平成11(ワ)8559 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年10月8日 大阪地方裁判所
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判決文本文23,589 文字)

判決 主文 1 被告は,原告らに対し,それぞれ金2306万8222円及びこれに対する平成11年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを20分し,その19を被告の,その余を原告らの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告らに対し,それぞれ金2400万円及びこれに対する平成11年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の開設した病院で新生児を出産した夫婦が,当該新生児が重度仮死で生まれ,まもなく死亡したのは,予定されていた帝王切開が実施されず,子宮収縮剤の使用方法も適切でなく,帝王切開の準備が不十分で実施が遅れたためであると主張し,被告の債務不履行及び不法行為を理由に,逸失利益等の損害賠償を求めた事案である。 1 前提となる事実(当事者間に争いのある事実の認定証拠は各該当箇所に掲記したとおりである。)(1) 当事者ア原告A,同Bは,Cの父母である。 イ被告は,市立吹田市民病院(以下「本件病院」という)を開設し,医療業務を営むものである。 ウ原告B(昭和33年8月21日生)は,平成7年3月10日に,本件病院において,Cを緊急帝王切開により出産したが,Cは出生時より重度仮死の状態にあり,3日後の3月13日に死亡した。 (2) 診療経過の概要ア外来時の診療経過原告Bは,平成6年7月13日,本件病院の産婦人科を受診し,その際,妊娠していることが判明した。分娩予定日は,平成7年3月10日とされていた。 原告Bは,以後,定期的に検診を受けたが,妊娠の経過は良好であり,異常は見つからなかった。 診し,その際,妊娠していることが判明した。分娩予定日は,平成7年3月10日とされていた。 原告Bは,以後,定期的に検診を受けたが,妊娠の経過は良好であり,異常は見つからなかった。 この間,原告Bを診察した医師は何回か交替したが,平成6年11月1日の定期検診以降は,医師Eが主治医として原告Bの診療を担当するようになった。(乙2,原告B本人,証人医師E)。 イ入院以後の診療経過(ア) 入院当日の措置原告Bは,平成7年3月9日の未明に陣痛を発来し,同日午前6時30分頃に本件病院を受診して,そのまま入院した。 医師Eは,自らまたは助産婦をして,同日午前10時から午後5時40分にかけて,5回にわたって原告Bを内診したが,分娩の進行は緩徐であった。 そこで医師Eは,同日午後9時頃,原告Bの体力の消耗に配慮して,一旦薬で陣痛を抑えて同人に睡眠をとらせ,出産は翌10日の朝にすることとし,睡眠誘導のためハルシオン錠剤1錠を,子宮収縮の抑制のためウテメリン錠剤2錠を,それぞれ,原告Bに投与した。 (イ) 経膣分娩の試行原告Bは,平成7年3月10日午前9時30分頃(以下,本項では同日中の事実経過については日付の記載を省いて時刻のみを掲げる。),骨盤の大きさと胎児の頭の大きさを比較するために,骨盤のレントゲン検査を受けた。その結果,医師Eは,母子に明らかな児頭骨盤不均衡(CPD)は存在せず,胎児の頭は原告Bの骨盤を通過できると判断し,帝王切開せず経膣分娩を続行することとした。 しかし原告Bの陣痛は依然として弱い状態だったため,医師Eは,午前10時頃,陣痛促進剤である「アトニン-O」5単位をマルトース10(糖質補給用剤)500ミリリットルに混入して,これを,1時間あたり しかし原告Bの陣痛は依然として弱い状態だったため,医師Eは,午前10時頃,陣痛促進剤である「アトニン-O」5単位をマルトース10(糖質補給用剤)500ミリリットルに混入して,これを,1時間あたり30ミリリットルの速度で点滴により投与した(乙1,8,証人医師E)。 アトニン-Oの投与後,原告Bには分娩監視装置が装着され,以後,同人の分娩監視記録が作成された。 原告Bは,午後0時40分頃から午後1時頃の間に陣痛室から分娩室へと移され,医師Eは,午後1時頃,分娩室で,原告Bに対して鉗子による人工破膜を実施した(乙1,5,6)。 しかし,この時点でも分娩には至らず,胎児の1分間辺りの心拍数は,午後1時10分の時点で80回,午後1時45分の時点で70回ないし80回という低い数値を示すことがあった(以下,1分間あたりの心拍数の単位を「bpm」で表す。)。 そこで,医師Eは,午後1時45分頃,原告Bの胎児がいわゆる胎児仮死の状態にあると判断して,吸引分娩及びクリステレル圧出法(術者の両手を産婦の腹壁上から子宮の底部にあて,同所を強く圧迫することで胎児を圧出する手技)による急速遂娩を実施することを決定し,本件病院の医師Fをその応援に呼んだ。 医師Fは,先ずクリステレル圧出法を2回施行したが,娩出に至らなかったので,引き続き,医師Fと医師Eの両名が,クリステレル圧出法と吸引分娩を併用する形で,計5回にわたって急速遂娩を試みた(もっとも,そのうちの2回については吸引が成功せず,結果としてはクリステレル圧出法のみの施行となった。)。 また,医師Fは,この頃(原告らの主張によれば,午後1時45分から午後1時50分頃までの間であり,被告の主張によれば,午後1時50分以降のクリステレル圧出法 法のみの施行となった。)。 また,医師Fは,この頃(原告らの主張によれば,午後1時45分から午後1時50分頃までの間であり,被告の主張によれば,午後1時50分以降のクリステレル圧出法施行時である。),原告Bに対して,陣痛促進剤である「プロスタルモンF」を,前掲のアトニン-Oと併用する形で投与した。 しかし,以上の措置が実施されたにも拘わらず,胎児を経膣的に娩出することはできなかった。 (ウ) 緊急帝王切開の施行そこで,医師Eは,午後2時20分頃,経膣分娩の続行を断念して帝王切開に移行することを決定し,午後2時45分頃に原告Bを手術室へ搬入して,同人に腰椎麻酔等の準備を施した。 その上で,医師Eは,午後3時05分頃に帝王切開の執刀を開始し,午後3時08分に,新生児(C)を取り上げた。なお,この手術の最中,医師Eは「さっぱり訳が判らない。」とか「こんなこと初めてだ。」などといった趣旨の発言をしたことがあった(原告B本人)。 (エ) Cの予後Cは,出生体重3277グラムの男児であったが,その手足が力無く垂れ下がるなど全身状態が悪く,出生1分後のアプガースコア(新生児仮死の重症度を判断するために,心拍数等の各種身体的徴候に注目して付ける評点で,出生1分後の時点でこの値が2以下の新生児は最重症の仮死状態にあるとされる。)も1点ないし2点(原告らの主張によれば1点,被告の主張によれば2点である。)に留まっており,重度新生児仮死の状態にあった。