- 1 -平成19年6月6日判決言渡平成17年(ワ)第14966号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年4月11日判決主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1請求被告は,原告に対し,3433万6248円及びこれに対する平成15年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,亡A(昭和7年6月13日生)が,平成15年9月26日,吐き。 気,腹痛等により,被告が経営するB病院(以下「被告病院」という)を受。 診し,同月28日,腹痛を訴えて被告病院に入院したところ,被告病院の医師が,腹腔動脈及び上腸間膜動脈の閉塞を疑い,それに必要な検査,治療等を行わなかったため,Aは死亡するに至ったと主張して,遺族である原告が,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償として3433万6248円及びこれに対する平成15年10月6日(Aが死亡した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 前提となる事実(証拠等の摘示のない事実は,当事者間に争いがない)。 (1)当事者ア原告は,Aの子である。 イ被告は,被告病院を設置・経営する社会福祉法人である。 (2)診療経過の概要- 2 -アAの既往,受診歴等Aは,平成8年ころ,C病院で慢性関節リウマチ,高血圧及び胃潰瘍との診断を受け,降圧剤などを服用していた(甲A1,2。そして,平成)14年6月,C病院において腹部大動脈瘤及び左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症と診断され,左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症に対し,経皮的血管形成術を受けた。 その後,Aは,平成15年9月10日(以下,平成15年については,原則として月日のみを記載する 腸骨動脈閉塞性動脈硬化症と診断され,左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症に対し,経皮的血管形成術を受けた。 その後,Aは,平成15年9月10日(以下,平成15年については,原則として月日のみを記載する,D病院(Dクリニック」ともい。)「う)の外来を受診したところ,E医院を紹介され,同月25日,E医院。 を受診した。E医院のF医師は,Aを診察した結果,上腸間膜動脈症候群の疑いがあるとして,Aに対し,被告病院のG医師を紹介した。 イ被告病院における診療経過Aの被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである(同一覧表中の証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。 。)後に摘示する当事者の主張に関係する限りにおいてその大要を摘示すると,次のとおりである。 Aは,9月26日,被告病院の外来を受診し,G医師に対し,食後の腹痛,嘔吐並びにこれらを原因とする食欲不振及び体重減少(半年間で13kgの減少)等の症状を訴えた。そのため,G医師は,Aに対し,胸腹部レントゲン検査及び血液検査を行い,10月1日に3D-CT(3次元CT)検査を予定した。その後,Aは,9月28日午前11時15分,食後の腹痛が治まらないため,被告病院の救急外来でF医師(E医院のF氏康医師とは別人。以下,特に記載しない限り,被告病院の医師を指す)の。 診療を受け,いったん帰宅したが,同日午後9時20分,被告病院の救急外来を再度受診し,胸腹部レントゲン検査を受けたところ,腹部大動脈瘤切迫破裂が疑われたため,緊急入院となった。 - 3 -その後,Aは,被告病院において診療看護を受けていたが,10月6日午前6時30分ころから大量に嘔吐するとともに,意識レベルが低下し,同日午前6時40分ころには呼吸停止,脈拍触知不能の状態となったため,直ちに心肺蘇生術及び気管内挿 療看護を受けていたが,10月6日午前6時30分ころから大量に嘔吐するとともに,意識レベルが低下し,同日午前6時40分ころには呼吸停止,脈拍触知不能の状態となったため,直ちに心肺蘇生術及び気管内挿管が行われた。なお,このとき行われた気管内挿管は,気管チューブが右主気管支に入り込み,少なくとも約1時間いわゆる片肺挿管となっていた。 そして,Aは,同日午後4時50分,腹腔動脈及び上腸間膜動脈の急性閉塞により死亡した。 争点 本件の主たる争点は,次の5点である。 (1)10月1日の時点で,虚血性腸炎を疑って検査・治療することを怠った過失の有無(争点1)(2)10月3日以降,諸検査を継続して経過観察することを怠った過失の有無(争点2)(3)10月5日の症状悪化時に,その原因の精査・治療を怠った過失の有無(争点3)(4)片肺挿管と死亡との間の因果関係の有無(争点4)(5)損害の額(争点5) 争点に関する当事者の主張(1)争点1(10月1日の時点で,虚血性腸炎を疑って検査・治療することを怠った過失の有無)について(原告の主張)以下の点からすれば,被告病院の医師は,遅くとも,CT検査を行った10月1日の時点で,虚血性腸炎を疑って,更に撮影角度を変えてCT検査を行い,上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部の狭窄を明確に診断すべきであった。そして,虚血性腸炎と診断した場合には,絶食及び輸液療法のほか,狭- 4 -窄部位を特定してステント(血管拡張具)挿入や動脈の壁在血栓の除去を直ちに行うべきであった。 ア各種検査の結果10月1日のCT検査の結果,腹部大動脈に口径不整と壁在血栓があり,上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部にかなり強い狭窄が認められていたのであるから,虚血性腸炎を強く疑うべきであった。 