主文 1 平成8年12月2日付け建設省告示第2159号で告示された、建設大臣による東京都市計画公園事業第5・5・25号目黒公園の認可を取り消す。 2 訴訟費用のうち、参加によって生じた部分は参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要本件は、平成8年12月2日付け建設省告示第2159号で告示された、建設大臣による東京都市計画公園事業第5・5・25号目黒公園(以下「本件事業」という。)の事業認可(以下「本件認可」という。)の適法性が争われた事案である。 原告らは、東京都品川区fg丁目地内に不動産を所有する者であるが、本件認可によりその所有する土地又は建物の敷地(以下「本件民有地」という。)が事業地に取り込まれ、本件民有地を収用されるおそれが生じたため、本件認可の取消しを求めた。原告らの本件認可の違法性に関する主張は多岐にわたるが、その最も中心的な主張は、本件認可及びその前提となる都市計画決定において、本件民有地を事業地に加えなくても、これに隣接する公有地(国有地)を事業地として利用すれば足りたのであるから、建設大臣及び参加人が、本件民有地が私有地であることを考慮要素とせず、事業地に取り込んだことは、裁量権の逸脱濫用に該当するというものである。 1 都市計画法の規定(1) 昭和43年に廃止される前の旧都市計画法(大正8年法律第36号。以下「旧法」という。)1条は、都市計画の定義として、「本法ニ於テ都市計画ト称スルハ交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画ニシテ市若ハ主務大臣ノ指定スル町村ノ区域内ニ於テ又ハ其ノ区域外ニ亙リ施行スヘキモノヲ謂フ」と定め、3条は、「都市計画、都市計画事業及毎年度執行スヘキ都市計画事 又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画ニシテ市若ハ主務大臣ノ指定スル町村ノ区域内ニ於テ又ハ其ノ区域外ニ亙リ施行スヘキモノヲ謂フ」と定め、3条は、「都市計画、都市計画事業及毎年度執行スヘキ都市計画事業ハ都市計画審議会ノ議ヲ経テ主務大臣之ヲ決定シ内閣ノ認可ヲ受クヘシ」と規定し、都市計画決定の手続的要件を定めていた。 (2) 昭和43年6月15日、新たに都市計画法(昭和43年法律第100号。 以下「法」という。)が制定され、附則2項により旧法が廃止されるとともに、都市計画法施行法(昭和43年法律第101号)2条は、法の施行の際、現に旧法の規定により決定されている都市計画区域及び都市計画は、それぞれ法の規定による都市計画区域又は法の規定による相当の都市計画とみなす旨規定している。 2 前提事実(以下の事実は、括弧内に認定根拠を掲げたもののほかは、相手方が明らかに争わない事実を含め、当事者間に争いのない事実である。)(1) 昭和32年の都市計画決定建設大臣は、旧法3条の規定に基づき、東京都市計画審議会の議を経て、下記のとおり、都市計画決定をし、これを昭和32年12月21日付け建設省告示第1689号により告示した(以下「昭和32年決定」という。丙4の1・2、5)。 (ア) 種別大公園(イ) 番号(ウ) 名称目黒(エ) 位置品川区fg丁目目黒区hi丁目各地内(オ) 地積約11.70ヘクタール(2) 昭和62年の都市計画変更ア参加人は、法21条2項において準用する法18条1項に基づき、昭和32年決定により定められていた都市計画の内容を以下のとおり変更し、昭和62年11月25日付け東京都告示第1252号により、これを告示した(以下「昭和62年決定」という。丙7)。 (ア) 都市計画の種類東京都市計画公園第5・5・25号目黒公 を以下のとおり変更し、昭和62年11月25日付け東京都告示第1252号により、これを告示した(以下「昭和62年決定」という。丙7)。 (ア) 都市計画の種類東京都市計画公園第5・5・25号目黒公園(イ) 都市計画を定める土地の区域追加する部分品川区fg丁目地内削除する部分品川区fg丁目、目黒区hj丁目及びhk丁目各地内変更する部分品川区fg丁目及び目黒区hj丁目各地内イ昭和62年決定は、昭和32年決定の都市計画区域を上記のとおり変更したものであるが、本件民有地は、両決定を通じて都市計画区域に取り込まれていた。 (3) 本件認可ア東京都は、建設大臣に対し、法59条2項に基づき、本件認可の申請をした。 その際、申請書に法60条1項各号が規定する必要事項を記載し、同条2項各号に規定する事項を事業計画に定め、同条3項が規定する書類を添付した上でこれを提出した(丙14)。 イ建設大臣は、平成8年12月2日付けで、東京都に対して、以下のとおり、東京都市計画公園事業第5・5・25号目黒公園について本件認可をし、同日付けでこれを告示した(甲7)。 (ア) 施行者の名称東京都(イ) 都市計画事業の種類及び名称東京都市計画公園事業第5・5・25号目黒公園(ウ) 事業施行期間平成8年12月2日から平成13年3月31日まで(なお、事業施行期間は、その後、平成13年3月31日から平成16年3月31日まで延伸された。)(エ) 事業地収用の部分東京都品川区fg丁目地内(オ) 収用の手続が保留される事業地東京都品川区fg丁目地内(4) 本件認可当時から、本件口頭弁論終結時までの間、原告Gは、別紙物件目録(以下「目録」という。)記載1(1)の土地につき借地権を有し、同(2)の建物を所有し、原告Hは、目録2(1)及び(2)の不動産を所有し、 当時から、本件口頭弁論終結時までの間、原告Gは、別紙物件目録(以下「目録」という。)記載1(1)の土地につき借地権を有し、同(2)の建物を所有し、原告Hは、目録2(1)及び(2)の不動産を所有し、原告I及び同Jは、目録3(1)及び(2)の不動産をそれぞれ共有し、原告K及び同Lは、目録4(1)の土地を共有し、原告Kは、目録4(2)の建物を所有していた(甲25ないし27)。亡Fは、本件認可当時、目録1(3)及び(4)の不動産を所有していた(同人は、平成10年12月6日に死亡し、原告Gが上記不動産の遺贈を受け、亡Fの地位を承継した。)。これらの土地及び建物の敷地、すなわち本件民有地は、いずれも本件認可の事業地内に含まれている。本件民有地の具体的位置は、後に判示するとおりである。原告らは、本件民有地を生活の本拠として使用している(弁論の全趣旨)。 (5) 被告の地位の承継建設大臣がした本件認可は、平成13年1月6日、中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)が施行されたことに伴い、同法1301条により、同法1172条による改正後の都市計画法85条の2及び中央省庁等改革のための国土交通省関係政令等の整備に関する政令(平成12年政令第312号)119条による改正後の都市計画法施行令43条の2並びに中央省庁等改革のための関係建設省令の整備に関する省令(平成12年省令第41号)47条による改正後の都市計画法施行規則59条の3に基づき、国土交通大臣から権限を委任された関東地方整備局長(被告)がした処分とみなされることとなった。 3 争点及び争点に関する当事者の主張(以下、被告及び参加人を「被告ら」という。)。 (1) 原告らの主張ア本件各都市計画決定の概要昭和32年決定の都市計画区域は、別紙図面1の太線で囲まれた部分である。昭和6 関する当事者の主張(以下、被告及び参加人を「被告ら」という。)。 (1) 原告らの主張ア本件各都市計画決定の概要昭和32年決定の都市計画区域は、別紙図面1の太線で囲まれた部分である。昭和62年決定の都市計画区域は、別紙図面2の太線で囲まれた部分である。本件民有地は、別紙図面1及び2の各図面のDの部分に存在するが、昭和32年決定及び昭和62年決定のいずれにおいても、計画区域に含まれている。他方、本件民有地の西隣には、公務員宿舎が建築されている公有地(国有地)が存在する(別紙図面1及び2の各図面のB1の部分。以下「西側官舎敷地」という。西側官舎敷地には、昭和32年決定当時、目黒住宅が建築されており、昭和62年決定当時は、小山台住宅が建築されていた。)が、いずれの決定においても、計画区域に含まれていない。本件認可の事業地のうち、本件民有地を除く部分は、旧林業試験場本体の敷地である。 イ昭和32年決定の違法性について(ア) 昭和32年決定の違法性昭和32年決定は、林業試験場敷地を利用して将来目黒公園を設けることを目的として行われたものであった。昭和32年決定の際、本件民有地が計画区域に取り込まれた理由について、被告らは、目黒公園とその南側の公道とを接合する公園入口とするためであったと説明している。しかし、公園南側公道に接合する公園入口を設けることは、西側官舎敷地を用いることによっても可能である。昭和32年決定当時、本件民有地には、居住用等の建物が7棟以上存在していたのであるから、建設大臣は、そのこと及び民有地に対する私権の制限をできるだけ回避するということを考慮し、本件民有地ではなく、西側官舎敷地を入口部分として計画区域に取り込むべきであった。とりわけ、昭和32年決定は、林業試験場を公園にする計画であったところ、西側官舎敷地上に 回避するということを考慮し、本件民有地ではなく、西側官舎敷地を入口部分として計画区域に取り込むべきであった。とりわけ、昭和32年決定は、林業試験場を公園にする計画であったところ、西側官舎敷地上に当時建てられていた目黒住宅は、林業試験場の職員が居住する宿舎であったから、目黒公園が造成される際には、林業試験場の職員も宿舎から退去するはずであり、目黒住宅は取り壊されるべき建物であったはずである。この点からも、西側官舎敷地をそのまま維持する必要性は認められないから、これを入口部分として使用することが可能であった。 それにもかかわらず、西側官舎敷地を利用せず、本件民有地を計画区域とするものとされたことは、個人の私権よりも公務員の居住の利益を優先した官尊民卑の価値観によるものと解されるが、私有財産権が憲法29条で保障されていること、及び、私権の制限は、公共の福祉に適合する合理的なものでなければならないことに照らし、到底許されるものではない。昭和32年決定は、以上の点に照らすと裁量権を著しく逸脱したものであり、違法である。 (イ) 被告らの主張に対する反論a 被告らは、昭和32年決定で、西側官舎敷地を入口部分とすると、これと公園東側表門及び公園南側裏門に接するには、林業試験場の林内に新たな通路を設けなければならず(別紙図面3の矢印①及び②)、林業試験場の苗圃又は林の一部を壊すことになると主張する。しかしながら、昭和32年決定当時、西側官舎敷地と東側表門又は南側裏門との間が、苗圃又は林であったか否かは判然としない上、仮にそうであったとしても、本件民有地の所有者に対して与える損失を斟酌すれば、むしろ苗圃又は林内に通路を開設することの方が、はるかに合理的かつ適切である。 また、被告らは、上記通路の開設に必要な費用の検討をしておらず、適切に比較検討してい 有者に対して与える損失を斟酌すれば、むしろ苗圃又は林内に通路を開設することの方が、はるかに合理的かつ適切である。 また、被告らは、上記通路の開設に必要な費用の検討をしておらず、適切に比較検討しているとはいい難い。 b 被告らは、西側官舎敷地を入口とすると、入口から南側裏門通路に通じる動線が直線とならず、見通しが十分ではない(別紙図面4の(イ)図)と主張するが、本件民有地を入口とする場合であっても、南側裏門までの見通しは同様に不十分なものにならざるを得ない。また、被告らは、西側官舎敷地を入口とするのでは、災害時及び緊急時における有効な動線とならない旨主張するが、被告らの主張は、昭和32年決定当時に既に存在した裏門の位置を基準にして動線を設定しているにすぎないところ、裏門は変更が可能である。したがって、本件民有地を入口としなければ有効な動線を設計できないとは、到底いうことができない。