昭和49(行ウ)59 行政措置要求拒否取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和55年11月12日 大阪地方裁判所
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【DRY-RUN】○ 主文 一 原告の被告人事院に対する昭和四九年六月二一日付判定の取消請求を棄却す る。 二 原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める訴え を却下する。 三 原告の被告国に対

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○ 主文一原告の被告人事院に対する昭和四九年六月二一日付判定の取消請求を棄却する。 二原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める訴えを却下する。 三原告の被告国に対する請求を棄却する。 四訴訟費用は原告の負担とする。 ○ 事実第一申立一原告 1 被告人事院が昭和四九年六月二一日付で、原告の給与の減額等の取消等に関する行政措置の要求に対してなした判定を取消す。 2 被告人事院は、大阪大学学長に対し、(一) 同学長が、昭和四七年七月一七日原告に対し行なつた原告の七月分給与の減額措置を取消し、減額分金四九七一円(内訳同年五月分の過払分として金三八六円、同年六月一五日支給の夏季手当中勤勉手当の過払分として金四五八五円)及び減額措置により影響を受けた不足分金五三九円並びに右合計金の内金四九七一円に対する昭和四七年七月一八日から、内金五三九円に対する同年一一月一八日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うこと、(二) 同学長が、原告の職場集会への参加に対し、部下の職員に命じて監視させ、又は給与法上の減額措置権限を濫用するなどして、原告の労働基本権の行使に対し心理的圧力を加えるおそれのある行為をすることを厳に慎しむことを勧告せよ。 3 被告国は、原告に対し、金三五万円及び内金三〇万円に対する昭和四八年七月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。 4 訴訟費用は被告らの負担とする。 二被告人事院(本案前の申立)主文二項及び四項と同旨。 (本案に対する答弁) 1 主文一項及び四項と同旨。 2 原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める請求を棄却する。 三被告国主文三項及び四項と同旨。 第二主張(請求の原因)一被告人事院に対する請求について 旨。 2 原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める請求を棄却する。 三被告国主文三項及び四項と同旨。 第二主張(請求の原因)一被告人事院に対する請求について 1 原告の地位原告は、昭和三六年六月一六日、大阪大学理学部に文部技官技術員として採用され、同三九年一〇月一六日同技官教務員となつたものである。 2 大阪大学学長の行為(一) 原告の給与の減額大阪大学学長Aは、昭和四七年七月一七日、給与支給に際し、突然原告の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までであるのに、原告は、同年五月一九日に限つて、午前八時三〇分から同九時三〇分まで勤務しなかつたとし、一般職の職員の給与に関する法律(以下、給与法という。)一五条の規定に従い、原告の七月分給与から、五月分の過払分として金三八六円、同年六月一五日支給の夏季手当中勤勉手当の過払分として金四五八五円合計金四九七一円の減額を行つた。さらに、同学長は、同年一一月一七日、給与の改訂に伴う四月に遡つた追給が行われた際、原告に対する追給分から金五三九円を減額した(以下、本件給与減額措置という。)。 (二) 組合集会の監視大阪大学理学部職員組合(以下、理職組という。)は、昭和四七年五月一九日、日本教職員組合(以下、日教組という。)の指令により、政府、被告人事院に対する「賃金大巾値上げの四月実施、第二次定員削減反対」などのため、同日午前八時三〇分から同九時二九分まで、大阪大学基礎工学部北通用口前広場において職場集会(以下、本件集会という。)を開催し、原告も理職組組合員として同組合決定に従い、他の組合員と共に参加した。右職場集会は、要求内容、手段において極めて正当なものであつたことはいうまでもない。 しかるに、大阪大学学長Aは、右集会が国公法九八条二項所定の争議行為に当らない に従い、他の組合員と共に参加した。右職場集会は、要求内容、手段において極めて正当なものであつたことはいうまでもない。 しかるに、大阪大学学長Aは、右集会が国公法九八条二項所定の争議行為に当らないことを知りながら、右集会当日、同大学本部事務局庶務部長Bら職員をして右職場集会を監視させた。そのため、原告は、右集会が正当なものであることを確信しながらも、同学長から何らかの不利益な扱いを受けるのではないかと心理的に強い圧力を加えられた。 3 被告人事院に対する行政措置の要求原告は、国家公務員法(以下、国公法という。)八六条に基づき、昭和四八年四月二六日、被告人事院近畿事務局に対し、原告訴訟代理人を代理人として請求の趣旨2項記載と同旨の行政措置を要求する申立を行つた。被告人事院は、同年七月六日付で原告に対し、代理人による申請は認めないから代理人に係る部分を抹消しなければ却下する旨通知してきた。原告は、後述のように代理人による申請を認めるよう要求したが、却下されることの不利益を避けるため已むなく代理人による申請を断念し、同年一〇月四日付をもつて、右同旨の行政措置を要求する申立(以下、本件措置要求という。)を行い、被告人事院はこれを受理した。 4 本件措置要求に対する被告人事院の判定(一) 被告人事院は、昭和四九年六月二一日付で本件措置要求はいずれも認められないとする判定(以下、本件判定という。 )をなし、原告は、同年七月一五日、右判定書を受領した。 (二) 本件判定の論旨は、請求の趣旨2項(一)記載と同旨の措置要求(以下、本件(一)措置要求という。)について、(1)原告の勤務時間の始めは、政府職員の勤務時間に関する総理庁令(昭和二四年総理庁令一号。以下、総理庁令という。)一項により、一義的に午前八時三〇分と定められており、右の定めは強行規定である て、(1)原告の勤務時間の始めは、政府職員の勤務時間に関する総理庁令(昭和二四年総理庁令一号。以下、総理庁令という。)一項により、一義的に午前八時三〇分と定められており、右の定めは強行規定であるから、大阪大学学長及びC教授には勤務時間の割振りを変更する権限はない、(2)従つて、原告主張のような勤務開始、終了時刻の実態が長期間継続していても有効な勤務時間の割振り変更とはいえない、(3)故に、原告は、いぜんとして午前八時三〇分から職務に専念する義務があり、右時刻から九時二六分まで職場集会に参加したのは業務遂行上支障がなくても、職務に専念しなかつたことになるから、「勤務しなかつた」ことになるというものであり、請求の趣旨2項(二)記載と同旨の措置要求(以下、本件(二)措置要求という。)について、右(1)の総理庁令による勤務開始時刻を根拠として、正規の勤務時間に食い込んで行われ多数の職員がこれに参加して職務を放棄したものであり、業務の正常運営を阻害するものであつたとして、勤務を欠くに至る職員等を確認するのは当然で、不当労働行為ではないというものである。 5 本件判定の違法事由本件判定は、次の理由により違法である。 (本件(一)措置要求に関し)(一) 原告の勤務開始時刻は、昭和三六年以来今日まで、入学試験の監督のため特別の指示がある場合を除いて、午前九時三〇分頃であり、勤務終了時刻は、午後六時以降である。 原告は、昭和四七年五月一九日も右勤務時間に従つて勤務を行い、右同日を含む週につき、人事院規則(以下、規則という。)一五-一第四条所定の四四時間以上勤務しているのであるから、右同日午前八時三〇分から午前九時三〇分まで本件集会に参加し、勤務しなかつたことをもつて、給与法一五条所定の勤務を欠いた場合に当るということはできず、よつて、本件給与減額措置 務しているのであるから、右同日午前八時三〇分から午前九時三〇分まで本件集会に参加し、勤務しなかつたことをもつて、給与法一五条所定の勤務を欠いた場合に当るということはできず、よつて、本件給与減額措置は、給与法の適用を誤つた違法なものである。 原告がその勤務時間を右のごとく主張する根拠は次のとおりである。 (1) 原告の右勤務時間は、学問の自由の一内容として、研究時間配分の自由が保障されることにより、大阪大学理学部において確立した慣行である。 (イ) 学問の自由(憲法二三条)は、(1)研究対象選択の自由、(2)研究方法選択の自由、(3)研究手段選択の自由、(4)研究中の思索の自由、(5)研究結果発表の自由をその内容とするものであるところ、学問の研究者にとつて、研究後の休息時間も含めて、研究時間配分の自由は、学問の自由そのものであり、研究時間配分の自由の否定は、学問の自由そのものの否定となる。従つて、研究、教育を義務の内容とする国家公務員について、始業時刻と終業時刻によつて画される就業時間の定めに従うことを命ずることが、研究者としての研究時間の配分と矛盾、牴触するとぎは、就業時間の定めは、学問の自由の一内容としての研究時間配分の自由を侵害するものとして、その効力を制限ないし排除されるものと解すべきである。 研究者が大学という研究、教育を使命とする政府機関の職員である場合には、個人としての「研究時間配分の自由」が保障される必要があるが、それと同時に、大学という共同体の中で、他の研究者と共同で研究施設を利用し、かつ、協力して研究活動を行なつていく必要があるから、研究、教育の目的を達成するために、その勤務時間等についても、大学において永年の間に形成されてきた慣行に従わなければならないのである。 そして、職員の勤務時間を定める総理庁令は、学問の自由を侵 から、研究、教育の目的を達成するために、その勤務時間等についても、大学において永年の間に形成されてきた慣行に従わなければならないのである。 そして、職員の勤務時間を定める総理庁令は、学問の自由を侵害するものであるから、研究者である原告を含む国家公務員には妥当しないものというべきであつて、大学職員である研究者は、そこで形成された勤務時間に関する慣行に従つて勤務する義務があり、かつ、右慣行に従つて勤務すれば、その責任を果したことになるというべきである。 (ロ) 原告は、学問の自由の保障を受ける研究者である。 (a) 原告は、大阪大学理学部放射化学講座に所属する教務職員として、学生の教育を担当すると共に、自ら放射化学に関する研究テーマを設定し、同講座の教員、大学院生又は他の機関の教員などと共同若しくは単独で実験研究を進めている。このような職務は、教員のそれと非常に似ているが、これは原告に限つたものではなく、同大学理学部内でも六名以上の教務職員が原告と同様な職務についている。また、原告の知る限りでも、右のような職務内容の教務職員は、国立大学理科系学部及び研究所に一般にみられる。 原告が教務職員として行なつてきた研究、教育に関する経歴とその内容は、次のとおりである。 (原告の研究、教育に関する経歴)原告は、昭和三六年六月、大阪大学理学部に就職したが、当時、同大学同学部においては、サイクpロを中心に活発な研究が行われていた。その中でサイクロトロンで製造される放射性同位元素(RadioIsotope。以下、RIという。)の放射線の性質を研究する核分光学グループがあつた。この分野の研究には、物理的な測定技術と共にRIの化学的挙動に関する研究開発が不可欠である。 RIを扱う化学は、放射化学と呼ばれ、阪大理学部には昭和三三年に我国では二番目に放射化学講座 ープがあつた。この分野の研究には、物理的な測定技術と共にRIの化学的挙動に関する研究開発が不可欠である。 RIを扱う化学は、放射化学と呼ばれ、阪大理学部には昭和三三年に我国では二番目に放射化学講座として設置されたばかりのC研究室があり、サイクロトロンによる研究の化学部門を受持つていたが、この放射化学と核分光学との協力体制を強化するために原告が採用された。原告は、研究グループの「一日も早く」との要求から、正式発令を待たず六月一日よりC研究室に入り、まず、放射化学の基礎知識、実験方法の修練につとめた。同年六月一六日付で正式の発令があり、ポストは名目上サイクロトロン部技術員であつた。 C研究室では、輪講やセミナーにも加わつた。数か月後、当時C研究室の全メンバーが他機関の研究者とも共同して東大原子核研究所のサイクロトロンを利用して進めていた大がかりな研究プロジエクト「核反応の放射化学的研究」に参加することで、次第に放射化学の実験、研究の方法を習得して行つた。直接たずさわつた研究テーマは、カドミウムと陽子との核反応の励起関数および関連核種の半減期の決定などであり、研究成果は、国際学術誌「核物理学」や、「無機および核化学」上に発表した。 昭和三八年にはC教授の推薦により、日本化学会の会員となり、研究成果発表の場が得られた。翌三九年には国家試験を受けて第一種放射線取扱主任者免状を取得し、RI実験室の放射線管理の仕事も担当することとなり、その頃に教務員となつた。 昭和四〇年からは、C研究室の六人の職員が二人づつで研究グループを編成することとなり、原告は、C教授とグループを組み、研究室に配属された学生も毎年数人指導することになつた。この頃から、原告は、自立した研究者としての自覚を深め、グループの四年生の卒業研究や大学院生の学位論文の他、研究グループ全体の とグループを組み、研究室に配属された学生も毎年数人指導することになつた。この頃から、原告は、自立した研究者としての自覚を深め、グループの四年生の卒業研究や大学院生の学位論文の他、研究グループ全体の研究テーマ等を発議すると共に、その研究推進のため実験計画の立案、利用すべき研究機関、装置の手配等を行い、実験・研究遂行の中心となつていた。特に、C教授がアメリカに出張していた昭和四一年度は、グループメンバーの修士学位論文、四年生の卒業研究などの教育や、グループの研究を文字通り原告単独で推進していた。C教授と共同で行なつていた研究は、核反応の中でも特異な重陽子反応の励起関数をある核模型を使つて説明しようというものであつた。この目的に最適で、精度の高い結果が期待できるいくつかの標的核を選択し、必要な化学的考察を経て、京大化学研究所などのサイクロトロンでの照射、化学分離、測定などの実験がくりかえされた。一方、仮定した核模型から予想される理論値を電子計算機を用いて導き出しておき、多くの実験値がこの理論値と非常によく一致し、かなり広範な重陽子反応を統一的に説明できることを見い出した。この成果も学会での講演と共に国際学術誌「核物理学」に発表している。 昭和四二年に化学科高分子学科三年生のカリキユラムの編成が変更され、同四三年四月より化学実験第一として無機化学、分析化学と共に、放射化学実験を課することとなつた。放射化学実験の部分は、C研究室のD・E両助手と原告の三人が担当することとなり、テーマの設定から現場の指導まで三人が平等に分担していることは昭和五五年の現在まで変らない。 原告は、昭和四五年以降、日本ではほとんど研究されていなかつた数十秒から数分程度の短寿命RIについての核特性の研究をD助手と共同で行うことにした。新しい分野なので、まず二~三年をかけて で変らない。 原告は、昭和四五年以降、日本ではほとんど研究されていなかつた数十秒から数分程度の短寿命RIについての核特性の研究をD助手と共同で行うことにした。新しい分野なので、まず二~三年をかけて短寿命のRI研究に適した実験装置や測定装置を開発し、いくつかの装置は、有用性が実証されたので放射化学討論会で講演し、国際学術誌にも発表した。この間、C研究室配属の学生向けの研究テーマを提示して大学院生、四年生が希望した場合に担当している。 その後、現在までD助手との共同研究は続いており、物理的手法と化学的手法の両方を駆使して、新しいRIの確認や、壊変図式を決定する研究を行なつているが、最近原告らが化学的な新しい方法を発見して得られた一一七インシウム核について、知見は、これまで二〇年近く世界の多くの原子核物理研究者が把握しようとして果せなかつたところのものであり、学術誌への投稿を準備中である。 (原告の職務内容)原告は、学生に対する教育として、まず、理学部三年生の化学実験、高分子学実験などの実験科目を助教授、助手と共に担当し、(1)実験課題の選定、(2)予備知識として解説すべき事項の選択、(3)「実験指導書」と題するテキストの執筆、(4)各班実習期間(全学生を一班約二〇名づつ四班に分け、放射化学の実習は一班ごとに一〇日または一一日間行う。)の第一日に約四時間を費して行う予備講義、(5)実習現場たる別棟RI実験室において行う実験技術の実地指導(6))学生との質疑応答、(7)学生の安全確保、特に危険な放射能を取扱うに際しての放射線障害の防止、(8)測定器や実験器具の調達、準備や修理、(9)火元取締り、戸締りなどの実験室の管理、(10)放射性廃棄物の処理、(11)学生成績の評点などを行なつている。また、理学部化学教室の各研究室には理学部四年生と大学院 験器具の調達、準備や修理、(9)火元取締り、戸締りなどの実験室の管理、(10)放射性廃棄物の処理、(11)学生成績の評点などを行なつている。また、理学部化学教室の各研究室には理学部四年生と大学院学生が分散配属されるが、原告は、右学生の卒業研究実験の指導を行なつている。 原告の行う職務のうちで、圧倒的に大きな比重をもつものは、研究であるが、原告は、前記のごとく、昭和三六年以来研究活動に従事し、その間、国内又は国外の専門学術誌などに「カドミウム附近の核反応断面積と生成核種に関する研究」外九篇の放射化学の研究論文を発表し、日本化学会などの主催により、同分野の専門家が毎年開催する「放射化学討論会」の席上で五回にわたり研究成果を講演した。 右の研究業績に見る如く、原告が放射化学研究の第一線において活発な研究活動を行なつていることは明らかである。右論文の発表者名を見ると、原告が共同研究しているのは、C研究室内の教官、他の大学・研究機関の職員及びC研究室で卒業研究を行なつた大学院生である。放射化学分野の実験研究は、サイクロトロンや原子炉など、一人では安全に運転使用できない巨大装置を利用することが多い関係上、殆どすべての場合、複数の研究者の連名、共同研究となるが、個々の著者の貢献度を矮小視することはできない。原告は、右の論文の中でも、中心的役割を果したことで筆頭著者となつている例や、放射化学討論会において自ら演壇に立つ講演者となつている例などからも、原告が単なる補助者でなく、一人前の自立した研究者として共同研究を行なつていることは明らかである。 (b) 原告のような教務職員が直接研究教育を行うことは明文化された法的根拠がある。すなわち、国立学校設置法施行規則一条は、国立大学等の職員の種類を示したものであり、具体的職務内容は、被告人事院が給与法六条三項を ような教務職員が直接研究教育を行うことは明文化された法的根拠がある。すなわち、国立学校設置法施行規則一条は、国立大学等の職員の種類を示したものであり、具体的職務内容は、被告人事院が給与法六条三項を受けて制定した規則九-八(初任給、昇格、昇給等の基準)に明記されている。同規則別表第二、チに教育職俸給表(一)等級別標準職務表として、五等級は、「大学の学部又は附置研究施設又は学部に附属して設置される教育施設若しくは研究施設において教授研究の補助を行い、あわせて学生実験、実習、実技若しくは演習を直接指導し、又は研究題目を担当して直接研究を行う職務」と規定し、また、行政実例として文人給五二号「等級別定数の管理運用について」各国立学校長あて文部大臣官房人事課長通知に明確に職務内容が定義されており、それによると、「学部または附置研究所もしくはこれらに附属して設置される教育施設もしくは研究施設、または短期大学部において次の職務に従事するものイ、教授研究の補助として、学生の実験、実習、実技もしくは演習を直接指導する職務ロ、研究題目を担当して直接研究を行う職務」とされているのである。 右規定は、教務職員を直接教育研究を行うものであることを明記しているものであり、この点で助手など教官との間に差異はないことが明らかである。 (c) 教務職員が助手へ昇任する場合、必ず研究業績リストの提出が求められ、研究業績がなければ、教務職員として職務怠慢であつたと判断される。 (d) 以上の事実の外に、原告が自ら研究することを公然と認められていることを示す事実として次のような事実を指摘することができる。すなわち、原告は、化学教室において、助手らと同列の荷重で研究予算の配分を受けている。