被告は,9月28日の腹部超音波検 検査の結果,腹部大動脈に口径不整と壁在血栓があり,上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部にかなり強い狭窄が認められていたのであるから,虚血性腸炎を強く疑うべきであった。 被告は,9月28日の腹部超音波検査の結果「上腸間膜動脈開存して,いる様子「明らかな閉塞なし」との所見が得られた旨主張する。しか」,しながら,上腸間膜動脈及び腹腔動脈の血流の状態は,ドップラー検査によって動画で判断するものであり,静止画のみで判断することはできない。 また,被告は,血液検査の結果,CK及びLDHの値が正常範囲内であった旨主張するが,これらの検査値の上昇は,上腸間膜動脈閉塞症の初期の所見ではなく,腸管壊死を起こしてからの重篤な所見であって,本症の予見可能性を論じる際に持ち出すのは不適切である。 イAの既往症一般に,高齢者で動脈硬化症,高血圧等の基礎疾患を有する者に強い腹痛,嘔吐等が見られた場合,上腸間膜動脈閉塞症を疑うべきとされているところ,Aは,動脈硬化症及び高血圧の既往があり,平成14年6月,C病院において,腹部大動脈瘤及び左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症と診断され,左外腸骨動脈の経皮的血管形成術(血管拡張術)を受けた。すなわち,Aは,動脈硬化が高度に進行し,そのために動脈瘤及び動脈の閉塞が生じていたのであり,上腸間膜動脈閉塞症の基礎疾患を有するハイリスク患者であった。 ウAの腹部症状(腹部アンギーナ)Aの主訴は,食後の腹痛,嘔吐並びにそのために生じた食欲不振及び体重減少(半年間で13kg減少)であり,また,前記のとおり,10月1- 5 -日のCT検査の結果及びAの既往症からすれば,Aは,腹部アンギーナ(abdominalangina)であったといえる。そして,腹部アンギーナは,症状を呈する例では,腹腔動脈,上下腸間膜動脈のうち2本以上が狭窄又は 果及びAの既往症からすれば,Aは,腹部アンギーナ(abdominalangina)であったといえる。そして,腹部アンギーナは,症状を呈する例では,腹腔動脈,上下腸間膜動脈のうち2本以上が狭窄又は閉塞している場合が多いとされることからすれば,被告病院の医師が,Aに対し,腹部アンギーナと診断していれば,上腸間膜動脈の狭窄,閉塞に注意したはずである。 エ10月6日の急変原因被告は,10月6日の急変は,心臓などから飛んできた血栓が,上腸間膜動脈,腹腔動脈,右腎動脈及び左腎動脈に詰まったことによるものであるから,上腸間膜動脈にステントを入れても急変は阻止し得ない旨主張する。しかし,Aには心房細動等の既往症がなく,心臓などから飛んできた巨大血栓が急変の原因となったとは考えられない。むしろ,同日の急変原因は,Aの血液の粘着性が高まり,血栓ができやすい状態になっていたところ,動脈の壁在血栓が,何らかの原因で離脱・粉砕され,狭窄していた各動脈を塞栓したと考えることが自然である。したがって,ステント挿入や動脈の壁在血栓の除去により,急変を回避することができた。 オ事実経過に関する被告の主張に対する反論被告は,10月5日,Aが,朝食75%,昼食100%,夕食80%を摂取したことを根拠に,死に至るほど腸管が虚血に陥った状態で,これほどの食事摂取を行うことは不可能である旨主張する。しかしながら,Aは,同月4日の夕食時に何回も嘔吐していたし,翌5日の夕食時にも嘔吐を繰り返し,おかずには全く手を付けられない状態であった。さらに,同月5日午前4時50分,腹痛のため,ソセゴンという強力な鎮痛剤を投与されたにもかかわらず,同日午前6時には「全く効かないと」とされており,このような強い腹痛の中で朝食を摂取できたわけがない。したがって,上記食事の摂取量に関する診 ,ソセゴンという強力な鎮痛剤を投与されたにもかかわらず,同日午前6時には「全く効かないと」とされており,このような強い腹痛の中で朝食を摂取できたわけがない。したがって,上記食事の摂取量に関する診療録の記載は信用できない。 - 6 -また,被告は,同月6日午前3時,Aが廊下を歩行しており,同日午前6時10分には,同室者に「タバコに行こう」と声をかけていた旨主張するが,Aには,同月5日の夜,悪寒や戦慄,震え,発熱,腹部膨満の症状が表れていたのであるから,上記のような行動ができるわけがない。 (被告の主張)以下の点からすれば,10月6日午前6時30分に意識レベルが低下するまで腹腔動脈及び上腸間膜動脈閉塞症の発症を診断・予見することは不可能であった。同月1日のCT検査は,上腸間膜動脈症候群の診断目的で行われており,撮影角度を変えるなどして上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部の狭窄を判断することは検査目的外のことを強いるものであり,失当である。また,上記CT写真でも上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部を観察することは十分可能であるから,更に撮影角度を変えてCT検査を行う必要はない。 ア各種検査の結果9月28日午前11時15分ころに実施された腹部超音波検査の結果,「上腸間膜動脈開存している様子「明らかな閉塞なし」とされた。ま」,た,10月1日に実施された腹部CT検査の結果「上腸間膜動脈の起始,部はやや細い」ものの「腸管の増強効果は良好,すなわち,腸管には,」十分な血流が確保されているとの所見が得られた。さらに,血液検査の結果は,同月2日までは,上腸間膜動脈閉塞症の発症時に上昇するCK(CPK)及びLDHの値が共に正常範囲内であった。 イAの食事摂取,廊下歩行等Aは,10月5日には朝食を75%,昼食を100%,夕食を80%,それぞれ摂取 腸間膜動脈閉塞症の発症時に上昇するCK(CPK)及びLDHの値が共に正常範囲内であった。 