昭和32年決定に際しては、本件民有地を計画区域に取り込まずに、いかに有効な動線を設計できるかをまずもって検討すべきであったが、都市計画公園緑地調査特別委員会議事録や東京都市計画審議会議事録を見ても、そのような議論はされていないばかりか、本件民有地を取り込むことの必要性について議論された痕跡は全く見あたらない。 c また、被告らは、本件民有地を入口通路とした場合と、西側官舎敷地を入口通路とした場合とで、両土地上に存在する建物がどの程度影響を受けるかについて比較検討し、西側官舎敷地を取り込んだ場合には、本件民有地を取り込んだ場合よりも影響が大きいと主張する。しかし、被告らの主張は、建物の数だけに基づくものであるから十分な根拠とし難い上、仮に本件民有地上に4棟の建物しか建っていなかったとしても、上記両場合において、両土地上に建てられた建物が受ける影響は、大同小異である 張は、建物の数だけに基づくものであるから十分な根拠とし難い上、仮に本件民有地上に4棟の建物しか建っていなかったとしても、上記両場合において、両土地上に建てられた建物が受ける影響は、大同小異であるにすぎない。 d さらに、被告らは、都市計画決定における裁量権の範囲が広範であることを強調している。しかし、都市計画事業の認可がされた場合には、事業者に対して、事業区域の土地の収用権が付与される等の効果が認められるところ、本件認可により、本件民有地又はその土地上の建物を所有する原告らは、財産権を侵害されることになる。そして、憲法は、私有財産権を保障しつつも、公共のために用いることができる旨を規定しているところ、公共のためといえるためには、収用目的が公共の利益を達成することにあること(行政目的の正当性)、及び、財産権を侵害する規制手段として必要最小限度であること(より制限的でない他に採りうる手段が存在しないこと)の2要件を満たすことが必要と解される。 また、法2条は、適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを都市計画の理念として定め、法13条1項6号(ただし、本件認可当時に施行されていた法の規定による。昭和62年決定当時に施行されていた法13条1項4号に該当する。また、現行法13条1項11号に該当する。)は、都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めることを規定し、同条同項9号(上記と同様に、本件認可当時の法の規定による。昭和62年決定当時に施行されていた法13条1項7号に該当する。また、現行法13条1項14号に該当する。)は、地区計画は公共施設の整備を勘案し、当該地域の各地区における防災等に関する機能が確保され 昭和62年決定当時に施行されていた法13条1項7号に該当する。また、現行法13条1項14号に該当する。)は、地区計画は公共施設の整備を勘案し、当該地域の各地区における防災等に関する機能が確保され、かつ、その良好な環境の形成のためにその区域の特性に応じて合理的な土地の利用が行われることを目途として施設の整備を行うことを規定している。 これらのことにかんがみると、本件のように、計画区域に取り込まれる土地が私有地である場合には、上記法の趣旨に照らし、隣接する公有地を利用すること等により行政目的が達成可能であるかを検討すること自体が義務づけられるというべきであり、さらに、その公有地では行政目的を達成できず、私有地を収用しなければならない必要不可欠性が認められる場合に限って、私有地を計画区域に取り込むことが認められると解すべきである。 もっとも、上記法の規定は、昭和32年決定の後の改正により規定され施行されたものであるが、旧法下においても、法の精神が当然に適用されるべきである。 ウ昭和62年決定の違法性について(ア) 昭和62年決定も、その前提となる事実関係は昭和32年決定と同様であり、本件民有地を計画区域に含めた点について、被告らには裁量権の逸脱濫用がある。 (イ) 避難場所の確保について被告らは、昭和62年決定においては、本件民有地は単なる公園入口ないし避難路ではなく、避難場所としての入口広場と位置づけられると主張している。しかし、昭和62年決定が、そのような趣旨でされたものであると認めるに足りる証拠はない。なお、現在でも、暫定的に解放されている林試の森公園の北門及び東門辺りは、広場のような体裁にはなっておらず、単に入口通路が設けられているにすぎない。 また、東京都の原告らに対する説明会その他の交渉過程での説明でも、本件民有地を ている林試の森公園の北門及び東門辺りは、広場のような体裁にはなっておらず、単に入口通路が設けられているにすぎない。 また、東京都の原告らに対する説明会その他の交渉過程での説明でも、本件民有地を避難場所とする旨の説明はなく、東京都から受けた説明内容は「10メートルの幅をもった緊急避難路として本件民有地を収用する必要がある。」というものであった。その上、目黒公園基本計画説明書によれば、入口広場の機能は、避難広場への案内等にあることが記載されており、このことは、本件民有地の必要性が、避難場所とすることにあるのではないことを裏付けている。 (ウ) 平常時の通常利用のための通路確保について被告らは、昭和62年当時は、西側官舎敷地には堅固な建物が多数存在していたと主張する。しかし、西側官舎敷地の空き地を利用すれば、幅10メートルの通路は確保することができるのであるから、入口通路として十分である。 (エ) 災害時の緊急避難における円滑な避難路確保について被告らは、10メートルの幅の通路を確保したのみでは緊急避難路として十分ではない旨を主張するようであるが、被告らの主張する入口広場に続く公道は、幅員が5メートル前後しかないのであるから、10メートルの幅員の通路を設けたとしても、その機能が発揮されるとは思われない。 (オ) 西側官舎敷地が、広域避難場所に指定されていることについて被告らは、東京都震災予防条例により、西側官舎敷地は広域避難場所に指定されていることを指摘し、昭和62年決定時には、計画区域に取り込むことは不可能であると主張するが、広域避難場所に指定されていることが、なぜ計画区域に取り込むことが不可能であることを意味するのかは明らかではない。また、西側官舎敷地には、公務員専用の駐車場約650平方メートルが設置されており、多数の自家用車が 指定されていることが、なぜ計画区域に取り込むことが不可能であることを意味するのかは明らかではない。また、西側官舎敷地には、公務員専用の駐車場約650平方メートルが設置されており、多数の自家用車が駐車しており、同様の状況は相当長期間にわたり続いてきた。このような状況は、自動車の駐車により、避難有効面積が実質的に減少させられ、かえってガソリンという危険物が置かれていることを意味するのであるから、本来被告らの主張する広域避難場所という役割に違反するものである。被告らが主張する避難有効面積は、その確保を確実に達成することが強制される性格のものではなく、努力目標数値にすぎないというべきであるから、西側官舎敷地が広域避難場所であることを理由に、計画区域に取り込むことが不可能であるとの被告らの主張を採用することはできない。 エ都市計画の変更をしなかったことの違法性について(ア) 昭和32年決定以降の経緯昭和36年9月の閣議決定により、林業試験場は茨城県へ移転することが決まった。昭和49年及び同50年、林業試験場は、西側官舎敷地を大蔵省関東財務局に移管した。昭和53年3月1日、林業試験場の茨城県への移転が完了した。昭和57年、東京都は、防災対策緊急事業計画を作成し、品川・目黒の一部の地域を避難圏域とした広域避難場所としての指定を前提とした検討を進め、これを背景に、両区は地域住民の道路や建物の利用状況等の実体調査を把握しつつ、緊急時における避難活動のための道路整備、建物の不燃化、さらに防災施設や日常的な住環境整備の視点を含めて検討した。このように、昭和53年及び同57年には、西側官舎敷地部分の利用方法につき再検討の機会が与えられていた。 (イ) 都市計画の見直しをしなかったことの違法性について昭和32年決定以降の上記経緯に基づいて、本件民有地 53年及び同57年には、西側官舎敷地部分の利用方法につき再検討の機会が与えられていた。 (イ) 都市計画の見直しをしなかったことの違法性について昭和32年決定以降の上記経緯に基づいて、本件民有地の利用目的は、目黒公園への災害時における緊急避難路の確保というところに求められるようになり、昭和32年決定時の目的は変更されていた。そして、昭和62年決定当時には、西側官舎敷地には、多くの公務員官舎が建築されていたものと思われる。しかし、同敷地内の空き地部分を利用して、幅10メートルの緊急避難路を確保することは可能な状況にあった。そして、東京都は、昭和53年に林業試験場が茨城県に移転した際、林業試験場の職員官舎敷地を計画区域に取り込めば、計画目的を十分に達成することができたものであるのにこれを怠り、さらに、昭和57年以降、防災対策緊急事業計画の観点から昭和32年決定を見直す機会があり、同時期に本件官舎敷地の一部を昭和32年決定の計画地内に取り入れることが可能であったにもかかわらず、漫然これを見直さなかったものであるから、このような不作為は違法であるといわざるを得ない。 (ウ) なお、東京都は、平成10年に地域防災計画を修正しており、林試の森周辺は、危険度の高い区域から除外されている。そのため、昭和57年の防災対策緊急事業計画を前提とした本件事業計画は白紙撤回されるべきであり、原告らの民有地を都市計画の対象地とする行政目的は消滅したというべきである。 オ本件認可の違法性について(ア) 前記のとおり、昭和32年決定は違法であるから、その違法性を引き継いでいる本件認可もまた取り消されるべきものである。 (イ) 法は、事業認可の際、事業認可時点での判断として、適正な制限ないし土地の合理的な利用が行われているか、及び適正な規模で必要な位置に配置されてい でいる本件認可もまた取り消されるべきものである。 (イ) 法は、事業認可の際、事業認可時点での判断として、適正な制限ないし土地の合理的な利用が行われているか、及び適正な規模で必要な位置に配置されているかという、都市計画決定の適法要件についても改めて検討することを要求しているものと解するのが相当である。 また、法70条1項は、法に基づく事業認可がされた場合には、土地収用法20条の規定による事業認定がされたものとみなす旨の規定を置いているが、この規定は、事業認可においては、土地収用法20条各号に列挙された要件の判断が、当然にされているはずであることを前提とした規定である。したがって、建設大臣は、事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること(同条3号)及び土地を収用し又は使用する公益上の必要があるものであること(同条4号)の要件を満たすか否かの検討を、事業認可の際に行うことが義務づけられているものである。 そうすると、建設大臣は、本件認可時において、その前提となる都市計画決定の適法性を再度検討すべきであり、かつ、本件民有地が私有地であることを考慮した上で、隣接する公有地である西側官舎敷地を利用する代替案の検討をすべきであったというべきである。そして、私有地は、必要最小限の範囲でのみ事業地に取り込むことが認められるにすぎないところ、本件民有地を事業地に取り込まなくとも、西側官舎敷地の利用により、行政目的が十分達成できることは、これまで主張してきたとおりであるから、本件認可は、前提となる都市計画決定の適法性判断を怠り、かつ、本件民有地を取り込まなくとも行政目的達成が可能であったにもかかわらず、これを取り込んだ点で違法というべきである。 (2) 被告らの主張(この項においては、被告及び参加人の主張を特に区別せず、一体として記載す を取り込まなくとも行政目的達成が可能であったにもかかわらず、これを取り込んだ点で違法というべきである。 (2) 被告らの主張(この項においては、被告及び参加人の主張を特に区別せず、一体として記載する。)ア本件認可の対象となる都市計画都市計画の変更について定める法21条1項は、変更決定の効力が及ぶ範囲につき明示的に定めていないが、変更決定の効力は当該変更に係る部分にのみ及び、変更されない部分は既定の決定の効力が維持されると解すべきである。ところで、本件各都市計画決定のうち、本件民有地に関する部分は、両決定を通じて同一である。 そうすると、本件認可のうち、本件民有地に関する部分は、昭和32年決定を対象として行われたものである。 イ昭和32年決定の適法性について(ア) 旧法の下における昭和32年決定の適法性a 手続的要件充足性昭和32年決定は、旧法3条所定の手続的要件を充足している。 b 実体的要件充足性(a) 昭和32年決定は、当時林業試験場に珍樹巨木が多数あり、これらの樹木を中心とした緑地は、将来レクリエーションセンターとして使用され得る公共用地であり、かつ、公園への転用が比較的容易であると考えられたこと等から決定されたものである。昭和32年決定の際、本件民有地が計画区域に取り込まれたのは、ここを南側公道と公園とを結ぶ入口広場とすることを目的としたものである。すなわち、林業試験場は、南側については道路整備が遅れており、また、試験場へアクセスするための公道との接道部もなく、そのため試験場の南方約400メートルの地点に位置する最寄り駅を利用する来園者の交通利便性を図るために、同試験場と南側の公道とを接続させる必要があった。ところで、本件民有地の西側には、原告ら主張のとおり公有地である西側官舎敷地が存在したが、同敷地部分には、20棟 用する来園者の交通利便性を図るために、同試験場と南側の公道とを接続させる必要があった。ところで、本件民有地の西側には、原告ら主張のとおり公有地である西側官舎敷地が存在したが、同敷地部分には、20棟を超える建造物が連坦していた。これに対し、本件民有地には建物が4棟存在したのみで、比較的空き地が多く、緑が豊かな土地であった。したがって、本件民有地を公道と試験場とを結ぶ南側の主要な入口広場とすることが合理的と考えられたのであり、西側官舎敷地部分をその利用に供するのは困難であった。また、西側官舎敷地に入口広場を設けるとすると、東側表門からの通路と入口広場を接合するためには、西側官舎敷地の北側の苗圃及び林となっている土地に園路を新たに設ける必要があり(別紙図面3記載の矢印①)、南側裏門からの通路に接合するように園路を設けたとしても、同様に林を伐開する必要がある(同図面記載の矢印②)。他方、本件民有地を入口公園として、南側裏門と接合させることとすれば、地形や樹林地等敷地の要素を最大限活かした形で現在ある通路を利用することができる(別紙図面4記載の(ア)図)から、本件民有地を利用して入口広場を設けることとした理由は、このようなことにあったものと推測される。さらに、公園の入口広場から公園内への主園路は、管理用・緊急用の車両の通行が可能な幅員を持ち、曲線であっても鋭角的ではなく、緩やかな曲線であることが必要となる。ところが、西側官舎敷地に入口広場を設け、南側裏門からの通路に通ずる園路計画を行った場合には、園路設定はできるが曲線ができ(同図面記載の(イ)図)、入口広場から公園の中への見通しが十分でなく、災害時及び緊急時における有効な動線にはならない。したがって、西側官舎敷地を利用する園路計画は、本件民有地を利用する園路計画に比較して、安全性への配慮が劣 口広場から公園の中への見通しが十分でなく、災害時及び緊急時における有効な動線にはならない。したがって、西側官舎敷地を利用する園路計画は、本件民有地を利用する園路計画に比較して、安全性への配慮が劣るものである。また、西側官舎敷地から南側の裏門通路へ直線で通ずるための区域を計画区域と設定した場合(別紙図面4記載の(ウ)図)、影響が出る家屋は16棟33戸(本件認可の対象地と隣接する農林本省宿舎12棟24戸、計画区域内公務員宿舎4棟9戸)であり、本件民有地と認可の対象地から、直線通路を設定するために影響が出る家屋が8棟(私有地4棟、公有地4棟9戸)であることに比較し、影響が大きいということができる。 なお、西側官舎敷地は、林業試験場の所管地を林業試験場長から農林大臣官房経理課長が使用許可を受け、農林本省宿舎敷地としていたものと思われるから、林業試験場本体区域と一体をなすものではなかった。これに対して、本件認可の対象とされた林業試験場公務員宿舎敷地(別紙図面1のCの部分)は、林業試験場の所管地であり、林業試験場と一体をなすものであった。 (b) 都市計画は、長期的展望に基づき、将来の一定の成果を確保すべく決定される。特に都市施設に関する都市計画においては、一定の都市施設の整備という成果を確保すべく決定されるものであり、しかも、一般的・抽象的な計画の決定にとどまるものであって、特定の個人に対し直接その権利義務に変動を及ぼす性質のものではない。このような性質上、都市計画決定においては、適切な都市計画を決するために対象区域及び周囲地域の土地の状況、交通等の現状について把握し、将来の見通しを立てることはあっても、その対象区域及び周辺地域の公有、私有の権利関係や、建築物の所有主体、所有形態や、住居の有無といった個別の事情は考慮されるものではなく、個人の 状について把握し、将来の見通しを立てることはあっても、その対象区域及び周辺地域の公有、私有の権利関係や、建築物の所有主体、所有形態や、住居の有無といった個別の事情は考慮されるものではなく、個人の所有地であるかどうかといった観点は、都市計画決定の障害になるものではない。都市計画の策定において、公有地、民有地の区別をする合理性は一般的には認められないのであって、本件においても特段区別をしているものではない。 (c) 昭和32年決定の際には、以上のような事情を考慮して、本件民有地を入口広場として設けることとしたものと推測される。したがって、昭和32年都市計画が、旧法1条が定める、「交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」に当たることは明らかである。 (イ) 現行法の下における昭和32年決定の適法性以上のとおり、昭和32年決定は、旧法の下で適法、有効に決定されたものであるから、都市計画法施行法2条により、現行法の下においても適法、有効な都市計画とみなされる。 (ウ) 原告らの主張に対する反論a 昭和32年当時の本件民有地の状況について原告らは、昭和32年当時、本件民有地には原告らの居住用等の建物が7棟以上存在していたと主張する。しかし、昭和32年当時に本件民有地に7棟もの建物は確認することができず、多くて4棟の建物しか確認できない。 b 原告らの主張する法律上の根拠について原告らは、昭和32年決定が、法2条、13条1項6号、同項9号に反すると主張しているものと解されるが、以下のとおり失当である。 (a) そもそも、昭和32年決定は、旧法に基づき決定されたものであるから、旧法の規定する要件に適合していれば足りると解すべきである。原告らの上記主張は、違法判断の基準時が都市計画決定時 当である。 (a) そもそも、昭和32年決定は、旧法に基づき決定されたものであるから、旧法の規定する要件に適合していれば足りると解すべきである。原告らの上記主張は、違法判断の基準時が都市計画決定時であることを否定するものにほかならず、失当というほかない。 また、法2条は、都市計画の基本理念を定めたものであって、法の解釈及び運用についての一般的指針となり得るものであるが、法に基づいて行われる個々の行政処分の効力に直接影響を及ぼすような要件を定めた規定ではない。 (b) 以上の点を措くとしても、原告らは、法2条、13条1項6号、同項9号違反の具体的内容として、本件認可は、①収用目的が公共の利益を達成することにあること、②財産権を侵害する規制手段として必要最小限度であることの2要件に反すると主張するようであるが、原告らが挙げるこれらの条文は、収用が必要最小限度でなければならないとは規定していないのであって、原告らの上記主張は、前提において誤っている。 すなわち、法は、我が国の都市化に伴い、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(法1条)、このために、都市計画は、適正な制限のもとに土地の合理的利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとしている(法2条)のであって、社会経済的政策目的を実現するための積極的な立法であることが明らかである。旧法も、現行法のような目的や基本理念の規定は置いていないものの、1条の規定からみて、現行法と同趣旨の法律であることはいうまでもない。したがって、法及び旧法における土地利用の制限という私権の制限は、憲法29条2項の公共の福祉の要請に基づく積極的・社会経済政策的規制として許容されるものである。したがって、このような性格を有する法及び旧法におけ 及び旧法における土地利用の制限という私権の制限は、憲法29条2項の公共の福祉の要請に基づく積極的・社会経済政策的規制として許容されるものである。したがって、このような性格を有する法及び旧法における土地利用の制限は、財産権に対する内在的制約の場合と異なり、必要最小限のものであることを要せず、必要かつ合理的なものであれば許容される。法は、この趣旨を明らかにするために、その2条で、土地の合理的な利用が図られるべきことについて「適正な制限」のもとにと規定しているのであって、「必要最小限度の制限」とは規定していない。したがって、原告らの主張は、その前提において誤っている。 ウ昭和62年決定の適法性について前記のとおり、昭和62年決定は、本件民有地については、本件認可の前提となる都市計画ではないが、念のため、昭和62年決定が手続的にも実体的にも要件を充足し、適法であることを明らかにする。 (ア) 手続的要件充足性昭和62年決定は、法所定の手続的要件を充足している。 (イ) 実体的要件充足性昭和62年決定は、地区防災道路計画を受け、これまで公園区域外であった林業試験場本館敷地を新たに公園計画区域に取り込み、避難地としての有効空地の拡大を図るとともに、避難路となる地区防災道路の有効幅員を確保するために、林業試験場跡地北側の一部を道路とし、安全で良好な都市環境の実現を図ることを目的とするものである。したがって、昭和62年決定は、昭和62年決定当時施行されていた都市計画法13条1項柱書き前段4号に適合する。 また、仮に、昭和62年決定が全体として既定の都市計画決定に置き換わったとの立場に立っても、(ウ)ないし(カ)のとおり、その内容は、参加人の裁量権の行使として適切であって、何ら違法でない。 (ウ) 昭和62年決定までの経緯a 昭和36年閣議 都市計画決定に置き換わったとの立場に立っても、(ウ)ないし(カ)のとおり、その内容は、参加人の裁量権の行使として適切であって、何ら違法でない。 (ウ) 昭和62年決定までの経緯a 昭和36年閣議において、既成市街地に置くことを必ずしも必要としない大学、研究機関の集団移転を速やかに行うべきであるとの決定がされ、昭和38年に研究学園都市の建設地を茨城県筑波地区とすることが閣議了解され、昭和43年から、その整備のため建築事業が開始された。 林業試験場も上記のとおり筑波研究学園都市の建設に伴い移転し、その跡地をどのように利用するかが検討された。昭和55年5月19日、上記国有財産中央審議会は大蔵大臣に対し、林業試験場跡地について「避難場所を兼ねた公園として利用する。この場合、本地周辺地域は、道路整備が十分でなく、過密木造住宅地区も多いので、公園の防災機能を高めるため、本地へ通ずる道路の整備を行うほか、本地周辺地域の不燃化を推進するものとして、この関連において必要があるときは、本地内の外周部分の一部を利用するものとする。」旨の答申をした。 