更に,CはMAS(「胎便吸引症候群」の略称であり,胎児の排泄で混濁した羊水を,胎児が気道内部に吸引することによって惹起される症状の総体をいう。)の病態も呈していたため,本件病院の小児科で治療を受けた。 しかし,Cは,その出 略称であり,胎児の排泄で混濁した羊水を,胎児が気道内部に吸引することによって惹起される症状の総体をいう。)の病態も呈していたため,本件病院の小児科で治療を受けた。 しかし,Cは,その出生から3日後である平成7年3月13日の午前1時30分頃,多臓器不全により死亡した。 (3) 原告らは,被告に対し,平成11年9月6日に送達された本訴状により,本件損害金の請求をした。 2 主要な争点(1) 被告に債務不履行責任があるか(2) 被告に不法行為責任があるか(3) 被告の不法行為責任は時効により消滅したか(4) 原告らの損害 3 主要な争点に対する当事者の主張(1) 争点(1)(被告に債務不履行責任があるか)についてア医療契約を締結した当事者及びその内容(原告らの主張)原告Bは,かねてより妊娠のために本件病院で定期的に検診を受けており,平成7年3月9日,胎児であったCの分娩を目的として本件病院に入院したのであるから,この入院の時点をもって,直接には産婦である原告Bと被告との間に,医療契約が成立したものではあるが,その実質は胎児であったCの両親となる原告らと被告との間で,胎児であったCのための医療契約が締結されたとみるのが相当である。 この医療契約の内容は,被告の開設する本件病院が,産婦人科を有する総合病院として最善の注意義務を尽くして原告Bの妊娠管理ないし分娩管理にあたり,胎児で新生児となるCに重篤な後遺障害などを発生させないように,善良な管理者の注意義務を払って最善の産科医療を実施するというものであった。 ところが,被告の履行補助者である本件病院担当医師・看護婦らの後記イないしオの行為は,前記医療契約上の善良な管理者の注意義務に反するものであるから の産科医療を実施するというものであった。 ところが,被告の履行補助者である本件病院担当医師・看護婦らの後記イないしオの行為は,前記医療契約上の善良な管理者の注意義務に反するものであるから,被告は,前記医療契約上についての債務不履行(不完全履行)責任を負う。 (被告の主張)被告と医療契約を締結したのは原告Bであり,原告Aは医療契約の当事者とはなっていない。 医療契約において被告が善管注意義務を負うことは認めるが,注意義務違反があったとする点については,後記のとおり争う。 イ予定帝王切開を選択しなかった過失(原告らの主張)原告BはCの出産当時36歳の高年初産婦であったし,軟産道強靱も見られていたので,本件病院としては,同人の分娩に関しては,当初から帝王切開を選択すべきであった。 また,原告Bに対しては,平成7年3月10日にレントゲン検査で骨盤の計測がなされ,経膣分娩可能と判断されているが,分娩記録によると初発陣痛が同年3月9日午前0時00分で,同年3月10日の午前中には陣痛の開始後30時間を経過しており,遷延分娩となっていた。こうした観点からしても,被告病院は,当初から分娩方法として帝王切開を選択すべきであった。 ところが,医師Eは同日午後2時40分の時点になってようやく帝王切開を行うことを決定したのであるから,同人に過失があることは明らかである。 (被告の主張)高年初産は帝王切開の適応ではない。しかも,原告ら夫婦は安産教室に出席し,原告Aが立ち会い分娩を希望するなど,熱心に経膣分娩に取り組んでおり,予定帝王切開を希望していなかった。 軟産道強靱は分娩進行中に臨床的に判断されるので事前診断はできない。また,軟産道強靱に関しては子宮 い分娩を希望するなど,熱心に経膣分娩に取り組んでおり,予定帝王切開を希望していなかった。 軟産道強靱は分娩進行中に臨床的に判断されるので事前診断はできない。また,軟産道強靱に関しては子宮頸管が硬く子宮口が開大しないこと及び固い膣壁の抵抗により胎児の下降が妨げられることが問題となるが,本件では子宮口は全開大し,胎児は児頭が見えるところまで下降していたのであるから,原告Bは,帝王切開の適応ではなかった。 遷延分娩とは,初産婦の場合,陣痛の発来から30時間を超える場合とされているが,ここでいう「陣痛」とは有効陣痛を意味している。本件の場合,原告Bは,平成7年3月9日の晩に夜間の陣痛を緩和する目的でウテメリン(子宮収縮抑制剤)を2回投与されているから,同日午前0時00分頃の陣痛は,有効陣痛とは言えない。したがって,同年3月10日午前中の時点では,原告Bは,未だ遷延分娩の状態になかったというべきである。 また,平成7年3月10日午前の時点での子宮口の開大度,児頭の位置等からすれば,原告Bは,分娩進行の停止した状態にあったとはいえず,この点からしても帝王切開の必要はなかった。仮に原告Bが遷延分娩の状態にあるといえたとしても,遷延分娩に対しては,その原因が①産道の異常,②分娩出力の異常(微弱陣痛),③胎児または胎児と産道の異常のいずれにあるかを究明し,その上で原因に対処することが医学上の正しい方針であり,ただ単に陣痛発来後30時間経過したことを以て帝王切開を選択すべきだったという原告らの主張は,暴論と言わざるを得ない。 したがって,医師Eが予定帝王切開を選択しなかったことについては,何らの過失も認められない。 ウ子宮収縮剤(アトニン-O及びプロスタルモンF)の使用上の過失(原告らの主張) したがって,医師Eが予定帝王切開を選択しなかったことについては,何らの過失も認められない。 ウ子宮収縮剤(アトニン-O及びプロスタルモンF)の使用上の過失(原告らの主張)アトニン-Oの添付文書には,軟産道強靱の患者や高年の初産婦は経膣分娩が困難で過強陣痛を起こし易く分娩障害が起こりやすいから,慎重に投与するよう注意する内容の記載がある。 しかるに,医師Eは,軟産道強靱の状態であったうえに高年の初産婦でもあった原告Bに対しアトニン-Oを投与したのであるから,当該薬剤の使用は不適切であった。 また,アトニン-OとプロスタルモンFの併用は禁止されているところ,原告Bに対しては,アトニン-Oに加えてプロスタルモンFが追加投与された。 よって,本件病院には,以上2種の子宮収縮剤につき,その使用方法を誤った過失がある。 (被告の主張)アトニン-Oの添付文書によれば,「使用上の注意」(一般的注意)として,分娩誘発,微弱陣痛の治療の目的で使用する場合,過強陣痛や強直性子宮収縮により,胎児死亡,頸管裂傷,子宮破裂,羊水塞栓等を起こす可能性があるので,分娩監視装置等によって十分な分娩監視を行うことが必要であるとされ,他方「軟産道強靱症,高年初産婦」の場合には,母体,胎児の全身状態及び子宮収縮の観察を十分に実施し,慎重に投与すること,とされている。したがって,原告ら主張のように,軟産道強靱症の患者や高年初産婦に限って経膣分娩が困難で過強陣痛を起こし易く,分娩障害が起こり易い,との記載はない。 そもそもアトニン-Oの使用上の最大の注意点は,妊婦により感受性がかなり異なるので過量投与による過強陣痛にならないよう留意することである。しかし,本症例では,「子宮口7ないし8センチメ 。 