イAの食事摂取,廊下歩行等Aは,10月5日には朝食を75%,昼食を100%,夕食を80%,それぞれ摂取しており,しかも嘔気を発症していない。死に至るほど腸管が虚血に陥った状態で,これほどの食事摂取を行うことは不可能である。 このほか,Aは,同月6日午前3時ころ,廊下を歩行しているところを看護師に目撃されており(タバコを吹かしに出歩いていたと思われる,。)- 7 -同日午前6時10分にも,同室者に「タバコに行こう」と声をかけてい。 るところが確認されている。上腸間膜動脈閉塞症であれば,発症後には直線的に症状が悪化するはずであり,上腸間膜動脈閉塞症を発症したままでショック状態に陥るわずか20分前にタバコを吹かしに出歩くことは不可能である。 ウAの既往症等に対する評価動脈硬化症などは,確かに上腸間膜動脈閉塞症のリスクファクターの1つではあるが,同時に脳梗塞や心筋梗塞のリスクファクターでもある。また,動脈硬化症がどの程度進行していれば,どの段階で,かつどの程度の確率でリスクが顕在化するかを一概に表すことはできない。上腸間膜動脈閉塞症は,極めて抽象的に予見することは可能であっても,具体的症例に即してその発症を予見することは不可能であり,実際に症状が発症してから対処すべき疾患である。 また,Aは,結果的に見て腹部アンギーナであったと考えられるものの,腹部アンギーナは極めて稀な疾患であり,被告病院入院中にその診断をすることは不可能である。このことは,Aが,被告病院入院時と同様の主訴の下,C病院,D病院,E医院などの医療機関を受診していながら,腹部アンギーナとの指摘は1度もされていないことからも明らかである。 エ10月6日の急変原因10月6日の急 被告病院入院時と同様の主訴の下,C病院,D病院,E医院などの医療機関を受診していながら,腹部アンギーナとの指摘は1度もされていないことからも明らかである。 エ10月6日の急変原因10月6日の急変は,上腸間膜動脈内壁のプラーク(血管壁にできた隆起性病変)等が破綻したことによるものではなく,心臓などから飛んできた血栓が,上腸間膜動脈,腹腔動脈,右腎動脈及び左腎動脈に詰まったことによるものと考えられるから,たとえ上腸間膜動脈にステントを入れても上記急変は阻止し得ない。 また,原告の主張によっても,上腸間膜動脈を狭窄させているプラークなどがいつ破綻するかを予見することはできないから,仮に,腹部アンギ- 8 -ーナとの診断がついたとしても,ステント挿入術は緊急手術ではなく,予定(待機)手術となる。そして,予定手術となった場合,手術室や人員の確保,各種検査の実施のほか,手術に耐えうるような全身状態を作りあげることが必要となるから,被告病院への転送からわずか6日後に予定手術が組まれることは極めて稀である。よって,急変までに手術を実施し得るという前提自体がそもそも誤っている。 (2)争点2(10月3日以降,諸検査を継続して経過観察することを怠った過失の有無)について(原告の主張)被告病院の医師は,10月1日の時点で,上記(1)の原告の主張記載のとおりの診断・処置をしなかったとしても,少なくとも同月3日以降,腹部単純撮影や血液検査等の諸検査を継続して,経過を慎重に観察し,上記(1)の原告の主張と同様に虚血性腸炎の診断・処置に努めるべきであった。 被告は,Aの臨床症状に著変がない旨主張するが,Aには,同日から腹部の激痛,嘔吐,下痢等が見られており,臨床症状に著変があったことは明白である。AのCRP(炎症反応)の値は,同月2日に1.75,同月6日 は,Aの臨床症状に著変がない旨主張するが,Aには,同日から腹部の激痛,嘔吐,下痢等が見られており,臨床症状に著変があったことは明白である。AのCRP(炎症反応)の値は,同月2日に1.75,同月6日には15.66という異常高値となっており,同月3日以降も血液検査を実施していれば,上腸間膜動脈の虚血に思いを致す可能性があった。 (被告の主張)臨床症状に著変がないのに腹部単純撮影及び血液検査を実施したところで無意味であるから,被告病院の医師に過失はない。また,原告の主張は,これらの検査を実施していれば何が判明し,虚血性腸炎の診断にどのようにつながったかという点に関し,具体的な特定を欠いており,主張自体失当である。 (3)争点3(10月5日の症状悪化時に,その原因の精査・治療を怠った過失の有無)について- 9 -(原告の主張)被告病院の医師は,10月5日,Aに腹部膨満,右手の震え,両大腿部紫色変色等の症状悪化が見られた際,胸部・腹部単純レントゲンやCTを撮影して原因を精査し,呼吸管理,輸液等の積極的な治療を開始すべきであった。 なお,Aの上記症状がカルテに記載されていないのは,被告病院において,看護が十分に行われていなかったことの証左である。また,被告は,同日夜,Aが廊下を歩行していたなどと主張するが,Aの当時の状態からすれば,廊下を歩行することなどありえないことは前記(1)の原告の主張オのとおりである。 (被告の主張)Aは,腹部膨満,両大腿部紫色変色等の症状は呈していない。Aは,右手のしびれを訴えているが,単なるしびれ感の訴えだけで胸部レントゲン撮影,CT撮影,呼吸管理,輸液等を行うのは過剰診療でしかない。そもそも,原告の主張は,腹部膨満,両大腿部紫色変色,右手の震えの所見と上腸間膜動脈閉塞症発症との関連性に関する特定を欠いており トゲン撮影,CT撮影,呼吸管理,輸液等を行うのは過剰診療でしかない。そもそも,原告の主張は,腹部膨満,両大腿部紫色変色,右手の震えの所見と上腸間膜動脈閉塞症発症との関連性に関する特定を欠いており,主張自体失当である。 なお,H医師作成に係る鑑定意見書(以下「H意見書」という。甲B6)には,両大腿部紫色変色については,総腸骨動脈への血流障害が疑われるなどと記載されているが,10月6日の造影CTでは,総腸骨動脈への血流が十分であることが確認できる。また,総腸骨動脈への血流障害があれば,歩行は困難であるが,Aは急変直前までタバコを吹かしに歩いている。 (4)争点4(片肺挿管と結果との間の因果関係の有無)(原告の主張)被告病院の医師は,Aに対し,不適切な気管内挿管(片肺挿管)を行い,少なくとも約1時間,片肺の不十分な呼吸を強いたため,その生命予後を極めて悪化させた。