肘関節の屈曲時に肘部管から逸脱していることも認められており,このような尺骨神経障害の所見は,肘部管症候群でもしばしばみられるものである。 (ウ)また,カウザルギーの症状は広範囲に及ぶものであるから,本件採血以外に神経障害を生ずる外傷の可能性がある以上,当該外傷にかかる神経の支配領域以外にも疼痛や知覚障害が生じることも十分あり得る。 (エ)更に,カウザルギーは,発生機序が必ずしも明確には解明されておらず,その発症には心理的要因が大きいともされている。 (3)損害(原告の主張)原告には,本件採血により,突然注射部位付近がズキズキ痛み出すなどの症状が頻繁に発症している。 原告は,現在も治療継続中であって,症状固定時期は未だ不明であるが, 本件採血による損害の一部として,次の損害を被った。 ア治療費8万8440円イ通院交通費2万6500円ウ通院慰謝料230万円エ弁護士費用24万円よって,原告は,被告に対し,不法行為(使用者 よる損害の一部として,次の損害を被った。 ア治療費8万8440円イ通院交通費2万6500円ウ通院慰謝料230万円エ弁護士費用24万円よって,原告は,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約の債務不履行に基づき,損害賠償金の一部として,265万4940円及びこれに対する不法行為後である平成15年6月○○日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)原告の主張は争う。 第3争点に対する判断 認定事実前記前提事実及び証拠(各認定事実の後に掲記する。)によれば,以下の事実が認められる。 (1)原告は,平成15年6月○○日,被告センターにおいて本件健診を受け,午前11時すぎ,b医師による採血を受けた。b医師は,平成14年5月に医師免許を取得した医師であり,平成15年6月当時,M病院やQ大学医学部附属K病院で臨床研修医として勤務しつつ,目黒区やR区等の保健所で健康診断等の業務に従事していたものであり,被告センターでの採血業務には,平成14年6月から平成15年6月までの間に少なくとも8回従事し,1回につき40人前後の受診者から採血を行っていた(乙A2,証人b反訳書2・1,2頁)。 (2)採血の際,原告は,採血台を挟んでb医師と正対して座り,利き手ではない方の腕を出すよう指示されたため,左腕を台の上に乗せた。b医師は,真空採血管を用いて,原告の左肘正中皮静脈から採血を行った。採血の際, 原告は,特に痛みを訴えることはなかった。また,b医師が,採血中,意図的に針の位置を変更することもなかった。採血は,合計3本の真空管に採取されて終了した(甲A9・2,3頁,証人b反訳書2・2ないし5頁,証人f反訳書3・5頁,原告本人反訳書1・4,5頁,反訳書4・4頁)。 (3)原告は,採 ともなかった。採血は,合計3本の真空管に採取されて終了した(甲A9・2,3頁,証人b反訳書2・2ないし5頁,証人f反訳書3・5頁,原告本人反訳書1・4,5頁,反訳書4・4頁)。 (3)原告は,採血後,止血綿の上から採血部を押さえておくよう指示され,しばらく押さえた後,絆創膏を貼られ,その後,骨密度の測定をして,被告センターを退出した。その間,原告から医師,看護師らに痛みが訴えられたり,採血部位についての異常が指摘されることはなかった(甲A9・4頁,乙A3・2頁,証人f反訳書3・5ないし7頁,反訳書6・8頁)。 (4)原告は,その後,平成15年6月10日午後0時15分ころ,左腕のはれなどを訴えて,被告センターに電話をした。センター長であったeは,伝言を受け,同日午後9時ころ,原告に電話したところ,原告から,左腕の痛み,腫れ,しびれ,変色を訴えられ,治療費の支払いを求められたため,翌11日,原告と面談して,左腕の変色を確認し,謝罪した(甲A9・4,5頁,乙A5・1ないし3頁,原告本人反訳書1・7頁)。 (5)平成15年6月12日,原告は,左腕の痛み,しびれ,変色,腫れ等が本件採血後から生じたこと,思い当たる原因として,被告センターでの採血時,注射針を横から深く刺されたこと,採血中と針を抜く時にこれまでと違う痛みを感じたことを訴え,東京医療センター整形外科を訪れ,c医師の診察を受けた。