そもそもアトニン-Oの使用上の最大の注意点は,妊婦により感受性がかなり異なるので過量投与による過強陣痛にならないよう留意することである。しかし,本症例では,「子宮口7ないし8センチメートル開大時の陣痛周期が1分以内,陣痛発作時間が2分以上」と定義される過強陣痛は,CTGグラフ及びパルトグラムからは全く窺えない。かえって,アトニン-Oを使用したにも拘わらず、原告Bの陣痛発作時間は30ないし40秒であり,微弱陣痛気味と言える程であった。つまり本症例でのアトニン-O使用は正当なものであり,アトニン-Oの使用による過強陣痛は全く存在しない。 また,アトニン-OとプロスタルモンFが併用禁止とされるのは,その併用によって過強陣痛が引き起こされることが少なからずあるためである。しかし,本件では,前記のとおり過強陣痛が存在しないばかりか,むしろ微弱陣痛気味であった。更に,平成7年3月10日午後1時50分頃には,胎児の排臨が迫り,且つ胎児仮死と診断できる持続的徐脈が出現していたので,急速遂娩術(吸引分娩術及びクリステレル圧出法)の施行を必要とする事態となっていた。そこで,本件病院の医師らは,吸引分娩術施行において微弱陣痛はマイナスの要因となることをも考慮し,アトニン-Oに反応の悪い本症例において有効陣痛を誘発するため,ごく短時間,それも一時的に,プロスタルモンFを使用したものである。 以上に挙げた事情からすれば,本件病院において,子宮収縮剤の用法を誤った過失は認められない。 エ急速遂娩の手技に関する過失(原告らの主張)急速遂娩の手技であるクリステレル圧出法及び吸引分娩は,それを1回ないし2回施行しても胎児を娩出できない場合,みだりに繰り返すべきでないとされている。 ところが,医師Eら 主張)急速遂娩の手技であるクリステレル圧出法及び吸引分娩は,それを1回ないし2回施行しても胎児を娩出できない場合,みだりに繰り返すべきでないとされている。 ところが,医師Eらは,原告Bに対してクリステレル圧出法を7回,吸引分娩を5回も繰り返し,いたずらにCの状態を悪化させた。この点も,本件病院での医療行為における過失にあたることは明らかである。 (被告の主張)医師E及び医師Fが,クリステレル圧出法及び吸引分娩を,原告ら指摘の回数にわたって反復したことは認める。 しかし,これらの手技によって胎児の状態が悪化したという証拠はなく,仮に急速遂娩の手技に過失があったとしても,過失と損害との因果関係は未だ証明されていないというべきである。 オ帝王切開についての準備不足及び手術実施の遅滞(原告らの主張)分娩監視記録によると,Cについては平成7年3月10日の午前11時14分頃から頻回に徐脈が見られ,胎児仮死の徴候が現出している。また,同日午後1時07分頃には最小心拍数80bpm以下の大きな徐脈が1分以上続いた上,同日午後1時10分から同26分頃にかけては持続時間が1分前後の一過性徐脈が頻発しており,この時点で,胎児は低酸素脳症に陥っていたものと考えられる。 したがって,被告病院としては,遅くとも同日午後1時15分頃までに胎児仮死と診断すべきであったし,この時点から帝王切開の準備を進めておいた上で,同日午後1時50分頃にクリステレル圧出法及び吸引分娩を1回又は2回施行して成功しなかった時点で直ちに緊急帝王切開を決断し,同日午後2時20分頃までには,胎児を娩出させるべきであった。 しかし,原告Bが手術室に搬入されたのは同日午後2時35分であり,Cは,同日午後3 しなかった時点で直ちに緊急帝王切開を決断し,同日午後2時20分頃までには,胎児を娩出させるべきであった。 しかし,原告Bが手術室に搬入されたのは同日午後2時35分であり,Cは,同日午後3時08分になって,ようやく帝王切開で娩出されている。すなわち,本件病院が帝王切開を完了した時刻は,Cが胎児仮死の兆候を示してから約4時間後であり,重度徐脈に陥ってからでも約1時間30分後になるのである。 この事実によれば,本件病院では帝王切開の準備が不十分であり,その決定と実施が遅かったと言わざるを得ない。また,分娩誘発(促進)中は異常事態に対処できるように何時でも帝王切開の実施ができるように準備しておく必要があるところ,本件病院では,その準備も不十分であった。 Cは,以上に掲げた過失によって重度の新生児仮死で生まれ,僅か3日後に死亡したものである。 (被告の主張)平成7年3月10日午前11時14分頃から見られた児心音の低下は,児頭圧迫による生理的なもの(早発一過性徐脈)であり,胎児仮死の徴候ではない。 なお,原告らのいう「重度徐脈」とは何を指すのか明らかではないが,「高度徐脈」と同義で使用しているのであれば,その主張は誤りである。「高度徐脈」とは,胎児心拍数基線(胎児基準心拍数とも言う。一過性心拍数を除いた陣痛間欠期の平均心拍数)が100bpm未満の場合であり,心拍数そのものが100bpm未満を記録する場合ではない。本件症例の場合,CTGグラフ上,同日午後1時35分前後に心拍数が100bpm未満を記録している箇所があるものの,胎児の心拍数基線は100bpm未満とはなっていない。すなわち,この時点で「高度徐脈」はなく,医師EがCを胎児仮死と診断することもできなかった。 また,同日午後1時0 いる箇所があるものの,胎児の心拍数基線は100bpm未満とはなっていない。すなわち,この時点で「高度徐脈」はなく,医師EがCを胎児仮死と診断することもできなかった。 また,同日午後1時07分頃からは約1分間持続する80bpm前後の徐脈が見られるが,これは,分娩室への移動中に母体の体位が大きく変化したことによる臍帯圧迫等の理由によるものと推定され,その後午後1時26分頃まで見られる陣痛間欠期の頻脈と基線細変動の消失は分娩室への移動中に発生した胎児状態の悪化すなわち低酸素症を反映していると推定される。しかし,この間持続的な徐脈は見られず胎児仮死とは関連しない児頭圧迫を理由とする早発一過性徐脈のみが出現していることからすれば,分娩室への移動中に胎児の急激な状態悪化をもたらした原因は,午後1時11分頃には既に消失していたと推定すべきである。そこに,胎児はその直前である午後0時53分頃までは健康であったと推定されることも加味すると,午後1時26分の時点では胎児の状態の回復が充分に期待できる状況にあったと推定すべきである。すなわち,胎児はこの時点で自然回復しつつある状態であったと考えられ,「胎児仮死」ではなくて,胎児への「ストレス」の状態にあったに過ぎないと推定するのが合理的なのである。実際にも,午後1時27分の時点では陣痛間欠期の心拍数はほぼ正常化し,基線細変動も回復しているのであって,この事実が,前記判断の正当性を証明している。 そして,同日午後1時15分時点では胎児仮死との診断ができなかった以上,医師Eが,この時点で急速遂娩を決定すべきであるとは言えない。 医師Eは,同日午後1時45分頃,70ないし80bpmに低下していた児心音が,母体への酸素及びメイロン投与によっても回復しなかったことから,胎児仮死と診断して 定すべきであるとは言えない。 