そこで、東京都は、昭和57年、「建設省所管に係る防災対策緊急事業計画」を策定し、林業試験場跡地の南側(品川区側)の遠距離避難地域(広域避難地まで3キロメートル以上となる地域)の解消を主な目的として、林業試験場跡地周辺を避難人口12万人の広域避難地として計画した。その中でも、林業試験場の南側に広がる「中原街道沿いの城南地域の遠距離避難地」の解消のために、目黒公園の整備と、周辺の不燃化を進める必要性が明らかになった。また、同時期に、品川区と目黒区により、林業試験場跡地周辺の防災上の課題に対する検討が進められたが、その結果、不燃化推進事業の推進や細街路の拡幅、地区防災道路の新設や公園入口の増設を進めていくことにな 、同時期に、品川区と目黒区により、林業試験場跡地周辺の防災上の課題に対する検討が進められたが、その結果、不燃化推進事業の推進や細街路の拡幅、地区防災道路の新設や公園入口の増設を進めていくことになった。 b また、目黒区及び品川区は、同試験場の移転に伴い、跡地の公園整備事業促進を要請するとともに、公園の事業化が図られるまでの間、暫定的に区民に開放することを強く要望した。これを受けて、国は、昭和58年、同試験場跡地の一部の暫定利用を認め、該当部分を解放し、「林試の森公園」として公開するに至った。 (エ) 昭和62年決定の経緯a 以上の答申や防災計画の検討から、昭和62年10月2日、参加人は、当時施行されていた都市計画法(平成11年法律第87号による改正前の規定)18条1項の規定に基づき、東京都市計画地方審議会に対し、東京都市計画目黒公園について、国有財産中央審議会の答申及び防災対策緊急事業計画を踏まえた公園計画の見直しを付議し、昭和62年11月2日、東京都市計画地方審議会は、参加人に対し、東京都市計画目黒公園について、国有財産中央審議会の答申等も踏まえ、これまで公園区域外であった林業試験場本館敷地を新たに公園計画区域に取り込み、避難地としての有効空き地の拡大を図るとともに、避難路となる地区防災道路の有効幅員を確保するために林業試験場跡地北側の一部を道路とする公園計画の見直しを行う旨の答申を行った。 b 参加人は、昭和62年11月4日、当時の都市計画法(平成11年改正前の規定)18条3項の規定に基づき、建設大臣の認可を受けた上、同月25日、法18条1項の規定により東京都市計画公園第5・5・25号目黒公園の決定を行い、この旨を告示した。 前記のとおり、昭和62年決定により、目黒公園は、目黒区及び品川区の区域にまたがる面積約12.7ヘクタール 1項の規定により東京都市計画公園第5・5・25号目黒公園の決定を行い、この旨を告示した。 前記のとおり、昭和62年決定により、目黒公園は、目黒区及び品川区の区域にまたがる面積約12.7ヘクタールの総合公園に決定された。そして、これまで計画区域に含まれていなかった林業試験場本館跡地(移転により取り壊しが予定されていた。)の公園計画区域への編入や、一部公園計画区域から周辺防災道路への提供等が行われた。 さらに、公園の計画区域周辺は、過密木造住宅地となっていることから、災害に強いまちづくりを図るため、目黒区・品川区の方針を受け、東京都において公園の周辺部約16.6ヘクタールにつき、都市防災不燃化促進事業に伴う防火地域等の都市計画変更も、同時に決定した。 c 昭和62年決定と同時に、目黒公園の基本計画も従前の計画が再検討された。 つまり、跡地内には巨木や貴重樹種が多く、地形も起伏に富んでいるので、これを最大限に活かすとともに、現存する樹木を核として樹木の量を増やし、その質も充実させ、利用者と周辺居住者に対して自然とふれあう場をつくるという基本理念をさらに発展させ、①都内でも有数の樹木の貴重木の保存と活用を図る、②不燃化計画及び周辺道路整備計画との整合性を図る、③暫定解放に対する計画上の配慮をする、④立地による敷地区分等、計画条件の整理をするという基本的考え方に基づき、種々の方策が練られた。 上記の基本的考え方に基づき、a林試の森の歴史的継承、b自然と人間活動との調和ある共存に加え、c避難地としての有効性を高めることが公園の基本方針とされた。具体的には、aについては、本件公園は明治33年6月に「山林局目黒試験苗圃」として発足以来、日本林業の中心的研究機関としてその役割を果たし、また、その結果として数多くの樹木や貴重木が植栽され、鬱蒼とした樹林 は、aについては、本件公園は明治33年6月に「山林局目黒試験苗圃」として発足以来、日本林業の中心的研究機関としてその役割を果たし、また、その結果として数多くの樹木や貴重木が植栽され、鬱蒼とした樹林が作られたことから、これらの旧林業試験場時代を物語る残存樹林と残存木を公園の骨格とすることを基本方針の第一とすること、bについて、本件公園が次世代に受け継がれ、愛される公園とするために、単に今ある樹林、樹木を保存することのみならず、積極的に活用することが必要であり、これは風致すなわち自然性と人間の活動が一体となった調和ある空間を生み出すよう配慮すること、cについては、広域避難場所として、通常利用との整合を図りつつ、緊急時には安全かつ有効な活用が図られるよう広場の配置、施設を計画することである。 d また、基本計画では、公園の接道状況、立地による敷地区分、導入施設の種別、規模を考慮し、園内をゾーニングするとともに、動線計画が策定されている。 これによれば、(a)ゾーンの設定は既存の樹林、樹木を保全し活用することを第一とし、大規模な伐開、改変を行わないこと、(b)動線についても既存の利用動線(園路)を活用すること、(c)防災上の配慮から出入口及び園路(外周に近い周遊道路)の設定を行うことが基本的考え方とされた。そして、その内容として、「エントランスゾーン」が三か所設けられ、入口広場として設置することになった。本件民有地は、南側の入口広場として、車両の通行が可能であり、また公園内を通過している主動線につながるものである。このようにして、特に、避難地としての有効性を高めるために、円滑な避難が行える動線計画を立て、広場の確保のための方策が展開された。 e そして、公園の入口に関しては、①入口は、周辺の道路整備計画と整合性を図り12か所とする、②主な入口は 効性を高めるために、円滑な避難が行える動線計画を立て、広場の確保のための方策が展開された。 e そして、公園の入口に関しては、①入口は、周辺の道路整備計画と整合性を図り12か所とする、②主な入口は、南、東、北側の三か所に設ける、③主な入口から入る動線は、公園内の主動線とする、④主動線は、非常時には緊急車両が通行できるよう幅員、断面及び立体交差とするという計画がなされた。このように、入口広場は、接道状況の緩和、避難時におけるスムーズな導入を図る必要から、指標性を高めると同時に間口を広くし、避難場所への方向性を示すよう明快な構成とし、公園利用、防災に関するインフォメーションコーナー、案内板、掲示板、ベンチが設置されることになる。 昭和62年決定は、昭和61年9月に本件民有地内の住民から計画解除の要求が出されていることも踏まえながら検討されたが、上記のとおり、公園計画上必要性が高いことから再度決定されたものである。 (オ) 本件民有地の必要性本件民有地を利用した入口広場の設置は、以下の理由で計画的条件及び事業的条件のいずれの見地からも必要性が高い。 a 本件民有地は、地区防災道路Ⅲ(D路線・品川区道Ⅰ159号、目黒区道E43号)と広域避難地である林業試験場跡地の主要避難場所をつなぐ場所であり、2万4000人の避難に寄与する防災上重要な区域である。 b 本件民有地は、最寄り駅である東急目蒲線武蔵小山駅に最も近い場所であり、広く都民利用に供するべき総合公園である目黒公園の正門としてふさわしい位置である。 c 西側官舎敷地は、昭和50年ころの建て替えにより空き地と不燃化された高層建造物からなっており、公園整備を行わずとも防災計画上の機能を果たすもので、公園計画区域に編入する必然性はなかった。 d 本件民有地には、一部構造物の連坦が見られるものの、比 空き地と不燃化された高層建造物からなっており、公園整備を行わずとも防災計画上の機能を果たすもので、公園計画区域に編入する必然性はなかった。 d 本件民有地には、一部構造物の連坦が見られるものの、比較的に疎であり、法53条の建築制限によって、移転又は除却容易な建築物の連坦に限られている。これに対し、西側官舎敷地は、鉄筋コンクリート造の建物が存在しており、その移転又は除却が困難であること、及び不燃化が既にされていることから、将来の事業化の適正という点で、本件民有地に劣るものであった。 (カ) 昭和62年決定の際の考慮事項都市計画変更の基準については、明文の定めがないことから、参加人は、昭和62年決定に当たり、従来の都市計画に関する行政実務経験に照らし、計画的条件、地形的条件及び事業的条件という代表的な3条件を設定して総合評価を行ったものであり、上記(ウ)ないし(オ)に照らすと、その検討は合理的なものであって、その裁量権を適切に行使したものである。 (キ) 原告らの主張に対する反論a 原告らは、これまで本件民有地を避難場所を兼ねた入口広場にする計画が存在したことはないと主張する。しかし、昭和61年にまとめられた基本計画書でも本件民有地は入口広場として計画されており、後からそのような理由を付したものではない。基本計画図、事業説明の際の基本設計図にもあるとおり、本件民有地の外にも北門、東門について入口広場が計画されており、これらの門についてはほぼ計画どおりの形状で整備されている。 また、原告らに対する計画の説明の際には、本件事業の主要目的である入口広場の確保について説明が行われており、本件民有地が、通常の利用の便及び避難場所として利用される点についても十分な説明をしてきたから、避難場所としての行政目的を持っていることについて説明を受けていな 場の確保について説明が行われており、本件民有地が、通常の利用の便及び避難場所として利用される点についても十分な説明をしてきたから、避難場所としての行政目的を持っていることについて説明を受けていないとの原告の主張は誤っている。 b 原告らは、西側官舎敷地の空き地に避難道路を確保すれば行政目的は達成できると主張する。しかし、本件事業は、単に避難道路ないしは通路を確保するための道路事業ではなく、一定の面積を持った通常時の利用に供する「公園の入口広場」と被災時に機能する「避難場所の入口広場」を確保する公園事業である。したがって、単に道路ないしは通路を確保すれば目的を達成できるとする原告らの主張は誤解に基づくものである。 エ原告らの主張する都市計画の変更義務について都市計画を変更しないことの当否は、法21条1項違反の問題を生じさせない。 法21条1項が都市計画の変更を認める趣旨は、都市計画は都市の将来の発展の見通しを的確に把握して定めるべきものではあるが、時代の進展に伴い、社会的、経済的条件の変化等により、都市計画もこれに応じて変更する必要が生ずる場合があり、このような場合における都市計画の変更の権限と責務を行政庁に認めることにある。そして、同項は、行政庁に対し都市計画を変更すべき場合の一般的な運用指針を示した規定であって、変更すべき法的義務を定めたものではない。 また、仮に、法21条1項が変更すべき法的義務を定めたものであると解する余地があるとしても、法21条1項により変更することが相当であるとされる場合のすべてについて、行政庁の変更義務が発生することになるとは到底解し得ない。都市計画の適法要件を定めるのは、都市計画基準(現行法であれば法13条1項各号、旧法であれば1条)であるから、都市計画が法に定める都市計画基準に適合しているのであれば ことになるとは到底解し得ない。都市計画の適法要件を定めるのは、都市計画基準(現行法であれば法13条1項各号、旧法であれば1条)であるから、都市計画が法に定める都市計画基準に適合しているのであれば、都市計画を変更しないことは当不当の問題を生じさせるにすぎず、当該都市計画が都市計画基準に適合しなくなってはじめて、行政庁の変更義務違反が問題となり得るというべきである。