平成12(ワ)260 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成16年6月24日 津地方裁判所
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判決文本文18,718 文字)

主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨(1) 被告は,原告A1に対し,2592万2644円及びこれに対する平成10年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告は,原告A2,原告A3,原告A4及び原告A5それぞれに対し,各648万0660円及びこれに対する平成10年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 訴訟費用は被告の負担とする。 (4) 仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁主文同旨第2 事案の概要本件は,Dの相続人である原告らが,「Dは肺塞栓症であったにもかかわらず,被告病院医師はこれを看過して適切な治療を行わず,また,十分な看護体制をとらず,Dが病室から出たのに気付かなかったため,Dは肺梗塞により死亡した。仮に,Dが入院当初から肺塞栓症でなかったとしても,長期間安静にしていたのであるから,いきなり動いたら肺塞栓症になりやすいにもかかわらず,被告病院医師は十分な対策を講じず,また,十分な看護体制をとらずDが病室から出たのに気付かなかったため,Dは肺塞栓症を発症し,肺梗塞により死亡した。」として,被告はDに対する不法行為又は医療契約の債務不履行に基づく損害賠償債務を負うと主張するとともに,「被告病院医師は,遺族である原告らに対して,Dの死因を解明せず,また十分な説明もしなかった。」として,被告は原告らに対する不法行為に基づく損害賠償債務を負うと主張して,原告A1は2692万2644円の内金2592万2644円,その余の原告らは748万0660円の内金648万0660円,及びこれらに対するDが死亡した日の翌日である平成10年8月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に 4円の内金2592万2644円,その余の原告らは748万0660円の内金648万0660円,及びこれらに対するDが死亡した日の翌日である平成10年8月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。 1 争いのない事実等(1) Dは,昭和16年9月13日生まれの女性である。 原告A1は,Dの夫であり,原告A2,原告A3,原告A4及び原告A5(以下原告A2以下を併せて,「原告A2ら」という。)は,Dと原告A1の間の子である(甲20)。 (2)ア Dは,平成10年8月21日,頭痛を訴えて仕事を休んだ(Dはこのころ睡眠薬を服用しているが,時間及び量は不明である。)。Dは,午前中寝ていたが,午後3時になってもいびきをかいて寝続けており,原告A1の呼びかけにも反応しなかった。 そこで,原告A1は,被告病院に電話をかけて対処を相談した。 イその結果,Dは,同日午後6時30分ころ,救急車で被告病院に搬送され,回復室に入院し,頭部DT(乙6の1・2),胸腹部DT(乙5の1ないし5),腹胸部単純X線(乙3の1ないし3)等の検査を受けた。 (3) Dは,平成10年8月22日午後7時には,言語は不明瞭なときもあったが,家人と話すことができるまでに意識状態が回復した。 (4)ア被告病院看護師は,平成10年8月24日午後0時20分ころ,Dに対し,酸素チューブを食事時以外に外さないこと,ベッドから離れないことを注意した。 Dは,同日午後0時30分ころ,被告病院の昼食をとった。 原告A1及び原告A4は,同日午後1時15分ころ,被告病院看護師に何も告げないまま,昼食をとるために被告病院を出た。 イ被告病院看護師は,同日午後1時40分ころ,昼食の膳を下げるために回復室に行ったところ,Dも付き添っていた原告A1及び原告A4もいないこと 師に何も告げないまま,昼食をとるために被告病院を出た。 イ被告病院看護師は,同日午後1時40分ころ,昼食の膳を下げるために回復室に行ったところ,Dも付き添っていた原告A1及び原告A4もいないことに気付いた。 そこで,被告病院看護師は,ナースセンターに連絡して,同所にいた看護師数人でDを探した。 Dは,同日午後1時45分ころ,被告病院2階の事務室前に設置された公衆電話の横で,ドンと音を立てて倒れた。 ウ Dは,呼吸も浅く,脈も触れない状態であり,被告病院医師は心肺蘇生を試みたが,同日午後4時17分ころ,死亡した。 エ被告病院医師は,死亡したDに対して,頭部DT検査を行ったが(乙7),解剖は行わなかった。 (5) 被告病院のE医師は,平成10年8月24日,Dの直接死因を「呼吸停止,心停(死亡まで約1時間)」,その原因を「クモ膜下出血疑(死亡まで約2.5時間)」と記載した死亡診断書を作成した(甲1)。 (6) 被告病院のE医師は,平成10年11月12日,原告らの保険金請求のために,Dの病名を「肺炎,呼吸不全」と記載し,「H10.8.24B病院内にて転倒し,その後約2時間半後に死亡す。」と付記した診断書を作成した(甲2)。 