令和7年7月29日宣告令和6年(わ)第41号、同第88号、同第92号 判決【当事者の表示省略】 上記の者に対する詐欺、窃盗被告事件について、当裁判所は、検察官生貝由香里、清水壮一及び弁護人吉村友和(国選)出席の上審理し、次のとおり判決する。 主文 被告人を懲役1年10月に処する。 未決勾留日数中310日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 公益財団法人A財団(以下「財団」という。)の事務局事業課係長として、財団が実施するコンサート等にかかる入場チケットの委託販売先からの集金業務 等の職務に従事していたものであるが、令和5年5月13日に休職処分を受け、職務に従事することができず、入場チケットの販売代金の集金権限がないのにこれを秘し、入場チケットの委託販売先から集金名下に現金をだまし取ろうと考え、令和5年5月13日、山口県防府市(住所省略)所在の公益財団法人Bにおいて、自己に入場チケットの販売代金の集金権限がないのにこれがあるかのように装 い、B担当者Cらに対し、D楽団の入場チケット販売代金の集金を申し入れ、同人らをしてその旨誤信させ、よって、その頃、同所において、同人らから現金20万7575円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ第2 前同様に考え、同月15日、山口県周南市(住所省略)所在のEにおいて、前同様に装い、同E担当者Fに対し、D楽団の入場チケット販売代金の集金を申し 入れ、同人をしてその旨誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から現 金3万2300円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ第3 前同様に考え、同月17日、前記Bにおいて、前同様に装い、前記B担当者Gに対し、Hコンサートの入場チケット 、同人から現 金3万2300円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ第3 前同様に考え、同月17日、前記Bにおいて、前同様に装い、前記B担当者Gに対し、Hコンサートの入場チケット販売代金の集金を申し入れ、前記Gをしてその旨誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から現金5万3200円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ 第4 令和6年3月18日頃から同月22日までの間に、山口県周南市(住所省略)I方において、同人管理のキャッシュカード1枚を窃取し第5 正当な払戻権限がないにもかかわらず、株式会社J銀行K支店発行のI名義のキャッシュカードを使用して現金を窃取しようと考え、別表(省略)記載のとおり、同月22日午後4時34分頃から同月24日午後3時56分頃までの間、前 後3回にわたり、山口県周南市(住所省略)所在の株式会社J銀行L支店において、同所に設置された現金自動預払機に前記キャッシュカードを挿入して同機を作動させ、同支店長代理M管理の現金合計75万円を引き出して窃取したものである。 (証拠の標目)省略 (事実認定の補足説明)第1 被告人及び弁護人は、判示第4の事実に関し、キャッシュカード1枚を窃取した事実を否認する。 まず、被害者の預金口座の取引履歴(甲31)、被害者と被告人の間のショートメッセージ履歴(甲40)、ATMでの出金の際の防犯カメラ画像(甲30) などの証拠によれば、被害者が令和6年3月18日にキャッシュカードを用いて3万円を引き出したこと、被告人が被害者に対して同月22日に被害者宅を訪問する旨連絡していること、そして、同日午後4時34分頃には被告人が被害者のキャッシュカードを用いてATMから30万円を引き出したことについては、それぞれ前提に置くこ 対して同月22日に被害者宅を訪問する旨連絡していること、そして、同日午後4時34分頃には被告人が被害者のキャッシュカードを用いてATMから30万円を引き出したことについては、それぞれ前提に置くことができる。したがって、具体的な手口に関する立証を待つ までもなく、この間に被害者から被告人へのキャッシュカードの占有移転が生じ ていることは明白であり、本件の問題点は、その占有移転が、被害者の意思に反するものであったかどうかである。 