同日,原告の左肘内側には,線状の出血斑様のものが認められ,その末梢方向に長径約7ないし8㎝大の楕円形の皮下出血,中枢方向に長径約3ないし4㎝大の楕円形の皮下出血が認められた。また,左前腕前方尺側皮膚の広い範囲で温痛覚鈍麻が認められ,左小指及び環指尺側の掌側皮膚にも温痛覚鈍麻が認められた。握力は,右が24㎏,左16㎏であって,左手の握力が低下していた。採血 認められた。また,左前腕前方尺側皮膚の広い範囲で温痛覚鈍麻が認められ,左小指及び環指尺側の掌側皮膚にも温痛覚鈍麻が認められた。握力は,右が24㎏,左16㎏であって,左手の握力が低下していた。採血針刺入部には,チネル徴候(医師が患部を打腱器で叩打したときに,損傷されたと推定される末梢神経の支払領域に放散痛 が起こる所見)も認められた(甲A6・3ないし6頁,甲B1の1・1頁,甲B13,15,原告本人反訳書4・11頁)。c医師は,左前腕前方尺側皮膚に認められた温痛覚鈍麻は左内側前腕皮神経の支配領域の知覚障害と考え,左小指及び環指尺側の掌側皮膚に認められた温痛覚鈍麻は左尺骨神経の支配領域の知覚障害と考えた(甲B1の1・1頁)。 (6)平成15年6月○○日,原告は,東京医療センターで,c医師の診察を受けた。その際,原告の出血斑は,10×12㎝に拡大していた(甲A4の1ないし3,甲A6・7頁,甲B1の1・3頁,甲B13)。 原告は,その後も同整形外科に通院して,非ステロイド性抗炎症薬(ロキソニン),ビタミンB製剤(メチコバール)等による投薬治療等を受けた (甲A6・5ないし24頁)。 (7)平成15年9月○○日,eは,原告に対し,神経損傷に係る医療費を被告において負担することを申し出,被告において,原告の治療費分として,同年11月に5万2890円,平成16年4月に3万6890円を,東京医療センターに支払った(甲C7,乙A5・5頁)。 (8)c医師は,平成16年3月19日,原告の症状について,左上肢末梢神経損傷との診断をした(甲A5,甲A6・26頁)。 (9)平成17年1月21日,原告は,c医師の異動に伴い,dクリニックへ転院し,以後,投薬治療等を続けた(甲A7)。 (10)c医師は,その後も平成18年10月27日まで原告の診療を続 26頁)。 (9)平成17年1月21日,原告は,c医師の異動に伴い,dクリニックへ転院し,以後,投薬治療等を続けた(甲A7)。 (10)c医師は,その後も平成18年10月27日まで原告の診療を続けた結果,原告には左肘関節の前方やや尺側にチネル徴候が認められること,左前腕にカウザルギー特有のアロデニア(元来痛みを起こすはずのない接触刺激に対して痛みと感じてしまうこと),ハイパーパチア(接触刺激で起きた皮膚の痛みが遷延していつまでも続くこと)などの臨床症状が認められること,表在知覚の障害が確認されていることなどから,原告の症状は,本件採血の際,原告の左内側前腕皮神経が損傷され,その際,左内側前腕皮神経の終末 枝と左尺骨神経との間の交通枝も損傷されたために生じた左上肢のカウザルギーによるものと判断した(甲B1の1・2,3頁,甲B16,甲B17・1頁)。 争点(1)イ(b医師が,左肘正中皮静脈に対し垂直に採血針を刺入したか)について(1)原告は,b医師が,本件採血に当たり,原告の左上肢橈側から,左肘正中皮静脈に垂直に採血針を刺入し,同静脈を貫通して,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝を損傷した旨主張する。 そして,原告本人尋問において,「腕の真横から,針の非常に深いところ(約2.7㎝のところ)まで,外側から内側に向かって刺された。針を深く入れられた時,重い痛みがあり,血は出始めたが,なかなか採血管に溜まらなかった。途中,b医師が,看護師に話しかけた際,手元が動いて,痛みが強くなり,抜く時にもドーンという痛みを感じた」旨供述する(原告本人反訳書1・4頁)。 また,東京医療センターにおける6月12日の診療録(甲A6・5頁)には,原告の左前腕内側の肘部よりやや指先に向かった尺側部分に,線状の出血斑様の跡が存在していた事実 る(原告本人反訳書1・4頁)。 また,東京医療センターにおける6月12日の診療録(甲A6・5頁)には,原告の左前腕内側の肘部よりやや指先に向かった尺側部分に,線状の出血斑様の跡が存在していた事実が認められ,診療録には「針跡(?)」