医師Eは,同日午後1時45分頃,70ないし80bpmに低下していた児心音が,母体への酸素及びメイロン投与によっても回復しなかったことから,胎児仮死と診断して急速遂娩を行うことを決定した。この時点では,原告Bの子宮口は全開大し,児頭も排臨の近くまで下降していたため,当然,吸引分娩が第一選択であった。 そして,医師Eは,同日午前11時の時点で,予め,高齢初産のため帝王切開となる可能性がある妊婦(原告B)がいる旨手術室に連絡しており,その上で,同日午後2時20分に帝王切開施行を決定し,その45分後である同日午後3時05分には執刀を開始しているのであるから,同医師による帝王切開の決定及び実施には,何ら遅滞はない。 分娩誘発中の最大の注意点は過強陣痛を発生させないことであり,過強陣痛がない以上,原告らの主張は成り立たない。 なお,医師Eは同日午後2時04分頃までに帝王切開施行を決断するべきであったとも考えられるが,帝王切開を決定してから胎児を娩出するまでには最低でも30分は必要であるから,医師Eが胎児を娩出し得た時刻は,最速でも同日午後2時34分ということになる。しかし,本件の胎児は,同日午後1時57分の時点では事実上の持続性徐脈の状態にあり,その時点から20分後の同日午後2時17分には,既に不可逆的な障害を来していた蓋然性が極めて高い。 したがって,仮に医師Eが帝王切開の施行を同日午後2時04分頃に決断していたとしても胎児の救命は不可能であったから,医師Eの帝王切開決定の決断時期につき過失があると評価されたとしても,その過失とCの死亡との間に因果関係はない。 (2) 争点(2)(被告に不法行為責任があるか)について(原告らの主張)原告らが上記(1) 時期につき過失があると評価されたとしても,その過失とCの死亡との間に因果関係はない。 (2) 争点(2)(被告に不法行為責任があるか)について(原告らの主張)原告らが上記(1)イないしオで指摘した事実は,同時に,医師Eらの原告らに対する過失による不法行為をも構成する。すなわち,医師Eらは不法行為責任を負うものであり,同医師らは被告の被用者であるから,被告には民法715条の使用者責任が成立する。 そこで,原告は,予備的に,被告の使用者責任による損害の賠償を求める。 (被告の主張)原告らの主張に対する反論は前述のとおりであり,医師Eらが不法行為責任を負うことはない。 したがって,被告には医師Eらの使用者として使用者責任を負う余地はない。 (3) 争点(3)(被告の不法行為責任は時効により消滅したか)について(被告の主張)原告らの主張する不法行為責任に基づいた損害賠償請求権は,仮にそれが成立していたとしても,3年の消滅時効が完成していると言うべきである。すなわち,本件訴訟提起(平成11年8月13日)は,Cの分娩時(平成7年3月10日)或いは死亡時(同年3月13日)から3年以上経過しているから,民法724条の「被害者が損害及び加害者を知ってから3年間,これを行わないとき」に該当する。 この点について,原告らは,Cの出産当時は被告に対して責任を追及することを考えられなかったとして,消滅時効の起算点を遅らせようとする。 しかしながら,不法行為による損害賠償請求権については,被害者が当該請求権を行使できるという客観的な事実関係と被害者の主観的な認識が兼ね備わったときから時効期間が進行を開始することとされており,その認識の程度は単なる危惧や憶測では不十分であるが,科学 被害者が当該請求権を行使できるという客観的な事実関係と被害者の主観的な認識が兼ね備わったときから時効期間が進行を開始することとされており,その認識の程度は単なる危惧や憶測では不十分であるが,科学的・専門的知識に裏付けられた認識である必要はない。すなわち,損害賠償請求権を行使しうる事実関係が客観的に存在する限り,不法行為の被害者において当該請求権の存在とその行使の可能性を知ったとき,より具体的には「被害者が現実の加害者(あるいは損害賠償義務者)ないし損害を合理的な方法で挙証しうる程度に具体的な資料に基づいて認識し得た」(東京地判昭和45年1月28日判タ246号134頁参照)時点から,当該請求権の消滅時効は進行するものと解するのが相当である。 本件では,原告らの主張及び陳述書によれば,新生児の死亡後,原告らは本件病院より説明がないことに納得できず,本件病院に対して説明を要求し,後日,説明の場が設けられたこと,その機会に原告らに対する説明を行ったのは医師Eではなく,同医師代理の産婦人科部長であったこと,産婦人科部長は,原告Bのカルテを見ながら,マニュアルどおりの当たりさわりのない説明をした上に今回の件については原因不明と片づけたこと,挙げ句の果てには,原告Bが高齢初産であることは本件病院には当初から分かっていたにも拘わらず,本件は原告Bの微弱陣痛が原因であるとして,同人に責任を転嫁する態度をとったこと,原告らはこうした態度に納得できず本件病院に対して不審感を抱いていたこと,の各事実が認められる。 更に,原告らの作成した報告書(甲3の「分娩経緯」と題する書面)は,その作成日が分娩から約3年半を経過した平成10年9月11日付とされているにも拘わらず,事実経過に関する詳細な内容を含んでいる。このことは,原告らが,平成7年3月当 の「分娩経緯」と題する書面)は,その作成日が分娩から約3年半を経過した平成10年9月11日付とされているにも拘わらず,事実経過に関する詳細な内容を含んでいる。このことは,原告らが,平成7年3月当初から被告に対する責任追及のための資料を作成していたことを強く推認させる。 これらの事情によれば,原告らが平成7年3月当時は被告への責任追及を考えておらず,平成8年10月の長女出産を契機に損害賠償請求を検討するようになったという原告らの主張はにわかに信用できず,原告らは遅くとも平成7年3月の退院後の病院側からの説明を聞いた時点では病院側に対して不信感を抱き,訴訟提起のための資料の作成を行っていたと考えられ,この時点において,被告に対する損害賠償請求権の存在とその行使の可能性とを知ったものと言うことができるから,その時点から3年以上を経過した後の平成11年8月に提起された本訴の損害賠償請求権は,既に時効により消滅していると言うべきである。 (原告の主張)民法724条前段の「損害および加害者を知りたる」とは,加害者の行為によって損害が発生したという単なる歴史的事実を知ったことでは足りず,加害者の権利侵害行為によって被った損害について加害者に対して不法行為に基づいて損害賠償請求をなしうることを知ることまで要するものと解される。 原告らは,Cの出生当時,同人が重度仮死で出生して数日後に死亡した原因は産婦である原告Bにあったかも知れないと考え,被告の責任については検討することができないでいた。ところが,原告Bは,平成8年10月29日に長女を本件病院で無事に出産したことによって,長男であるCを出産した際の医療行為に問題があり,自分に原因があった訳ではないと考えられるようになった。原告らは,この時点ではじめて本件病院の責任を問う 長女を本件病院で無事に出産したことによって,長男であるCを出産した際の医療行為に問題があり,自分に原因があった訳ではないと考えられるようになった。