2 争点(1) Dの死因(2) 被告病院医師の診療上の過失及び因果関係の有無(3) 被告病院の看護体制不備の過失及び因果関係の有無(4) Dの死因の解明及び説明に関する過失の有無(5) 損害額及び慰謝料額 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)(Dの死因)について(原告らの主張)ア Dの死因は,肺塞栓症が進んだ肺梗塞である蓋然性が極めて高い。 (ア) 肺塞栓症とは,塞栓子が静脈血流に乗って肺動脈あるいはその分枝を塞栓し,肺循環障害を来した状態をいい,肺梗塞とは,肺塞栓症の結果,肺組織に出血性壊死を起こした状態 である蓋然性が極めて高い。 (ア) 肺塞栓症とは,塞栓子が静脈血流に乗って肺動脈あるいはその分枝を塞栓し,肺循環障害を来した状態をいい,肺梗塞とは,肺塞栓症の結果,肺組織に出血性壊死を起こした状態をいう。 (イ) かかる肺塞栓は,とくに入院患者で罹患率,死亡率が高い疾患であり,突然死をもたらす病気であるとされる。 肺塞栓症の患者については,通常は,閉塞していない動脈から肺の罹患部に十分な血液が送られるため,組織死は防げるが,非常に太い血管が閉塞したり,その患者に以前から肺疾患がある場合には,供給される血液の量は組織死を防ぐには不十分なことがある。肺塞栓症の患者の約10パーセントは,肺梗塞と呼ばれる肺の組織死を来し,突然死をもたらす。 すなわち,体内で血塊が素早く分解されれば損傷は最小限に止まるが,大きな血塊は,分解されるまではるかに長い時間がかかるため,損傷の程度も大きくなる。また,大きな塊で突然死が起こることもあるといわれている。 (ウ) 肺血栓塞栓症,肺梗塞の誘因には,外科手術,長期のベッドでの療養や無活動,脳卒中,心臓発作,肥満,股関節や脚の骨折,癌,血栓症の家族歴,妊娠等が挙げられる。 血栓は,人が長い間1か所にじっとしているときに下肢の静脈で起こり,血流の流れが遅いときや全く流れていないときに形成されやすく,その人が再び動き始めると血塊が遊離するおそれがある。 (エ) 症状は,呼吸困難,胸膜痛,不安感,咳等である。一部の人には,頭のふらつきや失神,けいれんが最初の症状ということがある。また,肺の大血管の1つ又は複数が閉塞した患者は,皮膚の色が青ざめること(チアノーゼ)があり,突然死亡する可能性がある。 (オ) 診断については,まず臨床的に疑い,補助的に検査所見を見て,特異的検査により診断するとされる。一般的診断法としては,血算, の色が青ざめること(チアノーゼ)があり,突然死亡する可能性がある。 (オ) 診断については,まず臨床的に疑い,補助的に検査所見を見て,特異的検査により診断するとされる。一般的診断法としては,血算,凝固検査,動脈血液ガス検査をする。肺塞栓症の場合,動脈血液ガス検査では,肺胞動脈酸素分圧差(P(A-a)O2)が大きくなる。ほとんどの症例では,PaO2が80mmHg以下で低酸素血症がみられ,通常低炭酸ガス血症を伴う。しかし,急性肺塞栓で,P(A-a)O2が正常である症例が14%あると報告されている。 心エコーも血行動態に異常がある患者の場合に有用であるとされる。 また,上記肺塞栓症の諸症状に加え,胸部X線に混濁がある患者について,肺塞栓あるいは肺炎と考えられるとする資料もある。 (カ) 以上を前提として,Dの症状,特徴について検討するに,Dには,①呼吸不全・呼吸障害,②咳,③発熱,④全身の倦怠感,⑤胸部X線の混濁,⑥肥満(身長157cm,体重76.2kg),⑦死亡時のチアノーゼ等がみられ,肺血栓塞栓症及び肺梗塞の症状と合致する。また,血液ガス検査の数値も,相当に低い値となっている。 イ被告病院医師は,死亡診断書で,くも膜下出血の疑いや肺炎を死因として挙げている(甲1,2)。 しかし,DTスキャンの結果によれば,頭部くも膜下に出血は見られないから,それが死因とは考えられない。また,仮に,くも膜下出血があったとしても,DTで判断できないほどのものであれば,死亡には至らないから,死因とはいえない。 また,肺炎については,本件のように突然に死亡に至ることを合理的に説明できない。 (被告の主張)ア Dの死因は不明である。推論すれば,肺炎があり(場合によっては薬物中毒が重なり),それが軽快しつつあったがまだ呼吸不全があり酸素を必要とした状態であったとこ 的に説明できない。 (被告の主張)ア Dの死因は不明である。推論すれば,肺炎があり(場合によっては薬物中毒が重なり),それが軽快しつつあったがまだ呼吸不全があり酸素を必要とした状態であったところ,そこに何らかの因子(本件の経過からすれば,酸素マスクを外したこと,動いたことが考えられる。)が加わって死に至ったという程度である。 イ被告病院医師は,死亡時に作成した死亡診断書(甲1)で,「クモ膜下出血疑」と記載したが,その時点の判断として,経過から考えて可能性のあるものを記載したにすぎない。しかし,その可能性は,その後のDT画像診断により否定されている。 また,被告病院医師は,その後作成した診断書(甲2)に,「肺炎,呼吸不全」と記載したが,これは保険金請求という権利関係に係るものであったために,根拠のある診断名を記載したものである。脳損傷(意識障害),癌,くも膜下出血の各疑いの病名については,確定できないため,記載しなかった。 (2) 争点(2)(被告病院医師の診療上の過失及び因果関係の有無)について(原告らの主張)被告病院医師は,Dの入院後,諸検査を実施し,肺炎・意識障害に伴う呼吸不全と診断した。 しかし,Dの死因は上記のとおり肺塞栓であり,被告病院医師は,Dが搬送された段階で,肺塞栓を疑って検査し,肺塞栓が判明した段階で,ヘパミンを投与する等の治療をすべきであった。 