判決平成13年12月10日神戸地裁尼崎支部平成12年(ワ)第163号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,金279万円及びこれに対する平成11年12月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要本件は,原告が被告に対し,芦屋市消費者センターの担当者による斡旋案に合意したことを理由に,同斡旋による和解金279万円及びこれに対する約定支払日の翌日である平成11年12月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は当事者間に争いのない事実である。)なお,後掲各証拠につき,「乙」は原告提出の書証,「甲」は被告提出の書証を表す。 (1) 被告は,「Aランドリー」の屋号で,上記被告住所地でクリーニング店を経営している(弁論の全趣旨)。 (2) 原告は,被告に対し,平成11年5月6日,衣類66点につき,洗濯の注文をなし(その衣類の内容については,後記のとおり当事者間に争いがある。)被告は,これを受領した。 (3) 原告は,被告から,同年10月22日,注文し,預けていた冬物衣類11点の洗濯物を受領した際,被告に対し,上記(2)の際に預けた冬物衣類の一部55点を受領していない旨の苦情を申し立てた(以下,「本件苦情」という。甲21,乙13)。 (4) 原告と被告は,同年11月25日,芦屋市消費生活センター(以下,「本件センター」という。)で,消費生活相談員2名(以下,「本件担当者」という。)の斡旋で,本件苦情に 1,乙13)。 (4) 原告と被告は,同年11月25日,芦屋市消費生活センター(以下,「本件センター」という。)で,消費生活相談員2名(以下,「本件担当者」という。)の斡旋で,本件苦情に関する話し合いをした(調査嘱託の結果)。 2 争点(1) 上記1(4)の話し合いにおいて,原告主張の合意が認められるか。 (2) 上記和解につき,被告主張の錯誤無効が認められるか。 3 争点に対する当事者の主張(1) 上記1(4)の話し合いにおいて,原告主張の合意が認められるか。 (原告の主張)原告と被告は,上記1(4)の話し合いの結果,別紙物件目録記載の衣類(以下,「本件各衣類」という。)を被告が紛失したことにつき,被告が原告に対し,279万円を同年12月2日までに支払う旨の合意をした(以下,「本件合意」という。)。 (被告の主張)原告の上記主張は否認する。 (2) 上記合意につき,被告主張の錯誤無効が認められるか。 (被告の主張)本件合意は,原告が,本件各衣類につき,被告に洗濯の注文をなし,これらを預けたこと及びそれらを紛失したことにより損害が発生したことを各立証する必要があるにもかかわらず,本件担当者が,それらの立証の有無を何ら検討することなく,被告に対し,本件各衣類につき,原告に返還したことを立証しない限り,賠償責任を免れない旨の指導をし,被告が,その旨を誤信したことにより,なされたものである。 よって,本件和解は,被告の上記重要な要素の錯誤によるものであり,無効である。 なお,被告の上記錯誤が,動機の錯誤であるとしても,重要な要素の錯誤であり,無効である。 (原告の主張)被告 重要な要素の錯誤によるものであり,無効である。 なお,被告の上記錯誤が,動機の錯誤であるとしても,重要な要素の錯誤であり,無効である。 (原告の主張)被告の上記主張は否認ないし争う。 仮に,被告が主張するような事実があったとしても,そのような内心の動機により,錯誤無効となるのであれば,本件各衣類が預けられたか,返還されたか及びその価格をどう評価するのかの紛争につき話し合いによりなされた本件和解の存在意味がなくなり,法的安定性から見ても,認められるべきではない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件合意の成否)について(1) 証拠(甲2,3,21,64の1及び2,乙1の1,2,13,14,調査嘱託の結果,原告,被告)によれば,本件苦情後の経過として,次の事実が認められる。 ア原告は,本件苦情を被告に言った後,被告から,原告が平成11年5月6日に注文した洗濯物に関する洗濯代金を記載した請求書(以下,「本件請求書」という。)の写しの交付を受けた。 イ原告は,同年11月8日,本件センターに電話し,同所の消費生活相談員に対し,同年5月に預けた冬物衣類を受け取りに行ったところ,既に返却したと言われたが,返却されていない旨の苦情を申し立てた。 ウそこで,上記相談員は,同日,被告に電話し,上記イの苦情内容につき説明したところ,被告から,同年5月6日に預かった衣類は夏物で,同月12日に返却した旨の返答を受けたため,被告に対し,預かった衣類と返却した衣類に関する証明をしてほしい旨伝えるとともに,「1点ずつの色,品名,納品した日を証明する納品書などがありますか。」と尋ねた。