主文 被告人を懲役6月に処する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 【罪となるべき事実】被告人は,平成11年12月7日午後7時18分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,大阪市a区bc丁目d番e号先道路をf区方面からgh丁目方面に向かい時速約60キロメートルで進行するに当たり,指定最高速度(50キロメートル毎時)を遵守するのはもとより,同所は左方に緩やかに湾曲していたのであるから,前方左右を注視し,ハンドルを的確に操作して進路を適正に保持しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,運転席左側の小物入れに注意を奪われ,前方左右の注視を欠き,的確なハンドル操作をせず,漫然同速度で進行した過失により,自車が対向車線にはみ出していることに気付かず,折から対向進行してきたA(当時53歳)運転の普通乗用自動車前部に自車前部を衝突させ,よって,同人に加療約86日間を要する左小指基節骨骨折等の傷害を負わせたものである。 【事実認定の補足説明】なお,被告人及び弁護人は,被告人は,脇見をせず前方を注視して被告人車を運転し,自車線内を走行していたものであり,事故は,対向車線上を走行してきたバスとすれ違った直後,被害者とされるA運転車両(以下「A車」という。)の方がセンターラインを越え,被告人車の走行車線(南東行き車線)内にはみ出してきた結果起こったものであるから,被告人に過失はなく,無罪とされるべきである旨主張する。 しかしながら,前掲各証拠によれば次のとおり認められる。すなわち,(1) 本件事故により被告人車及びA車双方のラジエターが破損し,水漏れが生じているが,被告人車の走行車線上の路面には水漏れの痕がなく,水で濡れているのはA車走行車線(北西行き車線)上の路面に限られ (1) 本件事故により被告人車及びA車双方のラジエターが破損し,水漏れが生じているが,被告人車の走行車線上の路面には水漏れの痕がなく,水で濡れているのはA車走行車線(北西行き車線)上の路面に限られ,しかも,実況見分調書(甲8)に添付された交通事故現場見取図記載のとおり,A車からの水漏れ痕はセンターラインに平行して北から南に向かってしばらく続き,やがてゆるやかに西方に向きを変えながら,水漏れ開始地点からセンターライン沿いに計測して約15.3メートル続いているのに対し,被告人車からの水漏れ痕の方は,センターラインに沿うことなく,これとの交差する線上に直線的に短い距離で残されているに過ぎないことが認められるところ,これら水漏れ痕は,衝突後押し戻されたA車及び衝突後A車を押し戻して進んだ被告人車双方の衝突後の移動経路を示すものと考えられるが(なお,被告人は,被告人車のラジエターからの水漏れは,被告人車が停止してから生じたものであると主張するが,上記実況見分調書の写真第1,2号によれば,前記見取図記載のとおり,被告人車停止以前から水漏れが生じていたことが明らかであり,これにより同車の移動経路を推定できるものと認められる。),これによると,衝突時点において,A車はA車走行車線(北西行き車線)上をセンターライン沿いに走行していたものであり,一方の被告人車の方は,センターラインを越えてA車走行車線内に進入してきたことを強く推認させるものである。被告人及び弁護人が主張するように,A車の方がセンターラインを越えて被告人車の走行車線内に進入して衝突したものとすると,衝突後のA車及び被告人車の双方が上記のような移動経路を辿ったとするためには,一旦センターラインを越えたA車が衝突後押し戻されて再びセンターラインを越えて元の北西行き車線に戻り,それと同時に車 ると,衝突後のA車及び被告人車の双方が上記のような移動経路を辿ったとするためには,一旦センターラインを越えたA車が衝突後押し戻されて再びセンターラインを越えて元の北西行き車線に戻り,それと同時に車体の向きがセンターラインと平行になり,一方の被告人車の方も,それまでセンターライン沿いに南東方向に走行してた車体が,衝突後急激に南西方向に向きを変えたことにならなければならないことになるが,A車及び被告人車が,同一の衝突を契機に上記のような急激な車体の向きの変更を伴う移動をしたとすることは物理的に無理があると考えられる。 (2) 被告人は,B病院で本件事故による頭部及び両膝の負傷の手当を受けた後,C警察署に出頭し,係官のDに本件事故の状況を説明しているが,その際には,運転席左側にあるコンソールボックスに入れていた小銭入れや老眼鏡のことが何となく気になり,顔を左下に向けて脇見をしたため,被告人車がセンターラインを越えて対向車線内に進入し,A車と衝突した旨,まず自ら図面を書いた上,図面に基づきその原因をも含めて具体的に説明している(乙1,2,証人D)。