原告らは,この時点ではじめて本件病院の責任を問うことを考えるに至り,平成10年10月14日に証拠保全の申立てをし,同年12月11日に本件病院宛の催告書を送付したものである。 したがって,本件の損害賠償請求権に関する消滅時効の起算点は平成7年3月でなく平成8年10月以降とされるべきであるから,原告らがその時点から3年以内である平成11年8月13日に本件を提訴した以上,損害賠償請求権が時効により消滅しているということはできない。 (4) 争点(4)(原告らの損害)について(原告らの主張)ア逸失利益 2200万円(原告ら各1100万円)Cは0歳で死亡したところ,0歳男児の逸失利益をライプニッツ方式で計算して,生活費控除を50パーセント,男子の平均年収を510万円とすると,その額は2200万円を下らない。 原告両名は,これを2分の1ずつ相続した。 イ慰謝料 2000万円(原告ら各1000万円)原告両名は,本件病院の過失によって,高齢で授かった大切な第1子であるCを失ったものであり,その精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも各1000万円の賠償が必要である。 ウ墳墓・葬祭費 100万円(原告ら各50万円)エ弁護士費用 墳墓・葬祭費 100万円(原告ら各50万円)エ弁護士費用 500万円(原告ら各250万円)被告の負担するべき弁護士費用としては,日弁連報酬等基準規定による手数料及び謝金の合計額500万円(原告ら各250万円)が相当である。 (被告の主張)原告らの主張はいずれも争う。 なお,弁護士費用は債務不履行による損害としては認められない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(被告に債務不履行責任があるか)についてア医療契約を締結した当事者及びその内容原告Bは平成6年7月13日から本件病院に通院し,平成7年3月9日に胎児であったCの分娩を目的として同病院に入院したことは「前提となる事実」(1)及び(2)項記載のとおりであり,証拠(甲2,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,共に本件病院の安産教室に通い,出生予定の胎児であったCの両親として,原告Bの入院費用は夫婦が共同負担し,胎児であったCが無事に出生することを目的として本件病院での医療行為を被告に委託することとしたこと,原告Aも原告Bの出産に立ち会うことを希望していたことの各事実が認められる。 以上の事実によれば,原告らは,平成7年3月9日,胎児であったCの分娩を目的として,本件病院での医療行為について,被告との合意をしたものと認めるのが相当であり,被告は,本件病院で原告Bの分娩を適切に管理し,同人が無事に胎児であるCを出産できるよう,当時の医学水準にかなう適切な医療サービスを提供すべき義務を負っていたものと解される(以下,前記の合意を「本件医療契約」 件病院で原告Bの分娩を適切に管理し,同人が無事に胎児であるCを出産できるよう,当時の医学水準にかなう適切な医療サービスを提供すべき義務を負っていたものと解される(以下,前記の合意を「本件医療契約」という。)。 イ予定帝王切開を選択しなかった過失原告Bに対しては先ず経膣分娩が試行されたこと,すなわち,初めから同人に対する帝王切開が選択・予定されていた訳ではないことは,当事者間に争いがない。 そこで,原告らは,原告Bが高年(Cの出産時点で36歳)の初産婦であったこと,同人に軟産道強靱が見られたこと,本件は陣痛発来後30時間を経過しても胎児の娩出に至らない,いわゆる遷延分娩であったことなどを理由に,原告Bの出産に際しては当初から帝王切開を選択すべきであった旨を主張する。 しかし,高年の初産婦について経膣的分娩を試みるまでもなく当初から帝王切開を予定すべきとする点については,これを裏付けるに足りる証拠はない。また,証拠(甲9,14)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは軟産道強靱(子宮頚の潤軟化が不十分で,子宮口の開大が遅れる様態をいう。)の状態にあったこと,産婦に軟産道強靱が認められるケースでは経膣分娩が困難となることがあり,最終的には帝王切開を施行する必要が生じる場合もあることの各事実が認められるが,予定帝王切開を選択するためには,その前提として,経膣分娩に先立って軟産道強靱を診断し得たことが必要とされるところ,これが可能であったことを認めるに足りる証拠はない(かえって,前掲の各証拠によれば,軟産道強靱を事前に診断するのは困難であることが認められる。)。 また,本件における分娩の経過は「前提となる事実」(2)イ記載のとおりであり,これによれば,原告Bは初発陣痛(平成7年3月9日午前0時00分)から30時間以上を経 あることが認められる。)。 また,本件における分娩の経過は「前提となる事実」(2)イ記載のとおりであり,これによれば,原告Bは初発陣痛(平成7年3月9日午前0時00分)から30時間以上を経た同月10日昼頃になっても分娩に至っておらず,いわゆる遷延分娩の状態にあったということができる(この点につき,被告は前記初発陣痛が遷延分娩の起算点となる初産婦の「陣痛」には当たらないとして遷延分娩であることを否定するが,被告の主張は採用できない。)。しかし,遷延分娩のケースについては須く当初から帝王切開を選択すべきであるとする点については,これを裏付けるに足りる証拠はない。 したがって,医師Eらが原告Bに対して初めから帝王切開を予定していなかったことが本件医療契約上の債務不履行に該当するとはいえず,この点に関する原告らの主張には理由がない。 ウ子宮収縮剤(アトニン-O及びプロスタルモンF)の使用上の過失原告らは,原告Bが高年の初産婦で,且つ軟産道強靱の状態にもあったことを理由として,同人に対するアトニン-Oの投与が不適切であった旨を指摘する。 そこで,本件の事実関係を検討するに,医師Eが原告Bに対して平成7年3月10日午前10時頃からアトニン-Oを投与したことは当事者間に争いがなく,証拠(甲6)によれば,同剤の添付文書には,軟産道強靱症の産婦や高年初産婦については「母体,胎児の全身状態及び子宮収縮の観察を十分に行い,慎重に投与すること」との記載があることが認められる。 しかし,軟産道強靱症の産婦や高年初産婦に対してはアトニン-Oを投与すること自体が有害であるとか,若しくは効果に比して過大な危険があるといった事実を認めるに足りる証拠はないから,医師Eが原告Bに対してアトニン-Oを投与したことが直ちに過失になるということは を投与すること自体が有害であるとか,若しくは効果に比して過大な危険があるといった事実を認めるに足りる証拠はないから,医師Eが原告Bに対してアトニン-Oを投与したことが直ちに過失になるということはできない。 