しかし,被告からは,そのような物はない旨の返答があったことから,上記相談員 に関する証明をしてほしい旨伝えるとともに,「1点ずつの色,品名,納品した日を証明する納品書などがありますか。」と尋ねた。しかし,被告からは,そのような物はない旨の返答があったことから,上記相談員は,被告に対し,「そのような物がなければ業者の方が賠償することになりますよ。」と伝えるとともに,全国クリーニング環境衛生同業組合連合会に対しても,双方の主張内容につき連絡した。 エその後,本件センターの消費生活相談員は,同センターを再度訪れた原告から,本件請求書の写しの提出を受けるとともに,同年5月6日に預けた衣類はほとんど冬物で返却されていない旨の訴えがあったため,原告に対し,未返還の衣類につき,具体的な品目を特定した資料を提出するように要求し,その結果,原告は,後日,本件センターに対し,本件各衣類に関する未返還物を特定し,その価格を記載した一覧表を提出した。 オ被告は,上記連合会からの連絡を受け,同年11月24日,本件センターに出頭し,同じく出頭した原告及び本件担当者とともに,話し合いが行われ,その際,原告から,940万円相当の衣類が紛失したのでその賠償をしてほしい旨の要求が出された。 カその際,本件担当者は,原告が主張するような冬物は預かっていない旨の返答をする被告に対し,本件請求書の記載内容につき,1品ずつ,色や品名をわけて記載していない点がいい加減である旨指摘するとともに,個々の品目毎に,なぜ,夏物なのかにつき問いかけたが,被告からは,具体的な返答がなく,かつ,何らの資料の提出もなされなかった。 キそのため,本件担当者は,原告が提出した上記一覧表に基づき,同一覧表記載の衣類がブランドものである旨の原告の説明を受け,同記載の各価格があながち見当はずれのものではないと判断し,本件各衣類 キそのため,本件担当者は,原告が提出した上記一覧表に基づき,同一覧表記載の衣類がブランドものである旨の原告の説明を受け,同記載の各価格があながち見当はずれのものではないと判断し,本件各衣類の再取得価格が合計900万円になる旨の見解を原被告に提示し,かつ,クリーニング事故賠償基準に基づき,本件各衣類の購入時期が10年前から4ないし5年前の間である旨の原告からの説明を受け,本件各衣類の購入後の平均年数が7年であり,かつ,多数のブランドものであれば,個々の着用回数は少なく,その使用状況が購入時からの経過期間に比してすぐれた状態であることから,補償割合につき,最上級のA級ランクの31パーセントになるとして,これに上記再取得価格を乗じた金279万円を賠償額とする旨の斡旋案を原被告双方に提示した。 クこれに対し,原告は了解するとともに,被告も,上記ウの電話でのやりとりにおける上記相談員の指導内容から,自己の責任は免れないと判断し,それ以上,自己に責任はない旨の発言をせず,本件担当者からの上記斡旋案の提示に対し,そのような規定(上記賠償基準)があるのであれば,仕方がないですねと言って,金279万円を支払う旨発言した。 ケまた,その支払時期について,原告は,翌日支払を希望したが,被告が,平成11年12月2日までに原告の指定した銀行口座に振り込む旨提案し,これに原告も同意した。 コその後,被告は,本件センターから,上記エのとおり原告が提出していた一覧表のファックス送信を受け,その記載内容を見て,上記クの金員の支払義務につき疑問を感じ,原告に対し,同月1日,同金員を振り込まない旨伝えた。 (2) 上記(1)で認定したところによれば,平成11年11日24日,本件センターにおいて,本件担当者の斡旋案につ 義務につき疑問を感じ,原告に対し,同月1日,同金員を振り込まない旨伝えた。 (2) 上記(1)で認定したところによれば,平成11年11日24日,本件センターにおいて,本件担当者の斡旋案につき,原被告とも了解したことが認められるから,本件合意が成立したと認定でき,他に同認定に反する証拠はない。 2 争点(2)(本件合意の錯誤無効の有無)について(1)アまず,本件合意の性質につき検討すると,本件センターにおいて,本件担当者の斡旋によりなされたものであったとしても,原告と被告との間において,本件合意により本件紛争を終局的に解決し,以後,本件紛争につき,錯誤無効の主張を含む一切の主張をなしえない旨の合意を含むものとはいえず,本件合意の性質として,本件訴訟において,錯誤無効の主張をすることが許されないとはいえない。 イまた,上記1(1)で認定したところによれば,本件合意は,本件担当者が全国クリーニング環境衛生同業組合連合会制定のクリーニング事故賠償基準に基づく斡旋により成立したものであるところ,同基準には,本件のように,顧客側から依頼した洗濯物につき,返還されていない旨の苦情があった場合,何らの立証なくして,顧客側が返還されていない旨主張した洗濯物につき,返還がなされていないこと及びこれにより顧客側が主張する損害額どおりの損害が生じたことを法律上推定する規定はないことから,顧客側である原告が,本件各衣類につき,被告に洗濯の注文をなし,これらを預けたこと及びそれらを紛失したことにより原告が主張する損害が発生したことの各事実につき,いずれも立証責任を有していたことは,被告の主張するとおりである。 