主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実は,「被告人は,平成13年10月10日午後4時40分ころ,山口県下関市ab丁目c番d号A自動車道上りBパーキングエリアのガスステーションC株式会社前において,高速道路での通行方法をめぐるD(当時31歳)の言動に立腹し,同人に対し,所携の携帯電話器でその胸部等を突くなど多数回にわたる暴行を加え,同電話器のアンテナ部分で同人に心臓貫通杙創等の傷害を負わせ,よって,同日午後5時28分ころ,同市ef丁目g番h号E病院において,同人を前記心臓貫通杙創に基づく心タンポナーデにより死亡させたものである。」というものである。 第2 被告人の公判供述,第1回公判調書中の被告人の供述部分,被告人の検察官調書(乙6ないし8),警察官調書(乙4,5),第2回公判調書中の証人Fの供述部分,第3回公判調書中の証人Gの供述部分,Hの検察官調書(甲3),Iの警察官調書(甲30),実況見分調書(甲2,17,25,26),写真撮影報告書(甲16),嘱託鑑定書(甲39),鑑定嘱託書謄本(甲13),鑑定結果通知書(甲14)及び押収してある携帯電話1台(平成13年押第29号の1,甲15)(括弧内の甲乙の番号は,検察官請求証拠の番号を示し,以下証拠を適示する場合は同様とする。)によれば,公訴事実記載の日時場所において,被告人が,Dに対し,客観的事実として携帯電話器(平成13年押第29号の1。以下「本件携帯電話」という。)を所持した状態でDの胸部等を突くなどの暴行を加え,公訴事実記載の傷害を負わせて死亡するに至らしめたことは,ひとまず,これを認めることができる。 第3 これに対し,弁護人は,被告人の本件行為は正当防衛であり無罪である旨,ま を突くなどの暴行を加え,公訴事実記載の傷害を負わせて死亡するに至らしめたことは,ひとまず,これを認めることができる。 第3 これに対し,弁護人は,被告人の本件行為は正当防衛であり無罪である旨,また,仮に,被告人の本件行為が防衛行為として過剰であり相当性を欠くとしても,被告人は本件行為時,本件携帯電話を所持していたという認識を欠いており,自己の行為が防衛行為として相当性を欠くとの認識を有していなかったのであるから,いずれにしても無罪である旨主張し,一方,検察官は,被告人は所携の本件携帯電話で意図的,積極的に被害者を殴打したもので,本件はいわゆる喧嘩闘争事案というべきであり,侵害の急迫性を欠く上,防衛の意思もなく,防衛行為の相当性も認められないとして,被告人の行為は正当防衛には該当しない旨主張するので,以下検討する。 1 本件の経緯及びその後の状況等について(1) 前掲各証拠並びに被告人の警察官調書(乙2,3),実況見分調書(甲7,36),捜査報告書(甲35),写真撮影報告書(甲22,32ないし34),鑑定嘱託書謄本(甲23)及び鑑定結果通知書(甲24)によれば,ほぼ間違いない事実関係として,以下のとおり認めることができる。 ア被告人は,平成13年10月10日,普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)を運転し,広島市内の勤務会社に戻るため,同日午後4時30分ころJインターチェンジからA自動車道に入り,広島方面に向かって毎時約100キロメートルの速度で走行車線を走行中,追越車線に車線変更しようとしたところ,同車線を走行していたD運転の大型トラック(以下「D車両」という。)から割り込み妨害を受けたため,ひとまずD車両を先行させ,自らも追越車線に車線変更し,同車線上をD車両に追従して走行した。被告人は,その後,先行 していたD運転の大型トラック(以下「D車両」という。)から割り込み妨害を受けたため,ひとまずD車両を先行させ,自らも追越車線に車線変更し,同車線上をD車両に追従して走行した。被告人は,その後,先行しているD車両を走行車線から追い抜こうと考え,再び走行車線に戻って加速進行し,D車両を追い抜こうとしたところ,D車両から再度,車体を幅寄せされるなどの走行妨害を受けたため,これを避けるべく道路左路肩を走行し,急加速してD車両を追い抜いた上,更にスピードを上げて,一旦D車両を振り切るとともに,折良くBパーキングエリアの案内表示板が目についたことから,これ以上の走行上のトラブルの拡大を回避するとともに,給油をするため,同パーキングエリアに入った。 