この点について弁護人は,係官のDが被告人車がセンターラインを越えたものと決めつけ,事故で頭部を負傷し判断力も十分でなかった被告人にこの判断を押しつけ,誘導して供述させたものであり,信用性がない旨主張するが,係官である証人Dの証言によると,図面は被告人が自ら書いたものであり,本来であれば事故現場に同行して事故状況を確認すべきところを,被告人の怪我の状態を配慮して当日の事情聴取は1時間程度で切り上げ,供述調書を作成することもなく終わったというのであり,被告人も当公判廷において,そのとき「脇見をした」と述べたのは,Dの誘導によるものではなく,事故原因を問われた際,自分で考えて答えたものである旨述べ 調書を作成することもなく終わったというのであり,被告人も当公判廷において,そのとき「脇見をした」と述べたのは,Dの誘導によるものではなく,事故原因を問われた際,自分で考えて答えたものである旨述べていることなどからすると,弁護人が主張するような供述の押しつけがあったとは考えられない 。 (3) 被告人は,事故直後の現場で,被害者から「寝とったんかいな。どっち曲がるんかな。」などと,被告人の方に非のあることを指摘して非難されていながら(この点については,被害者はそのように言ったことを記憶していないが,被告人自身自認するところである。),事故の翌日会社の事故係とともに被害者を見舞い,「何から何まで全部しますから,傷を治して下さい。」などと述べ,その後も3日連続で被害者を見舞うなど,被告人の方に非のあることを前提とする対応を示していた(乙2,被告人及び被害者Aの公判供述)。 (4) 被害者である証人Aは,事故状況について,A車を時速50キロメートル位の速度で運転して,実況見分調書(甲9)添付の事故現場見取図のアの位置に来たとき,前方の交差点の信号が赤色でその手前の甲の位置(アの前方63メートル)で信号待ちしている白い乗用車を見たので時速40か45キロメートル位に減速してイの地点(アからの距離28.6メートル)に来たとき,突然被告人車が③の位置(イからの距離16.4メートル)からセンターラインを越えて自車線に進入してきてウの位置(イからの距離6.1メートル)で衝突した旨,上記の事故現場の客観的状況と符合する供述をしている。 (5) Eバス車庫(駐車場)F営業所からバスを運転してA車走行車線に進入すべくその北側出入口付近で一時停止していた際,本件事故を目撃したEバス運転手である証人Gは,当公判廷において,左折してA車走行車線に進出 車庫(駐車場)F営業所からバスを運転してA車走行車線に進入すべくその北側出入口付近で一時停止していた際,本件事故を目撃したEバス運転手である証人Gは,当公判廷において,左折してA車走行車線に進出すべく出入口付近で一時停止して,右を見て同車線に進出する機会を窺っていたとき,走行してくるタクシー(A車)を見かけたが,同車は当初速度が出ていたものの,前方の信号が赤色であったので速度を落とし,時速40キロメートル位で走行していた,そのタクシー(A車)をやり過ごしてから進入しようと待っていたところ,被告人車がセンターラインを越えてきてA車と衝突する瞬間を目撃した,被告人車がセンターラインを越えてきたことは間違いなく,そのとき,こんなところでぶつかるのは,居眠りをしていたか,前方を見ていなかったに違いないと思った,被告人が述べるように,A車の前方にバスが走行していたことなどなかった旨,前記の被害者供述に副い,被告人の弁解を否定する内容の供述をしており,同証人は,被告人及び被害者とは一面識もなく,その勤務先や所属労働組合関係等を含め何らの利害関係を有しない人物であり,前記のとおり,車庫出入口からA車線上に進出すべく同車線上の車両の動きを注視していた際に本件事故を目撃し,しかもそのときのとっさの感想をも述べるものであって,その目撃証言には高度の信用性が認められる。 以上のとおりであって,これら本件事故現場の客観的状況,事故直後の被害者及び被告人双方の言動,被害者及び第三者の目撃証言等を総合すると,被告人車の方がセンターラインを越えてA車走行車線内に進入したことから本件事故が起こったことは明白であって疑う余地がない。被告人が本件事故直後,事故係官のDに対して語った,脇見をしたため被告人車がセンターラインを越えて対向車線内に進入し,A車と衝突した旨 たことから本件事故が起こったことは明白であって疑う余地がない。被告人が本件事故直後,事故係官のDに対して語った,脇見をしたため被告人車がセンターラインを越えて対向車線内に進入し,A車と衝突した旨の供述は十分信用することができ,判示事実を優に認定することができる。A車の方がセンターラインを越えてきた旨の被告人の捜査段階及び当公判廷における供述は,上記事故現場の客観的状況と矛盾し,上記の当初供述からの変遷の経緯も不自然,不合理であって,とうてい信用することができず,被告人及び弁護人の前記主張は採用することができない。 【法令の適用】被告人の判示所為は刑法211条前段に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役6月に処し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。 