特に、最近文部省が実施した、一定の資格を有する研究者を個人ごとに登録し、「研究者番号」と呼 摘することができる。すなわち、原告は、化学教室において、助手らと同列の荷重で研究予算の配分を受けている。特に、最近文部省が実施した、一定の資格を有する研究者を個人ごとに登録し、「研究者番号」と呼ぶ固有の番号を与え、この番号を割当てられた者は、文部省の科学研究補助金が受けられる研究者として認定されたことになる制度であるが、原告は、昭和五五年四月現在の科学研究費補助金研究者名簿にC研究室職員の教官と並んで「三七二五五〇一二七三〇四」の研究者番号をもつて登載されている。 また、原告は、東大原子核研究センター、京大原子炉実験所、阪大核物理研究センターなどの共同利用施設をその研究のため利用することが認められ、その際には、研究参加者の職、氏名、研究題目、詳細な研究計画などを記した利用申請書を提出し、それに対して各研究所長名の公文書で同研究計画の採択が通知されている。 さらに、原告の研究遂行に必要な費用は、全額文部省から出る国費をもつて賄われ、学会出席も公務出張として認められている。 また、研究の成果の発表にあたつては、文書発表であろうと学会での講演であろうと、研究者の所属機関の名前を明記することが要求され、原告の場合には、その業績はF個人の業績であると同時に、大阪大学理学部の業績でもある。そのため、毎年原告らの行なつた研究の内容は、理学部附属原子核研究施設の公的レポートOULNSの「年報」に印刷され全世界の原子核の研究を行う大学・研究機関に配布されている。 さらに、原告が研究を行うに当つては、実験データの数値処理などのため大型計算機を必要とし、大阪大学大型計算機センターに研究課題を申請し、同センター長から公的に承認書が届けられ課題番号が与えられる。 (e) 以上のように、原告の教務職員としての職務は、実質において文部教官である助手と全く異らないもので 算機センターに研究課題を申請し、同センター長から公的に承認書が届けられ課題番号が与えられる。 (e) 以上のように、原告の教務職員としての職務は、実質において文部教官である助手と全く異らないものである。同一の職務を果しながら助手、教務職員と職名が異るのは専ら定員(予算)の都合であり、教務職員に助手と同一の職務を期待される場合のあることは、全国的傾向であつてひとり大阪大学だけの問題ではないのである。 (ハ) 大阪大学理学部における勤務時間の実態は、次のとおりである。 (a) 大阪大学理学部において、一般的にいつて職員が午前九時以前に出勤するのは極めて例外的なことであり、午前九時三〇分から同一〇時頃が最も多い。直接学生の指導を受け持ち、又は自らテーマを持つて研究している者は、必ずしも毎目規則正しく出勤退庁するとは限らず、仕事の都合にあわせて出勤退庁する習慣である。結果的に見て退庁時間として午後六時以前は極めて例外的な早い時間である。 午後五時、六時を過ぎて学生の質問や業者の来訪や電話などにわずらわされることが少くなつてからの原稿書き、輪講、討論などが夜八時、九時に及ぶことは珍しくなく、午後一〇時以後の深夜、時には翌朝にまで及ぶ徹夜の実験なども常識化している。 また、右理学部において、「勤務時間割振表」の上では、自宅研修は四四時間の勤務時間に算入されていないが、講義の準備、論文書き、セミナーの準備、データ整理などの仕事を事実上必要に応じて自宅において行うのが多くの職員の習慣である。職場への通勤時間すら業務と認められる慣行が確立している今日、このような自宅での仕事は、執務場所が大学ではなくても、当然職務の中に含められるべき性格のものである。 b 大学職員の職務内容には、本質的に、総理庁令一項に定められる勤務時間の割振になじませることが困難なものが 宅での仕事は、執務場所が大学ではなくても、当然職務の中に含められるべき性格のものである。 b 大学職員の職務内容には、本質的に、総理庁令一項に定められる勤務時間の割振になじませることが困難なものが存在する。 研究活動は、本来的に創造力と想像力を基礎とした創作活動としての側面がある。 それ故、研究活動の能率からみれば、外形的就業を命じても、それが成果を生み出すか否か一概に計り難い。出勤退庁の時間を外形的に管理しても余り意味はないし、仕事が行き詰つたような時、いくら権力をもつて就業を命じられようともなすべき事が見い出せず、何日間も無為に過すしかないことがある。他方、問題解決の糸口を掴みかけたというような状況のもとでは、文字どおり寝食を顧みず、ある作業に没頭することもある。このような奔放さは、研究者の生活から取り除くことはできず、研究者の勤務条件としてはある程度これを容認しなければ、研究者の可能性を圧し殺してしまうことになる。 このように研究教育を直接行う職員の勤務態様については、一定の標準を示すことはできても、詳細に立入つて強制し命令することのメリツトは全くない。大阪大学理学部においても、専門的研究を推進するに必要な素養を獲得し、一定度の研究技術の修養を積んだ者に対しては、課題内容、研究方法、結果の解釈などについて、互いに批判し、討論し、暗示を与えることはあつても、個々の作業を命ずることはしない。そこでは各研究者の自律性又は自立性だけに頼るのである。理学部などの教育は、未知の領域に踏み入る能力を備えた専門家、自律性のある研究者の養成を目指すものである。いきおい、練習実験といえども、学生の独自性を尊重する結果、実験終了時刻なども厳しい制限を設けることを避けているのであり、たとえ、それが学生実験を担当する職員の勤務時間にひずみを与える結果となろう 。いきおい、練習実験といえども、学生の独自性を尊重する結果、実験終了時刻なども厳しい制限を設けることを避けているのであり、たとえ、それが学生実験を担当する職員の勤務時間にひずみを与える結果となろうともやむを得ないことと受け取られているのである。 また、自然科学の実験的研究は、自然現象を対象とする関係から、その推移を人間の意思でコントロールしきれないため、総理庁令一項に定める勤務時間の割振りによつて勤務していたのでは、実施不可能な場合があり、その例は枚挙にいとまがない程である。加えて、原告らの専門分野では、原子核反応を起させるための手段として、サイクロトロンという巨大装置を使用するが、右装置は、技術的理由から起動後数時間は安定した運転ができず、そのためいつたん運転を開始するや夕刻に運転を停止していたのでは実験能率があがらず、また、昼間だけの運転では多くの研究グループの要求を消化しきれない事情から、深夜又は徹夜運転をして研究することが常識化している。原告らは、他にも京大原子炉実験所の原子炉、電子線型加速器と称する装置を用いて研究する場合にも、時刻を無視して実験を行なつているのである。 さらに、学生に対する講義においても、学生の理解、納得がない場合には、先に進めることができず、質問等のために定刻内に終らないことは日常的であるが、学生の練習実験においては、学生に個人差があり、失敗もおきるものである。大阪大学理学部においては、教員、学生に配布する授業時間表では実習、演習を主とする第四時限の終了時刻は印刷されていない。これは、各課目の担当者らがそれぞれの実情にあわせて適宜指示することになつているものであり、原告も直接担当者となつている化学実験第Iにおいて、学生に午後六時までは実習を許可するといわざるを得ない実情である。また、実習現場において、午後 情にあわせて適宜指示することになつているものであり、原告も直接担当者となつている化学実験第Iにおいて、学生に午後六時までは実習を許可するといわざるを得ない実情である。また、実習現場において、午後六時までには実験を終了し、退出するよう学生に再三注意を促すが、現実には実行困難な場合が多く、午後六時以降も担当者の許可があれば居残りを認めると指示する結果となつている。 (ニ) 以上のような原告を含む大阪大学理学部職員の勤務態様は、研究、教育に必要であるが故に慣行として確立し、組織的に定着している。 (a) 大学の研究、教育を直接受け持つ職員が、毎日勤務時間割振表通りの定時退庁を一斉に強行すると、研究、教育現場の業務に重大な支障をきたすことは明らかであり、G前理学部長も、このような自由な勤務時間の慣行は、研究、教育上必要なものである旨再三明言している。 (b) 理学部職員の利用する共同利用施設の運営方針などにも、職員の勤務の実情が反映されている。その数例をあげると、工作センター(理学部の隣にある大学内共同利用施設)の機械工作室には、教職員及び学生が教育、研究の目的で直接諸施設を利用できるスチユーデントシヨツプがあり、ここでは利用者の強い要望により夜間も午後九時三〇分までの作業を認める使用規程を定めたこと、大阪大学附属図書館の理学部分室の開館時間は、午前一〇時から午後六時(土曜日は午後一時)までと定められ、また、同館中之島分館の開館時間は、従来から午前九時から午後七時まで(土曜日は午後五時まで)であつたが、昭和五三年九月一七日から、さらに夜間一時間延長し、午後八時までとする措置がとられたこと、理学部RI実験室の開室時間は、午前九時四五分から午後五時一五分までであり、かつ、各人に鍵を長期に貸与する制度を設けた右時間以外に使用することを当然に予定し 、午後八時までとする措置がとられたこと、理学部RI実験室の開室時間は、午前九時四五分から午後五時一五分までであり、かつ、各人に鍵を長期に貸与する制度を設けた右時間以外に使用することを当然に予定した利用規定を設けていること、理学部本館、同附属の別棟内にあるすべての研究、実験施設は、毎日午前七時から午後一〇時まで全く自由に使用でき、午後一〇時以降も後記届出をすれば使用を認めていること、理学部では、休日、深夜実験などの届出制度を設け、その届出に便利な伝票が印刷、常備されていること、さらに、理学部以外の職員も使用する大阪大学大型計算機センターの利用時間が一部午後五時以降に延長されたことなどである。 (c) 以上のような形式的勤務時間にこだわらない、総理庁令一項の規定とは異なる勤務の態様は、大学関係者の意識の中で当然のこととして受取られ、是認され、種々の業務活動の基準となり、一度も変更されようとしたことはない。 (ホ) 理学部における右勤務態様に関する慣行は、原告にとつて選択の余地のないものである。 (a) 原告は、昭和三六年理学部に就職以来今日まで、前記勤務時間に関する慣行を所与のものとして受け入れ勤務してきた。これは、合理性からいつても、実効的強制力からみても、原告が業務を遂行しようとする限りほとんど選択の余地のない勤務態様である。 (b) 原告は、毎朝ほぼ九時三〇分ないしは同一〇時に勤務を開始し、退庁時刻は、自らの研究、学生実験の指導、実験室の管理などの業務の都合で、午後六時以前ということはほとんどなく、大抵は午後七時ないしは同八時頃となる。しかし、研究実験、計算機によるデータ処理などのためには、午後一〇時以後の深夜に及ぶことも珍しくなく、さらに年に数日は徹夜又は休日出勤を行なつている。 原告の右のような勤務態様は、研究室責任者であるC教授 、研究実験、計算機によるデータ処理などのためには、午後一〇時以後の深夜に及ぶことも珍しくなく、さらに年に数日は徹夜又は休日出勤を行なつている。 原告の右のような勤務態様は、研究室責任者であるC教授の明示的な指示により開始されたが、研究、教育の業務を行う限りほとんど選択の余地なく十数年にわたつて続いているものである。 (2) 仮に、総理庁令一項の規定が、一般的に強行法規であり、かつ、研究時間配分の自由が学問の自由の一内容であるといえないとしても、前者の自由が後者の自由と密接不可分の関係にあるものとして、尊重されるべきものであるから、前者を背景として、大阪大学理学部において、次のような勤務時間に関する慣習法が成立している。 (イ) 右慣習法は、遅くとも原告が大阪大学理学部に就職した昭和三六年当時には成立しており、その後約二〇年間全く変更がない。そして、その内容は、週四四時間以上勤務すること、勤務時間の配分は、講義、学生実験等の場合を除いて、個々の研究者ないし研究者集団の自主的、合理的判断に従つて行う、勤務開始は、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時であり、終了時は、午後六時三〇分ないし同七時以降である、終了については、研究目的に応じて翌日以降まで延長されるというものである。右のような勤務時間に関する慣行が法的確信によつて支えられ、制度的に定着していることは、前記一5(一)(1)(ハ)記載の事実から明らかである。 (ロ) なお、行政法の分野においても、慣習法に法源性が認められることは、学説の肯定するところであり、また慣習法は、強行法規をも排除することが一般に認められている。 (二) 仮に、総理庁令一項の規定が強行法規であり、かつ、慣習法の成立が認められないとしても、原告は総理庁令一項に違反した(遅刻)とはいえても、給与法一五条に違反(欠勤) が一般に認められている。 (二) 仮に、総理庁令一項の規定が強行法規であり、かつ、慣習法の成立が認められないとしても、原告は総理庁令一項に違反した(遅刻)とはいえても、給与法一五条に違反(欠勤)したとはいえない。すなわち、原告は、大阪大学理学部C研究室に所属する職員として、上司であるC教授の指示と職場慣行に従つて勤務を提供する外ないところ、原告が大阪大学に採用された際、C教授から原告の勤務開始時刻は午前九時三〇分ないし同一〇時頃と指示されており、同大学理学部においては前記のような慣行が確立しているのであるから、原告としては、C教授の右指示及び右慣行が有効なものであるかどうかを詮索する立場になく、一見違法であることが明白でない限り上司の指示及び慣行に従わざるを得ない。よつて、原告は、昭和四七年五月一九日も右指示及び慣行に従い午前九時三〇分に出勤したのであるから、債務の不履行はない。 (三) 仮に、右主張が認められないとしても、本件給与減額措置は、原告が本件集会に参加したことを理由に行われたものであるところ、右集会は後記一5(七)記載のごとく正当な組合活動であるから、不当労働行為(国公法一〇八条の七)として違法なものであり、公序良俗に反する無効なものである。 (四) 本件給与減額措置は、信義則に反する無効なものである。すなわち、大阪大学当局及び被告人事院は、前後一九年にわたつて一度も原告に午前八時三〇分から勤務に着くように指示したことはなく、逆に午後五時以降に勤務の義務がないことを告げたこともないし、給与減額の措置をとつたこともない。従つて、少くとも午前八時三〇分から同九時三〇分の間に関しては、給与減額の権限は、信義則から導かれる失権の原則により消滅し原告に対し行使出来ない。 (五) 本件給与減額措置は、権利の濫用であつて無効である。すなわ も午前八時三〇分から同九時三〇分の間に関しては、給与減額の権限は、信義則から導かれる失権の原則により消滅し原告に対し行使出来ない。 (五) 本件給与減額措置は、権利の濫用であつて無効である。すなわち、給与減額の権限の行使は、給与法の立法目的を逸脱し、原告の提供する業務の受領者である大阪大学は何らの損失を被つてはおらず、本件当日集会参加者以外に、監視団の前を通つて出勤するなど、被告人事院の立場に立てば勤務を欠いたことが確認された筈の職員については減額せず、集会参加者についても当初から公平な確認が不可能な方法で確認し、見せしめ的に数人を選んで減額する差別扱いをし、本件集会後においても勤務状態は全く同一であるにも拘らず総理庁令に従わせるような一片の指示通知もなされていないこと、給与法上減額すべきものを放置した責任者は一年以下の懲役等に処せられるべきであるのに、そのための告発等の手続がなされていないことなどにより、原告に対する給与減額は減額権限の濫用であつて無効である。 (六) 原告の勤務時間が午前八時三〇分から午後五時まで(月曜日から金曜日まで)であるとすると、原告は、超過勤務を命ぜられない限り、午後五時以降は勤務を要さないものである。しかるに、原告は、午後五時以降も勤務する債務が存在するものと信じ、本件給与減額措置をとられた昭和四七年五月一九日において午後五時以降少くも一時間以上勤務し、学生実験を担当した日にも数十日にわたつて午後五時以降右同様の勤務をしている。 よつて、原告は、右午後五時以降になした勤務について、民法七〇五条に基づき返還請求権を有するところ、右返還請求権が本件給与減額措置において減額された金五五一〇円を上まわることは明白であるので、対当額において返還請求権を行使する。 (本件(二)措置要求に関し)(七) 大阪大学学長は 有するところ、右返還請求権が本件給与減額措置において減額された金五五一〇円を上まわることは明白であるので、対当額において返還請求権を行使する。 (本件(二)措置要求に関し)(七) 大阪大学学長は、前記一2(二)記載のごとく、同大学本部事務局庶務部長らをして本件集会を監視させたが、右集会監視行為は、組合活動に対するスパイ行為であり、正当な組合活動としての集会に対して心理的圧力をかけ、集会参加を困難にする支配介入行為であつて、不当労働行為である。 (1) 本件集会開催の背景日教組は、昭和四七年五月一九日朝に教職員の勤務条件改善を求めて全国統一行動を行い、全国各地で一斉に要求貫徹集会が開かれた。理職組は、その一環として大阪大学豊中地区の他の組合と共催で、右同日午前八時頃から大阪大学基礎工学部北通用口前広場で「五・一九全国統一行動豊中地区集会(本件集会)」を開催し、約二〇〇名の教職員がこれに参加した。原告は、一組合員として右集会に参加した。 (2) 本件集会の要求内容と正当性右日教組統一行動は、教職員の給与その他の待遇の改善、教育研究環境の整備充実のための定員、予算措置の実施など広汎な勤務条件の改善を政府、被告人事院、地方自治体などに要求して行われたが、国立大学に直接関係した諸要求は、「大学教職員の重点要求」にまとめられている。理職組等の大阪大学の職員組合は、中でも右重点要求のうち、大学教職員について平均二万円以上、最低一万四〇〇〇円の賃上げを四月一日から実施すること及び第二次定員削減の大学への適用を止め、大学教職員を大巾に増員し、定員外職員を定員化することを中心的な要求と考えて情宣活動などを行なつた。右要求内容は、当時の公務員の待遇や教育研究機関の実情に照らしてみれば、直接教育研究に携わる教職員にとつて、極めて切実かつ正当なものであつた。 することを中心的な要求と考えて情宣活動などを行なつた。右要求内容は、当時の公務員の待遇や教育研究機関の実情に照らしてみれば、直接教育研究に携わる教職員にとつて、極めて切実かつ正当なものであつた。 特に、大阪大学に於る実情を含め、右二項の要求が生れるに至つた背景は、次のとおりである。 (賃上げ要求について)(イ) 政府は、昭和二三年一二月の第一回人事院勧告を除いて、二〇回(二一年間)にわたり勧告どおりの内容、特に実施時期を履行しなかつた。このため、公務員労働者は、自己の生存権確保は自らの手で、団結の力で行なうより方法がないことに気付き、昭和三四年春闘時に国公地公合同賃金専門委員会を発足させ、統一要求を決定した。その後、同年八月には、国公地公共闘会議が結成され、昭和三五年二月には公務員共闘会議に改組された。 このような公務員労働者の団結による闘いの成果は、昭和三九年に公労協の賃上げ率で前年(昭和三八年)の人事院勧告を上回らせ、それまでの人事院勧告が翌年の春闘での賃上げ率を規制するという賃金抑制の役割を打破した。また、勧告の仕組の面でも、春闘での民間賃上げ分を官民較差に上のせするという方式を被告人事院に採用させた。 一方、政府は、昭和三五年に一〇月からの賃上げを実施したが、同三九年に初めて「実施時期」を守らせることに最大重点を置いた要求行動の結果、政府は、九月実施をせざるをえなくなり、以後、昭和四二年に八月、同四三年に七月、同四四年に六月、同四五年には、勧告どおりの五月というように実施時期を公務員労働者の要求に近づけてきた。そして、右日教組統一行動の行われた昭和四七年には、人事院勧告自体が国家公務員労働者の永年の要求であつた四月一日実施へと前進し、政府もまた勧告どおりに実施せざるをえなかつた。このように勧告の完全実施は、決して政府の善意か の行われた昭和四七年には、人事院勧告自体が国家公務員労働者の永年の要求であつた四月一日実施へと前進し、政府もまた勧告どおりに実施せざるをえなかつた。このように勧告の完全実施は、決して政府の善意からなされたものではない。公務員労働者の切実な要求行動が政府をして譲歩せしめたという客観的歴史的事実は、正当に評価されなければならない。 (ロ) 右統一行動における平均二万円以上(平均一万四〇〇〇円)の賃上げの要求額は正当なものである。すなわち、昭和四六年人事院勧告後における官民の賃金較差は、二五才ないし四五才の中堅労働者の場合、約一万三〇〇〇円であるが、昭和四七年の春闘による民間の賃上げ額が約一万円であることを考えると、公務員労働者の最低一万四〇〇〇円、平均二万円以上という要求額は決して過大なものでなく、生活要求に見合つた合理的な額であつた。 (ハ) 被告人事院は、労使対等の原則を前提とし、かつ、それを保障した上での仲裁調停機能の役割をもつ公正中立の第三者機関ではない。すなわち、被告人事院は、労使対等の原則を否定した上に、人事院を構成する人事官から労働者代表を排除し、かつ、政府の任命する人事官についての国家公務員労働者の拒否権を否認し、弾圧立法としての内容をもつ国公法の枠内でその任務を遂行するという制約のもとに存在しているのである。 従つて、被告人事院の給与勧告は、官民較差を算出する基礎作業においてすでに作為があり、政治的判断によつて左右される恣意的なものであることは明らかである。それ故に、人事院勧告によつて公務員労働者の生活を守り改善することは望めず、また、いくらか改善が可能であつたとしても、それは政治状況や社会情勢の反映である。人事院制度の発足以来、政府が永年にわたつて勧告内容実施時期を守らなかつたこと、その後政府をして実施時期を次第に繰上げ また、いくらか改善が可能であつたとしても、それは政治状況や社会情勢の反映である。人事院制度の発足以来、政府が永年にわたつて勧告内容実施時期を守らなかつたこと、その後政府をして実施時期を次第に繰上げ、ついに昭和四五年から完全実施するに至らしめたのは、公務員労働者の社会的影響力ある闘いによつてであることは前記のとおりである。これらの公務員労働者の団結による賃金闘争の必要性は、人事院制度に内在する欺瞞的代償制度そのものに根ざしていることに特に注目すべきである。 (国立大学に於る定員削減問題について)イ国立大学に於る定員不足は、新制大学の発足と昭和四〇年代の学生数の急増を経て、いわば慢性化し、教職員定数以外の定員外職員が全教職員の一割を占めるという状況が約二〇年にわたつて定着してきた。 本件当時は、それに加えて総定員法の制定と平行して、昭和四四年に始められた政府諸機関の定員数第一次削減(五%、三か年計画)に続いて昭和四七年からの第二次削減(五%、三か年計画)が始まろうとしている時期にあたり、予算不足と相俟つて大学の本来の使命である教育研究への支障がいろいろな形で現れていた。 第一次定員削減においては、国立大学でもほぼ他省庁なみの削減が行われた。ただし、教員に関しては、教育業務への支障がなるべく直接に現れないようにとの削減方針により、削減は、助手のみを対象に行われた反面、事務系技術系職員へのしわ寄せが大きく現れた。具体的には、学生数増に伴なつて当然必要となる教職員増と削減とを帳消しにする方法で行われたため、外見上教員数のみについてみれば純増となつているが、学生数との比は、昭和四〇年現在で、教員一人当り学生数が、八・〇人だつたものが、昭和四六年には、八・四人と悪化した。この間に教員以外の職員は、学部学生四・七人につき一人(昭和四一年)から五・三人 が、学生数との比は、昭和四〇年現在で、教員一人当り学生数が、八・〇人だつたものが、昭和四六年には、八・四人と悪化した。この間に教員以外の職員は、学部学生四・七人につき一人(昭和四一年)から五・三人につき一人(昭和四七年)と激減し、明らかに労働強化をもたらしていた。さらに、右の数字は、学部学生に限られているところ、大学院の充実に伴なつて大学院在学者が急増し、昭和三五年度から同四八年度までの間に国立大学大学院修士課程在学者数は、四・九倍、博士課程在学者数は、一・六倍となつた。一方、これに対して、大学院専任の教職員は、全く認められなかつたため、同じ期間の教員数は、一・六倍と増加したに過ぎず、教育負担は著しく大きくなつている。 大阪大学における事情も全く同様で、教員の総数は若干増しても学生、大学院生増にはとても追いつかず、特に、事務系職員については、本部よりも各学部、さらに、各教室研究室と末端ほど人員減と仕事増が顕著である。 定員不足の解消と定員外職員問題の解決は、大学当局にとつても避けられない問題であり、例えば国立大学の代表者の団体である国立大学協議会も、会合のたびにこれらを議題にとりあげ、しばしば決議、要望を関係当局に行なつているほどである。 以上のように、「第二次定員削減反対」は、組合員のみならず、大学管理者も含め本件当時国立大学で教育研究現場に携わる全ての教職員の極めて切実な要求であつて、また、その要求がその後も受容れられなかつたために、当時憂慮されたような教育研究への影響が現実となつた事実が明らかである。 (3) 本件集会の状況と大阪大学当局による監視、現認行為(イ) 本件集会は、基礎工学部北通用口前広場において開かれたが、右広場は、大学構内とはいつても、平常から夜間も含め学外者でも自由に通行している場所であり、従来からその場所の使用 よる監視、現認行為(イ) 本件集会は、基礎工学部北通用口前広場において開かれたが、右広場は、大学構内とはいつても、平常から夜間も含め学外者でも自由に通行している場所であり、従来からその場所の使用には許可又は届出を要しなかつた。右集会は、午前八時頃から、まず四組合主催の形で開かれ、午前九時三〇分頃までの間、参加者の若干の出入りはあつたが、延約二〇〇名の組合員が参加した。内、女性の割合は半分に近かつた。 右集会は、その場で選出された議長団の司会によつて、情勢報告、挨拶、決意表明などが行われ、午前八時三〇分頃に日教組加盟の理職組外一組合による集会に移行し、司会者からその旨宣言された。その際、他の二組合の組合員の一部が集会から退出した。 (ロ) 午前八時三五分頃、B庶務部長らの本部職員を含む大学当局の監視団が集会会場に近づき、道路をはさんで、約二〇メートル離れた図書館建物前に並んで本件集会を監視し始めた。参加者の一部は監視団の近くまで行つて監視に抗議したが、監視団は集会終了までの間引続きほぼ同じ位置に留まつて監視を続けた。監視団が近づいた当初、右集会参加者の一部はかなり動揺し、議事進行にも若干の混乱を生じたが、総じて統制が保たれ、ほぼ予定通りに進行して午前九時三〇分頃終了解散した。しかし、当局の本件集会介入は、形の上では成功しなかつたものの、平常から組合対策などを担当している本部職員らによつて、近くから監視されながらの集会であつたため、自由な組合活動は著しく妨げられた。 (ハ) 原告は、午前八時頃からかばんを持つたまま本件集会会場に赴き、最後まで右集会に参加した。集会終了後、原告は、直ちに理学部の自分の部屋に出勤し、平常通りの勤務をしたので、原告の業務は全く正常に行われた。 (4) 大阪大学当局による本件集会に対する監視、現認行為の意図と計画 会に参加した。集会終了後、原告は、直ちに理学部の自分の部屋に出勤し、平常通りの勤務をしたので、原告の業務は全く正常に行われた。 (4) 大阪大学当局による本件集会に対する監視、現認行為の意図と計画本件集会にあたり、大学当局の監視団の一部は、すでに午前八時頃から会場を望める位置に姿を見せた。しかし、午前八時三〇分以前は、被告人事院の主張によつても勤務時間外であり、この時間帯での組合集会監視は集会の自由(憲法二一条)の明白な侵害であり、それを公言して憚らないのは大学当局の本件集会への支配介入意図を端的に表わすものである。大阪大学当局は、大阪大学の幾つかの部局の教職員組合が日教組統一行動への参加を決定し、早朝集会を計画していることに対し、文部省の指導を受けて、集会が行なわれた場合、それへの干渉、介入と、責任者及び参加者に対する処分の準備を始めた。これは、学長、事務局を中心に立案され、その中には「現認班」と称する監視グループを集会会場に派遣し、集会を監視威嚇するとともに、参加者の一部の氏名を特定し、後の給与減額のための資料を収集することが含まれていた。この計画は五月一日に開かれた部局長会議の席上、学長から提案されたもので、広く懲戒から賃金カツトまで含めた「厳正な措置」を前提としての「現認」であることを学長が言明している。 豊中地区については、本部閏係、理学部、基礎工学部それぞれ四名づつ計一二名の職員で「現認班」を構成したが、普段中之島地区で勤務している本部職員と豊中地区部局の教職員とは互に面識がないので氏名確認はほとんど不可能に近いことは明らかで、大学が正確公平な「現認」を意図していないこと、本部職員の役割は当初から威嚇により集会に圧力をかけることに狙いがあつたことを示している。また、理学部から当該現認班に加わつた岡義昭人事掛長は、当時理学部へ が正確公平な「現認」を意図していないこと、本部職員の役割は当初から威嚇により集会に圧力をかけることに狙いがあつたことを示している。また、理学部から当該現認班に加わつた岡義昭人事掛長は、当時理学部への配置換後間もなく、特に研究室関係の職員の顔は十分に覚えていないという事情にあり、結局「現認」して報告した人数は、七名、同じく根来勲事務長補佐も六名の報告にとどまつていていずれも理学部からの集会参加者の一割程度である。これらの事実は、大学当局の意図が、当局の建前とする給与法の事務的、厳密、正確な適用ではなく、見せしめ的適用による威嚇にあることを示している。 (5) 本件集会に対する監視、現認行為と不当労働行為(イ) 本件集会は、その目的、手段において、正当、適切なものであつたことは前記のとおりであるところ、集会自体は、憲法上表現の自由として保障されるものであつて何人も侵すことのできない権利である。従つて、集会自体が通行の妨害、騒音による業務妨害など他の法益を侵害しない限り違法性を帯びるものではなく、現に、本件集会によつて業務妨害などおよそ考えられないことであつた。 従つて、午前八時三〇分が勤務開始時刻であつたとしても、集会又は集会参加という作為が違法性を帯びるはずはなく、正規の勤務時間に勤務に就いていないという不作為が違法な争議行為になるに過ぎない。右のような違法な争議行為に参加して勤務を欠くに至つた職員を確認するとしても、その確認行為は、本来、就労すべき場所において就労しているか否かを確認するのが限度であり、集会を監視し現認する行為まで許されるものではない。 (ロ) 大学当局による本件集会の監視は、明治憲法下において治安維持法とならんで悪名の高かつた、治安警察法による「臨監」に等しい行為である。憲法二一条の規定する「集会の自由」は何よりもこれ はない。 (ロ) 大学当局による本件集会の監視は、明治憲法下において治安維持法とならんで悪名の高かつた、治安警察法による「臨監」に等しい行為である。憲法二一条の規定する「集会の自由」は何よりもこれらの監視からの自由である。大学当局の監視は、のぞき見行為として破廉恥であるばかりでなく、組合活動に対するスパイ行為であり、何よりも自主的活動に対して心理的圧力をかけ、集会参加を困難にする支配介入行為である。 (ハ) 大阪大学当局による右監視、現認行為の目的は、職員の欠勤を確認することにあるのではなく、本件集会の開催及び参加に対し圧力をかけることが主な目的であつた。 6 よつて、原告は、本件判定の取消と被告人事院に対し、請求の趣旨2項記載の勧告をなすことを求める。 二被告国に対する請求について 1 (一)原告は、前記一3記載のごとく、昭和四八年四月二六日、被告人事院近畿事務局に対し、弁護士熊野勝之を代理人として本件措置要求の申立をしたが、被告人事院事務総長Hは、同年七月六日付文書でもつて、代理人による右申立を拒否した。 国民は、私法上の行為については勿論、公法上の行為についても、選挙の投票行動などの一身専属的な行為を除いては代理人によつて行為ができるのが近代法の大原則であり、実定法上の代理人に関する規定をまつてはじめて代理が可能となるのではない。私人の公法行為についても一般に代理が許されるべきものとするのは行政法上の通説であり、また、国公法八六条に対応する地方公務員法(以下、地公法という。 )四六条に基づく措置要求には代理人による申立を認めていることからしても、国家公務員の場合を別異に取扱う合理的根拠はない。 (二) そこで、原告代理人熊野勝之は、右の事実を指摘して右事務総長に対し、代理人を拒否する合理的根拠について釈明を求めたところ、被告人事院 しても、国家公務員の場合を別異に取扱う合理的根拠はない。 (二) そこで、原告代理人熊野勝之は、右の事実を指摘して右事務総長に対し、代理人を拒否する合理的根拠について釈明を求めたところ、被告人事院事務総局公平局長Iは、昭和四八年八月七日付文書でもつて、要旨次のような回答をした。すなわち、(1)行政措置要求に関する手続は、国公法一六条一項に基づき被告人事院が定めることができることになつているから、代理人を認めるか否かは被告人事院の専権事項である、(2)行政措置要求に代理人を認めないのは、職員が行政措置要求をする意思決定ないし意思表明を自ら行うことが重要であること及び事実審査に当つても被告人事院の調査によつて事案の解明が十分なされるからである、というものである。 しかしながら、右(1)は、具体的「手続」の制定を委ねられたに過ぎないものを不当に拡張解釈したものであり、(2)は、仮にそのどおりだとしても代理人を拒否する根拠には全くなつていないことは明らかである。 (三) そこで、原告代理人は、被告人事院総裁Jに対し、合理的理由を示さずに、代理人による申立を拒否し、従わなければ却下する、というのは「職権ヲ濫用シ人ヲシテ行フ可キ権利ヲ妨害」するに等しく(刑法一九三条職権濫用罪)、公務員の救済機関としてあるまじきことであるから再考されるよう要請した。ところが、被告人事院は、再考することなく、昭和四八年九月三日付文書をもつて、前記公平局長名で代理人を抹消しなければ却下するとの通知をしてきた。 原告は、被告人事院の職権を濫用し、国家公務員の救済機関でありながら、国家公務員の代理人を依頼し、代理人により申立を行う権利を踏みにじる行為に激しい憤りを感じたが、却下されることの不利益を避けるため、已むなく代理人による申立を断念し、自ら申立手続をしなければならなか 家公務員の代理人を依頼し、代理人により申立を行う権利を踏みにじる行為に激しい憤りを感じたが、却下されることの不利益を避けるため、已むなく代理人による申立を断念し、自ら申立手続をしなければならなかつた。被告人事院は、昭和四八年一〇月四日に至つて漸く原告の右申立を受理した。 被告人事院が、右のように代理人による行政措置要求を認めなかつたのは、故意による違法な公権力の行使以外の何ものでもない。 2 (一)原告は、被告人事院の違法行為により「行政措置要求書」の受理を五か月余にわたつて遅らされ、その間救済を受ける権利そのものの行使を妨げられ、その後は、慣れない手続を自ら行うことによる不安と緊張は非常に大きいものであつた。また、自ら全く専門外の手続を行うことにより、本来自己の研究に用いることの出来た時間とエネルギーを費さねばならなかつた。 さらに、原告は、被告人事院が法律専門家の代理人を認めなかつたために、本件措置要求が不公平な審査方法で行われ、また、被告人事院が右審査手続の過程で作成した大阪大学当局及び原告の供述記録を被告人事院によつて湮滅されるという結果を生じさせた。 これら原告の受けた有形無形の損害を金銭で評価することは困難であるが、仮に金銭で評価するとすれば少くも慰藉料として金三〇万円を下らない。 (二) 原告は、被告人事院の不当な本件措置要求却下の取消を求めて、原告訴訟代理人に委任して本訴を提起した。請求の趣旨1、2項は、経済的利益の価額を算定できない場合に相当し、日本弁護士連合会報酬等基準により、その価額を金三〇〇万円とされ、慰藉料金三〇万円との合算額金三三〇万円が弁護士費用算定の基礎額となり、これに対する標準着手金及び報酬は、それぞれ三五万九〇〇〇円である。原告は、本訴において右弁護士費用の内金五万円を請求するが、それは、被告の違法行 合算額金三三〇万円が弁護士費用算定の基礎額となり、これに対する標準着手金及び報酬は、それぞれ三五万九〇〇〇円である。原告は、本訴において右弁護士費用の内金五万円を請求するが、それは、被告の違法行為と相当因果関係がある。 3 よつて、原告は、被告国に対し、国家賠償法一条により被告人事院の不法行為によつて原告が被つた右損害金三五万円及び内慰籍料金三〇万円に対する不法行為の日である昭和四八年七月六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告人事院の本案前の申立の理由)一請求の趣旨2項の請求(以下、本件勧告請求という。)は、いわゆる義務づけ訴訟であるが、これを認めることは、行政権の第一次的判断権を侵すこととなり、行政権の自主性を侵害し、行政権を司法権の一般的監督下に置くこととなる。かくては憲法上の権力分立の原理に違反し、また、本来政治的責任を負わず、国民による政活責任の追及を受けることのない司法部が政治責任を伴うべき命令を下す結果となり、司法権の本質にも反することになる。 裁判例の多数も義務づけ訴訟を不適法なものとして却下している。ただ、例外的に義務づけ訴訟を許容している裁判例も存在するが、それは、法の適用による判断作用の結果として行政庁のなすべき行為の内容が一義的に明白であり、行政庁の第一次的判断を留保する必要がなく、かかる請求を許容することが原告の利益確保のために必要であり、かつ、他により適切な救済方法がないことを要件としている。 二しかるに、勤務条件に関する行政措置要求に対する被告人事院の判定は、「一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において」なすべきこととされ、判定並びに勧告の内容は、弾力的かつ多様なものが法律上予定されている(国公法八六条ないし八八条参 国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において」なすべきこととされ、判定並びに勧告の内容は、弾力的かつ多様なものが法律上予定されている(国公法八六条ないし八八条参照)。 さらに、本件において、仮に被告人事院に対する本件判定の取消請求(請求の趣旨1項の請求)が理由があると判断され、被告人事院の判定が裁判所によつて取消されることになつた場合、通常の処分取消訴訟の例と同様、被告人事院は判決の趣旨(厳密にいえば、判決における理由中の判断)を十分尊重して新たな判定をなすべきものとされているのであるから(行政事件訴訟法(以下、行訴法という。)三三条一項)、請求の趣旨1項とは別個に同2項のごとく行政権の第一次判断権を侵奪する疑いの強い判決を重畳的になす法的な必要性若しくは合理性は全く存しないのである。 よつて、本件勧告請求は、法の許容しない義務づけ訴訟であるから、速やかに却下されるべきである。 三なお、請求の趣旨2項(二)について若干附言すれば、同請求は、義務づけ訴訟たる性質に加えて、大阪大学学長に対する予防的不作為命令訴訟としての実質をも併有している。 予防的不作為命令訴訟を許容することそれ自体が行政権の第一次的判断権を侵すことになつて、三権分立の本旨を損ねるものであることは、多くの裁判例の指摘するところであり、あえて多言を要しない。 加えて、本件の場合、不作為命令の内容は、「原告の労働基本権の行使に対し心理的圧力を加えるおそれのある行為をすることを厳に慎しむこと。」という極めて漠然としたものであるから、右命令が発せられた場合、大阪大学当局の第一次判断権をほぼ全面的に否定する効果を生ずることは明白である。従つてこの観点によつても、請求の趣旨2項(二)は却下されるべきである。 (請求原因に対する認否)一 1 請求原 場合、大阪大学当局の第一次判断権をほぼ全面的に否定する効果を生ずることは明白である。従つてこの観点によつても、請求の趣旨2項(二)は却下されるべきである。 (請求原因に対する認否)一 1 請求原因一1のうち、原告が文部技官に任ぜられた日を除き、その余の事実を認める。 原告は、昭和三六年六月一六日技術員行政職(一)八等級(大阪大学理学部)に採用となり、G教授の研究室(物理学科原子核物理学第一講座)に配属され、昭和三八年二月一日文部技官に任官したが、昭和三九年一〇月一六日教育職(一)六等級(大阪大学理学部)に配置換となり、教務職員として爾来、C教授の研究室(化学科放射化学講座)に勤務するものである。 2 (一)同一2(一)のうち、大阪大学学長Aが原告主張のとおり本件給与減額措置をしたことは認め、その余は争う。 (二) 同一2(二)前段のうち、理職組が本件集会を開催したこと、原告が右集会に参加したことは認め、その余は争う。ただし、右集会の開催時間は、午前八時頃から同九時二六分頃までである。 同一2(二)後段は否認する。 3 同一3のうち、原告が、行政措置要求の申立を却下されることの不利益を避けるためやむなく代理人による申請を断念したことは不知、その余は認める。 4 同一4(一)、(二)は認める。 5 (一)同一5(一)の冒頭のうち、原告の勤務開始時刻、勤務終了時刻の主張は否認、その余は争う。 原告の勤務開始時刻は、午前八時三〇分であり、その理由は、後記被告人事院の主張一記載のとおりである。 