被告は,左肺は脱気していない旨主張するが,換気不良であったこと自体は否めない。また,9月28日撮影の胸部レントゲン写真- 10 -(乙A3の1)と10月6日撮影の胸部レントゲン写真(乙A8の1)を比較すれば,左肺に空気が入っていないことは明らかであり,適切な気管内挿管がなされていたら,少なくとも延命は可能であった。 また,被告は,巨大血栓により,上腸間膜動脈,腹腔動脈及び腎動脈が閉塞した以上,急変後に救命することは困難であった旨主張するが,同日の腹部CT写真上,肝臓(腹腔動脈により栄養されている)が白く描出されているから,腹腔動脈は完全に閉塞していない。 (被告の主張)10月6日の急変後に行われた気管内挿管が,右主気管支への片肺挿管となっていたことは認める。しかしながら,左肺は脱気しておらず,エアーが送り込まれていたことが確認できる。すなわち,挿管チューブを気管支内で固定す 変後に行われた気管内挿管が,右主気管支への片肺挿管となっていたことは認める。しかしながら,左肺は脱気しておらず,エアーが送り込まれていたことが確認できる。すなわち,挿管チューブを気管支内で固定するカフが,気管支の分岐部より手前で固定されており,右主気管支への送気が左肺にも回っていたと考えられるから,上記片肺挿管がAの生死を分けたとは考え難い。 Aは,上腸間膜動脈閉塞症の発症と同時に腹腔動脈の閉塞症も発症しており,また,同日のCT所見からは,肝動脈,腎動脈にも閉塞症を発症していることがうかがわれ,血液検査からも肝酵素(GOT,GPT)が急激に上昇していることが認められる。これほどまでに広範囲にわたり,動脈閉塞症が発症してしまうと,もはや救命の可能性は絶無である。 (5)争点5(損害の額)(原告の主張)アAの損害(ア)逸失利益合計2597万2497円死亡当時,Aは,71歳の主婦であり,平均余命までの15年間(ライプニッツ係数10.380)は主婦として十分に稼働可能であったから,基礎収入を平成15年賃金センサス学歴計・女性労働者の全年齢平- 11 -均の年収額である349万0300円とし,生活費控除率を3割として,逸失利益の現価を算定すると,以下のとおり,2536万0519円となる。 349万0300円×(1-0.3)×10.380=2536万0519円また,Aは,生存していれば平均余命までの15年間,年間8万4225円の年金が得られたから,生活費控除率を3割として,その年金収入の現価を算定すると,以下のとおり,61万1978円となる。 8万4225円×(1-0.3)×10.380=61万1978円(イ)死亡慰謝料2500万円(ウ)相続Aの相続人は,原告と原告の姉の2名であるから,原告は,上記(ア)及び(イ)の合計 る。 8万4225円×(1-0.3)×10.380=61万1978円(イ)死亡慰謝料2500万円(ウ)相続Aの相続人は,原告と原告の姉の2名であるから,原告は,上記(ア)及び(イ)の合計額の2分の1である2548万6248円を相続した。 イ原告固有の損害(ア)近親者慰謝料500万円(イ)葬儀費用75万円葬儀費用については,150万円の2分の1が原告の損害である。 (ウ)弁護士費用310万円(被告の主張)原告の主張する損害額は,いずれも不知。 第3争点に対する判断 Aの診療経過前記前提となる事実(第2の1)及び証拠(甲A1ないし4,甲B7,乙A1ないし13,証人G及び原告本人)によれば,次の事実を認めることができる。 (1)Aの既往,受診歴等(甲A1ないし3,乙A1)Aは,平成8年ころ,C病院で慢性関節リウマチ,高血圧及び胃潰瘍との- 12 -診断を受け,降圧剤などを服用していた。そして,平成14年6月,C病院において腹部大動脈瘤及び左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症と診断され,同年7月29日,左外腸骨動脈閉塞性動脈硬化症に対し,経皮的血管形成術を受けた。 その後,Aは,平成15年9月10日,D病院の外来を受診したところ,非潰瘍性ディスペプシア(NUD,胃潰瘍(GU,腹部大動脈瘤(AA))A)との診断の下,E医院を紹介され,同月25日,E医院を受診した。E医院のF医師は,Aの「食思不振「痩せ・衰弱「食後しばらくしてか」,」,らの通過障害」の症状について,上腸間膜動脈症候群の疑いがあるとして,Aに対し,被告病院のG医師を紹介した。 (2)被告病院における診療経過(乙A1,2)Aの被告病院における診療経過の概要は以下のとおりであり,その詳細は別紙診療経過一覧表記載のとおりである。 アAは,9月 被告病院のG医師を紹介した。 (2)被告病院における診療経過(乙A1,2)Aの被告病院における診療経過の概要は以下のとおりであり,その詳細は別紙診療経過一覧表記載のとおりである。 アAは,9月26日,被告病院の外来を受診し,G医師に対し,食後の腹痛,嘔吐並びにこれらを原因とする食欲不振及び体重減少(半年間で13kgの減少)等の症状を訴えた。そのため,G医師は,Aに対し,胸腹部レントゲン検査及び血液検査を行い,10月1日に3D-CT検査を予定した。 イその後,Aは,9月28日午前11時15分,食後の腹痛が治まらないため,被告病院の救急外来でF医師の診療を受けた。F医師は,Aの腹部所見には異常がないことを確認した上,腹部超音波検査を実施したところ,上腸間膜動脈については「径4.6mm大と開大OK「開存している,」,様子(ドップラーなく確認できないが「明らかな閉塞なし」との所見)」,であった。このようなことから,F医師は,Aに対し「上腸間膜動脈症,候群もあるかもしれないが,うつ病の可能性も強い。心身共に治療が必要」と説明するとともに,10月1日に予定している3D-CT検査に来- 13 -院するよう指導し,食事がとれなければ,その前に外科受診するよう勧めていったん帰宅させた。 ウAは,9月28日午後9時20分,被告病院の救急外来を再度受診した。 