【量刑の理由】本件は,被告人が,緩やかに湾曲しているとはいえ直線に近く,見通しも良好な幹線道路上で,制限速度を超過しつつ脇見運転をした結果,被告人車を対向車線に進出させて,同車線上を走行していた被害車両に衝突させるという,自動車運転者として最も基本的な注意義務を怠った結果,対向車を運転していた被害者に加療約86日間を要する重傷を負わせたという危険かつ重大な事故事案であり,被告人がタクシー運転手という自動車運転を職業とする者であり,乗客の安全を第一に行動しなければならない職責有するものであることを併せ考えると,犯行は悪質というほかない。被告人は,昭和52年3月と昭和59年7月に業務上過失傷害の罪で各罰金刑に処せられているのをはじめ,昭和61年2月には,道路交通法違反(無免許,酒気帯び運転)の罪で懲役4月,執行猶予3年に処せられ,さらに,平成9年7月には速度超過(50㎞)で罰金刑に処せら で各罰金刑に処せられているのをはじめ,昭和61年2月には,道路交通法違反(無免許,酒気帯び運転)の罪で懲役4月,執行猶予3年に処せられ,さらに,平成9年7月には速度超過(50㎞)で罰金刑に処せられた前科を有するものである上,平成9年から平成10年にかけて上記速度超過のほか,2回にわたる赤色信号無視等の重大な違反を犯すなどして2回にわたって免許停止の行政処分を受けるなどしていたものであって,これらの点に照らすとその交通法規を軽視した運転態度が看取できること,被害者は,本件事故により上記のとおり加療約86日間を要する左小指基節骨骨折等の重傷を負い,3ヶ月間の通院期間中休業を余儀なくされ,この間収入が得られなかっただけでなく,上記骨折については症状固定に至ったが14級の後遺障害が残り,天候が悪いときには手が痛むなどの症状に苦しんでいること,それにも関わらず,その金銭的補償については,被害者請求により自賠責保険から後遺障害を含め合計195万円を受け取ったものの,被告人からは当初見舞金として受け取った1万円以外何らの被害弁償の措置がとられていないこと,そのため,被害者の被害感情には厳しいものがあり,被告人には誠意がまるで感じられず,時には憎しみを覚えるときもある,人に罪を着せることは憎むべきことと感じる,被告人に対しては相当重い処罰にしてもらいたい旨述べているところであり,このような被害感情の厳しさは,何らの落ち度もないのに,被告人の一方的過失によって本件事故に巻き込まれ,重傷を負わされただけでなく,逆に被告人から加害者呼ばわりされ,真摯な謝罪も被害弁償もなされないまま放置された被害者の心情からすれば当然のこととして理解できること,これらの点に加え,上記のとおり,被告人が不合理な弁解に終始し,逆に被害者を加害者呼ばわりし,最後まで本件事故 害弁償もなされないまま放置された被害者の心情からすれば当然のこととして理解できること,これらの点に加え,上記のとおり,被告人が不合理な弁解に終始し,逆に被害者を加害者呼ばわりし,最後まで本件事故に対する反省や被害者に対する謝罪の姿勢をいっさい示さなかったことなどを併せ考えると,犯情は芳しくなく,前記のとおり,被告人には交通法規軽視の運転態度が看取されるところであり,本件事故は一過性の過失に基づく事故というより,このような被告人の基本的運転態度に起因するものであると考えられること,現時点において,被告人に全く反省の姿勢が見られず,したがって,このまま放置すると同様の再犯の危険も否定し難いこと(現に被告人は本件事故後の平成12年3月に速度超過の違反を犯すに至っている。)などからすると,被告人の刑事責任を軽視することはできず,被告人にはこれまで服役経験がないこと,事故当初は被害者を見舞い,謝罪するなど一応反省の姿勢を示し,上記のとおり見舞金を届けるなどしていること,被害者は自賠責保険から既に保険金の支払いを受けていること,被告人がタクシー会社の従業員であり,本件はその勤務中の事故であることから,いずれ被害者の損害はすべて填補されるものと見込まれること等,量刑上被告人に有利に斟酌すべき事情を十分考慮しても,この際,被告人を施設に収容してその規範意識の覚醒をはかる必要があるというべきである。その際,被告人に対しては,交通関係を中心とした矯正教育等の処遇を強制的に受けさせることによって,これまでの自己の運転態度を反省させ,将来の同種事案の再発を防止すべき必要性が高いと考えられるところであり,この観点に加え,前記のとおりの本件事故及び過失の重大性等を総合すると,禁錮刑を選択することは相当とは考えられず,懲役刑を選択の上,その所定刑期の範囲内で べき必要性が高いと考えられるところであり,この観点に加え,前記のとおりの本件事故及び過失の重大性等を総合すると,禁錮刑を選択することは相当とは考えられず,懲役刑を選択の上,その所定刑期の範囲内で主文のとおり量刑した次第である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑禁錮8月)平成13年10月11日大阪地方裁判所第6刑事部裁判官水島和男
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