また、原告の勤務終了時刻は、午後五時(ただし、土曜日は午後零時三〇分)である。 (1) 同一5(一)(1)は争う。 (イ) 同一5(一)(1)(イ)について大学における研究の時刻や時間を法律によつて不当に制限した場合(極端に短くするとか、非常識な時間帯に定める 分)である。 (1) 同一5(一)(1)は争う。 (イ) 同一5(一)(1)(イ)について大学における研究の時刻や時間を法律によつて不当に制限した場合(極端に短くするとか、非常識な時間帯に定めるなど)には、学問の自由の問題となることも考えられるが、勤務時刻として、社会常識に沿つた定めを設けている場合には、これ以外の時間の研究を禁ずる趣旨ではないのであるから、何ら学問の自由に反するものではない。 また、公務員の勤務時刻について、職場慣行が成立しうる余地はない。 (ロ) 同一5(一)(ロ)について原告は、文部教官ではなく、したがつて、職務上自ら研究テーマを設定しうる立場にはない。あくまでも、教授研究を補助する立場で実験・研究を行なつているにすぎない。 原告は、その主張する教務職員の職務内容についての法的根拠として、規則九-八及び文人給第五二号を掲げるが、右規則等は、職員の職務内容を規定するものではなく、給与上の評価基準を示すものにすぎず、原告の職務内容は、国立学校設置法施行規則一条一項及び五項の規定するところである。 原告は、教務職員が助手へ昇任する場合、教務職員としての研究業績の有無が必要条件として問われる旨主張するが、理学部化学・高分子学教室においては、助手を任用する場合には、化学・高分子学教室教授懇談会の審議を経た上で、教授会において選考することとなるが、この選考に際しては、研究者としての資質の有無が重要なポイントになつており、研究業績の有無は、助手に任用する場合の必要条件ではない。 また、同一5(一)(ロ)(d)のうち、教育研究費(教官当積算校費)及び教育旅費については、教務職員は積算の対象とはなつていないが、原告が京大原子炉実験所などの国立共同利用研究所で研究課題が認められていろことは原告主張のとおりであるが、これは原告個人のみ 算校費)及び教育旅費については、教務職員は積算の対象とはなつていないが、原告が京大原子炉実験所などの国立共同利用研究所で研究課題が認められていろことは原告主張のとおりであるが、これは原告個人のみではない筈であり、また、原告が研修の意味で公務出張として学会に出席することはあり、阪大大型計算機の利用にあたり研究課題が認められていることは事実である。なお、原告が研究論文等を発表する際に所属機関の名前を明記することが要求され、校費で右論文の刊行費が賄われることについては知らない。 (ハ) 同一5(一)(1)(ハ)について勤務時間は、職員が勤務を提供すべき時間として定められているものであつて、原告に関していえば、給与法及び人事院規則で週四四時間と規定され、その割振りについては、総理庁令で定められており、職員は、この時間について「政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」(国公法一〇一条一項)とされている。すなわち、職員は、超過勤務を命じられる場合を除いては、定められた勤務時間について勤務をすれば、職員としての義務を履行したことになるものであり、また、その義務の履行に対して勤務の対価たる給与が定められているのである。 従つて、原告の主張するような原稿書き、討論、徹夜の実験が、定められた勤務時間を超えて行われ、もしくは自宅において講義の準備、論文書き等を行い、又は研究活動の能率という観点から研究が延長されたとしても、これらに要した時間がすべてそのままその者の勤務時間になるという筋合いのものではない。原告は、「職場への通勤時間すら業務と認められる慣行が確立している今日、このような自宅での仕事は、執務場所が大学ではなくても当然職務の中に含められるべきものである」、「職員が業務に慣れた後は、明示的な上司からの指示がない限り、業務の能率 られる慣行が確立している今日、このような自宅での仕事は、執務場所が大学ではなくても当然職務の中に含められるべきものである」、「職員が業務に慣れた後は、明示的な上司からの指示がない限り、業務の能率などの判断から最も合理的な態様をとるのが当然である」などと主張するが、これらの主張は、勤務時間を定めている趣旨を没却したものというべきである。 また、いわゆる勤務時間の割振りについても、職務の性質、職員の健康及び福祉、勤務能率の発揮及び増進等を総合的に勘案して法令に定める割振り権者が行なつているものであり、原告が主張するように単に研究活動の能率という見地からのみ行われているものではない。 (ニ) 同一5(一)(1)(ニ)について原告は、工作センターの利用時間、理学部図書館の開館時間、理学部RI実験室の利用時間等を挙げ、これらをもつて総理庁令一項では到底律しえない勤務の態様が慣行として確立し、組織的に定着していると主張するが、これらの利用時間帯は、学生や他大学の職員を含む施設の利用者の便宜を考慮しながら単に施設管理上の観点から定められたものにすぎず、これら施設の利用時間帯と利用者である職員の勤務時間との間には直接の閏係が存するものではない。 (2) 同一5(一)(2)は争う。 (二) 同一5(二)は争う。 C教授には、原告の勤務時刻を指示したり、勤務を免除したりする権限はない。 (三) 同一5(三)は争う。 本件給与減額措置は、職員が職務に専念する義務を免除されることなく勤務時間中において勤務を欠いた場合に、その事由のいかんにかかわらず、法令に従い当然に行われるものであつて、争議行為の正当性のいかんとは何ら関連を有しないものである。本件給与減額措置も、原告が、本件集会に参加したことにより、職務を放棄し、欠勤したことが明らかに確認されたことに伴つて行われ るものであつて、争議行為の正当性のいかんとは何ら関連を有しないものである。本件給与減額措置も、原告が、本件集会に参加したことにより、職務を放棄し、欠勤したことが明らかに確認されたことに伴つて行われたものであるから、原告の右主張は失当である。 また、原告は、本件給与の減額が右集会参加者全員に対して行われなかつたことから、弾圧を意図したものであると主張するが、集会参加者全員に対して給与減額が行われなかつたのは、本件集会には、学生等も参加しており、結果的に三〇分以上勤務を欠いたことが確認できたのが原告を含めて一六名であつたということにすぎない。 (四) 同一5(四)は争う。 (五) 同一5(五)は争う。 (1) 本件給与の減額が行われるまで、大阪大学理学部においては、出勤遷延を理由として給与の減額が行われた例はないが、その理由は、後記被告人事院の主張一4(二)のとおりである。 (2) しかるに、本件の場合、原告は、すでに庁舎内に到着し、直ちに執務しうる態勢にあるにもかかわらず、明らかに勤務放棄を目的とする職場集会に参加し、欠勤したことが確認されたものである。 大学当局は、本件集会は、正規の勤務時間に食い込む違法なものである旨事前に警告し、職員にも再三、注意を喚起していたものであり、本件職場集会参加者は当然このことを承知して参加したものであつて、欠勤の確認は唐突に行われたものではない。 また、本件給与減額措置は、原告のみならず、本件集会に参加し、欠勤が確認された者全員(一六名)について行われたものであつて、原告のみについて行われたものではない。 かかる場合、給与法一五条の規定に従い、給与を減額することは職責上当然であつて何ら権利の濫用に当たるものではない。 (六) 同一5(六)のうち、原告が昭和四七年五月一九日超過勤務したことは否認、その余は争う 合、給与法一五条の規定に従い、給与を減額することは職責上当然であつて何ら権利の濫用に当たるものではない。 (六) 同一5(六)のうち、原告が昭和四七年五月一九日超過勤務したことは否認、その余は争う。 本件給与減額措置は、右同日の勤務開始時刻以後一時間以内の欠勤があつたことを理由として行われたものであり、原告は、欠勤した日と偶々同じ日に超過勤務をしたことを主張して減額措置の取消を求めるものであるが、その超過勤務手当は別個に請求すべきものであり、その請求権を有することをもつて右減額措置を取消す理由とはなしえないものである。 (七) 同一5(七)は争う。 6 同一6は争う。 二 1(一)同二1(一)の前段は認め、後段は争う。 (二) 同二1(二)のうち、被告人事院事務総局公平局長Iが、昭和四八年八月七日付文書で原告代理人に対し原告主張の要旨の回答をしたことは認め、その余は争う。 (三) 同二1(三)前段は認め、中段のうち、被告人事院が昭和四八年一〇月四日に原告の行政措置要求を受理したことは認め、その余は争い、後段は争う。 2 同二2(一)、(二)は争う。 3 同二3は争う。 (被告人事院の主張)一原告の勤務開始時刻は、午前八時三〇分である。 1 原告は、国立学校設置法施行規則(昭和三九年文部省令一一号)一条一項に定める教務職員として教授研究の補助、その他教務に関する職務に従事する者である(同規則一条五項)。 2 原告を含む国家公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件については、いわゆる勤務条件法定主義の立場から、その基礎事項は法律によつて定め、細目については法律の委任に基づく人事院規則によつて定めることとされているところである(憲法七三条四号、国公法二八条一項、一〇六条一項)。 これを勤務時間についてみるに、給与法一四条は、「職員の勤務時間は、休憩時 は法律の委任に基づく人事院規則によつて定めることとされているところである(憲法七三条四号、国公法二八条一項、一〇六条一項)。 これを勤務時間についてみるに、給与法一四条は、「職員の勤務時間は、休憩時間を除き、一週間について四〇時間を下らず四八時間をこえない範囲内において、人事院規則で定める。」ものと想定し(同条一項)、その「勤務時間は、特に支障のない限り、月曜日から土曜日までの六日間においてその割振を行い、日曜日は、勤務を要しない日とする。」(同条四項本文)として基礎事項を定めている。そして、給与法二条、一四条一項、四項の委任に基づき、規則一五-一(職員の勤務時間等の基準)は、その四条において「給与法第一四条第一項の規定に基づく勤務時間は、一週間について四四時間とする。」と規定し、同規則五条及び六条において「勤務時間の割振りについては、・・・・・・内閣総理大臣が・・・・・・定めるもの」とし(五条一項)、その割振りの基準についても、「特に支障のない限り、月曜日から金曜日までの五日間においては一日につき八時間となるように、土曜日においては四時間となるように割り振るものとする。」と定めている(六条一項)。この人事院規則の規定を受けて、内閣総理大臣は、政府職員の勤務時間に関する総理庁令一項により、政府職員の勉務時間の割振りとして休日を除き、月曜日から金曜日までについては午前八時三〇分から午後五時まで(その間に三〇分の休憩時間を置く。)、土曜日については午前八時三〇分から午後零時三〇分までと定めているのである。 ところで、右総理庁令一項にいう「政府職員」とは給与法一四条一項の規定の適丹を受ける一般職職員であつて、会計検査院及び人事院の職員を除いた者である(国公法二条二項、給与法一条一項、同法一四条一項、人事院規則一五-一の四条、同五条一項、総理 とは給与法一四条一項の規定の適丹を受ける一般職職員であつて、会計検査院及び人事院の職員を除いた者である(国公法二条二項、給与法一条一項、同法一四条一項、人事院規則一五-一の四条、同五条一項、総理庁令一項)。 しかして、原告は、国立学校設置法一〇条、同法施行規則一条一項、五項による教務職員として、教授研究の補助その他の教務に関する職務に従事している一般職職員であり、給与法一四条一項の適用を受ける者で、前記総理庁令に含まれる政府職員であるから、同人の勤務開始時刻については前掲各法令に基づき、日曜日を除く日の各午前八時三〇分と法定されているのである。 3 各官庁において右法令に基づく勤務開始時刻を独自に変更する権限はなく、また、右勤務開始時刻と異なる職場慣行を認容すべき法令上の根拠もない。 (一) 勤務条件法定主義とは、最高裁昭和四八年四月二五日判決(判例時報六九九号二二頁)が「給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の場合のごとく労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によつて定められることになつているのである。」と述べているところのものであり、国家公務員の勤務条件は、法律又は法律の委任に基づいて定められるという原則である。 これをさらにふえんして述べれば、次のとおりである。 (1) 私企業の場合においては、契約自由の原則に基づき、勤務時間その他の労働条件は、労使間の自由な交渉によつて定められる。国家は、過重な労働時間が約定された場合等において、勤労者保護の見地から、労基法二三条ないし四一条等に基づいて例外的に介入するにすぎない。 (2) しかるに行政府に勤務する国家公務員については、いささか趣きを異にする。すなわち、行政府に勤務する職員の使用者は政府であるが 労基法二三条ないし四一条等に基づいて例外的に介入するにすぎない。 (2) しかるに行政府に勤務する国家公務員については、いささか趣きを異にする。すなわち、行政府に勤務する職員の使用者は政府であるが、その政府は、国民を代表するものであるから、究極における使用者は国民である。また、いうまでもなく行政府に勤務する職員は、国民全体の奉仕者であり、公共の利益のために勤務する者である(憲法一五条二項、国公法九六条一項)。従つて、政府職員の勤務条件は、政府との自由な交渉やいわゆる職場慣行等によつて決せられるべき筋合のものではなく、国民の意思の発動としての法律及びその委任に基づいて定められなければならない。しかも国公法九六条二項、一〇六条は右の原理を明言するのみならず、前記のごとく勤務時間に関しては、法律及びその委任に基づく人事院規則等によつて明確かつ一義的に規定されているのである。故に、政府職員の勤務時間に関する法令は、強行法規性を有するものであり、各官庁において、これと違背する約定をなす権限はなく、また、これと異なる職場慣行を法認することもできない(法例二条)。 (二) 原告は、勤務時間の長さは、勤務条件法定主義に則り、法律及びその委任に基づいて定められなければならないが、勤務時間の割振りについては勤務条件法定主義の適用はないと主張する。しかし、勤務条件法定主義が、前記のごとく、国家公務員の使用者が国民であること及び国家公務員が全体の奉仕者であることに依拠する原理である以上、勤務条件の一つてある勤務時間の割振りについて特異に解すべき理由は全くない。勤務時間の規則は、労働時間の長さだけでなく、勤務開始時刻、休憩、日曜日及び勤務終了時刻をも含めた複合的な諸要素を総合的に勘案して、はじめて円滑になしうるものである。従つて、勤務時間の長さに限らず、その 間の規則は、労働時間の長さだけでなく、勤務開始時刻、休憩、日曜日及び勤務終了時刻をも含めた複合的な諸要素を総合的に勘案して、はじめて円滑になしうるものである。従つて、勤務時間の長さに限らず、その開始時刻及び終了時刻も国公法一〇六条一項の「職員の勤務条件その他職員の服務に関し必要な事項」に該当することはもちろん、給与法一四条一項の「勤務時間」に関する事項でもあり、勤務条件法定主義に則り法令により定められるべきことは当然である。 給与法一四条一項、四項は、勤務時間の長さのみならず、勤務時間の割振りについても命令委任事項としていることは前記のとおりである。右の規定が勤務時間の割振りについて、月曜日から土曜日までの六日間に割振るべき旨の基準事項を給与法自らが定め、その余の細目については人事院規則に委ねる趣旨の規定であることに疑問の余地はない。同規定は、同条一項が、勤務時間の長さにつき、一週四〇時間から四八時間の範囲にすべき旨の基礎事項を定め、細目を人事院規則に委任しているのと全く同旨であつて、給与法は、原告主張のように勤務時間の長さとその割振りとを別異に扱つてはいないのである。 4 大阪大学においても、政府職員の勤務開始時刻は、午前八時一二〇分である。 (一) 大阪大学は、国立学校設置法一条一項に基づき、昭和二四年五月三一日に設置された国立学校であり、同校においては前記一2記載の法令に基づき、政府職員の勤務開始時刻は午前八時三〇分としている。その内容を具体的にふえんすると、次のとおりである。 (1) 政府職員が、月曜日ないし金曜日にあつては午前八時三〇分から午後五時までの間(但し休憩時間を除く)に、土曜日にあつては午前八時三〇分から午後零時三〇分までの間において欠勤をしたいときは、予め欠勤時間帯を明記のうえ、休暇願を提出することとしている。 ( から午後五時までの間(但し休憩時間を除く)に、土曜日にあつては午前八時三〇分から午後零時三〇分までの間において欠勤をしたいときは、予め欠勤時間帯を明記のうえ、休暇願を提出することとしている。 (2) 宿直勤務時間は、大阪大学宿日直規程により、平日は午後五時から翌日の午前八時三〇分まで、土曜日は午後零時三〇分から翌日の午前八時三〇分までとしている。 (3) 休憩時間については、規則一五-一、七条により「おおむね毎四時間の所定の勤務の後に三〇分以上の休憩時間を置かなければならない。」とされているところ、大阪大学理学部の原告を含む教務職員に関しては、午前八時三〇分から起算しておおむね四時間後の午後零時三五分から午後一時五分までと指定している。 (4) 本件職場集会の場合を含め、午前八時三〇分より以後に食い込む職員の集会については、大学当局は、勤務時間に食い込む違法怠業行為であるとして警告している。 (5) 原告自身、正規の出勤時刻が午前八時三〇分であることを熟知している。 すなわち、原告は、休暇の申請の際には勤務開始時刻を午前八時三〇分と申請書に記載しているし、本件集会に関しても、大学当局は予定される集会が勤務時間に食い込むものである旨職員に対し再三注意を喚起していたのであるから、正規の勤務開始時刻は午前八時三〇分であることを原告が知らなかつたはずはない。原告自身本件措置要求に対する審査時において「公務員の勤務時間の始めが午前八時三〇分であることは知識として知つていた。」旨述べている。 (二) ただ、大阪大学理学部においては、教務職員及び各講座に所属する事務職員につき、従来遅刻を理由として給与の減額が行われた例は存在しなかつた。その理由としては、右の職員については、教育、研究上の都合で、若干弾力的な取扱いを行なわざるをえないこと及び各職員の勤務 事務職員につき、従来遅刻を理由として給与の減額が行われた例は存在しなかつた。その理由としては、右の職員については、教育、研究上の都合で、若干弾力的な取扱いを行なわざるをえないこと及び各職員の勤務する部屋が区々に分散され、しかも、職務の遂行が職員の所属室内でなされるべきものとも限らないので、欠勤の事実を確認し難いこと等の事情により、当然には給与の減額等が行われなかつたものである。 但し、職員の出勤時刻が遷延することが、右に述べた事情により事実上黙過されていたとしても、それは職員に対し当該時間内の勤務義務を全面的に免除する効果を生ずるものではなく、また免除しうべき法令上の権限は何ら存しないのである。ましてや事実上黙過されているゆえんが、右に述べたとおり、勤務に就いていることが確認されなくとも、一応就労の事実を推定しようという趣旨にとどまるものであることに鑑みるとき、出勤して直ちに勤務に従事しうる態勢にある職員につき、怠業、職場離脱等、就労と相容れない外形的事実の存在が明らかである場合にまで給与を支給すべき理由は全くない。むしろ、かかる場合に給与を支給することこそ給与法一五条に違反し、同法二五条に該当する違法な行為といわなければならない。 二大阪大学学長の行なつた本件給与減額措置は、給与法一五条に違反しない。 1 昭和四七年五月一九日早朝、原告の勤務する大阪大学の庁舎内で行われた本件職場集会は、日教組の指令に基づく統一行動の一環として、給与大巾引上げの実施、第二次定員削減反対等の要求実現を目的とし、大学当局の再三にわたる警告及び命令を無視して、正規の勤務時間内に食い込んで行われ、多数の職員がこれに参加して職務を放棄したものであり、右のような行為は、職場集会という名目の違法な争議行為(国公法九八条二項)であるが、原告は、同日午前八時三〇分から の勤務時間内に食い込んで行われ、多数の職員がこれに参加して職務を放棄したものであり、右のような行為は、職場集会という名目の違法な争議行為(国公法九八条二項)であるが、原告は、同日午前八時三〇分から同九時二六分頃までの間、職員組合の指令に従い、何らの承認をも受けることなく、ほしいままに勤務を離れて本件職場集会に参加した。