イ被告人は,同日午後4時40分ころ,山口県下関市ab丁目c番d号A自動車道上りBパーキングエリアのガスステーションC株式会社(以下「本件ガソリンスタンド」という。)において,ガソリンの計量器を左側にした状態で被告人車両を停車させ,従業員に給油を依頼し,先程来の走行中のトラブルにより車内に散らばった物品の整理をしていたところ,間もなく,D車両も同パーキングエリア内に入ってきて,被告人車両の停車位置から右斜め後方約20メートルの位置に停車した。Dは,運転席を降り,給油中の被告人車両の運転席ドア付近に近づいてきたが,その時点では,被告人はDに全く気付いていなかった。そして,Dは,「なんやこら。」などと怒鳴りながら,被告人車両の運転席側に近づき,いきなり被告人車両の運転席ドアを開けた。被告人は,突然怒鳴りながらやってきたDの剣幕に驚くと共に,このままではDに運転席から引きずり降ろされかねないなどと考え,自ら被告人車両から降り,被告人車両を背にして,Dと正対した。なお,被告人は,自動二輪車等の販売, がらやってきたDの剣幕に驚くと共に,このままではDに運転席から引きずり降ろされかねないなどと考え,自ら被告人車両から降り,被告人車両を背にして,Dと正対した。なお,被告人は,自動二輪車等の販売,営業という仕事柄,降車の際などにはいつも本件携帯電話を持ち歩くのを習慣としており,本件の際も,被告人車両の運転席ドア内側に置いてあった本件携帯電話を右手に所持したまま,前記のとおり降車した。 ウ Dは,被告人の運転方法について,「何だ今の運転は。」「なめとったら殺すぞ。」などと,かなり激しく興奮,憤慨して文句を言い,被告人は,自らに落ち度はないと思ったものの,事を荒立てたくはなく,一応「すみませんでした。」などといって謝罪の態度を示した。しかしながら,Dは,激高した態度を全く変えることなく,かえって被告人の襟元を掴んで被告人車両の車体に強く押しつけたり,被告人の顔面を2回ほど殴打したり,被告人の腹部を1回膝で蹴るなどの暴行を加えた。これに対し,被告人は,Dの暴行を避けようとし,両手でDを押すようにして突き放したため,一旦,双方は約1.5メートル離れて正対するような状態となったが,Dは,再度被告人に掴みかかり,被告人の顔面を殴打するなどの暴行を加えた。 そこで,被告人は,反撃もやむを得ないと考え,Dの顔面や上半身等に対し,本件携帯電話を所持したまま右手を振り回して殴打するなどの暴行を加え,Dも,被告人の顔面や上半身を殴打するなどの暴行を加えたが,その殴打等の回数は双方ともに十数回程度に及び,更に,Dが,被告人の服を掴んで引きずり倒そうとし,これに対抗して,被告人も,Dの服を掴んで踏ん張るなどしてもみ合いとなった後,Dが「もうええわ。」などと言って攻撃を止めたため,被告人も,すぐに反撃を中止した。被告人らが相互に殴打 ずり倒そうとし,これに対抗して,被告人も,Dの服を掴んで踏ん張るなどしてもみ合いとなった後,Dが「もうええわ。」などと言って攻撃を止めたため,被告人も,すぐに反撃を中止した。被告人らが相互に殴打し,掴み合うなどしていた時間は,約1分程度であった。 エ被告人は,Dに対し,2回くらい「申し訳ありませんでした。」などと謝った上,Dが鼻血を出していたので,被告人車両に積んでいたティッシュペーパーを取り出してDに渡した。Dは,その際,特に変わった様子もなく,被告人に対し,破れた服の弁償等を要求するなどしていたが,その後,D車両の運転席に近づき,運転席のドアを開けた途端,前向きに膝をつき,手をついて倒れ込んだため,被告人は,本件ガソリンスタンドまで走って戻り,同従業員に救急車の手配を要請した。 (2) 弁護人は,被告人は,Dに対し暴行を加える際,右手に本件携帯電話を所持しているという認識を有していなかった旨主張し,被告人も,当公判廷において,自分が本件携帯電話を所持していると初めて気付いたのは,相互に殴り合うような状態が終わり,Dが突然に倒れ込んだ際,救急車を手配しようと思い,本件携帯電話を捜した時点である,その際,本件携帯電話を所持していたのが右手であったかどうかは記憶にない旨供述する(なお,公判手続更新前における公判調書中の被告人供述部分も含む。