第2 この点に関して被害者は、令和6年6月20日付けの警察官調書(甲45)において、以下の趣旨の供述をしている。 1 キャッシュカードは基本的には自分が使っている長財布に入れている。 財布を自宅で保管するときには、そのままダイニングルームのテーブルの上に置くか、自分が使っている3種類のカバンのいずれかに入れて、カバンをダイニングルームのテーブルの上に置くか、自分が座る椅子に掛けている。 令和6年3月18日から同月22日の間に外出することはあったと思うが、財布を持って外出した際には、財布を放置せず肌身離さず持っていた。 被告人が被害者宅を訪問した時、被告人はダイニングルームの被害者の椅子の向かい側の椅子に腰かけていたので、被害者の貴重品の位置も知っていたと思う。 2 同月26日の午前中、被告人が被害者宅を訪れ、キャッシュカードの柄が一緒だったから間違って持って帰ってしまったなどと言って、被害者のキャッシュカードを被害者に返した。被害者はそれまでキャッシュカードが無くなっているこ とに気づいていなかったことから大変驚くと同時に、どういった状況かまでは思い出せないが、過去に被告人からキャッシュカードの暗証番号を聞かれて答えたことがあったため、お金を勝手に引き出されたのではないかと不 づいていなかったことから大変驚くと同時に、どういった状況かまでは思い出せないが、過去に被告人からキャッシュカードの暗証番号を聞かれて答えたことがあったため、お金を勝手に引き出されたのではないかと不安になった。 そのため、被害者はその日のうちに通帳記帳をしたところ、判示第5に記載のとおり3日にわたって合計75万円が引き出されていることがわかり、衝撃を受 けた。 被害者が被害に気づいてから警察に届け出ることもなく、被告人に被害の弁済を求めていたのは、被告人を幼いころから知っており、信用していたからである。 第3 この被害者の供述内容は、以下に述べるところから十分に信用することができるものであり、したがって、この被害者供述に基づき、令和6年3月18日から 同月22日までの間に、被告人が、被害者宅において、被害者の気づかないうち にその意思に反して、被害者のキャッシュカードの占有を奪った事実を認めることができる。 1 まず、被害者が令和6年3月26日に通帳記帳をして引出しの事実を確認していることについては裏付けがある(甲38)。 また、被害者は、被告人とのショートメッセージ履歴(甲40)において、同 日以降何度も金銭の返還を求めている上、同月27日には「暗証番号を聞かれたり、しましたよね。こうなってみると、なるほど、金の引き出しに必要!その時にきが付いていたら残念で!」とも送信している。その一方で、誰にも言って無いからねとか、被告人を信用してあげなければと思ってなどとも送信しており、被害者が銀行の支店に電話をして「隣の家の人がカードを盗んでお金を引き出し ている。暗証番号も教えてしまった。」などと相談したのは同年4月26日になってからである(甲44)。 このように、証拠によって認められる、被告人 て「隣の家の人がカードを盗んでお金を引き出し ている。暗証番号も教えてしまった。」などと相談したのは同年4月26日になってからである(甲44)。 このように、証拠によって認められる、被告人による被害者口座からの金銭引き出しが判明したころ以降の被害者の複数の言動は、いずれも上記の警察官調書における被害者の供述内容に整合しており、一貫性がある。 2 弁護人は、被害者が被告人とのメッセージのやり取り(甲40)の中で、キャッシュカードを勝手に持ち出したことについては何ら触れていない旨指摘する。 しかし、上記の被害者の供述内容によれば、被告人は、キャッシュカードの柄が一緒だったから間違って持って帰ってしまったなどという理由を述べた上で、キャッシュカードを被害者にすでに返しているというのであるから、その後に被害 者がキャッシュカードの持出しに関して改めて言及しなくても、不自然とはいえない。 