ウしかしながら,本件合意は,本件センターの本件担当者が,原告からの苦情を受け,当事者の公平を図りつつ,司法手続によ き,いずれも立証責任を有していたことは,被告の主張するとおりである。 ウしかしながら,本件合意は,本件センターの本件担当者が,原告からの苦情を受け,当事者の公平を図りつつ,司法手続によらない消費者の簡易迅速な救済を目的としてなした斡旋の場におけるものであることからすると,本件担当者が斡旋案を原被告に提示する前提として,上記各事実につき原告に要求される立証の程度は,民事訴訟において,必要とされる証明より簡便な疎明で足りるというべきであり,よって,証明がないことのみを理由に錯誤無効を主張することはできないと解するのが相当である。 (2)アこれを本件につき見るに,上記1(1)で認定したところによれば,本件担当者は,被告から受領した本件請求書及び本件各衣類にそれらの価格を記載した原告作成の未返還物一覧表(上記1(1)エ)の提出があり,他方,被告からは,本件合意の席において,原告が主張するような冬物は預かっていない旨の発言のみで,他に何らの資料の提出もなく(上記1(1)カ),原告が主張した上記価格につき反論もなかったため,本件請求書の記載内容は,「セーター」,「オーバー」といった通常,その記載から冬物と認められるものがあり,被告の上記発言が信用できず,その他に具体的な反論,反証がないことから,原告の上記提出物により,原告が負担する上記各事実の疎明があると判断し,本件和解のとおりの賠償金額による和解の斡旋をしたものと推認できる。 イなお,本件各衣類のすべてにつき,現実に原告から被告に洗濯注文がなされ,被告が受領したこと及びその再取得価格が原告主張のとおりであることについては,本件各証拠によっても,その証明があるとは言い難いが,他方,本件請求書(甲2)を含む被告の原告から注文を受けた洗濯物に関する請求書(甲2,4 及びその再取得価格が原告主張のとおりであることについては,本件各証拠によっても,その証明があるとは言い難いが,他方,本件請求書(甲2)を含む被告の原告から注文を受けた洗濯物に関する請求書(甲2,4ないし20,乙1の1ないし3)の各記載方法は,原告から注文を受けた衣類を1品ずつ,色や品目を具体的に記載したものではなく,その洗濯代金を算出するため,同一の洗濯代金となるもの毎に区分けし,被告側の備忘録となる程度の抽象的な内容(よって,それらが冬物か夏物かは記載のみでは判断できないもの)であり,原告と被告との間において,洗濯物の授受につき,被告が作成した請求書の記載に基づき,1品ずつ確認することは行われていなかったこと(原告,弁論の全趣旨)からすると,平成10年5月6日に原告から被告が注文を受け,受領した洗濯物の内容が本件請求書に正確に記載されているか否かも疑わしいと言わざるを得ず,同請求書と本件各衣類との間に符合しないことをもって,原告の主張が不合理とも言い難いから,本件合意の席において,本件担当者が上記各事実の疎明があると判断したとの認定を左右するには足りず,かつ,その認定に不当であり,瑕疵があるということはできず,もって,後記(3)の認定を左右するには足りない。 (3)アそうであれば,上記1(1)クで認定したとおり,被告が本件担当者からの斡旋案につき了解をする旨の意思表示をしたのが,本件担当者から,本件各衣類につき,原告に返還したことを立証しない限り,賠償責任を免れない旨の指導を受けたからであったとしても,それは,上記意思表示をなすについての動機にすぎず,そのような理解を前提として,被告が上記意思表示をしたことを,原告に対し,明示又は黙示に表示していたと認められない限り,原告との関係において,本件合意の意思表示につき,錯誤無 ついての動機にすぎず,そのような理解を前提として,被告が上記意思表示をしたことを,原告に対し,明示又は黙示に表示していたと認められない限り,原告との関係において,本件合意の意思表示につき,錯誤無効を認めることはできないというべきである。 イこれを本件につき見るに,被告が原告に対し,上記理解につき,明示的に表示していたことを認めるに足る証拠はなく,かつ,本件合意の席で,上記1(1)ウで認定した本件センターの担当者と被告とのやりとりの内容につき,何ら話題になっておらず,同やりとりにより被告が上記理解をしたことを窺わせる発言をした事実もないから,黙示的に表示していたことを基礎づける事情を認めることもできない。 ウよって,本件合意につき,要素の錯誤があったとはいえず,被告の錯誤無効の主張は認められない。 3 結論したがって,原告の主張は理由があるから,主文のとおり判決する(なお,仮執行宣言の申立てについては,本事案に鑑み,相当でないから,これを付さないこととする。)。 神戸地方裁判所尼崎支部裁判官坂上文一・
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