2 しかして、職場集会という名の集団職場離脱行為は、組合の指令による労働力の総引揚げに他ならないのであるから、原告が、登庁後直ちに勤務に従事しうる態勢にあつたにもかかわらず、本件職場集会に参加して職場を放棄したことにより、同人につき就労と相容れない外形的事実が存在したことは明白である。従つて、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき、特に承認のあつた場合を除く外、その勤務しない一時間につき、第一九条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額して給与を支給する。」旨の給与法一五条に基づき、昭和四七年七月一七日債権管理法一三条、同法施行令一四条四号によつて大阪大学学長が本件減額を行なつたことは正当であつて、何ら違法ではないというべきである。 三本件職場集会における大学当局の確認の行為は、原告の組合活動に対する不当労働行為ではない。 1 本件職場集会が行われるまでの経緯、集会の実施状況等は次のとおりである。 (一) 昭和四七年五月八日理職組及び他の七組合の委員長は、連名で大阪大学学長に対し、大学教職員の平均二万円の賃上げ等を目的として日教組の指令に従い、早朝二時間のストライキを行う体勢をととのえている旨を記した「申入書」を送付した。 (二) 同月一二日学長は、各部局長に対し、予定される日教組の統一行動において、職員の違法な行為が行われることのないよう配慮すべきことを通知した。 (三) 同月一一日ないし同月一三日日教組 した。 (二) 同月一二日学長は、各部局長に対し、予定される日教組の統一行動において、職員の違法な行為が行われることのないよう配慮すべきことを通知した。 (三) 同月一一日ないし同月一三日日教組統一闘争参加に関する組合員の批准投票が行われた。 (四) 同月一五日組合は、「五・一九全国統一行動阪大豊中地区集会」参加への呼掛けを掲示した。 (五) 同月一六日理学部長は、各教授、各掛長に対し、「予定される五月一九日のストライキに参加することのないよう職員に注意方配慮」を通知した。 (六) 同月一六日 「日教組は一九日早朝ストを行うことを指令、大阪大も指令に従いストをする。」旨日刊紙が報道した。 (七) 同月一七日理学部長は、組合委員長宛に文書で自重方を要望した。 (八) 同月一八日理学部長は、教授会で「所属職員がストに参加しないよう注意喚起方」を要望した。 (九) 右同日組合は、「賃金大巾引上げの四月実施、第二次定員削減反対等」の要求を掲げ、早朝二時間のストライキ参加を呼掛けた。 (十)同月一九日理職組他三組合が共催する「五・一九全国統一行動豊中地区集会」が午前八時頃から基礎工学部前広場で開かれた。午前八時三〇分前、日教組非加盟の組合は引き上げたが、日教組加盟の理職組及び他の一組合は引き続き集会を行なつていたため、大学当局職員が代表者等に解散命令書を手交し、解散を命じたが、集会は続行され、午前九時二六分頃まで行われた。 2 以上によれば、本件職場集会は、日教組の指令に基づく統一行動の一環として、賃金大巾引上げの四月実施、第二次定員削減反対等の要求実現を目的とし、大学当局の再三にわたる警告および命令を無視して正規の勤務時間に食い込んで行われ、多数の職員がこれに参加して職務を放棄したものであり、業務の正常な運営を阻害するものであつたと認め 求実現を目的とし、大学当局の再三にわたる警告および命令を無視して正規の勤務時間に食い込んで行われ、多数の職員がこれに参加して職務を放棄したものであり、業務の正常な運営を阻害するものであつたと認められ、国公法九八条二項によつて禁止されでいる争議行為に該当するものということができる。 この場合において、大学当局が違法な争議行為に参加して勤務を欠くに至る職員、その参加の態様等を確認するのは当然であり、しかも本件確認行為は、妥当な方法によりおおむね平穏に行なわれていると認められる。したがつて、本件職場集会における大学当局の確認行為をもつて、組合活動に対する弾圧であり、不当労働行為であるとする原告の主張は失当である。 (被告国の主張)被告人事院が、原告の本件措置要求につき、代理人による行政措置要求の申立を拒否したことは、なんら違法な行為でなく、右による損害も発生していない。 一代理人による行政措置の要求を認めていない理由は、次のとおりである。 1 行政措置の要求に関する手続は、国公法一六条一項の規定に基づき、被告人事院が定めることになつており、被告人事院は、規則一三-二(勤務条件に関する行政措置の要求)でその手続を定めているが、同規則には代理人により要求を行うことができる旨の規定がおかれていない。 被告人事院は、公平審査の対象となる事項の手続については、代理人を認める場合には明文をもつてその旨規定している。すなわち、災害補償についての審査の申立に関して定めている規則一三-三でのみ、代理人による申立ができる旨の規定を設けている。同規則によつて代理人による申立が認められているゆえんは、災害補償制度の特殊性、すなわち、補償を受けるものが遺族であり又は傷病の状態にあるという特殊性があるということによるものである。 2 行政措置要求制度においては、(一)職 立が認められているゆえんは、災害補償制度の特殊性、すなわち、補償を受けるものが遺族であり又は傷病の状態にあるという特殊性があるということによるものである。 2 行政措置要求制度においては、(一)職員が行政措置の要求をする意思決定ないし意思表明を自ら行うことが重要であること、(二)要求内容の事実審査に当つても、被告人事院の調査によつて事案の解明が十分なされ、必要に応じて、申請者以外の者に代理人的地位を認めていること、(三)行政措置要求を行う場合の手続は、規則一三-二第三条に定められているが、国家公務員ならば誰でもが為し得るきわめて単純な手続として定められており、代理人を認めなければ要求を行うことができないものではないこと、以上の理由により、現在規則一三-二においては、代理人による要求手続を定めておらず、代理人による要求は認められていないのである。従つて、本件において被告人事院事務総長、同公平局長が代理人による措置要求の申立を拒否したことは、なんら法令に違背する行為ではない。 二本件措置要求の受理が遅れたのは、行政措置要求書の不備のためその補正に時間を要したことによるものであり、その間、被告人事院が故意に受理を遅らせたことはない。また、受理までの間に、実際の事案の審査に当つては、原告代理人からも事情聴取を十分行い、原告の立場が不利になることのないよう十分配慮することを伝達してあり、実際上も、代理人的地位を認めて事実調査を行なつているのであるから、原告が主張するような「慣れない手続を自ら行うことによる不安と緊張」が存したとは思われない。なお、原告代理人に右代理人的地位を認めたとは、原告及び原告代理人の強い要望があつたので、調査の過程において原告代理人に対して、必要に応じ申請者を補助する立場において発言することなどを好意的に認めたことをさす 理人に右代理人的地位を認めたとは、原告及び原告代理人の強い要望があつたので、調査の過程において原告代理人に対して、必要に応じ申請者を補助する立場において発言することなどを好意的に認めたことをさすものである。 仮に、原告が多少の不安と緊張を感じたとしても、国家賠償法の予定する損害に該当するほどのものではありえない。 (被告人事院の本案前の申立の理由に対する原告の反論)一本件勧告請求を認めても、何ら行政権の第一次的判断権を侵すことにはならない。すなわち、右請求については、原告は、先に被告人事院に対し、全く同内容の判断(行政措置の要求)を求め、被告人事院は、昭和四九年六月二一日付で行政権としての第一次的判断権を行使した。本訴における右請求は、司法権に対し、事後的第二次的判断を求めているに過ぎない。従つて、行政権の自主性を侵害するとか、行政権を司法権の一般的監督下に置くこととなるとか、憲法上の権力分立の原理に反するとかいう被告人事院の主張は全く根拠がない。また、被告人事院は、司法部が政治的責任を負わず、国民による政治責任の追求を受けることがない旨主張するが、司法部も国民に対し広義の政治的責任を負つていることはいうまでもなく、ただ、その責任の負い方が異るだけである。 二国家公務員は、国公法八七条の規定により、あらゆる勤務条件に関し、被告人事院に対し、同人事院等により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができるところ、右の行政上の措置とは、行政機関自身による規則や命令の制定はもとより、被告人事院による国会への立法上の勧告も含まれると解されている。 このように、要求内容が多様であり、不利益の救済にとどまらず現状の積極的改善も含むものである結果、勧告等措置全体としては内容も多様なものとなるのである。被告人事院の主張は、一般論を述べている いる。 このように、要求内容が多様であり、不利益の救済にとどまらず現状の積極的改善も含むものである結果、勧告等措置全体としては内容も多様なものとなるのである。被告人事院の主張は、一般論を述べているに過ぎない。従つて、具体的な要求に対する措置の内容が、弾力的かつ多様なものになるか、一義的なものになるかは、要求内容によつて異なり一般論で律することができないことはいうまでもない。 三給付訴訟は、取消訴訟の拘束力(行訴法三三条)による救済が迂遠である場合、より直截な権利救済の実現を目指すものであるから、取消訴訟に拘束力を認めることは、何ら給付訴訟の許容性を否定するものではない。 行政庁は、本来、法の規定を待つまでもなく、行政処分が取消された場合、取消判決の趣旨を十分尊重して直ちに措置をとるべきである。しかるに、現に領置金使用不許可処分が取消され確定したにも拘らず図書購入を許さなかつた例(広島地判昭和四三年三月二七日訟務月報一四巻六号六一四頁)などが存し、行政庁が判決の趣旨を十分尊重することを常に期待し得る現状にはないのである。また、刑事訴訟法の規定する準抗告(同法四三〇条)は、行政訴訟の特殊な一形態であるが、検察官等によるいわゆる一般指定による接見拒否処分の取消を命ずる際、併せて弁護人から申出があり次第接見させねばならない旨を命じているのである。これなども取消の趣旨から一義的に接見させるべきことが明らかであるにも拘らず、重畳的に接見させるべきことを命じているのである。 裁判所に対して権利の救済を求める国民の立場からすれば、出来るだけ単純明快に救済の内容が明らかにされることが権利実現の上から望ましい。執行力はないにしても行政庁に対する拘束力はそれだけ強くなることは明らかである。一義的で、裁判所が判断しても、行政庁が判断しても、判断結果に変りがな 容が明らかにされることが権利実現の上から望ましい。執行力はないにしても行政庁に対する拘束力はそれだけ強くなることは明らかである。一義的で、裁判所が判断しても、行政庁が判断しても、判断結果に変りがないことについて、この期に及んでなお行政権の第一次的判断権なるものを尊重しなければならない必要性又は合理性は全く存在しないのである。 行政庁が取消判決の拘束力に違反した場合には、国民は、勿論国家賠償を請求することが出来るが、これまた迂遠な方法といわなければならない。被告人事院の主張は、訴訟経済の面からは勿論、現状ではあまりにきれい事すぎて理解に苦しむのである。 四義務づけ訴訟、予防的不作為命令訴訟は、(一)行政庁が特定の行政処分をなすべきこと、又はしてはならないことが一義的に明白であり、かつ、(二)個人の権利、利益が侵害される場合には許容されねばならない。本訴における請求の趣旨2項は、右(一)、(二)の要件を満しているといわなければならない。 五被告人事院は、予防的不作為命令訴訟について、「行政権の第一次的判断権」に関する議論を持出しているが、原告が本訴において求めているのは、大阪大学学長に対する直接の不作為命令ではなく、被告人事院による勧告である。 なお、被告人事院は、請求の趣旨2項(二)後段について、極めて漠然としたものであり、大阪大学当局の第一次的判断権をほぼ全面的に否定する効果を生ずると主張するが、原告の求めているのは、職場集会の監視と減額措置権限の濫用の禁止であることは、理由中の判断をまつまでもなく明白である。 六よつて、被告人事院の本案前の抗弁は、理由がない。 (被告人事院の主張に対する原告の反論)一勤務時間の配分を定める総理庁令の規定は強行法規ではない。 強行法規とは、公益を保護法益とする法規と解されている。国家公務員の勤務開始 抗弁は、理由がない。 (被告人事院の主張に対する原告の反論)一勤務時間の配分を定める総理庁令の規定は強行法規ではない。 強行法規とは、公益を保護法益とする法規と解されている。国家公務員の勤務開始時刻、終了時刻がある特定の時刻であること自体に、公益目的があるわけではない。一日八時間を日中に割振るとしたらおのずからそう大きな巾はない。さらに、全政府職員の出勤、退庁時刻を画一的に一律にすることに公益目的があるわけでもない。ただ、ほぼ似たような勤務内容であれば同一の時間帯にして差しつかえないということと、わずかの時間の差で区々に定めるのは煩わしいということである。 使用者たる国民の側からみれば、開閉庁時刻が画一的な方が記憶しやすいという便宜がある程度であるにすぎない。 被告人事院は、総理庁令の右規定を強行法規であるとしながら、何らその実質的根拠としての具体的保護法益について主張していない。 二勤務時間の絶対量(八時間労働の原則)に関する規定は、労働者保護という強い公益目的のため強行法規であり、右目的を達するためには、勤務の始期と終期を画一的にした方が監督官庁が監督しやすいという長所がある。従つて、総理庁令が強行規だとしても、使用人たる公務員保護のための片面的強行規定であつて、使用者たる政府が強行法規性を主張できるものではない。 旧官吏制度においては、今日のような勤務時間は定められていなかつたが、現在では、職員の勤務時間は、重要な勤務条件のひとつとされ、就業時間に関する基準は、法律をもつて定めるべきものとする憲法二七条の趣旨とあいまつて、給与法によつて現定されている。これが、公務員法でなく、給与法によつて定められているのは、職員の勤務時間か、俸給算定の基礎をなすという点に着目したものと認められ、ここにも勤務時間に関する定めが職員保護のためのもので 定されている。これが、公務員法でなく、給与法によつて定められているのは、職員の勤務時間か、俸給算定の基礎をなすという点に着目したものと認められ、ここにも勤務時間に関する定めが職員保護のためのものであること、その定量性と給与との対価関係が重要なものとして指摘されるが、その時間帯については配慮されていない。 三国家公務員にとつて、勤務時間が公益性の強いものであるならば、国公法中に規定されるべきである。それ、が給与法において定められ、その規定内容も勤務時間の時間数についてである。その限りにおいて、一日当り提供すべき「時間数」が、給与との対価関係に立つ関係上、強行法規性をもつとしても、それが午前八時三〇分から午後五時の間でなく、午前九時三〇分から午後六時の間に提供されたからといつて、時間帯自身に特別の意味があり、一時間ずれることによつて提供された勤務の質が異なるような場合は格別、全く同質の場合には何ら対価関係を失うものとは言えない。 勤務開始時刻と終了時刻は、給与法から委任を受けた人事院規則ですら定められず、さらに下位の総理庁令によつてはじめて規定されていることは、「時刻」のもつ意味が「時間」数のもつ意味と全く異り、公益性が極めて低いことを示している。このような下位の法規で定めることは、「時刻」が重要な事項だとすれば、「法律の定める基準」に従い官吏に関する事務を掌理すべしとする憲法七三条四号の趣旨を没却するものである。 四被告人事院は、大阪大学理学部において、勤務開始時刻について弾力的運用をなしていると主張するが、弾力的運用をなすこと自体、総理庁令の規定が強行法規でないことを示している。すなわち、強行法規は、何よりも、当事者の意思によつて適用を排除することも認めない性質の法規であり、それ自体の実現に強い公益的目的があり、他の法益の実現のた の規定が強行法規でないことを示している。すなわち、強行法規は、何よりも、当事者の意思によつて適用を排除することも認めない性質の法規であり、それ自体の実現に強い公益的目的があり、他の法益の実現のために自らの実現を控えるような法規ではない。従つて、勤務時間の配分を定める規定が強行法規であるならば、大阪大学学長において、その適用を除外する権限はなく、その弾力的運用をすることはできない筈である。 第三証拠(省略)○ 理由第一被告人事院に対する本件判定の取消請求について一請求原因一1のうち、原告が文部技官に任ぜられた日を除くその余の事実については当事者間に争いがないところ、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一七号証、同第六七号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和三六年六月一六日、大阪大学に技術員(行政職(一)八等級)として採用され、G教授の研究室(同大学理学部理学科原子核物理学第一講座)に配属され、昭和三八年二月一日、文部技官に任命され、昭和三九年一〇月一六日、教育職(一)六等級(同大学理学部)になり、爾来、教務職員としてC教授の研究室(同大学理学部化学科放射化学講座。以下、C研究室という。)に勤務し、昭和四七年五月当時、教育職(一)五等級一五号俸の給与の支給を受けていたものであることが認められる。 二請求原因一2(一)のうち、大阪大学学長Aが原告に対し、昭和四七年七月一七日、給与支給に際し、原告の勤務時間は午前八時三〇分から午後五時までであるのに、原告は同年五月一九日午前八時三〇分から同九時三〇分まで勤務しなかつたことを理由に本件給与減額措置をしたことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第三一ないし三四号証、同三六、三七号証、乙第一〇号証、同第一三号証、証人K、同L、同Mの各証言、原告本人尋問の結果及び弁 理由に本件給与減額措置をしたことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第三一ないし三四号証、同三六、三七号証、乙第一〇号証、同第一三号証、証人K、同L、同Mの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、理職組は、昭和四七年五月一九日、日教組の指令に基づく統一行動の一環として、賃金大巾引上げの四月実施及び第二次定員削減反対等の要求実現を目的とし、同日、午前八時三〇分から同九時二六分頃までの間、大阪大学基礎工学部北側通用口広場において本件集会を開催し、原告も理職組の組合員として右集会に参加したこと(ただし、理職組が本件集会を開催したこと、原告が右集会に参加したことは当事者間に争いがない。)、大阪大学学長Aは、右集会が国公法九八条二項所定の争議行為にあたるとの判断のもとに、右争議行為に参加して勤務を欠くに至る職員の氏名及び参加の態様などを確認するため、大阪大学本部事務局庶務部長Bら職員一二名をもつて現認班を構成させ、もつて、右集会参加者の氏名等を現認させたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 三請求原因一3(ただし、原告が、行政措置要求の申立を却下されることの不利益を避けるためやむなく代理人による申請を断念したとの点は除く。)及び4(一)、(二)は当事者間に争いがない。 四原告は、本件判定は、本件(一)措置要求に対する判定について請求原因一5ないし(六)の事由(以下、本件違法事由(一)ないし(六)という。以下、同じ要領にて呼称する。)により、また、本件(二)措置要求に対する判定について請求原因一5(七)の事由によりそれぞれ違法であると主張する。 1 そこで、まず、本件集会の開催、これに対する大阪大学当局の対応、及び本件給与減額措置に至る経緯を考察することとする。 前記第一、二記載の当事者間に争いの の事由によりそれぞれ違法であると主張する。 1 そこで、まず、本件集会の開催、これに対する大阪大学当局の対応、及び本件給与減額措置に至る経緯を考察することとする。 前記第一、二記載の当事者間に争いのない事実及び認定した事実に前掲甲第三一ないし三四号証(ただし同第三三、三四号証の記載内容のうち、後記措信し難い部分を除く。)、同第三六、三七号証、乙第一〇号証、同第一三号証、成立に争いのない甲第五六、五七号証、同第六三号証、同第七四号証の一、二、同第七五、七六号証、乙第一二号証、同第三三ないし三七号証、証人Lの証言(ただし、後記措信し難い部分を除く。)