しかるに,被告病院医師は,肺塞栓の検査及び治療を怠ったため,Dはその治療を受けられず,死亡したのである。 (被告の主張)ア入院時の診療に過失のないこと(ア) Dには,入院時,睡眠剤を多量服用したことによる意識障害があり,咳嗽,喀痰,発熱,全身倦怠感,呼吸困難といった肺炎で一般的に見られる症状がそろっていた。 入院時の血液検査(乙8(62頁))では,白血球の上昇(18 ,睡眠剤を多量服用したことによる意識障害があり,咳嗽,喀痰,発熱,全身倦怠感,呼吸困難といった肺炎で一般的に見られる症状がそろっていた。 入院時の血液検査(乙8(62頁))では,白血球の上昇(18600/μ-)が認められ,細菌感染時に認められる核左方移動(stab24%,seg66%,lymp7%,mono3%)も認められている。これらは,細菌感染に伴う強い炎症を示唆するものである。 なお,入院時には低酸素血症が認められ,原告らはこれを当初から肺塞栓(肺梗塞)があった根拠としている。しかし,後述のとおり,加療後に正常値に回復していることからして,この低酸素血症は,肺炎と右肺に多発していた無気肺,さらには喀痰による画像に現れていない粘稠痰による粘液栓で,換気血流不均等の増悪によるものと考えられる。 (イ) 逆に,肺塞栓症の特徴的な症状の1つとしての肺塞栓症に肺梗塞が合併してくると胸膜性胸痛や血痰を伴うことが多いが,入院時又は入院期間中,Dにそうした訴えは全くなかった。 また,仮に,Dに肺塞栓症が生じて入院当初の症状が出たものとすると,その肺塞栓症は広汎型肺塞栓症であり,それによって,血行動態に対して何らかの影響が生じていたはずである。しかし,血圧低下はなく,むしろ血圧上昇(179/92mmHg)しており,また,頻脈(毎分93回)もない(乙1(14頁))。心電図も全く症状のない時期と変わっていない(乙8)。 (ウ) 以上からすると,入院時に広汎型肺塞栓症や肺梗塞を生じていたと考える所見は乏しく,むしろ同症を生じていたとは考え難く,同症と診断しなかったとしても,被告病院医師に過失はない。 イ入院中の診療に過失のないこと(ア) Dの状況は,入院後順調にしかも確実に良くなっていた。意識障害は順調にかつ順次回復し,医師,看護師や家族との会話もきち たとしても,被告病院医師に過失はない。 イ入院中の診療に過失のないこと(ア) Dの状況は,入院後順調にしかも確実に良くなっていた。意識障害は順調にかつ順次回復し,医師,看護師や家族との会話もきちんとできるまでになっていた。 (イ) Dの症状の訴えも日増しに軽快しており,肺塞栓症,肺梗塞にみられる胸膜性胸痛は入院中も訴えられていない(乙1(16頁以下))。血中酸素濃度も95%以上に回復しており,肺塞栓症,肺梗塞を疑うべき所見は全く見られない。 (ウ) 以上からすれば,入院中に肺塞栓症,肺梗塞が新たに生じた,若しくは増悪したと考えるような所見はないから,そのように考えることはできないし,同症を診断しなかったとしても,被告病院医師に過失はない。 (3) 争点(3)(被告病院の看護体制不備の過失及び因果関係の有無)について(原告らの主張)肺塞栓,肺梗塞の原因の1つとして挙げられるのが,長期の療養の後いきなり起きて動いたため,血塊が遊離して肺動脈を防ぐというものである。 したがって,被告病院としては,Dが安静にして動かないよう看護体制をとるべきであるのに,これを怠り,被告病院看護師は,Dに対して安静にするよう言いながら,同人がベッドから起きあがるのを見逃した。 そのため,Dは,肺梗塞で死亡したものである。 (被告の主張)ア被告病院看護師は,平成10年8月24日午後0時20分ころ,Dの「トイレまで行っていいか。」との質問に対して,「酸素を入れているからまだだめですよ。」と部屋を離れないように指導しているのであり(乙1(21頁)),Dは,まだ自分が酸素の管を外して離室してはならない,動いてはならないことを理解していたのである。 また,被告病院看護師がDから離れた後も引き続いて家族が付き添っており(その後家族が離室したことは被告病院看護師に知らされ 管を外して離室してはならない,動いてはならないことを理解していたのである。 また,被告病院看護師がDから離れた後も引き続いて家族が付き添っており(その後家族が離室したことは被告病院看護師に知らされていない。),家族看護がなされている状況でもあったのである。 そのような状況下で,Dが,被告病院看護師の言い付けを守らずに酸素の管を外して,ベッドから動いて部屋を離れることを予見することはできなかった。 イまた,Dは,入院時及び入院中に肺塞栓症や肺梗塞の積極的所見は見られなかったことからすれば,同人がベッドから動いて部屋を離れた直後に肺梗塞が起きて突然死することを予見することは,不可能である。 ウさらに,被告病院における看護体制は,次のとおり,適切であった。 すなわち,被告病院看護師は,Dの部屋に頻繁に訪れていたほか,Dが倒れる直前まで,意思疎通も極めて良好であった。また,被告病院看護師が,Dに対して,治療上,看護上適切な指示をしていた(甲8,乙1(16頁以下))。 被告病院看護師がDのもとから離れたのは平成10年8月24日午後1時30分であり,Dが部屋にいないことに気付いたのは同日午後1時40分である。 Dは,直前まで意識も明瞭であり,食事も自分で取れるほど順調に回復しており,意識障害があって無意識にふらふらと出歩くおそれもなかったのであるし,家族の看護もなされていたのであるから,わずか10分間,目を離したとしても看護体制に不備があるということはできない。 (4) 争点(4)(Dの死因の解明及び説明に関する過失の有無)について(原告らの主張)ア医師の本来の責務は,患者の生命,健康に対する診療行為にある。しかし,患者が死亡した場合,それが人の一生において最も重大な事態であることから,遺族が,患者が死に至った経緯及び原因を知りたいと考え,その説 の本来の責務は,患者の生命,健康に対する診療行為にある。しかし,患者が死亡した場合,それが人の一生において最も重大な事態であることから,遺族が,患者が死に至った経緯及び原因を知りたいと考え,その説明を求めるのは,人として当然のことである。 そして,生命の重要性,高度の専門的知識を有する者が特別の資格に基づいて行う医療の特殊性,医者は患者に対して報告義務を負っていること,死亡の経過及び原因は,治療を行った医師にしかできないことなどからすると,死亡の経過及び原因の説明を診療を行った医師に求める遺族の心情,要求は,法的な保護に値する。 そして,専門的知識を有する医師が,医学上の知識の欠如等の重大な落ち度によって,患者の死亡の経過及び原因について誤った説明を行った場合には,不法行為上の過失があり,医師や病院は,遺族の受けた精神的な損害を賠償する責任を負う。 イ本件では,被告病院医師は,Dが2階電話ボックスで突然倒れ,そのまま亡くなったことにつき,死亡診断書で「くも膜下出血疑い」としているが,頭部については,出血の跡はなかった。出血がない事実については,被告側も検査し容易に認めることができたのに,被告病院医師は重大な落ち度により,かかる事実を軽率に死亡診断書に書いてしまったのである。 また,被告病院医師は,Dの症状について「肺炎」と診断し,その後,病状が改善していると述べながら,突然倒れてそのまま亡くなった事実について,「肺炎」と死因を特定しているが,原告ら遺族としてはDの死因について到底納得が行かない。 このような被告病院医師の安易な死因の記載や,その後も死因を明確にされていないことにより,Dの死因を明確にしたい原告らは精神的に大きな苦痛を被っているのである。 ウなお,原告らは,Dの遺体の解剖を拒否しておらず,被告病院医師から,「遺体をち の後も死因を明確にされていないことにより,Dの死因を明確にしたい原告らは精神的に大きな苦痛を被っているのである。 ウなお,原告らは,Dの遺体の解剖を拒否しておらず,被告病院医師から,「遺体をちょっと貸してほしい。」と言われたのに対し,「お願いします。」と答えている。したがって,被告病院医師は,死亡から同日午後8時ころまでの間に死因を確認できたはずである。 (被告の主張)Dの死因は,解剖しなければ特定できないところ,原告らの同意が得られず解剖することはできなかった。したがって,被告病院医師は,そもそも死因を特定することはできないのであり,これを特定する義務を負わない。当時,原告らから,死因を特定してほしいとの要望もなかった。 そのような状況下で,被告病院医師は,せめて頭部のDTだけでも撮らせてほしいと依頼して,DT検査を行っているのであり,非難すべき点はない。 さらに,被告病院医師は,死亡後に,原告らから死因について尋ねられ,いわゆる突然死であり,その診断は困難であり,また解剖しない限り死因は分からないと回答しているのであって,不法行為は成立しない。 (5) 争点(5)(損害額及び慰謝料額)について(原告らの主張)ア上記(2),(3)の不法行為又は債務不履行に基づく請求額(ア) 上記(2),(3)の不法行為又は債務不履行により,Dが被った損害額等は次のとおりである。 a 葬儀費用 120万円b 逸失利益 2464万5284円(a) Dは,死亡時56歳であり,平均余命は29.99年,就労可能年数は約15年(ライプニッツ係数10.380)である。また,Dの生活費控除率は30パーセントである。 Dは,フレックス株式会社において,103万5139円の所得を得ていたから,同社分の逸失利益は,752万1320円(=1,035,139×(1- る。また,Dの生活費控除率は30パーセントである。 Dは,フレックス株式会社において,103万5139円の所得を得ていたから,同社分の逸失利益は,752万1320円(=1,035,139×(1-0.3)×10.380)となる。 (b) また,Dは,I会社において,235万6725円の所得を得ていた(このうちの半分がDの取得分である。)から,同社分の逸失利益は,1712万3964円(=2,356,725÷2×(1-0.3)×10.380)となる。 c 死亡慰謝料 2200万円d 弁護士費用 400万円e 合計 5184万5284円(イ) 原告A1は,Dの損害賠償請求権の2分の1(2592万2642円)を,原告A2らは,それぞれその8分の1(648万0660円)を法定相続した。 イ上記(4)の不法行為に基づく請求額原告らが,被告病院医師がDの死因の解明及び説明を怠ったことにより被った精神的苦痛を慰謝するには,各100万円(合計500万円)が相当である。 (被告の主張)ア(ア) 原告らの主張ア(ア)は否認ないし争う。Dの原病は進行しており,当時,通常の労働能力は有していなかった。なお,I会社における所得の主張は,違法な人材派遣による所得であり,逸失利益の基礎とすることはできない。 (イ) 原告らの主張ア(イ)の事実は知らない。 イ原告らの主張イは争う。 