また,証拠(甲6,11,14,乙6)によれば,アトニン-Oを過剰投与すると過強陣痛を生じ,胎児が低酸素症等を経て死亡するおそれがあること,そのため,同剤を利用する際には充分に分娩を監視しつつ投与量を調節する必要があること,軟産道強靱症の産婦や高年初産婦へ投与する場合は以上の点について特段の注意をはらう必要があることの各事実が認められるが,本件においては,原告Bが過強陣痛の状態に陥ったことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,医師Eには,原告Bに対するアトニン-Oの投与方法を誤ったとの過失も認められず,同剤の投与の適否に関する原告らの主張は,いずれも採用することができない。 次に,アトニン-OとプロスタルモンFの併用の適否について検討する。 原告Bに対して,平成7年3月10日の午後1時45分以降に両剤が併用されたことは当事者間に争いがなく,証拠(甲6,7)によれば,両剤の添付文書には,アトニン-OとプロスタルモンFの併用は避けるべきであるという記載のあることが認められる。 この事実によれば,医師E及び医師Fは,両剤の原則的な使用方法に反するかたちで投与を行ったものというべきである。 もっとも,前掲証拠によれば,両剤の併用が禁止される理由は,これらを同時に投与すると,相乗効果によって過強陣痛を生じやすいという点にあることが認められるところ,先に判示したとおり,本件においては原告Bが過強陣痛の状態に陥った事実は認めるに足りないし,両剤の併用によりCの身体の状態が悪化したことを認めるに足りる証拠もなく,両剤の ることが認められるところ,先に判示したとおり,本件においては原告Bが過強陣痛の状態に陥った事実は認めるに足りないし,両剤の併用によりCの身体の状態が悪化したことを認めるに足りる証拠もなく,両剤の同時投与とCの死亡との因果関係は,なお不明であると言わざるを得ない。 したがって,医師Eらがアトニン-OとプロスタルモンFとを併用したことが,本件医療契約上の債務不履行に該当するとまではいえず,この点に関する原告らの主張を採用することはできない。 エ急速遂娩の手技に関する過失医師E及び医師Fが,原告Bに対し,平成7年3月10日午後1時45分頃から,クリステレル圧出法を7回,吸引分娩を5回(但し,実際に吸引できたのはそのうち3回のみである。)にわたって各々試行したことは,「前提となる事実」(2)イ(イ)記載のとおりである。 ところで,証拠(甲8,10,14,17)によれば,クリステレル圧出法においては,胎盤部への強い圧迫によって胎児の心拍数が低下することがしばしばあり,胎児の健康状態が悪化する場合があること,そのため,この方法を1回ないし2回試行してもなお胎児を娩出できない場合は,それ以上みだりに繰り返すべきではないとされていること,吸引分娩においては,母体に対しては軟産道裂傷,新生児に対しては帽状腱膜下出血といった外傷を生じる可能性があること,そのため,吸引分娩の方法で2回程度胎児を牽引しても娩出に至らない場合は,この方法を断念すべきとされていることの各事実を認めることができる。 そして,証拠(乙3,5)及び弁論の全趣旨によれば,胎児の心拍数は,医師Eと医師Fが原告Bにクリステレル圧出法を施行した時刻である平成7年3月10日午後1時45分頃から,70ないし80bpmといった低い値を示すようになり,医師Eらは母体への酸 ば,胎児の心拍数は,医師Eと医師Fが原告Bにクリステレル圧出法を施行した時刻である平成7年3月10日午後1時45分頃から,70ないし80bpmといった低い値を示すようになり,医師Eらは母体への酸素投与等の方法によってこれを回復させようとしたものの,成果が得られなかったこと,Cは,結局,重度胎児仮死のまま帝王切開で娩出されたが,MASに加え,低酸素血症により多くの臓器にダメージを被っていたこと,Cは,この状態から回復することなく同月13日に多臓器不全によって死亡したことの各事実が認められ(なお,吸引分娩の反復によって原告B若しくはCが外傷を負ったことを認めるに足りる証拠はない。),以上の事実を総合すれば,医師Eと医師Fが,医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返したことによって,胎児(C)に心拍数が減少するなどの悪影響が生じたという事実を推認することができる。 よって,この点に関する原告らの主張は,クリステレル圧出法の不適切な反復をいう限度で理由があり,被告は,原告らに対して,本件医療契約上の債務不履行に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。 オ帝王切開についての準備不足及び手術実施の遅滞原告らは,医師Eらによる胎児仮死の判断と帝王切開の決定及び施行がいずれも遅きに失したと主張するので,本件においていかなる時点で胎児仮死との判断を下し,或いは帝王切開を施行すべきであったかを,以下で検討する。 (ア) 胎児仮死の診断について証拠(甲8,10,12,14,15,乙5,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,胎児仮死を疑うべき所見としては,①変動一過性徐脈(胎児心拍数が,子宮の収縮に対して一定した関係を示さず,不規則的に減少するパターン)が60秒内に終わり,心拍数が60b )及び弁論の全趣旨によれば,胎児仮死を疑うべき所見としては,①変動一過性徐脈(胎児心拍数が,子宮の収縮に対して一定した関係を示さず,不規則的に減少するパターン)が60秒内に終わり,心拍数が60bpmを下らない状態(以下「軽度の変動一過性徐脈」という。)が生じる,②胎児心拍数の瞬間的な上下動(以下「基線細変動」という。)が5ないし10bpmの範囲でしか生じない(なお,基線細変動が10ないし20bpmの範囲で生じる状態が正常とされており,これが5ないし10bpmの範囲でしか生じない状態は,基線細変動の「減少」と評価される。),③頻脈(基準胎児心拍数が160bpm以上になる状態を「頻脈」と分類する。)が持続する,という3つのポイントがあること,本件において,胎児(C)の心拍数は,原告Bが分娩室に搬送された直後である平成7年3月10日午後1時06分頃(以下,この項では,同日中の事実経過につき日付を省いて時刻のみ掲記する。)の時点で,1分間前後にわたり,80bpm前後の数値を示したことがあったこと(すなわち,①軽度若しくはそれ以上の変動一過性徐脈があったこと),午後1時10分頃からは基線細変動が概ね10bpm未満の範囲でしか現れなくなり,この状態がしばらく続いたこと(すなわち,②基線細変動が減少していたこと),同人の心拍数は午後1時10分時点で160bpm前後に上昇し,この時点から午後1時26分頃までの心拍数基線は,170bpm前後の数値を示していたこと(すなわち,③持続性頻脈が認められたこと),医師Eは,同日の午前中には原告Bに分娩監視装置を取り付けており,産婦人科の専門医として胎児の心拍数を確認しつつ各種の医療措置を行っていたから,前記①ないし③として掲記したところの胎児の変動一過性徐脈,基線細変動減少及び持続性頻脈をいずれも容易且つ 付けており,産婦人科の専門医として胎児の心拍数を確認しつつ各種の医療措置を行っていたから,前記①ないし③として掲記したところの胎児の変動一過性徐脈,基線細変動減少及び持続性頻脈をいずれも容易且つ速やかに発見できる立場にあったこと,の各事実を認めることができる。 