及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、同第二〇、二一号証、同第二三号証、同第五五号証、証人Mの証言により真正に成立したものと認められる乙第四ないし九号証、同第一四ないし一九号証、同第四〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一六号証、同第一八号証、同第二四号証の一、二、乙第一一号証、証人K、同D、同Mの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。 (一) 日教組は、昭和四七年五月一九日の公務員共闘会議の統一行動の一環として、早朝二時間勤務時間にくい込む統一行動を行うことを決定し、傘下の各教職員組合にその旨の指令を発していたが、同月八日、理職組及びその他の大阪大学各学部等の職員組合の委員長は、連名で大阪大学学長に対し、日教組大学部は大学教職員の平均二万円の賃上げ、第二次定員削減の大学への適用を止めさせることなどを大学教職員の重点要求目的として統一行動に参加することとしており、理職組等の日教組所属組合は、今後の中央交渉の進展いかんでは、日教組のストライキ指令に従つて五月一九日の早朝から二時間のストライキを行う体勢をと の重点要求目的として統一行動に参加することとしており、理職組等の日教組所属組合は、今後の中央交渉の進展いかんでは、日教組のストライキ指令に従つて五月一九日の早朝から二時間のストライキを行う体勢をととのえている旨を記載した申入書(乙第四〇号証)を送付し、また、同月一一日、理職組等の大阪大学の教職員組合をもつて構成される大阪大学教職員組合全学協議会は、大阪大学学長に対し、右同旨の同月九日付申入書(乙第五号証)を送付した。 原告の所属する理職組は、同月一一日から一三日までの間、右統一行動に参加するかどうかを決定するため、全組合員を対象として批准投票を実施し、その結果、右統一行動に参加することを決定し、以後同月一九日までの間ビラを配付するなどして組合員に対し、右統一行動に参加することを呼びかけた。 大阪大学学長は、同月九日頃、文部省大臣官房長から日教組が早朝二時間勤務時間にくい込む統一行動を行うことを決定し、傘下の各教職員組合にスト体制確立の指示を行なつている模様であるが、公務員の争議行為は国公法によつて禁止されているので、万一職員により違法、不当な行為が行なわれることがあつた場合には、管理者として法に照らし、厳正な措置をとらざるを得ない、このような事態の発生をみることはきわめて遺憾なことであるので、右行為の防止のため右趣旨の徹底を図るとともに、職員及び職員団体の代表者に対して自重を促すよう配慮されたい旨の通達(乙第七号証)の送付を受け、これに従い、同月一二日、各部局長に対し、右趣旨を徹底すべく、予定される日教組の統一行動において職員が違法な行為を行うことのないよう配慮すべきことを通知した。 大阪大学理学部長Gは、同月一六日、同学部に属する各教授、各掛長に対し、予定される五月一九日早朝から二時間勤務時間にくい込むストライキに職員が参加しないよ ことのないよう配慮すべきことを通知した。 大阪大学理学部長Gは、同月一六日、同学部に属する各教授、各掛長に対し、予定される五月一九日早朝から二時間勤務時間にくい込むストライキに職員が参加しないよう注意方配慮されたい旨の通知(乙第八号証)を発し、同月一七日、同学部長は、理職組委員長新宮啓司に対し、理職組は五月一九日早朝勤務時間にくい込む職場集会を計画している模様であるが、国家公務員の争議行為は、法令により禁止されているので、もし右行為を行なつたときは法に基づき必要な措置をとらざるを得ないので自重を強く要望する旨を記載した書面(乙第九号証)を手交した。 さらに、大阪大学学長は、同月一八日、大阪大学教職員組合全学協議会委員長及び理職組委員長に対し、それぞれ右統一行動において職員が右職場集会に参加するという違法、不当な行為を行うことのないよう自重することを強く要望する旨の警告書(乙第一四、一五号証)を手交したが、右書面は、後日、返還された。 日教組は、同月一八日、国会で審議されていた教頭職法制化に関する法案が廃案になる見込みであるとの判断のもとに、早朝二時間勤務時間くい込みの戦術を早朝一時間勤務時間くい込みの職場集会を行う旨戦術を変更し、傘下組合にその旨指令した。 (二) 同月一九日、理職組、大阪大学基礎工学部教職員組合、同大学文科系職員組合及び同大学教養部教職員組合は、午前八時頃から基礎工学部北側通用口広場において、「五・一九全国統一行動豊中地区集会」を開催し、日教組非加盟の右文科系職員組合及び教養部教職員組合の一部組合員は、午前八時三〇分前に右集会から引き上げたが、理職組及び基礎工学部教職員組合組合員ら合計一〇〇名ないし一五〇名は、引きつづき右集会を行なつた。 (三) 大阪大学学長は、勤務時間にくい込む本件集会が実施されたならば、国公法九八 ら引き上げたが、理職組及び基礎工学部教職員組合組合員ら合計一〇〇名ないし一五〇名は、引きつづき右集会を行なつた。 (三) 大阪大学学長は、勤務時間にくい込む本件集会が実施されたならば、国公法九八条二項に違反する争議行為にあたると判断し、これに対処するため、大阪大学本部・図書館、理学部、基礎工学部の職員一二名をもつて現認班を組織し、本件集会が午前八時三〇分になつても解散しないときは、同大学学長が解散命令を発し、なおも解散しないときは参加者の氏名と参加時間を確認する旨同月一七日の部局長会議の議を経て決定した。 そして、本件集会当日、右決定に従つて、大阪大学本部事務局B庶務部長ら一二名の職員(本部、理学部、基礎工学部各四名)は、現認班を組織し、同月一九日午前八時頃、大阪大学附属図書館会議室に集合し、午前八時三〇分直前に図書館前に赴き、本件集会が開催されている場所から一〇ないし一五メートル離れた場所においてほぼ一列に並んで現認しようとしたが、右集会参加者らのうち十数名が人垣をつくり、右現認班に現認行為をなさしめないようにしようとした。 大阪大学学長は、同日午前八時三〇分直前に、右集会が法に触れるので直ちに解散し、職場に復帰すること及びこれに応じない場合は、法に照らし、厳正な措置をとらざるを得ない旨を記載した解散命令書(乙第一六号証)を出したので、同大学庶務部人事課課長補佐Mは、同学長の命により、右集会代表者に対し、右命令書を手交したが、右代表者はこれを黙読した後突き返した。そこで、Mは、さらに、右集会参加者に対し、口頭で右命令書の趣旨を伝えた。しかし、右集会は、右解散命令及び就業命令に従うことなく、午前九時二六分頃まで続行された。 B庶務部長ら現認班は、それぞれできうる限り集会参加者の氏名と参加時間を現認したが、右現認行為中、右集会参加者らから 右集会は、右解散命令及び就業命令に従うことなく、午前九時二六分頃まで続行された。 B庶務部長ら現認班は、それぞれできうる限り集会参加者の氏名と参加時間を現認したが、右現認行為中、右集会参加者らから「帰れ、帰れ」とのシユピレヒコールが起つたものの、それ以上に紛糾を生ずることはなかつた。 原告は、右集会解散後、午前九時三〇分頃研究室に出勤し、午前一〇時頃から、予定されていたロシア語の文献の輪講に出席した。 (四) 大阪大学学長は、右集会終了後、現認者から右集会に参加していた者を報告させたところ、三〇分以上参加していた者が約三五名いたが、右の者らについて現認者及び勤務時間管理員等により、その勤務時間の割振りなどを照合させた結果、明確に三〇分以上職場を離脱し、右集会に参加したために勤務に従事しなかつたと認められる者一六名(理学部、原告を含め一〇名、基礎工学部六名)を認定し、これらの者について、給与法等の規定に従い給与減額措置を行わざるを得ないと判断した。そして、同大学学長は、原告に対し、給与法一五条の規定に基づき、七月分給与から一時間分の給与及び六月一五日に支給した勤勉手当の過払い分など原告主張通りの金額をさし引いて本件給与減額措置をとつたものである。 以上の事実を認めることができ、甲第三三、三四号証のうち右認定に反する記載部分、証人Lの証言のうち右認定に反する部分は、いずれも前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 2 そこで、本件違法事由(一)ないし(七)について順次検討することとする。 (一) 本件違法事由(一)について右認定事実によると、原告は、理職組等が開催した本件集会に参加したところ、被告人事院は、教務職員である原告の勤務開始時刻は、政府職員の勤務時間に関する総理庁令一項の規定に従い午前八時三〇分で ついて右認定事実によると、原告は、理職組等が開催した本件集会に参加したところ、被告人事院は、教務職員である原告の勤務開始時刻は、政府職員の勤務時間に関する総理庁令一項の規定に従い午前八時三〇分であるから、右午前八時三〇分から勤務すべきであるのに、原告は本件集会に参加したために昭和四七年五月一九日午前八時三〇分から同九時三〇分頃まで所定の勤務に従事しなかつたものであつて、このことは、給与法一五条所定の勤務をしなかつた場合にあたり、よつて、本件給与減額措置は適法であると主張するのに対し、原告は、原告の勤務開始時刻は、大阪大学理学部における慣行又は慣習法により午前九時三〇分頃であるから、原告が本件集会に参加し、午前九時三〇分頃出勤したとしても、これをもつて給与法一五条所定の勤務をしなかつた場合にはあたらない旨主張する(本件違法事由(一))ので、この点について考察する。 (1) 一般職の国家公務員の勤務時間等の勤務条件は、その基礎事項を法律によつて定め、細目については法律の委任を受けた人事院規則によつて定めることとされており(憲法七三条四号、国公法二八条、一〇六条)、一般職国家公務員の給与及び勤務時間に関する事項を定めることを目的として制定された給与法一四条一項は、「職員の勤務時間は、休憩時間を除き、一週間について四十時間を下らず四十八時間をこえない範囲内において、人事院規則で定める。」と規定し、同条四項は、「・・・・・・勤務時間は、特に支障のない限り、月曜日から土曜日までの六日間においてその割振りを行い、日曜日は、勤務を要しない日とする。」と定め、国公法及び給与法の委任に基づく規則一五-一(職員の勤務時間等の基準)四条は、「給与法第一四条第一項の規定に基づく勤務時間は、一週間について四十四時間とする。」と規定し、正規の勤務時間の割振りにつ 国公法及び給与法の委任に基づく規則一五-一(職員の勤務時間等の基準)四条は、「給与法第一四条第一項の規定に基づく勤務時間は、一週間について四十四時間とする。」と規定し、正規の勤務時間の割振りについて、同規則五条一項は会計検査院及び人事院の職員以外の「職員にあつては、内閣総理大臣が・・・・・・定めるものとする。」とし、勤務時間の割振りの基準について、同規則六条一項は、「・・・・・・特に支障のない限り、月曜日から金曜日までの五日間においては一日につき八時間となるように、土曜日においては四時間となるように割振るものとする。」と定め、右規則の規定を受けて、政府職員の勤務時間に関する総理庁令(昭和二四年総理庁令第一号)一項は、「政府職員の勤務時間は、休日を除き次の通りとし、日曜日は勤務を要しない日とする。月曜日から金曜日まで午前八時三十分から午後五時まで。但し、その間に三十分の休憩時間を置く。土曜日午前八時三十分から午後零時三十分まで。」と定め、その二項において、「通勤のため利用する交通機関が著しく混雑する地域に所在する官庁に勤務する政府職員の勤務時間は、主務大臣が内閣総理大臣の承認を得て別に定めることができる。」と、また、その三項において、「現業その他特別の勤務に従事する政府職員の勤務時間は、主務大臣が別に定めることができる。」と規定している。そして総理庁令三項の規定に従い、教員等の勤務時間の特例に関する規定(文部省訓令昭和三一年第四号)を定め、その第二条において、「国立学校に勤務する職員のうち、教育公務員特例法・・・・・・の教員に関する現定の適用又は準用を受ける者の勤務時間については、その勤務の態様及び内容に応じ、それぞれ国立学校長・・・・・・がこれを別に割振ることができる」旨規定している。 従つて、いわゆる一般職の国家公務員の勤務時 適用又は準用を受ける者の勤務時間については、その勤務の態様及び内容に応じ、それぞれ国立学校長・・・・・・がこれを別に割振ることができる」旨規定している。 従つて、いわゆる一般職の国家公務員の勤務時間は、前記各規定により、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時まで、また、土曜日は午前八時三〇分から午後零時三〇分までであるが、教育公務員特例法の適用を受ける国立大学の教授、助教授(同法二条二項)、これらの職務に準ずる職務を行う助手(同法二二条、同法施行令二条)の勤務時間については、国立大学学長が別に割振ることができるから、右学長において、一般職の勤務時間とは異る勤務時間を定めることができるところ、成立に争いのない甲第六九、七〇号証、乙第三一号証の一、二、証人Mの証言によれば、原告の勤務する大阪大学においても、教授、助教授、助手の勤務時間については、学長が、教授、助教授、助手の各人別に、一般職の勤務時間とは別の勤務時間を定めていること、例えば、C教授の昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日までの間における月曜日から木曜日までの勤務時間は、午前九時から午後七時三〇分まで、金曜日の勤務時間は午前九時から午後一時までと、午後三時一五分から午後四時四五分まで、土曜日の勤務時間は午前九時から午後五時三〇分までと定められており、また、原告と同じく大阪大学理学部放射化学講座に属する助手の訴外Dの勤務時間については、昭和五〇年四月一日から同五〇年一〇月一五日までの月曜日から金曜日までの勤務時間は、午前九時から午後五時三〇分まで、同じく土曜日の勤務時間は、午前九時三〇分から午後一時三〇分までと定められていたことが認められる。 ところで、原告は、前述の通り、大阪大学の教務職員であるところ、教務職員は、学校教育法五八条二項、国立学校設置法一〇条、同法施 午前九時三〇分から午後一時三〇分までと定められていたことが認められる。 ところで、原告は、前述の通り、大阪大学の教務職員であるところ、教務職員は、学校教育法五八条二項、国立学校設置法一〇条、同法施行規則一条一項、五項にその身分の法的根拠をおく一般職国家公務員であつて、その職務内容は、「教授研究の補助、その他の職務に従事する」ことであつて(国立学校設置法施行規則一条五項参照)、法制上、大学の教授、助教授、助手等とは異り、教育公務員特例法の教員に関する規定の適用又は準用を受ける者でないことは、同法二条二項、二二条、同法施行令二条一項の規定に照らして明らかであるから、教務職員である原告の勤務開始時刻は、法令上は総理庁令一項の規定により、午前八時三〇分であるというべきである。そして、証人Mの証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし七、同第二〇、二一号証の各一、二、同第二二号証、原告の各印影が原告の印章によるものであることについて争いがなく、右事実に証人Mの証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、上欄の時間の記載部分を除くその余の部分について成立に争いがなく、右時間の記載の部分について証人Mの証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、時間及び理由の記載部分を除くその余の部分の成立に争いがなく、右時間及び理由の部分について証人Mの証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の二、三及び証人Mの証言を総合すると、大阪大学学長は、昭和四二年頃に、国立学校等の職員の休憩時間及び休息時間に関する現程(昭和四二年文部省訓令第三一号)が制定されたことにより、同年九月頃大学職員の右休憩時間及び休息時間を指定するに当り、原告ら教務職員(文部技官)(分類A2)の勤務時間については、月曜日から金曜日までは午前八時三〇 省訓令第三一号)が制定されたことにより、同年九月頃大学職員の右休憩時間及び休息時間を指定するに当り、原告ら教務職員(文部技官)(分類A2)の勤務時間については、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時まで、また、土曜日は午前八時三〇分から午後零時三〇分までであるとして、これを明示しており、同四三年六月頃にも、教務職員を含む技術系職員及び事務職員の勤務時間は、右と同様であるとして、休憩時間、休息時間と共に、学部長を通じて各教授に対し、その周知方を指示していること、なお原告が昭和四七年二月一八日、同年四月二七日、同年七月一七日にそれぞれとつた一日の休暇の休暇届にも、休暇の日数及び時間として、いずれも「八時三〇分から一七時まで一日」という趣旨の記載がなされていること、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 してみれば、本件集会の行われた昭和四七年五月一九日当時の原告の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までであつたというべきであつて、以上の認定に反する証人D、同K、同Lの各証言、原告本人尋問の結果は、いずれもたやすく信用できないものというべきである。 (2) もつとも、前記一に認定の事実に、前掲甲第六六号証、成立に争いのない甲第一〇号証の二、同第一一号証の一ないし一五、同第二九号証、同第三八、三九号証、同第四三号証、同第七九号証、同第八二号証、同第八四、八五号証、同第九五号証、乙第二三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一三号証、同第四六号証、同第七八号証、A二〇一号室で学生実験予備講義中の写真であることについて争いがなく、原告本人尋問の結果により撮影者・撮影年月日が原告主張のとおりであることの認められる検甲第六号証の一、二、放射化 証、同第七八号証、A二〇一号室で学生実験予備講義中の写真であることについて争いがなく、原告本人尋問の結果により撮影者・撮影年月日が原告主張のとおりであることの認められる検甲第六号証の一、二、放射化学学生実験指導中の写真であることについて争いがなく、原告本人尋問の結果により撮影者・撮影年月日が原告主張のとおりであることの認められる検甲第六号証の五ないし八、証人D、同K、同Lの各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告は、大阪女子大学で有機化学を専攻し、同大学を卒業した後、昭和三六年六月一六日大阪大学に技術員として採用され、ついで同三八年二月一日文部技官に任命され、同三九年一〇月頃からは、教務職員として、C研究室に勤務していること、C研究室は、主として放射化学を研究しており、同研究室にはC教授の外、講師一名、助手二名、教務職員である原告、及び、事務官一名が配属されていること、原告は、C研究室において、自然科学、放射化学の研究をしている外、助手らと共に、大学院学生、学部四回生学生の研究指導、学部学生の練習実験の指導、RI実験室の管理等の職務に従事していること、さらに、原告は、右研究室で行われる理論物理学、量子力学、ロシア語などの輪講会にも参加していること、原告は、当初は、C教授の指示の下に、実験や研究に従事していたが、その後は原告自づから研究テーマを定めて研究をしたこともあり、昭和四五年頃からは、C研究室のD助手と共同で、原子核の壊変持性を実験的に調べる研究をしていること、原告は、研究者として、毎年に数回開かれる学会に出席し、時には学会でその研究の結果を報告し、或いは、科学雑誌等に研究論文を発表したこともあること、また、原告は、学部学生の実験の指導等に当つては、助手と同等の立場で、教養学部を修了したばかり 会に出席し、時には学会でその研究の結果を報告し、或いは、科学雑誌等に研究論文を発表したこともあること、また、原告は、学部学生の実験の指導等に当つては、助手と同等の立場で、教養学部を修了したばかりの学生に、実験のためのオリエンテイシヨンをしたり、或いは、テキスト等の共同執筆をしたりしたこともあること、そして、学部学生の実験の指導は、午後六時頃までかかることもあつて、それまでは帰宅できないことが屡々あるし、また、それ以外にも、自己の研究のために、前記午後五時の勤務時間を超えて夜遅くまで大学に残つていることも屡々あること、なお、大阪大学理学部の図書館や実験室等は、午前一〇時頃まで閉つていて、それまでは研究のための専門図書の閲覧はできないし、科学上の実験もできないこと、これに対し、夕方は午後五時を過ぎても、図書館や実験室は開いており、専門図書の閲覧や科学上の実験をすることができるのみならず、科学上の実験については、これを中途で中止することができないところから、夜遅くまで大学に残つて実験を続けなければならないこともあること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右認定の事実からすれば、教務職員である原告は、C研究室において、現実に助手と同様に、その専門的な研究に従事したり、学生の研究や実験の指導にたずさわつていることもあり、かつ、右研究のためには、朝は、午前一〇時頃に出勤するのが便宜であり、夕方は、午後五時を過ぎても大学に残つている必要のあることもあるというべきである。 