3 上記の被害者の警察官調書の作成に当たっては、令和6年6月5日、三男と共に周南警察署を訪れた被害者の申告内容をO警察官が聴取し、それから二,三日以内に、O警察官が聴取内容を項目ごとに箇条書きにしたメモを作成し、それを 引き継いだP警察官が同月上旬に被害者宅を訪れ、メモに書いてある内容につい てこれで間違いありませんかというふうに質問する形で被害者に確認し、その後同月上旬から中旬にかけて四、五回程度、被害者に電話をかけて補充の聴取を行い、以上の内容を調書にまとめて印字したものを同月20日に被害者宅に持参し、被害者に示して読み聞かせ、内容に誤りがないことを確認した上で被害者に署名押印してもらう、という過程を経ている(甲45、証人O、証人P)。 弁護人は、この過程に関し、P警察官の被害者への聴取がO警察官作成のメモに基づ 内容に誤りがないことを確認した上で被害者に署名押印してもらう、という過程を経ている(甲45、証人O、証人P)。 弁護人は、この過程に関し、P警察官の被害者への聴取がO警察官作成のメモに基づく誘導となっていることを問題視するが、そのメモの元となる令和6年6月5日の聴取の経過については、O警察官は、誘導的な質問はしないように心掛けた旨を述べながら、被害者とのやりとりを具体的に証言しており、その証言内容につき、特に信用性を疑うべき事情は見当たらない。 また、弁護人は、O警察官によるメモの作成時期が事情聴取直後でないことを問題視するが、令和4年4月以降、2週間に1回程度の頻度で他人から話を聞いてそれをまとめる業務に従事していた(証人O)O警察官において、二、三日程度の経過により聴取内容についての記憶が薄れる現実的な危険があったとは考え難い。 4 被害者は、遅くとも令和7年1月10日に行われた検察官による聴取の時点においては、判示第4、第5の事実に関して具体的な供述ができない状況となっていた(甲52)。そして、その約2か月前となる令和6年11月18日、被害者の担当医であるQ医師は、警察官に対して、被害者の脳神経外科初診日は同年5月27日であり、アルツハイマー型認知症(中等度)と診断されたこと、最終受 診日は同年11月18日であり、被害者の症状は初診時に比べて変化ないと思われることなどを回答している(甲47、48)。 弁護人は、これらの事情をもとに、被害者は、警察官調書を作成した令和6年6月の時点でも、警察官の質問に対する受け答えがしっかりできた状態だったとはいえず、調書の内容について正確に理解し、署名押印したものといえるかは疑 問が残る旨主張する。 確かに、Q医師は、認知症は急速に進む病気ではな 受け答えがしっかりできた状態だったとはいえず、調書の内容について正確に理解し、署名押印したものといえるかは疑 問が残る旨主張する。 確かに、Q医師は、認知症は急速に進む病気ではないとの見解を述べており(甲48)、初診日に近い令和6年6月の警察官調書作成時(被害発生から約3か月後)と、最終診察日に近い令和7年1月の検察官の聴取時(被害発生から約10か月後)との間についても、認知症の症状自体はあまり変わりがなかったものと思われる。 しかし、その変わりのない認知症の症状に基づき、被害者が自身に起こった個々の出来事の記憶をどのくらいの間保持することができたのかという点を考えれば、この間に約7か月が経過していることの影響は大きいものがあるというべきである。すなわち、認知症を発症していた被害者が、被害発生から約10か月後の時点で被害に関する記憶を失っていることには不自然はないが、そうであ るからと言って、被害発生の約3か月後の時点でも同じようにその記憶を失っていたはずであるとは直ちには言えない。 被害者は、上記のとおり中等度の認知症と診断された3日後である令和6年5月30日の時点でも、被告人に対して返金を強く催促するメッセージを送信しており(甲40)、この時点では被害に関する記憶を保持していたことが明らかで ある。 そうすると、その約1週間後になされた被害者からの聴取に関し、問いかけに対して1,2秒くらいたった後ではあるが回答をしてくれた、質問に対して答えが単語だけで返ってくることはあったが、質問と違う回答をすることや、質問をして回答が返ってこないことはなかった、具体的な日付や金額についてははっき りとした回答がなかったが、通帳などの資料を見せたら指し示すことができたなどというO警察官の証言や、同じ とや、質問をして回答が返ってこないことはなかった、具体的な日付や金額についてははっき りとした回答がなかったが、通帳などの資料を見せたら指し示すことができたなどというO警察官の証言や、同じ令和6年6月上旬になされた被害者からの聴取に関し、質問には的確に答えることができており、受け答えもしっかりしていた、話し方はゆっくりだが年相応な印象であった、メモに基づく聴取内容につき、被害者が覚えていなかったり、内容を否定するようなことはなかった、質問に対し て被害者が回答に困るようなこともなかったなどというP警察官の証言は、いず れも十分に信用することができるものである。 