との記載があり,この点に関し,c医師は,「原告の左腕に見られた線状出血斑は,皮膚横皺よりも1.5㎝下方に位置することから,左肘関節の屈伸運動で出血した血液が貯留してできたとは考えられず,針などの鋭利な刃物が皮下を通過して出来た傷痕と考えられ,採血行為は望ましい形では行われていなかったと推察される」旨の意見を述べている(甲B13・1,2頁)。 (2)しかしながら,この点に関しては,以下の点を指摘できる。 ア斜めに走向している肘正中皮静脈に対し,橈側から尺側に向けて垂直に針を刺入することは,採血をより困難にすると考えられるところ(乙B3・1頁),本件採血において,b医師が,真横から採血針を刺入しなけれ ばならなかったような特別事情は何ら窺われない。この点につき,b医師は,採血針を真横から刺入するなどということはあり得ないし,そのような手技は見たことがないと供述し(乙A2・2頁,証人b反訳書2・5頁),介助にあたっていたf看護師も,採血中のb医師の姿勢や手順等に特に通常と異なる点は見られなかった旨供述する(乙A3・2頁,証人f反訳書3・4頁)。 イ真横から採血針を刺入した場合,3本の真空管に最後まで採血を行うことは難しいと考えられるところ(乙B3・1頁),本件採血では,合計3本の真空管に,最後まで血液が採取されて終了している(前記1(2))。 ウ本件採血は,原告の左肘正中皮静脈から行われたものであるが,原告が供述するように,正中皮静脈に刺入した針を正中皮静脈を貫通させて尺側に2.7㎝程度刺入すれば,採血 終了している(前記1(2))。 ウ本件採血は,原告の左肘正中皮静脈から行われたものであるが,原告が供述するように,正中皮静脈に刺入した針を正中皮静脈を貫通させて尺側に2.7㎝程度刺入すれば,採血のためには,改めて2.7㎝程度針を戻さなければ正中皮静脈からの採血はできないと考えられるところ,本件採血において,b医師は,刺入した針を意図的に戻すなどの動きをしていないことが認められる(前記1(2))。 エ本件採血は,b医師と原告が,採血台を挟んでほぼ正対した姿勢で行われたことが認められ(前記1(2)),そのような姿勢で,真横から針を刺入するということは通常考えにくい。 オ平成15年6月12日の診療録によれば,同日,原告には,c医師が刺入痕として指摘する線状の出血斑様の瘢痕があったことは認められるけれども,診療録に「針跡(?)本人の弁」との記載があるように(甲A6・5頁),c医師の判断は,原告本人が針跡であると説明したところに基づくものであって(原告本人反訳書4・11頁),出血斑様のものが左肘関節の屈伸運動で生じたものとは考えられない旨の指摘はあるものの,針跡であったことを裏付ける客観的な所見については指摘されていない。 (3)以上の点に照らせば,腕の真横から,外側から内側に向かって非常に深 いところまで針を刺されたとの前記原告の供述は直ちに採用することができず,他に,これを認めるに足りる証拠はない。 なお,前記のとおり,被告センターのeは,平成15年6月11日,原告に対し謝罪し(前記1(4)),被告において原告の東京医療センターにおける医療費を負担したことが認められるが(前記1(7)),この点につき,eが,速やかに円満な解決を図るためであったと述べていることに照らせば(乙A5・5頁),そのことから,b医師に義務違反があったと推認す 療費を負担したことが認められるが(前記1(7)),この点につき,eが,速やかに円満な解決を図るためであったと述べていることに照らせば(乙A5・5頁),そのことから,b医師に義務違反があったと推認することはできない。 よって,b医師に,左肘正中皮静脈に対し垂直に採血針を刺入した義務違反があったと認めることはできない。 争点(1)ウ(b医師が,注射針を深く刺入しすぎたことにより,左肘正中皮静脈を貫通し,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝を損傷したか)について(1)原告は,仮に注射針が左肘正中皮静脈に沿って刺入されたとしても,b医師には,注射針を深く刺入しすぎたことにより,左肘正中皮静脈を貫通し,左内側前腕皮神経及びこれと左尺骨神経との交通枝を損傷した義務違反があったと主張する。 そして,平成15年6月19日の東京医療センター受診時,原告の左前腕には,10×12㎝の皮下出血斑があったことが認められるところ(前記1(6)),c医師は,その意見書において,大量の出血が起きていることからすれば,本件採血では,採血針が,左肘正中皮静脈を複数箇所で穿孔した可能性が高いと述べている(甲B1の1・4頁)。 (2)しかしながら,この点に関しては,以下の点を指摘できる。 ア内出血の原因としては,止血の方法,その後の上腕への加圧などが影響することも考えられ,例えば,上腕にバッグのようなものをかけると,止血した部位を再度加圧することになり,再出血をきたすこともありうると ころ,原告の左腕の写真を見ると,出血斑の中に出血をきたしていない部位が索状に認められ,この部位が何らかの機序で加圧されて再出血をきたした可能性も否定できない(乙B3・3頁,証人b反訳書5・11頁)。 イ血管を複数箇所で穿孔した場合,出血量が多いことから,採血中から腫脹 に認められ,この部位が何らかの機序で加圧されて再出血をきたした可能性も否定できない(乙B3・3頁,証人b反訳書5・11頁)。 イ血管を複数箇所で穿孔した場合,出血量が多いことから,採血中から腫脹等の異常が認められるなど,採血を継続することが難しい場合が多いところ(証人b反訳書5・10,14頁),本件採血では,合計3本の真空管に,最後まで血液が採取されて終了しており,その後の止血確認,骨密度検査においても,原告の採血部位について,異常が指摘されていない(前記1(3))。 ウ仮に注射針で左肘正中皮静脈を貫通したとすると,採血のためには,針先を正中皮静脈内に戻さなければ採血はできないと考えられるところ,本件採血において,b医師は,刺入した針を意図的に戻すなどの動きをしていないことが認められる(前記1(2))。 (3)以上の点に照らせば,平成15年6月19日(採血後9日目)の時点で,原告に10×12㎝に及ぶ出血斑が認められた事実から,本件採血においてb医師に,原告の左肘正中皮静脈を複数箇所で穿孔ないし貫通した義務違反があったと推認することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (4)ところで,原告には,チネル徴候,アロデニア,ハイパーパチアなど,神経損傷によるカウザルギーと考えられる症状が現れていることは前記のとおりである(前記1(10))。 そこで,本件採血によって原告に神経損傷が生じたと認めることができるか,そのことから,b医師に,注射針で左肘正中皮静脈を貫通した義務違反を推認することができるかについて,付言して検討する。 ア左肘正中皮静脈の周辺には左内側前腕皮神経が走向しており,その解剖学的位置関係から,同静脈からの採血の際には,同皮神経を損傷することがあると指摘されているところ(甲B1の1・2頁,甲B1の2,甲B1 中皮静脈の周辺には左内側前腕皮神経が走向しており,その解剖学的位置関係から,同静脈からの採血の際には,同皮神経を損傷することがあると指摘されているところ(甲B1の1・2頁,甲B1の2,甲B1 5・2頁),①原告は,本件採血の当日に左腕の痛み,腫れ,しびれ等を被告センターのeに訴え,2日後には,東京医療センターを受診して,左前腕前方尺側皮膚の温痛覚鈍麻,左小指及び環指尺側の掌側皮膚の温痛覚鈍麻やチネル徴候が認められていること(前記1(4),(5)),②前腕の痛覚鈍麻は,左内側前腕皮神経損傷に基づく症状として整合し,薬指尺側及び小指掌側の痛覚鈍麻は,左内側前腕皮神経と左尺骨神経との交通枝損傷に基づく症状として整合すること(前記1(5)),③その後の診療経過で,原告には,アロデニア,ハイパーパチアなど,神経損傷によるカウザルギーと考えられる症状が現れていること(前記1(10))に照らせば,原告は,本件採血の際,左内側前腕皮神経及び左内側前腕皮神経の終末枝と左尺骨神経との間の交通枝が損傷されたと推認するのが相当である。 イこの点に関し,被告は,原告が本件採血中及び採血直後の止血時や骨密度検査の際,電撃様疼痛や,異常を訴えていなかったのは不自然である旨主張する。 しかしながら,痛みの感じ方には個人差があること,原告も,注射針を深く刺した際及び抜く際などに,ズーンという痛みを感じた旨供述していること(原告本人反訳書1・4頁,反訳書4・12頁),b医師も電撃的疼痛の訴えがなかったからといって神経損傷を完全には否定できないと供述していること(証人b反訳書5・7頁)に照らせば,採血途中,電撃様疼痛を医師らに対し訴えなかったからといって,そのことから直ちに神経損傷の可能性が否定されるものではなく,前記推認を覆すことはできない。 