しかし、教育公務員特例法の適用のある国立大学の教授、助教授等の教員や右同法の準用のある助手については、法律上、大学管理機関の定める基準(評議会の議に基づき学長の定める基準-同法二五条)により、厳重な審査を得て選任されることになつており(右同法四条二 教授等の教員や右同法の準用のある助手については、法律上、大学管理機関の定める基準(評議会の議に基づき学長の定める基準-同法二五条)により、厳重な審査を得て選任されることになつており(右同法四条二項)、また、教員及び助手は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない義務がある(右同法一九条)のに対し、教務職員については、その選任について、右のような厳重な要件はなく、その職務も、前記の通り、教授研究の補助と教務に関することであるから、教授、助教授、助手の選任の基準と選任後の職責は、教務職員に比し、はるかに厳重、重大であるというべきであるし、さらに、教務職員の給与上の格付けも、助手よりは一段低い等級に格付けされている上(規則九-八別表第一チ参照)、教務職員は、学校教育法、国立学校設置法、その他の法律上、教授、助教授、講師、助手とは、別個の職種として明確に規定されている現行法制等に照らして考えると、教務職員である原告において、一部実質的に助手と同様の仕事をしている部分があること等前記認定の事実があるからといつて、そのことから、教務職員は、助手に準ずるものとして、その勤務時間については、教育公務員特例法の適用のあるものとして前記総理庁令三項の適用を受け、一般職の公務員に適用のある同令一項の適用がないものと解することはできない。従つて、右認定の事実から、原告の勤務時間は午前八時三〇分からであるとの前記(1)の認定を覆すことはできないものというべきである。 (3) 次に、原告は、大阪大学理学部における勤務開始時刻は、午前八時三〇分であつて、これは、学問の自由の一内容として、研究時間配分の自由が保障されることにより、慣行として確立し、他方、総理庁令の右規定は、学問の自由保障の効果として排除されるから原告には適用がないと主張して あつて、これは、学問の自由の一内容として、研究時間配分の自由が保障されることにより、慣行として確立し、他方、総理庁令の右規定は、学問の自由保障の効果として排除されるから原告には適用がないと主張している(請求原因一5(一)(1)参照)。 そして、前掲甲第三一号証、同第三三号証、同第三六号証、同第六七号証、成立に争いのない甲第六六号証、乙第二三号証、原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる甲第四六号証、証人D、同K、同M(ただし、後記措信し難い部分を除く。)の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、大阪大学理学部において、同学部事務部局に勤務する職員は、おおむね午前九時頃までには出勤しているが、研究室に所属する教授、助教授、助手及び教務職員らは、おおむね午前九時三〇分から同一〇時頃までに出勤し、おおむね午後六時頃に退庁していること、原告は、大阪大学に就職した当初、直接の上司であつたC教授から、C研究室においてはおおむね午前一〇時に仕事を始めているのでその頃に出勤すればよい旨言われたので、他の職員の出勤時間をも考慮し、特に入学試験業務を命ぜられた場合など特別な場合以外は、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤することとし、その後現在まで右時刻頃に出勤していること、他方、原告の退庁時刻は、通常、おおむね午後六時頃であるが、理学部三年生の化学実験、高分子学実験などの実験科目を担当したときなどは、学生の実験終了時刻が一定でなく、延長を余儀なくされる関係からおおむね午後七時ないし同八時頃まで居残ることがあり、また、自からの研究のために退庁が深夜に及ぶことなどがあること、大学当局は、右のような研究室に所属する職員の勤務実態に対し、教員又はこれに準ずる助手以外の職員について、午前八時三〇分以降を、また、右教員等については割振ら めに退庁が深夜に及ぶことなどがあること、大学当局は、右のような研究室に所属する職員の勤務実態に対し、教員又はこれに準ずる助手以外の職員について、午前八時三〇分以降を、また、右教員等については割振られた勤務開始時刻以降を特に欠勤であるとして給与減額措置をとるなどという扱いをすることなく、今日まで教育、研究上の都合として若干弾力的な扱いを黙認してきたこと、以上の事実を認めることができ、証人Mの証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右認定事実によると、原告を含む大阪大学理学部研究室に所属する教授、助教授、助手、教務職員を含む職員は、おおむね午前九時三〇分頃ないし同一〇時頃出勤し、おおむね午後六時頃に退庁しており、このことは永年に亘り事実上黙認されていたということができる。 しかしながら、国家公務員の勤務時間などの勤務条件は、国民の代表者によつて構成される国会の制定した法律及びその委任を受けた人事院規則等によつて明確かつ一義的に規定されているものであることは前記(1)において述べたとおりであり、かつ、右勤務条件は、その事柄の性質上、特別公務員等法律ないし人事院規則によつて特別の定めのある外は、画一的にする必要があるから、個々の政府職員又は職員組合と政府との自由な交渉によつて決せられるものでないというべきであつて、政府職員の勤務時間に関する前記法令は強行法規としての性格を有し、各省庁においてそれぞれの都合で独自にこれを変更することは、許されず、また、右勤務時間と異る慣行の成立が認められる訳がないといわなければならない。 してみれば、原告を含む大阪大学理学部研究室に所属する職員が、前記の如く、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤し、午後六時頃に退庁していたことは、原告 られる訳がないといわなければならない。 してみれば、原告を含む大阪大学理学部研究室に所属する職員が、前記の如く、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤し、午後六時頃に退庁していたことは、原告ら教務職員の関係では、強行法規である政府職員の勤務時間に関する法令に違反することであつて、それが事実上の慣行となつていたとしても、右慣行は、違法なものであつて、その効力を有し得ないものというべきであるから、これによつて、法令上午前八時三〇分とされている原告の勤務開始時刻が午前九時三〇分ないし同一〇時に変更されたものと認めることは到底できないし、いわんや一般職の国家公務員の勤務時間の適用を受ける原告が、右の如き事実上の勤務の態様を前提に、午前八時三〇分から午前九時二六分頃までの間本件集会に参加しても、その勤務を怠つたことにならないものとは到底認め難いのである。 もつとも、原告は、原告が研究の仕事にたずさわつていることを前提にし、右研究については、学問の自由が保障されなければならないから、原告には、一般職の国家公務員に適用される勤務時間の適用はなく、前記の如き勤務態様は慣行として是認さるべきであるとの趣旨の主張をしているところ、原告がC研究室においてその専門の放射化学の研究をしていることはさきに認定したとおりであり、また、右研究にたずさわる者については、学問の自由が保障されなければならないことは言うまでもない。しかしながら、学問の自由は、研究者において、研究対象の選択の自由、その研究に基づいて如何なる学問的見解をも抱く自由、その見解を発表し、また、教授する自由を主たる内容とするものであるから、国家公務員である原告の勤務開始時刻を午前八時三〇分としたからといつて、そのことは、何ら学問の自由と矛盾し、これを侵害するものではないというべきである。もとより 自由を主たる内容とするものであるから、国家公務員である原告の勤務開始時刻を午前八時三〇分としたからといつて、そのことは、何ら学問の自由と矛盾し、これを侵害するものではないというべきである。もとより、一般に研究者は、自らの研究を自由に行い、より大きな成果を得るためには、時間による拘束を受けない方が望ましいことは明らかであるが、単なる市井の研究者ならば格別、研究者が国家公務員としての地位を有する者である場合には、その身分、地位及び勤務条件等は、これに関する法令によつて規律され、その拘束を受けざるを得ないことはいうまでもないのである。そして、このことは、現行法令上、最も明白に研究者としての地位を有する教授などにおいても、勤務時間から全く自由である訳ではなく、前記説示のごとく、総理庁令三項に従つて文部大臣が定めた教員等の勤務時間に関する規定に従い、国立大学においては学長がそれぞれの教授等の勤務の実態を考慮しながら勤務時間を割振ることとされているのであり、現に大阪大学においても、さきに認定したとおり、同大学学長が教授、助教授、講師及び助手の勤務時間を割振つているところからも明らかである。 従つて、学問の自由の名のもとにおいて、国家公務員である研究者が、その自由な意思に基づいて勤務時間を自由に配分することが認められるものではないし、研究にたずさわる原告ら教務職員の勤務開始時刻を午前九時三〇分ないし同一〇時としなければならないものではないから、学問の自由を前提とした原告の主張は失当である。 さらに、原告は、勤務時間の絶対量を定める規定、すなわち、給与法一四条一項、規則一五-一第四条の規定が強行法規性を有することを認めながら、勤務時間の配分を定める総理庁令一項の規定は強行法規性を有するものでない旨縷々主張するのであるが、その根拠とするところは、いずれ 一項、規則一五-一第四条の規定が強行法規性を有することを認めながら、勤務時間の配分を定める総理庁令一項の規定は強行法規性を有するものでない旨縷々主張するのであるが、その根拠とするところは、いずれも独自の見解という外なく、到底、当裁判所の採用し得るところではない。なお、右主張の中で原告は、大阪大学理学部において、教育、研究上の都合で、弾力的な取扱いを行なつていること自体、総理庁令が強行法規性を有するものでないことを示している旨主張しているところ、大阪大学理学部においては、教務職員についても、従来、午前八時三〇分以降に出勤した場合に、出勤遷延を理由として給与の減額が行われた例が存在せず、勤務時間に関し、原告主張のような弾力的取扱いが行われていることは、被告人事院の自認するところであるが、右のような取扱いは、一般職の国家公務員の勤務条件に関する法令に違反する違法なものというべきであつて、これをもつて、右勤務条件に関する法令が強行法規ではないとは到底いい難いのである。 (4) 次に、原告は、大阪大学理学部において、勤務開始時刻をおおむね午前九時三〇分ないし同一〇時とすることなどを内容とする勤務時間に関する慣習法が成立している旨主張する(請求原因一5(一)(2))。 しかし、仮に右原告主張の如き慣習法が成立していたとしても、右慣習法は、少くとも教務職員に関する限りは、強行法規である前記勤務条件に関する法令に違反するものであつて、無効である。(なお、原告は、強行法規に関する慣習法も有効に成立すると主張するが、右は独自の見解で採用できない)。のみならず、前掲乙第一号証の一、二、同第三号証の一ないし三、同第二〇、二一号証の各一、二、成立に争いのない甲第九号証、証人D、同K、同L、同Mの各証言(ただし、証人D、同K、同Lの各証言について後記措信し難い部 乙第一号証の一、二、同第三号証の一ないし三、同第二〇、二一号証の各一、二、成立に争いのない甲第九号証、証人D、同K、同L、同Mの各証言(ただし、証人D、同K、同Lの各証言について後記措信し難い部分を除く。)を総合すると、原告は、大阪大学に就職した当初、正規の勤務時間の定めについて、同大学当局から何らの説明を受けることはなかつたが、少なくとも本件集会開催時である昭和四七年当時には、正規の勤務開始時間が午前八時三〇分であることを知つていたこと、原告以外の教務職員らも右勤務時間の定めについては、了知していること、大阪大学学長は、前述のとおり、昭和四二年以降職員の休憩時間及び休息時間を指示したが、その際、原告ら教務職員等の右時間の指示について午前八時三〇分に勤務を開始し、午後零時三〇分から同一時三〇分まで休憩及び休息時間をとり午後五時に執務を終了すること(ただし、月曜日から金曜日まで)を図示した書面を作成し、これをもつて各職員に休憩時間及び休息時間を周知せしめていること、原告が提出した休暇願の処理において、いずれも、午前八時三〇分から休暇をとるものであることを明記して処理されており、原告は、右処理を認識したうえで、特段の異議を申し出ることなどしていないこと、大阪大学学長は、教授などの教員及び教員に準ずる助手の勤務時間を、その勤務の態様及び内容に応じて割振り、これを勤務時間割振表に明示してそれぞれの教員等に回覧させ、周知させていること、以上の事実を認めることができ、証人D、同K、同Lの各証言及び原告本人尋問のうち右認定に反する部分は前掲証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右認定事実によると、大阪大学理学部においては、前記認定のような実態において勤務しているにも拘らず、職員は、総理庁令一項に定める勤務時間又 にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右認定事実によると、大阪大学理学部においては、前記認定のような実態において勤務しているにも拘らず、職員は、総理庁令一項に定める勤務時間又は教員等においては勤務時間割振表において割振られた勤務時間を認識し、或いは認識し得る状況に置かれており、さらに、勤務時間が問題となる場合(例えば、休暇願等)には、総理庁令一項に定める勤務時間によつて処理しているものということができる。 右のような事実関係からすると、原告主張にかかる勤務時間開始時刻に関する慣行は、必ずしも大阪大学理学部において、一般に職員の法的確信を得るに至つているとまで断ずることができず、右主張にかかる慣行が前記説示のごとく総理庁令一項に明白に抵触することを併せ考えると、大阪大学理学部において原告主張のような勤務時間に関する慣習法が成立しているとまでいうことはできない。 よつて、原告の右主張は理由がない。 (二) 本件違法事由(二)について原告の上司であるC教授が原告に対し、C研究室においては、おおむね午前一〇時から仕事を始めているので、その頃に出勤すればよい旨告げたこと及びC研究室を含め大阪大学理学部研究室に勤務する職員の出勤時刻がおおむね午前九時三〇分から同一〇時頃というのが実態であることは、前記認定のとおりであるが、C教授に前記説示にかかる総理庁令一項に規定された勤務時間の割振りを変更する権限のないことは明らかであり、また、C教授の右指示及び大阪大学理学部における出勤時刻の実態は、前記勤務条件に関する法令に違反する違法なものというべきであるのみならず、右は、正規の勤務開始時刻である午前八時三〇分以降、職員が通常の教育、研究に関する業務の遂行と趣旨において異なる行為をなさないことを前提とした場合のみこれを事実上黙認する趣 うべきであるのみならず、右は、正規の勤務開始時刻である午前八時三〇分以降、職員が通常の教育、研究に関する業務の遂行と趣旨において異なる行為をなさないことを前提とした場合のみこれを事実上黙認する趣旨のものであつて、職員に右業務の遂行とその趣旨を異にする行為をなすことの自由までも許すものでないと解するのが相当である。しかして、原告は、正規の勤務開始時刻である午前八時三〇分以降、本件集会に参加したものであるところ、右集会は、大巾賃上げを四月から実施することなどの要求を貫徹するために、本来の勤務時間内において、ことさらに公務員として負担する職務専企義務に違反し、労務供給義務の提供を拒否したものということができ、このような態様における職務専念義務の違反行為、労務供給義務の提供拒否行為(同盟罷業)は、それ自体必然的に業務の正常な運営を阻害する行為ということができるから、現に業務の正常な運営を阻害したかどうかを問うまでもなく、国公法九八条二項所定の争議行為に該当するものというべきであり、このような違法な集会に参加することは、原告の通常の業務の遂行とその趣旨を異にする行為であつて、C教授の右指示及び大阪大学理学部における出勤時刻の実態によるも許されるものではない。 なお、原告は、C教授の右指示及び大阪大学理学部における出勤時刻の実態による慣行については、原告においてこれが有効なものかどうかを詮索する立場にはなく、一見違法であることが明白でない限り上司の指示及び慣行に従わざるを得ないから、原告には、昭和四七年五月一九日午前八時三〇分から勤務につかなかつたことについて何ら債務不履行の責任はないと主張している。 しかしながら、右原告の主張事実のみからも直ちに、原告が、債権者である大学当局(国)の責に帰すべき事由により、昭和四七年五月一九日午前八時三〇分から について何ら債務不履行の責任はないと主張している。 しかしながら、右原告の主張事実のみからも直ちに、原告が、債権者である大学当局(国)の責に帰すべき事由により、昭和四七年五月一九日午前八時三〇分から同九時三〇分まで勤務できなかつたものとは到底認め難いから、民法五三六条の趣旨に照らし、原告が右欠勤時間に相当する給料を控除されてもこれを違法ということはできない。のみならず、さきに認定したところから明らかなとおり、原告は、当時教務職員である原告の勤務開始時刻は、午前八時三〇分であることを知つていたばかりでなく、昭和四七年五月一九日の当日、大阪大学当局から、本件集会は法に触れる違法なものであるので直ちに解散するよう警告されたのに、敢て最後まで本件集会に参加したのであるから、原告は、その責に帰すべき事由により、右同日午前八時三〇分から同九時三〇分まで、その勤務につかなかつたものというべきである。 従つて、原告が午前八時三〇分から同九時三〇分まで本件集会に参加したために就労しなかつた一時間は、給与法一五条所定の勤務をしなかつた場合にあたることは明らかであるといわなければならない。 よつて、原告の右主張は理由がない。 (三) 本件違法事由(三)について前記認定事実から明らかなごとく、本件給与減額措置は、原告が本件集会に参加したことを理由に行われたものではなく、昭和四七年五月一九日午前八時三〇分から同九時三〇分まで勤務しなかつたが故に行われた措置であるということができる。 右集会に参加したことは、右勤務をしなかつたことの原因をなすという関係において、右給与減額措置と関係があるものの、それ以上の意味を有するものでないといわなければならない。 よつて、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 (四) 本件違法事由(四)について原告主張 置と関係があるものの、それ以上の意味を有するものでないといわなければならない。 よつて、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 (四) 本件違法事由(四)について原告主張のごとく、大阪大学及び被告人事院が原告に対し、午前八時三〇分から勤務するよう指示し、午後五時以降に勤務のないことを告げたことがなかつたとしても、原告は、総理庁令の勤務時間に関する定めを認識していたことは前記認定のとおりである。また、大阪大学理学部においては、研究室に勤務する職員がおおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤する実態にあり、これに対し、従前、大学当局は、給与減額措置をとつたことがないことは前記認定のとおりであるが、本件においては、前記説示のごとく、原告は、違法な争議行為というべき本件集会に参加し、しかも、当日午前八時三〇分前頃、大学当局から本件集会は違法なものであるから直ちに解散するよう指示されたにも拘らず敢てその後も本件集会に参加し続けたために勤務につかなかつたのであるから、大阪大学理学部における右のような従前の取扱いとその前提状況を異にするものといわなければならない。