そして、都市計画が長期的視点に立って実現されるべきものであり、その性質上、計画の安定性の要求も無視し得ないことにかんがみると、行政庁が都市計画を変更しないことが、法21条1項に違反して違法であるというためには、当該都市計画が決定後相当の長期間を経過し、その間、社会的、経済的条件が著しく変化し、当該都市計画が法に定める都市計画基準に明らかに適合しなくなっただけでなく、都市計画の行政庁において当該都市計画を変更しないでこれを維持することが行政庁に与えられた裁量権を逸脱、濫用するものといえるような例外的場合に限られると解するのが相当である。本件の昭和32年決定について、上記のような変更義務が生じたというべき状況は全く存在しない。なお、仮に法21条1項に基づく変更義務違反があったとしても、当該都市計画決定の違法判断は、計画決定時を基準とすべきであるから、変更義務違反があるという一時をもって、昭和32年決定が遡って違法となるものではない。 オ本件認可の適法性について本件認可は、法61条の要件を充足するものであって、適法である。 (ア) 認可の申請手続本件認可は、法所定の手続的要件を充足している。 (イ) 都市計画との適合及び事業施行期間の適切性a 都市計画との適合性本件事業の都市計画の内容は、総括図、計画図及び計画書によって表示され、計画書には都市施設の種類、名称、位置及び区域そ る。 (イ) 都市計画との適合及び事業施行期間の適切性a 都市計画との適合性本件事業の都市計画の内容は、総括図、計画図及び計画書によって表示され、計画書には都市施設の種類、名称、位置及び区域その他政令で定める事項として種別及び構造が定められ、決定の理由が記載されていた。 建設大臣は、事業の内容として、都市計画に適合すべきもののうち、事業地については、「事業地を表示する図面」(法60条3項1号)として申請書に添付された位置図及び平面図と計画図を照合して、事業の内容が本件都市計画に適合することを確認した。 b 事業施行期間の適切性本件事業の事業施行期間については、建設大臣は、用地の取得及び施設の整備等に要する期間を勘案し、本件事業と同程度の規模の事業における事業期間に照らして均衡を失するものではないことから、適切であると判断した。 (ウ) 行政機関の免許等本件事業の場合、都市計画事業者である東京都は、事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を特に必要としない。 (エ) 原告らの主張に対する反論a 事業認可の際に、都市計画決定の適法性について再度考慮すべきであるとの点について法61条1号は、事業の内容が「適法な」都市計画に適合することを要件とするものではない。すなわち、同号は、都市計画事業の内容が都市計画に適合していることを要求しているだけであって、前提となる都市計画が認可時において適法であることは何ら要求していないというべきである。また、法は、都市計画の図書の写しを国土交通大臣(本件認可当時の建設大臣、以下同じ。)に送付する旨の規定を設けているにすぎず(法20条1項)、都市計画の適法性を判断するための資料を国土交通大臣に提供することを定めた規定を置いていないから、国土交通大臣が都市計画決定の適法性を審査することが る旨の規定を設けているにすぎず(法20条1項)、都市計画の適法性を判断するための資料を国土交通大臣に提供することを定めた規定を置いていないから、国土交通大臣が都市計画決定の適法性を審査することが予定されていないことが明らかである。したがって、原告らの主張には理由がない。 b 法70条1項の趣旨について原告らは、法70条は、事業認可の際土地収用法20条に定める要件が具備されていることを前提とする規定である旨を主張する。しかし、法70条の趣旨は、①都市施設に関する事業は、土地収用法3条各号に掲げるものと同様であること、②都市計画事業の事業主体は、法59条において地方公共団体、国の機関及び特許施行者とされており、確実な事業遂行が見込まれることを事業認可の際に十分審査していること、③都市計画決定の過程において、公聴会を開催する(法16条)ほか、法17条に基づき公告・縦覧を行い、住民及び利害関係人からの意見書の提出のほか、同法18条に基づき関係市町村からの意見聴取や都市計画地方審議会の議を経る等、利害関係人、第三者機関及び行政機関の調整を十分経ており、計画自体の合理性は十分具備していることにかんがみ、都市計画事業の認可の手続を経た上でさらに土地収用法の事業認定の手続を採ることとするのは、事業者に二重の手続を取らせることとなり、必要性がないというところにあるから、原告らの主張は理由がない。 (オ) まとめ以上のとおり、昭和32年決定及び昭和62年決定は、いずれも適法かつ有効に決定されたものであり、同都市計画に基づく本件認可も法61条の要件を充足するものであって、適法である。 第3 争点に対する判断 1 事業認可の要件法(本件認可当時に施行されていた、平成9年法律第50号による改正前のもの。)61条は、建設大臣が、同法59条2項の都市計画事 ものであって、適法である。 第3 争点に対する判断 1 事業認可の要件法(本件認可当時に施行されていた、平成9年法律第50号による改正前のもの。)61条は、建設大臣が、同法59条2項の都市計画事業の認可をする要件として、①認可の申請手続が法令に違反しないこと、②事業の内容が都市計画に適合し、かつ、事業施行期間が適切であること、③事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においては、これらの処分があったこと又はこれらの処分がされることが確実であることの各要件を定めているから、都市計画事業認可が適法であるというためには、以上の各要件を満たすことが必要である。 また、都市計画事業の認可は、適法な都市計画決定又は変更決定がされていることを前提として、その上に積み重ねられる手続であるから、都市計画決定又は変更決定が違法であれば、当然その認可も違法となるものと解するのが相当である。そして、都市計画決定又は変更決定の違法事由は、上記認可の違法事由としてその取消訴訟において主張することができるものと解される。 2 新旧都市計画法における都市計画決定の要件(1) 昭和32年決定時における都市計画決定の要件昭和32年決定は、旧法の施行されていた当時にされた都市計画決定であるところ、旧法は、3条において、都市計画決定の手続的要件として、①都市計画審議会の議を経ること、②建設大臣が決定すること、③内閣の認可を受けることを定め、都市計画決定の実体的要件については規定していないが、旧法1条が、都市計画の定義として「交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」と定めていることからすれば、この規定に適合することが実体的要件となっていたということができる。 (2) 昭和62年決定時に 経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」と定めていることからすれば、この規定に適合することが実体的要件となっていたということができる。 (2) 昭和62年決定時における都市計画決定の要件本件認可の前提となっている都市計画は、公園(法11条1項2号)に関するものであり、都市施設に関する都市計画であるところ、法は、都市施設に関する都市計画決定の適法要件につき、①手続的要件として、法15条、16条、17条、18条、20条(変更につき、さらに法21条2項)の各規定を置き、②実体的要件として、法(ただし、昭和62年決定当時施行されていた、平成2年法律第61号による改正前のもの。以下同じ。)13条1項(変更につき、さらに法21条1項)の規定を置いている。そして、同法13条1項の規定する実体的要件は、次のとおりである。 ア都市計画が、全国総合開発計画、首都圏整備計画、近畿圏整備計画、中部圏開発整備計画、北海道総合開発計画、沖縄振興開発計画、地方総合開発計画、都道府県総合開発計画その他の国土計画又は地方計画に関する法律に基づく計画及び道路、河川、鉄道、港湾、空港等の施設に関する国の計画に適合することイ都市計画が、当該都市の特質を考慮して、各号に掲げるところに従って、土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならないことウ当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は当該公害防止計画に適合したものでなければならないことエ都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること( ければならないことエ都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること(同条同項4号〔ただし、昭和62年決定当時施行されていた、平成2年法律第61号による改正前のもの。現行法では、同項11号に該当する。以下同じ。〕)(3) 都市計画決定の適法性の判断についてア都市計画決定における裁量法13条1項柱書きは、都市計画基準につき、都市計画は、当該都市の特質を考慮して、都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない旨規定し、都市施設に関し、同項4号において、「都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること。」と規定している。都市計画基準としてこのような一般的かつ抽象的な基準が定められていることからすれば、都市施設の適切な規模や配置といった事項は、これを一義的に定めることのできるものではなく、様々な利益を比較衡量し、これらを総合して政策的、技術的な裁量によって決定せざるを得ない事項ということができる。したがって、このような判断は、技術的な検討を踏まえた一つの政策として都市計画を決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって、都市施設に関する都市計画の決定は、行政庁がその決定についてゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に限り違法となるものと解される。すなわち、都市計画決定の適否を審査する裁判所は、行政庁が計画決定を行う際に考慮した事実及びそれを前提としてした判断の過程を確定 し又はこれを濫用したと認められる場合に限り違法となるものと解される。すなわち、都市計画決定の適否を審査する裁判所は、行政庁が計画決定を行う際に考慮した事実及びそれを前提としてした判断の過程を確定した上、社会通念に照らし、それらに著しい過誤欠落があると認められる場合にのみ、行政庁がその裁量権の範囲を逸脱したものということが許されるのである。 イ都市計画決定の違法判断の基準時(ア) 取消訴訟において、問題となる行政処分が違法か否かを判断するに際して、行政処分後に法令あるいは事実状態の変化があった場合には、まず行政庁が第一次判断権を行使すべきであって、裁判所がこれを待たずに処分後の法令あるいは事実状態に照らして処分の違法性を判断することは、行政庁の第一次判断権を侵すものであり、行政処分に対する事後審査という取消訴訟の本質に反すると考えられるから、行政処分の違法判断は、当該処分がされた当時を基準とすべきである。 したがって、都市計画事業認可の取消訴訟における事業認可の違法判断の基準時は、当該行政庁のした当該事業認可の時である。 (イ) また、前記のとおり、都市計画事業認可が適法であるというためには、その前提となっている都市計画決定が適法であることも必要であるところ、都市計画についても、都市計画決定後に法令あるいは事実状態の変化があった場合には、都市計画決定自体が行政処分ではないとしても、行政処分と同様に、都市計画決定をした行政庁が第一次判断権を行使すべきであって、裁判所がこれを待たずに都市計画決定後の法令あるいは事実状態に照らして都市計画決定の違法性を判断することが行政庁の第一次判断権を侵すこととなることに変わりはないから、都市計画決定の違法性も、都市計画決定のされた時を基準として判断すべきである。 (4) 原告らの主張する違法事由と都市計 性を判断することが行政庁の第一次判断権を侵すこととなることに変わりはないから、都市計画決定の違法性も、都市計画決定のされた時を基準として判断すべきである。 (4) 原告らの主張する違法事由と都市計画決定の要件との関係についてア(ア) 原告らは、本件認可の違法事由として、昭和32年決定(及び昭和62年決定)の際、本件民有地の代わりに西側官舎敷地を利用することにより、本件民有地を計画区域に取り込まないことが可能であったにもかかわらず、民有地である点が一切考慮されず、計画区域に取り込まれた点を違法事由として主張している。 これに対し、被告らは、都市計画区域の決定に際しては、民有地であるか、公有地であるかは格別に考慮要素とすべきでない旨を主張する。 (イ) そこで検討するに、法及び旧法は、ともに都市計画によって都市計画施設を設置すべき区域を定めた場合には、当該都市計画事業に着手する以前において、その区域内の土地における建築を制限し(法53条、旧法11条)、事業認可によって当該事業に着手する場合には、その区域内の土地を収用し得る権限を事業施行者に与えている(法69条以下、旧法16条以下)。このような法的制限及び収用は、いずれも講学上、公用負担と呼ばれるものであるところ、行政庁にこのような公用負担を課する権限を与える理由としては、戦前から、行政庁が権力的手段を用いずに一般私人のなし得ると同様の手段をもっては行政目的を達成できない場合において、その目的を達するために国民に経済上の負担を課する特権を認めたものとの説明がされている(美濃部達吉・日本行政法下巻844頁、田中二郎・新版行政法下巻〔全訂第二版〕151頁)。すなわち、例えば、公企業の経営や公物の管理は、行政庁が、自らに属する人的物的資材を用いて、あるいは私法上の行為によってこれらを獲得することに 頁、田中二郎・新版行政法下巻〔全訂第二版〕151頁)。すなわち、例えば、公企業の経営や公物の管理は、行政庁が、自らに属する人的物的資材を用いて、あるいは私法上の行為によってこれらを獲得することによって、原則として権力的手段を用いずに行政目的の達成を図るものであるが、このような手段のみによっては行政目的の達成が困難な場合もあることから、自らに属さない人的物的資材に一方的に負担を課することを認めた制度なのである。このような制度の趣旨からすると、公用負担を課するためには、公有に属する財産によっては、行政目的を達することができないことが当然の前提とされるべきものであって、このことは公用負担法一般を通ずる基本理念というべきものである。したがって、公用負担を課する要件を定めた行政実体法の解釈に当たっては、この基本理念に即した解釈を行うべきであるし、特に明文の定めがない場合にも、このことは当然の前提とされているものと解すべきである。 また、このことは、憲法29条1項が、私有財産権の保障を基本的人権の一つとして保障している趣旨からも導かれるところである。すなわち、財産権を保障する以上、これに対する侵害が、可能な限り避けられるべきであることは憲法上の当然の要請であると解されるからである。 このような観点から法及び旧法の規定をみると、法2条は、都市計画の基本理念として、「適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべき」と規定した上で、都市計画基準を定めた13条1項各号において、都市計画の必要性や土地利用の合理性に配慮した規定を設け(例えば、公園を含む都市施設についての都市計画基準として、前記のとおり、同項4号は、「都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより」と規定している。)、都市計画 設についての都市計画基準として、前記のとおり、同項4号は、「都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより」と規定している。)、都市計画事業の必要性並びに当該事業地の必要性及び合理的利用に配慮した規定を置いている。また、法70条及び旧法19条は、法及び旧法の規定による都市計画の事業認可がされた場合には、土地収用法20条の事業認定を経なくとも対象地の収用又は使用をすることができる旨を規定しているから、都市計画決定の際には、土地収用法上の事業認定を受けるために必要な要件と同等の要件を充足していることが必要であると解するのが相当であるところ、昭和32年決定時においても、土地収用法20条3号は、事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであることを、同条4号は、土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであることを要件として規定し、収用対象となる土地が、当該事業目的に照らして真に必要であることを要求している。前記の公用負担法の基本理念を踏まえると、これらの規定のうち、前記法13条1項4号にいう「土地利用の現状及び将来の見通し」、土地収用法20条3号にいう「土地の適正且つ合理的な利用」及び同条4号にいう土地を利用する「公益上の必要」の解釈に当たっては、当該都市施設を設置すべき場所に公有地が存在しないか、存在するとしても他の行政目的に使用されており、その行政目的達成の必要性と都市施設設置の必要性を比較して、後者をこそ優先させるべきとの事情がない場合に、はじめて民有地を選択すべきことが含まれているものと解すべきである。 また、このことは、昭和32年決定がされる際の検討過程において、後記3(1)ウのとおり、東京都市計画公園緑地調査特別委員会が既定計画の廃止及び新規追加の基準と が含まれているものと解すべきである。 また、このことは、昭和32年決定がされる際の検討過程において、後記3(1)ウのとおり、東京都市計画公園緑地調査特別委員会が既定計画の廃止及び新規追加の基準として設定した公園緑地再検討基準の内容にも合致するところである、すなわち、同基準は、既定都市計画においても相当広範囲に建物が密集しているものは廃止するとともに、新規に追加すべきものは、公共用地のほかは、bないしeの4種類に限定しているのであり、このうちeの「土地の確保が比較的容易なもの」とは、あえて収用の手段によることなく土地が確保し得るものと解すべきであるから、民有地として公園又はそれに類似の用途に供されることなく他の用途に使用される土地については、土地区画整理の対象にでもならない限り、公園として追加決定しないとの方針を示しているのであって、裏を返すと、原則として公共用地を用いることを明らかにしたものといえるのである。 このように、公用負担法の基本理念に立脚した法及び旧法の解釈並びに実際に昭和32年決定の検討に当たって考慮された基準のいずれからしても、民有地及びそれに隣接する公有地のいずれを使用することによっても行政目的を達成することが不可能とはいえない場合に、いずれを利用するべきかについては、一方の土地が民有地であることが考慮要素に含まれるべきことは当然である。そして、上記のような場合に、それでもなお民有地を公権力により利用することができるのは、隣接する公有地が、他の行政目的に供されており、その目的達成には当該土地が是非必要であって代替性がない等、当該行政目的達成の必要性が公園設置の必要性に優先すると認められる場合に限られると解するのが相当である。 (ウ) これに対し、被告らは、都市計画が個人の権利義務に直接影響しないことをあげて、このよう 当該行政目的達成の必要性が公園設置の必要性に優先すると認められる場合に限られると解するのが相当である。 (ウ) これに対し、被告らは、都市計画が個人の権利義務に直接影響しないことをあげて、このような場合に一方の土地が民有地であることを格別考慮する必要性がない旨の主張をするが、都市計画事業が認可された場合、事業者に対し、事業地の収用権付与の効果が生じること及び事業認可の際、前提となる都市計画決定が適法であるか否かについて検討することが制度上義務づけられていないことに照らせば、都市計画決定自体に処分性がないことは、上記判断を何ら左右するものではない。また、被告らは、都市計画の事業認可により、民有地を収用することは、いわゆる積極目的による財産権の侵害に当たるから、必要最小限であることは要求されないとも主張する。しかしながら、本件で問題とされているのは、民有地と公有地のいずれを利用することも不可能とはいえない場合に、そのいずれを採用すべきかにつき一方土地が民有地であることを考慮要素に含めるべきかという点であるから、都市計画が、積極目的によるものであるとしても、そのことが上記結論を左右するものではない。 イ次に、本件民有地は、昭和32年決定の際、計画区域に含められたものであり、昭和62年決定は、本件民有地以外の区域について、計画区域を一部変更するものであるため、本件認可の適法性の検討の前提となる都市計画が、昭和32年決定であるか、昭和62年決定であるかが問題となる。 都市計画は、当該都市の特質を考慮し、当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならないものである(法13条1項柱書き)。しかし、それだからといって、都市計画の変更までが、改めて変更に係る都市計画を決定する性質のものになるとまでは考え難い なものを一体的かつ総合的に定めなければならないものである(法13条1項柱書き)。しかし、それだからといって、都市計画の変更までが、改めて変更に係る都市計画を決定する性質のものになるとまでは考え難い。変更部分が独立性を有し、変更前の都市計画全体を取り消して新たな都市計画とするまでのものとは認め難い場合に、あえて吸収あるいは取消し・新規計画というような考え方をする必要はないのであり、変更に関する諸規定を検討しても、そのように考えるべきであるとする確実な手がかりは見いだし得ないのである。かえって、法(昭和62年決定当時に施行されていた、平成3年法律第79号による改正前のもの。)21条2項が、都市計画の変更について、都市計画の決定の手続を準用することを原則としつつも、政令で定める軽易な変更については、同法17条、18条2項及び3項の規定の準用を除外し、名称の変更の場合には、都市計画の縦覧(同法17条1項)等の手続を省略しており、変更されなかった部分については従前の都市計画決定がそのまま効力を有することを前提としていると解されること等にかんがみると、上記のように変更前後の都市計画の内容が一体的かつ総合的に考慮されるべきものであるとしても、それゆえ当然に従前の都市計画決定の内容が、あたかも変更決定に吸収され、新たな一つの都市計画決定となることまでを意味するものではないと解するのが相当である。 本件の場合、本件民有地は、昭和32年決定により都市計画区域に含められたものであり、昭和62年決定の効力は、主要部分を変更しないまま若干の区域の変更をしたものにすぎない。したがって、本件認可の前提となる都市計画決定は、本件民有地に関する部分については、昭和32年決定であると解するのが相当であるから、以下では昭和32年決定の適法性について検討することとする。な ない。したがって、本件認可の前提となる都市計画決定は、本件民有地に関する部分については、昭和32年決定であると解するのが相当であるから、以下では昭和32年決定の適法性について検討することとする。