また,被告は,c医 訳書5・7頁)に照らせば,採血途中,電撃様疼痛を医師らに対し訴えなかったからといって,そのことから直ちに神経損傷の可能性が否定されるものではなく,前記推認を覆すことはできない。 また,被告は,c医師作成の後遺障害診断書によれば,原告の左尺骨神経は,肘屈曲時に左肘部管から逸脱することが認められること(甲B16),原告は,平成12年7月,交通事故における追突で,頸椎捻挫等の障害が生じていたことが認められること(甲A9・1頁)に照らせば,原告に現れた症状が,本件採血以外の要因によることが否定できない旨主張 する。 しかしながら,肘部管症候群は,外傷等による肘の変形,変形性肘関節症などに伴い,尺骨神経に慢性的な圧迫,牽引が生じることによって発症する疾患であるところ,原告の知覚異常等は,本件採血後,時間的に近接して発症してきたものであることからすれば,これらの症状が,肘部管症候群や交通事故に基づくものであるとは考え難く,被告の主張は採用できない。 ウしたがって,本件採血によって,原告の左内側前腕皮神経及び左内側前腕皮神経の終末枝と左尺骨神経との間の交通枝が損傷されたものと認められる。 エそこで,上記神経損傷の事実から,b医師の義務違反が推認できるかについて検討する。 (ア)本件採血行為において採血針が刺入された静脈は左肘正中皮静脈であるところ,肘正中皮静脈は,採血には良い血管と考えられている(甲B3・41頁,甲B5・34頁,乙B3・1頁)。 (イ)刺入部位は,上腕骨内側上顆から同外側上顆方向に7㎝,そこから末梢方向に1.5㎝のあたりと認められるところ(甲A6・5頁,甲B1の1・1頁),同部位は,ほぼ腕の正中で,内側前腕皮神経の分布が最も疎らな部位で,刺入部位としては適当であると考えられている(乙B3・1頁)。 (ウ)しかしながら れるところ(甲A6・5頁,甲B1の1・1頁),同部位は,ほぼ腕の正中で,内側前腕皮神経の分布が最も疎らな部位で,刺入部位としては適当であると考えられている(乙B3・1頁)。 (ウ)しかしながら,解剖学的に,肘正中皮静脈の周辺には内側前腕皮神経が走向しており,同部の採血では,内側前腕皮神経の損傷が起こること,カウザルギーが発症する場合もあること,献血時の神経損傷の頻度は,6300分の1となることも指摘されている(甲B1の1・2,4頁,甲B1の2,甲B3・45頁,甲B15・2頁)。 (エ)内側前腕皮神経が,肘正中皮静脈の皮膚側を走向している場合もあ りうるが(甲B1の1・3頁,甲B1の2),前腕に分布する皮神経の走向は,体表からは判断が困難であり,神経分布も個人により異なるから,事前に走向を全て知ることは不可能であるとの指摘もある(乙B3・1頁)。 以上によれば,b医師が選択した血管,刺入箇所に不適切な点はなく,内側前腕皮神経が肘正中皮静脈の皮膚側を走向しているような場合などは,適切な手技での採血によっても,神経損傷が生じ得るのであって,事前に認識することはできないことが認められるから,そのような場合は,仮に神経損傷が生じたとしても不可避な合併症と理解されるべきものといえ,よって,前記認定のとおり,本件採血によって,原告に神経損傷が生じたことから,直ちに,b医師に,血管を複数箇所で穿孔するなどの義務違反があったと推認することはできず,他に,b医師の手技に義務違反があったと認めるに足りる証拠はない。 (5)以上によれば,被告センターのb医師に,採血手技上の義務違反があったと認めることはできない。 よって,原告の請求は,その余の事実について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所 医師に,採血手技上の義務違反があったと認めることはできない。 よって,原告の請求は,その余の事実について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官秋吉仁美裁判官渡邉隆浩裁判官角田ゆみは,転補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官秋吉仁美

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