令和5年9月7日宣告広島高等裁判所令和5年第31号殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件原審山口地方裁判所令和3年(わ)第144号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中120日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人橋本幸範作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用するが、論旨は、原判示第2の被害者に対する殺人未遂の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討する。 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、実兄に対し、殺意をもって、その左前胸部を刃体の長さ約20センチメートルの包丁で複数回突き刺すなどして、同人を失血死させて殺害し(原判示第1の事実)、また、同人の妻に対し、殺意をもって、その左側胸部を同包丁で1回突き刺したが、同人に全治約34日間を要する左側胸部等刺創の傷害を負わせたにとどまり、死亡させるに至らず(原判示第2の事実)、業務その他正当な理由による場合でないのに同包丁1本を携帯した(原判示第3の事実)、というものである(以下、原判示第1の被害者である実兄を「被害者A」、原判示第2の被害者である同人の妻を「被害者B」という。)。 原判決は、概要、被害者Bの胸辺りを狙って包丁を突き刺そうとしたが、それて脇腹辺りに刺さった旨をいう被告人の捜査段階の供述は信用できるとし、他方、そのような捜査段階の供述は取調官から聞いた話と辻褄が合 うように話したもので、真実は被害者Bがぶつかってきたため包丁が刺さった旨をいう被告人の公判供述は、捜査段階の被告人供述の信用性に疑問を生じさせるものではないとの判断を示した上、捜査段 うように話したもので、真実は被害者Bがぶつかってきたため包丁が刺さった旨をいう被告人の公判供述は、捜査段階の被告人供述の信用性に疑問を生じさせるものではないとの判断を示した上、捜査段階の被告人供述に基づいて、被告人が被害者の胸辺りを狙って包丁を突き刺したという行為態様を認定した上、そのような行為態様や刃体の長さ約20センチメートルの包丁という凶器の形状等から、被告人に被害者Bを殺害しようとする積極的な意思もあったと認め、加えて、本件犯行直後の被告人の言動や、被告人が被害者ABの両方を殺害する目的で犯行現場に向かったとの供述をしていることも、殺意の認定を補強するとして、原判示第2の殺人未遂の事実を認定したものである。 原判決の認定判断に、論理則・経験則等に照らし、特段不合理なところは認められない。 以下、所論に鑑み補足する。 2⑴ 所論は、被害者Bに生じた左側胸部から背部にかけて貫通した傷は相当に強い力で刺さったものと推認することができ、偶然であればそのように相当に強い力で刺さることは考えにくいとの原判決の説示について、被害者Aを追っていた被告人の前に被害者Bが走って現れたのであるから、被害者Bに偶然包丁が刺さることは十分に考えられ、また、被害者Bの傷についても偶然包丁が刺さったことと矛盾するものではないなどというのである。 しかしながら、被害者Bの左側胸部及び背部の各創傷は、それぞれの傷の位置や形状に照らせば、被害者Bの正面から後方に向かって刃物が刺さって貫通したことにより生じたものと認められ、各創傷の間隔は胸部から背部にかけて12センチメートルにも達していることにも照らせば、そのような傷は意識的に相当強い力が加えられて生じたものと合理的に推認されるのであるから、偶然であればそのように相当に強い力で 部にかけて12センチメートルにも達していることにも照らせば、そのような傷は意識的に相当強い力が加えられて生じたものと合理的に推認されるのであるから、偶然であればそのように相当に強い力で 刺さることは考えにくく、被害者Bの傷の形状等に照らすと、被告人が意図的に突き刺したと考えるのが自然であるという原判決の判断が不合理であるとはいえない。 ⑵ また、所論は、原判決は、被害者Aを追っていた際、被告人が持つ包丁の切っ先は被害者Aの方を向いていたと考えられ、被告人の右側から近付いてきた被害者Bに誤って包丁が刺さる状況にはなく、また、被害者Bが被告人と被害者Aとの間に割って入り被告人と揉み合いになるような場面も認められないことなどから考えると、被告人が意識的に包丁を被害者Bの方に向けない限り包丁が同人に刺さる事態にはならないというが、被害者Aを追っていた際に被告人が包丁の切っ先を被害者Aに向けていたとは限らず、むしろ、被害者Aに包丁の切っ先を向け続けている方が不自然であり、そもそも、被害者Bが自動車の助手席又は後部座席のどちらから降りてきたのかが不明であるなど、被告人と被害者らとの位置関係は明らかになっていないのであるから、原判決の認定判断には誤りがあるというのである。 