以下特に断りのない限り,公判供述又は公判証言という場合,公判調書中の供述又は証言部分も含むものとする。)。 これに対し,当裁判所は,遅くとも殴り合いの途中において,被告人は右手に本件携帯電話を所持していることを認識するに至ったものと判断するので,以下,この点につき補足的に説明する。 ア本件携帯電話の形状につき,実況見分調書(甲17),写真撮影報告書(甲 手に本件携帯電話を所持していることを認識するに至ったものと判断するので,以下,この点につき補足的に説明する。 ア本件携帯電話の形状につき,実況見分調書(甲17),写真撮影報告書(甲16),押収してある携帯電話1台(平成13年押第29号の1,甲15)によれば,本件携帯電話は,全長約12.2センチメートル,幅約4.2センチメートル,奥行約1.7センチメートル,重量約80グラムで,右上部には伸縮式のアンテナが装備されており,アンテナを収納した状態で,常時アンテナ先端部が約2センチメートル出ており,アンテナを伸ばすと全長約11センチメートルとなること,外観はサテンシルバー色の金属様の材質の物で覆われており,アンテナの本体部分は金属製であるが,その先端部には,先端が丸く形成されたプラスチック様のキャップが被せられていること,左上部には全長約14.5センチメートル(ひも部分を含む。),幅約1.5センチメートルの携帯ストラップが付属していることの各事実が認められる。 イまた,Dの受傷状況につき,Hの検察官調書(甲3),実況見分調書(甲2),嘱託鑑定書(甲39)によれば,以下の事実が認められる。 (ア) Dの身体には,①左耳介上方に深さ0.4センチメートルの十字状の挫裂創(左側頭部挫裂創)及びそこを上端に斜めに走る5.5センチメートルの線状表皮剥脱(同挫裂創が形成された後に擦過されたものと推定される左側頭部打撲擦過傷),②頭頂部やや右側に深さ0.5センチメートルの十字状の挫裂創(頭頂部挫裂創),③鼻根部右側に深さ0.5センチメートルで創底が鼻骨に達し出血を認める十字状の挫裂創(鼻根部右側挫裂創),④左胸部内側に大胸筋と肋間・心嚢・心臓左室前壁を貫通し左室内に達する創洞約2センチメートルの十字状の組織欠損を伴 5センチメートルで創底が鼻骨に達し出血を認める十字状の挫裂創(鼻根部右側挫裂創),④左胸部内側に大胸筋と肋間・心嚢・心臓左室前壁を貫通し左室内に達する創洞約2センチメートルの十字状の組織欠損を伴う刺創(左胸部内側刺創)及びその右下方に6センチメートルの線状の微細表皮剥脱群(同刺創形成後の擦過によるものと推定される胸部下部擦過傷)等が存在し,このうち④左胸部内側刺創が致命傷であり,その創洞は概ね水平に心臓に向かっている。 これらのほか,Dの身体には,⑤頭頂部から後頭部にかけて長さ11センチメートルの微細表皮剥脱(頭頂後頭部打撲擦過傷),⑥顔面の右眉外側上部に表皮剥脱(右眉外側上部打撲擦過傷),⑦左頸部に長さ12.5センチメートルの線状表皮剥脱(左頸部打撲擦過傷),⑧左肩部に長さ9.5センチメートルの線状表皮剥脱(左肩部擦過傷),⑨左胸部に皮下出血を伴う長さ35.5センチメートルの線状表皮剥脱(左胸部線状打撲擦過傷),⑩左胸部外側下部に表皮剥脱(左胸部外側下部打撲擦過傷),⑪右胸部上部外側に皮下出血を伴う打撲傷(右胸部上部外側打撲傷),⑫左背部外側に長さ18センチメートルの微細皮下出血群(左背部外側擦過傷),⑬左上腕上部外側に表皮剥脱(左上腕上部外側圧挫傷群)が存在する。 (イ) Dの身体には,素手の攻撃や携帯電話のアンテナ部以外の部分が当たって生じたと推定される顕著な損傷は存在しない。 ウ Dに生じた前記イ(ア)①ないし⑬の傷が本件携帯電話のアンテナ部により生じたものであることは,その傷の形状等に照らして明らかであり,また,Dに生じた傷のほとんどが左上半身に集中していることから,被告人は,殴り合いの当時,右手に携帯電話を所持していたと認めることもできるのであって,以上の点は,被告人も概ね 照らして明らかであり,また,Dに生じた傷のほとんどが左上半身に集中していることから,被告人は,殴り合いの当時,右手に携帯電話を所持していたと認めることもできるのであって,以上の点は,被告人も概ね自認するところである。 