これらの事情を併せて勘案すれば,医師Eは,午後1時15分頃には,胎児仮死を疑わなければならなかったというべきである。 (イ) 帝王切開の準備についてそして,証拠(甲8,9,12,鑑定の結果)によれば,胎児仮死への対処法としては,最終的には(酸素吸入等による経母体治療を試行しても回復が見られない場合には)帝王切開を含めた急速遂娩を行う必要があることが認められ,ここに,帝王切開を施行するためには手術室の確保や麻酔処置等の様々な準備が必要となることをも併せて考えると,医師Eは,胎児仮死を疑うべきであった午後1時15分の時点で,原告Bに対して帝王切開を施行するための諸準備(手術室の確保,麻酔医との連絡等)を始めておかなければならなかったというべきである。 ここで本件の事実経過を再確認するに,医師Eが帝王切開への移行を決断した時刻が午後2時20分頃であること,そのために原告Bを本件病院の手術室まで搬入した時刻が午後2時45分頃であり,実際に執刀を開始した時刻は午後3時05分頃であることは,いずれも,「前提となる事実」(2)イ(ウ)に掲記したとおりである。すなわち,本件では,医師Eが帝王切開の施行を決断してから原告Bを手術室に搬入するまでに約25分間,執刀まで約45分間の時間がそれぞれ費やされていることになるが,証拠(甲16,乙6,7,9,証人医師E)及び弁論の全趣旨によれば,この所要時間は標準的な産婦人科の医療体制に比較して長いこと,医師Eは,本件分娩における 時間がそれぞれ費やされていることになるが,証拠(甲16,乙6,7,9,証人医師E)及び弁論の全趣旨によれば,この所要時間は標準的な産婦人科の医療体制に比較して長いこと,医師Eは,本件分娩における最大の注意点を過強陣痛の防止と捉え,過強陣痛さえ生じていなければ,分娩促進中という理由だけで帝王切開の準備をしておく必要はないと考えていたこと,医師Eが帝王切開の施行を決断した午後2時20分の時点では,本件病院内に,当該手技を行うための手術室が予め確保されていた状況にはなかったことの各事実を認めることができる。 これらの諸事情を総合すれば,医師Eは,午後1時15分の時点では,原告Bに対し帝王切開を施行するための準備(手術室の確保等)を全く始めていなかったことが推認される。 (ウ) 被告の反論についてなお,被告は,この点につき,医師Eは午前11時の時点で手術室に帝王切開となる可能性がある妊婦(原告B)がいる旨連絡したと主張し,その主張に沿う証拠(乙6:医師Eの陳述書)も提出するところである。しかし,入院診療録等,当該陳述書以外の証拠からは,そのような連絡があったという事実は全く窺知できないし,当該陳述書を作成した医師E自身が,同人への証人尋問の機会において,本件病院には産婦人科以外の科も設置されているので予め手術の準備をすることはできなかったなどと,前記陳述書と反する内容ともとれる趣旨の証言をしていることからすれば,被告の前記主張は,たやすく信用できない。 また,被告は,午後1時15分の時点では胎児仮死と診断できる状況になかった旨を主張するが,たとえ胎児仮死との確定的な診断をなし得ない状況であっても,その疑いがあれば,胎児仮死に備えた準備を始めておくべきことは当然である。仮に,被告の主張するとおり「午後1時26分の時 った旨を主張するが,たとえ胎児仮死との確定的な診断をなし得ない状況であっても,その疑いがあれば,胎児仮死に備えた準備を始めておくべきことは当然である。仮に,被告の主張するとおり「午後1時26分の時点では胎児の状態の回復が十分に期待できる状態にあったと推定」できるとしても,回復が期待できることと胎児仮死の疑いがあることは何ら矛盾しないのであり,回復を期待できたから胎児仮死に備えた準備をしておく必要がなかったということにはならないのであるから,この点に関する被告の主張は失当である。 なお,付言するに,本件医療契約においては,被告が本件病院で原告Bの分娩を適切に管理し,同人が胎児であったCを無事に出産できるよう当時の医学水準にかなった適切な医療サービスを提供すべき義務を負っていたことは,先に判示したとおりであるから,医師Eらは,原告Bが過強陣痛に陥ることを防止することにのみ注意を向ければ足りたものではなく,胎児であったCの安全な分娩に向けた医療サービス全般を提供せねばならなかったのであり,「原告Bに過強陣痛がない以上,原告らの主張は成り立たない」とする被告の反論は前記判断を左右するに足りない。 (エ) 過失の内容及び結果との因果関係について医師Eが午後1時45分頃に胎児仮死との診断を下し,午後1時50分頃から急速遂娩を試行したこと,急速遂娩としては,先ずクリステレル圧出法及び吸引分娩が実施されたが娩出に至らず,結局午後3時05分に帝王切開の執刀を開始したことは,いずれも「前提となる事実」(2)イ(イ)に掲記したとおりである。 ところで,急速遂娩の方法としては,クリステレル圧出法・吸引分娩という経膣的分娩を目的とした手技と,開腹手術で胎児を娩出する帝王切開とがあるところ,母体への侵襲程度等を考慮すれば,経膣的分娩が可 ところで,急速遂娩の方法としては,クリステレル圧出法・吸引分娩という経膣的分娩を目的とした手技と,開腹手術で胎児を娩出する帝王切開とがあるところ,母体への侵襲程度等を考慮すれば,経膣的分娩が可能な場合にはその方法を選択することも不適切とはいえないから,母子に児頭骨盤不均衡(CPD)が認められず,経膣分娩が可能とも思われた本件において,医師Eらがクリステレル圧出法と吸引分娩を先行させたことが過失であるということはできない。 しかし,先に判示したとおり,医師Eらは,医学上相当と認められる限度を大幅に超えてクリステレル圧出法を繰り返し,また,胎児仮死の疑いがあった時点で帝王切開の準備をすることを怠ったものであり,これらの事情によって,帝王切開の開始時刻が遅れたことは明らかである。すなわち,医師Eは,胎児仮死が疑われた段階で帝王切開の準備を行い,クリステレル圧出法を医学上相当と認められる回数(2回程度)施行しても胎児を娩出できなかった段階で,直ちに帝王切開に移行すべきであったのに,これらの注意義務に違反して帝王切開の開始の時点を遅らせたのであるから,同人には,本件医療契約上の注意義務に違反した過失があるといわなければならない。 