確かに、被告人が被害者Aを包丁で刺すなどの加害行為を始めてから被害者Bに対する刺突行為に及ぶまでの状況について、被告人と被害者らとの具体的な位置関係やそれぞれの態勢等は証拠上必ずしも明らかになっていないのであるから、被告人供述の信用性を検討するに当たって原判決が説示するように、当時の現場の状況として、被告人が包丁の切っ先を被害者Aの方に向けた状態で同人を追い掛けている際に、被告人が右側から近付いてきた被害者Bに対して刺突行為に及んだとは必ずしも断定するこ 示するように、当時の現場の状況として、被告人が包丁の切っ先を被害者Aの方に向けた状態で同人を追い掛けている際に、被告人が右側から近付いてきた被害者Bに対して刺突行為に及んだとは必ずしも断定することはできないといわざるを得ない。しかしながら、被告人が捜査段階で供述している状況に被害者Bの供述内容を併せみれば、被告人の被害者Aに対する加害行為や被害者Bが被告人に刺された際の大まかな状況を認定することができないわけではなく、少なくとも、被害 者Bが被告人と被害者Aとの間に割って入り被告人と揉み合いになるような状況にはなかったことは明らかであり、また、被告人とのこれまでの経緯等を承知していた被害者Bとしては、何か普通ではない状況になっていると感じていたとみられるのであるから、被害者Bの方から正対した状態で被告人に近付いて行くという状況は考えにくく、そして、そもそも、被害者Bが受けた客観的な創傷状況等からすれば、被告人が、正対している被害者Bに対し、手にしていた包丁の刃先を向けていることを認識しないままに、過ってその包丁を突き刺したなどという状況はおよそ考え難いということは既に述べたとおりである。捜査段階における被告人供述と被害者Bの創傷の形状等との整合性のほか、取調べの状況等も踏まえて捜査段階の被告人供述の信用性を認め、他方で、被告人の公判供述は被害者Bの創傷状況等と整合しないと指摘し、捜査段階の被告人供述の信用性に疑問を生じさせるものではないとする原判決の基本的な判断に誤りはないというべきである。結局、所論の指摘は、被告人が意識的に包丁を被害者Bの方に向けない限り包丁が被害者Bに刺さる事態とはならず、被告人が被害者Bを包丁で刺したと考えるのが自然であるとの認定判断のもと、捜査段階における被告人供述に信用性を認めた原判決 的に包丁を被害者Bの方に向けない限り包丁が被害者Bに刺さる事態とはならず、被告人が被害者Bを包丁で刺したと考えるのが自然であるとの認定判断のもと、捜査段階における被告人供述に信用性を認めた原判決の判断を揺るがすものとまではいえない。 ⑶ また、所論は、原判決は、被害者Bに対する殺意を認めるに当たり、被告人が被害者Aを殺害した後に被害者Bを殺害することも可能であったのにそのような行為に及んでいないことを指摘して被害者Bに対する殺意を争った原審弁護人の主張に対し、犯行に至る経緯や本件犯行時の状況を考えると合理的な説明はつくし、いったん殺意をもって被害者Bを刺したものの、その後気が変わって殺害を思いとどまったと考えれば合理的な説明はつくとしているが、被告人は被害者Bを刺す行為を認識しておらず、被告人の気が変わったという証拠もない上、気が変わった などということ自体非常に不自然であるなどと指摘して、原判決の判断を論難する。 しかしながら、被告人が被害者Bを刺す行為を認識していないという所論は、信用することができない被告人の公判供述を前提とするものである上、そもそも加害行為の回数は殺意の有無の認定判断において決定的な事情とまではいえないのであり、また、被害者Aとは異なり被害者Bに対する刺突行為が1回にとどまったことには様々な理由が考えられるのであるから、気が変わって殺害を思いとどまったということを可能性の一つとして例示したにすぎない原判決の説示が、およそ不合理であるなどとの指摘は妥当しないというべきである。所論は、当を得たものではなく、被害者Bに対する殺意を認めた原判決の判断を的確に論難する主張とはいえない。 3 所論を踏まえて検討してみても、被告人が被害者Bに対し意図的に包丁を突き刺したという行動状況等を認定し のではなく、被害者Bに対する殺意を認めた原判決の判断を的確に論難する主張とはいえない。 3 所論を踏まえて検討してみても、被告人が被害者Bに対し意図的に包丁を突き刺したという行動状況等を認定した上、そのような行為態様に加え、犯行に用いられた凶器の性状や生じた創傷の状況等から、被告人の被害者Bに対する殺意を認定した原判決の判断に誤りがあるとは認められない。 論旨は理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。 令和5年9月7日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官森浩史 裁判官富張真紀 裁判官家入美香
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