そして,Dに生じた傷のうち,前記①の左側頭部挫裂創・打撲擦過傷と,同⑦の左頸部打撲擦過傷については,1回の攻撃によって生じた可能性があるが,その他は基本的に各1回毎の攻撃で各1個の損傷が生じたと推定されるところであり,その一部に皮下出血を伴うことや,形状,長さ等に照らし,これらの擦過傷は相当程度の力が加わって生じたものであり,暴行の回数も刺創,挫裂創と合計で,少なくとも12回に及ぶと認めることができる。 エ以上の事実をもとに,弁護人の前記主張について判断する。 確かに,本件反撃行為に至る経緯をみるに,被告人は,Dから不意に怒鳴られ,いまにも暴行を受けるような状況下で降車したのであり,かなりの動揺があったことは想像に難くない上,その直前まで,車内に散乱していた物品を整理していたのであり,その他,被告人が,車両から離れる際には,常に携帯電話を持ち歩く習慣を有していたことなどを考えると,無意識のうちに本件携帯電話を持ち出したとする被告人の供述も,あながち不自然とはいえない。 しかし,前記認定のとおり,被告人は,本件携帯電話を所持したまま,相当の力で複数回,Dを殴打したり,Dともみ合った際,何度も右手を使って同人を押したり掴んだりしているところ,本件携帯電話は握って手からはみ出るくらいの大きさで,しかも長方形の形状をしており,前記殴打の際,被告人が本件携帯電話の所持に気付かないというのは甚だ不自然といわざるを得ないこと,当該傷は携帯電話のアンテナ部によ って手からはみ出るくらいの大きさで,しかも長方形の形状をしており,前記殴打の際,被告人が本件携帯電話の所持に気付かないというのは甚だ不自然といわざるを得ないこと,当該傷は携帯電話のアンテナ部により生じており,アンテナ部がDに当たった衝撃で手に何か持っているという感覚があってしかるべきであるにもかかわらず,被告人が何らの違和感も覚えないというのも不合理であること,被告人は,当公判廷における供述並びに警察官及び検察官に対する供述において,Dが被告人車両運転席に来てから,殴り合いになるまで,そして,殴り合いの状態になった時の状況も比較的詳細に供述しているにもかかわらず,本件携帯電話の点については曖昧で,供述状況自体にも不自然さがあることなどに照らすと,被告人は,遅くとも,実際にDに反撃を加え,殴打していた途中において,右手に本件携帯電話を所持しているという認識を持つに至ったものと認めるのが相当である。 (3) ところで,検察官は,被告人が,本件携帯電話のアンテナ部を利用して,積極的,意図的に攻撃を加えた旨主張する。 なるほど,Dの身体には,本件携帯電話のアンテナ部が刺さって生じたものと認められる傷(前記イ(ア)①ないし④の傷)が少なくとも4か所存在する上,その余の傷もアンテナ部が当たって生じたものと認められるのであり,しかも,こうした創傷は,前記のとおり合計12回もの攻撃により生じていると認められるのであって,こうした客観的な創傷の状態に着目すると,一連の反撃過程において,被告人が殊更アンテナ部を意識せず,闇雲に本件携帯電話を振り回していたにすぎないとするのは,いささか不合理の嫌いがないではない。 しかしながら,本件携帯電話を凶器とする最も危険性の高い行為は,アンテナ部を利用した刺突行為であるところ,Dに生じてい 回していたにすぎないとするのは,いささか不合理の嫌いがないではない。 しかしながら,本件携帯電話を凶器とする最も危険性の高い行為は,アンテナ部を利用した刺突行為であるところ,Dに生じている傷には,こうした刺突行為以外の方法によって生じたと推察される傷(前記イ(ア)⑤ないし⑬の傷)も多数存在すること,致命傷となった胸部の刺創にせよ,約20から30キログラム程度の力が加われば,皮膚を破り表皮剥脱の損傷が生じるとの指摘もあり(甲3),創傷の状況のみをもって,必ずしも強度の力が加えられたと推認することはできないこと,前記(1)ア及びイに認定のとおり,被告人は,Dから突然に怒鳴りつけられ,当初は一方的に暴行を加えられるのみであったのであり,当時,かなり動揺し,いわゆる無我夢中な状態で防戦しようとしていたのであって,あえて冷静に,顔面や心臓部といった身体の枢要部を狙って,本件携帯電話のアンテナ部により積極的,意図的な攻撃を加えたとするには,およそ飛躍があること等の疑問点がある一方,検察官の前記主張を支えるべき積極的な証拠に乏しい本件においては,その形成過程を詳細に認定することはできないが,両者が殴り合いもみ合ううちに,被告人の積極的な意図なく,Dに対する一連の創傷が生じた可能性を完全に排斥することはできないというべきである。 