被告病院のI医師は,Aに対し,胸腹部レントゲン検査,腹部CT検査,腹部超音波検査及び血液検査を実施したところ,腹部大動脈瘤切迫破裂が疑われたため,緊急入院とした。なお,上記腹部超音波検査の結果「上,腸間膜動脈起始部は異常なし「肝左葉下大動脈から腎動脈下大動脈に」,かけて壁在血栓著明」とされた。 エAは,被告病院入院中である10月1日,3D-CT検査(造影)を受け,その結果 結果「上,腸間膜動脈起始部は異常なし「肝左葉下大動脈から腎動脈下大動脈に」,かけて壁在血栓著明」とされた。 エAは,被告病院入院中である10月1日,3D-CT検査(造影)を受け,その結果「腹部大動脈の口径不整と壁在血栓あり「上腸間膜動脈,」,の起始部はやや細い「腸管の増強効果は良好「下行大動脈と上腸間」,」,膜動脈のなす角度は30度(この数字が妥当か文献を「大動脈と上腸)」,間膜動脈の間はせまく,この間を十二指腸水平部が通過している」とされた。 同月3日,Aに対し,胃十二指腸透視検査が行われ「十二指腸に明ら,かな有意狭窄は認められない。胃下垂が認められる程度」とされた。なお,同検査において,造影剤であるガストログラフィン100mlが使用された。 同月5日,Aは,朝食75%,昼食100%,夕食80%を摂取した。 同日午後6時,Aから悪寒,右上肢の震え,口のしびれの訴えがあったため,J医師が診察した。 翌6日午前3時ころ,Aは,被告病院内を歩行し,同日午前6時10分ころには,同室者を「タバコに行こう」と誘っていた。そして,同日午。 前6時30分,看護師が,Aから「昨日夜10時ころ吐いた」旨聴取し。 ,。 たため,Aに対し「3時ころに会った時,なぜ知らせてくれなかったのどこへ行っていたの」と尋ねたところ,Aは,笑いながら「タバコに行。 - 14 -っていた」と答えた。その後,Aは,大量に嘔吐するとともに,意識レ。 ベルが低下してショック状態となり,同日午前6時40分ころには呼吸停止,脈拍触知不能の状態となったため,直ちに心肺蘇生術及び気管内挿管が行われた。なお,このとき行われた気管内挿管は,気管チューブが右主気管支に入り込み,少なくとも約1時間,いわゆる片肺挿管となっていた。 その後,Aは,同日午後4時50分 ちに心肺蘇生術及び気管内挿管が行われた。なお,このとき行われた気管内挿管は,気管チューブが右主気管支に入り込み,少なくとも約1時間,いわゆる片肺挿管となっていた。 その後,Aは,同日午後4時50分,腹腔動脈及び上腸間膜動脈の急性閉塞により死亡した。 オAの腹部症状の経過被告病院入院中のAの腹部症状の経過は,以下のとおりであった。 (ア)9月28日午後11時40分前胸部痛及び上腹部痛あり,吐き気あり,嘔吐なし(イ)同月29日午前0時40分前胸部・腹部痛自制不可(ウ)同日午前1時30分疼痛自制内(エ)同日午前6時吐き気・嘔吐なし,前胸部・腹痛軽減したとのこと。 (オ)同日午前10時前胸部・腹部痛自制内,吐き気あり,嘔吐なし(カ)同日午後2時前胸部・腹部痛自制内(キ)同日午後8時腹痛・圧迫感なし,腹満感なし,吐き気なし(ク)同月30日午前6時前胸部・腹痛なし,吐き気なし(ケ)同日午前10時前胸部・腹痛なし,吐き気なし(コ)同日午後2時前胸部・腹痛なし,吐き気・嘔吐なし(サ)同日午後9時腹痛・胸部症状なし(シ)10月1日午前10時前胸部・腹痛なし,気分不快なし- 15 -(ス)同日午後2時前胸部・腹痛なし,吐き気なし,気分不快なし(セ)同日午後8時前胸部・腹痛なし,吐き気・嘔吐なし,気分不快なし(ソ)10月2日午前6時前胸部・腹痛なし,気分不快なし,吐き気・嘔吐なし(タ)同日午前10時胸部症状なし,食後気分不快なし,腹痛なし(チ)同日午後2時胸・腹部症状なし,活気あり(ツ)同日午後8時腹痛・胸部症状なし(テ)10月3日午後2時腹痛自制内,吐き気なし(ト)同日午後3時15分上腹部痛あり,白っぽい水様性のものを2回嘔吐(ナ)同日午後4時 活気あり(ツ)同日午後8時腹痛・胸部症状なし(テ)10月3日午後2時腹痛自制内,吐き気なし(ト)同日午後3時15分上腹部痛あり,白っぽい水様性のものを2回嘔吐(ナ)同日午後4時上腹部痛変わらず。じっとしていられないと。苦痛表情あり。 (ニ)同日午後7時30分心窩部から左腹痛の訴えあり(ヌ)同日午後9時ころ腹痛落ち着いたと。 (ネ)同日午後11時45分腹痛増強あり(ノ)10月4日午前7時30分腹痛自制内(ハ)同日午前10時20分上腹部痛の訴えあり(ヒ)同日午後2時腹痛軽減,吐き気なし,活気なし,下痢なし(フ)同日午後4時上腹部痛あり,吐き気の訴えあり(へ)同日午後8時上腹部痛,吐き気変わらず。嘔吐なし。昼に白っぽいものを少量嘔吐したのみとのこと。 - 16 -(ホ)同日午後9時上腹部痛あり(マ)10月5日午前4時50分腹痛の訴えあり(ミ)同日午前6時点滴全く効かないとのこと。吐き気・嘔吐なし。 (ム)同日午後2時腹痛,吐気,嘔吐なし(メ)同日午後8時腹痛,吐気,食後の腹部症状の訴えなし(モ)同日午後10時嘔吐あり(ヤ)10月6日午前3時気分不快なし,腹痛なし(3)アところで,原告は,10月5日,Aに右手の震え以外に,腹部膨満,両大腿部紫色変色等の症状悪化が見られた旨主張し,本人尋問において,これに沿う供述をする。 しかしながら,仮にAが原告主張のごとき容態に陥っていたのであれば,医師及び看護師は,そのことに気づいて,何らかの措置をするとともに,カルテや看護記録に記載するのが通常であるが,本件においては,そのようなことはされていないし,原告も,そのことに関して看護師らに格別報告や申入れをしていない(甲B7,乙A2,原告本人。また,同日午後) テや看護記録に記載するのが通常であるが,本件においては,そのようなことはされていないし,原告も,そのことに関して看護師らに格別報告や申入れをしていない(甲B7,乙A2,原告本人。また,同日午後)7時半ないし午後8時のAの容態に関しては,見舞いに来ていた原告が,Aに対し「大丈夫」と尋ねただけで,命に関わる程ひどいものだと考え,),ることなく帰宅する状況にあったものと認められる(原告本人。