第3 争点に対する判断 1 認定事実上記争いのない事実等,証拠(甲1,2,6ないし8,14,17,乙1,2,3の1ないし3,4,5の1ないし5,6の1・2,7,8,9の1・2,10,11,原告A4本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) Dは,平成5年9月29日から高血圧症と診断されて被告病院に通院を始め,平成6年4月1日には高脂血症と診断され,治療を受 本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) Dは,平成5年9月29日から高血圧症と診断されて被告病院に通院を始め,平成6年4月1日には高脂血症と診断され,治療を受けていた。 さらに,平成7年8月5日には,被告病院において,胃炎,胃潰瘍,不眠症と診断された(甲8(1頁))。そして,後記(2)の直前ころでは,平成10年7月14日,同月28日,同月29日,同年8月3日にハルシオンが処方された(乙8(57頁ないし59頁))。 (2) Dは,平成10年8月21日午前6時40分ころ,朝食を食べた後,気分が悪いと言って,仕事を休むことにして横になった(Dはこのころ,処方されていた睡眠薬を服用しているが,正確な時間及び量は不明である。)。当時,同居していた原告A1は,そのままにDを寝かせて様子を見ることにして,個人で営んでいる建設業の仕事に行った。 原告A1は,同日午後3時ころに自宅に帰ったところ,Dは午前中に寝ていたのに,ずっといびきをかいて寝続けており,呼びかけにも反応しなかった。 そこで,原告A1は,同日午後6時ころ,Dが通院していた被告病院に電話をかけて,どうしたらよいか相談した。これに対して,被告病院院長のE医師は,Dが不眠症のために精神安定剤や睡眠剤の処方を受けていたことから,これを処方された量以上に多量に飲んだのではないかと思い,また,ほかにも意識障害を来す危険な疾患が多数あることから,すぐに被告病院に来るよう伝えた。 (3) 平成10年8月21日の被告病院での経過ア Dは,午後6時30分ころ,救急車で被告病院に搬送され,外来診療室に搬入された。 これ以降,Dが死亡するまでの血圧,心拍数,体温,脈拍数,呼吸数SaO2(血中酸素飽和度),PO2,PCO2の値は,別紙1のとおりである。 イ搬入当時の検査結果は, され,外来診療室に搬入された。 これ以降,Dが死亡するまでの血圧,心拍数,体温,脈拍数,呼吸数SaO2(血中酸素飽和度),PO2,PCO2の値は,別紙1のとおりである。 イ搬入当時の検査結果は,次のとおりであった。 (ア) 腹胸部単純X線検査によると,右肺を中心に肺炎様の陰影があり,右肺内部に円形の浸潤陰影が認められた(乙3の1ないし3)。 (イ) 胸部及び腹部DT検査によると,中等度両側の胸水があり,肺右側S2区域に浸潤影が認められた(乙5の1ないし5)。 (ウ) 頭部DT検査では,脳血管障害,腫瘍,浮腫などは認められなかった(乙6の1・2)。 (エ) 血液ガス検査によると,PO2が58mmHg,SaO2が89%であり,相当の低値であった。 (オ) 血液検査によると,白血球数が18600/μ-と高値であった。また,細菌感染時に認められる核左方移動(stab24%,seg66%,lymp7%,mono3%)があった。 (カ) トロップTテスト(心筋梗塞検査)では,異常は認められなかった。 (キ) Dに散瞳はなく,三頭筋反射及びホフマン反射は正常であり,膝蓋腱反射及びアキレス腱反射は正常であった。 ウその結果,Dはそのまま被告病院に入院することになり,回復室に移され,酸素(6-/分)の投与,抗生剤,解熱剤,輸液(ソリタT1)等の投与を受けた。これにより,DのSaO2は,午後9時及び午後10時には96%,午後11時には95%と改善し,血圧も午後9時には低下してきた。 Dは,午後8時23分には,被告病院看護師の呼びかけに対し反応はあるが,すぐに目を閉じて入眠し,いびきをかく状態であった。午後9時には,看護婦の呼びかけに対し反応はあるが,にぶく,目も開けない状態で,いびきをかいていた。さらに,午後10時には,特に状態は変わりなかったが,四肢の冷感 入眠し,いびきをかく状態であった。午後9時には,看護婦の呼びかけに対し反応はあるが,にぶく,目も開けない状態で,いびきをかいていた。さらに,午後10時には,特に状態は変わりなかったが,四肢の冷感や,チアノーゼ,顔色不良等はなかった。 (4) 被告病院建物の構造ア Dが入院した被告病院建物の2階及び3階の配置は,別紙2のとおりである。 ナースステーション(3階)は,回復室(3階)の隣にあり,扉が設置されているものの,直接行くことができ,その扉の上部にはガラス窓がはめ込まれている。 回復室からは,直接廊下に出ることができる扉が設置されており,そこから出るとすぐの場所にエレベーターと階段がある。 回復室には,ベッドが3床あり,Dは,廊下への出口に最も近いベッドに寝ていた。 ナースステーションには,廊下に面してガラス窓と扉が設置されている。 イ被告病院建物の2階には,公衆電話が設置されており,エレベーターや階段から公衆電話までは約15mの距離がある。 (5) 平成10年8月22日の経過ア Dは,午前2時,被告病院看護師が接触すると,少し目を開け,わずかに反応した。そして,返答も少しあった。午前2時15分には,Dの体温が高いので,被告病院看護師が寒いかどうか尋ねたところ,Dは,「うーうん。」と答えた。 イ Dは,午前7時,被告病院看護師の問いかけに対して,「おはよう」,「えらい」などと返答した。 ウ Dは,午前9時30分,意識がやや良くなりつつあった。 エ Dは,午前10時50分ころ,徐々に覚せいし,被告病院医師に対して,「いつもは2分の1錠しか飲まないハルシオンを2錠飲んで寝た。」