5 よって、弁護人がそれぞれ指摘する以上の事情は、いずれも、被害者の警察官調書における供述内容の信用性を減殺するようなものではない。 6 被告人は、検察官調書(乙14)や被告人質問において、キャッシュカードは被害者から15万円を引き出す許可を得て預かっていたものであり、暗証番号に ついてもその際に被害者から口頭で教えてもらったものである旨を供述している。 しかし、被害者は、令和6年3月27日に被告人に送付したショートメッセージにおいて、被告人から暗証番号を聞かれた時点でそれが預金の引出しに用いられるとは気づいていなかった旨を述べている。そして、その後も続いたショート メッセージのやり取りの中で、被告人は被害者のこの認識を否定するような発言をしていない(甲40)。 このことからすれば、被害者が預金を引き出させるために被告人に暗証番号を教えたものとは到底考えられないし、したがって、被害者が預金を引き出させるために被告人にキャッシュカードを預けたとも考えられない。 被告人の上記供述はおよそ信用性に乏しく、その存在によっても ものとは到底考えられないし、したがって、被害者が預金を引き出させるために被告人にキャッシュカードを預けたとも考えられない。 被告人の上記供述はおよそ信用性に乏しく、その存在によっても被害者の警察官調書における供述内容の信用性は減殺されない。 (法令の適用)省略(量刑の理由)詐欺につき、被害金額は合計約29万円であり、この種の事案の中では少なくはな いものである。その犯行態様は、以前から財団の担当者として委託販売先を訪問し、信用されていたことに付け込んで、休職処分中であって集金権限がないことを秘し、委託販売先が財団に納めるべき販売代金をだまし取ったものであり、悪質である。被告人は、集金に行った理由につき、休職処分を受けて退職を決意し、後任者のためにあるいは自分の思いとして、できることをしたい、やっておきたいと思った旨を述べ るが、その内容自体理解はしがたい。少なくとも判示第1の事実に係る被害額のうち 17万円については、犯行直後に被告人の競馬用の銀行口座に入金されているものと認められ、結局のところ、犯行動機に酌量すべき点は見当たらない。 窃盗につき、被害額は合計75万円であって相当に高額である。その犯行に当たって被告人は、長年の間家族ぐるみで親交があった被害者に信頼されていたことに付け込み、被害者宅を訪れたり暗証番号を聞き出したりしたものであり、態様は悪質であ る。被告人は引き出した現金のうち合計72万円を自身の競馬用口座に入金し、その大部分を競馬に費消しているものであり、やはり同様に、犯行動機に酌量すべき点は見当たらない。 以上によれば、本件犯行全体に対する被告人の行為責任は、相応に重いものである。 被告人は、入場チケット販売代金の詐取や現金自動預払機からの現金窃取について はいず すべき点は見当たらない。 以上によれば、本件犯行全体に対する被告人の行為責任は、相応に重いものである。 被告人は、入場チケット販売代金の詐取や現金自動預払機からの現金窃取について はいずれも認め、被害者や関係者に対する謝罪や反省の弁を述べている。しかし他方で、キャッシュカードの窃取や、預金引出しに必要な暗証番号の取得経緯については、上記のとおり信用性に乏しい弁解をしてこれらを争っている上、詐欺の動機について述べる内容も不可解であり、被告人が見せる反省の態度を真摯なものとは評価できない。被告人の行為責任の重さを前提とすれば、被告人が再犯をしない旨や競馬を断ち 切る旨を述べていることや、被告人に前科はないことなどといった事情があることを考慮してもなお、被告人については主文のとおり実刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑懲役3年(実刑))令和7年7月29日 山口地方裁判所周南支部 裁判官森 幸督
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