さらにH意見書(甲B6)には「両大腿部紫色変色に関しては,総腸骨動脈へ,の血流障害が疑われる」旨記載されているけれども,翌6日のCT所見。 では総腸骨動脈の血流障害の所見は認められていない(乙A2。 )したがって,原告の上記主張はにわかに採用できないというべきであり,他に,上記(2)エの認定を覆すに足りる証拠はない。 イまた,原告は,10月6日午前3時,Aが廊下を歩行したり,同日午前- 17 -6時10分には,同室者に「タバコに行こう」と声をかけることなどできるわけがない旨主張し,本人尋問において,これに沿う供述をする。 しかしながら,上記については看護記録(温度板も含む)に記載され。 ているものであって,それ以前についてもAは,9月29日午後8時の時点では「あまり部屋におらず,翌30日午後8時も「不在」であった,」(乙A2)とそれぞれ記録されている。このような事実のほか,Aの嗜好として,喫煙量が1日当たり30本程度である(乙A2,原告本人)ことなどに徴すると,原告の上記主張は採用できない。 ウさらに,原告は,Aが,10月5日,朝食75%,昼食100%,夕食80%を摂取した旨の診療録の記載は信用できない旨主張し,本人尋問において,これに沿う供述をし,H意見書(甲B6)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,同日の夕食については, 100%,夕食80%を摂取した旨の診療録の記載は信用できない旨主張し,本人尋問において,これに沿う供述をし,H意見書(甲B6)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,同日の夕食については,原告が,見舞いに行った際,Aがお粥を全部食べたのを実際に見ており,その後,被告病院のJ医師から「無理に食べなくてもいいのに」などと言われている(原告本人。ま。 )た,H意見書(甲B6)では「10月5日には医師の指示により絶食と,されているはずである」旨記載されているけれども,単なる推測にすぎ。 ず,診療録(乙A2)の記載及び上記原告の供述とも矛盾している。したがって,原告の上記主張は採用できないというべきであり,他に,上記(2)エの認定を覆すに足りる証拠はない。 虚血性腸炎等に関する医学的知見証拠(甲B1ないし6,乙B1ないし5,証人G)によれば,次の医学的知見を認めることができる。 (1)虚血性腸炎の概念と分類(甲B1ないし3)ア虚血性腸炎(腸管虚血,intestinalischemia)は,腸間膜動静脈の閉塞・狭窄による小腸や大腸の循環障害や,腸管内圧の亢進などによって生- 18 -じるとされ,血流障害の程度や側副血行路形成の程度によって,様々な臨床症状を呈する疾患である。虚血性腸炎の分類としては,動脈閉塞性(急性腸間膜動脈閉塞症など,動脈非閉塞性(虚血性大腸炎,虚血性小腸炎)など)及び静脈性が挙げられている。高齢,心血管疾患(動脈硬化症,心房細動等)などは,虚血性腸炎のリスクファクターであるとされる。 イ急性腸間膜動脈閉塞症(甲B1ないし4,乙B2ないし5,証人G)(ア)意義及び症状急性腸間膜動脈閉塞症は,虚血性腸炎のうち,動脈閉塞性の疾患であり,腸間膜動脈(上腸間膜動脈及び下腸間膜動脈)の主幹動脈の閉塞により (甲B1ないし4,乙B2ないし5,証人G)(ア)意義及び症状急性腸間膜動脈閉塞症は,虚血性腸炎のうち,動脈閉塞性の疾患であり,腸間膜動脈(上腸間膜動脈及び下腸間膜動脈)の主幹動脈の閉塞により腸管が短時間のうちに壊死に陥る重篤な疾患である。上腸間膜動脈(superiormesentericartery:SMA)閉塞による発病が多くを占め,その死亡率は40ないし80%と高率であって,ショック合併例や複数の基礎疾患を有している症例は死亡率が高い。 病因としては,血栓及び塞栓が挙げられ,血栓症では,基礎疾患として高度の動脈硬化が多く,血管造影所見の特徴としては,上腸間膜動脈起始部での閉塞が見られる。塞栓症では,基礎疾患として弁膜症や心房細動などの心疾患が多く,血管造影所見の特徴としては,上腸間膜動脈末梢での閉塞が見られる。 ),臨床症状は,突然の激しい腹痛(鎮痛薬は無効なことが多い,嘔吐下痢及び下血があり,腹部の理学的所見に比べて腹痛の程度が高度であるとされる。 なお,上腸間膜動脈症候群とは,上腸間膜動脈が十二指腸を圧迫して通過障害を起こす病態であり,上腸間膜動脈閉塞症とは全く異なる疾患である。 (イ)診断及び治療方法血液検査では,発症初期に好中球増多,腸管壊死が起こるとGOT,- 19 -GPT,CPKの値が上昇するが,特異的な所見はない。急性期に腹腔動脈,腸間膜動脈の動脈撮影(血管造影)を行い,陰影欠損が認められれば,確定診断が可能である。また,CT検査による腸管壁の肥厚,上腸間膜動脈の造影欠損及び血栓像やカラードップラーによる血流の消失を検出することも診断の一助となる。早期診断が最も重要であるが,実際にはなかなか難しいとされる。 治療方法としては,直ちに緊急手術(血行再建術,壊死腸管切除術など)を行う。発症早期であれ 血流の消失を検出することも診断の一助となる。早期診断が最も重要であるが,実際にはなかなか難しいとされる。 治療方法としては,直ちに緊急手術(血行再建術,壊死腸管切除術など)を行う。発症早期であれば,ヘパリン(抗凝固剤,ウロキナーゼ)(血栓溶解剤)の投与等を行うこともあるとされる。 ウ虚血性大腸炎(甲B1ないし3)(ア)意義及び症状虚血性大腸炎は,虚血性腸炎のうち,動脈非閉塞性の疾患であり,一過性型,狭窄型及び壊死型に分類され,狭義では前二者を指すのが一般的である。主な疾患因子として,動脈硬化,心不全,血管炎,腹部大動脈手術,便秘などが挙げられている。 症状は,腹痛,下血(新鮮血,水様性下痢であり,吐き気,嘔吐,)発熱を認めることもあり,理学的所見では左下腹部に圧痛がみられるとされる。 (イ)診断及び治療方法検査所見では,白血球増多,CRP上昇をみるが,非特異的変化である。