と言った。 被告病院医師は,肺炎の疑いとして,診療を行うことにした。 オ Dは,午後1時,傾眠状態にあり,被告病院看護師の呼びかけに対して反応はするものの,眠そうにして ハルシオンを2錠飲んで寝た。」と言った。 被告病院医師は,肺炎の疑いとして,診療を行うことにした。 オ Dは,午後1時,傾眠状態にあり,被告病院看護師の呼びかけに対して反応はするものの,眠そうにしていた。 カ Dは,午後3時,傾眠状態にあり,咳が時々あった。 キ Dは,午後7時,目を開けて家族と話していたが,時折言語不明瞭となることがあった。Dには,全身の倦怠感,咳,腰痛,空腹感があったが,気分は悪くなく,頭痛や吐き気もなかった。 ク Dは,午後9時,被告病院看護師の複数回呼びかけに対して,その度に目を開けるが,返事ははっきりとしたものではなく,すぐに眠ってしまう状況であった。 (6) 平成10年8月23日の経過ア Dは,午前0時,眠っており,軽い寝息とともに,いびきが少しあった。午前3時40分には,いびきをかいていなかった。 イ Dは,午前7時,目を開けていたが,気分がすっきりしない様子であり,全身の倦怠感と腰の痛みを訴えた。 ウ Dは,午前11時には,全身の倦怠感があり,つらいと訴えたが,胸痛はなかった。 エ Dは,午後7時,全身の倦怠感や腰の痛みは変わりなかったが,会話はスムーズにでき,意識も明瞭となっていた。 オ Dは,午後9時,被告病院看護師に対して睡眠剤の処方を求めたが,医師はこれを認めなかった。 (7) 平成10年8月24日の経過ア Dは,午前0時,入眠中で,咳が時々あった。 イ原告A1及び原告A4は,午前9時30分ころ,Dの見舞いに行った。原告A4は,ほとんど部屋を離れず,Dのそばにいた。 ウ Dは,午前10時ころ,看護婦に対し,友達数人が見舞いにきたが会えなかったので,電話をかけたいと話し,午前11時には,全身の倦怠感と右頭部の痛みを訴え,咳も出ていたが,意識は明瞭であった。 被告病院看護師は,Dに対し,本日,内科を受診して 数人が見舞いにきたが会えなかったので,電話をかけたいと話し,午前11時には,全身の倦怠感と右頭部の痛みを訴え,咳も出ていたが,意識は明瞭であった。 被告病院看護師は,Dに対し,本日,内科を受診して安静度を決めてもらうので,それまではベッド上で安静にしているよう指導した。 エ被告病院医師は,正午ころ,Dを診察し,右側の上中肺野の肺炎疑い,リンパ節腫大と診断した。そして,Dの全身状態は次第に回復してきたため,点滴及びバルーンを抜去することを決め,被告病院看護師に指示した。 オ被告病院看護師は,午後0時20分ころ,Dのバルーンを抜去したが,酸素チューブについては食事時以外に外さないよう指導した。 また,Dが,トイレまで行ってもいいか尋ねたことから,「酸素を入れているから,まだ駄目ですよ。今,全部出してしまったので,今度,おしっこしたくなったら教えてください。ポータブルトイレを持ってきますから。」と答え,ベッドから離れないよう注意した。 これに対して,Dは,「おしっこの管が抜けただけでも気分がいいわ。」と言った。 カ Dは,午後0時30分ころ,自力で座位になり,「あまり食べたくないけど,がんばって食べますわ。」といい,被告病院から出された昼食を取った。 キ原告A1及び原告A4は,午後1時15分ころ,被告病院看護師に何も告げないまま,昼食を取るために被告病院を出た。 ク被告病院看護師は,午後1時30分ころ,Dの点滴サーフロを抜去した。 ケ Dは,公衆電話から友人に電話をかけようと思い,回復室からナースステーションを通らずに,直接廊下に出て,エレベーターか階段を使って2階に降り,別紙2の公衆電話の設置されたところまで歩いていった。 コ被告病院看護師は,午後1時40分ころ,昼食の膳を下げるために回復室に行ったところ,Dも,付き添っていた原告A1及び 階段を使って2階に降り,別紙2の公衆電話の設置されたところまで歩いていった。 コ被告病院看護師は,午後1時40分ころ,昼食の膳を下げるために回復室に行ったところ,Dも,付き添っていた原告A1及び原告A4もいないことに気付いた。 そこで,被告病院看護師は,ナースセンターに連絡して,同所にいた看護師数人でDを探した。 サ Dは,午後1時45分ころ,被告病院2階の事務室前に設置された公衆電話の横で,ドンと音を立てて倒れた。 Dは,直ちに回復室に運び込まれたが,意識がなく,全身が痙攣し,チアノーゼがあり,呼吸も浅く,脈もとれないような状態であった。 シ原告A1及び原告A4は午後2時ころ,被告病院に戻り,Dの急変を知った。 E医師は,午後2時には胸部X線検査を行い(乙1(5丁右下),4),さらに気管内挿管をするとともに,心臓マッサージ及び人工呼吸を行った。また,硫酸アトロピンやカタボン等の強心剤を投与するなどして蘇生に努めたが,午後4時17分,Dの死亡が確認された。 ス E医師は,原告A1,原告A3及び原告A4らに,Dの解剖を勧めたところ,原告A3及び原告A4はこれを了承した。 セ E医師は,Dの直接死因を「呼吸停止,心停(死亡まで約1時間)」,その原因を「クモ膜下出血疑(死亡まで約2.5時間)」と記載した死亡診断書を作成し(甲1),原告A3及び原告A4に交付した。 ソその後,Dの解剖は行われないことになり,頭部DT検査のみが行われた(乙7)。 (8) E医師は,後日,Dの頭部DT(乙7)の読影を三重大学医学部付属病院放射線科の医師に依頼したところ,出血はないが,脳裂及び脳溝が不明瞭になっており,脳浮腫が進行している状態にあったことが分かった(乙8(63頁))。 (9) E医師は,平成10年11月12日,原告らの保険金請求のために,Dの病名を「肺 はないが,脳裂及び脳溝が不明瞭になっており,脳浮腫が進行している状態にあったことが分かった(乙8(63頁))。 (9) E医師は,平成10年11月12日,原告らの保険金請求のために,Dの病名を「肺炎,呼吸不全」と記載し,「H10.8.24B病院内にて転倒し,その後約2時間半後に死亡す。」と付記した診断書を作成し(甲2),原告A1に交付した。 2 争点(1)(Dの死因)について(1) 上記1の認定事実を前提として,Dの死因について検討する。 (2) まず,E医師は死亡診断書に「クモ膜下出血疑」と記載しているが,その後のDT読影結果により,その可能性は一応否定される。ただし,DT上での診断が困難な脳幹部梗塞又は出血の可能性は残る。 その他,心筋梗塞(主に左主幹部閉塞のような中枢病変),不整脈(心室細動,徐脈性不整脈)であった可能性も否定できない。 (3)アこの点,原告らは,「肺塞栓症が進んだ肺梗塞である蓋然性が高い」と主張しているところ,証拠(甲9ないし11)によれば,肺血栓塞栓症につき,以下のとおり認められる。 (ア) 肺血栓塞栓症は,入院患者で罹患率,死亡率の高い疾患である。 誘因には,下肢の静脈疾患,癌,心不全,最近の大きな手術の既往,長期臥床,四肢の麻痺,ギプス固定による不完全麻痺又は不動,血栓症の家族歴,妊娠などがある。 (イ) 最も多くみられる症状は呼吸困難,胸膜痛,不安感,咳嗽であり,兆候としては頻呼吸,頻脈,心音のⅡ音の肺動脈成分の増強,呼吸時のラ音が挙げられる。 (ウ)a 一般的診断法として,血算,凝固検査,動脈血液ガスがある。動脈血液ガスでは,肺胞動脈酸素分圧差(P(A-a)O2)が大きくなるが,これが正常である症例が14%あるとの報告もある。ほとんどの症例では,PaO2が80mmHg以下の低酸素血症があり,通常,低炭酸ガス ガスでは,肺胞動脈酸素分圧差(P(A-a)O2)が大きくなるが,これが正常である症例が14%あるとの報告もある。ほとんどの症例では,PaO2が80mmHg以下の低酸素血症があり,通常,低炭酸ガス血症を伴う。胸部X線検査は,他の疾患を除外する以外には役に立たない。 b 特異的診断法としては,換気血流(V/Q)肺スキャン,深部静脈血栓の診断,肺血管造影がある。V/Q肺スキャンで得られる情報は,スキャンの画質や解釈の仕方に左右され,肺塞栓であることを臨床医がどの程度確信しているか(検査前確率)との総合的な判断を要する。深部静脈血栓の診断には,非侵襲的検査であるインピーダンスプレスチモグラフィと超音波が用いられるが,無症状の患者に対しては感度が低い。肺血管造影は,臨床検査結果や非侵襲的検査で確定できないときに施行される。 (エ)a 治療法としては,対症療法として,低酸素血症に対する酸素補充がある。血圧が下がり心拍出量が低下しており,生理的食塩水の静注にも反応しない場合は,ノルエピネフリンやドパミンを投与し,血栓溶解療法,外科的療法を考慮することになる。 b 再発予防としては,抗凝固療法として,ヘパリンの静注及びワルファリンの経口投与があり,これらが絶対的禁忌である場合や十分な抗凝固療法をしているにもかかわらず肺塞栓が再発する場合などには,下大静脈遮断が行われる。 イそこで検討するに,Dは,確かに入院当初,PO2が58mmHgと低く,SaO2も89%で呼吸状態が悪かったものの,PCO2は39.8mmHgで正常値の38mmHg程度より高く,低炭酸ガス血症は認められなかったこと,その後,咳が平成10年8月22日午後3時と午後7時,同月24日午前0時と午前10時にみられたものの,胸膜痛や血痰,不安感は一切なかったこと,入院当初の呼吸状態は睡眠剤 血症は認められなかったこと,その後,咳が平成10年8月22日午後3時と午後7時,同月24日午前0時と午前10時にみられたものの,胸膜痛や血痰,不安感は一切なかったこと,入院当初の呼吸状態は睡眠剤等の薬剤使用による副作用の可能性があること,Dには肺炎で一般的にみられる発熱や全身倦怠感といった症状があり,胸腹部のX線検査,DT検査も肺炎の症状と矛盾するものでなかったこと,血液検査によって細菌感染に伴う強い炎症が疑われたこと,Dの症状は日増しに回復しており,その間呼吸状態の悪化を疑わせる事情は存在しなかったことなどを総合すると,入院当初から同月24日にベッドを出て公衆電話に向かおうとするまでに死亡を招来するような肺血栓塞栓症があったと認めることは困難である。 しかし,Dが倒れた直後には全身が痙攣し,チアノーゼがあり,呼吸も浅かったこと,Dは約3日間寝たきりの状態にあり,歩いて公衆電話前まで行った直後に倒れていることからすると,突然動いたことによる肺血栓塞栓症が生じた可能性は否定できない。 (4) そうすると,Dの死因は,脳幹部梗塞又は出血,心筋梗塞(主に左主幹部閉塞のような中枢病変),不整脈(心室細動,徐脈性不整脈),突然動いたことによる肺血栓塞栓症などの可能性があるが,そのいずれかは不明というほかない。 3 争点(2)(被告病院医師の診療上の過失及び因果関係の有無)について上記2のとおり,Dの死因は不明であり,入院当初から同月24日にベッドを出て公衆電話に向かおうとするまでに死亡を招来するような肺血栓塞栓症があったと認めることは困難であるから,Dに入院当初から死亡を招来するような肺血栓塞栓症があったことを前提とする原告の被告病院医師の診療上の過失の主張は採用できない。 