そしてこのような場合、大阪大学学長が給与法の規定に従つて、給与減額措置をとることは、法の執行にあたるものとして当然のことであるとこそいえ、何ら信義則に照らしても右減額措置をとる権限を喪失するに至るまでの事由はないといわなければならない。 よつて、原告の右主張は理由がない。 (五) 本件違法事由(五)について前記説示のごとく、本件給与減額措置は、原告が勤務すべき一時間について勤務しなかつたためになされたものであるから、何ら給与法の立法目的を逸脱するものでなく、また、右減額措置は、職員が勤務すべき義務があるのにこれを怠つた場合、その対価としての給与を減額するものであ て勤務しなかつたためになされたものであるから、何ら給与法の立法目的を逸脱するものでなく、また、右減額措置は、職員が勤務すべき義務があるのにこれを怠つた場合、その対価としての給与を減額するものであつて、勤務の受領者である大阪大学が右勤務の不提供によつて何らかの損失を被つた場合になされるというものではなく、さらに、本件給与減額措置は、前記認定のように、大阪大学本部事務局庶務部長ら現認班一二名が本件集会参加者の氏名等を確認するなど慎重な手続を経て行われたものであり、これをもつて、公平な確認をなし得ない方法でなしたものとは必ずしもいうことはできず、まして、原告ら数人を見せしめ的に選択し、減額措置をとつたことを認めるべき何らの証拠もなく、前記認定のような大阪大学理学部研究室における勤務の実態及びその許容範囲を前提とする限り、原告主張のその他の事情を総合勘案するも、本件給与減額措置をもつて権利の濫用であるとまでいうことはできない。 よつて、原告の右主張は理由がない。 (六) 本件違法事山(六)について仮に、原告主張のごとく、原告が超過勤務命令を受けることなしに、午後五時以降も勤務したとしても、民法七〇五条に従い給付した労務の返還請求権が成立するものではないといわなければならない。もつとも、右の場合、午後五時以降の勤務に対応した超過勤務手当請求権が存在するかどうかについての問題は残るが、それは、本件給与減額措置とは別途に解決されるべき事柄であり、右請求権の存在することをもつて、本件給与減額措置が違法となるものでないといわなければならない。 よつて、原告の右主張は理由がない。 (七) 本件違法事由(七)について前記1、2の(二)に認定の諸事実からすれば、本件集会は、多数の一般職の国家公務員らが、日教組の指令に基づき、その要求を実現するため、所定の勤 右主張は理由がない。 (七) 本件違法事由(七)について前記1、2の(二)に認定の諸事実からすれば、本件集会は、多数の一般職の国家公務員らが、日教組の指令に基づき、その要求を実現するため、所定の勤務時間内にくい込んで、集団的に職場離脱をしたものであつて、国公法九八条二項によつて禁止されている争議行為に該当するものであるから、大学当局が、右のような違法行為を行い、勤務を欠くに至る職員及びその参加の熊様等を現認することは、人事管理権の行使として当然に許されるべきものであり、かつ、大学当局が行なつた現認行為は、ほぼ妥当な方法において行われたものであることは前記認定事実から明らかである。 そうすると、大学当局の行なつた現認行為をもつて、組合活動に対する支配介入であり、不当労働行為にあたるということはできず、原告の右主張は失当という外ない。 3 以上、検討したところから明らかなように、原告主張の違法事由の主張はいずれも理由がなく、外に本件判定が違法であることを認めるべき事情は存しないから、原告の被告人事院に対する本件判定の取消請求は認めることができない。 第二被告人事院に対する本件勧告請求について一原告は、被告人事院に対し、同被告が大阪大学学長に対し、(一)本件給与試額措置を取消し、右減額分及び右減額措置によつて影響を受けた金員並びに右減額分等に対する遅延損害金を支払うこと、(二)同学長が原告の職場集会への参加に対し、部下の職員に命じて監視させ、又は給与法上の減額措置権限を濫用するなどして、原告の労働基本権の行使に対し、心理的圧力を加えるおそれのある行為をすることを厳に慎しむこと、を勧告せよとの趣旨の請求をなすものであるところ、被告人事院は、原告の右請求はいわゆる義務づけ訴訟であり、とりわけ右(二)の請求は予防的不作為命令訴訟であつて不適法 行為をすることを厳に慎しむこと、を勧告せよとの趣旨の請求をなすものであるところ、被告人事院は、原告の右請求はいわゆる義務づけ訴訟であり、とりわけ右(二)の請求は予防的不作為命令訴訟であつて不適法であると主張するので判断する。 本件勧告請求は、被告人事院に対し、大阪大学学長に対する勧告という一定の処分をなすことを求めるものであり、講学上いわゆる義務づけ訴訟といわれるものであるところ、右のような訴訟は、三権分立の建前から、また、行政事件訴訟法の諸規定の趣旨に照らして、原則として、許されないものであると解すべきである。ただ、行政庁のなすべき処分が一義的で裁量の余地がなく、しかもその処分の性質上行政庁の処分をまつて事後的に司法審査を受けるという手続をとる必要性に乏しく、かつ、行政庁の行政処分をまつていては多大の損害を被る虞のある場合に限つて、例外的に右のような訴訟も許されるものと解するのが相当である。 二これを本件についてみるに、本件勧告請求のうち、右(一)の請求は、本件給与減額措置が違法であるとし、その回復をなすべきことを大阪大学学長に勧告することを求めるものであるところ、被告人事院は、右給与減額措置が違法であると判断された場合には、国会法八七条の定めるところに従い。一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において事案を判定し、大阪大学学長に対し右給与減額措置の回復を勧告すべきこととなる(同法八八条後段参照)のであり、一見その内容に裁量の余地があるかのごとくであるが、右なすべき勧告の対象が公務員に対する給与減額措置の回復であることからすると、他に付加して適当な勧告をなすはとも角、少くとも原告の求める減額された給与等の返還をなすべきことを大阪大学学長に勧告すべきことは、一義的で裁量の余地はないものといわな 置の回復であることからすると、他に付加して適当な勧告をなすはとも角、少くとも原告の求める減額された給与等の返還をなすべきことを大阪大学学長に勧告すべきことは、一義的で裁量の余地はないものといわなければならない。しかし、本件においては、本件勧告請求とともに本件判定の取消請求が併せて提起されているのであり、右判定の取消請求において主張されている違法事由は、結局、本件給与減額措置そのものに対するものであることからすると、被告人事院は、右違法事由が認められ、右判定の取消請求が認容された場合には、行訴法三三条二項が明記するところに則り、右取消判決の趣旨に従つて改めて原告の本件措置要求に対する判定をなすであろうことは容易に窺われるところであり、これをまつていたとしても、原告に多大な損害を与える虞は全く存しないというべきである。もつとも、原告は、広島地方裁判所の一判例をあげ、行政庁は、処分取消訴訟が確定し、その判決の拘束力を受けるに至つた場合にも、右判決に従つた行為をしなかつた場合があるとし、行政庁が判決の趣旨を十分尊重することなど常に期待し得ない現状であると指摘するのであるが、右判例は、その判旨からも窺えるごとく、学説等において見解の分れる法律上の問題について、行政庁が判決確定後も頑に右判決とは異る見解に従い、右判決に従つた行為をしなかつたという特異な例であつて、これをもつて一般的に行政庁の取消訴訟事件判決に対する態度であると極めつけるのは相当でないといわなければならない。 よつて、原告の本件勧告請求のうち右(一)の請求は、その余の点について判断するまでもなく、義務、つけ訴訟が許される例外的場合にあたらず、不適法な訴えといわなければならない。 三次に、本件勧告請求のうち右(二)の請求は、本件集会に対する大阪大学当局の現認行為が違法であること及び もなく、義務、つけ訴訟が許される例外的場合にあたらず、不適法な訴えといわなければならない。 三次に、本件勧告請求のうち右(二)の請求は、本件集会に対する大阪大学当局の現認行為が違法であること及び本件給与減額措置が減額措置権限の濫用にわたるものであることなどを根拠に、大阪大学学長に対し、勧告をなすべきことを求めるものであるが、仮に右主張にかかる根拠が認められるとしても、被告人事院は、前記説示のごとく国公法八七条の趣旨に則り、大阪大学学長に対し勧告をなすべきこととなるのであるから、その勧告内容は、一義的であるということはできず、被告人事院の裁量によつて決定されるべきことであり、必ずしも原告請求にかかるような勧告をなすべきこととなるとは限らないのである。 よつて、原告の本件勧告請求のうち右(二)の請求は、その余の点について判断するまでもなく、義務づけ訴訟が許される例外的場合にあたらず、不適法な訴えといわなければならない。 (なお、前記第一に認定したところから明らかなとおり、本件給与減額措置及び本件集会に対する大阪大学の現認行為は、いずれも適法なものであるから、原告の被告人事院に対する本件勧告請求は、実体的にも理由がないものというべきである)。 第三被告国に対する請求について一成立に争いのない甲第一ないし七号証、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和四八年四月二六日、被告人事院近畿事務局に対し、弁護士熊野勝之を代理人として本件措置要求の申立をしたが、被告人事院事務総長Hは、同年七月六日付文書で、代理人による右申立を拒否したこと(ただし、この点については当事者間に争いがない。)、右文書は、「行政措置要求書の不備補正について(通知)」と題するものであり、その内容は、原告の右行政措置要求は、代理人による申請形式になつているが、国公法八六 点については当事者間に争いがない。)、右文書は、「行政措置要求書の不備補正について(通知)」と題するものであり、その内容は、原告の右行政措置要求は、代理人による申請形式になつているが、国公法八六条の規定による行政措置要求においては、代理人による申請を認めていないので、右行政措置要求書の代理人に係る部分を抹消し、原告が押印のうえ、七月二〇日までに提出するよう求め、右補正命令は、人事院規則一三-二(勤務条件に関する行政措置の要求)第四条の二の規定に基づくものであり、右期日までに補正されないときは、本件行政措置要求は却下される旨附記されていたこと、原告代理人熊野勝之は、同月一六日、被告人事院事務総長に対し、公法行為についても一身専属的行為を除いては一般に代理が許されるべきであり、それが近代法の大原則であること、実定法上代理の規定をまつて代理が可能となるのではないこと、国公法八六条に対応する地公法四六条に基づく措置要求においては代理人による申立を認めており、国家公務員の場合を別異に取扱う根拠はないことなど被告人事院の補正命令が不当なことを指摘し、併せて被告人事院が代理人による行政措置要求を認めていないと解釈する実質的根拠等について釈明を求めたこと、これに対し、被告人事院事務総局公平局長Iは、熊野勝之に対し、同年八月七日付書面でもつて、要旨次のような回答をした。すなわち、(1)行政措置要求に関する手続は、国公法一六条一項に基づき人事院が定めることができることになつているから、代理人を認めるか否かは被告人事院の専権事項であること、(2)行政措置要求は、被告人事院の公平審査の対象となる事項であるが、被告人事院は、公平審査の対象となる事項の手続上代理人を認める場合には明文をもつてその旨規定することとしていること、(3)行政措置要求の場合には、職員が 被告人事院の公平審査の対象となる事項であるが、被告人事院は、公平審査の対象となる事項の手続上代理人を認める場合には明文をもつてその旨規定することとしていること、(3)行政措置要求の場合には、職員が行政措置の要求をする意思決定ないし意思表明を自ら行うことが重要であること及び事実審査に当つても被告人事院の調査によつて事案の解明が十分なされることから代理人に関する規定を設けず、代理人を認めないこととしているというものであること(ただし、被告人事院事務総局公平局長が右内容(ただし、(3)を除く。)の回答をしたことについては当事者に争いがない。)、原告代理人熊野勝之は、同月一六日、人事院総裁Jに対し、右回答に示された理由は失当であり、何ら合理的な理由を示さずに、代理人による申立を拒否し、補正命令に従わなければ却下するというのは、「職権ヲ濫用シ人ヲシテ行フ可キ権利ヲ妨害」するに等しく、公務員の救済機関としてあるまじきことであるから再考されたい旨の要請をしたが、被告人事院事務総局公平局長は、熊野勝之に対し、同年九月三日付書面をもつて、現行制度上の手続及び解釈は、前記八月七日付回答のとおりであるとして再考することなく、定められた手続に従い、行政措置要求書を至急補正するよう原告を指導されたい、現状のままで推移すると、却下手続を進める旨の通知をしたこと(ただし、原告代理人が被告人事院総裁に対し、右のような再考の要請をしたこと、被告人事院は、再考することなく右公平局長名の文書で代理人を抹消しなければ却下する旨通知してきたことは当事者間に争いがない。)、原告は、被告人事院の右のような取扱いを不満に感じつつも、本件措置要求を受理させ、被告人事院の判定を得ることが重要であるとの判断のもとに、原告代理人による申立を断念し、昭和四八年一〇月四日、原告自らが右措置要 人事院の右のような取扱いを不満に感じつつも、本件措置要求を受理させ、被告人事院の判定を得ることが重要であるとの判断のもとに、原告代理人による申立を断念し、昭和四八年一〇月四日、原告自らが右措置要求手続を行い、被告人事院は、同年四月二六日付をもつて本件措置要求の申立を受理したこと(ただし、被告人事院が同年一〇月八日に本件措置要求を受理したことは当事者間に争いがない。)、以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右認定事実によると、被告人事院事務総長、同公平局長は、原告が弁護士熊野勝之を代理人として本件措置要求を申立てたのに対し、代理人による行政措置要求を認めないとし、規則一三-二第四条の二によりその補正を求め、右補正をなさないときは右申立を却下することとなる旨通知したものであり、これに対し、原告は、被告人事院に対し、代理人熊野勝之をして、右申立を補正することなく受理することを求めたが、被告人事院が容易にこれを受入れる様子がないことと、本件措置要求をなし被告人事院の判定を受けることの意義を総合勘案して、任意右補正命令に応じ自らその手続をとつたものということができる。 二原告は、被告人事院事務総長らの右行為をもつて、故意による違法な公権力の行使にあたると主張するので検討する。 一般に、代理制度の社会的意義は、私法的自治の範囲の拡張とその補充にあると解せられ、それ故、私人が公法関係においてする行為で、通常公法的効果を生ずるいわゆる私人の公法行為には、その行為の性質上、一身専属的な代理に親しまない行為が多いものといわなければならず、現行法規を概観しても、本人の意思に基づき自らなすことを要する旨現定し、又はその解釈から明らかである場合が多々みられるところであるが(国籍法一一条、外国人登録法一五条、公職選挙法四四条、六八 ならず、現行法規を概観しても、本人の意思に基づき自らなすことを要する旨現定し、又はその解釈から明らかである場合が多々みられるところであるが(国籍法一一条、外国人登録法一五条、公職選挙法四四条、六八条六号、地方自治法七四条、同施行令九一条以下など)、それ以外には、一般に代理が許される場合があるといえる。 そこで、勤務条件に関する行政措置要求について代理が許されるかどうかについて考察するに、行政措置要求の手続を定める右規則一三-二第一条一項は、「職員は、個別的に、又は職員団体を通じてその代表者により団体的に・・・・・・行政措置の要求・・・・・・を行うことができる。」と定める以外、代理人によつて右申立をなすことができるかどうかについては、明文上その規定をおいていないところ、被告人事院が国公法第三章第六節第三款に規定する「保障」に関するその他の手続、すなわち、不利益処分の不服申立手続を規定する規則一三-一は、一三条ないし一五条において代理人を選任することができることなど詳細な規定をおき、また、災害補償についての審査申立手続を規定する規則一三-三は、二条において代理人によつて右申立をなすことができることなどを規定していることに照らすと、規則一三-二は、行政措置要求については、これを職員自ら又は職員団体に行わせることとし、代理を認めない趣旨であると解するのが相当である。ところで、国公法一六条は、人事院にその所掌事務について広く規則等を制定する権能を賦与しており、右規則一三-二も、右国公法一六条一項に基づいて、制定されたものであるから、それが憲法に違反しない限り、すべて有効なものと解すべきところ、本件のような行政措置要求について、代理が許される旨明文をもつて定めた憲法及び法律の規定はないから、右行政措置要求について代理を認めない趣旨の規則一三-二の い限り、すべて有効なものと解すべきところ、本件のような行政措置要求について、代理が許される旨明文をもつて定めた憲法及び法律の規定はないから、右行政措置要求について代理を認めない趣旨の規則一三-二の規定は有効というべきである。のみならず、規則一三-二による行政措置要求の制度は、不利益な処分の審査請求におけるような厳格な準司法的な手続制度ではないのであつて、口頭審理を行う場合も、争訟手続ではなく、非形式的な審査ができることになつているし、また、行政措置要求に対する判定も、当事者に公正であることが要求されるばかりでなく、「一般国民及び関係者に公平なように、且つ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において」判定されなければならないし(国公法八七条)、その手続においても、人事院は、必要と認めるときは、申請者、内閣総理大臣、もしくは申請者の所轄庁の長若しくはそれらの代理者、又はその他の関係者から意見を徴し、これらのものに資料の提出を求め、若しくは出頭を求めてその陳述を聞くことができるし(規則一三-二第七条一項)、公開又は非公開にすることもできる(右規則第七条二項)ことになつているのである。しかして、このような行政措置要求制度の特殊性に照らして考えると、行政措置要求について代理が認められないからといつて、職員の権利を不当に制限するものとはいい難いから、前記代理を認めない規則一三-二は、実質的にも違法なものではないというべきである。 よつて、本件行政措置要求については、代理は認められず、職員自から又は職員団体においてなすべきであるから、被告人事院事務総長らが代理人によつてなされた本件行政措置要求を受理せず、原告自からの要求に訂正するようその補正を命じたことは、何ら違法ではないといわなければならない。 なお、附言するに、仮に、被告人事院事務総長らの右 が代理人によつてなされた本件行政措置要求を受理せず、原告自からの要求に訂正するようその補正を命じたことは、何ら違法ではないといわなければならない。 なお、附言するに、仮に、被告人事院事務総長らの右行為が違法であるとしても、前記認定のごとく、原告は、行政措置要求に対する判定を得ることに利益を見出し、被告人事院の補正命令に任意応じたものであることは明らかであるところ、原告があくまでも代理人による行政措置の要求が適法であると考えたならば、それを維持し、その結果被告人事院が右申立を不適法として却下した場合には、これに対し抗告訴訟を提起することによつて、その救済を受けることができる(行訴法三条二項)のであるから、右のような方法による救済を受けることなく、任意被告人事院の補正命令に応じた以上、これによつて原告主張の損害が生じたとしても、右損害は、被告人事院事務総長らの行為と相当因果関係を有する損害ということができないのである。しかも、原告の請求にかかる本件措置要求は、いずれも理由のないものであつて、排斥を免がれないから、この点からするも、原告主張の損害と被告人事院事務総長らの行為との間には、相当因果関係はないというべきである。 よつて、以上いずれにしても、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 第四以上の次第で、原告の被告人事院に対する本件判定の取消請求は理由がないから棄却し、本件勧告請求は不適法であるから却下し、被告国に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判官後藤勇松山恒昭小泉博嗣) おり判決する。 (裁判官 後藤勇 松山恒昭 小泉博嗣)

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