なお、この点については、被告は、本件訴え提起以降4年余りの間、本件認可の前提となる都市計画決定は昭和62年決定であると主張し、その適法性につき主張・立証を行っていたが、平成13年8月6日の本件第15回口頭弁論期日において、本件認可の前提となる都市計画決定は昭和32年決定である旨を主張し、これに反する従前の主張を全面的に撤回する旨を主張するに至ったものであることが記録上明らかである(原告らは、当初から昭和32年決定自体の違法性を主張している。)。 3 昭和32年決定の適法性について前記のとおり、都市計画に当たって行政庁が広範な裁量権を有することにかんがみると、都市計画決定の適法性の判断に際しては、その決定の際に行政庁が考慮した要素及びその判断内容に社会通念に照らして著しい過誤欠落があるか否かという観点から検討すべきである。 そこで、このような観点から、昭和32年決定に至る経緯、昭和32年決定の考慮要素及び判断内容を認定し、その適否について検討する。 (1) 昭和32年決定に至る経緯ア東京市においては、明治17年、市区改正の名の下に都市改造事業が検討されるに至ったが、その中で、公園を計画的に配置するとの構想が初めて打ち出された。これに基づき、同21年には、勅令として東京市区改正条例が公布され、同22年には、東京府告示第37号により49カ所の公園の位置、面積が示された。上記告示は、あくまでも設計・計画にすぎなかったが、それ以降の都市計画決定の基礎となるものであった(乙8)。 イその後、東京市ないし東京都の公園・緑地計画は、5段階、計画グループと 面積が示された。上記告示は、あくまでも設計・計画にすぎなかったが、それ以降の都市計画決定の基礎となるものであった(乙8)。 イその後、東京市ないし東京都の公園・緑地計画は、5段階、計画グループとしては12の計画に分けて指定された(市区改正設計、震災復興計画、防空緑地計画、戦災復興計画及びそれについての2度にわたる改訂がその内容である。)が、昭和31年3月、東京都市計画地方審議会は、これらの計画についてさらに全般的な調整を行い、公園・緑地の適正な配置を図るとともに、重点的な都市計画公園・緑地の整備を図るための調査研究を行うことを目的として、東京都市計画公園緑地調査特別委員会(以下「調査特別委員会」という。)を設置し、公園・緑地計画が統一的に検討されることとなった(乙8、丙1の2・3)。なお、林業試験場区域を対象とする目黒公園についての公園・緑地計画は、後記オのとおり、昭和32年の東京都市計画公園緑地決定の際に初めて提案され、審議・決定されるに至ったものである。 ウ調査特別委員会は、公園緑地再検討基準(丙1の4)を設け、個々の公園・緑地の現況についての説明の聴取、航空写真による判定又は現地調査に基づいて、上記基準により廃止又は縮小することが妥当なものについてはこれを除去し、上記基準に合致しているものは追加する検討を行った結果、昭和32年4月30日、第91回東京都市計画地方審議会において、公園緑地再配置方針を報告した(丙1の1ないし1の4)。 上記公園緑地再検討基準の内容は以下のとおりである(丙1の4)。 (ア) 既定計画公園緑地境域内において廃止するものa 既に開校している学校の敷地b 将来公園施設として転用し難い大規模な恒久建造物の存する区域c 相当広範囲に建物が密集している区域d 環境の変化によって計画要素(海岸、河岸)を失っ 廃止するものa 既に開校している学校の敷地b 将来公園施設として転用し難い大規模な恒久建造物の存する区域c 相当広範囲に建物が密集している区域d 環境の変化によって計画要素(海岸、河岸)を失ったものの一部又は全部の区域(イ) 今後追加決定するものa 河川、湖沼等の公共用地でレクリエーションエリヤとして使用され、又は将来使用され得る団地b 神社仏閣等の境内地で公園目的を達し得る土地c 民営であっても屋外レクリエーションエリヤである土地d 土地区画整理で造成するものe 土地の確保が比較的容易なものエ建設大臣は、昭和32年7月30日、目黒公園計画を含む東京都市計画公園緑地決定について、東京都市計画地方審議会に付議した(丙4の2)。東京都市計画地方審議会は、これに基づき審議し、昭和32年11月6日、第93回東京都市計画地方審議会において、東京都市計画公園緑地決定を議決した(丙8)。 建設大臣は、同年12月21日、前記認定のとおり、昭和32年決定をした。 オ前記のとおり、目黒公園計画は、この東京都市計画公園緑地決定の一環として計画決定されたものであるが、昭和32年2月27日開催の第3回東京都市計画地方審議会の議事録には、目黒公園についての提案理由として、林業試験場の地域であって、奇木樹木が非常に多く生息しており、植物公園にすることが望まれるという趣旨の説明がされたことが記録されている(丙30)。また、同年8月5日開催の第92回東京都市計画地方審議会の議事録には、多数の計画のうち、予定地が公園的な使用に供されていないものについて、積極的に事業を行うこととし、既に公園的な要素を持っている土地については、積極的に公園事業化を進めるのではなく、当分そのまま利用し、将来他の用途に供されるおそれがある場合に、これを買収して他の用途に転換され 業を行うこととし、既に公園的な要素を持っている土地については、積極的に公園事業化を進めるのではなく、当分そのまま利用し、将来他の用途に供されるおそれがある場合に、これを買収して他の用途に転換されるのを防ぐ趣旨で再検討すべきであるとの説明がされたことが記録されている(丙28)。これらの記載によれば、目黒公園は、公共用地であった当時の林業試験場の区域には種々の樹木が生息しており、同区域は既に公園的な要素を持っていることから、前記ウ(イ)aの追加決定対象に該当するとの判断がされ、都市計画制限を課してその緑地の保全を期待するとともに、林業試験場が経営上他の施設に転換しようとするような場合には、申出により買収し名実ともに公園にしようとの目的で都市計画公園の一つに組み入れられたものと認めることができる(乙7・59頁)。 (2) 昭和32年決定の計画区域についてア昭和32年決定の計画区域は、前記認定のとおり、品川区fg丁目及び目黒区hi丁目各地内の地積約11.70ヘクタールである。上記計画区域は、昭和32年当時の行政財産としての林業試験場敷地と同一ではなく、とりわけ計画区域の南側部分は、当時の林業試験場本体敷地(別紙図面1のAの部分。以下「A部分」という。)に、林業試験場公務員宿舎敷地(別紙図面1のCの部分。以下「C部分」という。)及び本件民有地(別紙図面1のDの部分)を加えた区域を含むものであった(丙5、6)。他方で、昭和32年決定当時、林業試験場本体敷地の南西側の土地である西側官舎敷地(別紙図面1のB1の部分。以下「B1部分」ということがある。)には、農林本省宿舎が建てられ、南東側の土地(別紙図面1のB2の部分。以下「B2部分」という。)には、公務員宿舎と思われる数棟の建物が建てられていた(甲13の4、乙10、丙42の1)が、B1部分及びB は、農林本省宿舎が建てられ、南東側の土地(別紙図面1のB2の部分。以下「B2部分」という。)には、公務員宿舎と思われる数棟の建物が建てられていた(甲13の4、乙10、丙42の1)が、B1部分及びB2部分は、昭和32年決定の計画区域には含められなかった。 イ昭和32年当時、A部分、C部分、B1部分及びB2部分は、いずれも国有財産法の規定する行政財産たる国有地であり、一体として林業試験場という行政目的に供されるものとして取り扱われていた(丙16ないし19)。 ウ C部分には、昭和22年9月、林業試験場所管の木造平家建ての林業試験場公務員宿舎が3棟新築され、昭和32年決定当時も、同部分には同宿舎が存在していた(丙48)。なお、C部分の一部には、昭和32年3月、農林本省が所管する農林本省職員宿舎である旧小山台住宅1棟が新築された(丙49、以下「旧小山台住宅」という。)。 エ B1部分及びB2部分は、前記イのとおり、林業試験場という行政目的に供されるものとされていたが、B1部分には、昭和24年3月、農林本省が所管する農林本省宿舎として木造平家建て、一棟当たり面積71平方メートルの建物25棟が新築され、昭和32年決定当時も、同部分には同数の建物が存在していた(目黒住宅、丙39、48、甲11の1)。昭和32年決定当時の目黒住宅の利用状況は不明である。 B2部分には、前記アのとおり、昭和32年当時、公務員宿舎と思われる数棟の建物が建っていたことが認められるが、これらの建物の建築時期、規模等の詳細は不明である。 オなお、被告らは、前記旧小山台住宅及び目黒住宅が建築された当時、それぞれの敷地部分は、農林本省が林業試験場から使用許可を受けていたものと主張している。しかし、被告らの主張する上記使用許可が、当時の国有財産法上、厳密にどのような性質であったかに 建築された当時、それぞれの敷地部分は、農林本省が林業試験場から使用許可を受けていたものと主張している。しかし、被告らの主張する上記使用許可が、当時の国有財産法上、厳密にどのような性質であったかについて明らかにする証拠はなく、そもそも使用許可がされていたこと自体についてもこれを直接に認めるに足りる証拠は提出されていない。 カ原告らは、本件民有地には、昭和32年決定当時、7棟の民家が建築されていたと主張し、被告らは、せいぜい4棟の建物が存在していたにすぎないと主張するが、昭和32年決定以前の本件民有地の状況について記載のある証拠(甲11の1、13の4、乙10、丙42の1)によれば、本件民有地には、少なくとも4棟の建物が存在していたことが認められるものの、それ以上の建物が存在していたことを認定することはできない。 (3) 昭和32年決定の考慮要素及び判断内容についてア被告らは、昭和32年決定当時、前記主張部分に記載のとおりの要素を考慮して、判断したものと主張する。なお、昭和32年当時の考慮要素及び判断内容については、これを裏付ける資料は存在しないため、被告らの主張も推測の域を出ないものであるが、以下においては、被告らの主張する考慮要素、判断内容を前提として検討する。 イ本件民有地が民有地であることを考慮要素としなかった点について昭和32年決定当時の旧法の解釈上、計画対象区域に民有地を含めるか、隣接する公有地を含めるかの検討をする際には、前記のとおり、公用負担法の基本理念にかんがみ、可能な限り、民有地を利用せずに計画目的を達成し得るよう配慮するべきであり、民有地を利用するためには、隣接する公有地が他の行政目的に供されており、その目的達成には当該土地が是非必要であって代替性がない等、当該行政目的の達成の必要性が公園設置の必要性に優先する べきであり、民有地を利用するためには、隣接する公有地が他の行政目的に供されており、その目的達成には当該土地が是非必要であって代替性がない等、当該行政目的の達成の必要性が公園設置の必要性に優先すると認められることを要すると解すべきである。したがって、当該計画区域にいずれを含めるかの判断に際しては、一方の土地が民有地であることは当然に考慮すべき要素である。また、本件の目黒公園計画の前提となった調査特別委員会により設けられた公園緑地再検討基準においても、「土地の確保が比較的容易なもの」が追加決定の対象とされており、同基準においては、原則として公共用地を用いることが想定されていたと解されることは前記のとおりであるから、この点からも、計画区域に含まれる土地が公有地であるか、民有地であるかは、当然に考慮すべき要素であったというべきである。そうすると、これを考慮しなかった(被告らは、そのように主張している。)昭和32年決定は、裁量権の行使に著しい過誤欠落があったといわざるを得ない。 ウ本件民有地を利用する必要性の有無について被告らの前記主張は、仮に、民有地であることを考慮要素とした場合であっても、昭和32年決定において、本件民有地を計画区域に含める必要性が認められたことを主張するものとも解されるから、この点について検討する。 (ア) 土地の利用状況について被告らが、土地の利用状況の点から主張している本件民有地利用の必要性は、要するに、西側官舎敷地には、当時20棟余りの建物(目黒住宅)が建てられていたのに対し、本件民有地上には、4棟ほどの建物が建てられていたのみであり、かつ、本件民有地は緑地の多い土地であったことである。 しかし、西側官舎敷地は、前記認定のとおり、当時、国有財産としての分類上は、林業試験場本部部分と一体として林業試験場という行 ていたのみであり、かつ、本件民有地は緑地の多い土地であったことである。 しかし、西側官舎敷地は、前記認定のとおり、当時、国有財産としての分類上は、林業試験場本部部分と一体として林業試験場という行政目的のために利用されるべきものとされていたところ、昭和32年決定は、直ちに公園の設置を行おうとしたものではなく、林業試験場としての公用が廃止された時点での公園設置を目指したものであるから、林業試験場という行政目的の存在は同敷地を公園の対象区域とすることを何ら妨げるものではない。また、西側官舎敷地は、当時、現実には官舎敷地として利用されていたところ、その利用の法的性質について、被告らの主張もあいまいといわざるを得ないが、同敷地が上記のように本来は他の行政目的に供すべき行政財産であることからすると、講学上のいわゆる目的外使用許可がされていたものと認めるほかない。そうであるとすると、官舎敷地としての利用は、あくまで林業試験場としての用途又は目的を妨げない限度で許されているにすぎず、林業試験場の行政目的達成の必要性に応じて許可が撤回されるおそれがあるという点で、法的にみて極めて不安定な性質のものであったと認められる。その上、一般に公務員の官舎は、ごく特殊なものを除き、特定の場所に設置すべき必要性は認め難く、西側官舎敷地上に建築されていた目黒住宅についてもその場所に設置することを必要とする特殊事情は認められないし、官舎に居住している公務員は、一定期間の居住を請求する権利を有するものではない(現行国家公務員宿舎法18条1項4号、同5号は、このことを注意的に規定したものである。)。さらに、昭和32年決定当時、西側官舎敷地上に建てられていた目黒住宅は、いずれも木造建物であって、いずれ建て替えを免れない状況にあったことが当時から明らかであったというべきであ したものである。)。さらに、昭和32年決定当時、西側官舎敷地上に建てられていた目黒住宅は、いずれも木造建物であって、いずれ建て替えを免れない状況にあったことが当時から明らかであったというべきであるところ、実際にも、目黒住宅は、昭和46年に2棟が取り壊された後、昭和48年から51年にかけて、鉄筋コンクリート造の小山台住宅に建て替えられた(丙39、40)ことが認められる。これらのことと昭和32年決定が直ちに公園の設置を行おうとしたものではないことからすると、西側官舎敷地が官舎としての行政目的に供されていたとしても、その相当部分を公園の対象区域に含めることを妨げるものではなく、林業試験場が廃止されるまでの間に、対象区域の官舎を撤去し残された部分に集約する等して対応することが十分可能であったと認められる。 したがって、西側官舎敷地が供されていた行政目的の達成の必要性は、いずれにしても同敷地の相当部分を昭和32年決定によって公園の計画対象区域に含めることを妨げるものではなく、これに優先する関係にあったとは認め難く、被告らの主張する、建物数及び緑地状況についての判断のみをもって、本件民有地を計画区域とする必要性があったものとは到底認めることができない。 (イ) 林業試験場の東側表門及び南側裏門通路とのアクセスの容易性について被告らは、西側官舎敷地を計画区域に含める場合、東側の表門からの通路又は南側裏門からの通路と接合するためには、西側官舎敷地及び林業試験場公務員宿舎敷地の北側部分に広がる苗圃及び林を伐採することが必要になるため、その必要のない本件民有地の方が公園へのアクセスが容易であると主張する。 しかし、そもそも上記部分が、苗圃及び林であったことを認めるに足りる的確な証拠は存在しないし、苗圃については、その性質上、ある程度の期間が経過すれば 地の方が公園へのアクセスが容易であると主張する。 しかし、そもそも上記部分が、苗圃及び林であったことを認めるに足りる的確な証拠は存在しないし、苗圃については、その性質上、ある程度の期間が経過すれば苗を他に移植することが予定されているものであるから、その時期を利用してアクセスに支障のないように形状を変更することが可能であるし、林業試験場としての公用が廃止された場合には苗圃自体の必要性がなくなるとも考えられる。また、林についても、昭和32年決定が直ちに事業を開始することを前提としていないことからすると、徐々に樹木を移植する等してアクセスに支障のないように形状を変更する余地もあったと考えられる。これらによると、この点が本件民有地を通路として利用する必要性を基礎づけるものでないことは、明白である。 (ウ) 有効な動線の確保について被告らは、西側官舎敷地を利用した場合、公園内に至る通路に曲線ができ、入口から公園内への見通しが不十分になるとして、同敷地を利用することは妥当でない旨主張する。 しかしながら、被告らの主張する門の位置や、西側官舎敷地の位置及び形状によると、同敷地を利用して通路を設定したとしても、本件民有地を利用した場合と比較して、著しく不適切であるとは評価し難い。むしろ、当時の航空写真(甲11の1、丙42の1)及び公園基本計画(乙9)からすると、西側官舎敷地のうち本件民有地に隣接する部分に通路を設定したとしても、これを直進して公園本体に入った先には、当時、若干の樹林を隔てて6棟の建物が存しており、基本計画では、この建物敷地付近に小広場を設置することとされていることからすると、十分な動線が確保できると認められる。また、実際に事業開始までの間に支障を解消する余地もあることは、上記(イ)に説示したとおりである。したがって、この点について 置することとされていることからすると、十分な動線が確保できると認められる。また、実際に事業開始までの間に支障を解消する余地もあることは、上記(イ)に説示したとおりである。したがって、この点についても、本件民有地を利用する必要性は認め難い。 エ以上によると、昭和32年決定に際して、本件民有地及び隣接する西側官舎敷地のいずれを計画区域に含めたとしても、公園利用上に有意な差異が生ずるとは認められず、しかも、西側官舎敷地が供されている行政目的達成の必要性は、公園設置の必要性に優先するものではなかったと認められる。それにもかかわらず、本件民有地を計画区域に含めたことは、公用負担法の基本理念に立脚した旧法の解釈並びに検討に当たって策定された基準のいずれにも違反し、その考慮要素及び判断内容には、著しい過誤欠落があったというべきである。 4 昭和32年決定以後に生じた状況について被告らは、昭和62年決定に至る経緯についての主張の中で、本件民有地を取り巻く状況に変化が生じたことについて主張しているから、これらの状況の変化により、本件民有地を利用することについて、新たな必要性が生じ、昭和32年決定の違法性が治癒されるに至ったか否かを検討する。 被告らは、昭和62年決定の際に生じていた本件民有地の必要性につき、昭和32年決定後、避難場所としての入口広場の確保という行政目的が付加されたところ、本件民有地が、地区防災道路と広域避難地である目黒公園をつなぐ一定の面積を有する場所として、防災上重要な区域であること、西側官舎敷地は、昭和50年代の建て替えにより空き地と不燃化された高層建造物からなっており、広域避難場所として公園計画区域に含めることなく防災計画上の機能を果たすものであること等を挙げている。 しかしながら、避難場所として一定の土地が必要となるとして 燃化された高層建造物からなっており、広域避難場所として公園計画区域に含めることなく防災計画上の機能を果たすものであること等を挙げている。 しかしながら、避難場所として一定の土地が必要となるとしても、本件民有地をも公園計画区域に含めなければその要請を満たさないか否かについて具体的な立証がないし、西側官舎敷地部分及び本件民有地のいずれが入口広場の設置に適しているか否かについても、有意な差異があるとは認め難い。また、西側官舎敷地部分が、空き地と不燃化された高層建築物である現小山台住宅の敷地となるに至った点については、昭和32年決定時に適切な決定がされて同部分が公園計画区域に含まれていたならば、法による建築制限の効果によってかかる事態を防止し、上記建て替え時期において既に公園入口として整備することができた可能性すら認められるのであって、これが現在のような事態に至っているのは、前記のとおり、昭和32年決定の際の考慮要素及び判断内容に著しい過誤欠落があり、その結果誤って本件民有地を計画区域に含め、西側官舎敷地部分を計画区域外としたことに基づくものであるから、その後、西側官舎敷地部分に現小山台住宅が建築されたことをもって、本件民有地を利用することの必要性が生じたことの理由とすることはできない。また、昭和62年決定から本件認可までに約10年が経過し、本件認可においては、収用手続が保留され、その施行期間が延伸されるに至っていることからすると、被告らにおいても、入り口広場を確保することについて緊急の必要性があるとは考えていないことがうかがわれる上、西側官舎敷地に建築された小山台住宅5号棟を当面現状のまま存置させざるを得ないとしても、その東西両側の空き地を可能な限り利用して公園入り口とするとともに、その北側の駐車場部分を広場とすることによって、防災上の に建築された小山台住宅5号棟を当面現状のまま存置させざるを得ないとしても、その東西両側の空き地を可能な限り利用して公園入り口とするとともに、その北側の駐車場部分を広場とすることによって、防災上の必要性を満たしつつ、同棟の次の建て替え時にさらに抜本的な整備を図ることで、目黒公園設置目的を達成し得ないでもないと考えられ、本件民有地をどうしても公園計画区域に含める必要性が新たに生じたとは認め難い。 以上によれば、昭和32年決定後、本件認可までの間に、本件民有地を利用する新たな必要性が生じ、同決定の違法性が治癒したと認めることはできない。 5 まとめ本件認可の前提となる昭和32年決定は、その考慮要素及び判断内容に著しい過誤欠落があるといわざるを得ず、計画策定に際し、行政庁に考慮要素及びその判断の程度につき広範な裁量が認められていることを考慮してもなお、その裁量の範囲を逸脱しているものと認められるから、違法であるといわざるを得ない。また、その後の状況の変化を考慮しても、この認定判断は左右されない。そして、昭和32年決定の違法性が、本件認可の違法性として承継されるものであることは、前記のとおりであるから、その余の違法事由の主張の判断をするまでもなく、本件認可は違法であるといわざるを得ず、しかも、本件認可は全体として不可分一体のものであるから、いったんこれを取り消して(この認可取消しによって、既に公園化された部分につき原状回復を行う必要が生ずるものでないことはいうまでもない。)、本件民有地を公園計画区域から除外する等都市計画決定自体の見直しをさせ、これを適切な内容に変更させた上で改めて事業の認可をさせることが必要である。 第4 結論以上の次第であるから、本件請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事 適切な内容に変更させた上で改めて事業の認可をさせることが必要である。 第4 結論以上の次第であるから、本件請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、66条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部裁判長裁判官藤山雅行裁判官鶴岡稔彦裁判官加藤晴子(別紙略)
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