よって,検察官が主張するように,被告人が,本件携帯電話のアンテナ部を利用して,積極的,意図的に攻撃を加えたとまでは認めることができないというべきである。 2 正当防衛の成否について(1) 急迫不正の侵害について前記1(1)において認定したとおり,被告人は,高速道路においてD車両との間で走行上のトラブルが生じたのに対し,これをやり過ごすためパーキングエリアに進入,停車し給 不正の侵害について前記1(1)において認定したとおり,被告人は,高速道路においてD車両との間で走行上のトラブルが生じたのに対し,これをやり過ごすためパーキングエリアに進入,停車し給油をしたものであるが,被告人が給油を開始した際,Dは同パーキングエリアにD車両を停車させ,給油中の被告人車両運転席に向かい,「なんやこら。」などと怒鳴りながらそのドアを開け,被告人と正対し,被告人が謝罪の態度を示したにもかかわらず,被告人の身体を被告人車両に押しつけたり,被告人の顔面を2回ほど殴打したり,被告人の腹部を足で1回蹴るなどの暴行を加え,その後,一旦は,被告人から突き放されたにもかかわらず,更に,被告人の顔面を殴打するなどの暴行を加えたものであって,それまでの間に,被告人は,Dに対し,暴行には及んでいない。 確かに,Dが,あえて,パーキングエリアに停車中の被告人車両を追いかけて文句等を言いにきたことなどから考えて,被告人の当初における追越車線への車線変更が,かなり無理な割り込みだった可能性など,走行上のトラブルの発生につき被告人に全く非がないとは必ずしもいい難いが,トラブルをやり過ごそうとしてパーキングエリアに進入,停止した車両をあえて追いかけ,しかも,運転者に近づき暴行を加えるというのは,それ自体尋常ではなく,一般的にみて,その暴行が予想できるといえるものではないし,実際にも,被告人は,Dが怒鳴りながら被告人車両の運転席付近に現れるまで,Dがパーキングエリア内にいることに気づいておらず,Dから暴行を受けることを予想していなかったものである。しかも,Dは,被告人から,一旦,突き放された後も暴行を加えており,それまで被告人はDに対し何ら暴行を加えていないのであるから,Dが被告人車両の運転席に近づき,被告人に対し暴行を加え たものである。しかも,Dは,被告人から,一旦,突き放された後も暴行を加えており,それまで被告人はDに対し何ら暴行を加えていないのであるから,Dが被告人車両の運転席に近づき,被告人に対し暴行を加えてから,被告人から突き放された後も暴行を加えるまでの一連の行為は,被告人にとって急迫不正の侵害にほかならないというべきである。 そして,その経緯に照らせば,その後の相互に殴り合う状態をもって,本件を,検察官が主張するところの,いわゆる喧嘩闘争事案と認めることはできない。 (2) 防衛行為の必要性,相当性についてア本件の現場は,時間が午後4時40分ころ,高速道路のパーキングエリア内にある従業員が3名いるガソリンスタンドで,被告人は,Dから怒鳴られ暴行を受けた際,暴行を回避するため,本件ガソリンスタンド従業員や同パーキングエリア内にいた者に助けを求めることが可能ではなかったが問題となり得る。 確かに,被告人は,そのような方法を採っていないが,同パーキングエリアの売店等は,本件ガソリンスタンドからかなり離れたところにあること(甲36),本件全証拠をもってしても,当時,本件ガソリンスタンドにおいて被告人以外の客がいたかは明らかでないことによれば,被告人にとって,本件ガソリンスタンド従業員以外の者に助けを求めることは,不可能だったと認められるところ,ガソリンスタンドの従業員はいずれも50代半ば過ぎの年齢であって,体力的な問題から,当時31歳で,身長180センチメートル,体重80.2キログラム(甲39)と比較的体格も大きいDの暴行を止めに入らせることを期待するのは難しく,実際にも,本件ガソリンスタンド従業員である証人Fは,当公判廷において,被告人とDが揉めているのを認識しながら,自分自身が割って入るのは,とばっちりを 暴行を止めに入らせることを期待するのは難しく,実際にも,本件ガソリンスタンド従業員である証人Fは,当公判廷において,被告人とDが揉めているのを認識しながら,自分自身が割って入るのは,とばっちりを受けてはたまらないから躊躇した旨,同Gも,同様にその事実を認識しながら関わり合いになりたくなかったという気持ちはあった旨,各証言するところであり,同従業員らが,本件に関し積極的に対応していないことからすると,仮に,被告人が同従業員らに助けを求めても,同従業員らがこれに応じ,Dの暴行を回避できたかは疑問といわざるを得ない。 