そして,証拠(甲8,14,16,証人医師E,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,医師Eらが,クリステレル圧出法の施行回数を医学上相当な限度(2回程度)に留めて速やかに帝王切開に移行し,且つ胎児仮死が疑われた段階で予め帝王切開の準備がなされていたなら,午後2時15分頃までには帝王切開を開始でき,その後数分内に胎児であるCを娩出できたこと,この時点で胎児であるCを娩出できていれば,同人が重篤な状態で出生して死亡に至るという機序は回避できた可能性が高いことが認められるから,前記の過失とCの死亡という結果と 胎児であるCを娩出できたこと,この時点で胎児であるCを娩出できていれば,同人が重篤な状態で出生して死亡に至るという機序は回避できた可能性が高いことが認められるから,前記の過失とCの死亡という結果との間には,相当因果関係があると認定することができる。 したがって,被告は,本件医療契約の債務不履行に基づいて,原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。 なお,被告は,午後2時17分の時点で,既に胎児に不可逆的な障害が生じていた蓋然性が極めて高いとして,過失と結果との因果関係がないと反論するので,この点につき検討する。 被告がこうした反論の論拠とする意見が記載された鑑定書(乙9。以下「被告意見書」という。)では,従来から用いられてきた『胎児仮死』の概念に疑問を呈し,「胎児仮死」を「胎児が,呼吸・循環不全に陥り,このままの侵襲が続けば胎児死亡に至る病態にある蓋然性が高いと判断され,何らかの方法で速やかに分娩に至らしめる必要がある状態」とした上で,そのうち,「呼吸・循環不全が著しく,直ちに娩出しなければ胎児の死亡や児への不可逆的な障害を残す可能性が極めて高いと推定される状態」を改めて「重症胎児仮死」と定義する。そして,「殆ど胎児心拍数の回復の見られない持続性徐脈が発生した場合」には「20分程度が胎児の回復を期待しうる限界と考えられる」ところ,本件では胎児であるCが「重症胎児仮死」状態に陥ったのは午後1時57分頃であり,この頃には「事実上の持続性徐脈が発生していたと推定される」から,その20分後である午後2時17分頃には,児が不可逆的な障害を残さずに回復することは期待できなくなったというのである。 しかし,そもそも被告意見書のいう「胎児仮死」と「重症胎児仮死」の区別は曖昧であり,被告意見書以外に,両 頃には,児が不可逆的な障害を残さずに回復することは期待できなくなったというのである。 しかし,そもそも被告意見書のいう「胎児仮死」と「重症胎児仮死」の区別は曖昧であり,被告意見書以外に,両者を明確に区別して扱う記載のある証拠は提出されておらず,その分類に従うことの有益性自体に疑問があるうえ,被告意見書では「重症胎児仮死」と「殆ど胎児心拍数の回復が見られない持続性徐脈」との関係をどのように位置付けているのかも必ずしも明確ではなく(午後1時57分頃に両者が同時に発生したことを前提に議論をしている箇所がある一方で,午後1時57分から午後2時20分頃まで継続した「持続性徐脈」により「重症胎児仮死」が惹起されたと述べる箇所もある。),最終的に「殆ど胎児心拍数の回復が見られない持続性徐脈」が発生した時点からの経過時間を問題にするのであれば,「重症胎児仮死」の概念を持ち出す意義が不明である。そして,「殆ど胎児心拍数の回復の見られない持続性徐脈が発生した場合」には,「20分程度が胎児の回復を期待しうる限界と考えられる」という結論を裏付ける客観的な資料は全く提出されておらず,この判断は,被告意見書の作成者による私見に過ぎない。 以上の事実に照らせば,先に判示した相当因果関係に関する認定は被告意見書によっても覆すに足りないというべきであり,被告は債務不履行による損害賠償責任を免れない。 したがって,争点(2)及び(3)についてはこれを判断する必要がなく,以下,争点(4)(原告らの損害)について検討を加える。 2 争点(4)(原告らの損害)ついて(1) 逸失利益 2113万6445円(原告ら各1056万8222円)Cは,死亡当時0歳の男児であったところ いて(1) 逸失利益 2113万6445円(原告ら各1056万8222円)Cは,死亡当時0歳の男児であったところ,同人の逸失利益は,平成7年度の男子全年齢平均賃金559万9800円を基礎収入とし,生活費控除の割合を50パーセントとし,以上を前提として中間利息を年5パーセントのライプニッツ方式で控除する方法により算定すると,以下のとおり2113万6445円になる(小数点以下は切り捨て。)。そして,原告らが,これを各2分の1ずつ相続したことは明らかである。 [計算式]559万9800円×(1-0.5)×(19.239-11.690)=2113万6445円(2) 慰謝料 2000万円(原告ら各1000万円)証拠(甲3,乙1,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,Cは,原告Bが比較的高齢(懐妊時35歳)で授かった第1子であったこと,原告らにとって念願の長男であったCは出生時から重度仮死状態に陥っており,遂にそこから回復することなく生後わずか3日で死亡するに至ったこと,そのため,原告ら夫婦は甚大な精神的苦痛を被ったこと,平成7年当時における本件病院の産婦人科部長は,Cの死亡の原因についての説明を求める原告らに対し,充分な説明をしなかったばかりか,むしろ原告Bに責任を転嫁するような態度をとっていたことが認められ,これらの事実に医師Eらの過失の内容及び程度等,本件に顕れた一切の事情を勘案すると,原告らの慰謝料額は,これを各1000万円と認めるのが相当である。 (3) 墳墓・葬祭費 れらの事実に医師Eらの過失の内容及び程度等,本件に顕れた一切の事情を勘案すると,原告らの慰謝料額は,これを各1000万円と認めるのが相当である。 (3) 墳墓・葬祭費 100万円(原告ら各50万円)弁論の全趣旨によれば,原告らはCの葬儀を執り行ったことが認められるところ,諸般の事情を併せて考えると,被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認められる葬儀費用は100万円と認めるのが相当である。 (4) 弁護士費用 400万円(原告ら各200万円)原告らは,本訴の提起を原告の訴訟代理人に委任したと認められるところ,そのために要した費用及び報酬のうちの400万円を,被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。 (5) 認容金額 4613万6445円以上より,原告らの取得した損害賠償請求権は合計4613万6445円(原告ら各2306万8222円)となる。 3 結論よって,原告らの請求は,主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は何れも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法65条1項,64条,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第20民事部裁判長裁判官岡原剛裁判官武田美和子裁判官岡田龍太郎・ 岡田龍太郎

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