レントゲン検査では,拇指圧痕像(thumb-printing ,内視鏡検査)では,粘膜の黒赤色調で浮腫状のびらん,発赤,粘膜下層の出血,縦走潰瘍や管腔の狭小化やけいれんを認める。 )。 治療は,原則として腸管安静(絶食,輸液などの保存的療法を行う腹痛が強い場合は,鎮痛剤,鎮痙剤を筋注する。一過性では約1週間の治療で軽快する。 - 20 -(2)腹部アンギーナ(甲B5)腹部アンギーナ(間欠的腸間膜虚血)とは,腸間膜血管の慢性虚血が原因となって,食後15ないし60分の間に間欠的な仙痛(腹部の管腔臓器の壁をなす平滑筋の攣縮に起因する疼痛)が上腹部又は臍周囲に起こる病態をいう。治療は,根治的には動脈の再建を行う。 上記1及び2の認定事実に基づいて,各争点について検討する。 (1)争点1(10月1日の時点で,虚血性腸炎を疑って検査・治療することを怠っ こる病態をいう。治療は,根治的には動脈の再建を行う。 上記1及び2の認定事実に基づいて,各争点について検討する。 (1)争点1(10月1日の時点で,虚血性腸炎を疑って検査・治療することを怠った過失の有無)についてア上記1及び2で認定した事実によれば,次のことが明らかである。すなわち,虚血性腸炎(特に,上腸間膜動脈閉塞症)の診断・検査方法としては,超音波検査,CT検査及び動脈撮影が挙げられているところ,9月28日午前11時15分ころに実施された腹部超音波検査の結果,Aの上腸間膜動脈は「径4.6mm大と開大OK「開存している様子(ドップ,」,ラーなく確認できないが「明らかな閉塞なし」とされ(上記1(2))」,イ,同日午後9時20分ころに実施された超音波検査の結果も「上腸間)膜動脈起始部は異常なし」とされた(上記1(2)ウ。また,10月1日)に実施された3D-CT検査(造影)の結果「上腸間膜動脈の起始部は,やや細い」ものの「腸管の増強効果は良好」とされ,腸管には血流が保,たれていることが確認された(上記1(2)エ。さらに,上腸間膜動脈閉)塞症の臨床症状としては,突然の激しい腹痛(鎮痛薬は無効なことが多い,嘔吐,下痢及び下血が挙げられているところ,Aの腹部症状は,被)告病院入院後まもなくから少なくとも同月3日午後3時15分までは,腹痛はほとんどなく,あっても入院当初以外は自制内にあり,嘔吐もなかった(上記1(2)オ。 )このような事実のほか,Aは,9月29日午後8時には「あまり部屋におらず」とされ,翌30日午後8時にも「不在」であるなど,被告病院内- 21 -を比較的自由に歩行するような容態にあったこと(乙A2)にも徴すると,10月1日の時点で,被告病院の医師に,虚血性腸炎を疑って,更に撮影角度を変えてC も「不在」であるなど,被告病院内- 21 -を比較的自由に歩行するような容態にあったこと(乙A2)にも徴すると,10月1日の時点で,被告病院の医師に,虚血性腸炎を疑って,更に撮影角度を変えてCT検査を行い,上腸間膜動脈及び腹腔動脈の起始部の狭窄を明確に診断するなどの注意義務があったということはできない。 イ原告は,被告病院の医師には,遅くとも,CT検査を行った10月1日の時点で,上記注意義務を怠った過失がある旨主張し,H医師作成に係る鑑定意見書(甲B6)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,前記2認定のとおり,虚血性腸炎の概念は広く,H意見書中で疑うべきと記載する「虚血性腸炎」がいかなる病態を指しているのか一義的に明らかでないが,上腸間膜動脈閉塞症を疑うべきであるとの趣旨であれば,同日の時点では,上腸間膜動脈閉塞症はいまだ発症しておらず(H医師も意見書中にその旨記載している,同日の3D-CT検査。)の結果,上腸間膜動脈はやや細いことが指摘されていたものの(上記1(2)エ,上記説示のとおり,Aには上腸間膜動脈閉塞症の発症を疑うに)足りる所見が表れていたとはいえない。また,虚血性大腸炎を疑うべきであるとの趣旨であれば,その特徴的所見であるとされる腹部レントゲン画像上の拇指圧痕像は,9月26日,同月28日及び同月30日のレントゲン検査によっても何ら確認されておらず(乙A1,2,10月1日の時)点におけるAの臨床症状も,下血,下痢が見られないなど,虚血性大腸炎の所見とは必ずしも合致していない。そして,Aの既往症及び腹部症状は,腹部アンギーナのそれと符合する点が見られるけれども,腹部アンギーナは,一時的な腹痛,不定愁訴などとの鑑別が難しく,頻度の低い病態であり,その診断は困難であるとの意見も出されているところであり(乙A1 部アンギーナのそれと符合する点が見られるけれども,腹部アンギーナは,一時的な腹痛,不定愁訴などとの鑑別が難しく,頻度の低い病態であり,その診断は困難であるとの意見も出されているところであり(乙A13,乙B5,証人G,また,仮に,被告病院入院中に腹部アンギーナと)の診断がついたとしても,その多くは待機手術となること(乙A13,証人G)にかんがみれば,直ちにステント挿入などの措置をとるべきとまで- 22 -は本件全証拠によっても認めることはできない。 このような事実からすれば,原告の上記主張は採用することができない。 (2)争点2(10月3日以降,諸検査を継続して経過観察することを怠った過失の有無)についてアAに対する9月28日の腹部超音波検査(午前11時15分及び午後9時20分の2回)及び10月1日の3D-CT検査の結果,いずれも上腸。 間膜動脈は異常なしとされていたことは,上記(1)ア説示のとおりであるそして,同月3日以降,Aに腹痛・嘔吐等が見られるようになったものの,時間帯によってはこれらの症状は落ち着いており,同月5日には,Aは,朝食75%,昼食100%,夕食80%を摂取していたほか,10月6日午前3時ころ,廊下を歩行したり,同日午前6時10分ころには,同室者に「タバコに行こう」と声をかけるなどしていた(上記1(2)エ及びオ。 )また,同月3日以降の上記腹部症状は,同日,Aに対して行われた胃十二指腸透視検査の際に使用されたガストログラフィン(造影剤)の影響も考えられるところである(上記1(2)エ,証人G。 )このような事実からすれば,同日以降,被告病院の医師に,腹部単純撮影や血液検査等の諸検査を継続して,経過を慎重に観察し,虚血性腸炎の診断・処置に努めるべき注意義務があったということはできない。 イ原告は,少なくとも1 れば,同日以降,被告病院の医師に,腹部単純撮影や血液検査等の諸検査を継続して,経過を慎重に観察し,虚血性腸炎の診断・処置に努めるべき注意義務があったということはできない。 イ原告は,少なくとも10月3日以降,被告病院の医師には,上記注意義務を怠った過失がある旨主張し,H意見書(甲B6)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,上記(1)イ説示のとおり,Aに対しては,被告病院受診時から腹部超音波検査及びCT検査が行われてきており,その結果は,いずれも上腸間膜動脈に異常所見はなかったことなど,上記ア説示の諸点に照らすと,原告主張に係る諸検査を継続し,経過観察を行ったとしても,虚血性腸炎(上腸間膜動脈閉塞症又は虚血性大腸炎)の発症を疑うことが- 23 -できたのかすらも定かではなく,この点に係るH意見書の記載には十分な根拠がなく,原告の上記主張は採用できない。 (3)争点3(10月5日の症状悪化時に,その原因の精査・治療を怠った過失の有無)についてア上記(2)ア説示のとおり,10月5日午後6時,Aから悪寒,右上肢の震え,口のしびれの訴えがされたが,その後のAの容態は,特段の処置を要することなく,同日午後8時には「腹痛,吐気,食後の腹部症状の訴,えなし。口のしびれ感ははっきりせず」の状態にあった。また,Aは,。 同日,朝食75%,昼食100%,夕食80%を摂取していたほか,翌6日午前3時ころ,廊下を歩行したり,同日午前6時10分ころには,同室者に「タバコに行こう」と声をかけるなどしていた。 このような事実からすれば,同月5日の時点で,被告病院の医師に,胸部・腹部単純レントゲンやCTを撮影して原因を精査し,呼吸管理,輸液等の積極的な治療を開始すべき注意義務があったということはできない。 イ原告は,10月5日,Aに腹部膨満,右手の 告病院の医師に,胸部・腹部単純レントゲンやCTを撮影して原因を精査し,呼吸管理,輸液等の積極的な治療を開始すべき注意義務があったということはできない。 イ原告は,10月5日,Aに腹部膨満,右手の震え,両大腿部紫色変色等の症状悪化が見られたのであるから,その時点で,被告病院の医師には,上記注意義務を怠った過失がある旨主張し,H意見書(甲B6)中にも,これに沿う記載がある。 しかしながら,同日午後6時,Aから悪寒,右上肢の震え及び口のしびれの症状が訴えられた以外に,腹部膨満,両大腿部紫色変色等の症状悪化が見られたと認めることができないことは,上記1(3)ア説示のとおりである上,悪寒,右上肢の震え及び口のしびれは,いずれも虚血性腸炎(上腸間膜動脈閉塞症)を疑うべき症状とはされておらず,H意見書(甲B6)においても,これらの症状を一元的に説明できる原因を述べることは困難であると記載されている(上記2(1)イ。 )こうしたことに加え,原告主張に係る精査・治療を行うことが,Aの死- 24 -因となった上腸間膜動脈及び腹腔動脈の急性閉塞との関係でどのように影響したのか必ずしも明らかでないことをも考え併せると,原告の上記主張は採用できない。 (4)争点4(片肺挿管と死亡との間の因果関係の有無)についてア前記前提となる事実(第2の1)記載のとおり,Aの急変後である10月6日午前6時40分ころに行われた気管内挿管は,気管チューブが右主気管支に入り込み,少なくとも約1時間,いわゆる片肺挿管となっていたことについては,当事者間に争いはない。 イそこで,上記片肺挿管と死亡との間の因果関係の有無について検討する。 (ア)証拠によれば,次のことが明らかである。すなわち,上記片肺挿管中も,Aの左肺は脱気しておらず,エアーが回っていた(乙A8,12,証人 記片肺挿管と死亡との間の因果関係の有無について検討する。 (ア)証拠によれば,次のことが明らかである。すなわち,上記片肺挿管中も,Aの左肺は脱気しておらず,エアーが回っていた(乙A8,12,証人G。また,分離肺換気麻酔など,片肺換気下での手術等も一般に)行われていることなどからすれば,片肺挿管によっても生命維持に必要十分な酸素の供給はなし得るから,上記片肺挿管がAの生命予後を左右するような影響を与えたとは直ちには言い難い(乙A12,証人G。 )そして,上腸間膜動脈閉塞症は,腸間膜動脈の主幹動脈の閉塞により腸管が短時間のうちに壊死に陥る重篤な疾患であり,その死亡率は40ないし80%と高率であって,ショック合併例や複数の基礎疾患を有している症例は死亡率が高いとされるところ(上記2(1)イ,Aは,上腸)間膜動脈のみならず,腹腔動脈も閉塞しており,右腎及び左腎にも梗塞性の変化が生じていること(乙A2,乙A13,証人G)のほか,Aは,動脈硬化症,高血圧等の複数の基礎疾患を有し,10月6日午前6時30分ころ,急変してショック状態となった(前記前提となる事実(2)ア及び上記1(2)エ)ことが認められる。 (イ)そうすると,仮に,被告病院の医師が,Aに対し,適切な気管内挿管を行っておれば,Aがその死亡の時点においてなお生存していたであ- 25 -ろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたということはできず,また,Aが死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されたと認めることもできない。 結論 以上によれば,原告の不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官 (使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官浜秀樹裁判官三井大有裁判官小津亮太
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