また,被告人が,Dを一旦突き放した時に,暴行を回避するため,逃げることも可能ではなかったが問題となり得るが,被告人は,被告人車両やガソリンの計量器を背後にしてDと正対している以上,基本的には,Dからみて左右方向に逃走するほかなく,突き放した後に離れたとはいえその距離はせいぜい1.5メートル程度であること,Dがかなり興奮,憤激して暴行を加えてきており逃走すれば更に興奮状態を助長する恐れもあったこと,突き放された後に,Dが向かってきて,被告人の顔面を殴打してきたという状況に照らすと,被告人が,その状況で,Dから逃げるということも困難といわざるを得ない。 被告人が,Dによる急迫不正の侵害を受けていたことは前記のとおりであるから,以上に照らすと,被告人が,助けを求めたり,逃げることもなく,Dに対し殴打したという被告人の一連の行為が,正当防衛として許される必要最小限の範囲を超えているとはいえないというべきである。 イさらに,防衛行為の相当性につき検討するに,Dの暴行態様は,素手による殴打と足蹴りであり,双方が殴り合いの状態に至るまでに,Dは,被告人に対し,少なくとも3回殴打し,1回は腹部を 。 イさらに,防衛行為の相当性につき検討するに,Dの暴行態様は,素手による殴打と足蹴りであり,双方が殴り合いの状態に至るまでに,Dは,被告人に対し,少なくとも3回殴打し,1回は腹部を足で蹴っている。そして,双方が殴り合う状態になった後は,Dは被告人に十数回程度の殴打を加えており,殴打を加えた場所は,被告人の上半身及び顔面で,被告人の顔面に少なくとも数回は当たっている(甲33)。しかし,何か手に物を持って殴打を加えてきてはいないので,Dの暴行により,被告人が被った危険は,身体に対する侵害の危険であって生命に対する侵害の危険まで認められない。 他方,客観的にみれば,被告人は,右手に携帯電話を持った状態で,Dの顔面及び上半身に少なくとも12回程度の殴打を加え,そのうちの本件携帯電話のアンテナ部が心臓にまで到達する暴行により,Dは,死亡しており,双方の法益の均衡という意味では,被告人の行為により生じた結果自体は,守られるべき法益と比して過剰で重大といわざるを得ない。 もっとも,当該行為が防衛上やむを得ない行為であるか否かは,加害行為及びこれに対する反撃行為の各態様その他行為時の具体的状況を総合して考察し,防衛手段として相当な範囲内の行為であったか否かにより決すべきであり,防衛行為から生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても,そのことから,直ちに相当性を欠くものと解するのは正当ではないというべきである。 Dの暴行は前記のとおり,素手による殴打及び足蹴りであり,その攻撃の場所は被告人の顔面及び上半身で,回数は合計で十数回程度に及ぶもので,他方,被告人は,Dの顔面及び上半身を中心に,右手に本件携帯電話を所持し振り回すような形で,本件携帯電話を使用して殴打を加えたもので 所は被告人の顔面及び上半身で,回数は合計で十数回程度に及ぶもので,他方,被告人は,Dの顔面及び上半身を中心に,右手に本件携帯電話を所持し振り回すような形で,本件携帯電話を使用して殴打を加えたものである。 確かに,Dの加害行為はあくまで素手によるものであったこと,本件携帯電話を放し素手で殴打するなど,危険性の少ない他の手段が皆無であったとはいい難いことに照らせば,Dに対し,本件携帯電話を所持して殴打すること自体が,そもそも防衛行為として不相当であり過剰だといえる可能性はある。