4 争点(3)(被告病院の看護体制不備の過失及び因果関係の有無)について 入院当初から死亡を招来するような肺血栓塞栓症があったことを前提とする原告の被告病院医師の診療上の過失の主張は採用できない。 4 争点(3)(被告病院の看護体制不備の過失及び因果関係の有無)について上記1(4),(7)アないしサの認定事実によれば,被告病院では,Dを回復室に置き,一般の病室よりも頻繁に看護師が症状を確認できる体制を採っていたこと,平成10年8月24日当時,Dは,医師や看護師,家族らと正常に話しができるほどに回復しており,意識状態に何ら問題はなかったこと,被告病院看護師は,午後11時ころ及び午後0時20分ころの2度にわたって,Dにベッドから離れないよう明確に指導し,Dはこれを理解していたこと,被告病院看護師は午後1時30分,午後1時40分と訪室しており,Dが回復室を出たのはそのわずか10分の間であったこと,Dは被告病院看護師のいるナースステーションが隣にあるにもかかわらず,回復室から直接廊下に出て,さらにそこから被告病院看護師に声をかけることもせず,エレベーター又は階段で2階の公衆電話へ向かっていること,被告病院看護師が午前10時ころにDから電話をかけたいと言われていたとしても,Dがベッドから離れないようにとの指導に反してまで公衆電話に向かうことは想定し難かったことなどが認められ,これらの事情を総合考慮すれば,被告病院の看護体制に不備があったとはいえない。 確かに,ナースステーションは廊下側にガラス窓と扉があり,被告病院看護師が絶えず廊下側を監視していれば,Dが歩いているのに気付くことができたといえる。 しかし,回復室からエレベーターまでは約3m,階段までは約6m程度しかなく,Dがナースステーション前の廊下を通り過ぎるのもわずか数秒であって,これを絶えず監視せず見逃したとしても,これをもって過失とは評価できない。 5 争点( ーまでは約3m,階段までは約6m程度しかなく,Dがナースステーション前の廊下を通り過ぎるのもわずか数秒であって,これを絶えず監視せず見逃したとしても,これをもって過失とは評価できない。 5 争点(4)(Dの死因の解明及び説明に関する過失の有無)について(1) 上記1,2の認定事実によれば,Dの死因は,脳幹部梗塞又は出血,心筋梗塞(主に左主幹部閉塞のような中枢病変),不整脈(心室細動,徐脈性不整脈),突然動いたことによる肺血栓塞栓症などの可能性があるが,Dの遺体の解剖は行われていないこともあって,そのいずれであるかは不明である。 遺体を解剖するかどうかについて,当初,E医師がこれを勧めたことは当事者間に争いがなく,原告A3及び原告A4がこれを了承したことは,甲17及び原告A4本人尋問の結果により認められる。しかし,E医師が遺体の解剖についてDの子である原告A3らのみと相談し,夫である原告A1に了解を求めないことは考え難いから,「原告A1は解剖についての話を聞いていない。だから,解剖を断ったこともないはずだ。」との原告A4の供述部分は採用できず,原告A3らが死亡届の提出のために被告病院から離れている間に,原告A1が解剖に難色を示したという可能性を否定できない。 したがって,被告病院医師は遺体を解剖してDの死因を確認できたはずであるとの原告らの主張は採用できない。 (2) そこで,被告病院医師の死因の記載や死因を明確にしないことが,原告ら遺族に対する不法行為を構成するかについて検討する。 (3) まず,Dの死因については,上記のとおり不明といわざるを得ず,原告A1を始めとする遺族の要望に反して解剖しなかったとの事実も認定できないのであるから,被告病院医師が死因を明らかにしなかったことが不法行為を構成するとは認められない。 (4) 次に,死因の記 ,原告A1を始めとする遺族の要望に反して解剖しなかったとの事実も認定できないのであるから,被告病院医師が死因を明らかにしなかったことが不法行為を構成するとは認められない。 (4) 次に,死因の記載については,上記1(7)セ,(9)のとおり,平成10年8月24日に,死亡診断書に直接死因を「呼吸停止,心停」,その原因を「クモ膜下出血疑」と記載し,同年11月12日には,診断書に,病名を「肺炎,呼吸不全」とし,「H10.8.24B病院内にて転倒し,その後約2時間半後に死亡す。」と記載している。 しかし,「クモ膜下出血疑」との記載については,頭部DTからは直ちに出血を読みとることはできなかったものの,専門医の読影を待たなければ分からないと考えて,突然倒れたということから推測される死因の1つとして記載されたものであること(乙10)からすると,その記載をもって直ちに不法行為を構成すると認めることはできない。 また,「肺炎」との記載についても,肺炎で一般的にみられる発熱や全身倦怠感といった症状があり,胸腹部のX線,DT検査でもこれを疑わせる所見があり,酸素投与及び肺炎治療によって症状が順調に改善していたことから考えて,Dに肺炎があった可能性が高く,これと死亡との因果関係は不明であるものの,病名の1つとして記載されたものであって,やはり不法行為を構成するとは認められない。 6 結論以上からすれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,棄却すべきである。 よって,主文のとおり,判決する。 津地方裁判所民事第1部裁判長裁判官内田計一裁判官上野泰史裁判官後藤誠(別紙省略) 田計一裁判官 上野泰史裁判官 後藤誠(別紙省略)

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