しかし,本件携帯電話は,その大きさ,重量から考えて,棒などのように振り下ろすなどして使用し相手に攻撃を加え得るものではなく,また,その形状が鋭利であるわけでもないから,素手と比較して,多少は相手に損傷を与え得るとしても,本件携帯電話自体が凶器として危険な物とまではいえないこと,被告人はDを攻撃するためにあえて本件携帯電話を手にしたものではないこと,前記のようにDが被告人に対し執拗に暴行を加えていたことなどの被告人が反撃行為をするに至るまでの経緯,他の者に助けを求めることができなかったなどの周囲の客観的状況等に照らせば,本件携帯電話を所持しての殴打自体が,防衛行為として不相当で過剰であったとまではいえない。 もっとも,本件携帯電話自体での殴打は過剰ではないとしても,本件携帯電話のアンテナ部による殴打は不相当で過剰であると評価される可能性もないではない。 確かに,本件携帯電話のアンテナ部は,その利用の方法次第では,少なくとも,素手による殴打によって生じる損傷と比して大きな損傷を与える可能性があるものということはできる。しかし,その突起は僅か約2センチメートルにすぎず,アンテナの本体は金属製といっても,その先端は丸く形成 素手による殴打によって生じる損傷と比して大きな損傷を与える可能性があるものということはできる。しかし,その突起は僅か約2センチメートルにすぎず,アンテナの本体は金属製といっても,その先端は丸く形成されたプラスチック様のキャップが被されており,一見して身体に鋭く突き刺さるような形状ではないのであって,一般的な認識として,アンテナ部による殴打により,死亡あるいはそれに匹敵するような重大な損傷を与える結果を生じることは通常予想されるところではなく,それを裏付けるように,鑑定書(甲39)においても,携帯電話のアンテナ部が心臓まで到達し死亡に至るというのは,まれな事例であると指摘されているところである。しかも,前記のとおり,最初に暴行を加えたのは,Dであり,その暴行の態様も執拗で,暴行の回数としても,総合的にみれば,被告人の方が少ない。加えて,被告人が防衛行為に至るまでの経緯,周囲の客観的状況等を考慮すれば,本件携帯電話を利用して暴行を加えたとしても,アンテナ部で,身体の重要部分を積極的,意図的に殴打しようとしたものであればともかく,携帯電話を所持し,結果的にアンテナ部が身体に当たるような状態で殴打を加えたとしても,本件においては,それ自体で防衛行為として不相当であり過剰とまではいえないというべきである。 そして,被告人が,アンテナ部をことさら利用して,積極的,意図的に殴打したと認められないことは前述のとおりである。 ウよって,以上の点を,総合的に評価すれば,被告人の本件行為は,Dによる急迫不正の侵害に対し,自己の身体を守るために行った,必要かつ相当な範囲内の行為であり,防衛上やむを得ない行為ということができる。 (3) 防衛の意思について正当防衛が成立するためには,いわゆる防衛の意思が必要と るために行った,必要かつ相当な範囲内の行為であり,防衛上やむを得ない行為ということができる。 (3) 防衛の意思について正当防衛が成立するためには,いわゆる防衛の意思が必要とされるところである。確かに,被告人が,当公判廷において,また検察官及び警察官に対して供述するように,Dからの一方的な暴行に対し,多少憤激していたことは否めないとしても,本件携帯電話のアンテナ部を利用して,積極的,意図的に攻撃を加えようとしたものでないことは前述のとおりであり,また,当初から被告人は謝罪の態度を示していること,殴り合いの状態が終了した後にもDに対し謝罪し,鼻血を拭くためのティッシュペーパーを持っていっていること,Dが倒れ込んだ際には即時に本件ガソリンスタンド従業員に救急車の手配を要請していることなどに照らせば,被告人の本件行為は,自己の身体に対する侵害の危険を防衛する意思をもって行われたもの,すなわち防衛の意思をもって行われたものであることは明らかである。 第4 以上の次第であるから,被告人の本件行為は,正当防衛として罪にならないものであるから,刑事訴訟法336条前段により,被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役3年6月)平成14年9月4日山口地方裁判所下関支部第2部裁判長裁判官並木正男 裁判官高島義行 裁判官松井洋 裁判官松井洋
▼ クリックして全文を表示